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大銀杏と生命兆候

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             公孫丑(こうそんちゆう)篇 「浩然の気」とは   /   孟子  

                                               

      ※ ″呼びつけできない臣下″を持て:孟子が斉の宣王を訪ねようとした矢先、宣王
       が使者をよこし、「こちらからお伺いするつもりでしたが、風邪をひいて、外出
       できません。もしおいで願えるなら政庁には出ますが、そこでお目にかからせて
       いただけましょうか」孟子は答えた。「残念なことに病気しております。参内は
       できません」、ところが翌日になると、孟子は東郭氏(斉の大臣)を弔問しよう
       としった。公孫丑がこれを諌めて、「きのう、病気を理由に参内をお断わりにな
       ったばかりでしょう。お出かけになるのはどうかと思いますが」。「きのうは病
       気だったが、今日はもう治った。吊問に出かけてもかまうまい」、孟子が出たあ
       とへ、宮王の使者が医者をつれて見舞いに来た。弟子の孟仲子が応対に出て、

       「きのうはご下命がありながら、病気のため参内できませんでした。今日はいく
       ぶんよくなりましたので、さっそく参内いたしましたが、さて無事に参内いたし
       ましたかどうか……」 と言っておき、散人の者をやって孟子を道で特ちうけさ
       せ、「お帰りにならず、そのまま参内してください」と言わせた。孟子はしかた
       なく景丑(けいちゅう)氏(斉の大臣)のところへ行って宿を借りた。景計氏は、
       「父と子、君主と匝下との関係は、人として非常に重要なものです。さらに父子
       の間では愛し合うことが第一、君臣の間では尊敬し合うことが第一です。見受け
       ますところ、王のほうでは先生を尊敬しています。しかし、先生のほうはどうも
       王を尊敬されていないごようすですが」、「これは心外。この国には、王に対し
       て仁義を説く人がいない。それは、仁政を馬鹿にしているからではなく、あの王
       に仁義を説いたところではじまらぬ、と思っているからです。王に対してこれほ
       どの不敬がありますか。わたしは王の前では宛・舜の道しか申しません。という
       ことは、この国にわたしほど王を尊敬している者はいないというわけです」

       「いや、そういう意味ではありません。礼記には、『父に呼ばれればハイと答え
       てすぐ立ちあがり、君命があれば馬車の仕度も待たずにかけつけよ』とあります。
       もともと先生は参内なさる矢先でもあったのに、王命を聞いて、わざと取りやめ
       られた。どうも礼に合わないように思えるのですが」、「そんなことは問題にな
       りません。曽子は、「晋や楚の富にはかなわない。だが相手が富を誇るなら、こ
       ちらは仁を誇りにする。相手が爵位を諮るなら、こちらは義を誇りにする。何の
       ひけめを感じよう」と、言った。まったくそのとおりです。これには道理がある
       のです。世の中で尊ばれているものといえば、爵位と年齢と徳です。朝廷では爵
       位、世間では年長者が尊ばれますが、救世済民には徳が最も尊いものです。爵位
       があるからといって、他の二つを馬鹿にすることはできません。

       将末大事業をなしとげようとする君主には、呼びつけできない臣下がかならずあ
       るものです。相談ごとがあれば、君主のほうから出向かねばなりません。それほ
       ど理解のある君主であればこそ、臣下としてともに事業を行なう気になるという
       ものです。湯玉は、伊尹にいろいろ教えを請い、それから臣下に迎えました。湯
       王が労せずして玉者になれたのはそのためです。桓公も管仲に教えを請い、その
       後に臣下として迎えました。ですから労せずして覇者になれたのです。いま天下
       の諸侯は、領土、徳、ともに大同小異、とくに傑出した国がありません。それは、
       ほかでもない、国王が自分以下の人間を臣下にしたがり、教えを受けられる人材
       を臣下にしたがらないからです。湯王は伊尹に対し、桓公は管仲に対し、けっし
       て呼びつけたりはしなかった。管仲ごとき者さえ呼びつけにできないのです。管
       仲の真似などしたくないと思っている者にはなおさらではありませんか」

        〈湯王 伊尹〉 湯王は殷王朝を開いた聖王、伊尹はそれを助けた宰相。
        〈桓公 管仲〉 桓公は斉の君主、春秋時代の霜者。管仲はその猫業達成に力
                を尽くした名宰相。 
       
