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徐福伝説は真実だった?

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             人間は死ぬべきときには死ぬべきだ / ニーチェ『偶像の黄昏』

 

                                                                        

                                                        F.W.Nietzsche 
                                                                                                                       Oct. 15, 1844 - Aug. 25, 1900     

 

 

● 徐福伝説は真実だった? 長生不老の霊薬発見?

これはもう旧聞になるが、老化を抑制する効果が動物実験で判明しつつある物質を人間に投与
し安全性や効果の有無を調べる臨床研究を、慶応大と米ワシントン大(ミズーリ州)が来月に
も国内で開始する計画であることがわかった。慶応大の倫理委員会が近く、計画の妥当性など
を審査する。承認されれば、まずは10人程度の健康な人への投与で安全性を確認し、その後
数年かけて、体の機能の改善効果の有無を調べる。この物質は「ニコチンアミド・モノヌクレ
オチド(NMN)」。ワシントン大の今井眞一郎教授(老化学)らの研究で、NMNが老化を抑
える役割を持つ遺伝子サーチュインを活性化することが判明。マウスにNMNを投与する実験で
は、老化にともなう代謝や目の機能などの低下が改善されることもわかってきた(毎日新聞
2016.06.21)。

Nicotinamide Mono Nucleotide

11年、ワシントン大学教授の今井眞一郎が、マウス実験で糖尿病に劇的な治療効果を上げた、
ある物質の存在を世界で初めて報告――実は日本から始まった研究である。転機は今井氏のも
とに飛び込んだ日本企業のEメール。8、9年前に、オリエンタル酵母工業の若い研究者が、
NMNがつくることはできないか。もしくはつくったとして、なにか面白いことができないかと
いうも。ちょうどわたしもパートナーを探していた時期で、まさに渡りに船の提案となる。や
がてオリエンタル酵母工業によるNMNの開発と大量生産の実現に結びつく。その効能をマウス
でテストしてきた。NMNは日本人と日本企業が密接に協力し合った成果――その物質「NMN」
は糖尿病に限らずさまざまな臓器や眼さらには脳などの老化に伴う症状を改善すると判明。こ
の物質を投与されたマウスの器官は、若いころの状態にまでほとんど修復されていた。NMNは
現在、「若返りの薬」としてさまざまな分野で注目を浴びている。例えば、米国でこの物質を
研究するハーヴァード大学博士のポーヘン・アーは、美容業界から、NMNには実際に若返りの
効果があることが判明している。NMNを酵母で生成すれば、毒性はない。皮膚につけることも
食べることもできる。石鹸やローションのような日用品として使えるとして、同博士の研究室
は、企業とのコンタクトを始めている。美容製品なので、薬のように認可のハードルも高くは
なく、早期の出荷が見込まれる。

 オリエンタル酵母工業

NMNとは、ニコチンアミド・モノヌクレオチドという物質の略称。ビタミンB3からつくられ
る物質。わたしたちが身体の機能を保つのに必要なNADという物質に変換される。老化すると
NADという物質が各臓器で減少する一方で、NMNを体内でつくる能力も減少していく。つまり、
NMNという物質は人体の臓器を修復する上で重要なのに、これが加齢によって減少してしまう。
NMNの投与は、その低下を補っているに過ぎない。したがって、その治療は通常の薬物による
それとは少し違い、いわば身体能力を全体的に高めて機能を補正・補助する働きをする。




● すべての病気効用がある、老化がなくなると断言できない

具体的な使用シーンとしては、(1)病気になったときに、多量のNMNを使い病気の症状を改
善させる『治療薬』として、(2)日常的にNMNを摂取することで、老化とともに自然と低下
する身体機能を補正する『予防薬』としての使いうという2つ。そこで、マウスでの結果を踏
まえると、人間は50~60代のあたりでNMNをつくる能力が落ちてくるその少し前から補充
するのがよいかと考えている。逆に、20代~30代には必要ない。ただし、この薬は「万能
の薬」とはみなしていない。すべての病気に効用があるとか老化がなくなるとも断言されない。
例えば、ある種のがんを抑える働きはあるが、白血病の細胞に与えるとむしろその活動を活性
化し増殖を促す。また、健康な期間を長くできるが、寿命を何倍にも飛躍的に伸ばしたり、不
老不死が望めたりということはありえない。また、マウスでは明らかな副作用は認められてい
ないが、できる限りヒトでの安全性や効能を確認が必要だと話す。

