梁恵王篇 「仁とは何か」 / 孟子
※ なんじの行ないは、なんじにかえる上の防衛策:鄒(すう)と魯(ろ)が戦
ったときのこと、鄒の穆公が孟子にたずねた。「「こんどの戦でわが軍の部
将が三十三人も戦死した。だが、人民はだれひとり部将のために命を投げ出
さなかった。いっそ殺してやりたいくらいだが、全部を殺すわけにはゆかな
い。といって捨てておけば、これからも平気で上官を見殺しにするだろう。
一体、どうしたものであろう」「飢饉の年にあなたの国では、多くの年寄り
や子供がのたれ死にし、何千とも知れない若者が逃げ出しました。しかも、
王室の穀倉、金倉には五穀財宝が満ちあふれていました。部将たちはそれを
見て見ぬふりをしていました。自分の職務を怠けて、人民を見殺しにしたの
です。曽子(孔子の弟子)が言っています。
『心せよ、心せよ。なんじの行ないは、なんじにかえる』、いま人民はよう
やく怨みを晴らしたのです。その人民をとがめるのは筋違いというものです。
あなたが仁政を行なえば、当然、人民は上官のために一命を投げ出すでしょ
う」
〈鄒〉 現在の山東省都県にあった小国。孟子の出生地。
〈穆公〉古書には、孟子の進言をいれて仁政を行ない、人民の信望を得たとい
う伝記がみられる。
【ベアリングレス最新テンプルモータ技術】
❏ 特開2017-192295 電磁回転駆動装置及び回転装置
レヴィトロニクス ゲーエムベーハー 社
【概要】
テンプルモータ(temple motor)の構成された電磁回転駆動装置が知られている。本発明は、この実施
例に関する。テンプルモータは、図1及び図2の斜視図にそれぞれ示すように、2つの実施例が従来
知られている。より良く理解するため、図2のテンプルモータの軸線方向の断面を図3に示す。図1
~図3が先行技術の装置を図示。ここでは、符号にそれぞれ逆コンマ/ダッシュを付す。テンプルモ
タは、全体として、符号1’で特徴付けられる。テンプルモータの特徴として、ステータ2’が、軸
線方向A’と平行に延在する棒形状の長手方向リム41’をそれぞれ備える複数のコイルコア4’を
有する。なお、その方向は、ロータ3’の所望の回転軸線、つまり、ロータ3’が、軸線方向に直交
配設された径方向面で、ステータ2’に対して中心且つ傾斜しない位置条件の動作状態の回転軸線に
より定義される軸線方向A’を意味する。図1~図3では、のロータ3’の円盤状の永久磁石でそれ
ぞれ構成した、ロータ3’の各磁気有効コア31’のみを示す。永久磁石の磁化は、それぞれ、符号
なし矢印で示す。
さらに、電磁回転駆動装置は、ベアリングレスモータの原理に従い構成/動作する。なお、ベアリン
グレスモータという用語は、磁気ベアリングが別途設けられることなく、ロータがステータに対し完
全に磁気支持される電磁回転駆動装置をさす。このため、ステータ(固定子)は、ベアリング駆動ス
テータとして構成され、電気駆動のステータ(固定子)と磁気支持のステータとの両方を兼ね備える。
回転磁場は、電気巻線を用い作り、一方では、ロータにその回転を生じさせるトルクを与え、他方
では、ロータの径方向位置を能動的に制御/調整が可能となるようロータに要望通りに設定可能な、
せん断力を与える。ロータの完全な磁気支持を伴う別個の磁気ベアリングの不在が、ベアリングレス
モータの名付けられる特性を有す。
機械ベアリングレスモータは、例えば血液循環ポンプ等の敏感な物質を搬送する装置、または、例え
ば製薬業界やバイオテクノロジー業界のごとく高純度要求が課される装置、または例えば半導体産業
