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Channel: 極東極楽 ごくとうごくらく
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寒月の感謝祭

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             公孫丑(こうそんちゆう)篇 「浩然の気」とは   /   孟子  

 

                                          

      ※ 批判のしかた:孟子が斉の重臣であったころ、使節として縢(とう)の国
       へ弔問に行った。宣王は、蓋(こう)の領主の王驩(おうかん)を副使に
       つけた。王驩は、毎日朝夕には孟子のところへあいさつにやって来たが、
       孟子は、王驩とは使節の用向きについて、往きも帰りも一度も話をしなか
       った。そこで公孫丑がたずねた。「斉の重臣として他国に使いするのは、
       たいへん重要な役目です。しかも、斉と縢との間はかなり長い路のりです
       が、そこを往復しながら、王驩とは用向きについて一度も相談されなかっ
       たのは、どういうわけですか」、孟子が答えた。「王驩は自分でなにもか
       も取りしきっているではないか。わたくしのほうから相談を持ちかけるこ
       ともあるまい」

      〈重臣〉原文は「卿」。孟子は斉の国に約八年滞在し、重臣の待遇をうけた。
      〈王驩〉王驩は宣王のお気に入りで、権勢家であった。孟子はこの人物とよ
          ほどそりが合わなかったらしく、離婁篇(219頁)にも王驩相手
          に同類の話がある。
 

    No.99

 【潮流発電篇:相反転プロペラ(2枚羽)方式、発電効率43.1%】

11月17日、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 協和コンサルタンツ、アイム電機工
業、前田建設工業、九州工業大学、早稲田大学は「相反転プロペラ式」の潮流発電技術を開発したと
発表。10月17~20日に長崎湾沖において、実用化時の想定実機の7分の1スケールモデルを用
いた曳航(えいこう)試験を実施し、設計した発電効率を上回る43.1%の発電効率を確認。



このブログの水力発電及び風力発電でも掲載してきたように、相反点プロペラ式は、たがいに逆方向
に回転する2段のプロペラを用いて発電を行い、従来のプロペラ式発電(1段のプロペラ)で内軸磁
石を回転させ外側コイルは固定下したものと比べ、相反転方式では、潮流を受けた前後2段のプロペ
ラが外側コイルと内軸磁石を逆方向に回転させることで、磁界を切る相対速度が倍増するため、高い
発電効率が期待できるとともに、同じ発電量の装置と比較して小型化、高起電圧による送電ロスや電
力制御機器容量の軽減ができる。さらに、発電機に発生する回転トルクが逆回転により相殺されるた
め、外部への反作用がなくなる(外乱を抑制した静止状態)なり支持構造が軽量/簡素化でき、設置
費用が削減される。

 

今年10月17~20日に、長崎県伊王島から沖に約2kmの地点で、実用化時に想定される実機の7分の1
スケールモデルを利用した曳航試験が実施。発電装置を台船の船尾から深さ3.5mの位置に設置し、
タグボートで曳航することによって実海域の環境下での潮流を模擬化。その結果、前後2段プロペラの
回転の安定性、イーグル工業が開発したメカニカルシールによる防水性能などを確認し、実海域にお
ける装置の安全性を確認する。発電出力については、流速2m/sにおいて定格発電出力が1.38kWで
試験時の流速1.3m/sの条件で、379Wの出力を確認。この発電出力は発電効率43.1%に相当し
設計した発電効率42%を上回る。これをプロペラ直径7mの実用化機に置き換えた場合、流速4m/sで
543.6kWの出力となる。今後は今回の曳航試験で得られたデータをもとに、数値シミュレーション
を行い、流向も含めて周期的に変化する実際の海洋環境下での運転を模擬し、発電コストの試算を行う
予定。

