たぶん日本の国民経済が崩壊しても、「時給267円で働く労働者を
搾取できたおかげで、国際競争に勝ってフェラーリに乗ってドンペ
リを飲んでいる超富裕層」の一員になっいる自分の姿を想像してい
るのだろう。
内田 樹
日本では15年の最低賃金が全国平均18円引き上げとなっているが、米国では昨年
から今年にかけて、多くの自治体で最低賃金(時給)を15ドル(1,850円) に引き上
げる条例が可決され、既に施行されている自治体も出てきている(例:シアトル市の
場合、今年4月1日より段階的に――従業員数5百人以上の企業は17年初までに、
5百人以下の企業は21年初までに最低賃金が段階的に15ドルに引き上げる条例が
昨年可決(現在は11ドル(5百人以下は10ドル)、引き上げられる――上図/上
をダブルクリック)。これらの政策は、このブログでも掲載してきたポスト・ケイジ
アン的格差是正施策と見られる。
それではどのような影響があるのだろうか? シアトル市の場合、4月に11ドルに
引き上げられたシアトルでは、17年の施行を待たず15ドルに引き上げたレストラ
ンの例では、メニューの価格を21%引き上げ、チップ制を廃し、これまでチップで
時給27ドルを稼いでいたウエイター・ウエイトレスやバーテンダーの収入が下がる
反面、調理場スタッフやバスボーイ(食べ終えた食器を下げる係)。などの収入が上
がり、同じレストラン内での格差がなくなっているという。日本もこれに習って、チ
マチマとせず、大幅最低賃金の引き上げを行えばと思うのだが、移民の国でない少子
化が進行する日本では放任しても自動的に上がるから大丈夫かもしれない。
導入後の政策リスクはないのか? 施行前には賃上げによる失業率の増加が懸念され
ていたが、施行後1年半以上が経ち、いまのところ大きな混乱は起こっておらず、む
しろ下図のごとく、失業率は施行前の6.5%から現在4.6%に改善されている。
「分厚い中間層」「アベノミクス」と打ち出した日本とはことなり、格差是正に向け
ダイナミックにチャレンジする国柄は今も昔も変わらぬようだと感心する。
秋葉原通り魔事件が、"ワーキングプアー" に 象徴される、過剰競争と自己責任の原理がもたら
す格差拡大社会の歪みとして発生したように、まもなく、日本の高齢者の9割が下流化する。本
書でいう下流老人とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者、およびその恐れがある高齢者」で
ある。そして今、日本に「下流老人」が大量に生まれている。この存在が、日本に与えるインパ
クトは計り知れないと指摘したように、神奈川県小田原市を走行中の東海道新幹線で焼身自殺し
た事件――71歳の林崎春生容疑者による「下流老人の反デフレテロ」ではないかとブログ掲載
(極東極楽 2015.07.02 )。『下流老人』の著者である藤田孝典は、「東京都杉並区の生活保護
基準は、144,430円(生活扶助費74,630円+住宅扶助費69,800円 【特別基準に
おける家賃上限】)である。資産の状況やその他の要素も検討しなければならないが、報道が事
実だとすれば、年金支給額だけでは暮らしが成り立たないことが明白だといえる。要するに、生
活保護を福祉課で申請すれば、支給決定がされて、足りない生活保護費と各種減免が受けられた
可能性がある。月額2万円程度、生活費が足りない(家賃や医療費などの支出の内訳にもよる)。
生活に不安を抱えどうしたらいいか途方に暮れる男性の姿が思い浮かぶ」と語っている(YAHOO
!ニュース「新幹線火災事件と高齢者の貧困問題ー再発防止策は 「貧困対策」ではないか!?」
2015.07.02)を受け、『下流老人』の感想を掲載していく。
目 次
はじめに
第1章 下流老人とは何か
第2章 下流老人の現実
第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン
第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
第5章 制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府
第6章 自分でできる自己防衛策―どうすれば安らかな老後を迎えられるのか
第7章 一億総老後崩壊を防ぐために
おわりに