日本は現在、世界でも類を見ない超高齢化社会に突入しつつある。その日本からNMNが誕生し、
世界に広がっていく。そこに大きな意義があると今井は考える。年寄りになってもより健康的
で活発な時間を過ごし、人生を充実させるために使っていただける。そして生き生きとしたお
年寄りの姿を、次世代の人々が目にすることで社会を明るくなり、貴重な体験や知識は次世代
へと伝わっていき活気ある社会になっていくと確信する。この言葉の背景には、今井の哲学が
あり、人間が死から免れることは研究の目標でなく、老化という現象を完全になくせるとも思
っていない。彼が自らの研究の究極の目標にしているのは、人間が充実した、健康かつ幸せな
人生を送ることにある。ニーチェは、『偶像の黄昏』という作品のなかの、『人間は死ぬべき
ときには死ぬべきだ』を引用し。ある意味においては、いずれ人生を全うしてこの世から去る
ということは重要なのではないかと問いかける(「未来の“若返り”サプリメント NMNの研
究」ワイヤード・ジャパン 2016.02.16)。 少々強引なヘッドラインではあるが、徐福が始皇
帝の命を受け「長生不老の霊薬」を求め東方に船出し、二千二百数年にして、その霊薬が発見
されたと後世に伝えられるなるのではと確信させるようなニュースであったことを思い出し、
ここに記載する。

  今井 眞一郎

    

 ● 又吉直樹 著 『火花』20 

  その日のネットニュースに「スパークス解散!」という記事が出た。それを見た実家の
 母親から、「お疲れさん]というメールが届いた。この十年間、親には仕事のいい知らせ
 しか聞かせていなかった。これから死ぬ気で恩返しをしよう。両親も、僕を漫才師にして
 くれたのだった。記事を開きコメント欄に眼を通した。

 「誰だよ!」
 「知りません。芸人多過ぎ!」
 「面白くない芸人が解散したことを何故伝える必要があるのか?」
 「一瞬テレビ出てたけど、つまんないからすぐに消えたね。がんばれ!」
 「知らない! って人がほとんどじやない?私もその一人だけど」
 「芸のない人は芸人ではありません」
 「こいつら、面白くない。もう、昔みたいに面白い漫才師は出て来ないのかね?」
 「写真占いですね,これしかなかったの?」
 「銀髪の印象しかない。すみません」
 「もっと早い方がよかったと思います]
 「素人の俺の方が絶対に面白い」
 「スバークスの漫才好きでした」
 「町内会のコンビでしょ?最近は誰でもなれる]
 「髪染めて、チャラチャラやってんじやねIよ、カスがっ!こ
 「お疲れさまでした。(誰?)]
 「最後にネットニュースに載れただけでもよかったんじやない?」
 「誰? とか書くと、わざわざそんなこと書き込むな! みたいなレスあるけど、この人
 達に関しては大丈夫そうだね。うん。私も知らない」
 「知らねえよ! どの基準で記事書いてんだ?」
 「最近の若手は、ちっとも面白くない]
 「修業もせずに世に出るから、淘汰される」

  僅かながらの肯定的なコメントには本当に感謝した。救われた。僕達を含め、若手芸人
 全体に対する否定的な意見には、笑わせてあげられなくて申し訳ないと思った。常に芸人
 が面白いという幻想を持たせてあげられなくて残念に思った。

  僕は小さな頃から漫才師になりたかった。僕が中学時代に相方と出会わなかったとした
 ら、僕は漫才師になれただろうか,漫才だけで食べていける環境を作れなかったことを、
 誰かのせいにするつもりはない,ましてや、時代のせいにするつもりなど更々ない。世間
 からすれば、僕達は二流芸人にすらなれなかったかもしれない。だが、もしも「俺の方が
 面白い」とのたまう人がいるのなら、一度で良いから舞台に上がってみてほしいと思った。
 
 「やってみろ」なんて偉そうな気持など微塵もない。世界の景色が一変することを体感し
 てほしいのだ。自分が考えたことで誰も笑わない恐怖を、自分で考えたことで誰かが笑う
 喜びを経験してほしいのだ。