向けのスラリーポンプやミキサ等の、機械ベアリングを短期間で破壊する研磨物質を搬送する装置と
いった、ポンプ装置、混合装置、撹拌装置に適し、また、半導体製造において、例えばフォトレジス
トや他の物質でコーティング処理を行う際に、ウェハの支持回転にも用いられる。圧送、撹拌、混合
用途のベアリングレスモータの原理の利点は、電磁駆動装置のロータと、ポンプ、攪拌機、ミキサロ
ータを兼ね備えた統合ロータの設計に由来し、非接触磁気支持に加えて、ここでは、非常にコンパク
トで場所を取らない構成による利点もある。
また、ベアリングレスモータの原理は、ロータをステータから容易に分離できる。例えばロータを1
回きりの使用のための使い捨て部分として設計できる。使い捨ての適用は、高い純度要求から、処理
中に取り扱う物質と接触する全ての部品を、例えば蒸気滅菌による複雑で高負担費用法で事前に洗浄・
殺菌作業をなくし、1回きりの構成で使い捨て可能である。ここでは、例として製薬業界/バイオテ
クノロジー業界向けに適し、溶液及び懸濁液の調製が行われ、物質の配合/搬送には注意を要する。
図1~図3に示すテンプルモータ1’の実施例において、コイルコア4’、ここでは例えば6個のコ
イルコア4’は、棒形状の長手方向リム41’と共に、ロータ3’(内部ロータ)の周りに円状/等
距離に配置され、外部ロータとしての実施例において、リング形状を有し、コイルコアは、ロータに
対して内向きに配設され、軸線方向A’に延在し、寺院の柱を連想させる複数の棒形状の長手方向リ
ム41’が、テンプルモータの名前の由来である。
棒形状の長手方向リム41’は、それぞれ、図示の下部における第1端部から図示の上部における第
2端部まで、軸線方向A’に延在する。第1端部は、隣接する2つのコイルコア4’間にそれぞれ配
置された複数のセグメントを備えるリフラックス5’により、径方向に互いに接続される。永久磁石
ロータ3’は、長手方向リム41’の第2端部間に配置され、動作状態において軸線方向A’を中心
に回転する。ロータ3’は、ステータ2’に対して非接触に磁気駆動され、非接触に磁気支持され、
ロータ3’の径方向位置は、長手方向リム41’の第2端部間の中心位置に位置付調節する。
長手方向リム41’は、ロータ3’の磁気駆動や磁気支持に必要な電磁回転磁場を発生させる巻線
を有する。図1~図3に示す実施例では、巻線は、個別のコイル61’が各長手方向リム41’に巻
き付けられるように、つまり各コイル61’のコイル軸線がそれぞれ軸線方向A’に延在するように
構成される。なお、テンプルモータは、コイル61’のコイル軸線が所望の回転軸線と平行に延在し
ていたり、コイル61’又は巻線が磁気ロータ面C’内に配置されていなかったりする。磁気ロー
タ面C’は、ロータ3’の磁気有効コア31’の磁気中心面である。この、軸線方向A’に直交する
面において、ロータ3’又はロータ3’の磁気有効コア31’が動作状態に支持。原則的に、図1~
図3に示す円盤としてのロータ3’の磁気有効コア31’の実施例において、磁気ロータ面C’は、
軸線方向A’に直交するロータ3’の磁気有効コア31’の幾何学的中心面である。図1~図3に示
すように、コイル61’は、磁気ロータ面C’の下、好ましくは、ロータ3’の磁気有効コア31’
の下に配置。
よく実施されるテンプルモータの実施例を図2及び図3に示す。この実施例において、各コイルコア4
’は、長手方向リム41’に加えて、長手方向リム41’の第2端部にそれぞれ設けられ、長手方向
リム41’に略直角の径方向に延在する横リム42’を備えている。この実施例では、各コイルコア