       孟子は、覇道に反対する立場から、桓公を名君とみなしていないし、管伸を。大
       人物ともみていないことは、他の章で明らかにされているが、桓公の管伸に対す
       る処遇には賛意を示している。

       【解説】 仮病を使ってことさらに東部氏のもとを訪れたのは、仮病であること
       を王に知らせるのが目的である。それは、論客たちが競いあう中にあって、みず
       からを高くする孟子のジェスチュアであったかも知れない。しかしそれだけでは
       あるまい。権勢に屈せぬ権威がなければ、政治顧問として王を導くことはできぬ。
       孟子にはそれだけのプライドと自信があったのだ。さて、支配者は、部下に。有
       能な人物を求めるが、同時にそれが自分の権威をおかすことをおそれる。師とす
       るに足る人物を部下に持ち得るには、よほどの自信が必要だ。


【地球のバイタルサインに赤信号 二酸化炭素排出量2%増加】

 

今月13日、ドイツのボンで行われている気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)で、
科学者チームが今年の世界の二酸化炭素排出量は前年比2%増加し、過去最高の370億トンになる
との見通しを発表。二酸化炭素排出量は2014~16年にはほぼ横ばいだったが、主に中国の排出
量が2年間の減少後増加に転じ、今年は拡大するとみる。今年の中国の二酸化炭素排出量は経済成長
に伴う石炭需要の増加で3.5%押し上げられるとの予想を示した。中国は、米国を上回る世界最大
の二酸化炭素排出国で、世界全体の排出量の約30%を占める。一方、米国の排出量は0.4%減で、
石炭消費の増加で減少幅が近年より縮小する見込み。米国の石炭消費増加は、トランプ大統領の石炭
推進政策よりも天然ガス価格の上昇が要因と担当者は説明している。





【農業の6次産業化を支える土壌センサ】

11月14日、ロームグループのラピスセミコンダクタの中の環境をセンシングする土壌センサーユ
ニット「MJ1011」を製品化し、2018年1月末からサンプル出荷を開始すると発表。リアルタイムで土
壌のpH(水素イオン濃度指数)や肥沃(ひよく)度、温度、含水率を計測できる。2015年10月に開発。
同センサーは半導体技術を用い1チップでpHや肥沃度、温度、含水率を検知できるセンサーで、「世
界で初めて、土の中に直接埋め込むことのできるセンサー」(同社)として開発された。その後、ラ
ピスセミコンダクタでは、さまざまな農業事業者などと連携し、農地でテストしてきた。製品化に際
し、ラピスセミコンダクタでは、土壌センサーに加え、低消費電力を特長にする16ビットマイコン「
ML620Q504H」やアナログフロントエンド(AFE)チップなどラピスセミコンダクタ独自の半導体製品
と組み合わせたセンサーユニットに仕上げる。なお、ラピスセミコンダクタでは、センサーユニット
と接続するエンドポイントやコンセントレーター、ゲートウェイなども開発し、無線を利用した農地
監視システム(フィールドスキャンシステム)を構築できる製品ラインアップも整えていく方針。

 ❏ 特開2017-096712 センサモジュール、測定システム、及び測定方法

【概要】

土壌中の水の流路について考察すると、水は土壌中の空気が存在する間隔部を通り地中深くに流れる
が、その際にどの個所でも流れるわけではなく、疎水性の高い部分、言い換えると保水力の低い部分
を通って流れている。また、一度流路が形成されると後続の水も当該流路を通過するために、センサの
電極部周辺に流路が形成されないと、単に給水手段を設けただけでは、電気伝導度等を正確に測定す
ることができない。土壌中の水分状態の測定精度を向上させることができるセンサモジュール、測定
システム、及び測定方法を提供にあたり。下図のように、センサモジュール10は、測定対象である
土壌に接触する接触面が親水性を有する筐体12と、筐体12の接触面に設けられ、土壌中の水分状態
を測定するセンサチップ16とを備え、測定対象と前記センサチップ16との密着性が均等になるよう
に、制御部24は前記センサチップ毎に突出量を調整することで、測定精度を向上できる。 


