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ペロブスカイトな秋桜畑

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   私の生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前に
            して坐した。その後半は黒板を後にして立った。黒板に向かっ
            て一回転をなしたといえば、それで私の伝記は尽きるのである。

                              西田 幾多郎

 




 
     
                      秋桜の刈り取る束を差し出してきみが言うから誕生日

 

 

 

近江八幡は野田町に百万万株のコスモス畑を観ようと昼まえに家をでる。お天気は快晴なのだが、微
小粒子状物質濃度が、時折基準値(下図)を超える霞がかかるよな曇り空模様。途中、オリーブキッ
チン近江八幡店でランチをとる。ポルチーニのクリームソースエビのフリットを添えとジェノベーゼ
のカッチャをオーダーしたが、感想?うぅ~ん、それはご想像に任すとして、彼女はあなたの誕生日
のお祝いランチよと言うので、まだそれは先だよと訝しるもそうなのよと止める。ドリンクとデザー
トを頂き店をで、野田町の秋桜畑に向かう。農地と住宅とがオーバラアップする地帯に位置したとこ
ろに広がる。写真撮影や刈り取り花束にして持ち帰る人たちが出入りしていた。心配していた駐車禁
止処置――前もって役所に電話を入れ確認し、駐車させずに通り観ることにしていたが――は特にな
かったので路面駐車させ写真を撮り帰ってくる予定が、これはラッキーであった。                            

 

● 折々の読書 『職業としての小説家』22 

  また最近の研究によれば、脳内にある海馬のニューロンが生まれる数は、有酸素運動をおこな
 うことによって飛躍的に増加するということです。有酸素運動というのは水泳とかジョギングと
 かいった、長時間にわたる適度な運動のことです。ところがそうして新たに生まれたニューロン
 も、そのままにしておくと、二十八時間後には何の役に立つこともなく消滅してしまいます。実
 にもったいない話ですね。でもその生まれたばかりのニューロンに知的刺激を与えると、それは
 活性化し、脳内のネ″トワークに結びつけられ、信号伝達コミュニティーの有機的な一部となり
 ます。つまり脳内ネットワークがより広く、より密なものになるわけです。そのようにして学習
 と記憶の能力が高められます。そしてその結果、思考を臨機応変に変えたり、普通ではない創造
 力を発揮したりすることができやすくなるのです。より複雑な思考をし、大胆な発想をすること
 が可能になります。つまり肉体的運動と知的作業との日常的なコンビネーションは、作家のおこ
 なっているような種類のクリエイティブな労働には、理想的な影響を及ぼすわけです。

  僕は専業作家になってからランニングを始め(走り始めたのは『羊をめぐる冒険』を書いてい
 たときからです)、それから三十年以上にわたって、ほぼ毎日一時間程度ランニングをすること
 をあるいは泳ぐことを生活習慣としてきました。たぶん身体が頑丈にできていたのでしょう、そ
 のあいだ体調を大きく崩したこともなく、足腰を痛めたこともなく(一度だけスカッシュをして
 いるときに肉離れを経験しましたが)、ほぼブランクなしに、日々走り続けることができました。
 一年に一度はフル・マラソン・レースを走り、トライアスロンにも出場するようになりました。



  よく毎日ちゃんと走れますね、よほど意志が強いんですね、と感心されることもありますが、
 僕に言わせれば、毎日通勤電車で会社に通っておられる普通のサラリーマンの方が、体力的には
 よほど大変です。ラッシュアワーの電車に一時間乗ることに比べたら、好きなときに一時間外を
 走るくらい何でもないことです。とくに意志が強いわけでもありません。僕は走ることが好きだ
 し、ただ自分の性格に合ったことを習慣的に続けているだけです。いくら意志が強くても、性格
 に合わないことを三十年も続けられるわけがありません。
  そしてそのような生活を積み重ねていくことによって、僕の作家としての能力は少しずつ高ま
 ってきたし、創作力はより強固な、安定したものになってきたんじゃないかと、常日頃感じてい
 ました。客観的な数値を示して「ほら、こんなに」と説明することはできませんが、自然な手応
 えとして、実感として、そういうものが僕の中にあったわけです。

  しかし僕がそんなことを言っても、まわりの多くの人はまったくとりあってくれませんでした。
 むしろ嘲笑されることの方が多かったみたいです。とくに十年くらい前までは、人々はそういう
 ことにはほとんど無理解でした。「毎朝走っていたりしたら、健康的になりすぎて、ろくな文学
 作品は書けないよ」みたいなこともあちこちで言われました。ただでさえ文芸世界には、肉体的
 鍛錬を頭から小馬鹿にする風潮がありました。「健康維持」というと、多くの人は筋肉むきむき
 のマッチョを想像するみたいですが、健康維持のために生活の中で日常的におこなう有酸素運動
 と、器具を使っておこなうボディー・ビルディングみたいなものとでは話がずいぶん違います。
  日々走ることが僕にとってどのような意味を持つのか、僕自身には長い間そのことがもうひと
 つよくわかりませんでした。毎口走っていればもちろん身体は健康になります。脂肪を落とし、
 バランスのとれた筋肉をつけることもできますし、体重のコントロールもできます。しかしそれ
 だけのことじゃないんだ、と僕は常日頃感じていました。その奥にはもっと大事な何かがあるは
 ずだと。でもその「何か」がどういうものなのか、自分でもはっきりとはわからないし、自分で
 もよくわからないものを他人に説明することもできません。

  でもとりあえず意味が今ひとつ把握できないまま、この走るという習慣を、僕はしっこくがん
 ばって維持してきました。三十年というのはずいぶん長い歳月です。そのあいだずっとひとつの
 習慣を変わらず維持していくには、やはりかなりの努力を必要とします。どうしてそんなことが
 できたのか? 走るという行為が、いくつかの「僕がこの人生においてやらなくてはならないも
 のごと」の内容を、具体的に簡潔に表象しているような気がしたからです。そういう大まかな、
 しかし強い実感(体感)がありました。だから「今日はけっこう身体がきついな。あまり走りた
 くないな」と思うときでも、「これは僕の人生にとってとにかくやらなくちゃならないことなん
 だ」と自分に言い聞かせて、ほとんど理屈抜きで走りました。その文句は今でも、僕にとっての
 ひとつのマントラみたいになっています。「これは僕の人生にとってとにかくやらなくちゃなら
 ないことなんだ」というのが。

  何も「走ること自体が善である」と考えているわけではありません。走ることはただの走るこ
 とです。善も不善もありません。もしあなたが「走るなんていやだ」と思うのなら、無理して走
 る必要はありません。走るも走らないも、そんなのは個人の自由です。僕は「さあ、みんなで走
 りましょう」みたいな提唱をしているわけではありません。街を歩いていて、高校生が冬の朝に
 全員で外を走らされているのを見ると、「気の毒に。中にはきっと走りたくない人もいるだろう
 に」とつい同情してしまうくらいです。本当に。

  ただ僕個人に関して言えば、走るという行為は、それなりに大きな意味を持っていたというこ
 とです。というか、それが僕にとって、あるいは僕がやろうとしていることにとって、何らかの
 かたちで必要とされる行為なんだというナチュラルな認識が、ずっと変わることなく僕の内にあ
 りました。そういう思いが、いつも僕の背中を後ろから押してくれていたわけです。酷寒の朝に、
 酷暑の昼に、身体がだるくて気持ちが乗らないようなときに、「さあ、がんばって今日も走ろう
 ぜ」と温かく励ましてくれました。

  でもそういうニューロンの形成についての科学記事を読むと、僕がこれまでやってきたこと、
 実感(体感)してきたことは本質的に間違ってはいなかったんだなと、あらためて思います。と
 いうか、身体が素直に感じることに注意深く耳を澄ませるのは、ものを創造する人間にとっては
 基本的に重要な作業であったのだなと痛感します。精神にせよ頭脳にせよ、それらは結局のとこ
 ろ、等しく僕らの肉体の一部なのです。そして精神と頭脳と身体の境界は、僕に言わせてもらえ
 れば――生理学者がどのように述べているかはよく知りませんが――それほどくっきりと明確な
 線で区切られているものではないのです。




  これはいつも僕が言っていることで、「またか」と思われる方もおられるかもしれませんが、
 やはり重要なことなのでここでも繰り返します。しつこいようですが、すみません。

  小説家の基本は物語を語ることです。そして物語を語るというのは、言い換えれば、意識の下
 部に自ら下っていくことです。心の闇の底に下降していくことです。大きな物語を語ろうとすれ
 ばするほど、作家はより深いところまで降りて行かなくてはなりません。大きなビルディングを
 建てようとすれば、基礎の地下部分も深く掘り下げなくてはならないのと同じことです。また密
 な物語を語ろうとすればするほど、その地下の暗闇はますます重く分厚いものになります。
  作家はその地下の暗闇の中から自分に必要なものを―――つまり小説にとって必要な養分です
 ――見つけ、それを手に意識の上部領域に戻ってきます。そしてそれを文章という、かたちと意
 味を持つものに転換していきます。モの暗闇の中には、ときには危険なものごとが満ちています。

 そこに生息するものは往々にして、様々な形象をとって人を感わせようとします。また道標もな
 く地図もありません。迷路のようになっている箇所もあります。地下の洞窟と同じです。油断し
 ていると道に迷ってしまいます。そのまま地上に戻れなくなってしまうかもしれません。その闇
 の中では集合的無意識と個人的無意識とが入り交じっています。太古と現代が入り交じっていま
 す。僕らはそれを腑分けすることなく持ち帰るわけですが、ある場合にはそのパッケージは危険
 な結果を生みかねません。

  そのような深い闇の力に対抗するには、そして様々な危険と日常的に向き合うためには、どう
 してもフィジカルな強さが必要になります。どの程度必要なのか、数値では示せませんが、少な
 くとも強くないよりは、強い方がずっといいはずです。そしてその強さとは、他人と比較してど
 うこうという強さではなく、自分にとって「必要なだけ」の強さのことです。僕は小説を日々書
 き続けることを通じて、そのことを少しずつ実感し、理解してきました。心はできるだけ強靭で
 なくてはならないし、長い期間にわたってその心の強靭さを維持するためには、その容れ物であ
 る体力を増強し、管理維持することが不可欠になります。

  僕がここで言う「強い心」とは、実生活のレベルにおける実際的な強さのことではありません。
 実生活においては、僕はごくごく当たり前の出来の人間です。つまらないことで傷つくこともあ
 れば、遂に言わなくてもいいことを言ってしまって、あとでくよくよ後悔することもあります。
 誘感にはなかなか逆らえないし、面白くない義務からはできるだけ目を背けようとします。些細
 なことでいちいち腹を立てたり、かと思うと油断してうっかり大事なことを見過ごしてしまった
 りします。なるべく言い訳はするまいと心がけているのですが、時にはつい口に出てしまうこと
 もあります。今日はお酒を抜いた方がいいかなと思っていても、つい冷蔵庫からビールを出して
 飲んでしまったりします。そのへんのところは、世間の普通の人とだいたい同じようなものじゃ
 ないかと推測します。いや、ひょっとしたら平均を下回るくらいかもしれません。

  しかし小説を書くという作業に関して言えば、僕は一日に五時間ばかり、机に向かってかなり
 強い心を抱き続けることができます。その心の強さは――少なくともその多くの部分はというこ
 とですが――僕の中に生まれつき具わっていたものではなく、後天的に獲得されたものです。僕
 は自分を意識的に訓練することによって、それを身につけることができたのです。更に言うなら、
 もしその気にさえなれば、それは「簡単に」とまでは言わないまでも、努力次第で、誰にでもあ
 る程度身につけられるものではないか、という気もします。もちろんその強さとは、身体的強さ
 の場合と同じように、他人と比べたり競ったりするものではなく、自分の今ある状態を最善のか
 たちに保つための強さのことです。

  何もモラリスティックになれ、ストイックになれと言っているわけではありません。モラリス
 ティックになり、ストイックになることと、優れた小説を書くことのあいだには、直接的な関係
 性はとくにありません。おそらくないんじゃないかと思います。僕はただ、フィジカルなものご
 とにもっと意識的になった方がいいのではないかと、ごくシンプルに、実務的に提案しているだ
 けです。

  そういう考え方、生き方は、あるいは世間の人々の抱いている一般的な小説家の像にはそぐわ
 ないかもしれません。僕自身こんなことを言いながら、だんだん不安に襲われてきます。自堕落
 な生活を送り、家庭なんか顧みず、奥さんの着物を質に入れて金を作り(ちょっとイメージが古
 すぎるかな)、あるときには酒に溺れ、女に溺れ、とにかく好き放題なことをして、そのような
 破綻と混沌の中から文学を生み出す反社会的文士――そんなクラシックな小説家像を、ひょっと
 して世間の人々はいまだに心の中で期待しているのではないだろうか。あるいはスペイン内戦に
 参加し、飛び交う砲弾の下でぱたぱたとタイプライターを叩き続けるような「行動する作家」を
 求めているのではないだろうか。穏やかな郊外住宅地に住み、早寝早起きの健康的な生活を送り、
 日々のジョギングを欠かさず、野菜サラダを作るのが好きで、書斎にこもって毎日決まった時刻
 に仕事をするような作家なんて、実は誰も求めていないんじゃないか。僕はただ人々の抱くロマ
 ンスに、ろくでもない水を差してまわっているだけではあるまいかと。



  たとえばアンソニー・トロロープという作家がいます。十九世紀の英国の作家で、数多くの長
 編小説を発表し、当時とても人気があった人です。彼はロンドンの郵便局に勤務しながらあくま
 で趣味として小説を書いていたのですが、やがて作家として成功を収め、一世を風廉する流行作
 家となりました。しかしそれでも彼は郵便局の仕事を最後まで辞めませんでした。毎日仕事前に
 早起きして机に向かい、自分で定めた量の原稿をせっせと書き続けました。そのあと郵便局に出
 勤しました。トロロープは有能な役人であったらしく、管理職としてかなり高いポジショソまで
 出世しました。ロンドンの街頭のあちこちに赤い郵便ポストが設置されたのは、彼の業績である
 とされています(それまではポストなんてものは存在しなかったんですね)。郵便局の仕事がこ
 とのほか気に入っていて、執筆活動がどんなに忙しくなろうと、勤めをやめて専業作家になろう
 なんて思いも寄らなかったようです。たぶんちょっと変わった人だったんでしょうね。

  彼は一八八二年に六十七歳で亡くなったのですが、遺稿として残されていた自伝が死後刊行さ
 れ、彼のそのようないかにも非ロマソ的な、規則正しい日常生活の様子が初めて世間に公表され
 ました。それまではトロロープがどういう人なのか、人々はよく知らなかったのですが、実情が
 明らかになって、評論家も読者もただがく然とし、あるいは落胆失望し、それを境に英国におけ
 る作家トロロープの人気や評価はすっかり地に落ちたということです。僕なんかそういう話を間
 くと、「すごいなあ、ほんとに偉い人だな」と素直に感心し、トロロープさんを尊敬しちゃうわ
 けですが(本を読んだことはまだないんですが)、当時の人々は全然そうではなかった。「なん
 だよ、おれたちはこんなつまらないやつの書いた小説を読まされていたのか」と真剣に腹を立て
 たみたいです。あるいは十九世紀英国の普通の人々は作家に対して――あるいは作家の生き方に
 対して――反俗的な理想像を求めていたのかもしれません。僕もこんな「普通の生活」を送って
 いると、ひょっとしてトロロープさんと同じような目にあわされるんじやないかと思うと、思わ
 ずびくびくしてしまいます。まあ、トロロープさんは二十世紀に入ってから再評価を受けました
 から、それは良かったといえば良かったわけですが・・・・・・

  そういえば、フランツ・カフカもプラハの保険局で公務員の仕事をしながら、職務のあいだに
 こつこつと小説を書いていました。彼もかなり有能な、真面目な官吏であったようで、職場の同
 僚たちにも一目置かれていたようです。カフカが休むと、局の仕事が滞ったという話です。トロ
 ロープさんと同じように、本業も手抜きなしでしっかりやるし、副業の小説も真剣に書くという
 人だったんですね(ただ本業を持っているというのが、彼の小説の多くが未完に終わっているこ
 とへのエクスキューズになっている節があるような気はするのですが)。でもカフカの場合は、
 トロロープさんと違って、そういうきちんとした生活態度が、逆に「偉い」と評価されていると
 ころがあります。どこでそういう差が出てくるのか、ちょっと不思議ですね。人の毀誉褒貶とい
 うのはなかなかわからないものです。

  いずれにせよ、作家に対してそういう「反俗的な理想像」を求めておられるみなさんには本当
 に申し訳ないとは思うのですが、そして――何度も繰り返すようですが――あくまで僕にとって
 はということになるのですが、肉体的に節制をすることは、小説家であり続けるために不可欠な
 ことなのです。 

  僕が思うに、混沌というものは誰の心にも存在するものです。僕の中にもありますし、あなた
 の中にもあります。いちいち実生活のレベルで具体的に、目に見えるようなかたちで、外に向か
 って示さなくてはならないという類のものではありません。ごはら、俺の抱えている混沌はこん
 なにでかいんだぞ」と人前で見せびらかすようなものではない、ということです。自分の内なる
 混沌に巡り合いたければ、じっと口をつぐみ、自分の意識の底に一人で降りていけばいいのです。
 我々が直面しなくてはならない混沌は、しっかり直面するだけの価値を持つ真の混沌は、そこに
 こそあります。まさにあなたの足もとに潜んでいるのです。

  そしてそれを忠実に誠実に言語化するためにあなたに必要とされるのは、寡黙な集中力であり、
 挫けることのない持続力であり、あるポイントまでは堅固に制度化された意識です。そしてその
 ような資質をコンスタソトに維持するために必要とされるのは身体力です。実に面白みのない、
 本当に文字通り散文的な結論かもしれませんが、それが小説家としての僕の基本的な考え方です。
 そして批判されるにせよ、賞賛されるにせよ、腐ったトマトを投げつけられるにせよ、美しい花
 を投げかけられるにせよ、僕にはとにかくそういう書き方しか――そしてまたそういう生き方し
 か――できないのです。

                     「第七回 どこまでも個人的でフィジカルな試み」
                             村上春樹 『職業としての小説家』


うぅ~んと、ここはコメントなしで、次回はこのつづきと「第八回 学校について」。


                                       この項つづく

 
【ペロブスカイト太陽電池技術最前線】

● ペロブスカイト太陽電池のコスト低減に最有力の銀電極材料

現在、ペロブスカイト太陽電池の最も一般的な電極材料は金だがコストが非常に高い。金に代わる安
価な材料が銀であり、コストはおよそ65分の1。沖縄科学技術大学の研究チームは、さらにコスト
を下げるため、高価な真空蒸着法に代わる溶液処理法を用い層状太陽電池を製作しようと試みている。
ところが、銀電極と溶液処理法を用いると、太陽電池製造後の数日間に銀が腐食してしまうという問
題があり、腐食により電極が黄色に変色し、電池のエネルギー変換効率が低下。ヤビン・チー准教授
率いる同研究チームは、劣化の原因を検証しひとつの解釈提示した(「銀:ペロブスカイト太陽電池」
のコスト低減に最有力の電極材料」沖縄科学技術大学 2015.10.14 )。

ペロブスカイト太陽電池は、光を電気に変換するサンドイッチ状の層で構成される。ペロブスカイト
材料で吸収された光により電子が励起され、電子と正孔のペアが生成される――正孔とは、励起され
て自由になった電子の抜け穴。励起電子と正孔は、太陽電池の隣接する層により逆方向に移動する。
この層は、電子輸送体である二酸化チタン層、spiro-MeOTAD ホール輸送層、透明な導電材料で被覆
されたガラス層と銀の上部電極で構成されこのメカニズム全体によって電流が生じる――太陽電池の
各層が適切に機能できなければ、効率的に電力を生み出すことができない。



そこで、ひとつでも機能しない層があれば、全体が影響を受ける。研究チームは変色した銀電極の組
成を分析し、変色の原因がヨウ化銀の生成にあることを突き止め、変色原因が、銀の酸化によるヨウ
化銀の生成にあった。また、乾燥窒素ガスと比べて、空気にさらした場合に腐食が進み、外気の気体
分子がペロブスカイト材料に達し、ヨウ素含有化合物の生成でペロブスカイト材料が劣化すると、劣
化のメカニズム――このようにヨウ素含有化合物が銀電極に付着し、腐食を引き起こす。気体分子と
ヨウ素含有化合物はいずれも spiro-MeOTAD ホール輸送層にある小さなピンホールを通過して移動す
ることが予想される(上図クリック)。溶液処理法を用いて作製されたspiro-MeOTAD ホール輸送層に
あるピンホールの存在を数ヶ月前に突き止めた。

太陽電池のコスト抑制には、金を銀で代用できるか鍵を握る。腐食のメカニズムを理解することが電
極の寿命を延ばす第一歩になる。太陽電池の寿命を延ばすには、spiro-MeOTAD ホール輸送層にピン
ホールをできないようすることが不可欠。すでに真空蒸着法によるピンホールの除去に成功。現在は
ペロブスカイト太陽電池は、次世代の太陽電池技術として商業利用が期待されている。最適なホール
輸送層及び被包材を用いることで、寿命が長く、大面積に対応した低価格の太陽光電池モジュールを
設計・作製することを目指す。

※銀変色のメカニズムの動画では、ペロブスカイト太陽電池の層構造における銀電極腐食メカニズム
 のひとつの解釈を提示。水分子がspiro-MeOTAD 層のピンホールを通過後、ヨウ素含有化合物の生
 成によるペロブスカイトの分解を引き起こし、ヨウ素含有化合物が銀の層に移動し腐食を起こす。 

 ● 今夜の一品

ハチドリが花の蜜を吸っていることを再現してくれる彫刻「Colibri」。

 

 


未来が現実となった靴

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   日本は大量の再生可能エネルギーを導入できる機会が目の前にある。石炭火力発
      電所の新設への投資規制を進めている、ほかのG7諸国に歩調を合わせるべきだ。

                 国際NGO「E3G」企画主任 クリス・リトルコット

 

 



【デジタル革命渦論:未来が現実となった靴】

● 未来の靴Nike Magが話題沸騰

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー パート2』に登場する未来の靴「Nike Mag」がついに実現。
米ナイキが、同作で主人公マーティやドクが訪れる「未来」と重なる現地時間15年10月21日に
発表した。「Nike Mag」には、映画通りの自動で靴ひもを調節する「パワーレース」機能が付属、着
用者の動きに合わせて反応する。同社の最高責任者(マーク・パーカー)は、「フィクションのモノ
作り始め、それを現実のものへと変えた。全てのアスリートのためになる新技術を開発した」とコメ
ント。記念すべき製品第1号は、マーティを演じたマイケル・J・フォックスに贈られている。ナイキ
は今後も「Nike Mag」の開発を続ける。また今回発表された同靴は、オークションにかけられ限定数
販売――詳細については16年春に発表予定。また、オークションで得た収益はパーキンソン病治療
の研究と広報にマイケル・J・フォックス財団に寄付されるとのこと。これだけではない、「HENDO
ホバーボード」(170万円税込み)も今月出荷される。さすが、映画の国、実に面白い。

 

 




● 単結晶シリコンソーラー製造法を開発 従来コストの1/2

ドイツの研究所であるFraunhofer Institute for Solar Energy Systems(Fraunhofer ISE)と、同研究所が15
年4月設立のベンチャー企業のNexWafe社は、単結晶シリコン系太陽電池向けウエハーを従来の約1
/2のコストで製造する技術を開発(上図クリック)。太陽電池モジュールの製造コストを20%低
減につながる。

従来法は、多大な電力と無駄の多い工程で製造されていたが、HSiCl3などのクロロシラン化合物から
成るガスを水素(H2)などで還元し、多結晶シリコンを製造。それを1450℃の高温で溶融し単結
晶シリコンのインゴッドにし、ダイヤモンドワイヤーソーで薄く切断し製造。この切断時に、多くの
切りくずが発生。単結晶シリコンの約1/2超が切りくずになる。現在、インゴッドの価格は約2千
円/キログラムだが、そのうち半分が切りくず代となる。



新しい方法では、トリクロロシランに水素を混合させるところまで従来法と同じだが、その後、表面
を多孔質化する処理を施したシリコン基板上で化学的気相成長法(CVD)を用いて結晶成長(エピタ
キシャル)する。膜がウエハーとして十分な厚さになった後は、土台となるシリコン基板を機械的に
剥離――基板は数十回は再利用する。このことで(1)ウエハーの製造コストが半減、(2)多結晶
シリコンの溶融などで必要な電力を80%を削減。太陽電池モジュールとしては20%の製造コスト
削減になる。

これだけでなく、ダイヤモンドワイヤーソーでは切りくずが増え150ミクロン厚み以下のウエハー
の製造も可能となり、単結晶シリコン系の薄膜太陽電池を実現可能する。既にNexWafe社は、このウ
エハー(EpiWafer)を用い太陽電池を試作し、変換効率20%という高い値を得られることを確認し
ている。パイロットプラントを17年初頭に稼働させ、17年後半には年産250メガワット以下の
規模で量産するという。ここは丸っぽ、デジタル革命基本則がはたらく。 

 

● ネットメータリング制度を利用し3千5百万ドル削減

米国の太陽光発電関連事業者であるSolarCity 社は10月6日、米国カリフォルニア州の統合学区であ
るTemecula Valley Unified School District(TVUSD)に、合計出力6MWの太陽光発電システムや、エネル
ギー貯蔵システムを設置し電力を供給すると発表。それによると19の学校と地区事務所に導入する。
エネルギー貯蔵システムは、5カ所に設置。 同学区は現在、地域の電力会社から電力を購入してい
る。SolarCity社のサービスにより、電力使用料が減ることから、同社と電力購入契約を結んだ。同統
合学区は、米Sage Renewable Energy Consulting 社のコンサルティングを受け、今回の手法を選定。太
陽光発電システムの発電量から、学区内における消費電力を差し引いて電力料金を支払ったり、それ
でも余った発電電力を次の月に繰り越して相殺できる「ネットメータリング」制度の恩恵も受ける。
同学区側の初期投資は不要とする。公共向けの割引価格で電力を供給するため、初年度で52万米ド
ル、25年間以上にわたり合計3千5百万米ドルの電力コストの低減効果がある。

ところで、米国の RPS(Renewable Portfolio Standard)制度は、電力供給事業者が供給電力の内、再生
可能エネルギー由来のものが占める比率の目標を設定し達成することを義務づける規制。米国の場合、
国内の再生可能エネルギーの導入を促進する目的で78年に制定された連邦法 PURPA(公益事業規
制政策法)により生まれたが、制度化するかも含めてその内容は各州の裁量に任され、米国全体を対
象にしたものででなく、米国各州で制定されているRPSは一つとして同じものはく、目標数値も規制
の方法も多様である。

環境意識が高いカリフォルニア州の同制度は、現時点では20年に33%にするとされており、主に
州内の大手民営電力供給事業者にこの目標達成を義務づけている。この目標は全米で最も高く、次ぎ
にニューヨーク州の設定する15年に29%、コロラド州の20年に30%などがある。この制度達
成する施策の―つが、ネットメータリング(NM : Net Metering )制度。主として住宅などの屋根に設
置された太陽光発電など小規模分散型の設備普及を促進に行われているが、再生可能エネルギー設備
として認定を受けると、これで発電された電力が自家消費を上回る時には、配電系統に逆流させて電
気メーターを逆転させることを認めるというもの。月間、あるいは年間の総発電量が自家消費を上回
る場合は、その超過分はクレジットとして繰り越しされたり、電力事業者が所定の価格で買い取る。

カリフオルニアは、電力消費者が所有する1~千キロワットの再生可能エネルギーを対象、96年に
導入されて以来、環境負荷を下げるエネルギーとして市民に普及してきるが、同制度の17年の期限
がくるが、最近の太陽電池パネル価格の急激な低下で、屋根設置の太陽光発電設備の件数が急増、電
力事業者は配電線の末端にある建物の屋根に太陽光発電設備が増えると、電力供給の安定性を維持す
るために配電系統の増強をしたり制御の方式を変えたりしなければならず、それに要するコストが急
増するため消極的。また、公平性を重視する消費者団体は、裕福な人しか取り付けできない太陽光発
電は、電力事業者の売上げ減や系統への投資のために電気料金が上がることになり、設備を取り付け
られない低所得者がコスト負担させられるとして反対。この両者は、州議会の議員に対して同制度に反
対するロビー活動を行っている背景がある。

さて、同学区側の初期投資は不要。公共向けの割引価格で電力を供給に、初年度で52万米ドル、2
5年間以上にわたり合計3千5百万米ドルの電力コストの低減効果があるとする。他の地域の多くの
統合学区と同じように、Temecula Valleyの統合学区においても、運用費の増大が課題になっていた。
今回、SolarCity 社が統合学区の電力使用料削減手法を開発したことで、同学区では、節約した費用を、
学生の教育プログラムやカリキュラムの充実に振り向けることができる。



また、太陽光発電システムは、18カ所のカーポート上、2カ所の地上に設置する。カーポートは、
同社の太陽光発電システム付きカーポート「ZS Beam」を採用し、迅速かつ簡単に、低コストで設置
できる。カーポートは、昼食時など屋外での休憩向けに、適度な日陰になる利点もある。同社は、産
業向けエネルギー貯蔵システム「DemandLogic」を同学区に導入。2千6百キロワット時の容量を持
ち、電力需要が少ない時間帯に貯めた電気を、電力需要のピーク時に放電し、使う運用を可能とする。
これにより、学区内の電力使用料が低減。さらに、今回導入する仕組みは、学生にとって、太陽光発
電と蓄電を直に学ぶ機会にもなる。例えば、同社の太陽光発電監視システム「PowerGuide」により発
電量を知ることができる。

デジタル革命がデフレファクタの最大要因である。とは、わたしが現場の最前線で感じ取った"未研
究な理論"であったが、その後、科学技術の"カンブリア期"、ロスト・スコア、デフレ不況、格差拡
大と次々と螺旋連鎖していく。経済的にはマルクスの「資本論」の「W-G-W'」のマージナル領
域での産業(保険・金融などの信用的側面)はデフレ不況期でも、近似ゼロはあり得ても、マイナス
(産業自体存立しえず)になることはありず、従って、デフレ進行すればするほど、逆比例し格差が
拡大し、これらに関連する組織・個人は――たとえば、個人向けクレジット会社は法外の金利を取り
続け――自動的に所得が増え、あるいは財務省などの国家官僚の権力が肥大化していくものと予測し
ていた。エネルギー産業もそうである。電力の自由化、半導体をベースにしたデジタルエネルギー(
太陽光発電)は、電力費の逓減・分散化・地産地消を促進させものとも考えた。それから20数年を
経た現在はどうか?人為的地球温暖化や福島第一原発事故はそのターニングポイントでもあったが予
測通りに当て嵌まった。この「ネットメータリング制度」の継続議論もその一つの現れだと考える。
あらためて、"継続は力なり"を再確認。

 

エンブレムとしての国旗

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    最も重要なのは勝つことです。 /  エディ・ジョーンズ

  



● 話題沸騰 世界ラクビー杯 2015 クール・ジャパン

ワールドカップで勝利するのは、91年以来24年ぶりのこと。日本代表チーム最大の持ち味である
粘り強さを生かし、試合終了間際に逆転勝利するという奇跡的な勝利を収めたことが話題を呼んでだ。
ワールドカップイングランド大会の1次リーグB組第1戦で優勝候補の南アフリカ代表と対戦し34
対32で逆転勝利は「ラグビー史上最大の番狂わせ」と受け止められたがその理由は?そこで指摘さ
れているのが、(1)最高のメンタルで臨め――日本はW杯で24年間勝てなかったが、エディー・
ジョーンズHC(ヘッドコーチ)が選手にマインドを変える――選手が応えた。(2)次に明確な目
標設定――3年前、W杯でベスト8に入るという明確なゴールそ設定。そこで自分たちの強みと、伸
ばしていくところを提示され選手は信じてついく。(3)ディフェンスが良かった。南アフリカ戦の
ように相手は大きく(FWの平均身長192. 5センチ、体重115キロ)、日本の低いタックルが
苦手。それを80分間、徹底できたことが勝利につながる。(4)3年前の日本代表ではスペシャルプ
レーは全くなかった。エディージャパンになり確実性の高いプレーばかりで戦ってきてたが、選手が勇気を持っ
て期待に応え実行し的中――五郎丸のトライのサインプレーはラインアウトから、CTB立川とSO
小野の場所を入れ替えて、先に受けた立川からおとりの選手の背中を通して小野へ、その内側にWT
B松島が走り込んで抜けトライは決定的にできたということが挙げらる。




● エンブレムとしての国旗:進化するナショナリズム

ところで、わたしがこの試合の映像をみて思うことは極めて単純な2つのこと。1つめは外人選手が
多いということ。これは競技ルールに支配されるという。前提となるのは、世界各国の代表は、五輪
のような国籍主義ではなく、所属協会主義に基づく――①本人や両親、祖父母が日本で出生している、
②本人が3年以上日本に居住しているのどちらかを満たせば、日本代表の資格を得ることができる。
因みに、現在ワイルドカップ候補39人のうち、外国出身のカタカナ名の選手は12名で、うち4人
は日本国籍を持っという多国籍チーム。ここでは、唯一無二の国旗を背負って競技を行うというイメ
ージでなく、居住時間の短く、義務を負った国民を許容した開かれた国家としてのエンブレム(ワッ
ペン、シンボルマーク)というイメージに近い。いま風にいうと「クールジャパン」化だろう。

2つめは、そのことで、欧米諸国よりフィジカル面で劣るという課題の解決と、日本人の特性を生か
すという作戦(タクティス、オペレーション)を実践したエディー・ジョーンズ監督(ヘッドコーチ)
の技量。錦織圭を育てたマイケル・チャンコーチと同じかもしれない。ところで、ラクビーとわたし
の思い出はたしかこのブログでも書いたかもしれないが?余り好い思い出はないが、観戦より"同じ観
るなら踊りゃな損"と心得ている。「南アフリカ戦」はラクビーの世界史に残る一戦に違いない。 

 

● 折々の読書 『職業としての小説家』23  

  僕は小説を書くという行為そのものが好きです。だからこうやって小説を書いて、ほぼそれだ
 けで生活していけるというのは、僕にとっては本当にありかたいことだし、そういう生活を送れ
 るようになったことについては、実に幸運だったとも思っています。実際のところ、もし人生の
 ある時点で破格の幸運に恵まれなければ、こんなことはとても達成できなかったでしょう。率直
 にそう思っています。幸運というより、ほとんど奇跡と言っていいかもしれません。

  僕の中にもともと小説を書く才能が多少あったとしても、油田や金鉱と同じで、もしそれが掘
 り起こされなければ、いつまでも地中深く眠りっぱなしになっていたはずです。「強い豊かな才
 能があれば、それは必ずいつか花開くものだ」と主張する人もいます。しかし僕の実感からいえ
 ば――僕は自分の実感についていささかの自信を持っているのですが――必ずしもそうとは限ら
 ないようです。その才能が地中の比較的浅いところに埋まっているものであれば、放っておいて
 も自然に噴き出してくるという可能性は大きいでしょう。しかしもしそれがかなり深いところに
 あるものなら、そう簡単には見つけられません。それがどれほど豊かな優れた才能であったとし
 ても、もし「よしここを掘ってみよう」と思い立って、実際にシヤベルを持ってきて掘る人がい
 なければ、地中に埋まったまま永遠に見過ごされてしまうかもしれません。僕自身の人生を振り
 返ってみて、つくづくそのように実感します。ものごとには潮時というものがありますし、その
 潮時はいったん失われてしまえば、多くの場合、もう二度と訪れることはありません。人生とい
 うのはしばしば気まぐれで、不公平で、ある場合には残酷なものです。僕はたまたまその好機を
 うまく捉えることができた。それは今振り返ってみれば、まったくのところ、幸運以外の何もの
 でもなかったという気がします。

  しかし幸運というのは、言うなればただの入場券のようなものです。そういう点ではそれは油
 田や金鉱とは性格を異にしています。それを見つけて、いったん手に入れたらあとはもうオーケ
 ー、左うちわで安逸に人生を送れるというものではありません。その入場券を持っていれば、あ
 なたは催し物の会場に入れてもらえます――でもそれだけのことです。入り口で入場券を渡して、
 会場の中に入れてもらって、それからどのような行動をとるか、そこで何を見出し、何を取り、
 何を捨てるか、そこで生じるであろういくつかの障害をどのように乗り越えていくか、それはあ
 くまで個人の才能や資質や技量の問題になり、人としての器量の問題になり、世界観の問題にな
 り、また時にはごくシンプルに身体力の問題になります。いずれにせよ、それはただ幸運である
 というだけではまかないきれないものごとです。