  必要がないことを長い時間をかけてやり続けることは怖いだろう? 一度しかない人生
 において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。無駄なことを
 排除するということは、危険を回避するということだ。臆病でも、勘違いでも、救いよう
 のない馬鹿でもいい、リスクだらけの舞台に立ち、常識を覆すことに全力で挑める者だけ
 が漫才師になれるのだ。それがわかっただけでもよかった。この長い月日をかけた無謀な
 挑戦によって、僕は自分の人生を得たのだと思う。

  吉祥寺ハーモニカ横丁の美舟に行くのは随分と久しぶりだった。二階に続く急な階段が
 懐かしかった。二階の座敷には人が溢れていた。小さなテレビの横に置かれた招き猫もま
 だあった。僕の眼の前には油‥谷さんが座っていて、肉芽をつつきながら焼酎の水割りを
 召んでいる。

 「スパークスの漫才めっちや面白かったな」

  神谷さんは、嬉しそうにそう言うと焼酎を一気に飲み干した。

 「神谷さん、泣いてたでしょ?」思い出すと笑えてくる。
 「確かに泣いたけど、あんな漫才見たことないもん。あの理屈っぼさと、感情が爆発する
 とこと、矛盾しそうな二つの要素が同居するんがスパークスの漫才やな」

  神谷さんは僕の方を見ずに太い声を出した。

 「誰も笑ってませんでしたけど、神谷さんに褒められるのが一番嬉しいです」

  これは紛れもない僕の本心だった。

 「毎回、出てきていい話ばっかりする漫才師が一組だけおっても面白いと思うんやけどな。
 そんなん見たいもんI

  神谷さんは、呑み始めてからずっと僕のことを褒めてくれていた。あの頃と同じように、
 安い総菜達が僕等を癒してくれた。僕は神谷さんに何かを謝らなければならないような気
 がしていた。

 「神谷さん、すみません」

  神谷さんは、特に返事もせず美味しそうに肉芽を食べている。神谷さんは漫才を辞める
 僕のことをどう思うだろうか。神谷さんは生れてから死ぬまで自分は漫才師であると公言
 するような人だから、スパークスが解散したとしても僕が芸人を辞めることなんて考えて
 もいないのではないか。たとえ幻滅されたとしても、一番世話になった神谷さんに、話さ
 なければいけない,逃げてはいけない,

 「神谷さん、僕まだ何やるかは決めてないんですけど、芸人辞めようと思ってます」
 「うん」

  神谷さんは、柔らかい表情で僕を見ている,店が騒がしくてよかった,

 「もう、決めたんやろ?」
 「はい。僕、山下としか出来ないんで。あいつが辞めるって決断したということは、そう
 いうことやと思うんです」

  僕は神谷さんの優しい声に弱いのだ。神谷さんと毎日のように遊んでいた濃密な日々が
 あって、僕は今日まで漫才師でいられたのだなと強く思った。仲谷さんとの出会いは、僕
 にとって本当に幸運だった。師匠の神谷さんに相談もせず、違う世界に行くという決断を
 したことを後悔はしていない。神谷さんのおかげで、僕は早口で話すことを諦められた。
 不良でないことを後ろめたくも思わなくなった。神谷さんから僕が学んだことは、「自分
 らしく生きる」という、居酒屋の便所に貼ってあるような単純な言葉の、血の通った激情
 の実践編だった。僕は、そろそろ神谷さんから離れて自分の人生を歩まなければならない。

 「徳永」

  肉芽を呑みこんだ神谷さんが、顔を上げた。
 
 「はい」
 
  この話は笑って聞こうと思った。

 「俺な、芸人には引退なんてないと思うねん。徳永は、面白いことを十年間考え続けたわ
 けやん。ほんで、ずっと劇場で人を笑わせてきたわけやろ」

  神谷さんの表情は柔らかかったが語調は真剣だった。

 「たまに、誰も笑わん日もありましたけどね]
 「たまにな。でも、ずっと笑わせてきたわけや。それは、とてつもない特殊能力を身につ
 けたということやで。ポクサーのパンチと一緒やな。無名でもあいつら簡単に人を殺せる
 やろ。芸人も一緒や。ただし、芸人のパンチは殴れば殴るほど人を幸せに出来るねん。だ
 から、事務所やめて、他の仕事で飯食うようになっても、笑いで、ど突きまくったれ。お
 前みたいなパンチ持ってる奴どっこにもいてへんねんから」