4’はL字形状を有し、横リム42’がそのL字形の短いリムを形成している。ロータ3’は、横リ
ム42’の間に配置される。テンプルモータとしてのこの実施例の利点の1つは、磁気ロータ面C’
に、ステータの巻線又は巻線ヘッドが存在しないことである。これにより、例えば遠心ポンプにテン
プルモータを適用する場合に、ステータの巻線による干渉なしに、遠心ポンプの出口をポンプロータ
のインペラが回転する面内に設けることができる。出口を軸線方向A’に対してポンプロータの羽根
と同じ高さに設けることが可能となる。このようにポンプ出口を中心/中央に配置することは、流体
力学的に、傾斜に対するロータの受動的支持及び安定化にも好ましい。
下図5のように、非接触に磁気駆動可能であり、コイルフリー且つ永久磁石フリーに構成された、磁
気有効コア31を有するロータ3と、動作状態でロータ3を所望の回転軸線の周りで非接触式に磁気
駆動可能にするステータ2とを有するテンプルモータとして構成された電磁回転駆動装置が提供され
る。ステータ2は、所望の回転軸線に平行な方向に第1端部43から第2端部44まで延びる棒形状
の長手方向リム41をそれぞれ有する複数のコイルコア4を有し、全ての第1端部43がリフラック
ス5によって接続されている。電磁回転磁場を発生させるための複数の巻線6,61が設けられ、各
巻線が長手方向リム41の1つを包囲する。複数のコイルコア4は、予磁化永久磁束を生成可能な複
数の永久磁石45,46を有する。
【図1】従来技術に係るテンプルモータの斜視図
【図2】従来技術に係る他のテンプルモータの斜視図
【図3】図2のテンプルモータの軸線方向の断面
【図4】本発明に係る電磁回転駆動装置の第1実施例の斜視図
【図5】本発明に係る電磁回転駆動装置の第2実施例の斜視図
【図51】混合装置図50の第2実施例の軸線方向の断面
【図52】使い捨て装置と再利用可能装置とを備える、本発明に係る回転装置の第3実施例の軸線方
向の断面
【図53】使い捨て装置と再利用可能装置とを備える、本発明に係る回転装置の第4実施例の軸線方
向の断面
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』
第59章 死が二人を分かつまでは
私は肯いた。その光景をありありと思い浮かべることができた。植え込みの陰に隠れて、まり
えがこっそりとスタジオの中を覗いている。雨田典彦がスツールに腰掛け、意識を集中して絵筆
をふるっている。誰かが自分を眺めているかもしれないというような考えは彼の頭をよぎりもし
ない。
「わたしに手伝ってほしいことがあると、先生はさっき言った」と秋川まりえが言った。
「そうだった。そのとおりだ。君にひとつ手伝ってもらいたいことがあるんだ」と私は言った。
「この二枚の絵をしっかり包装して、人目に触れないように屋根裏に隠してしまいたい。『騎士
団長殺し』と『白いスバル・フオレスターの男』を。ぼくらはもうこれらの絵を必要とはしない
と思うから。できれば君にその作業を手伝ってもらいたい」
まりえは黙って肯いた。実のところ、私は一人だけでその作業を行いたくなかった。作業を実
際に手伝ってもらうというだけではなく、私は目撃者と立会人を必要としていた。秘密を分かち
あえる、口の堅い誰かを。
台所から紙紐とカッターナイフを持ってきた。そして私とまりえは二人で『騎士団長殺し』を
しっかりと梱包した。もとあった茶色の和紙で丁寧に包み、組紐をかけ、その上から白い布をか
ぶせ、その上からもまた紐をかけた。簡単にははがされないよう、とても厳重に。『白いスバ