  当然のことですが、人間にいろんなタイプの人間がいるように、作家にもいろんなタイプの作
 家がいます。いろんな生き方があり、いろんな書き方があります。いろんなものの見方があり、
 いろんな言葉の選び方があります。すべてを一律に論じることはもちろんできません。僕にでき
 るのは、「僕のようなタイプの作家」について語ることでしかありません。ですからもちろん限
 定された話になります。しかし同時にそこには――職業的小説家であるという一点に関して言え
 ば ――個別的な相違を貫いて、何かしら通底するものもあるはずです。一言で言えばそれは精
 神の「タフさ」ではないかと、僕は考えています。迷いをくぐり抜けたり、厳しい批判を浴びた
 り、親しい人に裏切られたり、思いもかけない失敗をしたり、あるときには自信を失ったり、あ
 るときには自信を持ちすぎてしくじったり、とにかくありとあらゆる現実的な障害に遭遇しなが
 らも、それでもなんとしても小説というものを書き続けようとする意志の堅固さです。

  そしてその強固な意志を長期間にわたって持続させていこうとすれば、どうしても生き方その
 もののクオリティーが問題になってきます。まず十全に生きること。そして「十全に生きる」と
 いうのは、すなわち魂を収める「枠組み」である肉体をある程度確立させ、それを一歩ずつ着実
 に前に進めていくことだ、というのが僕の基本的な考え方です。生きるというのは(多くの場合)
 うんざりしてしまうような、だらだらとした長期戦です。肉体をたゆまず前に進める努力をする
 ことなく、意志だけを、あるいは魂だけを前向きに強固に保つことは、僕に言わせれば、現実的
 にほとんど不可能です。人生というのはそんなに甘くはありません。傾向がどちらかひとつに偏
 れば、人は遅かれ早かれいつか必ず、逆の側からの報復(あるいは揺れ戻し)を受けることにな
 ります。一方に傾いた秤は、必然的にもとに戻ろうとします。フィジカルな力とスピリチュアル
 な力は、いわば二つの車の両輪なのです。それらが互いにバランスを取って機能しているとき、
 最も正しい方向性と、最も有効な力がモこに生じることになります。

  これはとてもシンプルな例ですが、もし虫歯がずきずき痛んでいるとしたら、机に向かってじ
 っくり小説を書くことなんてできません。どれだけ立派な構想が顛にあり、小説を書こうとする
 強い意志があり、豊かな美しい物語を作り出していく才能があなたに具わっていたとしても、も
 しあなたの肉体が、物理的な激しい痛みに間断なく襲われていたとしたら、執筆に意識を集中す
 ることなんてまず不可能ではないでしょうか。まず歯科医のところに行って虫歯を治療し――つ
 まり身体をしかるべく整備し――それから机に向かわなくてはなりません。僕が言いたいのは簡
 単に言えばそういうことです。

  とてもとても単純なセオリーですが、それは僕がこれまでの人生において身をもって学んでき
 たことです。フィジカルな力とスピリチュアルな力は、バランス良く両立させなくてはならない。
 それぞれがお互いを有効に補助しあうような体勢にもっていかなくてはならない。戦いが長期戦
 になればなるほど、このセオリーはより大きな意味あいを持ってきます。

  もちろんあなたが類い稀な天才で、モーツァルトやシューベルトやプーシキンやランボーやフ
 ァン・ゴッホのように、短い期間にぱっと華やかに開花し、人の心を打ついくつかの美しい、あ
 るいは崇高な作品をあとに残し、歴史に鮮やかに名をなし、そのまま燃え尽きてしまえばいい、
 それでもう十分だ、と考えておられるのであれば、僕のそのようなセオリーはまったくあてはま
 りません。僕がこれまで言ってきたようなことは、どうかきれいさっぱりと忘れてください。そ
 して好きなことを好きなようにやってください。言うまでもないことですが、それはひとつの立
 派な生き方です。そしてモーツァルトやシューベルトやプーシキソやランボーやファソ・ゴッホ
 のような天才芸術家は、どの時代にあっても必要不可欠な存在です。

  しかしもしそうでないのなら、つまりあなたが(残念ながら)希有な天才なんかではなく、自
 分の手持ちの(多かれ少なかれ限定された)才能を、時間をかけて少しでも高めていきたい、力
 強いものにしていきたいと希望しておられるなら、僕のセオリーはそれなりの有効性を発揮する
 のではないかと考えます。意志をできるだけ強固なものにしておくこと。そして同時にまた、そ
 の意志の本拠地である身体もできるだけ健康に、できるだけ頑丈に、できるだけ支障のない状態
 に整備し、保っておくこと――それはとりもなおさず、あなたの生き方そのもののクオリティー
 を総合的に、バランス良く上に押し上げていくことにも繋がってきます。そのような地道な努力
 を惜しまなければ、そこから創出される作品のクオリティーもまた自然に高められていくはずだ、
 というのが僕の基本的な考え方です(繰り返すようですが、このセオリーは天才的資質を持った
 芸術家には適用されません)。

  それではどのようにして生き方の質をレベルアとフしていけばいいか? その方法は人それぞ
 れです。百人の人がいれば、百通りの方法があります。自分でそれぞれに自分の道を見つけてい
 くしかありません。自分の物語と自分の文体を、それぞれが見つけていくしかないのと同じよう
 に。
  またフランツ・カフカの例を出しますが、彼は四十歳の若さで、肺結核で亡くなりましたし、
 残された作品のイメージからするといかにもナーバスで、肉体的には弱々しい印象があるのです
 が、身体の手入れには意外に真剣に気を遺っていたようです。菜食を徹底し、夏にはモルダウ川
 で一日一マイル(一六〇〇メートル)を泳ぎ、日々時間をかけて体操をやっていたそうです。カ
 フカが真剣な顔をして体操をしている姿をちょっと見てみたいという気がしますね。

  僕は生きて成長していく過程の中で、試行錯誤を重ねつつ、僕自身のやり方をなんとか見つけ
 ていきました。トロロープさんはトロロープさんのやり方を見つけ、カフカさんはカフカさんの
 やり方を見つけました。あなたはあなたのやり方を見つけてください。身体的な面においても精
 神的な面においても、人それぞれに事情は違っているはずです。人それぞれに、それぞれのセオ
 リーがあるでしょう。でも僕のやり方が少しでも何かの参考になれば――言い換えればそれがい
 くらかでも普遍性を持っていたとしたらということですが――僕としてはもちろんとても嬉しく
 思います。

                     「第七回 どこまでも個人的でフィジカルな試み」
                             村上春樹 『職業としての小説家』



  今回は学校の話をします。僕にとって学校はどのような場所(あるいは状況)であったのか、
 学校教育は小説家である僕にとって、どのように役に立ってきたのか、あるいは役に立ってこな
 かったのか? そういうことについて語ってみたいと思います。

  僕の両親は教師でしたし、僕自身もアメリカの大学で何度かクラスを受け持ったことはありま
 す(教員免許みたいなものは持っていませんが)。しかし率直に申し上げまして、学校というも
 のか僕は昔からわりに苦手でした。自分の通った学校について考えると、こんなことを言うのは
 学校に対してまことに心苦しいのですか(すみません)、あまり良い思い出は蘇ってきません。
 首筋がなんだかもさもさとむず捺くなってくるくらいです。まあこれは、学校モのものに問題が
 あったというよりは、むしろ僕の方に問題かあったということかもしれませんが。

  いずれにせよ、大学をなんとかようやく卒業したときは、「ああ、これでもう学校には行かな
 くていいんだ」と思ってほっとしたことを覚えています。やっと肩から重い荷物を下ろすことが
 できたという感じでした。学校が懐かしいと思ったことは(たぶん)一度もないかもしれない。
  じゃあどうして僕は今頃になって、わざわざ学校について語ろうとしているのか?

  それはおそらく僕が――もう学校から遥か遠く離れた人間として――そろそろ僕自身の学校体
 験について、あるいは教育というもの全般について、感じていることや思っていることを、自分
 なりに整理して語ってもいいんじゃないかと思うようになったからだと思います。というか、自
 らを語るにあたって、ある程度そのへんを明らかにしておくべきなんじゃないかと。またそれに
 加えて、最近になって、登校拒否(回避)をした経験のある何人かの若い人と会って話をしたこ
 とも、あるいはその動機のひとつになっているかもしれません。

  本当に正直なところ、僕は小学校から大学まで一貫して、学校の勉強がそんなに得意ではあり
 ませんでした。とくにひどい成績だったとか、落ちこぼれだったとか、そういうわけではなくて、
 まあそこそこはできたとは思うんですか、勉強するという行為自体かもともとそんなに好きでは
 なかったし、実際あまり勉強しなかった。僕のかよった神戸の高校は、公立のいわゆる「受験校」
 で、一学年に六百人を超える生徒かいるような大きな学校でした。僕らは「団塊の世代」ですか
 ら、なにしろ子供の数か多かったんです。それでそれぞれの科目の定期試験の、上位五十人くら
 いの名前か公表されるのですか(たしかそうだったと記憶しています)、そのリストに僕の名前
 か載ることはまずなかった。つまり上位一割くらいの「成績優秀な生徒」というのではまったく
 なかったわけです。まあよく言って、中の上というあたりではなかったかと思います。

  なぜ学校の勉強を熱心にしなかったかというと、いたって簡単な話で、まずだいいちにつまら
 なかったからです。あまり興味が持てなかった。というか、学校の勉強なんかより楽しいことか
 欧の中にはたくさんありました。たとえば本を読んだり、音楽を聴いたり、映画を見に行ったり、
 海に泳ぎに行ったり、野球をしたり、猫と遊んだり、それからもっと大きくなると、友だちと徹
 夜麻雀をしたり、女の子とデートをしたり・・・・というようなことです。それに比べれば、学校の
 勉強というのはかなりつまらなかった。考えてみれば、まあ当たり前のことですね。

  でも僕としては、勉強を怠けて遊びほうけているという意識はとくにありませんでした。本を
 たくさん読んだり、き楽を熱心に聴いたりすることは――あるいは女の予とつきあうことだって
 含めていいかもしれませんか――僕にとっては大事な意味を持つ個人的な勉強なんだと、心の底
 でわかっていたからだと思います。ある意味ではむしろ学校の試験なんかより大切なものなんだ
 と。自分の中で当時、どれくらいそのへんか明文化され、また理論化されていたか、正確には思
 い出せないのですか、「学校の勉強なんてつまらないよ」と開き直れる程度には認識していたよ
 うな気かします。もちろん学校の勉強でも、興味のあるトピ″クについては自ら進んで勉強もし
 ましたか。

  それから他人と順位を競い合ったりすることに、昔からあまり興味が持てなかったということ
 もあります。何も格好をつけて言うわけじゃないんですか、点数とか順位とか偏差値(僕か時代
 の頃にはありかたいことに、そんなものは存在しませんでした)とか、そういう具体的に数字に
 表れる優劣にもうひとつ心が惹かれないのです。これはもう生まれつきの性格という以外にない
 と思います。負けず嫌いな傾向も(ことによっては)なくはないんですが、他人との競争という
 レベルでは、そういうものはほとんど出てきません。

  とにかく、本を読むことは当時の僕にとって何よりも重要でした。言うまでもないことですが、
 世の中には教科書なんかよりずっとエキサイティングで、深い内容を持つ本がいっぱいあります。
 そういう本のページを繰っていると、その内容か読む端から自分の血肉になっているという、あ
 りありとした物理的な感触がありました。だから試験勉強を真剣にやろうというような気持ちに
 なかなかなれなかった。年号や英単語を機械的に頭に詰め込んで、それが先になって自分の役に
 立つとはあまり思えなかったからです。系統的にではなく機械的に暗記したテクニカルな知識は、
 時間か経てば自然にこぼれ落ちて、どこかに――そう、知識の墓場みたいな薄暗いところに――
 吸い込まれて消えていきます。そういうもののほとんどには、いつまでも記憶に留めておくだけ
 の必然性がないからです。
 
  そんなものより、時間が経っても消えずに心に残るものの方か遥かに大事です。当たり前の話
 ですね。しかしそういう種類の知識にはあまり即効性はありません。そういう知識か真価を発揮
 するまでには、けっこう長い時間がかかります。残念なから目前の試験の成績には直接結びつき
 ません。即効性と非即効性の違いは、たとえて言うなら、小さいやかんと大きなやかんの違いで
 す。小さなやかんはすぐにお湯が沸くので便利ですが、すぐに冷めてしまいます。一方大きなや
 かんはお湯が沸くまでに時間かかかるけれど、いったん沸いたお湯はなかなか冷めません。どち
 らがより優れているというのではなく、それぞれに用途と持ち味があるということです。上手に
 使い分けていくことが大事になります。

                                「第八回 学校について」
                             村上春樹 『職業としての小説家』


ここでは「偏差値」とは、専門知識の差別化と高度化には多少なりとも役立ったと考えるが、著者が
述べるように受験勉強というイニシエーションに価値を見いだすことはなかったとの下りで共感する。

                                                           この項つづく

 

 

● 特定の香りが疲労緩和する仕組み解明

大阪市立大学大の渡辺恭良特任教授らの研究グループは、花王の感性科学研究所と共同で、特定の香
りが疲労を緩和する仕組みの一端を明らかにし、ヒトが持つ約4百種の臭覚受容体の中から、抗疲労
作用を示す香りに反応する6種類の嗅覚受容体を探索し特定。その嗅覚受容体を活性化する香料を調
合し、疲労抑制効果を検証したと発表(日刊工業新聞オンライン 2015.10.22)。



アロマ効果には特に関心がありこのブログでも掲載している。先日も『長浜バイオ大学金賞受賞:「香
蔵庫」(KOZOKO)って ???』(2015.10.05)を取り上げているし、シリーズ「においで癌検査」も
度々掲載してもいるほどだが、それはさておき、この研究グループは、「グレープフルーツ精油」と
草のような香りの「Hex―Hex Mix」の抗疲労作用を示す2種類の香りについて調べ、この
香りに対し六つの嗅覚受容体が共通して反応し、情報伝達物質が増加することを培養細胞の評価系を
用い確認に成功。また、それらの受容体を活性化する香料「MCMP」を、4種類の香料で新たに調
合した。成人男性17人を対象に、MCMPを嗅いだ場合と、そうでない場合での疲労による作業効
率への影響を検証した。すると、MCMPの香りを嗅ぎながら40分間パソコン作業をすると、香り
がない場合に比べ作業効率の低下が抑えられた。今後は被験者の属性の幅を広げることなどによって
MCMP香料の有効性についてさらに検証を進め、芳香剤などの商品開発につなげていく。
る。


研究結果から先に要約すると次のようになる。

1)約4百種存在するヒトの嗅覚受容体の中から、抗疲労作用を示すことが知られている2種の香り
に共通して応答する嗅覚受容体6種を特定することができた。
2)約170種類の香料の中から、それらの受容体を活性化する作用のある香料の混合物を見出し、
その香りが抗疲労作用を示すことを確認した。
3)嗅覚受容体を活性化する香りの抗疲労作用をパフォーマンス試験で確認した。

さらに、詳細にその仕組みを説明すると次のようになる。

ヒトの嗅覚受容体を発現させた培養細胞の評価系を用いて、約4百種のヒト嗅覚受容体のうち、どの
受容体が抗疲労作用を示す香りに応答するかを調べ、抗疲労作用を示す香りは、これまでに研究報告
のあるcis-3-hexenolおよびtrans-2-hexenalの混合物(Hex-Hex Mix, グリーン香)と、グレープフルーツ
精油を使用する。細胞に発現させた嗅覚受容体が活性化すると、細胞内の情報伝達物質が増加し、こ
の情報伝達物質の増加を測定した結果、6種の嗅覚受容体(1A1、2J3、2W1、5K1、5P3、10A6)が2種
の香りにより共通して活性化されることを明らかにする(下図:嗅覚受容体の特定)。これにより、
6種の嗅覚受容体が抗疲労作用に関係する可能性を示す。


 

抗疲労作用を示す香りに共通に応答する6種の嗅覚受容体に対し、それぞれの受容体を活性化する新
しい香りの探索を行ない、約170種類の香料の中から、「メチルイソオイゲノール」「l-カルボン
」「メチルβナフチルケトン」「フェニルエチルアセテート」の4種の香料の混合物である、ハチミ
ツがかった甘い花の香り(MCMP)が、6種の受容体を活性化することを見出しす(下図:抗疲労作用
を示す香りに共通して応答する受容体を活性化する新しい香りの特定)。

さらに、抗疲労作用を示す香りに共通して応答する嗅覚受容体を活性化するMCMPによる抗疲労作用を
パフォーマンス試験で調べる――17名の健常男性を対象に、MCMPの香りあり、なしの条件下でパソ
コン作業による疲労負荷を40分間行い、その前後で作業効率の指標である、課題の正答率を評価―
―と、香りなしの場合に疲労負荷後に正答率が有意に低下するのに対し、香りありの場合には正答率
の低下が認められず、疲労が抑制されることを示唆される(下図:受容体を活性化する香りの抗疲労
作用をパフォーマンス試験で確認)。



以上の研究で、特定の嗅覚受容体の活性化に基づく、新しい抗疲労技術が開発され、特定の嗅覚受容体を
活性化する香りによる抗疲労作用の科学的な実証により、「快適な生活実現」に貢献するモノづくりに応用さ
れることを期待される。これは面白い。

さいごに、下図に、関連知財の一例を掲載しておこう。 

 
【概説】

疲労を回復又は軽減するための組成物――トランス-2-ヘキセナールおよび/またはシス-3-ヘ
キセノールを含有する組成物に関するもので、この組成物を備える医用デバイスに関するもの。この
組成物のトランス-2-ヘキセナールとシス-3-ヘキセノールの化合物の総含有量は、組成物の形
態や適用部位によって異なるが、0.01~100重量%、鼻に近い部位に適用する場合、香りの強
さに基づく不快感を考慮すると好ましくは0.1~2重量%である。この組成物は、芳香剤、液体洗
浄剤、固体洗浄剤、化粧料、浴用組成物、保健衛生材料類、口腔用組成物、食品などとして使用でき
る。具体的には、室内芳香剤=消臭剤などの芳香剤、食器用洗剤、洗濯用洗剤、日用洗剤などの液体
または固体洗浄剤=石鹸、シャンプー、リンスなどの洗浄用化粧品、染毛料、整髪料、養毛料などの
頭髪化粧品、クリーム、化粧水、オーデコロン、パックなどの基礎化粧品、おしろい、ファンデーシ
ョン、ほお紅などのメークアップ化粧品、香水、コロンなどの芳香化粧品、日焼け、日焼け止め化粧
品、口紅、リップクリームなどの口唇化粧品などの化粧料、バスオイルなどの各種浴用組成物、清潔
ティッシュなどの保健衛生材料類=歯磨き、マウスウオッシュなどの口腔用組成物、および、香など
が挙げられる。

 

 

時代は太陽道を渡る18

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    いま士の身を用うるは、商人の一布を用うるの慎むにしかず。 / 墨子

 

 

● 史上最強のハリケーン「パトリシア」 メキシコに上陸

最強ハリケーン、「大きな被害ない」も油断できない状況

史上最強のハリケーン「パトリシア(Patricia)」が23日夕方(日本時間24日朝)、中米メキシコ
西部ハリスコ(Jalisco)州の太平洋沿岸に上陸している(上図)。ハリケーンの強さを示す「シンプ
ソン・スケール(Saffir-Simpson Hurricane Scale)」で最高のカテゴリー5に勢力を拡大し、沿岸地域
に猛烈な雨となっている。米国立ハリケーンセンター(NHC)によると上陸前の最大風速は90メー
トル(瞬間最大風速は110メートルを記録)。




こういう時代は当面、史上最高記録の塗り替えが常態化すると確信したのは、1999年の夏のある
日であったことを思い出す。


【時代は太陽道を渡る18】

● 世界初!変換効率25%超の1・2・3フィニッシュのクール・ジャパン

株式会社カネカとNEDOは両面電極型ヘテロ接合結晶シリコン太陽電池として世界最高となるセル
変換効率25.1%を実用サイズの5インチのセルサイズ(152平方センチメートル)で達成(測
定値はドイツFraunhofer Instituteが認定。技術的詳細は15年10月28日に開催されるNEDOの
「2015年度新エネルギー成果報告会」で発表。結晶シリコン系太陽電池では、パナソニックが、
14年4月に実用セルで変換効率25.6%、シャープも同月に、同25.1%を達成しているので、
カネカは実用サイズの同系太陽電池で25%台を達成の3社目のメーカーとなった。 

 

ただし、パナソニックとシャープの太陽電池は、共に、セルの裏面にのみ電極を形成した構造を採用。
一方、カネカの開発品は、セルの表側にも電極を残す両面電極型。同型のシリコン系太陽電池として
は初の25%台となる。 前回と同様に今回もセルの表側のバス配線に銅配線を銅めっき法で形成し、
また、高品質のアモルファスシリコンを用いた結晶シリコン基板の表面欠陥低減技術などがが特徴。



※ これは蛇足だが、日本の現状水準からいえば、開発目標値が低く設定されすぎではないかと考える。

 

 

● 再生可能エネルギーは、基幹電源として育成?!

今月22日、太陽光発電協会(JPEA)は、「太陽光発電シンポジウム」を都内で開催。経済産業省の
省エネルギー・新エネルギー部の藤木俊光部長が「再生可能エネルギーの現状」と題して講演した(
日経テクノロジーオンライン 2015.10.23)。それによると、(1)長期エネルギー需給見通しで示し
た30年度における電源構成(ベストミックス)では、再生可能エネルギーの比率を22~24%と
した。この数字には賛否があるが、相当、努力する必要がある数字。(2)水力を除いた再エネは急
増したといっても14年度で3.2%に過ぎない。ベストミックスでの再エネ比率は、30年には20
%を超えて基幹電源になってもらうというメッセージ。22~24%は最低限、責任を持ってほしい
数字。(3)固定価格買取制度(FIT)による普及をブームに終わらせず、FIT後を睨み、いかに自立
した電源育成するかが課題。(4)トータルとしての効率をさらに高めて国民負担を減らすこと(5)
電力システム改革の中で市場取引を通じていかに活用していくかが課題。以上のように要約されるが
迫力がたらない。


  ● 今夜の一品

   Totem™

60リットルの大容量を持つキッチン用ゴミ箱。取り外し可能なコンテナボックスがあり、ゴミを分
別し捨てることができる。消臭フィルターやワンタッチ開閉フタを備えて、使いやすくて便利な一品、
これからの時代の一品だ。

 

 

 

● 折々の読書 『職業としての小説家』24  

  僕は高校時代の半ばから、英語の小説を原文で読むようになりました。とくに英語か得意だっ
 たわけじゃないんですが、どうしても原語で小説を読みたくて、あるいはまだ日本語に翻訳され
 ていない小説を読みたくて、神戸の港の近くの古本屋で、英語のペーパーバ″クを一山いくらで
 買ってきて、意味かわかってもわからなくても、片端からかりかり乱暴に読んでいきました。最
 初はとにかく好奇心から始まったわけです。そしてそのうちに「馴れ」というか、それほど抵抗
 なく横文字の本か涜めるようになりました。当時の神戸には外国人か多く住んでいたし、大きな
 港があるので船員もたくさんやってきたし、そういう人だちか、まとめて売っていく洋書が占本
 屋にいけばいっぱいありました。僕が当時読んでいたのは、ほとんどが派手な表紙のミステリー
 とかSFとかですから、それほどむずかしい英語じゃありません。言うまでもないことですか、
 ジェームズ・ジョイスとかヘンリー・ジェイムズとか、そんなややこしいものは高校生にはとて
 も歯が立ちません。しかしいずれにせよ、本を一冊、最初から最後までいちおう英語で読めるよ
 うになりました。なにしろ好奇心がすべてです。しかしその結果、英語の試験の成績が向上した
 かというと、そんなことはぜんぜんありません。あいかわらず英語の成績はぱっとしませんでし
 た。



  どうしてだろう? 僕は当時、そのことについてけっこう考え込んでしまいました。僕より英
 語の試験の成績が良い生徒はいっぱいいるけれど、僕の見たところ、彼らには英語の本を一冊読
 み通すことなんてまずできません。でも僕にはおおむねすらすら楽しんで読める。なのにどうし
 て、僕の英語の成績は相変わらずあまり良くないのだろう? それで、あれこれ考えた末に僕な
 りに理解できたのは、日本の高校における英語の授業は、生徒か生きた実際的な英語を身につけ
 ることを目的としておこなわれてはいないのだということでした。

  じゃあいったい何を目的としているのか? 大学受験の英語テストで高い点数を取ること、そ
 れをほとんど唯一の目的としているのです。英語で本か読めたり、外国人と日常会話ができたり
 なんてことは、少なくとも僕の通った公立校の英語の先生にとっては、些末なことでしかありま
 せん(「余計なこと」とまでは言いませんが)。それよりはひとつでも多くのむずかしい単語を
 記憶したり、仮定法過去完了かどういう構文になるかを覚えたり、正しい前置詞や冠詞を選んだ
 り、というようなことか重要な作業になります。

  もちろんその手の知識も大事です。とくに職業として翻訳をするようになってからは、そのよ
 うな基礎知識の手薄さを、あらためて痛感しました。でもそういう細かいテクニカルな知識は、
 その気にさえなれば、あとからいくらでも補強できます。あるいは現場で仕事をしながら、必要
 に応じて自然に身につけていけます。それよりもっと大事なのは「自分は何のために英語(ある
 いは特定の外国語)を学ぼうとしているのか」という目的意識です。モれか曖昧だと、勉強はた
 だの「苦役」になってしまいます。僕の場合の目的はとてもはっきりしていました。とにかく英
 語で(原語で)小説か読みたい。とりあえずはそれだけです。

  言語というのは生きているものです。人間も生きているものです。生きている人間か生きてい
 る言語を使いこなそうとしているのだから、そこにはフレキシピリティーがなくてはなりません。
 お互いか自在に動いていって、いちばん有効な接面を見つけなくてはなりません。実に当たり前
 のことなんだけど、学校というシステムの中では、そういう考え方はぜんぜん当たり前のことで
 はなかった。モういうのはやはり不幸なことだと僕は思うんです。つまり学校というシステムと、
 僕というシステムかうまくかみ合っていなかったということになります。だから学校に行くこと
 があまり楽しくなかった。仲の良い友だちやら、可愛い何人かの女の子やらかクラスにいたから、
 いちおう毎日通ってはいましたが。

  もちろん「僕の時代はそうだった」ということですし、僕が高校生だったのは半世紀近く昔の
 ことです。それから状況はずいぶん変化したのだろうと思います。世界はどんどんグローバル化
 しているし、コンピュータや録音録画機器などの導入によって教育現場の設備も改良され、ずい
 ぶん便利になっているはずです。とはいえその一方で、学校というシステムのあり方、その基本
 的な考え方は、今でも半世紀前とそれほど違いかないんじゃないか、という気がしないでもあり
 ません。外国語に関していうなら今だってやはり、本当に生きた外国語を身につけるためには、
 個人的に外国に出て行くしか方法かないみたいです。ヨーロでハなんかに行くと、若い人たちは
 たいてい流暢に英語を話します。本なんかも英語でどんどん読んでしまう(おかげで各国の出版
 社は自国語に訳された本か売れなくて困っているくらいです)。でも日本の若い人たちの多くは
 しゃべるにせよ、読むにせよ、書くにせよ、今でもまだ生きた英語を使うことか苦手なようです。
 これはやはり大きな問題だと僕は考えます。このようないびつな教育システムをそのままに放置
 しておいて、一方で小学生のうちから英語を勉強させたって、そんなものはあまり役に立たない
 でしょう。教育産業を儲けさせるだけです。

  英語(外国語)だけではありません。ほとんどすべての学科において、この国の教育システム
 は基本的に、個人の資質を柔軟に仲ぱすことをあまり考慮していないんじゃないかと思えてなり
 ません。いまだにマニュアル通りに知識を詰め込み、受験技術を教えることに汲々としているよ
 うに見えます。そしてどこの大学に何人合格したというようなことに、教師も父兄も真剣に一喜
 一憂している。これはいささか情けないことですよね。
  学校に通っている間、よく両親から、あるいは先生から「学校にいる間にとにかくしっかり勉
 強をしておきなさい。若いうちにもっと身を入れて学んでおけばよかったと、大人になってから
 必ず後悔するから」と忠告されましたか、僕は学校を出たあと、そんな風に思ったことはただの
 一度もありません。むしろ「学校にいる間にもっとのびのび好きなことをしておけばよかった。
 あんなつまらない暗記勉強をさせられて、人生を無駄にした」と後悔しているくらいです。まあ
 僕はいささか極端なケースかもしれませんか。

  僕は自分の好きなこと、興味のあることについては、身を入れてとことん突き詰めていく性格
 です。中途半端なところで「まあ、いいか」と止まってしまったりはしません。自分の納得のい
 くところまでやる。しかし興味か持てないことは、それほど身を入れてやらない。というか、身
 を入れようという気持ちにどうしてもなれないのです。そのへんの見切りのつけ方は昔からずい
 ぶんはっきりしています。「これをやりなさい]とよそから(とくに上から)命じられたことに
 関しては、どうしてもおざなりにしかできないのです。

  スポーツにしてもそうです。僕は小学校から大学まで、体育の授業かいやでいやでしょうかあ
 りませんでした。体操着に着替えさせられて、グラウンドに連れて行かれて、やりたくもない運
 動をさせられるのか苦痛でたまらなかった。だからすっと長いあいだ自分は運動が不得意なんだ
 と思っていました。でも社会に出て、自分の意思でスポーツを始めてみると、これかやたら面白
 いんです。「運動するのってこんなに楽しいものだったのか」と目から鱗がぽろぽろと落ちたよ
 うな気持ちかしました。じゃあ、これまで学校でやらされてきたあの運動はいったい何だったん
 だろう? そう思うと茫然としてしまいました。もちろん人それぞれですし、簡単に一般化はで
 きないでしょうか、極端に言えば、学校の体育の授業というのは、人をスポーツ嫌いにさせるた
 めに存在しているのではないのか、そういう気さえしました。

  もし人間を「犬的人格]と「猫的人格]に分類するなら、僕はほぽ完全に猫的人格になると思
 います。「右を向け」と言われたら、つい左を向いてしまう傾向があります。そういうことをし
 ていて、ときどき「悪いな」とは思うんだけど、それか良くも悪くも僕のネイチャーになってい
 ます。そして世の中にはいろんなネイチャーかあっていいはずです。でも僕か経験してきたロ本
 の教育システムは、僕の目には、共同体の役に立つ「犬的人格」をつくることを、ときにはそれ
 を超えて、団体丸ごと目的地まで導かれる「羊的人格」をつくることを目的としているようにさ
 え見えました。

  そしてその傾向は教育のみならず、会社や官僚組織を中心とした日本の社会システムそのもの
 にまで及んでいるように思えます。そしてそれは-その「数値重視」の硬直性と、「機械暗記」
 的な即効性・功利性志向は-様々な分野で深刻な弊害を生み出しているようです。ある時期に
 はそういう「功利的」システムはたしかにうまく機能してきました。社会全体の目的や目標がお
 おむね自明であった「行け行け」の時代には、そういうやり方か適していたかもしれません。し
 かし戦後の復興か終わり、高度経済成長か過去のものとなり、バプル経済が見事に破綻してしま
 ったあと、そういう「みんなで船団を組んで、目的地に向かってただまっすぐ進んでいこうぜ」
 的な社会システムは、その役割を既に終えてしまっています。なぜなら僕らのこれからの行き先
 はもう、単一の視野では捉えきれないものになってしまっているからです。

  もちろん世の中が侠みたいな身勝手な性格の人間ばかりだったら、それはそれでちょっと困っ
 たことになるでしょう。しかしさきほどの喩えで言えば、大きなやかんと小さなやかんは、台所
 の中で上手に併用されなくてはなりません。用途に応じて目的に応じて、それらをうまく使い分
 けていくのが人間の知恵というものです。あるいはコモンセンスというものです。いろんなタイ
 プの、いろんな時間性の思考方法や匪界観がうまく組み合わされ、それで初めて社会が円滑に、
 良い意味で効率よく動いていくのです。簡単に言えば[システムの洗練化」ということになるの
 かもしれません。

  どんな社会においてももちろんコンセンサスというものは必要です。それなくしては社会は立
 ちゆきません。しかしそれと同時に、コンセンサスからいくらか外れたところにいる比較的少数
 派の「例外」もそれなりに尊重されなくてはなりません。あるいはきちんと視野に収められてい
 なくてはなりません。成熟した社会にあっては、そのバランスが重要な要素になってきます。モ
 のバランスの取り方によって、社会に奥行きと深みと内省が生まれます。でも見たところ現在の
 日本では、そういう方向に向けての舵かまだ十分うまく切られていないようです。 

                                「第八回 学校について」
                             村上春樹 『職業としての小説家』

                                                          この項つづく

 

一昨日、亡母の弔いに、母と旧交のあった司法書士で県立大学の湖風会初代会長の種村清一さんが訪
れる。彼女が初回忌(9月27日)をすませたことの連絡とお礼にお邪魔させてていただいたときに
は外出不在であったため奥様にその旨を伝え帰ってきている。新米のお供え物と自宅の畑の芋茎ずい
きを頂く。近況のこと母との思い出をしばらく話していたが、母が代理委託した「遺言書」をいれた
封書を差し出され、突然のことで驚いたが、彼が心配していたので、その後の顛末を話し、その封書
を返却して頂いた。



さらに、話は広がり、終戦前後の体験を語りはじめ、24年の夏に空襲の体験――近江鉄道が飛来し
た濃緑色のグラマン戦闘機とジュラルミン色のロッキー戦闘機の機銃掃射を受け被災者の出血で血の
海になっ車内の片付けや、軍事工場(現在近江高校)からの空襲火災の消火の手伝や現在のJR彦根
駅の空襲の体験など詳細に話された。これは彼が戦争体験を伝えておきたいとの意志の表れであること
を理解した。約1時間ほど話し終えたところで、た芋茎の皮むきの実演と前処理方法を教えていただいた。

※ 低空飛行の機銃掃射でパイロットの頭が見えるほどの低さ。

 

メンフィス・ベルな広岡浅子

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    万事、義より貴きはなし。  /  墨子

 

 

 



昨夜の話の続き。種橋さんの戦争体験伝承の間、実はわたしも母や伯母の大阪大空襲――世界大戦末
期にアメリカ軍が繰り返し行った、大阪市を中心とする地域への戦略爆撃(=無差別爆撃)。45年
3月13日翌深夜から日未明にかけ、最初の大阪空襲が行なわれ、その後、6月1・7・15・26
日、7月10・24日、8月14日に空襲が行なわれ、この空襲で一般市民 1万人以上が死亡――
の体験談を語る。このようにじっくりと話しをしたのは彼とが初めてであったが、戦争の悲惨さと指
導者たちへの戦争責任に対する吽形像のごとく双方了解しあった。

   空襲後の大阪市街

偶然にも翌日、BS放送でマイケル・ケイトン=ジョーンズ監督の手になる90年制作のイギリス映
画『メンフィス・ベル』(原題:Memphis Belle)を観ることとなる。あらすじは割愛するが爆撃目標
のブレーメンの飛行機工場。容赦ない攻撃で友軍機が墜ちていく。上空に達したが、煙幕で目標が見
えず、国際ルールを遵守し無差別爆撃を避けるため、操縦士のデニスは見えるまで危険な白昼の旋回
を続けることを決意煙幕が晴れ任務を貫徹させるシーンが印象的。

なお、第二次世界大戦中、英国に駐留し、独国に対する昼間爆撃任務の米国第8空軍は、25回の出
撃を達成した爆撃機の搭乗員が帰国できるようにしていた。この25回達成を広報利用に、陸軍少佐
として映画監督のウィリアム・ワイラーを従軍させる。撮影準備中、第303爆撃航空群第358爆
撃飛行隊のB-17FF「ヘルズ・エンジェルス」号(シリアル・ナンバー41-24577)が25回を達成。
「メンフィス・ベル」号(第91爆撃航空群第324爆撃飛行隊所属 シリアル・ナンバー41-24485)
が撮影に使われることになる。実はメンフィス・ベル号が25回の出撃を達成したのは、43年5月
17日。搭乗員は、英国王ジョージ6世の参列する式典に参加し、6月6日に凱旋帰国、戦時国債の販
売促進のため全米を巡るが、全ての乗員がメンフィス・ベル号で全25回の任務を遂行したわけでは
なく、機長のモーガン大尉は20回、副操縦士のヴァーニスは1回しかメンフィス・ベル号で出撃し
ていない。 

 

国策映画として作製したものだが、リメイク版のこの作品は人道的側面から撮影されていて、一昨年
々末の日本映画の『永遠の零』とこれも、深夜に鑑賞したNHKのBSプレミアム映画『戦火の馬』
とオーバーラップ。こみ上げるものがあり涙する。

  

 

 

● 『あさが来た』が問いかける広岡浅子伝

大阪の大空襲の残像を追っかけていると、ふと、NHKの朝の連続ドラマ『あさが来た』で女優の波
留が演じるヒロインのモデルの広岡浅子を思い浮かべ、建築士の実弟が前田建設のスタジオ104で
米国領事館の梅田新道への移転プランが採用されたバブルまっ只中当時のエピソードにフィクサーな
どの笹川(良一)・広岡(?)・田岡(一雄)・林(正之助)など登場するがその連関をたぐるも不
祥のため打ち切るが、ここで曾根崎小学校一年のときメレル・ヴォーリズの設計による大同生命ビル
や住友銀行のビルを肥後橋で休憩をとりながら眺めていた記憶と広岡浅子――京都油小路出水・三井
家出身。大阪の豪商(両替商)加島屋で知られる広岡家新宅の嫡子信五郎と結婚。明治維新の動乱で
広岡家の家運が傾くと事業再建に奔走。九州の炭鉱経営、加島銀行、大同生命の創設・経営に参画。
晩年、日本女子大学創立など女子教育や、キリスト教活動に注力――と交錯する。

