Quantcast
Channel: 極東極楽 ごくとうごくらく
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2435

召陵の蛍光

$
0
0

           
         僖公三、四年:召陵の盟 / 斉の桓公制覇の時代  
                  

                            

       ※ 斉の桓公は名宰相管仲を用いて富国強兵につとめることすでに
         三十年、中原の諸国をほとんどみなその傘下に収め、残るは南
         方の楚のみとなった。楚は成圧の代に至って着々と勢力を張り、
         北上してしばしば鄭を侵し、斉と南北に相対し、ここに召陵の
         講和会議となった。

       ※  この会における斉の管仲と、楚の成王およびその大夫屈完と交
          わした問答が見ものである。双方ユーモアを交えながらも自説
          を主張して譲らない。
         【経】 四年、春、王の正月、公、斉侯・宋公・陳侯・衛侯・
         鄭伯・許男・曹伯に会して蔡を侵す。蔡潰ゆ。ついに楚を伐ち、
         陘(けい)に次(やど)る。楚の屈完、来たりて師に盟わんと
         す。召陵に盟う(下図ダブクリ参照)。

       ★ 「風馬牛も相及ばず」は現在の朝鮮半島には通じない。アジア
         的赤色専制国家の思いの果ての断末魔だけがやけにリアリティ
         をもって迫ってくる「召陵の蛍光」である。



召陵之盟:風馬牛も相及ばず

 

  No.23

【RE100倶楽部:再エネ国際事情篇】 

  ● スイス 脱原発・再エネ促進を選択

スイスは、再生可能エネルギーを促進し、原子力発電所を禁止する新しいエネルギー法を制定した。
歴史的な選挙は、20年までに再生可能エネルギー4,400ギガワット時(GWh)、35年に11,400GWh
の発電目標に漸近する。21日の週末に、人口の約42%が国民投票し決着する。昨年11月、「エネル
ギー戦略2050
」が議会承認が右翼人民党は国民投票に異議を唱えたが、58.2%の票決で原発への
投資が取りやめとなった。スイスのドリス・ロウタードエネルギー大臣は、「議会で今後6年間議論
し、委員会レベルで議論した後、スイスのエネルギー政策の新たな章が始まるだろう。しかし、まだ
やるべきことが残っている」と話す。エネルギー戦略2050では、原発は総のエネルギーの38%を占
め、一般的な認可は、19年以降売電できなくなる。また、既存の原発の寿命が終わると閉鎖され、
廃炉される。

 May 22, 2017

かわりに、このエネルギー改革では、今後3年間で1人当たりのエネルギー消費量を16%削減を目標
としている。「エネルギー戦略2050」は、20年に3%、35年に13%の電力消費が削減さしつつ、
太陽光、風力、バイオマス、および地熱エネルギーなどの再エネの生産量を増やす。新法の支持者は
再エネ投資は、スイスをエネルギー輸入依存しなくなり、かつ、高い供給基準を維持、原子力エネルギー投資
を段階的に廃止することにより、環境と将来の世代がその恩恵享受すると歓迎する。

 May 21, 2017 - 17:08

 

  May 23, 2017

● 枯欠するチャド湖救済計画(植物研究ソーラーセンタ提案図)

   

 【DIY日誌:シロアリ駆除法のテストⅢ】

昨日正午から、今回は、加熱蒸散殺虫剤のアース産業株式会社の「アースレッドW」で床下テストを
行う。2、3の項目で微調整する残件もあったが「プローブ加熱蒸散式」の全景が見通せた。大きい
残件事項は「加熱方法」「殺虫剤の開発」の2つ。それにしても、現役のころの体験がフラッシュ・
バックし、寝ながらもうこんな作業はやめにしようと、不安がこみあがる。そして、いつも思うのだ
が、短期間で、素人同然状態で誰もやりたがらない(個人的なリスクが大きい)問題解決してきたこ
とを思い出し、悶々とする。考えてみれば、『エネルギーフリー社会を語ろう!』なんてな戯言を叫
ぶ人間は皆無(スタンフォード大学にはよく似たグループがいるようだが)。そうしている内に、早
朝目が覚めたのテレビショッピングをみるとはなしにみていたら、かってブームとなった「水素水」
の通販のコマーシャルに目にとまる。そして、最新の水素水製造技術動向が気になったことを思い出
し特許申請事例をチョッと調べ4件ピックアップ。

