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最新金属空気電池技術

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             公孫丑(こうそんちゆう)篇 「浩然の気」とは   /   孟子  

 

                                          

      ※ 政治家の自覚:斉の平陸(へいりく)へ行ったとき、孟子はその地の長官、孔距
       心(こうきょうしん)に言った。「警護兵が一日に三回持場を離れたら、処罰し
       ますか」「三回といわず・・・・・・」、「あなたはそれに似たことをたびたびやって
       いますね。災害の年、飢饉の年ともなれば、ご領内では老人や子供がのたれ死に
       するし、何千とも知れない若者が逃げ出しています」、「わたしの力ではどうに
       もならないことです」、「たとえば、牛と羊の飼育を頼まれた人がいるとします。
       その人は当然、放校地や牧草を探すでしょう。しかし万一見つからなかった場合、
       牛も羊も持ち主に返すべきでしょうか。それとも餓死するのを見殺しにすべきで
       しょうか」、「なるほど、人民の苦しむのはわたしの責任です」、その後、孟子
       は宣王に会ったとき、「あなたの国を冶めている長官を五人知っていますが、そ
       のうち責任を自覚している人は、孔距心だけです」 と言ってくだんの話をした。
       すると宣王は言った。「それはわたしの責任だ」

       【解説】さりげない質問で言質をとってから相手の痛いところを衝いてゆく、孟
               子得意の論法である。

     No.97

Wikipedia

 【蓄電池篇:最新金属空気電池技術】 

Nov. 5, 2012

● 安全で高エネルギー密度の蓄電池

電力貯蔵用途や電動車両用途など多岐にわたって、リチウムイオン電池よりもはるかに大きいエネル
ギー密度をもつ空気電池が注目されている。空気電池は、空気中の酸素を正極活物質に使用する。こ
のような空気電池として、負極活物質に金属リチウム、リチウムを主成分とする合金やリチウムを主
成分とする化合物を使用するリチウム空気電池で、リチウム空気電池は、負極、電解質及び正極(空
気極)から構成、電解質としては、①水系電解質や②非水系電解質が用いられる。これらのうち、①
は、一般的には、負極と正極との間に固体電解質が配置され、固体電解質と正極との間に第1電解質
(水系電解質)が充填され、負極と固体電解質との間に第2電解質(緩衝層)が配置されて構成され
ている。このような水系電解質のリチウム空気電池は、②のリチウム空気電池に比べて、⑴空気中の
水分の影響を受けず、⑵電解質が安価であり、⑶不燃性である等の長所があり、リチウム空気電池は
正極でリチウムイオンと酸素が反応し、LiOHを生成する(放電)ことで電気を得るメカニズムで
ある。また、生成したLiOHをLiと酸素に分解する(充電)ことで再放電が可能となる。一方、
電極の交換が可能な金属空気電池も開示されているが、リチウム空気電池の負極にスラッジが形成さ
れた場合に、負極を交換すれば再生が可能になると考えられるが、リチウムは空気との反応性が高く、
燃焼する場合もあり、リチウムを含む負極の交換は容易ではない(特開2017-204350)。

正極活物質として空気中の酸素を用いるリチウム空気二次電池は、電池外部から常に酸素が供給され
電池内に大量の負極活物質である金属リチウムを充填することができる。このため、電池の単位体積
・単位重量当たりの放電容量を非常に大きくできる。正極であるガス拡散型空気極に種々の触媒を添
加することなどにより、放電容量やサイクル特性などの電池性能を改善する試みがなされている。例
えば、電解液として1mol/リットルのLiPF6 /炭酸プロピレン(PC)を用い、空気極触媒
としMnO2,Pt,Ru,RuO2などの貴金属や金属酸化物を用いた場合の電池特性を報告してい
る。最も優れた特性は、触媒としてMnO2を用いた時に得られ、具体的には、初回放電容量800m
Ah/gの大きな値を示し、16サイクル後においても放電容量600mAh/gを維持している。
しかし、約200mAh/gの容量低下が確認された。また、電解液としてLiClO4/テトラエチ
レングリコールジメチルエーテル(TEGDME)を用い、空気極触媒としてCo3O4を用いた場合
について報告しているが充放電容量0.4mAh/cm2でサイクルした時に、初回放電電圧が約2.
75Vを示すのに対し、67サイクル後には約2.5Vまで電圧が低下している。このように、従
来のリチウム空気二次電池は、充放電を繰り返すと放電容量が低下するという問題がある(特開2017
-204395)。

