【脱ロスト・スコア論 Ⅳ】
● たまには熟っくりと本を読もう
高橋洋一著 『「成長戦略」の罠―「失われた20年」』
第3章 この国を蝕む「官愚」
■ なぜ公務員制度改革は進まないのか
「官愚」とは、「衆愚」(多くの愚かな人々)の対義語のつもりで編み出した私の造語
である。「衆愚政治」は辞書に載っているが、「官愚政治」はない。霞が間で28年間を
過ごした身としては、これではあまりに公平を欠くと思い、" 無能の集団" である官僚
が支配する日本を指して「官愚の国」と呼んだ次第である。
安倍総理が明言した「岩盤規制にドリルで穴を開ける」ためには、この官僚支配の構
造を壊さなければならない。すなわち、日本が成長してゆくには公務員制度改革が不可
欠なのだ。しかし前章で官僚の天下りについて言及したように、つねに批判の的とされ
てきた天下りは今もなお堂々とまかり通っている。つまり公務員制度改革は前進してい
ないに等しい。
なぜ公務員制度改革が進まないのか。その歩みを別表(下表)に示したが、直近の動
きを検証しながら述べることにする。
毎年、7月はキャリア官僚の人事の季節である。それに先駆けて2014年5月30
日、内閣人事局が発足した。これは4月11日の参院本会議で成立した公務員制度改革
関連法の柱であり、従来の "慣例" を彼って、審議官紙以上の幹部官僚人事(約600
人)を官邸主導で決める制度だ。
内閣人事局のスタートにあたり、新聞各紙では「政治家による公務員人事に対する
過度な介入」など、新制度への懸念がアナウンスされた。ただしこの「懸念」は、マ
スコミを使った現役官僚側によるネガティブ・プロパガンダだろう。上司である政治
家に思うような人事をさせず、。慣例〃どおり自分たちだけで人事を進めようとする
魂胆が見え見えだった。サラリーマンと同じで、上司や人事部ではなく、自分で勝手
に人事ができればうれしいに決まっている。
一方、内閣人事局の設置根拠となっている公務員制度改革法案は、昨年閣議決定さ
れたものだが、このとき現役官僚たちとは違った「懸念」を抱く人たちもいた。それ
は公務員制度改革に取り組んできた改革派の元官僚たちで、彼らの懸念は「政治家の
人事介入」ではなく、別のところにあった。
その懸念の中で、特に大きかったのは次の3点である。
①人事院の焼け太り
②幹部公務員の身分保障が過保護すぎること
③天下り禁止の骨抜き
結論を言うと、彼らの懸念は現実のものとなった。
まず①の「人事院の焼け太り」について見てみよう。
本来であれば内閣人事局は、人事院、総務省などに分散された人事関連の機能を統
合し、内閣主導の幹部人事を支える体制づくりを目指していた。2008年の基本法
や、2009年のいわゆる「甘利法案」である。
2013年9月時点で政府が示した法案骨子では、「甘利法案」の内閣人事局関連
部分どおり、とされていた。ところが、政府の法案を見ると、
(1)任用、採用その他の事務につき、内閣人事局と人事院との間でそれぞれ "焼
け太り" のための業務分担を設定
(2)幹部職員の級別定数の設定につき、内閣人事局の権限としつつも「人事院の
意見を尊重」との規定を追加
となっている。
つまり、内閣人事局への人事機能一元化ではなく、人事院の機能を温存したまま内
閣人事局も発足することにすり替わったのだ。実際、人事院は「お取り潰し」に遭わ
なかった。これでは新しい組織をつくるという「焼け太り」であり、人事機能が分散
した無責任体制をさらに悪化させるだけになる。過去の改革プランでは焼け太りは許
さなかったのだから、大甘な措置と言える。
次に②「幹部公務員の過保護」だが、これも手つかずで今までどおりだ。
現行の公務員制度では、次官・局長などの幹部公務員も係員レベルの職員と同じ身
分保障の対象であり、よほどのことがないかぎり免職も降格もされない。その結果、
民間人や若手を幹部に起用しようとしても、幹部ポストにある職員の身分保障に阻ま
れる。だから結局、年功序列型の順送り人事によるしかない――以上が実態だ。
かつて自民党が野党の時代には、「幹部公務員法案」を提出したこともあったが、
今回は「幹部公務員法」がない。これでは不十分だ。やはり大甘な結果となっている。
最後の③「天下り禁止の骨抜き」も懸念していたとおりで、天下りについては "抜