第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン
《パターン3 子どもがワーキングプア(年収200万円以下)や
引きこもりで親に寄りかかる》
第1章で説明したように、昨今では「予どもだから」親の介護をすることが、当たり前の
時代ではなくなってきている。ブラック企業が蔓延し、多くの青年層が低賃金で長時間労働
を強いられているなか、さらに親の介護を期待するのは酷だと言える。もう子どもが親の介
護をする時代ではないのかもしれない。
ところが介護が期待できないばかりか、子どもが下流化の要因になってしまうケースもあ
る,ワーキングプアや引きこもりなどを理由に、成人以降も予どもを養わなければならない
高齢者が増えているのだ。
とくに最近広がりを見せているのが「ワーキングプア」、稼動年齢層と呼ばれる若者の貧
困だ。
厚生労働省による日本の総労働人目における正規雇用者と非正規雇用者の数の推移を見て
いただきたい。平成26年現在、全労働者の37・4%は非正規雇用である。
いわゆるパートやアルバイト、派遣社員などの割合が、20年前と比べ、年々増加して
いることがわかる。いまや労働者の3人に1人が非正規雇用であり、賞与や福利厚生が十
分に受けられない状況だ。なかでも、正社員として働く機会が与えられない「不本意非正
規」と呼ばれる人々の割白は、非正規雇用労働者全体の19・2%におよぶ,要するに、
正社員で働きたいが非正規でしか働けない人も少なくないのだ,
また、2013年の厚生労働省「賃金構造基本統計調査」から、20~64歳で得られ
る賃金を計算すると、正規雇用で約2億2432万円、非正規雇用では約1原2104万
円となり、その差は1億328万円もの開きがある。「同一労働・同一賃金一が訴えられ
ているが、同じような仕事内容でも正規と非正規では、大きな賃金格差があることは明ら
かである。
とくに地方における就業先の不足は深刻で、一度非正規雇用になってしまうと、もう正
社員の道がたたれてしまうという事情もある。そうなると、30代後半から40代、ちょうど
親の介護が現実的になってくる時期に仕雅を探しても、パートやアルバイトぐらいしか就
労先がないことも珍しくない,いまだに目本の労働巾場は、新卒一括採用が主流で、若者
には正規一部用の遣があるが、年齢を重ねるほど正規雇用への就職が難しくなることは、
暗黙の了解となっている。
そのため実家で親と同居しながら、なおかつ足りない分の生活費を親が貯金や年金でま
かなうという事態が発生している。さらに、親が死亡しても、その事実を隠して、子ども
が親の年金を受け取っていたという事例も出てきた。いかに親に依存しないと暮らしてい
けない若者が増えているか、ということを如実に表しているだろう。
子どもが「ブラック企業」に
またうつ病によって仕事を辞め、実家に引きこもってしまう若者も少なくない。大きな
会社に入って安心していたら、いきなりうつ病で働けなくなり、アパートの家賃すら払え
なくなるというケースはよくある,
その裏側にあるのは「ブラック企業一に代表されるような過酷な労働環境であろう。そ
のなかにおいて、長時間労働により体調や精神のバランスを崩す若者が急増している。
一方で子どもも、多少辛くても脱には相談しない、恥ずかしくて言えないと考えがちで、
自力ではどうにもならない状態になってから実家に帰ってくるケースが多い。
健康保険を所管する全国健康保険協会(協会けんぽ)によれば、「精冲系疾患」によっ
て働けなくなった傷病手当金申請者は、近年増加の一途をたどっている。全国データでは、
病気やけが全体に占める精神系疾患の割合が、平成23年度には26%を超え、平成7年
(4・45%)の約6倍にまで増加していることを報告している。
また、精神系疾患は一度罹患すると治療期間が長期化し、職場復帰が困難になることか
ら、メンタルヘルス対策は非常に深刻な課題となっている。
そういった人については、すぐに仕事が見つからない場合に、もう一回大学に入り直し
たり、職業訓練を受けるなどの道もあるが、とにかく、お金がかかる。あるいはうつ病を
治療するための医療費など、生活費以外に多額の出費が本人や家族にのしかかってくる。
たいていの厚生年金の水準では、高齢期の2入を養うのが精一杯なはずだ。扶養を必要
とする子どもの存在は、生活プラン自体を根本から覆すことになりかねない。
