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帰ってきたドクターX

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                         梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子        

                                

       ※ 顧みて他を言う:孟子が宣王に言った。「あなたの臣下に、妻子を友
         人にあずけて楚に旅立った老があったとします。いざ帰ってみると、
         友人は妻子を飢えと寒さに泣かせていました。こんな薄偕老をあなた
         はどうなさいますか」「追放します」「司法長官が部下を統率できな
         かったとしたら?」「免職です」「では、お国がうまく冶まっていな
         いとしたら?」 宣王は側近をかえりみて、別の話をはしめた。

         【解説】 つごうの悪いときに、ごまかしたりテレかくしをしたりす
              ることを「かえりみて他を言う」というのは、ここから出
              ている。 

 

 

    No.83

 【蓄電池篇:最新技術事例】 

国際再生可能エネルギー機関(IRENA)による2030年には定置型蓄電池市場が現状から17~38倍
に急伸すると予測(上図クリック)されており、リサイクル事業(下表クリック)など様々な事業が拡大
基調にある。そこで、この『エネルギーフリー社会を語ろう!』シリーズでも最新技術動向を独自目線で
取り上げていこことにする。

❏ 特開2014-170741  電気化学デバイスの駆動方法  株式会社半導体エネルギー研究所

この特許事例は多少時間が警戒しているが、「リチウムイオン電池などを構成するセパレータの目詰まりすると、バ
ッテリーのサイクル特性劣化防止/性能維持時間の外延技術について考えてみる。尚、この特許は米国ににも申
請航海されている(US 9787126 B2, Driving method of electrochemical device. Oct. 10. 2017)。

【概要】

リチウムイオン二次電池などのバッテリーは、充電/放電を繰り返すことで劣化し、電池容量が徐々に低
下する。劣化したバッテリーを分析すると、一対の電極( 正極と負極) 間に設けているセパレータの変
質/目詰まりが原因である。セパレータは、一対の電極が短絡しないように隔壁を機能する。また、電解
液中でも安定な素材で構成される。さらに、充電や放電の際にリチウムイオンが一対の電極間を往き来す
るための通路確保に微細な穴を複数有す。リチウムイオン二次電池などのバッテリーのセパレータの目詰
まりによる劣化を抑制または回復する手段を提供することを課題とする。または、リチウムイオン二次電
池などのバッテリーにおいて、セパレータの目詰まりを低減する手段を、または、バッテリー内部抵抗の
増加を抑える手段を、さらに、バッテリー出力の低下を抑える手段を、提供にあたり、充電中に逆パルス
ス電流を複数回流すことにより、セパレータの目詰まりを防止し、充電時の電圧上昇(内部抵抗の増加)
を抑え、正常な充電を繰り返し行うことで問題解決できる。


【図1】充電中に逆パルス電流を流す方法の一例を説明するための模式図
【図2】リチウムイオン二次電池の充電時の概念図

【符号の説明】

10:バッテリー 12:正極 13:電解液 14:負極 15:セパレータ

【特許請求範囲】 

バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、初期値から少なくとも10%以上容量が劣化した
バッテリーに対して、充電中に逆パルス電流を複数回流すことにより劣化を回復させて、逆パルス
電流を複数回流した後において初期値からの容量の劣化を5%未満にすることを特徴とする電気化
学デバイスの回復方法。 バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、急速充電をして容量が初期値から劣化したバッテ
リーに対して、充電中に逆パルス電流を複数回流すことにより劣化を回復させて、逆パルス電流を
複数回流した後において初期値からの容量の劣化を5%未満にすることを特徴とする電気化学デバ
イスの回復方法。 バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、充電と放電を300回以上繰り返し行って初期値
から容量が劣化したバッテリーに対して、充電中に逆パルス電流を複数回流すことにより劣化を回
復させて、逆パルス電流を複数回流した後において初期値からの容量の劣化を5%未満にすること
を特徴とする電気化学デバイスの回復方法。 請求項1乃至3のいずれか一において、前記バッテリーは、正極、負極、セパレータ、及び電解液
を含む電気化学デバイスの回復方法。 請求項1乃至4のいずれか一において、前記バッテリーは、リチウムを含む電気化学デバイスの回
復方法。 バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、初期値から少なくとも10%以上容量が劣化した
バッテリーに対して、充電中に流す電流とは、逆方向に流れるような電流を1回の充電期間中に複
数回流すことにより劣化を回復させて、前記電流をバッテリーに複数回流した後において初期値か
らの容量の劣化を5%未満にすることを特徴とする電気化学デバイスの駆動方法。