 【符号の説明】

1  測定システム 10  センサモジュール 12  筐体 16  センサチップ 20  制御装置 
50  可動部

【図1】本実施形態の測定システムの一例の概略構成図
【図2】本実施形態のセンサモジュールの一例の概略構成を示す断面図

     No.95

【電池篇:米各州で助成金プロテラー社製電気バス購入総額31億円】 

尚、詳細は上写真参照。

【RE100篇:千葉商科大学は、日本初「自然エネルギー百%大学」に】

11月13日、千葉商科大学は、「自然エネルギー100%大学」を目指すと発表した。同大が所有す
るメガソーラー「野田発電所」で発電する電力と、同大市川キャンパスのエネルギー消費量をネット
で同量とする取り組みで、発電所の増設と学内設備の省エネ化、学生による省エネ活動により、2020
年度までに達成を目指す。千葉県市川市に所在する千葉商科大学は、学生定員数5900人と教職員数
765人を擁する社会科学系総合大学だ。同大は、今回発表した環境目標の設定にあたり、自然エネル
ギー100%の実現を提唱する世界的なイニシアチブである「自然エネルギー100%プラットフォーム」
に登録。2018年までに同大の創出する再生可能エネルギーと消費電力を同量にし、さらに2020年まで
にガスを含めた全ての消費エネルギーと同量にすることで「自然エネルギー100%大学」を達成する
予定(スマートジャパン、2017.11.14)。同大は、千葉県野田市に保有している旧野球場の敷地に、大
学が保有する太陽光発電所としては日本一の規模となる野田発電所を2013年より導入。野田発電所の
出力規模は2.45MWで、2014年度の年間発電量実績値は336.5万kWhにもなり、同大市川キャンパスにお
ける消費電力の77%に相当するという。今後は自然エネルギー100%大学の実現に向けて再生可能エ
ネルギー創出量を増やすべく、野田発電所のレイアウトを変更し、新たに約1600枚のパネルを増設す
る予定。

 
【単極子の超固体とはなにか】

11月14日、理化学研究所は、磁性体中では、電子スピンが極めて小さな磁石として作用し、磁性
体を低温にすると通常、スピンが互いに同じ向きにそろった強磁性、または交互に反対方向を向いて
打ち消し合う反強磁性など、ある磁気秩序を持つ状態になる。一方、「量子スピンアイス」と呼ばれ
る磁性体を冷却すると、スピンが秩序化しない「量子スピン液体」という状態を示す。量子スピン液
体では、スピンのN極・S極が分化し、粒子のように振る舞う「単極子」が出現する。絶対零度(約
-273℃)で単極子は自由に零点運動、そのときのN極・S極の極性は中性に保たれ、デバイス構築の上
で、単極子の振る舞いを外部から制御する可能性が期待できるが、そのため、磁場中での量子スピン
アイスの性質の理解が必要。今回、理研の研究チームは厳密な数値シミュレーションで、量子スピン
アイスが磁場中で磁気を帯びる(磁化)する過程を解明できたという。下図のように、①量子スピン
アイスに磁場を加えないで冷却していくと、量子スピン液体状態になります(図の0)。②量子スピ
ン液体に磁場を加えると、そのまま磁化し始め(図の0~B1)。③しかし、磁化が飽和磁化の2/3に達
すると磁化プラトーに至り、単極子の零点運動が局在します(図のB1~B2)。④さらに磁場を強くす
ると、単極子は一様かつ中性な空間分布から「不均一な空間分布」へと転移し、同時に「超流動」を
示す(図のB2~B3)。超流動とは、極低温において液体ヘリウム4が粘性を失い、抵抗なしに容器の
壁面をよじ登って外へこぼれ出す現象。ヘリウム4原子が、空間的に不均一に分布すると同時に超流
動性を示す状態を「超固体」と呼びます。④の状態は「単極子の超固体」として理解できる。今回の
成果により、今後、単極子の自由度の制御を実現できれば、低消費電力で駆動するデバイスを構築で
きるという。これは面白い。

単極子の超固体-磁性体における磁化の単極子を制御する-

Quantum spin ice under a [111] magnetic field: from pyrochlore to kagome、Troels Arnfred Bojesen, Shigeki
Onoda, ", Physical Review Letters

