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Channel: 極東極楽 ごくとうごくらく
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インディアンズの土鈴

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      僖公二十四年:晋の文公、本国に帰る / 晋の文公制覇の時代  
                  

                          

              ※ 国に止まっていた男たち:晋の呂甥(りょうしょう)と郤
         芮(げきぜい)(懐公当時の大所)は、文公亡命中、晋に
         止まり官途に就いていたので、文公が即位すると、処罰さ
         れはしまいかと不安になった。そのあげく、二人は反乱を
         企てた。宮殿に放火して文公を殺そうという計画である。
         この計画を察知した寺大披(じじんひ)という男が、文公
         に謁見を申し出たが、文公は会おうとしなかった。文公は
         自らの亡命中、寺大披がとった行動を非難して、取次ぎの
         者に伝えさせた。「蒲(ほ)城の役(父、猷公が重耳を殺
         そうとした戦いにさいし、おまえは父君から翌日出発せよ
         と命令されたにもかかわらず、その日のうちに出発した。
         またその後、わたしが狄に滞在中、狄君と渭水の岸辺に狩
         に行ったとき、おまえは、恵公の命令を受けてわたしを殺
         しに来たが、そのときも、三泊して出発するように命令さ
         れながら、途中で一泊しただけで秋の地までやって来た。
         いかに君命とはいえ、こんなにも急いだのはどういうわけ
         だ。蒲城でおまえの刀で柚を切りおとされた着物は、まだ
         そのままにしてあるぞ。とっとと消えうせるがいい」 

         寺大技はこれにこたえて、言った。「わが君には、国外に
         おられる間、さまざまの経験を積まれたはず、もっとご理
         解があるものと思いましたが、今のお言葉をうけたまわれ
         ば、まだまだのご様子。これでは将来が案じられます。君
         命への絶対服従は、古来定められた臣下の遜。自分の仕え
         る君主が、あの男を殺せといえば、臣下としてはただその
         ために力をつくすよりほかありません。今は君主の座につ
         かれたとはいえ、当時わが君は、ただ蒲の人、狄の人とい
         うだけの存在でした。何も遠慮することはなかったのです。
         しかし、今となっては立場がちがいます。今度はわが君が、
         それこそ、蒲や狄の敵からねらわれる番です。かつて斉の
         桓公は、管仲が公の帯の釣を射た罪を許Lて、かれを宰相
         にとりたてました。わが君が、桓公の故知にならわれるつ
         もりがないのなら、ご命令を待つまでもなく、わたくしは
         晋を立ち去りましょう。そうなれば、晋を去るのはわたし
         一人ではないはずです」この言葉を聞いて、文公は目通り
         を許した。寺人波は、呂甥、郤芮の暗殺計画の内容を文公
         に告げた。

 【レモングラスが納豆のにおい緩和】

今月10日、納豆にタイ料理などで使われるハーブ「レモングラス」を混ぜると、においが緩和され
ることを龍谷大農学部(大津市瀬田大江町)の学生が突き止めた。レモングラスの消臭効果は広く知
られているが、発酵食品で確認されたのは珍しい。ハーブを提供した食品大手ハウス食品が、成果を
基に研究を進め、特許を申請している(中日新聞 2017.06.10)。

突き止めた2人の学生は、昨年10月から、農学部の学生を対象にした香辛料を使った製品を開発す
るプロジェクトに参加しており、納豆に着目したのは、指導担当の島純応用微生物学同大教授の提案
がきっかけ。納豆は、しょうゆベースのたれとからしで食べる人が多いとされるが、からしを他の香
辛料に置き換えることで、よりおいしく食べられないかと開発に取り組む。実験ではまず、ハウス食
品から提供されたクミンやカルダモン、コリアンダーなど二十四種類の香辛料を粉末にして、それぞ
れ納豆に加え食味やにおいを確認。その中でレモングラスが納豆のにおいを緩和させているように感
じる。二人は、においを和らげる効果的な量を求め、学部の教授らに協力を依頼。納豆の量に対して
レモングラスを0~1%混ぜて、違いを調べ、最適な量は0・1%であることを突き止める。



