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戦争は最大の環境破壊

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          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

                                

           ※  子路の死(哀公15年、 -480):衛の大夫孔圉(こうぎょ:孔文子)は、太子
         蒯聵(かいかい)の姉・孔伯姫を夫人に迎えた。二人のあいだに生まれた子が、
         憚(かい)である。ところで、孔氏が側近く使っていた者に、渾良夫(こんりょ
         うふ)という若者がいた。背がすらりとしていて、なかなかの美男子であった。
         かれは主人の孔圉が死ぬと、夫人の伯姫と通じた。
         当時、太子蒯聵は戚の地に立てこもっていた。伯姫は渾良夫を戚へ使いにやっ
         て、弟の太子に引き合わせた。そのとき太子は渾良夫に向って、「わたしを衛
         の国君に迎えられるようにして欲しい。そうなれば、おまえを太夫にとりたて、
         立派な車に乗れる身分にしてやるし、大それた罪を犯しても、三度まで死を免
         じてやろう」 と、もちかけた。渾良夫は太子に忠誠を誓い、衛に戻るとさっ
         そく孔伯姫に、協力してくれるよう頼んだ。

         閏月のある日、太子は渾良夫の手引きで衛の都城内に潜入し、ひとまず孔氏の
         別邸に腰を落ち着けた。夕闇が追ってから、二人は女の着物をひっかけて馬車
         に乗り込み、寺入(宦官)の羅に手綱をとらせて、孔氏の本邸に向った。入口
         で一行は孔氏の大夫・欒寧(ちんねい)に怪しまれたが、親類の家の妾だとご
         まかして通り抜けた。二人はすぐさま伯姫の居室に身を隠した。伯姫はかれら
         に夕食をとらせ、それが終ると、自分自身、戈を手にして案内役を買って出た。
         そのあとに太子が続き、さらに一味の兵士5人がよろいかぶとに身をかため、
         いけにえの豚をかついでつき従った。かれらは、孔悝を崖際(がけぎわ)に追
         いつめ、むりやり忠誠を誓わせた。それからさらに孔悝を高台に登らせて、群
         臣を呼び集めさせた。

         そのとき、大夫の欒寧は、酒を飲もうとして、焼肉のできあがるのを待ってい
         た。謀反だと知って、かれはただちに使いを邑宰(ゆうさい)の子路(仲由)
         のもとへ走らせる一方、家臣の召獲(じょうかく)に命じて、馬車の用意をと
         とのえさせた。そのあいだ、自分はゆっくりと酒を飲み、焼肉を食べていたが、
         準備がととのうと、国君出公を奉じて、魯へ亡命した。

                 一方、子路は急報に接して、すぐさま城へ向った。城内に入ろうとすると、亡
                  命しようとして城を出てきた大夫の子羔(しこう:高柴)に出遇った。「城門
         が閉まっていて入れません。行くのをおやめください」と、かれは押しとどめ
         たが、「とにかく行ってみるつもりだ」と、子路は答えた。「いや、どうか思
         いとどまってください。事態はもはや手遅れなのです。危険な場所に自分から
         飛びこんではなりません」と、子羔はなおも押しとどめた。だが子路は、思い
         とどまらなかった。「わたしは孔氏の禄を頂戴している身だ。孔氏が危険にさ
         らされているのに、わが身のことなどかまってはいられない」。こう言って、
         子路は子羔と扶を分かち、城へ向った。城門までくると、城門を守っていた大
         夫の公孫敢が門の内側から、「入ってもむだだ。帰るがいい」と、かれを入れ
         まいとした。子路は憤然として言いかえした。      
    
         「その声は公孫どのだな。禄を食んでいながら、わが身の危険を免れようとす
         るほど、わたしは恩知らずではない。禄を頂戴している以上、主君を危険から
         救おうとするのは、当然ではないか」。そこへ、使者が城内から出てきた。子
         路はすかさず門内に駆け込み、太子に向って叫んだ。「孔悝さまを利用しよう
         としてもむだだ。たとい孔悝さまが殺されたとしても、わたしは、ご意志を継
         いで、あなたを追い出してみせる」。一方、群臣に向っては、「太子は諺病者
         だ。高台に火をつければ、半分も燃えないうちに、ふるえあがって孔悝さまを
         許すにちがいない」と、呼びかけた。あわてた太子は、一味の石乞(せきこつ)
         と盂黶(うえん)の二人に命じて、子路に立ち向わせた。二人は戈を手にして
         子路に撃ちかかった。予防は冠の紐を切られてしまった。「冠をかぶらずに討
         死したとあっては、君子の恥だ」。子路はこう言い放って冠の紐を結び直し、
         またも奮戦して討死した(時に63歳)。

         孔子は衛の内乱を耳にしたとき、「子羔は亡命してくるだろうが、子路は討死
         するにちがいない」と語った。こうして孔悝は、やむなく蒯聵を衛の国君に立
         てた。すなわち衛の荘公である。荘公は位につくと、今までの政策を認めず、
         国政に従っていた者全部を排除しようとした。その手初めに司徒(大蔵大臣)
         の瞞政を呼びつけて、こう言い渡した。「わたしは長いこと国外で辛酸を會め
         てきたのだ。おまえも、少しはその苦労を味わったがいい」。瞞政は城を引き
         下がってから褚師比(声子)のところへ駆けつけ、二人して荘公を討とうとは
         かったが、結局、失敗に終わった。
 
         〈孔圉団〉諡(おくなり)して孔文子という。孔子は衛の国に来たとき、かれ
         と交際したことがあり、「敏にして学を好み、下問を恥じず」と賞めている。
         (『論語』公冶長)
         〈子羔〉 孔子の弟子高柴(こうさい)の字。先輩の子路の推挙で衛の賢臣の
         宰(町長)になっていた。孔子に「柴や愚」(馬鹿正直)と評された人物(『
         論語』先進)。この場合、子羔は出公の直臣であるが、子路は孔悝の家臣で、
         出公――出公(しゅつこう)は、中国の諸侯に対して贈られた諡号の一つ――
         に対しては陪臣――武家の主従関係において家臣の家臣を指した呼称。又者(
         またもの)、又家来(またげらい)とも呼ばれた――二人の立場はちがうので
         ある。

 

  No.71

【エネルギータイリング事業篇:TMD型太陽電池の風】


● ダイカルコゲナイド(TMD)型フレキシブル透明太陽電池の開発に成功

9月21日、東北大学の研究グループは、❶原子オーダーの厚みを持つシート材料である遷移金属ダイ
カルコゲナイド(TMD :Two-dimensional transition metal dichalcogenide (TMD) )を用いて、透明かつフレ
キシブルな太陽電池の開発し、❷透明な二次元シートを使った太陽電池では世界最高の発電効率を達成
し、❸電極の形状と種類を最適化するだけのシンプルな構造のため大面積化できる太陽電池となる。

 
doi:10.1038/s41598-017-12287-6

【概要】

近年原子オーダーの厚みから構成される二次元シート材料が、次世代のエレクトロニクス用新材料とし
て大きな注目を集めています。炭素のみから構成される二次元シートであるグラフェンは 2010 年のノ
ーベル物理学賞の受賞テーマだが、グラフェンシートはバンドギャップを持たず金属的な振る舞いを示
し、半導体エレクトロニクス分野への応用は困難とされている。これに対し、類似構造を持つ炭素以外
の原子から構成された二次元シートが注目され、特に遷移金属(モリブデンやタングステン)とカルコ
ゲン原子(硫黄やセレン)から構成される遷移金属ダイカルコゲナイド(TMD)は、半導体特性を示し
注目を集めている。中でも、太陽電池への期待は大きく、原子オーダーの厚みであるため90%以上の
光を透過する“透明かつフレキシブルな太陽電池”としての応用ができ。透明フレキシブルな太陽電池
が実現できることで、現在主流のシリコンを用いた太陽電池では設置が困難な車のフロントガラスやビ
ルの窓、携帯電話ディスプレイの表面、さらには人体の皮膚等あらゆる場所へ太陽電池を設置すること
が可能。しかし、それらの発電には空間選択的キャリアドーピングによるpn接合形成や異種TMD を積
層させるヘテロ接合形成等高精度なデバイス作製技術を必要である。

同上研究グループはショットキー型――半導体材料と金属を接合させたときに自発的に形成される電気
的な障壁の一種。接合する金属の仕事関数と半導体のフェルミエネルギーにより障壁の高さが変化する
――太陽電池に注目。用いる電極の種類と形状を最適化するだけで発電が実現できるシンプルな構造を
もつ。❶まずはショットキー形成に最適な電極種の選定を行い、通常同種の金属をTMD 両端に配置す
るデバイスが一般的だが、TMD の両端に設置する電極の種類を変えた異種金属電極構造を用いる。こ
の両端電極対の組合せを様々変化させたところ、両端電極の仕事関数差(ΔWF)が大きくなるにつれ
発電効率(PCE)が向上することを突き止める。❷次に電極の間隔と TMD の配置方法を最適化し、電極
間隔を短く(~2μm以下)かつ TMD を基板に接触しない架橋型とすることで、発電効率が大幅に向
上し、最高で  0.7%(AM1.5G )照射)の発電効率を実現しました。これは同程度(3層以下)の厚
みをもつ TMD 太陽電池の中では世界最高の発電効率である。❸次に、半導体デバイス製造プロセスで
一般的に用いられ ているリソグラフィを使い、シリコン基板にあらかじめパターンニングした電極にT
MD を塗布し作製、センチメートルオーダーの基板上でも容易に発電することを 確認。またシリコン基
板上に限らず、透明フレキシブルなポリエチレンナフタレート(PEN) 基板上でも同様に太陽電池を作
製し発電可能であることを実証。❹また、照射光の波長により得られる発電効率が異なることを突き止
め、TMD 特有の励起子とバンド構造の関係に由来することを発見する。

 Sep. 20, 2017

なお、透明フレキシブル太陽電池は有効に利用できる光エネルギーが小さい(光を透過させる必要があ
る)ため、光を透過しない従来のシリコン太陽電池に比べ発電効率自体が低くなることは避けられない
(※透明と可撓性にこだわらなければ、多層化し出力を大きくできる)が、その分透明性とフレキシブ
ル性という従来太陽電池にはない新たな付加価値をもち、今後より多くの場所に設置可能な新たな太陽
電池の活用できる。例えば、単純に発電量の面積換算、変換効率30÷0.7=≒42.86倍の面積を
確保すれば得られ、蓄電池、インバータ/コンバータなど付属設備含め完全及び太陽光併用型農園用フ
ィルム、ガラスなどの外壁・天井用向け、あるいは、建築用窓ガラス向け省エネ商品に即戦力として使
えそうだ。

 【産業用PVでも単結晶シリコン需要増:世界をリードするロンジ篇】

優れた変換効率と耐久性を両立させた単結晶シリコン太陽電池で、世界をリードするLONGi(ロンジ
(中国・西安)が、日本の産業用太陽光発電市場ニーズを捉え、日本市場に向けて、300XV以上の高効率な
単結晶PERCモジュールを供給する体制が整っているという(環境ビジネス、2017年秋季号)。つまり、
今年新たに世界的権威のある国際評価機関や保険会社から、長期信頼腫や安全性リスクが総合評価され
名実ともに単結晶太陽光パネルメーカーのグローバルトップメーカーの座を確保。市場では「単結晶モジ
ュールは産業用に採用するには高価」と言われてきたが、変換効率の高さと実発電量の優位性によって必
要なモジュール枚数を削減でき、用地面積、必要部材(架台・ケーブルなど)および施工、工期が抑えられ
ることから、発電所建設のトータルコストの削減が可能になった。 併せて、改正FIT後の制度変更もあ
り、PV発電所づくりから、PV発電事業施設の長期安定発電、運用が求められることから、単結晶モジュ
ールヘの需要が一気に高まってきているという。



同社は、単結晶シリコンのみにこだわり、インゴットから一貫した技術開発と品質管理を行う強みを活
かし、優れた品質と価格競争力の両立を実現している世界一の単結晶モジュールメーカー。単結晶シリ
コン・インゴット/ウエハのサプライヤーとして世界最大シェアを誇っている同社は、2014年からLERRI
Solar Technology社を傘下に加えたことで、セル/モジュール製造販売までトータルに手掛ける体制が整い
16年には約16.7億米ドルの売上の約半分をモジュール事業が占め、財務体質も、Photon(米)の財務ス
クリーニング連続No1やBiooom Berg New Energy FinanceのTierl格付けなど(最も信頼されている。太陽光
パネルは、技術革新と生産体制の整備が行き届いたことから、ここ数年の間に国際的に価格が大幅に下
落しており、太陽光発電事業の成長を加速させる一因となっている、一方で、価格競争の中でパネルの
品質も下がっているのではないかとの懸念も格強く、金融機関は20~25年間の収益予測に基づいて
投融資を判断するため、パネルの長期的な性能や品質を把握することが重要となる。



このような市場背景の中で、世界の独立系エネルギー専門認証機関のDNV GL社は、太陽光発電モジュー
ルの長期にわたる劣化や信頼性に影響を与える主要な要因について加速試験を行い、「DNV GL/2017 PV
モジュール信頼院スコアカード」を6月に発表。ロンジの主カモジュール(LR6シリーズ)が最高評価のA1-
1Passを受ける。信頼性テストは、IEC基準を大幅に上回る厳しい内容で、温度サイクル、動的加重、
高温高湿、結露凍結、潜在的な劣化の5項目が対象。世界各国の主要モジュールメーカーの製品性能が
試験された。また、世界最大の保険・再保険仲介会社であるエーオンの日本法人エーオンジャパンでは、
太陽光パネルメーカーの出力保証をバックアップする新たな保険の枠組みを開発。このスキームに採用
メーカーとしてロンジが選ばれる。今後、国内の太陽光発電所の長期信頼性を確保し、実現・運用をサポ
ートし、近い将来、国内において『出力保証をバックアックする保険』に加入可能な信頼陛の高い太陽
光パネルがロンジから提供されることになる。これにより、太陽光発電事業の長期信頼比を確保すると
同時に万一のパネルの不具合による出力保証を保険でバックアックする画期的なものとなっている。



● 300W以上の高効率単結晶モジュール 日本市場へ供給

同社は、16年に日本法人も設立。日本国内に技術サポート体制を構築し、品質とフォロー体制にハイ
スペックを求める激戦の日本市場に本格参入。きめ細やかで迅速な顧客対応で、早くも市場ニーズに応
え実績を伸ばしている。同社の製品は、大幅な出力低下を引き起こすPID(Potential induced Degradation)
現象への対策はもとより、塩水噴霧試験やアンモニア腐食試験等もクリアしており、日本の厳しい環境
化での使用も不安はない。さらに高強度フレームの採用により、表面許容静荷重(積雪)は5400Pa、裏面
許容静荷重(風圧)は2400Paを誇り、出荷時のセルのクラック検査も厳格な独自基準で行われており、そ
の管理は徹底している。保証サービスも、製品保証10年間に加え、出力保証はFIT買取期間を超える
25年の間、年率マイナス0.55%をリニアで保証している。太陽光パネルメーカーは、各社独自の製
品評価に基づいた25年の出力保証を行っているが、その客観性について疑問視されており、また、FIT
格の低下に伴い製品の品質や信頼院を犠牲にしたコストダウンを不安視する声もある。同社の太陽光パ
ネルが品質と信頼性を重視する日本市場で認知、導入され、その結果として、安全かつ信頼腫が高く、資
産価値の優れた発電所が増えると期待するという。この世界、日々新たである。面白い!

● 今夜の寸評:戦争は最大の環境破壊

19日、トランプ米大統領は、ニューヨークの国連本部で行った就任後初の一般討論演説で米国は北朝
鮮を「完全に破壊」せざるを得なくなる可能性があると発言。トランプ氏は41分間にわたる演説でイ
ランの核問題、ベネズエラの民主主義を巡る問題、イスラム強硬派などについても言及。キューバ政府
も批判したという。ところで、北朝鮮に対してアメリカが何らかの攻撃をした場合、北朝鮮の報復は、
(1)目標に到達しないリスクを冒しても既に攻撃を宣言しているグアムをミサイルで狙う、(2)在日米軍
基地を攻撃する、(3)在韓米軍を攻撃する、(4)韓国を攻撃する――の4つの選択肢のコンビネーション
になる。ただこの全ての場合において、日本あるいは韓国(もしくは両方)に被害が及ぶことになり、
アメリカの一存だけでは武力行使というオプションを取ることはできず、日韓両国の同意を取り付ける
必要がある。だが、実際に「戦争」を目の前に突き付けられたとき、日本も韓国も容易には武力行使に
同意しないだろうとし、マティス、ダンフォード、さらにジョン・ケリー大統領首席補佐官はいずれも、
イラク・アフガニスタンで01年以降続いている出口の見えない戦いの当事者だったことを上げ、朝鮮に
対する軍事攻撃は非常にハードルが高い。つまり、「言うは易し、行うは極めて難し」なという主張が
ある(「炎と怒り」発言のトランプに打つ手はない?、ニューズウィーク日本版、2017.09.22)。そう
かと言って、北朝鮮の核保有をなし崩しに認めてしまえば世界的な軍事的脅威は逆戻りするし、追い詰
め過ぎると「道連れヤケクソ暴発」も「ゼロ」ではないだろう(そのとき、緊張のあまり北朝鮮内部崩
壊も起きる可能性もある)が、いずれにしても、「(国家間の)戦争は最大の環境破壊」だけはリアル
である。 

 


オレンジ色のとんがり帽をかぶった男

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          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

                                

           ※  楚の白公の乱(哀公16年、-479): 白公は伍員の主筋にあたる。伍員の
         感化を受けてか、これまた復讐の鬼となり、楚国内の不平分子を糾合して楚
         の昭三を脅かし、二大夫を殺した。ただ、白公には伍員の機略も豪胆さもな
         かったから、このクーデターはあっけない幕切れに終わった。ちなみに、こ
         の年孔子が死んだ。七十三歳。 

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

   第52章 オレンジ色のとんがり帽をかぶった男 

  騎士団長はさっきと同じ姿勢のまま、布張りの椅子の中に沈み込んでいた。目はかっと見聞か
 れていた。軽く聞いた口の中で小さな舌が丸められていた。心臓の出血は続いていたが、勢いは
 弱まっていた。右手をとってみたが、ぐにゃりとして力がなかった。肌にはまだ少し温もりが残
 っていたものの、皮膚の感触には既によそよそしさのようなものが感じられた。生命が着々と非
 生命に向かっているときに漂わせるよそよそしさだ。その身体をきれいに整え、身にあったサイ
 ズの棺の中に納めてやりたいと私は思った。小さな子供向けの小さな椅に。そして祠の裏の穴の
 中に静かに横たえてやりたかった。もうこの先、誰にも煩わされたりしないように。でも今のと
 ころ私にしてやれるのは、ただ瞼をそっと閉じてやることくらいだった。

  私は椅子に腰を下ろし、床の上にのびている顔ながが意識を取り戻すのを待った。窓の外では
 広大な太平洋が陽光を受けて眩しく光っていた。一群の漁船はまだ操業を続けていた。銀色の飛
 行機が一機、滑らかな機体を光らせながらゆっくり南に向けて飛行していくのが見えた。後尾に
 長いアンテナを突き出した四発のプロペラ機――厚木基地を飛び立った海上自衛隊の対潜哨戒機
 だ。土曜日の午後とはいえ、人々はそれぞれの日々の職務を黙々とこなしている。そして私は日
 当たりの良い高級老人養護施設の▽室で、騎士団長を今しがた出刃包丁で刺し殺し、地中から顔
 を出した「顔なが」を捕縛し、失踪した十三歳の美しい少女の行方を捜している。人さまざまだ。
 顔ながはなかなか目を覚まさなかった。私は腕時計に何度か目をやった。



  ここに今もし雨田政彦が急昆戻ってきたら、彼はこの光景を目にしていったい何を思うだろ
 う? 騎士団長は刺し殺されて血だまりの中に沈み、縛り上げられた顔ながが床に転がされてい
 る。どちらも身長はIメートルに足りず、奇妙な古代の衣裳に身を包んでいる。そして深い昏睡
 の中にいる雨田典彦は微かな満足の笑み(のようなもの)を口もとに浮かべている。床の隅には
 ぽっかりと四角い暗い穴が関いている。そのような状況がもたらされたいきさつを、私は政彦に
 なんと説明をすればいいのだろう?

  しかしもちろん政彦は部屋に戻ってこなかった。騎士団長の言ったとおり、復は大事な仕事の
 用件を抱えているのだ。その件に関して、誰かと携帯電話で長く話をしなくてはならない。それ
 はあらかじめ設定されたことなのだ。だから私が途中で誰かに邪魔されたりするようなことは起
 こらない。私は椅子に腰掛けたまま顔ながの様子をうかがっていた。穴の角に頭を打ち付けられ
 て、一時的に副賞畳を起こしただけなのだ。意識を回復するのにそれほど長い時間はかからない
 はずだ。あとになって額にまずまずの大きさの瘤ができるだろうが、あくまでその程度のものだ。

  やがて顔ながの意識が戻ってきた。復は床の上でもそもそと身をねじり、意味の通らない言葉
 をいくつか目にした。それからそろそろと細く目を開けた。子供が怖いものを見るときのように
 ――見たくはないけれど、見なくてはならないものを見るように。
  私はすぐに椅子から立ち上がり、彼のそばに膝をついた。
 「時間がないんだ」と私は彼を見下ろして言った。「秋川まりえがどこにいるのかを教えてもら
 いたい。そうすればすぐに紐を解いて、あそこに帰してやるから」
 部屋の隅にぽっかりと間いている穴を私は指さした。四角形の蓋はまだ上げられたままになっ
 ている。私の口にする言葉が相手に通じているのかどうか、私にはわからなかった。しかしとに
 かく通じるものとして試してみるしかない。

  顔ながは何も言わず、ただ首を何度か横に激しく振った。何も知らないということなのか、私
 の言っていることが理解できないということなのか、どちらにもとれる。

 「教えなければ、おまえを殺すことになる」と私は言った。「ぼくが騎士団長を刺し殺すのを見
 ていただろう。一人殺すのも二人殺すのも変わりはない」

  そして私は血糊がついたままの包丁の刃を、顔ながの汚い喉にぴたりとあてた。私は海の上に             
 いる漁師だちと飛行士たちのことを思った。我々はそれぞれの職務を果たしているのだ。そして
 これが私のやらなくてはならないことなのだ。もちろん本当に殺すつもりはなかったが、包丁の
 刃の鋭さは本物だった。顔ながの身体は恐怖のために細かくぶるぷると震えていた。

 「待って」と顔なががかすれた声で言った。「待っておくれ」

  男の言葉遣いはいくぶん奇妙だったが、話はちゃんと通じているようだ。私は包丁をほんの少
 しだけ喉から離した。そして言った。

 「秋川まりえがどこにいるか、おまえは知っているのか?」
 「いいえ、わたくしはその人のことはまったく知らない。真実であります」

  私は顔ながの目をじっと見た。大きな、表情の読みやすい目だった。彼が言っていることはた
 しかに真実のように見えた。

 「じゃあ、おまえはここでいったい何をしていたんだ?」と私は尋ねた。
 「起こったことを見届けて、記録するのがわたくしの職務なのだ。だからそこで見届けていた。
 これは真実であります」
 「見届けるって、何のために?」
 「わたくしはそうしろと命じられているだけで、それより上のことはわからない」
 「おまえはいったい何ものなのだ? やはりイデアの一種なのか?」
 「いいえ、わたくしどもはイデアなぞではありません。ただのメタファーであります」
 「メタファー?」
 「そうです。ただのつつましい暗喩であります。ものとものとをつなげるだけのものであります。
 ですからなんとか許しておくれ」

  私の頭は混乱し始めていた。「もしおまえがメタファーなら、何かひとつ即興で暗喩を言って
 みろ。何か言えるだろう」と私は言った。
 「わたくしはただのしがない下級のメタファーです。上等な暗喩なぞ言えません」
 「上等じゃなくてもいいから、ひとつ言ってみてくれ」

  顔ながは長いあいだ考え込んでいた。それから言った。「彼はとても目立つ男だった。通勤の
 人混みの中でオレンジ色のとんがり帽をかぶった男のように」



  たしかにそれほど上等な比喩ではない。だいいち暗喩ですらなかった。

 「それは暗喩じゃなくて、明喩だよ」と私は指摘した。

 「すみません。言い直します」と顔ながは額に汗を浮かべながら言った。「彼はあたかも、通勤
 の人温みの中でオレンジ色のとんがり帽をかぶるように生きた」
 「それじゃ文章の意味が通じない。それにまだきちんとした暗喩になっていない。おまえがメタ
 ファーだなんて、どうも信用できないな。殺すしかない」

  顔ながの唇は恐怖のためにぷるぷると震えていた。顔に生えた型は立派だが、それに比べて肝
 っ玉は小さそうだった。

 「すみません。わたくしはまだ見習いのようなものです。気の利いた比喩は思いつけないのです。
 許しておくれ。でも偽りなく、正真正銘のメタファーであります」
 「おまえに仕事を命じる上司のようなものはいるのか?」
 「上司というようなものはおりません。いるのかもしれないが、まだ目にしたことはありません。
 わたくしはただ、事象と表現の関連性の命ずるがままに動いているだけであります。波に揺られ
 るつたないクラゲのようなものです。ですから殺したりしないで。許してください」
 「許してやってもいいが」と私は相手の喉に包丁をあてたまま言った。「そのかわりに、おまえ
 がやってきたところまで案内してくれないか?」
 「いや、そればかりはできません」と顔ながはこれまでになくきっぱりと断言した。「ここまで
 わたくしの通ってきた道は〈メタファー通路〉であります。個々人によって道筋は異なってきま
 す。ひとつとして同じ通路はありません。ですからわたくしがあなた様の道案内をすることはで
 きないのだ」
 「つまりぼくは自分ひとりでその通路に入って行かなくてはならない。そしてぼく自身の道筋を
 見つけなくてはならない。そういうことなのか?」

  顔ながは強く首を振った。「あなた様がメタファー通路に入ることはあまりに危険であります。
 生身の人間がそこに入って、順路をひとつあやまてば、とんでもないところに行き着くことにな
 る。そして二重メタファーがあちこちに身を潜めております」

 「二重メタファー?」

 

Two roads diverged in a yellow wood,
And sorry I could not travel both
And be one traveler, long I stood
And looked down one as far as I could
To where it bent in the undergrowth.

Then took the other, as just as fair,
And having perhaps the better claim,
Because it was grassy and wanted wear;
Though as for that the passing there
Had worn them really about the same.

And both that morning equally lay
In leaves no step had trodden black.
Oh, I kept the first for another day!
Yet knowing how way leads on to way,
I doubted if I should ever come back.
                 
I shall be telling this with a sigh
Somewhere ages and ages hence:
Two roads diverged in a wood, and I—
I took the one less traveled by,
And that has made all the difference.      Robert Frost, "The Road Not Taken":  

 

 

  顔ながは身震いした。「二重メタファーは奥の暗闇に潜み、とびっきりやくざで危険な生き物
 です」
 「かまわない」と私は言った。「ぼくは既にとんでもないところに紛れ込んでしまっているんだ。
 とんでもなさが多少増えたり減ったりしたところで、今更知ったことじゃない。ぼくは騎士団長
 をこの手で殺してしまった。彼の死を無駄にするわけにはいかない」
 「仕方ない。それではわたくしからひとつだけ忠告をさせておくれ」
 「どんなことだろう?」
 「何か明かりを持って行かれた方がいいと思います。かなり暗いところがありますから。それか
 ら必ずどこかで川に出くわすはずです。メタファーでありながらも水は本物の水であります。流
 れは冷たく連く、深いのだ。舟がなくてはその川は渡れない。舟は渡し場にあります」
 私は尋ねた。「渡し場でその川を渡って、それからどうなるんだ?」

  顔ながは目をぎろりとむいた。「川を渡った先もまた、どこまでも関連性に揺れ勤く世界であ
 ります。あなた様が自分の目で見届けるしかありません」



  私は雨田典彦が横になっているベッドの枕元に行った。予想した通りそこには懐中電灯があっ
 た。災害が発生したときの用意に、このような施設の部屋には必ず懐中電灯が備え付けてある。
 私はスイッチを試してみた。明かりはちゃんとついた。電池は切れていない。私はその懐中電灯
 を手にとり、椅子の背にかけてあった革ジャンパーを着込んだ。そして部屋の隅に関いた穴に向
 かおうとした。

 「お願いです」と顔ながは懇願するように言った。「この紐をほどいていただけませんか・・・ こ
  のままここに残していかれるととても困ります」 
 「おまえが本物のメタファーなら、縄抜けくらい簡単にできるんじやないのか。要するに概念と
 か観念とかそういうものの一種なのだから、空間移動くらいできるだろう」
 「いいえ、それは買いかぶりであります。わたくしにはそんな立派な力は具わっておりません。
 概念とか観念とか呼べるのは、もっと上等なメタファーのことです」
 「オレンジ色のとんがり帽子をかぷったような?」
 顔ながは悲しそうな顔をした。「からかわないでおくれ。わたくしだって傷つかないわけでは
 ないのだから」

  私は少し迷ったが、結局は顔ながの手と足を縛った紐を解いてやることにした。かなり堅く縛
 ったので、ほどくのに時間がかかった。話をしている限りでは、それほど悪い男には思えなかっ
 た。秋川まりえの居場所は知らなかったものの、それ以外の情報を進んで与えてくれもした。手
 足を自由にしてやっても、たぶん私の邪魔をしたり、害をなしたりすることはあるまい。それに
 この男を縛り上げたままここに残していくわけにもいかない。もし誰かにその姿を見られたりし
 たら、話がますます面倒になる。彼は床に座り込んだまま、縛られたあとのついた手首をごしご
 しと小さな手でさすった。それから額に手をやった。どうやら瘤ができかけているようだった。

 「ありがとうございます。これでもとの世界に戻ることができます」
 「先に行ってかまわない」と私は部屋の隅の穴を指さして言った。「おまえは先にもとの世界に
 戻っていればいい。ぼくはあとがら行くから」
 「それでは遠慮なく、お先に失礼します。ただ最後にこの蓋をきちんと閉めておくれ。そうしな
 いと誰かが足を踏み外して落ちるかもしれない。あるいは興味を持って中に入ってくる人がいる
 かもしれません。それはわたくしの責任になります」
 「わかった。蓋は最後に間違いなく閉める」

  顔ながは小走りにその穴のところまで行って、中に足を踏み入れた。そして顔の上半分だけを
 外に出した。大きな目がきょろきょろと不気味に光った。『騎士団長殺し』の絵の中の顔ながそ
 のままに。

 「それではお気をつけて」と顔ながは私に言った。「そのなんとかさんが見つかるとよろしいで
 すね。コミチさんと申されましたか?」
 「コミチじゃない」と私は言った。背中がすっと寒くなった。喉の奥が乾いて貼りつくような感
 触があった。一瞬うまく声が出てこなかった。「コミチじゃなく、秋川まりえだ。おまえはコミ
 チのことを何か知っているのか?」
 「いいえ、わたくしは何も知りません」と顔ながは慌てて言った。「今ふとその名前がわたくし
 のつたない比喩的な頭に浮かんだだけです。ただの間違いです。許しておくれ」

  そして顔ながはふっと穴の中に消えた。まるで風に吹かれて散る煙のように。
  私はプラスチックの懐中電灯を手にしばらくその場に立ちすくんでいた。コミチ? 妹の名前
 がなぜ今ここで出てくるのだ。コミもこの一連の出来事に何か関連しているのだろうか。でもそ
 れについて深く考え込んでいる余裕はなかった。私は穴の中に足を踏み入れ、懐中電灯の明かり
 をつけた。足もとは暗く、ずっとなだらかな下り坂になっているようだった。奇妙といえば奇妙
 な話だ。というのはその部屋は建物の三階にあり、床の下は当然二階になっているはずだったか
 ら。しかし懐中電灯の光をあてても、その通路の先を見通すことはできなかった。私は穴の中に
 全身を入れ、手を伸ばして四角い蓋をぴたりと閉めた。それであたりは完全な暗黒になった。

  そんなどこまでも深い暗黒の中にあって、自分自身の五感をまともに把握することができなく
 なった。まるで肉体の情報と意識の情報とが繋がりを断たれてしまったみたいだった。それはと
 ても奇妙な気分だった。自分がもはや自分ではなくなったような気がする。しかしそれでも私は
 前に進まなくてはならない。

  あたしを殺して、秋川まりえをみつけるのだ。

  騎士団長はそう言った。披が犠牲を払い、私が試練を受けるのだ。とにかく前に進むしかない。
 懐中電灯の明かりを唯一の味方として、私は「メタファー通路」の闇の中に足を踏み入れていっ
 た。

 

    第53章 火掻き棒だったかもしれない

  私を包んでいるのは濃密で隙のない、まるでひとつの意志を具えたような暗闇だった。そこに
 は一条の光も射さず、一点の光源も見当たらない。まるで光の届かない深い海の底を歩いている
 みたいだ。手にした懐中電灯の黄色い明かりだけが、私と世界をかろうじて結びつけていた。通
 路は終始なだらかな傾斜になっていた。岩盤を丸くくり抜いたようなきれいな筒形で、地面は堅
 くしっかりとして、おおむね平坦だった。天井は低かったから、頭をぷっつけないように常に身
 をかがめていなくてはならなかった。地下の空気はひやりとして肌寒かったが、そこに匂いはな
 かった。何もかもが奇妙なくらい無臭なのだ。ここにあっては空気さえもが、地上の空気とは違
 う成り立ちなのかもしれない。

  手にしている懐中電灯の電池がどれくらい長くもつものか、私にはもちろん判断できない。今
 のところそれが放つ光は揺るぎなく安定しているようだったが、もし電池が途中で切れてしまっ
 たら(もちろんいつかは切れるはずだ)、私は隙ひとつない暗闇の中に一人で取り残されること
 になる。そして顔ながの言葉を信じるなら、この暗闇のどこかには危険な「二重メタファー」な
 るものが潜んでいるのだ。

  懐中電灯を握る私の手のひらは、緊張のために汗ばんでいた。心臓が鈍く堅い音を立てていた。
 その音は、ジャングルの奥から聞こえてくる不穏な太鼓の響きを思わせた。「何か明かりを持っ
 て行かれた方がいいと思います。かなり暗いところがありますから」と顔ながは私に忠告してく
 れた。ということは、この地下通路はすべてが完全に真っ暗というわけではないのだろう。私は
 あたりがもう少し明るくなってくれることを望んだ。またもう少し天井が高くなってくれること
 を望んだ。暗くて狭い場所はいつだって私の神経を締め上げる。それが長く締くと、呼吸をする
 のが次第に困難になってくる。

  できるだけ狭さと暗さのことを考えないようにとつとめた。そのためには何か別のことを考え
 なくてはならない。私はチーズ・トーストを思い浮かべた。どうしてチーズ・トーストなのかは、
 自分でもよくわからなかった。しかし何はともあれ、チーズ・トーストの姿がそのときの私の頭
 にふと浮かんだのだ。白い無地の皿の上に載せられた四角いチーズ・トースト。きれいに焦げて、
 上に載せたチーズも心地よくとろけている。それは今まさに私の手にとられようとしている。そ
 してその隣には、湯気の立つ熱いブラック・コーヒーがある。月も星もない真夜中のような黒々
 としたブラック・コーヒーだ。私は朝食のテーブルに並べられたそれらのものごとを懐かしく思
  い出した。外に向かって聞いた窓、窓の外にある大きな柳の木、その柔らかな枝に軽業師のよ
 うにあぶなっかしくとまった軽快な鳥たちの声。そしてそのどれも、現在の私からは測りしれな
 いほど遠く離れたところにあった。

  それから歌劇『薔薇の騎士』のことも思い出した。コーヒーを飲み、焼きたてのチーズ・トー
 ストを囓りながら、私はその音楽を聴こうとしている。英国デッカ製の、真っ黒なレコード盤。
 私はその重いビニール盤をターンテーブルの上に載せ、カートリッジの針をゆっくり下ろす。ゲ
  オルグ・ショルティの指揮するウィーン・フィルハーモニー。その流麗で緻密な音。「私は一
 本の箒だって、音で描写することができる」と全盛時のリヒアルト・シュトラウスは豪語した。
 いや、あれは箒じゃなかったっけ? なかったかもしれない。こうもり傘だったかもしれないし、
 火掻き棒だったかもしれない。なんだってかまわない。しかしいったいどのようにして、一本の
 箒を音楽で描写することができるのだろう? たとえば熱いチーズ・トーストを、角質化した足
 の裏を、明喩と暗喩の違いを、そんなものごとを彼は本当に音楽で正確に描写することができた
 のだろうか?

  リヒアルト・シュトラウスは戦前のウィーンで(アンシュルスの前だったかあとだったか)、
 ウィーン・フィルハーモニーを指揮した。その日の演奏曲目はベートーヴェンのシンフォニーだ。
 物静かで身だしなみがよく、決心の堅い七番のシンフォニー。その作品は明るく開放的な姉(六
 番)と、はにかみ屋の美しい妹(八番)とのあいだにはさまれるようにして生み出された。若き
 日の雨田典彦はその客席にいた。隣には美しい娘がいる。彼はおそらく恋をしている。



  私はウィーンの町の光景を思い浮かべた。ウィンナ・ワルツ、甘いザッハトルテ、建物の屋根
 に翻る赤と黒のハーケンクロイツ。
  思考は暗闇の中で、意味を欠いた方向に際限なく伸びていった。あるいは方向性のない方向に、
 というべきか。しかし私にはその伸び方を制御することができなかった。私の思考は私の手を既
 に離れてしまっていた。隙のない暗闇の中で自分の考えを掌握するのは簡単なことではない。考
 えは謎の樹木となり、その枝を暗闇の中に自由に延ばしていく(暗喩だ)。しかしいずれにせよ、
 私は自分を保つために何かを考え続けている必要があった。なんでもいい何かを。そうしなけれ
 ば、緊張のあまり通呼吸に陥ってしまう。

  様々なものごとについてとりとめのない考えを巡らせながら、私はまっすぐな傾斜路をどこま
 でも下降していった。それは曲がり角も枝道もない、純粋に直線的な通路だった。どれだけ歩い
 ても天井の高さも、暗さの度合いも、空気の質感も、傾斜の角度もまったく変化を見せなかった。
 時間の感覚は既におおかた消えてしまっていたが、下りの傾斜路をそれだけ延々と歩いたからに
 は、もうずいぶん地下深くに未ているはずだった。しかしその深さだって結局は架空のものに過
 ぎない。だいたい建物の三階からそのまま地下に降りられるわけがないのだから。暗闇だってや
 はり架空のものに過ぎないはずだ。ここにあるものはすべて観念、あるいは比喩に過ぎないのだ、
 私はそう考えようとした。しかしそれでも、私をぴったりと包んでいる暗闇はやはりどこまでも
 木物の暗闇であり、私を圧迫する深さはやはりどこまでも木物の深さだった。

  ずっと身を屈めて歩き続けていたせいで、首と腰が痛みを訴え始めた頃に、ようやく先の方に
 談い光が見えてきた。緩い曲がり角がいくつか出てきて、その角をひとつ曲がるごとに、あたり
 は少しずつより明るくなった。そしてまわりの風景がなんとか見分けられるようになってきた。
 まるで未明の空か徐々に明けてくるみたいに。私は電池を節約するために懐中電灯のスイッチを
 切った。

面白くも、疲れた感が残る。「邪悪な父」を殺し、秋川まりえを探す主人公の今後の展開はいかに!