【最新水素水製造技術】

♞ 関連特許事例

✓ 特開2017-047342  水素水生成装置および水素水生成方法

【概要】

簡単な構成で短時間で、水道水などの被処理水から溶存水素濃度が望ましくは0.3ppm以上、または
併せ、pH値が望ましくは9.00以下に制限された水素水を生成することで、食味が良く、安全で、
体にも良い水を提供するために、被処理水を貯留する第一の容器部分1と、第一の容器部分1に貯留
された被処理水を浄水処理する少なくともイオン交換樹脂を含む浄水フィルタ2と、浄水フィルタ2
により浄水処理された浄水を貯留する第二の容器部分3と、第二の容器部分3の内部に設けられ、第
二の容器部分3に貯留された浄水に、水素還元剤41及びpH調整剤を浸漬させる多孔容器400と
第二の容器部分3の内部に設けられ、第二の容器部分3の内部の浄水を攪拌する攪拌手段51と、そ
して第二の容器部分3とは隔たって設けられ、攪拌手段51を駆動する駆動機構6で構成/構造の水
素水生成装置が提案されている。


【符号の説明】

1:第一の容器部分、2:浄水フィルタ、3:第二の容器部分、4:攪拌機構、6:駆動機構、7:
冷却装置、10:水素水生成装置、41:水素還元剤、42:pH調整剤、51:攪拌フィン、52:
プレート部分、60:コアレスモータ、71a・71b:ヒートシンク、72:ペルチェ素子、73:
ファン、100:容器部分、200:本体部分、200A:操作パネル、400:カゴ本体、410:
スリット、500・600:永久磁石

✓ 特開2016-155118  水素水、その製造方法及び製造装置

【概要】 

前記、特許概要にあるような従来技術の課題を1つを解消し、シリコン微細粒子を有効活用し、経済
性及び工業性に優れた製造方法――シリコン微細粒子又はシリコン微細粒子をビーズミル機で粉砕し
たシリコン微細ナノ粒子及び/又はその一部が凝集体となったものを含むものを密封容器内で水又は
水溶液に接触及び/又は該水又は該水溶液中に分散させることにより水素を発生させて、水溶液中に
所定の制御された水素濃度を有する水素水を得る。この水素水の製造には、シリコン微細粒子を出発
材料として、実用に耐え得る濃度と量の溶存水素を含む水素水を、安全に効率よく製造することが可
能である。従って、シリコン微細粒子の有効活用にもなり、環境保護に貢献するとともに、特に健康・
医療分野での有効な水素水の製造コストの大幅削減にも寄与し、室温で温和な条件下でも、低コスト
で安全な材料のシリコン微細粒子を水中分散し、その水中から水素発生するこの水素を溶存させ、所
望の制御された水素濃度を有する水素水をえることができる。



✓ 特開2016-093770  水素水の生成方法及び水素水の生成装置

【概要】 

水を電気分解することにより水素水を生成する電気分解工程と、前記水素水生成工程において得られ
た水素水にプラズマを照射するプラズマ照射工程とを備えている。簡易な保存容器に充填した場合で
あっても溶存水素が抜けにくく、かつ、より病気予防及び病気治療効果の高い水素水を提供すること、
及びそのような水素水を生成する水素水の生成装置を提供する。尚、大気圧プラズマががん治療に有
効であることの報告が世界的に認知されており、プラズマを直接に人体に照射するのではなく、プラ
ズマを照射した溶液を人体に投与することで生体に良い影響を及ぼすことができることが次第に判明
してきている。 従って、簡易な容器に保存した場合でも時間の経過により溶存水素が抜けにくくする
だけでなく、より病気予防効果及び病気治療効果の高いと期待し提案されている。

 
✓ 特開2016-155118  水素水、その製造方法及び製造装置

【概要】 

同一材料による陽極及び陰極を用いた無隔膜の電気分解により水から水素水を生成する水素水生成装
置は、電気分解終了後に陽極及び陰極間を第1の所定時間の間短絡させる短絡手段と、この短絡手段
による短絡を終了して第2の所定時間経過した後、これら陽極及び陰極間に挿入接続された所定抵抗
値の抵抗の端子間電圧を計測する電圧計測手段と、電圧計測手段から得られた計測値を演算して溶存
水素濃度を求める演算手段とを備えることで、溶存水素濃度をその場で容易に確認(=見える化)で
き、安価に製造することが可能な水素水生成装置の提供。