島教授らは、実験の結果をハウス食品に提供。同社がこの情報を基に研究を進めたところ、レモング
ラスが発酵食品全般に対してにおいを和らげる作用があることを確認し、今月6日、特許を申請。2
人は、キムチやチーズなど対象食品を広げて実験を重ね、県の郷土料理「ふなずし」でも効果を確認
している。7日に龍谷大瀬田キャンパスで製品開発の成果報告会が開かれ、2人が来場者らにレモン
グラスの粉末を混ぜた納豆を振る舞うと、「靴下のようなにおいが消えている」と関心を集めた。2
人の製品は、学部内のコンテストで1位の農学部賞に輝いた。研究グループの前田凌佑氏は、納豆は
嫌いではないが、実験で大量に食べすぎた。植物をテーマに別の研究もできたらと苦笑し、の石口竜
誠氏東京五輪までに商品化がかなえば、納豆が苦手な外国人にも食べてもらえ、世界にもっと日本食
を広められるのではないかと期待を込める。前出の島教授はひらめきを大切に実験を重ねたことが、
今回の成果につながった。何らかの形で研究を進められたと話す。

 

レモンのようなフレッシュな爽やかさに甘さも加わった、力強い香りが特徴のレモングラス。料理の
香り付けやハーブティとしても人気の薬草で、エスニック料理に多く使われる。インドでは数千年前
から伝承医学(アーユルヴェーダ)で「冷やすハーブ」として感染症治療や解熱に使用したり、母乳
の出をよくする作用を活用。このように、レモングラスには、東インド型と西インド型があります。
それぞれ学名が異なり、東インド型「Cymbopogon flexuosus 」、西インド型「Cymbopogon citrates」
の2つに分類され、東インド型も西インド型も香りはあまり変わらず、違いは特徴成分であるシトラ
ールの含有量。東インド型のほうにシトラールがやや多く含まれる。「レモングラス」という名前は、
レモンと同じこのシトラールという芳香成分が含まれていることに由来。見た目的にはレモンとは全
く異なるイネ科の植物で、イネのような細長い葉を持つ1~1メートル程の高さの多年草。

精油はその葉から、水蒸気蒸留法により抽出されます。レモングラス自体は柑橘類ではないが、レモ
ンに似た香りは柑橘系に分類される。鮮烈な立ち上がりの早いレモングラスの香りはトップノートで
だが、後々にハーブ系のほのかな甘みと温かみある香りの余韻も楽しめるベースノートでもある。レ
モングラスの精油は、インドだけでなく、スリランカやベトナム、インドネシアなどで生産される。



レモングラスの香りは、心を元気にする作用に優れています。疲れを感じたときや、やる気がでない
ときにパワーを与えてくれる。「ドライバーの精油」とも呼ばれ、運転時にリフレッシュや集中力が
必要なときに好適。また、消化促進作用により食欲が向上するとともに消化不良を改善する作用があ
り、鎮痛作用があり代謝と血行を促進するので、運動後の疲労回復や神経痛、頭痛の改善に効果的で。
冷えが原因のむくみや肩こりにも利用されている。レモングラスには優れた殺菌作用があるので水虫
やニキビにも良いが、成分の8割程を占めるシトラールは皮膚刺激を起こすことがあるとあるため使用
には希釈濃度低くして使用する。トリートメントオイルやローションなどにレモングラスの精油を使
う場合、他の精油であればボディ用で1%以下(顔用だと0.5%以下)の濃度、レモングラスは刺激
が強い。虫が嫌う香りなので虫よけスプレーに使用できるほか、芳香水としても使用できる。このよ
うに、食品、医療品、アロマ、除虫剤、防腐剤などの環境にやさしい商品開発ができそうだ。やった
ね!二人の学生さん。 

 

    

読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

    35.あの場所はそのままにしておく方がよかった

  彼女は私の目をまっすぐ見据えたまま言った。「そこまではわからない。先生にもわからな
 い?」
 「いや、心当たりはないよ」と私は嘘をついた。秋川まりえの目に、嘘をあっさりと見やぷられ
 てしまわないことを祈りながら。私は嘘をつくのが昔からあまり得意ではない。作り話をすると
 すぐ顔に出てしまう。しかし本当のことをここで打ち明けるわけにはいかない。