ル・フオレスターの男』はまだ絵の具が乾ききっていなかったので、簡単に包装するだけにとど
めた。そしてそれらを抱えて、客用寝室のクローゼットに入った。私は脚立に乗って天井の蓋を
開け(考えてみれば、それは顔ながが押し開いていた四角い蓋によく似ていた)、屋根裏に上が
った。屋根裏の空気はひやりとしていたが、むしろ心地の良い冷ややかさだった。まりえが下か
ら絵を差し出し、私はそれを受け取った。まず『騎士団長殺し』を受け取り、次に『白いスバ
ル・フオレスターの男』を受け取った。そしてその二つを壁に並べて立てかけた。
そのときに私ははっと気がついた。その屋根裏にいるのが私一人だけではないことに。そこに
は誰かの気配があった。私は思わず息を呑んだ。誰かがここにいる。でもそれはみみずくだった。
最初にここに上がったときに見たのとおそらく同じみみずくだ。その夜の鳥は、前と同じ梁の上
で、同じようにひっそりと身体を休めていた。私か近くに寄っても、とくに気にはしないようだ
った。それも前と同じだった。
「ねえ、ここに来てごらん」と私は下にいるまりえに小さく声をかけた。「素敵なものを見せて
あげる。音を立てないようにそっとあ加ってきて」
彼女はなんだろうという領で脚立に乗り、開口部から屋根裏に上がってきた。私は両手で彼女
を上に引っ張り上げた。屋根裏の床にはうっすらと白く埃が積もっていたから、ウールの新しい
スカートが汚れるはずだったが、彼女はそんなことは気にもかけなかった。私はそこに腰を下ろ
し、みみずくのとまっている梁を指さして示した。まりえは私の隣に膝をついて、魅入られたよ
うにその姿を眺めた。その鳥はとても美しいかたちをしていた。まるで翼のはえた描のようだ。
「このみみずくは、ずっとここに往み着いているんだ」と私は小さな声で彼女に言った。「夜は
森に出て行って餌をとり、朝になるとここに帰ってきて体む。あそこに出入り口がある」
私は金網が破れた過風口を示した。まりえは肯いた。彼女の浅く静かな息づ加いが私の耳に届
いた。
私たちはそのまま何も言わずにじっとみみずくを眺めていた。みみずくは私たちのことをとく
に気にも加けず、そこで静かに思慮深く身体を休めていた。私たちは暗黙のうちにこの家を分か
ち合っているのだ。昼に活動するものと夜に活動するものとして、そこにある意識の領域を半分
ずつ分かち合っている。
まりえの小さな手加私の手を握った。そして彼女の頭が私の肩に載せられた。私は手をそっと
握り加えした。私は妹のコミとも、このようにして一緒に長い時間を過ごしたものだった。私た
ちは仲の良い兄と妹だった。いつも自然に気持ちを通い合わせることができた。死が二人を分か
つまでは。
まりえの身体から緊張が抜けていくのがわかった。彼女の中で堅くこわばっていたものが、少
しずつ続んでいった。私は私の肩に載せられた彼女の頭を撫でた。まっすぐな柔らかい髪たった。
頬に手を触れると、彼女が涙をこぼしているのがわかった。まるで心臓から溢れ出る血のように
温かい涙だった。私はそのままの姿勢でしばらく彼女を抱いていた。その少女は涙を流すことを
必要としていたのだ。でもうまく泣くことができなかった。おそらくはずいぶん前から。私とみ
みずくは、そんな彼女の姿を何も言わずに見守っていた。
金網の破れた通風口からは午後の光が斜めに射し込んでいた。私たちのまわりにあるのは、沈
黙と白い埃だけだった。遥か古代から送り込まれてきたような沈黙と埃だった。風の音も聞こえ
ない。そしてみみずくは梁の上で、森の叡智を無言のうちに保持していた。その叡智もまた遠く
古代から引き継がれてきたものだった。