水素水以外も含まれるが、いずれにしても、蛇口をひねれば、安全で、低コストな、健康な水素水が
飲める様にしたい。これを応用し、革新的な上水道水質基準を普及させればこれにこしたことはない。
 

     

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』      

   30.そういうのにはたぶんかなりの個人差がある  

 「私たちの往んでおります家は、距離にすればここからほとんど目と鼻の先なのですが、車で来
 るとなると、ぐるりと回り込まなくてはなりません」と叔母は言った(彼女の名前は秋川笙子と
 いった。笙の笛のショウです、と彼女は言った)。「ここに雨田典彦先生がお往まいだというこ
 とはもちろん前から存じ上げていたのですが、そのようなわけで、実際にこのあたりに来るのは
 これが初めてなんです」
 「今年の春頃から、ちょっと事情がありまして、ぼくがこの家の留守番のようなことをさせても
 らっています」と私は説明した。
 「そのようにうかがいました。こうしてご近所に往んでおりますのも何かのご縁でしょうし、こ
 れからもよろしくお願い申し上げます」

  それから秋川笙子は、姪のまりえが絵画教室で私に教わっていることについて、深く丁寧に礼
 を言った。姪はおかげさまで、いつも楽しみに教室に通っておりますと彼女は言った。

 「教えるというほどのことでもないんです」と私は言った。「みんなと一緒に楽しんで絵を描い
 ているだけ、みたいなものですから」
 「でもご指導がとてもお上手だとうかがいました。たくさんの方々の口から」

  それほど多くの人が私の絵の指導を褒めるとも思えなかったが、それについてはとくに何もコ
 メントをしなかった。ただ黙って賞賛の言葉を聞き流していた。秋川里子は育ちが良く、礼儀を
 重んじる女性なのだ。



  秋川まりえと秋川笙子が並んで座っているのを見て、人がまず思うのは、二人はどの点をとっ
 ても顔立ちがまるで似ていないということだろう。少し離れたところから見ると、いかにも似合
 いの母子のような雰囲気を漂わせているのだが、近くに寄ると、二人の相貌のあいだには共通す
 るところがまるで見当たらないことがわかった。秋川まりえも端正な顔立ちだし、秋川里子も間
 違いなく美しい部類に入るのだが、二人の顔が人に与える印象は両極端といってもいいくらい違
 っていた。秋川笙子の顔立ちがものごとのバランスを上手に取ろうとする方向を目指していると
 すれば、秋川まりえのそれはむしろ均衡を突き崩し、定められた枠を取り払う方に向かっている
 みたいだった。秋川里子が穏やかな全体の調和と安定を目標にしているとすれば、秋川まりえは
 非シンメトリカルな対立を求めていた。しかしそれでいながら、二人が家庭内で心地良い健全な
 関係を保っているらしいことも、雰囲気からおおよそ推察できた。二人は母子ではなかったが、
 ある意味では実際の母子よりもむしろリラックスした、ほどよい距離をとった関係を結んでいる
 ように見えた。少なくとも私はそんな印象を受けた。

  秋川笙子のような美しい顔立ちの、洗練された上品な女性が、どうしてこれまでずっと独身を
 通してきたのか、こんな人里離れた山の上で兄の家族との同居に甘んじているのか、私にはもち
 ろんそのへんの経緯は知りようもない。彼女にはかつて登山家の恋人がいたが、彼は最も困難な
 ルートからのチョモランマ登頂に挑んで命を落とし、その美しい思い出を胸に抱いて、永遠に独
 身をまもり続けようと心を決めたのかもしれない。あるいはどこかの魅力的な妻帯者と、長年に
 わたって不倫の関係を持ち続けているのかもしれない。しかしいずれにせよそれは私には関わり
 のない問題だ。



  秋川笙子は西側の窓際に行って、そこから見える谷間の眺めを興味深そうに見ていた。

 「同じ向かい側にある山でも、見る角度が少し違うだけで、ずいぶん見元方が違うものですね」
 と彼女は感心したように言った。

  その山の上には、免色の白い大きな屋敷が鮮やかに光って見えた(そこから免色はおそらく双
 眼鏡でこちらをうかがっていることだろう)。彼女の家からその白い屋敷はどんな風に見えるの
 だろう? それについて少し話してみたかったが、最初からその話題を持ち出すことには、いさ
 さかの危険がひそんでいるような気がした。話がそこからどのように展開していくか、予側かつ
 きにくいところがある。
  私は面倒を避けるべく、その二人の女性をスタジオに案内した。