 「ほんとに?」
 「本当に」と私は言った。「彼が今日うちを訪ねてくるなんて、ぜんぜん予想もしていなかった」
 まりえは私の言うことをいちおう信じてくれたようだった。実際のところ、今日うちにやって
 くるとは免色は言っていなかったし、彼の突然の来訪は私にとっても予期せぬ出来事だったのだ。
 私は嘘をついたわけではない。

 「あのひとは不思議な目をしている」とまりえは言った。
 「不思議って、どんな風に?」
 「目がいつもなにかしらつもりを持っているみたいに見える。赤ずきんちやんの狼と同じ。たと
 えおばあさんのかっこうをしてベッドに横になっていても、目を見ればすぐに狼だとわかる」

  赤ずきんちやんの狼?

 「つまり君は免色さんに、何かネガティブなものを感じたということなのかな?」
 「ネガティブ?」
 「否定的なもの。害をなすものとか、そういうこと」
 「ネガティブ」と彼女は言った。そしてその言葉は彼女の記憶の抽斗に仕舞い込まれたようだっ
 た。「青天の霹靂」と同じように。 
 「そういうことでもない」とまりえは言った。「悪いイトをもっているという風には思わない。
 でもきれいなしらがのメンシキさんは何かを背中のうしろに隠していると思う」
 「君はそれを感じるんだね?」
 
  まりえは肯いた。「だから先生にいちおう確かめに来たの。先生が免色さんについて、なにか
 を知っているかもしれないと思って」
 「君の叔母さんも、君と同じようなことを感じているんだろうか?」と私は、彼女の質問をかわ
 すように尋ねた。
  まりえは小さく首を傾げた。「いいえ、叔母さんはそういう考え方はしない。他人にネガティ
 ブな気持ちを持つことのあまりない人だから。そして彼女はメンシキさんに興味を持っている。
 トシは少し離れているみたいだけど、ハンサムだし着ている服もきれいだし、とってもお金持ち
 みたいだし、一人で暮らしているということだし……」
 「君の叔母さんは彼に好意を持っている?」
 「そう思う。メンシキさんと話をしているときはすごく楽しそうだった。明るい顔をして、声も
 少しうわずっていた。いつもの叔母さんとは違う。そしてメンシキさんのほうも、そういう違い
 のことはなんとなく感じとっているはずだと思う」

  私はそれについては何も言わず、二人の湯飲みに新しいお茶を往いだ。そしてそのお茶を飲ん
 だ。

  まりえは一人でしばらく考えを巡らせていた。「でもどうして私たちが今日ここに来ることが、
 メンシキさんにわかっていたのかしら。先生が敦えたの?」
  私はできるだけ嘘をつかなくて済むように慎重に言葉を選んだ。「免色さんには、君の叔母さ
 んと今日ここで会うようなつもりはもともとなかったと思うよ。君たちがうちにいるのを知って、
 そのまま帰るうとしたのをぼくがむりに引き留めたくらいだから。彼はたまたまうちにやって来
 て、彼女がたまたまそこにいて、その姿を見て興味を持ったんじやないかな。君の叔母さんはな
 かなか魅力的な女性だから」

  まりえは私の言ったことにすっかり納得したようには見えなかったが、それ以上その問題を追
 及することもしなかった。ただしばらくのあいだ食卓に肘をついて、むずかしい顔をしていただ
 けだった。

 「でもとにかく、君たちは来週の日曜日に彼のうちを訪問することになっている」と私は言った。
 まりえは肯いた。「そう、先生の描いた肖像画を見せてもらうために。そして叔母さんはその
 ことをとても楽しみにしているみたい。日曜日にメンシキさんのおうちを訪問することを」
 「叔母さんにだってやはり楽しみは必要だよ。なにしろこんなひとけのない山の上で暮らしてい
 るわけだし、都会にいるのとは違って、男性と新しく知り合う機会もそれはどないだろうから」

  秋川まりえはしばらく唇をまっすぐに堅く結んでいた。それから打ち明けるように言った。

 「叔母さんにはずっと恋人がいたの。長く真剣につきあっていた男のひとが。ここに来る前、東
 京で秘書の仕事をしていたころのことだけど。でもいろいろあって、結局うまくいかなくなって、
 叔母さんはそのことでとても深く傷ついたの。それもあってお母さんが死んでしまったあと、う
 ちに来てわたしたちと同居するようになった。もちろんホンニンの口から聞いたんじやないけど」