                                      この項つづく

 


 【冬瓜とその食品の創作料理】

                     ゆく夏暑き室内の卓上に冬瓜一つ豊かけえくもあるか    竹中 皆二 

食事に鳥肉と冬瓜のココットが出されて美味しかったの、おでん種として冬瓜(トウガン、学名:
Benincasa hispida)が使われていないのか疑問に思い調べる存在し、冬瓜料理法もある(上写真は海
外のレシピ例)。ところで、冬瓜はウリ科のつる性一年草、雌雄同株の植物。果実を食用する夏野
菜。カモウリ(氈瓜・加茂瓜・賀茂瓜)とも呼び、富山県ではカモリ、沖縄県ではシブイと言い秋
の季語ともなっている。原産はインド・東南アジア。7-9月に収穫し、実は大きいもので、短径
30cm、長径80cm程度にもなる。完熟後皮が硬くなり、貯蔵性に優れ、丸(玉)のままなら冷暗
所保管で冬まで日持ちすることから冬瓜と呼ばれ、英名ではウインターメロン(winter meron)とな
る。完全に熟したトウガンは約半年品質を保つ。国内栽培は平安時代成立の『本草和名』に記載さ
れ、同時代に入っていたが渡来詳細が明らかでない。購入時の選別は重量感のあるもの、切り売り
で果肉が見える状態は、種子がふんだんに詰まり、表面がみずみずしいものが良品の目安となる。
丸(玉)のままなら長期保存が可能、切り口を入れた場合傷み冷蔵庫に保管し早めに消費する。ま
た、干瓢の原料にもなる。



成分的には95%以上が水分で栄養価は低いが、百gあたり16 kcalと低カロリーで、ダイエット
に最適。類似のユウガオよりやや果肉は硬め、味は控えめでクセがないので、煮物、汁物、漬物、
酢の物、和え物、あんかけ、など様々な具に用いられる。日本料理では大きく切って風呂吹きに使
う。広東料理では大きいまま、中をくりぬいて刻んだ魚介類、中国ハム、シイタケなどの具とスー
プを入れ、全体を蒸した「冬瓜盅(トンクワチョン)」(zh:冬瓜盅)という宴会料理、台湾では果実
に砂糖を加え水で煮込み、茶の一種として飲む。缶入り飲料がある。料理以外でも砂糖漬けや、シ
ロップで煮た後砂糖をからめて菓子にある。果実以外は果皮 - 果皮をユウガオの代用食材としてか
んぴょうに用いる。若葉・柔らかい蔓 - 炒め物などに用いることができる。種子 - 種子は乾燥さ
せ生薬として漢方薬「冬瓜子(とうがし)」で用いる。利尿や排膿の作用がある

● 冬瓜の主な産地と生産量
 
下表は政府がまとめた平成20年の全国の冬瓜生産量データ。これで見ると最も沢山生産している
のは沖縄県で、次いで愛知家、そして岡山県。関東以南の地域で作られている。一般的な瓜の旬で
ある夏になります。6月頃から9月頃まで。ただし、貯蔵性が高いので、寒くなってからでも流通
はされているようです。ただ、冬瓜の良さは薄味でさっぱりした食感にあり、夏に向きの食材と言
える。栄養素ではカリウム、ビタミンC、食物繊維が豊富で、夏の暑い季節に身体の調子を整える
のには適す栄養バランスの良い食品。暑い季節に旬を迎える夏野菜の多くは、水分を多く含み身体
を冷やしてく、全体の95%以上を水分が占める。

※冬瓜 果実 生 100グラムあたりの値(日本食品標準成分表2015年版:7訂)。

そこで考えたのが、干瓢の太さを細く裁断。ヌードル風にアレンジ加工することと、これをパウダー化し、好み
に色合い、風味付け、また、食感をアレンジし新しい食材にして、「ウインターメロンハパウダー®」/「ウイン
ターメロンハパヌードル®」の製造販売事業を立ち上げ、滋賀県から世界展開してみてはどうだろうかと考え
た。



体調を三日前から崩す。原因はわかっている。粥食事と胃薬に、今日から催眠剤の服用(通常の半分以下)。
                                                                       

 

高性能蓄電池時代

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          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

 

                                

 

           ※  鄭人ここに在り、讐遠からず: 楚の平王の太子建(字は子本)は大夫費無
         極(ひぶきょく)の讒言(さんげん)にあって城父(楚の地・安徹宵毫県)
         から宋に出奔したが(昭公19年)、宋でも華氏の乱(昭公20年)が起き
         たため、さらに鄭へ逃れた。鄭は建を迎えると、手厚くもてなした。だが建
         は、まもなく晋へ行き、鄭を裏切って、晋王とともに鄭を討つ陰謀をめぐら
         した。その相談がまとまると、何くわぬ顔をして、ふたたび鄭に戻った。鄭
         王はこころよく建を迎え入れ、前と変わらぬ待遇をあたえた。その後、晋王
         はひそかに使者を建のもとに派遣し、軍をさしむける旨伝えるとともに、そ
         の日取りを打ち合わせた。

 
              だが、この陰謀は思わぬところから露見した。折も折、鄭では、建にあたえていた
              領地の人民が、建の証言非道ぶりを訴えてきたので、実状を調べさせていた。そ
              して偶然、晋から建のもとに送られてきた密書を手に入れたわけである。鄭はさ
              っそく建を捕えて殺してしまった。ところで、建には勝という遺児がいた。勝は、父
              が殺されたとき、呉に亡命していた。楚の令尹子西は、勝を本国に呼び戻そうとし
              て、葉公に相談したが、反対された。

               「勝は嘘つきであるうえ、乱暴な男だと聞いています。呼び戻しては、かえってわ
              が国のためにならないと思いますが」
               「いや、かれは信義を重んじるうえ、勇を好む男だと聞いている。そういう男が、
              わが国に不利益をもたらすだろうか。国境付近に食邑をあ仁えて、領土を守らせ
              ようと思うのだ」
               「そのような考えは甘いと思います。仁の道をかたく守ってこそ、信義を重んじる
              といえるのだし、止仁義にしたがって行動してこそ、勇を好むといえるのです。だが、
              あの男はどうでしょう。一度言いだしたら事の是非もわきまえずに行動するそうだ
              復讐をはかっているのか命知らずをかき集めでいるといわれます。事の是非もわ
              きまえないようでは信義を重んじることにはなりませんし、兪知らずを果めて犠牲
              を求めるようでは、勇を重んじることにはなりません。あなたはきっと後悔すると
              思います」

          だが、子西は葉公の忠告に耳をかさず、勝を呉から呼び戻して、呉との国
          境付近に白という食邑をあたえた。その地にちなんで勝は白公と呼ばれる
          ようになった。はたして白公は子西に対して、父を殺した鄭を討たしてほ
          しいと申し出てきた。子西はこう言って断わった。 「わたしとて決してその
          恨みを忘れているわけではない。しかし、わが国は最近やっと国力を回復
                   したばかりで、まだ国の秩序も整っていない状態だ」

          しばらくすると、白公はまたもやこの問題を持ち出してきた。子西は断わ
          りきれずに承諾した。だが、この計画は、実行に移す直前に、晋が鄭を討
          つという思わぬ事態が起きたため、急に取りやめとなった。そればかりか
                   楚は鄭に援軍を送ったうえ、同盟関係まで結んだ。白公は憤激して叫んだ。

                   「おれの仇敵は、はるか遠い鄭にいると思っていたが、あにはがらんや、
          この楚にいたのだ」

           〈華氏の乱〉 昭公20年に起きた事件。宋の元公は、約束を守らず、不
          公平なことが多く、華氏と向(しょう)氏を憎んだ。そこで華定、華亥の
          二人は向寧と相談し、元公の公子たちを捕えて貪に閉じこめ、元公を脅迫
          して和を盟わせた。

          〈葉公〉沈諸梁(しんしょうりょ)、字は子高。楚の葉県の尹(いん)で
          あったから葉公という。伝説によると、かれは竜がすきで、家じゅう竜の
          絵や彫刻で飾って喜んでいたところ、ホンモノの竜がその噂をきいて、天
          から下りて窓から首をさし入れた。葉公はびっくり仰天、泡をくって逃げ
          たという。有名な「葉公、竜を好む」の故事である。

                    <呉から呼び戻し……〉 『史記』によれば、哀公8年(-487)のことで
                   ある。

 No.72

  

【蓄電池事業篇:高性能蓄電池時代】

従来350キロの走行距離をもつ電気自動車が来年、新しく開発された蓄電池を搭載し、同一価格で、蓄
電要領が3倍となり1050キロとなったらどんな変化が起こるだろうか。滋賀県を起点にして北は津軽
半島、南は大隅半島まで走行できるになる。しかしそれだけではない、ZEH(エネルギーゼロホーム)
と接続(あるいはエネルギーとして融合)することで、電力の戸産戸消に貢献、それがさらに、変換効率
30%パネルの普及を後押し。「エネルギーフリー社会」の実現を可能にし、静かな住宅街に住みながら
地球温暖化を食い止め快適な環境のもとに、早晩、生活する時代を迎えているかもしれない。

7月20日、三洋化成は、新型リチウムイオン電池の要素技術に目途が立ったとプレスリリースしている。
それによると、一般的にリチウムイオン電池は、金属箔に電極材(スラリー)を塗布し、乾燥工程を経て
電極(正 極・負極)を製造する。この電極とセパレーターを組み立て、容器に格納することで電池化し、
その後、接続回路等を組み込んだリチウムイオン電池システムの製造が行う。高電気容量を実現 には、
電極の厚みを厚くする必要があり、従来技術では、電極厚み 2百ミクロン程度が限界で電池の電気容量
を大幅に高めることが出来ず、大電力の実現のためには数多くのリチ ウムイオン電池を連結する必要が
あり、大きなスペースを必要とする。大学等共同研究を行い独自の新技術では、電極厚みを数倍以上に厚
くでき、リチウムイオン電池の高電気容量化が期待できる。その結果、システムには、電池の連結数を減
らし、従来のシステム内で大きな容積を占めていた接続回路等の部品点数を大幅に削減でき、ニーズに合
わせ、コンパクトなリチウムイオン電池システムの提供が可能となり、また、部品点数が少なくなること
から、部品に由来したトラブルリスクの低減も期待できるということである。そこで、今回は同社の「特
許6199993  リチウムイオン電池用電極、リチウムイオン電池及びリチウムイオン電池用電極の製造方法」
( 三洋化成工業株式会社他 2017年09月20日)の技術概要を俯瞰する(詳細は以下の通り)。

❏ 関連特許:特許6178493 「リチウムイオン電池用被覆負極活物質、リチウムイオン電池用スラリー、
              リチウムイオン電池用負極、リチウムイオン電池、及び、リチウムイオン電池用被覆負
              極活物質の製造方法」

リチウムイオン二次電池は、一般に、バインダを用いて正極又は負極活物質等を正極用/負極用集電体に
それぞれ塗布して電極を構成している。また、双極型の電池の場合には、集電体の一方の面にバインダを
用いて正極活物質等を塗布して正極層を、反対側の面にバインダを用いて負極活物質等を塗布して負極層
の双極型電極を構成する。また、電極形成用のペーストを25μm程度の厚さで塗布しているが、電池の
エネルギー密度を高くする方法として、電池内の正極材料/負極材料の割合を高くする(電極の膜厚を厚
くし、集電体やセパレータの相対的な割合を減少さる)方法があるが、❶双極型電極において電極の厚み
を大きくすると、集電体からの距離が大きい活物質割合が増加し、活物質の電子伝導性が高くなく、集電
体までの電子移動が平滑に行われないため、電極厚さを厚くしただけでは活物質量が増えても電子伝導性
が悪く有効利用されない活物質の割合が増加し、電池の高容量化が実現しない問題がある。❷また、活物
質自体の電子伝導性をカーバーする導電助剤(アセチレンブラック等の粒子状物質)を添加し電子伝導性
を高める手法もあるが経験的に目的を達成できなかった。

このように、電極の厚さを厚くした場合であっても電子伝導性に優れたリチウムイオン電池用電極を提供
にあたっては、リチウムイオン電池のセパレータ側に配置される第1主面と、集電体側に配置される第2
主面とを備えたリチウムイオン電池用電極であって、この電極は50~5000μmの厚さで、第1主面
と第2主面間に、平均繊維長が50~100μm未満の短繊維(A)、平均繊維長が100~1000μ
mの長繊維(B)及び活物質粒子(C)を含み、短繊維(A)及び長繊維(B)が導電性繊維の構成/構
造を特徴とするリチウムイオン電池用電極で目的を実現する。 

 Sep. 20, 2017 

【図面の簡単な説明】

図1は、本発明のリチウムイオン電池用電極を正極及び負極として備えるリチウムイオン電池の構造の例
を模式的に示す断面図
図2は、図1に示すリチウムイオン電池の正極のみを模式的に示す断面図
図3は、本発明のリチウムイオン電池用電極の別の形態の例を模式的に示す断面図
図4は、本発明のリチウムイオン電池用電極の別の形態の例を模式的に示す断面図
図7(a)及び図7(b)は、活物質粒子を構造体中の空隙に充填する工程を模式的に示す工程図
図8(a)及び図8(b)は、活物質粒子と導電部材を膜上に定着させる工程を模式的に示す工程図
図9(a)、図9(b)及び図9(c)は、活物質粒子と導電部材を集電体とセパレータの間に定着する
工程を模式的に示す工程図
図10(a)及び図10(b)は、樹脂によって活物質粒子と導電部材を固定する工程を模式的に示す工
程図

【表 実施例の設計条件と放電能力の比較例】

 【符号の説明】

リチウムイオン電池  1/リチウムイオン電池用電極(正極)  10、110、210、210´、310/正極の第1主面
 11、111、211、311/正極の第2主面  12、112、212、312/不織布の一部を構成する導電性繊維  13、
13a、13b/正極活物質粒子  14/被覆剤  15、25/導電助剤  16、26/リチウムイオン電池用電極(負極) 
20、220/負極の第1主面  21、221 /負極の第2主面  22、222/負極活物質粒子  24/セパレータ  30
集電体  40、50/不織布(構造体)  60/不織布の第2主面  62/濾紙  70、470/織物の一部を構成する導
電性繊維  113/縦糸  113a/横糸  113b/第1主面と第2主面の間に離散して存在する導電性繊維  213、
213a、213b、223/樹脂  214/スラリー層  225/導電化された樹脂  313/板  570

【特許請求の範囲】  

リチウムイオン電池のセパレータ側に配置される第1主面と、集電体側に配置される第2主面とを備
えたリチウムイオン電池用電極であって、前記電極の厚さは150~5000μmであり、前記第1
主面と前記第2主面の間に、電子伝導性材料からなる導電部材(A)及び多数の活物質粒子(B)を
含み、かつ、結着剤を含まず、前記導電部材(A)は、前記第1主面と前記第2主面の間に離散して
存在する導電性繊維であり、前記導電性繊維の電気伝導度は50mS/cm以上であり、前記導電部
材(A)の少なくとも一部は、前記第1主面から前記第2主面までを電気的に接続する導電通路を形
成しており、前記導電通路は、前記導電通路の周囲の前記活物質粒子(B)と接していることを特徴
とするリチウムイオン電池用電極。 前記導電部材(A)である導電性繊維の平均繊維径が0.1~20μmである請求項1に記載のリチ
ウムイオン電池用電極。 前記導電部材(A)である導電性繊維の繊維長の電極の単位体積あたりの合計が10,000~50
,000,000cm/cm3である請求項1又は3に記載のリチウムイオン電池用電極。 前記電極の体積を基準として、前記導電部材(A)の占める体積の割合が0.1~15vol%であ
る請求項1、3又は4に記載のリチウムイオン電池用電極。 前記電極の体積を基準として、前記活物質粒子(B)の占める体積の割合が30~80vol%であ
る請求項1、3、4又は6に記載のリチウムイオン電池用電極。 前記電極中において、前記導電部材(A)の占める体積VAの前記活物質粒子(B)の占める体積V
Bに対する比率(VA/VB)が0.00125~0.5である請求項1、3、4、6又は7に記載
のリチウムイオン電池用電極。 前記活物質粒子(B)が、表面の少なくとも一部が被覆用樹脂及び導電助剤を含む被覆剤で被覆され
てなる被覆活物質粒子である請求項1、3、4、6、7又は8に記載のリチウムイオン電池用電極。 請求項1、3、4、6、7、8又は9に記載のリチウムイオン電池用電極を負極及び/又は正極に用
いたリチウムイオン電池。 請求項1、3、4、6、7、8又は9に記載のリチウムイオン電池用電極の製造方法であって、
前記導電部材(A)及び前記活物質粒子(B)を含むスラリー(Y)を、膜(E)上に塗布する工程
(Q1)と、加圧又は減圧して、前記活物質粒子(B)と前記導電部材(A)を前記膜(E)上に定
着する工程(Q2)とを含むことを特徴とするリチウムイオン電池用電極の製造方法。 前記スラリー(Y)は、電解液(D)を含む電解液スラリー(Y1)であり、前記膜(E)が前記活
物質粒子(B)を透過させず前記電解液(D)を透過させる膜であり、前記工程(Q2)において、
加圧又は減圧して前記電解液(D)を前記膜(E)を透過させて除去する請求項15に記載のリチウ
ムイオン電池用電極の製造方法。 前記工程(Q2)の後、スラリー(Y)をさらに強い圧力で加圧するプレス工程(Q3)を行う請求
項15又は16に記載のリチウムイオン電池用電極の製造方法。 前記膜(E)の電気伝導度は100mS/cm以上である請求項15~17のいずれかに記載のリチ
ウムイオン電池用電極の製造方法。 前記膜(E)上に定着された前記リチウムイオン電池用電極を、集電体又はセパレータの主面に転写
する工程(Q4)を行って、リチウムイオン電池用電極の第1主面がセパレータの主面に配置された
リチウムイオン電池用電極を形成する、又は、リチウムイオン電池用電極の第2主面が集電体の主面
に配置されたリチウムイオン電池用電極を形成する、請求項15~17のいずれかに記載のリチウム
イオン電池用電極の製造方法。 請求項1、3、4、6、7、8又は9に記載のリチウムイオン電池用電極の製造方法であって、前記
導電部材(A)及び前記活物質粒子(B)を含むスラリー(Y)を、集電体上に塗布して集電体上に
スラリー層を形成する工程(T1)と、前記スラリー層の上にセパレータを載置して、セパレータの
上面側から吸液して、前記活物質粒子(B)と前記導電部材(A)を前記集電体と前記セパレータの
間に定着する工程(T2)とを含むことを特徴とするリチウムイオン電池用電極の製造方法。 前記スラリー(Y)は、電解液(D)を含む電解液スラリー(Y1)である請求項20に記載のリチ
ウムイオン電池用電極の製造方法。 前記セパレータの上面に吸液性材料を置いて前記セパレータの上面側からの吸液を行う請求項20又
は21に記載のリチウムイオン電池用電極の製造方法。 リチウムイオン電池のセパレータ側に配置される第1主面と、集電体側に配置される第2主面とを備
え、かつ、前記第1主面と前記第2主面の間に、電子伝導性材料からなる導電部材(A)、多数の活
物質粒子(B)及び樹脂(F)を含み、前記導電部材(A)の少なくとも一部は、前記第1主面から
前記第2主面までを電気的に接続する導電通路を形成しており、前記導電通路は、前記導電通路の周
囲の前記活物質粒子(B)と接しているリチウムイオン電池用電極の製造方法であって、前記導電部
材(A)は導電性繊維であり、前記導電部材(A)、前記活物質粒子(B)及び前記樹脂(F)を含
む電極用組成物を、加熱プレスすることにより、前記樹脂(F)によって前記導電部材(A)及び前
記活物質粒子(B)を固定する工程(R1)を含むことを特徴とするリチウムイオン電池用電極の製
造方法。

 【関連企業の株価動向】(2015.9.11 - 2017.9.22)

 



● 今夜の一枚のスケッチ:ジェイムズ・ダイソンの河川清掃計画

   Aug. 30, 2017

  

ソーラーファサードの風 Ⅱ

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          定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

 

                                 

           ※  鄭白公、みずから剣をとぐ:あるとき、白公が自分で剣を回いていた。不吉
         に思って、子期(楚の昭王の兄)の子・平がたずねた。「ご自分で剣を磨い
         て、いったいどうなさるつもりです」「わたしは正直者で通っている男だか
         ら、隠すわけにもいくまい。実はこの剣であなたの叔父・子西を殺すつもり
         だ」。平がその話を子西に知らせたところ、かれはいっこうに取り合わなか
         った。「白公は、わたしにとって、いわば大切な卵だ。わたしはこの卵を自
         分の翼の下で大事にに育ててきた。わたし亡きあと、令尹、司馬の重職を継
         ぐのは、順序からいっても、勝(白公)をおいて他にはいない。その勝が、
         そんなバカげたことをするはずがないではないか」。白公はこの話を伝えき
         いて言った。

         「令尹の奴、気でも狂っているのか。わたしも男だ。必ず殺してみせる」
         だが、予西には用心する気がまるでなかった。白公は参謀格の石乞(せきこ
         つ)に相談をした。「王と二人の卿(子期と子西)を葬るには、全部で五百
         人の兵があればよいだろう」「五百人も兵を集めるなんてとても不可能です。
         それよりも、市場の南に熊宜僚(ゆうぎりよう)という男が住んでいます。
         もしこの男を味方にひきいれることができれば、五百人の兵を手に入れたも
         同然です」。こう言って石乞はさっそく白公を案内して熊宜僚を訪れた。な
         るほど石乞のいうように、この男、一点の非の打ちどころもない。白公はす
         っかり気に入ってしまい、事情を打ち明けて、味方になるよう頼んだ。だが、
         宜僚は首を縦に振らない。そればかりか、白公が剣を喉元に突きつけて脅し
         ても、少しも動じない。

         「宜官僚は、利益にひかれて人にへつらったり、脅かされて動くような男で
         はない。わが秘密を打ち明けてしまったが、それを敵に洩らして媚を求める
         ことはあるまい」白公はこう言って、宜僚をそのまま見逃がしてやった。呉
         が慎(楚の地)を侵略した。白公はこれを迎え撃って戦勝すると、楚王に対
         して、捕虜と戦利品を献上したいと串し出た。そして楚王がこの申し出を受
         けいれるや、時至れりとばかりに反乱を起こした。秋七月のことである。白
         公の軍はまんまと部城内に押し入り、執政の子西と予期の二人を朝廷で殺し、
         恵王を脅して退位を迫った。子西は殺されるとき、葉公の諌言に耳を貨さな
         かったことを恥じて、袂で顔を捲(まく)って死んだ。予期の死にぎわは立
         派だった。

         「かつては大力無双をもってお仕えしたこのおれだ。その名に恥じぬ死にか
         たをしてみせる」と、言い放つや、樟の大本を引き抜き、それを振りまわし
         て敵をなぎ倒したあげく、最期を遂げた。反乱がほぼ成功したところで、石
         乞は白公に進言した。「倉庫を焼き払い、王を殺す必要があります。そうし
         なければ、事は成就しません」
         「それはまずい。王を殺害するのは不祥だし、倉庫を焼き払えば、穀物が底
         をついてしまう。そうなれば、どうやって城を守る気だ」
         「楚国をわが手中に収めたからには、善政を布き、神を大切に祭ればよいの
         です。そうすれば必ず吉祥が得られ、穀物も自然に集まってまいります。心
         配には及びません」。だが白公は聞き入れなかった。
 

 No.73

【エネルギータイリング事業篇:ソーラーファサードの風 Ⅱ】

 

初回では、「ソーラータイル®」との差異に言及した。今回は、モジュールの構造/構成と強化ガラスの
製造方法、構造/構成、あるいはモジュール/パネルの据え付け方法について特許技術事例を考察し、事
業展開の具体的な課題などについて考える。

❏ 関連特許:特開2016-066757 太陽電池モジュール、壁面構造、及び住宅 

【概要】 

従来の太陽電池パネルは、太陽光に対して十分な入射面積を確保に、地面に対して平行かやや傾斜した姿
勢で設置されるため、居住環境で太陽電池モジュール設置の位置は、平坦な地面や建物の屋根に限られて
いたが、一般の建物の屋根面積が限られ、屋根全面に太陽電池を取り付けると、増設できず、太陽電池パ
ネルの普及とともに、新たな太陽電池パネルの設置場所の模索がなされている。従来の太陽電池モジュー
ルの場合、複数枚の太陽電池モジュールを面状に敷き詰めて塀等の壁面の一部を形成したときに、壁面の
どの部分でも一様に同一の意匠であり、単調なデザインとなってしまうという問題がある。また、近年は、
建物のデザイン性が向上し、ファサードのバリエーションが豊富になっている。このため、建物の購入者
の中には、自己の好みにあった独自性の高いファサードを自由に選択したいという要望がある。太陽電池
モジュールを建物のファサードの一部として設ける場合でも、建物と一体性が生まれるようなデザインや
通行人が目を引くようなデザインなどの独創性の高いデザインが求められてもいる。

そこで、従来にない新たなデザインの太陽電池モジュール、壁面構造、及び住宅を提供にあたり、下図の
ように、第1透光性基板3と、第2透光性基板5と、光電変換素子11を備え、光電変換素子11は、光
を照射したときに光エネルギーを電気エネルギーに変換可能であって、かつ、光の一部を透過するもので
あり、透光性を有する複数の化粧部材を有し、複数の化粧部材は、第1透光性基板3上に面状に配されて
いる構成で、意匠性の高い太陽電池モジュールの壁面構造として実現するものである。



【符号の説明】

1,100  太陽電池モジュール 3  第1透光性基板(第1基板)5  第2透光性基板(第2基板)
8  フレーム部材 10  支持基板 11  光電変換素子 20,21  切り欠き部 30,31  第1
化粧部材(化粧部材)
 

❏ 関連特許:特開2016-155742  透明着色LASガラスセラミックで作られたガラス
                        セラミック基材およびその製造方法 

【概要】

一般に、結晶化ガラスは、ガラスを熱処理して結晶をガラス内部に析出させた材料である。β-石英固溶
体や β-スポジュメン固溶体を析出させた耐熱低膨張結晶化ガラスは、温度変化による膨張や収縮の量が
極めて小さいことから,急加熱や急冷による破損カ起こりにくい。また、一般の耐熱ガラスに比べて、軟化
変形しにくく耐熱性が高いことから、食器や電気、ガス調理器用トッブプレート、電子レンジ用棚板など、
幅広い用途で使用されている。特定の組成および必要な場合には合計で最大1.0質量%までの更なる着
色酸化物を有し、キータイト固溶体を含む勾配層と主結晶相として高石英固溶体を含む、その下にある核
とを有する透明着色LAS(珪酸アルミニウムリチウム)ガラスセラミックで作られたガラスセラミック
基材であって10μm以上の深さのキータイト固溶体が、高石英固溶体比率とキータイト固溶体比率との
合計の50%を超える透明着色LASガラスセラミックで作られたガラスセラミック基材の提供にあって、
セラミック化は、910°~980°の範囲の最大温度において1~25分の時間、高石英固溶体を一部
だけキータイト固溶体に転移させる結晶転移ステップを含むプロセスで製造する(図3ダブクリ参照)。



※ LASガラスセラミック

  

❏ 関連特許:特開2017-092242  太陽電池モジュール  

【概要】 

一般に、結晶系太陽電池セル受光面側化学強化ガラスの第1ガラス基板(受光面板)と、同セルの裏面側
化学強化ガラスで構成された第2ガラス基板(背面板)に、第1/第2ガラス基板の中間に結晶系太陽電
池セル封止樹脂で風刺した備えた太陽電池モジュールは、裏面側に樹脂製フィルム(バックシート)を使用
する太陽電池モジュールと比較し、外部からの水分の侵入を防ぐことができ耐候性に優れる。また、物理
的な強度が高く、酸・アルカリなどに対する化学的な安定性が高く、紫外線照射時の変色・着色が無い等、
電池寿命を延長できるが、裏面側に配された配線等が背面板側から透けて見え、意匠性に劣る問題がある。
このため、BIPV(Building Integrated Photovoltaics)、ファサード、トップライト、カーポート、ルーバ
ーなど、人目に触れ、高い意匠性が求められる用途には、太陽電池セルの裏面側に目隠し用のフィルムや
印刷を施した高価な両面発電タイプの太陽電池セルを使う必要があった。また、受光面板/背面板で、化
学強化ガラスの基板を使用するのは次の理由による。

太陽電池モジュールは❶風圧、❷積雪、時には❸砂嵐や❹降雹などの過酷な環境に耐えるために強い強度
が求められ、太陽電池モジュールのカバーガラスとして一般的な物理強化ガラスを使った場合、ガラスの
厚さが薄いと強化不足となり、残留応力に耐えることができず、3mm以上の板厚が必要であり、仮に一
方の側に残留応力の低い薄いガラスを用いた場合、太陽電池モジュール強度確保に、反対側のガラスを対
応し分厚くする必要があり全体重量が大きくなってしまう。太陽電池モジュール全体重量が大きくなると、
製造プロセスコストや、太陽電池モジュールの輸送時や施工時のコスト増加。また、トップライト、カー
ポートなどに使用される場合、重量積載する建造物に高い耐荷重性能が求められ、建造物のコストが増加、
ひいては、積載可能構造物が限られてしまう。太陽電池モジュール、特に両面がガラスにより挟まれた構
造の太陽電池モジュールの場合、ガラス基板の重量がモジュール重量の大半を占めるため、ガラス基板を
薄くし、軽量にするメリットはとても大きい。化学強化ガラスであれば、1mm程度の板厚であって十分
な残留応力を加えることができるが、化学強化ガラスは、物理強化ガラスに比べて高価なため、受光面板
/背面板に化学強化ガラスを用いた太陽電池モジュールは高価になる。

このように、耐候性および意匠性に優れ、かつ、製造時、輸送時、施工時のコストを低減できる太陽電池
モジュールの提供するあたり、下図受光面板11と太陽電池セル12と背面板15とを受光面側10aか
ら背面側10bに向けてこの順で太陽電池モジュール本体10を構成する太陽電池モジュールは、受光面
板11と背面板15との間に太陽電池セル12を封止する封止層16を有し、受光面板11は、化学強化
ガラス、物理強化ガラス、または、非強化ガラスであり、背面板15は、物理強化ガラスであり、受光面
板11をなすガラスは、Fe2O3で表した全鉄含有量が3000質量ppm未満であり、背面板15のガ
ラスは、Fe2O3で表した全鉄含有量が3000質量ppm以上であり、背面板15の板厚が、2.5mm
以下の構成するものとする。

【符号の説明】

10  太陽電池モジュール 10a  受光面 10b  背面 11  受光面板 2  太陽電池セル 
15  背面板 16  封止層 17  受光面側接着層 18  背面側接着層

 【関連企業の株価動向】(2015.9.14 - 2017.9.25)






【ソーラータイル事業篇:さらにペロブスカイト太陽電池性能向上】
  
● カリウムでレアメタルを代替

9月22日、 瀬川浩司東大教授らの研究グループは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が
同日に開催した「平成29年度NEDO新エネルギー成果報告会」で、ペロブスカイト材料に、それまでの非常
に高価なレアメタルの代わりに安いカリウムを5%加えることで、変換効率20.5%と高い性能と長寿
命のペロブスカイト太陽電池を実現し、大きな課題だったヒステリシスがほぼ解消されたことを公表。こ
れまで、変換効率向上や長寿命化の”はなぐすり”として用いられていたレアメタル――セシウム(Cs)
やルビジウム(Rb)――は供給量が少なく、金(Au)や白金(Pt)並みに高価だが、カリウム(K)はほ
ぼどこにでもあり非常に安い。高効率で長寿命のPSCを低コストで製造する上で大きな一歩になる。

● 構造安定化で効率/寿命が同時改善

ペロブスカイト太陽電池、光吸収層にABX3というペロブスカイト構造の材料を用いるが、セシウム(Cs)
やルビジウム(Rb)のアルカリ金属のイオンを用いることで、高い変換効率と高い安定性を両立させる手
法に注目し、例えばパナソニックとスイスの大学 Ecole Polytechnique Federale de Lausanne(EPFL)は昨年
年9月にそれまでのセシウムにさらにルビジウムを加えて、変換効率21.6%を実現し、寿命の点でも
大きく改善、光を5百時間照射後でも初期効率の95%を維持している。 Rbを加えた動機は、ペロブス
カイト材料の幾何学的な構造の安定化だ。ペロブスカイト太陽電池のAサイトには当初は、メチルアンモ
ニウム(CH3NH3+ : MA)を用いることが一般的だったが、最近は、バンドギャップ(Eg)の点からホル
ムアミジニウム(CH3(NH2)2+: FA)を用いると変換効率が高まることが判明する一方で、FAはイオン半
径が大きくてペロブスカイト材料が幾何学的に不安定になり、寿命が短くなる。そこで、イオン半径がや
や小さい陽イオンを加えて、Aサイトの実効的なイオン半径を最適化する試みが盛んになっている。その
陽イオンの元素が、アルカリ金属のCsやRbだった。アルカリ金属元素にはこの他に、K、Na、Liなどもある
が、次第にイオン半径が小さくなる。Cs+とRb+のイオン半径はそれぞれ0.169nmと0.148nmだが、K+は
同0.133nm。パナソニックは「K、Na、Liはイオン半径が小さすぎて使えない」として、CsとRbを選ぶ。


doi:10.1038/s41598-017-12436

● 小は大を兼ねる!?

これに対し、同研究グループは、Rbの追加が有効ならKも試してみる価値があると考る。実際、K+イオン
をAサイトの組成比で5%加えて、ペロブスカイト太陽電池を試作したところ、変換効率は20.5%だっ
た。ペロブスカイト層の組成比は、K0.05(FA 0.85 MA0.15) 0.95 Pb(I0.85Br0.15)3となり、CsやRbは用いず、Kイ
オンの組成比を0~20%の範囲で変化させて太陽電池を試作。5%が最適であった。寿命では「光を
888時間照射した後でも、変換効率は初期値の90%以上で、パナソニックの成果と同水準を得る(ペ
ロブスカイト太陽電池が一歩前進、カリウムがレアメタルを代替へ、日経テクノロジーオンライン、2017.
09.25)。すごいぞ!これは、とはいえ、実用化までには「耐久性」の大きなハードルを越えねばならない。

  

 【RE100倶楽部:スマート風力タービンの開発 30】

❏ 関連特許:特開2017-166325  多段縦軸風車における風力発電方法 
                          /株式会社グローバルエナジー

【概要】 

複数の縦長の揚力型ブレードを有するロータを備える一般的な縦軸風車は、発電機のコギングトルクや発
電負荷の影響により、低風速下ではロータが効率よく回転せず、発電効率は低い。この問題を解決に、揚
力力ブレードの上下の端部に、縦主軸方向へ向かって傾斜する傾斜部を形成し、ブレードの内側面に沿っ
て上下方向に拡散する気流を、傾斜部で受止めて回転力を高めるとともに、揚力(推力)を増大させ、ロー
タが効率よく回転できる縦軸風車があるが、ロータの回転効率が高いので、発電が開始されるカットイン
風速を低く設定でき、ロータの周速が例えば5m/sに達すると、ブレードの上下両端部の傾斜部の作用
とコアンダ効果により、ブレードに生じる揚力(推力)が増大し、ロータは風速を超える周速度に加速しな
がら回転するようになるため、コギングトルクや発電負荷による失速が起きにくくなり、発電効率が高ま
るという特徴をもつ。また、上下複数のロータを、1本の縦主軸に多段状に取付けると、縦主軸の回転駆
動トルクが増大するので、発電効率を高めることができる事例が提供されている。

また、縦主軸の回転駆動トルクが増大するので、縦主軸に発電容量の大きな発電機を接続して、発電効率
をさらに高めることが可能となるが、発電容量の大きな発電機を使用すると、そのコギングトルクや発電
負荷も大となるので、弱い風速のときに、ロータの回転始動に時間を要したり、ロータが失速を起こし易
くなったりすることが考えられ、そのため、下図のように、低風速下においても、ロータが失速するのを
未然に防止しながら、効率よく発電しうる風力発電方法の提供にあたり、発電機4に連係された縦主軸14
に、複数のブレード7を有する上下複数段のロータのうち、下段の第1ロータ2Aを常時連結し、かつ上
段の第2ロータ2Bをクラッチ15を介して連結し、第1、第2ロータが予め定めた平均風速以下で回転
している場合に、クラッチ15を切断して第2ロータを空転させ、このロータが加速して回転する特定の
周速に達したとき、クラッチを接続して空転させた第2ロータにより第1ロータを増速させながら、全て
のロータの回転により発電することを繰返させるようにする。

【符号の説明】

1  風力発電装置 2A  第1ロータ 2B  第2ロータ 2C  第3ロータ 4  発電機 5  制御手
段  6  水平アーム 7  揚力型ブレード 7A  主部 7B  内向き傾斜部 8  回転軸 9  基礎
10  軸部支持枠 11  支持枠体 12  軸支持杆 13  軸受 14  縦主軸 15  電磁クラッチ
16  給電器 17  コントローラ 18  蓄電池 19  平均風速判定部 20  ロータ周速判定部
21  クラッチ切替判定部 22  風速計(風速検知手段) 23  中央処理装置 24  平歯車
25  回転速度検出センサ

 ● 今夜の一曲

Takuya Kuroda - Rising Son

黒田 卓也(1980年2月21日 - )は、兵庫県芦屋市出身のジャズトランペット奏者]。 ニューヨーク・ブ
ルックリン在住。2014年に日本人として初めてブルーノート・レコードと契約。2016年4月から「報道ス
テーション」(テレビ朝日・ANN系列)の新テーマ曲「Starting Five」の演奏をJ-Squadのメンバーとして担
当する。

● 

宵闇せまれば、秋の虫の大合唱が聞こえてくる。今日もあっという間に蜩がなき、こなしきれない作業だ
けが残った。体調は徐々に回復しているようだ。いまの作業を進めていくうちに「もう原子力発電はいら
ない」という確信が自然湧いてきた朝だった。そして、そのように彼女に伝えると、そうね、あなたはい
ろんな事を考えて判断しているからあなたの言う通りになっているねと、珍しく、素直に応えてくれた。

                                                                                                                                    

         

海底鉱山とESG投資

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              定公4年( -506)~哀公27年( - 468) / 呉越争覇の時代  

                                                             

         ※  険をもって傲幸する者は、その求め饜(あ)くことなし:葉(せつ)公
        は蔡(楚の地)にいた。方城の外では、だれもが葉公に対して、「都に
        攻め入りましょう」と、すすめたが、葉公は肯(がえん)じなかった。
        「危ないことをやって味をしめれば、欲望はつのる一方だ、というでは
        ないか。白公がでたらめをやれば、民心は必ず離反する。その時機を待
        つことだ」はたして白公は楚の名宰相、管脩(かんしゅう:斉の管仲の
        後裔)を殺した。今こそ好機と見た葉公はすかさず軍を攻め込ませた。

        白公は、恵王の跡を子閭(しりょう:楚の平王の子、名は啓)に継がせ
        ようとした。だが、子閭が頑として承知しないので、白刃を突きつけて
        脅した。子閭は顔色ひとつ変えずにこう言ってのけた。「あなたが、わ
        が国を安定させ、王室を正したうえで、わたしをもり立てようと言われ
        るのであれば、わたしも喜んでお受けします。しかし、あなたが、わが
        身のためばかりを謀って、王室を衰亡においやり、しかも楚国の現状を
        顕みないかぎり、たといこの身は引裂かれようと、お受けするわけには
        まいりません」。白公は子閭をどうすることもできず、とうとう殺して
        しまった。恵王は高府(楚王の別邸)に移され幽閉の身となった。 

        高府の長官には、石乞が任命された。だが、かれが高府の門を厳重に固
        めていたにもかかわらず、恵王は大夫の圉公陽(ぎょうこうよう)に救
        いだされた。圉公陽は穴を掘って王宮の中へ入りこみ、恵王を背負って、
        昭王夫人(恵王の母)の邸に身を隠したのである。そのころ、葉公も国
        都に近づいていた。北門にさしかかったとき、一人の男がやってきてこ
        う言った。 

        「なぜ、かぶとをお絞りにならないのです。国都の人民はだれもが、慈
        父母を慕う子供のような気持ちで、あなたを持ちわびていたのです。そ
        のあなたが、もし賊軍の夫を受けて、傷を負うようなことになれば、そ
        れこそ人民は望みを絶たれてしまいます。ぜひともかぶとをお絞りにな
        ってください」 そこで葉公は、かぶとを絞って進軍した。ところが、
        しばらくすると、別の男がやってきてこう言った。   
                       
        「なぜ、かぶとをお絞りになっているのです。国都の人民はだれもが、
        穫り入れを持つ農夫のような気持ちで、来る日も来る日もあなたを持ち
        わびていたのです。あなたをひとめ見れば、それこそ安堵の胸をなでお
        ろすことでしょう。これで死なずにすんだと思えば、いっせいに奮いた
        ち、先を争って、あなたの到着を国中に告げまわることでしょう。その
        あなたが、かぶとで顔を隠して、人民の望みを絶ってしまわれるとは、
        あまりにひどいお仕打ちです」。そこで葉公はふたたびかぶとを脱いで
        進軍した。しばらく行くと、こんどは箴尹固(しんいこ)が白公の軍に
        加わろうとして手勢を率いてくるのに出週った。葉公は思いとどまらせ
        ようとして、言った。

        「あの子西と予期の二人がいなかったならば、わが国はとっくに滅びて
        いたことだろう。それなのに、おまえまでが二人を殺した賊軍に従って
        道に背くとすれば、もはや楚国の運命は、絶たれたも同然だ」。箴尹固
        は葉公に従うと申し出たので、葉公は国郡の人民とともに白公を攻めさ
        せた。白公は山に逃げ込み、首をくくって死んだ。その死体は、一味の
        者が隠した。葉公は、石乞を生け捕りにして、白公の死体の隠し場所を
        問いただした。

        「存じてはおりますが、堅く口どめされましたゆえ、お答え申すわけに
        はいきません」「答えぬとあれば、釜茹での刑に処するぞ」。「このた
        びのことは、もし成功していたならば、わたくしはそれこそ卿大夫にも
        なれた身です。それだけに、失敗した場合、釜茹での刑に処されたとし
        ても、それはもとより覚悟のこと。今さら何をじたばたいたしましょう」
        石乞は、とうとう釜苑での刑に処された。
        白公の弟王孫燕は、額黄氏(呉の地)へ亡命した。葉公は、令尹と司馬
        の二職を兼任したが、国内の秩序が安定すると、令尹の職は予西の予公
        孫寧(名は子国)に、また司馬の職は予期の子公孫寛に、それぞれ譲り
        渡して、自分は葉の地に隠居した。

             〈箴尹固〉 定公4年(-506)楚が呉と戦って大敗した柏挙(はくきょ)
        の戦いで、楚王をただ一人守って、睢水(すいすい)を渡った勇士。

 



【世界で初めて海底熱水鉱床の連続揚鉱に成功】 

9月26日、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は沖縄県近海の水深1600
メートルの海底から、銅や亜鉛などを含む鉱石をポンプで吸い上げる試験に世界で初めて成功
したと発表した。経産省は国産の鉱物資源として採掘の商業化を検討する。陸上での採掘に比
べてコストが高いため、2018年度に商業化できるかどうか判断するとのこと。本試験の結
果の取りまとめとして、採鉱・揚鉱技術に係る商業化に向けた課題抽出しながら、選鉱・製錬
技術も含む生産技術の検討を進めつ、併せて、資源量調査、経済性評価、環境調査の検討等を
進め、海底熱水鉱床の商業化に向けた取組を総合的に推進する。  

 

海底で採掘、破砕した海底熱水鉱床(鉱石片)を海水と共に水中ポンプを用いて円筒管(揚鉱
管)で洋上の母船まで運び揚げることをいう(今回の試験における定義)。密度が3以上で、鉱
石の粒径が30ミリメートル以下の固体を海底から海面まで高低差1500メートル以上にわ
たり揚げなければならないため、強力なポンプ等を用いたシステムが必要となる。尚、海底熱
水鉱床とは、海底面から噴出する熱水から金属成分が沈殿してできた銅・鉛・亜鉛・金・銀等
の多金属硫化鉱床のことをいう。我が国では沖縄海域および伊豆・小笠原海域に分布している。
また、揚鉱とは、底で採掘、破砕した海底熱水鉱床(鉱石片)を海水と共に水中ポンプを用い
て円筒管(揚鉱管)で洋上の母船まで運び揚げることをいう(今回の試験における定義)。密度
が3以上で、固体を海底から海面まで高低差1,500m以上にわたり揚げなければならないため、
強力なポンプ等を用いたシステムが必要となる。 

 July 12, 2013 

 Jun 26, 2013
海底には夢がある!こいつは面白い。


 

 

 No.74

 

【パワー半導体篇:電力損失世界最小のSiCパワー半導体素子】

9月22日、三菱電機株式会社は、電流を高速遮断保護回路無しで使える、電力損失が世界最
小の SiC 半導体素子を開発したことを公表。パワーエレクトロニクス機器の高信頼性
と省エネの双方に貢献する。また、その特徴は、❶通常、単一構造で構成するソース領域にソ
ース抵抗制御域の形成により、搭載機器の短絡発生時の電流を低減し、短絡許容時間を延ばし
て素子破壊を抑制し(図1)、❷従来構造のSiC-MOSFETに対し、同一短絡許容時間で、室温
での素子のオン抵抗を40%低減し、20%以上電力の低損失化を実現(図2)。さらに、❸
様々な耐圧のSiC-MOSFETに適用できるほか、Siパワー半導体で確立されている短絡保護回路
技術の併用で短絡時の安全な保護動作を実現できたことにある。三菱電機は買だ!