秋川まりえは長いあいだまったく声を出さずに泣いていた。でも彼女が泣き続けていることは
身体の細かい震えでわかった。私はその髪を優しく撫で続けた。時間の川を上の方まで遡ってい
くみたいに。
第60章 もしその人物がかなり長い手を持っていれば
「わたしは免色さんのうちにいたの。四日のあいだずっと」と秋川まりえは言った。ひとしきり
涙を流したあとで、彼女はようやく口をきくことができるようになっていた。
私と彼女はスタジオの中にいた。まりえは作業用の丸いスツールに腰掛け、スカートからのぞ
いている両膝をぴたりとあわせていた。私は窓の敷居にもたれて立っていた。彼女はとてもきれ
いな脚をしていた。厚いタイツの上からでもそれはわかった。もう少し成熟すれば、その脚はお
そらく多くの男たちの目を惹きつけるに違いない。その頃には胸もある程度膨らんでいることだ
ろう。しかし今のところ、彼女はまだ人生の入り口で戸惑っている一人の不安定な少女に過ぎな
かった。
「免色さんのうちにいた?」と私は尋ねた。「よくわからないな。もう少し詳しく説明してくれ
ないか」
「わたしが免色さんの家に行ったのは、彼のことをもっと知らなくてはならなかったから。まず
だいいちに、あの人がなぜ毎晩わたしの家を双眼鏡でのぞいているのか、そのわけを知りたかっ
た。彼はそのためだけにわざわざあの大きな家を買ったのだと思う。谷の向かいにあるわたした
ちの家を見るために。でもどうしてそんなことをしなくてはならないのか、わたしにはとても理
解できなかった。だってあまりにも普通ではないことだから。そこには何か深いわけがあるはず
だと思った」
「だから免色さんの家を訪ねていったの?」
まりえは首を振った。「訪ねていったわけじゃない。忍び込んだの。こっそりと。でもそこを
出られなくなってしまった」
「忍び込んだ?」
「そう、泥棒みたいに。そんなことをするつもりはなかったのだけど」
金曜日の午前中の授業が終了すると、彼女は裏口から学校を抜けだした。朝から連終もなしに
学校を休むと、すぐに家に連絡が行く。しかし昼休みのあと、こっそり抜け出して午後の授業を
すっぽかしても、家には連絡は行かない。なぜかはわからないが、そういう仕組みになっている。
これまでそんなことをしたことは一度もないから、あとで先生から注意を受けても、なんとでも
言い逃れられる。バスに乗って家の近くまで戻った。しかし家には帰らず、自宅があるのとは反
対側の山を登って免色の家の前まで行った。
まりえにはもともとその屋敷に黙って忍び込もうというようなつもりはなかった。そんな考え
はちらりとも頭をよぎらなかった。でもだからといって、玄関のベルを押して彼に正式に面会を
申し込むつもりもなかった。どんな計画も持だなかった。彼女はただ鉄片が強力な磁石に吸い寄
せられるように、その白い屋敷に惹きつけられたのだ。塀の外側から家を見たところで、免色に
聞する謎が解き明かされるわけではない。それくらいのことはわかっていた。でもどうしても好
奇心を抑えることができなかった。足が勝手にそちらに向いてしまった。
その屋敷に着くまでには、ずいぶん長い坂道を上らなくてはならなかった。振り返ると、山と
山とのあいだに海がまぶしく光っているのが見えた。屋敷のまわりには高い塀がめぐらされ、入
り口には電動式の頑丈な門扉がついていた。その両側に防犯用の監視カメラがついていた。警備
会社のステッカーが門柱に貼ってあった。下手に近づくことはできない。彼女は門の近くの茂み
に身を隠し、しばらく様子をうかがっていた。でも屋敷の中にも周囲にも、動きはまったく見ら