 

 

ネット上に彼女の生い立ちなどの情報があふれているので、屋上屋を避けるが、明治を代表する、豪
気・英明な天性から「一代の女傑」と称えられるペンネームが九転十起生(きゅうてんじっきせい)
の女性実業家である。晩年日本女子大学設立後も女子教育に対する情熱は衰えるず14年(大正3年)
から死の前年(18年)までの毎夏、避暑地として別荘を建設した御殿場・二の岡で若い女性を集め
た合宿勉強会を主宰し、参加者には若き日の市川房枝や『あさが来た』の前々作の『花子とアン』の
ヒロイン村岡花子も参加しているが、明治維新と文明開化・富国強兵、彼女が没した大正八年に亡き
父が誕生し。メンフィスベルが活躍した第二次世界大戦で日本が連合軍に敗北したの後、47年に広
岡恵三が第二会社を設立した翌年にわたしが誕生し、78年加島屋久右衛門家は10代で終焉するこ
とになるが、広岡浅子が存在しなければ加島屋久右衛門家は早くに衰退していただろう。このように
歴史を手繰ると生きている奇跡を感じる。



さて、実在したB-17(F)型「メンフィス・ベル」とは、テネシー州の港町メンフィスから来た
美人(ベル)という意味でジョージ・ペティが描いたイラストでこれを機首に搭乗員のスターサー伍
長に描かせた――因みに、ロバート・モーガン機長は、このイラストモデルのマーガレット・ポーク
と恋に墜ちるが、このロマンスは実らず、43年12月にドロシー・ジョンソンと結婚――B-17
は武装強化され、帰還回数が25回から35回まで延長されているほどのタフな爆撃機であったが、
そのタフさという意味で、"あさ"こと広岡浅子はタフな英傑であったと感心するほどだ。なお、この
シリーズのシリーズの視聴率も25%~35%を維持されんことを祈る。
 

 

● 折々の読書 『職業としての小説家』25   

  たとえば二〇一一年三月の、福島の原子力発電所事故ですが、モの報道を追っていると、『こ
 れは根本的には、日本の社会システムそのものによってもたらされた必然的災害(人災)なんじ
 ゃないか」という暗喩とした思いにとらわれることになります。おそらくみなさんもおおむね同
 じような思いを抱いておられるのではないでしょうか。
  原子力発電所事故のために、数万の人々か住み慣れた故郷を追われ、そこに帰るめどさえ立た
 ないという立場に追い込まれています。本当に胸の痛むことです。そのような状況をもたらした
 ものは、直接的に見れば、通常の想定を超えた自然災害であり、いくつか重なった不運な偶然で
 す。しかしそれかこのような致命的な悲劇の段階にまで押し進められたのは、僕が思うに現行シ
 ステムの抱える構造的な欠陥のためであり、それが生み出したひずみのためです。システム内に
 おける責任の不在であり、判断能力の欠落です。他人の痛みを「想定」することのない、想像力
 を失った悪しき効率性です。

  「経済効率か良い」というだけで、ほとんどその一点だけで、原子力発電か国策として有無を
 言わせず押し進められ、そこに潜在するリスクが(あるいは実際にいろんなかたちでちょくちょ
 くと現実化してきたリスクが)意図的に人目から隠蔽されてきた。要するにそのつけが今回我々
 にまわってきたわけです。そのような社会システムの根幹にまで染み込んだ「行け行け」的な体
 質に光を当て、問題点を明らかにし、根本から修正していかない限り、同じような悲劇かまたど
 こかで引き起こされるのではないでしょうか。

  原子力発電は資源を持たない日本にとってどうしても必要なんだという意見には、それなりに
 一理あるかもしれません。僕は原則として原子力発電には反対の立場をとっていますか、もし信
 頼できる管理者によって注意深く管理され、しかるべき第三者機関によって運営が厳しく監視さ
 れ、すべての情報か正確にパプリックに開示されていれば、そこにはある程度の話し合いの余地
 かあるかもしれません。しかし原子力発電のような致命的な被害をもたらす可能性を持つ設備が、
 ひとつの国を滅ぼすかもしれない危険性をはらんだシステムが(実際にチェルノプイリ事故はソ
 ビエト連邦を崩壊させる一因となりました)、「数値重視]「効率優先」的な体質を持つ営利企
 業によって運営されるとき、そして人間性に対するシソパシーを欠いた「機械暗記」「上意下達」  
 的な官僚組織かそれを「指導」「監視]するとき、そこには身の毛もよだつようなリスクが生ま
 れます。それは国土を汚し、自然をねじ曲げ、国民の身体を損ない、国家の信用を失墜させ、多
 くの人々から固有の生活環境を奪ってしまう結果をもたらすかもしれません。というか、それか
 まさに実際に福島で起こったことなのです。


  話がいささか広がってしまいましたか、僕か言いたいのは、日本の教育システムの矛盾は、そ
 のまま社会システムの矛盾に結びついているのだということです。あるいはむしろモの逆かもし
 れませんが。いずれにせよそのような矛盾をこのまま放置しておくような余裕はもはやないとい
 うところまで来てしまいました。

  とにかく、また学校のことに話を戻します。

  僕か学校時代を送った一九五〇年代後半から六〇年代にかけては、いじめや登校拒否は、まだ
 それほど深刻な問題にはなっていませんでした。もちろん学校や教育システムに問題かなかった
 というのではないのですか(問題はけっこうあったと思います)、少なくとも僕自身に関してい
 えば、自分のまわりにいじめや登校拒否の例を目にすることはほとんどありませんでした。いく
 つかあるにはあったけれど、それほど深刻なものではありませんでした。
 
  戦後まだ間もない時代で、国全体かまだ比較的貧しく、「復興」「発展]というはっきりとし
 た目標を持って動いていたせいかあるのだろうと僕は考えます。問題や矛盾を含んでいるにせよ、
 そこには基本的にポジティブな空気がありました。子供たちの間にもおそらく、そういうまわり
 の「方向性」のようなものは、目に見えず作用していたのでしょう。子供たちの世界にあっても、
 ネガティブな精神モーメントが大きな力を持つことは、日常的にはあまりなかったように思いま
 す。というか、「このままかんばっていれば、まわりの問題や矛盾はそのうちにだんだん消えて
 いくのではないか」という楽観的な思いが基本にありました。だから僕も学校がそれほど好きで
 はなかったけれど、まあ「行くのか当たり前」のこととして、とくに疑問も抱かず、わりに真面
 目に学校に通っていました。

  でも今では、新聞や雑誌やテレビの報道にそのような話題か出てこない日が珍しいというくら
 い、いじめや登校拒否は大きな社会問題になっています。いじめを受けた少なくない数の子供た
 ちか、自らの命を絶っています。これは本当に悲劇という以外に言いようがありません。いろん
 な人かそのような問題についていろんな意見を述べ、社会的にいろんな対策かとられていますが、
 その傾向が収まる気配はいっこうに見えません。

  なにも生徒同上のいじめだけではありません。教師の側にもかなり問題かありそうです。けっ
 こう前の話になりますが、神戸の学校で始業ベルとともに正門の重い扉を先生か閉めて、女生徒
 がそこに挾まれて亡くなってしまったという事件がありました。「最近は生徒の遅刻があまりに
 多く、そうせざるを得なかった」というのか、その教師の弁明でした。遅刻するのはもちろんあ
 まり褒められたことではありません。しかし学校に数分遅刻することと、一人の人間の命とどち
 らか重い価値を持つか、そんなのは考えるまでもないことです。

  この先生の中では「遅刻を許さない」という狭い目的意識が頭の中で異様に特化して膨らんで、
 世界をバランス良く見る視野が失われています。パラソスの感覚というのは教育者にとってとて
 も大切な資質であるはずなのですが。新聞には「でもあの先生は教育熱心な良い先生だったから」
 という父兄のコメントも載っていました。しかしそういうことをロにする――ロにできる――方
 にもかなり問題がありそうです。殺された側の、押しつぷされた痛みはいったいどこにやられて
 しまったのでしょう?

  比喩的に生徒を圧殺してしまう学校というものは想像できるのですが、肉体的に実際に生徒を
 圧死させてしまう学校となると、これは僕の想像を遥かに超えています。
  そのよりな教育現場の病的症状(と言っていいと思います)は、言うまでもなく、社会システ
 ムの病的症状の投影にほかなりません。社会全体に自然な勢いがあり、目標がしっかり定まって
 いれば、教育システムに多少の問題かあったとしても、それはなんとか「場の力」でもってうま
 く乗り越えられます。しかし社会の勢いが失われ、閉塞感のようなものがあちこちに生まれてき
 たとき、それか最も顕著に現れ、最も強い作用を及ぼすのは教育の場です。学校であり、教室で
 す。なぜなら子供たちは、坑道のカナリアと同じで、そういう濁った空気をいちばん最初に、最
 も敏感に感じ取る存在であるからです。

  さっきも申し上げましたように、僕が子供だった頃は、社会そのものに「伸びしろ」がありま
 した。だから個人と制度のせめぎ合いみたいな問題も、そのスペースに吸収されていって、それ
 ほど大きな社会問題にはならなかった。社会全体が動いていたから、そのモーメントがいろんな
 矛盾やフラストレーションを呑み込んでいきました。別の言い方をすれば、困ったときに逃げ込
 むことのできる余地や隙間みたいなものか、あちこちにあったわけです。しかし高度成長時代も
 終わり、バブルの時代も終わった今となっては、そういう避難スペースを見つけることかむずか
 しくなっています。大きな流れにまかせておけばなんとかなる、というようなおおまかな解決方
 法はもはや成立しません。

  そういう「逃げ場の不足した」社会かもたらす教育現場の深刻な問題に対して、我々はなんと
 か新たな解決方法を見つけていく必要かあります。というか、順番から言いますと、その新たな
 解決方法を見つけることのできそうな場所を、まずどこかにこしらえていく必要があります。
 
  それはどのような場所か?

  個人とシステムとかお互いに自由に動き、穏やかにネゴシエートしなから、それぞれにとって
 最も有効な接面を見出していくことのできる場所です。言い換えれば、一人ひとりがそこで自由
 に手足を伸ぼし、ゆっくり呼吸できるスペースです。制度、ヒエラルキー、効率、いじめ、そん
 なものから離れられる場所です。簡単に言えば、温かな一時的避難場所です。誰でもそこに自由
 に入っていけるし、そこから自由に出て行くことかできます。それは言うなれぽ「個」と「共同
 体]との緩やかな中間地域に属する場所です。そのどのあたりにポジションをとるかは、一人ひ
 とりの裁量にまかされています。とりあえずそれを僕は「個の回復スペース」と呼びたいと思い
 ます。

  最初は小さなスペースでいいんです。何も大がかりなものでなくていい。手作りみたいな狭い
 場所で、とにかくいろんな可能性を実際に試してみて、もし何かがうまくいくようであれば、そ
 れをひとつのモデル=たたき台として、より発展させていけばいい。そのスペースをだんだん広
 げていけばいい。僕はそう考えます。時間はある程度かかるかもしれませんが、それかいちぱん
 正しい、筋の通ったやり方ではないかと思います。そういう場所かいろんなところに、自然発生
 的に生まれていけばいいなと思うのです。

  最悪のケースは、文科省みたいなところか上からひとつの制度として、そういうものを現場に
 押しつけることです。僕らはここで「個の回復」を問題としているわけですから、それを国家か
 制度的に解決しようとしたりすれば、まさに本末転倒というか、一種の笑劇になりかねません。
 僕個人の話をしますが、今から振り返って考えてみると、学校に通っていた頃の僕にとってのい
 ちばん大きな救いは、そこで何人かの親しい友人を作れたことと、たくさんの本を読んだことだ
 ったと思います。

  本について言えば僕は、なにしろ実にいろんな種類の書物を、燃えさかる窯にスコップで放り
 込むみたいに、片端から貪り読んでいきました。それらの書物を一冊一冊味わい、消化していく
 だけで日々忙しく(消化しきれないことも多かったですが)、それ以外のものごとについて考え
 を巡らせているような余裕もほとんどないような状態でした。僕にとってはそれかかえって良か
 ったのかもしれないなと思うこともあります。自分のまわりの状況を見回し、モこにある不自然
 さや矛盾や欺隔について真剣に考え、納得いかないことを正面から追及していったとしたら、あ
 るいは袋小路みたいなところに追い込まれ、きつい思いをしていたかもしれません。

  それとともに、いろんな種類の本を読み漁ったことによって、視野かある程度ナチュラルに
 「相対化」されていったことも、十代の僕にとって大きな意味あいを持っていたと思います。本
 の中に描かれた様々な感情をほとんど自分のものとして体験し、イマジネーションの中で時間や
 空間を自由に行き来し、様々な不思議な風景を日にし、様々な言葉を自分の身体に通過させたこ
 とによって、僕の視点は多かれ少なかれ複合的になっていったということです。つまり今自分か
 立っている地点から世界を眺めるというだけではなく、少し離れたよその地点から、世界を眺め
 ている自分自身の姿をも、それなりに客観的に眺めることかできるようになったわけです。

  ものごとを自分の観点からばかり眺めていると、どうしても世界がぐつぐつと煮詰まってきま
 す。身体かこわばり、フットワークが重くなり、うまく身勤きかとれなくなってきます。でもい
 くつかの視点から自分の立ち位置を眺めることができるようになると言い換えれば、自分という
 存在を何か別の体系に託せるようになると、世界はより立体性と柔軟性を帯びてきます。これは
 人かこの世界を生きていく上で、とても大事な意味を持つ姿勢であるはずだと、僕は考えていま
 す。読書を通してそれを学びとれたことは、僕にとって大きな収穫でした。

  もし本というものかなかったら、もしそれほどたくさんの本を読まなかったなら、僕の人生は
 おそらく今あるものよりもっと寒々しく、ぎすぎすしたものになっていたはずです。つまり僕に
 とっては読書という行為が、そのままひとつの大きな学校だったのです。それは僕のために建て
 られ、運営されているカスタムメイドの学校であり、僕はそこで多くの大切なことを身をもって
 学んでいきました。そこにはしちめんどくさい規則もなく、数字による評価もなく、激しい順位
 争いもありませんでした。もちろんいじめみたいなものもありません。僕は大きな「制度」の中
 に含まれていなから、そういう別の自分自身の「制度」をうまく確保することかできたわけです。

  僕がイメージしている「個の回復スペース」というのは、まさにそれに近いものです。何も読
 書だけに限りません。現実の学校制度にうまく馴染めない子供たちであっても、教室の勉強にそ
 れほど興味が持てない子供たちであっても、もしそのようなカスタムメイドの「個の回復スペー
 ス」を手に入れることができたなら、そしてそこで自分に向いたもの、自分の背丈に合ったもの
 を見つけ、その可能性を自分のペースで伸ばしていくことかできたなら、うまく自然に「制度の
 壁」を克服していけるのではないかと思います。しかしそのためには、そのような心のあり方=
 「個としての生き方」を理解し、評価する共同体の、あるいは家庭の後押しが必要になってきま
 す。

  うちの両親はどちらも国語の先生だったから(母親は結婚したときに仕事をやめましたが)、
 僕が本を読むことについては、終始ほとんど一言も文句を言いませんでした。僕の学業成績に対
 して少なからず不満は持っていても、「本なんか読まないで試験勉強をしなさい」とは言われな
 かった。あるいは少しは言われたかもしれないけど、記憶には残っていません。まあその程度に
 しか言われなかったのでしょう。それはやはり僕が両親に対して、感謝しなくてはならないこと
 のひとつであるように思います。


  もう一度繰り返しますが、僕は学校という「制度」があまり好きになれませんでした。何人か
 の優れた教師に巡り合うことかできて、いくつかの大事なことは学べましたが、それを相殺して
 余りあるくらい、ほとんどの授業や講義は退屈でした。学校生活を終えた時点で、「人生でもう
 これ以上の退屈さは必要ないんじゃないか」と思えるくらい退屈でした。でもまあ、いくらそう
 思ったところで、僕らの人生において、退屈さは次から次へと、容赦なく空から舞い降り、地か
 ら湧いて出てくるわけですが。

  でもまあ、学校が好きでしょうがなかった、学校に行けなくなってとても淋しいというような
 人は、あまり小説家にはならないのかもしれません。というのは、小説家というのは、頭の中で
 自分だけの世界をどんどんこしらえていく人間だからです。僕なんかも授業中は、授業なんかろ
 くに聞かないで、ありとあらゆる空想に耽っていたような気かします。もし僕が今現在子供だっ
 たら、学校にうまく同化できず、登校拒否児童になっていたかもしれません。僕の少年時代には
 幸か不幸か、登校拒否みたいなことがまだトレンドにはなっていなかったので、「学校にいかな
 い」なんていう選択肢そのものがなかなか頭に浮かぽなかったみたいです。

  どんな時代にあっても、どんな世の中にあっても、想像力というものは大事な意味を持ちます。
  想像力の対極にあるもののひとつが「効率」です。数万人に及ぶ福島の人々を故郷の地から追
 い立てたのも、元を正せばその「効率」です。「原子力発電は効率の良いエネルギーであり、故
 に善である」という発想か、その発想から結果的にでっちあげられた「安全神話」という虚構か、
 このような悲劇的な状況を、回復のきかない惨事を、この国にもたらしたのです。それはまさに
 我々の想像力の敗北であった、と言っていいかもしれません。今からでも遅くはありません。我
 々はそのような「効率」という、短絡した危険な価値観に対抗できる、自由な思考と発想の軸を、
 個人の中に打ち立てなくてはなりません。そしてその軸を、共同体=コミュニティーヘと伸ばし
 ていかなくてはなりません。

  とはいっても、僕か学校教育に望むのは「子供たちの想像力を豊かにしよう」というようなこ
 とではありません。そこまでは望みません。子供たちの想像力を豊かにするのは、なんといって
 も子供たち自身だからです。先生でもないし、教育設備でもありません。ましてや国や自治体の
 教育方針なんかではない。子供たちみんながみんな、豊かな想像力を持ち合わせているわけでは
 ありません。駆けっこの得意な子供かいて、一方で駆けっこのあまり得意ではない子供かいるの
 と同じことです。想像力の豊かな子供だちかいて、その一方で想像力のあまり豊かとは言えない
 ――でもおそらく他の方面に優れた才能を発揮する子供たちがいます。当然のことです。それが
 社会です。「子供たちの想像力を豊かにしよう」なんていうのかひとつの決まった「目標」にな
 ると、それはそれでまたまた変なことになってしまいそうです。

  僕か学校に望むのは、「想像力を持っている子供たちの想像力を圧殺してくれるな」という、
 ただそれだけです。それで十分です。ひとつひとつの個性に生き残れる場所を与えてもらいたい。
 そうすれば学校はもっと充実した自由な場所になっていくはずです。そして同時に、それと並行
 して、社会そのものも、もっと充実した自由な場所になっていくはずです,
  僕は一人の小説家としてそう考えます。まあ、僕が考えて、それでどうなるというものでもな
 いのでしょうか。

                                「第八回 学校について」
                             村上春樹 『職業としての小説家』




                                      この項つづく

 

 

営農林管理ドローン技術

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    いま天下義をなす者なければ、子われに勧むべきに、何の故にわれを止むる。

                                                               墨子

 

 




● 日本は世界一の農業立国 ?!

25日投開票された宮城県議選(定数59)で、共産党が改選前の4議席から8議席(現職3、新人
5)に倍増。9月の国会で成立した安全保障関連法や、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の
大筋合意などへの批判が、共産党の議席を押し上げた格好。改選前に28議席だった自民党は、石巻・
牡鹿選挙区(定数5、石巻市、女川町)や加美選挙区(定数1、色麻、加美町)で現職が落選。公明
党は4議席を維持した(朝日新聞デジタル 2015.10.26)。

このニュースをみて、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)批判の先鋒の三橋貴明の主張を思い
だした。彼の主張には大筋同意できるものの、農産品大国ニュージランドは広大な大地で生産でき価
格では日本は及ばずカナダですら太刀打ちできないと発言していたが(「おはよう寺ちゃん活動中」
2015.10.14)、これには不同意である。確かに、平野部が狭く、山間部が多いことは指摘される通り
だが、それは技術的に克服可能だと考えている。

尚、彼は特定のイデオロギーをもたないとするが、オールドケインズ主義的な傾向が看られ、「戦争
(=軍備拡張)は有効需要」と見なすような言動が気になるところだが、第二次安倍内閣をレントシ
ーキング(=特殊利益追・超過利潤追求)内閣と批判するなどは面白い。 

  High Tech Farming

その1つが、今朝の「NHKニューズ7」で放送された、久保幹立命館大学教授らの土壌分析技術の
可能性。これはすでにブログ掲載している(『人工培土工学』2014.09.15/上図クリック)。また、
その実証は、守山市(滋賀県)やアフリカでの例が同テレビ放送で紹介されていた。


 これまでの一般的な土壌診断手法は、土壌中の窒素・リン酸・カリなど、化学的性質を調べるも
 のがほとんどで、土壌中での有機物など生物的性質を調べる評価手法は難しかった。 しかし、
 久保教授の研究チームが開発したSOFIXは、土壌中の微生物量や微生物による窒素やリン酸
 などの分解・循環活性などを定量的に調べることで、世界で初めて生物的性質を使った分析を可
 能にした。従来の土壌診断では、対象となる農作物が違えば同じ土壌でも異なる処方箋が必要だ
 ったが、SOFIXで示される指標は、「その土壌で育つ植物の活性を示すものであり、どんな
 農作物でも、さらには樹木などでも、栽培する品種ごとに異なる処方箋は必要ない」というメリ
 ットがある。
           
                   「微生物で土壌の肥沃度を測定」(『人工培土工学』)  
                    

   

これは農作物が対象だけれど、放牧地の開拓に応用できる。例えば、山間部に牛・馬・羊・鶏など放
牧畜養する場合、あらかじめ飼料の草穀物育成に肥沃な培土(=土壌)に転換するためのツールとし
て同上技術を適用し土壌改良し放牧すれば、最小農地で、高品質な畜養・畜牧が可能だ。何だったら
ソーラーシュアリング酪農・牧畜に応用展開させれば、再生可能エネルギーを同時に得ながら、牛乳
やバター、チーズの生産も可能だし、果樹栽培、森林栽培へと応用できる。要は"クール・アグリカル
チャー"というわけだ。久保教授らの事業化は、全国に裕福な農業従事者を育成輩出する教育機構でも
あり、自ずと世界一の競争力を備えることになるから、海外から買い求めにくることも時間の問題だ
ろう。

 
Forest Value Investment Management S.A.

ところで、野菜が5、6割高いということだが、これへの対応も簡単だ。まず、(1)土壌が押さえられれば 、次は
(2)農業用水これは干魃・乾燥には欠かせない、地下水から、ダム貯水から揚水し、特殊な散水設備を考案し、
栄養分や病原菌対策を施した農業・牧畜用水を最適散布すればよい。洪水、特に近年のゲリラ豪雨や竜巻な
どの異常気象には、大きくて頑丈なグラスハウス(温室)が必要となるが、農協のような相互会社(民営化)、あ
るいは、品種特化した食用物を栽培する株式会社(民間化)で対応し、キャシュフローの軽減産助政
策を、前普及期に法整備・税金投入すればよいだろう。さらに、営農林管理ドローン技術を駆使し、
土壌分析用サンプリングシステムなどの開発も併せてやって。以上、これらは、「第二の農地解放」
を意味している。もっとクールに。



 

  

● 折々の読書 『職業としての小説家』26   

  よく「小説の登場人物に、実在する人をモデルとして使いますか」という質問をされます。答
 えはおおむね「ノー」でありますが、部分的には「イエス」です。僕はこれまでけっこうたくさ
 ん小説を書いてきましたが、最初から意図して「このキャラクターは現実のこの人を念頭に置い
 て書いた」ということは二、三度しかありません。「これはこの人がモデルでしょう――と誰か
 に 見透かされたりしたら――とくにその誰かが本人である場合にはいやだなといくぶん心配し
 ながら書いたのですが(どれもちょっとした脇役でした)、幸いにしてそういう指摘を受けたこ
 とはまだ一度もありません。その人物をいちおうモデルに据えてはいるものの、モれなりに用心
 深くみっちり作り替えて書いているので、まわりの人にはたぶんわからないのだと思います。お
 そらくは本人にも。

  それよりはむしろ、僕が誰のことも念頭に置かずに、頭の中で勝手にこしらえた架空のキャラ
 クターについて、「この人がモデルなんでしょう」みたいに決めつけられることの方がずっと多
 いです。場合によっては「このキャラクターは自分がモデルになっている」と堂々と主張する人
 まで出てきます。サマセット・モームはある小説の中で、まったく面識のない、名前を聞いたこ
 とさえない人から「自分が小説のモデルにされた」と訴訟をおこされて困惑した話を書いていま
 す。モームは小説の中で、一人一人のキャラクターをありありとリアルに、ある場合にはかなり
 意地悪く(よくいえば風劇的に)描くので、そういうリアクションも強いものになってくるので
 しょう。彼の書くそのような巧妙な人物描写を読んでいて、あたかも自分が個人的に批判された
 り、からかわれたりしているように感じる人が出てくるのかもしれません。

 William Somerset Maugham

  多くの場合、僕の小説に登場するキャラクターは、話の流れの中で自然に形成されていきます。
 「こういうキャラクターを出そう」と前もって決めることは、僅かな例外を別にすれば、まずあ
 りません。書き進めていくうちに、出てくる人々のあり様の軸みたいなものが自然に立ち上がり、
 そこにいろんなディテールが次々に勝手にくっついていきます。磁石が鉄片をくっつけていくみ
 たいに。そのようにして全体的な人間像ができあがっていきます。あとになって思うと、「ああ、
 このディテールはあの人のこういう部分にちょっと似ているかもしれない」みたいなことはしば
 しばあります。でも最初から「よし、今回はあの人のこの部分を使ってやろう」と決めてキャラ
 クターを作っていくことはまずありません。多くの作業はむしろ自動的におこなわれます。つま
 り僕はそのキャラクターを立ち上げるにあたって、脳内キャビネットからほとんど無意識的に情
 報の断片を引き出し、それを組み合わせている、ということになるのではないかと思います。 

  そういう自動的な作用を、僕はきわめて個人的に「オートマこびと」と名付けています。僕は
 だいたいずっとマニュアル・ギアの車に乗っているのですが、初めてオートマティ″ク・ギアの
 車を運転したとき、「このギアボックスの中にはきっとこびとが何人か住んでいて、そいつらが
 手分けしてギアの操作をしているに違いない」と感じました。そしていつかそんなこびとたちが
 「ああ、他人のためにこんなにあくせく働くのにもう疲れた。今日はちょっと休むぜ」みたいな
 ストライキを起こして、車が高速道路の上で急に動かなくなったりするんじやないかと、うっす
 らとした恐怖さえ感じました。

  僕がそういうことを言うとみんな笑うんですが、でもまあとにかく「キャラクター立ち上げ」
 みたいな作業に関しては、僕の中に生息している無意識下の「オートマこびと」たちが、今のと
 ころ(ぶつぶつ文句を言いつつも)なんとかあくせくと働いてくれるようです。僕としてはそれ
 をせっせと文章に書き写しているだけです。もちろんそうやって書かれたものがそのまま作品に
 組み込まれるということではなく、それは後日何度も書き直され、かたちを変えていきます。そ
 ういう書き直し作業は自動的というよりはもっと意識的に、ロジカルにおこなわれます。しかし
 原型の立ち上げに関して言えば、それはかなり無意識的で、直感的な作業になります。というか、
 ならざるを得ません。そうしないと、どこかしら不自然な、生きていない人間像ができてしまっ
 たりします。ですからそういう初期プロセスは、「オートマこびとにおまかせ」みたいなことに
 なるわけです。

  小説を書くには何はともあれ多くの本を読まなくてはならない、というのと同じ意味合いにお
 いて、人を描くためには多くの人を知らなくてはならない、ということがやはり言えると思いま
 す。
  知るといっても、相手を理解したり、よくわかったりするところまで行く必要はありません。
 その人の外見やら言動の特徴やらをちらっと目に留めておくだけでいいんです。ただ自分が好き
 な人も、それほど好きではない人も、はっきり言って苦手な人も、できるだけ選り好みせずに観
 察することが大事です。というのは自分の好きな人、自分が関心を持てる人、理解しやすい人ば
 かり登場させていたら、その小説は(長期的に見ればということですが)広がりを欠いたものに
 なってしまうからです。いろんな異なったタイプの人々がいて、そういう人たちがいろんな異な
 った行動をとって、そのぶつかり合いによって状況に動きが出て、物語が前に進んでいきます。
 だから一目見て「こいつは気にくわないな」と思っても目を背けたりせず、「どのあたりが気に
 入らないか」「どういう風に気に入らないか」といった要点を頭に留めておくようにします。

  僕はずっと昔三十代の半ばくらいだったと思うのですが-ある人に「あなたの書く小説には悪
 い人が出てきませんね」と言われたことがあります(あとになって知ったことですが、カート・
 ヴォネガット・ジュニアも亡くなる前のお父さんにまったく同じことを言われたそうです)。
 そう言われて僕も「考えてみればたしかにそうかもしれないな」と思い、それ以来意識して、ネ
 ガティブなキャラクターを小説の中に登場させようと試みました。でもなかなか思うようにいき
 ませんでした。当時の僕は、物語を大きく動かすというよりは、自分の私的な――どちらかとい
 えば調和的な――世界を構築していくことの方に気持ちが向かっていたからです。荒々しい現実
 の世界に対抗するシェルターとして、まずそういう僕自身の安定した世界を確立しなくてはなら
 なかった。

  Kurt Vonnegut Jr.

  でも年齢を重ねるにつれて――(人間として作家として)成熟するにつれてと言ってしまって
 もいいかもしれませんが――徐々にではあるけれど、自分の書く物語にネガティブな、あるいは
 非調和的な傾向を持つキャラクターを配することができるようになってきました。どうしてそれ
 ができるようになったかというと、まず第一に自分の小説世界の形がいちおうできあがり、そこ
 そこ機能するようになり、次の段階としてその世界をより広く深く、よりダイナミックなものに
 することが重要な課題になってきたからです。そのためには、そこに登場する人々をよりバラエ
 ティー豊かなものにし、人々のとる行動の振幅をより大きいものにしていかなくてはなりません。
 そういう必要性を強く感じるようになってきたわけです。

  それに加えて、僕自身が実生活でいろんな種類の体験をくぐり抜けた――くぐり技けないわけ
 にはいかなかった――ということもあります。三十歳でいちおう職業的小説家になり、存在がパ
 ブリックになったことで、好むと好まざるとにかかわらず、正面からかなり強く風圧を受けるよ
 うになりました。僕自身は決して進んで表に出ていく性格ではないのですが、心ならずも前に押
 し出されてしまう場合があります。やりたくないことも時としてやらなくてはならなかったし、
 親しくしていた人に裏切られてがっかりすることもありました。利用するために心にもない賞賛
 の言葉を並べる人もいれば、意味もなく――としか僕には思えないのですが――罵声を浴びせか
 けてくる人もいます。あることないことを言われたりもします。そのほかいろいろ普通では考え
 られないような奇妙な目にもあってきました。

  僕はそんなネガティブな出来事に遭遇するたびに、そこに関わってくる人々の様子や言動を子
 細に観察することを心がけました。どうせ困った目にあわなくちゃならないのなら、そこから何
 か役に立ちそうなものを拾い上げていこうじゃないかと(「何はともあれ元は取らなくちゃ」と
 いうことですね)。そのときはもちろんそれなりに傷ついたり落ち込んだりしましたが、そうい
 う体験は小説家である僕にとって少なからず滋養に満ちたものであったと、今では感じています。
 もちろん素敵なこと、楽しいことだってけっこうあったはずなんですが、今でもよく覚えている
 のはなぜか、どちらかといえばネガティブな体験の方です。思い出して楽しいことよりは、むし
 ろあまり思い出したくないことの方をよく思い出します。結局のところ、そういうものごとから
 の方が、学ぶべきことは多かったということになるのかもしれませんね。



  考えてみると僕の好きな小説には、興味深い脇役が数多く登場する小説が多いようです。そう
 いう意味合いでまずぱっと頭に浮かぶのは、ドストエフスキーの『悪霊』ですね。お読みになっ
 た方はわかると思うんですが、あの本にはなにしろ変てこな脇役がいっぱいでてきます。長い小
 説ですが、読んでいて飽きません。「なんでこんなやっか」と思うようなカラフルな人々、けっ
 たいなやつらが次々に姿を見せます。ドストエフスキーという人はきっとものすごく巨大な脳内
 キャビネットを持っていたのでしょう。

 

  日本の小説でいえば、夏目漱石の小説に出てくる人々も実に多彩で、魅力的です。ほんのちょ
 っとしか顔を出さないキャラクターでも、生き生きとして、独特の存在感があります。そういう
 人たちの発する一言や、表情や動作が不思議に心に残ってしまったりします。漱石の小説を読ん
 でいていつも感心するのは「ここでこういう人物が出てくることが必要だから、いちおう出して
 おきます」みたいな間に合わせの登場人物がほとんど一人も出てこないことです。頭で考えて作
 った小説じゃない。しっかりと体感のある小説です。言うなれば、文章のひとつひとつに身銭が
 切られています。そういう小説って、読んでいていちいち信用できてしまうところがあります。
 安心して読めます。


                        「第九回 どんな人物を登場させようか?」
                             村上春樹 『職業としての小説家』


飽きないですね~ぇ。ほんと! 次回も第九回のつづき。


                                      この項つづく

 

 

 

 

ゾンビなトライアングル

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    匠人の削りて能わざるも、その縄を排するなきがごとし。 /   墨子



      ※ ここでの「縄」とは「墨縄」のこと、「原則」の暗喩。

 

 

【時代は太陽道を渡る 19】

● 界面依存なペロブスカイト太陽電池

瀬川浩司東京大学教授らの研究グループは、ペロブスカイト太陽電池のヒステリシスが生じる原因が
「酸化チタン/ペロブスカイト」界面における格子のミスマッチが主因であると結論た。前回につづ
き今回はそれを裏付ける「等価回路」を提案し、界面接合の不完全接触により誘起されるキャパシタ
(電気容量)成分が IーV曲線の分裂を計算機上で再現し検証。
このことから、(1)メチルアンモニウムイオンのダイポールモーメント(双極子モーメント)が原
因説や(2) ペロブスカイトの誘電性説、(3)イオンのマイグレーションなど諸説あるが、こうし
た材料そのものの性質には起因せず、単に層間の接合の善し悪し(デバイスの出来不出来)がヒステ
リシスの多寡に影響を与えることを意味する。

有機金属ハロゲン化物ペロブスカイトに基づく効率的なハイブリッド型太陽電池はI-Vヒステリシ
スの起源が大きな問題となり議論されている。今回、異なる等価回路モデルの模擬I-V曲線は、逆
スキャン(開放回路→短絡回路)と順スキャン(短絡回路→開放回路)で18.0%と8.8%の変換
効率のペロブスカイト太陽電池平面のIV曲線で、二重ダイオード、コンデンサ、シャント(回路の
電流を検出する)抵抗器シリーズと単一直列抵抗器シリーズとで構成する等価回路モデルを使い模擬
IV曲線を生成させ、大きなヒステリシスを実験観察し検証する。このように、酸化チタン/CH3NH3
PbI3 とCH3NH3PbI3 /spiro-OMeTAD 界面での格子不整合欠陥により生成した電気容量がペロブスカイ
ト太陽電池のヒステリシス(塑性変形)の起源とする。

そこで、環境管理が徹底できれば、日本発の太陽核融合エネルギー変換デバイス(=太陽電池)の爆
発的普及が想定され、これは面白くなりそうだ。




※ シャント抵抗器とは(下図)



※ Determination of Chloride Content in Planar CH3NH3PbI3-xClx Solar Cells by Chemical Analysis 15.05.21
     http://doi.org/10.1246/cl.150385

 

 

※  ペロブスカイト太陽電池とは

『ペロブスカイト太陽電池』と称する特殊な結晶構造を持つもので、現在主流のシリコン系に比べ、
格段に安く太陽電池を作れる。炭素などの有機物、鉛などの金属、ヨウ化物や塩化物といったハロゲ
ン化物で構成する“有機無機ハイブリッド型”簡単に製作でき、高い発電効率が得られることで注目
される。シリコン系に必要な高温加熱や高真空プロセスが要らず、基板の上で多孔質の酸化チタンに
溶液を塗布して乾かすだけで作製できる。1平方メートル当たり150円程度の原材料を塗るだけで
発電できる特徴がある。そもそも『ペロブスカイト太陽電池』は09年に桐蔭横浜大学 宮坂力教授ら
のチームがペロブスカイト結晶の薄膜を発電部に使用、太陽電池として動作することを突き止る。当
初は発電効率が低く注目されなかったが、12年に米科学誌『サイエンス』の“10.9%”の発電効
率を実現したニュースことで注目を浴びる。 