 

❏ 特開2017-189099  蓄電システム  古河電気工業株式会社

需要地で消費される電力を貯蔵すると共に、必要に応じて電力を供給する蓄電システムが普及しつつある。
例えば、停電の発生により、蓄電システムを構成する電子機器に対して商用電源からの給電が停止された
場合、バックアップ用としての蓄電池から給電する技術――例えば、商用電源から供給される電力を変換
する第1電力変換部(AC/DC変換器)と、蓄電池から供給される電力を変換する第2電力変換部(D
C/DC変換器)とが出力側で接続されており、第1電力変換部での出力電圧は、第2電力変換部での出
力電圧よりも高く設定されている蓄電システム――が提案されている。

【概要】

ところで、蓄電システム向けの蓄電池は、一般的には数百V程度の高い定格電圧を有すが、蓄電池全体の
電源電圧がDC/DC変換器に入力される接続形態を採用すると、この電圧に耐え得る高電圧部品を搭載
する必要があるが、高電圧部品は、汎用的な電子部品と比べて高額で、耐久性・耐環境性の観点から高頻
度の部品交換を必要とする。その結果、蓄電システムの製造・維持管理に関わるコストが高騰する。その
システムの一部を構成する電子機器に対し、商用電源からの給電が停止された後に引き続き給電可能であ
ると共に、高電圧部品の取扱いの観点から製造・維持管理に関わるコストを抑制可能な蓄電システムの提
供にあっては、下図のように商用電源30から供給される電力を変換する第1電力変換部20と、蓄電池
12から供給される電力を変換する第2電力変換部22の出力側接続点Pを経由して電力が出力される。
第1電力変換部20から出力される電力の電圧は、第2電力変換部22から出力される電力の電圧よりも
高く設定されている。蓄電池12は、複数の蓄電要素38が直列接続されてなり、第2電力変換部22は、
蓄電要素38の総数よりも少ない個数の蓄電要素38が入力側に接続された少なくとも1つのDC/DC
変換器40を含む構成することで対応できる。

【図1】第1実施形態に係る蓄電システムの電気ブロック図
【図2】図1に示す蓄電池及び第2電力変換部の電気回路図

 【符号の説明】

10、50、60‥蓄電システム  12‥蓄電池 14‥PCS(電子機器)  16‥BMU(電子機器) 18、56‥EMS
(電子機器、蓄電池制御部) 20‥第1電力変換部    22‥第2電力変換部  24、26‥リレー  28‥分電盤
30‥商用電源    32‥AC/DC変換器  34、42‥逆流防止ダイオード   36‥スイッチ

❏ 特開2017-189089  低温環境でのリチウムバッテリー保護システム
                       イファハイテク カンパニーリミテッド 

本件は、リチウムバッテリー保護システムで、リチウムバッテリーの状態を管理するBMS(Battery Management Sy-
stem)の電源をコントローラから供給して、バッテリーの充電が不可能な冬季の低温環境でリチウムバッテリーが完
全放電を防止する冬季の低温環境でのリチウムバッテリー保護システム技術。

【概要】

主電源が喪失したときに、設備または負荷が持続的に動作できるように電源を供給する装置として、無停
電電源供給装置(USP;Uninterruptible Power Supply)がある。また、電力を貯蔵しておき、電力消耗の多い
ピーク時間帯に貯蔵された電力を供給して使用できるようにする装置として、エネルギー貯蔵装置(ESS;
Energy Storage System)があり、このような無停電電源供給装置及びエネルギー貯蔵装置は、非常または
遊休電力を用いて電力を安定に供給できるようにするという点で、最近注目されている装置の一つである。
このような無停電電源供給装置やエネルギー貯蔵装置は、一般に、インバータや切り替えスイッチなどの
電力変換モジュール、変圧器、フィルター、コントローラ、および、蓄電池部などで構成。従来は、電力
を貯蔵する蓄電池として鉛蓄電池が主に用いられたが、最近は、寿命、重量、大きさなどで大きな利点が
あるリチウムイオンやリチウムポリマーなどのリチウム系バッテリーが用いられる。

