改革の原動力として3つの「はみ出し者」の存在が挙げられます。
「ばか者」「よそ者」「若者」です。
吉川廣和
朝日新聞 2015.05.23
● 核の廃棄場所がない ?!
原発の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物の処分地選定について、政府府は22日、公
募に頗る従来の方式から、国が主導して選ぶ方式に転換する基本方針を閣議決定。科学的に適性
が高いとされる「科学的有望地」の絞り込みが今後の焦点となるが、超長期の隔離が必要な「核
のごみ」の処分地選びは容易ではないという(同上「核ゴミ処分地 公募を転換 めど立たず国
主導に」)。
それによると、高レベル廃棄物は強い放射線を出すため、300メートル以深に埋めて処分する
ことが法律で決まっている。法律に基づく基本方針の改定は7年ぶり。新方針では、科学的に適
性が高いとみられる地域を国が科学的有望地として示し、調査したい意向を自治体などに申し入
れる制度とする。公募も続ける。そのうえで20年程度かけて文献調査、概要調査、精密調査へと
進む。
科学的有望他の条件や基準は、専門家らでつくる経済産業省の作業部会で検討が続く。火山帯や
断層帯は従来通り避ける方針。これまでの議論では、軟弱地盤を避けるため関東や関西などの平
野部も除かれる見通し。地下水の動きが少ない沿岸部や沿岸の海底下などが検討される可能性も
ある。
また、宮沢洋一経産相は22日の閣議後の会見で、科学的有望地の提示について「自治体の数でい
うと相当数になると思っている」と述べ、最初は自治体を示すのではなく、全国を適性が「より
高い」「ある」「低い」と三つ程度に区分けしたイメージを想定しているという。新方針には、
調査の前段階で幅広い立場の住民が意見を交わす継続的な「対話の湯」を設けることや、将来の
技術進歩で別の処分法に見直せる余地を残すため、搬入した廃棄物を回収できるようにすること
も盛り込む。最終処分が始まるまでには長い年月がかかるため、経産省は22日、原発にたまり続
ける使用済み燃料の貯蔵容量を増やす具体策を作る方針も示した。
処分地選定は、電力会社などが出資する原子力発電環境整備機構が2002年から調査の受け入
れを公募するも、高知県東洋町が07年に応募するも後に撤回しただけで調査できていない。最
終処分のめどがないまま原発再稼働をめざす国の姿勢への批判もあり、13年末に関係閣僚会議
が設置され、見直しを決めた経過がある。
ここまで放置を許してきた個人的な後悔もあるが、行政政府に対する不審・不満は、昨今の火山
活動のマグマのように、たまりにたまり続けている。一刻もはやく安全宣言できる状態にもって
いかなければと考える。ここは忍の一字。
【日本の政治史論 15:政体と中枢】
「古賀の乱ってなんだ "I am not ABE"」(『進撃のヘーリオス Ⅱ』2015.04.04)で 触発され
るように、積んでおいた本を取り出し読みはじめた。そして、この国の政体を考えみよう。その
結果、どのようになろうとも未来志向できる手がかりを明らかにしたという動機から掲載してい
きたい。まずは第5章から読み進める。
福島のメルトダウンは必然だった…政府閉鎖すら起こる2013年の悪夢とは!?家族の
生命を守るため、全日本人必読の書。「日本の裏支配者が誰か教えよう」。経産省の現役幹
部が実名で証言。発電会社と送電会社を分離する発送電分離。このテーマについて本気で推
進しようとした官僚が何人かいた。あるいは核燃料サイクルに反対しようとした若手官僚も
いた。しかし、ことごとく厚い壁に跳ね返され、多くは経産省を去った。私も十数年前、発
送電分離をパリのOECDで唱えたことがあるが、危うく日本に召喚されてクビになるとこ
ろだった。その理由とは何だったのか――。(「序章」より)。改革が遅れ、経済成長を促す
施策や産業政策が滞れば、税収の不足から、政府を動かす資金すらなくなる。そう、「政府
閉鎖」すら起こりかねないのだ。いや、そうした危機感を煽って大増税が実施され、日本経