 「でも今は交際している人はいない」
  まりえは肯いた。「たぶん今、つきあっている男のひとはいないと思う」
 「そして君は叔母さんが一人の女性として、免色さんに対してそういう淡い期待みたいなものを
 抱いていることをいささか心配に思っている。だからぼくに相談するためにここにやってきた。
 そういうことかな?」
 「ねえ、メンシキさんは叔母さんをユウワクしているんだと思う?」
 「誘惑している?」
 「真剣な気持ちがあるんじやなく」
 「それはぼくにもわからない」と私は言った。「ぼくもそこまでよく免色さんのことを知らない
 んだ。それに彼と君の叔母さんとは今日の午後に出会ったばかりだし、具体的にはまだなにごと
 も起こっていない。またそういうのは人の心と心のあいだの問題だから、話の進み具合によって
 微妙に変化していくものだ。ちょっとした心の動きが大きく膨らんでいくこともあるし、また逆
 の場合もある」
 「でもわたしには予感みたいなものがあるの」と彼女はきっぱり言った。
 とくに根拠はないにせよ、彼女の予感みたいなものを信じてもいいような気がした。それはまた
 私の予感みたいなものでもあった。

  私は言った。「そして君は何かが起こって、叔母さんがもうコ伎精神的に深く傷つくんじやな
 いかと心配している」
  まりえは短く肯いた。「叔母さんは用心深い性格ではないし、傷つくことにもあまり馴れてい
 ない」
 「そういうと、なんだか君の方が叔母さんのことを保護しているみたいに聞こえるな」と私は言
 った。
 「ある意味では」とまりえは真剣な顔つきで言った。
 「それで君はどうなんだろう? 傷つくことには馴れているのかな?」
 「わからない」とまりえは言った。「でも少なくともわたしは恋をしたりしない」
 「でもいつかは恋をする」
 「でも今はしない。胸がもう少し膨らむまでは」
 「そんなに先のことじゃないと思うよ」

  まりえは軽く顔をしかめた。たぶん私を信用していないのだろう。
  そのとき私の胸にふと小さな疑念が生まれた。もしかしたら免色は、まりえとの繋がりを確保
 することを主な目的として、秋川笙子に意図的に接近しようとしているのではないだろうか?
  免色は秋川まりえについて、私にこう言った。一度短く顔を合わせたくらいでは何もわかりま
 せん。もっと長い時間が必要です。
  秋川笙子は免色にとって、彼がこれからも継続的にまりえと顔を合わせるための重要な仲介者
 になるはずだ。彼女はまりえの実質的な保護者であるわけだから。そしてそのためには免色はま
 ず秋川笙子を――多かれ少なかれ――手中に収める必要かおる。免色ほどの男にとって、それは
 とくに困難を伴う作業とも言えないだろう。朝飯前とまでは言えないにせよ。それでも私は、彼
 がそのような意図を隠し持っているとは思いたくなかった。騎士団長が言うように、彼は常に何
 かしら企みを胸に抱かざるを得ない男なのかもしれない。しかし私の目にはそこまであざとい人
 間には見えなかった。

 「免色さんの家はなかなか見応えのある家だよ」と私はまりえに言った。「とても興味深いとい
 うか、とにかく目にしておいて損はない」
 「先生はメンシキさんのおうちに行ったことがある?」
 「一度だけ。夕食をご馳走になった」
 「この谷間の向かいにある?」
 「うちからだいたい真向かいのところに」
 「ここから見える?」
  私は少し考えるふりをした。「うん、小さくだけどね」
 「見てみたいな」

  私は彼女をテラスに連れて行った。そして谷間を隔てた山の上にある、免色の屋敷を指さした。
 庭園灯がその白い建物を、夜の海上を行く優雅な客船のようにほんのりと浮かびあがらせていた。
 家のいくつかのガラス窓にはまだ明かりがついていた。どれも遠慮がちな小さな明かりだった。