リチウム系列のバッテリーは、通常、5℃~40℃の条件で充電が行われ、零下での充電は、電池内のリ
チウムイオンの化学反応性が著しく低下するため、バッテリーの老化をもたらす。したがって、冬季や寒
い地域では、氷点下の気温でバッテリーの充電が可能なように、バッテリーの温度を充電可能な温度に維
持するためのヒーター装置をシステムに追加するようになり、ヒーティング装置の追加は、システム構成
を複雑にし、作製コストがかかり、システムの信頼性が低下する。

下図1は、このような従来のBMSが適用されたバッテリーシステムの構成図であって、外部から入力さ
れる交流電源は、コントローラ10の制御によってインバータ20を介してバッテリー30を充電する。
また、バッテリー30の電源供給が必要な場合、バッテリー30に充電されたDC電源は、コントローラ
10の制御によってインバータ20を介し交流に変換され、負荷に交流電源を供給する。一方、BMS40
は、コントローラ10のIGNTION信号に応じ駆動され、バッテリー30の充電可能な温度範囲を設定した
後、温度範囲を外れた場合、充放電 B/D25に充電停止信号を伝送してバッテリーの充電が停止する
ように制御。また、BMS40は、充電及び放電時に複数のセルで構成されたリチウムバッテリーのセル
間電圧の偏差が最小化するように制御、このようにバッテリー30のセル間電圧、電流、温度の管理及び
充放電を管理するBMS40は、バッテリー30から電源供給されて動作する。


しかし、低温環境で長時間にわたりBMS40の充電停止命令によりバッテリーが充電されない場合にも、
充放電  B/D25の充電/放電リレーの駆動電力が継続消耗される。このような充電/放電リレーの消
耗電力とBMS40の消耗電力により、バッテリー30は継続放電し、低温状態が長期間続くと、バッテ
リー30が過放電現象が発生し、バッテリー電圧が動作停止電圧以下に放電されると、充電可能な条件に
なっても再起動が不可能となりめ、バッテリーを交換したり、再生させなければならない。このように、
冬季の低温環境が続く場合にも、リチウムバッテリーが完全放電されることを防止することが可能な、低
温環境でのリチウムバッテリー保護システムの提供にあたっては、下図2のごとく、低温環境でリチウム
バッテリーの充放電を制御して保護するシステムであって、外部から供給される電源を介して充電され、
充電された電源を放電させて外部に出力するリチウム系列のバッテリーモジュールと、バッテリーモジュ
ールを充電させ、バッテリーモジュールの放電時にバッテリーモジュールの電源を交流電源に変換して出
力する充電及び放電機能を行うインバータと、バッテリーモジュールの充電及び放電動作を制御するBMS
と、BMSの制御信号に応じインバータの動作を制御してバッテリーモジュールの充電及び放電動作を制御
するコントローラとで構成されるリチウムバッテリー保護システムを提供する。


 【符号の説明】

100  コントローラ 110  中央制御部 120 設定部 130 表示部 140 警報提供部
150  インバータ動作制御部   160   電源部 161 電源入力モジュール 61a  AC INP
UT電源入力 161b AC OUTPUT電源入力 161c  インバータ電源入力 161d  バッ
テリーモジュール電源入力 170  動作電源変換モジュール 180 BMS電源供給モジュール 
190  メモリ部 200  インバータ 300  バッテリーモジュール 400 BMS

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

     第57章 私がいつかはやらなくてはならないこと

   それでもいつか私は彼の姿をそこにしっかり描き上げることだろう。その男をその闇の中から
  引きずり出すだろう。相手がどれほど激しく抵抗しようと。今はまだ無理かもしれない。しかし
  それは私がいつかは成し連げなくてはならないことなのだ。

   そして私はもう一度『秋川まりえの肖像』に視線良民した。彼女をもう実際のモデルとして必
  要としないところまで、私はその線を描き上げていた。あとは一連の技術的な仕上げをすればい
  いだけだ。そうすれば線は完成の域に達する。それはあるいは、私がこれまでに描いた線の中で
  は、もっとも得心のいく作品になるかもしれない。少なくともそこには、秋川まりえという十三
  歳の美しい少女の姿が生き生きと鮮やかに浮かび上がってくるはずだった。私にはそれだけの自
  負かあった。しかし私かその線を完成させることはあるまい。彼女の何かを護るために、その線
  は未完成のままに留めておかなくてはならない。私にはそのことがわかっていた。