済は奈落の底へと落ちていくだろう。タイムリミットは、ねじれ国会を解消するための参議
院議員選挙がある2013年、私はそう踏んでいる。(「まえがき」より)
古賀 茂明 著『日本中枢の崩壊』
目 次
序 章 福島原発事故の裏で
第1章 暗転した官僚人生
第2章 公務員制度改革の大逆流
第3章 霞が関の過ちを知った出張
第4章 役人たちが暴走する仕組み
第5章 民主党政権が躓いた場所
第6章 政治主導を実現する三つの組織
第7章 役人―その困った生態
第8章 官僚の政策が壊す日本
終 章 起死回生の策
第8章 官僚の政策が壊す日本
官僚は公正中立でも優秀でもない
経産省が仙谷長官を持ち上げたわけ
この中国の新幹線やリニア事件のように、今後も技術が流出して終わりにならないとも限
らない。
もちろん、日本政府もこのようなリスクに気がつかないはずはない。民間企業はさらにこ
の問題に敏感だ。しかし、政府が動き出すと、客観的な情勢分析に様々なバイアスがかかり、
正しい戦略を取れなくなることが多い。とりわけ、パッケージ型インフラ海外展開ピジネス
を成長戦略の目玉としてぷちあげてしまった民主党菅政権にとっては、あらゆるプロジェク
トに前のめりになっていくリスクが極めて高かった。
実際、2010年2月末には、仙谷由入民主党代表代行は、国会で予算審議が難航する最
中にベトナムを訪れ、「鉄道・原発」の売り込みに玖しんでいた。
政治がそのような姿勢を取ると官僚はこれを巧みに利用する。民間もうまくリスクを国に
押しつけて、おいしいとこ取りを狙う。こうして、戦略的な判断による強かな交渉とは似て
も似つかぬ、政官挙げての無防備な突撃作戦になってしまう。まるで特攻である。
経産省も油谷氏のPRを盛んに行ったようだ。これは、相手国を利する動きになっている。
たとえば、日本がインドやベトナムで優先交渉権を得たというが、原発の建設予定は一つ
ではない。日本以外にも複数の国々と交渉をしており、互いに競わせ、もっとも自国の国益
にかなう道を探っている。だから、優先交渉権を取れたからといって、大騒ぎするほどのも
のではない。
しかし、大きなプロジェクトの受注は政治的な宣伝材料としては格好のものなので、民主
党は声を大にして「凄いだろう」といいたくなるだろう。
経産省は、プラント型パッケージセールスの主導権を取りたいがため、これを後押しして
政権のご機嫌を取る。もちろん、自分たちもそれで高揚しているから、そのうち、本当にこ
れは凄いことだと思い込んでしまう危険性か高い。
たとえば、べトナムの優先交渉権取得は厳しい状況だったが、仙谷官房長官が各省に号令
をかけ、日の丸チームを作って一気に流れが変わった」と持ち上げる解説を、記者たちを呼
んでやる。経度省にべったりの新聞が早速取り上げ、記事にした。
そもそも、相手国から見れば、日本だけ本当に特別扱いして儲けさせるなどという発想は
ない。相手を引きつけて、それから思い切りしやぶり尽くそうと考えるのが当然だ。ベトナ
ム側からすれば、しめしめである。
大々的に宣伝すればするほど、日本は後には引けなくなる。条件が折り合わず、途中で降
りるなどというみっともないまねもできなくなるのだ。
こうしてベトナムは、いくらでも要求を突きつけられる。一方の日本は、無茶な条件でも
呑まざるを得なくなるのだ。
これでは本当に先が危ぶまれる。交渉が不利になることが分からず、日本が一方的に得し
ているように思い込んで、内向きの政治宣伝のお先棒を担ぐ官僚、そしてそれを鵜呑みにす
る記事が出るようなナイーブな国――。こんな国が、強かな新興国を相手に、有利な交渉が
できるとはとても思えない。
福島原発事故でのサルコジ大統領の訪日は、フランスの原子力産業のためのセールスに他
ならない。一歩間違えば日本や世界中から非難されるかもしれないなか、彼の売り込みは一
定の効果を上げそうだ。平時に売り込みをしたところで、逆に足下を見られて見返りを要求
される。日本か窮地に立たされているいまなら、恩を売りながらセールスができると踏んだ