 「このスタジオで、まりえさんにモデルになっていただくことになります」と私は二人に言った。
 「雨田先生もきっとここでお仕事をしていらっしやったのでしょうね」と秋川笙子はスタジオの
 中を見回しながら、興味深そうに言った。
 「そのはずです」と私は言った。
 「なんて言えばよろしいのかしら、おうちの中でも、ここだけ少し空気が違っているみたいに感
 じられます。そう思われませんか?」
 「さあ、どうでしょうね。普段生活していると、あまりそういう感じも受けないのですが」
 「まりちゃんはどう思う?」と秋川笙子はまりえに尋ねた。「ここって、けっこう不思議な空間
 みたいだと感じない?」

  秋川まりえはスタジオのあちこちを眺めるのに忙しくて、それには返事をしなかった。たぶん
 叔母の問いかけが耳に入らなかったのだろう。私としてもその返答を間いてみたかったのだが。
 「ここでお二人でお仕事をなさっているあいだ、私は居間で待っていた方がよろしいのでしょう
 ね」と秋川笙子は私に尋ねた。
 「それはまりえさん次第です。まりえさんが少しでも寛げるような環境をつくるのが、なにより
 大事なことです。ぼくとしてはあなたが一緒にここにいらっしゃっても、いらっしゃらなくても、
 どちらでもまったくかまいません」
 「叔母さんはここにいないほうがいい」とまりえがその日初めて口を間いた。静かではあるけれ
 どとても簡潔な、そして譲歩の余地のない通告だった。
 「いいわよ。まりちゃんのお好きに。たぶんそうだろうと思って、読む本もちゃんと用意してき
 ましたしね」、秋川笙子は姪のきつい口調も気にしないで、穏やかにそう返答した。たぶんそう
 いうやりとりに普段から馴れているのだろう。

  秋川まりえは叔母の言ったことはまったく無視して、腰を軽くかがめ、壁に掛けられた雨田典
 彦の『騎士団長殺し』を正面からじっと見据えていた。その横に長い日本画を見ている彼女の目
 はとこまでも真剣だった。彼女は細部をひとつひとつ点検し、そこに据かれているすべての要素
 を記憶に刻み込もうとしているみたいに見えた。そういえば(と私は思った)私以外の人間がこ
 の絵を目にするのは、おそらくは初めてのことかもしれない。私はその絵を前もって人目につか
 ないところに移しておくことを、すっかり忘れていたのだ。まあいい、仕方ない、と私は思った。

 「その絵は気に入った?」と私はその少女に尋ねてみた。
  秋川まりえはそれにも返事をしなかった。あまりに意識を集中して絵を眺めているせいで、私
 の声が耳に入らないようだった。それとも聞こえても無視しているだけなのだろうか?
 「すみません。ちょっと変わった子なんです」と秋川笙子が取りなすように言った。「集中力が
 強いというか、いったん夢中になると他のことがいっさい頭に入らなくなってしまいます。小さ
 な頃からそうでした。本でも音楽でも絵でも映画でも、なんでもそうなんです」

  どうしてかはわからないが、秋川笙子もまりえも、その絵が雨田典彦の描いた絵なのかどうか
 尋ねなかった。だから私もあえて説明はしなかった。もちろん『騎士団長殺し』というタイトル
 も教えなかった。この二人が絵を目にしたところで、とくに問題はあるまいと私は思った。おそ
 らく二人はこの絵が雨田典彦のコレクションに含まれていない特別な作品であることに気がつい
 たりはしないだろう。免色や政彦がそれを目にするのとは話が違う。

  私は秋川まりえに『騎士団長殺し』を心ゆくまで見させておいた。そして台所に行ってお湯を
 彿かし、紅茶を滝れた。そしてカップとティーポットを盆に載せて居間に運んだ。秋川笙子が土
 産に特ってきてくれたクッキーも、それに添えて出した。私と秋川笙子は居間の椅子に座って、
 軽い世間話(山の上での生活や、谷間の気候について)をしながらお茶を飲んだ。実際の仕事に
 かかるまえに、そういうリラックスした会話の時間が必要なのだ。

  秋川まりえは『騎士団長殺し』の絵をまだしばらく一人で眺めていたが、やがて好奇心の強い
 猫のようにスタジオの中をゆっくり歩き回り、そこにあるものをひとつひとつ手にとって確かめ
 ていった。絵筆や、絵の具や、キャンバスや、そして地中から掘り出した古い鈴も。彼女は鈴を
 手にとって、何度か振ってみた。いつものりんりんという経い音がした。

