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石山寺と瀬田川

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    寺は壺坂。笠置。法輪。霊山は、釈迦仏の御すみかなるが
                 あはれなるなり。石山。粉河。志賀

                                 清少納言  『枕草子』  

                                                                                    966-1025

 

 

    めぐりあいて 見しやそれとも わかぬまに雲がくれにし夜半の月かげ  

           さして行く 山の端もみな かき曇り 心の空に 消えし月影
 
           曇りなく 千歳にすめる 水の面(おも)に 宿れる月の 影ものどけし 

           西へ行く 月のたよりに たまづさの かきたえめやは 雲のかよひぢ       

                                                                                      紫式部 

 


 

予定通り蝋梅鑑賞。好天気で風もなく透き通って琵琶湖の対岸がみえる。「つれづれも
なぐさめむとて、二人で石山に詣でて」と和泉式部日記をもじって石山寺へ。折しも大
津は市長選挙戦が始まっている。東門前の瀬田川ではボートの練習が盛んに行われてい
る。

因みに石山寺は、滋賀県大津市にある東寺真言宗の寺。本尊は如意輪観音、開基は良辨。
当寺は京都の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ、日本でも有数の観音霊場であり、西国三
十三所観音霊場第13番札所。また当寺は『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』などの
文学作品にも登場し、『源氏物語』の作者紫式部は石山寺参篭の折に物語の着想を得た
とする伝承がある。「近江八景」の1つ「石山秋月」でも知られている。

また、紅葉の名所としても知られ、秋にはライトアップが行われ、15年に日本夜景遺
産に認定される。石山寺は、琵琶湖の南端近くに位置し、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田
川の右岸にあり、本堂は国の天然記念物の珪灰石(「石山寺硅灰石」)という巨大な岩
盤の上に建ち、これが寺名の由来ともなっている(石山寺珪灰石は日本の地質百選にも
選定)。

『石山寺縁起絵巻』には、聖武天皇の発願により、天平19年(747年)、良辨が聖
徳太子の念持仏であった如意輪観音をこの地に祀ったのがはじまりで、聖武天皇は東大
寺大仏の造立にあたり、像の表面に鍍金を施すために大量の黄金が必要で良弁に命じ、
黄金が得られるよう、吉野の金峰山に祈らせた。金峯山はその名の通り、「金の山」と
信じられていた。

良辨の夢に吉野の金剛蔵王(蔵王権現)が現われ、「金峯山の黄金は、弥勒菩薩がこの
世に現われた時に地を黄金で覆うために用いるものである。近江国志賀郡の湖水の南に
観音菩薩の現われたまう土地がある。そこへ行って祈るがよい」とのお告げにしたがい
石山の地を訪れた良辨は、比良明神の化身である老人に導かれ、巨大な岩の上に聖徳太
子念持仏の6寸の金銅如意輪観音像を安置し、草庵を建て程なく、陸奥国から黄金が産
出され、元号を天平勝宝と改める。如意輪観音像がどうしたことか岩山から離れなくな
って、やむなく、如意輪観音像を覆うように堂を建てたのが石山寺の草創である。

 