   なるべく早いうちに片付けなくてはならないことがいくつかあった。ひとつは秋川笙子に電話
   をかけて、まりえが家に戻ってきた経緯を彼女の口から聞くことだった。そしてもうひとつはユ
   ズに電話をかけて、君に会って一度ゆっくり話をしたいんだと告げることだった。そうしなくて
   はならないと、あの真っ暗な穴の底で私は心を決めたのだ。そういう時期が来ている。それから
   もちろん、雨田政彦にも話をしなくてはならない。私がなぜあの伊豆高原の施設から突然姿を消
   して、この三日間行方不明になっていたのかという説明をする必要かおる(それがどんな説明に
   なるのか、なり得るのか、見当もつかなかったが)。

    しかし言うまでもなく、こんな夜明け前の時刻に彼らに電話をかけることはできなかった。も
   う少しまともな時刻がやってくるのを待たなくてはならない。その時刻はたぶん――時間が普通
   どおりに動いていれば――そのうちにやってくるはずだ。私はミルクを鍋で温めて飲み、ビスケ
   ットをかじりながら、ガラス窓の外を眺めていた。窓の外には暗闇が広がっていた。星の見えな
   い暗闇だった。夜明けまでにはまだ時間がある。一年のうちでいちばん夜が長い季節なのだ。

    とりあえず何をすればいいのか、私には見当がつかなかった。一番まともなのはもう一度ベッ
   ドに入って寝てしまうことだったが、もう眠くはなかった。本を読む気にはなれなかったし、仕
   事をする気にもなれなかった。するべきことを何ひとつ思いつけなかったので、とりあえず風呂
   に入ることにした。バスタブに湯をはり、湯がたまるまで私はソファに横になって、ただあても
   なく天井を眺めていた。

    なぜ私はあの地底の世界を通り抜けなくてはならなかったのだろう? あの世界に入っていく
   ために、私はこの手で騎士団長を刺殺しなくてはならなかった。彼が犠牲となって命を落とし、
   私が闇の世界でいくつかの試練を受けることになった。そこにはもちろん理由がなくてはならな
   い。その地底の世界には紛れもない危険があり、確かな恐怖があった。そこではどんな異様なこ
   とが持ち上がっても不思議はなかった。そしてその世界をなんとかくぐり抜けることによって、
   そのプロセスを通過することによって、私は秋川まりえをどこかから解放することができたよう
   だった。少なくとも秋川まりえは無事に家に帰ってきた。騎士団長が予言したように。でも私か
   地底の世界で体験したことと、秋川まりえが帰還したこととのあいだに具体的な並行関係を見い
   だすことが、私にはできなかった。

    あの川の水が何かしら重要な意味を持っていたのかもしれない。あの川の水を飲んだことで、
   おそらく私の体内の何かが変質を遂げたのかもしれない。論理づけて説明はできないけれど、そ
   れが私の身体が抱いている率直な実感だった。その変質を受け入れることによって、私はどう考
   えても物理的には抜けられないはずの狭い横穴を、向こう側までくぐり抜けることができたのだ。

    そして閉所に対する根深い恐怖を克服するにあたって、ドンナ・アンナと妹のコミが私を導き、
   励ましてくれた。いや、ドンナ・アンナとコミはひとつのものだったのかもしれない。彼女はド
   ンナ・アンナであり、それと同時にコミでもあったのかもしれない。彼女たちが私を闇の力から
   護り、同時に秋川まりえの身をも護ってくれたのかもしれない。
    しかしだいたい秋川まりえはとこに幽閉されていたのだろう? だいいち彼女は本当にどこか
   に幽閉されていたのだろうか? 私が渡し守である〈顔のない男〉にペンギンのお守りを与えた
   ことは(与えないわけにはいかなかったのだが)、彼女の身の上に好ましくない影響を及ぼした
   のだろうか? あるいは逆に、そのフィギュアは何らかのかたちで秋川まりえの身を護る彼に立
   ったのだろうか?