その後、世界各国から高効率化したとの成果が次々と発表され、14年にシリコン系と比べてもヒケ
を取らない約20%の変換効率を達成。物質・材料研究機構(NIMS)の開発チームがペ、ロブスカイ
ト太陽電池の製造プロセスで製品バラつき原因の水分や酸素を排除することで、理想的な半導体特性
を実現。また東京大学の瀬川浩司教授は壁や人が発する赤外光を吸収して発電する“色素増感型”太
陽電池を『ペロブスカイト太陽電池』と組合わせることで、シリコン系を超える発電効率の高い太陽
電池の開発に成功。『ペロブスカイト太陽電池』は今や世界中が注目、日本発の画期的な発明(もう
1つノーベル賞候補)だけに国家レベルで実用化を後押しすべきであろう。




● ナスの受粉作業が省ける遺伝子の発見

農研機構とタキイ種苗株式会社が共同で、ナス、トマト、ピーマン等のナス科野菜に単為結果性 (受
粉させなくても果実が着果・肥大する性質) をもたらす新しい遺伝子を発見し、国際特許出願 (出願
番号PCT/JP2015/ 051239) 。タキイ種苗株式会社が育成いた単為結果性のナス系統「PCSS」を調査、
この系統にはひとつの遺伝子に突然変異があること、果実の成長に必要な植物ホルモンであるオーキ
シンがこの変異で増えること――単為結果性の原因であることを明らかにする。この成果で、同株式
会社は「PCSS」の強い単為結果性を持つと同時に収量性や果実品質にも優れたナスの実用品種を育成
中で近く発表するとのこと。さらに、トマトやピーマンにも同じ働きを持つ類似の遺伝子があり、ナ
スと同様に単為結果性品種の開発に利用できることも明らかにする。他のナス科野菜での単為結果性
品種の開発にもつながり、国内生産現場における生産性向上や栽培の省力化に大きく貢献できるとみ
られている。

 WO/2015/108185

※ コドン:遺伝暗号の単位

一般に、ナスの通常型遺伝子Pad-1と比べて、PCSS系統の変異型遺伝子pad-1ではタンパク質のコー
ド領域のうち後半部分から最終末端(終止コドン)までが完全に失われる。このような大規模な欠失
が起き、変異型のpad-1から作られる遺伝子産物(タンパク質)は正常な機能をほぽ完全に失ってい
ると考えられている。なるほどと思うかたわらで、大きな欠失にもかかわらず、何故、茄子の形がた
もっているのか素人には不思議でたまらない。が、先をすすめよう。

 

上図では、開花時の子房ではPCSSの内生オーキシン(LAA)含量は通常型(一般のナス)の約3倍の
高い値を示し、これが単為結果が誘導される原因と考える。茎頂(茎の先端)では IAAの内生量には
大きな違いがないため、pad-1に生じた変異のオーキシン含量への影響は子房に限定的と考える。

また、上図の、トマト、ピーマンにおけるPad-1 直系遺伝子の機能概説によると、トマトでは遺伝子
組換え、ピーマンでは人為突然変異により、Pad-1 直系遺伝子の働きを抑制し、果実肥大の有無を調
べると、一般のトマト(a)とピーマン(d)では、未受粉条件で果実の肥大が全く認められず、一方、遺
伝子を抑制した個体では、未受粉でも果実の明瞭な肥大が認めらる(トマト;b,c、ピーマン;e)。
受粉なしで、果実内部には完全な種子なしとなっている。

このように、低温期におけるナスの促成栽培では、果実の確実な着生と肥大を促すため、マルハナバ
チ類等を用いる受粉促進や着果促進剤の施用が広く行われているが、マルハナバチ類の利用する場合、
(1)一定の導入経費を必要とする。(2)また、マルハナバチ類のうち、外来種は利用に法令上の
制限があることなどの問題点がある。(3)さらに、着果促進剤の施用は全労働時間の約330%を
要する重労働であり、その軽減策が求められている。

このような背景のもと、着果促進対策を必要としない単為結果性をもつ品種の開発には大きな期待が
寄せられてきた。これまでにナスのDNAマーカー連鎖地図の構築など、分子遺伝学の手法を用い品種
改良技術の高度化に取り組んむ。一方、タキイでは強い単為結果性を示すナス系統「PCSS」が育成さ
れ、11年より共同で「PCSS」のもつ単為結果性遺伝子の単離とその作用機作の解明による新しい育
種技術の開発に着手してきた。今回下記の4つの成果をえる。

1)ナス系統「PCSS」の単為結果性は第3染色体上にある変異型遺伝子pad-1(仮称)によりもたら
 されること、この遺伝子は通常型の遺伝子pad-1が自然突然変異により機能を失ったものであるこ
 とが明らかにされた。
2)「PCSS」の開花時の子房5)では、普通のナスに比べてオーキシン(IAA)の含量が約3倍から5
 倍程度高いことが明らかになる。オーキシンはナスやトマトの着果促進剤として広く用いられてい
 ることから、子房のIAA濃度が高いことが「PCSS」の単為結果性の原因であると推定される。
3)通常型のPad-1遺伝子は子房のIAA含量を低く保つ働きをもつ酵素をコードしていることがわかり
 変異型のpad-1持つ遺伝子を持つ「PCSS」ではその機能が失われれ、子房のIAA含量が上昇してい
 ると考えられる。
4)トマトおよびピーマンにおいてPad-1の直系遺伝子(オルソログ)の働きを妨げると、ナスと同様
 に、IAA含量が向上するとともに単為結果性が確認された。このことから、Pad-1の機能が抑制する
 ことで、単為結果性となる現象は、ナス、トマト、ピーマンに共通であることがわかった。

以上だが、ナス、トマト、ピーマンは大量に広範に消費されている現状から、"この差" の影響は大き
いと思われる。

 

 

 ● 今夜の一曲

 

米国防当局者は米国時間26日、米海軍のミサイル駆逐艦「ラッセン」が、南シナ海で中国が造成し
た人工島から12カイリ(約22キロ)の境界に接近しており、12カイリ内に数時間とどまる見通
しだと明らかにした。米国防当局者はロイターに対し、「オペレーションが始まった。数時間以内に
完了するだろう」と述べた。

太平洋戦争前、執拗に米国は日本の「侵略」を咎め、ABCD包囲網を敷いた。いままさに、CをJ
に置き換え包囲網を敷く。軍と軍が向かい合えば、"鳥の羽音"での開戦もありうる。いままさに、
「パリは燃えている」と誰かが電話をかけているかもしれない。

 

  ハロウイン

【ゾンビなトライアングル】

● ハロウィン-ゾンビ-放射能汚染(突然変異)

日本でハロウィンのイベントを楽しむようになり、ゾンビっぽい仮装が目立つ昨今。米国人は何でもゾンビ化さ
せるのかと不思議に思う。そもそも、ハロウィンまたはハロウィーン(Halloween)とは、毎年10月31日の夜
におこなわれる西洋の年中行事で、古代ケルト人のドルイド教――その司祭をドルイド(Druide)といい、
占いを行い、生活面でも指導者である。霊魂の不滅を信じ、主神を中心にし系統づけられた動植物や
天空の自然神を崇拝宗教。ドルトイは、宗教者にとどまらず、政治指導したり、争い事の調停を行う、
ケルト社会の重要面で役割を果たす司祭――が起源とされている収穫祭のこと。

万聖節(諸聖人の日:11月1日)の前夜祭にあたり「諸聖人の日(All Hallows)」の「前夜(eve)」である「Hallows
eve」訛り「Halloween」 となった。もともとは秋の収穫を祝い、悪霊――人間は霊魂と肉体との結合より
なとみなし、霊魂は肉体が滅びたあとも永遠に存在し、未来の生活をもつという説で不死説の一種。
神話的、原始的霊魂観として一般的で、祖先崇拝、輪廻転生説などに発展。宗教の源泉とみなされて
いて、その霊魂こと霊の仲の悪しき霊を――追い払う宗教的な意味合いの行事。現代ではで米国で民
俗行事として定着。米国などでは宗教的な意味合いが薄れ、カボチャをくりぬき、中にロウソクを立
てた「ジャック オー ランタン(Jack-o’-lantern)」を飾り、幽霊や魔女に仮装した子供たちが、近
所の家を訪問してお菓子をもらう風習が定着する。ハロウィンの言葉で有名なのは、「トリックオア
トリート(Tric or Treat)」。このトリックオアトリートは、ハロウィンで仮装した子供たちが、近所
の家を訪問してお菓子をもらう時に使う決まり文句(「お菓子をくれないと悪戯するぞ」との意)な
ので、言われた方は「Happy Halloween!」と答えて、お菓子をあげるのが習わし。そのときの子供の
行動規範は、①団体行動する(一人は絶対ダメ)、②知らない家は訪問しない、③蛍光色など目立つ
色のものを身に着ける、④ランタンや懐中電灯を持参する、⑤もらったお菓子は保護者がチェックし
てから食べる。⑥銃を持ち歩かない(発砲しない)――いや、⑥は冗談です。



それじゃ、仮装のテーマがゾンビ(英語: Zombie)――何らかの力で死体のまま蘇った人間の総称で
ホラーやファンタジー作品などによく登場し、「腐った死体が歩き回る」という描写が多い――にな
った起源は何だろう?ネット上で検索してもよくわからない。お化けを好むのは洋の東西問わずあり
がちなことだが、どうも、ホラー映画やカプコンのゲーム・シリーズの影響と思うが、欧米や日本の
ホラー映画の「サバイバルホラー」が起源かもしれない。この言葉は96年に発売された『バイオハ
ザード』――バイオハザード (biohazard)とは、 生物災害。病原体や細菌の実験や研究などで人体・
自然の生態系に生じる危険のことで、いまだに解明されていない病気(釘宮病他)や抑えきれない衝
動の解放(変態など)によって引き起こされる未曽有の災害―――のことだが、それ以前のゲームの
『アローン・イン・ザ・ダーク』はこのジャンルの先駆け。この言葉は『バイオハザード』以前に発
売された同種のゲームにもよく現れている。 

ゾンビといえば、このところ、日本では原発の再稼働やその審査許可が続き、フェード・アウトどこ
ろか、死者が黄泉がえっているから皮肉な話で、内部被爆の実態もわからないのに、無謀にも動かす
という反社会的行為を公権力が行うのだから「最高の道徳」も地に落ちたもの。それほどミュータン
トの仮装を楽しみたいというなら、"美し国”の他でやってくれないかなとハロウィンを前にして思
ったりする。

黄昏のワルツ

 

世界覇権百年戦略

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       穫を舎てて栗を拾う   /    墨子

         

      ※ 取り入れをやめて落ち葉を拾う。「穫」は「原則」「義」の暗喩。


 

 

 Filipinos, Vietnamese join anti-China protest

  

● 折々の読書  『China 2049』Ⅰ

                                  秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」     

                                                                 マイケル・ピルズベリー 著
                                                    野中香方子 訳

ニクソン政権からオバマ政権にいたるまで、米国の対中政策の中心的な立場にいた著者マイケ
ル・ピルズベリーが、自分も今まで中国の巧みな情報戦略に騙されつづけてきたと認めたうえ
で、中国の知られざる秘密戦略「100年マラソン(The Hundred-Year Marathon)」の全貌を描い
たもの。日本に関する言及も随所にあり、これからの数十年先の世界情勢、日中関係、そして
ビジネスや日常生活を見通すうえで、職種や年齢を問わず興味をそそる内容となっている。

マイケル・ピルズベリー(Michael Pillsbury)

45年米カリフォルニア生まれ。米スタンフォード大学卒業(専攻は歴史学)後、米コロンビ
ア大学にて博士課程を修了。69~70年国連本部勤務を経て、73~77年ランド研究所社
会科学部門アナリスト、78年ハーバード大学科学・国際問題センターのリサーチフェロー、
81年国務省軍備管理軍縮庁のディレクター代行、84年国防総省政策企画局長補佐、86~
90年議会上院アフガン問題タスクフォース・コーディネーター、92~93年国防総省総合
評価局特別補佐官、98~00年国防総省特別公務員(米国国防科学委員会)、97~00年
米国防大学客員研究フェロー、01~03国防総省政策諮問グループメンバー、03~04年
米中経済・安全保障検討委員会シニア調査アドバイザー、04年以降、現在も国防総省顧問を
続け、ハドソン研究所中国戦略センター所長を務める。米外交問題評議会と米シンクタンクの
国際戦略研究所(CSIS)のメンバー。米ワシントン在住。 著書に『Chinese Views of Future W-
arfare』『China Debates the Future Security Environment』などがある。

 【目次】

 序 章 希望的観測
 第1章 中国の夢
 第2章 争う国々
 第3章 アプローチしたのは中国
 第4章 ミスター・ホワイトとミズ・グリーン
 第5章 アメリカという巨大な悪魔
 第6章 中国のメッセージポリス
 第7章 殺手鍋(シャショウジィエン)
 第8章 資本主義者の欺瞞
 第9章 2049年の中国の世界秩序
 第10章 威嚇射撃
 第11章 戦国としてのアメリカ
 謝 辞
 解 説 ピルズベリー博士の警告を日本はどう受け止めるべきか
     森本敏(拓殖大学特任教授・元防衛大臣)


  序章 希望的観測


                         嘴天過海――天を欺きて海を過る

                             『兵法三十六計』第一計


  2012年11月30日の正午、晩秋の澄みきった空のもと、用意された多くのカメラ
 とマイクの前にスミソニアン協会会長、ウェイン・クローグが現れた。白いあごひげをた
 くわえた気さくな人物だ。ナショナル・モールを冷たい風が吹きぬける。オーバーを着込
 んだ聴衆が、クローグのスピーチに聞き入る。それが終わると、ヒラリー・クリントン国
 務長官が、意味ありげに金色のメダルを高く掲げた。授与されるのは、著名な中国の現代
 美術家、蔡國強である。前夜には、東洋美術を展示するスミソニアン博物館群のサックラ
 ー・ギャラリーで祝賀パーティが開かれた。

  わたしの妻スーザンも主催者のひとりだった。400人ほどの招待客には、下院民主党
 院内総務のナンシー・ペロシ、マイケル・オブ・ケント王子妃、74歳になる故イラン国
 王の夫人といったセレブリティーが名を連ねた。乾杯の時、客人たちは、2008年北京
 オリンピック開会式の壮大な花火でその名を世界に知らしめた蔡に目で挨拶しながら、中
 国とアメリカの連携を祝ってグラスを掲げた。蔡は中国の象徴をパフォーマンスアートで
 祝うことで知られていて、万里の長城の終点から火薬と導火線を1万メートルにわたって
 敷設し、順次爆発させていく「万里の長城1万メートル延長プロジェクト」を成功させた
 こともある。その夜のパーティは・100万ドル以上の寄付金を集め、さまざまな新聞や
 雑誌に取り上げられた※。

※ Susan Wattcrs,“NO Longer a Party Divided at Sackler Muscum,”Women's Wear  Daily Deccm-
      ber 3, 2012,http://www.wwd.com/eye/Parties/no -longer-a-Party-divided-6517532; Miguel
     Bcnavidcs,“Arthur M. Sackler Gallcry CClcbratcs 25th Annivcrsary,” Studio International,Nove-
     mbcr 2012, httP://www.studiointcmational.com/index.PhP/arthur-m-sacklcr-gallery-celcbrates-25
     th-anniversary.


  翌日、ナショナル・モールで紹介された蔡は、スーツにグレーのオーバー、オレンジ色
 のスカーフといういでたちだった。白髪の、スマートでハンサムな彼は、ナショナナル・
 モールを見渡し、自らの最新の作品であるクリスマスツリーに視線を注いだ。高さがビル
 の4階ほどもあり、2000発の爆薬がしかけられている。蔡が小型の点火装置のスイッ
 チをひねると、観客の目の前でツリーが爆発した。枝を厚い黒煙が覆う。蔡は再びスイッ
 チをひねり、ツリーは再び爆発した。さらに3度目が繰り返された。この5分間のパフォ
 ーマンスで広大な芝生一面にツリーの葉が散り、中国による火薬発明の象徴である黒い煙
 幕が、スミソニアン博物館の顔ともいえる赤煉瓦の建物の正面玄関に押し寄せた※。この
 爆発で出た破片や残骸をすっかり片づけるには2ヵ月はかかるだろう。

※ "Black Christmas Trce”は以下のサイトで動画が視聴可能。http://www.youtube.com/watch?
       v
=UeZyGnxTWXY.

 
  クリスマスまでIカ月を切ったこの日に、自分はなぜ、アメリカの首都の真ん中で中国
 人アーティストがキリスト教のシンボルを吹き飛ばすのを見ているのだろう、と考えた人
 がゲストのなかにいたかどうかは定かではない,わたし自身、爆発の瞬間に、その破壊行
 為を正しいことだと思ったかどうかは覚えていないが、他の観客と一緒に拍手したのは確
 かだ。政治的な論争が起きることを予見したのだと思うが、博物館のスポークスマンはワ
 シントン・ポスト紙に「作品自体は必ずしもクリスマスに因むものではない」と語った※。

※ MauraJudkis,“Sackler to Celebrate Anniversary with a Daytime Fireworks Display,’ Washinton
      Posr, November 29, 2012,http://www.washington post.com./entertainment/museunls/sackler-to
      -cclebrate-anniversary-with-a-daytime-fireworks-display/2012/H/29/7fdf2104-3a35-He2-8a97-363
      bofgaoab3_story.html.


  実際、博物館は蔡のパフォーマンスをただ「花火」と呼んだ。蔡が自らのウェブサイト
 で「黒いクリスマスツリー」と呼んだのに比べると、曖昧な呼び方だった。※。
  クリントン国務長官の側近がマスコミの一団に見えるように金メダルを掲げると、蔡は
 控えめに微笑んだ。蔡が受賞したのは、アメリカ国務院芸術勲章だ。芸術分野で活躍した
 個人や団体にアメリカ政府が贈る最高栄誉の賞で、このようなパフォーマンスに贈られる
 のは初めてである。メダルはクリントン長官から、アメリカの納税者の厚情による25万
 ドルの賞金とともに蔡に授与された。長官によると、受賞理由は、蔡が「理解と外交の前
 進に貢献した」からだ※。蔡も同じ考えのようだった。

※ The Art in Embassics Fiftieth Anniversary Luncheonでのヒラリー・ローグム・クリントン国
   務長官による発言。Novembcr 30. 2012,httP://m.state.gov/md201314.htm.


 「すべてのアーティストは外交官のようなものです」と彼は言った。
 「芸術はときに、政治にはできないことを可能にします※」

※ “Medal of Arts Conversation,”U.S.DCPartmcnt of State,Novcmbcr 30, 2012,httP://art.state.gov/
      Anniversary.asPX?tab
=images&tid=106996.  


  わたしはいくらか疑いを抱き、翌日、中国から亡命してきた元高官と秘密裏に会った際
 に、蔡のことを話題にした。元高官は、賞についても、ツリーの爆破についても、信じが
 たいといった面持ちだった。わたしたちはインターネットをくまなく探した。蔡とその芸
 術作品について、さらに知りたいと思ったからだ。それも蔡の才能を讃える英語の記事で
 はなく、中国人が中国語で、最も称賛される自国民について書いているサイトに目を向け
 た。

  蔡には中国国内に非常に多くのファンがいることがわかった。間違いなく彼は、かつて
 も今も、中国では艾未来についで最も人気のある芸術家だ。蔡のファンの多くは、ナショ
 ナリストで、蔡が西洋人の目の前で西洋の象徴を壊したことに喝采を送った。
  中国のナショナリストは自らを「タカ派」と呼ぶ。タカ派の多くは陸海軍の将官や政府
 の強硬派で、彼らに会ったことのあるアメリカ人はごくわずかだ,しかし、わたしは彼ら
 のことをよく知っている。と言うのも、1973年以来、アメリカ政府の指示で、彼らと
 ともに仕事をしてきたからだ。アメリカの同僚の中には、タカ派を変わり者扱いする人も
 いるが、わたしに言わせれば、彼らの言葉こそが中国の本音なのだ※。

※ 同様の見解については Yawei Liu and Justine Zheng Ren‘An Emerging Consensus on the US
     Threat: The united States According to PLA Officer, "Journal of Contemporary China 23, no.86
     (2014):255-74.  タカ派の役割のより懐疑的な見解については Andrcw Chubb,"Arc China’s
     Hawks Really thc PLA Elitc Aftcr AII?[Rcviscd],” southseaconversations blog, posted Dcccmbcr
     5, 2013,(2014年4月7日アクセス)。http://southseaconversations.wordPress.com/2013/12/05
     /are-chinas-hawks-actually-the-Pla-elite-after-all/.Chubb
は次のように言う。「タカ派は人民解
   放軍の考えを代表する場合もあるが、それを公にするのは賞賛されるときだけだ」(傍
   点は原著者による)。


  蔡とタカ派は、「アメリカの凋落と強い中国の台頭」という物語を強く支持していると
 思われる(偶然にも、蔡の「國強」という名は、中国語で「強い国」という意味だ)。蔡
 の初期の展覧会は、趣向はさまざまだが、テーマは一貫してその物語だった。たとえば、
 アメリカ人兵士がアフガニスタンやイラクでIED(即製爆弾)の攻撃にさらされていた
 時明に、蔡は自動車の爆破をシミュレートし、見る人に、「テロリストの兵器と攻撃がも
 たらす一種の贖罪的美」を味わうことを求めた※。また彼は、9・11テロ攻撃について、
 それが芸術であるかのように、世界の観衆にとって「見物」だと、眉を上げて言った。ま
 もなくして、オックスフォード大学のある教授が、蔡國強の愛読書が「超限戦:全球化時
 代戦争或戦法(制限のない戦争:グローバル時代の戦争と戦略)』であることを明かした
 そうだ※。それはふたりの中国人大佐による軍事分析の書で、「テロを含む非対称な方法
 (訳注*正規の軍事カではない思いがけなぃ方法)でアメリカを攻撃する」ことを中国政
 府に提唱している※。そしてツリーが爆破された今、中国のプロガーは、アメリカ連邦議
 会議事堂の目と鼻の先で彼らのヒーローがキリスト教のシンボルを破壊したことを喜んで
 いた。このジョークはわたしたちへの強烈な当てつけだと思われた。

※ William A.Callahan,“Patriotic Cosmopolitanism: China's Non-omcial lntcllcctuals Drcam of
      thc Futurc,"British Inter-University China Center(BICC) Working Paper Series 13(Octobcr 2009)
      :9,httP://www.bicc.ac.uk/nlcs/2012/06/13-Callahan.pdf
※ 同上
※ 同上。Callahan は同書について8~9ページで次のように書いている。「(本書は)ふたり
   の人民解放軍の陸軍将官が、アメリカヘの攻撃に、テロを含む非対称兵器を利用すること
   を中国政府に提案するためのものだ」以下も参照。Qiao Liang and Wang xianghui,Choxia-
      nzhan: Quanqiuhua Shidai Zhanzheng Yu Zhanfa [Unrestricted Warfare: War and Strategy in the
      Globalization Era](Beりing: Social Scienccs Press, 2005[1999]).


  わたしも後になって知ったのだが、蔡に賞金を贈ることに尽力したアメリカの高官は、
 彼の背景やその芸術の疑わしい戦略について何も知らなかったそうだ。妻もわたしも騙さ
 れたような気分だった。わたしたちは、目の前で繰り広げられている破壊的なパフォーマ
 ンスの意味を知らずにはしゃぐ、のん気な未開人そのものだった。そして大きな目で見れ
 ば、アメリカの対中政策も同様の愚を犯しているのだ。中国の指導者は西洋諸国の人々に、
 中国の台頭は平和的になされ、他国に犠牲を強いることはないと信じさせた,しかし彼ら
 が進めている戦略は、それを真っ向から否定するものだった。

                             「序 章 希望的観測」
                 マイケル・ピルズベリー 『China 2049』

 




昨夜の「今夜の一曲」のつづきなるが、たまたま、BS放送を観ていると、マイケル・ピルズベ
リーが生放送に出演、同氏の近著(同上)の宣伝も兼ね?対中政策のインタビューを放映。も
ちろん、同氏の著書や履歴などは全く知らないが、尖閣列島や南沙諸島での紛争の対抗策とし
て、同氏が中国政府の弱点を突く「ボイコット」(=不買運動)は考えたことはないのかと、
フジテレビジョンのアナウンサーとコメンテイタに反質するも、日本では政経分離で、まった
く考えていないという風な受け答えを行っていたが、わたし同じことを考えている(『国際的
不買運動の準備』2015.06.20)――ボイコット運動には(1)中国が反日でやるような官製運
動と(2)非政府団体が行う国際連帯運動の2通り考えられる、後者を想定―――のではない
と興味を惹き、早速、伊国屋書店へオンライン発注し目を通す。

 




同著の概要はネット上で紹介――小平が、天安門事件で西側諸国による制裁を受けて出した
外交方針「韜光養晦(とうこうようかい)」は、これまで「中国は、経済発展を最優先するの
で、海外との摩擦は最小限に抑え平和を求める」方針だと理解されてきたが、「それは誤った
解釈」で、「韜光養晦の本質は『野心を隠す』」時間稼ぎ策で、これこそ中国の長期的な野望
を象徴し、中国共産党には、中華人民共和国を設立した時から「再び世界の覇権国としての地
位を奪還する目標に従いその実現のために百年に及ぶ戦略を実行している――されている(日
経ビジネスオンライン 2015.09.18)。それによると次のようになる。

(1)米中国交正常化は中国からの働きかけにより実現
(2)新興国は覇権国に潰される運命にある
(3)「韜光養晦」は中国の戦略を象徴する言葉
(4)毛沢東の愛読書『資治通鑑』が起源の覇権戦略
(5)習近平は「強中国夢」のゴールを2049年であると公言


なんぼ抽斗が多いと言っても、外交分野はずぶの素人ここは熟っくりと読み進めようと決める。

                                                                                          この項つづく                       


時代は太陽道を渡る 20

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       いま善を求むる者寡なし、強めて人に説かざれば、人これを知るなし  /    墨子

  公孟 -儒者との対話-

● 沈黙は美徳か

 「万事ひかえ目にして、問われなければ沈黙をまもり、問われたときにはじめてこたえる人物、これ
 が君子です。君子はちょうど鍾のようなものです。たたけば鳴り、たたかなければ鳴らない」
  墨子がこたえた。
 「それについては、三つの場合を考える必要がある。あなたがいうのは、そのひとつの場合にすぎな
 い。しかも、あなたはその意味さえわかっていない。
  暴虐非道な政治が行なわれている場合には、君主を諌めたところで、不遜な者とみなされてしまう。
 たとい側近をつうじて諌めたところで、優越な者とみなされるのがおちである。君子はどうしてよい
 かわからなくなるから、沈黙を守る。たたかれなければ鳴らないというのは、こういう止かを得ない
 場合なのだ。

  しかし、君主の失政により、国が戦争や内乱の危機に直面した場合には、君子はすすんで諌言する
 必要がある。その諌言が君主に利益をもたらすことがわかれば、君子は必ずきき入れるだろう。した
 がって、こういうさいには、君子は、たたかれなくとも鳴る必要がある。
  また、君主が義に反した計画を採用して戦争をはじめる場合もある。どんなに巧妙な作戦計画を立
 てたところで、この戦争の目的は、罪のない他国の領土を侵略し、物資や財産を奪うことにほかなら
 ない。こんな戦争をはじめれば、君主は天下の笑い者となる。不義の戦争は、攻める側にも攻められ
 る側にも、利益をもたらさない。この場合にも、君子はたたかれなくとも鳴る必要がある。

  それに、あなたは先ほど、君子を鍾にたとえて、たたけば鳴り、たたかなければ鳴らないのが君子
 のとるべき態度だといった。しかし、あなた自身はどうか。わたしがたずねもしないのに、話を持ち
 出したではないか。つまり、たたかれないのに鳴ったのだから、あなたの論法にしたがえば、あなた
 は君子ではない」

※ 公孟子

 孔子門下七十子のひとりであるといわれているが、明らかではない。墨子が孔子の直弟子である子夏
 の弟子だちとかなりの交渉があったことからみて、あるいは、子夏の弟子かも知れない。いずれにせ
 よ、最も墨子と交渉の深かった儒者であることは確かである。

 美徳の功罪 「問わなければ沈黙をまもり、問われたときにはじめてこたえる」という態度は、君子
 の美徳として、儒家が積極的に主張した態度である。だが、墨子は、君子にとってあえて発言しなけ
 ればならない場合があることを強調する。万事、控え目な態度がよしとされる社会が、どんなに沈滞
 した空気を醸し出すか、われわれ現代人にとっても、思い当るふしがあるのでなはいか。また、この
 一節は、教条を鵜呑みにする画一主義にたいする批判でもある。

 

 

 


【時代は太陽道を渡る 20】

 ● メタル・ラップ・スルー裏面接続太陽電池(MWT)で世界一の変換効率達成

長州産業株式会社は、ECN――The Energy Research Centre of Netherlands(オランダ・エネルギー研究所
――と共同してシリコン・ヘテロ接合太陽電池セル技術をメタル・ラップ・スルー型のバックコンタク
ト太陽電池構造に応用する実験を実施。同社はヘテロ接合太陽電池に関して世界でもトップレベルの技
術力を保有する。この共同実験の結果、これまで同型太陽電池での世界最高記録の20.3%の変換効率
を更新し、21.5%の効率を確認。また、ヘテロ接合太陽電池は、三洋電機(現パナソニック)により
発明された技術。この技術は(1)高効率で、(2)夏季の高温時にも性能低下が少ないことなどの理
由から次世代太陽電池として非常に高い注目が寄せられている。

MWT太陽電池は、通常の太陽電池構造(業界ではH型パターンと呼ばれている)と比較し、多くのメ
リットを持ち、例えば、(1)集電配線によって生じる影が少なく高い電流が得られ、(2)寒暖によ
る気温の上下動に対し耐久力を持ち、(3)基板の薄型化が容易になり、(4)低コスト高性能が得ら
れる。また、H型パターンを持つSヘテロ接合太陽電池の製造工程に対し、比較的簡単な変更を加えるこ
とでMWT-SHJ型J太陽電池が量産できる。同社とECN研究所の技術融合により、国内の住宅屋根
用太陽電池次世代技術として高性能でコストパフォーマンスは、競合他社との差別化を実現しうるもの
と期待されている。


※ 長州産業の関連特許事例

太陽電池モジュールでは、限られた設置面積で効率よく太陽光を電力に変換する高い発電効率(光電変
換効率)が求められている。このため、シリコン系の太陽電池素子では、ヘテロ接合を有する太陽電池
素子が注目されている。ヘテロ接合を有する太陽電池素子では、例えばn型結晶シリコン基板とp型ま
たはn型非晶質系シリコン系薄膜層との間に、真性非晶質系シリコン系薄膜層を積層し、真性非晶質系
シリコン系薄膜層によりキャリアの再結合を抑制し、太陽電池素子における高い開放電圧を実現してい
る。

また、太陽電池素子の発電効率は、短絡電流(Isc)、開放電圧(Voc)及び曲線因子(FF)の
積で算出される。ヘテロ接合を有する太陽電池素子の開放電圧及び曲線因子は、非晶質系シリコン系薄
膜層を厚くすると増大する傾向にある。一方、非晶質系シリコン系薄膜層を厚くすると、この非晶質系
シリコン系薄膜層による太陽光の吸収量(遮断量)が増加し、外部量子効率の低下、短絡電流の低下が
生じる。このため、ヘテロ接合を有する太陽電池素子では、短絡電流を大きく低下させないために、非
晶質系シリコン系薄膜層の厚さに制約が生じ、高い開放電圧の実現と高い短絡電流との実現を両立させ
ることができないという本質的な問題が存在している。

 
そこで、上図1のように、表面側が光入射面となるヘテロ接合を有する太陽電池素子14及び太陽電池
素子14を封止する封止材13を備える太陽電池モジュール10において、太陽電池素子14の開放電
圧が720mV以上であり、封止材13は、太陽電池素子14の表面側に配設される波長変換層27を
有し、波長変換層27は、励起光スペクトルのピーク波長が380nm以上450nm以下、蛍光スペ
クトルのピーク波長が480nm以上である波長変換剤26を含むことで、高い開放電圧と高い短絡電
流を両立させて出力特性の向上を図ったヘテロ接合を有する太陽電池素子を用いた太陽電池モジュール
の提案がなされている(詳細は、上図クリック)。

尚、図7は、膜厚測定方法を示す模式図である。また、図3は、実施例1の太陽電池モジュールと太陽
電池素子のIsc、Voc、FF及びEffを示すグラフ。さらに、図4は、製造例で得た各太陽電池
素子の波長と外部量子効率との関係の表面側非晶質系シリコン系薄膜層依存性を示すグラフである。

 Mohammed bin Rashid Al Maktoum Solar Park

● ドバイで世界最大3ギガワット太陽光発電所入札実施へ

アラブ首長国連邦の大手電力事業者であるドバイ電気・水道局(Dubai Electricity and Water Authority:D
EWA)は10月21日、同社が開発するメガソーラー(大規模太陽光発電所)に関し、95件の入札意
思表明を受けたと発表。15年9月8日~29日に募集していた。ドバイ電気・水道局は現在、提案依
頼書を作成中とし、入札意思を表明した企業に対し、11月に見積もりを依頼し、年内に入札を実施す
る予定。ドバイ電気・水道局が開発しているのは、「Mohammed bin Rashid Al Maktoum Solar Park」。ド
バイ南部にあるSeih Al Dahalに立地する。Mohammed bin Rashid Al Maktoum Solar Parkは、30年までに
合計出力3千メガワット(3ギガワット)の太陽光発電システムを導入する計画。

 Seih Al Dahal

1カ所に建設するプロジェクトとしては、世界最大規模。世界最安となる5.4米セント(6.5円)/キ
ロワット時の発電コストの実現を目標に掲げ。17年4月までに稼働させる第2期分の出力を、当初の
予定から2百メガワットに拡大。第3期も、当初の予定を拡大し8百メガワットとする。なお、メガソ
ーラーだけでなく、技術開発拠点なども整備。この拠点では現在、大手太陽光パネルメーカー各社の2
5品種のパネルを設置するなど、アラビア湾(ペルシャ湾)沿いの気候に最適な製品や技術を検証する。
それにしてもスケールが大きい。細かい心配事はあるが、原油の値段は、太陽光発電(再生可能エネル
ギー)の普及で下落安定が確定。『デジタル革命』は太陽道(サン・ロード)を亘である。


 

● 燃料電池“自転車”が登場

空気を取り込んでペダルをアシスト

燃料電池や水素インフラなどの開発を積極的に推進するドイツの化学工業メーカーLinde Group(リンデ
グループ)は、新たな持続可能なモビリティとして、燃料電池を採用した電動アシスト自転車「Linde H2
bike」を開発し話題を呼んでいる。新開発した電動アシスト自転車には、通常の電池に代わり、燃料電池
を搭載。搭載した燃料電池は周囲の空気から得た酸素とシリンダー内の水素によって発電。シリンダー
内の34グラムの水素で百キロメートル以上でのぺダリングをサポートすることが可能で、特別に開発
した水素補給システムでは、6分以内でシリンダーに水素を補充できる。

    

今回の燃料電池自転車は限定的なプロトタイプとして開発されたものだが、この水素自転車の開発に、
最初のアイデアからプロトタイプを製作するまでわずか3カ月で実現。燃料電池車同様に、燃料電池自
転車は長距離での走行が可能である点と、短い時間での補給ができるという利点を持つ。さらに、充放
電サイクルなどにより電池交換する必要がばいメリットがあり、電池搭載の電動アシスト自転車よりも
優れているのが特徴。欧州では自転車が人気だが、日本でも普及する可能性が大きいと考えられる。こ
れは面白い。

 

※ 燃料電池式電動アシスト自転車特許事例:松下電器産業

時代は太陽道を渡る 21

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       行ないは服にあらず  /    墨子

 

  公孟 -儒者との対話-

 


● 行ないは服に在らず

  公孟子が、冠をかぶり、笏を帯にはさみ、儒者の服装で現われた。そして墨子に向かって、「君
 子は、まず 服装をととのえて行動すべきでしょうか。それとも、服装などは、末のことでしょう 
 か」
 「君子の行ないは、服装とは関係がない」
 「どうしてですか」
 「斉の桓公は、山高の冠をかぶり、幅の広い帯をしめ、金の剣を帯び木の盾を手にしていた。
  晋の文公は、粗衣をまとい、羊皮の上衣を着け、なめし皮で剣をつるしていた。
  楚の荘王は、冠に五色の飾りを垂らし、襟幅の広い、ゆったりとした服を着ていた。
  越王勾践は、髪を短くきりつめ、身体に入れ墨していた。
  この四人の君主は、髪かたちも服装もまちまちであったが、よく国を洽めた点では一致している。
  したがって、君子の行ないは服装とは関係がない」
 「なるほど、おっしゃる通りです。それでは善はいそげ、わたしもさっそく、笏をしまい冠を脱い
 で、出直してまいります」
 「いや、そのままでいてくれ。ここであなたが服装をかえたのでは、服装と行ないが関係あること
 になるではないか」


※ 形式主義の弊害 

「礼・楽」を重んじた儒家は、当然、服装にも気をくばった。当時の社会では、服装によって、人間の
価値がきまったのである。だが、労働を重視した墨子は、これに反撥 励した。服装をととのえたから
といって君子の中身がよくなるわけではない。そういう形式主義は、何ものをも産み出しばしない、と
かれは考えたのである。この章では、墨子の形式主義者に対する批判が、ユーモラスに描かれている。



出典:数字で読み解く23歳からの経済学 日本生命保険

【軽減税率は誰のため Ⅱ】 

消費税を10%に引き上げる際に導入する予定の軽減税率をめぐり、税率を8%にとどめる対象範囲を
広げたい公明党が「財源の壁」にぶつかっている。医療や介護などの自己負担を軽くする「総合合算」
という制度を導入する際に使う予定だった4千億円を財源として、「コメ」や「生鮮食品」などを税率
8%に抑える対象とする方向で検討。一方、公明党は1.3兆円が必要となる「酒を除く飲料・食料品」
を全て対象としたい考えで、新たな財源がないか財務省に説明を求めた。つまり、 財務省は「4千億
円を超えると、予定していた社会保障の一部が実施できなくなる」との回答で、今後、公明党が社会保
障に影響を及ぼさない新たな財源を見つけられるかが焦点となるとしいるが、30日午前、国会内で公
明党は税制調査会の総会を開き生活必需品の税率を低く抑える軽減税率の具体策について議論。出席者
からは税収減を穴埋めする財源として、(1)たばこ税増税や(2)高所得者層の所得税引き上げなど
による捻出も検討すべきだとの意見が出されたが、会合では、税調幹部がこれまでの与党協議について
説明。出席者から「低所得者に現金を配る『簡素な給付措置』をやめることで、財源が生まれるのでは
ないか」などと指摘。公明税調のこれまでの対応方針を支持する意見が相次いだという。(時事通信: 
2015.10.30)。ここで、(2)の直接税へのシフト→所得税(累進課税引き上げ)に言及されているこ
とであるが、これは当然の流れであり、そして、消費税段階的引き上げの停止(見直し)とまでいけば、
リフレ派のわたし(たち)と合流する。



このように、税制議論でわけのわからない議論が続いているが、その事例の1つがビール税制。ビール
の税金が高いため、節税に的を絞った「ビールもどき」が次々と生まれる。メーカーは麦芽を抜いたり
添加物に頼る「色水つくり」に熱心で、日本のビールはカラバゴス化するが、「今年こそ歪んだ税制の
是正を」という動きが業界や自民党から上がり、年末の税制改革で「すっきり税制」になるはずが、マ
イナンバーカードによる消費税還付が頓挫したどさくさに紛れ、ビール税制の改訂議論が頓挫する。節
税ビールは、飲料の技術革新を促す。だが、その成果が低価格の「もどき飲料」の跋扈し、「悪酒が良
酒を駆逐する」といういう悲しい状況になっている(山田厚史「ビール税制改正見送りで本当に得をし
たのは誰か」ダイヤモンド・オンライン 2015.10.29)。なんとも、煩瑣で不毛な理論が続く。
のか?