れなかった。入の出入りもなかったし、中から何かの物音が聞こえるというようなこともなかっ
た。
三十分ほどそこであてもなく時間をつぷし、そろそろあきらめて引き上げようと思っていたと
きに、一台のヴァンが坂道をゆっくりと上ってきた。宅配使会社の小型ヴァンたった。ヴァンは
門の前で停まり、ドアが間いて、クリップボードを持った若い制服姿の男が中から降りてきた。
彼は門の前に行って、門柱についたベルを押した。そして中にいる誰かとインターフォンで短く
話をしていた。しばらくしてから大きな本の扉がゆっくりと内側に開き、男は急いでヴァンに乗
り込み、車を運転して門の中に入っていった。
細かいことを考えている余裕はなかった。車が中に入るとすぐに彼女は茂みを飛び出し、閉ま
りかけた門扉の中に全速力で走り込んだ。ぎりぎりのタイミングだったが、門が閉じる前になん
とかうまく中に入り込むことができた。監視カメラには写されたかもしれない。でも見とがめら
れることはなかった。それよりは彼女は大を恐れた。塀の中には番犬が放し飼いになっているか
もしれない。走り込んだときにはそんなことは考えもしなかった。塀の中に入って門が閉まった
あとで、はっとそのことに思い当たった。これくらいの大きな家なら、庭にドーベルマンかシェ
パードを放し飼いにしていても不思議はない。もし大型大がいたら、とても困ったことになる。
彼女は大が苦手だった。しかしありかたいことに大はやってこなかった。鴫き声も聞こえなかっ
た。前にここに来たときにもたしか大の話は出なかったと思う。
彼女は塀の内側にある植え込みの陰に隠れて様子をうかがった。喉の奥がひどくかさかさして
いた。私は泥棒のようにこの家に忍び込んだのだ。住居侵入――私は間違いなく法律に反したこ
とをしている。カメラの映像がその動かぬ証拠になるだろう。
自分のとった行動が適切なものだったかどうか、今となっては確信が持てなかった。宅配使会
社のヴァンが門扉の中に入っていくのを見て、彼女はほとんど反射的にその中に走り込んだのだ。
それがどんな結果をもたらすことになるのか、いちいち考えている余裕もなかった。こんなチャ
ンスはまたとない、やるなら今しかない、彼女はそう思って瞬時に行動を起こしたのだ。筋道立
てて考えるより先に身体が動いてしまった。でもなぜか後悔の念は湧いてこなかった。
植え込みの陰に隠れていると、やがて宅配使のヴァンがドライブウェイの坂道を上ってきた。
門扉がもうコ皮ゆっくりと内側に向けて開き、ヴァンは外に出て行った。退出するなら今しかな
い。その門扉が閉まりきらないうちに走り出ていくのだ。そうすればもとの安全な世界に戻るこ
とができる。犯罪者になることもない。しかしそうはしなかった。ただ植え込みの陰に身を隠し、
門扉がゆっくりと閉まるのを内側から眺めていた。唇をじっと噛みながら。
それから十分待った。腕にはめたカシオの小型サイズのGショックで正確に十分を計り、それ
から植え込みの陰から出た。カメラに写りにくいように姿勢を低くして、玄関に通じる緩やかな
坂道を足早に降りていった。時刻は二時半になっていた。
免色に見つかったときにはどうすればいいのだろう? 彼女はそれについて考えた。でももし
そうなっても、なんとかうまくその場を切り抜けられるという自信が彼女にはあった。免色は彼
女に対して何かしら深い関心(あるいはそれに似たもの)を抱いているようだった。自分はここ
に一人で遊びに来た、でもたまたま門が関いていたからそのまま中に入ってきた。あくまでゲー
ムみたいな感じで。いかにも子供っぽい顔をしてそう言えば、きっと免色は信じてくれるに違い