● 蝋梅、少なっ ?! それでも見頃 

東門をくぐり入園参拝すると、梅苑は三つほどある。ところで、月見亭の下にあり、南
北に長い第一梅苑の梅林「薫の苑」は、国宝『薫の聖教』を著述した淳祐内供(菅原の
道真公の孫)ゆかりの地。藤牡丹・白滝などの梅が気高く咲きほこることで有名となる
。石山寺中興の祖であり、朝廷・貴族の信仰を集めた三代座主淳祐(890-953)は92
1年、醍醐天皇の命により師の観賢僧正が、高野山の弘法大師廟へ参入する際に随伴す
ることになり、入定した大師の膝に偶然触れた淳祐内供の手に、その芳香が移り、いつ
までも消えることなく、その手で書写された聖教にもその香気が移ったと伝承されてい
る。この淳祐筆の聖教が「薫聖教」と呼ばれ、石山寺でも座主以外は見ることが許され
なかった――平安女流作家たちは石山寺に参籠するほどにこの寺は、室の信頼が厚い上
学問の寺として名高かった――が、このほか、第二梅苑の「東風の苑」、第三梅苑があ
り、梅園は約3300平方メートル、40種約400本の梅が植えられ、蝋梅は、半透
明でロウのようなつやのある花が特徴で今年は例年より半月ほど早く満開となり、2月
上旬まで見頃が続くという見通しだが、香りが強く周辺に近づくだけでそれとわかる。
元々、中国中部原産の落葉低木で17世紀、江戸時代のはじめに中国から渡来。木の高
さは、2~4メートルの木。陰暦の12月(臘月:ろうげつ)頃(現在の1月頃)に咲
く梅に似た花であると云う説がある一方、花が蝋細工のような光沢と質感をもち、梅に
似た花を咲かせるからという説の2つがある。また、梅に似た香りと花の形、中国から
伝わったことなどから「おうないか(黄梅花)」「からうめ(唐梅)」「なんきんうめ
(南京梅)」とも呼ばれます。多くの呼び名、別名があるものです。また、英名は「wi-
nter sweet」と言う。

  紫式部ゆかりの花の寺

※ 梅の種類例

(1)原生系:白加賀・一重冬至・満月・竜眠 ・寒衣・二重冬至・花香実・月宮殿・
  見鷹玉垣・思いのまま・八重海堂・紅筆・八重紅筆 ・玉拳・白難波・月の桂・月
  影・緑
(2)豊後系:真鶴・揚羽の蝶・海棠梅・藤牡丹・白獅子・八重揚羽・呉服・
  武蔵野・一の谷・江南無所・三国一 
(3)紅梅系:紅千鶴・玉光・唐梅・鹿児島・緋の司・黒雲
(4)枝垂性:月影枝垂・大阪しだれ
(5)実成り・果梅:白加賀・長束

現場に到着してびっくり、蝋梅が余りにも少ない。一本だけが満開。それでも気を取り
直しデジカメする(近接撮影することを忘れて全景に近いフレームで撮り、結果は惨敗。
最近ぼけているのかと反省する(デジカメが悪くなっていることはその通りなのだが)。
紅梅は申し分ないのだが少々落胆した次第。約2時間ほど境内を散策し、帰りに名物の
「瀬田のしじみおこわ」を買う。

ところで、この瀬田蜆、漁獲量は衰退の一途をたどる(下表)。このため昭和59年(
1984)に、生協理事役の関係で参加した琵琶湖で「第1回世界湖沼会議」が開催
当時、絶滅の危機にあったセタシジミを取り戻そうと、4月23日を“シジミの日”と
定め、セタシジミ祭が始められている。第1回世界湖沼会議が開催された昭和50年代
は、琵琶湖の環境変化、シジミの乱獲など、様々な要因により、瀬田川では絶滅の危機
にあり、このシジミ祭は瀬田川、琵琶湖のシジミ復活・再生を目指し、瀬田川・琵琶湖
のシジミ再生機運を高め、環境保全を啓蒙を目的始められている。

 

セタシジミは琵琶湖湖岸で1960年までは大量に獲れたのだがこのシジミ、結構身体に良い。
まず、アラニンとグルタミンにはアルコールを代謝する酵素の活性を高める、メチオニ
ンが肝臓の働きを助けてくれ、タウリンが胆汁の排出を促、肝臓の解毒作用を活発にす
る。またビタミンB12は肝機能を高める。しじみ汁にすると味噌に含まれるコリンが
レシチンという物質になり、肝臓の中に入ったアルコールが脂肪になり蓄積されるのを
防ぐ働きもある。 さらに、しじみ汁と一緒に梅干を食べれば、梅干に含まれるピクリン
酸が肝臓の機能を高め、アルコールの体外排出を促進させてくれる。アサリよりも小さ
いがシジミのパワーを丸ごと摂取できるからお勧めだ。  

   瀬田川ラフティング

 


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