同額制?同率制?アルコール度数課料制?

 

【時代は太陽道を渡る 21】 

● フランス環境エネルギー管理庁 再エネ比80~100%可能と報告

フランスで今年7月採択された「グリーン成長のためのエネルギー移行法」は30年までに再生可能エ
ネルギー(=再エネ)由来電力の目標40%に設定。このことにより、気候変動抑制とグリーン成長(
=持続可能な社会の経済成長)とに挑戦。同庁は再生可能エネルギー電力の拡大のための制約に関し"再
エネ"ミックスとその影響を調査研究を実施。その結果、高度なエネルギー需要量管理ツールや蓄電設備
で再生可能エネルギー源間をグリッド補完することで――80%~100%の再生可能エネルギーで、
年間を通し需供バランスを安定的に技術的にも経済的にも可能だった。



● 調査要約 6のメッセージ

(1)最適な技術の組み合わせ
(2)高度なフレキシブルな電源システム
(3)気象変動に強い電源ミックス
(4)情報ネットワーク開発が鍵
(5)期待される経済的メリット
(6)機動的な需給バランス管理



 

 

 

 

 

 

しかし、正直驚く。フランスといえば地下岩盤も安定し、地震も少ない、しかも原発先進国だ。その国
の環境・エネルギー管理庁が百パーセントの再生可能エネルギー源ミックスで電力供給が可能だという。
それに比べ、何とお粗末な日本の電力政策だろうと。どこまで税金を溝に捨て、国民生活を危険に曝せ
ば気が済むのか。
 

 

次郎柿と直虎

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       6人の大阪府議でスタートし、5年でここまで来た。
             同じ加速度なら、5年後には衆院で過半数まで行ける。

                                橋本 徹 おおさか維新の会代表

 

  公孟 -儒者との対話 /『墨子』

 ● 教養だけでは

  公孟子が墨子にいった。
 「むかし、聖王の時代には、聖人が天子となり、次にすぐれた人を大臣にすえました。
  ところで、孔子は詩書に明るく、礼楽に通じ、あらゆることをわきまえています。もし孔子が聖王
 の時代に生まれていれば、当然天子に迎えられたのではないでしょうか」
 「あなたは智者の意味をご存知でないらしい。天を尊ぶこと、鬼神につかえること、人を愛すること、
 節約を心掛けること、この四つの条件をそなえた人を智者というのだ。
  いま、あなたは、詩書とか礼楽とか博識とかを数え上げて、孔子は天子になれるといったが、それ
 は、他人の財産を勘定して、よろこんでいるようなものだ」

※ 教養主義の弊害 

ここでは、画一主義、形式主義につづいて、教養主義が槍玉にあがっている。単なるもの知りは、真の「
智者」とはいえない。教養の根底に横たわる確固とした哲学が必要なのだ、と墨子は説く。

 

【次郎柿と直虎】 

文化ブラザで物産会があるというの出かけていた彼女が、期待するほどの盛り上がり欠けたと言いながら、
浜松市産の次郎柿(治郎柿)を買ってきたがのだが、その包装紙にこんなのが入っていたとB5サイズの
一枚の紙切れを見せる。そこには、井伊家の危機を救ったおんな城主伊直虎の生涯の紹介と家系図が印刷
されていた。さて何から話そうか?まず、柿の味のことだが、大変美味しかったということになるのだが、
わたしの舌は敏感なので、ごく微量の渋味は逃すことはなかった。郷里の西吉野の富有柿の上品さと比べ
たらこれは勝負ありだが、そんな贅沢なことは言えるはずもなく彼女に「美味しかった」と感想を伝える。 

つぎに、女武将あるいは女領主の話。戦国時代は結構いたとみえて、(1)甲斐姫(かいひめ)――戦国時
代から江戸時代初頭。豊臣秀吉の側室で、当時彼女がいた城は、父・成田氏長が小田原城にはわずか3百
の兵と城下の民2領民で攻め手の石田三成の東国方面軍約3万・上杉景勝勢、前田利家勢が押し寄せるも
甲斐姫は自ら兵を指揮、堤防を決壊させ石田軍に多数被害を与えている。(2)大祝鶴姫(おおほうりつる
ひめ)――伊予国大山祇神社(愛媛県大三島)の大宮司・大祝安用(おおほうりやすもち)の娘。大祝軍
を実質的に指揮していた鶴姫の兄、安房が度重なる戦の中で戦死。その後、周防の河野氏に敵対していた
当時16歳の大祝鶴姫が陣代として出陣。天文3年(1534)。鶴姫はこのとき大内氏の武将・小原隆
言を討ち取り大内軍を撃退。(3)阿南の方(大乗院)――伊達政宗の伯母で、二階堂盛義の未亡人。盛義
が亡くなった後、当主となった二階堂行親が夭折したため、阿南の方が当主の座を継ぐ。(4)義姫(よし
ひめ)――伊達輝宗の正室。奥羽の鬼姫とも呼ばれ、激しい気性と体格から「男勝り」と思われていた。
(5)田鶴姫――今川氏譜代の引馬(浜松)城主飯尾連竜の妻。今川義元が桶狭間で織田信長に敗れた後
落城間際に夫連竜の鎧直垂をまとい顔には朱塗りの面頬を付け、得意の強弓を放ち立ち向かうも、敗れる。
(6)妙林尼(みょうりんに)――吉岡妙林とも呼ばれる。史料がほとんど残らず、鶴崎城主だった夫が戦
死したために出家。(7)立花ぎん千代(たちばな ぎんちよ)――大友氏の有力家臣であった立花道雪の一
人娘として生まれる。道雪は娘に家督を継がせるため、通常の男性当主の相続と同じ手続きをし、主家で
ある大友家の許しを得て、立花家の当主となる。戦国時代には珍しい。(8)そして、井伊直虎(いいなお
とら)――戦国時代の女性領主。国人井伊氏の当主を務め、「女地頭」と呼れている。父・井伊家二十二代
井伊直盛、母・新野左馬助親矩妹(祐椿尼・松岳院)

井伊直虎(次郎法師)は、井伊家代二十二代当主・直盛の一人娘。直盛には男子がなく、早くより従兄弟の
井伊直親を許婚として家督を継がせる予定であった。ところが一五四四(天文十三年)直親の父・直満が今
川義元に殺され、自身も命を狙われたため直親は信州市田(長野県高森町)松原寺に身を隠した。直虎は悲
観し、龍潭寺で出家し次郎法師を名乗る。一五五五年(弘治元年)、直親は井伊谷に戻り、直盛の養子とな
り奥山朝利の娘と結婚。一五六〇年(永禄三年)、桶狭間の戦いで直虎の父・直盛戦死。井伊家の家臣多数
死亡し大きな損失を被る。一五六一年(永禄四年)、二月井伊直政誕生。家督を継いだ二十三代直親、岡崎
の松平元康(家康)と反今川で内通する。一五六二年(永禄五年)、直親が掛川城下で今川の手で謀殺され
ると井伊家は存続の危機に。翌年、二十代直平死去。翌々年、城代家老中野信濃守曳馬城攻めで戦死。井
伊の名を継ぐ男子は、四歳の遺児虎松言十四代直政)ただ一人となる。



一五六五年(永禄八年)龍潭寺南渓和尚の計らいで次郎法師は後見人として井伊直虎と名乗り、女領主とな
り井伊家を支えた。井伊谷徳政令の難題に対し優れた政治手腕を発揮した。直虎は歴代当主に記名はないが、
受難の井伊家を支え見事にお家を再興した。直虎は後世に語り継がれるおんな城主である。鳳来寺に身を隠
していた直政を一五七五年(天正三年)浜松城主家康公に仕えさせ、出世を見届けた直虎は、一五八二年(
天正十年)激動の人生に幕をとじる。墓は龍潭寺境内、直親の隣に眠る。                    

 

つまり、静岡、井伊谷つながりというわけっだが、2017年のNHKの大河ドラマ「おんな城主 直虎」
で、女優の柴咲コウが、戦国時代の女性領主「井伊直虎」――「ガリレオ」「信長協奏曲」など数々の人
気ドラマに出演、「仁ーJINー」「天皇の料理番」「ごちそうさん」などを手がけた森下佳子脚本――とあ
って話題をよんでいるというのを知るが、彼女はそのことを既に知っていたが、商品のPRにこれを挿入
させてたということが、やっと理解できた。ドラマの筋書きは不詳だが、出家して尼になっていた次郎法
師(直虎)を、虎松が成人するまでの間「中継ぎ」として、井伊家の当主に据え、名前を男のような「直
虎」と改め、井伊家の当主として政治的な才能を発揮――今川家と離反、徳川家康につく決断を下す。そ
の後、家康と井伊家当主嫡子の虎松(後の直政)と家康との面会を仲介し、本多忠勝、榊原康政、酒井忠
次とともに、家康の功臣――徳川四天王の「井伊直政」の教育と中継ぎ役を果たす。

※ 参考文献:静岡県文化財団「湖の雄 井伊氏~浜名湖北から近江へ、井伊一族の実像~」

 

● 最新バイオタギング・ロギング工学:アメリカウナギ

アメリカウナギ(学名:Anguilla rostrata)は、成長すると生涯のほとんどを、内陸の川や、河口域で過ご
すことはよく知られている。成魚が捕れるのは、決まってこうした水域。一方、小さな透明の稚魚は外海
でしか見つからず、成魚は産卵する時に外海へ出ていくことも分かっているが、成魚が川から生まれ故郷
産卵場まで大海原を移動する様子はこれまで確認されていなかった。今回、カナダの研究チームが、衛星
タグを取り付けたメスのウナギ成魚がカナダ東海岸ノバスコシア州から北大西洋のサルガッソー海の北端
に至る2千4百キロを回遊する様子の追跡に成功、その結果が10月277日付「Nature Communications」
誌に掲載される。アメリカウナギは、過去数十年間で急速に数が減少し、今では国際自然保護連合(IUCN)
の絶滅危惧種に指定されている。

   doi:10.1038/ncomms9705

長年の努力の末、同研究チームはノバスコシア州沿岸からサルガッソー海の北端へ到達したメスのウナギ
28号」のデータを取得することに成功。タグによれば、28号は1日49キロの距離を泳いでいたと判明し。
また、水深記録を見ると、日が出ている時には海の奥深くへ潜っていたことも分かった。天敵を回避する
ためか、時には700メートル以上潜ることもあった。産卵場へ移動中のウナギをこれまで誰も目撃して
いなかったのは、こうして深く潜っていたためとも考えられる。45日間海を泳いだ後、28号のタグは外
れ、GPSの位置情報、水深、水温、塩分濃度、その他のデータを人工衛星へ送信。タグは長ければ5カ
月間は外れないよう装着。このため、28号のタグが外れたのは予定よりも早く、捕食者に襲われた可能性
も考えられる。産卵場の中心へたどり着く前にタグが外れたものの、研究がここまで成功したことを、ア
メリカウナギの専門家は高く評価。これまでも同じような試みはあったが、いずれもタグがもっと早い時
期に消失したり、死亡率が高かったりして成果は上がっていなかったためだ。

ドラッグリポジシッニングと柘榴

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       やっぱり日本製の列車はいい。揺れないし安全ね。 

                                           ミヤンマーの  「あまちゃん列車」

 

 

 

  公孟 -儒者との対話 / 『墨子』

 

● 天をみくびるな

  公孟子が墨子にいった。
 「人が行動するさい、義か不義かということが問題です。吉か凶かなどということは論ずる必要はな
 い」
 「それはちがう。むかしの聖王は鬼神が確かに存在し、人の行為を判断して禍福をくだすと考えた。
 聖王の時代に国が立派に治まったのは、かれらが天の賞罰を信じて国を治めたからだ。
  だが、桀王や紂王などは、そうは考えなかった。鬼神には人の行為を判断する力はなく、禍福をく
 だすことなどできないと考えた。かれらの時代に国が賊びたのは、かれらが天の賞罰を信じないで、
 国を冶めたからだ。
  先王の書には、『人が倣るのは、天をみくびるからだ』という箕子のことばがつたわっている。こ
 れは不義をなす者には罰がくだり、善をなす者には賞が与えられることを意味している」

※ 天の声

鬼神の存在をみとめることを今日の感覚で。"迷信"と決めつけることは容易である。が、慎みの心は、人
間の自信過多症に対する処処方箋として、時代の差を超越しているのではなかろうかと解説されるが、哲
学や複雑系経済学上の「因果報応」「因果律」という言葉に当り、「天の声」は慎み深く洞察するものし
か聞くことができないと諭すものであろう。


  

【抗癌最終戦観戦記 Ⅳ】

● 前立腺がん治療に光 抗がん剤、肝炎薬で効果復活

前立腺がんの抗がん剤が効かなくなった患者に既存の抗ウイルス薬を併用すると、再び効果が得られる可能性が
あるとの研究結果を、慶応大などのグループがまとめた。来春から医師主導の治験を始める計画。京都市で開か
れている日本癌(がん)治療学会で30日、発表。

慶応義塾大学医学部の大家基嗣教授らの研究グループは、抗がん剤が効かなくなったがんに対し、別の薬
剤の投与で再び抗がん剤が効くようにする新しい治療法の臨床試験に成功。抗がん剤「ドセタキセル」が
効かなくなった進行性の前立腺がんの患者に対して抗肝炎ウイルス薬「リバビリン」を併用し、5例中2
例で、前立腺がんのバイオマーカー(目印となる生体物質)の値が下がることを確認。現在、ドセタキセ
ルが効かなくなった前立腺がんに対する有効な治療法がなく、新たな治療法として期待でき、16年3月
をめどに慶大病院で医師主導型の治験を始める。同研究チームは、ドセタキセルが効きにくいがん細胞を
持つマウスに、ドセタキセルとリバビリンを投与することで治療の有効性を確認していたが、抗がん剤が
効かなくなるよう変化したがん細胞中の遺伝子の性質を、再び効くようにリバビリンが変化させる作用メ
カニズムが考えられるという。

これをみて、理解できたる人はどれほどいるのだろうと考え込む。「ガン細胞の生理特性を利用し、2種
類の抗ガン剤を投薬タイミングを変えて投与し治療する方法」ということの他になにがあるのか、マイク
ロ(ナノ)カプセル技術などによる同時投与ではだめなのかと。まず用語が複雑である。(1)リバビリ
ン:日常臨床において広く使用され、ヒトに対する安全性が既に確立されている抗ウイルス薬。13年に
泌尿器科学教室において、病理学教室、発生・分化生物学教室ならびに産業総合研究所との共同研究によ
り、ドセタキセル療法が効きにくい患者に対し有用な可能性が高い薬剤として世界で初めて発見し報告
(Kosaka T et.a1 CancerScience 2013/下図クリック)。この発見には、難洽既がんの治療に発生学・幹
細胞医学の手法を取り入れ、生物情報工学による遺伝子発現プロファイルの解析を融合し、効果的な薬剤
を抽出していくという。(2)リプログラミング療法:山中教授によるiPS細胞誘導に代表されるように、
分化した細胞をリセットして受精卵のような発生初期の未分化な状態に巻き戻すことを、最近ではリブロ
グラミング・再プログラム化・初期化と表現されることが多いが、今回、本研究グループは、抗がん剤が
効きにくくなったがんを抗がん剤が効くようにするという治療法が、抗がん剤の感受性を巻き戻すという
点において、リプログラミングするという概念と近似していることから、リブログラミング療法と提唱し
ている。(3)ホルモン療法:省略、(4)癌幹細胞:省略、(5)遺伝子発現プロファイル:省略、
(6)遺伝子発現プロファイル:省略、(7)ドラッグリポジシッニング:特定の疾患に有効な治療薬か
ら、別の疾患に有効な新たな薬効を見いだすという新薬開発の方法。


DOI: 10.1111/cas.12183

この領域については、残件扱いとして、いずれまとめて考察する。 

 

   

● 折々の読書 『職業としての小説家』 27    

  小説を書いていて、いちばん楽しいと僕が感じることのひとつは、「なろうと思えば、自分は
 誰にでもなれるんだ」ということです。
  僕はもともと一人称「僕」で小説を書き始め、そういう書き方を二十年くらい続けました。短
 編なんかではときどき三人称を使いましたが、長編に関していえばずっと丁人称「僕」でとおし
 てきました。もちろん僕=村上春樹ではなく(レイモンド・チャソドラー=フィリップ・マーロ
 ウではないのと同じように)、それぞれの小説によって「僕」の人物像は変わってくるわけです
 が、それでも一人称で書き続けていると、現実の僕と、小説の主人公の「僕」の境界線が時とし
 て――書き手にとっても、また読み手にとっても――ある程度不明瞭になるのはやむを得ないこ
 とです。



  最初のうちはそれでも問題はなかったのだけど、というか僕自身、架空の「僕」を挺子の支点
 にして小説世界を立ち上げ、広げていくことをひとつの目的としていたのですが、そのうちにだ
 んだんそれだけでは間に合わないと感じるようになってきました。とくに小説が長く大きくなる
 につれて、「僕」という人称だけではいくぶん狭苦しく、息苦しく感じるようになってきました。
『世界の終りとハードボイルド・ワソダーランド』では、「僕」と「私」という二種類の一人称を
 章ごとに使い分けていますが、それも一人称の機能の限界を打開しようという試みのひとつだと
 思います。 



 一人称だけを用いて書いた長編小説は、『ねじまき鳥クロニクル』(一九九四・九五)が最後の
 ものになります。しかしこれだけ長くなると、「僕」の視点で語られる話だけではおっつかなく
 て、あちこちに様々な小説的工夫が持ち込まれています。他の人の語りを入れるとか、長い書簡
 をもってくるとか……とにかくありとあらゆる話法のテクニックを導入して、一人称の構造的制
 限を突き破ろうとしています。しかしさすがに「これがもう限界だな」と感じるところがあり、
 その次の『海辺のカフカ』(二〇〇二)では半分だけを三人称の語りに切り替えています。カフ
 カ少年の章はこれまでどおり「僕」が語り手になって話が進みますが、それ以外の章は三人称で
 語られています。折衷的と言えばそのとおりなんですが、たとえ半分であるにせよ三人称という
 ヴォイスを導入することによって、小説世界の幅を広げることができた――と僕は思っています。
 少なくとも僕自身はこの小説を書きながら、『ねじまき鳥クロニクル』のときよりは、手法的な
 レベルで自分がずっと自由になっていると感じました。



  そのあとに書いた短編小説集『東京奇譚集』、中編小説『アフターダーク』はどちらも、最初
 から最後まで純粋な三人称小説になっています。僕はそこで、つまり短編小説と中編小説という
 フォーマットで、自分に三人称がしっかり使えることを確かめているみたいです。買ったばかり
 のスポーツカーを山道に持っていって試し乗りし、いろんな機能のフィールを確かめるみたいに。
 そういう流れを順番に追ってみると、僕が一人称に別離を告げ、三人称だけを使って小説が書け
 るようになるまでに、デビュー以来ほぼ二十年を要していることになります。ずいぶん長い歳月
 ですね。
  人称の切り替えにどうしてそれほど長い時間が必要だったのか? その正確な理由は自分でも
 よくわかりません。ただ何はともあれ、「僕」という一人称を使って小説を書く作業に、僕の身
 体と精神がすっかり馴れてしまっていたということなのでしょう。だからその転換に時間がかか
 ったのだと思います。それは僕にとってはただの人称の変化というより、大げさに言えば視座の
 根本的な変更に近いことだったのかもしれません。




  僕は何ごとによらず、ものごとの進め方を切り替えるのに時間がかかる性格みたいです。たと
 えば、登場人物に名前を与えることが長いあいだできませんでした。「鼠」とか「ジェイ」とか、
 そういう呼び名みたいなものはまあオーケーだったんですが、きちんとした姓名がどうしてもつ
 けられませんでした。どうしてか? そう質問されても自分でもよくわかりません。「ただ人に
 名前をつけるのが、どうにも恥ずかしかったから」としか言えません。うまく言えないんだけど、
 僕みたいな者が勝手に人に(たとえそれが自分でこしらえた架空の人物であれ)名前を賦与する
 なんて、「なんか嘘っぽい」という気がしたんです。最初のうちは小説を書くという行為自体が、
 僕にとって何かしら恥ずかしかったということもあるかもしれません。小説を書いていると、ま
 るで自分の心を裸で人前に放り出しているみたいで、ずいぶん恥ずかしかったのです。

  主要人物になんとか姓名がつけられるようになったのは、作品で言えば『ノルウェイの森』
 (一九八七)からですね。つまりそれまでの最初の八年くらいは、基本的に名前を持だない登場
 人物を用いて、一人称で小説を書いてきたわけです。考えてみれば、ずいぶん不自由なこと、ま
 わりくどい制度を自らに押しつけて小説を書いてきたわけですが、そのときはそれほど気になら
 なかった。まあこういうもんだろう、と思ってやっていました。

  でも小説が長く複雑になるにつれて、そこに登場する人々が名前を持たないことに、僕もさす
 がに不自由を感じるようになりました。登場人物の数が増えれば、そして彼らが名前を持だなけ
 れば、当然そこに具体的な混乱が生じてきます。だからあきらめて腹をくくり、『ノルウェイの
 森』を書くときに「名前付け」を断行しました。簡単ではありませんでしたが、目をつぶって
 「えいやっ」とやってしまうと、その後は登場人物に名前をつけるのは、さして難行ではなくな
 りました。今ではとくに苦労もなく、さらさらと適当な名前をつけています。『色彩を持だない
 多崎つくると、彼の巡礼の年』のように、主人公の名前がタイトルになる本まで書くようになり
 ました。『1Q84』も女主人公に「青豆」という名前がついた時点で、話は勢いを得て前に進
 み出しました。そういう意味では名前というのは、小説にとってとても重要な要素になります。

 

  このように僕は、新しい小説を書くたびに、「よし、今回はこういうことに挑戦してみよう」
 という具体的な目標――その多くは技術的な、目で見える目標です-をひとつかふたつ設定す
 るようにしています。僕はそういう書き方をするのが好きなのです。新しい課題をクリアし、今
 までできなかったことができるようになることで、白分か少しずつでも作家として成長している
 という具体的な実感が得られます。一段一段梯子を登っていくみたいに。小説家の素晴らしいと
 ころは、たとえ五十歳になっても、六十歳になっても、そういう発展・革新が可能であるという
 ことです。年齢的な制限というのがあまりありません。スポーツ選手なんかだとなかなかそうは
 いかないでしょう。

  小説が三人称になり、登場人物の数が増え、彼らがそれぞれに名前を得たことによって、物語
 の可能性が膨らんでいきました。つまりいろんな種類の、いろんな色合いの、いろんな意見や世
 界観を持った人物を登場させられるし、そういう人たちの多種多様な絡み具合を描いていけるよ
 うになりました。そして何より素晴らしいのは、自分が「ほとんど誰にでもなれる」ということ
 でした。一人称で書いていたときにも、その「ほとんど誰にでもなれる」という感覚はあったの
 ですが、三人称になるとその選択肢が更にぐっと広がります。

  一人称小説を書くとき、その多くの場合、僕は主人公の(あるいは語り手の)「僕」を〈広義
 の可能性としての自分〉として大まかに捉えているのだと思います。それは〈実際の僕〉ではな
 いけれど、場所や時間を変えられていたら、ひょっとしてこうなっていたかもしれない自分の姿
 であるわけです。そのような形で枝分かれさせていくことで、僕は自己を分割していた、という
 ことになるかもしれません。そして自己を分割し、物語性の中に放り込むことで、自分という人
 間を検証し、自分と他者との――あるいは世界との接面を確かめていたわけです。最初の頃の僕
 にはそういう書き方が合っていました。そして僕が愛好する小説の多くも、一人称で書かれてい
 ました。



  たとえばフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』も一人称の小説です。小説の主人公
 はジェイ・ギャツビーですが、語り手はあくまでニック・キャラウェイという青年です。私(ニ
 ック)とギャツビーの接面の微妙な、しかしドラマチ″クな移動を通して、フィッツジェラルド
 は自己の有り様を語っています。そういう視点が物語に深みを与えています。
  しかし物語がニ″クの視点で語られることは、小説が現実的な制約を受けることをも意味しま
 す。ニックの目が届かないところで何かが起こっても、それを物語に反映することがむずかしい
 からです。フィッツジェラルドはいろんな手法を用いて、小説的テクニックを総動員して、その
 制約を巧妙にクリアしていきます。それはそれでもちろんとても面白いんですが、そういう技術
 的工夫にもおのずと限界はあります。事実、その後フィッツジェラルドは『グレート・ギャツビ
 ー』のような構成の長編小説は書いていません。

  サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』もとても巧妙に書かれた、優れた一人称小
 説ですが、彼もその後、同じような書き方をした長編小説は発表していません。たぶんその構成
 上の制約のために、小説の書き方が「同工異曲」になることを恐れたためではないかと僕は推測
 します。そしてたぶん彼らのそのような判断は正しかったはずです。

  たとえばレイモンド・チャンドラーのマーロウもののような「シリーズ小説」であると、そう
 いう制約のもたらす「狭さ」が遂に有効な親密なルーティーンになって、うまく機能を発揮する
 わけですが(僕の場合、初期の「鼠」ものにはそういうところが少しくらいあるかもしれません)、
 単発ものの場合、丁人称の持つ制約の壁は、書き手にとってだんだん息苦しいものになっていく
 ことが多いようです。だからこそ僕も一人称小説という形式に対して、いろんな方向から揺さぶ
 りをかけ、新しい領域を切り拓こうと努めてきたわけですが、『ねじまき鳥クロニクル』に至っ
 て「これがそろそろ限界だ」と痛感しました。

  

  『海辺のカフカ』で半分に三人称を導入して、いちばんほっとしたのは、主人公のカフカくん
 の物語と並行して、中田さん(不思議な老人)と星野さん(いささか粗暴なトラック運転手)の
 物語を進めて行けたことです。そうすることによって僕は、自己を分割するのと同時に、自己を
 他者に投影できるようにもなったわけです。より正確に言うなら、分割した自己を他者に託する
 ことができるようになったということです。そしてそうすることによって、コンビネーションの
 可能性が大きく広がりました。そして物語も複合的に技分かれし、いろんな方向に広がっていけ
 るようになりました。



  だったらもっと前に三人称に切り替えておけばよかったじやないか、そうすればもっと進歩も
 早かっただろうに、と言われそうですが、実際にはなかなかそう簡単にいきません。性格的に融
 通があまりきかないということもありますが、小説的視座を切り替えるとなると、小説の構造そ
 のものに大きく手を入れることになりますし、その変革を支えるための確かな小説的技術と基礎
 体力が必要になります。だからこそ少しずつ様子を見ながら、段階的にしかそれができなかった
 ということもあるでしょう。身体で言えば、運動目的にあわせて骨格と筋肉を少しずつ改造して
 いかなくてはならなかったということです。肉体改造――それには手間と時間がかかります。


                        「第九回 どんな人物を登場させようか?」
                             村上春樹 『職業としての小説家』


本を読んでいると、トルコでは新婚のとき新郎がザクロを地面に投げて割り、飛散した種子の数で、その
夫婦のあいだに生まれる子どもの数を占ったという習わしをイメージした。なぜか?小説の創作過程の産
みの苦しみと喜びを連想したため。


                                        この項つづく



 

オーレッドが来た!

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       そして架空のことであるというのは、夢の中で起こっているというのと同じ
       ことですから。夢というのは――それが眠りながら見ている夢であれ、目覚
       めながら見ている夢であれ――ほとんど選択の余地がないものなのです。

                                                           村上春樹 『職業としての小説家』

 

  公孟 -儒者との対話 / 『墨子』

● 中傷

  墨子は程子にいった。
 「儒者の説く"道"には、天下を滅亡に迫いやる要素が四つある。
  第一に、天や鬼神の存在を疑い、それについて説明しないこと。これは天下を滅亡に追いやるもの
 である。
  第二に、死者に対する考え方である。葬儀を盛大にし、長いあいだ喪に服す。二重につくった棺を
 用い、おびただしい副葬品をいれる。死者を送るさいには、引越しでもするような騒ぎである。そし
 て、三年間も悲しんで喪に服するから、しまいには疲れ果てて、立つにも歩くにも、人の扶けや杖を
 必要とするようになる。耳は遠くなるし、目はかすか。こういう風習は、天下を滅亡に迫いやるもの
 である。
  第三には、音楽に熱中することだ。これも天下を滅亡に追いやるものである。
  第四には、宿命論だ。貧乏と裕福、長寿と短命、秩序と混乱、これらは運命ずけられたものであり、
 人の力ではどうしようもないと考える。これでは、為政者は国を治めようとしなくなるし、人民は働
 こうとしなくなる。これも天下を滅亡に迫いやるものである」
 「そんなにまで儒者を中傷しなくてもいいではありませんか」
 「いや、事実でないのに、こういったのであれば、それは中傷にもなろう。しかし、実際にあること
 を取りあげたのだから、中傷にはならない」
  程子はあいさつもしないで帰りかけた。
 「待ちなさい」
  と墨子が声をかけた。
  席に戻って、程子はいった。
 「承服できません。あなたのような言い方をすれば、潟のような聖王でも、ほめるに価しない人物に
 なるし、梁や糾のような暴君であっても、非難できないことになる」
 「それはまちがいだ。そんなわかりきったことをもち出して、あれこれ議論するくらいなら、沈黙し
 て相手にしないほうが賢明だ。あなたが真剣に議論すれば、わたしも真剣に答える。しかし良い加減
 な議論ならば、わたしも良い加減にあしらう。
  わかりきったことをあれこれ議論するのは、車のながえでアリをつぶすようなものだ。バカバカし
 くて本気になれない」

※ 〈程子〉程繁ともいう。儒家と爾家の二派の学問を治めた人であるらしい。

 

 




【OLEDが来た!】

スマートフォーンや4K・8Kなどの高精細カラーディスプレ装置に有機エレクトロルミネサンス、い
わいる、オーレッド(OLED)・有機ELの時代がやってきている。真面目にOLEDGを出してい
こうという風にメーカが変わってきた。液晶をやっている所は、部材屋も完成品メーカーも流通も、ど
こも儲かっていないのが正直なところ急激な価格低下にある。液晶が出始めた頃は40インチで20万
円くらいだったが、今では5万円でお釣りがくる。いくらなんでもここまで安くなるものなのか?とい
う疑問さえ浮か昨今だが、これは、韓国や中国の"現代版モノづくり完全模倣追随輸出政策"――定義の
確認は必要だが――の影響が大きい。さらに、一旦下がった価格は、付加価値を入れないとメーカ側が
上げたくてもなかなか上がらず、3Dや4K、曲面などで付加価値をつけてもすぐに価格は下る。液晶
はどこのメーカーでも参入できるため差別化ができな状況にある。

これに対し、オーレッド(OLED)はデバイスそのものが異なり、圧倒的な付加価値をもつ差別化―
自己発光で、ディスプレイの性能は液晶とは比較にならないできる。加えて、ここにきて圧倒的に安く
オーレッド(OLED)を作れるようになった。それを担える企業として韓国の二社に加え、パナソニ
ックは自社の知財、企業技術――大型インクジェットプリンタによる画素形成技術、画質の不安定、暗
部諧調が悪い、全体の均一性、カラーシフトなどの問題解決――を保有しているので、LG社との事業
提携などの動きはプラスの方向に動く。後は、撤退したソニーやパイオニアの動きが気になるところ。
ともあり、いろいろ言ってみたいことも書いてみたいこともあるが、わたしが調査研究をはじめ20年
近くなるがやっと長いトンネルを抜け出したという思いが去来する。これは愉快だ。

 
● 関連特許事例

発光素子を含む画素回路を有するアクティブマトリクス型の表示装置は、発光素子のVI(電流電圧)
特性やIL(電流光出力)特性のばらつきにより、発光素子に一定電圧や一定電流を印加しても輝度ム
ラ(luminance  unevenness)による画質劣化が発生。この発光素子のVI特性やIL特性のばらつきは、
例えば、発光素子の製造時のばらつきや、発光素子の経時劣化のはらつきなどにより生じる。発光素子
の製造時のばらつきによるVI特性やIL特性のばらつきは、(1)輝度ムラの発生の要因となり、
(2)発光素子の経時劣化のはらつきによるVI特性とIL特性のばらつきは、焼き付き(イメージス
ティッキング(Image  Sticking)の発生の要因となる(下図、三星ディスプレイ株式會社/最下図、ソニ
ー株式会社クリック)。

この問題を解決するため、発光素子を含む画素回路を複数有し、表示データに基づき供給されるデータ
信号に対応する画像を表示する表示部と、表示期間における発光素子の発光と、センシング期間の発光
素子のセンシングとを、画素回路ごとに制御する制御部と、表示データを補正する補正部とを備え、補
正部は、センシング期間において、対象画素回路に対するセンシングが行われる場合に、対象画素回路
に対応する補正後の表示データに基づく、対象画素回路の発光素子の発光量が、対象画素回路に対応す
る補正前の表示データに基づく表示発光量から、センシング発光量が減算された発光量となるように、
対象画素回路に対応する表示データを補正することで、発光素子のVI特性がセンシングされる際に生
じうる画質の劣化を防止することが可能な、表示装置、および制御方法を提案している。

 【図面の簡単な説明】

【図1】本発明の実施形態に係る表示装置における制御方法に係る処理の一例を説明するための流れ図
【図2】本発明の第1の実施形態に係る表示データと、画素回路が有する発光素子の発光状態との一例
【図3】第1の実施形態に係る表示装置における動作のタイミングチャート(timing  chart)の一例
【図4】第1の実施形態に係る表示装置の構成の一例
【図5】第1の実施形態に係る表示装置の構成の一例
【図6】第1の実施形態に係る1垂直期間におけるタイミングチャートの一例
【図7】第1の実施形態に係る画素回路の基本動作の一例

 

 

   

 