  

 

【企業価値を高める環境への取り組み:CSRからESG】 

ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取っ
たもの。今日ESGの観点が薄い企業は、大きなリスクを抱えた企業であり、長期的な成長がで
きない企業だということを意味する。ESGの観点は、企業の株主である機関投資家の間で急速
に広がり、投資の意思決定で、従来型の財務情報だけを重視するだけでなくESGも考慮に入れ
る手法は「ESG投資」と呼ばれる。ESGと似た概念にSRI(社会的責任投資)があるが、最近
ではESG投資のほうがより使われる傾向にあり、ESG投資は、他にも「責任投資(Responsible
Investment)」「持続可能な投資(Sustainable Investment)」など様々な呼称がありるが意味は
同じである。 



● ワーカーズキャピタル責任投資の基本理念

 1. 投資判断において非財政的要素である、環境・社会・ガバナンス(ESG)を考慮する。
2.労働者(労働組合)の権利保護を考慮する。
3.過度に短期的な利益追求を助長させる行動を排除し、中長期的かく安定した収益の確保に
  努める。
4.運用方針、または責任投資の手法を明示し、透明性の高い運用に努める。
5.投資先企業に反倫理的、または反社会的な行動が見られた場合、経営陣との対話や株主
  議決権行使など間接的・直接的に資産所有者としての適正の行動をとる。
6.信用受託機関に対して責任投資を求め、責任投資を資産運用の主流にしていく。 

● CSRからESGへの経過

資判断において非財政的要素である、環境・社会・統治は、主要メディアでもESG投資と
いう単語を目的にすることが多くなる。ESG要因として扱われる項目は下表のとおりである。
環境は事業活動における自然環境の利用及び自然環境への排出、社会は企業を取り巻く様々な
ステークホルダー(利害関係者)、ガバナンスは環境・社会要因を含めた会社の意思決定を行う
仕組み、次にESG要因に注目が集まった背景には、投資家、特に運用機関や年金基金等機関
投資家にその価値が再評価されたためである。ESG投資は長らく社会的課題への関心が高い
個人投資家が好む投資手法と位置付けられ、投資信託の一部でのみ行われていがその状況に一
石を投じたのは2010年2月に公表。日本労働組合総連合会(連合)による、ワーカーズキ
ャピタル責任投資ガイドラインである。ワーカーズキャピタルを「労働者が拠出した、または
労働者のために拠出された資金」と定義し、企業年金、公的年金、労働組合の独自資金を指す
としている。同ガイドラインはそのワーカーズキャピタルの投資判断において、ESG要因を
考慮するように提言。ガイドライン公表により即座にワーカーズキャピタルでのESG投資の
拡大が見られたわけではないが、機関投資家でもESG投資が重要であるとし、その主流化のき
っかけを作ったという点で評価されている。

2014年には金融庁及び経済産業省がそれぞれESG投資推進につながる報告書を公表。2
月に金融庁は機関投資家の遵守すべき行動規範としてスチュワードシップ・コードを公表した。
その指針3-3では投資先企業について把握すべき内容として「投資先企業のガバナンスへの
対応など」を挙げ、財務要因だけでなく、ESG要因への考慮も明確に推奨された。同コード
は2017年5月に改訂されたが、その同指針では「投資先企業のガバナンス事業におけるリ
スク・収益機会(社会・環境問題に関連するものを含む)及びそうしたリスク・収益機会への対
応など」となっており、ESG要因を単なるリスクだけではなく、収益機会とも捉え、より現代
的な解釈となる一方、2014年8月に経済産業省は伊藤レポートを公表し、企業にESG要
因を含む中長期的な情報開示を充実させることを求める。さらにその情報を基に投資家との対
話・エングージメントも推奨しており、先述のスチュワードシップ・コードの指針に対応した
ものとなった。

2015年にはスチュワードシップ・コードを先行的に制定した欧州諸国の慣例に倣い、企業
及びその意思決定に大きな影響を及ぼす取締役会・監査役会の行動規範として、金融庁はコー
ポレートガバナンス・コードを施行した。ESG要因は5章構成の同コードの一つの章を占め、
経営の主要基盤としてこれまでになく大きく取り上げられた。関連する基本原則では「会社の
持続的成長と中長期的な企業価値の剔出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじ
めとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果である」とし、これは先
述のスチュワードシップ・コード改訂での「収益機会」という文言追加に繋がっている。 この
時系列的な変化に対応するように機関投資家はここ数年でESG投資を拡大させた。国内機関
投資家のESG投資において最も影響力があるのは最大の公的年金である年金積立金管理運用
独立行政法人(GPIF) の動向である。 GPIFは国内だけではなく、世界でも最大の公的年金であ
るため、海外でもその動向が注目されている。 GPIFは2014年5月にスチュワードシップ・
コードに署名したものの、この時点では明確にESG投資へ言及していなかった。 しかし翌
2015年に責任投資原則(PRI)にも署名したことで、ESG投資を本格的に推進していく姿勢
を明確化。 PRIとは2006年に提唱されたESG要因を投資の意思決定に組み込むための原
則であり、2017年4月時点で世界1,700以上の機関投資家及び関連サービス提供会社が
署名している。同原則は単に投資判断のみなら貳議決権行使やエングージメント、情報開示に
おいてもESG要因の反映等を求めており、局所的な対応ではなく、組織的なESG投資推進
が必要となる。すなわちGPIFのPRI署名は運用機関、調査機関、議決権行使助言機関等ESG
投資関連サービス提供機関、および投資先企業に大きな影響を及ぼす。

2016年にはスチュワードシップ活動の1つとして上場企業向けに運用機関及び企業の活動
について年次アンケートを開始し、両者の活動を把握するようになった。また同年、企業・ア
セットオーナーフォーラムを開始し、GPIF及びそれ以外の国内アセットオーナーと国内主要企
業の間での意見交換の場を設けた。これまで会合は2回行われたが、認識のすり合わせ、また
は最新動向の共有という点で互いに有益な場となってる。また同年にはグローバル・アセット
オーナーフォーラムも開始。同フォーラムは海外の主要公的年金基金との会合の場と説明され
ているが、ESG投資に関して後進のGPIFが先行しているアセットオーナーのベストプラクテ
ィスを学習し、アセットオーナーが共有する問題点について意見交換することで、GPIFのES
G投資推進体制の早期確立に寄与するものと期待されている。

2017年の最大の話題はGPIFによるESG3指数を選定し、ESGのインデックス運用を開始し
たことであろう。ESG全般に開する2指数及び女性活躍に注目したテーマ型Ⅰ指数に国内全
体の3%程度(1兆円程度)への投資を行なうというものである。今後環境に開するテーマ型指
数への投資のほか、将来的には国内株投資におけるESG指数に基づくパッシブ運用をアクテ
ィブ運用同様、さらに拡大を検討するとしている。このようにESG要因の重要性はますます
注目されており、それは今後も継続すると予想される。またESG指数と直接関連する上場企
業だけでなく、上場企業でも状況は同様である。プライベートエクイティ・ファンドや銀行融資
のデューデリジェンスに財務要因だけではなく、ESG要因が組み入れられるのは世界的なト
レンドとなりつつあり、日本でも関連するサービス提供が徐々に増えている。よく分からない
からという理由でESG要因を見過ごすのは得策ではない。

● 環境影響マトリックス利用で環境マネジメントシステムの有効活用

環境は最も馴染みの深い分野で、釈迦に説法となる可能性が高いが、投資家の視点を紹介した
い。環境と一ロにいっても、様々な分野があり、事業により重要性が大きく異なる。そのため、
❶自社にとっての重要性、❷自社が取り組んでいる項目のそれぞれについて、下表2のような
環境影響マトリックスを作成してみると良い。最も左の列はいわゆる環境影響と言われたとき
に取り上げられる項目。昨今最も注目を集めているのは気候変動である。気候変動緩和は省エ
ネや再エネ等で温室効果ガス排出削減の取り組みである。一方気候変動適応は既にゲリラ豪雨
や落雷の増加等気候変動が実際に起こっているとして、その被害害を最小限にする取り組みで
ある。事業継続計画(BCP)で自然災害の一部として考慮している企業も多い。大気汚染・
水質汚濁は公害問題として1970年代より議論されており、削減が望ましい。一方廃棄物と
水処理については排出量もしくは使用量の削減とともにリユース・リサイクルも考慮すべき項
目である。最後の生物多様性は気候変動とともに最も注目を集めている環境影響である。外来
種の持ち込みにより元来存在した生態系が破壊されるということも含まれる。一方それぞれの
環境影響は発生するステージによっても分類する必要がある。最初に考えるべきなのは、当然
自社事業での影響である。しかし投資家の関心はそれにとどまらず、サプライチェーン及び製
品・サービス提供での環境影響にも及んでいる。サプライチェーンについてはグリーン調達と
して慣行は、一般的になりつつあるが、そこでの要求事項を指している。一方製品・サービス
での環境影響は本誌で多数紹介されている環境ソリューションである。それぞれどの環境影響
について何をなすべきか、現在何か出来ているかを投資家は知りたいと考えている。



環境影響マトリックスにおいて重要性を認識しつつも現在取り組みが進んでいない分野こそ対
策が必要といえる。例えば気候変動適応の事例として建設現場での熱中症を考えてみよう。こ
れは建設会社にとっては「自社事業」における「気候変動適応」の課題といえる。既に何か対策
が講じていれば、その効果を検証すればよいが、そうでなければ対策を講じなければならない
。十方、建設会社に気象回報や、具体的な対策ツールとして遮光ネット、大型扇風機やドライ
ミストを提供する会社は同分野で「製品・サービス」における貢献といえる。一方同じ気候変
動適応でも河川の決壊を含む水害の例では、河川近辺に製造拠点を持つ会社にとっては「自社
事業」において留意すべきリスクであるが、河川整備需要の高まりは建設会社にとっては「製
品・サービス」における貢献の機会といえる。

しかし、環境マネジメントシステムはあくまで環境影響を把握・管理するための仕組みであり、
それ自体は環境影響把握の適切性、さらに環境影響の低減を保証するものではない点に注意が
必要だ。仕組みが存在していても、その利用者が理想的な状態と現実の取り組みのギャップを
認識し、具体的な対応策を把握していなければ環境マネジメントシステムは「宝の持ち腐れ」と
なる(出典:「連載 CSRからESGへ 環境への取り組みが企業価値を高める」、環境ビ
ジネス 2017年秋季号)。

ブラック企業は生き残れないぞ!

  
  ● 今夜の一曲

EXILE THE SECOND  Route 66
「Route 66」(ルート・シックスティーシックス)は、EXILE THE SECONDの8枚目のシング
ルとして2017年9月27日にrhythm zoneから発売。この曲で完全復調だ(勿、この俺)!

   

格差と分断

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                                        梁恵王篇  / 孟子        

                                                              

         ※  流れに抗して――権謀と功利の渦巻く時代。孟子の遊説は梁に始ま
        り、斉へ向かう。あいつぐ敗戦から立ちなおろうと富強政策に懸命
        な梁の恵王、天下の郭者を夢みている野心家の斉の宣王、孟子はこ
        れらの諸侯に向かって仁義と王道政治を説く。
        
        性善説を唱え、民衆の真の幸福を仁義ある王道政治に求めた論客・
        孟子。欲望のままに功利をむさぼり、激烈な権力闘争を続ける戦国
        の世の中に対して、目先の利益のみを追う愚かさを説く。

      ※ ことば 「五十歩をもって百歩を笑わばいかん」
            「仁者に敵なし」
            「君子は庖厨を遠ざく」
            「なさざるなり。能わざるにあらざるなり」
            「木に縁りて魚を求むるがごとし」
            「恒産なければ、よりて恒心なし」
            「故国とは喬木あるの龍にあらざるなり。世臣あるの謂な
            り」
            「君子は、その人を養うゆえんのものをもって人を害せず」        
        
        

【自然石の薪ストーブ】

  
※ 詳細は上写真ダブクリ


  No.75 

【パワー半導体篇:電力損失世界最小のSiCパワー半導体素子 Ⅱ】

 

 Mar. 30, 2017


9月22日、三菱電機株式会社は、電流を高速遮断保護回路無しで使える、電力損失が世界最
小の炭化 ケイ素 (SiC)半導体素子の開発公表したことを掲載したが、今回は製造方法の参考
に下記の特許事例(株式会社日立製作所)を補足追加しておきその価値と開発課題を追加する。

❏ WO2016/084141 半導体スイッチング素子および炭化珪素半導体装置の製造方法 

【概要】 

炭化珪素(SiC)は、シリコンと比べてバンドギャップが大きく、絶縁破壊電界も1桁程度
大きいという特徴がある。このため、次世代のパワーデバイスとして有望視され、ダイオード
やトランジスタなど様々なデバイスの研究がなされている。特にSiC-MOSFET(MetAl-
Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)は、高耐圧、低損失、高速スイッチングが理論的に
可能な素子であり、現在、主流となっているSi-IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)
を置き換えることで電力損失を大幅に低減できると期待され、SiC-MOSFETの研究開
発が盛んに行われている。SiCはSiに比べてバンドギャップが広く、高い絶縁破壊強度を
有するが、その分SiC-MOSFETやSiC-IGBTではゲート絶縁膜にかかる電界が問
題となる。

このため、ゲート絶縁膜に掛かる電界に偏りが無い様、対称性の良い構造にする事が求められ
る。SiC-DMOSFET(Double-Diffused MOSTET)では、電流密度向上を目的に、チャネル幅(W)
を長くすることが求められる。チャネル幅(W)を長く出来、対称性の良い構造として、p型ベー
ス領域を矩形、六角形にして並べる構造や、p型ベース領域を長辺の長い矩形とし、p型ベース
領域の長辺端部同士を接続する構造が良く知られている。以下では、矩形のp型ベース領域を正
方格子状に並べて配置した構造をBOX構造と称し、p型ベース領域を長辺の長い矩形とし、p
型ベース領域の長辺端部同士を接続する構造をString構造と称す。

下図1はBOX構造における従来の一般的なSiC-DMOSFETのセルのパターン配置を
示す上面図である。p型ベース領域10、ソース領域20、ベースコンタクト領域11の位置
関係を示している。ここで(単位)セルとは、少なくともベース領域10とソース領域20を
備える単位をいうものとする。図2はString構造における従来の一般的なSiC-DM
OSFETのセルのパターン配置を示す上面図である。おなじく、p型ベース領域10、ソー
ス領域20、ベースコンタクト領域11の位置関係を示している。  

Jun. 2, 2015

下図3は図1及び、図2のB-B’における断面図である。図3において、1は基板,2はド
リフト層,10はベース領域,11はベースコンタクト領域,20はソース領域,21はドレ
イン領域,32はゲート絶縁膜,33は層間膜,40はゲート材料膜,41はソースベースコ
ンタクト共通電極,42はドレインコンタクト電極,51はソースベース共通コンタクト、5
2はドレインコンタクトである。図3に示すようなSiC-DMOSFETは、n+型の炭化
珪素基板上1に、n-型ドリフト層2とp型ベース領域10をエピタキシャル成長やイオン注
入によって形成し、n+型のソース領域20とp+型のベースコンタクト領域11とn+型の
ドレイン領域21をイオン注入によって形成する。この様な炭化珪素基板に対し、熱酸化法や
堆積酸化膜を利用してゲート絶縁膜32を形成し、ゲート絶縁膜32を介してゲート電極を形
成する。更に、n+型のソース領域20とp+型のベースコンタクト領域11に接するように
、ソースベース共通コンタクト51と、ドレインコンタクト電極42と、層間膜33、表面保
護膜を形成する事で、SiC-DMOSFETが完成する。
 
下図4はBOX構造における電界集中点を示す。DMOSFETがオフの時、即ちゲート電極に
オン電圧以下の電圧が印加されており、ドレインコンタクト電極に電圧が印加されている場合、
図3、図4に示すように、BOX構造においては、セルに囲まれたJFET領域の中心に電界が集
中し、ゲート絶縁膜に掛かる電界強度が高くなる事が知られている。また、図2、図3に示す
ようにString構造においては、p型ベース領域に挟まれたJFET領域の中心線上に電界が集中し、
ゲート絶縁膜に掛かる電界強度が高くなる事が知られている。このゲート絶縁膜に掛かる電界
を緩和することを目的に、BOX構造における電界集中領域にp型やp+型の電界緩和領域を追
加する発明がある。

SiC結晶を電子デバイス用途で用いるためには、異なるポリタイプの混在がないSiC単結
晶のエピタキシャル成長技術が重要となる。品質の良いエピタキシャル成長技術としてステッ
プフロー成長法がよく用いられている。ステップフロー成長とは、例えば{0001}面等の結晶面
から数度(例えば4度、8度)のオフセット角(=オフ角)を導入した面に対して、エピタキシャル
成長を行う方法である。例えば図3の構成では、基板1表面にオフ角を導入し、その上にエピ
タキシャル成長を行う。

図5はステップフロー成長を用いたエピタキシャルウェハの表面形状を示す断面図である。図
5A、5Bに示すようにこのステップフロー成長を用いたエピタキシャルウェハには原理的に
オフ角が存在しており、{0001}面はウェハ表面に対してオフ角(例えば2度~8度、以下実施
例では主に4度を例にする)の分だけ傾いた左右非対称な結晶となっている。ウェハ表面(主
面)1800は幾何学的には、基板表面の最も低い点あるいは高い点を結んだ平面と考えることが
できる。なお、図5は原理図のため、実際の製品では面や角が、厳密な平面や角を構成してい
ない場合もある。実質的には、ウェハ表面の微細な凹凸を平均化あるいは無視した面と考える
ことができる。便宜的には、ウェハを例えば図3に示した板形状の物体として把握した場合、
その表面と考えればよい。以下では、最も面積の広い面(図5では{0001}面)を階段の踏み面
に見立て、階段の上段側をアップステップ側、下段側をダウンステップ側と呼ぶ。更に、アッ
プステップ側からダウンステップ側に向かう方向をオフ方向と定義する。

 

下図6は,2次元モンテカルロシミュレーションによる,アルミニウムイオン(Al+)の4H-
SiC基板上のエピタキシャル層への注入の計算機実験の結果。アルミニウムイオンは基板表
面に垂直に入射しているものとする。図5に示したようなオフ角に起因する結晶の非対称を考
慮し、イオン注入プロファイルの計算をおこなうと、イオン注入が深くなるにつれて、アップ
ステップ側よりもダウンステップ側のプロファイルの方が結晶内に広がる事が判った。これは、
エピタキシャル層の表面がオフ角をもつため,注入時にAl+イオンが受ける散乱の影響が[11-20]
方向と[-1-1-20]方向とで異なるためである。このAlの分布の拡がりの違いのために,[11-20]方
向の方が[-1-120]方向よりもマスクエッジの下方でのAlの濃度分布の曲率が大きくなり、注入後
のAlの拡散範囲が広い。これは、ゲート酸化膜にかかる電界の電界緩和効果がセルのアップス
テップ側よりもダウンステップ側の方が大きい事をしめす。

下図7は上記の電界緩和効果のかたよりによる、BOX構造における電界集中点のずれを示す。
平面図。下図8は上記の電界緩和効果のかたよりによる、String構造における電界集中点のずれ
を示す平面図。ゲート酸化膜にかかる電界が強くなる点は、例えば図7に示すBOX構造におい
ては、セルに囲まれたJFET領域の中心からダウンステップ方向へシフトする。図8に示すString
構造においては、p型ベース領域に挟まれたJFET領域の中心線上からダウンステップ方向へシ
フトする。ゲート酸化膜にかかる電界が強くなる点がダウンステップ方向へシフトする事によ
り従来構造ではゲート絶縁膜における耐圧の低下や、設計との相違が生じ、問題となる。本件
はこれらの課題をふまえ、耐圧特性に優れるSiC-DMOSFET及びSiC-IGBTを
提供する事にある。





このため、第1導電型の炭化ケイ素半導体基板と、半導体基板の主面上に形成された第1導電
型のドリフト領域と、ドリフト領域の表層に形成された第2導電型のベース領域と、を備え、
第2導電型のベース領域の形状は、オフ方向と反対方向の第1導電型のドリフト領域の表面に
おける第2導電型の不純物注入領域の冶金学的境界の水平方向拡がり端において、第1導電型
のドリフト領域と第2導電型の不純物注入領域の冶金学的境界とがなす角度が90度未満とな
る特徴を備えることで問題を解決する(下図9参照)。このことで、炭化ケイ素を用いた半導
体装置およびその半導体装置の製造方法、ならびにその半導体装置を用いたパワーモジュール、
インバータ、自動車および鉄道車両に適用できる。

【符号の説明】

1 炭化珪素基板 2 炭化珪素層 10 ベース領域 11 ベースコンタクト領域 20 ソ
ース領域 21 ドレイン領域 30 マスク 32 ゲート絶縁膜 33 層間膜 40 ゲート
材料膜 41 ソースベースコンタクト共通電極 42 ドレインコンタクト電極 51 ソース
ベース共通コンタクト 52 ドレインコンタクト 60 電界緩和領域 100 第一のベース
領域 101 第二のベース領域 301 負荷 302 パワーモジュール 303 制御回路 
304 SiC-MOSFET 305 ダイオード 306~312 端子 401負荷 402
パワーモジュール 403 制御回路 404 SiC-MOSFET 405~411 端子
501a 駆動輪 501b 駆動輪 502 駆動軸 503 3相モータ 504 インバータ
505 バッテリ 506  電力ライン 507 電力ライン 508 昇圧コンバータ 509
リレー 510 電子制御ユニット 511 リアクトル 512 平滑用コンデンサ 513
インバータ 514 SiC-MOSFET 601 負荷 602 インバータ 607 コンバ
ータ 608 キャパシタ 609 トランス OW 架線 PG パンタグラフ RT 線路 
WH  車輪 
 

 【特許請求の範囲】 

第1導電型の半導体基板と、前記半導体基板上に形成された第1導電型のドリフト領域
と、前記ドリフト領域の表層に間隔を開けて形成された第1及び第2の単位セルと、前
記第1及び第2の単位セルに跨るように形成されたゲート絶縁膜と、前記ゲート絶縁膜
上に形成されたゲート電極を備え、前記単位セルの其々は、第2導電型のベース領域と、
前記ベース領域において表層にそのベース領域に囲まれるように形成された第1導電型
のソース領域と、を有し、前記ゲート絶縁膜は、前記第1の単位セルの前記ソース領域
の少なくとも一部、前記ベース領域の少なくとも一部、に被るように形成され、 前記
第2の単位セルの前記ソース領域の少なくとも一部、前記ベース領域の少なくとも一部、
に被るように形成され、前記ドリフト領域の少なくとも一部、に被る様に形成されてお
り、前記ゲート絶縁膜下における、前記ベース領域のオフ方向に沿った断面形状は、前
記ベース領域の、前記オフ方向と反対方向の、第2導電型の不純物注入領域の冶金学的
境界の水平方向拡がり端において、 前記ドリフト領域の表面近傍における、前記ドリフ
ト領域と前記第2導電型の不純物注入領域の冶金学的境界がなす角度が90度未満とな
ることを特徴とする半導体スイッチング素子。 前記ゲート電極下における、前記第2導電型の不純物注入領域である前記ベース領域の
水平方向拡がりが、アップステップ側の前記単位セルとダウンステップ側の前記単位セ
ルとで、略対称となることを特徴とする請求項1記載の半導体スイッチング素子。
前記半導体基板がn型4H-SiC基板であり、表面が(0001)面から[11-2
0]方向へ2度~8度オフしたことを特徴とする請求項1記載の半導体スイッチング素
子。 前記ベース領域は、前記第2導電型の不純物を前記基板表面に対して斜め方向に注入し
て形成されたことを特徴とする請求項1記載の半導体スイッチング素子。 第1導電型の半導体基板と、前記半導体基板上に形成された第1導電型のドリフト領域
と、前記ドリフト領域の表層に間隔を開けて形成された第1及び第2の単位セルと、前
記第1及び第2の単位セルに跨るように形成されたゲート絶縁膜と、前記ゲート絶縁膜
上に形成されたゲート電極を備え、前記単位セルの其々は、第2導電型のベース領域と、
前記ベース領域において表層にそのベース領域に囲まれるように形成された第1導電型
のソース領域と、を有し、前記ゲート絶縁膜は、前記第1の単位セルの前記ソース領域
の少なくとも一部、前記ベース領域の少なくとも一部、に被るように形成され、前記第
2の単位セルの前記ソース領域の少なくとも一部、前記ベース領域の少なくとも一部、
に被るように形成され、前記ドリフト領域の少なくとも一部、に被る様に形成されてお
り、  前記ベース領域は、前記ドリフト領域の表層に形成された第2導電型の第一のベ
ース領域と第2導電型の第二のベース領域を備え、前記第一のベース領域は前記第二の
ベース領域よりも浅い位置に形成され、前記第二のベース領域は、前記第一のベース領
域の下部に前記第一のベース領域と一部重なるように形成されていることを特徴とする
半導体スイッチング素子。 前記ゲート電極下における、前記第一のベース領域のオフ方向に沿った断面形状は、前
記第一のベース領域の、前記オフ方向と反対方向の、第2導電型の不純物注入領域の冶
金学的境界の水平方向拡がり端において、前記ドリフト領域の表面近傍における、前記
ドリフト領域と前記第一のベース領域の不純物注入領域の冶金学的境界とがなす角度が
90度以上となる特徴を有する請求項5記載の半導体スイッチング素子。 前記第二のベース領域のアップステップ側における前記ドリフト領域との冶金学的境界
は、前記第一のベース領域の前記ドリフト領域との冶金学的境界よりも、アップステッ
プ側に突出している特徴を有する請求項5記載の半導体スイッチング素子。 前記第一のベース領域と、第二のベース領域の境界付近における冶金学的境界に角部が
ある事を特徴とする請求項5記載の半導体スイッチング素子。 前記ゲート電極下における、前記第2導電型の不純物注入領域である前記ベース領域の
水平方向拡がりが、アップステップ側の前記単位セルとダウンステップ側の前記単位セ
ルとで、略対称となることを特徴とする請求項5記載の半導体スイッチング素子。 前記、第1導電型の炭化ケイ素半導体基板がn型4H-SiC基板であり、表面が(0
001)面から[11-20]方向へ4度~8度オフした特徴を有する請求項5記載の
半導体スイッチング素子。 前記第一のベース領域と第二のベース領域は、異なるマスクを用い、前記第2導電型の
不純物を前記基板表面に対して注入して形成されたことを特徴とする請求項5記載の半
導体スイッチング素子。 前記第一のベース領域は、前記ソース領域を形成するのに用いたマスクを用い、前記第
2導電型の不純物を前記基板表面に対して複数方向から斜め方向に注入して形成された
ことを特徴とする請求項5記載の半導体スイッチング素子。 第1導電型の炭化珪素半導体基板表面にステップフロー成長により第1導電型の炭化珪
素ドリフト層を形成する工程と、第2導電型のベース領域を形成する工程と、第1導電
型のソース領域を形成する工程と、第2導電型のベースコンタクト領域を形成する工程
と  第1導電型のドレイン領域を形成する工程と、を備え、2導電型のベース領域をウェ
ハ表面に対して斜めにイオン注入して形成する事を特徴とする炭化珪素半導体装置の製
造方法。 前記第2導電型のベース領域を形成する工程において、前記炭化珪素半導体基板として、
表面が(0001)面から[11-20]方向へ4度オフしたn型4H-SiC基板を
用い、前記第1導電型の炭化珪素ドリフト層の表面に、Alを[000-1]方向から
[-1-120]方向へ0度以上4度未満、または、[000-1]方向から[11-
20]方向へ0度以上12度以下の範囲の傾斜した方向にイオン注入する事を特徴とす
る請求項13記載の炭化珪素半導体装置の製造方法。 前記第2導電型のベース領域を形成する工程において、炭化珪素ドリフト層の表面に垂
直にイオン注入する工程と、斜めにイオン注入する工程を有することを特徴とする請求項
13記載の炭化珪素半導体装置の製造方法。 



【自動操縦のシャトルドローン】 

 

かって、『縄すてまじ』 で、自律型メガフロート型空港と空港と最寄り上陸ターミナ間の自動操縦型
ドローンシャトルの提案をしたが、後者の試作機が現実のものとなっている。凄い時代である(
詳細は上写真ダブクリ)。

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

   第53章 火掻き棒だったかもしれない  

 いくらか明るくはなったものの、相変わらずそこには匂いもなく物音もしなかった。やがて暗
くて狭い通路が終わり、私はほとんど唐突に開けた空間に足を踏み出した。頭上を見上げると、
そこには空はなかった。遥か高いところに乳白色の天井らしきものがあるようにも見えたが、正
確なところはわからない。そしてあたりはほんのりとした談い光で照らされていた。まるでたく
さんの発光虫が集まって世界を照らしているような不思議な光だった。もう真っ暗ではないこと
と、もう身を屈めなくてもよくなったことで、私はようやく一息つくことができた。

 通路を出ると、足元はごつごつとした岩盤に変わっていた。遥というようなものはなく、ただ
岩盤に覆われた荒野が見渡す限り続いているだけだった。長く続いた下降は終了し、地面は今で
は緩やかな上り坂に変わっていた。私は足元に気を配りながら、どこに向かうというあてもなく、
ただ前方に歩を進めていった。腕時計に目をやったが、その針はもう何も意味していなかった。
それが何も意味していないことが私にはすぐ理解できた。私が身につけているほかのものもやは
り、そこではもう何の実質的な意味も持っていなかった。キー・リング、財布と運転免許証、い
くらかの小銭、ハンカチ、私か持っているのはせいぜいその程度のものだった。しかしその中に、
今の私を肋けてくれそうなものはひとつとして見当らなかった。

 歩くにつれて坂の勾配は急になり、やがて両手と両足を使って丘の斜面を文字通りよじ登るよ
うな格好になった。その頂上まで登りきれば、あたりが見通せるようになるかもしれない。だか
ら息を切らせながらも休むことなく、斜面を登っていった。相変わらずどのような音も私の耳に
は屈かなかった。私か耳にするのは、自分の手足が立てる物音だけだった。そしてその音でさえ
どことなく作りもののようで、本当の音には聞こえなかった。見渡すかぎりそこには一本の樹木
もなく、草もなく、一羽の鳥も飛ばなかった。風さえ吹いていなかった。勤いているものといえ
ば、この私だけだ。まるで時が止まってしまったかのようにすべてが静止し、沈黙していた。

 ようやく丘の頂上に登りつくと、予想していたとおり周囲一帯を広く見渡すことができた。し
かし一面に白っぽい霞のようなものがかかっていて、期待していたほど遠方までは見通せなかっ
た。私にわかったのは、少なくとも目の届く限り、そこは生命のしるしひとつ見えない不毛の上
地であるらしいということくらいだった。岩だらけのごつごつとした荒野がすべての方向に続い
ている。そして相変わらず空は見えない。乳白色の天井が(あるいは天井のように見えるもの
が)すっぽりかぷさっているだけだ。宇宙船の故障で、無人の未知の惑星に一人で降り立った宇
宙飛行士になったような気がした。そこに僅かなりとも光があり、吸える空気があることだけで
も感謝するべきなのだろう。

 じっと耳を澄ませていると、何か微かな音が聞こえてくるような気がした。最初はただの錯覚
か、あるいは私の内部で生まれる耳鳴りのようなものかと思ったが、そのうちにそれが何らかの
自然現象が立てる継続的な現実の音であることがわかってきた。どうやら水の流れる音であるら
しい。あるいはそれが顔ながの言っていた川なのかもしれない。とにかく私は薄暗い光の中、水
音のする方に向けて、足元に注意しながら不揃いな斜面を下っていった。

 水の音に耳を澄ませているうちに、ひどく喉が渇いていることに気がついた。考えてみればず
いぶん長いあいだ歩きっぱなしで、水分をまったくとっていなかった。でもおそらく緊張してい
たせいだろう、水のことなんて頭に浮かびもしなかった。しかし川の音を聞いていると、急にた
まらないほど水が飲みたくなってきた。とはいえ、果たしてその川の水は――もし音を発してい
るのが本当に川であったとすればだが――人間の飲用に適したものだろうか? 濁った泥水かも
しれないし、何か危険な物質や病原菌を含んだ水かもしれない。あるいは手では掬えない、ただ
のメタファーとしての水に過ぎないかもしれない。しかしとりあえず実際に行って確かめてみる
しかあるまい。

                                     この項つづく 


● 今夜の寸評:格差と分断

トランプ米国大統領法人税を15%への引き下げ、富裕層にかかる相続税は廃止する 3.8%分は
医療保険制度改革法(オバマケア)に当てる株式などへの譲渡益に課税するキャピタルゲイン税
は税率を23.8%から20%に下げと発表。同じく、マクロン仏大統領は、高額所得者に課す税金を
廃止する一方で、低所得者向けの住宅補助を削減を発表しているが、いずれも、富裕層の優遇に
つながり、社会の不平等を拡大させる「格差増大」「国民の分断」をさらに加速させ不安定さを
拡大させる憂慮である。 

   

薬膳スープ小考

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                                        梁恵王篇  / 孟子        

                                                              

         ※  仁義こそすべて:孟子が梁の恵王に謁見した。恵王が言った。「先生、
        遠路もいとわず、わざわざおいでくださったについては、さだめしわ
        が国の利益となる妙策をお持ちのことでしょうな」 孟子は笞えた。
        「どうしてそう利益、利益とおっしゃるのです。大切なのは仁義です。
        王侯は、国の利益しか考えない。大臣は、一家の利益しか考えない。
        役人や庶民も、わが身の利益しか考えない。こうしてめいめい利益ば
        かりを追求しているから、国が滅びるのです。万乗の国の里を殺すの
        はきまって千乗の大臣、千乗の国の王を殺すのはきまって百果の大臣
        です。万乗の国で千乗の禄を食み、千乗の国で百乗の禄を食めば、そ
        れでもう不足はないはずです。それに満足せず、国全部を奪おうとす
        るのは、かれらが仁義をさしおいて利益第一に考えているからです。
        仁の心がありながら親をすてた例はなく、義の道をふみながら主君を
        ないがしろにした例はありません。王よ、どうか仁義を口にしてくだ
        さい。どうして利益などとおっしゃるのです」

        〈梁〉戦国の七雄の一つ、魏の国のこと。当時、都を安邑か(あんゆ
        う)から大栄(現在の河南省開封)に選したので、梁ともいうのであ
        る。
        〈万乗の同〉戦争のとき、兵車を一万台出す国のことで、本来は天子
        を指す言葉であったが、当時は大諸侯の国を意味した。

        【解説】 功利主義は両刃の剣である。利益を狙うものは、自分もま
        た狙われる。弱肉強食の時代にありながら、いや、そういう時代であ
        ればこそ、孟子は為政者に高い倫理性を要求する。仁義は、いうまで
        もなく孟子の思想の根幹であり、全篇を員く主題である。最後のリフ
        レインには、大同の王を相手に一歩もひかず、堂々と仁義を高唱する
        孟子の気魄と自信のほどがうかがわれる。 

 



【シャーレからコリーナの秋日和】



気分転換に彼女と湖岸を走る。途中、大きなキャンピングカーと出会す。国民休暇村から水ヵ浜への
道は細く驚くも、それほど訪れる人が多いのだろう。マスターも依然より元気そうにみえた。その足
でラ・コリーナに向かう。稲刈りが粗方終えた丘には、秋晴れを楽しむ訪問者が秋日和満喫していた。

   No.76

【ソーラータイル事業篇:チオシアン酸銅系ペロブスカイト型太陽電池】

● ペロブスカイト太陽電池、材料や寿命の課題が大幅改善

 9月29日、スイスの大学 Ecole Polytechnique Federale de Lausanne (EPFL)は、これまでになく長寿
命のペロブスカイト太陽電池を開発したことを公表する。高価な材料を使わず、変換効率は20.2%
と高く――フッ素添加の酸化スズ(FTO)基板上に電子輸送層のTiO2層、光吸収層のペロブスカイト
層、正孔抽出層のチオシアン酸銅(CuSCN)、安定化のための還元型酸化グラフェン(rGO)、そし
て金(Au)電極を積層する。これまで高効率太陽電池のペロブスカイト層と電極との間にはspiro-OM
eTADという有機系の正孔輸送材料が用いていたが、spiro-OMeTAD(2,2,7,7-tetrakis(N,N-di-p-methoxyph-
enylamine)-9,9-spirobifluorene)は1gが5万円超と非常に高価である。しかも、spiro-OMeTADは緻密な
層を作るのが難しく、多数開いた“穴”から水分やドーピング材料電極の金属成分などが侵入してペ
ロブスカイト層を痛め寿命の点で課題があった。その中で、チオシアン酸銅(CuSCN)は、正孔の移
動度の高さ、材料コストの安さ、高温耐性の高さ、そして電極との間での正孔の流れやすさの点で非
常に高い性能を示すことが以前から知られていた。しかし、チオシアン酸銅は1gで約50円程度と
従来のspiro-OMeTADの約千分の1であるが、チオシアン酸銅の溶媒が肝心のペロブスカイト層を溶か
してしまうのである。このため、変換効率はあまり高まらず、寿命についても、短さが課題とされるs
piro-OMeTADよりも短くなる。

 Sep. 28, 2017

この対策として、極性溶媒のジエチルサルファイド(DES)で、ペロブスカイト層の上に普通に塗布
すると同層を溶かしてしまう。このため、基板を1分間に5千0回(rpm)と高速に回し、その上にCu
SCN/DEGの液滴を落とし、短時間乾燥させることで、ペロブスカイト層をほとんど傷めずに約60
ナノメートルの厚さを均一に成膜し、変換効率は約20%と向上させることに成功している。ところ
が、太陽光を照射して発電させると、変換効率は最初の24時間で初期値の50%以下に寿命低下し
てしまう。一方、チオシアン酸銅(CuSCN)と金(Au)電極の間に還元型酸化グラフェン(rGO)を
配置すると、寿命が劇的に改善、60℃の下で太陽光を千時間時間照射しても、変換効率は初期値の
95%以上に維持される。なお、還元型酸化グラフェン(rGO)は、一度酸化したグラフェンを再び
還元たもの。このように、チオシアン酸銅(CuSCN)とペロブスカイト層間の界面の反応よりも、金
(Au)電極とチオシアン酸銅(CuSCN)間の界面化学反応が主因で寿命が短かくなるのは、還元型酸
化グラフェン(rGO)がチオシアン酸銅(CuSCN)と金(Au)電極の直接接触を防いだことで、性能
劣化が大幅に逓減する。また、試作太陽電池の変換効率は安定化後で20.2%。spiro-OMeTADを用
いた場合の同20.5%に迫る値を記録。チオシアン酸銅(CuSCN)がspiro-OMeTADを上回る性能を
示すことや、spiro-OMeTADやポリトリアリルアミン半導体(PTAA)では必要なドーピングが不要で
ある。


DOI: 10.1126/science.aam5655  



【全天球カメラがスマホ用チップとセットする時代】

9月15日、リコーから360度全天カメラ「RICOH THETA V」(THETA V)が発売。THETAは前後に
カメラを持ち合成された全天画像を得られることから、ヒット商品となり、その後の多くの製品の先
駆けとなる。Samsung Electronicsの「Gear 360」やスマートフォンの端子に接続して360度画を撮影で
きる「INSTA-ONE」(ハフスコ)などが現在は話題に上ることが多い。また単眼カメラに広角レンズ
を組み合わせた全天カメラは、新興メーカー、中国メーカーなどからも続々と生み出されている。そ
のような全天カメラのブームの先駆者の1つが「THETA」だ。最初の製品は2013年に製品化され、
2017年に発売になったTHETA Vは5代目。360度データをTHETA Vでは4K動画を記録できる
ように大幅な進化を遂げている。また従来はWi-Fiだけであった通信機能にBluetoothも加わり、新たに
マイクロフォン端子も備わっている。基本的な外観はキープコンセプト。握りやすい形状で操作ボタ
ンの位置なども大きく変わっていない。製品のバージョンは外観だけで見分けがつかない。THETA V
の側面に製品名の記載があることが唯一の外観差というほどに、酷似したものになっている。

❏ 蟄居事例: 特開2017-175616  撮像装置、画像処理装置および方法

【概要】

魚眼レンズや超広角レンズなどの広角なレンズを複数使用して全方位(=全天球という。)を一度に
撮像する全天球撮像システムが知られている。全天球撮像システムでは、各々のレンズからの像をセ
ンサ面に投影し、得られる各画像を画像処理により結合することで、全天球画像を生成する。例えば、
180度を超える画角を有する2つの広角なレンズを用いて、全天球画像を生成することができる。
画像処理では、各レンズ光学系により撮影された部分画像に対して、所定の射影モデルに基づいて、
また理想的なモデルからの歪みを考慮して、歪み補正および射影変換を施す。そして、部分画像に含
まれる重複部分を用いて部分画像をつなぎ合わせ、1枚の全天球画像とする処理が行われる。画像を
つなぎ合わせる処理においては、部分画像間の重複部分において、パターンマッチングなどを用いて
被写体が重なる位置が検出されるが、魚眼レンズで撮影されたような比較的歪み量の大きな部分画像
の場合は、重複領域を有する複数の部分画像間で、同じ被写体を撮影している場合でも、歪み方は個
々異なってしまうため、パターンマッチングにより充分な精度で位置を検出することが難しかった。
したがって、部分画像を良好につなぎ合わせることができず、得られる全天球画像の品質が低下して
しまう。また、平面座標で表現された複数の画像をつなぎ合わせる技術では、魚眼レンズのような歪
みの大きなレンズを用いる撮像装置において、充分な精度でつなぎ位置を検出することが難しく、複
数の魚眼レンズを一例として、予め既知のターゲット・ボードを用いて撮像することによってマッピ
ングテーブルを生成する技術は、位置合わせの精度が不十分である。そこで、下図のように、複数の
結像光学系により集光された光に基づく画像から全天球画像を生成するための撮像装置、画像処理装
置および方法の提供にあって、撮像装置10は、光を集光する複数の結像光学系20A,20Bと、
複数の結像光学系で集光された光を画像に変換する撮像素子22A,22Bと、傾き情報を取得する
センサと、を有する。複数の結像光学系は、重複する領域を集光しており、撮像装置は、傾き情報に
基づいて、画像から全天球画像を生成する手段で解決する(詳細は図1ダブクリクリック)。

 Sep. 28,2017

【符号の説明】

10,300…全天球撮像システム、12…撮像体、14…筐体、18…シャッター・ボタン、
20…結像光学系、22…固体撮像素子、100…プロセッサ、102…鏡胴ユニット,
108…ISP、110,122…DMAC、112…アービタ(ARBMEMC)、
114…MEMC、116,138…SDRAM、118…歪曲補正・画像合成ブロック、
120…3軸加速度センサ、124…画像処理ブロック、126…画像データ転送部、
128…SDRAMC、130…CPU、132…リサイズブロック、134…JPEGブロック、
136…H.264ブロック、140…メモリカード制御ブロック、142…メモリカードスロット、
144…フラッシュROM、146…USBブロック、148…USBコネクタ、
150…ペリフェラル・ブロック、152…音声ユニット、154…スピーカ、156…マイク、
158…シリアルブロック、160…無線NIC、162…LCDドライバ、164…LCDモニタ、
166…電源スイッチ、168…ブリッジ、200…機能ブロック、202…位置検出用歪み補正部、
204…つなぎ位置検出部、206…テーブル修正部、208…テーブル生成部、
210…画像合成用歪み補正部、212…画像合成部、214…表示画像生成部、
220…位置検出用変換テーブル、220…検出結果データ、224…画像合成用変換テーブル、
310…全天球撮像装置、330…コンピュータ装置、332…USBI/F、334…無線NIC


● 関連企業の株価動向

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

   第53章 火掻き棒だったかもしれない  

  私は崖に挟まれた道を、ひたすら前に連んでいった。あたりにはやはり一本の木も、一握りの
 雑草も生えていなかった。生命を持ったものはとこにも見当たらない。目につくのはただ沈黙す
 る岩の連なりだけだ。潤いのない単色の世界だった。まるで画家が途中で興味を失い、彩色する
 ことを放棄してしまった風景画のようだ。私の足音もほとんど無音に近かった。まわりの岩がす
 べての音をその内部に吸い込んでしまうみたいだった。

  道はおおむね平らだったが、やがてだらだらとした上り坂になった。時間をかけてその岩場を
 登り切ると、岩が尖った背になって続いているところに出た。そこから身を乗り出して、私はよ
 うやく川の姿を視界に収めることができた。水音は前よりもずっと鮮明に聞こえた。
  さして大きな川には見えなかった。川幅はおそらく五メートルか六メートル、その程度のもの
 だ。しかし流れはずいぶん通そうだった。どれくらいの深さがあるのかもわからない。ところど
 ころで不規則なさざ波が立っているのを見ると、水面の下は不揃いな地形になっているようだ。
 川は岩だらけの大地をまっすぐ横切るように流れていた。私は岩の背を越え、急な勾配の岩場を
 下ってその川に近づいていった。

  川の水が右から左に勢いよく流れているのを目の前にすると、私はいくらか落ち着いた気持ち
 になることができた。少なくとも大量の水が実際に移勤していた。それは地形に沿ってどこかか
 らどこかへと向かっていた。ほかに何ひとつとして勤くものがないこの世界で、風さえ吹かない
 世界で、川の水だけが動いている。そしてその水音をあたりにしっかり響かせている。そう、こ
 こはまったく勤きを欠いた世界ではないのだ。そのことが私を少しばかりほっとさせた。

  川べりに着くと、私はまず岸辺に屈み込んで、手に水を掬ってみた。心地よく冷ややかな水だ
 った。まるで雪解けの水を集めた川のようだ。見たところきれいに澄んでいて、清潔そうだった。
 もちろん目で見ただけでは、その水が安全であるかどうかまではわからない。そこには何か目に
 見えない致死的な物質が混じっているかもしれない。身体に害をなす細菌が含まれているかもし
 れない。

  私は掬った水の匂いを嗅いでみた。匂いはなかった(もし私の嗅覚が失われているのでなけれ
 ばだが)。それから口に含んでみた。水に味わいはなかった(もし私の味覚が失われているので
 なければだが)。私はその水を思い切って喉の奥に流し込んだ。たとえどのような結果がもたら
 されるにせよ、飲み込まないでいるには私の喉はあまりに渇きすぎていた。実際に飲んでみても、
 まったくの無味無臭の水だった。しかし現実の水であれ架空の水であれ、ありかたいことにそれ
 は私の喉の渇きをちゃんと癒してくれた。

  水を何度も手で口に運び、夢中で飲めるだけ飲んだ。私の喉は思った以上に渇いていたようだ
 った。しかし匂いも味もない水で喉を潤すというのは、実際にやってみると、ずいぶん奇妙な感
 じのするものだった。喉が渇いているときに冷たい水をごくごく飲むと、我々はそれを何よりう
 まいと感じる。身体全休がその味わいを貪欲に吸収する。身体中の細胞が歓喜し、すべての筋肉
 が瑞々しさを取旦戻していく。ところがこの川の水には、そういった感覚を呼び起こす要素がま
 るで欠落しているのだ。ただ単純に物理的に、喉の渇きが後退して消えていくだけだ。

  いずれにせよ水を飲めるだけ飲んで喉の渇きがおさまると、私は起ち上がってあらためてあた
 りを見まわした。顔ながの教えてくれたところでは、この川べりのどこかに渡し揚があるはずだ
 った。そこに行けば舟が川の向こう岸まで私を運んでくれる。そして向こう岸に着けば、そこで
 私は(おそらく)秋川まりえの居場所についての情報を手に入れることができる。しかし上流を
 見ても下流を見ても、舟らしきものはとこにも見当たらなかった。それをなんとか探し当てなく
 てはならない。自分でこの川を渉るのはあまりにも危険すぎる。「流れは冷たく運く、深いのだ。
 舟がなくてはその川は渡れない」と顔ながは言った。しかしここからいったいどちらに行けば、
 その舟を見つけることができるのだろう? 川上だろうか、それとも川下だろうか? 私はその
 どちらかを運ばなくてはならない。

  そのときふと免色の名前が「渉」であったことを思い出した。「川を渉るのわたるです」と彼
 は自己紹介をした。「どうしてそんな名前がつけられたのか理由はわかりません」と。またその
 あとにこんなことも言った。「ちなみに私は左利きです。右か左かどちらかを運べと言われたら、
 いつも左をとるようにしています」と。それは前後の脈絡を欠いた唐突な発言だった。どうして
 彼が急にそんなことを言い出したのか、私にはそのときよく理解できなかった。だからこそ彼の
 その言葉をはっきりと記憶していたのだと思う。

  とくに意味のない発言だったのかもしれない。たまたまそういう話になっただけかもしれない。
 しかしここは(顔ながの言うところによれば)事象と表現の関連性によって成り立っている上地
 なのだ。私はそこで示されるあらゆる仄めかしを、あらゆるたまたまを正面から真剣に扱わなく
 てはならないはずだ。私は川を正面にして左の方に進むことにした。色のない免色さんの無意識
 の教示に従って、匂いも昧も持たない水の流れる川を流れに沿って下っていく――それは何かを 
 暗示しているかもしれない。何も暗示していないかもしれない。

  川の流れに沿って歩を進めながら、この水の中には何かが棲息しているのだろうかと考えた。
 たぶん何も往んではいないのだろう。もちろん確証はない。しかしその川にもやはり、生命の気
 配のようなものは感じられなかった。だいたい昧も匂いもない水の中に、いったいどのような生
 き物が棲息できるだろう。そしてまた川は「白分か川であり、そして流れ続けるものだ」という
 ことに、意識をあまりにも強く集中しているように見えた。それは確かに川という形象をとって
 はいたけれど、川というあり方以上のものではなかった。小枝▽不、草の葉一枚、その川面を流
 されていくものもなかった。ただ大量の水が純粋に地表を移動しているだけのことだ。

  あたりには相変わらず茫漠とした霞のようなものがかかっていた。柔らかな手応えをもった霞
 だ。そのとりとめのない綿のような賞を、まるでレースの白いカーテンをくぐり抜けるようにし
 て歩を運んだ。しばらくして胃の中に、さっき飲んだ川の水の存在を感じるようになってきた。
 それはとくに不快な禍々しい感触ではなかったが、かといって心地よく喜ばしい感触というので
 もなかった。中立的な、どちらともいえない、うまく実体を把握することのできない感触だ。そ
 して体内にその水を取り入れたことで、自分か以前とは異なった組成を持つ存在になってしまっ
 たような、一種不思議な感覚があった。この川の水を飲んだせいで、ひょっとして私の身体はこ
 の土地に合った体質に変えられてしまったのではあるまいか?