【省エネ篇:国産量子コンピューター試作機、無償公開】 

スーパーコンピューターをはるかに超える高速計算を実現する「量子コンピューター」の試作機を、
国立情報学研究所などが開発し、27日から無償の利用サービスを始める。世界的な開発競争が進む
なか、試作段階で公開して改良につなげ、2019年度末までに国産での実用化を目指す(朝日新聞
デジタル 2017.11.20)。それによると、従来のコンピューターは、多数の組み合わせから最適な答え
を探す際に一つずつ計算するが、量子コンピューターは極小の物質の世界の現象を応用し、一度に計
算する。現時点では一度に計算できる組み合わせは、スパコンの数千分の1~数十分の1程度だが、
理論上は1千年かかる計算も一瞬で済むとされ、人工知能や新薬の開発、交通渋滞の解消などに役立
つことが期待されている。基礎研究は1980年代に始まり、日本の業績も世界的に評価されている。
だが、実用化では米IBMやグーグルなどが先行。カナダのD―Waveシステムズは11年に一部
実用化し、米航空宇宙局(NASA)や自動車部品大手「デンソー」、東北大などが活用している。

 Sep. 22, 2017

国立情報学研究所や理化学研究所、NTTなどは、内閣府の研究支援制度「革新的研究開発推進プロ
グラム」(ImPACT)を使い、光ファイバーとレーザー光を組み合わせた独自の方式を開発した。
計算速度は、理研にある小型スパコンと比べて平均で約37倍速く、特定の計算では、D―Wave
よりも正答率は大幅に高かった。スパコンは冷却に多くの電力が必要で、大規模な「京(けい)」で
は1万数千キロワットに及ぶ。今回の試作機は大型電子レンジ程度の1キロワットで済むという。一
方、従来のスパコンで使われるソフトウェアは使えず、開発に必要な専門家が不足している。このた
め、研究グループは、試作機の段階で企業や研究機関に量子コンピューターを使ってもらい、そこで
得た蓄積を技術の開発や人材育成につなげた。27日から、ウェブ上でサービスを公開し、世界中の
利用者が無償で使える。

 Jun. 20, 2017

    

 ❏ 特開2015-036781 量子テレポーテーション光回路(光量子コンピュータ)

【概要】

現在、光通信の通信容量が、その古典物理学的限界値に達し用としている。光は、光子の集合体と考
えられるが、古典物理学的な光では光子間の相関が無く、光子がランダムに飛来する。そのため、シ
ョットノイズと呼ばれる量子ノイズが存在し、それが通信容量を制限するためである。従って、高度
情報化社会の更なる発展のためには、古典物理学的限界(ショットノイズ限界)を破った、光通信の
通信容量向上の研究が必須である。

また、通信容量は単位エネルギー当たりに送信可能な情報量で定義されるので、通信容量が上がれば、
単位情報当たりの伝送に必要なエネルギーが減る。従って、震災後の日本の将来を考えても、古典物
理学的限界を破った、光通信の通信容量向上の研究が強く望まれる。つまり、超大容量=超低消費エ
ネルギー光通信の研究が望まれる。実際、光ファイバーネットワークには多数の中継器=光ファイバ
ーアンプが存在しているが、その消費エネルギーは膨大である。これもひとえに、ショットノイズに
埋もれないレベルに信号光の強度を高め、S/N比を保つためである。光ファイバーアンプの数を減
らし、究極的にはこれを無くしても、光通信のS/N比を十分保てる手法の確率は非常に重要である。

年の研究から、受信側で量子力学的操作を用いれば、ショットノイズを回避し、古典物理学的限界値
を超えて、光通信の通信容量を上げられることが分かってきている。ここで重要なことは、光ファイ
バー中で情報のキャリアとなる光として、レーザー光の利用が望まれることである。これは、レーザ
ー光がコヒーレンスの高い光であって、光ファイバー中で損失を被ってもその状態を保つからであり、
レーザーは現在最も安定した光源だからである。従って、レーザー光を変調して情報を載せ、受信側
でこれに量子力学的操作を行い、古典物理学的限界を超えた情報を取り出すことが求められている。
そして、そのような量子力学的操作は、量子テレポーテーション光回路を基礎にして実現可能なこと
が知られている(非特許文献2参照)。ここで、量子テレポーテーション光回路とは、入出力状態の
等しい恒等量子演算回路のことであるが、これを用いて万能量子ゲートを構成できる。