● 折々の読書 『職業としての小説家』 28    

  ともあれ二〇〇〇年代に入ってから、僕は三人称という新しいヴィークルを得たことで、小説
 の新たな領域に足を踏み入れることができるようになりました。そこには大きな開放感がありま
 した。ふとまわりを見回してみたら壁がなくなっていた、みたいな感じです。
  言うまでもないことですが、キャラクターというのは、小説にとってきわめて重要な要素です。
 小説家は現実味があって、しかも興味深く、言動にある程度予測不可能なところのある人物をそ
 の作品の中心に――あるいは中心の近くに――据えなくてはなりません。わかったような人々が、
 わかったようなことばかり言ったり、わかったようなことばかりやっている小説は、あまり多く
 の読者の手に取ってもらえないのではないでしょうか。もちろん「そういう、あたりまえのこと
 をあたりまえに書いた小説が優れているんだよ」とおっしやる方も中にはおられるでしょうが、
 僕としては(あくまで個人的な好みとしてですが)、そういう話にもうひとつ興味が持てません。

  でも「リアルで、興味深く、ある程度予測不可能」という以上に、小説のキャラクターにとっ
 て重要だと僕が考えるのは、「その人物がどれくらい話を前に導いてくれるか」ということです。
 その登場人物をこしらえたのはもちろん作者ですが、本当の意味で生きた登場人物は、ある時点
 から作者の手を離れ、自立的に行動し始めます。これは僕だけではなく、多くのフィクション作
 家が進んで認めていることです。実際そういう現象が起きなければ、小説を書き続けるのはかな
 りぎすぎすした、つらく苦しい作業になってしまうはずです。小説がうまく軌道に乗ってくると、
 登場人物たちがひとりでに動きだし、ストーリーが勝手に進行し、その結果、小説家はただ目の
 前で進行していることをそのまま文章に書き写せばいいという、きわめて幸福な状況が現出しま
 す。そしてある場合には、そのキャラクターが小説家の手を取って、彼をあるいは彼女を、前も
 って予想もしなかったような意外な場所に導くことになります。

  具体例として、最近の僕の小説を引き合いに出させていただきます。僕の書いた長編小説『色
 彩を持だない多崎つくると、彼の巡礼の年』の中に、木元沙羅というなかなか素敵な女性が登場
 します。実を言いますと、僕はもともと短編小説にするつもりでこの小説を書き出しました。原
 稿用紙にすればだいたい六十枚くらいのものになるだろうと予想して。
 
  筋を簡単に説明しますと、主人公の多崎つくるは名古屋の出身で、高校時代にとても親しくし
 ていた四人のクラスメートから「もうおまえとは会いたくない。口もききたくない」と言われま
 す。その理由は説明されません。彼もあえて質問しません。彼は東京の大学に入って、東京の鉄
 道会社に就職し、今では三十六歳になっています。高校時代に友人だちから理由も告げられず絶
 交されたことは、心に深い傷を残しています。でも彼はそれを奥に隠し、現実的には穏やかな人
 生を送っています。仕事も順調だし、まわりの人々には好意を持たれているし、恋人も何人かつ
 くりました。でも誰かと深い精神的な関係を結ぶことができません。そして彼は二つ年上の沙羅
 と出会い、恋人の関係になります。

  彼はふとしたきっかけで、高校時代に親しくしていた四人の親友から拒絶された体験を、沙羅
 に語ります。沙羅はしばらく考えてから、あなたはすぐに名古屋に帰って、十八年前にいったい
 そこで何かあったのかを調べなくてはならないとつくるに言います。「(あなたは)自分が見た
 いものを見るのではなく、見なくてはならないものを見るのよ」と。
  実を言うと僕は、沙羅がそう言うまで、多崎つくるがその四人に会いに行くことになるなんて、
 考えもしませんでした。僕としては、自分の存在が否定された理由もわからないまま、多崎つく
 るがその人生を静かに、ミステリアスに生きていかなくてはならないという、比較的短い話を書
 くつもりだったのです。でも沙羅がそう言ったことで(彼女がつくるに向かって口にしたことを
 僕はそのまま文章にしただけです)、僕は彼を名古屋に行かせないわけにはいかなかったし、そ
 して果てはフィンランドにまで送り込むことになりました。そしてその四人がいかなる人々であ
 るのか、それぞれのキャラクターを新たに立ち上げなくてはなりませんでした。そして彼らの辿
 ったそれぞれの人生を、具体的に描かなくてはなりませんでした。その結果として、当然のこと
 ながら、物語は長編小説という体裁をとることになりました。

  つまり沙羅の口にした一言がほとんど一瞬にして、この小説の方向や性格や規模や構造を一変
 させてしまったのです。それは僕自身にとっても大きな驚きでした。考えてみれば彼女は、主人
 公である多崎つくるに向かってではなく、実は作者である僕に向かって語りかけていたのです。
 「あなたはここから先を書かなくてはいけない。あなたはそういう領域に足を踏み入れているし、
 それだけの力を既に身につけているんだから」と。つまり沙羅もまた、僕の分身の投影であった
 ということになるかもしれません。彼女は僕の意識のひとつのアスペクトとして、僕が今ある地
 点で留まっていてはいけないということを、僕白身に教えていたわけです。「もっと先まで突っ
 込んで書きなさい」と。そういう意味ではこの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
 は、僕にとっては決して小さくない意味を持つ作品になっているかもしれません。形式的に言え
 ばいわゆる「リアリズム小説」ですが、水面下ではいろんなものごとが複合的に、またメタフォ
 リカルに進行している小説だと僕自身は考えています。

  僕自身が意識している以上に、僕の小説の中のキャラクターたちは、作者である僕をせき立て、
 励まし、背中を押して前に進めてくれているのかもしれません。それは『1Q84』を書いてい
 るときに、青豆の言動を描きながらひしひしと感じたことでもありました。彼女は僕の中の何か
 を強引に押し広げて(くれて)いるみたいだな、と。でも振り返ってみれば、僕は男性のキャラ
 クターよりは女性のキャラクターに導かれたり、駆り立てられたりする場合の方がむしろ多いみ
 たいですね。自分でもどうしてかはわかりませんが。
  僕が言いたいのは、ある意味においては、小説家は小説を創作しているのと同時に、小説によ
 って自らをある部分、創作されているのだということです。

  ときどき「どうして自分と同じ年代の人間を主人公にした小説を書かないんだ?」と質問され
 ることがあります。たとえば僕は今六十代半ばですが、なぜその年代の人間の物語を書かないん
 だ。なぜそういう人間の生き方を語らないんだ? それが作家としての自然な営みではないか、
  でももうひとつよくわからないのですが、どうして作家が自分と同じ年代の人間のことを書か
 なくてはならないのでしょう? どうしてそれが「自然な営み」なのでしょう? 前にも申し上
 げましたように、小説を書いていていちばん楽しいと僕が感じることのひとつは、「なろうと思
 えば、誰にでもなれる」ということです。なのに僕がなぜその素晴らしい権利を、自ら放棄しな
 くてはならないのでしょう?

  『海辺のカフカ』を書いたとき、僕は五十歳を少し過ぎていましたが、主人公を十五歳の少年
 に設定しました。そして書いているあいだ、自分が十五歳の少年であるように感じていました。
 もちろんそれは現在、現役の十五歳の少年が感じているはずの「感じ」と同じものではないはず
 です。それはあくまで僕が十五歳であったときの感覚を、「現在」に架空に移し替えたものです。
 でも小説を書きながら、僕は自分が十五歳であったときに実際に吸った空気や、実際に目にした
 光を、ほとんどそのままありありと自分の中に再現することができました。自分のずっと奥底に
 長いあいだ隠されていた感覚を、文章の力によってうまく引きずり出すことができたのです。そ
 れはなんというか、本当に素晴らしい体験でした。そういうのはあるいは小説家にしか味わえな
 い感覚かもしれません。

  でもその「素晴らしさ」を僕一人が単に楽しんでいるだけでは、それは作品として成り立ちま
 せん。それを相対化させていかなくてはなりません。つまりその喜びみたいなものを、読者と共
 有するかたちに持って行かなくてはならないのです。そのために僕は中田さんという六十代の〈
 老人〉を登場させました。中田さんもある意味では僕の分身です。僕の投影です。彼の中にはそ
 ういう要素があります。そしてカフカくんと中田さんが並立し、呼応し合うことによって、小説
 は健全な均衡を獲得しています。少なくとも作者である僕はそのように感じましたし、今でも同
 じように感じています。

  いつか僕は自分と同じ年代の主人公が登場する小説を書くかもしれません。しかしそれが今の
 時点で「どうしても必要なこと」であるとは思えないのです。僕の場合、まず小説のアイデアが
 ぽっと生まれます。そしてそのアイデアから物語が自然に自発的に広がっていきます。最初にも
 申し上げましたように、そこにどんな人物が登場することになるか、それはあくまで物語自身が
 決めることです。僕が考えて決めることではありません。作家である僕は忠実な筆記者としてそ
 の指示に従うだけです。

  あるとき僕はレズビアンの傾向を持つ二十歳の女性になるかもしれません。あるとき僕は三十
 歳の失業中のハウスハズバンドになるかもしれません。僕はそのとき与えられた靴に足を入れ、
 それに足のサイズを合わせて行動を開始します。それだけのことです。足のサイズに靴を合わせ
 るのではなく、靴のサイズに足を合わせるのです。現実にはまずできないことですが、小説家と
 して長く仕事をしていると、そういうことが自然にできるようになってきます。なぜならそれは
 架空のことですから。そして架空のことであるというのは、夢の中で起こっているというのと同
 じことですから。夢というのは――それが眠りながら見ている夢であれ、目覚めながら見ている
 夢であれ――ほとんど選択の余地がないものなのです。僕は基本的にその流れに従うしかありま
 ごく一般的な意味合いで言ってません。そしてその流れに自然に従っている限り、いろんな「ま
 ずできないこと」が、自由にできるようになります。それこそが、小説を書くことの大きな喜び
 なのです。

  「どうして自分と同じ年代の人間を主人公にして小説を書かないのか?」と質問されるたびに、
 そういう風に答えたいと思うのですが、それでは説明としてあまりに長くなりすぎるし、相手に
 すんなり理解してもらえるとも思えないので、いつも適当にごまかしてしまいます。にこにこし
 て、「そうですね、そのうちにそういうものを書くかもしれませんね」みたいなことを言って。
 でもそれとは別に――小説に登場させるさせないとは別にも、「今ここにある自分」というもの
 を客観的に正確に見つめることは、けっこうむずかしい作業になります。今の現在進行形の自分
 というのは、なかなか把握しづらいものですよね。あるいはだからこそ僕は、いろんなサイズの
 自分のものではない靴に自分の足を入れ、それによって今ここにある自分を総合的に検証してい
 ることになるのかもしれません。ちょうど三角法で位置を測定するみたいに。

  いずれにせよ、小説の登場人物について僕が学ばなくてはならないことは、まだまだたくさん
 ありそうです。またそれと同時に、自分の小説の登場人物から僕が学ばなくてはならないことも、
 まだまだたくさんありそうです。これからもいろんな変な、不思議な、そしてカラフルなキャラ
 クターを小説の中に登場させ、息づかせていきたいと思っています。新しい小説を書き始めると
 き、僕はいつもわくわくするのです。今度はどんな人々に巡り合えるのだろう、と。


                        「第九回 どんな人物を登場させようか?」
                             村上春樹 『職業としての小説家』

次は「第十回 誰のために書くのか?」です。

                                      この項つづく

 

 ● 今夜のレシピ

今朝は彼女が交通事故に合った。雨降る中その場所に出かけて帰ってきたが、大したことはなかったが、
寒さに当てられた?こともあり、午前中のスルーディプリンターを組み立て作業やあれこれやってると
急に空腹に襲われ、インスタントラーメン(「サッポロ一番 塩らーめん」サンヨー食品 115円/個
税抜き)があったのでそれをレンジで加熱して食べることに何とか急場をしのぐも、しばらくしても、
震えも空腹も収まらず、今度はまる餅(佐藤食品工業)を電子レンジで加熱し砂糖醤油なんとか落着く。
ここで興味を惹いたことは2つ。朝の事故立ち会おいによるちょっとした体調異変が1つ。もう1つは、
加工食品の品質の高さ――もっとも、加工度が上がれば添加剤(燐酸エステルなど)のリスクも心配さ
れるが。前者は前後の話を含めてボリュームが多くなるのでカット。後者は、ラーメンの具材(トッピ
ング)のこととグルテンフリーの2つ。家庭で手作り冷凍食品をつくっておけば便利なこと、たとえば
チャシューや煮卵を冷凍保存しておき、ラーメン加え、お気に入りの中華鉢にいただければこれはもう
絶品のラーメンに仕上がると、ブログでも掲載してきた作業の補強で、手作り冷凍品を調べてみたとい
うわけ。
 
ついで、ラーメンのグルテンリスクを考え、「大豆タンパク&繊維」の固まりの「おから&おからボー
ル」のレシピとその冷凍品化を考えたというわけだが、これまた「広大妄想&過剰反応」へと発展。と
ころが、そのことを彼女にすると「そうね、私につくってくれる?」っての反応が返ってきた。これは
どういうわけだ?厨房は彼女の専用テリトリではなかったのか?後は優先すべき時間を「新うちメシ」
創作に割り当てれればいいわけで、ネット掲載しストックし電子出版しながら、特許出願し、事業化構
想」を書き上げれば好いではないか?、止まれ、これまた「過剰適応症」だ。



人工培土と餡屋

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  Mr. Miki, that type of comment is unacceptable and totally onappropriate for the workplace!

       三木さん そうしたコメントは職場ではうけいれられないし 全く不適切ですよ!

                                      しごとの基礎英語「お悩み ケース218」

      
   ※ スモールトークとセクシャルハラスメントとの違いを肝に命じる。           

  公孟 -儒者との対話 / 『墨子』

● 道理は道理

  墨子が程子と議論したときのこと。墨子が孔子をほめるので、程子はいった。
 「あなたは、儒家を認めないくせに、孔子はほめる。なぜですか」
 「道理は道理として認めたいからだ。たとえば、うだるような暑さの日には、鳥は高い所へ飛んでい
 き、魚は水の底へもぐって、暑さを避ける。たとい禹王や湯王がいて、いくら知恵をしぼったところ
 で、この道理はくつがえせない。
  鳥や魚の知恵は、人間には及ばない。しかしいくら相手が鳥や魚でも、道理は道理なのだ。禹王や
 湯玉といえども、この道理には従わざるをえない。
 わたしだって同じだ。孔子をほめるのは、道理は道理として認めたいからだ」

 

 

【最新人工培土工学】

農業が大きく様変わりしている。文化の日の朝にふさわしいかもしれない。NHKのまちかど情報室は、
で「アイデアで変わる日本の収穫」で、女性向けだけではないが、(1)機能的な農作業着、(2)草刈
り機と専用ベルト、(3)農場で使用するレンタル仮設トイレ、(4)ピンク色の軽トラック、(5)農
作業用ベスト、(6)家庭菜園キット"世界一小さい畑"、(7)植物を育てやすい培養土、(8)ハーブ
のじゅうたんが紹介されていた。このうち(4)(8)はこのブログの掲載してから一度も思いつかなか
ったものであるが、(6)(7)は既に構想済みだったが、この人工培土を開発したみのる産業株式会社
は、例の「つき姫」(上下写真クリック)のメーカでこれもNHKのこの番組で紹介されたものであるこ
とに驚く。 


そこで、いつものように特許情報を調べるが、そのバックグランドの説明文がふるっているので紹介して
おこう(下図、最下図クリック)。


 我が国では、就農人口の減少、就農人員の高齢化などに伴って、農作業の省力化、機械化が進められ
 ている。その1つとして、小さな容器で育てた苗を移植機で根鉢ごと容器からから抜き取って、田畑
 に自動的に植え付ける方法が広く採用されるようになっている。この方法による場合は、通常“セル”、
 “ポット”などと称されるプラスチック等からなる小さな容器または該小容器を連結して設けたトレ
 ーに培土を自動的に土詰めした後に野菜、草花、果樹、樹木などの植物の種子を播いて所定期間育苗
 するか、或いは種子を加えた培土を前記小さな容器またはそれを連結してなるトレーに自動的に土詰
 めした後に所定期間育苗し、それを根鉢ごと小容器から抜き取って移植機で田畑に植え付けることが
 一般に行われている。根鉢は、培土の自己接着力と植物の根の絡みによる強力でその形を維持してい
 るが、根鉢強力が低く、わずかな衝撃で根鉢の形が崩れてしまい、移植機による苗の植え付けが困難
 であった。

                       -中略-

 また、近年、緑化の促進や環境保護などを目的として、屋上、法面、前記以外の風や雨の強い土地な
 どに植物を植えることが行われるようになっている。屋上、法面などの緑化に当たっては、苗箱に土
 詰めして育苗したものをそのまま屋上や法面などに設置する方法が一般に採用されている。しかしな
 がら、そのような従来の方法による場合は、土詰めした苗箱は重くて施工性に劣り、しかも水捌けが
 十分ではない。その上、屋上や法面などでは、風や雨によって土の飛散や流失が生じやすく、そのよ
 うな従来法では植物を健全に生育させることが困難であった。そのため、軽量で、施工性に優れ、建
 物などに対する負担が少なく、取り扱い性に優れ、水捌け性に優れ、しかも風や雨で飛散したり流失
 せずに強力な苗床を形成して植物を円滑に生育させることのできる育苗用培土が求められてきたが、
 そのような要求を満たす育苗用培土が得られていないのが現状であった。

 本発明の目的は、より強力の高い根鉢を形成し、移植機や人手によって苗を根鉢ごと田畑などに植え
 付ける際に根鉢の崩壊が生じず、円滑に植え付けることができ、しかも苗を育成阻害を招くことなく
 健全に育てることのできる育苗用培土およびその固化方法を提供することである。特に、本発明は、
 容積が10cm3以上、特に10~400cm3の植物育成用容器への機械充填に一層適していて、前
 記容器への充填の妨げになるような大きな繊維塊が形成されず、繊維が育苗用培土中に均一に分散さ
 れていて、該植物育成用容器に良好な作業性で円滑に機械充填することができ、しかも植物育成用容
 器に充填した後は、強力の高い根鉢を形成することのできる育苗用培土、および該育苗用培土の固化
 方法の提供を目的とする。さらに、本発明の目的は、屋上、法面、風雨の強い土地などのような、風
 や雨によって土の飛散や流失が生じ易い場所に用いたときに、飛散したり流失することがなく、強力
 な苗床を形成することができ、しかも、軽量性、施工性、取り扱い性、水捌け性などの特性にも優れ
 る育苗用培土およびその固化方法を提供することである。

                                  特許3847212 育苗用培土

そして、「特許4740471育苗用培土」の九つの請求項目を規定している。


 特許3847212 育苗用培土

 



※ 商品事例

 

 

このような事例から、未来の稲作が見えてくる。稲苗モジュールを育成モジュールにはめ込み、稈長約1メートル(
根長40センチメートル)として、フローボート式モジュールとして一筆書き状にした水槽に逐次投入し搬送動力を水
流として一定面積に敷き詰めていく。搬送用水には成長促進ミネラルや有微生物用栄養分、耐性強化(消毒剤)成
分などの機能成分をタイムリーに配合供給し、最適水温制御し、収穫は定点排出口で自動的に刈り入れ、同時に
モジュールと茎・葉・根部(これらは、エネルギー、工業製品、創薬、食品などとしてすべて有用物に転換する)を自
動回収するという完全自動システムを連想している。そこには耕耘機は消え、代わりに自動散水装置や育成管理
無人機が飛んでいるというイメージである。動力エネルギーはすべて地産地消分散型再生可能エネルギーで賄う。

 



【世界初のあんこ専門事業: 『餡屋』構想】

餡あるいは餡子は、肉・野菜・豆類・芋類などを用いた餅や饅頭などの中身に入れる具のこと。(1)肉
や野菜を用いる塩味系統と(2)豆や芋などを用いる甘味系統――豆や芋を用いる餡も砂糖が普及するま
では、塩味のいわゆる塩餡であった――がある。もともと詰め物の意。『字彙』では餅の中の肉餡を指し
日本へは聖徳太子の時代に中国から伝来したとされ、中国菓子で用いられる肉餡がその原形となっている。
アズキを用いた小豆餡が開発されたのは鎌倉時代で、当初は塩餡であったが、安土桃山時代になって甘い
餡が用いられるようになった。砂糖が用いられるようになった江戸時代中期では高貴な身分に限られてい
た。尚、餡を英語で「ビーン・ペースト」と訳されるから、概念として極めて限定的で、「フルーツ・ペ
ースト」「ミート・ペースト」「フィッシュ・ペースト」「ラクト・ペースト」「グレーン・ペースト」
なども含まれる。そこで、洋菓子などに利用されるジャム、生クリーム、カスタードクリームは餡とは
呼ばれないというが、日本では、餡に含めていいんじゃないかと思うがどうなんだろう。例えば、果樹類
のジャムを入れると飛躍的に種類が増える。

あんこ(餡)の種類一覧 名称説明 つぶあん(あぐらあん) 小豆を砂糖で煮詰めたもの。おぐらあんの由来は、小倉山の鹿の斑紋に小豆が似ていることから。 つぶしあん つぶあんを潰したもの。 こしあん つぶあんをこし器にかけて、小豆の皮を取り除いた物。 さらしあん(漉し餡) こしあんを乾燥させ粉末状にしたもの。使用時は水で戻して使う。 しろあん(白いんげん) 白インゲンを原材料にしたあんこ。 しろあん(白あずき) 白小豆を原材料にしたあんこ。 ずんだ 枝豆を原材料にしたあんこです。宮城県と山形県の郷土料理で使われることが多い。ずんだ餅などが有名。 村雨(むらさめ) さらしあんに餅米を加えて作るあんこ。 緑豆餡(りょくとうあん) 緑豆を原材料にしたあんこ。 芋餡 サツマイモを原材料にしたあんこ。 紫芋餡 サツマイモを原材料にしたあんこ。 栗餡 栗を原材料にしたあんこです。ケーキのモンブランなどに使う。 鶯餡 青エンドウを原材料にしたあんこです。うぐいすパンなどに使う。 蓮の実餡 ハスの種子を原材料にしたあんこです。中国や台湾で使用される。主に月餅、最中など。 黒胡麻餡 黒胡麻を使用したあんこ。 白胡麻餡 白胡麻を使用したあんこです。 ピーナッツ餡 ピーナッツを使用したあんこ。 胡桃餡 クルミを使用したあんこ。 冬瓜餡 トウガンを使用したあんこ。 棗餡 ナツメを使用したあんこ。 バナナ餡 バナナを使用したあんこ。洋菓子に使う。 葛餡 クズを使用したあんこ。 南瓜餡 カボチャを使用したあんこ。和菓子、洋菓子に使われる。 いちご餡 イチゴを使用したあんこ。 抹茶餡 抹茶を使用したあんこ。 化合あん 餡のベースとなる材料以外の材料を練りこんで作られるあんこ。
主な化合あんには以下がある。

黄身餡:あんに卵の黄身を練りこんだ餡。 胡麻餡:あんに胡麻を練りこんだ餡。 味噌餡:あんに味噌を練りこんだ餡。 抹茶餡:あんに抹茶を練りこんだ餡。 柚子餡:あんに柚子を練りこんだ餡。 桜餡:あんに刻んだ桜の葉を練りこんだ餡。

  

ここでは一旦、この課題を棚上げし、餡の栄養価にや薬理効果について考えてみよう。甘味餡の主役の小
豆は植物性たんぱく質が豊富で、さらに健康維持に役立つ以下の成分も含まれる。尚、活性酸素の退治に
有効なのがポリフェノーで、赤ワインは、その含有量が多いが、実は、あずきに含まれるポリフェノール
の方が、もっと多いといわれる。さらに、あずきにはビタミンB群がたくさん含まれて、なかでもビタミ
ンB1・B2・B6が豊富。このビタミンB群は、相互に関係しながらエネルギー代謝を促し、糖質・たんぱく
質にも富み、疲労回復に効果的で、披労の蓄積が気になったら、おやつや食事に小豆が効果を発揮すので
は?!。また、ナトリウムの摂取過多は、腎機能を低下させ、高血圧やむくみの原因となるが、高血圧は
糖尿病や脳卒中など様々な成人病の要因ともなる。この余分なナトリウムを排泄する”カリウム”を多く
含んでいるのが小豆、効率よくカリウムを補給できる。

ビタミンB1・B2(代謝機能の向上)  ビタミンE(老化防止)  鉄分、銅、ミネラル(造血作用の促進) 食物繊維(整腸、便秘防止、血中コレステロールの抑制)

 

こんなことを考えてみたが、これ意外に発酵食品専門事業『古漬屋』構想もある。彦根にもこんな専門店
があって、世界発信できれば申し分ないだろう。


 


【我が家の焚書顛末記 Ⅰ】

● 『あなたにもできる 常温核融合実験!?』

二階の蔵書が多すぎて余りの重さで床が抜け階下に落下し『偽装の夫婦』のヒロイン嘉門ヒロが、行き先
もなく、彼氏・陽村超治の家に転がり込み?同居するという筋書。そういえば、前職場のエス君も同じよ
うな体験しているが、わたしの書棚は一階にありそのようなとはないが、20数年前、訳があり、大半の
本を焚書処分する(図書館への寄贈や書籍売却は一切なし)。ここにきて、近くの焼却場で焚書処分を継
続的に実行――有用図書はデジタル化し保存した後焚書。今日は、94年、東京駅前の三省堂に購入した、
常温核融合実験」に関する本(上写真)を処分。ところで、常温核融合(Cold Fusion)とは、室温で、水
素原子の核融合反応が起きるとされる現象――89年にこ観測したとの発表――3月23日にイギリス・
サウサンプトン大学のマーティン・フライシュマン教授とアメリカ・ユタ大学のスタンレー・ポンズ教授
がこの現象を発見したとマスコミに発表。この発表で重水を満たした試験管(ガラス容器)に、パラジウ
ムとプラチナの電極を入れ暫らく放置、電流を流したところ、電解熱以上の発熱(電極の金属が一部溶解
したとも伝えられた)が得られ、核融合の際に生じたと思われるトリチウム、中性子、ガンマ線を検出し
た――にまつわる社会現象。常温での水素原子の核融合反応は、きわめて低い頻度ながら、トンネル効果
や宇宙線に含まれるミューオンによって実際に起き、観測もできる科学的に証明された物理現象である。
常温で目視でき、実用的なエネルギー源として活用できうる規模で起きたと主張されていた核融合反応。
現在は、安価で高いエネルギーを発生し工業的に利用できるような常温核融合は成功していない。

 実験時の電解セル

日本では今年10月26日に、NEDO 15年度「エネルギー・環境新技術先導プログラム」で、「画
期的なエネルギー貯蔵技術の研究開発」との項目中の「金属水素間新規熱反応の現象解析と制御技術」テ
ーマで、「常温核融合」がテーマの一つとして採択されている(下図)。国立大学法人東北大学 電子光
理学研究センタ、株式会社テクノバ、日産自動車株式会社、国立大学法人九州大学がその委託予定先であ
る。

 

ということで、時間軸の優先度からは消極的な情報収集レベルになる。いまとなっては、89年のフィーバーが懐か
しいということで、今夜でチョン。

  ● 今夜の一品

スマートフォンを高精度の3Dスキャナーに変身。「Eora 3D 」。アルミニウム製円柱形のデザインを持
ち、スマートフォンを側面に固定し、高精度の3Dスキャナーとして使えるようになる。コンパクトで軽
量サイズなので、持ち運びにも便利だ。

 

 

データ改竄の謎解き

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  見たいなら見るがいいさ、でも君は跳ばなきゃならない   /   W.H.オーエン

 

The sense of danger must not disappear:
The way is certainly both short and steep,
However gradual it looks from here;
Look if you like, but you will have to leap.


Tough-minded men get mushy in their sleep
And break the by-laws any fool can keep;
It is not the convention but the fear
That has a tendency to disappear.


The worried efforts of the busy heap,
The dirt, the imprecision, and the beer
Produce a few samrt wisecracke every year;
Laugh if you can, but you will have to leap.


The clothes that are considered right to wear
Will not be either sensible or cheap,
So long as we consent to live like sheep
And never mention those who disappear.


Much can be said for social savior-faire,
Bu to rejoice when no one else is there
Is even harder than it is to weep;
No one is watching, but you have to leap.


A solitude ten thousand fathoms deep
Sustains the bed on which we lie, my dear:
Although I love you, you will have to leap;
Our dream of safety has to disappear.

 

                                             Leap Before You Look
                              W. H. Auden

 



   公孟 -儒者との対話 / 『墨子』

 

● 貸し借りはない


   墨子に師事する青年がいた。健康で聡明な青年であったので、墨子は、もっと勉強させたいと思っ
 た。
 「もう少し勉強を続けなさい。そうすれば、役人に推薦してあげるから」
  墨子にこうすすめられて、青年は、その気になった。一年経つと、かれは墨子に約束の履行をせま
 った。だが、墨子はこういった。
 「役人に推薦することはできない。おまえも魯の国にあった話を知っているだろう。
  魯の国に五人兄弟がいた。父親が亡くなったとき、長男は酒飲みで、葬式を出そうとしなかった。
 そこで弟たち四人は一計を案じ、兄に向かって、
 『父の葬式を出してください。そうすれば酒を買って上げますから』
  ともちかけた。この話に乗った長男は、さっそく父親の葬式を出した。葬式が終わると、かれは弟
 たち四人に約束の履行をせまった。弟たちの返事はこうであった。
 『酒は、買うわけにはいきません。あの葬式では、あなた自身が父親を葬ったと同時に、わたしたら
 四人も父親を葬ったのです。つまり故人はわたしたち四人だけの父親ではないわけです。もし、あな
 たが葬式を出さなかったとしたら、あなたはそれこそ世間の笑い者になっていたでしょう。だから葬
 式を出すようにすすめたのです。葬式を出すことによって、あなたは子としての義務を果たした。同
 時に、わたしたちも、子としての義務を果たしたのですから、その点であなたもわたしたちも立場は
 同じで、貸し借りはないはずです』
  おまえも、この長男と同じだ。もし、勉強を続けなかったら、それこそ世間の笑い昔になっただろ
 う。わたしがすすめたのは、そのためだ」 

 

 

【データ改竄の謎解き】

10月15日、三井住友建設が施工主となって建設していた横浜市のマンションのパークシティLaLa横浜
の建設に際し、当社の工事の一部に不備があったことと、施工報告書の一部データが無断で書き換えられ
ていたことが明らかになった。杭工事を請け負った旭化成建材が施工報告書のデータの一部を転用・加筆
したことを、同社の親会社である旭化成が14日に明らかにしていた。同マンション4棟中の1棟が傾斜。
杭工事のデータ改ざんが新たに判明。一部の杭で、杭先端を支持層上で固定するセメントミルクの量を決
める際、異なる杭のデータを転用していた。この問題を受け、国土交通省は23日、不安解消を目的とし
て、同社が杭打ちを行った物件、全国3040か所について、住民や自治体にデータの情報提供をするよ
う命令。28、釧路市の北海道営住宅の建設でもデータの流用・改ざんを行っていた。この工事の責任者
は横浜市の工事とは別の人物で、データ改ざんの不正行為が社内ぐるみで行われたとみられる。29日の
報道では、この杭のデータ流用問題は、同社が請け負った工事以外でも行われたとみられとのこと。杭工
事の関係者に複数取材では、計測機器の不具合やデータ紛失などを理由に、流用が多数行われている。同
社の親会社旭化成の平居正仁副社長は、現場責任者が関わったくい打ち工事41件のうち、19件で、デ
ータが改ざん。また全国の請負物件中、百件以上で改ざんを行った疑いがあるとしながら「管理する体制
チェックする体制においても、問題があったんではないか。上司その他の関与のしかたについても、不十
分なところがあったのではないか」と語っている。 

● 低排土・高支持力杭工法とは 

旭化成建材工業が採用した場所打ちコンクリート杭工法=低排土・高支持力杭工法(DYNAWING)とは、既製コ
ンクリートパイル事業(中小型杭事業)して「ATTコラム」など、先進性を追求した高付加価値の製品・ 施工技だとさ
れるもの。 杭施工時の発生残土量は、従来の埋め込み杭工法に比べ、大幅に低減(低排土)、杭の設計支持力が
大きくとれる(高支持力)な杭工法。 高付加価値製品である「DYNAWING」により、主力事業分野である既製コン
クリートパイル事業を 強化したATT(アット)コラム(Asahikasei-Tenox-Technology Column)は、(株)テノック
ス社とで共同開発される。その特徴は次の3つ(下図クリック)。

(1)発生残土を大幅に低減
(2)高い設計支持力を実現
(3)安定した高品質の施工






● 支持層の判断と問題点の推定

上図の旭化成建材の社内調査報告資料によると、(1)オーガーモーター電流値の変動解析による支持
層の推定、(2)セメントミルク注入量の計測記録、(3)それと、支持地盤の深さとと土質記録の粉
飾あるいは改竄され可能性があり、杭のうち8本が不健全で、6本が支持層に未達、2本が到達してい
るが支持層への挿入が不十分と同社は認め、想定要因として(1)到達確認を怠り、(2)支持層の急
激な変化による誤認によるのではとしている。

ただし、(2)は土質と電流値に変動で判別できそうに思えるがそこはわからない。特に土質サンプル
が採取されチェックできていれば問題は解決――異常検出→フィードバック→施工追加(現在の工法変
更是正)――できるだろう。こう考えていくと、東洋ゴムの免震ゴムの検査データ改竄が、工場サイド
で発生しているのに対し、今回は、工事現場で発生している違いがあるものの、その背景に高層建造物
や対防災改造という建設業界インフレ模様とグループの好況感が企業規律を弛緩させていた、あるいは
むき出しの資本主義風土(「早よせ!安せ!」)を蔓延させたとも考えられる。また報道の中で「安全
率」が出ていたが、ここにも分析のメスを入れる必要がありそうだ。

 



※ 基礎工法概説図


―――
表 基礎工法の種類と場所打ちコンクリート杭工法の種類

ここで、既製杭とは工場で製作された杭のこと。これに対し、現場で作られる杭を『場所打ち杭』という。
場所打ち杭とは、現場で組んだ円筒状の鉄筋を掘削した地盤の中に落とし込み、後からコンクリートを穴
の中に流し込み、固めて杭を形成するものである。地面を掘削する際の方法により工法が異なり、施工可
能な杭長に関係する。

● 場所打ちコンクリート杭工法の種類

1)アースドリル工法

本工法は、ドリリングバケットを回転させて地盤を掘削、バケット内部に収納された土砂を地上に排土す
る方法で掘削を行う。孔壁は、表層部では表層ケーシングを用い、それ以深は安定液で保護。掘削完了後
所定の形状に製作された鉄筋かごを孔内に建込み、トレミー管でコンクリートを打込むことにより杭を築
造する。

 

2)オールケーシング工法

本工法は、ケーシングチューブを掘削孔全長にわたり揺動(回転)・押込みながらケーシングチューブ内
の土砂をハンマーグラブにて掘削・排土することで掘削し、所定の深さの地盤に達したら孔底処理を行い
鉄筋かごを建込み後、トレミーによりコンクリートを打込み、コンクリート打込みに伴いケーシングチュ
ーブおよびトレミーを引抜き回収を行う工法である。

3)リバーズ工法

本工法は、ビットを回転させ地盤を切削し、その土砂を孔内水とともにサクションポンプまたはエアリフ
ト方式等により地上に排出することで削孔し、孔壁の保護は、表層部ではスタンドパイプを使用し、スタ
ンドパイプ下端以深では、孔壁に形成されたマッドケーキと、孔内水および地下水の水頭差により行う。
大径かつ大深度掘削に対応でき、特殊ビットを使用しトルクを増すことで岩盤の掘削も可能である。


4)BH工法

BH (Boring Hole) 工法は、強力な動力を持つボーリングマシンを使用し、ボーリングロッドの先端に取
り付けたビットを回転させ、ノーケーシングで掘削する工法です。掘削には安定液を使用し、これをグラ
ウトポンプでビット先端に送り込み、掘削された土砂を上昇水流によって孔口に運び、サンドポンプで排
出する「正循環」方式となっている。掘削終了後はスライム処理を行い、場所打ちコンクリート杭の造成
あるいは既製杭の建て込みを行うことができる。既存の杭掘削工法の中で、最もコンパクト性にすぐれた工
法。特徴は① 施工機械が小型のため、狭小な敷地での施工が可能。②高架下や屋内など、作業高さが低い
場合でも施工が可能。③進入道路が狭い場合でも、軽量で小型であるため、搬出入が容易に行える。④マ
シンの組立・解体に重機を必要としない。⑤施工時の騒音・振動がきわめて低レベルである。



5) 深礎工法

本工法は、現在施工されている場所打ち杭の中では最も歴史が古く、掘削は人力または機械により行いつ
つ、鋼製波板とリング枠(主にライナープレート)で土留めを行う。孔内で鉄筋を組立て、土留め材を取
り外しながらコンクリートを打設し杭を形成する。第一生命ビルや銀座松屋の工事を施工した木田保造の
発案によると言われその特徴は、①人力掘削なので狭い敷地や傾斜地又は根切り面からの施工が可能。②大
口径で大深長の杭施工が可能。③湧水が多い場合や崩れやすい地盤には適さない。④無振動・無公害である。

 

 

 

 

                                  秋深き隣は何をする人ぞ       /   松尾芭蕉

 

 

 


アデル・リターズ

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   ドラムをたたけ、バンジョーを鳴らせ、長くくねった冷たい
        サクソフォーンをすすり泣かせろ。そらゆけ、ジャズバンド
                  
                    カール・サンドバーグ 「ジャズ・ファンtジア」

           Drum on your drum, batter on your banjos, sob on the
                     long cool winding saxophones,  Go to it, O jazzmen.  