 「あの白い大きな家のこと?」とまりえはびっくりしたように言った。そして私の顔をひとしき
 りまじまじと見た。それから何も言わず、再び遠くに見える屋敷に視線良民した。
 「あの家ならわたしのうちからもよく見える。見える角度はここからとは少し連っているけど。
 いったいどんな人があんな家に住んでいるんだろうと、前々から興味を持っていた」
 「なにしろよく目立つ家だからね」と私は言った。「でもとにかくあれが免色さんの家だよ」 

  まりえは手すりから身を乗り出すようにして、長いあいだその屋敷を眺めていた。その屋根の
 上にはいくつかの星がまたたいていた。風はなく、小ぶりな堅い雲は空の同じ場所にじっと留ま
 っていた。ベニヤ板の背景に釘でしっかり打ちつけられた舞台装置の雲みたいに。少女がときど
 き首を曲げると、まっすぐな黒髪が月の光を受けて艶やかに光った。
 「あのうちにメンシキさんはほんとうに一人で往んでいるの?」とまりえが私の方を向いて言っ
 た。
 「そうだよ。あの広いうちに一人で往んでいる」
 「結婚はしていない?」
 「結婚したことはないと言っていた」
 「どんな仕事をしているひと?」
 「よくは知らない。広い意昧での情報ビジネスだと言っていた。ITの関係かもしれない。しか
 し今のところ、決まった仕事はしていないということだ。白分か立ち上げた会社を売却したお金
 と、あとは株式の配当みたいなもので生活しているんだそうだ。それ以上詳しいことはぼくには
 わからない」
 「仕事はしていない?」と眉をひそめてまりえは言った。
 「本人はそう言っていたよ。家から出ることはほとんどないんだって」
  ひょっとしたら、今こちらからこうして免色の家を眺めている我々二人の姿を、免色はあの高
 性能の双眼鏡で見ているかもしれない。夜中のテラスに並んで立っている私たちを目にして、彼
 はいったいどんなことを考えるだろう?

 土鈴

 「君はそろそろ家に戻った方がいい」と私はまりえに言った。「もう時間も遅いから」
 「メンシキさんのことはともかく」と彼女は小さな声で打ち明けるように言った。「わたしは先
 生にわたしの絵を描いてもらうことを嬉しく思っている。そのことをきちんと言っておきたかっ
 た。どんな絵ができるかとても楽しみにしている」
 「うまく描けるといいんだけど」と私は言った。そして彼女の言葉に少なからず心を動かされた。
  この少女は絵のことになると、不思議なくらい素直に心を間くことができるのだ。
  私は彼女を玄関まで送った。まりえはぴたりとした薄手のダウン・ジャケットを着て、インデ
 ィアンズの野球帽を深くかぶった。そうするとどこかの小さな男の子のように見えた。
 「途中まで送っていこうか?」と私は尋ねた。



 「大丈夫。馴れている道だから」
 「それでは来週の日曜日に」
  でも彼女はすぐには立ち去らず、そこに立ったまま、ドアの縁を片手でしばらく押さえていた。
 「ひとつだけ気になったことがある」と彼女は言った。「鈴のことだけど」
 「鈴のこと?」
 「さっきここに来る途中で鈴の音が聞こえたような気がした。先生のスタジオに置いてあった鈴
 とたぶん同じ音だった」
  私は一瞬言葉を失った。まりえは私の顔をじっと見て
 「どのあたりで?」と私は尋ねた。「あの林の中。祠の裏のあたりから」

  私は暗やみの中に耳を澄ませた。しかし鈴の音は聞こえなかった。どのような音も聞こえなか
 った。ただ夜の沈黙が降りているだけだ。
 「怖くはなかった?」と私は尋ねた。
  まりえは首を振った。「こちらからかかおりあいにならなければ、怖いことはない」
 「少しここで待っていてくれないか」と私はまりえに言った。そして急ぎ足でスタジオに行った。
  棚の上に置いたはずの鈴はもうそこにはなかった。それはどこかに消えてしまっていた。


誰かがその石の下で、救助信号を送っているのかもしれない鈴の音を聞き止めた秋山まりえ、そして
主人公(語り手)作品の中では「名無しの権兵衛」にある鈴が突如消える意味深なシーンが描かれこ
の章は綴じられる。次章「試合のルールについてぜんぜん語り合わない」に移る。面白い。



                                      この項つづく

 

 


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