万章篇(ぱんしよう)篇 / 孟子
※ 天下は天子の私物ではない:万章が孟子にたずねた。「堯は舜に天下
を与えたというのは、事実でしょうか」「それは違う。天子が勝手に
天下を人に与えることなどできはしない」「では、舜が天下を得だの
は、一体だれから与えられたのですか」「天が与えたのだ」「という
と、天が自分の口から意を下したというのですか」「いや、天はもの
を言わない。その人間の行為と事業とによって、意志を示されるだけ
だ」「といいますと?」「天子は、天に対して、天下をある人物に与
えるよう推薦はできるが、強制することはできない。諸侯は天子に対
し、大夫は諸侯に対し、人物の推薦はできても、その人物に地位を与
えるよう強制することはできない。むかし堯が天に対して舜を推薦し
た。すると天はそれを受けいれた。また人民に発表してみると、人民
もそれを受けいれた。天はものを言わず、人間の行為と事業とによっ
てのみ、その意志を示すといったのは、このことだ」「具体的にはど
ういうことですか」「推薦された人物に祭祀を行なわせて、神々がそ
れに満足されれば、天が受けいれたことになる。また政治を行なわせ
て、天下が治まり、人民が安心して生活するようになれば、人民が受
けいれたことになる。天下は、天が与え、人民が与えるのだ。天子が
勝手に他人に与えることはできないというのはこのことだ。
第3章 奇跡の終焉と「狂乱物価」の正体
第5節 通産省の役人よりも一枚も二枚も企業は上手だった
まして、「高度成長時代は、通産省が日本の産業を牽引してきた」 というのは、多くの人の思
い込みにすぎません。城山三郎の小説「官僚たちの夏」は、通産省が日本の産業を引っ張ってきたと
いうストーリーでテレビドラマにもなりました。通産官僚がヒーロー的に描かれていますので、その
ような物語の影響もあるのかもしれません。
しかし実際のところは、日本の産業を発展させたのはあくまでも民間企業であって、通産省はそれ
に少し力を貸しただけです。それどころか通産省が民間を妨害したケースもあります。代表的な例が
本田技研の四輔車参入です。
「官僚たちの夏」の主人公として描かれている通産次官は、自動車メーカーは数社あればいいと考
えて、二輪車専業だった本田技研の四輔車への参入を認めようとしませんでした。それに対して、本
田宗一郎は真っ向から反諭して、通産省に逆らって四輔車に参入しました。
今振り返ってみれば、通産次官と本田宗一郎のどちらが正しかったかは明らかです。 そもそも、
通産省の役人に産業を見分ける力はありません。一方、企業は自分たちの生き残りがかかっています
ので、役人よりはるかに真剣に取り組んでいます,
企業は常に研究開発を続けていて、どこよりも早く新しいものをつくろうとしています。その情報
を通産省に少し横流しすると、通産省は「今度はこれだ」として、政策として打ち出すというのが通
常のパターンです。
通産省の業界指導がいかに意味のないものだったのかを私が明確に認識したのは、1980年代後
半に公正取引委員会で仕事をしていたときだったことは、すでに述べました。公取はカルテルなどを
取り締まる役所ですから、業界指導をする通産省とは、ある意味で敵対していたからです。本章では、
もう少し詳しく、このときの経験を紹介することにしましょう。
私のいた部署は経済部調整課でした。調整課は、各省庁が立案した法律案や口頭指導・行政指導に
よって、自由な競争が制限されたり阻害されたりしないように、各省庁と調整をするのが仕事です。
通産省の役人も呼んで、「こういう行政指導はカルテルになるからやめて下さい」と指摘します。し
かし通産省の人は、業界を指導するのが自分たちの仕事だと思っていますから、「産業政策」と称し
て業界指導するための根拠法をつくろうとします。公取は「そういう法律をつくると、独占禁止法に
抵触します」と伝えるわけですが、通産省の役人にしてみれば、自分たちのレゾンデートル、つまり
存在理由にかかわることを公取に否定されるので、公取と通産省はよく対立していました。
この構図をうまく使ったのが業界の人たちです。彼らのほうが役人より一枚も二枚も上手です。