このような量子テレポーテーション光回路を実現するためには、回路内の位相揺れや回路内での光の
干渉ビジビリティを極限まで安定化する必要があるが、従来の量子テレポーテーション光回路はフリ
ースペースに作られた光学系により組まれていたため、回路内の位相揺れや光の干渉ビジビリティの
安定性には限界があり、量子テレポーテーション光回路として性能が低いという課題があった。さら
に、フリースペースに作られた光学系は容易に持ち運ぶことができず、アライメントは経時変化し、
嵩も大きいという問題があった。従って、実地で用いることは実質的に不可能であった。そこで下図
のように、2個のスクイーズド光光源からの2本のスクイーズド光と、それとコヒーレントなレーザ
ー光を量子テレポーテーション光回路に導入する。入力端SQ1、SQ2より導入された2つのスク
イーズド光は、2つの出力の分岐比が50:50に設定されたマッハ・ツェンダー干渉計101-1
に入射する。マッハ・ツェンダー干渉計101-1の2つの出力光はそれぞれ別のマッハ・ツェンダ
ー干渉計101-2、102-1に入射する。マッハ・ツェンダー干渉計101-2~101-5、
102-1~102-3を介して、量子力学的相関を有するスクイーズド光にコヒーレントなレーザ
ー光を多段に合波していく構成により、安定的に動作し、コンパクトで持ち運びが可能で、アライン
メントフリーな量子テレポーテーション光回路の提供が可能となる。

 
【符号の説明】

100  量子テレポーテーション光回路   101、102  マッハ・ツェンダー干渉計   103  調芯用導波路
104  外部出力用導波路   105  光検出器群   201  方向性結合器   202  アーム   203  ヒーター

これは面白い、電子レンジレベルのエネルギーでスパーコンピュータが実現し、情報漏洩が防げるのだから。
エネルギーフリー事業には欠かせないものとなる。

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

       第64章 恩寵のひとつのかたちとして  

  叔母の秋川笙子は今もまだ免色氏と交際を続けていた。彼女はある時点で、まりえに彼とつき
 あっていることを打ち明けた。二人はとても親しい関係にあるのだと。そしてひょっとしたらそ
 のうちに結婚することになるかもしれないと言った。

 「もしそうなったらだけど、まりちゃんも私だちと一緒に暮らす?」と叔母は彼女に尋ねた。
 まりえはそれには聞こえないふりをしていた。いつもよくそうするように。
 「それで、君には免色さんと一緒に暮らすつもりはあるの?」、私は少し気になってまりえにそ
 う尋ねてみた。
 「ないと思う」と彼女は言った。それから付け加えるように言った。「でもよくわからないかな」
 よくわからない?
 「君は免色さんのあの家にはあまり良い思い出を持っていないと、ぼくは理解していたんだけ
 ど」と私は少し戸惑って尋ねた。
 「でもあれは、まだ私が子供の頃に起こったことだったし、なんだかずいぷん昔のことのように
 思える。なんにしてもお父さんと二人で暮らすことは考えられないし」
 
 「昔のこと?」

  それは私には、ほんの昨日起こったことのように思えた。私はそう言ってみたが、まりえはと
 くに何も言わなかった。あるいは彼女はその屋敷の中で起こった、一連の異様な出来事をすっか
 り忘れてしまいたいと望んでいるのかもしれない。あるいは実際、既に忘れてしまったのかもし
 れない。それとも彼女は、年齢を重ねるにつれ、免色という人間に少なからず興味を持ち始めた
 のかもしれない。彼の中に何かしら特別なものを、その血筋に共通して流れる何かを感じるよう
  になってきたのかもしれない。

 「メンシキさんの家の、あのクローゼットの中にあったイフクがどうなったか、私にはとても興
 味がある」とまりえは言った。
 「その部屋が君を惹きつけるんだね?」
 「それは私を護ってくれたイフクだから」と彼女は言った。「でもまだよくわからない。大学に
 進んだら、どこかよそで一人で暮らすことになるかもしれない」