リチウム二次電池の負極にリチウム金属薄膜を利用するる場合、リチウムの高い反応性により、充放
電時、液体電解質との反応性が高く、リチウム負極薄膜上に、デンドライトが形成され、リチウム金
属薄膜を採用したリチウム二次電池の寿命及び安定性が低下する問題がある(特開2017-204468 )。

低温焼結が可能であり高いイオン伝導度を有する、高密度回路基板に適した結着用バインダーガラス
やリチウムイオン伝導性ガラスに好適なガラスおよびガラスを含有する複合体、ならびに該ガラスや
複合体を含む固体電解質がカチオン%表記で、Li+を62%超80%以下、Zr4+を0%超7%
以下、ならびに、Si4+、B3+およびGe4+からなる群から選ばれる1種以上を合計で13%以上
33.3%以下、かつB3+およびGe4+からなる群から選ばれる1種以上を合計で0%超33.3%
以下、含有し、Li+/(Si4++B3++Ge4+)で示されるSi4+、B3+およびGe4+の合計含
有量に対するLi+の含有量の割合が2.0超であるとともに、アニオン%表記で、O2-を100%
含有することを特徴とするガラスである。リチウムを多量に含有するガラスは、一方で、イオン伝導
性が高い固体電解質として機能することも期待できる。例えば、従来から、リチウムイオン二次電池
用の電解質には、炭酸エチレン、炭酸ジエチル、炭酸エチルメチルのような有機溶媒系の液体電解質
が使用されている。しかし、これら有機溶媒系の液体電解質は、可燃性で発火するおそれがある。ま
た、有機溶媒系の液体電解質は、高電圧が印加されると分解または変質しやすいという問題がある。

そこで、次世代のリチウムイオン二次電池用の電解質として、不燃性で、電圧印加に対して高い安定
性を有する無機固体電解質が期待されている。そして、無機固体電解質として、酸化物系のガラスま
たはガラスセラミックスからなる固体電解質が提案されているが、このガラスは、低温焼結が可能で
あり、積層セラミックスコンデンサや低温同時焼成セラミックス多層基板等の高密度回路基板を作製
する際の結着用バインダーガラスとして有用である。また、リチウムイオン二次電池の固体電解質に
有用で金属空気電池または全固体電池の固体電解質に適用できる(特開2017-197415)。
以上のことを踏まえリチウム空気電池の最新特許事例を掲載する。

Nov.5, 2017


❏ 特開2017-204468  リチウム金属電池用負極、及びそれを含むリチウム金属電池
                             
【概要】

リチウム金属電池用負極、及びそれを含むリチウム金属電池にあたり、下図(詳細クリック)のよう
にリチウム金属またはリチウム金属合金を含むリチウム金属電極と、リチウム金属電極の少なくとも一
部分に配置された保護膜と、を含み、該保護膜のヤング率は、106Pa以上であり、該保護膜は、
1μmを超過して100μm以下サイズの有機粒子、無機粒子及び有機-無機粒子のうちから選択さ
れた1以上の粒子を含み、該保護膜において、粒子間に存在する重合性オリゴマーの架橋体を含むリ
チウム金属電池用負極、及びそれを含んだリチウム金属電池で、一実施形態によるリチウム金属電池
用負極は、粒子間に重合性オリゴマーの架橋体が存在する保護膜を具備し強度のような機械的物性が
改善され、保護膜を具備した負極を利用すれば、電池の充放電時、体積変化が効果的に抑制され、サ
イクル寿命及び放電容量が改善されたリチウム金属電池が製作できる。