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』     

     第62章 それは深い迷路のような趣を帯びてくる  

  九時過ぎに再び室内履きの音が聞こえ、免色が下に降りてきた。洗濯機のスイッチが押され、
 クラシック音楽がかかり(今回はおそらくブラームスのシンフォニーだ)、マシンの運動が一時
 間ばかり続いた。同じことの繰り返したった。かかる音楽が違うだけで、あとは寸分の狂いもな
 く。この家の主人は疑いの余地なく習慣の人であるようだった。洗濯物は洗濯機から乾燥機に移
 され、それはまた一時間後に回収された。そのあと免色さんが階下に降りてくることはなかった
 し、彼はメイド部屋には一切の関心を抱いていないようだった(ここで再び私の註が入る。免色
 はその日の午後に私の家を訪問し、たまたま様子を見に訪れていた雨田政彦と会って短く話をし
 ている。しかしなぜかはわからないが、このときもまりえはやはり彼が外出したことに気づかな
 かったようだ)。

  彼が習慣通りに規則正しく行動してくれることは、まりえにとっては何よりありかたいことだ
 った。彼女もその習倶にあわせて心の準備をし、行動の予定を立てることができるからだ。いち
 ばん神経が消耗させられるのは、思いも寄らぬ出来事が次々に持ち上がることだ。彼女は免色の
 生活パタjンを記憶し、それに自分を同化させていった。彼はほとんどどこにも出かけない(少
 なくとも彼女の知る限りどこにも出かけなかった)。書斎で仕事をし、自分で洗濯をし、自分で
 食事を作り、夕方になると居間のスタインウェイに向かってピアノの練習をする。ときどき電話
 がかかってくるが、それほど多くではない。一日にせいぜい数本だ。彼はどうやら電話というも
 のがあまり好きではないようだった・おそらく仕事の上で必要な連絡は――それがどの程度ある
 のかはわからないが――斎のコンピュータを通して行っているようだった。

  免色は基本的に自分で家の中を掃除するが、クリーニング・サービスを週に一度家に入れてい
 る。そういう話を、この前ここを訪問したときに本人の目から耳にした記憶があった。掃除をす
 るのは決してきらいではない。それは料理をするのと同じように、よい気分転換になる、と免色
 氏は言った。しかし披∵八だけでこの広い家の清掃をこなすのは、実際的にまず不可能だ。だか
 らどうしてもプロの力を借りざるを得ない。そのサービスが入るときには、彼は半日ばかり家を
 留守にするということだった。それは何頃日なのだろう? もしそのような日が巡って来れば、
 私はそのときにここからうまく逃げ出せるかもしれない。たぶん何人かの人たちが清掃用具を手
 に、車で屋敷の中に入ってくるだろうし、そのあいだ門は何度か開け閉めされるはずだ。そして
 免色はしばらく家からいなくなる。この屋敷から抜け出すのは決してむずかしいことではないは
 ずだ。あるいはそのとき以外に、私がここを脱出できるチャンスはないかもしれない。

  しかしクリーニング・サービスが入る気配はなかった。日曜日と同じように月曜日が何ごとも
 なく過ぎ去っていった。免色の弾くモーツアルトは日々少しずつより正確になり、そして音楽と
 してよりまとまりのあるものになっていた。注意深く、そして我慢強い人なのだ。目標をいった
 ん設定したら、そこに向かってたゆむことなく進んでいく。感心しないわけにはいかない。しか
 し彼の弾くモーツアルトは、もしそれが破綻なくまとまりのあるものになったとしても、音楽と
 してどれくらい心愉しいものになり得るだろう? まりえは階上から聞こえてくる音楽に耳を澄
 ませながら、そのことを疑問に思った。

  彼女はクラッカーとチョコレートとミネラル・ウォーターで生き延びた。ナッツの入ったエナ
 ージーバーも食べた。ツナの缶詰も少し食べてみた。歯ブラシはどくこにもなかったので指をう
 まく使ってミネラル・ウォーターで歯を磨いた。ジムに積んであった日本語版「ナショナル・ジ
 オグラフィック」を片端から読んでいった。ベンガル地方の人食い虎や、マダガスカルの珍しい
 猿たちや、グランドキャニオンの地形の変遷や、シベリアの天然ガス採掘状況や、南極のペンギ
 ンたちの平均寿命や、アフガニスタンの高地に住む遊牧民の生活や、ニューギェアの奥地の若者
 たちがくぐり抜けなくてはならない厳しいイニシエー・ションについて彼女は多くの知識を得た。
 エイズやエボラ熱についての基礎的な知識も身につけた。そういう自然に開する雑多な知識がい
 つか何かの役に立つかもしれない。あるいはまったく何の役にも立たないかもしれない。しかし
 いずれにせよ、ほかに手に取れる本もないのだ。彼女は日本語販「ナショナル・ジオグラフィッ
 ク」のバックナンバーを食い入るように読み続けた。