 「なぜこんなところに古いスズがあるの?」とまりえは無人の空間に向かって、誰に尋ねるとも
 なく尋ねた。でももちろん彼女は私に尋ねているのだ。
 「その鈴はここの近くの土の下から出てきたんだよ」と私は言った。「たまたま見つけたんだ。
 たぶん仏教に関係したものだと思う。お坊さんが、お経を読みながらそれを振るとか」
  彼女はもう一度それを耳元で振った。そして「なんだか不思議な音がする」と言った。
  そんなささやかな鈴の音が、よくあの雑木林の地底からこの家にいる私の耳に届いたものだと、
  私はあらためて感心した。振り方に何かコツのようなものがあるのかもしれない。

 「よそのおうちのものをそんなに勝手にいじるんじやありません」と秋川笙子が姪に注意をした。
 「べつにかまいませんよ」と私は言った。「たいしたものではありませんから」

  しかしまりえはその鈴にすぐに興味を失ったようだった。彼女は鈴を棚に戻し、部屋の真ん中
 にあるスツールに腰を下ろした。そこから窓の外の風景を眺めた。

 「もしよろしければ、そろそろ仕事にかかろうと思います」と私は言った。
 「じやあ、そのあいだ私はここで一人で本を読んでいます」と秋川笙子は上品な微笑みを浮かべ
 て言った。そして黒いバッグから、書店のカバーのかかった厚い文庫本を取り出した。私は彼女
 をそこに残してスタジオに入り、居間とのあいだを隔てるドアを閉めた。そして私と秋川まりえ
 は部屋の中に二人きりになった。
  私はまりえを、用意しておいた背もたれのある食堂の椅子に座らせた。そして私はいつものス
 ツールに腰掛けた。二人の間にはニメートルほどの距離があった。

 「しばらくそこに座っていてくれるかな。好きなかっこうでいいし、大きく姿勢を変えなければ、
 適当に勣いてかまわない。とくにじっとしている必要はない」
 「絵を描いているあいだ、話してもかまわない?」と秋川まりえは探りを入れるように言った。
 「もちろんかまわない」と私は言った。「話をしよう」
 「このあいだ、わたしを描いてくれた絵はとてもよかった」
 「黒板にチョークで描いた絵のこと?」
 「消しちやって、残念だった」

  私は笑った。「いつまでも黒板に残しておくわけにもいかないからね。でもあんなものでよけ
 れば、いくらでも描いてあげるよ。簡単なものだから」
 彼女はそれには返事をしなかった。
  私は太い鉛筆を手にとり、それを物差しのように使って、秋川まりえの顔立ちの諸要素を測っ
 てみた。デッサンを描くにあたっては、クロッキーとは違って、時間をかけてより正確に実務的
 にモデルの顔立ちを把握する必要かおる。たとえそれが結果的にどのような結になるにせよ。

 「先生は絵を描く才能みたいなのがあると思う」、まりえはしばらく続いた沈黙のあとで思い出
 したようにそう言った。
 「ありがとう」と私は素直に礼を言った。「そう言ってもらえると、とても勇気が湧いてくる」
 「先生にも勇気は必要なの?」
 「もちろん。勇気は誰にとっても必要なものだよ」

  私は大型のスケッチブックを手に取って、それを間いた。

 「今日はこれから君をデッサンする。ぼくはいきなりキャンバスに向かって絵の具を使うのも好
 きなんだけど、今回はしっかりデッサンをする。そうすることで君という人間を少しずつ、段階
 的に理解していきたいから」
 「わたしを理解するの?」
 「人物を描くというのはつまり、相手を理解し解釈することなんだ。言葉ではなく線やかたちや
 色で」
 「わたしもわたしのことを理解できればと思う」とまりえは言った。
 「ぼくもそう思う」と私は同意した。「ぼくもぼくのことが理解できればと思う。でもそれは簡
 単なことじゃない。だから絵に描くんだ」
  私は鉛筆を使って彼女の顔と上半身を手早くスケッチしていった。彼女の持つ奥行きをどのよ
 うに平面に移し替えていくか、それが大事なことになる。そこにある微妙な動きをどのように静
 止の中に移し替えていくか、それもまた大事なことになる。デッサンがその概要を決定する。