【符号の説明】

10  集電体  11 リチウム金属電極 12 保護膜 13,13a,13b,13c,43 粒子
13a’,13b  マイクロスフィア 14 イオン伝導性高分子 15,45 重合性オリゴマーの
架橋体 16,46 リチウム電着層 17 SEI 21,31 正極  22,32 負極 23,42
保護膜  24  電解質  24a 液体電解質  24b  個体電解質  24c セパレータ 30 リチウ
ム金属電池< 34 ケース 40,50 負極集電体 41,51 リチウム金属 52 リチウムデンド
ライト

❏ 特開2017-204350  リチウム空気電池及びリチウム空気電池の負極構造体
                             
【概要】

リチウム空気電池の充放電時に生成されるスラッジで負極が失活した場合、スラッジを除去し且つ負
極が空気に触れずに復活させてリチウム空気電池の繰返し使用が可能なリチウム空気電池及びこの負
極構造体を、下図3(詳細クリック参照)のように、リチウム空気電池は、負極と、負極に対して間
隔を有し配置された正極と、負極及び正極間に配置された固体電解質と、固体電解質及び正極間に充
填された第1電解質が電池ケース内に設け、負極は、負極集電体と、負極集電体に電気的に接続され
たリチウム負極体とを有し、リチウム空気電池が、負極と、リチウム負極体に対し隙間を有して配置
されリチウム負極体及び第1電解質間でリチウムイオンの伝導が可能な固体電解質と、リチウム負極
体及び固体電解質間でリチウムイオンの伝導が可能な第2電解質とを収容する負極部ケースを備える。
負極部ケースは電池ケースに対して挿脱可能に構成することで、リチウム空気電池の繰り返しの充放
電で、リチウムデントライトが形成されリチウム金属負極が失活した場合、リチウム金属負極を復活
させてリチウム空気電池の繰り返し使用を可能な状態を可能にするリチウム空気電池及びリチウム空
気電池の負極構造体を提供する。

【図3】図1のI-I矢視に相当する部分のリチウム空気電池の断面図
【図4】負極部ケースの正面側斜視図

【符号の説明】

1 リチウム空気電池 10、10A  負極部ケース 10a、62 上面 10b 側面  11  負極
12、12A  負極集電体  12a  集電体本体部  12b  接続部  12b1  第1接続部
12b2  第2接続部  13 負極端子  15 リチウム負極体  17 第1開口部  17a 開口部分
19、60a  空間部  21  仕切部材 22  挿入孔部 25、71 隙間  29 第2電解質  40
正極  41 正極集電体  42 正極端子  43 撥水層  44  触媒  50、50A  固体電解質 
53  第1電解質  60  電池ケース  61 側面  61a  孔部  62a 正極孔部 62b  負極
孔部  65  案内ガイド  66  ガイド部材  70  第2開口部  72  絶縁部材

✪リチウム空気電池のエネルギー効率と寿命を大幅に改善する電解液

  July 31, 2017

✪リチウムイオン電池の15倍 !  電気自動車でガソリン車並みの走行距離実現へ

 Apr. 5, 2017
【その他関連特許】

・特開2017-197424  多孔質体およびその製造方法並びに電極 国立大学法人東北大学
・特開2017-199545  金属空気電池における水素ガス処理装置 夏目 伸一 他

ざっと、俯瞰しただけでも、リチウム空気蓄電池技術の進展していることが理解できる。結構はやい
テンポで「エネルギーフリー社会は」がやってくるかもしれない、この世界に大異変が起こらない限
り。わたし(たち)にはそう革新(あるいは確信/予感)させるものが胸のうちにある。