  そしてときどきTシャツの下から手を入れて、乳房の膨らみ具合を確かめた。でもそれはなか
 なか大きくはなってくれなかった。かえって前より小さくなっているような気さえした。それか
 ら彼女は生理のことを考えた。計算してみると、次の生理期間まではまだ十日ほどあった。生理
 用品はどこにもないから(地賞用のストックの中には、トイレットペーパーはあったものの、生
 理用ナプキンもタンポンも見当たらなかった。おそらく女性の存在はこの家の主人の考慮の範囲
 には入っていないのだろう)、もしここに隠れているあいだに生理が始まってしまうと、ちょっ
 と困ったことになるかもしれない。でもそれまでにはたぶん、なんとかここから抜け出せるはず
 だ。たぶん。十日もこんなところにいるわけにはいかない。

  火曜日の朝の十時前にようやくクリーニング・サービスの車がやってきた。清掃用具を荷台か
 らおろす女性たちのにぎやかな声が上の庭の方から聞こえてきた。その日の朝、免色は洗濯もし
 なかったし、エクササイズもしなかった。まったく階下に降りてこなかった。だからひょっとし
 て、とまりえは期待していかのだが(免色が日常の習慣を変更するからには、それなりの明確な
 理由がなくてはならない)、やはり彼女の予測したとおりだった。クリーニング会社の大型のヴ
 ァンがやってくると、それと入れ違いに免色はジャガーに乗ってどこかに出かけていったようだ
 った。

  彼女は急いでメイド用の部屋を片付け、水のボトルや、クラッカーの紙包みを集め、それをゴ
 ミ袋にまとめた。そのゴミ袋を目につきやすいところに出しておいた。たぶんクリーニング・サ
 -ビスの人が処理してくれるはずだ。毛布と布団は元通りきれいに畳んで、戸棚にしまった。
 誰かがそこで数日間生活していた痕跡をすっかり消した。とても用心深く,それからショルダー
 バッグを肩にかけ、足音を忍ばせて階上に上がった。そしてクリーニング・サービスの人たちに
 見つからないように、タイミングをほかって廊下をそっと抜けた。あの部屋のことを考えると胸
 がどきどきした。そして、またそれと同時に、そのクローゼットの中にある衣服のことを懐かし
 く思った。それらの衣服をもう一度ゆっくり眺めてみたかった。手を触れてもみたかった。
 しかしそんな時間の余裕はない。急がなくてはならない。

  人目につかないように玄関からうまく外に出て、カーブしたドライブウェイの坂道を走って上
 がった。思ったとおり入り目のゲートは開けっ放しになっていた。作業をする人々は出入9のた
 びにいちいちゲートを開け閉めしたりはしないのだ。彼女は何気ない顔をしてそこから外の通り
 に出た。

  私はほんとうにこんな風に簡単にあっさり、この場所から出て行ってしまっていいのだろうか、
 彼女はそのゲートを抜けるときにふとそう思った。そこにはもっと何か重く厳しいものがあるべ
 きではないのか? たとえば「ナショナル・ジオグラフィック」に出ていた、ニューギュアの部
 族の若者たちに課せられる激しい痛みを伴うイニシエーション(通過儀礼)のようなものが? 
 そういうものがしるしとして必要とされるのではないか? でもそんな思いは彼女の脳裏を一瞬
 よぎっただけだった。それよりは、そこから抜け出すことができた解放感の方が圧倒的に大きか
 った。

  空はどんよりと曇って、低く垂れ込めた厚い雲から今にも冷たい雨が降り出しそうだった。し
 かし彼女は空を仰いで何度も大きく深呼吸をし、どこまでも幸福な気持ちになることができた。
 まるでワイキキのビーチで、風にそよぐ祥子の木を見上げているときのように。自分は自由なの
 だ。この足で歩いてどこにでも行けるのだ。もう暗闇の中で縮こまって震えている必要はないの
 だ。生きていることが、それだけでとても嬉しく、ありかたく思えた。たった四日間のことなの
 だが、久しぶりに目にする外の世界は瑞々しく鮮やかに見えた。草本のひとつひとつが生き生き
 として、活力に満ちているように見’えた。風の匂いが彼女の胸をどきどきさせた。