業界を保護してほしいときには、通産省に「ぜひ、ご指導を」といって業界指導を頼みに行きます。
しかし、通産省の業界指導が気に入らないときには、「カルテルにならないでしょうか」と公取に
駆け込んできます,こうして、うまい具合に役所を使い分けているのです,
私は、いつも業界と通産省の問に立って調整をしていました。業界の人にうまく利用されていたの
だと思います。いや、逆にいえば、民間はそれだけ「したたか」だということです。
ただし、両者の間に入って、双方からホンネを間いていましたので、業界指導がどういうものなの
か本当のことがよくわかりました。
Wikipedia
第6節 ただ民間の後追いをしてきただけという通産省の本当の姿
民間企業は何かヒットするかわからないので、様々な分野で開発を進めています。通産省から話を
聴かれると、有望そうな分野のことを話して、通産省にデータを提供します。通産省はそのデータを
利用して、政策目標として掲げていたのです。要するに、通産省は民間が出したビジョンの後追いを
していただけです。
さらに通産省よりも、けるかに遅れているのがマスコミです。通産省から何らかの情報が出される
と、マスコミは「最新ニュース」だと捉えて、嬉々として飛びつきます。情報に疎いマスコミは、「
通産省がこんな新しい目標を打ち出した」というニュアンスで大々的に報道してくれるのです。
かくして、あたかも通産省が業界に先んじてすごい目標を打ち出し、業界を引っ張ったかのように
報道されるのですが、要は、マスコミは通産省の御用報道機関として利用されていたわけです。
こういう情報を信じた人は、「通産省の業界指導が日本の産業を牽引した」とずっと思い込んでき
たのだろうと思います。通産省が目標を打ち出して、それに業界が従ったかのように捉えられていま
すが、事実はまったくの逆なのです。
業界の人たちが勝手に集まって話し合いをしたらカルテルになってしまいます。そこで通産省は、
法律をつくってカルテルを合法化していきました。業界の人たちは、法律に基づいて、通産省の人が
出席している場で話し合いをします。そうすると、カルテルではなく業界指導ということになります。
外国から見たら完全なカルテルであり、公取から見てもカルテルの疑いが強いものです。しかし、
法律をつくって合法化し、通産省が間催している会議にすれば、ぎりぎりのところでカルテルとみな
されにくくなります。通産省の業界指導というのは、いわば「偽装カルテル」だったといえます,
では、偽装カルテルをつくったあとに、通産省が業界指導をできたのかというと、何もできません
でした。指導というのは、その業界のことをわかっている人でなければできるものではありません。
途中からは通産省の代わりに民間の人がカルテルを主導するようになります。民間の人は、自分の
会社の都合のいいように話を持っていこうとしますから、結局、業界指導の名を借りたカルテルはす
成り立だなくなっていきました。
私が公取にいたころに造船業界のカルテルが認可されました。造船は運輸省が管轄しており、運輸
省がカルテル認可を求めていました。
業界の人たちは、状況をよくわかっていますので「カルテルをしても意味がない」といっていて、
カルテルをやりたがっていませんでした。
一般的にいえば、船舶の世界はグローバルです。また、造船は世界の中で一番コストの安いところ
でつくって、船籍は別の国にしておくことが多いので、日本でカルテルをしても意味かおりません運
輸省が強く求めたため認可しましたが、公取最後のカルテル認可になりました,
結局、造船カルテルをつくったものの、各社は手間ばかりかかって 何の利益もないため、苦労され
たようです。以降はカルテルの申請は一切なくなりました,
第7節 通産省式「合法的カルテル」の栄枯盛衰
最終的に共販会社はすべて解散しました。各社は「カルテルをしても、自社の競争力を落とすだけ
で、結局はうまくいかない」ということがわかったようです。カルテルのような無益なことをするよ
りも、自社の競争力を高めたほうがいいということで、通産省主導の合法的カルテルは見向きもされ
なくなりました。