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

      第63章 でもそれはあなたが考えているようなことじゃない 

   私が穴の中から救い出された週の土曜日に、雨田典彦は息を引き取ったということだ。木曜日
 から三日閲読いた昏睡状態の中で心臓がその動きを停止した。機関車が終着駅に到着して、ゆっ
 くりその動きを止めるみたいに、静かにとても自然に。政彦はずっとそのそばに付き添っていた。
 父親が亡くなると、彼はうちに電話をかけてきた。

 「とても安らかな死に方だった」と彼は言った。「おれも死ぬときにはああいう具合に静かに死
 にたいものだ。目もとには微笑みのようなものさえ浮かんでいた」
 「微笑み?」と私は聞き返した。
 「正確には微笑みではないかもしれない。しかしそれはとにかく、何か微笑みに似たものだった。
 おれにはそう見えたよ」

  私は言葉を選んで言った。「亡くなったのはもちろん残念だけど、お父さんが穏やかに息を引
 き取ることができて、それはよかったかもしれない」
 「週の半ばまでは少し意識もあったんだが、とくに言い遠したいこともないようだった。九十い
 くつまで生きたし、さんざん好きなことをして生きた人だから、きっと思い残すこともなかった
 んだろうな」と政彦は言った。
  いや、披には思い残すことがあったのだ。とても重い何かを彼は心に抱え込んでいた。でもそ
 れが具体的にどんなことだったのか、それは披にしかわからない。そして今となっては、もう誰
 にも永遠にわからなくなってしまっている。
  政彦は言った。「これからしばらく忙しくなるかもしれない。父はいちおう有名人だったし、
 亡くなればいろいろと用件も出てくる。おれは跡取り息子ということで、そういうのを引き受け
 なくちやならない。少しして落ち着いたらまたゆっくり話そう」

  私は父親の死をわざわざ知らせてくれた礼を言って、電話を切った。
  雨田典彦の死は、家の中により深い沈黙をもたらしたようだった。まあそれも当然だろう。な
 にしろそこは雨田典彦が長い歳月を過ごした家だったのだから。私はその沈黙と共に数日を送っ
 た。それは濃密な、しかしいやな感じのしない沈黙だった。どこにも繋がっていかない、いねば
 純粋な静けさだった。とにかくこれで一連の出来事は終了したのだろう。そういう感触があった。
 そこにあるのは大きな案件がいちおう収束を見せたあとに訪れる種類の静寂だった。

  雨田典彦の死から二週間ほど経った夜、秋川まりえが用心深い描のようにこっそりとうちを訪
 れ、しばらく私と話をして帰って行った。それほど長い時間ではない。家族の監視の目が厳しく
 なり、彼女は以前ほど自由に家を抜け出すことができなくなっていた。
 「胸がだんだん大きくなってきたみたい」と彼女は言った。「それで叔母さんと一緒にこのおい
 たブラを買いに行った。初心者用のブラってのがあるの。知ってた?」
  知らないと私は言った。彼女の胸を見たが、緑色のシェトランド・セーターの上からは、とく
 に膨らみらしきものはうかがえなかった。

 「違いがまだわからないな」と私は言った。
 「薄いバッドしか入ってないから。だって最初から急に盛り上がっていると、何か詰め物をして
 いると、みんなにすぐにわかっちやうじやない。だからいちばん薄いのから始めて、だんだん少
 しずつ大きくしていくの。細工がこまかいっていうか」