のであろう。
こうした芸当が日本政府にできるだろうか。残念ながらはなはだ心もとない。
天下り法人がドブに捨てた二千数百億円
第三の問題として、政府が金儲けの目利きができるかという問題かある。とりわけ、20
年から30年にも及ぶピジネスの先を見通すことは極めてむずかしい。だから民間だけでは
対応できないというのだか、では、政府が入ることでその確実性か増すのか。
途上国では、民間よりも政府のほうが人材も優秀だったり、情報収集力でも勝っていたり
ということで、政府が前に出るメリットがはっきりしている。では、先進国ではどうか。
アメリカでも国を挙げてインフラを売り込むビジネスは「ステートキャピタリズム」の名
で話題になりつつあり、日本でも「新重商主義」として注目が高まっている。しかし、アメ
リカ政府の情報収集力はもちろん他の追随を許さないものだ。政府高官には民間企業の経営
で実績を示したプロも多い。さらに軍事協力など民間にはできない特別の武器もあり、政府
か前に出ることにそれなりの合理性がある。
それに比べて日本はどうか。ピジネスに関する目利き能力という点では、日本政府ははっ
きりいって幼稚園以下である。
NTTの株式売却収入などを原資にしてご2000億円近くの資金を、経産省がベンチャ
ー支援と称してあまたの企業に出資したことがある。結果がどうなったか――。還ってきた
のはわずかに5パーセント。なんと2千数巨億円がドプに捨てられたも同然、大損失を出し
たのである。運営したのは天下り法人。それに対して誰一人責任を取っていない。
そもそも、日本政府がやったインフラ整備の結果を見てみるが良い。車より熊のほうが多
いといわれた地方の道路、空港、港湾、至るところで失敗の山。成功例は失敗に比べれば、
10分の1以下だろう。インフラについては政府の競争力は極めて低いのである。とにか
く、政府が出て行くと金儲けの確実性が増すという考えは捨てたほうが良い。
インフラをビジネスにすれば、一時期、日立や東芝など複数の日本企業は潤うかもしれな
いが、日本の国益という視点でトータルに見た場合、儲けが出るかどうかは別だ。
ベトナムやインドで原発を作ることによって電力の安定供給が保証される、あるいは高速
鉄道を整備して物流網を整備するのも同じことだ。もちろん経済協力という側面もあるので、
その部分は別に考えなければならないが、そうであれば、その分は経済協力の予算を減らし
て良いことになる。
いずれにしても、国民に直接稗益しないという面において国内のインフラ整備とは根本的
に違うのだから、各プロジェクトの推進に政府がリスクを取ることによってどれだけのリタ
ーンがあるのか、しっかり見極めなければならない。ハイリスクならばハイリターンがなけ
ればならないのだ。
役人がインフラビジネスで得る余禄
最後に、パッケージ型インフラ整備が大失敗に終わる可能性を高める最大の要因について
指摘しよう。これまで述べたところから概ね推測かつくと思うか、役人がパッケージ型イン
フラセールス」に執心するのは、おいしい汁が吸える可能性があるからだ。大型プロジェク
トには、政治家も役人も企業家も蜜に集まる蟻のように寄ってくる。
たとえば、原発を世界に売り込むに当たって、官民出資の投資ファンド、すなわち産業革
新機構が出資して、国際原子力発電なる新会社を設立した。いまはさすがに天下りは行って
いないか、そのうち、この会社は役人の天下り機関になる可能性がある。
インフラピジネスは余禄があるだけでなく、経産省や国交省などの役人にとって、とても
愉しい仕事でもある。
受注すれば大きなピジネスになるので、関係企業の社長は、大臣以下、事務次官、局長の
ところに日参して、「お願いします」とペコペコする。貿易保険やJBICの融資を引き出
したり、経済協カプロジェクトにつけてやったりすれば、なおのこと、社長は経産省に米揚
きバックのように頭を下げる。
経度省は規制や補助金などの利権が少ないので、最近はとくに企業のトップが経産省に頭
を下げるという関係は少なくなってきた。それがインフラピジネスなら、続々と社長が集ま