    疑問の数がただ増えていくばかりだ。

    ようやく姿を現した秋川まりえ自分の口から、前後の事情が多かれ少なかれ明らかになるかも
   しれない。私としてはそれを待つしかない。いや、先になっても事実はまったく判明しないまま
   終ってしまうかもしれない。秋川まりえは自分の身に起こったことを何ひとつ記憶していないか
   もしれない。あるいは覚えていたとしても、それについては誰にもしやべらないと心を決めてい
   るかもしれない(私自身がそうであるのと同じように)。

    いずれにせよ、私はこの現実の世界でもう一度秋川まりえに会って、二人きりでじっくり話し
   合う必要があった。この数日間にお互いの身に起こった出来事について情報を交換する必要があ
   った。もしそうすることが可能であれば。
    しかしここは本当に現実の世界なのだろうか?
    私は自分のまわりにある世界をあらためて見渡した。そこには拡の見慣れたものがあった。窓
   から吹き込む風にはいつもと同じ匂いがしたし、あたりからは聞き慣れた音が聞こえた。

    でもそれは一見現実の世界に見えるだけで、本当はそうではないのかもしれない。これは現実
   の世界だと、私がただ思い込んでいるだけかもしれない。私は伊豆高原の穴に入って、地底の国
   を通り抜け、三日後に間違った出口から小田原郊外の山の上に出てきたのかもしれない。私が戻
   ってきた世界が、拡が出て行ったのと同じ世界であるという保証はとこにもないのだ。
    私はソファから起き上がり、服を説いで風呂に入った。そしてもう一度身体の隅々まで石鹸で
  丁寧に洗った。髪も念人りに洗った。歯を磨き、綿棒で耳の掃除をし、爪を切った。髭も剃った
  (それほど仲びてもいなかったのだが)。下着をもう一度新しいものに代えた。アイロンをかけ
  たばかりの白いコットンのシャツを着て、折り目のついたカーキ色のチノパンツをはいた。私は
  少しでも礼儀正しく現実の世界に向き合おうと努めた。でもまだ夜は明けなかった。窓の外は真
  っ暗だった。このまま永遠に朝は来ないのではないかという気がしたほどだった。
 
   しかしほどなく朝はやってきた。私はコーヒーを新しくつくり、トーストを焼いてバターを塗
  って食べた。冷蔵庫にはもうほとんど食品は入っていなかった。卵が二個と、古くなった牛乳と、
  野菜がいくらか残っているだけだった。今日のうちに買い物に行かなくてはな、と私は思った。
   台所でコーヒーカップと皿を洗っているあいだに、年上の人妻のガールフレンドにしばらく会
  っていないことに気がついた。もうどれくらい顔を合わせていないだろう? 日記を見ないこと
  には正確な日にちは思いい出せない。でもとにかくかなり長くだ。私のまわりでここのところ立
  て続けにいろんなことが――いくつかの思いもかけぬ普通ではない出来事が――持ち上がったせ
  いで、彼女からしばらく連絡がなかったことに今まで思い当たらなかった。

   なぜだろう? これまで少なくとも週に二回くらいは電話をかけてきだのに。「どうしてる、
  元気?」と。でも私の方から彼女に連絡を取ることはできなかった。彼女は携帯電話の番号を敢
  えてくれなかったし、私は電子メールを使わない。だからもし会いたくなっても、彼女から電話
  がかかってくるのを待つしかない。
   でも朝の九時過ぎに、ちょうど彼女のことをぼんやり考えているときに、そのガールフレンド
  から電話がかかってきた。

