10 郷 党 きょうとう
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他の篇と追ってことばの記録ではなく、公生活、私生活における孔
子の具体的行勣のひとつひとつを記録したものである。これらは、
とりもなおさず礼のエキスパートによる礼の実践の記録であって、
これによって当時の礼の規定の具体的内容をうかがい知ることがで
きる。事実、この篇のすべてが孔子についての記述であるわけでな
く、礼の一般的規定を述べた部分が多いとする説もある。
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14 村で追儺(ついな)があるときは、正装して家廟の前に立ち、
鬼やらいにくる村人たちを迎えた。
<追儺(ついな)> 大晦日(旧暦12月30日)に行われる宮中における
年中行事。鬼(疫鬼や疫神)を払う儀式、または民間で節分などに
行われる鬼を払う行事。儺(だ、な)あるいは大儺(たいだ、たい
な)、駆儺。鬼遣(おにやらい。鬼儺などとも表記)、儺祭(なの
まつり)、儺遣(なやらい)とも呼ばれる。
郷人儺、朝服而立於阼階。
Confucius dressed in a formal ceremony at the village and stood in
front of the house to welcome the villagers who came to exorcism.
15 他国へ向けて使者を出すときは、みずから使者に向かって再
拝してから送り出すのがつねであった。
問人於他邦、再拝回送之。
When Confucius sent messengers to other countries, he always
worshiped the messengers before sending them out.
壬生忠岑
佐竹本三十六歌仙下句トレッキング㉗:壬生忠岑
山も霞みてけさは見ゆらむ
#TheThirtySixImmortalPoets#MibuNoTadamine
春立つといふばかりにやみ吉野の 山も霞みてけさは見ゆらむ
拾遺・巻頭歌
春になったと、そう思うだけで、山深い吉野山もぼんやりと霞んで
いかにも春めいて今朝は見えるのだろうか。
この歌は拾遺集巻頭を飾り、公任『九品和歌』に最高位の「上品上」
の例歌とされるなど、古来秀歌中の秀歌として名高い。
み吉野の山の白雪ふみわけて入りにし人のおとづれもせぬ
古今327
積もった白雪を踏み分けて吉野の山深く入って行った人が、その後
は便りも寄越さない。
出家して冬の吉野山に入った人が、俗世間との交渉を絶ち、修行に
専念していることに対する感慨を詠む。
甲斐国造家の壬生直の一族で、従五位下・壬生安綱の子、あるいは
ある木工允・壬生忠衡の子]の説あり、『三十六人歌仙伝』では「先
祖不見」とあり、『歌仙伝』の方が古体であることを考慮すれば、
不明であるとするのが穏当とされる。子におなじく三十六歌仙の一
人である壬生忠見がいる。身分の低い下級武官だが、歌人としては
一流と賞され、『古今和歌集』の撰者。後世、藤原定家、藤原家隆
から『古今和歌集』の和歌の中でも秀逸であると作風を評価されて
いる。藤原公任の著した『和歌九品』では、上品上という最高位の
例歌として忠岑の歌があげられている。
佐竹本三十六歌仙絵巻は、三十六歌仙を描いた絵巻物で、鎌倉時代
(13世紀)に制作された。久保田藩(秋田藩)主・佐竹家に伝来
した、三十六歌仙絵の草分け的存在にして、代表的な作品である。
書は後京極良経、画は藤原信実によると伝わる。元は上下2巻の巻
物で、各巻に18名ずつ、計36名の歌人の肖像と住吉大明神が描
かれていたが、1919年(大正8年)12月20日に各歌人ごと
に切り離され、掛軸装に改められた。原型とは異なっているが、一
部を除き重要文化財に指定されている。
【ポストエネルギー革命序論121】
【世界の工芸:#CraftsOfTheWorld#RobertArneson 】
アーネスン,ロバート(アメリカ)
ARNESON,Robert
受け皿に沈んでゆくカップ:Cup Sinking in Saucer
“moving”「動いている?進行形?」ロバート・アーネソン《受け
皿に沈んでいくカップ》カップは、本当に沈んで行っているのか。
浮き上がってきているのではないのか?カップは人間世界を例えた
ものなのではないのか。高校生対象の鑑賞会で興味深い意見が出た
という。今夜わたしは、人為的温暖化の顕著化などを『引き寄せる
混沌』として現在の世界的危機状態として視座する。