  しかし私はなぜかその状況を、それほど危機的なものとは感じなかった。おそらく大事はない
 だろう、とおおむね楽観的に考えていた。楽観的になれるような具体的な根拠はとくにない。し
 かしこれまでのところ、ものごとはなんとかとどこおりなく遭んできたように見える。決い真っ
 暗な通路も無事に通り抜けた。地図もコンパスもなしに岩だらけの荒野を横切って、この川をみ
 つけることもできた。その水で喉の掲きも癒した。暗闇に潜むという危険な二重メタファーに遭
 遇することもなかった。私はただ単に幸運だったのかもしれない。それともそのようにことが通
 ぶようにあらかじめ決定されていたのかもしれない。いずれにせよこの調子でいけば、これから
 先だっておそらくうまくことは遭ぶはずだ。私はそのように思っていた。少なくともそう思おう
 と努めていた。

  やがて霞の先に何かの姿がぼんやりと浮かび上がってきた。自然のものではない。直線ででき
 た、人工的な何かだ。近づくにつれて、それが船着き場らしきものであることがわかってきた。
 川面に向かって小ぷりな木製の突堤が突き出している。やはり左に連んで正しかったのだ、と私
 は思った。あるいはこの関連性の世界にあっては、すべては私のとる行勤にあわせて形づくられ
 ていくだけなのかもしれない。どうやら免色の与えてくれた無意識の示唆が、私をここまで無事
 に導いてくれたようだった。

  淡い霞を通して、船着き場に男が一人立っているのが見えた。背の高い男だ。小柄な騎士団長
 と顔ながを目にしたあとでは、その男はまるで巨人のように私の目に映った。彼は突堤の先にあ
 る、暗い色合いの機械装置(のようなもの)に寄りかかって立っていた。男はそこに立ったまま、
 深く考え事をしているかのように身動きひとつしなかった。そのすぐ足元を、川の水が勢いよく
 泡を立てながら洗っていた。彼は私がこの土地で初めて出会う人間だった。あるいは人間のかた
 ちをしたものだった。私は用心深くゆっくりとそちらに近づいていった。

 「こんにちは」と私は彼の姿がはっきりと見えるようになる手前から、思い切って声をかけてみ
 た。霞のヴェールを通して。しかし返事はかえってこなかった。男はそこに立ったまま、ほんの
 少し姿勢を変えただけだった。暗いシルエットが霞の中で微かに揺らいだ。よく声が聞こえなか
 ったのかもしれない。声は川の水音に消されてしまったのかもしれない。あるいはこの上地の空
 気はあまり音を響かせないのかもしれない。

 「こんにちは」と私はもう少し近づいてから、もうコ皮声をかけてみた。今度は前よりも大きな
 声で。しかしやはり相手は無言のままたった。聞こえるのは間断のない水音だけだ。あるいは言
 葉が通じないのかもしれない。
 「聞こえている。言葉もわかる」と男は、私の心を読み取ったように言った。長身の男にふさわ
 しく、深く低い声だった。そこには抑揚がなく、どのような感情も聞き取れなかった。川の水が
 どのような匂いや昧も音んでいなかったのと同じように。 


  第54章 永遠というのはとても長い時間だ

  私の前に立っている長身の男には顔がなかった。もちろん頭がないわけではない。彼の首の上
 には普通に頭がついていた。しかしそこには顔というものがなかった。顔のあるべきところには
 ただ空白かおるだけだった。それは乳白色をした談い煙のような空白だった。彼の声はその空白
 の中から出てきた。まるで深い洞窟の奥から風の音が聞こえてくるみたいに。
  男は暗い色合いの防水コートのようなものを着ていた。コートの裾は長く、ほとんど足首まで
 達していた。その下には長靴の先が見えた。コートのボタンは喉もとまですべてとめられていた。
 まるで来るべき嵐に備えているような服装だ。

  私は何も言わず、その場にただじっと立ちすくんでいた。私の目から言葉は出てこなかった。
 少し離れたところから見ると、白いスバル・フオレスターに乗っていた男のようにも見えたし、
 うちのスタジオを真夜中に訪れた雨田典彦のようにも見えた。『騎士団長殺し』の中で、長剣を
 かざして騎士団長を刺し殺している若い男のようにも見えた。三人とも長身の男たちだ。しかし
 近くに寄ってみると、その誰でもないことがわかった。ただの〈顔のない男〉だった。彼はつば
 の広い黒い帽子を目深にかぶっていた。そのつばが乳白色の空白を半ば隠していた。

 「聞こえている。言葉もわかる」とその男は繰り返した。もちろん唇は勤かない。唇はなから。
 「ここは川の渡し場なのですか?」と私は尋ねた。
 「そうだ」と顔のない男は言った。「ここが渡し場だ。ひとはこの場所でしか川を渡ることがで
 きない」
 「ぼくはこの川の向こうに行かなくてはなりません」
 「そうでないものはいない」
 「ここには多くの人が来るのですか?」
 男はそれには答えなかった。私の質問は空白の中に吸い込まれていった。終わりのない沈黙が
 続いた。
 「川の向こう岸には何かあるのですか?」と私は尋ねた。白い川霧のようなものがかかっている
 せいで、川の向こう岸を目にすることはやはりできなかった。
  顔のない男は空白の中からじっと私の顔を見ていた。それから言った。「川の向こう岸に何か
 あるか、それは、ひとがそこに何を求めているかによってちがってくる」
 「ぼくは秋川まりえという女の子の行方を捜しています」
 「それが向こう岸に、おまえの求めるものなのだね」
 「それが向こう岸に、ぼくの求めるものです。そのためにここまでやってきました」
 「どうやってここの入り口を見つけることができたのだろう?」
 「伊豆高原にある高齢者用療養施設の一室で、騎士団長の姿かたちをとったイデアを出刃包丁で
 刺し殺しました。合意の上で殺したのです。そうやって顔ながを呼び寄せ、地下に通じる穴を開
 けさせたのです」

  顔のない男はしばらくのあいだ何も言わず、空白の顔をまっすぐ私に向けていた。私の言った
 ことの意味が彼に通じたのかどうか、私には判断できなかった。

 「血は出たかね?」
 「ずいぶんたくさん」と私は答えた。
 「それはほんものの血だったのだね」
 「そう見えました」
 「手を見てごらん」

  私は自分の両手を見てみた。しかしそこにはもう血の跡はなかった。さっき川の水を掬って飲
 んだときに、洗い流されてしまったのかもしれない。ずいぶんたくさん血がついていたはずなの
 だが。

 「まあいい。ここにある舟でおまえを川の向こう岸まで送ってあげよう」と顔のない男は言った。
 「しかしそれにはひとつだけ条件かおる」

  私はその条件が口にされるのを待った。

 「おまえはわたしにしかるべき代価を支払わねばならない。それが決まりになっている」
 「もしその代価を支払えなければ、向こう岸には行けないということなのですか?」
 「そうだ。川のこちら側に永遠に留まっているしかない。この川の水は冷たく、流れは遠く、底
 は深い。そして永遠というのはとても長い時間だ。それは言葉のあやではない」
 「でもぼくはあなたに支払えるようなものを何も持っていません」

  男は静かな声で言った。「ポケットに入っているものをすべて出して見せてごらん」
  私はジャンパーとズボンのポケットに入っているものを残らず取り出した。財布の中には二万
 円足らずの現金と、クレジット・カードと銀行のキャッシュカードとが一枚ずつ、運転免許証、
 ガソリン・スタンドのサービス券が入っていた。キー・リングには三本の鍵がついていた。談い
 クリーム色のハンカチがあり、使い捨てのボールペンが一本あった。あとは五、六枚の小銭がば
 らであった。それだけだ。そしてもちろん懐中電灯。

  顔のない男は首を振った。「気の毒だが、そこにあるものでは渡し賃のかわりにはならない。
 金銭はここでは何の意味も持たない。ほかに何か持っているものはないのかね?」
  それ以外に私の持っているものは何もなかった。左手の手首には安物の腕時計がはまっている
 が、時間はここでは何の価値も持だない。
 「紙があれば、あなたの似顔絵を描くことができます。ぼくが他に持ち合わせているものといえ
 ば絵を描く技能くらいです」
  顔のない男は笑った。それはたぶん笑いだったと思う。空白の奥から明るいこだまのようなも
 のが微かに聞こえた。
 「わたしにはだいいち顔がない。顔のないものの似顔絵をどうやったら描くことができるのだ?
 どうやって無を絵にすることができる?」

  「ぼくはプロです」と私は言った。「顔がなくても似顔絵は描けます」

  顔のない男の似顔絵が自分に描けるものかどうか、まったく自信はなかった。しかし試してみ
 るだけの価値はあるはずだ。

                                     この項つづく

 

 ● 今夜のアラカルト

体調崩し、粥と梅干し(Porridge and Umeboshi) の有り難みの再確認。そこで、栄養価の高く、パワーのあるス
ープって世界にどれほどあるのかネットサーフしてみると少ないことに気づく。そこで、スッポンスープ、ビーフス
ープなど透き通ったスープの開発を思いつく。ここは、転んでも只で起きない精神で、適時ブログアップすること
を誓う。

 

五十歩百歩

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                                        梁恵王篇  / 孟子        

                                                              

         ※  五十歩百歩:梁の恵王が言った。「わたしは国政にはずいぷんと心を
        伜いてきたつもりだ。河内が凶作の年には、住民を河東に移住させ、
        食糧を河内に運び入れた。河東が凶作の年にも同じようにした。隣国
        の政治をみても、わたしほど配慮しているようには思えない。それな
        のに、向こうの人口が減りもしなければ、こちらの人口がふえもしな
        い。これはどういうわけでしょう」

        孟子は答えた。「あなたは戦が好きなようですから、ひとつ戦話にた
        とえて申しあげましょう。進撃の陣太鼓が鳴りわたり、いざ合戦とい
        うとき、鎧を捨て刀をひきずって逃げ出した兵士がいました。ひとり
        は百歩逃げてとどまり、ひとりは五十歩逃げてとどまった。さて、そ
        のとき、五十歩逃げた者が百歩逃げた者を隠病者めとあざけったとす
        れば、王はどうお考えになりますか」

        「それはおかしい。ただ百歩逃げなかったというだけだ。逃げここと
        には変わりはない」と恵王が言った。「

        「先生、その理屈がおわかりならあなたがこれしきの善政で人口が隣
        国よりふえるものと期待するのもおかしなことです。農繁期に農民を
        徴用にかり出さなければ、食糧には事欠かなくなります。乱獲を禁ず
        れば、魚には不自由しなくなります。乱伐を禁止すれば、木材に不自
        由しなくなります。食糧や魚に事欠かず、木材が豊かになれば、人民
        は生活に不安がなくなり、死者を手厚く葬ることもできます。そうな
        れば人民は不平不満を抱きません。人民に不平不満を抱かせないこと
        こそ、王道政治の第一歩です。五畝の宅地を利用して桑を植えるよう
        奨励すれば、五十すぎの老人には、温かい絹の服を着せてやれます。
        家畜が繁殖するよう飼育法を指導すれば、七十すぎの老人には、肉を
        食膳にそなえてやれます。農繁期に人民をかり出さなければ、百畝の
        田で、散人家族のT京が飢えることはありません。そのうえで教育を
        重視し、孝、仰の道徳を徹底させれば、白髪まじりの老人が重い荷物
        を持ち歩くような状態はなくなります。老人は絹を着、肉を食べ、人
        民は飢えもこごえもしない政治、そういう政治を行なって、しかも王
        者になれなかったという例はありません。

        ところがあなたは、犬や泳が人間の食糧を食っているのを見ても、取
        り締まろうとしない。道端に餓死者がころがっていても、穀倉を間い
        て救済しようとしない。人民が餓死しても、『わしの責任ではない。
        凶年のせいだ』とおっしゃる。これは、人を刺し穀しておいて、『わ
        しが殺したのではない、刀が殺したのだ』とうそぶくのと、なんのち
        がいがありましょう。凶年に罪をなすりつける態度をあなたが捨てた
        とき、天下の人民はお国に暮い寄って米るのです」

        〈五畝の宅地〉 周の制度で、万人の農夫に分け与えられた宅地。
                約260坪。
        〈百畝の田〉  周代に行なわれたといわれる井田法では、下図のよ
                うに九百畝の耕地を九等分し、中央を公印、他を私
                田とする。公田はハ戸で共同耕作し、収穫を租税と
                して納める。

 井田制

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

  第54章 永遠というのはとても長い時間だ 

 「どんな似顔絵ができるのか、わたしとしてもたいへん興味かおる」と顔のない男は言った。
 「しかし残念ながらここには紙というものはない」

  私は足下に目をやった。地面に棒で絵を描けるかもしれない。しかし足下の地面は堅い岩場だ
 った。私は首を振った。

 「ほんとうにそれがおまえの身につけているものの一切なのかね?」

  私はもう一度すべてのポケットを念入りに探してみた。革ジャンパーのポケットにはもう何ひ
 とつ入っていなかった。空っぽだ。しかしズボンのポケットの奥にとても小さなものがあること
 に気づいた。それはペンギンのプラスチックのフィギュアだった。免色が穴の底でみつけ、私に
 渡してくれたものだ。細いストラップがついている。秋川まりえが携帯電話にお守りとしてつけ
 ていたものだ。それがなぜか穴の底に落ちていた。 

 「手の中にあるものを見せてごらん」と顔のない男は言った。   

  私は手を広げて、ペンギンのフィギュアを男に見せた。
  顔のない男は空白の目でそれをじっと見ていた。

   

 「これでよろしい」と彼は言った。「これを代価としよう」

  それをこの男に渡してしまっていいものかどうか、私には判断がつかなかった。それはなんと
 いっても秋川まりえが大事にしていたお守りなのだ。私の持ち物ではない。それを勝手に誰かに
 あげてしまっていいものだろうか? そうすることで、秋川まりえの身に何か悪いことが起こっ
 たりはしないのだろうか?
  しかし私には選びようがなかった。それを顔のない男に渡さなければ、私が川の向こう岸に行
 くことはできないし、もし向こう岸に行けなければ、秋川まりえの行方を突き止めることもでき
 なくなってしまうだろう。そして騎士団長の死も無駄に終わってしまう。

 「それを渡し賃としてあなたにさしあげます」と私は思い切って言った。「川の向こう岸までぼ
 くを運んでください」

  顔のない男は肯いた。そして言った。「いつかおまえにわたしの肖像を描いてもらうことにな
 るかもしれない。もしそれができたなら、ペンギンの人形はそのときに返してあげよう」 

 

  男は先に立って、木製の突堤の先に繋がれた小さな舟に乗り込んだ。舟というよりは平たい菓
 子箱のような角張った格好をしている。頑丈そうな厚い木材で作られていて、縦に細長く、全長
 はニメートルほどしかない。たぶんコ皮にそれほど人数を運ぶこともないのだろう。舟底の真ん
 中あたりに太い柱が▽本立っていて、そのてっぺんに直径十センチほどの頑丈そうな鉄の輪っか
 がついていた。そしてその輪っかの中に太いロープが通されている。ロープはこちらの岸から、
 向こう側の岸までぴんとほとんどたるみなく張られていた。どうやら、川の逸い流れに押し流さ
 れないように、そのロープをたどるようにして舟が行き来するらしい。舟はとても古くから使わ
 れているもののようだった。そこには推逸機らしきものもついていないし、櫓もなかった。ただ
 木製の箱が水の上に浮かんでいるだけだ。

  私は彼のあとがらその舟に乗り込んだ。舟底には平たい板が渡されていたので、私はそこに腰
 を下ろした。頑のない男は、真ん中に立った大い柱にもたれかかって立ち、何かを待つように目
 を閉じ、口をつぐんでいた。私も何も言わなかった。沈黙のうちに数分の時間が経ち、やがて舟
 は決心でもしたみたいにゆっくりと前に進み始めた。いかなる動力でもって舟が動いているのか
 は判別できなかったけれど、とにかく我々は無音のうちにそろそろと対岸に向かって進んでいっ
 た。エンジンの音も、またどのような種類の機械音も聞こえなかった。私の耳に届くのは船の脇
 腹に間断なくぷつかる川の水音だけだ。舟は人が歩くのとほぼ同じくらいの速度で前に進んだ。
 水の勢いで舟は揺れ、また斜めに傾いでいたが、輪っかに速された頑丈なロープのおかげで、流
 されることはなかった。たしかに男の言ったように、人が舟に乗らずこの流れを渡りきることは
 まず不可能だろう。顔のない男は舟が大きく揺れても、何ごともないように静かに柱にもたれか
 っていた。

 「向こう岸に渡れば、秋川まりえの居場所がわかるのでしょうか?」と私は川の真ん中あたりで
 役に尋ねてみた。

  顔のない男は言った。「わたしの役目はおまえを向こう岸に渡してあげることだ。無と有の挟
 間を、おまえにすり抜けさせるのが仕事だ。それより先のことはわたしの職分ではない」
  やがてこつんという音がして、舟は対岸の突堤に軽くぷつかって停止した。舟が停まっても、
 顔のない男はしばらくそのままの姿勢をとり続けていた。大い柱にもたれて顔の中で何かを確認
 しているみたいだった。それからひとつ大きく空白の息を吐き、舟を降りてその突堤にあがった。
 私もそのあとに従って舟を降りた。突堤も、そこについたウィンチのような機械装置も、出発し
 たところにあったものとまったく同じ格好をしていた。往復してもとあった場所見反ってきただ
  けではないのか、という気がしたほどだった。しかしそうではないことは、突堤を離れ、地面に足をつけた
  ときにすぐにわかった。それは対岸の土地だった。そこはもうごつごつした岩場ではなく普通の土の地面
  になっていたからだ。

  「ここから先、おまえは一人で道んでいかなくてはならない」と顔のない男は私に告げた。
  「方向も道筋もわからなくても?」
  「そういうものは必要とはされない」と男は乳白色の虚無の中から低い声で言った。「もう川の水を飲んだ
 のだろう。おまえが行動すれば、それに合わせて関連性が生まれていく。ここはそういう場所な
 のだ」

  それだけを言うと、顔のない男はつばの広い黒い帽子をがぶりなおし、私に背中を向けて舟に
 戻っていった。彼が乗り込むと、舟はロープを辿って来たときと同じようにそろそろと向こう岸
 に戻っていった。まるでよく飼い慣らされた生き物のように。そして舟と顔のない男は、フ伴と
 なって霜の中に消えていった。
  私は突堤をあとにし、とりあえず川下に向かって歩くことにした。たぶん川から離れない方が
 いいだろう。そうすれば喉が謁いたときにまた川の水を飲むこともできる。少し歩いて振り返っ
 たとき、突堤は既に白い言の奥に隠されていた。まるでそんなものは最初から存在しなかったか
 のように。

  川下に進むにつれて、川幅は次第に広くなり、流れも目に見えて穏やかになっていった。泡立
 つ波も見えなくなり、今では水音もほとんど聞こえなくなった。わざわざあんな流れの激しい場
 所を横切るよりは、これくらいの穏やかな流れのところに渡し場を作ればいいのに、と私は思っ
 た。距離が少し長くなったとしても、その方が川を渡るのは違かに楽なはずだ。しかしたぶんこ
 の世界には、この世界なりの原理があり、考え方があるのだろう。あるいはこのような穏やかな
 流れの場所には、かえってより多くの危険が僣んでいるのかもしれない。

  試しにズボンのポケットの中に手を突っ込んでみた。しかしそこにはやはりもうペンギンのフ
 イギュアはなかった。そのお守りをなくしてしまったことを(私はおそらくそれを永遠に失って
 しまったのだろう)、不安に感じないわけにはいかなかった。あるいは私は間違った選択をした
 のかもしれない。しかしそれをあの男に渡す以外に、どのような選択の余地が残されていただろ
 う? 秋川まりえがそのお守りから遠く離れても無事でいてくれるといいのだが、と私は願った。
 願う以外に今の私にできることは何もなかった。

  雨田典彦のベッドの枕元から借りてきた懐中電灯を片手に、川沿いの上地を私は足もとに用心
 しながら前に進んでいった。懐中電灯のスイッチは消したままにしていた。あたりはそれほど明
 るくはなかったけれど、懐中電灯の光を必要とするほどではなかったから。足もとはちゃんと見
 えたし、四、五メートル先までなら不足なく見通すことができた。私のすぐ左手を川はゆっくり
 と静かに流れていた。対岸はやはりときたまぼんやりと見えるだけだった。
  進んで行くにつれて、私の前に次第に違のようなものが形成されていった。はっきりとした道
 ではなかったけれど、明らかに道としての機能を果たしているようだった。前にも人々がそこを
 歩いたという、漠然とした気配があった。そしてその遠は少しずつ川から遠ざかっていくようだ
 った。私はあるところで立ち止まって迷った。このまま川の流れに沿って下流に違んでいくべき
 なのだろうか? それともその道らしきものを辿って、川から離れていくべきなのだろうか?

  しばらく考えてから、川を離れ道に洽って連むことを選んだ。その道が私をどこかに導いてい
 ってくれるような気がしたからだ。おまえが行動すれば、関連性がそれに合わせて生まれていく、
 と顔のない渡し守は言った。この連もやはりその関連性のひとつなのかもしれない。私はその自
 然な示唆(の上うなもの)に従ってみることにした。
  川から連ざかるにつれて、道は次第に登り坂になっていった。水音はいつの間にか聞こえなく
 なっていた。ほとんど直線に近いなだらかな坂道を、私は一定の歩調をとって歩いていった。言
 はもう消えていたが、光はあくまでぼんやりと談く単調だった。先を見渡すことはできなかった。
 そんな光の中を、私は規則正しく呼吸をし、足もとに注意しながら歩を連めた。

  どれほど長く歩いただろう? 時間の感覚はとうの昔に失われていた。方向の感覚も失われて
 いた。歩きながらずっと考えごとをしていたせいもある。私には考えなくてはならないことがた
 くさんあった。しかし実際にはひどく切れ切れにしかものを考えることができなくなっていた。
 何かひとつのことを考え上うとすると、すぐに何か別の考えが頭に浮かんでしまう。新しい考え
 は、まるで大きな魚が小さな魚を呑み込むみたいに、それまでの考えをすっぽりと呑み込んでし
 まった。その上うにして思考はどんどんあるべきではない方向にずれていった。そして最後には、
 自分か今いったい何を考えているのか、何を考え上うとしていたのか、すっかりわからなくなっ
 てしまった。

  そんな風に意識が乱れていたせいで、注意力がすっかり散漫になり、もう少しでそれに文字通
 り正面衝突してしまうところだった。でもそのとき私はたまたま何かに躍いて転びそうになり、 
 危うく体勢を立て直し、そこで歩を止めて、伏せていた顔を上げた。あたりの空気が急激に変化
 する気配が肌に感じられた。はっと意識を取り戻すと、巨大なかたまりのようなものがすぐ目の
 前に黒々と聳え立ち、追っていた。私は息を呑み、言葉を失った。一瞬、わけがわからなくなっ
 てしまった。これは何だ? それが森であることが理解できるまでに、しばらく時間がかかった。

  それまで草一本の葉一枚見当たらなかったところに、見上げんばかりの森がぬっと姿を現し
 たのだ。驚かないわけにはいかない。

  しかしそれは間違いなく森だった。樹木は複雑に絡みあって、ほとんど隙間なく繁り、森の内
 部はいかにも僻蒼としていた。いや、森というよりは「樹海」といった方が近いかもしれない。
 その前に立ってしばらく耳を澄ませてみたが、何も聞こえなかった。風が枚を揺らせる音もなく、
 鳥の声も聞こえなかった。どのような音も私の耳には届かなかった。まったくの無音だ その森
 の中に足を踏み入れることに。私は本能的な怯えを感じた。樹木の繁り方はあまりにも
 緊密であり、奥にある闇はとこまでも深そうだった。どれはどの規模を持つ森かもわからないし
 迷がどこまで続いているかもわからない。あるいは迷はあちこちで抜分かれして迷路をつくり出
 しているかもしれない。もし中で迷ってしまったら、そこから抜け出すのはとてもむずかしくな
 るだろう。それでも思い切って中に入っていくほかに選択肢はなかった。私が歩いてきた道は森
 の中にまっすぐ吸い込まれていたし(まるで鉄道の線路がトンネルに吸い込まれるように)、こ
 こまでやって来て、今さら川まで後戻りするわけにはいかなかった。また後戻りして、まだそこ
 に川があるという確証もなかった。とにかく私はこの道に沿って迷もうと心を決めて迷んできた
 のだ。何かおるうと前に進み続けるしかない。




第54章の途上にすぎないが、著者村上の集大成の作品として、羽毛も大量に集積すれば重くなるよ
うに、ずっしりとした重みがわたしの頭にのしかかるように感じる。「おまえが行動すれば、関連性
がそれに合わせて生まれていく」という顔のない渡し守の言葉に表されるように「自由」と「共生」
に向かい闘うという<テーマ性>に「遷ろうメタダー」がすべて収斂されていくかのようである。

                                      この項つづく
             
 

   
高橋洋一 著 『戦後経済史は嘘ばかり』  

   第1章 「奇跡の成長」の出発点見るウソの数々 

                    第12節 ドッジラインの金融引き締めが深刻な不況を招いた      

  昔も今も変わっていませんが、インフレについて議論するときに、極端な例だけで考える人が
 たくさんいます。お金の要因とともに、供給、需要の要因の両方を見なければ、物価について理
 解することはできません,
  戦争時においては、供給面が大きなウエートを占めます。戦時体制が始まると、民生品をつく
 っていた工場もみな軍事にシフトして、極端に供給能力が低下します。マネー要因ではなく供給
 要因でインフレが起こるのです。そこに中央銀行が軍事資金としてのお金を供給するとダブルパ
 ンチになります。
  しかし、戦争が終わって生産設備が回復していくと物価はやがて落ち着いていきます。どのく
 らいの期間でインフレが収まるかは国によって異なりますが、どの国でも戦後のインフレは必ず
 終息しています。工場を再整備して、物をつくるようになれば物価は下がるのです,
  そこを見誤ってマネー要因と考えてしまうと「復金値でお金をばらまいたためにインフレにな
 った」とか「金融引き締めをしなければいけない」という意見が出てきて、必要な設備投資資金
 まで市場から回収してしまうことになります,インフレ対策として生産設備を増やさなければい
 けない時期に逆効果になってしまいました。
  ドッジこフインで金融を引き締めてしまったため、復興しかかっていた日本経済は深刻な不況
 に陥りました。

                             第13節 日本復興の員大の原動力は、政策ではなく「朝鮮特需」

  もし、そのままいったら、日本は大変なことになっていたかもしれません。杓子定規なドッジ・
 ラインの緊縮財政のせいで、深刻な不況が続いていたでしょう。必要な生産設備もつくれなかっ
 たはずです。労働争議が頻発して、社会主義の方向に転換し、再び社会党政権が誕生していたか
 もしれません。農地改革で土地をもらった地主層は社会主義化に反対したかもしれませんが、サ
 ラリーマン層など一般労働者は雪崩を打ったように社会主義の方向に流れていった可能性もあり
 ます。当時は社会主義が崇拝されている時代でしたので、まさに瀬戸際だっただろうと思います。

  GHOぶ経済を悪化させる政策を行ったにもかかわらず、日本経済が復活できたのは、朝鮮戦
 争による特需のおかげです。思わぬ需要ができたために、経済が回っていきました。資本主義を
 続けるか、社会主義に転換するか。ドッジこフインをきっかけにした大不況で社会主義化しかね
 ないところを、朝鮮戦争が資本主義に戻してくれたと見ていいだろうと思います,
  朝鮮戦争勃発で経済的には特需が起こって好景気になり、政治的にはGHQによるレッドパー
 ジが始まって、共産主義者が追放されました。そういう意味では、朝鮮戦争という神風が吹いた
 ようなものです,

  戦後の五年間を振り返ってみると、傾斜生産方式が見せかけだったことに代表されるように、
 あらゆる経済面を統制しようとした経済安定本部はほとんど復興の役に立っていなかったといえ
 ます。スーパー経済官庁というイメージは立派ですが、実際には機能していませんでした,
  しかもGHOぶ展開した「経済安定9原則」による緊縮財政や金融引き締めも、深刻な不況を
 生み出しただけで、経済復興にはつながりませんでした,
  身も蓋もない言い方ですが、日本経済を復興させたのは、政府の統制や指導ではなく、「朝鮮
 特需」という外的要因です。もし朝鮮特需がなければ、日本経済はどうなっていたかわかりませ
 ん。

このように、高橋が指摘するように、戦争が有効需要かどうか別にして、需要拡大。景気拡大につな
がったベトナム戦争と同様、「直接的な戦闘に参加せず、ガチャマン景気に沸いた日本にとっては不
幸中の幸いであった。


  第2章 高度経済成長はなぜ実現したのか?

                                 第1節 「神話以来の好景気」が連発した時代

 「1950年代後半から1970年代初頭にかけて、日本が高度成長をした」ということは誰も
 が知っています。1961年からの10年間で国民所得を倍にするという池田勇人首相の「所得
 倍増計画」もよく知られています。
  実際、1955年から1973年まで、日本の経済成長率は平均して10%近くに達していまし
 た。この間、幾度も好景気が訪れています,
  1950~1953年の朝鮮戦争による特需景気が終わると、次に早くも1955~1957
 年の「神武景気」が到来します。「こんなに景気がいいのは、初代天皇の神武天皇以来だ」とい
 うことで、つけられた名です。1957年7月から1958年6月にかけて不況となり「なべ底
 不況」と呼ばれますが、しかし、1958年から3回にわたり実施された公定歩合の引き下げに
 より、今度は「岩戸景気」と呼ばれる好景気になります。景気は1961年12月まで、42ヵ
 月間にわたって拡大し、神武景気の31ヵ月を超えたので、「神武天皇より前の「天の岩戸」の
 神話の時代以来の好景気だ」という話になったのです,

  その後、10ヵ月の不景気を挟んで、今度は1964年の東京オリンピックに向けた「オリン
 ピック景気」になります。1962年11月から1964年10月まで景気が拡大しますが、さ
 すがにオリンピックが終わると、建設需要やテレビの需要なども落ち込み、構造不況とも呼ばれ
 る「四十年不況」(昭和40年=1965年)になります。
  ところが、政策金利を引き下げ、さらに戦後初の「建設国債」の発行などの手を打つと、19
 65年11月から1970年7月までの57ヵ月間続いた「いざなぎ景気」となります。天の岩
 戸の神話もはるかに超えて、「神話の始まりでもあるイザナギ・イザナミの神様以来の景気だ」
 ということになったのです。
  こう見ていくだけでも、まさに猛烈なる、イケイケどんどんの時代です。それこそ景気の名前
 からして、「神話以来の好景気」が次々と逓発しているのですから。 デフレ不況が続く現代し
 か知らない人だちからすれば、あまりに羨ましすぎて、想像もできないかもしれません。「いざ
 なぎ景気」などという名前をつけられてしまったら、日本神話でその先にさらにさかのげるのは
 難しいですから(「古事記」などでは、イザナギ、イザナミの前にも神様がいますが、人口に論
 叢しているとはいえません)、
 「そら見たことか。そんな大それた名前をつけたから、高度成長が終わってしまったじやないか」
 などと、文句をいいたくもなってきます。

               第2節 高度成長時代には、実は何のめぼしい政策もなかった

  では、その当時、日本政府はどんな政策をとったのでしょうか。
  たしかに池田首相は1961年からの10年間で国民所得を倍にするという「所得倍増計画」
 をぶちあげたわけですが、「この政策をしたから1960年代は高度成長した」という話を聞い
 たことがある人はいないのではないでしょうか。
  実は、具体的な経済政策はほとんど何もしていません。むしろ、何もしなかったことが良か
 ったのです,日本のように戦前から一定の産業基盤のできている国では、政府が民間の指導をす
 るより、民間に任せたほうが経済は成長するからです,
  所得倍増計画の立案者は大蔵省出身の下村治ですが、下村の話を聞いてもいても具体的に「こ
 れをやった」というものは出てきません。特効薬のような政策をしたわけではなく、景気が悪く
 なったら政策金利(公定歩合)を下げたり、政府支出を増やしたり、などという普通の政策をし
 ただけです。

  もし、高度成長させる特効薬のような政策かおるのなら、今でもみんながまねをするはずです。
  しかし、めぼしい政策がなかったため、その後のモデルにはなっていません。
  池田政権(1960年7月~1964年11月)が所得倍増論を打ち出す前の岸信介政権(1
 957年2月~1960年7月)のころから、「安定成長」の計画にするか、「高度成長」の計
 画にするかで議論が続いていました。岸政権から池田政権に変わり、池田首相は 「高度成長」
 になると読み岡って、所得倍増計画を打ち出しました。
  もし池田首相が「高度成長」ではなく「安定成長」を選んでいたら、政府が景気抑制的で余計
 なことをした可能性があります。
  所得倍増計画は10年で国民所得を倍にする計画でしたが、7年で達成されています。「安定
 成長」を掲げていたとしたら、「こんなに成長しているのはおかしい。不吉な予感がする,安定
 成長に戻すべきだ」という理屈で、経済の足を引っ張る政策を打ち出したかもしれません。

  目標を低めに見ていると、それを上回る成長をしたときに、「想定と達うのは良くないことだ」
 と いう意見が出てきます。
  高度成長期には、実質GDP成長率が110%を超える年が10年間のうちに7回もありまし
 た。もし「安定成長」を目指していたら、成長率が7~8%になった段階で、「過熱しているか
 ら引き締めをしなければいけない」という意見が出てきたかもしれません。政府が余計なことを
 してしまって、成長の足を引っ張っていた可能性もあります。それをしなかったことが、高度成
 長を成功させた殼大の要因です。

  当時はIドル=360円でしたので、有利な為替レートにうまく乗って輸出企業はどんどん成
 長していきました。政府が民間の邪魔をしなかったことで高度成長を達成することができたので
 す。高度成長期から学べることは、政府が現状をきちんと理解して、正しい読みをすることが重
 要だということです。読みが間違っていると、間違った政策が行われて、経済の足を引っ張って
 しまいます。読みが正しければ、「今は政府が余計なことをしないほうがいい」という判断もで
 きますし、状況に応じて必要な政策を打ち出すこともできます。
  池田政権は「高度成長する環境が整っている」と、正しく状況を読んで、笛を吹きました。笛
 を吹いただけで、余計なことは何もしなかったことで高度成長を達成することができたのです。

                                     この項つづく


   No.77

 

【ピエゾタイル事業篇:振動発電素子の最新特許事例】

❏ 特開2017-175751  振動発電素子 国立大学法人東北大学

【概要】

あらゆるモノがインターネットを介して接続され、モノ同士あるいは人とモノが相互に情報を交換し
新たな価値を生み出すIoT(Internet to Things)技術の発展が目覚しいが、IoT関連デバイスは、主に人な
どの移動体や頻繁なアクセスが難しい場所に設置されることが多い。電子的な機能を駆動するには、
電源が必須であり、これまではボタン電池等の蓄電池から電源を供給していた。回路の低消費電力化
により、電池寿命が延びているものの、定期的な充電や電池交換は非常な手間となり、IoT関連デバ
イス普及の妨げている中、エナジーハーベスト(環境発電)のなかで、環境中の振動による力学的
エネルギーを利用する振動発電は、比較的エネルギー密度が高く、有望なエネルギー源に注目されて
いる。振動を利用した発電技術としては、圧電体を利用した方法があり、圧電体は、歪むと電荷を発
生。圧電体を振動させて歪ませることで電荷を回収でき圧電体を利用した振動発電装置には、片持ち
梁状態で固定された振動部材と、振動部材の自由端側に取り付けられた錘と振動部材に接合された圧
電体を備えた構造をしており、外部から与えられた振動により生じた振動部材の振動を圧電体により
電気エネルギー変換する。振動部材/圧電体は所望の固有振動数で共振するよう寸法が定められてい
る。

また、時計に内蔵される振動発電装置が記載されている。細長い帯状の圧電体が螺旋状に成型され、
圧電体の外表面に電極が形成されている。圧電体の一端は固定され、他端には錘が取り付けられてい
る。外部振動により錘が旋回面内で旋回運動することで、圧電体に力が加わり発電が行われる。圧電
体には、圧電セラミックスが用いられ、直径方向に分極されている特許事例がある。  一般に、環境
に存在する振動は、周波数が低い。例えば、建物や橋梁などの振動数は、10Hzから100Hz程
度であり、人の歩行に伴う振動数は数Hz以下と非常に低い。従来の片持ち梁構造において、そのよ
うな低い振動数に共振する固有振動数を得ようとすると、圧電体の長さを数十cmに設定する必要が
あり、小型化の妨げになっていた。一方、特許文献2に記載の構造は、長い圧電体をコンパクトに収
容することが可能となる構造となっており、低周波振動による発電に適している。

しかし、発電に利用している変位、錘(おもり)により旋回方向に伸び縮みする変位と分極方向が直
交し、発電効率が小さくなる。また、圧電セラミックスは脆弱であり、耐久性に懸念がある。シム(
磁気)板を構造体とし強度向上を図ったものあるが、しかし、シム板形状に圧電体形成には、水熱処
理/成膜形成する必要がある。一般に水熱処理や圧電膜は圧電性が理論値より小さい、発電効率の低
下が懸念される。このように、従来の片持ち梁構造で、IoT関連デバイスに適した低周波振動発電を
実現には、デバイスサイズが大型化してしまう。また、圧電セラミックスなどを螺旋状に成型した構
造は、低周波振動発電に適しているものの、強度不足や発電効率の低下が懸念される。

このような、強度不足なくより高い効率で発電するに当たり、下図のように、圧電単結晶体101の
コイルバネ100より構成されている。コイルバネ100を構成する圧電単結晶体101の、コイル
バネ100の軸芯を通る平面に平行な面の断面における圧電単結晶体101の結晶状態は、コイルバ
ネ100の発電領域において同一(一定)とすることで問題を解決する。


                                        

 

 


政治的殺人

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                                        梁恵王篇  / 孟子        

                                                              

         ※  政治的殺人:「先生のご教示を仰ぎとう存じますが」。 梁の恵王の請いに
            応じて、孟子はこう問いかけた。「人を殺すのに、混紡でなぐるのと、刀で斬
            るのと相違がありましょうか」。「人を殺したことに変わりはない」。「では、刀
            で殺すのと政治で殺すのとでは?」梁の恵王が言った。「わたしは国政
        にはずいぷんと心を「それも同じことです」。「あなたの調理場には、
        脂ののった肉があり、馬小屋には肥えた馬がつながれています。一方、
        人民は飢えにやつれ、農村には餓死者がころがっています。これでは
        獣をけしかけて人間を殺させるようなものです。獣の共食いでさえい
        やなものです。まして、人民の父であり母であるべきあなたが、獣を
        けしかけて人間を殺させるようでは、どうして人民の父母だなどとい
        えましょうか。孔子は、『俑(よう)を最初に作った人は、子孫が絶
        えるだろう』。と言いました。生きた人間そっくりに作って死者とと
        もに埋めるのはいかにも残酷であったからです。人形でさえそうなの
        です。まして生きた人間を餓死に追いやるような仕打ちは絶対すべき
        ではありません」

        〈俑〉 木の人形で、死者を葬るとき、ともに埋めるために用いられ
            た。

        【解説】 凶器を使わないで人を殺す例は、いまの世にも数限りなく
        ある。人間の尊厳を忘れた為政者を、孟子は殺人罪を犯したものとし
        て告発する。この鋭い批判、強烈なヒューマニズムは、そのまま現代
        に通用する。

 

 【ルームランニング記 Ⅹ】 

● 歩数計が手放なせない!