  「話さなくてはならないことがあるんだけど」、彼女は挨拶も抜きでそう言った。
  「いいよ、話せばいい」と私は言った。

   私は電話をとり、キッチンのカウンターにもたれて話をしていた。それまで空にかかっていた
  厚い雲が少しずつ切れ始め、初冬の太陽がそのあいだからおずむずと顔をのぞかせていた。天候
  は回復しつつあるようだ。しかし彼女の話はどうやらあまり好ましい種類のものではなさそうだ
  った。
  「もうあなたに会わない方がいいと思うの」と彼女は言った。「残念だけど」
   彼女が本当に残念だと思っているのかどうか、声の響きからだけでは判断できなかった。彼女
  の声には明らかに抑揚が不足していた。
  「それにはいくつかの理由があるの」
  「いくつかの理由」と私は彼女の言葉をそのまま繰り返した。
  「まずひとつには、夫が少し私のことを疑い始めている。何か気配みたいなものを感じているみ
  たい」
  「気配」と私は彼女の言葉を繰り返した。
  「こういう状況になると、女の人にはそれなりの気配みたいなのが出てくるものなの。お化粧と
  か服装とかに前よりも気を遺うようになるとか、香水を変えるとか、熱心にダイエットを始める
  とか。そういうのが表に出ないように注意はしていたつもりなんだけど、それでも」
  「なるほど」
  「それにだいいち、こんなことを永遠に続けているわけにはいかない」
  「こんなこと」と私は彼女の言葉を繰り返した。
  「つまり、先のないこと。解決のしようのないこと」
   たしかに彼女の言うとおりだった。我々の関係はどう見ても「先のないこと」であり、「解決
  のしようのないこと」だった。そしてこのまま続けて行くにはリスクが大きすぎた。私の方には
  失うべきものはとくにないが、彼女にはいちおうまっとうな家庭があり、私立女子校に通う二人
  の十代の娘がいた。

  「もうひとつ」と彼女は続けた。「娘に面倒な問題が出てきたの。上の方の子に」
   上の方の娘。私の記憶に間違いがなければ、成績が良く、親の言うことをよくきき、これまで
  ほとんど問題を起こしたこともないおとなしい少女のことだ。
  「問題が出てきた?」
  「朝起きても、ベッドから出なくなったの」
  「ベッドから出なくなった?」
  「ねえ、私の言ったことをオウムみたいに繰り返すのはよしてくれない?」
  「悪かった」と私は謝った。「でもそれはどういうことなんだろう?ベッドから出てこないと
  いうのは?」

  「まったくそのとおりのことよ。二週間ほど前から、どうしてもベッドから出ようとしないの。
  学校にもいかない。パジャマを着たまま、一日中ベッドの中にいる。誰が話しかけても返事をし
  ない。食事をベッドまで運んでも、ほとんど口にしない」
  「カウンセラーみたいな人には相談した?」
  「もちろん」と彼女は言った。「学校のカウンセラーに相談した。でもまったく娘に立だなかっ
  た」

   私はそれについて考えてみた。しかし私に言えることは何もなかった。だいいちその女の子に
  会ったこともないのだ。

  「そんなわけで、もうあなたとは会えないと思う」と彼女は言った。
  「家にいて、彼女の面倒をみなくてはならないから?」
  「それもある。でもそれだけじゃない」
   それ以上何も言わなかったが、私には彼女の心の中にあることがおおよそわかった。彼女は怯
  えているし、母親として自分のおこないに責任を感じてもいるのだ。
  「とても残念だ」と私は言った。
  「あなたが残念がっているより、私の方がより残念がっていると思う」

   そうかもしれない、と私は思った。

  「最後にひとつだけ言いたいんだけど」と彼女は言った。そして深く短く息をついた。
  「どんなことだろう?」
  「あなたは良い絵描きになれると思う。つまり、今よりももっと」
  「ありがとう」と私は言った。「とても励まされる」
  「さよなら」
  「元気で」と私は言った。

   電話を切ったあと、私は居間に行ってソファに横になり、天井を見上げながら彼女のことを考
  えた。考えてみればこれだけ頻繁に会っていながら、彼女の肖像画を描こうと考えたことは一度
  もなかった。そういう気持ちになぜかなれなかったのだ。でもその代わりに何枚かのスケッチを
  描いた。小型のスケッチブックに2Bの鉛筆で、ほとんど一筆書きみたいにして。大抵はみだら
  な格好をした裸体の彼女の線だった。脚を大きく広げて性器を見せつけている姿もあった。性交
  をしているところを描いたこともある。簡単な線画だったが、どれもずいぶんリアルだった。そ
  してどこまでも頂雑たった。彼女はそのような絵をとても喜んだ。

  「あなたって、こういういやらしい線を描くのが本当に上手なのね。さらさらとこともなげに描
  いているのに、ものすごくエッチ」
  「ただの遊びだよ」と私は言った。
   それらの絵は描いては、片端から棄ててしまった。誰が見るかもしれないし、そんなものをと
  っておくわけにはいかないから。でも一枚くらいはこっそり保管しておくべきだったのかもしれ
  ない。彼女が本当に存在していたことを、私自身に向けて証明するためのものとして。
   私はソファからゆっくり立ち上がった。一日はまだ始まったばかりだ。そして私にはこれから
  話をしなくてはならない何人もの相手がいた。