  急にボクシングで例え出したことを指摘したら、神谷さんは怒るだろうか。「笑いでど
 突きまくったれ」とは、なんと格好悪くて、なんと格好良いんだろう。

 「漫才はな、一人では出来ひんねん。二人以上じゃないと出来ひんねん。でもな、俺は二
 人だけでも出来ひんと思ってるねん。もし、世界に漫才師が自分だけやったら、こんなに
 も頑張ったかなと思う時あんねん。周りに凄い奴がいっぱいいたから、そいつ等がやって
 ないこととか、そいつ等の続きとかを俺達は考えてこれたわけやろ?ほんなら、もう共同
 作業みたいなもんやん。同世代で売れるのは一握りかもしれヘん。でも、周りと比較され
 て独自のものを生み出したり、淘汰されたりするわけやろ。この壮大な大会には勝ち負け
 がちゃんとある。だから面白いねん。でもな、淘汰された奴等の存在って、絶対に無駄じ
 ゃないねん。やらんかったらよかったって思う奴もいてるかもしれんけど、例えば優勝し
 たコンビ以外はやらん方がよかったんかって言うたら絶対そんなことないやん。一組だけ
 しかおらんかったら、絶対にそんな面白くなってないと思うで。だから、一回でも舞台に
 立った奴は絶対に必要やってん。ほんで、全ての芸人には、そいつ等を芸人でおらしてく
 れる人がいてんねん。家族かもしれへんし、恋人かもしれへん」

  僕にとっては相方も、神谷さんも、家族も、後輩もそうだった。真樹さんだってそうだ。
 かつて自分と関わった全ての人達が僕を漫才師にしてくれたのだと思う。

 「絶対に全員必要やってん」

  神谷さんは小指でグラスの氷を掻き混ぜていた。

 「だから、これからの全ての漫才に俺達は関わってんねん。だから、何をやってても芸人
 に引退はないねん」

  神谷にさんは、そう言って、氷しか入っていないグラスを口につけ、少し照れ臭そうに
 した。
 「ありがとうございます,どんな環境に肘っても、笑いで、ど突き回してきます」
 と、笑いという箇所を誇張して言うと、仲谷さんは、「お前、おちょくってるやろ」とい
 った。

    *

  僕は芸人を辞めて、取りあえずは二軒の居酒屋で休みなく働き生計を立てた。相方は大
 阪の実家に帰り、携帯ショップに就職が決まったようだった。神谷さんとは時々、連絡を
 取った。神谷さんの伝記のために書き溜めたノートは二十冊を超えていた。その半分以上
 は自分やスパークスや恋愛に纏わることだった。この中から、神谷さんを神谷さんたらし
 める逸話だけを集めれば、もしかしたら伝記になるかもしれなだけど、僕は未だ伝記とい
 うものを一冊も読んだことがなかった。神谷さんに絶対に載せるようにと言われた自作の
 ポエムなども取ってあったが、伝記にはそういうのも載せるものだろうか。

  11月の半ばを過ぎ、本格的な冬の到来を感じさせる風が吹いた頃、神谷さんの居場所
 を知らないかと大林さんから電話があった。急に連絡が取れなくなり、仕事にも来ないの
 だと言う。僕もすぐに神谷さんに電話をかけてみたが繋がらなかった。その日のうちに、
 三宿のアパートにも行ってみたが、ドアノブには入居者用の電気とガスのお知らせがかか
 っていたので、もうここには住んでいないのだろう。ふと、三軒茶屋の由貴さんの家にい
 るのではないかと思ったが、神谷さんの意志で出てこないのであれば無闇に訪ねて行くべ
 きではないと思った,大林さんの話によると、借金が一千万近くまで膨らんでいたらしい。
 アパートを後にして246に出ると冷たい風が間断なく吹きつけてきた。空車のタクシー
 が何台も連なって走っていた。一台一台が僕の横に来ると様子を窺うように徐行する,そ
 れは僕を喰おうと物色する何か巨大な生き物のようにも見えた,神谷さんは、一体どこに
 行ってしまったのだろう。