 「ねえ、わたしの胸って小さいでしょう」とまりえは言った。
 「そうかな」と私は言った。
 「膨らみそこねたパンみたいに小さいの」

  私は笑った。「まだ中学校に入ったばかりだろう。これからきっとどんどん大きくなっていく
 よ。何も心配することはない」
 「ブラもぜんぜん必要ないくらい。クラスの他の女の子はみんなブラをつけているっていうのに}
  たしかに彼女のセーターには、胸の膨らみらしきものはまったく見受けられなかった。「もし
 それがどうしても気になるのなら、何か詰め物をしてつければいいんじやないかな」と私は言っ
 た。

 「そうしてほしい?」
 「ぼくはどちらだってかまわない。なにも君の胸の膨らみを描くために絵を描いているわけじや
 ないから。君の好きにすればいい」
 「でも男のひとって、胸の大きな女のひとのほうが好きなんでしょう?」
 「そうとも限らない」と私は言った。「ぼくの妹は君と同じ歳の頃、やはりまだ胸が小さかった。
 でも妹はそんなことはとくに気にしていなかったみたいだったよ」
 「気にしていたけど、口に出さなかっただけかもしれない」
 「それはそうかもしれないけど」と私は言った。でもたぶんコミはそんなことはほとんど気にし
 ていなかったと思う。彼女にはほかにもっと気にしなくてはならないことがあったから。
 「妹さんは、そのあとで胸は大きくなった?」
 私は鉛筆を持った手を忙しく動かし続けた。その質問にはとくに返事をしなかった。秋川まりえ
 はしばらくじっと私の手の動きを見ていた。
 「彼女、そのあとで胸は大きくなった?」とまりえはもう一度同じ質問をした。 
 「大きくはならなかったよ」と私はあきらめて答えた。「中学校に入った年に妹は死んでしまっ
 たから。まだ十二歳だった」

  秋川まりえはそのあとしばらく何も言わなかった。

 「わたしの叔母さんって、けっこう美人だと思わない?」とまりえは言った。話題がすぐに変わ
 る。
 「ああ、とてもきれいな人だ」
 「先生は独身なんでしょう?」
 「ああ、ほとんど」と私は答えた。あの封筒が弁護士事務所に到着すれば、おそらくは完全に。
 「彼女とデートしたいと思う?」
 「ああ、そうできたら楽しいだろうね」
 「胸も大きいし」
 「気がつかなかったな」
 「それにすごくかたちがいいのよ。いっしょにお風呂に入ったりするから、よく知ってるんだ」

  私は秋川まりえの顔をあらためて見た。「君は叔母さんと仲が良いんだね?」

 「ときどきケンカもするけど」と彼女は言った。
 「どんなことで?」
 「いろんなことで。意見が合わなかったり、ただ単にアタマにきたり」
 「君はなんだか不思議な女の子だね」と私は言った。「絵の教室にいるときはずいぶん雰囲気が
 違う。教室ではとても無口だという印象があったんだけど」
 「しゃべりたくないところではあまりしゃべらないだけ」と彼女はあっさりと言った。「わたし
 ってしゃべりすぎているかな? もっとじっと静かにしていた方がいい?」
 「いや、もちろんそんなことはない。話をするのはぼくも好きだよ。どんどんしゃべってくれて
 かまわない」

  もちろん、私は自然で活発な会話を歓迎した。二時間近く黙りこくって、ただ絵を描いている
 わけにはいかない。

 「胸のことが気になってしかたないの」とまりえは少しあと言百った。「毎日ほとんどそのこと
 ばかり考えている。それってヘンかしら?」
 「とくに変じやないと思うよ」と私は言った。「そういう年頃なんだ。ぼくだって君くらいの歳
 のときには、おちんちんのことばかり考えていたような気がするな。かたちが変なんじやないか
 とか、小さすぎるんじやないかとか、妙な働き方をするんじやないかとか」
 「それで今はどうなの?」
 「今、自分のおちんちんについてどう思うかってこと?」
 「そう」 