  でもここでいつまでもぐずぐずしているわけにはいかない。免色が何か忘れ物を思い出して戻
 ってくるかもしれない。早くこの場所から立ち去らなくては。彼女は誰かに見られてもおかしく
 思われないように、制服についたしわをできるだけきれいに仲ばし(彼女はその制服を着たまま
 何日も布団にくるまって眠ったのだ)、両手で髪を整え、何ごともなかったような涼しい顔をし
 て足早に山を下りた。
  まりえは山を下り.谷間の道路をはさんだ向かい側の山を上った。しかし自分の家には向かわ
 ず、まず私の家にやってきた。彼女にはちょっとした心づもりがあったのだ。しかし家には誰も
 いなかった。どれだけ玄関のベルを押しても返事はなかった。

  まりえはあきらめて裏の雑木林に人9、祠の裏手にある穴に寄ってみた。しかし穴にはぴった
 りと青いビニールシートがかぶせられていた。それは前にはなかったものだ。ビニールシートは
 地面に打たれた何本かの杭に紐でしっかり結ばれていた。そしてその上に重しの石が並べられて
 いた。簡単には中を覗くことができないようになっている。知らないあいだに誰かが――誰かは
 わからないが――その穴を塞いでしまったのだ。たぶん穴が開けっ放しになっていると危ないと
 思ったのだろう。彼女はその穴の前に立って、しばらく耳を澄ませてみた。しかし中からはどん 
 な音も聞こえなかった(私の註・鈴の音が聞こえなかったところをみると、そのとき私はまだ穴
 の底に辿り着いてはいなかったのだろう。あるいはたまたま眠り込んでいたのかもしれない)。

  ぼつぽっと冷ややかな雨が降り出していた。家に帰らなくてはと彼女は思った。家族が心配し
 ているはずだ。しかし家に帰れば、自分かこの四目間どこにいたのか、みんなに説明しなくては
 ならない。免色さんの家に忍び込んで隠れていたと正直に打ち明けるわけにはいかない。そんな
 ことを言ったら大変なことになる。私が行方不明になっていることは、たぶん警察にも届け出ら
 れているだろう。免色さんの家に不法侵入していたと警察にわかれば、私はきっと何かしらの罰
 を受けることになるだろう。

  そこで彼女は自分がこの穴の中に誤まって落ちて、四目間そこから出ることができなかったと
 いう言い訳を考えついた。でも先生が――つまりこの私が――彼女がそこにいることをたまたま
 見つけて助け出してくれた。彼女はそういうシナリオをこしらえて、それに私が協力して口裏を
 合わせてくれることを期待していたのだ。しかし私はそのとき家にいなかったし、穴は既にビニ
 ールシートで塞がれて簡単には出入りできないようになっていた。だから彼女の描いたシナリオ
 は実現不可能なものになってしまったわけだ(もしそのシナリオ通りにことが進められていたら
 重機まで持ち出してその穴をわざわざ暴いた理由を、私は警察に説明しなくてはならなかっただ
 ろうし、それはそれでけらこう厄介な事態をもたらしたかもしれない)。

  あと彼女に思いつけるのは、記憶喪失を装うことくらいだった。それ以外に方法は思いつけな
 かった。その四日間に自分の身に起こったことは何ひとつ覚えていない。記憶がまったくからっ
 ぼになっている。気がついたときには一人きりで裏の山の中にいた。そう言い張るしかない。そ
 ういう記憶喪失がらみのドラマを、以前にテレビで見たことがあった。そんな言い分か人々に受
 け入れられるかどうか、そこまでは彼女にはわからない。家の人からも警察からも、たぶんあれ
 これ細かい質問をされることだろう。精神科医みたいなところにも連れて行かれるかもしれない。
 でもここは何ひとつ覚えていないと言い張るしかない。髪をくしやくしやにして、手足を泥だら
 けにして、ところどころにかすり傷をつけて、いかにもずっと山の中にいたみたいに見せかける
 のだ。そういう演技をがんばってやりとおすしかない。