ない。あの人は何かを信じたがっているのだ、私が言うことならきっとそのまま信じてくれるは
ずだ。彼女に判断できないのは、その「深い関心」がどのような成り立ちのものなのか――彼女
にとって善きものなのか悪しきものなのか――ということだった。
カーブしたドライブウェイの坂道を下ったところに、屋敷の玄関があった。ドアの脇にはベル
がついていた。しかしもちろんそれを押すわけにはいかない。彼女は玄関前の車寄せのサークル
を避けるように大きく回り込み、あちこちの木立や植え込みに身を隠しながら、屋敷のコンクリ
ートの側壁に沿って時計回りに進んだ。玄関のわきには車二台分のガレージがあった。ガレージ
のシャッターは閉じられていた。少し進むと、家から少し離れたところにコテージのような洒落
た建物があった。それは客用の別棟のように見えた。その向こうにはテニスコートがあった。テ
ニスコートがついている家を見るのは彼女にとって初めてだった。免色さんはここでいったい誰
とテニスをするのだろう? しかしそのテニスコートはどうやらもう長いあいだ使用されていな
いように見えた。ネちていたし、引かれた白線もすっかり色あせていた。
屋敷の山側の窓は小さく、どれもぴたりとブラインドかおるされていた。だから窓から家の中
をうかがうことはできなかった。相変わらず家の中からはどのような音も聞こえなかった。犬の
鳴き声も聞こえなかった。ときおり高い彼の上から鳥のさえずりが聞こえてくるだけだった。し
ばらく遊むと、家の裏手にもうひとつ別のガレージがあった。それも二台分のガレージだった。
あとがら建て増したものらしい。たくさんの自動車を保管できるようになっている。
家の裏手は由の斜面を利用した広い日本風の庭園になっていた。階段があり、大きな石が配さ
れ、遊歩道がそのあいだを縫うように続いていた。つつじの植え込みもやはり美しく剪定され、
明るい色合いの松の本が頭上に彼を伸ばしていた。その先には四阿のようなものもあった。四阿
にはリクライニング式の寝椅子が置かれ、そこに休んで読書ができるようになっていた。コーヒ
ーテーブルも置いてあった。あちこちに灯龍があり、庭園灯があった。
それからまりえは家屋をぐるりとまわり込むようにして、谷利に出た。屋敷の谷側は広いテラ
スになっていた。前にこの家を訪れたとき、彼女はそのテラスに出た。そこから免色は彼女の家
を観察しているのだ。テラスに立った瞬間に、彼女にはそれがわかった。その気配をはっきり感
じ取ることができた。
まりえは目をこらして自分の家のある方を眺めた。彼女の家は谷を隔ててすぐそこにあった。
空中に手を伸ばせば(そしてもしその人物がかなり長い手を持っていれば)、ほとんど届いてし
まいそうなところに。こちらから見ると、彼女の家はいかにも無防備に見えた。彼女の家が建て
られた当時は、谷のこちら利には家なんて一軒も建っていなかった。建築規制がいくらか緩和さ
れ、谷のこちら側の造成が始まったのはかなり鍛近になってからだ(といってももう十年以上前
のことだが)。だから彼女の往んでいる家には、谷のこちら側からの視線を防ごうというような
工夫はまったくなされていない。ほとんど開けっぴろげだ。高性能の望遠鏡や双眼鏡を使えば、
家の内部がそっくり見て取れることだろう。彼女の部屋の窓だって、そうしようと思えばかなり
はっきりと見えるはずだ。彼女はもちろん用心深い少女だった。だから服を着替えるようなとき
は、必ず窓のカーテンを閉めるようにしている。しかしうっかりすることだってまったくないと
は言えない。免色はこれまでにいったいどんなものを目にしてきたのだろう?