                                                                                       Carl Sonburg

  公孟 -儒者との対話- / 『墨子』

● 何をもってか必ずしも人を視ん

  墨子に師事する青年がいた。
 「どうして学問をしないのだ」と澄子がきいた。
 「わたしの一族には、学問をする者がいないのです」
 「それはおかしい。一族に美人を好む者がいないからといって、美人を好まないわけではあるまい。
 一族に富貴を望む者がいないからといって、富貴を好まないわけではあるまい。美人や富貴を求め
 る場合でさえこうなのだ。ましてや、義は天下の宝物だ。これを学ぶのに、他人の思惑など気にし
 てはいけない」

 

【最新波動発電工学】

● 波力発電の先駆けへ 湘南平塚で実験開始

東京大学生産技術研究所の林昌奎教授らの研究グループは、19年度をめどに神奈川県平塚市で出
力150キロワット以上の波力発電装置の実証実験を行う。漁港などの海岸沿いに設置し、発電した
電力を地元で消費する"地産地消"モデルの確立を目指す。実証で得た知見などを自治体や企業と共
有し、全国に普及させる体制も整える。


2×4メートルの鉄板で波を受け、振り子運動により発電する波力発電装置を15年中に完成させ
る。文部科学省の支援を受け、出力43キロワットの発電設備として16年8月をめどに岩手県久
慈市に設置。発電性能や荒れた波を受けた時の耐久性などを検証する。平塚市での実証ではこの装
置を3台連結して出力を拡充、地産地消型として実用化できる規模で設置する。久慈市での実証結
果を踏まえて改良するほか、3台の装置の接続技術を開発する。平塚市の協力を受けて地元住民の
許可を得る作業も進め、19年度の設置を目指す。漁村などの沿岸部に設置し、地元で消費するこ
とで送電費用が安価な低コスト仕様を構築する。また、久慈市と平塚市の実証で得られる知見の共
有などを目的に、研究会を16年4月に立ち上げる。

ところで、波力発電システムは、海上や海中に設置され、交換作業が容易でない。また、システム
の耐久性が要求され、最低でも10年間使用できることが必要である。振子式波力発電装置では、
周期が6~12s程度の波の力を振子が絶えず受け、ベーンが絶えず揺動するが、もともとベーン
ポンプはこのような周期で絶えず揺動することを想定して設計されていない。また、システムの小
型化を図るため20MPa以上での使用が条件となるがその開発にはコストがかかる。従来の波力
発電装置は、波受部材を防波堤の前方に設置し、防波堤から反射される反射波と入射波の共振現象
を用いてエネルギー変換効率を向上させるが、通常、防波堤の前面には消波ブロックが存在し、反
射面の位置が特定できない問題がある。



 

 【符号の説明】

1 波力発電システム  2 防波堤 8 消波ブロック  9 平均水面  13 波受部材  20 ポンプ装置  21 ポ
ンプ  41 主通路  42 流量センサ  43 アキュムレータ装置  44 アキュムレータ用切換弁  45 第1ア
キュムレータ  46 第2アキュムレータ  60 油圧モータ装置  61 モータ用切換弁  64 第1油圧モータ 
65 第2油圧モータ  66 出力軸  67,68 サーボ機構  71 発電機  72 パワーコンディショナ  73 回
転数センサ  80 制御装置  90 昇降装置


上図の新機構案は、消波ブロックが存在する防波堤であっても、これを排除することなく、耐久性
能及び耐圧性能を向上させることができ、また低コストの波力発電システムを提供することを目的
に提案されている。波力発電システム1は、波受部材13と、ポンプ装置20と、アキュムレータ
装置43と、油圧モータ装置60と、発電機71とを備えている。波受部材13は、波の力を受け
て揺動し、ポンプ装置20は、波受部材13の揺動運動を直動運動に変換して作動油を主通路41
に吐出するラムシリンダ式のポンプ21で構成。アキュムレータ装置43は、主通路41を流れる
作動油を蓄圧し、その作動油を主通路41の圧力が所定圧以下になる排出する。油圧モータ装置60
は、ポンプ装置20からの作動油が主通路41を介して供給され、作動油の吸入量に応じた回転速
度で出力軸66を駆動する。発電機71は、出力軸66の回転速度に応じた回転数で回転して電力
を発生する構成で、 耐久性能及び耐圧性能を向上させることができる。

地球温暖化による水位上昇による、沿岸浸食が進行していくと予測されるなか、波動発電の真価が
問われるが故、日本列島の沿岸という沿岸を波動発電装置で護岸しながら格安のエネルギーをつく
ることができれば、国土の付加価値を高めることになる。「護岸と発電」の同時解決こそクール・
ジャパンの真骨頂だろう。




【東北からの2つ最新マテリアル技術】

● 液体金属の流れで電気 電池が不要に?

東北大金属材料研究所の斎藤英治教授(物性物理学)のグループは2日、細い管に液体金属を流すだ
けで微弱な電気が発生することを突き止め、実際に電気を取り出すことにも成功したと発表。発見者
は、大学院生の高橋遼氏。石英でできた直径0.4ミリの管に液体金属の水銀やガリウム合金を、秒
速2メートルで流し、千万分の1ボルトという極めて微弱な電気を取り出す。発生する電気量は流れ
の速さに比例。管の中を流れる液体金属は摩擦で渦を巻き、その影響で金属の中の電子も自転。自転
の強弱により起電する。液体金属流が電気を発生させる原理は理論計算で発見。実験で証明できたの
は、絶縁体である石英を管に用いることを思い付いたことが大いという。斎藤教授は発電装置の超小
型化が可能。家電製品のリモコンに装置を組み込めば、ボタンを押す力で発電し、電池が不要になる
かもしれないと話す(河北新聞 2015.11.03)。微小電流で動作するデバイスが開発されれば、それへ
の応用展開が期待される。

  doi:10.1038/nphys3526

 

 

● 鉄系超伝導体の新たな極薄膜化技術

先月30日、前出東北大学金属材料研究所の塩貝純一助教らのグループは、鉄とセレンの層状の超伝
導物質・セレン化鉄(FeSe)を、電気化学反応をつかったエッチング法を用い極薄膜化する技術を確
立。この手法により、一つのFeSe試料で約20ナノメータから単原子層0.6ナノメータまでの厚みを
連続的に変化できる。さらに、転移温度40ケルビンの高温超伝導が、単原子層0.6ナノメータから
数ナノメータという幅広い厚さの薄膜状態で実現することを初めて観測。これまで、極薄膜セレン化
鉄の高温での超伝導転移は厚さ約1ナノメータ以下でしか起こらないと考えられてきたが、、極薄膜
状態での高温超伝導誘起する起源が解明できるかもしれない。また、この薄膜エッチング法は、セレ
ン化鉄以外の物質にも適用できる、極薄膜の新奇物性の調査研究の展開できるかもしれない。これは
実に面白い。

 doi:10.1038/nphys3530

 

 

 

  

   ● 今夜の一曲

【アデルの復活】 

Hello, it's me, I was wondering
If after all these years you'd like to meet to go over everything
They say that time's supposed to heal, yeah
But I ain't done much healing

Hello, can you hear me?
I'm in California dreaming about who we used to be
When we were younger and free
I've forgotten how it felt before the world fell at our feet

There's such a difference between us
And a million miles

Hello from the other side
I must've called a thousand times
To tell you I'm sorry, for everything that I've done
But when I call you never seem to be home

Hello from the outside
At least I can say that I've tried
To tell you I'm sorry, for breaking your heart
But it don't matter, it clearly doesn't tear you apart anymore

Hello, how are you?
It's so typical of me to talk about myself, I'm sorry
I hope that you're well
Did you ever make it out of that town where nothing ever happened?

It's no secret
That the both of us are running out of time

So hello from the other side
I must've called a thousand times
To tell you I'm sorry, for everything that I've done
But when I call you never seem to be home

Hello from the outside
At least I can say that I've tried
To tell you I'm sorry, for breaking your heart
But it don't matter, it clearly doesn't tear you apart anymore

Ooh, anymore
Ooh, anymore
Ooh, anymore
Anymore...

                                                                  ”Hellow”
                               Singer           Adele Adkins
                               Writer     Adele Adkins/Greg Kurstin

 


シングソングライター・アデルの「Hellow」は、今年10月23日に彼女のアルバム「25」からシングル
カットされ、12年の最初のシングル「007スカイフォール」から3年ぶりにリリースされた。新
曲作りに悩んでいた彼女が、プロデューサのグレック・クリスティンと出会うことで生まれる。この
曲は、ソウルミュージックのピアノバラードで郷愁と後悔をテーマとした歌詞からなり、音楽評論家たちから称
賛をはくす。英国を含む23か国で 「Someone like You」 に次いで、2度目の第1位を獲得。米国では4週連続
第1位を獲得。ミュージックビデオとしてはテイラー・スイフトの 「Bao Blood」 が持つ1日の2千10万の閲覧回
数を超える2千770万回を記録、また、マイリー・サイラスの 「Wrecking Ball」 がもつ1億回数記録を最短時
間で達成するという記録ずくめで話題となる。

因みに、アデル(88年5月5日生まれ )は、英国の歌手。英国BBCの人気投票企画「サウンド・オブ・2008」に
てトップスターに躍り出る、同年のデビューアルバム「19」がチャート初登場1位を獲得、09年の米国グラミー
賞で最優秀新人賞と最優秀女性ポップボーカルパフォーマンス賞の2部門、12年の同賞で主要3部門を含む
全6部門の賞を獲得、12年9月時点で、全世界での総売上が2千3百万枚突破、これは今世紀に入り最大売
上にあたる。

●   自分の腕にキーボード

日本電気(NEC)は5日、ウェアラブルグラス用の新しいユーザーインタフェースの腕を仮想キーボー
ド化する「ARmKeypad(アームキーパッド)」を開発。ARmKeypadは、ウェアラブルグラスとウェア
ラブルウォッチを連携させる新しい認識技術により、前腕に仮想キーボードを表示するシステム。腕に
キーボードや入力ボタンを装着しているような感覚でタッチ入力ができる。うぅ~ん、これも『デジ
タル革命渦論』の1つの様態ということか。生身も法整備もついて行けるのか少々不安が募る。
 

 

米国初女性大統領の誕生?

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   魅力とは、はっきりした返事を求めなかったのに、イエスの返事を得る方法である。

                                               アルベール・カミュ

 

  Charm is a way of getting the answer
                                “Yes” without having asked for clear answer.                                       

 

  公孟 -儒者との対話- / 『墨子』

● 自分を"かくまう"罪

  墨子に師事する青年がいた。その青年が墨子に向かって、
 「鬼神はたしかに存在し、人の行為を判断して禍福をくだす。行ないの正しい者には福を与え、正し
 くない者には、わざわいをもたらす、というのが先生の持論です。
  ところで、このわたしは長い囲先生に師事していますが、いっこうにうだつがあがりません。先生
 のおっしゃることがまちがっているのか、それとも鬼神には禍福をくだす力などないのか、二つにひ
 とつであると思います。うだつのあがらないわけを教えてください」
 「わたしがまちがっているのでもなければ、鬼神に禍福をくだす力がないのでもない。
  おまえは、罪人をかくまうと、罰せられることを知っているか」
 「いいえ、知りません」
 「ここにおまえより十倍もすぐれた人がいるとする。おまえは、その人にくらべて自分がその十分の
 一の価値しかないことを認めるかね」
 「それは、むりです」
 「おまえより百倍もすぐれた人がいれば、全面的にその人の実力を認めて、自分を無にすることがで
 きるかね」
 「とても、むりですに
 「人をひとりかくまうだけでも罪になる。ところがおまえは、こんなにたくさんのものをかくまって
 いる。こういう罪を犯していれば、幸運がめぐってこないのは、当然ではないかに

 

【我が家の焚書顛末記 Ⅱ】

本の整理野中には洋書も少しあり、たまたまヒラリークリントンの06年に購入した『ヒラリー・ロダム・
クリントン自伝』を拾いあげ処分しようかと迷う。この本もご多分にもれず積んどくだけであったが翻訳
することに決め焚書を免れる。和書は漢字をコード認識し読み飛ばせて日本語は楽だが、英文はそれがな
く、それでなくても慢性的な眼精疲労に悩まされているのにと、変なところで頑張ってしまう"旋毛癖"が
働いた。次期大統領候補として有力視されている彼女だが、共和党などの政敵を融和・懐柔・打開をする
手腕が乏しいとか、戦争屋ロックフェラー(デイヴィッド)の影響が大きく、彼女が就任すれば戦争が起
きる――最近の中東情勢を見る限り誰が大統領になろうとその可能性は大木だろうが――とかの情報が飛
び交う魑魅魍魎の世界もあってなかなか面白いが、これも眼精疲労を助長する。

さて、彼女は47年イリノイ州シカゴ郊外で、織物工場を経営する父と専業主婦の母の間に生まれる。名
門女子大ウェルズリー・カレッジを卒業後、イエール大学ロースクールを修了。その後、弁護士として子
供、女性、社会的弱者の権利擁護に力をそそぎ、ニクソン大統領弾劾の司法委員会にも参加。75年イエ
ール大学時代に知り合ったビル・クリントンと結婚し、アーカンソー州に移住。司法長官の妻、州知事夫
人をへて93年大統領夫人に。医療保険改革や女性の地位向上のために尽力し、新しいファーストレディ
像を築きあげた。99年ニューヨーク州から上院議員選に出馬し、翌2000年当選を果たす。現在、アメ
リカ大統領の椅子にもっとも近い女性として、全世界の注目を集めるが新鮮味がないとかで離反する支持者
も出ている。本書せは、「彼女自らが、子供時代、夫ビル・クリントンとの結婚生活、ホワイトハウスの内幕、上院選
の勝利に至るまでを綴った感動のメモワールである。母として、妻として、政治家として、全世界がもっとも注目する
女性が、21世紀という困難な時代に生きるすべての人に贈る“人生賛歌”」と紹介されたりしている。

  

また、読売新聞特別編集委員の橋本五郎(五郎丸ではない)は、「ホワイトハウスは全米刑務所の中で最
も光り輝く刑務所である」。アメリカ第33代大統領、ハリー・トルーマンの至言である。ヒラリー自伝
は、大統領だけでなく、その夫人にとっても時に牢獄と化す“刑務所”を根拠地にして戦う女性の記録で
もある。既成の観念や陋習(ろうしゅう)と戦いながら、立ち止まることなく前進しようとする張り詰め
た姿が全編にみなぎり、読むものに畏怖の念さえ呼び起こす。大統領夫人とは「立場」ではあるが「仕事
」ではない。この立場を使ってどう夫を助け、自身の声を失わずに国家に奉仕できるか。そう考える彼女
は、女性の地位の向上を求め、子供の人権を守り、医療保険改革に取り組んだ。そして、どんな時でも自
分自身であろうとした。幾多の試練が待つ彼女の支えとなったのは、歴代ファーストレディーだ。穏やか
で毅然としたエレノア・ルーズベルトの写真を眺めていると、エレノアの言葉がよみがえる。「女性はテ
ィーバッグみたいなもの。熱湯に入れられるまで、その強さにだれも気づかない」「政治の世界に身を置
く女性たるもの、サイのように皮を厚くしなくてはならない」。ヒラリーはこれらの言葉を呪文のように
唱えて危機を乗り切るのだった。皮を厚くしすぎて温かみのない人間になることを恐れながら。その彼女
にとって最大の危機は、夫がモニカ・ルウィンスキーとの「不適切な関係」について自分を欺いたことだ
った。とめどない怒りに我を忘れた。「妻としてはビルを絞め殺してやりたかったが、彼はわたしが支援
したいと思うようなアメリカと世界の指導者だった」ことで踏みとどまる。そのもがき苦しむ様が赤裸々
に綴られていると評価しているほどだが、米国初の女性大統領が誕生するなんて素敵ではないかと、ミー
ハーなことしか言葉として浮かばない。

 

 

  


【時代は太陽道を渡る 22】

今夜は技術の話題を3つ4つ拾ってみる。

● 世界初 スーパーグロース・カーボンナノチューブの量産工場が稼働

産業技術総合研究所が開発したスーパーグロース(SG)法を用いたカーボンナノチューブ(CNT)の世界初
の量産工場を日本ゼオン(株)が完成させ稼働を開始(2015.11.04)。SG法は高速・大量合成――従来の
CNT合成法と比較して、数百倍の成長効率を示すとともに、合成したSGCNTは基板から容易に分離できるた
め、品質を損なうことなく炭素純度99%以上の純度でSGCNTを簡便に回収することができることから、触媒
使用量および製造コストの大幅な削減――が可能であり、SG法で得られるCNTは、従来と比較して、高アス
ペクト比、高純度、大表面積といった特長を有し、従来にない機能や特徴を持つ新機能性材料、次世代デ
バイス等への応用が期待される材料です。高性能キャパシタ、高機能ゴム材料、高熱導電材料等の革新的
材料やデバイスへ応用できることから、その需要拡大が見込まれます。

 
これは、大きな『マテリアル革命』になる。現在の電気配線、銅を中心しているが、他の天然・プラスチ
ック繊維樹脂とのコンビネイションで銅より強くて軽量で優れた導電率をもつ配線材料となるばかりでな
く、薄くて軽い大容量のキャパシタ型蓄電器やフローリング材とコラボすることで薄くて軽いヒートシー
トにもでき、道路の融雪舗装、あるいは、薄くて丈夫な大面積の熱電素子として世界展開できる商品にと
なる。これは大変愉快だ。

 




● 年間平均42.9%、最大73%の電力削減効果を達成

シャープが開発した「採光フィルム」で、窓に設置することで太陽光などの外光を効率良く取り込め、同
社が実施した実証実験で、この採光フィルムを導入し年間4割以上の照明電力の削減効果を確認。それに
よると、同社が開発したオフィスビルなどの照明用電力の削減に貢献する「採光フィルム」。同社は同フ
ィルムの節電・省エネ効果を実証するため、研究所の実験室に採光フィルムを設置し、1年間(15年9
月1日~8月31日)にわたり室内の照度測定を行った。その結果、室内照明の消費電力量が年間で約4
割の削減につながったという。これは、液晶ディスプレイの開発で培った光学制御技術を応用。太陽の年
周/日周運動を考慮した光学設計に基づく独自の技術を採用している。表面に微細加工を施すことでフィ
ルムの片側よりさまざまな角度から入射する光を、反対側から一定の角度で出すことを可能にしている。

このフィルムをガラスに張り付けるなどし、窓の上部に設置することで、季節や時間帯に応じて変化する
入射角度にかかわらず、太陽光を効率的に天井方向に取り込み、不快なグレア(まぶしさ)を抑えながら
室内全体を明るくすることができるのが特徴。シャープでは採光フィルムをサッシに納めた「自然採光シ
ステム」として製品化し、オフィスビルをはじめ、学校、病院、コンビニなどをターゲットに展開してい
く方針。

 

● ビームスプリット式ペロブスカイト色素増感太陽電池で変換効率21.5%達成

東京大学の瀬川研究会のグループは 、ダイクロイックミラーを用いた(通常のハーフミラーではない、波
長スプリット:上図/左上)ペロブスカイトと色素増感太陽電池のタンデムセルで効率 21.5% を実現。
手段を問わなければハイブリッド(有機)系太陽電池だけでもここまで達成ことを実証。使用した色素は
新開発の Ru系 DX3。

太陽電池の変換効率を上げるには、光吸収には近赤外領域はかかせない。エネルギー変換効率を高めるこ
とが重要。太陽電池ペロブスカイト鉛ハロゲン化物の進歩が顕著で20%以上の高い変換効率が達成され
ているが、長波長サイドの吸収限界は~800ナノメートル。さらに、ペロブスカイト型太陽電池の変換
効率を向上させるには、近赤外太陽電池とハイブリット色素が有用。ここでは、近赤外に幅広い応答を示
すパンクロマチック増感剤(=DX3:~1100ナノメートル)で、AM1.5で30ミリアンペア/平方
センチを超える光電流密度をえる。可視光吸収するペロブスカイトセルとともにDX3系色素増感型太陽電
池を使用し、ハイブリット色素増感太陽電池は、スペクトル分離し21.5%の高変換効率を達成した。

   


※  AM(エアマス)1.5とはエアマスの頭文字で、太陽が地表に到達するまでに通過する大気の量を表す。
  地表面に垂直入射で届く場合をAM1とし、AM1.5とは、垂直入射に対して大気を通過する距離が1.5
  倍であることを示し、日本も含め世界中でAM1.5を基準としている。

 



● 米国で進むコミュニティー・チョイス・アグリゲーション(CCA)制度

コミュニティー・チョイス・アグリゲーション(Community Choice Aggregation: CCA;自治体選択集約制
度)は、地方自治体などが住民、ビジネス、さらに公共施設用の電力需要をまとめて購入できることを規
定したもので、02年に成立。この法律により、地方自治体は、自ら電力を発電、または発電事業者から
電力を調達する、コミュニティーが自由に選択できる公共事業形態の一つ。米カリフォルニア州では2000
年~01年に発生した電力危機が原因で小売全面自由化が保留になった。民間電力会社の地域独占が継続
され、家庭用電力消費者は電力購入の「チョイス(選択)」の機会を失うが、同州北部マリーン郡とその
周辺の消費者は、電力の購入先を大手電力会社から地方自治体に乗り換え、太陽光発電などの再生可能エ
ネルギーを選択、乗り換えで、今年は1,060万ドル(約12.6億円)の電気料金と、6万トン以上の温室効果
ガス削減を見込まれるほどになる。

「再エネ比率56%」でも料金は割安

NPO 法人マリーン・クリーン・エネルギー(Marin Clean Energy: MCE)の電力プランを選択した需要家は、
従来と変わらず PG&E から請求書を受け取るようになっている。ちなみに、電気代の内訳は、MCEにより
調達・供給される電気の料金、PG&E (パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック・カンパニー)からの送配電料と
その他の料金になっている。本来、MCE とPG&E は、小売り販売先獲得で競争相手になるわけだが、CCA
の仕組み上、MCE が発電、PG&E が送配電と顧客サービスを行う、パートナーシップというユニークな形
にもなる。

カリフォルニア州は当時、「再生可能エネルギー・ポートフォリオ基準(Renewable Portfolio Standard:RPS
)」により、20年までに州内の電力販売量の33%を再生可能エネルギーで賄うという目標を制度化し
ていた(現在は30年までに50%に引き上げられた)。RPS遵守義務のあるPG&Eを含む民間電力会社は、
電力販売量の約20%は再生可能エネルギーで満たしていたものの、MCEはさらに多くの再生可能エネルギー
を調達できている。MCEは、現在3つのプランをコミュニティーメンバーに提供する(下図)。(1)「ラ
イトグリーン」は再生可能エネルギーの占める比率が56%、(2)「ディープグリーン」は百%再生可能エ
ネルギー、そして、(3)「ローカルソル」は100%地元の太陽光発電の電力からなる。


PG&Eの電力プランは、現在、再生可能エネルギー比率が27%であり、月平均の家庭用電気料金は111.26
ドルである。これに対し、MCE  の「ライトグリーン」は再エネ比率が2倍の56%に高まるうえに、月々
の電気料金はわずか1.58ドルだがPG&Eより安い、109.68ドルとなっている(下図)。一方、PG&Eと比べ、再
エネの比率が約4倍(再エネ百%)の「ディープグリーン」と、「ローカルソル」では、PG&E より割高に
なっている。月平均の割高額(プレミアム)は、「ディープグリーン」ではわずか3.5ドルだが、「ローカ
ルソル」では28.89ドルとなっている。




「自動乗り換え」で顧客を獲得

マリーン郡のコミュニティーのために立ち上がったMCEだが、現在は近辺の地方自治体も参加し、顧客ベー
スを広げている。今年はワインで有名なナパバレーのあるナパ郡の他に4市が新しくMCEに加入した。家庭
用顧客が総数の約60%、ビジネス用の顧客が約20%を占めるが、電力需要量では家庭用とビジネス用顧
客は約半々となる。このプログラムで驚くべき特徴は、コミュニティーのメンバーの80%以上が従来の地域
独占の民間電力会社からMCEに乗り換えた。この高い乗り換え率の背景には、CCAを優遇する仕組みが法律
設けられている。それは、CCAに限り、MCEなどのCCA プロバイダーが自動的にディフォルト(初期状態
)に設定――普通だったら PG&E のような地域独占電力会社からMCEへの乗り換え手続きが必要になるが、
CCA のプログラム開始と同時にコミュニティーの顧客は自動的にCCA に乗り替わるようになっている。

発電料金の単価は、再エネ百%でも大手電力より安い

CCAは、地域で発電した再生可能エネルギーをコミュニティーで消費するという「地産地消」モデルを目標
にしている。MCEは、再生可能エネルギー比率56%の電気を地域独占の大手電力会社(ここではPG&E)
に比べて安い価格で提供している。再エネ56%のプランは「ライトグリーン」と呼ばれ、発電料金は8.2
セント/kWh。「ディープグリーン」と呼ばれる再エネ百%プランの発電料金は「ライトグリーン」に1セン
トを上乗せした9.2セント/kWhで提供する。これらの発電料金は、PG&Eの再エネ比率27%(9.745セント
/kWh)より低価格になっている。

地方自治体が、大手電力会社より再エネ比率が高いのに低価格で提供できるのか?

特定非営利活動法人なので、株主に支払う報酬がなく、大手電力会社は株主に12%の投資リターンを保証
しなくてはならない。そうしたリターンを求められることがなく、運営は効率的で、無駄がないので、あま
り経費もかからく、電気調達で迅速に決断する。プロジェクトディペロッパー、銀行、投資家が無駄に時間
を費やさずに済み、結果的に経費が低く保て、最近では再生可能エネルギーを含む電気の発電コストが大幅
に下がるので、競争的価格で調達できる。MCEの顧客は小売会社とし発電コストを払い、送電網を運営する
PG&Eに送電コストを支払う。送電コストは電力をMCEまたはPG&Eから購入しても同じ単価の12.164セン
ト/kWhになっている。

FIT活用し、顧客の住む地域での再エネ開発を強化

MCEのCCAプログラムはエコな電力を低価格で販売するだけではなく、再エネ固定価格買取制度(FIT)、
太陽光発電の余剰電力買い取り、省エネプログラムも手掛けている。これらの施策は、コミュニティー内で
雇用を生み出し、環境を保護し、地域を支える効果がある。「ディープグリーン」の収入の一部がこれらの
プログラムの資金にあてられる。運営当初、「グリーンな電力」と「低価格」でPG&Eと差別化するため、
比較的低コストな州外の風力、バイオマス、水力発電所などから電力を調達してきた。だが、「ローカル」
を強調すべく、現在は州内、さらに顧客が住む地域での再生可能エネルギーの調達と開発に力を入れている。
MCEのFITプログラムは1メガワット未満の再エネ発電設備が対象で、買取期間は20年、買取価格は3つ
の発電電源タイプとプログラム全体の認定発電容量で決まる。つまり、買取価格が年度ごとに決まるのでは
なく、発電設備の出力規模を基準にした変動方式で、具体的には、認定容量が2メガワット増えるごとに、
買取価格が低減する仕組みになる(下図)。



3つの電源タイプは(1)ピークエネルギー、(2)ベースロードエネルギー、(3)断続的エネルギーにな
っている。ピークエネルギーの定義は、一日における発電総量の90%が午前66から午後10時の間に発電、
送電されるエネルギー。太陽光発電や太陽熱などのこの定義にはまる。ベースロードエネルギーは、バイオ
マス、バイオガス(廃棄物)、燃料電池など通常運営時の設備利用率が75%を超えるエネルギー。断続的
エネルギーはピークとベースロードエネルギーに当てはまらないエネルギーとして、風力が挙げられている。
例えば、認定容量が2メガワット以内では、太陽光発電のようなピーク時に電力を供給する電力の買取価格
137.66ドル/MWh(13.77セント/kWh)。総設置認定量が12メガワットに達すると買取価格が90ドル/MWh
(9セント/kWh)になる。


先月末、MCEは新しいサービス内容を発表した。それは25年までに「ライトグリーン」の再生可能エネル
ギーの比率を現在の56%から80%まで上げることだ。今年は99メガワットの風力と、州内に建設され
た20メガワットと23メガワットのメガソーラー(大規模太陽光発電所)からの調達も始まった。さらに
現在同州のサンフランシスコ、ベイエリア(サンフランシスコ湾の湾岸地域)で2番目に大きい10.5メガ
ワットのメガソーラーを現在、建設中。パリで11月30日から開かれる第21回国連気候変動枠組み条約
締約国会議(COP21)に参加する予定という。これは面白い動きだ。

 

 

ベンチャーダマシ Ⅰ

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        時間と空間と重力は、物質から離れて存在することはない。

                   アルベルト・アンシュタイン 1915

 

                                                                                    

  公孟 -儒者との対話- / 『墨子』

●  門と泥棒

  墨子が病気になったとき、弟子の践鼻が枕元にきて、
 「いつか先生は、『鬼神はたしかに存在し、禍福をもたらす力がある。正しい人間には福をもたらし、
 邪まな人聞には禍をもたらす』といわれました。
  ところが、先生は聖人であられるのに、病気になられた。これはどうしたわけでしょう。先生のお
 っしゃることが正しくないのでしょうか、それとも鬼神には、人を裁く力がないのでしょうか」
 「わたしが病気になったからといって、すぐ鬼神に結びつけるのはよくない。病気になる原因はたく
 さんある。寒暑が原因になることもあれば、疲労が原因になることもある。
  おまえの見方は、門がたくさんあるのに、一門を閉めて、もう泥棒は入らないと安心するようなも
 のだ」 

 

 出典:中日新聞

【ベンチャーダマシ Ⅰ】 

● サイクリングに「漁船タクシー」を 守山市が新事業 

守山市は7日、漁船で希望の港まで人と自転車を湖上輸送する「漁船タクシー」を試行的に始めた。初
心者にも気軽にサイクリングと湖上の景色を楽しんでもらう企画で、今月下旬には一般向けに事業を始
める。申し込みを受け付けている。市内の琵琶湖大橋に、自転車で琵琶湖を一周する「ビワイチ」をす
る人が多く立ち寄ることに着目。国の地方創生交付金を使い、ビワイチの拠点化を目指して市と守山漁
業協同組合が協力。同市の木浜漁港を起点に申込者の希望に合わせて、県内五カ所へ輸送する。この日
は市内の9人が参加。2隻の漁船に分かれて自転車を積み込み、大溝漁港(高島市)や大津港(大津市)へ向か
った。各港に到着すると、湖岸沿いを走って思い思いのペースで木浜漁港を目指した。初心者だとこげる距離が
限られていつも同じコースになってしまうが、船があれば同じ距離でも違うコースが楽しめて良いと思うと参加者
は満足げに話した。一般向けは今月22、28、29日、12月5日と、来年3月にも3回予定。参加費は一人一回3
千円。原則、事前に市地域振興課=077(582)1165へ申し込む。

 

行政情報システム室の資料(上図)の資料によるとスポーツ自転車は01年から3.5倍の伸び率(電動
アシスト車は1.8倍)と圧倒的な伸びを記録。ところで、琵琶湖一周した経験者なら気付くと思うが一
周するには夜間を抜いて一日では無理がある。それなら、船に乗せ、大津、守山、近江八幡、彦根、長
浜、今津、堅田の7カ所に寄港できれば、8時間で無理なく分割一周できるし、何といっても風景が好
いから病みつきなるほど楽しい(天候次第だが)。 

EVARTube


● パンクしない自転車タイヤ

自転車でのトラブルの1つはチェーンが外れる、2つは思いがけないパンクだとは誰しも軽々している
だろう(盗難はここには入れていない)。そこで、パンクしなく、しかも軽い自転車のタイヤが話題を
よんでいる。それが上の写真「EVARTube」(製造元「株式会社デファクトスタイル」)。自転車や車
いすのタイヤの内側にある空気チューブを取り払い、代わりにこの製品と入れ替える事でバンクレスの
タイヤとなるす。基本は直径3センチメートル長さ250センチメートル程度の円柱状で、4種類のサイズ
展開だけで、市販されている全てのタイヤに適合出来る設計になっている。類似の樹脂製パンクレスタ
イヤ製品などと比較して、重さが半分以下になるよう、特殊なクッション材を用いた工業製品(合成樹
脂の立体網状集合体:特許/実用新案)。重さが軽くなるとことで、原材料の使用量も少なく、原料の
EVA樹脂――Ethylene Vinyl Acetate Copolymer)エチレン ビニールアセタート コポリマーの略称で、エ
チレンと酢酸ビニル共重合体させた合成樹脂――はれ安価で製造コストもかなり安、く抑えることがで
きる。

従来のパンク防止対策済空気タイヤは、パンクを防止するため、合成樹脂製弾性発泡体やシリコーンゴ
ムが充てんされたタイヤチューブを備えていることがあったが、(1)タイヤチューブに合成樹脂製弾
性発泡体やシリコーンゴムを充てんすると、タイヤチューブ全体の重量が少なくとも2キログラム以上
となり空気タイヤの軽快性が損なわれる。(2)また、合成樹脂製弾性発泡体は、シリコーンゴムより
も軽いものの軽いものの、水分を吸収しやすい。そのため、合成樹脂製弾性発泡体がタイヤチューブ内
に侵入した湿気を吸収し、タイヤチューブ全体重量が増加し経年劣化する。(3)さらに、タイヤチュ
ーブ形状が意図せずタイヤチューブの形状変化し、タイヤの縁部をホイールリムに押しつける力が不十
分となりホイールリムからタイヤが外れやすくなる。(4)また、タイヤチューブの重量バランスや剛
性が不均一になり、このタイヤチューブを利用する自転車等の乗り物の乗り心地が悪いなどの問題があ
る。これらの問題点は、チューブレスタイヤでも同様のことが言える。同社の伊澤光輝社長は○百億の
売る上げと意気込みを語っている。


【符号の説明】

1  空気タイヤ内蔵用クッション  2  タイヤ支持部  3  タイヤ本体支持部  4  縁支持部  5  リム支持部  10 
タイヤ  11  タイヤの両縁部  20  ホイールリム  21  ホイールリムの両縁部  W1  縁支持部の幅  W2  タイ
ヤの両縁部の内側幅  WD  幅方向

このため、上図1の改良考案(実登3181271 空気タイヤ内蔵用クッション 株式会社デファクトスタイル)
――空気タイヤ内蔵用クッション1は、ホイールリム20に装着されたタイヤ10の内側形状と同様の
形状であって中実又は中空に形成されているタイヤ支持部2と、ホイールリム20の内側部分のうちタ
イヤ10が接触していない部分の形状と同様の形状であって中実又は中空に形成されているリム支持部
5と、を備えているとともに、複数の合成樹脂捲縮糸が互いに絡み合いながらそれらの接点で融着させ
合成樹脂捲縮糸集合体を用いて構成することで、一般的な空気タイヤとパンク防止対策済空気タイヤを
比較し、パンク防止性能を向上させるだけでなく、乗り心地、走行性、耐久性や安全性の維持向上させ
ることができる空気タイヤ内蔵用クッション――が提供されている。





● 世界初の深漬専門事業:『古漬け本舗構想』

『人工培土と餡屋』(2015.11.04)で古漬けのことに触れたが、そのバラエティの多さと、その定義の
不確かさに少々暗澹とした気持ちに落ち込む。「発酵食品」と規定すると「油漬け」や「砂糖漬け」(
「ピクルス」は?といえばやバルサミコ酢やワインのように長期熟成できるものもあり、メゾな半発酵
領域な入るだろうと思うから外れる)もあるし、それじゃ、漬け込む(保存熟成)期間でいえば、「浅
漬け」のようなものもあり、1年以上と規定しても半年、数ヶ月ならどうするということで迷う。さら
に、「糠漬け」「麹漬け」「味噌漬け」などの「床」(媒体)の規定もある。例えば、先ほどのピクル
スのような「酢漬け」のように梅酒の梅のような「アルコール漬け」(炭酸水水漬け)などの液体。あ
るいは、世間ではまだ出回っていないガス・気体のような気体漬け(窒素漬け、二酸化炭素漬け――厳
密にいえばバナナはエチレンガス漬けだし、冷間燻製はある種のアロマ漬けともいえるが)などの区別
もあり、また、一般的な食品か特定保健用食品は、あるいはそれは、消化酵素、代謝酵素、食物酵素と
の関係からの規定性という「規定性」をめぐる課題が横たわる。



つぎに、被加工食品飲料の規定、液体でいえば、酒・酢・乳・シロップ・醤油など、固形物では、茶・
ハーブなどの草木・穀物・魚介(卵巣・精巣)・野菜・果実、鳥獣(卵)、家畜(卵)、特に最近は熟
成肉が美味いということで話題になっているが、干し肉や冷凍保存以外の持続可能な社会時代にマッチ
した、グリーンで美味しい発酵食肉品が開発できればこれは一大センセーショナル(sensational) には
なるが、例えば、鮎を例にとると年魚であり長くて二年魚で、香魚と呼ばれるほどで、刺身(瀬越)、
塩焼き、天麩羅、一夜干し、稚鮎油漬け、鮎の燻製が知られているが、その良さを壊す漬け物は敬遠さ
れてしかるべきかもしれないが、それを超える商品が完成すれば"凄い知財"のかたまりになることは必
定。稚鮎のように丸ごと漬け込むか、臓物を取り除くか、それとも一旦焼いてから漬け込むか、固形発
酵培地(媒体)か、食酢やアルコールに漬け込むか、アロマ燻製などの気体(ガス)処理して漬け込む
かそうれは様々だが、そんなことを考えると、春日一球ではないが"秋の夜長も眠れない"ことになる。



もう1つ、発酵商品製造評価方法。発酵過程は、農林水産物の育種開発と同じで長時間かかるため、そ
れを短縮する評価システムの開発が肝となる。内部環境を評価するシステムの構築は簡単だ(『高密度
栽培工学』2015.04.29)。問題は、発酵容器の再現設計仕様とそれを保管する環境の再現設計仕様の2
つ(簡単に書いているが、これを落とし込み細分化する作業は膨大)。評価システムを極力コンパクト
にすることはベターだが、熱力学的な変動と微小成分・微小濃度のその場検出に腐心細心することも必
定。これに成功すれば格段に時間短縮できれば、後は従来のの拡販ルーチン過程に入るだろう。

さて、発酵食費や漬物の機能の一義は、(1)その栄養価を損なうことなく保存することはいうまでも
なく、(2)河豚卵巣の毒を解毒機能をもつ糠漬けのごとく、さらに新しい価値を付加する機能もある
という「医食同源」敵側面もある。(3)さらに、「還相」的側面、つまり、1つも無駄のでない商品
製造プロセス――例えば、大根の葉っぱ。根の有用化、魚介類の臓物、鱗や甲殻の有用化――機能を組
み込む機能がある。もっとも、この(3)つめが古漬けの真骨頂でもある。 

 




【時の砂の波紋】


時空連続体の中で、時間は四次元として知覚される。過去、現在および未来の全てが。

時間の波紋、自然素材が変化していくことで、その存在を知る。

砂と水の2つで相補構成された時計。

禅寺の庭の砂のように、12時間周期で、斬新でいて平坦な波紋をつくる。

その一方で水は、無限の同心円の波形を通し時の儚さを伝える。



 
  Time and space and gravitation have no separete existence from matter

                                                                                            - Albert Einstein -

 

世界覇権100年戦略 Ⅱ

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     外部から喝采ばかりを求める人は、自分の幸福
       のすべてを他人の保管に委ねているのである。

                                オリヴァー・ゴールドスミス

 

             He who seeks only for applause from without 
                        has all hls happiness in another's keeping.