  そして彼女はそれを実行した。お世辞にも上手な演技とは言えなかったが、それ以外に選べる
 道もなかっ.た。
  それが秋川まりえが私に打ち明けてくれた話たった。彼女がちょうどその一部始終を話し終え
 たころに、秋川笙子が戻ってきた。彼女の運転するトヨタ・プリウスがうちの前に停まる音が聞
 こえた。

 「実際に君の身に起こったことについては、口を閉ざしていた方がいい。ぼく以外の誰にも話さ
 ない方がいい。ぼくと君とのあいだの秘密にしておくんだ」と私はまりえに言った。
 「もちろん」とまりえは言った。「もちろん誰にも絶対に話さない。それに話しても誰にも信じ
 てもらえないだろうし」
 「ぼくは信じるよ」
 「それで環は閉じるの?」
 「わからない」と私は言った。「たぶんまだ環は閉じきっていない。でもあとはなんとかできる
 と思う。ほんとうに危険な部分はもう過ぎ去ったと思う」
 「チシテキな部分は」
 私は肯いた。「そう、致死的な部分は」

  まりえは十秒ばかり私の顔をじっと見ていた。そして小さな声言言った。「騎士団長はほんと
 うにいる」
 「そうだ、騎士団長はほんとうにいる」と私は言った。そして私はその騎士団長をこの手で刺し
 殺したのだ。ほんとうに。でもそんなことはもちろん口に出せない。
  まりえは一度だけこっくりと肯いた。きっと彼女はいつまでも秘密を守り続けるだろう。それ
 は彼女と私とのあいだだけの大事な秘密になる。
  まりえを何かから護ってくれたクローゼットの中のひと揃いの衣服が、彼女の亡くなった母親
 がかつて独身時代に身につけていたものであったという事実を、できることなら敦えてやりたか
 った。しかし払には、まりえにそれを敦えることはできなかった。私にはそんな権利はない。騎
 士団長もまたその権利を特たなかったはずだ。その権利を手にしているのは、この世界において
 おそらく免色ひとりだけだ。しかし免色がその権利を行使することはまずあるまい。
  我々はそれぞれに明かすことのできない秘密を抱えて生きているのだ。


この章はここで終わる、結末の第64章まで後2章となる。ところで、2の6乗が64である64と
いう数字になにか意味があるのか考える。昭和64年の1989年は昭和天皇が崩御し、北京ではは
天安門事件が起き、ベルリンの壁崩壊、チョコソロバキアでビロード革命、冷戦終結(マルタ会談)
ロマ・プリータ地震など起きている。または、癌細胞は体の中で、ある一個の正常細胞の遺伝子が立
て続けに傷を受けて癌化し、1センチから4センチ(直径が4倍 体積は4の3乗=64倍)64倍
になるには2の6乗=6回の分裂ということは6ヵ月に6回の分裂=1ヶ月に一度の分裂する増殖を
イメージし、やはり反戦平和のテーマと関係あるのか想像してみた。さて、次回は第63章「でもあ
なたがかんがえているようなこよじゃない」に移る。

                                      この項つづく
健康DIY顛末記:急性膀胱炎篇

● 冬に負けない対策:急性膀胱炎になりやすい体質

毎年ではないが、昨年12月から膀胱炎になったが、ことしも11月に入りその前兆のようなものを
感じる。そこで、ウォーシュレットの洗浄水に逆止弁を咬ませ肛門の殺菌剤を自動添加できるように
すればと考案(殺菌剤の参考例:特開2014-156612  配合組成物 小林製薬株式会社 2014年08月28日)
する。季節に関係なく大腸菌などが繁殖し炎症を起こすのだが、冬場は、①排尿回数が多くなり、②
風邪・インフルエンザなどや気温低下により抵抗力/免疫力が低下、③あるいは、寒さからトイレに
行くことが億劫で排尿を我慢して長時間膀胱に尿を溜めることで、ますます膀胱内で細菌が繁殖、感
染しやすくなる。イメージでいうと尿管に大腸菌がビッシリ付着している状態。対策は、①暖かくす
る(適度な運動)、②尿をためない、③清潔にする(今回の考案はこれに入る)、④抵抗力を浸ける
(現在、家で簡単に作れる自家製ドリンク剤を開発中)となる。

とはいえ、進行中の腰痛対策は芳しくない。ぶら下がり機を考案しようとは考えていますが。                  




 


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