  四日間どこにいたのか、女性の警官にずいぷん細かく質問をされた。女性の警官はおおむね優
 しく接してくれたが、何度か強く脅されることもあった。いずれにせよまりえは、山の中をうろ
 ついていたことのほかは何も覚えていない、途中で道に迷って、アクマが空白になってしまった
 ということで押し通した。鞄の中にいつもチョコバーとミネラル・ウォーターのボトルを入れて
 いるので、それを目にしたんだと思う。それ以外、余計なことは何ひとつ言わなかった。防火金
 庫のように強固に目を閉ざしていた。そういうのはもともと彼女の得意とするところだ。身代金
 をとるための誘拐事件ではないらしいことがわかると、次に警察の指定した病院に連れていかれ
 身体の怪我の具合を調べられた。彼らが知りたかったのは、彼女が性的な暴行を受けていないか
 ということだった。そういう形跡がないことがはっきりすると、警察は職業的興味を失ったよう
 だった。ただローティーンの女の子が数日間家に帰らず、外をふらふらしていたというだけのこ
 とだ。世間ではとくに珍しい出来事ではない。

  彼女はそのときに身につけていた衣服をそっくり処分した。紺色のブレザーコートもチェック
 のスカートも白いブラウスもニットのヴェストもスリッボン・シューズも、すべて。そして新し
 い制服一式を買い直した。気分を一新するためだ。それから何ごともなかったように、今までど
 おりの生活を続けた。しかし絵画教室にはもう通わなくなった(いずれにせよ、彼女はもう子供
 向けの教室にいる歳ではなくなっていた)。彼女は私の描いた彼女の肖像画(未完成のもの)を
 自分の部屋にかけた。

  まりえがこれからどういう女性に育っていくのか、私にはうまく想像できなかった。この年代
 の女の子は外見も心も、あっという間に様変わりしてしまう。数年経って会ったら、もう誰だか
 わからなくなってしまっているかもしれない。だから私は十三歳のまりえの肖像をひとつのかた
 ちとして残せたことを(たとえそれが未完成のまま終わっていたとしても)嬉しく思った。この
 現実の世界にそのまま永続する姿かたちなんて何ひとつないのだから。
  私は以前仕事をしていた東京のエージェントに電話をかけ、また肖像画を描く仕事を始めたい
 のだがと言った。彼は私の申し出を喜んでくれた。彼らは常に腕の確かな両家を必要としていた
 からだ。

 「でも、営業用の肖像画はもう描かないって言ってましたよね?」と彼は言った。
 「考え方を少し変えたんです」と私は言った。でもどのように考え方を変えたのかは説明しなか
 った。相手もとくに尋ねなかった。
  私はこれからしばらくのあいだは、何も考えずにただ自動的に手を動かしていたかった。そし
 て通常の「営業用」の肖像画を次から次へと量産していたかった。その作業はまた私に経済的な
 安定をもたらしてくれるはずだった。そんな生活をいつまで続けられるものか、私自身にもわか
 らない。先の予側かつかない。しかしとにかく今のところ、それが私のやりたいことだった。た
 だ無心に慣れた技術を駆使し、余計な要素を何ひとつ自分の内に呼び込まないこと。イデアやメ
 タフアーなんかと関わり合いにならないこと。谷間の向かい側に住む、とても裕福な謎の人物の
 ややこしい個人的な事情に巻き込まれたりしないこと。隠された名画を白日のもとに晒し、その
 結果挟くて暗い地底の横穴に引きずり込まれたりしないこと。それが現在の私か何より求めてい
 ることだった。

  私はユズに会って話をした。彼女の会社の近くにある喫茶店でコーヒーとペリエを飲みながら
 語り合った。彼女のおなかは私が思い描いていたほど大きくはなかった。
 「その相手の人と結婚するつもりはないの?」、私は最初にそう尋ねた。
  彼女は首を振った。「今のところ、そのづもりはない」
 「どうして?」
 「ただそうしない方がいいと感じるだけ」
 「でも子供は産むつもりなんだね?」

  彼女は小さく短く肯いた。「もちろん。もう後戻りはできない」
 「今はその人と一緒に暮らしているの?」
 コ緒に暮らしてはいない。あなたが出て行ったあと、ずっと一人で暮らしている」
 「どうして?」
 「まずだいいちに、私はまだあなたと離婚していないから」
 「でもぼくはこのあいだ送られてきた離婚届に著名し、印鑑も捺した。だから当然もう離婚は成
 立しているものと思っていたけど」