                                         Oliver Goldsmith 

                                                       

 

 

  公孟 -儒者との対話- / 『墨子』

 

●  "売りこみ”は悪徳か

  公孟子が墨子にいった。
 「すぐれた者は、かならず人に知られます。巫女をごらんなさい。予言がよく当たれば、じ
 っとしていても、供え物が集まってきます。美女にしても、じっとしているから、降るよう
 に縁談が持ちこまれるのです。"たしは美人です"とふれ歩いたのでは、相手にされないでし
 ょう。あなたが、あらこちに出向いて、自説を説いているのは、骨折り損だと思います」
  墨子はこたえた。
 「今の世の中をみるがいい。美女をほしがる男は多い。だから、美女はじっとしていても、
 縁談の口がかかってくるだろう。
  だが、今の世の中に仁や義をほしがる人は、ほとんどいないのだ。こちらから出向いて説
 かなければ、関心をもたせることはできない。
  それでなくも、たとえばここに占い師が二人いて、ひとりは街角に立って多くの人を相手
 にしもうひりは家にいて客を待っているとしたら、どちらのみいりが多いだろう」
 「むろん、街角に立つほうです」
 「仁義の道も同じことだ。こちらから出向いて人に説いたほうが、はるかに効果があるし、
 しかも多くの人に説くことができる。決して骨折り損ではない」

 

 

● 折々の読書  『China 2049』Ⅱ

                            秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」     

                                     マイケル・ピルズベリー 著
                                  野中香方子 訳 

ニクソン政権からオバマ政権にいたるまで、米国の対中政策の中心的な立場にいた著者マイケ
ル・ピルズベリーが、自分も今まで中国の巧みな情報戦略に騙されつづけてきたと認めたうえ
で、中国の知られざる秘密戦略「100年マラソン(The Hundred-Year Marathon)」の全貌を描い
たもの。日本に関する言及も随所にあり、これからの数十年先の世界情勢、日中関係、そして
ビジネスや日常生活を見通すうえで、職種や年齢を問わず興味をそそる内容となっている。 

 【目次】

 序 章 希望的観測
 第1章 中国の夢
 第2章 争う国々
 第3章 アプローチしたのは中国
 第4章 ミスター・ホワイトとミズ・グリーン
 第5章 アメリカという巨大な悪魔
 第6章 中国のメッセージポリス
 第7章 殺手鍋(シャショウジィエン)
 第8章 資本主義者の欺瞞
 第9章 2049年の中国の世界秩序
 第10章 威嚇射撃
 第11章 戦国としてのアメリカ
 謝 辞
 解 説 ピルズベリー博士の警告を日本はどう受け止めるべきか
     森本敏(拓殖大学特任教授・元防衛大臣) 

  第1章 中国の夢


              天無二日 土無二王――天に二日無し、土にニ王無し
        
                                  『礼記』曾子問

  2013年3月、習近平が主席に就任した時、アメリカの中国ウォチャーの間で、習の
  評価はまだ定まっていなかった。中国のタカ派は習を高く評価していたが、西側の観測筋
 に広まっていた見方は、「この黒い髪をふさふさとはやし、温和な笑みをたたえた害のな
 さそうな60歳の男は、ゴルバチョフのような改革者で、古くからの警戒を解き、西側が
 長く夢見てきた民主主義の中国をついに実現するだろう」というものだった。しかし、ま
 もなく彼には彼の夢があることがわかってきた。世界のヒエラルキーにおいて中国にしか
 るべき地位を取り戻させるというものだ。それは、1949年に権力を掌握して以来、共
 産党が渇望してきたことでもある。その1949年に100年マラソンは始まった、と中
 国の指導者たちは考えている。習主席は、タカ派が掲げる「復興之路」というスローガン
 を採用した。主流から外れたナショナリズム的なグループのものだった表現が、この新た
 な主席の公約になったのだ。その含意が表面化するまでに長くはかからなかった。



  北京の天安門広場の端に、1949年に毛沢束の命を受けて作られたピルの10階ほど
 の高さのオベリスクが立っている,中国政府に認可され監督されている公認ツアーガイド
 は、通常、そこへ外国人を案内しようとしない。仮に西側の人間が自分でそこへ行ったと
 しても、大理石と花肖岩からなるオベリスクに彫られた中国語には、英語の案内が添えら
 れていないので、意味はわからないだろう,実のところ、このオベリスクは、マラソンを
 最初から支配していた思想を詳しく語っている。

  この巨大なオベリスクは、ネット上では「人民英雄記念碑」とありきたりな名前で紹介
 されているが※、実際には、ヨーロッパの列強に強いられた「百年の屈辱」による「中国
 の嘆き」の象徴と見なされている。1939年の第一次アヘン戦争では、清朝との貿易摩
 擦から、英国海軍が中国の港を占領し、破壊した。オベリスクに刻まれた碑文と彫り物は、
 その後の中国の百年の歴史(少なくとも共産党政権から見た歴史)を、人々の抵抗と西洋
 による占領、そしてゲリラ戦の末に1949年に毛沢東が輝かしくも中央人民政府主席に
 就任し、中国の屈辱を終わらせた、と説明する。

※ "Monunlentto People’s Heroes," TraveIChinaGuide.com,http://www.travelchinaguide.com/
      attraction/
 beijing/tiananmen-square/People,heroes,rnonurnent.html

  アメリカ人旅行者は毎日のようにオベリスクのそばを歩き、遠くから写真を撮るが、そ
 こに肖かれているメッセージには気づかない。オベリスクが中国人民の愛国心の象徴にな
 ったことは、わたしたちが見落としていたもう一つのシグナル、すなわち中国の正義の日
 が近づきつつあるというシグナルを送ってくる。要するにオベリスクは、中国は悲嘆し、
 アメリカは何も知らないという両者の関係を体現しているのだ。
  中国は世界のヒエラルキーにおいて特別な位置を占めるという考え方のルーツは、中国
 共産党の台頭よりはるか昔に遡る※。19世紀後半にヨーロッパの列強は、衰退しつつあ
 るオスマン帝国の蔑称「ヨーロッパの病人」になぞらえて、中国を「東アジアの病人」と
 呼んだ。中国の知識人の多くはその呼び名に立腹し、欧州列強をはじめとする諸外国への
 怒りをさらに募らせた,「外国人はわたしたちのことを東アジアの「病人」と呼ぶ,野蛮
 で劣等な民族と見なしているのだ」と、革命家の陳天華は1930年に苦々しげに書いて
 いる※。その苦しみは、中国が世界のヒエラルキーの頂点というしかるべき地位を回復す
 るまで癒やされないだろう。

※ James Rccvcs Pusey, China and Charles Darwin(Canlbridgc,MA: Harvard university Press,
      1983),chapter 6; and xiaosui xiao. "China Encounters Darwinism: A Case of lntercultural
      Rhetoric.” Quarerly Journal of Speech 81, no. 1 (1995).

※  引用元は Guoqi xu,Olympic Drcarns: Chinaand Sports,1895-2008(Cambridgc,MA:
     Harvard univcrsity Press, 2008),19.


  20世紀初頭、中国の作家や知識人は、チャールズ・ダーウィンとトマス・ハクスリー
 の著作に魅了された。特にダーウィンの生存競争と適者生存という概念は、中国が西洋諸
 国に味わわされた屈辱に復讐する方法として共感を呼んだ。翻訳家にして学者、改革者で
 もあった厳復は、ハクスリーの『進化と倫理』を最初に中国語に翻訳した人と考えられて
 いる。しかし、彼は重大な間違いを犯した。「自然選択」を「排除」と訳したのだ。それ
 がダーウィンの思想についての中国人の考え方を支配するようになった※。つまり、生存
 競争で負けたほうは弱者と見なされるだけでなく、自然界であれ政治的世界であれ「排除」
 される、と彼らは考えたのだ。「弱者は強者に飲込まれ、愚か者は賢人の奴隷になり、結
 局生き残るのは(中略)時代と場所と社会環境に最も適した者だ※と厳復は書いている。
 また彼は、「西洋は、劣等な民族はすべてよりすぐれた民族に滅ぼされるべきだと考えて
 いる」とさえ書いている※,1911年に辛亥革命を起こし、「近代中国の父」と称され
 る孫文は、民族の存続を基礎に置いた。それは列強との闘争を、白色人種による「人種の
 絶滅」の脅威、つまり黄色人種を従属させ、抹殺さえしようとする動きに対する抵抗と考
 えたからだ※。

※ Puscy,Chinα and Charles,190-91.ピュージーは次のように書いている。「中国の何より重
  要な、革命の「科学的」理由は(中略)ダーウィンの最も重要な文章の誤りに基づいて
   いる。責任を誰が負うべきかは、不明なままだ」(209)。

※ Riazat Butt, “Darwinism,Through a Chinesc Lcns,” Gardian, November 16, 2009 http://
      www.theguardian.coi11/commentisfree//belief/2009/nov/16/darwin-evolution-china-politics.  

※ Puscy,China and Charles Darwin, 208.

※ Orville Schell and John Delury, Weaith and Power; China's Long March to the Twenty-First
      Century(London: Little,Brown,2013),131. 中国人の人種やその関係についての考え方は、
   例えば次を参照。 M. Dujon Johnson,Race and Racism in the Chinas: ChineseRacial 
      Attitudes Toward Africans and African-Americanss(Bloomington,IN: AuthorHouse, 2007);
      Fredcrick Hung,"Racial Supcriority and lnfcriority Complcx,"  China Critic,January 9,1930,
      http://www.chinaheritagequarterly.org/030/features/Pdf/Racial%20SuPcriority%20and%201nfcr
      iority%20ComPlcx.Pdf: Nicholas D.Kristof,‘IChina's Racial unrcst Sprcads to Bciμng
      CamPus." Ncw York Times, January 4, 1989, httP://www.nytimes.com/1989/01/04/world/
      china-s-racial-unrcst-sPrcads-to-beijing-campus
.html; Frank Dikottcr,The Discourse of Race in
      Modern China (Syanford, CA:Stanford University Press; 1992); Frank Dikotter, Imperfect
     Conceptions: Medical Knowledge, Birth Defects, and Eugenics in China(New York: Columbia
     univcrsity Press: 1998).


  このテーマは1949年に再び採用された。毛沢束の著作には、ダーウィン的な思想が
 散見される。毛が影響を受けたある翻訳者は、ニつの人種、つまり黄色人種と白色人種が
 将来戦うことになり、黄色人種が戦略を変えないかぎり、白人が「優勢」になるだろうと
 結諭づけている。カール・マルクスの著作を知る前から、毛とその一派は、中国が存続す
 るには、過激な長期的戦略によって中華民族の独自性を守らなければならない、と考えて
 いた※。こうして中国共産党の戦略思考は、「容赦ない競争世界における生存競争」とい
 う概念に支配されるようになった。

※ Puscy,China and Charles Darwin, 208. 


  1930年代に国民党軍に破れた紅軍(中国共産党)が行った有名な長征(徒歩での大
 移動)の問、毛は本を1冊だけ携えていた。それは西洋には並ぶもののない、歴史を教訓
 とする国政の指南潜、『資治通鑑』だった。英語圏では The Genera/ Mirrar for the aid of
     Goverment 呼ばれる。その書の核となるのは戦国時代の兵法だが、紀元前4000年まで
 遡る逸話や格言も収められている※。特に『礼記』に拠るものは、中国人が魅了されたダ
 ーウィン的な思想と一致する。曰く、「天無二日」(天に二つの太陽はない※)。財界の
 秩序は、本質的にヒエラルキーを成す。そして、その頂点には、常に唯一の統治者が存在
 するのだ。

※ The Genereral Mirror(「資治通鑑』)の一部の英訳は以下の書を参照。Peter K. Bol,  This
      Culture of Ours; Intellectual Transitions in Tang and Song China (Stanford, CA: Stanford Univers-
      ity Press, 1992), 233-46,例えば、蛮族との外交に関しては「彼らの残酷さは(われわれ
   とは)異なる種類のものだが、損失よりも利益を選び、死よりも生を望においてわれわ
   れと同じである。彼らを支配する『道』がわかれば、彼らは、それを受けいれ、服従す
   るだろう。その道を失うならば、彼らは反逆し侵略するだろ(244)。

※ Carine Defoort,The Pheasant Cap Master(He Guan Zi);A Rhetorical Reading (New York; State
      University of New York  Prcss,1996).206

  アメリカの中国専門家が犯した最大の問違いの一つは、この『賢治通鑑』を軽んじたこ
 とだ。この本は、英訳されなかった。1992年になって初めて、わたしたちは『資治通
 鑑』が毛沢東の愛読書だったことを知った。ニューヨーク・タイムズ紙の記者ハリソン・
 ソールズベリーが、毛沢東は1935年当時のみならず、1976年に亡くなるまで、繰
 り返しその本を読んでいたことを報じた(※)。小平や他の指導者もその本を読んでい
 る。また、中国の高校生は、その本から抜粋した文章を書き写して学ぶ。そこには、戦国
 時代から伝わる策略の用い方、敵の包囲を避ける方法、好機が訪れるまで既存の覇権国を
 自己満足にひたらせておく方法などが記されている。こうしたことをすべて、わたしたち
 は見逃していたのだ。

※ ソールズベリーは、中国の戦略思考を理解するためのこの重要な手がかりを、毛沢東秘
  書で伝記作家の李鋭へのインタビューで知ったと報告している。Harrison E. Salisbury,
   The New Emperors;China in the Era of Mao and Deng (New York Harper Perennial 1993),480,
   n.17. ソールズベリーはこう報告する。「1973年のはじめ、小平のもとをひとり
  の訪問者が訪れた。訪問者は、氏が「『資治過鑑』を熟読しているのを知った」(325)。
  ソールズベリーはまた、1949年に中華人民共和国を建国するために北京に乗り込ん
  だ毛沢東は『資治通鑑』を携えていた。「帝国を支配するには、過去の皇帝の知恵を手
  引きにするべきだ」(9)。さらにソールズベリーはこうも言う。「毛沢東の時代を生き
  延びた人が皆、毛が古代の国々の栄枯盛衰の歴史について広く読んでいたことを信じて
  いるわけではない」(53)。


  毛沢束は明らかにダーウィンの言葉を借用してこう言った。「社会主義を奉じるわれわ
 れは、イデオロギーの戦いで最適者として勝ち残るために、あらゆる状況を利用しよう
 (※)」 1950年代に、毛をはじめとする中国の指導者はしばしば世界支配について
 語ったが、西側の人間はそれを、アイゼンハワーやケネディやトルーマンやニクソンがア
 メリカを世界の最強国と見なすのとは追って、ただの誇大妄想か、ナショナジズムの熱を
 かきたてるための無害な大言ぐらいにしか思っていなかった。また、中国共産党が大躍進
 時代に掲げた、「英国を追い越し、アメリカに追いつく」というスローガンを、真剣に捉
 えた人もほとんどいなかった(※)。
  毛沢東が主席であった時代、アメリカの諜報機関の職員は、自らの先入観や偏見に支配
 されており、彼らの多くは中国人を、過激な一派に率いられた素朴で遅れた国民と見てい
 た。中国の道路には自動車ではなく自転車があふれ、製造業者は扇風機さえ作れず、外国
 からの投資はごくわずかだった。毛が描く奇怪なナショナリズム的計画は、西側の人間か
 ら見れば、ほんのお笑い草だった。毛は各国にいた中国の大使を引き上げさせた。農民を
 助けようと、穀物をついばむスズメを軍隊に命じて駆除させた。偉大な指導者は、スズメ
 が害虫を食べてくれていたことを知らなかった。その結果、バッタやイナゴが大量に発生
 し、穀物生産は壊滅的な被害を受けた。

※ Butt,“Darwinism.Through a Chinese Lens.”

※ Xu Jianchu. Andy wilkes, and Janet sturgeon, “Offcial and Vemacular ldentifications in the 
   Making of the Modem World: Case Study in Yunnan, S.W. Chhina, " Center for Biodiversity and
      Indigenous Knowledge (CBIK), October 2001, 4.

  アメリカの諜報機関の職員は、中国がソ連の従属的パートナーという立場に満足してい
  ない、という報告を信じようとしなかった。総じてアメリカ人は、中国のように遅れた国
 がソ連のライバルになり、やがてはアメリカと対峙するなどという見方はばかげていると
 思っていたのだ。しかし、それを笑わない人々がいた。ソ連の指導者たちだ。彼らはアメ
 リカが気づくずっと前に、中国のたくらみを知っていた。100年マラソンについての最
 初の情報はモスクワからもたらされた。


かって、社会主義とは、それを名乗る国だけ社会主義が存在した。マルクスの思想が唱える"社
会主義社会"にもっとも近いのは、日本などの先進国の高度消費社会諸国であるとわたし(たち)
は考えている。毛沢東の考える社会主義がいかなるものか?よもや「ロング・マーチ」(長征)
のゴール(2049年)が、各国のひとびとを抑圧する国であろうはずかないだろうと思いた
いが、本書でそれを長考していこう。

                                   この項つづく

 

  ● 今夜の一曲

第70回ジュネーブ国際音楽コンクール(作曲部門)の決勝が、スイス・ジュネーブで8日あり、兵庫
県たつの市出身の現代音楽作曲家薮田翔一が優勝した。日本人では初めて。

 

プリンテッドエレクトロニクス工学

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   もしも悪魔が存在せず、人間か悪魔を創造したのなら、
       人間は自分の顔形に似せて悪魔を創造したのだ、と私は思う。

                             ドストエフスキー  『カラマーゾフの兄弟』


                     I think if the devil doesn't exist、 but man has created him,
                     he has created him in his own image and likeness.


  これは、聖書の「神は自分に似せて人間を創り給うた; God created man in his own image」
      を もじったもので、悪魔は人間みたいという痛烈な言葉ということになる。
     
                

  公孟 -儒者との対話- / 『墨子』

●  「口これをいいて、身必ずこれを行なう]


   告子が墨子に自慢した。
  「わたしには、国を治める手腕があります」
 「あなたには"治める"という意味がわかっていないようだ。口にしたことは必ず実行する、
  これが"冶める"ということだ。
 あなたは日でばかり自慢して、なにも実行していない。いいかえれば、自分の身を瓜して
  いるのだ。自分自身すら治められない者が、国を冶めることなどできるはずがない。さし
 あたり、あなたは自分の身を乱さぬようにすることだ」

   《解説》「非儒篇」と対応して読ひとき、儒家批判についてはひしろ本祠のほうが現代
  的な説得力をもつ。風俗習慣の面よりも人間心理の面をを素材にしているからであろう
  と説明される。

 

 


● 折々の読書  『China 2049』Ⅲ

 

                            秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」     

                                     マイケル・ピルズベリー 著
                                  野中香方子 訳 

 

ニクソン政権からオバマ政権にいたるまで、米国の対中政策の中心的な立場にいた著者マイケ
ル・ピルズベリーが、自分も今まで中国の巧みな情報戦略に騙されつづけてきたと認めたうえ
で、中国の知られざる秘密戦略「100年マラソン(The Hundred-Year Marathon)」の全貌を描い
たもの。日本に関する言及も随所にあり、これからの数十年先の世界情勢、日中関係、そして
ビジネスや日常生活を見通すうえで、職種や年齢を問わず興味をそそる内容となっている。 

 【目次】

 序 章 希望的観測
 第1章 中国の夢
 第2章 争う国々
 第3章 アプローチしたのは中国
 第4章 ミスター・ホワイトとミズ・グリーン
 第5章 アメリカという巨大な悪魔
 第6章 中国のメッセージポリス
 第7章 殺手鍋(シャショウジィエン)
 第8章 資本主義者の欺瞞
 第9章 2049年の中国の世界秩序
 第10章 威嚇射撃
 第11章 戦国としてのアメリカ
 謝 辞
 解 説 ピルズベリー博士の警告を日本はどう受け止めるべきか
     森本敏(拓殖大学特任教授・元防衛大臣) 

  第1章 中国の夢


              天無二日 土無二王――天に二日無し、土にニ王無し
        
                                  『礼記』曾子問 

  1950年代、中国はソ連を共産圏のリーダーとして認め、従属していた。脆弱な
 国のふりをして、技術的に進んだソ連から支援を引き出そうとしたのだ。しかし、従
 属は毛沢東の好みではない、ということをソ連は知っていた。ソ連は、中国を恐れ、
 信用していなかった。しかし、米中が同盟を結ぶことをそれ以上に恐れていたので、
 アメリカに偽りのメッセージを送った。

  1961年末、アナトーリ・ゴリツィンという男がヘルシンキのCIAのトップに
 接触し、亡命の意思を伝えた,CIAの協力により、ゴリツィンは家族とともに、フ
 ィンランドの首部ヘルシンキからスウェーデンの首部ストックホルムまで飛行機で逃
 亡した(※)、ゴリツィンはウクライナ出身の45歳になるKGB幹部で、戦略計画部
 門で働いた後、フィンランドのソビエト大使館にイヴァン・クリノフという偽名で派
 遣されていた。ストックホルムから空路アメリカに向かった肢は、ソビエトの対西洋
 作戦の情報ファイルを携えていた。彼は、「西側が接触した最も価値の高い亡命者」
 と呼ばれ(※)、後にテレピドラマ『ミッション・インポッシブル(訳註*邦題は『
 スパイ大作戦』)この登場人物のモデルにもなった。中ソ関係についてきわめて貴重な
 情報をもたらし、それは、その後の数年間、アメリカの外交および情報コミュニティ
 に多大な影響を及ぼした。

  当初から、アメリカの諜報機関の職員はゴリツィンを信用した。ゴリツィンは、西
 側で活動する何人ものソ連のスパイの名を明かし、自分が信用できることを示した。
 最大の貢献は、英国の秘密情報部の工作員キム・フィルビーがソ連のスパイだったこ
 とを腿露したことだ。
  またゴリツィンは謀略家で、後に、英国の首相ハロルド・ウィルソンはKGBのス
 パイだと主張した。彼の情報操作の一つは、中国とソピエトが共産主義の盟主の座を
 めぐって争い、決裂した、という噂に関するものだ。「そのような噂に根拠はない。
 中国人がアメリカから貴重な情報を盗めるよう、KGBが仕立てた嘘だ」とゴリツィ
 ンは断言し、こう警告した。

 「いずれソ連から亡命者が来て、中ソ決裂の証拠を持っていると主張するだろう。そ
 れがいつであれ、この人物を信用してはならない」
  2年以上後に、この予言は的中した。

※ Jeanne Vertefeuille が Golitsyn に同行した。Sander Grimes amd Jeanne Vertefeuille
        Circle of Treason; A CIA Account of Traitor Aldrich Ames and the Men He Betrayed (Ann-
        apolis MD; Noval Insitute Press, 2013), 4. また, laine Shannon,"Death of the Pcrfect Spy,
        "Time, June 24, 2001,http;/content.time.conl/time/magazine/article/0,9171,1648863,00.h-
         tml;  Tennent H. Bagly, spymaster; Starting Cold War Revelations of  a Soviet KGB Ciefe
         (New York; Skyhorse Publishing, 20013).

※ Rohert Buchar. And Reality Be Damned...Undoing American; What Media Didin't Tell You
         About the End Of the Cold Wa r and the Fall of Communism in Europe (Durham, CT; Eloq-
         uent Book, 201), 211, n. 9.

   1964年1月に、ユーリ・ノセンコというKGBの工作員が、ジュネーブでCI
 A職員に接触し、しばらく後に亡命した。肢は二重スパイで、西側のために諜報活動
 をしていたことがソ連にばれたのだ。モスクワに召喚されたが、行けば収監は確実
  で、おそらくさらに悪い結果が待っているとわかっていたので、アメリカヘの亡命を
 決意したのだった。ノセンコは、中ソ関係について一般的な見方と矛盾する多くの情
 報をもたらした。特に、中ソの分裂は深刻だという彼の主張は、それに根拠がないと
 するゴリツィンの主張と真っ向から対立つた。実際はどうかというと、当時、中ソの
 分裂は深刻な局面を迎えており、国境地帯での衝突が頻発し、全面戦争まで懸念され
 ていた※。ノセンコは、ゴリツィンは亡命してきたのではなく、KGBの命を受けて
 アメリカに潜入し、米中が同盟を結ぶのを阻むために偽の情報を流した、と主張した。
 さらに肢は、毛沢東は共産主義体制の盟主の座のみならず、世界秩序の支配者という
 地位を担っている、と不吉な予言をした。

※ Johon Limond Hart, The CIA's Russians (Annapolis, MD;Naval Insitute Press, 2003), 137.

  ゴリツィンとノセンコの対立する主張は、アメリカ政府を困惑させた。共産主義の
 二大国家の分裂という情報は非常に魅力的で、それが事実なら、亀裂を利用しない手
 はない,しかし、両国は思想的に結びついているので、西側がくさびを打ち込もうと
 すれば、団結して抵抗するはずだ――こうした葛藤を経て、アメリカの情報コミュニ
 ティでは、次第にゴリツィンを信じ、ノセンコを信用しないという合意が形成されて
 いった。だがそれは、その後数十年間になされた中国に関する数多くの合意と同じく
 間違っていた。
 
  ノセンコは独房に入れられ、話を撤回するまでそこにいることを命じられた。しか
 し3年たっても、主張も自信も揺るがなかった。ついに何人かのアメリカ人アナリス
 トが、ノセンコがちらつかせたもの、つまり、米国が中国と手を結ぶことを、ソ連が
 警戒しているのは真実ではないかと考えるようになった。CIAとFBIは真相を明
  かすために、世界規模で情報収集を始め、わたしもその一員になった。
 
  1969年、アメリカの情報コミュニティがこの論争を解決するには、二つの要素
 が必要とされた。一つは、KGBの対諜報活動部門に送り込んだスパイで、もう一つ
 はソビエト共産党の高位のメンバーに接触できる人物だ。だが、残念ながらどちらも
 手中になかったので、あるもので我慢するしかなかった,それは、ソ連の人がたくさ
 ん出入りするニューヨークの組織、国連剌務局でたまたま働いていたひとりの平凡な
 大学院生である。

   当時、わたしは24歳で、コロンビア大学のある教授の紹介で、国連事務総長のオ
 フィスで政務官として働いていた。下っ端ながら、その部門でポストを得た唯一のア
 メリカ人だった。わたしは秘密情報収扱許可を(以前 の政府関係の仕事から)得て
 おり、また、世界中の国連職員のトップに接触できたので、FBIとCIAにとって
 はスカウトするのに最適の人材だった。
  4月のどんよりと曇った月曜の午前8時35分、わたしは国連本部ビルがある一番街
 42帳面の角に立って、駆が途切れるのを待っていた。1ブロックの道を外交官用ナ
 ンバープレートをつけた黒いリムジンが占拠し、ニューヨーカーの怒りをかっていた。 
 2ヵ月前に国連事務局で働くようになってから、何度も往来した道だ。だが、その日
 の仕事は、それまでとは違っていた。わたしはアメリカ政府のスパイとして働くこと
 にハロ意したのだ。

  CIAの「ピーター」、FBIの「スミス」がそれぞれわたしとの連絡を担った。
 彼らは国家安全保障担当補佐官ヘンリー・キッシンジャーから、中ソ断絶の可能性に
 ついてソ連側の情報を集めるよう、命じられていた。中国がどのようなパートナーに
 なるか、信頼できるか、気まぐれか、危険かといったことに関心は払われなかった。
  アメリカの情報コミュニティが唯一関心を寄せていたのは、中ソを分かつくさびとし
 て北京を利用できるかどうか、ということだった。すべては、1969年8月にニク
 ソン大統領の主催でカリフォルニア州サクラメントにある「西部のホワイトハウスー
 (カリフォルニア州議事堂)で開かれることになっていた、アジアの将来について話
 し合う会議の下準備だった。

                                                                           この項つづく
 

 

 



   出典:朝日新聞デジタル

● 琵琶湖の水草、短時間で分解

今月6日、刈り取った水草を、活性酸素使い短時間で分解処理する技術を下水道処理施設開発
を手がけるアオヤマエコシステム(大津市)が開発。びわ湖で異常繁茂する水草を処理し、処
理物も有機肥料として有効利用できる。同社がつくった処理機の中で、電圧をかけて発生させ
た活性酸素を入れながら40~50℃で水草をかき混ぜると、酸化されて細胞膜が破壊され、
出てきた水分が蒸発し、乾燥した土状の処理物になる。水草はほとんどが水分で、50キロの
しめった水草が約24時間後に1キロになる。汚泥処理法を同社が応用し、今年度の「県イノ
ベーション創出支援事業補助金事業」に採択された。今年7月から試験的に水草800キロを
処理したところ、汚泥よりも効率よく処理できることがわかった。



さて、この処理法は「活性酸素種の簡易な発生方法のフェントン法の改良」技術である。有機
リン系農薬の例では、窒素、リンを含有した有機化合物該処理装置は、被処理水供給手段,過
酸化水素添加手段,鉄イオン添加手段,pH調整手段で構成、過酸化水素を添加し、鉄イオン
添加は、2価の鉄イオンを、pH調整剤を添加し、所定の弱酸性に維持し分解処理される。し
かし、処理水が酸性である場合を除いて、生成する鉄水酸化物がフロックを形成し、大量の鉄
汚泥が発生するという問題がある。

同社の方法は、活性酸素種発生剤――金属(M)、炭(C)を含有、金属(M)、炭(C)と
が接触し炭/金属複合体(MC)――と過酸化水素、次亜ハロゲン酸、酸素からなる群より選
ばれる少なくとも1種と水とを必須構成体として構成される。活性酸素種の製造方法は、金属
水の存在下で接触させて活性酸素種を発生させ酸化分解物を生成させる。過去、わたしたちも、
フェントン法を検討したことがあったが、過酸化水素の取り扱い上(使用量が大きい)、安全
サイドに考え、生物処理法を採用した経験をもつが、その当時から改良が進んでいるようだ。

 

                                                特開2015-030656 活性酸素種発生具



● シミの原因物質の分解方法に光明 

今月5日、富士フイルム株式会社は、シミの原因となるメラニン色素を含む「メラノソーム」
が表皮細胞で分解される際に、タンパク質分解酵素「カテプシンV」が関与することを発見。
カテプシンVは、細胞内の消化器官「ライソソーム」に存在する酵素で、その量が減少すると
ケラチノサイトにメラノソームの蓄積が多くなり、ケラチノサイトの細胞分裂が抑制されるこ
も確認。この結果は、カテプシンVの増減がターンオーバーによるメラニンの排出に関与し、
また、米ぬか脂質に含有される成分「オリザノール」に、カテプシンV産生促進作用とメラノソ
ーム分解促進作用があるを確認。さらには、本成分を世界最小クラス20ナノメートルサイズ
で安定分散させた「ナノオリザノール」の開発に成功する。粒子径を小さくすることとで、皮
膚への浸透性向上が期待されている。

 
老化とともに、シミが増えてきたが、安全性を確認し商品化されたお世話になろうと思ってみ
るが、ここは写真基剤の1つであるゼラチンの知財を持つ究開発富士フイルムならでの事業展
開に脱帽。

 

 



【最新プリンテッドエレクトロニクス工学】

 ● 世界初 グラビアオフセット印刷適用電子回路形成技術

今月5日、㈱SCホールディングスはこのほど、グラビアオフセット印刷をベースに独自の技
術を応用し、さまざまな線幅が混在する複雑な電子回路においても、複数回の印刷を行うこと
なく容易に一括形成を可能とする世界初の製版技術を確立したと発表。16年1月までにこの
技術を使った印刷版の商品化を予定。装置開発やシステムインテグレーションなどの提供も視野
に入れ、プリンテッドエレクトロニクス分野のリーディングカンパニーを目指す。近年、ウエ
アラブル端末や有機EL照明などの電子デバイスの量産において、印刷技術を活用し、簡易か
つ低コストで製造できるプリンテッドエレクトロニクスに注目が集まっている。この技術を使
った回路形成には、スクリーン印刷(孔版)やグラビア印刷(凹版)を応用した方法があり、
特に精密な電子デバイスの製造には、複雑で微細な回路形成が可能なグラビアオフセット印刷
が適しているが、この印刷方法で線幅の異なる回路を一括形成する場合、転写不良による回路
の断線や不均一な膜厚が形成されてしまう可能性があるため、同一線幅の回路ごとに描き分け
られた複数の印刷版を用意した上で、複数回に分けて印刷を行う必要があり、量産体制の確立
への大きな課題となっている。

製版技術・画像処理技術に加え、半導体・液晶関連の製造装置で定評のある表面処理技術や、
プリント基板関連の直接描画技術を応用。グラビアオフセット印刷方法をベースに、世界で初
めて電子回路の一括形成を可能にする製版技術を開発しました。この新技術は、電子回路の製
版データ作成時にインクの材質や粘度、印圧情報を考慮し、回路の線幅に応じて最適な深度を
持つ印刷版を製作するもので、回路の一括形成時における線切れや膜厚の不均一性などの転写
不良を解消。プリンテッドエレクトロニクスでは難しいとされてきた生産性とコスト面での課
題を一気に解決する画期的な技術になる。

【参考特許】

オフセット印刷法でパターンが形成された基板を量産するには、各工程を順次に実行する個々
の装置を並べ、製造ラインを構築することが考えられるが、電子機器向け基板を量産するのに
好適な製造ラインがなかった。このパターン転写システムは、下図1のように、ブランケット
91と印刷版93を洗浄する第一洗浄部11と、ブランケット91に転写剤を塗布する塗布部
41と、転写剤が塗布されたブランケット91と印刷版93を貼り合わせることで、ブランケ
ット91にパターンを転写する転写部51と、パターンが転写されたブランケット91を基板
9に貼り合わせることで、基板9にパターンを転写する転写部53とで構成。また、パターン
転写システム1は、転写部51でブランケット91にパターンを転写した印刷版93と、転写
部53にて基板9にパターンを転写したブランケット91を、第一洗浄部11に向けて搬送す
る受渡搬送部23で構成で、電子機器向け基板の量産に好適な技術――(1)印刷版の再利用
で数量削減、(2)ブラケットの再利用で数量削減、(3)パターン転写システムの占有面積
を小さくできる、(4)ブランケットと印刷版の位置決めを容易にできる、(5)装置がシュ
リンク(ダウンスペーシング)できる、(6)2つの異なるブラケットが処理できる――を提
供する。

このようにして、電子回路パターンを銅板などで形成し、印刷用ローラーのブラケットに取り
付け機能性インクを塗り乾燥させれば、「1→N」型生産方式(類似例:石油精製)で大量に
製品でき、コストは一挙に逓減することができるが、版の管理が再現性の鍵となる。それと、
有機溶剤などを使うので安全衛生面(例:胆管ガン)に注意を要する。

 

 

 

  

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