カルテルはものすごくメリットかおるものに思えるかもしれませんが、一時しのぎの役割しかなく、
最終的には企業や産業を弱めてしまいました。
私が公取にいた1980年代後半は、通産省の合法カルテルの破綻が明らかとなり、後処理のよう
な仕事ばかりでした。
業界を育成するためにつくられた法律は、どれも効果がなかったので次々と廃止されていきました。
業界指導のなれの果ては、不振業界の構造改革です。特定産業構造改善臨時措置法という法律かお
り、通産省は過剰設備の処理をさせようとしていましたが、もはや通産省のいうことなど誰も聞いて
いませんでした。同法は1988年に廃止されました。
幼稚産業論としては、政府による業界指導は成り立ちます。しかし、それを産業基盤の整った日本
でやるのは無理がありました。幼稚産業を脱した一流産業国家では、産業政策において国の出る幕は
ありません。
もし、通産省が業界指導をやりたければ、途上国に行ってやるべきでした。途上国では業界指導が
喜ばれますが、日本のような国でやってもうまくいきません,
第8節 東京オリンピックの経済効果は、インフラ整備よりも貿易自由化
高度成長期には1964年の東京オリンピック開催という大イベントがありました。東京オリンピ
ックに向けて、日本国内では高速道路や新幹線が整備され、大きな経済効果があったといわれていま
す。インフラが整備されたという点では、一定の効果はありました。しかし、公共投資による経済効
果は、実はそれほど大したことはありませんでした。
一番大きな効果は、「貿易の自由化」による経済効果です。
オリンピックのような国際イベントを開催すると、政治家を含めてみんなの意識が外向きになりま
す。「世界に恥ずかしくない国にしたい」と思うようになるのです,
北京オリンピック(2008年)のことを思い起こしていただくと、東京オリンピック当時のこと
を想像しやすくなります。
北京オリンピックが開催されたときに、中国は北京市内の工場の操業を停止して公害を防止し、青
空の状態にしました。町中で痰を吐く中国人も減ったといわれています。外国人に見られて恥ずかし
くない状態にしたいという気持ちが国民に広がったのです。
1964年の東京オリンピックのときも、似たようなことが起こりました。身近なこととしては、
東京の町中のゴミが問題とされ、環境が美化されました。
どの国でも国際イベントを開催するときには、政治家は外国に対していいところを見せたいと見栄
を張りがちです。
また、1964年の東京オリンピック開催で、政治家の意識が外向きになり、オリンピックを機に
貿易の自由化が進みました。
「貿易自由化を進めると輸入が増えて大変になる」という反対意見も多かったのですが、「オリン
ピックを開催するのだから、世界に恥ずかしくない国にしなければいけない」ということが説得材料
になり、自由化を進めることができたのです。下らない規制は世界に対して恥ずかしいということで、
国内の規制も見直されました。
こうしたことが起こるのがオリンピックです,
オリンピックを契機に日本の貿易自由化は急速に進んでいきました。1960年に岸政権が「貿易・
為替自由化計画大綱」をつくった時点では、貿易自由化率は40%でしたが、東京オリンピックを目
前に控えた1963年には、貿易自由化率は92%にまで上昇しています。また、1964年にはO
ECD(経済協力開発機構)に加盟して、資本の自由化も進めました。
2020年の東京オリンピックでも同様の効果を期待できます。インフラ整備も進みますが、外国
人硯先客を迎えておもてなしをするために通訳が増えたり、語学学習をする人が増えたりするでしょ
う。世界に目を向ける人が増えて、様々な規制が見直される可能性もあります。
オリンピック開催が決まると、国民が国際化を比較的受け入れやすい状態になります。「外国から
良く思われたい」という意識が改革の原動力となり、経済活動を活性化させます,
そういう意味では、いろいろな国がオリンピックを持ち回りでするようになれば、世界の国々がさ
らに良くなるのではないかと思います。
ここまでは大きな疑問点はない。「官僚とはインテリの慣れの果て」とは世界的な思想家であり詩人であ