ってきて、しかもみな頭をドげて帰る。役人にとってこんな気持ちの良いことはない。
企業から見れば、白分たちが負うべき数巨億円あるいは数千億円単位の巨大なリスクを国
民に押しつけることができるのであるから、頭を下げることなど安いものだ。何百回でも頭
を下げるだろう。
ここで、企業が頭を下げるということは、役人の発想では、天下りを送り込める可能性が
高いということ。今後、パッケージ型インフラ整備で産業革新機構に出資してもらったり、
貿易保険をつけてもらったりした企業などに、天下りやそれに代わる現役出向などで経産省
の役人が面倒を見てもらうことになる可能性がト分にある。すでに天下りを受け入れている
企業では、今後もそのポストを提供し続けるということになるだろう。
損する可能性の高い事業に役人が平気で国民の税金を注ぎ込めるのは、役人ならではのお
かしな金銭感覚も関係している。
役人は、いま損するわけではないものには、あまり考えずにどんどんおカネを出す。役人
にとって、仕事は予算を取って使うこと。そこで、ピリオドだ。その結果には関心がない。
投資したキャッシュがすべてなくなっても、キャッシュを追加するわけではない。つまり新
たな予算とは関係ないので、自分の仕事とは関係ないというのが、役人の感覚なのだ。
役人の世界では成果を問われない。役人は投資したカネがどのような成果につなかったの
か、ということには、まるで関心かないのだ。先ほど述べたNTTの株式売却益を2千数百
億円なくしてしまっても何の問題にもならず、誰も責任を取らなかったのがいい例である。
わざわざ借金して投資する産業革新機構の愚
産業値新機構も役人的な発想でできあがった政府系ファンドだ。同機構は、先端技術や特
許の事業化の支援などを目的として、産業活力再生特別措置法に基づき、2009年7月に
設置された。投資対象は、先端技術による新事業、有望なベンチャー企業、国際競争力の強
化につながる大企業の事業再編などとしている。
政府か出資する投資ファンドを「ソブリンファンド」という。資源国のソプリンファンド
は石油や天然ガスで儲けて余った国のねカネから成り、資源を持たない先進国では、積み上
かった年金や外貨準備を原資としている。
日本の産業革新機構も、国のおカネを運用している点ではソプリンファンドに近いが、政
府が出資している920億円は、基本的に国民からの借金。機構が金融機関から資金調達す
る場合、8000億円まで政府保証がつけられるので、最終的リスクは国が負う。
いずれにしても、わざわざ国が借金しておカネを運用しようとしているという点で、普通
のソプリンファンドとは違う。そもそもこれだけ財政状況が悪化しているときに、借金をし
てまで投資をするという発想自体か変だ。結局、無駄のオンパレードとなった昔の財政投融
資のプロジェクトと似ている。
現在は財政状況がより悪化しているからもっとたちか悪い。借金返済で首が回らなくなっ
たので、一発逆転、大穴狙いで万馬券の夢を追うというのに近い。
しかも、時限立法で定められた機構の設置期間は15年。つまり最長15年の間で出資し
たおカ參を回収する。
民間会社の15年先のことは誰にも予測できない。その間に経営者も変わるだろうし、企
業を取り巻く環境も大きく変化する。途中で出資した企業が倒産し、焦げつく恐れはいくら
でもある。
従って、よほど高いリターンでないと、投資する人はいない。しかも、どかんと投資する
人は皆無に近い。そこで多くの人から少しずつ出資させて、リスクの分散をはかる。
機構のインセンティプの構造がおかしいという問題もある。いま産業革新機構にいる人は、
案件をたくさん作れば有名になり、当面の市場の評価を得られる仕組みになっている。しか
し、本当にその案件で儲けられるのか、結果が出るのはずっと先だ。
15年間、ずっと居続ける人はいないだろう。10年以上先に結果が出たときには、案件
を作った人はすでにいない。だから、結果は考えず、投資先をなるべく多く見つけようとす
る。