け穴゛だらけである。
2010年に、民主党政権の下で公務員の「退職管理基本方針」が決定され、「現
役出向」という天下りの抜け穴がっくり出されたが、今回はそれを改めるどころか、
逆に抜け穴の拡大が行なわれている。それは政府案に盛り込まれた「人事交流の対象
となる法人の拡大、手続の簡素化」という規定だ。
この規定は「退職管理基本方針」に沿って現役出向を拡大するためのものでしかな
いだろう。退職管理基本方針は、かつて野党時代の自民党から批判があったとおり、
「天下り禁止」という第一次安倍内閣以来の方針を覆そうとするものだ。それを踏
襲するどころか運用拡大するのだから、「天下り禁止」に逆行することになる。
129ページに掲げた表にあるとおり、公務員制度改革は「廃案の歴史」である。
麻生政権時代の2009年、民主党政権時の2010年と2011年に提出された改
革関連法案は、いずれも "ねじれ国会" の中で成立しなかった。そして今回、衆参で
過半数を持つ安倍政権でようやく実現したわけだが、蓋を開けてみたら、内容が大き
く後退していた。
人事院の焼け大り、幹部公務員の過保護な身分保障、天下りの3点については前述
したとおりだが、欠陥はまだある。
ひとつは「国家戦略スタッフ」と「政務スタッフ」の問題だ。かつての改革プラン
では、官邸に国家戦略スタッフ、各大臣のもとに政務スタッフを置き、重要政策の企
画立案をサポートすることとしていた。また、人数にも制限を設けず、政権の判断で
実効性のあるチームを形成できることとしていた。
しかし今回の政府案では、①国家戦略スタッフは既存の総理補佐官をもって置き換
えることとし(増員なし)、②政務スタッフは各省1人の大臣補佐官としている。政
策の企画立案サポートは一定規模のチームで行なうことが不可欠であり、不十分と言
わざるを得ない。
次に「公募制度」である。かつての改革プランでは、公募制度の導入が重要な柱の
ひとつと位置づけられ、具体的な数値目標を定めるなどの規定を設けていた。しかし
今回の政府案では、これらの規定が削除されている。これでは、公募導入の推進は期
待できない。
公務員人事の実質的な最高責任者は官房長官だ。菅義偉官房長官は公務員人事にか
なり厳しいので、右記のような制度の欠陥もあまり目立たない。しかし、菅氏に代わ
って「官僚に甘め」の政治家が官房長官になったときには、官僚天国になるだろう。
つまり、政治家の人事介入を許さず官僚の官僚による官僚のための人事になる。
そのうえ人事院などの役所組織は温存されたままなので、官僚が自由に活動できる
揚が確保されている。また幹部公務員の身分も従来どおり保障されるから、政治家も
おいそれと手出しができなくなり、官僚が守られる聖域になる。これだけでも現役官
僚には居心地がいいだろう。しかも、天下りも抜け穴が多くなって、退職後も官僚天
国を満喫できるというわけだ。
おそらく官僚は、今の菅官房長官後のところまで読んでいる。今はそっと息を潜め
ておこう、そのうちに自分たちの天下の時代が来る……と。
■ 消えた「制度改革推進本部」
時間を少し戻そう。2013年7月10日に国家公務員制度改革推進本部と、事務局
がなくなった。その5年前の2008年6月B日に国家公務員制度改革基本法が施行
され、7月11日、同法に基づき国家公務員制度改革推進本部が設置されたのだが、そ
の措置には5年間という時限があり、期日が到来したのである。
この法律と推進本部で国家公務員改革は進むはずだった。ところが、5年経っても
何も変わらなかったに等しい。しかも、国家公務員制度改革基本法が事実上、消滅し
た。霞が関官僚にとって、これがどれほど喜ばしいことか目に浮かぶようであった。
今一度、129ページの表を参照していただきたい。最近の政権における国家公務
員改革の経緯をおさえておこう。
第一次安倍内閣では、国家公務員法改正によって天下り規制、能力実績主義が盛り
込まれた。私が関与していたから言うわけではないが、特に天下り規制は「天下り斡
旋の禁止」という国家公務員改革の歴史の中でも画期的なものだった。もっとも、こ
れで霞が関の官僚すべてを敵に回したため、政権内で官僚との関係がギクシャクし、
結果として第∵次安倍内閣は崩壊してしまった。
続く福田政権では、第一次安倍政権のときに検討された国家公務員制度の総合的改