彼女は斜面についた階段を降りて、書斎のある下の階に行ったが、その階の窓はすべてしっか
りとブラインドが降りていた。中をうかがうことはできない。だから彼女はそのまた下の階に降
りた。その階は主にユーティリティー室になっていた。洗濯室があり、アイロンをかけるための
スペースかおり、往み込みのメイドのための居室らしきものがあり、その反対側がかなり広いジ
ムになっていた。筋肉を鍛えるためのマシンが五つか六つ並んでいる。こちらの方はテニスコー
トとは遠って、どうやらかなり頻繁に利用されているようだった。機械はどれもきれいに磨かれ
油を差されているみたいに見える。ボクシング用の大きなサンドバッグも吊されていた。その階
の側面は見たところ、ほかの階の側面ほど厳しく警戒はされていないようだ。多くの窓にはカー
テンがかかっておらず、外から中をそのままうかがうことができた。しかしそれでもすべてのド
アやガラス戸は内側からしっかりロックされていて、中に入ることはできなかった。ドアにはや
はり警備会社のステッカーが貼られていた。泥棒に侵入をあきらめさせるためのものだ。無理に
ドアを開けると警備会社に警報が入るようになっている。
ずいぶん大きな家屋だった。こんな広いスペースに人がたった一人で住んでいるなんて、彼女
にはとても信じられなかった。その生活はきっと孤独なものであるに違いない。家屋はコンクリ
ートでとても頑丈に作られており、あらゆる装置を用いて厳重にブロックされていた。大型犬こ
そ見当たらないが(あるいは大があまり好きではないのかもしれない)、侵入を防ぐための、手
に入るすべての防犯手段が用いられている。
この項つづく
【世界で一番美味いひとり宅めし Ⅲ】
● タダごとではない旨さのアボカドの食べ方
夕食は彼女が奮起し、グリンピースと山芋の真薯と獣肉と水菜和えを頂くが、味も見栄えも良かった
ので、デジカメしようとしたところバッテリー切れで(携帯電話では撮らない主義)、そのまま食べ
てしまうが、胃腸の調子も良くなったとのの牛肉を除き胃腸にやさしいものとなっていた。ところで
「アボガドの宅めし」のレシピの話。アボガボの料理方法かなり奥行きが深いと考えられるの、時間
があれば、考えつかないような食品としてみようと思いつき一旦残件扱いとする。 ①まず、アボカ
ド1個に縦に包丁を入れて1周し切リロを軸にして両手でアボカドの左右それぞれを逆方向にひねる
。スプーンで種をくりぬき、手で丁寧に皮を剥く。②アボカドを崩さないように優しく一ロ大に切っ
てボウルに入れる。③、②に、にんにくチューブー㎝、ごま油大さじ1、醤油大さじ1、砂糖大さじ
1を加えて混ぜる――1人分の材料:アボカド1個(150円)、ごま油…大さじ1、醤油…大さじ
1、砂糖…大さじ1、にんにくチューブ…1cm――簡単に言えば「醤油-バター」うまくないはずが
ない。よく考えている。一色150円程度、やはりアボガドは値が高い。
● 今夜の寸評:AI時代と言うけれど
中長期のフィルター洗浄や台所の油汚れ落とし、浴室の殺菌を目的に、アイリスオーヤマ株式会社製
のスチームクリーナWP二週間前に通販で買ったものっだが、タイミング悪く絶不調中、それじゃ日
曜にと考えたが、選挙と台風で潰れてしまうが問題ないだろう。ところで、例の『コンピューターゲ
ームのトライアスロン』だが、囲碁。将棋は最高レベルでも連勝できるようになっているが、チェス
だけは、駒がなくなって行くほど緻密な駆け引きの勝負となり肝・腧がつまめていない(押しと引き
の駆け引き=フェイクがポイントということはわかってきたが)。今日の将棋勝負は、後手ではじめ
15、6手の早々とコンピュータが負けを認めたが、こちらは少し有利にあることを感じていたが、
その理由がわからない(こういうことは初めての経験)。わたしがAIを仕事で初めてセミナ受講し
たのは1984年ごろでCIM(computer integrated manufacturing)構築のためだったのだが、中途半
端に終わってしまうが、優れた宇宙物理学者や純粋数学者などのシステムエンジニアを中心にして金
と時間をかければなんとかなったが事業機会的に総合的に判断の結果であるが、当然、技術には光と
陰があるわけで「深刻な倫理問題」が必ず待ちかまえている。