    *

  僕は知り合いに紹介して貰った下北沢の不動産屋で働くことになった。事務的な作業は
 決して得意ではなかったが、接客では芸人をやっていたことが大いに役立った。男性二人
 で部屋を探しに来た若者が、芸人としての僕のことを知っていたことがある。彼等は家が
 決まったら来年の春から上京し、芸人を目指すのだと言った。彼等は物件を一緒に見に行
 った時も隙があれば面白いことを言って、僕の反応を窺っていた。僕は終始微笑んでいて、
 本当に面白い時だけ声を出して笑った。自分達の才能を全く疑わず、お互いの面白さを誇
 らしげに見せつけようとする彼等が眩しかった。少しだけ知っている漫才師の僕は彼等か
 らすれば、最適な試験紙だっただろう,いつでもネタ合わせが出来るように和田堀公園の
 近くにある物件を紹介した。

  神谷さんは行方不明のままだった。借金が大きくなり過ぎたので、強制的にどこかで働
 かされているのだとか、変なビデオに出演させられているのだという噂が流れたが、どれ
 も信憑性に欠けるものばかりだった。
  その日、僕は下北沢で仕事を終えて、鈴なり横丁でモツ煮をつつきながら一人で呑んで
 いた。二杯目の焼酎を呑み始めた時に、知らない番号から着信があった。直観的に神谷さ
 んからだとわかった。紬‥谷さんの声を聞くのは一年振りだった。漫才しか出来ない人が
 一年間もどこで何をやっていたのだ。呑みかけのグラスを一気に空にして、タクシーに飛
 び乗り池尻大橋まで向かった。駅前の居酒屋「花しずく」に入ると、既に顔を赤くし、ジ
 ャンパーを椅子の背もたれにかけ、ゆったりしたセーターの袖を捲りあげた神谷さんが奥
 の方の席で僕に向かって手を上げた。少し痩せたような気がするが一年前よりも精悍に見
 えた。だが、姿が見えた瞬間から妙な違和感があった。途轍もなく嫌な予感がする。

 「神谷さん、一年も何してたんですか?」

  僕の言葉には尋問のような響きがあった。

 「なんか探してくれたらしいな。大林が言うてた。あいつに、思いっきり顔面どつかれた
 わ一と神谷さんが痛そうに頬を抑えた。 大林さんは、関係者に頭を下げに回り、服務所
 に籍を残したまま神谷さんを待ち続けていたのだ。しかし、この違和感はI体なんだろう。

 「徳永、聞いてくれ。最悪やねん。今日な事務所に謝りに行ってんけどな、もうアカンら
 しいわ」
 「そら、そうですよ」

  仕事を飛ばした挙げ句、一年も音沙汰なしでは、事件に巻き込まれたとか、何らかの理
 由がない限り、どんな職鮪でも解雇されるのは当然のことだろう。

 「借金でかなってな、ほんまにどうしようもなくなって、大阪帰って走り回って金作って
 んな」

 「返せたんですか?」

 「結局、自己破産して、危ないとこだけなんぼか返した。徳永、絶対借金すんなよ。借金
 取り怖いで。ずっと電話ぶちってたらな、留守電にな「俺達が、どうせ取り立てに行かな
 いと思ってるんでしょ。捕まるから。キミ煙草吸ってる? 明日、それと同じ吸殻家の前
 に置いとくから、あんまり砥めんなよ!』って入っとってん。めっちや怖いやろ。ほんで、
 次の日、玄関開けたら、ほんまに吸殻あってん。いや、青ざめで。ただな、銘柄見たら、
 俺の吸ってるショートホーブやなくて、ピアニッシモのメンソールやってん。お前が砥め
 んな! って思わず叫んでもうたわ。ピアニッシモのメンソールって女子やないか」

この後、漫才をやめた徳永が、再会した神谷の変貌に驚き、幻滅していく様子が綴られていく
が、今夜はこの辺で切り上げ、次回でこの読書も最終となる。

                                  この項つづく 

 

  ● 今夜の一品

黒龍 酒杯 深澤直人デザイン

 

  


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