  ユズは少し黙って考え込んでから、目を開いた。「実を言うと、離婚届はまだ提出してはいな
 いの。なぜかそういう気持ちになれなくて、そのままにしてある。だから法律的に言えば、私と
 あなたは何ごともなくずっと夫婦のままなの。そして離婚しても、しなくても、生まれてくる子
 供は法的にはあなたの子供ということになる。もちろんあなたはそのことについて、何の責任を
 負う必要もないわけだけれど」
  私にはよくわけがわからなかった。「しかし君がこれから産もうとしているのは、その相手の
 人の子供なんだろう、生物学的に言えば」
  ユズは目を閉ざしたままじっと私の顔を見ていた。そして言った。「話はそれほど簡単じやな
 いの」
 「どんな風に?」
 「どう言えばいいのかしら、彼がその子供の父親だという確信が私には今ひとつ持てないから」
  今度は私か彼女の顔をしげしげと見る番だった。「誰が君を妊娠させたのか、それが君にはわ
 からないということこ?」

  彼女は肯いた。それがわからないということだ。

 「でもそれはあなたが考えているようなことじゃないの。私はそのへんの男と誰彼とかく寝てま
 わったりはしない。ひとつの時期に一人としかセックスはしない。だからあなたとも、ある時点
 からはそういうことをしなくなった。そうよね?}

  私は肯いた。

 「申し訳ないとは思ったけど」
  私はもう一度肯いた。
  ユズは言った。「そして私はその人とのあいだでも注意深く避妊していた。子供をつくるつも
 りはなかったから。あなたも知っていると思うけど、私はそういうことにはすごく慎重な性格な
 の。でも気がついたらしっかり妊娠していた」
 「どんなに用心しても失敗することはあるだろう」
  彼女はまた首を横に振った。「もしそういうことがあったら、女の人にはなんとなくわかるも
 のなの。勘のようなものが働くから。男の人にはそういう感覚ってわからないと思うけど」

  もちろん私にはそんなことはわからない。

 「そしてとにかく、君はその子供を産もうとしている」と私は言った。
  ユズは肯いた。
 「でも君は子供をつくることをずっと望んではいなかった。少なくともぼくとのあいだには」
  彼女は言った。「ええ、私はずっと子供を求めてはいなかった。あなたとのあいだにも、誰と
 のあいだにも」
 「でも今、君は父親が誰だか確信の持てない子供を、進んでこの世に送り出そうとしている。も
 しそうしようと思えば、もっと早いうちに中絶もできたはずなのに」
 「もちろんそのことも考えたし、迷いもした」
 「でもそうはしなかった」
 「最近になって思うようになったの」とユズは言った。「私が生きているのはもちろん私の人生
 であるわけだけど、でもそこで起こることのほとんどすべては、私とは関係のない場所で勝手に
 決められて、勝手に進められているのかもしれないって。つまり、私はこうして自由意志みたい
 なものを持って生きているようだけれど、結局のところ私自身は大事なことは何ひとつ選んでい
 ないのかもしれない。そして私か妊娠してしまったのも、そういうひとつの顕れじやないかって
 考えたの」

  私は何も言わずに彼女の話を聞いて

 「こういうのって、よくある運命論みたいに聞こえるかもしれないけど、でも本当にそう感じた
 の。とても率直に、とてもひしひしと。そして思ったの。こうなったのなら、何かあっても私一
 人で子供を産んで育ててみようって。そして私にこれから何か起こるのかを見届けてみようって。
 それがすごく大事なことであるように思えた」
 「ひとつ君に訊きたいことがあるんだけど」と私は思い切って言った。
 「どんなこと?」
 「簡単な質問だから、ただイエスかノーで答えてくれればいい。それ以上ぼくは何も言わない」 
 「いいわよ。訊いてみて」
 「もう一度君のところに戻ってかまわないだろうか?」
  彼女は眉を僅かに寄せた。そしてしばらく礼の顔をじっと見ていた。「それはつまり、もう一
 座礼と一緒に夫婦として暮らしたいということなの?」
 「もしそうできるなら」
 「いいわよ」とユズは静かな声で、とくに迷いもせずに言った。「あなたはまだ礼の夫だし、あ
 なたの部屋は出て行ったときのままにしてある。戻るうと思えばいつでも戻ってこられる」
 言きあっていた相手の人とはまだ関係が続いているの?」と私は尋ねた。