おかしな話だが、体調崩しなんとか復調させるため、歩数計を所持し「宅トレ」のウォーキングに心
がけいるるのはいいのだが、季節の変わり目で上下の上着も半袖・半パンと長そぜ袖・長ズボンの二
種類を室内温度に合わせ履き替えるのだが、どのポケットに所持していたのか、目が覚めて探すこと
がここ2、3日の間で起きている。そこで、バイタルレコーダ(あるいは、バイオロガー)つきのデ
ジタル腕時計に歩数計を組み込んでおけば、その心配は取り除ける。1億人に対し約10%を目標に
所持させるような健康増進(=医療費削減)政策が国内できれば面白いと考えてみた。勿論、バイタ
ル・アイテムは血圧・血糖値・心拍(脈拍)・体温・活動量(=運動量)ぐらいは組み込みサポート
でききることが望ましい。

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』     

  第54章 永遠というのはとても長い時間だ 

  私は意を決して暗い森の中に足を踏み入れた。今の時刻が夜明けなのか、昼間なのか、夕方な
 のか、明るさから判断することはできなかった。わかるのは、その薄暮のような薄暗さがどれだ
 け時間がたっても変化を見せないということだけだった。あるいはこの世界には時間というもの
 がそもそも存在しないのかもしれない。そしてこれくらいの光が、明けもせず暮れもせず、永遠
 に継続しているのかもしれない。

  森の中はたしかに暗かった。頭上は幾重もの枝でしっかりと覆われていた。しかし懐中電灯は
 つけなかった。暗さに次第に目が馴れ、踏み出す足下くらいはなんとか見えたし、電池を無駄に
 消耗したくはなかったからだ。できるだけ何も考えないように努めながら、森の中の暗い道をた
 だひたすら歩き続けた。何かを考え出すと、その私をどこかより暗い場所に遠んでいきそうな気
 がしたからだ。道は終始なだらかな上り坂だった。歩きながら耳に届くのは自分の足音だけだっ
 たが、その足音もまるで途中で音をいくらか抜かれているみたいに、こっそりと小さかっ た。
  また喉が掲かなければいいのだがと私は思った。もう川からはずいぶん遠く離れてしまった
 はずだ。喉が渇いたからといって、永を飲みに戻ることもできない。

  どれほど長く歩いただろう。森はとこまでも深く、いくら歩いても風景はほとんど変化を見せ
 なかった。明るさも変化しなかった。自分の足首以外のどのような音も耳に届かなかった。そし
 て空気は相変わらず無味無臭だった。樹木は重なり入口って小径の両側に壁を作り、その壁以外
 に 目につくものは何ひとつなかった。この森には生き物が棲んでいないのだろうか? たぶん
 棲んではいないだろう。見渡す限り、鳥もいなければ虫もいない。それにもかかわらず、自分か
 終始何かに見られているという、いやに生々しい感覚があった。

 暗闇の中から、樹木の厚い壁の隙間からいくつもの目が私の動きを見守り、監視しているようだ
 った。私はそれらの鋭い視線を、レンズで集約された光線のように肌にじりじりと感じた。彼ら
 は私がここで何をしようとしているのかを見届けているのだ。ここは彼らの領土であり、私は孤
 独な侵入者なのだ。しかし私はそれらの目を実際に見たわけではない。それはただの錯覚かもし
 れない。恐怖や祷疑心は、暗闇の中にいくつもの架空の目を作り出す。

  その一方で、秋川まりえは双眼鏡を過した免色の視線を、谷間を隔てて肌身にありありと感じ
 とることができたという。自分か誰かに日常的に観察されていると知ることが、彼女にはできた。
 そして彼女の感覚は正しかった。その視線は決して架空のものではなかったのだ。
  それでも私は自分に往がれるそれらの視線を、あくまで架空のもの、実際には存在しないもの
 として考えることにした。そこには目なんてない。それは私の恐怖心が作り出した錯覚に過ぎな
 い。そう考えることが必要だった。とにかく私はこの巨大な森を(どれほど大きいかは心からな
 いが)、最後まで歩いて通り抜けなくてはならないのだ。能う限り正気の頭を持ったまま。
 
  ありかたいことに分かれ道はひとつもなかった。だからどちらに迷もうかと迷うこともなく、
 行き先のしれない迷路に入り込むこともなかった。鋭い輔のある枝に行く手を阻まれたりもしな
 かった。一本の小径をただ前に前にと進み続けるだけでよかった。

  どれほどその道を歩いたことだろう。たぶんとても長い時間だ(そこでは時間というものがほ
 とんど何の意味も持だなかったにせよ)。それでもほとんど疲れを感じなかった。疲れを感じる
 には、私の神経はあまりに高ぶり、緊張していたのだろう。しかしさすがに両脚が重くなり始め
 た頃、前方遠くに小さな光源が見えたような気がした。まるで蛍の光のような黄色く小さな点だ。
 でも蛍ではない。その点はひとつだけで、揺らぎもせず、また点滅もしなかった。どうやらそれ
 は一箇所に固定された人工の光であるようだった。そして道を歩いて行くにつれて、少しずつで
 はあるけれど、その光はより大きくより明るくなっていった。間違いない。拡は何かに向かって
 近づきつつあるのだ。

  それが善きものなのか、あるいは悪しきものなのか、知りようもなかった。私を肋けてくれる
 ものなのか、それとも害をなすものなのか? しかしどちらにしても、私は選択肢というものを
 持だなかった。善きものであるにせよ悪しきものであるにせよ、その光が何であるかを自分の目
 で実際に見届けるしかない。もしそれがいやなら、そもそもこんなところにやって来るべきでは
 なかったのだ。私はその光源に向けて冨言歩足を踏み出していった。

  やがて森が急に終わった。両脇の樹本の壁が消滅し、気がついたときには開けた広場のような
 場所に出ていた。とうとう森を抜け出せたのだ。広場の地面は平らで、きれいな半月形をしてい
 た。そこでようやく頭上に空を目にすることができた。薄暮に似た光が再び拡のまわりを照らし
 ていた。広場の前は切り立った急な断崖になっていて、断崖の壁には洞窟がひとつその目を開け
 ていた。そして拡が先刻から目にした黄色い光は、その洞窟の暗闇からこぼれ出ていた。

  背後には鬱蒼とした樹海が控え、正面には高い崖が聳え(登ることはとてもできそうにない)、
 そこに洞窟の入り目があった。空をもうコ皮見上げ、あたりを見回した。他に道らしきものはな
 い。洞窟の中に足を踏み入れる以外に、拡にとれる行動はなかった。そこに入る前に何度か深呼
 吸をして、できるだけ意識を立て直した。拡が連むにつれて関連性が生まれていく。顔のない男
 はそう言った。無と有の挟間を拡はすり抜けているのだ。彼の言葉をそのまま信じて、思い切っ
 て身を委ねるしかない。

  私は用心深く、その洞窟の中に足を踏み入れていった。それから、あることに思いあたった。
 この洞窟には前にも入ったことがある。この洞窟の形状には見覚えがある。この空気にも覚えが
 ある。それからはっと記憶が蘇った。あの富士の風穴だ。子供の頃、夏休みに若い叔父に連れら
 れて、妹のコミチと一緒に訪れた洞窟だ。そしてコミはそこにあった挟い横穴に一人でするする
 と入っていって、長いあいだ戻ってこなかった。そのあいだ彼女がもうそのままどこかに消えて
 しまったのではないかという不安に私は駆られていた。地中の聞の迷宮の中に永遠に吸い込まれ
 てしまったのではないかと。

  永遠というのはとても長い時間だ、と顔のない男は言った。

  洞窟の中を、黄色い光のこぼれてくる方に向かって私はそろそろと連んでいった。できるだけ
 足音を立てないように、高まる胸の鼓動を抑えて。岩壁の角を曲がったところで、その光源を目
 にすることができた。それは古いカンテラだった。昔の炭坑夫が坑内で使っていたような、黒い
 鉄縁のついた古風なカンテラだ。カンテラの中には太い蝋燭が燃えていた。それは岩壁に打ち付
 けられた太い釘に吊されていた。

 「カンテラ」、その言葉には聞き覚えかおる。それは雨田典彦が加わっていたと思われる、ナチ
 に抵<抗するウィーンの学生地下組織の名称とつながっている。いろんなことがどんどん結びつい
 ていく。

  カンテラの下に女が一人立っているのが見えた。最初のうちその女がいることに気づかなかっ
 たのは、彼女がとても小柄だったからだ。身長はおおよそ六十センチほどしかない。彼女は黒い
 髪を頭の上できれいに結い、白い古代の衣服を身につけていた。見るからに上品な衣服だった。
 彼女もやはり『騎士団長殺し』の絵の中から抜け出してきた人物だった。騎士団長が刺し殺され
 る現場を、手を口もとにやりながら、怯えた目で目撃していた若い美しい女だ。モーツァルトの
 歌劇『ドン・ジョバンニ』の彼に即して言えば、ドンナ・アンナ。ドン・ジョバンニに殺害され
 た騎士団長の娘だ。
  カンテラの光を受けた彼女の黒い影が、鮮やかに拡大されて背後の岩壁に映し出され、揺れて
 いた。

 「お待ちしておりました」と小柄なドンナ・アンナは私に言った。
 




    第55 それは明らかに原理に反したことだ


 「お待ちしておりました」とドンナ・アンナは私に言った。身体こそ小さいが、くっきりとして
 軽やかな声だった。
  その頃には私はもう、何かに驚くという感覚をおおむね失っていた。彼女がそこで私を待ち受
 けていたのは、むしろ当然の成り行きであるようにさえ思えた。美しい顔立ちの女性だった。自
 然な気品のようなものがあり、その声には凛とした響きが聞き取れた。身長が六十センチほどし
 かなかったにもかかわらず、彼女には男の心を惹きつける特別な何かが具わっているようだった。
 「ここからあなたをご案内します」と彼女は私に言った。「そのカンテラをとっていただけませ
 んか」
  私は言われたとおり、壁の釘にかかっていたカンテラを外した。誰の于によってかはわからな
 いが、そのカンテラは彼女には手の届かない高いところに吊されていた。カンテラのてっぺんに
  は鉄製の翰っかがついていて、それを釘から吊したり、あるいは于に待って移動したりできるよ
 うになっていた。「ぼくが来るのを待っていた?」と私は尋ねた。
 「そうです」と彼女は言った。「ここで長いあいだ待っておりました」

  彼女もやはりメタファーの一種なのだろうか? しかし彼女に対してその上うな直截的な質問
 をするのがなんとなく憚られた。

 「あなたはここの土地に住んでおられるのですか?」
 「ここの土地?」と彼女は径厨そうな顔で聞き返した。「いいえ、私はここであなたをお待ちし
 ていただけです。ここの土地と言われてもよくわかりません」

  私はそれ以上の質問をすることをあきらめた。彼女はドンナ・アンナで、ここで私が来るのを
 待っていたのだ。
  彼女は騎士団長が着ていたのと同じような、白い布の装束に身を包んでいた。おそらくは絹だ
 ろう。何枚もの布が上衣として重ねられ、その下はゆったりとしたズボンのようになっていた。
 体型は外から見えないが、どうやらほっそりと引き締まった体つきであるようだった。そして何
 かの革でできた小さな黒い靴を履いていた。

 「さあ、参りましょう」とドンナ・アンナは私に言った。「時間の余裕はありません。道は刻々
 とせばまっていきます。私のあとをついてきてください。そのカンテラを持って」
 私はカンテラを彼女の頭上に差し出し、あたりを照らしながら、彼女のあとに続い
 た。ドンナ・アンナは素早い馴れた足取りで洞窟の奥に向かって歩いた。歩くにつれて蝋燭の炎
 が揺れ、まわりの岩壁の細かな陰影が生きたモザイクのように踊った。

 「ここはぼくがかつて訪れた富士の風穴みたいに見えます」と私は言った。「実際にそうなので
 すか?」
 「ここにあるものは、すべてがみたいなものなのです」とドンナ・アンナは背後を振り返ること
 もなく、前方の暗闇に向かって語りかけるように言った。
 「本物ではないということ?」
 「本物がいかなるものかは誰にもわかりません」と彼女はきっぱりと言った。「目に見えるすべ
 ては結局のところ関連性の産物です。ここにある光は影の比喩であり、ここにある影は光の比喩
 です。ご存じのことと思いますが」

  その意味を正確に理解できたとは思えなかったが、私はそれ以上の質問は控えた。すべては象
 徴的な哲学論議になってしまう。
  奥に連むに従って、洞窟はだんだん狭くなっていった。天井も低くなり、私はいくらか身をか
 がめて歩かなくてはならなかった。あの富士の風穴のときと同じように。やがてドンナ・アンナ
 は歩をとめた。そして振り向いて、その小さな黒い目で私の顔をまっすぐ見上げた。

 「私か先に立って案内できるのはここまでです。ここからはあなたが先に立って連んでいかなく
 てはなりません。途中まで私はあなたのあとからついていきます。しかしそれもある地点までで
 す。そこから先はあなた一人で行くことになります」
  ここから先に連む? 私はそう言われて首をひねった。というのは、どう見ても洞窟はそこで
 終わっていたからだ。行く手には暗い岩の壁が立ちはだかっているだけだった。私はその壁のま
 わりをカンテラの明かりで照らしてみた。でもやはりそこが洞窟の行き止まりだった。

 「ここからどこにも行けないように見えますが」と私は言った。

 「よく見てください。左の隅の方に横穴の入り口があるはずです」とドンナ・アンナは言った。
  私はもう一度、洞窟の左手の隅をカンテラの明かりで照らしてみた。身を乗り出して近くから
 注意深く見ると、大きな岩の背後に隠されて、暗い陰になったくぼみがあることがわかった。私
 は岩と壁のあいだに身をはさむようにして、そのくぼみの有様を点検した。それはたしかに横穴
 の入り目であるようだった。富士の風穴でコミが潜り込んでいった横穴によく似ていたが、それ
 よりいくぶん大きかった。私の記憶によれば、小さな妹があのとき潜り込んでいったのはもっと
 決い横穴だった。

  私は振り返ってドンナ・アンナを見た。

 「あなたはそこに入っていかなくてはなりません」とその身長六十センチほどの美しい女性は言
 った。

  私は言葉を深しながら、ドンナ・アンナの美しい顔を見た。カンテラの黄色い明かりに照らさ
 れて、彼女の引き伸ばされた影が壁に揺れた。
  彼女は言った。「あなたが昔から、暗くて狭いところに強い恐怖心を抱いていることは存知あ
 げています。そういうところに入ると正常に呼吸ができなくなってしまう。そうですね? でも
 それにもかかわらず、あなたはあえてその中に入っていかなくてはなりません。そうしなければ、
 あなたはあなたの求めているものを手に入れることはできません」
 「この横穴はとこに通じているのですか?」
 「それは私にもわかりません。行く先はあなたご自身が、あなたの意思が決定していくことで
 す」
 「でもぼくの意思には恐怖もまた含まれています」と私は言った。「ぼくにはそれが心配なので
 す。ぼくのその恐怖心がものごとをねじ曲げ、間違った方向に進めてしまうかもしれないこと
 力」
 「繰り進すようですが、違を訣めるのはあなたご自身です。そして何より、あなたはもう行くべ
 き道を選んでしまっています。あなたは大きな犠牲を払ってこの世界にやって来て、舟に乗って
 あの川を渡りました。後戻りはできません」

  私はもう一度その横穴の入り目に目をやった。その狭い暗闇の中にこれから自分が潜り込んで
 いくのだと思うと、身がすくんだ。しかしそれは私がやらなくてはならないことなのだ。彼女が
 言うとおり、もう後戻りはできない。私はカンテラを地面に置き、ポケットから懐中電灯を出し
 た。カンテラを持って挟い横穴に入ることはできない。

 「自分を信じるのです」とドンナ・アンナは小さな、しかしよく通る声で言った。「あなたはあ
 の川の水を飲んだのでしょう?」
 「ええ、喉が渇いて我慢できなかったので」
 「それでいいのです」とドンナ・アンナは言った。「あの川は無と有の挟間を流れています。そ
 して優れたメタファーはすべてのものごとの中に、隠された可能性の川筋を浮かび上がらせるこ
 とができます。優れた詩人がひとつの光景の中に、もうひとつの別の新たな光景を鮮やかに浮か
 び上がらせるのと同じように。言うまでもないことですが、最良のメタファーは最良の詩になり
 ます。あなたはその別の新たな光景から目を逸らさないようにしなくてはなりません」

  雨田典彦の描いた『騎士団長殺し』もその「もうひとつの別の光景」だったのかもしれないと
 私は思った。その絵画はおそらく、優れた詩人の言葉がそうするのと同じように、最良のメタフ
 ァーとなって、この世界にもうひとつの別の新たな現実を立ち上げていったのだ。
  私は懐中電灯のスイッチをつけ、その明かりを点検した。明かりの照度に揺らぎはなかった。
 電池はまだしばらくはもちそうだった。私は革ジャンパーを脱いで、置いていくことにした。そ
 んなごつい服を着たまま、この狭い穴に入っていくわけにはいかない。そして薄手のセーターに
 ブルージーンという格好になった。洞窟の中はとくに寒くもなく、暑くもなかった。

  私はそれから心を決めて身をかがめ、ほとんど四つん這いになり、穴の中に上半身を潜り込ま
 せた。穴のまわりは岩でできていたが、まるで長い歳月にわたって流水で決われてきたみたいに、
 表面はすべすべして滑らかだった。角張った部分はほとんどない。おかげで決陰な割に、前に進
 んでいくのは思ったほどむずかしくはなかった。手を触れると、岩はいくぶん冷ややかで、微か
 に湿り気を含んでいるようだった。私は懐中電灯の明かりで行く手を照らしながら、虫が這うよ
 うにゆっくり前に進んでいった。かつてはこの穴は水路として機能していたのかもしれないと私
 は推測した。

  穴の高さは六十センチか七十センチ、横幅はIメートル足らずだった。這って進むしかない。
 場所によっていくらか挟くなったり広くなったりしながら、その暗闇の白烈のパイプは延々とど
 こまでも――と私には思えた―続いていた。ときどき横にカーブし、上り坂になったり下り坂に
 なったりもした。しかしありかたいことに大きな段差はなかった。しかしもしこの穴が本当に
 地下水路としての役目を果たしてきたのだとしたら、今ここに急に大量の水が流れ込んでくる可
 能性だってなくはないはずだ。そういう考えが私の順にふと浮かんだ。この狭い暗闇の中で自分
 が溺れ死んでいくかもしれないと思うと、恐怖のために手脚が痺れて動かなくなった。

  私はもと来た道を引き返そうとした。しかしこの狭い穴の中で方向を転換することはもはや不
 可能だった。知らないうちに通路は少しずつ狭くなっていたようだった。これまで進んできた距
 離を後ろ向きに這って戻ることもできそうにない。恐怖が私の全身を包んだ。私はその場所に文
 字通り釘付けにされてしまったのだ。前に進むこともできず、後ろにさがることもできない。身
 体のすべての細胞が新鮮な空気を希求し、激しく喘いでいた。私はとこまでも孤独で無力で、す
 べての光に見放されていた。

 「停まらないで。そのまま前に進みなさい」とドンナ・アンナがきっぱりとした声で言った。そ
 れが幻聴なのか、それとも彼女が本当に私の背後にいて、そこから声をかけているのか、私には
 判断できなかった。

 「身体が動かないんだ」と私は背後にいるはずの彼女に向かって、なんとか声を絞り出した。
  「呼吸もできない」
 「心をしっかりと繋ぎ止めなさい」とドンナ・アンナは言った。「心を勝手に動かさせてはだめ。
 心をふらふらさせたら、二重メタファーの餌食になってしまう」
 「二重メタファーとは何なんだ?」と私は尋ねた。

 「あなたは既にそれを知っているはずよ」
 「ぼくがそれを知っている?」
 「それはあなたの中にいるものだから」とドンナ・アンナが言った。「あなたの中にありながら、
 あなたにとっての正しい思いをつかまえて、次々に貪り食べてしまうもの、そのようにして肥え
 太っていくもの。それが二重メタファー。それはあなたの内側にある深い暗闇に、昔からずっと
 往まっているものなの」

  白いスバル・フォレスターの男だ、と私は直観的に悟った。そうであってほしくはなかった。
 しかしそう思わないわけにはいかなかった。おそらくあの男が私を導いて、女の首を絞めさせた
 のだ。そうやって私に、私自身の心の暗い深淵を覗き見させたのだ。そして私の行く先々に姿を
 見せ、私にその暗闇の存在を思い起こさせた。おそらくはそれが真実なのだ。

  おまえがどこで何をしていたかおれにはちやんとわかっているぞ、彼は私にそう告げていた。
 もちろん彼には何でもわかっている。なぜなら彼は私白身の中に存在しているのだから。
  私の心は暗い混乱の中にあった。私は目を閉じて、その心をひとつのところに繋ぎ止めようと
 した。私は歯を食いしばった。でもどうすれば心をひとつのところに繋ぎ止めることができるの
 だろう? だいたい心はとこにあるのだろう? 私は身体の中を順番に深っていった。でも心は
 見つからなかった。私の心はいったいどこにあるのだ?

 「心は記憶の中にあって、イメージを滋養にして生きているのよ」と女の声が言った。でもそれ
 はドンナ・アンナの声ではなかった。それはコミの声だった。十二歳で死んだ私の妹の声だ。
 「記憶の中を深して」とその懐かしい声は言った。「何か具体的なものを深して。手で触れられ
 るものを」

 「コミ?」と私は言った。

  返事はなかった。

 「コミ、どこにいるんだ?」と私は言った。

  やはり返事はなかった。

  私は暗闇の中で記憶を探った。大きな古いずだ袋の中を手探りで探るみたいに。しかし私の記
 憶は空っぽになってしまったようだった。記憶というのがどのようなものであったのか、私には
 それさえもう思い出せなくなっていた。

 「明かりを消して、風の音に耳を澄ませて」とコミが言った。

  私は懐中電灯のスイッチを切り、言われたように風の音に耳を澄ませた。でも何も聞こえなか
 った。辛うじて聞こえるのは、自分の心臓の鼓動だけだった。私の心臓は強風にあおられる網戸
 のように慌ただしい音を立てていた。

 「風の音に耳を澄ませて」とコミが繰り返した。

  私は息を殺し、神経を集中してもうコ皮耳を澄ませた。そして今度は心臓の鼓動の音に被さる
 ように、微かな空気のうなりを聴き取ることができた。そのうなりは高くなったり低くなったり
 した。どこか遠くで風が吹いているらしかった。それから私は顔面にほんの僅かではあるが空気
 の流れを感じた。前方から空気が入ってきているようだ。そしてその空気には匂いが含まれてい
 た。紛れもない匂い、湿った土の匂いだ。それは私かこのメタファーの土地に足を踏み入れて以
 来、初めて嗅いだ匂いらしい匂いだった。この横穴はとこかに通じているのだ。どこか匂いのあ
 る場所に。つまりは現実の世界に。



 「さあ、先に進んで」と今度はドンナ・アンナが言った。「残り時間は限られているのだから」
 
  私は懐中電灯の明かりを消したまま、暗闇の中を這って進んだ。前に進みながら私は、どこか
 から吹き込んでくるその本物の空気を少しでも胸に吸い込もうとした。

 「コミ?」と私はもう一度呼びかけてみた。

  やはり返事はなかった。

  私は懸命に記憶の袋を探った。その頃コミと私は猫を飼っていた。頭の良い雄の黒猫だった。
 名前は「こやす」(どうしてそんな名前がつけられたのか覚えていない)。彼女が学校の帰り道
 に棄てられていた子猫を拾ってきて、それを育てたのだ。でもあるときその猫がいなくなってし
 まった。私たちは来る日も来る日も、近所のあらゆる場所を探しまわった。私たちはどれほどた
 くさんの人に「こやす」の写真を見せてまわったか。しかし猫はとうとう見つからなかった。

  私はその黒猫のことを思い出しながら、狭い穴の中を這っていった。私は妹と一緒に黒猫を探
 してこの穴の中を這い進んでいるのだ。そう考えようとした。私は前方にある暗闇の中に、失わ
 れた黒猫の姿を見いだそうとした。その鳴き声を聴き取るうとした。黒猫はとても具体的なもの
 であり、手で触れることのできるものだった。私はその猫の毛の手触りや、温もりや、肉球の堅
 さや、ごろごろと喉を鳴ら才首をありありと思い起こすことができた。

 「そう、それでいい」とコミが言った。「そうやって思い出し続けて」
  
  おまえがどこで何をしていたかおれにはちやんとわかっているぞ、と白いスバル・フオレスタ
 ーの男がふいに私に声をかけた。彼は黒い革ジャンパーを着て、ヨネックスのゴルフ・キャップ
 をかぶっていた。彼の声は潮風に暖れていた。その声に虚を突かれて、私はひるんだ。
  私は懸命に黒猫のことを考え続けようとした。そして風の運んでくる微かな土の匂いを、肺に
 吸い込もうと努めた。その匂いには覚えがあるような気がした。どこかで少し前に嗅いだことの
 ある匂いだ。しかしそれがどこだったのか、どうしても思い出せなかった。私はいったいどこで
 この匂いを嗅いだのだろう? それを思い出そうとして思い出せないでいるうちに、記憶が再び
 手薄になり始めていた。

  私の首をこれで絞めて、と女が言った。そして桃色の舌を唇のあいだからちらちらと覗かせた。
 枕の下にバスローブの紐が用意されていた。彼女の黒い陰毛は雨に濡れた草のようにじっとりと
 湿っていた。

 「懐かしく思うものを何か心に思い浮かべて」とコミが切迫した声で言った。「さあ早く、急い
 で」

  私はもうコ伎その黒猫のことを考えようとした。しかし「こやす」の姿はもう思い出せなかっ
 た。どうしてもその姿が頭に浮かんでこない。拡が少しほかのことを考えているあいだに、描の
 イメージは闇の力に貪り食われてしまったのかもしれない。急いで何か他のことを思い浮かべな
 くてはならない。暗闇の中で穴がじわじわとせばまってくるような嫌な感触があった。この穴は
 生きて勤いているのかもしれない。時間は限られているとドンナ・アンナは言った。わきの下を
 冷ややかな汗が一筋流れた。

 「さあ、何かを思い出して」とコミが背後から声をかけた。「手で触れられるものを。すぐに絞
 に描けるようなものを」
  
  私は溺れる人がブイにしがみつくように、プジョー205のことを思い出した。拡がそのハン
 ドルを握って東北から北海道へと旅をしてまわった、古い小さなフランス車を。もう大昔の出来
 事のように思えたが、その四気筒の無骨なエンジン昔はまだ私の耳にくっきり焼き付いていた。
 ギアをセカンドからサードにシフトアップするときの、ゴリッとひっかかるような感触も忘れる
 ことができない。一ケ月半のあいだその車は私の相棒であり、唯一の友人だったのだ。今ではも
 うスクラップになってしまっているはずだが。

  それでも穴は間違いなく挟まっているようだった。這って進んでも天井が順につっかえるよう
 になっていた。私は懐中電灯のスイッチを入れようとした。

 「明かりはつけないで」とドンナ・アンナが言った。
 「でも明かりがないと前が見えないんだ」
 「見てはだめ」と彼女は言った。「目で見てはだめ」
 「穴がどんどん挟くなっている。このまま進めば、身体が挟み込まれて身勣きがとれなくなって
 しまう」

  返事はなかった。

 「もうこれ以上進めない」と私は言った。「どうすればいいんだ?」

  やはり返事はなかった。
  もうドンナ・アンナの声も、コミの声も聞こえなかった。彼女たちはもういなくなってしまっ
 たようだった。そこにはただ深い沈黙があるだけだった。
  穴はますます挟くなり、身体を前に進めることがますます困難になっていった。パニックが私
 を襲った。手脚は麻蝉したように勤きがとれなくなり、息を吸い込かのもむずかしくなった。お
 まえは小さな棺桶の中に閉じ込められてしまったのだ、と私の耳元で声が囁いた。おまえは前に
 も進めず後ろにも戻れず、ここに永遠に埋められることになる。誰の手心届かないこの暗くて挟
 い場所に、すべての人に見捨てられたまま。

凄いシーンで今夜は読み終える。

                                     この項つづく 

● 今夜の寸評:哀しき移民銃社会の不可解さ

10月2日の起きた米ラスベガス、銃乱射事件で59名が死亡。その犯行現場のカジノホテル「マン
ダレイ・ベイ(Mandalay Bay)」では、2日の昼過ぎにバーテンダーがハッピーアワーのスタートを告
げるとカジノに興じる客たちから歓声が上がっことが報道されている。高級ホテルに大量の銃器をひ
そかに持ち込み、32階の部屋の窓から音楽祭の参加者らに向けて銃を乱射した元会計士のスティーブ
ン・クレイグ・パドック(Stephen Craig Paddock)容疑者(64)は、ギャンブルに高額をつぎ込む賭博
愛好家で、その父親はかつて連邦捜査局(FBI)の最重要指名手配犯の銀行強盗。容疑者は賭博都市ラ
スベガスの東130キロに位置するネバダ州メスキート(Mesquite)にある定年退職者向けの閑静なゴル
フコース付き住宅街に一軒家所有していたと三人兄弟のの弟は、大量殺人の計画しているような素振り
はなかったと話す。犯人は特別機動隊(SWAT)が室内に突入した際に遺体で発見され、銃による自殺
したとみる。容疑者のホテルの部屋からは、ロングライフルも含め少なくとも10の武器が押収。また、
定年退職者向けの閑静な新興住宅街に新築された同容疑者宅からは、さらに多くの武器が見つかって
いる。何にしても、わたしたち日本人の感覚では到底理解できない犯行である。

 Oct.2,2017 2:03pm

 

 

 

 

木に縁りて魚を求む

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                              梁恵王篇 仁とは何か  / 孟子        

                                                              

         ※  木に縁りて魚を求む:「自分の家の老人を大切にし、その気持をよその
        老人にまで及ぼす。わが子をかわいがり、その気持をよその子にまで及
        ぼす。そうすれば天下は労せずして冶まります。詩経に、こうあります。
        『妻に手本を ひいては兄弟に さらには国に』、これは、老人や子に
        対する自分の慈愛を他人にまで推し広めよ、との意味です。すなわち慈
        愛をこうして広めてゆけば、世の中は安定するのです。反対に広めなけ
        れば、妻子にさえ信用されません。むかしの王がぬきんでて偉大である
        のは、ほかでもない、この当然の理を実行したからです。あなたの慈愛
        は禽獣にまで及ぶほどなのに、人民にそれが行き及んでいないのは、一
        体どうしたわけですか。秤にのせてみなければ重さはわかりません。物
        差しを当ててみなければ長さはわかりません。万事そのとおりですが、
        とりわけ人の心をはかることは困難です。あなたも、どうか自分の心を
        はかるようにしてください。いったい、あなたは戦争をひき起こし、臣
        下の生命を危険にさらし、隣国の怨みをかって、それで快くお思いです
        か」  

        「いや、けっして快く思っていない。ただ、わたしには大望があるので
        す」、「その大望とやらをお聞かせ願えますか」。王は笑ったまま答え
        ない。孟子は続けた。「山海の珍味が不足なのですか。衣装をもっとい
        ろいろ取りそろえたいのですか。それとも美女やら楽師やら小姓やらを、
        もっとふやしたいのですか。そんなものは臣下のかたがたが十分ご用立
        てているはずです。まさかそんな望みではありますまい」。「もちろん
        です」、「それではあなたの大望とは、言わずと知れた領土を拡げ、強
        国の秦・楚を属国とし、中国に君臨し、四方の蛮族を懐柔することでし
        ょう。しかし、戦争によってその望みを果たそうとなさるのは、木に縁
        って魚を求めるようなものです」「それほど馬鹿げたことだろうか」
        「いや、それ以上です。本に縁って魚を求める、これはまだいい。魚が
        とれないだけで災難は招きません。しかし、あなたのようなやり方で望
        みを果たそうとすれば、全力を出し尽くしたあげく、手ひどい目に会う
        のがおちです」

        「なぜです」

        「もし小国の郡と大国の楚が戦えば、どちらが勝つと思いますか」
        「それは楚が勝つ」
        「そうです。つまり、小は大にかなわない、寡は衆にかなわない、弱は
        強にかなわない、これはわかりきったことです。天下にはいま、千里四
        方の大国が九つあります。お国はそのうちの一国にすぎません。その一
        国が八国を征服しようとするのは、鄙が楚を相手に戦うのと同じではあ
        りませんか。そんなことより、まず政治の根本を正すことが大切です。
        いまあなたが仁政を施すならば、仕官を望む者は、だれでもあなたの朝
        廷に仕えたいと願うでしょう。農民はお国で耕したい、商人はお国で商
        売したい、そう思って他国から移って来るでしょう。旅人はご領内を通
        って行こうとするし、自国の君主に不満を抱く者は、こぞってあなたの
        もとに相談に来るでしょう。こうなればあなたに手向かう特は一人もい
        なくなります」

   No.78

【ZW倶楽部とRE100倶楽部の提携 14】

● 水産物の内陸化:環境と食糧問題を同時解決


 Jan. 29, 2014

世界中で養殖魚が生産される中、天然魚を使った餌不足が懸念されているというが、スイスのスタートア
ップが植物性飼料を開発し、実用化に乗り出す(「魚をベジタリアン化し、環境と人間を守る」環境ビジ
ネス 2017年秋季号)。人□増加に伴い世界中で魚の需要が高まり、養殖魚の生産が伸び近い将来、天然
魚の漁獲量に追いつくところまできていと、世界銀行の報告書「Fish to 2030:漁業と養殖業の展望」(20
14年刊)によれば、世界の魚類座高比は、2011年は天然魚がほぼ60%、養殖魚が40%が、2030年には両
者のがほぼ半々になると予測。天然魚は後述するように餌(養殖向けおよび畜産向け)や種苗(養殖の稚魚)
にも使われ、また肥料や医薬品などにも利用されるため、純粋に食用として考えると、2030年には62%を
養殖魚が占めると予測している。

養殖魚を育てるには様々な準備が必要で、餌も大量に準備しなければならない。養殖魚の餌には、主に魚
粉(フィッシュミール)や魚油が使われている。魚粉は魚肉を加熱して油を除いて乾燥させた粉。養殖魚の
増加に伴って魚粉の使用割合も増加している。先の報告書によると、世界の養殖用魚粉の使用量は、1980
年は10%にとどまっていたが、2010年には73%に跳ね上がる。

● 魚粉のエサのデメリット

肝心の餌にデメリットがあることを深刻にとらえていない。デメリットは3つある。①餌代が高い、②海
の水質の悪化、③残留医薬品。1番目の餌代高コストは、魚粉の不足が原因だ。餌として欠かせない魚粉
の価格が高騰して、養殖業者を苦しめる。日本では魚粉を輸入に頼り、輸入価格は高騰し、水産庁の2016
年度水産白書は、「中国を中心とした飼料需要の拡大や、魚粉原料となるペルーカタクチイワシの漁獲量の
減少により、2015年4月には2005年平均価格の約3倍まで上昇」。魚粉の高騰で、廃業に追い込まれた養
殖業者がある。

2番目は魚粉の環境汚染。魚粉飼料の食べ残しや糞尿が海底にたまり、海中の生物に悪影響を与える。水
中で崩れにくいように改良した魚粉飼料も使われ、魚がほぼ食べきるような工夫もされているが、積極的
でない国もある。3番目は、餌に含まれている水産用医薬品の問題だ。養殖魚の病気を治すために抗生物
質などを餌に混入する。養殖魚の体内に残留した薬が、人間の□に入ることは十分考えられる。魚もおいし
ければいい、安ければいいというわけにはいかない。健康な養殖魚を育てることは、人間の健康を守るこ
とにつながる。

プロバイオティックスとは、腸を通じて体内に良い影響をもたらす生きた微生物で、乳酸菌、納豆菌などが
ある。このプロバイオティックスを餌に混ぜて魚に食べさせれば、さまざまな面でメリットがある。プロ
バイオティックス飼料だと魚の成長率がアップし、餌の量がこれまでよりも少なく、魚粉の使用が少なくな
り、餌代を減らせる。プロバイオティックスを摂ることにより、病気を予防したり改善できる利点がある。
また、実験では、寄生虫による疾病負荷が25%も減る事例がある。そのため水産用医薬品も低減できる。


 

魚に こうした望ましい効果をもたらす新種のプロバイオティックスを発見し、プロバイオティックス飼
料」の実用化を進めているのは、スイス中央部ルツェルンのトゥエンティ・グリーン社。2015年10月に設
立ベンチャー企業で、この画期的な発見と技術化で注目を浴びている。CEOのダンカン・サザーランド
は、オーストラリア、日本、スイスで生物学の分野で研究を重ね、「プロバイオティックス飼料」のアイ
デアを世界に広めるため同社を設立。養殖業者の生活保護も海の汚染軽減も大切な課題だが、同様に重要
なのは消費者の健康にある。食用魚の中の残留抗生物質は、人体に多くの影響を与える。知らず知らずの
うちに薬品を取り込んだ結果、抗生物質の効力が薄れてしまう。抗生物質が効かないことに関連した病気
で亡くなる人々の数が、2050年には現在の病の死亡者数を上回ると推測する研究もあると同氏は話す。抗
生物質を投与しても病気が治らないケースが増加している近年、養殖魚の残留医薬品を減少できるプロバ
イオティックス飼料はメリットが大きい。

Sep. 27, 2016
※ Probiotic legacy effects on gut microbial assembly in tilapia larvae 

● 完全な植物系飼料

プロバイオティックスは、大豆、トウモロコシ、キャノーラ、麦などの植物に混ぜて、魚粉なしの「ベジタ
リアンフード」にすることも可能だ。「魚の種類によっては魚粉を配合しない餌でも育てられる。たとえば
ティラピアなど(上図クリック)。ただし、いまの状態を100とすると、いきなり魚粉配合をゼロにするの
は無理。徐々に魚粉を減らし、その魚が慣れす期間が必要。どうしても生餌や魚粉配合の餌を好む種類に
は、魚の量をできる限り減らして植物系餌として与えることができる。サケは、いま使っている魚粉の5%
を減らすだけでも大成功だと言われており、トゥエンティ・グリーン社は実現できると話す。抗生物質など
の使用も同様、プロバイオティックス飼料で育てても、将来的に抗生物質などをゼロにすることは難しく、
少量は使うことを見込む。病気を完全になくす魔法はない、どの抗生物質をいつ使うかを見極めつつ、い
ろいろなアプローチでサステナブルな養殖を目指す。また、魚だけでなく、鳥、豚、牛の家畜への展開は
可能である。

ブログでも掲載したが、バイオマス燃料の温水や地熱などの再生可能/自然エネルギー利用すれば、大形
回遊魚を除いた魚、貝、エビなどの魚介類の内陸養殖事業の実用化は目前であろう。


【ソーラータイル事業篇:太陽電池の性能劣化の現地回復法】

❏ 特開2017-175683 太陽電池の性能劣化回復方法  国立岐阜大学

【概要】

太陽光発電システムは、設置後十年前後でようやく設置コストの回収ができると言われており、長期間の
安定した出力が求められているが、太陽光発電で先行するヨーロッパ等では、PID(potential-induced
degradation)現象とよばれる太陽電池モジュールシステムの性能劣化が発生するという問題が報告されて
いる。PID現象とは、太陽電池モジュール内部回路で電荷の分極が生じ、セル内部での電子の移動が妨
げられることで出力の著しい低下が起こる現象である。 PID現象は、高電圧化した太陽光発電設備に
おいて、接地されたフレームと太陽電池モジュール内部回路との間に大きな電位差が発生するようになり、
これに湿度、温度等の外部要因が作用し、或いはモジュールに用いられるガラス基板からのアルカリ金属
イオンが拡散して、モジュールの内部回路とフレーム間に漏れ電流が生じることが原因といわれている。

このようなPID現象を抑制する方法には、❶所定レベル以上の高い絶縁性の太陽電池用封止膜を利用す
るもの、❷環状オレフィン系樹脂のフィルムと、エチレン・α-オレフィンゴム共重合体(A)とエチレ
ン・アクリル酸共重合体(B)を所定の配合比でブレンドした組成物に有機過酸化物課教材を含む材料で
モジュールを封止するもの、❸エチレン・極性モノマー共重合体と、シランカップリング剤と、ヒンダー
ドアミン系光安定剤を含む封止用樹脂を提供するものなどがある。これらの技術は、封止膜により結晶シ
リコン等のセルを保護しようとする方法である。

また、❹太陽光発電システムに使用する電力変換装置に絶縁トランスを追加し、かつ負極に接地すること
でIDの発生を防止する方法や、❺太陽電池モジュールとパワーコンディショナの間に出力低下予防回復
装置と発電回路との切り替え手段を設けて、太陽電池モジュール内部に正電圧を印加する電源とこのモジ
ュールを接地する接地手段を備えた装置などの提案もある。これらの技術はPID現象を効果的に抑制す
るものではあるが、既に設置済みの太陽電池モジュールに適用することは困難である。

 一方、既設の太陽電池モジュールの劣化を回復する手段として、❶例えば40℃で1000Vの電圧を
100時間かけることでPIDを起こさせたのち、逆の電圧を同温度、同時間かけることでPIDが回復
したという結果や、❷600Vの逆電圧あるいは250℃で2.5時間の処理により回復するという報告
がある。これらの方法によれば回復可能であるかも知れないが、太陽電池モジュールを再利用する場合の
ように、一旦設備を分解するなどして回収することが必要となる。

❼なお、一定期間使用された太陽電池パネルについて出力を回復するための補修装置として、直流通電に
より太陽電池パネルに発生した発熱箇所を赤外線カメラで撮影・解析し、レーザーを照射して加熱する方
法があるが、熱疲労によるはんだクラックにより出力低下した太陽電池パネルの回復手段に関するもので
あり、同じ手法がPIDの回復に適用できるか否かは不明である。下図のように、既設の太陽電池モジュ
ールを設置した状態のままでPID現象により出力低下したモジュールの出力の回復にあっては、太陽電
池モジュール11に対して光照射により加熱して、発電効率の劣化を回復する方法であり、光源がLED
光源13であり、光照射と並行して、太陽電池モジュール11の受光面上方に第三の電極10を設けると
共に、電極10と、太陽電池モジュールの裏面側電極12に電圧HVを印加する方法である。




【符号の説明】

1、11 太陽電池モジュール 2、22  欠陥部位 10 第三の電極 13  光源 15 太陽電池セル

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

   第55章 それは明らかに原理に反したことだ 

   そのとき何かが背後から近づいてくる気配があった。何か平たいものが暗黒の中を追って、私
  の方にやってくるのだ。それはドンナ・アンナでもなく、コミでもなかった。それは人ではない
  ものだ。私はそのざわざわという足音を聞き、不揃いな息づかいを感じ取ることができた。それ
  は私のすぐ背後までやってくると、動きを止めた。そして沈黙の数分が過ぎた。それは息をひそ
  め、様子をうかがっているようだった。それからぬめりのある冷ややかな何かが、私のむき出し
  の足首に触れた。それはどうやら長い触手であるようだった。形容のしようのない恐怖が私の背
  筋を追い上がった。

   これが二重メタファーなのか? 私の内部の暗闇に往んでいるものなのか?