  私はそれについて考えてみた。「ほとんど考えることはないな。けっこう普通じやないかと思
 うし、これといって不便は感じないし」
 「女のひとはほめてくれる?」
 「たまにだけど、褒めてくれる人もいないではない。でももちろんただのお世辞かもしれない。
 絵を褒められるのと同じで」
  秋川まりえはそれについてしばらく考えていた。そして言った。「先生はちょっと変わってる
 かもしれない」
 「そうかな?」
 「普通の男のひとはそんなふうなものの言い方をしない。うちのお父さんだって、そういをいち
 いち話してくれない」
 「普通のうちのお父さんは自分の娘におちんちんの話なんてしたがらないんじやないかな」と私
 は言った。そのあいだも私の手は忙しく動き続けていた。
 「チクビって、いくつくらいから大きくなるものなの?」とまりえは尋ねた。
 「さあ、ぼくにはよくわからないな。男だからね。でもそういうのにはたぶん、かなりの個人差
 があるんじやないかと思うよ」
 「子供の頃、ガールフレンドはいた?」
 「十七歳のときに初めてガールフレンドができた。高校の同じクラスの女の子たったね」
 「どこの高校?」

  豊島区内にある都立高校の名前を教えた。そんな高校が存在することは豊島区民以外ほとんど
 誰も知らないはずだ。

 「学校は面白かった?」

  私は首を横に振った。「べつに面白くはなかった」
 「それで、そのガールフレンドのチクビは見た?」
 「うん」と私は言った。「見せてもらった」
 「どれくらいの大きさだった?」

  私は彼女の乳首のことを思い出した。「とくに小さくもないし、とくに大きくもない。普通の
 大きさだったと思うな」
 「ブラに詰め物はしていた?」

  私は昔のガールフレンドのつけていたブラジャーのことを思い出した。ずいぶんぼんやりとし
 た記憶しか残っていなかったけれど。覚えているのは、背中に手をまわしてそれをはずすのが大
 変だったということくらいだ。「いや、とくに詰め物はしていなかったと思うな」

 「そのひとは今はどうしているの?」

  私は彼女について考えてみた。今はどうしているのだろう? 「さあ、わからないよ。もう長
 く会っていないから。誰かと結婚して、子供だっているんじやないかな」
 「どうして会わないの?」
 「もう二度と会いたくないと彼女に最後に言われたからだよ」
 まりえは眉をしかめた。「それって、先生のほうに何か問題があったからなの?」
 「たぶんそうだと思う」と私は言った。もちろん私の方に問題があったのだ。疑いの余地のない
 ことだ。

ここでの回はシーンは、今後どのように関係するのか、しないのか不思議な気分で読み進めてきた。
  
                                      この項つづく

 

 ● 今夜の一曲

『屋根の上のバイオリン弾き』(Fiddler on the Roof)は1964年のアメリカのミュージカル。ショーレ
ム・アレイヘムの短篇『牛乳屋テヴィエ』を原作とし、テヴィエ(Tevye)とその家族をはじめとし
て、帝政ロシア領となったシュテットルに暮らすユダヤ教徒の生活を描いたもの。この作品には19世
紀末のシュテットルの様子が良く描かれている。あらすじは、テヴィエは娘たちの幸せを願いそれぞ
れに裕福な結婚相手を見つけようと骨を折っている。ある日、長女のツァイテルにテヴィエと険悪な
肉屋のラザールとの結婚話が舞い込むが、彼女にはすでに仕立屋のモーテルという恋人がいたがテヴ
ィエは猛反対する、二人は紆余曲折を経て結婚。また、次女ホーデルは革命を夢見る学生闘士パーチ
ックと恋仲になり、逮捕されたパーチックを追ってシベリアへ発ち、さらに三女は、ロシア青年とロ
シア正教会で結婚して駆け落ちしてしまう。劇中で次第にエスカレートしていく『ポグロム』と呼ば
れるユダヤ人排斥は、終盤で村全体の追放に至り、テヴィエたちは着の身着のまま住み慣れた村から
追放される。原作ではイスラエルの地へ帰還するが、ミュージカルではニューヨークに向かうところ
で終わる。

さて、ミュージカル組曲『屋根の上のバイオリン弾き』のバイオリン演奏者は、ハンガリー生まれの
カティカ・イレイニ(現在49歳)は、ハンガリー芸術アカデミーのメンバーであり、ハンガリー賞受
賞のバイオリニスト。音楽家の両親の元で育ち、 14歳の時ブダペストのフランツリスト音楽アカデミ
ーに入学、ヴァイオリンで修士号を取得。バイオリンだけでなく歌手やダンサー(タップダンス)と
しても幼いことから活躍。クラッシクだけでなく、スイング、ジャズなどの軽音楽と幅広し演奏を行
っている。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 2435

Trending Articles