った吉本隆明の物言いだが、国家官僚生活を送った著者が同組織の罠(冤罪)に嵌められた経験の持ち主
からか、国家官僚組織史は辛口になるのは致し方がないと勝手な同情心を寄せているところがあるが「外
国からよく思われたい」という意識が経済を活性化させる」との独自のオリンピック論を展開させているが、デフレス
パイラルの有効なストッパーとなりうるかどうかは、「デフレスパイラル」のシステムの厳密解析の有無となる、また、
硬直した国家官僚組織の是正システムの構築も問われている。さらに、パリ万博誘致断念の情報が流れているよ
うに費用対効果(BOP)の再定義も必要であろう。
この項つづく
ある夜、妻にも同じことを尋ねてみた。「わたしも覚えていませんよ」とベアトリスは言った。
「あなたが夢の中で作り出した女じやないんですか。あなたよりよほど背のしやんとした女房が横に
いるのに、なぜ作り出す必要があったのかわかりませんけど」
ほんの昨秋のことだ。そのとき、二人は真っ暗闇の中でベッドに並んで横たわり、屋根に当たる雨
の音を闇いていた。
「確かにおまえは年をとらないな、お姫様。だが、あの人のことは夢ではないよ。おまえだって、本
気でしばらく考えれば思い出せるはずだ。現にほんの一月前、うちの戸口まで来て、何かいるものは
ありませんか、あれば持ってきますけど、と親切に言ってくれたじやないか。な、覚えているだろう?」
一持ってきてくれる?なぜわざわざ。その人は親戚か何かなの」
「いや、違うと思うよ、お姫様。親切で言ってくれたんだと思う。絶対に覚えているはずだ。よく戸
口に来て、寒くないか、ひもじくないか、と気遣ってくれた」
一だからね、アクセル、わたしが知りたいのは、なぜ無関係の女がわたしたちにだけ親切にしてくれ
るのか、ってことですよ」
「不思議だよな、お姫様。わたしたち二人はそのへんの村人よりよほど健康だ。なのに、病人の面倒
を見る人がここに来てくれた。なぜ、と首をかしげたのを覚えているよ。流行り病の噂でもあって、
それで様子を見にたのかな、とかな。だが、結局、流行り病もなくて、あの人はただ親切で見にきて
くれただけとわかった。こうやっていま話していたら、もっといろいろ思い出したぞ。あの人はそこ
に立って、子供たちに悪口を言われても気にしないように、と言ってくれた。確か、そうだ。で、そ
れを最後に姿を見かけなくなった」
「やはり、あなたの想像力のせいですよ、アクセル。でも、たかが子供が遊びの中で言うことまで
気にかけるなんて、ばかな女!」
一わたしもそのときそう思ったよ、お姫様。子供らは天気が悪くて外に出られず、中で瑕を持て余し
ていただけだ。年寄り二人をいじめる気などなかった。だから、わたしは全然気にしていませんと答
えたが、それでもあの人が親切にしてくれたことは変わらない。そうだ、蝋燭なしで夜を過ごすのは
とても気の毒だ、とも言っていたな。覚えている」
「蝋燭がなくて気の毒?じゃ、少なくとも一つは正しいことを言っていたわけね。見て、わたしの手
はちっとも震えてなんかいませんよ。なのに夜の蝋燭を禁止するなんて侮辱です。蝋燭の持ち込みを
許されてる人たちを見て!毎晩リンゴ酒でぐでんぐでんに酔っ払うわ、子供たちが部屋中走り回って
いるわ……あれは危険じゃないの?なぜうちの蝋燭だけ取り上げるの。おかげて、すぐ廣にいるあな
たの姿さえ見えやしない」
「侮辱するつもりなんかないさ、お姫様。この村は昔からずっとそうやってきたんだ。それ以上のこ
とではないよ」
一でも、うちの蝋燭を取り上げたことがおかしいと思っているのは、あなたの夢の女だけじゃありま
せんよ。昨日ね……一昨日だったかしら……川沿いを歩いていて、何人かの女たちを追い越したの。
少し隨れて、もう聞こえないと思ったんでしょうね、わたしたちの噂を始めた-あのご夫婦みたいに
ちゃんとした方々が、毎晩、盲六っ暗闇で過ごさなくちゃならないのはかわいそう、ですって。だか
ら、その女以外にも同じ考えの人はいるんです」
一だから夢の女ではないんだよ、お姫様。一月前にはこの村の全員があの人を知っていて、感謝して