  それがいいかもしれない、と私は言った。

 「それで、祠の裏にある穴はどうなった?」と私は尋ねてみた。
 「あのままになっている」とまりえは言った。「火事のあとも、ずっと青いビニールシートがか
 かったままになっている。そのうちに落ち葉がいっぱい積もって、そんな穴があそこにあること
 も、誰にもわからなくなってしまうかもしれない」
  その穴の底には、まだあの古い鈴が置かれているはずだ。雨田典彦の部屋から借りてきたプラ
 スチックの懐中電灯と一緒に。
 「もう騎士団長は見かけない?」と私は尋ねた。
 「あれから一度も会っていない。騎士団長が本当にいたなんて、今ではなんだかうまく信じられ
 ない」
 「騎士団長は本当にいたんだよ」と私は言った。「信じた方がいい」

  でもまりえはそんなことをみんな、少しずつ忘れていくのかもしれないと私は思った。彼女は
 十代の後半を迎え、その人生は急速に込み入った忙しいものになっていくだろう。イデアやメタ
 ファーといったような、わけのわからないものに関わり合っている余裕も見出せなくなっていく
 かもしれない。
  時折、あのペンギンのフィギュアはいったいどうなったのだろうと考えることがある。川の渡
 し守をしていた顔のない男に、私はそれを渡し賃のかわりとして与えた。あの流れの速い川を渡
 るために、そうしないわけにはいかなかったのだ。私はその小さなペンギンが、今でもどこかか
 ら――おそらくは無と有の間を行き来しながら――彼女を見守ってくれていることを祈ちないわ
 けにはいかなかった。

  むろが誰の子供なのか、私にはまだわからない。正式にDNAを調べればわかることなのだろ
 うが、私はその上うな検査の結果を知りたいとは思わなかった。やがて何かがあって、いつの日
 にか私はそれを知ることになるかもしれない。彼女が誰を父親とする子供なのか、事実が判明す
 る目が来るかもしれない。しかしそんな「事実」にいったいどれはどの意味かおるのだろう?
 むろは法的には正式に私の子供だったし、私はその小さな娘をとても深く愛していた。そして彼
 女と一緒にいる時間を慈しんでいた。彼女の生物学的な父親がたとえ誰であっても、誰でなくて
 も、私にはどうでもいいことだった。それはまったく些細なことなのだ。それによって何かが変
 更を受けたりするわけではない。

  私は東北の町から町へと一人で移勤しているあいだに、夢をつたって、眠っているユズと交わ
 ったのだ。私は彼女の夢の中に忍び込み、その結果彼女は受胎し、九ケ月と少し後に子供を出産
 したのだ――私は(あくまで個人的にこっそりとではあるけれど)そう考えることを好んだ。そ
 の子の父親はイデアとしての私であり、あるいはメタファーとしての私なのだ。騎士団長が私の
 もとを訪れたように、ドンナ・アンナが闇の中で私を導いたように、私はもうひとつ別の世界で
 ユズを受胎させたのだ。

  でも私が免色のようになることはない。彼は、秋川まりえが自分の子供であるかもしれない、
 あるいはそうではないかもしれない、という可能性のバランスの上に自分の人生を成り立たせて
 いる。その二つの可能性を天秤にかけ、その終ることのない微妙な振幅の中に自己の存在意味を
 見いだそうとしている。しかし私にはそんな面倒な(少なくとも自然とは言い難い)企みに挑戦
 する必要はない。なぜなら私には信じる力が具わっているからだ。どのような挟くて暗い場所に
 入れられても、どのように荒ぶる畷野に身を置かれても、どこかに私を導いてくれるものがいる
 と、私には率直に信じることができるからだ。それがあの小田原近郊、山頂の一軒家に住んでい
 る間に、いくつかの普通ではない体験を通して私が学び取ったものごとだった。