とくに団塊の世代は、子どもの問題で悩みを抱えている大が多い。ワーキングプアや引
きこもりが顕著に増えはじめたのが、現在の30代後半~40代にかけてだ。団塊ジュニアと
も呼ばれるこの世代は、「パラサイトシングル」などの流行語でも有名になった。
ただし、間違って捉えてはいけないのは、背景には「失われた20年」と呼ばれる経済
の低迷があり、非正規雇用の拡大などの「雇用問題」があるということ,本人だけの問題
では決してないということである。
「檻のない牢獄」と化した実家
このような親と子の共同生活は、いわば「檻のない牢獄」に入っている状態と言える。
若者は「実家から出たい」と思うが、賃金が安いなどの理由から自立することができな
い。一方で、親も実家から出したいが、苦しい状況もわかるので強制することもできない。
「早く実家から出ていってくれ」と思う親世代と、「出ていく場所がないIという子ども
世代が、お互いに不満をためながら、ひとつの家に縛りつけられている状態である,ニュ
ースなどでも、実家に住み続けるストレスフルな若者が、両親や親族に刃を向けてしまう
殺傷事件がいくつか報道されているが、わたしたちはその背景にまで目を向けて考える必
要がある,
このような苦しむ若者が増えないように、雇用対策や労働環境の改善にも本腰を入れて
取り組まなければ、今後も下流老人になる恐れがある高齢者を生み続けることになるだろ
う,下流老人の問題は、高齢者への対策だけで解決すべき問題ではないのだ。
《パターン4 増加する熟年離婚》
4つ目のパターンは「熟年離婚」だ。
わたしの生活相談のなかでも、この手の問い八口わせは急激に増えつつある。しかし、
離婚と高齢者の貧困がどのように結びつくか、イメージがわかない方もいるかもしれない。
仮に、夫が会社員で妻が専業主婦だった場合の離婚では、男性にとっては予想していな
かった経済的な問題がつきまとう。慰謝料の支払いのほか、予どもが成人していない場合
は養育費の支払い、さらに受給される年金額も家族生活の員献度合いによって折半になる。
そのため、収入増の当てがない限り、これまでの生活レベルを大幅に下方修正せざるを得
ない。
そもそも最近になって、なぜ熟年離婚が増えつつあるのか、その点から紐解いていこう。
いまだ男性優位の社会とはいえ、1986年に男女雇用機会均等法が施行された後の女
性の社会進出は目覚ましく、現在では必ずしも「夫が外で稼いで妻が家を守る」というス
タイルが日本の平均的な家庭像というわけではなくなってきた。それにともない、離婚率
にも変化が生じている.。
たとえば、厚生労働省の「平成25年人口動態統計月報年計(概数)の概況」によれば、
20年以上連れ添った熟年夫婦が離婚する件数は、1985年は2万434件だったにも
かかわらず、2013年には3万8034件と大幅に増加している。
この驚異的な数字は、女性が経済的に自立しやすくなったこともある。が、これまでやむ
を得ず押し殺してきた夫に対する不満が、子育てをひと段落した高齢期に一気に噴出した結果とも
言えよう。
今の高齢者は、そもそも「結婚するのが当たり前」な世代。自分の意思とは関係なく、
お見合いや周りの勧めで、結婚したケースも数多くあるだろう。生涯未婚率も現在ほど高
いものではなく、結婚 は、ある意味で「常識」だった。
一方で、一度結婚したら離婚なんてとんでもない、何があっても歯を食いしばって耐え
るという価値観も強固にあった。あるいは、女性に社会進出の機会がなく、経済的な自立
が困難であることから、夫の経済力に依存しなければ暮らしていけない背景があった。古
くは家父長制であり、その名残りとI.昌ってもいいかもしれない。
しかし、時代とともに結婚や夫婦のあり方に対する社会の価値観は大きく変化した。そ
れにより60代前後になって意識的・無意識的に我慢していた不満が一気に哨出し、とくに
女性が積極的に離婚に踏み切るケースが増えてきた。いわば「高齢明に入り自我に目覚め
た」状態と言えるかもしれない。
またそれを加速させているのが、慰謝料請求や財産分配、年金の按分を求める裁判離婚
である。知人の弁護士の話によれば、最近はとくに老後の資産を分け合う決定が出される
ようになっている。女性が虐げられてきた歴史は昔からあるが、それに対する裁判の判例
が積み重なってきて、公正になってきた部分もある。