革が法制化され、国家公務員制度改革基本法が制定された。この法律は政策の枠組み
や進め方を定める「プログラム法」と言って、実定法をあとで改正しなければならな
いが、国家公務員制度改革の全体を眺望できる法律である。それに従って国家公務員
改革は進むはずだったのだ。
当初のスケジュール(工程表)では、内閣人事局の設置は1年以内、それ以外の法
制の措置(国家戦略スタッフ、幹部職員制、キャリア制度の廃止など)は3年以内、
その他の借着を合わせて5年以内で、国家公務員制度改革基本法に沿った改革は終了
するはずだった。
麻生政権では、国家公務員法改正案(これが通称「甘利法案」)が提出されたが、
廃案になっている。
そこで政権交代だ。民主党政権下でも、国家公務員法改正案(通称「民主党法案」)
が提出されたが、廃案となった。このときは、野党の自民党・みんなの党で幹部公務
員法案(通称「自・みんな法案」)を共同提出したが、これも廃案となった。
麻生政権以降、国家公務員改革の勢いはますます低下していった。脱官僚を掲げて
いた民主党があっさり官僚依存に転向したので、さらに国家公務員改革は進まなくな
った。公務員改革を断行しようとすれば当然、官僚の抵抗がある。だから大きな政治
パワーが必要なのだが、麻生政権以降は官僚との融和を重視し、結局のところ、改革
は何もできていない。
この間に廃案となった法案(麻生政権以降に提出された改革関連法案)を比較する
と、「自・みんな法案」が国家公務員制度改革基本法に最も忠実である。甘利法案も
民主党法案も、幹部公務員に甘く、天下り規制も抜け穴だらけだ(上表)。
この5年間、霞が関官僚たちにとって、国家公務員制度改革基本法は目の上のたん
こぶだった。それが事実上なくなったのだから、各省で「祝砲」が打ち上げられてい
たらしい。
私は小泉政権において、各省庁事務次官の天下り先であった政策金融機関の改革を
担当した。その後、各省は時間をかけてその骨抜き、すなわち私の改革案を "なかっ
たもの" にすることに汲々としていたが、ようやく完成したようである。詳細は省く
が、商工中金も政策投資銀行も天下り先として確保されている。役人の天下りにかけ
る執念深さには、皮肉をこめて感心する。
稲田朋美行政改革担当相∴国家公務員制度担当相は、「甘利法案をベースに公務員
改革を行なう」と言っていたが(5月24日)、あまりに「甘い」のではないだろう
か。官僚の掌の上に載せられているようで、不安感が拭えない。国家公務員制度改革
を達成しなければ、成長戦略の障害である「岩盤規制」は破れないのだ。
■ 霞が関だけではない天下りの利権
この国の天下りが性質が悪いのは、霞が関の官僚に限ったことではなく、いたると
ころで見られることだろう。実は東京都も天下り天国なのだ。私も役員に名を連ねる
NPO法人「万年野党」が独自に調査した結果を次ページ以下に掲げる。これは課長
級以上の東京都職員が、過去4年間にどれだけ都の外郭団体に「再就職」したかをま
とめたもので、天下り利権の実相を端的に表わしている。
右記の調査発表は都知事選投祭日の直前、2014年2月3日のことだった。東京
都職員の再就職は合計249人。この数字は比率(全職員に対する天下り先確保職員
の比率)で言うと、国家公務員よりも高い。
国家公務員に関しては2007年に国家公務員法の改正が行なわれ、一定の規制が
なされたが、地方公務員のほうは事情が違う。同じ2007年に出された地方公務員
法改正案が廃案になったままなのだ。つまり地方公務員法での天下り規制は行なわれ
ていないため、東京都職員による外郭団体への再就職が多いのだろう。
ただし249人という数字は氷山の一角かもしれない。というのは、天下り問題に
取り組んだ大阪市の例と比べても、人数が少ないように思えるからだ。
私の知人は橋下徹大阪市長に委嘱され、2012年6月から2013年秋まで、大
阪市の人事監察委員会委員を務めた。同時期に大阪府の人事監察委員も務めている。
人事監察委員会とは、簡単に言えば再就職の適否を個別に審査したり、問題があっ
た職員の分限懲戒処分を決めたりする委員会である。私が会長をしている株式会社政
策工房が関わったのは前者の「退職管理部会」だ。大阪市は2012年5月に職員基