 『騎士団長殺し』は未明の火事によって永遠に失われてしまったが、その見事な芸術作品は私の
 心の中に今もなお実在している。私は騎士団長や、ドンナ・アンナや、顔ながの姿を、そのまま
 目の前に鮮やかに浮かび上がらせることができる。手を伸ばせば彼らに触れることができそうな
 くらい具体的に、ありありと。彼らのことを思うとき、私は貯水他の広い水面に降りしきる雨を
 眺めているときのような、どこまでもひっそりとした気持ちになることができる。私の心の中で、
 その雨が降り止むことはない。
  私はおそらく彼らと共に、これからの人生を生きていくことだろう。そしてむろは、その私の
 小さな娘は、彼らから私に手渡された贈りものなのだ。恩寵のひとつのかたちとして。そんな気
 がしてならない。
  「騎士団長はほんとうにいたんだよ」と私はそばでぐっすり眠っているむろに向かって話しか
 けた。「きみはそれを信じてた方がいい」

                                    (第2部終わり) 



上表のように彼のノベル(全長編小説)やそれ以外の作品――ショートストーリー(短編集)や翻訳
集を含め――『騎士団長殺し』に正しく投影されているね。と、読み終えてそう思った。いや正確に
いうとわたしの琴線に触れぬ、例えば『ノールウェイの森』は途中で放り出しているし、琴線に触れ
る作品は完読することなく、納得の上で本を閉じているし、読みそびれた作品もありまた、仕事に忙
しく読めなかった作品もある。この作品は隅々まで目を通したつもりでいる――これまで、長編小説
は読み飛ばし目に止まったところだけ読んできたし、ドストウエルスキーやトルストイなどのロシア
文学のような長編小説などはこれまでも意識的遠ざけてきた(面倒くさいから)。気になる文中の言
葉は「青字」にキーワードとなる箇所は「黄の背景色」に変換し、読みやすくするために随意に行間
を開け丁寧に転記しながら読み進めてきた。そして、昭和初期(第一次世界大戦)以降から現在に至
る群歴史的事象(イベント)を真正面からとらえ直しこの作品を創作しているエネルギーの大きさに
驚嘆しながら、途中でくじけそうにならながらも読み終えることができ、ニーチェの言葉ではないが
その時代、時代の権力構造にかけられたバイアス(偏考作為)に屈することのない表現行為に、「法
然共生」と相通じるところがあると感じつつ読み終えた。蛇足であるが、『レイモンド・カーヴァー
詩集』の翻訳集はお気に入りの作品でその一節の「夜になると鮭(さかな)が」(At night the salmon
move)、の詩を題材にしたわたしの稚拙画「カンバック・サーモン」を捨てることなく居間に飾ってい
る。

      (At Night The Salmon Move,  The Collected Poems, The Harvill Press, London 1996.)

  夜になると鮭は
  川を出て街にやってくる
  フォスター冷凍とかA&Wとかスマイリー・レストランといった場所には
  近寄らないように注意はするが
  でもライト・アヴェニューの集合住宅のあたりまではやってくるので
  ときどき夜明け前なんかには
  彼らがドアノブを回したり
  ケーブルTVの線にどすんとぶつかったりするのが聞こえる
  僕らは眠らずに連中を待ち受け
  裏の窓をあけっぱなしにして
  水のはね音(スプラッシュ)が聞こえると呼んでみたりするのだが
  やがてつまらない朝がやってくるのだ

 
  ● 今夜の絵画

木島 桜谷は、明治から昭和初期にかけて活動した四条派の日本画家。本名は文治郎。字は文質。別号
に龍池草堂主人、朧廬迂人。 四条派の伝統を受け継いだ技巧的な写生力と情趣ある画風で、「大正の
呉春」「最後の四条派」と称された画家の作品が「京都文化博物館」(10月28日(土)〜12月24日(
日))で鑑賞できるといので、急遽、時間があれば車をを走らせる予定に入れる。

※ 上の「寒月」は夏目漱石(朝日新聞記者)時代酷評した作品であるがその孫の房之介氏は誤解があったと
   NHK教育テレビインタビューの中で謝っていたのが興味を惹いいた。
 

 


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