私は2003年に立ち上げられた産業再生機構に執行役員として出向していた。産業再生
機構が成功したのは、組織の存続期間が最長で5年、実際には4年で終わったからだ。しか
も、個別案件単位では3年以内にプロジヱクトを終了しなければならない。3年先なら、そ
の案件に携わった人か結果責任を問われる。
失敗すればその人の市場の評価は下がり、再生機構の廃止後の転職で著しく不利になる。
短期間で辞めれば逃げたといわれるし、わずか数年前のプロジェクトだから、誰が責任者
かはすぐ分かる。よって、結果が悪ければその人の評価に響く。
自分の市場価値に関わるので、参加した民間の人たちは、死に物狂いで成果を出そうとし
た。産業再生機構が成功した裏には、こうしたインセンティブ構造があったのだ。
一方、産業革新機構では、そういうインセンティブ構造になっていないところで国のおカ
ネを使わせる。これはたいへん危険な話だ。
最近の産業革新機構か取り上げた案件を見ていると、当初考えられていたベンチャー支援
とは似ても似つかぬ政治案件があったり、大企業支援案件のための打ち出の小槌として使わ
れ始めたりしている。私にはそうとしか見えない。
役人の政策か浅はかになるのは、利益の誘導もさることながら、現場をほとんど知らない
からだ。たとえば経産省の官僚はビジネスマンとして得意先と丁々発止の交渉をしたことも
なければ、実体経済に詳しいわけでもない。審議会にかけて検討してもらい、まとめるとい
っても、しょせん耳学問だ。利益誘導を抜きにしても、実情に即した政策を作るだけの経験
も知識もない。そういう意味でも、回転ドア方式で、震が関に民間の血を入れる必要がある。
ここで、米国的行政制度の「回転ドアー方式」に触れておこう。捕虜理論(Regulatory Capture)と
いう、規制機関が規制されるべき事業者側に取り込まれ、規制される事業者側の利益の最大化に
貢献するという最悪の状況である「天下り問題」の根源となる。そこでその解決方法として「回
転ドア方式」が提言され、米国ではは政権が変わったタイミングで公務員のほとんどが辞表を出
して民間のシンクタンクに戻ったり、経営の実務で経験と知識を深め、次の政権交代に備えてき
た歴史があり、この制度を担保するために、必ず能力に見合った仕事が与られている。投資経験、
実務経験、ビジネス・センスを持たない霞ヶ関からの天下り職員が、年金基金の原資を食い潰し
てきた反省に立ち日本でもこの方式採用としてきたが、国家官僚達の激しい抵抗にあい道半ばに
ある。ところが、回転ドアー方式も悪用されるケース――関連企業の意を受け民間人(あるいは
半官半民族)が天登りと天下りを繰り返す――もあるのでよくよく考えておく必要があるが、民
間企業の最前線で働いてきたわたし(たち)も概ね共感できる内容となっている。次回は一旦「
序章」→「4章」に戻り、その後「終章」の順に読み進めていく。
この項つづく
'Nineteen Hundred And Eighty Five'
Paul McCartney’s 10 Greatest Songs After The Beatles March 6, 2013 12:00 AM
アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』収録。オリジナルでは同アルバムの最後を飾る曲。「ポー
ル・マッカートニー・コレクションシリーズ」では後に「愛しのヘレン」(Helen Wheels)など
ボーナストラックが続く。米国と日本では、シングル『バンド・オン・ザ・ラン』のB面に入っ
た。ラゴスでレコーディングされたものに、ロンドンでストリングスとブラス・セクションをオ
ーバーダビング。印象的なピアノで始まるメロディが繰り返される内にダンスミュージックて、
ロックとなり壮大なオーケストラの最後に「バンド・オン・ザ・ラン」の一節がリプライズで現
れるポールのアレンジャフルサウンド。さては、お楽しみを。
理解できないが、理解しよう。^^; ?!
アイルランド、国民投票で同性婚合法化