本条例を定め、地方自治体としては初めての厳しい天下り規制を導入した。
たとえば、勤続20年以上の職員および職員OBは、原則として条例に基づく外郭団
体や職員を派遣している公益的法人、あるいは市が負担金や補助金、交付金など財政
的援助をしている法人には再就職できない。例外は市長が人事監察委員会の意見を聴
いて承認した場合に限っている(職員基本条例第47菜)。
そんな制度の下で、人事監察委員会が本格的な個別審査に乗り出す前の2012年
度は、天下りの実態がどうだったか。外郭団体および外郭団体の子法人に課長代理級
以上の職員が再就職した人数は108人に上っていた。
この108人を東京都の数字、249人と比べると半分弱になる。大阪市が予算規
模で3・8兆円であるのに対して、東京都は12兆円と3倍以上だ(2014年度)。
しかも都の数字は課長級である。大阪市のように課長代理級を含めれば、相当な数に
なるはずだ。
大阪市の実態は人事監察委員会の中の退職管理部会が2012年9月から翌年6月
まで断続的に部会を開き、延べ221件の再就職案件について個別に審査して判明し
た。その結果、再就職を承認した案件が201件たった。
201という承認数は多く見えるかもしれないが、実はほとんどが比較的、待遇条
件が低く、ハローワークや対象法人のホームページでも民間から求人するなど、雇用
機会の均等が保たれていた案件だった。局長板で承認した場合も、一般公募で適任者
が見つからないケースなどである。
規制の重要な成果は、具体的な人名を秘匿しつつ、こうした再就職案件の結果がす
べて市のホームページで公開されている点にある。審査に当たった委員の名前も公表
されている。
こうした透明性を確保した結果、何か起きたか。
まず職員の問に「いい加減な『密室の天下り』はもうできない」という抑止効果が
生まれた。これが最も大きい。次に人事監察委員会の審査をパスしたとしても、民間
からの募集も前提になっているから、結果的に採用されなかったケースもある。
実際、2013年度の外郭団体および外郭団体の子法人への再就職は、先に示した
前年度の108人から34入に激減したのである。さらに再就職した34入に対し、実は
審査で承認された数は56入に上っている。つまり、差し引き22入は再就職を希望して
事前の人事監察委員会審査もパスしたが、肝心の採用試験・面接で果たせなかったわ
けだ。すなわち就職活動の舞台裏で、公務員と民間人の競争原理が働いたのである。
密室の天下りが続いていたら、とても考えられなかった事態だろう。
もっとも、こうした人事の荒療治は、時として摩擦も多い。長期的には望ましいこ
とでも、短期的に見れば失敗もある。特に、退職ではなく採用の場合を見ると、民間
人が不祥事を起こすこともあり得る。公募区長や公募校長では、残念ながらそうだっ
た。取り組みの方向はよいが、密室天下りの解消などの「いいこと」は報道されず、
マイナス面ばかりがフレームアップされるのは残念である。
高橋洋一 著 『「成長戦略」の罠―「失われた20年」は、さらに続く』
平成版「楽市楽座」ともいえる「行政改革」が遅々として進まないと高橋ならではの指
摘は、納税国民の内なるを告発するかのようだと感じるのは過剰反応な
のだろうか・・・。ところで、「新経済成長戦略『双頭の狗鷲』とは」(『梅もどきと
双頭の狗鷲』2009.12.02)で「小泉改革が破綻したが、在任中彼は、財政規律優先と経
済成長の両立は難しいから、財政規律優先→経済成長という路線をとったのは旧福田派
(旧大蔵官僚閥)であったことも影響しているのだろうが、結果、小泉が成功している
ように見えたのは「アメリカのバブル経済によってもたらされた外需拡大に完全に依存
したものだったからです」という萱野稔人(『トベラと消えた成長モデル』)の指摘通
りだ。財政規律ばかりに目を奪われていると、経済成長ばかりに目を奪われているとそ
の双方とも現実とのギャップが深まるということに帰着する」と記載している。つまり、
「潜在的国民生産力」×「行政の効率化」積和政策を構想し、後に政策評価の数値化(
=見える化)重視を構想し、「デジタル・ケインズ主義」と呼称し、新しい政策設計を
イメージした経緯があることを今夜再確認する。その意味で先回の「是々非々主義」と
合致していることも点検した。
この項つづく