  ユズは静かに首を振った。「いいえ。もう関係は終わっている」
 「どうして?」
 「だいいちに礼は生まれてくる子供の親権を彼に与えたくなかった」

  私は黙っていた。

 「そう言われて、彼にはずいぶんショツクだったみたいね。まあ、当たり前のことかもしれない
 けれど」と彼女は言った。そして両手で頬を何度かこすった。
 「ぼくならかまわないということなのかな?」

  彼女は両手をテーブルの上に置き、もう一度礼の顔をしげしげと眺めた。

 「あなたは少し変わったのかしら? 顔つきとかそういうものが?」
 「顔つきのことはよくわからないけど、ぼくはいくつかのことを学んだんだと思う」
 「礼もいくつかのことを学んだかもしれない」

  私はカップを手にとって、残っていたコーヒーを飲んだ。そして言った。

 「父親が亡くなって、政彦もいろいろと大変そうだし、いろんなものごとが落ち着くまでにしば
 らく時聞かかかると思う。でもそれが一段落したら、たぶん年が明けて少ししたら、荷物を整理
 してあの家を出て、広尾のマンションに戻れると思う。ぼくがそうしても、君の方はかまわない
 かな?」

  彼女はとても長いあいだ私の顔を見ていた。しばらく離れていた懐かしい風景を久しぷりに目
 にしているみたいに。それから于を伸ばして、テーブルの上にあった私の手にそっと重ねた。

 「できれば、もう一度あなたとやり直してみたいと思う」とユズは言った。「実はそのことはず
 っと考えていた」
 「ぼくもそれを考えていた」と私は言った。
 「それでうまくいくかどうか、私にはよくわからないけれど」
 「ぼくにもよくわからない。でも試してみる価値はある」
 「私は近いうちに父親のはっきりしない子供を産み、その子を育てていくことになる。それでも
 かまわないの?」
 「ぼくはかまわない」と私は言った。「そして、こんなことを言うとあるいは頭がおかしくなっ
 たと思われるかもしれないけど、ひょっとしたらこのぼくが、君の産もうとしている子供の潜在
 的な父親であるかもしれない。そういう気がするんだ。ぼくの思いが遠く離れたところから君を
 妊娠させたのかもしれない。ひとつの観念として、とくべつの通路をつたって」
 「ひとつの観念として?」 
 「つまりひとつの仮説として」



  ユズはそのことについてしばらく考えていた。それから言った。「もしそうであれば、それは
 なかなか素敵な仮説だと思う」
 「この世界には確かなことなんて何ひとつないかもしれない」と私は言った。「でも少くとも何
 かを信じることはできる」
  彼女は微笑んだ。それがその日の我々の会話の終わりだった。彼女は地下鉄に乗って帰宅し、
 私は埃まみれのカローラ・ワゴンを運転して山の上の家に戻った。 

さて、次回は最終章。                                                        

                                      この項つづく

  

STM-304

 【DIY日誌:スチームクリーナを使ってみる】

アイリスオオヤマのスチームクリーナーのパッケージを開封し風呂場、トイレ、台所、空調機の掃除
に使ってみる。4週間目にしてやっと使ってみた。掃除・殺菌など対象により使い方を工夫がいるよ
うだが、効果/評価は 具体的な作業で確認していくことにする。次は、振動式工具という予定。

      


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