   おまえがどこで何をしていたかおれにはちやんとわかっているぞ。

   もう何ひとつ思い出せなくなった。黒猫も、プジョー205も、騎士団長も、何もかもどこか
  に消えてしまった。私の記憶は再びそっくり空白になっていた。私は何も考えず、その手から逃
  げるように、むりやり身体を前に押し進めた。穴は更に挟くなり、身体がほとんど動かせないほ
  どになってしまった。自分の身体よりも明らかに狭い空間に、私は身体を押し込もうとしている。
  でもそんなことができるわけはないのだ。考えるまでもなく、それは明らかに原理に反したこと
  だ。物理的に起こりえないことだ。

   私はそれでも、強引にそこに自分の身体をねじ込んでいった。ドンナ・アンナが言ったように、
  それは私か既に選びとった道であり、それ以外の道を選ぶことはもう不可能になっている。騎士
  団長はそのために死ななくてはならなかった。私がこの手で彼を刺し殺したのだ。彼の小さな身
  体を血の海に沈めたのだ。その死を無益に終わらせてはならない。そして背後からは冷ややかな
  触手を持った何かが、私をその手中に収めようとしていた。

   気力を振り絞って前方仁這い速んだ。セーターがまわりの岩壁にひっかかってあちこちではこ
  ろび、ほつれているようだった。私は身体のあちこちの関節の力を抜き、まるで縄抜けをする芸
  人のような格好で、挟い穴の中をぎこちなくくぐり抜けていった。芋虫ほどのゆっくりした速度
  でしか前に進めなかった。私の身体はひどくせばまった穴の中で、巨大な万力にかけられていた。
  身体中の骨と筋肉が激しく悲鳴をあげていた。そしてわけのわからない冷ややかな触手が、私の
  足首の上にまでずるずると這い上がってきた。やがてそれは漆黒の暗闇の中で、身勣きもできず
  にいる私の全身を間違いなく埋め尽くすだろう。私はもう私ではなくなってしまうことだろう。



   私はあらゆる理性を捨て、渾身の力を込めて身体をより狭い空間に向けて突き出した。私の身
  体が苦痛に激しい悲鳴をあげた。しかし何かあるうと前に速まなくてはならない。たとえ身体中
  の関節をそっくり外さなくてはならなかったとしても。そこにどれはどの痛みがあるうと。だっ
  てこの場所にあるすべては関連性の産物なのだ。絶対的なものなど何ひとつない。痛みだって何
  かのメタファーだ。この触手だって何かのメタファーだ。すべては相対的なものなのだ。光は影
  であり、影は光なのだ。そのことを信じるしかない。そうじやないか?

   出し抜けに狭い穴が終わった。まるで詰まっていた草のかたまりが、水の勢いで排水パイプか
  ら吐き出されたみたいに、私の肉体は何もない空間へ放り出された。そしてそれがどういうこと
  なのか思い当たる余裕もなく、どこまでも無防備に私は宙を落下した。少なくとも2メートルほ
  どの高さはあったと思う。でもありかたいことに、落ちたところは固い岩場ではなく、比較的柔
  らかい土の地面だった。そして私は身体を低くして肩をすくめ、肩を身体の下に入れることで、
  頭を地面に打ち付けるのを防いだ。それは柔道の受け身と同じように、ほとんど反射的におこな
  われた。肩と腰をかなり強く打ったが、痛みはほとんど感じなかった。

   あたりは暗闇に包まれていた。懐中電灯はなくなっていた。それは落下の途中で手から滑り落
  ちてしまったらしい。私は暗闇の中で、ただじっと四つん這いになっていた。何ひとつ見えない。
  何ひとつ考えられない。そのときの私に辛うじてわかるのは、徐々に明らかになってくる身体の
  節々の痛みだけだった。穴を抜けるときに痛めつけた身体中の骨と筋肉がこぞって苦情を訴えて
  いた。
   そうだ、私はあの狭い横穴をなんとか抜け出すことができたのだ。ようやくそのことが実感で
  きた。私の足首にはまだあの気味の悪い触手の感触が生々しく残っていた。それが何であったに
  せよ、そんなものから逃れられたことに私は心から感謝した。

   そして私は今、どこにいるのだろう?

   風はない。しかし匂いはあった。横穴に吹き込んできた風の中に微かに嗅ぎ取れたあの匂い
  今では私のまわりをしっかりと囲んでいた。でもそれが何の匂いだったのか、まだ思い出せなか
  った。いずれにせよここはひどく静かな場所だ。どんな音も耳に届かない。
   何はともあれ懐中電灯を探さなくてはならない。私は手探りで注意深くあたりの地面をさがし
  まわった。四つん這いになったまま、少しずつ半径を広げながら。土には僅かに湿り気があった。
  漆黒の暗闇の中で、何か気味の悪いものに手が触れるのではないかと不安だったが、そこには小
  さな石ころひとつ落ちていなかった。ただ平らなまるで誰かがきれいに整地したみたいに真っ平
  らな―――地面があるだけだ。

   懐中電灯は私が落下した場所から1メートルほど離れたところに転がっていた。私の手はよう
  やくそれを探り当てた。そのプラスチック製の懐中電灯を再び手にしたことはおそらく、それま
  での私の人生で起こった最も祝賀すべき出来事のひとつだった。
   懐中電灯のスイッチを入れる前に、目を閉じて何度か深呼吸を繰り返した。複雑にかたまって
  しまった結び目を、時間をかけてほどいていくみたいに。そのうちにようやく呼吸が落ち着いて
  きた。鼓動もほぼ平常に戻り、筋肉にも通常の感覚が戻ってきた。私はもうコ皮だけ大きく息を
  吸い込み、それをゆっくり吐いてから、懐中電灯のスイッチを入れた。黄色い光が暗闇の中を素
  早く走った。しかししばらくのあいだ、まわりの光景を見ることができなかった。目が探い暗闇
  に馴れすぎてしまっていて、直接光を見ると頭の奥の方にきつい痛みを感じたからだ。

   片手で目を覆い、時間をかけて薄目を開け、指の隙間からあたりの様子をうかがった。見たと
  ころ、私はどうやら円形の部屋の中にいるようだった。それほど広い場所ではなく、まわりを壁
  で囲まれている。人工的な石の壁だ。私は頭上を照らしてみた。そこには天井があった。いや、
  天井ではない。天蓋のようなものだ。光はどこからも差し込んでこない。
   やがて直観が私を打った。これは雑木林の中の、祠の裏手にあるあの穴だ。私はドンナ・アン
  ナのいた洞窟の横穴をくぐり抜け、その石室の底に落下したのだ。現実の世界の現実の穴の中に。
  どうしてかはわからない。とにかくそうなったのだ、私は言うなれば出発点琵戻ってきたのだ。
  しかしなぜ光が一筋も入ってこないのだろう? 穴を塞いでいるのは何枚かの厚板だ。板と板と
  のあいだには僅かだが隙間があいているし、その隙間から光がこぼれてこなくてはならない。な
  のにどうして暗闇がここまで完全なのだ?

   私は途方に暮れた。

 Sep. 12, 2002


   しかしとにかく今私かいるところが、祠の裏手に闇いた石室の底であることに疑いの余地はな
  さそうだ。私が嗅いでいるのは、まさしくあの穴の匂いだった。どうしてそのことが今まで思い
  出せなかったのだろう? 私は懐中電灯の光をゆっくり慎重に巡らせてみた。壁に立てかけられ
  ていたはずの金属製の梯子は見当たらなかった。誰かがまたそれを引き上げて、どこかに運んで
  行ってしまったようだった。私はこの穴の底に閉じ込められ、外に抜け出すことはできないとい
  うことになる。

   そして不思議なことに――たぶん不思議なことなのだろう――どれだけ探しても、まわりの石
  壁に横穴の入り口らしきものは見当たらなかった。私は狭い横穴を抜けて、この穴の底に落下し
  た。まるで赤ん坊が空中で産み落とされるみたいに。なのにその横穴の口がどこにも見つからな
  いのだ。それは私をすぽんと外に吐き出して、そのままぴったり口を閉じてしまったようだった。
   懐中電灯の光はやがて地面の上にあるものを照らし出した。見覚えのあるものだ。騎士団長が
  この穴の底で鳴らしていた古い鈴だった。私は夜中にその音を耳にして、雑木林の中にこの穴が
  あることを知ったのだ。鈴の音がすべての始まりだった。そして私はその鈴をスタジオの棚の士
  に置いておいた。しかしそれはいつの間にか棚から姿を消していた。私はそれを手に取り、懐中
  電灯の明かりでしげしげと眺めた。古びた木製の持ち手がついている。間違いない。まさにあの
  鈴だ。

   わけがわからないまま、その鈴を長いあいだしげしげと眺めていた。それは誰かの手でこの穴
  の底に運ばれてきたのだろうか。いや、鈴は自らの力でここまで戻ってきたのかもしれない。鈴
  は場に共有されるのだと騎士団長は言っていた。場に共有される。それはいったい何を意昧する
  のだろう? しかし私の頭はものごとの原理について考えるには疲れすぎていた。そして、私の
  周囲には寄りかかるべき論理の柱が一本として見当たらなかった。

   私は地面に腰を下ろし、石の壁に背中をもたせかけ、懐中電灯のスイッチを切った。これから
  どうすればいいか、どうすればこの穴から出られるか、とりあえずそのことを考えなくてはなら
  ない。考えるのに明かりは不要だ。そして私は懐中電灯の電池の消耗をできるだけ抑えなくては
  ならなかった。

   さて、どうすればいいのだろう?

                                      この項つづく

 

                                      



 

仁者に敵なし

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                              梁恵王篇 仁とは何か  / 孟子        

                               

            ♚ 仁者に敵なし:恵王が言った。「ご承知のとおり、むかし
              わが回は天下最強を跡っていました。ところがわたしの代
              になって、東では斉に敗れて太子を亡くし、西では泰に
              七百里の領土を奪われた。そのうえ南でも楚に敗戦の侮辱
              をうけた。無念やるかたありません。死者の霊を慰めるた
              めにも、ぜひこの恥はすすぎたい。いったい、どうすれば
              よろしいか」

              孟子は答えた。

              「百里四方の領土しか持だない君主でも、りっぱに天下の
              王者になることができます。そのためには、仁政を施すこ
              とです。むやみに刑罰を課さず、租税を幌くし、人民が安
              心して仕事に励めるようにしてやるのです。若者には仕事
              のあい間に孝悌忠信の道徳を学ばせ、父兄によく仕え、目
              上を敬うように指導するならば、たとい秦・楚の軍備がい
              かに強大でも、いざとなれば人民は竹槍を作ってでも敵に
              ぷつかっていきます。

              敵国では人民を徴用にかりたて、そのため人民は働く暇を
              奪われて親を養えないでいます。親は飢えと寒さに苦しみ、
              家族は離散の状態にある。人民をこれほどの苦しみに追い
              やっている相手の国へ、あなたが征伐の軍をくり出せば、
              だれも人手向かう者はないはずです。"仁者に敵なし"とは
              このことです。どうか碩信をもって実行してください」

               〈晋〉春秋時代の大国で、文公のとき覇者となったが、の
               ちのも韓・魏・趙の分立によって滅亡した。ここで梁の恵
                            王が自国を晋と称しているのは、われこそ晋の正続を承け
                            継ぐものと自負し、再び天下に号令しようとの心があるか
                            らである。
                    〈里〉周代の度量衡では、一里は約405メートル。

               【解説】攻めても攻められても民衆の支持を得ているほう
               に軍配があがる。領土の大小、武器の優劣は決定的要因で
                            はない。

 

    No.79

【Renewables 2017:太陽光発電急伸 22年再エネ世界エネルギーの1/3】

10月4日、国際エネルギー機関(IEA)は、太陽光発電の急伸により再生可能エネルギー費をリードし、
2022年には再生可能エネルギーが世界のエネルギー1/3を占めることになるとの見通しを公表。そ
れによると、強力な太陽光発電市場を背景に、再生可能エネルギーは2016年に世界の新発電容量のほ
ぼ3分の2を占め、過去最高の記録となる165ギガワット(GW)であった。これは、主にコスト削減
と政策支援により、中国および世界各地での太陽光発電の普及が好調に推移したことを受けたことによる
とのこと。

 Oct. 4, 2017

昨年、世界の新太陽光発電容量は50%増加し74ギガワットを超える。このうち、中国はこの拡大のほ
ぼ半分を占める。太陽光発電の追加は他のどの燃料よりも速く増加し、石炭の純成長を上回っている。こ
の展開に伴い、キロワット時に最低3セント(3・2円)の記録的な応札価格を記録。インド、アラブ首
長国連邦、メキシコ、チリなど、さまざまな場所で太陽光と風力の低公表価格が記録されていく。これら
の太陽光発電および風力購入契約の契約価格は、新しく建設されたガス/石炭発電所の発電コストに匹敵
もしくはそれ以下を達成し、2022年までに再生可能エネルギーの新しい時代を迎える見込みである。
昨年度実績は、IEAの電力予測のベースとなり、2022年まで引き続き堅調に推移し、再生可能電力容
量は920ギガワット(GW)以上に拡大し、43%の増加すると予測する。今年の再生可能な予測では、
主に中国とインドにおける太陽光発電の上方修正により昨年よりさらに12%高くなる見通し。

 Oct. 3, 2017

太陽光発電は新しい時代に突入し、今後5年間、太陽光発電は、風力と水力をはるかに上回る再生可能エ
ネルギーの年間最大発電容量を記録することになるだろう。これは昨年の報告書と比較し、3分の1以上
に見直しとなる。この背景には、政策変更による継続的技術革新とコストの削減、さらに中国のかつてな
いほどの市場拡大にとるものだと推進する。

 

 Oct. 3, 2017

【蓄電池篇:恐るべしわずか6分で超急速充電】

10月3日、東芝は、チウムイオン電池の負極材として一般的に使用される黒鉛と比較して、2倍の容量
を持つチタンニオブ系酸化物を負極材に用いた、次世代リチウムイオン電池(次世代SCiBTM )の試作に
成功したことを公表している。次世代SCiBTMは 高エネルギー密度でかつ超急速充電が可能であり、電気
自動車(EV)用途に適し搭載すると、6分間の超急速充電で、従来のリチウムイオン電池を搭載したコン
パクトEVと比較し走行距離を3倍の320キロメートル延ばすことができる(下図)。今後、電池のエネ
ルギー密度のさらなる向上による走行距離の伸長を進め、2019年度の製品化を目指す。

 

 Oct. 2 ,2017

❏ 光触媒で海水から水素燃料を取り出す

9月28日、米南フロリダ中央大学の研究グループが、非貴金属系光触媒で海水から水素生成することに
したことを公表している(上図クリック)。それによれば、酸化チタン(TiO2)ベース硫化モリブデン
(MoS2)ヘテロ構造型非金属プラズモニック光触媒での高効率な水素(H2)生成にできる。大面積型酸
化チタン( TiO2)に硫化モリブデン(MoS2)ナノ空洞アレイ積層は、陽極酸化・物理蒸着・化学蒸着プロセスで作
製する。 紫外可視(UV-Vis)波長から近赤外(NIR)波長および有限要素周波数領域シミュレーション(論理的シミ
ュレーション)の広いスペクトル応答は、このヘテロ構造型光触媒が水素イオン還元活性の増強を低い触媒負荷
量で高い水素収率が達成できることを示唆するのである。これにより、電荷移動経路を効果的に制御する
共形塗布硫化モリブデン(MoS2)を介したプラズモン共鳴に相関する空間的に均一なヘテロ構造は、独
自の太陽エネルギー吸収と光触媒による水素(H2)製造に重要であることがわかる。この研究成果から、
資源が豊富な非金属土類型光触媒活性が、プラズモン効果で増強され、化学燃料への太陽エネルギー変換
に優れた触媒剤であることを証明している(詳細、下表クリック)。

 Sep.28, 2017

※ 参考特許

・特表2015-531731 水素生産のための金属硫化物をベースとする組成物光触媒イエフペ エネルジ ヌヴェル 他
 2015年11月05日
・特開2015-142882 水素生成触媒久保田 博 2015年08月06日

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

   第56章 埋めなくてはならない空白がいくつかありそうです

   わけのわからないことはいくつもあった。しかしそのとき私の頭をいちばん悩ませていたのは、
  どうしてこの穴の中に一条の光も差し込んでこないのだろうということだった。きっと誰かが穴
  の入り口を何かでぴたりと塞いでしまったのだ。でもいったい誰が何のためにそんなことをしな
  くてはならなかったのか?

   その誰かが(誰であれ)、蓋の上に大きな重い石をいくつも積み重ねて、もともとそうであっ
  たような石塚にして、この穴を厳重に封印してしまったのではないことを私は祈った。もしそう
  であれば、私がこの暗闇から抜け出せる可能性はゼロになってしまう。

   ふと思いついて、懐中電灯の明かりをつけ、腕時計を見た。時計の針は四時三十二分を指して
  いた。秒針はちゃんと時計回りに時を刻んでいた。時間は確かに経過しているようだ。少なくと
  もここは時間というものが存在し、一定の方向に規則正しく流れている世界なのだ。

   でもそもそも時間とはなんだ? 私はそう自分に間いかけた。私たちは便宜的に時計の針で時
  間の経過を計っている。しかし本当にそれは適切なことなのだろうか? 実際に時間はそのよう
  に規則正しく一定方向に流れているのだろうか? 私たちはそのことについいて、なにか大きな
  思違いをしているのではあるまいか?

   私は懐中電灯のスイッチを切り、再び訪れた完全な暗闇の中で長いため息をついた。時間につ
  いて考えるのはもうやめよう。空間について考えるのもやめよう。そんなことについて考えを巡
  らせたところで、どこにも辿り着けない。神経を無益に擦り減らすだけだ。何かもっと具体的な、
  目で見え、手で触ることのできるものごとについて考えなくてはならない。

   だから私はユズのことを考えた。そう、彼女は目で見え、手で触ることのできるものごとのひ
  とつだ(もしそのような機会が与えられればだが)。そして彼女は今、妊娠している。来年の一
  月には子供が私ではないとこかの男を父親とする子供が生まれることになる。遠く離れた場所で、
  私とは闇係のないものごとが着々と進展している。私とは繋がりのない新しい生命がひとつ、こ
  の世界に登場しようとしている。そしてそのことについて彼女は私に何も要求してはいない。で
  はなぜ彼女はその相手の男と結婚しようとしないのだろう? その理由がわからない。

   彼女がもしシングル・マザーになるつもりなら、今勤めている建築事務所はおそらく退職しな
  くてはならないだろう。小さな個人事務所だし、出産する女性に長い産休を与えるほどの余裕は
  ないはずだ。
   でも納得のいく答えは、どれだけ考えても引き出せなかった。私は暗闇の中でただ途方に暮れ
  るだけだった。そして暗闇は、私の感じている無力感を更に増幅させた。

   もしこの穴の底から出ることができたなら、思い切ってユズに会いにいこう。彼女がほかに恋
  人を作り、唐突に私から去っていったことで、私はもちろん心に傷を負ったし、それなりに怒り
  を感じたと思う(そこに怒りがあることを自分で認められるまでにずいぷん時間はかかったが)。

  でもいつまでもそんな気持ちを抱えたまま生きていくわけにはいかない。コズに会って、きちん
  と向き合って話をしよう。そして彼女が今何を考えているのか、何を求めているのかを本人に確
  かめなくてはならない。まだ手遅れにならないうちに……。私はそう心を決めた。心を決めてし
  まうと、いくらか気持ちが楽になった。もし彼女が私と友だちになりたいというのなら、なって
  もいい。それもまったく不可能ではないかもしれない。地上に出ることさえできたなら、そこに
  何かしらの道理のようなものがみつけられるかもしれない。



   それから私は眠りについた。横穴に入るときに革ジャンパーを説いで置いてきたせいで(私の
  あの革ジャンパーは、これからいったいどこでどのような運命を辿ることになるのだろう?)、
  身体はだんだん寒さを感じるようになってきた。半袖のTシャツの上に薄いセーターを着ている
  だけだし、セーターは決い横穴を這って通り抜けてきたせいで、見る影もなくぼろぼろになって
  いる。そして私はメタファーの世界から現実の世界に戻ってきた。言い換えるなら、まっとうな
  時間と気温を持つ世界に復帰したということだ。それでも寒さよりは、眠さの方が勝っていた。
  私は地面に座り込んで、硬い石壁に背中をもたせかけた姿勢のまま、知らないうちに眠りについ
  た。それは夢もなく箱晦もない、どこまでも純粋な眠りだった。アイルランド沖の海底深く沈ん
  だスペインの黄金のように、誰の手も遠く及ばない孤独な眠りだった。

   目を覚ましたとき、私はやはり暗闇の中にいた。顔の前に指を上げても、何も見えないような
  深い暗闇だ。真っ暗なせいで、眠りと覚醒の境目がうまく見定められなかった。どこからが眠り
  の世界なのか、どこからが覚醒の世界なのか、白分かそのどちら側にいるのか、あるいはどちら
  側にもいないのか、うまく判断がつかなかった。私は記憶の袋をどこかから引きずり出し、まる
  で金貨を数えるみたいに、いくつかのものごとを順ぐりに思い出していった。飼っていた黒猫の
  ことを思い出し、プジョー205のことを思い出し、免色の白い屋敷のことを思い出し、『薔薇
  の騎士』のレコードのことを思い出し、ペンギンのフィギュアのことを思い出した。私はそれら
  すべてをひとつひとつ明瞭に思い出すことができた。大丈夫、私の心はまだ二重メタファーに食
  べられてしまってはいない。ただ深い暗闇の中に置かれているせいで、眠りと覚醒の区別がつき
  にくくなっているだけのことだ。

   私は懐中電灯を手に取り、スイッチを入れて明かりを片手で覆い、指の隙間からこぼれる光で
  腕時計の文字盤を見た。針は一時十八分を指していた。この前見たときにはそれは四時三十二分
  を指していた。ということは私はここで、このぎこちない姿勢のまま九時間も眠ったということ
  なのだろうか? それは考えがたいことだった。もしそうであれば、身体はもっと痛みを訴えて
  いるはずだ。それよりはむしろ、知らないあいだに時間が三時間ばかり逆戻りをしたという方が
  理にかなっているように思えた。でも確かなことはわからない。ずっと濃密な暗黒の中に身を置
  いているせいで、時間の感覚がすっかり狂ってしまったのかもしれない。

   いずれにせよ、寒さは前より痛切になっていた。そして尿意も感じるようになった。我慢でき
  ないほどの尿意だ。しかたなく、私は穴の隅に行って地面に放尿した。長い放尿だったが、尿は
  すぐに地面に吸収されていった。微かなアンモニアの匂いがしたが、それもすぐに消えてしまっ
  た。そして尿意が解消してしまうと、そのあとをすぐに空腹感が埋めた。私の身体はゆっくりと、
  しかし着実に現実の世界に適合しつつあるようだった。あのメタファーの川で飲んだ水の作用が、
  身体から抜け落ちつつあるのかもしれない。

   一刻も早くここから抜け出さなくてはならない。私はあら ためてそれを痛感した。それがで
  きなければ、遠からずこの穴の座で餓死してしまうことになるだろう。もし水分と栄養が供給で
  きなければ、生身の人間は生命を維持することができない。それがこの現実の世界のもっとも基
  本的なルールのひとつだ。ここには水もなければ食べ物もない。あるのは空気だけだ(蓋はぴた
  りと塞がれてはいたがどこかから微かに空気が入りこんでくる感触はあった)。空気も愛も理想
  もたいへん重要なものだが、それだけでは生きていけない。

   私は地面から立ち上がり、つるつるの石壁をなんとかよじ登れないものかとひと通り試してみ
  た。しかし予想した通り、所詮は無駄な努力だった。壁の高さは三メートルより少し低いくらい
  だが、何の突起もない垂直の壁をよじ登ることは、特殊な能力を具えていない人間にはまず不可
  能だ。それにもしよじ登れたとしても、穴には蓋がかぷさっている。その蓋を押し開けるには、
  しっかりとした手がかりか足場が必要になる。

   私はあきらめて再び地面に座り込んだ。あと私にできることは、ひとつしか残されてなかった。
  鈴を鳴らすことだ。騎士団長がやったように。しかし騎士団長と私とのあいだにはひとつ大きな
  相違がある。それは騎士団長はイデアであり、私は生身の人間だということだ。イデアは何も食
  べなくても空腹を感じないが、私は感じる。イデアは餓死しないが、私は比較的簡単に餓死する
  ことができる。騎士団長は百年でも飽きずに鈴を鳴らし続けることができるが(彼は時間の観念
  を持たない)、私が水もなく食べ物もなく鈴を鳴らし続けられる期間はせいぜい三日か四目とい
  うところだろう。そのあとはもう、軽い鈴を振る力さえ残されてはいないはずだ。

   それでも私は暗闇の中で鈴を振り続けた。それ以外に私にできることは何もなかったからだ。
  もちろん声を限りに助けを求めることはできる。でも穴の外は人気のない雑木林の中だ。雨田家
  の私有地である雑木林の中には、よほどのことがない限り人は足を踏み入れない。それに加えて、
  今ではその穴の入り口は何かでぴたりと密閉されている。どれだけ大声で叫んだところで、声は
  誰の耳にも届かないだろう。声が榎れ、喉の渇きが増すだけだ。それなら鈴を振っている方がま
  だましだ。

   そしてまた、この鈴はどうやら普通ではない音の響かせ方をするようだった。おそらく特殊な
  機能を具えた鈴なのだろう。物理的には決して大きな音がするわけではない。しかし私は遠く離
  れたうちのベッドの中から、深夜にこの鈴の音をはっきり耳にすることができた。そしてこの鈴
  が鳴らされているおいたは、あのやかましい秋の虫たちもぴたりと鳴くのをやめていた。まるで
  鳴くことを堅く禁じられているみたいに。

   だから私は石壁にもたれて鈴を鳴らし続けた。軽く手首を左右に勤かし、できる限り心を空っ
  ぽにして鈴を鳴らした。ひとしきり鈴を鳴らし、しばらく休みを取り、それからまた鳴らした。
  騎士団長がかつてそうしていたのと同じように。無心になるのは決してむずかしいことではなか
  った。鈴の音に耳を澄ませているとごく自然に、とりたてて何かを考える必要もないのだという
  心持ちになった。光の中で鳴らす鈴の音と、暗黒の中で鳴らす鈴の音とは、まったく遠ったもの
  として聞こえた。たぶん実際にまったく遠ったものなのだろう。そして私はその鈴を振っている
  あいだ、出口のない深い暗闇の中に一人ぼっちで閉じ込められていながら、さして恐怖を感じる
  こともなく、不安を感じることもなかった。寒さや空腹感さえ忘れてしまいそうになった。論理
  の筋道を探し求める必要性もほとんど感じなくなった。言うまでもなく、それは私にとってはず
  いぶんありかたいことだった。

   鈴を鳴らすのに疲れると、石壁にもたれたまま浅い眠りに落ちた。目が覚めるたびに私は明か
  りをつけて時計の時刻をチェックした。そしてそのたびに、時計の針が指している時刻がでたら
  めなものであることを知った。もちろんでたらめなのは時計ではなく、私の方かもしれない。た
  ぶんそうなのだろう。でもそれももうどちらでもいいことだった。私は聞の中で手首を振って無
  心に鈴を鳴らし、疲れると深い眠りに落ち、目覚めるとまた鈴を鳴らした。その際限ない繰り返
  したった。繰り返しの中で意識はどんどん希薄になっていった。

   穴の底にはどんな音も届かなかった。鳥の声も、風の音も一切聞こえなかった。なぜだろう?
  なぜ何も聞こえないのだろう? ここは現実の世界であるはずだ。腹も減れば尿意も催す現実の
  世界に私は戻ってきたのだ。そして現実の世界はもっといろんな音で満ちているはずなのに。
   どれはどの時間が経過したのか、私には見当もつかない。私はもう時計を見ることをすっかり
  やめてしまっていた。時間と私は互いに、うまく接点を見つけることができなくなっているよう
  だった。そして日にちと曜日は、時刻なんかより更に理解を超えたものになっていた。そこには
  昼もなければ夜もなかったからだ。そうするうちに私は暗闇の中で、自分の肉体のありかさえよ
  く理解できないようになっていった。私は時間ばかりではなく、私白身との接点さえうまく見つ
  けられないようになったみたいだった。そしてそのことが何を意味するのか、私には理解できな
  かった。というか、理解しようという気持ちさえ消え失せていた。仕方がないから、私はただ鈴
  を鳴らし続けた。手首の感覚がほとんどなくなってしまうまで。

   永遠のように思える時間が経過したあと(あるいは海岸の彼のようにさんざん寄せたり引いた
  りしたあと)、そして空腹感が耐え難いほどのものになってきた頃、ようやく頭上から何かの物
  音が聞こえてきた。誰かが世界の端っこを持ち上げて剥がそうとしているみたいな音だった。し
  かしそれは私の耳にはとても現実の音には聞こえなかった。だって世界の端っこを剥がすことな
  んて誰にもできないのだから。もし実際に世界を剥がしてしまったら、いったいそのあとに何か
  やって来るのだろう? 新しい世界が到来するのだろうか、あるいはただ果てしない無が押し寄
  せてくるだけなのか? でもそれもべつにどちらでもよかった。どちらにしたところで、たぷん
  だいたい同じようなものだ。

   私は暗闇の中で静かに目を閉じて、世界が剥がされ終わるのを待った。しかし世界はなかなか
  剥がされず、音だけが私の頭上で次第に大きなものになっていた。それはどうやら現実の物音の
  ようだった。現実の物体が何かしらの作用を受けて、物理的に立てている物音だ。私は思い切っ
  て目を開け、頭上を見上げた。そして懐中電灯の明かりを天井にあてた。何か行われているのか
  はわからないが、誰かがこの穴の上で、大きな音を立てているようだった。わけのわからないざ
  あざあという耳障りな音を。

   それが私に害を及ぼそうとしている音なのか、それとも私のためになる音なのか、判断がつか
  なかった。いずれにせよ私としては、穴の底にそのまま座り込んで、鈴を鳴らしながら成り行き
  を見守るしかなかった。やがて蓋として使われている厚板の隙間から、光線が細長い一枚の平面
  となって、穴の中に差し込んだ。それはギロチンの鋭く広い刃が巨大なゼリーを切るみたいに、
  暗闇を縦に割って、一瞬にして穴の底まで達した。その刃の先はちょうど私の足首の上にあった。
  私は鈴を地面に置き、目を痛めないように両手で顔を覆った。
 
   それから穴を塞いでいた蓋の一枚がどかされ、より多くの陽光が穴の底にもたらされたようだ
  った。両目を閉じ、手のひらで顔をぴたりと覆っていても、目の前の暗闇が白く明るくなるのが
  感知できた。それに続いて、新たな空気が頭上からゆっくり降りてきた。ひやりとした新鮮な空
  気だった。空気には冬の初めの匂いがした。懐かしい匂いだ。子供の頃、その年鍛初にマフラー
  を首に巻いた朝の感触が脳裏に蘇ってきた。柔らかなウールの肌触り。
   誰かが穴の上から私の名前を呼んだ。それはおそらく私の名前だ。自分に名前があったことを
  私はようやく思い出した。考えてみれば私はもう長いあいだ、名前が何の意味をも持だない世界
  に滞在していたのだ。

   その誰かの声が、免色渉の声であることに思い当たるまでにしばらく時間がかかった。私はそ
  の声にこたえるように大きな声をあげた。しかしそれは言葉にはなっていなかった。私は自分か
  まだ生きていることを示すために、意味もなくただ大きな叫び声を上げただけだ。自分の声がう
  まくここの空気を言わせることができるかどうか、あまり自信はなかったが、その声は私の耳に
  もちやんと届いた。仮想的動物の奇妙な荒々しい雄叫びとして。

  「大丈夫ですか?」と免色は私に呼びかけた。
  「免色さん?」と私は尋ねた。
  「そうです。免色です」と免色は言った。「怪我はありませんか?」 
  「怪我はないと思います」と私は言った。声がようやく落ち着いてきた。「たぶん」と私は付け
  加えた。

  「いつからそこにいるのですか?」
  「わかりません。気がついたときにはここにいたのです」
  「梯子を下ろせば、そこから上まで登ってくることはできますか?」
  「できると思います」と私は言った。たぶん。
  「ちょっと待っていてください。今そこに梯子を下ろします」

   彼がどこかから梯子を持ってくるあいだに、私は徐々に目を陽光に馴らしていった。すっかり
  目を開けることはまだできなかったが、両手で顔を覆う必要はなくなった。ありかたいことにそ
  れほど強い陽光ではなかった。昼間であることは確かだが、たぶん空は曇っているのだろう。あ
  るいは夕暮れが近いのかもしれない。やがて金属の梯子が下ろされる音がした。

  「もう少し時間をください」と私は言った。「目がまだ光にそれほど馴れていないので、痛めな
  いようにしないと」
  「もちろんです。ゆっくり時間をかけてください」と免色は言った。
  「でもどうしてここがこんなに暗くなっていたんだろう? 一筋の光も差し込んでこなかった」
  「私が二日前に、この蓋の上にビニールシートをぴったりかぶせておいたのです。誰かが蓋をど
  かせたような形跡があったので、うちから厚いビニールシートを持ってきて、金属の杭を地面に
  打って紐で縛り、簡単に蓋を外すことができないようにしておきました。どこかの子供がおやま
  って中に落ちたりしたら危険ですから。そのときにはもちろん、穴の中に誰もはいっていないこ
    とをしっかり確認しました。どう見てもまったくの無人でした」

   なるほどと私は納得した。蓋の上に免色がビニールシートをかぷせたのだ。だから穴の底は真
  っ暗になったのだ。話の筋は通っている。
 
  「その後シートがはがされた形跡はありません。私がかぷせたときのままです。とすると、あな
  たはいったいどうやってその中に入れたのだろう? わけがわからない」と免色は言った。
  「ぼくにもわけはわかりません」と私は言った。「気がついたときには、ここにいたのです」



                                      この項つづく

  

埋めなくてはならない空白

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                         梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子        

                               

      ♚ 君子は庖厨(ほうちゅう)を遠ざく:斉の宣王が孟子にたずねた。
        「斉の桓公・晋の文公の覇業についてお話をうかがえましょうか」
        「孔子の門下で覇業について論じた人はありません。ですから、わた
        しはなに一つ聞き知っておりません。是非にとならば王道についてお
        話しいたしましょう」
        「王者になるにはたいへんな徳が昌要なのでしょうな」
        「民生を安定すればよいのです。そうすればあなたの前に立ちふさが
        る敵はありません」
        「わたしにもそれができるだろうか」
        「できますとも」
        「どうしてそれが分かるのです」
        「胡齕(こけつ:宣王の臣)の話によればあなたが御殿におられたと
        き、牛が引かれてゆくさまを見て、『あの牛をどこへつれてゆくのか』
        とたずねられたそうですね。『血塗りの儀式に使うのです』、臣下がそ
        う答えるとあなたは、『助けてやれ。あのおびえた様子は見ていられな
        い。罪もないのに殺されに行くのだ』と同情されました。『では儀式は
        とりやめるのですか』と 臣下がこう聞くと、『馬鹿を言え。とりやめ
        てどうする。かわりに羊を使え』とお答えになったとか。事実でしょう
        か」

        「そうです。碩かにそんなことがありました」
        「その心、それこそ王者となるにふさわしい心なのです。人民は、あな
        たが物情しみしたとうわさしています。もちろんわたしにはあなたが牛
        をあわれんでそうしたのだ、とすぐ察しがつきましたが」
        「そうです、そのとおりです。わたしも人民のうわさは知っている。こ
        の斉はちっぽけな国だが、たかが牛一頭、どうしてもの惜しみしよう。
        おどおどしながら殺されに行く牛があわれで仕方がなかった。それで羊
        にかえよと兪じたのです」
        「しかし、人民がうわさするのも無理はありません。牛を羊にかえたの
        は事実なのですから。なぜそうなさったか、その心の中までは人民にわ
        かるはずはありません。それに、罪もないのに殺されるのはあわれだと
        いう点では、牛も羊もちがいがないでしょう」

        宣王は笑いながら、「いったい何を考えていたんだろう。物惜しみから
        羊にかえたのでないことは確かだが・・・・・・・。いや、無理もない。物惜
        しみしたと人民が思ったのも」「気になさることはありません。それこ
        そ仁への道なのです。あなたは、牛はごらんになったが、羊はごらんに
        ならなかった。人の情として、禽獣の生きている姿をみた以上、殺され
        るのを見るのは耐えがたい。嗚き声を聞いた以上、その肉を食べるのは
        耐えがたいことです。君子が調理場に近づかないのはそのためです」

        宣王はよろこんだ。「詩経に、『ひとの思いを われおしはかる』とあ
        るが、これぞ先生のような方をいったにちがいない。自分でやっておき
        ながら、なぜそうしたのか、自分では納得できなかった。それを先生は
        ズバリと言いあてられた。なるほど硝かに、あのときの心理は、先生の
        おっしゃるとおりでした。して、それが王者たるにふさわしい心だとい
        うのは、どういうわけでしょう」
        「ある男が、『おれの力は百鈎の物でも持ちあげられるのに、一本の羽
        根は持ちあげられぬ。おれの視力は、毛ほどのものでも見わけられるの
        に、車一杯の薪は見えぬ』といったとします。あなたはそれを信用なさ
        いますか」
        「いや」
        「では、おたずねしますが、あなたの慈愛は禽獣にまで及ぶほどなのに、
        人民にそれが行き及んでいないのは、一体どうしたわけですか。羽根一
        本が持ちあげられないのは、持ちあげようとしないからです。車一杯の
        薪が見えないのは、見ようとしないからです。民生が安定しないのは、
        慈愛を施そうとしないからです。同じ理屈で、あなたが王者になれない
        のはなろうとしないからです。できないからではありません」
        「”しない”と。”できない”とでは、具体的にどこがちがうのですか」
        「”太山を小脇にかかえ、北海をとびこえよ”といわれて、”できない”
        と答える。それは本当に。できない〃のです。”目上に対してはお辞儀
        せよ”といわれて、”できない”と答える。それは。”しない”のであ
        って”できない”のではありません。すなわち、あなたが王者たり得な
        いのは、あなたが。”太山を小脇にかかえて北海をとびこえる”ほうで
        はなく”目上に対するお辞儀”のほうだからです」

         【解説】 仁を性善説との関連において説明している。すなわち、殺さ
                れる牛を。あわれだ’と思う人間本然の心――それが仁の第一歩だとい
                うのである。ただしかし、直接、目にしない羊――それも殺されること
        は同じなのだが――にもその心を及ぼし得るかどうかが問題なのである。 
        後半、”しない’と”できない”の差を力説しているのは、結局は、意
        志力の問題である。不可抗力で”できない”のか、意志が弱くて”しな
        い’のか。
        

   No.80

doi: 10.1021/acs.jpclett.7b02203

【「京」で非鉛系ペロブスカイト太陽電池の新材料候補発見】

10月5日、理化学研究所の研究グループは、スーパーコンピュータ「京」を利用し、高効率な材料スク
リーニングに基づいた探索により、「ペロブスカイト太陽電池の新たな材料候補発見したことを公表。近
年、次世代太陽電池の有望な材料のペロブスカイト結晶構造を持つ有機と無機のハイブリッド材料(ハイ
ブリッド型ハライドペロブスカイト)が注目を集めている。その代表的なものに、メチルアンモニウム鉛
ヨウ素やホルムアミジン鉛ヨウ素といった鉛化ハロゲン化合物がある。鉛化ペロブスカイトは低コストで
容易に合成できるが、鉛による毒性の問題があります。そのため、非毒性元素を用いたペロブスカイト材

今回、「二重ペロブスカイト」と呼ばれる「A2BB'X6型」の化合物を対象として、A、B-B'、Xのそれぞれの
サイトに各3種類、49種類、3種類の元素を当てはめることで、合計11,025個という膨大な数の組み合わせ
の化合物を選び出しました。そして「京」を用いることで、これらの化合物に対して第一原理計算]を実
施元素戦略的な材料スクリーニングに基づいたマテリアルズ・インフォマティクス]手法により、ペロブ
スカイト太陽電池としてふさわしい適切な材料を効率的に探索。その結果、51個の低毒性元素だけから
なる非鉛化材料の候補化合物を世界初めて発見。

また、51個の候補化合物をB–B'の組合せに着目して周期表の族の組合せで分けたところ、規則性がある
ことが分かりました。具体的には、❶第14族-第14族、❷第13族-第15族、❸第11族-第11族、❹第9族-
第13族、❺第11族-第13族、❻⑥第11族-第15族の6タイプに分類できました。本研究で構築した材料ラ
イブラリをさらに拡充することで、より高効率な非鉛化ペロブスカイト太陽電池材料のシミュレーション
設計につながるものと期待されている。