さらに女性弁護士が増え、昔は議題にすら挙がらなかった問題や我慢を強いられた問題、
たとえばドメスティック・バイオレンスやモラルハラスメントなどが大きく問題視され、
ここ数年でしっかりと金銭を伴う形で裁かれるようになってきた影響もあるだろう。
そのようななかで、離婚訴訟においても女性に支払われる資産の金額が男性と対等であ
るべきだという意識も広がっている。
勘違いしないでいただきたいが、「男性(夫)にとってツライ社会になってきた」と言
っているわけではない。もちろん妻側も、苦痛やストレスを抱えながら、あるいは暴力を
受けながらも、ガマンして夫と一緒に生活する必要はまったくない。むしろ、男女公平な
慰謝料や財産分配、年金按分がなされるようになったことは喜ばしいと思っている。
それだけ資産を普通に分けられることがわかれば、賃金以外の価値や魅力を持たない男
性と一緒にいたくないと思うのは当然だし、はやく夫の世話から逃れて残りの人生を楽し
みたいと思う女性が出てくるのは自然なことだ,
熟年離婚の盲点
ただし、そのことと離婚することのリスクは別だ。夫にとっても妻にとっても、熟年離
婚によって、どのようなリスクが発生するかは、正確に知っておかなければならない。
たとえば、実際に離婚した場合、年金の受給額はどのように変わるのだろうか。
夫が会社員で妻が専業主婦の場合、かつては夫の扶養家族である妻に対して支払われる
年金額は、厚生年金保険の加入者である夫に比べて少なかった。
しかし、最近では「アンベイドワーク(unpaid work)」といって、夫が仕事に専念して賃金
を嫁げるのは、裏側で妻の支え、つまり家事や育児などの賃金が発生しない「見えない労
働一があるからこそだという考え方がある。昨今ではこのような考え方が推認され、年金
も公平に分配されるようになってきている。
そのため2人合わせて月々の年金収入が330万円の場合、裁判や調停で労働割合が半
々に認められれば、離婚後の受給額は一人あたり15万円となる。注意したいのは、離婚
すれば当然別附帯になるため、家賃や水道光熱費などの固定費がそれぞれの世帯にかかっ
てくる点だ。つまり収入が減るにもかかわらず、支出はそこまで減らないため、実際には
今までと同レベルの生活を維持できなくなる,
しかも先ほどの例のようにひと月あたりの年金受給額が15万円ともなれば、貯蓄がな
い限りは.気に「生活保護基準」ラインに足を踏み入れることになる。同じ附帯にいなが
ら2人で30万円で暮らすのと、それぞれ別附帯で15万円で暮らすのとでは、大きく意
味が違うのだ。
また、高齢者自身の考え方、価値観にも問題がある。とくに団塊の世代は、高度経済成
長期の担い手であり、バブル経済の恩恵を最も受けた世代である,消費することが善とさ
れ、趣味に時間やお金を費やしてきた人も多い。
わたしのところに相談にくる方でも、一部上場企業でずっと働いてきて、今まで家や車
の維持費だけで月15万円払っていたような方も珍しくない。しかし、いざ下流に足を踏
み入れたら、そのような価値観を根から変革しない限り、泥沼にはまることになる。
その場合、ファイナンシャルプランナーや弁護士などをはさみ、専門家の撹点から生活
プランを設計し直していく作業が必要になるのだが、とくに多いのが”夫側”の相談だ。
理由は明白で、妻よりも夫のほうが著しく生活能力が低いのである。家事をしていない男
性高齢者は食事や日常生活において、節約しようとする意識すら持てない,
あまりにもリアルで思わず背中がゾクッとする話で、最後尾の「生活能力が低い」という件の
あたりは、図星しで、大当たりだと苦笑するしかないが、それでも悔い改められない自分がい
る。苦境に入って、いよいよというときに底力からはまだ出せると思っているから、妻に”極
楽トンボ”と揶揄されても、割と平気でおられるのは、性格に起因する。なぁ~に、老いたり
と言えど一山ふんでみようか?!と、やせ我慢せず、セカンドライフに「生涯労働制」を導入
し、社会奉仕や趣味などの成果物も含めて、貨幣あるいは価値評価できるような仕組み――現
行のシルバー人材センタ事業をさらにフレキシブルに運用した高齢者向けの相互扶助プラット
フォームを構築してみてはどうかと思う。これは残件扱いとしておこう。さて、次回は「仕事
一筋できたならば、夫はにげられてはいけない」から入る。
この項つづく