  May 5, 2014


    第58章 火星の美しい運河の話を聞いているみたいだ

   私は秋川笙子に電話をかけた。時刻は午前九時半をまわっていた。世間のほとんどの人々が既
  に日々の活動を始めている時刻だ。しかし電話には誰も出なかった。何度かのコールのあとで、
  留守番電話のメッセージに切り替わってしまう。ただいま電話に出ることができません、ご用の
  ある方は信号のあとでメッセージを……私はメッセージを残さなかった。彼女は姪の突然の失踪
  と帰還に関連する様々なものごとの処理に追われて忙しいのかもしれない。時間をおいて何度か
  電話をかけてみたが、受話器をとるものはいなかった。

   私はそのあとユズに電話をしようかと思ったが、就業時間中に仕事場に電話をしたくなかった
  ので、それはあきらめた。やはり昼休みまで待つことにしよう。うまくいけば短く話はできるか
  もしれない。長く話さなくてはならないような用件ではない。近いうちにコ皮会いたいのだが会
  ってくれるだろうか、具体的にはただそれだけの話だ。返事はイエスかノーで済む。イエスなら
  日にちと時刻と場所を決める。ノーならそこで話は終わる。

   それから私は――気は重かったが――雨田政彦に電話をかけた。政彦はすぐに電話に出た。私
  の声を聞くと、彼は電話口で特大の深いため息をついた。「それで、今は家なのか?」
  そうだ、と私は言った。

  「少し後でかけ直すけどかまわないか?」

   かまわない、と私は言った。十五分後に電話がかかってきた。ビルの屋上かどこかから携帯電
  話でかけているみたいだった。

  「いったい今までどこにいたんだ?」と彼は珍しく厳しい声で言った。「施設の部屋から何も言
  わずに急に姿を消してしまって、どこに行ったのかもわからない。わざわざ小田原の家まで様子
  を見に行ったんだぞ」
  「申し訳ないことをした」と私は言った。
  「いつ戻ってきたんだ?」
  「昨日の夕方に」
  「土曜日の午後から火曜日の夕方まで、いったいどこをほっつき歩いてたんだ?」
  「実を言うと、そのあいだどこにいて何をしていたか、まるで記憶がないんだ」と私は墟をつい
  た。

  「何ひとつ覚えていないけど、ふと気がついたら自分の家に帰っていたって言うのか?」
  「そのとおりだ」
  「よくわからないけど、それは真面目に言ってるのか?」
  「他に説明のしようがないんだ」
  「しかしそいつは、おれの耳にはいささか墟っぽく聞こえるな」 
  「映画や小説にはよくあることじゃないか」
  「勘弁してくれよ。テレビで映画とかドラマを見ていて、記憶喪失の話になると、おれはすぐに
  スイッチを切る。道具立てとしてあまりにも安易だから」
  「記憶喪失はヒッチコックだってつかっている」
  「『白い恐怖』か。あれはヒッチコックの中じゃ二流の作品だ」と政彦は言った。「それで本当
  はどういうことだったんだ?」
  「今のところ、何か起こったのか自分でもよくわからないんだ。いろんな断片をうまくつなぎ合
  わせることができないでいる。もう少しすれば、記憶もおいおい戻ってくるかもしれない。その
  ときにきちんと説明できると思う。でも今はだめだ。悪いけどもう少し待つってくれ」

 Gregory Peck and Ingrid Bergman in Spellbound

   政彦はしばらく考えていたが、やがてあきらめたように言った。「わかった。今のところは記
  憶喪失ということにしておこう。でも麻薬とか、アルコールとか、精神疾患とか、たちの悪い女
  とか、宇宙人のアブダクションとか、その手のものは話に含まれていないんだろうね?」

                                       この項つづく 

● 今夜の一言:ドクターXが帰ってきた

第5作目のテレビ朝日系ドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~』が帰ってきた。体調不良がつづき、
回復基調にあるとはいえ鬱状態で元気がでないが、現場での緊迫したシーンが命がけの体験をよみがえら
せ、闘志の復元を後押ししてくれた。

    


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