 
 Oct. 5, 2017

【燃料電池と太陽電池を融合する同一触媒】

10月5日、九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)の研究グループは、自然
界の水素酵素と光合成の機能を融合した新しい触媒の開発に成功したことを公表する。それによると燃料
電池と太陽電池はこれまで別々に開発されてきたが「自然界の水素酵素と光合成の機能を融合した新しい
触媒」を開発。この触媒は「水素をエネルギー源として燃料電池が、水と光をエネルギー源として太陽電
池が駆動する」ことを見出す。この成果はエネルギー研究の分野において格段の発展と波及効果をもたら
すと来されている。

自然界からヒントを得て、光がない時(夜間)は、「水素」を電子源とする水素酵素のごとく、光がある
時(昼間)は「水」を電子源とする光合成のごとく駆動する触媒・電池の開発を思いつきました。この開
発がきっかけとなって、将来、水素は夜間のための燃料となり、昼間は水をタンクに入れれば、車が走る。

※ A Fusion of Biomimetic Fuel and Solar Cells Based on Hydrogenase, Photosystem II, and Cytochrome、xidase ,
        ChemCatChem, 10.1002/cctc.201700995  


【最新特許技術事例】 

❏ 特開2017-168500  積層型光電変換装置およびその製造方法  株式会社カネカ

今回は、効受光面積が広く、変換効率に優れた積層型光電変換装置の構造/構成と製造方法を掲載する。

【概要】

結晶シリコン系太陽電池と薄膜光電変換ユニットとを組み合わせた多接合太陽電池に関するこれまでの報
告は、シリコン基板上の一部に薄膜を形成したものや、1平方センチメートル程度の小面積にダイシング
を行った評価用のセルに関するものである。単結晶シリコンや多結晶シリコン等の結晶半導体基板を用い
た太陽電池では、基板内の限られた面積の中で発電に寄与する領域(有効受光面積)を最大限に確保しつ
つ、基板端部における電極層や半導体薄膜の不所望の短絡やリークを防止する必要がある。結晶シリコン
系太陽電池の多接合化に関するこれまでの報告は、このような実用化に関する検討はなされていない。

この積層型光電変換装置は、結晶シリコン基板を含む結晶シリコン系光電変換ユニットの受光面側に薄膜
光電変換ユニットを備える。積層型光電変換装置は、結晶シリコン基板の第一主面側に、第一導電型シリ
コン系半導体層、薄膜光電変換ユニット、および受光面透明電極層を順に備え、結晶シリコン基板の第二
主面側に、第二導電型シリコン系半導体層、および裏面電極を順に備える。薄膜光電変換ユニットは、結
晶シリコン基板側から、裏面側半導体層、光吸収層、および受光面側半導体層を備える。薄膜光電変換ユ
ニットを構成する薄膜の少なくとも1層は、結晶シリコン基板の側面および第二主面に回り込んで形成さ
れている。

積層型光電変換装置の第二主面の周縁には、裏面電極が設けられていない領域が存在する。例えば、第二
主面の周縁をマスクで被覆した状態で裏面電極を製膜することにより、第二主面の周縁に、裏面電極が設
けられていない領域が形成される。第二主面の全面に裏面電極を製膜後、第二主面周縁の透明電極層をエ
ッチング除去することにより、第二主面の周縁に裏面電極が設けられていない領域を形成してもよい。実
施形態の積層型光電変換装置では、薄膜光電変換ユニットの光吸収層が、ペロブスカイト型結晶材料を含
有する。

下図1のように、有効受光面積が広く、変換効率に優れる積層型光電変換装置の提供にあたり、積層型光
電変換装置(100)は、結晶シリコン基板(42)の第一主面側に、第一導電型シリコン系半導体層(
41)、薄膜光電変換ユニット(3)、および受光面透明電極層(2)を順に備え、第二主面側に、第二
導電型シリコン系半導体層(43)、および裏面電極(5)を順に備える。薄膜光電変換ユニット(3)
は、結晶シリコン基板(42)側から、裏面側半導体層(33)、光吸収層(32)、および受光面側半
導体層(31)を備える。薄膜光電変換ユニット(3)を構成する薄膜の少なくとも1層は、結晶シリコ
ン基板(42)の側面および第二主面に回り込んで形成されている。積層型光電変換装置(100)の第
二主面の周縁には、裏面電極(5)が設けられていない領域が存在する。構造/構成で製造する。 


【符号の説明】

100 光電変換装置 2,5 透明電極層 3 ペロブスカイト光電変換ユニット(トップセル)
31   正孔輸送層 32 光吸収層  33  電子輸送層   4  ヘテロ接合シリコン光電変換ユニット
(ボトムセル)   1   p型シリコン系薄膜   42  結晶シリコン基板  43  n型シリコン系薄膜
6 裏面金属電極


【ZW倶楽部とRE100倶楽部の提携 15】

● 海の魚は5年で枯渇」養殖あるのみ

10月4日の「水産物の内陸化:環境と食糧問題を同時解決」で紹介したトゥエンティ・グリーン社に引
き続き、今回は「近大ナマズ産みの親、有路昌彦教授に聞く」(「海の魚は5年で枯渇」養殖あるのみ:
日経ビジネス、2017.10.06)の記事の概要を記載する。有路昌彦教授は、ウナギ味のナマズ、におわない
ブリの開発者として有名で、水産・食料経済を専門である。内容背景は、世界銀行の報告書「Fish to 2030:
漁業と養殖業の展望」(2014年刊)をベース。限られたエリアで生息する魚種の場合は、ある程度ルールに
則った持続可能な資源管理は可能です。しかし、広い海を回遊する魚の場合は話が違います。漁船の目の
前に魚の集団がいると、間違いなく漁船は魚を捕り、今捕らなかったら誰かに奪われる。海の魚は所有権
が決まっていない無主物です。先に捕った人に所有権は生まれ、先取り競争が発生回遊魚は乱獲・枯渇の
運命にあるとし次のように述べている。




 資源管理は当然頑張らないといけません。たとえ機能しなくても、抑止力にはなっているはずです。
 しかし、それ以上に大切なのは、天然の水産資源にはもう依存できないという事実を認識することで
 す。もうダメです。30年ほど前は何とかなったかもしれませんが、今は完全にダメです。

 負のスパイラルが完全に始まっています。魚の資源量が減り、魚が捕れなくなって供給量が減ります。
 需要は増えていますから、需給バランスで価格が上がります。価格が上がれば、漁師は頑張ってより
  多く魚を捕ろうとして水資源の枯渇は進みます。経済学的に考えると、歯止めが効かない。多くの人
  は水産資源が減少タームに入ると、横ばいになってゆっくり減るとイメージしますが、実際はある時
 点から放物線的にポンと落ちます。恐らく多くの魚種はあと5年ぐらいで枯渇すると考えています。

 とし、解決法は養殖しかないいと述べている。数字的には、「世界的には2050年までに、養殖水産物
を現在に比べ3千万トン増やす必要があり、サーモンをあれだけ養殖しているノルウェーの輸出量が14
0万トン。チリが100万トン。3千万トンがいかに途方もない数字となる1kgの肉を作るのに何kgの飼
料が必要かを表す飼料要求率という指標があり、1kgの肉を作るのに飼料が3kg必要だった場合の飼料要
求率は3となる。鶏肉の数値3~4。豚肉が4~6、牛肉は115程度。これに対し、養殖魚の飼料要求
率は2~3と効率的に生育可能。今後の動物性たんぱく質の供給元は、魚とニワトリが主役になるはずだ
と述べた上で、養殖魚の必要性が世界的に高まることは、日本にとって好適で、餌と人工種苗という養殖
の中心的な技術は世界最高レベルにあり、自然環境も優れており、今後養殖生産を増やすためには、海外
市場を開拓し、海外で食材をマーケティングする際は、相手の食文化、料理を否定しない事が大前提。北
米では魚をソテーにした食べ方など、現地で主流となっている調理法に適した食材の提供方法が必要で、
日本は全くやってこなかった。海外ですしコンテストをやっている場合ではないと思います。現地の食文
化を肯定して、市場に入って行かないと市場シェアは伸ばせないと釘をさしているが、これは傾聴に値す
る。 


 

 

 ● 今夜のアラカルト 

『薬膳:タイ風豆腐と野菜のスープ』

作業疲労(主に脳疲労)からのウィルス性風邪により気管支炎の対応のまずさで体調を崩し、粥食事に切
り替え一週間になろうとしている。薬膳スープの開発にとりかかる。今夜は、「タイ風豆腐と野菜スープ」。
材料は、タイ風生姜のガランガル、レモングラス、カフィア・ライムの葉、野菜(ニンジン、エンドウ豆、
豆腐、野菜ブイヨン、塩、作り方は割愛、お粥とあわせていただく。 

 

● 今夜の一言: 埋めなくてはならない空白

ノーべル文学賞がカズオ・イシグロ氏に決まったという。彼の著書は読んだこともない。村上春樹だとて
っきり思いこんでいたので拍子抜けの朝を経験する。彼女が報告してくれたのだが、朝から作業にかかっ
ていたが、手をやすめ話を聞いていたが、あなたも特許や大きな発明を手にするぐらいの野心を持ちなさ
いよとからかうので、「僕の仕事は、この社会で埋めなくてはならない空白を見つけ空白を埋めること。
そんな黒子だが野心と言うほどのものはないが情熱を傾けてやってきたことがささやけど僕の誇りだ」と
応える。このセルフは『騎士団長殺し』の「第56章 埋めなくてはならない空白がいくつかありそうで
す』のパクリではなく40年前からの信条であったのだが、「エネルギータイリング事業」実現のなにか
価値ある実積をつくろうかなと蛇足ながら考えてみる。

   

恒産と恒心のハザマ

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                         梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子        

                               

      ♚ 恒産なければ恒心なし:「どうもわたしには、自信が持てそうもない。
        ひとつ、相談相手となって指導していただきたい。微力ながらなんとか
        やってみたいと思うが」
        「生活が不安定でも良心を失わないのは、ごく限られた人だけです。一
        般の人は、生活が安定しなければ良心を失います。そしていったん堕落
        すれば、人はしたい放題、伺をするかわかりません。当然罪も犯します。
        罪を犯させておいて、それから捕えて罰するのでは、人民を捕り網にか
        けるようなものです。仁徳ある為政者が人民を捕り網にかけるような政
        治をしてよいものでしょうか。したがって、名君ともなれば、人民が親
        に満足な暮しをさせ、妻子も十分養えるような政治をします。豊作の年
        にはもちろん、不作の年でも餓死者を出さないようにし、そのうえで人
        民をひっぱっていきます。人民もこうなればよろこんでついて来ます。
 
        ところが現状はどうでしょう。どうみても両親に満足な暮しをさせ、妻
        子をも十分養えるような政治は行なわれていません。豊作の年にも生活
        難にあえいでいるほどですから、不作の年には死者続出です。たとい死
        なずにすんでも、食べることに精いっぱいですから、礼を修め義を行な
        う余裕などと孟 うていありません。もし天下の王者をお望みなら、ま
        ず政治の根本を正すべきです。五畝の宅地を利用して桑を植えるよう奨
        励すれば、五十すぎの老人には絹の服を着せてやれます。

        家畜が繁殖するよう飼育法を指導すれば、七十すぎの老人には肉を食膳
        にそなえてやれます。農繁期に農民を徴用にかり出さなければ、百畝の
        田で八人家族の一家が飢えることはありません。そのうえで教育を重視
        し、孝・梯の道徳を徹底させれば、白髪まじりの老人が重い荷物を持ち
        歩くような状態はなくなります。老人は絹を着、肉を食べ、人民は飢え
        もこごえもしない政治、そういう政治を行なって、しかも王者になれな
        かったという例はないのです」

        【解説】 まず相手の興味をひき、ついで自信を持たせ、一転して相手
        の誤りに一撃をくわえ、まいったところで自分の主張を納得させる。孟
        子の巧妙な弁舌を示す一章。孟子のいう仁義が、修身教科書的な”精神
        論”でないことは、この一章によっても明らかだ。物質的な良づけがな
        ければ、百の説教も用をなさない。刑罰を考える前に、生活の安定をは
        かれというのである。

 

   No.81



【風力発電篇:「Tsetsii Wind Farm」運転開始】

10月6日、ソフトバンクグループのSBエナジー株式会社は、モンゴルのNewcom LLC社の合弁会社は、
モンゴル国ゴビ砂漠での出力規模5万kW(50メガワット)の風力発電所「Tsetsii Wind Farm(ツェツィ
ーウィンドファーム」の営業運転を開始したことを公表。「Tsetsii Wind Farm」は、モンゴル国内の電力
需給逼迫の緩和への貢献および自然エネルギーの促進と同国の持続的な経済発展および気候変動の緩和に
寄与を目的にClean Energy Asiaが発電事業者となり建設した風力発電所で、このプロジェクトで発電する
電力はモンゴル国内けの送電網に接続し、モンゴルでの国内消費を目的に供給する。

Jan. 29 ,2015

モンゴルでは国全体で113万kW(1,130MW)の電源設備容量を設置、その電源構成は。石炭火力68%、
ディーゼル6%、自然エネルギー6%、水力2%と自然エネルギーの割合が低い。また、同国は経済成長
にともなう電力の需給逼迫が喫緊の課題となり、気候変動の影響を受ける国も8位(下表)に位置付けら
れており、自然エネルギーなどの安心安全な電源の設置が必要とされる国の一つ。モンゴルでは2015年に
エネルギーセクターの中長期目標・計画(2015‐2030年)を定めた国家電力政策が国会で承認され、総発
電容量に占める自然エネルギーの割合を2020年までに20%、2030年までに30%まで引き上げることを
目標(上図)とし、国際金融機関やドナー国と協力してエネルギー分野の投資促進を行うこと、ゴビ地域
の豊富な太陽光、風力資源を活用することなどが定められ、同国政府は温室効果ガスの排出削減にも積極
的に取り組んでおり、2国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism:JCM)で、日本と最初に覚書の締
結を行った国でもある。



【エネルギータイリング事業篇:最新電力管理システム】


● 電気事業者向け最新電力制御技術

❏ 特開2017-184617 電力管理システム、電力管理方法、及び制御装置 京セラ株式会社

【概要】

電力の自由化により、従来の電力会社だけではなく、特定規模電気事業者(=電気事業者)も電力使用者(
=需要家)に対して電力を供給することができるようになったが、電気事業者は電力会社と比べると大規
模な発電設備や送電設備を持たず、送電設備も所有していない場合が多い。そのため電気事業者は、電力
会社の設備を借りながら事業を進めることとなるため、顧客が翌日消費すると見込まれる電力の需要計画
値(=計画値)を電力会社に事前に連絡し、この計画値に見合った電力を自身での発電や別途調達した電
力により供給義務を負う。

一方、需要家側の電力需要量は、需要家の日々の活動だけでなく、気象条件の変化や突発的な事象等によ
り大きく影響を受け、気象変化や突発的事象の計画値と使用実績値のギャップが生じ、このとき、大規模
な発電設備を持たない電気事業者は、電力供給の予備が少なく電力の供給不足が発生、電力供給不測が発
生しても電力会社の送電網を借りている場合は、電力会社の電気が需要家には供給されるため需要家が電
力不足で困ることはないが、電気事業者は電力会社から高額の補償金を請求され、この補償金が経営圧迫
の一因となる。

そのため、電力の供給不足が発生した場合の需給バランスを取るが、需要家側に設置した補助電源に指示
を出し発電を行い、この発電によりアンバランスを緩和/解消するが、従来技術では、補助電源の容量や
定格出力に制限があるため、最適な需給バランスがとれないアンバランスが生じた場合に単純に蓄電池を
充放電し、アンバランスを緩和、解消できなかった。このように、従来よりも補償金の支払いを抑えた電
力制御をできる電力管理システム、電力管理方法、及び電力管理装置の提供にあっては、下図ののごとく、
制御装置(32)が需要家施設(3)における電力需要の計画値に応じ、蓄電池(31)を充放電させ、
需要家施設(3)における電力の需給バランスを調整する電力管理システムであって、制御装置(32)
は、需要家施設(3)における単位時間満了時点での電力の使用実績の予測値を算出し、計画値と予測値
との変動幅を算出し、変動幅に基づき、蓄電池(31)の翌日に用いる充放電制御アルゴリズムを選択で
きるにする。
JP 2017-184617 A 2017.10.5

 

● 複数蓄電出力の統配電最新技術

❏ 特開2017-184607  配電システム及び電力合成回路 パナソニックIPM株式会社

【概要】 

蓄電池とパワーコンディショナを含む蓄電システムを、複数並列設置法が普及してきている。複数の蓄電
システムを並列に設置したシステムでは一般的に、系統連系時は各々が独立に負荷に交流電力を供給する。
一方、系統の停電により自立運転時に使用される自立出力線には、絶縁や、単相2線から単相3線に変換
することを目的にトランスが挿入されることが多い。このように自立運転時は、複数のパワーコンディシ
ョナから出力される交流電力が合成される。この場合、トランスを、複数のパワーコンディショナの単相
2線を合流した後の配線に挿入されるとした場合、合流後の配線は電力が大きくなり、大きな定格容量の
トランスを使用する必要があり、トランスが大型化しコストも高くなる。自立運転する際は、各々の交流
電力を合成させて負荷に供給させる。

そこで、メインのパワーコンディショナの自立出力線に上記トランスを挿入し、単相3線に変換された後
の配線に、サブのパワーコンディショナが単相2線の交流電力を重畳することが考えられる。自立運転時
は系統電圧が存在しないため、メインのパワーコンディショナは規定の交流電圧を生成する必要がある。
サブのパワーコンディショナも、メインのパワーコンディショナと同期して交流電圧を生成する連携形態
もあるが、サブのパワーコンディショナは電圧を規定せず、負荷電流を並列数で按分した電流を出力する
連携形態もある。

一般に、後者の連携形態ではメインのパワーコンディショナの方が、サブのパワーコンディショナより消
費電力が大きくなる。その場合、メインのパワーコンディショナに接続された蓄電池の方が、サブのパワ
ーコンディショナに接続される蓄電池より容量の減りが早くなる、が。メインのパワーコンディショナの
自立出力線にこのトランスを挿入し、単相3線に変換された後の配線に、サブのパワーコンディショナが
単相2線の交流電力を重畳する方式では、メインとサブを交代させることができない。従って蓄電池の容
量が不揃いとなる。このように、系統と独立に、並列接続された複数の分散型電源から負荷に電力を供給
する際、出力線に挿入されるトランスを小型化しつつ、複数の分散型電源の負担を平準化することができ
る配電システム及び電力合成回路の提供にあたり、下図のごとく、交流電力を単相2線で出力する第1電
源装置10と、交流電力を単相2線で出力する第2電源装置20と、第1コイルと第2コイルの両方が単
相3線式のトランスT1と、単相3線式の第1スイッチと、単相3線式の第2スイッチと、を備える。第
1コイルの第1端子、中点端子、第2端子は、第1スイッチの入力側の第1端子、第2端子、第3端子に
それぞれ接続され、第2コイルの第1端子、中点端子、第2端子は、第2スイッチの入力側の第1端子、
第2端子、第3端子にそれぞれ接続される。第1スイッチの出力側の第1端子、第2端子、第3端子と、
第2スイッチの出力側の第1端子、第2端子、第3端子がそれぞれ接続するものである。

JP 2017-184607 A 2017.10.5

【符号の説明】

1  配電システム、  2  負荷、  10  第1電源装置、  11  第1蓄電部、  12  第1電力変換部、  13  第1制御部、 
20  第2電源装置、  21  第2蓄電部、  22  第2電力変換部、  23  第2制御部、  31  第1太陽電池、  32  第
2太陽電池、  T1  トランス、  RY1  第1リレー、  RY2  第2リレー、  RY3  第3リレー、  RY4  第4リレー、  CT1 
第1電流センサ、  CT2  第2電流センサ、  CT3  第3電流センサ

 ● 電気システム構成要素過熱火災防止最新技術

❏ 特開2017-184604 導体温度検出器 ソーラーエッジ テクノロジーズ リミテッド社

【概要】 

コネクタ導体の欠陥で電気システムにおける構成要素が過熱し、場合により火災の原因となる。過熱の際
に、アーク検出回路が常に起動されるとは限らない。導体の過熱は、発電及び変換中の太陽の暴露と構成
要素加熱で、システム構成要素温度が既に高い場合、電力システム――太陽光発電及び風力発電システム
――が重大な問題となり、コネクタは、経時的な電気的接触機構の侵食で過熱する傾向があり得る。論理
回路――システムセンサ/デバイスに隣接しないコネクタや導体領域――を含む構成要素に隣接しない電
力システムの部分の過熱検出が特に困難な作業なケース、システムにおける構成要素の過熱を迅速検出に
効果的な解決法が必要とされている。

JP 2017-184604 A 2017.10.5


 ● 影の出力低下/ホットスポット解決する最新技術

❏ 特開2017-184577 太陽電池発電システム 三菱ケミカル株式会社

【概要】 

 一般的に太陽電池モジュールは大きな起電力を得るには、各太陽電池セルが直列接続された太陽電池セル
ユニットを並列接続構造とする。このようなタイプは、使用中に受光面の一部に様々な要因によって影が
生じた際に、影の部分のセルが直列に接続された方向と逆方向に接続されたダイオードとして振る舞いで、
大きな抵抗となり、直列接続方向の電流が抑制され出力が低下することになる。さらには、影が生じた太
陽電池セルは、過大な逆バイアス電圧負荷がかかることにより局所的に熱が発生し(ホットスポット)、
その結果、該太陽電池セルに不可逆的な欠陥が発生する。

このような問題に対し、各セルユニットに流れる電流量の制限で、局所的に発生する熱の問題を解決する
技術が知られている。また、直列接続の段数nが次式(1)を充足する太陽電池モジュール構成で、電圧
を調整して局所的に発生する熱を抑制する技術が知られている。

    n<Rshm/2.5/Vpm×Ipm+1・・・(1)

このように、太陽電池モジュールに影がかかった際に生じる出力の低下と、ホットスポットと呼ばれる局
所的な熱の問題を解決する技術を提供にあたり、下図のごとく太陽電池モジュールが複数並列に接続され
た太陽電池発電システムであって、この太陽電池モジュールは、太陽電池セルが直列接続された太陽電池
セルユニットを少なくとも有し、少なくとも2つの太陽電池モジュールで、直列接続の太陽電池セルユニ
ットに中間電極線が配置し、かつ、中間電極線どうしが接続されている太陽電池発電システムの構成/構
造で問題をを解決する。

JP 2017-184577 A 2017.10.5

【符号の説明】

100、100´  太陽電池セルユニット 11  素子基板 12  下部電極 13  光電変換層 14 
上部電極 14´  上部電極導通部 200  太陽電池発電システム 20a、20b、20n  薄膜太
陽電池モジュール 21  集電線 22  中間電極線 23  導線


 ● 電効率を低下させず、発電効率の高い熱光発電最新技術

❏ 特開2017-184567  熱光発電装置及び熱光発電システム 大阪瓦斯株式会社

【概要】 

一般に、物体を加熱すると、物体を構成する物質および物体の温度に応じたスペクトルを有する光――輻
射光を生じる。この輻射光を太陽電池セルで捉え発電する装置を、熱光発電(TPV)装置という。この
熱光発電装置は、特定の波長をより多く含んだ輻射光を発する(輻射する)熱輻射光源と、熱源からの熱
を熱輻射光源に供給する熱供給部と、光電変換素子を備えた光電変換部と、を含んで構成される。熱輻射

光源は、例えば板状の金属材料からなる基材の一方を吸熱面とし、他方を輻射面として構成される。熱供
給部は、熱輻射光源の吸熱面と対向する状態で接触して配置され、光電変換部は、熱輻射光源を挟んで熱
供給部とは反対側に、輻射面と対向して配置される。すなわち、光電変換部は、熱供給部に対向して配置
される。このような熱光発電装置は、熱供給部と、熱輻射光源の吸熱面とが対向して接触して配置するた
め、熱輻射光源の面積を任意に増やせない上、熱輻射光源の種類(例えば光透過性の材料の場合)により
熱供給部から光電変換部の光電変換素子で変換できない波長の輻射光が漏えいし、光電変換部での発電に
寄与せず損失になる。この場合、光電変換部は光電変換部の光電変換素子で変換できない波長の輻射光に
より加熱され、発電効率をさらに低下させてしまう。

このように発電効率の高い熱光発電装置の提供にあたり、下図のごとく、熱を輻射光に変換する熱輻射光
源として、熱光変換素子12を備えた平板状の輻射部10と、熱源から供給された熱を輻射部10に供給
する熱供給部20と、輻射光を受光して発電する光電変換素子31を備えた平板状の光電変換部30との
構成/構造で問題解決する。

JP 2017-184567 A 2017.10.5
 
【符号の説明】

1 :熱光発電システム 10  :輻射部  11 :赤外透明基板 12:熱光変換素子 20 :熱供給部(支持部) 30 :
光電変換部 31 :光電変換素子 32 :熱吸収部 40  :冷却部 50  :遮蔽部 51 :光反射体 52 :断熱材
60 :空間 61 :真空容器 100:熱光発電装置

【電気自動車篇:高性能発電機】

 ● 軽量でエネルギー変換効率の高い回転電機

❏ 特開2017-184579 回転電機 スズキ株式会社 

【概要】 

動力源として回転電機が各種装置に搭載されている。このような回転電機としては、高残留磁束密度のネ
オジム磁石を回転子の鉄心内部に埋め込んだ永久磁石式の同期モータであるIPM(Interior Permanent Ma-
gnet)型が多用されている。本事例のIPM型の回転電機は、永久磁石が埋め込まれている回転子と、回転
子に対面する複数のティース間のスロットにコイルが収容されている固定子と、を備える回転電機で、回
転子で、永久磁石が形成する磁極間のq軸上に、磁束の通過経路を導く透磁率の小さな整流空隙を備え、
前記整流空隙が、q軸上において複数個所に分離されるように配置される。つまり、IPM型では、軽量
化でエネルギ変換効率の向上する回転電機の提供にあっては、下図のごとく。永久磁石16がV字型に埋
め込まれている回転子12と、当該回転子に対面する複数のステータティース15間のスロット18にコ
イルが収容されている固定子11と、を備える回転電機10であって、回転子において、永久磁石が形成
する磁極間のq軸上に、磁束の通過経路を導く透磁率の小さな整流空隙30を備え、当該整流空隙は、q
軸上において複数個所に分離されるように配置する構成/構造を特色とする。

JP 2017-184579 A 2017.10.5

 【符号の説明】

10 回転電機(IPM型) 11 固定子 12 回転子 12a 外周面 13 回転軸 15 ステータティース 16 永久磁石
17 V字空間 17b、17c フラックスバリア 18 スロット 20 センタブリッジ 21 センタ溝 22 サイド溝 23 サイ
ドエンド溝 30、31、32 整流空隙 35、36 連結ブリッジ G エアギャップ

● 今夜の一言:恒産と恒心のハザマ

巻頭のの孟子の「恒産なければ恒心なし」のように、「恒産」された生活水準が飛躍的に高まった先進諸
国では、古代世界と異なり衣食住が事足りているかのように見える国内社会でも、何とも気味悪い殺人事
件がとぎれることなく起きている。当事者にあっては、わたしたちの想像を超えた「破滅衝動」誘因する
背景があるのだろうが、それが、世界的なとどまることを知らない「格差社会」や、複雑化した人間関係の軋轢」
に忌諱しているのか、はたまた、現代社会に合致した倫理の欠落に由来するのか、あくまでも個別動機によるも
のか、この薄気味悪い現象を解く手がかりをわたし(たち)はもっていない。さて、どうするか?

 

8Kと北斎の不二

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                         梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子        

                                

         ※ 衆と楽しみを分かつ:荘暴(斉の臣)が孟子に会ってたずねた。
           「先日、王にお目通りしたとき、王は音楽が大好きだと話されま
           した。わたしは、なんともお答えしなかったのですが、いかがで
           しょう、王が音楽好きになるというのは」「結構ではありません
           か。お国が泰平に近づくしるしですよ」、それからしばらくして、
           孟子は宣王に謁見した。「このあいだ、荘暴に『音楽が好きだ』
           と話されたそうですね」、宣王は顔を赤らめて、「いや、わたし
           のは固い音楽ではなくて、俗っぽいほうで……」 

           「あなたが音楽を好まれるのは、お国が奏平に近づくしるしです。
           俗曲でも固い音楽でも同じことです」「というと?」「いったい、
           音楽というものは、一人で演奏するのと、ほかの人と一緒とでは、
           どちらが楽しいものでしょう」「それは、ほかの人と一緒のほう
           が楽しい」、「では少数の人と楽しむのと大勢の場合とでは?」
           「もちろん大勢のほうだ」、「その楽しみのことで申し上げたい
           のです。かりにあなたが演奏会を催されたとします。その笛や太
           鼓の音を聞きつけた人民が、眉をしかめて、『王さまは音楽を楽
           しんでおられるが、そんならどうして、おれたちをこんなどん底
           生活にたたきこんでおくんだ。親子は会えもしない。兄弟妻子は
           離ればなれだ』、あるいは狩猟にお出かけになったとします。そ
           の車馬の音を聞き、旗飾りを眺めた人民が、眉をしかめて、


           『王さまは狩りを楽しんでおられるが、そんならどうして、おれ
           たちをこんなどん底生活にたたきこんでおくんだ。親子は会えも
           しない。兄弟妻子は離れぱなれだ』、人民がこう不平をいうのも、
           あなたが楽しみを人民と分かちあわないからにほかなりません。
           かりにあなたが演奏会を催されたとします。その笛や太鼓の音を
           聞きつけた人民が、うれしそうな顔で、『王さまはどうやらお元
           気らしいな。そうでなくては、音楽を楽しまれるはずがない』あ
           るいは狩猟にお出かけになったとします。その車馬の音を聞き、
           旗飾りを眺めた人民が、うれしそうな顔で、『王さまはお元気ら
           しいな。そうでなくては、狩りを楽しまれるはずがない』、人民
           がこういうのは、ほかでもない、人民と楽しみを分かちあえばこ
           そです。もしあなたが人民と楽しみを分かちあわれるなら、天下
           の王者になれるのです」 

           【解説】人間は、喜びを他人と分かちあいたいという感情をもつ。
           ところが、それを相手が受け入れないのは、これを阻害する要因
           があるからにほかならない。その阻害要因を発見して除去し、連
           帯意識をスムーズに流通させることIこれは指導者だけでなく、
           よりよき人間関係をつくる要諦であろう。ちなみに、当時の流行
           であった女楽などは、相当あやしげなものであったらしく、国王
           がそれに耽って国を滅ぼした例さえあったという。荘暴が心配の
           あまり孟子にたずねたのは、このためである。
           

 

 

 Aug. 27, 2017

 
5月25日、ロンドンの大英博物館では、江戸時代の浮世絵師である葛飾北斎の晩年の作を中心に紹介す
る北斎展「Hokusai: beyond the Great Wave」 が開催された。日本美術に関してはその所蔵品の多さと、ス
タッフの知識の豊かさで定評のある同博物館が、2013 年の春画展以降、久々に放つ大規模な日本美術展
で評判を読んでいる。北斎については、このブログで初めて触れている(『北斎から千波へ』、2011.05.
06)。

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葛飾北斎 (1760年~1849年)は、「富嶽三十六景」や「北斎漫画」などで世界的にも知られる、日本を代
表する江戸時代後期の浮世絵師。生前から画工として名声が高かったが、名誉を求めず、衣食住に無頓着
でひたすら作画に没頭した奇人としても知られる。代表作「富嶽三十六景」発表当時の北斎は70代。以降
90歳で死去する間際まで、晩年になってもその創作意欲が衰えることはなかった。1849年、浅草にある遍
照院の仮宅にて死去。一点に安住することなく常に自己変革に努め、その生涯に転居数が93回、改号(改
名)数が30にも及んだとされる。北斎の作品が海外に知られたのは1830年代、日本からフランスに陶磁器
が送られた際に、それを包んだ紙が「北斎漫画」だったことからという。しかし長崎の出島に滞在するオ
ランダ人の間では既にその画力の高さが広まっており、北斎は彼らから委託され、何枚もの作品を描いて
いた。

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昨夜、「北斎インパクト~世界が愛した超絶アート~」(2017年10月7日(土) 午後9時00分(90分))をみ
る。それによると、いま、葛飾北斎がブーム、だと言う。日本では、広重、写楽、歌麿など、数多くの浮
世絵師の一人。ところが海外では全く事情が違い、あの「波」の絵は、モナ・リザと並んで最も有名な絵
画の一つと言っても過言ではないほど、巨大な影響力をもった存在。ルイ・ヴィトンやティファニーなど、
誰もが憧れるブランドの商品に、北斎のデザインが大きな影響を与えてきたが、今年に入り、イギリス・
オーストラリア・ポーランドと、世界各地で北斎の大規模な展覧会が開かれ、特に話題となったのが、今
年の夏に開かれた、大英博物館の展覧会。会期中、北斎の作品を見に、何と十万人もの人が訪れたという。
才絵師の評価が、海外と日本の北斎人気のギャップが大きい。レオナルド・ダビンチに匹敵するといわれ
あまりに巨大な業績ゆえ、その全貌が見えにくいうえ、明治以降、傑作といわれる作品の多くが海外に流
出してしっている。もともと美人画から生命力あふれる多様な生き物たち、不気味なお化け、さらには、
番組では紹介が難しい春画しゅんが(巨大タコと美女の絵など)の傑作まで、あまりに多ジャンルの作品を
3万点近くも描いてしまったので、国内ではいわゆる美術史的な評価が、長く定まらなかったと開設され
ているが、わたしが小布施町でみた北斎はまごうことなき天才いや天才を凌ぐ鬼才であることを瞬時に了
解している。

ファイル:Dream of the fishermans wife hokusai.jpg

さて、番組では、海外ではモネ・ゴッホ・ドガといったスター画家たちに多大な影響を与えただけでなく、
欧州の現代史や、社会思想にまで複雑にかかわり、あまりに大きな影響に驚愕する内容になっている。例
えば『富嶽三十六景』はポーランドのヤシェンスキーはパリ留学でエドモンド・ゴンクールとの付き合いもあり、浮
世絵の虜になり、北斎に感銘を受け、フェリックス"マンガ"ヤシェンスキーと名乗ったエピソードも残っている。彼は
国を分割されたポーランドは長く独立を守り独自の文化を守った日本を模範にし、その象徴である浮世絵のような、
オリジナルの何かを想像すべきと主張、フェリックス・ティコティンが同じように感じたかどうかは定かではないが、当
時のポーランドで同じように感じた人は少なからいてポーラーポーランドを独立へと導いている。、さて、今年初め、
北斎の展覧会を企画する大英博物館から、ある申し出があり、NHKが開発した8K超高精細画像を使い、
北斎の作品を撮影、その画像を研究に役立てることに成功する。通常のテレビ(ハイビジョン)の16倍の
解像度をもつ8Kで北斎作品を拡大してみれば、北斎の天才的な技法の秘密を解明できるのでは、という期
待とともに、国際共同制作で調査。その結果は、想像を上回るものとなり、北斎が作品に込めた意図や意
味が、8K画像から次々と明らかにさせる展開となっている。

 

 May 19, 2017 theguardian 

 Oct. 7. 2017  NHK BS

 

『薬膳:透明なリフレッシュ野菜のスープ』

先回に引き続いて、薬膳スープのレシピについて。材料は、ニラ、ニンジン、セロリ3茎、ニンニク2片、ケー
ルまたはチャード(または葉の緑の混合物)、乾燥シタケキノコ (またはブレンドきのこ) 、一握りの
新鮮なイタリアンパセリ 、大豆、ショウガ、ターメリック、海塩、黒コショウ、水、バター(またはエキ
ストラバージンオリーブオイル大さじ1) 。調理もか簡単。野菜を大まかに大きめのものに切り刻む 。
ターやオリーブオイルを除くすべての成分を、炊飯器に入れ、水を加え、加熱は高い場合は5~6時間、
低い温度では場合は10~12時間に設定、最後に、バター、オリーブオイルを加え頂く。尚、濃厚ブロ
ストは具材・香辛料をミキサーに入れ液状化し冷蔵庫内で保存(1週間)、冷凍保存は3ヶ月間。  

ところで最近は食品加工技術進歩し便利な商品が出回っている。例えば、味の素の『鍋キューブ』 。この
 ブイヨンを使用し、非クリアースープだけれど(下表特許参照)、具材を選択しアレンジすれば薬膳(デ
トックス)スープが作り得る。便利になったものだと再確認。 

● 濁りのある液状食品の清澄を抑制し、粘性付与した調味料組成物 

❏ 特開2015-006147 :濁りのある液状食品の清澄化を抑制する調味料組成物及び方法
                                  味の素株式会社      

従来より、白湯鍋等の濁りのあるスープは、幅広い消費者に支持されている。その理由としては、濃厚な
旨味やコクといった食味が高く評価され、その独特な乳白色の外観や、なめらかな食感が好まれているこ
とも、広く支持されている。一方、乳化剤及び増粘剤を併用することで、シチューやカレーの固形ルウの
表面に発生するファットブルーム(fat bloom:はチョコレートなどに生じる劣化現象)を防止し得る。濁
りのあるスープは、調理の際に生肉等を投入すると、濁りが減少してスープが清澄化し、好ましい外観が
損なわれ、商品価値が落する課題があり、スープが低温時に生肉等を入れ、その後に加熱を行った場合、
顕著に清澄化する。インスタントラーメンや、カレー、やシチューのルウ等も濁りのあるスープの一種の
これらの調理は肉の加熱後に調味料を投入に清澄化が起こる懸念がないが、鍋料理等では生肉を調味料と
同時に調味料の添加後に投入し調理を行うため、スープの清澄化が起こって商品価値が低下するという課
題がある。この清澄化に対し、定の乳化剤と増粘多糖類とを、特定の重量比で併用することにより、濁り
のあるスープにおける清澄化を抑制でき、液状食品に好ましい粘性を付与し得ることを次の条件で見いだ
す。 

(A)レシチン及びHLB値が7~16である親水性乳化剤よりなる群から選択される少なくとも
1種である乳化剤、並びに(B)増粘多糖類を含有し、乳化剤と増粘多糖類との重量比が、A:B
=2: 8~9:1である、調味料組成物。 増粘多糖類が、ガム類及びアルギン酸類よりなる群から選択される少なくとも1種である、前項1
記載の組成物。 乳化剤の含有量と増粘多糖類の含有量との合計が、3~23重量%である、前項1、2項に記載の
組成物。 調味料が、濃縮調味料である、前項1~3のいずれか1つに記載の組成物。 固体状である、前項1~4のいずれか1つに記載の組成物。 濁りのある液状食品の調理用である、前項1~5のいずれか1つに記載の組成物。 濁りのある液状食品が、乳化食品である、前項1~6のいずれか1つに記載の組成物。 (A)レシチン及びHLB値が7~16である親水性乳化剤よりなる群から選択される少なくと
も1種である乳化剤、並びに (B)増粘多糖類を添加する工程を含み  乳化剤と増粘多糖類との
重量比が、A:B=2:8~9:1である、濁りのある液状食品の清澄化を抑制する方法。 濁りのある液状食品の清澄化が、液状食品に非加熱の動物性たんぱく質を添加した後、液状食品を
加熱することにより生じるものである、前項8記載の方法。 

 JP 2015-6147 A 2015.1.15

※ HLB値(エイチエルビーち)とは界面活性剤の水と油(水に不溶性の有機化合物)への親和性の程度を表
  す値である。 HLBは、Hydrophilic-Lipophilic Balanceの頭文字を取ったものである。

次回は、薬膳材料と効能と最適組み合わせんについて考えてみよう。

 

 

私がいつかはやらなくてはならないこと

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                         梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子        

                                

         ※ 狭くて広い話:宣王が孟子にたずねた。「文公の狩り場は七十里
           四方もあったそうですが」
           「そう伝えられています」
           「そんなに広いとは」
           「人民はそれでもまだ狭すぎると思っていました」
           「わたしの狩り場は四十里四方なのに、人民が、広すぎると非難
           するのは、なぜだろうか」
           「文王の狩り場は七十里四方もありましたが、きこりも利用すれ
           ば、猟師も利用するで、人民との共有でした。人民が狭すぎると
           思ったのも当然です。
            わたしは、国境へさしかかると、まずその国で厳しく取り締ら
           れているのは何かを確かめてから、入国しています。お国の場合、
           関所の内側に四十里四方の狩り揚があり、そこで鹿を殺した者は、
           人殺しと同罪に扱われるとのことでした。これは関内に四十里四
           方の陥し穴をつくっておくようなものです。これでは人民が広す
           ぎると思うのも当然ではありませんか」

        〈文王〉 周子朝を開いた武子の父。殷王朝に仕えていたが、暴君紅玉
             とは逆に、民衆をよくいたわったので、天下の三分の二まで
             が心服したという。儒家の理想とする聖王の一人。 

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』     

   第56章 埋めなくてはならない空白がいくつかありそうです 


  私にはそれ以上の説明はできなかった。そしてまた説明するつもりもなかった。「私かそこに
 降りていきましょうか?」と免色は言った。「いや、あなたはそこにいてください。ぼくが上が
 っていきます」やがてうっすらと目を開けることができるようになった。

  目の奥ではまだ謎めいたいくつもの図形が渦巻いていたが、意識の働きに問題はなさそうだっ
 た。私は梯子が壁に立てかけられた位置を見定め、その段に足をかけようとしたが、うまく足に
 力が入らなかった。それはもう自分の足ではないみたいに感じられた。だから時間をかけて足場
 を慎重に確かめながら、その金属の段をひとつひとつ上に登っていった。地面に近づくにつれて、
 空気はますます新鮮なものになっていった。今では鳥たちの聯る声も耳に届くようになっていた。

  地面に手をかけると、免色が手首をしっかり握って、私を地上に引っ張り上げてくれた。予想
 外に強い力だった。安心して身を任せられる力だ。私はその力に心から感謝した。そしてそのま
 ま倒れ込むように地面に仰向けになった。頭上にはうっすらと空か見えた。思った通り空は灰色
 の雲に覆われていた。時刻まではわからない。小さな堅い雨粒が頬と頭を打つ感触があった。私
 はその不揃いな感触をじっくりと楽しんだ。これまで気がつかなかったけれど、雨というのはな
 んと喜ばしい感触を持ったものなのだろう。なんと生命力に溢れたものなのだろう。たとえそれ
 が冬の初めの冷ややかな雨であってもだ。

 「ずいぶん腹が減っています。喉もからからです。そしてすごく寒い。身体が凍りついたみたい
 に」と私は言った。それが私に言えるすべてだった。歯がカタカタと音を立てていた。
  彼は私の肩を抱きかかえるようにして、雑木林の中の道をゆっくりと辿った。私はうまく歩調
 を合わせることができなかった。だから免色に引きずられるような格好になった。免色の筋力は
 見かけよりずっと強かった。きっと自宅のマシンで毎日のように鍛えているせいだろう。

 「家の鍵はお持ちですか?」と免色は尋ねた。
 「玄関の右側に鉢植えがあります。鍵はその下にあります。たぶん」、たぶんとしか私には言え
 ない。確信を持って断言できることなんてこの世界にはひとつもないのだ。私はまだ寒気に震え
 ていた。歯の根があわず、自分でも自分の言葉がうまく聞き取れなかった。
 「まりえさんは昼過ぎに、家に無事仁戻ってきたようです」と免色は言った。「ほんとによかっ
 た。私もほっとしました。一時間ほど前に秋川笙子さんから私に連絡がありました。お宅に何度
 か電話をしたのですが、ずっと誰も電話に出なかった。それでなんだか心配になって、ここまで
 足を連んでみたのです。すると雑木林の奥の方からあの鈴の音が微かに聞こえてきました。だか
 らひょっとしてと思って、シートをはがしてみたのです」



  我々は雑木林を抜け、開けた場所に出た。免色の銀色のジャガーが、いつものようにうちの前
 に静かに停まっていた。相変わらず曇りひとつない。

 「どうしていつも、あの車はこんなにも美しいのですか?」と私は免色に尋ねてみた。こんな状
 況にふさわしい質問ではないかもしれないが、それは前から尋ねてみたかったことだった。
 「さあ、どうしてでしょう」と免色はあまり興味なさそうに言った。「とくにやることがないと
 きには、自分で車を況うようにしています。隅々まできれいにします。そしてまた、月に一度は
 専門の業者がやってきて、ワックスをかけてくれます。もちろん車庫に入れて雨風が及ばないよ
 うにしています。それだけのことですが」

  それだけのこと、と私は思った。それを問いたら、半年間雨ざらしになっている私のカロー
 ラ・ワゴンはきっと肩を落とすことだろう。下手をすれば気を失ってしまうかもしれない。
 免色は鉢の下から鍵を取り出し、玄関のドアを開けた。

 「ところで今日は何曜日ですか?」と私は尋ねた。
 「今日? 今日は火曜日です」
 「火曜日? それは確かですか?」

  免色は念のために記憶を辿った。「昨日が月曜日で、瓶と缶のゴミを出す日でしたから、今日
 は間違いなく火曜日です」
  私が雨田典彦の部屋を訪れたのは土曜日だった。それから三日が経過したことになる。それは
 三週間であっても、三ケ月であっても、たとえ三年であっても決しておかしくはなかった。しか
 しとにかく経過したのは三日間なのだ。私はそのことを頭に刻み込んだ。それから私は掌で顎を
 こすってみた。でもそこには三日分の祭が生えている形跡はなかった。顎は不思議なほどつるり
 としていた。どうしてだろう?