いた。なのに、いまはみんなが-おまえも含めて-そんな人はいなかったみたいに言う。なぜだろう」
この春の朝、アクセルはあのときの会話を思い出しながら、赤毛の女は自分の間違いだったと認めて
もよいような気持ちになっていた。結局、自分は老いつつある。この年になれば、ときには勘違いす
ることだってあるだろう。だが・・・・・・だが・・・・・・じつはこれだけではないのだ。こうした首をひねる
ような記憶はほかにいくつもあって、赤毛の女の件はほんの一例にすぎない。ではほかにどんな・・・・
・・?いや、いま急に問われても、残念ながらすぐには思い出せない。だが、ほかにいくつもあったこ
とは確かだ。そう、たとえばマルタの一件とか………
マルタというのは九歳か十歳の女の子で、小さいくせに怖いもの知らずという評判だった。周囲は
身の毛のよだつような話をいろいろ聞かせ、やたらにほっつき歩く子はそういう目にあうよと注意し
ていたが、マルタの旺盛な冒険心がおとなしくなどなればこそ。ある日の夕方、あと一時間もすれば
暗くなり、霧が立ち込めてきて山腹で簑がうなりはじめるというころ、マルタの姿が同心えなくなっ
た。悲鳴が村を駆け巡り、村人全員が顔をひきつらせて、仕事の手をとめた。しばらくはマルタを呼
ぶ声が村中に響きわたり、大勢の足音が通路を行き来した。村人はあらゆる寝室を探し、貯蔵トンネ
ルを探し、垂木の下の隙間を探し、子供らが遊びで隠れ家に使っている場所を探した。
そんな捜索の最中、丘で群れの見張り番についていたニ人の羊飼いが村に戻ってきた。冷えた体を
大広間の焚き火で温めながら、一人がヌエワシを見たと言った。前日、飛んでいるのを見た。二人の
頭上で一回、二回、三回と輪を描いた。間違いない。あれは絶対にヌエワシだった………噂はすぐに
村中に広まり、大勢の人が活を開きに焚き火の周りに集まってきた。アクセルでさえ駆けつけた。国
にヌエワシが現れたとなれば、これは確かに大ニュースだ。ヌエワシはさま、ざまな力を持っている
とされる。その1つが狼を追い払う力で、この国のどこかヌエワシが多く棲息する土地では、狼がま
ったくいなくなったとも言われていた。
最初、羊飼い二人は質問攻めにあい、ヌエワシの話を繰り返し語らされていたが、やがて、間いて
いる村人たちの間に懐疑的な空気が漂いはじめた。
同じような話がこれまでに何度もあったな、と誰かが言った。どの活のときも、結局は嘘っばちだ
ったじやないか、と。ああ、去年の春にもまったく同じ活かあって、それを持ち帰ったのもこの同じ
二人じやなかったか、と別の村人が言った。そのときも、結局、ヌエワシを見た者など誰もいやしな
かった………羊飼いは怒り、自分たちはこれまでそんな活をしたことはない、と否定した。そのあと、
村人たちは羊飼いの側に立つ派と、昨春のことを覚えている派に分かれ、言い争った。
激しい口論を間いているうち、アクセルはまたあの感覚に襲われた……どこかがおかしいという、
しつこくまとわりついてくるあの感覚。振り払おうとして、怒鳴り§いと小競り§いのつづく場を離
れ、外に出た。空か暗さを増し、地表に霧が広がりはじめていた。しばらくそれをながめていると、
心の中でいくつかの記憶の断片が結び合いはしめた。いなくなったマルタ、心配される危険、ついさ
っきまでつづいていた捜索・・・・・・。だが、目覚めれば数秒後にはもう薄れはじめる夢に似て、それら
記憶の断片もすでに薄れ、混乱しはじめていた,背後では、相変わらずヌエワシについての言い争い
がつづいている。アクセルは頭に残る幼いマルタの姿をなんとか見失うまいと、必死に集中しつづけ
た。突然、少女の鼻歌のような音が聞こえてきた。音の方向を振り向くと、霧の中からマルタが現れ、
スキップしながらこちらへやってくるところだった。
一おまえは不思議な子だ、マルタ」と、近づいてくる子にアクセルは言った。「暗闇が怖くないの
かい。狼や鬼は?一
「怖いわよ、おじいちゃん」とマルタは笑顔で笞えた。「でも、隠れ方を知ってるもん。パパとママ
が心配してないといいけど。先週、すごく叩かれたばっかりだから」
一心配?もちろん、心配しているとも。村中が君の心配で大変だ。中の大騒ぎが聞こえるだろう?あ
れもみんな君のためだよ、マルタ」
マルタは笑い、「やめてよ、おじいちゃん一と言った。「村中が心配してるなんて。騒ぎは聞こえる
けど、あれはあたしのことで騒いでるんじゃないわ」、言われてみれば確かにそのとおりだ、とアク
セルは気づいた。中から聞こえてくる声は、マルタのことでなく、まったく別のことで言い争ってい
る。
もっとよく聞こうとして入り口の方向に体を傾けると、張り上げた声が奇妙な言葉を繰り返してい
るのがわかった。ヌエワシ……? とたんに、心に羊飼いとヌエワシのことがよみがえってきた。な
ぜそんな話になっているのか、いきさつをマルタにも説明してやるべきだろうかと思案した。だが、
その間にマルタはまたスキップを始め、さっさと横を通り過ぎて中に入っていった。
アクセルもマルタにつづいて中に入った。少女の無事な姿を見れば、みなほっとし、大喜びするだ
ろう。それを見たかったし、正直に言うと、一緒に入っていけば、少女の帰還に自分が一役買ったと
思ってもらえるのではないかという期待もあった。だが、大広間に入ると、そこでは村人たちがまだ
羊飼いの証言をめぐる言い争いに熱中していて、入ってきた二人に目をくれる人はほとんどいなかっ
た。さすがにマルタの母親は焚き火を離れ、二人のところへ来たが、一こんなところにいたの。ほっ
つき歩いちやだめって、何度言ったらわかるの」と叱っただけで、また、火の周りでつづいている荒
っぽいやり取りに戻っていった。それを見て、マルタは「ね、言ったとおりでしょ?一とでも言うよ
うにアクセルに笑いかけ、友達を探しに影の中に消えていった。
カズオ・イシグロ著『忘れられた巨人』第1部/第1章
ヌエワシ?鵺鷲?白襟禿鷲?それとも白肩鵰?結局最後までわからなかった。「その国から出発して東へ
と向かいました。浪速の渡(ナミハヤノワタリ)を通って白肩津(シラカタノツ)に船を泊めました。そ
のときに、登美(トミ)の那賀須泥毘古が兵を集めて待ち受けていて、戦争になりました」(神武東征神
話)なども連想したが、このままにして先に進む。
この項つづく
たまりにたまった宅e英会話。ネット3時間だが、理解はいまいち。補習授業を明日に設定。英語タイト
ルの'GENIUS' TRUMP SLAMS 'FIRE AND FURY'は「『天才』トランプ(大統領)が『炎と怒り』を酷評」。
"Fire and Fury"は本のタイトル。アメリカのドナルド・トランプ大統領は、トランプ政権の内幕を描いたと
する本の中で、側近らから大統領としての適性を疑問視されていると指摘されたことをめぐり、ツイッタ
ーで反論。
Donald Trump has slammed suggestions in a new tell-all book that he's mentally unfit to be president.
He says the book is a "work of fiction" and describes himself as a "very stable genius."
"Fire and Fury" went on sale Friday. It quotes White House aides who question Trump's competence.
Author Michael Wolff says all the people around the president doubt his intelligence and fitness for
office. Trump tweeted that his two greatest assets are mental stability and being smart. He says he went
from being a successful businessman to top TV star and then to the presidency. Trump says that shows
he's not only smart but a genius. The president has questioned Wolff's.