  免包は私をまず浴室に連れて行った。そして熱いシャワーを浴びさせ、服を着替えさせた。着
 ていた衣服は何もかもが泥で汚れて、穴だらけになっていた。私はそれをまとめてゴミ箱に捨て
 た。身体のあちこちが擦れて赤くなっていたが、傷のようなものは見当たらなかった。少なくと
 も血は出ていなかった。

  そのあと彼は私を食堂に連れて行って、食卓の椅子に座らせ、まずゆっくり少しずつ水を飲ま
 せた。私は時間をかけてミネラル・ウオーターの大きなボトルを一本空にした。私か水を飲んで
 いるあいだに、彼は冷蔵庫の中にリンゴをいくつか見つけ、皮を剥いてくれた。彼の包丁さばき
 はとても素連く、上手だった。私は感心しながら、その作業をぼんやりと眺めていた。皮を剥か
 れ、皿に盛られたリンゴはどこまでも上品で、美しく見えた。

  私はそのリンゴを三個か四個食べた。リンゴとはこんなにうまいものだったのだと感動するほ
 どうまいリンゴだった。リンゴという果物をそもそも思いついてくれた創造主に、私は心から感
 謝した。リンゴを食べ終えると、彼はクラッカーの箱をどこかから見つけ出してくれた。私はそ
 れを食べた。少し湿気ていたものの、それも世界でいちばんうまいクラッカーだった。そのあい
 だに彼は湯を彿かし、紅茶を滝れて、そこに蜂蜜も加えてくれた。私はそれを何杯も飲んだ。紅
 茶と蜂蜜は私の身体を内側から温めてくれた。

  冷蔵庫の中にはそれほど多くの良材はなかった。それでも卵のストックだけはたくさんあった。
 「オムレツは食べたいですか?」と免色は尋ねた。
 「できれば」と私は言った。私は胃の中をとにかく何かで満たしたかった。
  免包は冷蔵庫から卵を四つ取り出し、ボウルの中に割り、箸で素遠くかき混ぜ、そこにミルク
 と塩と胡椒を加えた。そしてまた箸でよくかき回した。馴れた手つきたった。それからガスの大
 をつけ、小型のフライパンを熟し、そこにバターを薄く引いた。抽斗の中からフライ返しをみつ
 け、手際よくオムレツをつくった。

  予想したとおり、免色のオムレツの作り方は完璧だった。そのままテレビの料理番組に出して
 もいいくらいだ。そのオムレツの作り方を目にしたら、全国の主婦たちはきっとため息をつくこ
 とだろう。彼はオムレツ作りに関しては、あるいは関してもというべきか、見事にスマートであ
 り、手抜かりなく、また効率よく繊細だった。私はただ感心してそれを眺めていた。やがてオム
 レツは皿に移され、ケチャップと共に私の前に出された。

  思わず写生したくなるくらい美しいオムレツだった。しかし私は遠うことなくそれにナイフを
 入れ、素遠く口に運んだ。それは美しいばかりではなく、とても美味なオムレツだった。
 「完璧なオムレツだ」と私は言った。
  免色は笑った。「そうでもありません。もっとよくできたオムレツを前に作ったこともありま
 す」
  それはいったいどんなものだろう? 立派な翼をそなえて、東京から大阪まで二時間あれば空
 を飛んでいけるオムレツかもしれない。
  私かオムレツを食べてしまうと、彼はその皿を片付けた。それで私の空腹はようやく落ち着き
 をみせたようだった。免色はテーブルを挟んで私の向かい側に腰を下ろした。
 「少し話をしてもかまいませんか?」と彼は私に尋ねた。
 「もちろん」と私は言った。

 「疲れていませんか?」
 「疲れているかもしれません。でもいろんな話をしなくては」

  免色は肯いた。「この何日かについて、埋めなくてはならない空白がいくつかありそうです」
  それがもし埋めることができる空白であるなら、と私は思った。
 「実は日曜日にもお宅にうかがいました」と免色は言った。「どれだけ電話をかけても連絡がつ
 かないので、ちょっと心配になって様子を見に来たのです。午後一時くらいですが」

  私は肯いた。その頃私はとこか別の場所にいたのだ。

  免色は言った。「玄関のベルを嗚らすと、雨田典彦さんの息子さんが出てこられました。政彦
 さんっておっしやいましたっけ?」
 「そうです。雨田政彦、古くからの友人です。この家の持ち主だし、鍵を持っていますから、ぼ
 くがいなくてもここに入れるんです」
 「彼はなんというか……あなたのことをとても心配しておられました。土曜日の午後に彼のお父
 さんの、雨田典彦さんの入っている施設を二人で訪問しているとき、お父さんの部屋からあなた
 が急にいなくなってしまったということでした」

  私は何も言わずただ肯いた。

 「政彦さんが仕事の電話をかけるために席を外しているあいだに、あなたは忽然と消えてしまっ
 たとか。施設は伊豆高原の山の上にあって、最寄りの駅までは歩いてかなりあります。かといっ
 てタクシーを呼んだ形跡もない。またあなたが出て行ったところを、受付の人も、警備員も見て
 いません。そしてそのあとお宅に電話をかけてみても誰も出ない。だから雨田さんは心配になっ
 て、ここまでわざわざ足を連んで米られたんです。あなたの安否を真剣に案じておられました。
 あなたの身に何かよくないことが起こったんじやないかと」

  私はため息をついた。

 「政彦にはあらためてぼくから説明します。お父さんが大変なときに、
 余計な迷惑をかけてしまった。それで、雨田具彦さんの具合はいかがなのでしょうか?」
 「しばらく前からほとんど眠りこんだ状態にあるようです。意識は戻りません。息子さんは施設
 の近くに泊まっておられたということでした。東京仁戻る途中、ここに様子を見に来られたんで
 す」
 「電話をかけてみた方がよさそうだ」と私は首を振って言った。
 「そうですね」と免色はテーブルの上に両手を置いて言った。「でも政彦さんに連絡をするから
 には、この三日間あなたがどこで何をしていたのか、それなりに筋の過った説明が必要になると
 思いますよ。どうやってその施設から姿を消したかについても。ふと気がついたらここに戻って
 いた、というだけでは人はまず納得しないでしょう」
 「たぶん」と私は言った。「でも、あなたはどうなのですか、免色さん? あなたはぼくの話に
 納得されているのですか?」

  免色は遠慮がちに顔をしかめ、しばらくじっと考え込んでいた。それから口を間いた。「私は
 昔から一貫して論理的に思考する人間です。そのように訓練されています。でも正直に申し上げ
 て、あの祠の裏手の穴に関していえば、私はなぜかそれほどロジカルになることができません。
 あの穴の中ではたとえ何か起こっても不思議ではない、そういう気がしてなりません。とくにあ
 の底で一人で一時間を過ごしてからは、そういう気持ちがいっそう強くなりました。あれはただ
 の穴じゃない。でもあの穴を休験したことのない人には、そういった感覚はまず理解してもらえ
 ないでしょうね」

  私は黙っていた。口にするべきうまい言葉がみつからなかったからだ。

 「やはり何ひとつ覚えていないということで押し通すしかないでしょうね」と免色は言った。
 「どこまで信用してもらえるかはわかりませんが、それ以外に方法はないでしょう」

  私は肯いた。たぶんそれ以外に方法はないだろう。
  免色は言った。「この人生にはうまく説明のつかないことがいくつもありますし、また説明す
 べきではないこともいくつかあります。とくに説明してしまうと、そこにあるいちばん大事なも
 のが失われてしまうというような場合には」
 「あなたにもそういう経験があるのですね?」
 「もちろんあります」と免色は言って、小さく微笑んだ。「何度かあります」

  私は紅茶の残りを飲んだ。

  私は尋ねた。「それで秋川まりえは、怪我をしたりはしていなかったのですか?」
 「泥だらけで、軽い怪我はしているようですが、たいした傷ではありません。転んですりむいた
 程度のものみたいです。あなたの場合と同じように」
  私と同じように? 「彼女はこの何日か、どこで何をしていたのだろう?」
  免色は困った顔をした。「そういう事情について私はまったく何も知らないのです。ただ少し
 前にまりえさんが家に帰ってきた。泥だらけで軽い怪我をしている。それくらいのことしか聞い
 ていません。里子さんもまだ気持ちが混乱していて、電話で詳しい説明をするどころではないみ
 たいです。もう少しものごとが落ち着いてから、あなたが笙子さんに直接尋ねてみられた方がい
 いと思います。あるいは、もし可能であるなら、まりえさん本人に」

  私は肯いた。「そうですね。そうします」

 「そろそろ眠った方がいいのではありませんか」

  免色にそう言われて私は、自分かひどく眠いことに初めて気づいた。あれほど穴の中で深く
 昏々と眠っていたのに(眠っていたはずだ)、とても我慢できないほど眠い。

 「そうですね。少し限った方がいいかもしれない」と私は、食卓の上に重ねられた免色の端正な
 両手の甲をぼんやり眺めながら言った。
 「ゆっくり休んでください。それがいちばんです。私にほかに何かできることはありますか?」
  私は首を振った。「今のところ何も思いつきません。ありがとう」
 「それでは私はそろそろ引き上げます。もし何かあったら遠慮なく連絡をください。ずっと家に
 いると思いますから」、そう言って免色はゆっくりと食堂の椅子から立ち上がった。「でもまり
 えさんが見つかってよかった。そしてあなたを助け出すこともできてよかった。実をいうと、私
 もここのところあまり限っていないのです。だからうちに帰って少し寝ようと思います」

  そして彼は帰っていった。いつものように車のドアが閉まる確固とした音が聞こえ、エンジン
 の深い音が響いた。その音が遠ざかって消えてしまうのを確かめてから、私は服を説いでベッド
 に入った。頭を枕につけ、古い鈴のことをほんの少しだけ考えたところで(そういえば鈴と懐中
 電灯をあの穴の底に置きっぱなしにしてきた)、深い眠りの中に落ちた。

※ このように、不思議な展開描写がつづく。

   第57章 私がいつかはやらなくてはならないこと

  目が覚めたのは二時十五分だった。私はやはり深い暗闇の中にいた。それで自分かまだ穴の底
 にいるような錯覚に一瞬襲われたが、そうではないことにすぐに気がついた。穴の底の完全な暗
 闇と、地上の夜の暗闇とでは質感が違う。地上においては、たとえどのような深い暗闇にもいく
 らか光の気配が含まれている。すべての光を遮られた暗闇とは違う。今は夜中の二時十五分であ
 り、太陽はたまたま地球の裏側に位置している。それだけのことだ。
  枕元の明かりをつけ、ベッドから出て台所に行って、冷たい水をグラスに何杯か飲んだ。あた
 りは静かだった。静かすぎるほど静かだった。耳を澄ませてみたが、どんな音も聞こえなかった。
 風も吹いていない。冬になったからもう虫も嗚いていない。夜の鳥の声も聞こえない。鈴の音も
 聞こえない。そういえば、初めてあの鈴の音を耳にしたのもちょうどこの時刻だった。普通では
 ないことがいちばん起こりやすい時刻なのだ。

  もう眠れそうにはなかった。眠気はすっかり消え去っていた。パジャマの上にセーターを着て、
 スタジオに行った。家に戻ってきてからまだコ及もスタジオに足を踏み入れていないことに気が
 ついたのだ。そこに置いてあるいくつかの絵がどうなったか、私は気になった。とりわけ『騎士
 団長殺し』が。免色の話によれば、私のいないあいだに雨田政彦がこの家にやってきたというこ
 とだ。ひょっとしたら被はスタジオに入って、あの絵を目にしたかもしれない。当然一目見れば、
 それが父親の描いた作品であることが被にはわかる。でも私はその絵に被いをかけていった。気
 になったので壁から外し、人目につかないように念のために白いさらしの布でくるんでいった。
 もしその被いを政彦がはがしていなければ、被はそれを目にしていないはずだ。



  私はスタジオに入り、壁についた電灯のスイッチを入れた。スタジオの中もやはりしんと静ま
 り返っていた。もちろんそこには誰もいなかった。騎士団長石いないし、雨田具彦石いない。そ
 の部屋の中にいるのは私一人だけだ。

 『騎士団長殺し』は被いをかけられたまま床に置かれていた。誰かがそれを触った形跡は見られ
 なかった。もちろん確証はない。でも誰にも触れられていないという気配のようなものがそこに
 はあった。被いをはがすと、その下には『騎士団長殺し』があった。それは以前に目にしたのと
 何ひとつ変わりのない絵だった。そこには騎士団長がいた。彼を刺し殺しているドン・ジョバン
 ニがいた。そばで息を呑んでいる従者のレボレロがいた。口許に手をやって呆然としている美し
 いドンナ・アンナがいた。それから画面の左隅には、地面に開いた四角い穴から顔をのぞかせて
 いる不気味な「顔なが」がいた。

  実をいえば私は心の隅で密かに危惧していたのだ。私のとった一連の行為によって、その絵の
 中のいくつかのものごとが変更されてしまったのではないかと。たとえば「顔なが」が顔を出し
 ていた地面の蓋が閉じられ、したがって顔ながの姿も画面から消えてしまっていることを。たと
 えば騎士団長が長剣ではなく包丁で殺されていることを。しかしどれだけ詳しく隅々まで見ても、
 絵には変化らしきものはひとつとして見受けられなかった。相変わらず顔ながは地面の蓋を押し
 上げて、その奇妙なかたちをした顔を地上に出していた。ぎょろりとした目であたりを見回して
 いた。騎士団長は鋭い長剣で心臓を刺し貫かれ、鮮血をほとばしらせていた。絵はいつもながら
 の完璧な構図をもった絵画作品としてそこにあった。私はその絵をしばらく鑑賞してから、もう
 一度さらしの被いをかぷせた。

  それから私は自分か描きつつある二枚の油絵を眺めた。どちらもイーゼルの上に載せられ、並
 べられている。ひとつは横長の『雑木林の中の穴』であり、もうひとつは縦長の『秋川まりえの
 肖像』だ。私はその二枚の絵を交互に注意深く見比べてみた。どちらの絵も最後に目にしたとき
 のままたった。まったく変化はしていない。ひとつの絵は既に完成し、もうひとつの絵は最後の
 手入れを待っていた。

  それから私は、裏返して璧に立てかけていた『白いスバル・フォレスターの男』を表向きにし、
 床に座ってその絵をあらためて眺めた。何包かの絵の具の塊の中から、「白いスバル・フォレス
 ターの男」はこちらをじっと見ていた。その姿は具体的には描かれていなかったが、そこに顔が
 潜んでいることは、私にははっきりと見て取れた。被はパレット・ナイフで厚く塗られた絵の具
 の背後にいて、そこから夜の鳥のような鋭い目で、私をまっすぐ見つめていた。その顔はとこま
 で も無表情だった。そしてその絵が完成させられることを――自らの姿が明らかにされること
 を――その男は拒否していた。披は白分か闇から引きずり出され、明るみに立だされることを望
 んでいないのだ。

ここへきて筋書きと関連する絵が出そろうことになる(拍手?)。
                                        

                                     この項つづく

  


古色蒼然選挙

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                         梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子        

                                

       ※ 真の勇気:宣王が孟子にたずねた。「隣国と交わるのに、なにか取る
         べき道がありますか」。「あります。こちらが大国であっても、小国
         を見下さずに交わるのが、仁者の道です。たとえば湯王が葛伯(かっ
         ぱく)に対してとった態度、文王が昆夷(こんい)に対してとっこ態
         度がそれです。こちらが小国であっても、大国に交わって手出しをさ
         せないのが、智者の道です。たとえば大王が獯鬻(くんいく)に対し
         てとった態度、勾践(こうせん)が呉に対してとった態度がそれです。

         大国であっても小国を見下さずに交わる君主は”天を楽しむ”人です。
         小国であっても大国に交わって手出しをさせない君主は”天を畏れる”
         人です。”天を楽しむ”君主は天下を保ち、”天を畏れる″君主は国
         を保ちます。詩経に、『天の威光をかしこみ かくてよく国家を保つ』
         とあります」。「なるほど。しかしわたしには悪い癖があって、つい
         血気にはやってしまう」。「小勇はお慎みください。柄(つか)に手
         をかけ、目をいからせて『やれるものならやってみろ!』とどなるの
         は、しょせんは匹夫の勇、せいぜいひとりを相手にする勇気です。勇
         気を持つなら大勇をお持ちなさい。詩経には、『王はかっと怒り給い
         兵どもを整えて 菖(きょ)に行く軍をおしとどめ 周の幸いをあつ
         くして 天下の期待にこたえられる』と、ございます。これが文王の
         勇気です。その怒りによって、人民の生活の安定がもたらされたので
         す。 書経には、『天はこの世に民を降し給うた。君をたて、師をに
         て給うたは、上帝を助け、くまなく民を恵むため。罪ある者を懲らし、
         罪なき者を恵むこそ、わが責務。わが志を妨ぐる者は許さぬ』と、ご
         ざいます。天下に一人でも狼籍者がのさばることは、自分の恥と考え
         る、これが武王の勇気です。その武王の怒りは、人民の生活を安定さ
         せるものだったのです。あなたも怒るなら天下万民の生活を安定させ
         る怒りをお持ちになりなさい。それなら人民のほうでも、あなたが勇
         気を捨てることを心配するようになるでしょう」

         【解説】”怒り”は、欲求不満を燃料としたエネルギーである。それ
         は、対象を攻撃し、破壊する。したがって、怒りを発するには勇気が
         いる。その怒りが何にむけられ、何を破壊し、何をもたらすか、が問
         題なのだ。さて、Might is right(力は正義なり)は外交場裡の最高原理
         とされる。たしかに現実にはそれを証明する例が数限りなくある。し
         かしRight is might(正義は力なり)こそより高い原理ではないか。正
                  義とは天の道、その具体的表現は人民である。人民の心は、どんな武
                  力をも粉砕る。力だけに頼る外交は最後にはかならず失敗する、とい
                  うのだ。この道理に従えば、米朝の二人の指導者の言動は”子供の喧
         嘩”に見えてしまう。

 

    No.82

 【エネルギー革命ど真ん中 Ⅱ】

【風力発電篇:世界全体はひとつの深海風力発電所】



● 3百万平方キロメートル海洋風力発電所で全世界の電力が賄える

10月9日、カーネギー科学研究所のグループの調査によれば、北大西洋の海洋風力発電は海上での平均
風速は理論上、陸上風力タービンの5倍以上のエネルギー変換が可能で、風力タービで再生可能エネルギ
ー創出さできるが、これまで実際に電気量増加できるか不明であった。陸上風力発電所の最大発電効率限
界が存在する。大西洋海洋の大気が、内陸の大気よりも、より多くのエネルギーを取り出せることを実証
した。この原因は主に、大量の熱が北大西洋――欲に冬の間大気に――放出され海洋環境の風力発電の方
が、地上の風力発電所より高い発電レートを維持することができる。



風力発電の風力タービンは、連続的に表面風の運動エネルギーを電気に変換、風力から運動エネルギーを
消費し、風力原則させ、風力発電の発電量を決定する。これまでのい研究では、大規模な風力発電での陸
上発電の割合は、1平方メートルあたり約1.5ワットであるが、海洋環境の潜在的な風力発電所の発電レ
ートをモデル化し、季節変動するのにもかかわらず、年間発電電力量が1平方メートル当たり6ワット超
の地域であることを特定する。また、シミュレーションでは、海洋の特定領域で、海洋上の大気循環パタ
ーンは、海洋表面で利用可能な限られた運動エネルギーとは対照的に、風力発電は、上層の対流圏の運動
エネルギーをも活用可能であることを示唆。内陸部で観測された風力発電量33倍の風力発電を維持して
いる。この成果から、商業規模の海洋風風力タービンで、約300万平方キロメートルの広範囲の海洋風
力発電は、現在の世界の年間エネルギー需要である18テラワットが供給できると推測している。因みに、
地球の総海洋面積は、約3億6106万平方キロメートル故、3百万平方キロメートルは、約0.83%
である。

【蓄電池篇:2030年蓄電池定置型市場は17~38倍】 

10月6日、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、定置型蓄電池のコストが2030年までに最大
66%低下するとの見通しを発表している。下落する蓄電池の価格は、今後設置される定置型蓄電池の設
備容量を少なくとも17倍まで成長させ、多くの新しい事業機会や経済の活性化に繋がる可能性がある。
これは今月4日~5日に東京で開催された「Innovation for Cool Earth Forum(ICEF)」の会合で同機関が発
表した調査報告書「蓄電池と再エネ:2030年までのコストと市場」による、主要国の電力システムに
おける再生可能エネルギーの比率が2倍になれば、蓄電池の設備容量のグローバル合計は最大3倍まで成
長すると試算。



同書では、蓄電池でも特に定置型の用途に焦点を当て、全世界で設置されている蓄電容量の大半(96%
)を揚水発電が占めているものの、規模の経済や技術革新によりiイオン蓄電池やフロー電池といった代
替蓄電技術の開発や普及が急速に進む。また、蓄電池は、運輸交通分野などのセグメントにおいても低炭
素化をけん引する。代表例として、電気自動車(EV)の蓄電池の性能向上が著しい。2010年から16
年末までの間に、運輸交通用途でのLiイオン電池のコストは最大で73%下落。現在、蓄電池の課題の一
である寿命についても、30年までに、Liイオン電池のカレンダー寿命は最大で約50%、充放電回数(
サイクル寿命)は最大で930%向上すると予測。Liイオン以外の蓄電池技術も低コストかするとする。具
体的には、ナトリウム硫黄(NAS)電池で最大60%、フロー電池で67%、300年までにコストが下
落すると予測。大容量フロー電池では初期投資コストが高額となるが、フルサイクルでの寿命が1万回を
超えるものも多く、使用期間中のエネルギー・スループットに見合ったコストになるしている。





● 温暖化ガスを大気圧常温プラズマで有用物質に変換

10月7日、リバプール大学の研究グループは、二酸化炭素とメタンを液体燃料や化学物質に直接変換し、
貴重な化学原料を生産しながら温室効果ガスの排出を削減する実験成果を公表。化学誌「Angewandte Che-
mie」に掲載された論文(上図)によると、二酸化炭素とメタンガスを常圧、常温下でプラズマ処理するこ
とで、高価値の液体燃料や化学物質(酢酸、メタノール、エタノール、ホルムアルデヒドなど)を直接合
成することに成功する。従来法――触媒を使い、高温、高圧下のエネルギー集約的な合成ガス生産法より
を簡単、廉価な化学合成プロセスとなる。これらの結果は、非熱プラズマ処理すると、メタンフレアで二
酸化炭素が特定触媒を介し直接変換(=プラズマ化学反応)で、目的化学物質を選択的生産することが可
能となる。 

プラズマ処理により構成元素分離活性化(第4状態:非固体・液体・気体状態)し、電気的に帯電したガ
ス混合物となったプラズマは、燃料/化学物質合成化される。非熱プラズマでは、気体温度は低く(室温
)、電子は、存在する不活性分子(二酸化炭素、メタンなど)は、風力/太陽光発電などの再生可能エネ
ルギーの1~10エレクトロンボルト(eV)で高エネルギーのラジカル、励起原子、分子およびイオンを
含む様々な化学反応種を生成し、これらのエネルギー種は、比較的低温で生成され、様々な異なる反応を
開始する。このプラズマ・システムは、拡大縮小可能な柔軟性をもちあわせ、プラズマプロセスの高い反
応速度/定常状態の迅速達成は、他の熱プロセスと比較して、全エネルギーコストを著しく低下させ、短
時間に効率的に生産できることが特徴である。この魅力的なプロセスは、メタン放出を貴重な液体燃料/
化学物質に変換し容易に貯蔵および輸送することで、石油/天然ガス田から放出される地球温暖化ガスの
削減に役立つ。因みに、世界の天然ガス供給量の 約3.5%(約1500億立方メートルのガス)、また
石油/ガス田からの3億5千万トン以上もの排出されている二酸化炭素を削減できるこもしれない。

 DOI: 10.1002/ange.201707131

Fig. 3  Effect of the CH4/CO2 molar ratio on the selectivity for oxygenates without a catalyst (total flow rate 40 mL 
           min−1, discharge power 10 W).

● 今夜の寸評:古色蒼然選挙

彼女が部屋にきて、今回の選挙の意味がわからないというひとが多いと言う。党利党略の解散で憲法第7
条に違反の可能性があり、欧米ではすでに解散権を禁止(歯止め)を高じているのに、権力専横がまかり
通るのはアジアや後進諸国ぐらいだよ。自公政権は何か前向きなことを掲げている様子もないし、古色蒼
然選球だよだねと返事をしておいた。

 

帰ってきたドクターX

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                         梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子        

                                

       ※ 顧みて他を言う:孟子が宣王に言った。「あなたの臣下に、妻子を友
         人にあずけて楚に旅立った老があったとします。いざ帰ってみると、
         友人は妻子を飢えと寒さに泣かせていました。こんな薄偕老をあなた
         はどうなさいますか」「追放します」「司法長官が部下を統率できな
         かったとしたら?」「免職です」「では、お国がうまく冶まっていな
         いとしたら?」 宣王は側近をかえりみて、別の話をはしめた。

         【解説】 つごうの悪いときに、ごまかしたりテレかくしをしたりす
              ることを「かえりみて他を言う」というのは、ここから出
              ている。 

 

 

    No.83

 【蓄電池篇:最新技術事例】 

国際再生可能エネルギー機関(IRENA)による2030年には定置型蓄電池市場が現状から17~38倍
に急伸すると予測(上図クリック)されており、リサイクル事業(下表クリック)など様々な事業が拡大
基調にある。そこで、この『エネルギーフリー社会を語ろう!』シリーズでも最新技術動向を独自目線で
取り上げていこことにする。

❏ 特開2014-170741  電気化学デバイスの駆動方法  株式会社半導体エネルギー研究所

この特許事例は多少時間が警戒しているが、「リチウムイオン電池などを構成するセパレータの目詰まりすると、バ
ッテリーのサイクル特性劣化防止/性能維持時間の外延技術について考えてみる。尚、この特許は米国ににも申
請航海されている(US 9787126 B2, Driving method of electrochemical device. Oct. 10. 2017)。

【概要】

リチウムイオン二次電池などのバッテリーは、充電/放電を繰り返すことで劣化し、電池容量が徐々に低
下する。劣化したバッテリーを分析すると、一対の電極( 正極と負極) 間に設けているセパレータの変
質/目詰まりが原因である。セパレータは、一対の電極が短絡しないように隔壁を機能する。また、電解
液中でも安定な素材で構成される。さらに、充電や放電の際にリチウムイオンが一対の電極間を往き来す
るための通路確保に微細な穴を複数有す。リチウムイオン二次電池などのバッテリーのセパレータの目詰
まりによる劣化を抑制または回復する手段を提供することを課題とする。または、リチウムイオン二次電
池などのバッテリーにおいて、セパレータの目詰まりを低減する手段を、または、バッテリー内部抵抗の
増加を抑える手段を、さらに、バッテリー出力の低下を抑える手段を、提供にあたり、充電中に逆パルス
ス電流を複数回流すことにより、セパレータの目詰まりを防止し、充電時の電圧上昇(内部抵抗の増加)
を抑え、正常な充電を繰り返し行うことで問題解決できる。


【図1】充電中に逆パルス電流を流す方法の一例を説明するための模式図
【図2】リチウムイオン二次電池の充電時の概念図

【符号の説明】

10:バッテリー 12:正極 13:電解液 14:負極 15:セパレータ

【特許請求範囲】 

バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、初期値から少なくとも10%以上容量が劣化した
バッテリーに対して、充電中に逆パルス電流を複数回流すことにより劣化を回復させて、逆パルス
電流を複数回流した後において初期値からの容量の劣化を5%未満にすることを特徴とする電気化
学デバイスの回復方法。 バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、急速充電をして容量が初期値から劣化したバッテ
リーに対して、充電中に逆パルス電流を複数回流すことにより劣化を回復させて、逆パルス電流を
複数回流した後において初期値からの容量の劣化を5%未満にすることを特徴とする電気化学デバ
イスの回復方法。 バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、充電と放電を300回以上繰り返し行って初期値
から容量が劣化したバッテリーに対して、充電中に逆パルス電流を複数回流すことにより劣化を回
復させて、逆パルス電流を複数回流した後において初期値からの容量の劣化を5%未満にすること
を特徴とする電気化学デバイスの回復方法。 請求項1乃至3のいずれか一において、前記バッテリーは、正極、負極、セパレータ、及び電解液
を含む電気化学デバイスの回復方法。 請求項1乃至4のいずれか一において、前記バッテリーは、リチウムを含む電気化学デバイスの回
復方法。 バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、初期値から少なくとも10%以上容量が劣化した
バッテリーに対して、充電中に流す電流とは、逆方向に流れるような電流を1回の充電期間中に複
数回流すことにより劣化を回復させて、前記電流をバッテリーに複数回流した後において初期値か
らの容量の劣化を5%未満にすることを特徴とする電気化学デバイスの駆動方法。

 

❏ 特開2017-189099  蓄電システム  古河電気工業株式会社

需要地で消費される電力を貯蔵すると共に、必要に応じて電力を供給する蓄電システムが普及しつつある。
例えば、停電の発生により、蓄電システムを構成する電子機器に対して商用電源からの給電が停止された
場合、バックアップ用としての蓄電池から給電する技術――例えば、商用電源から供給される電力を変換
する第1電力変換部(AC/DC変換器)と、蓄電池から供給される電力を変換する第2電力変換部(D
C/DC変換器)とが出力側で接続されており、第1電力変換部での出力電圧は、第2電力変換部での出
力電圧よりも高く設定されている蓄電システム――が提案されている。

【概要】

ところで、蓄電システム向けの蓄電池は、一般的には数百V程度の高い定格電圧を有すが、蓄電池全体の
電源電圧がDC/DC変換器に入力される接続形態を採用すると、この電圧に耐え得る高電圧部品を搭載
する必要があるが、高電圧部品は、汎用的な電子部品と比べて高額で、耐久性・耐環境性の観点から高頻
度の部品交換を必要とする。その結果、蓄電システムの製造・維持管理に関わるコストが高騰する。その
システムの一部を構成する電子機器に対し、商用電源からの給電が停止された後に引き続き給電可能であ
ると共に、高電圧部品の取扱いの観点から製造・維持管理に関わるコストを抑制可能な蓄電システムの提
供にあっては、下図のように商用電源30から供給される電力を変換する第1電力変換部20と、蓄電池
12から供給される電力を変換する第2電力変換部22の出力側接続点Pを経由して電力が出力される。
第1電力変換部20から出力される電力の電圧は、第2電力変換部22から出力される電力の電圧よりも
高く設定されている。蓄電池12は、複数の蓄電要素38が直列接続されてなり、第2電力変換部22は、
蓄電要素38の総数よりも少ない個数の蓄電要素38が入力側に接続された少なくとも1つのDC/DC
変換器40を含む構成することで対応できる。

【図1】第1実施形態に係る蓄電システムの電気ブロック図
【図2】図1に示す蓄電池及び第2電力変換部の電気回路図

 【符号の説明】

10、50、60‥蓄電システム  12‥蓄電池 14‥PCS(電子機器)  16‥BMU(電子機器) 18、56‥EMS
(電子機器、蓄電池制御部) 20‥第1電力変換部    22‥第2電力変換部  24、26‥リレー  28‥分電盤
30‥商用電源    32‥AC/DC変換器  34、42‥逆流防止ダイオード   36‥スイッチ

❏ 特開2017-189089  低温環境でのリチウムバッテリー保護システム
                       イファハイテク カンパニーリミテッド 

本件は、リチウムバッテリー保護システムで、リチウムバッテリーの状態を管理するBMS(Battery Management Sy-
stem)の電源をコントローラから供給して、バッテリーの充電が不可能な冬季の低温環境でリチウムバッテリーが完
全放電を防止する冬季の低温環境でのリチウムバッテリー保護システム技術。

【概要】

主電源が喪失したときに、設備または負荷が持続的に動作できるように電源を供給する装置として、無停
電電源供給装置(USP;Uninterruptible Power Supply)がある。また、電力を貯蔵しておき、電力消耗の多い
ピーク時間帯に貯蔵された電力を供給して使用できるようにする装置として、エネルギー貯蔵装置(ESS;
Energy Storage System)があり、このような無停電電源供給装置及びエネルギー貯蔵装置は、非常または
遊休電力を用いて電力を安定に供給できるようにするという点で、最近注目されている装置の一つである。
このような無停電電源供給装置やエネルギー貯蔵装置は、一般に、インバータや切り替えスイッチなどの
電力変換モジュール、変圧器、フィルター、コントローラ、および、蓄電池部などで構成。従来は、電力
を貯蔵する蓄電池として鉛蓄電池が主に用いられたが、最近は、寿命、重量、大きさなどで大きな利点が
あるリチウムイオンやリチウムポリマーなどのリチウム系バッテリーが用いられる。

リチウム系列のバッテリーは、通常、5℃~40℃の条件で充電が行われ、零下での充電は、電池内のリ
チウムイオンの化学反応性が著しく低下するため、バッテリーの老化をもたらす。したがって、冬季や寒
い地域では、氷点下の気温でバッテリーの充電が可能なように、バッテリーの温度を充電可能な温度に維
持するためのヒーター装置をシステムに追加するようになり、ヒーティング装置の追加は、システム構成
を複雑にし、作製コストがかかり、システムの信頼性が低下する。

下図1は、このような従来のBMSが適用されたバッテリーシステムの構成図であって、外部から入力さ
れる交流電源は、コントローラ10の制御によってインバータ20を介してバッテリー30を充電する。
また、バッテリー30の電源供給が必要な場合、バッテリー30に充電されたDC電源は、コントローラ
10の制御によってインバータ20を介し交流に変換され、負荷に交流電源を供給する。一方、BMS40
は、コントローラ10のIGNTION信号に応じ駆動され、バッテリー30の充電可能な温度範囲を設定した
後、温度範囲を外れた場合、充放電 B/D25に充電停止信号を伝送してバッテリーの充電が停止する
ように制御。また、BMS40は、充電及び放電時に複数のセルで構成されたリチウムバッテリーのセル
間電圧の偏差が最小化するように制御、このようにバッテリー30のセル間電圧、電流、温度の管理及び
充放電を管理するBMS40は、バッテリー30から電源供給されて動作する。


しかし、低温環境で長時間にわたりBMS40の充電停止命令によりバッテリーが充電されない場合にも、
充放電  B/D25の充電/放電リレーの駆動電力が継続消耗される。このような充電/放電リレーの消
耗電力とBMS40の消耗電力により、バッテリー30は継続放電し、低温状態が長期間続くと、バッテ
リー30が過放電現象が発生し、バッテリー電圧が動作停止電圧以下に放電されると、充電可能な条件に
なっても再起動が不可能となりめ、バッテリーを交換したり、再生させなければならない。このように、
冬季の低温環境が続く場合にも、リチウムバッテリーが完全放電されることを防止することが可能な、低
温環境でのリチウムバッテリー保護システムの提供にあたっては、下図2のごとく、低温環境でリチウム
バッテリーの充放電を制御して保護するシステムであって、外部から供給される電源を介して充電され、
充電された電源を放電させて外部に出力するリチウム系列のバッテリーモジュールと、バッテリーモジュ
ールを充電させ、バッテリーモジュールの放電時にバッテリーモジュールの電源を交流電源に変換して出
力する充電及び放電機能を行うインバータと、バッテリーモジュールの充電及び放電動作を制御するBMS
と、BMSの制御信号に応じインバータの動作を制御してバッテリーモジュールの充電及び放電動作を制御
するコントローラとで構成されるリチウムバッテリー保護システムを提供する。


 【符号の説明】

100  コントローラ 110  中央制御部 120 設定部 130 表示部 140 警報提供部
150  インバータ動作制御部   160   電源部 161 電源入力モジュール 61a  AC INP
UT電源入力 161b AC OUTPUT電源入力 161c  インバータ電源入力 161d  バッ
テリーモジュール電源入力 170  動作電源変換モジュール 180 BMS電源供給モジュール 
190  メモリ部 200  インバータ 300  バッテリーモジュール 400 BMS

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

     第57章 私がいつかはやらなくてはならないこと

   それでもいつか私は彼の姿をそこにしっかり描き上げることだろう。その男をその闇の中から
  引きずり出すだろう。相手がどれほど激しく抵抗しようと。今はまだ無理かもしれない。しかし
  それは私がいつかは成し連げなくてはならないことなのだ。

   そして私はもう一度『秋川まりえの肖像』に視線良民した。彼女をもう実際のモデルとして必
  要としないところまで、私はその線を描き上げていた。あとは一連の技術的な仕上げをすればい
  いだけだ。そうすれば線は完成の域に達する。それはあるいは、私がこれまでに描いた線の中で
  は、もっとも得心のいく作品になるかもしれない。少なくともそこには、秋川まりえという十三
  歳の美しい少女の姿が生き生きと鮮やかに浮かび上がってくるはずだった。私にはそれだけの自
  負かあった。しかし私かその線を完成させることはあるまい。彼女の何かを護るために、その線
  は未完成のままに留めておかなくてはならない。私にはそのことがわかっていた。

   なるべく早いうちに片付けなくてはならないことがいくつかあった。ひとつは秋川笙子に電話
   をかけて、まりえが家に戻ってきた経緯を彼女の口から聞くことだった。そしてもうひとつはユ
   ズに電話をかけて、君に会って一度ゆっくり話をしたいんだと告げることだった。そうしなくて
   はならないと、あの真っ暗な穴の底で私は心を決めたのだ。そういう時期が来ている。それから
   もちろん、雨田政彦にも話をしなくてはならない。私がなぜあの伊豆高原の施設から突然姿を消
   して、この三日間行方不明になっていたのかという説明をする必要かおる(それがどんな説明に
   なるのか、なり得るのか、見当もつかなかったが)。

    しかし言うまでもなく、こんな夜明け前の時刻に彼らに電話をかけることはできなかった。も
   う少しまともな時刻がやってくるのを待たなくてはならない。その時刻はたぶん――時間が普通
   どおりに動いていれば――そのうちにやってくるはずだ。私はミルクを鍋で温めて飲み、ビスケ
   ットをかじりながら、ガラス窓の外を眺めていた。窓の外には暗闇が広がっていた。星の見えな
   い暗闇だった。夜明けまでにはまだ時間がある。一年のうちでいちばん夜が長い季節なのだ。

    とりあえず何をすればいいのか、私には見当がつかなかった。一番まともなのはもう一度ベッ
   ドに入って寝てしまうことだったが、もう眠くはなかった。本を読む気にはなれなかったし、仕
   事をする気にもなれなかった。するべきことを何ひとつ思いつけなかったので、とりあえず風呂
   に入ることにした。バスタブに湯をはり、湯がたまるまで私はソファに横になって、ただあても
   なく天井を眺めていた。

    なぜ私はあの地底の世界を通り抜けなくてはならなかったのだろう? あの世界に入っていく
   ために、私はこの手で騎士団長を刺殺しなくてはならなかった。彼が犠牲となって命を落とし、
   私が闇の世界でいくつかの試練を受けることになった。そこにはもちろん理由がなくてはならな
   い。その地底の世界には紛れもない危険があり、確かな恐怖があった。そこではどんな異様なこ
   とが持ち上がっても不思議はなかった。そしてその世界をなんとかくぐり抜けることによって、
   そのプロセスを通過することによって、私は秋川まりえをどこかから解放することができたよう
   だった。少なくとも秋川まりえは無事に家に帰ってきた。騎士団長が予言したように。でも私か
   地底の世界で体験したことと、秋川まりえが帰還したこととのあいだに具体的な並行関係を見い
   だすことが、私にはできなかった。

    あの川の水が何かしら重要な意味を持っていたのかもしれない。あの川の水を飲んだことで、
   おそらく私の体内の何かが変質を遂げたのかもしれない。論理づけて説明はできないけれど、そ
   れが私の身体が抱いている率直な実感だった。その変質を受け入れることによって、私はどう考
   えても物理的には抜けられないはずの狭い横穴を、向こう側までくぐり抜けることができたのだ。

    そして閉所に対する根深い恐怖を克服するにあたって、ドンナ・アンナと妹のコミが私を導き、
   励ましてくれた。いや、ドンナ・アンナとコミはひとつのものだったのかもしれない。彼女はド
   ンナ・アンナであり、それと同時にコミでもあったのかもしれない。彼女たちが私を闇の力から
   護り、同時に秋川まりえの身をも護ってくれたのかもしれない。
    しかしだいたい秋川まりえはとこに幽閉されていたのだろう? だいいち彼女は本当にどこか
   に幽閉されていたのだろうか? 私が渡し守である〈顔のない男〉にペンギンのお守りを与えた
   ことは(与えないわけにはいかなかったのだが)、彼女の身の上に好ましくない影響を及ぼした
   のだろうか? あるいは逆に、そのフィギュアは何らかのかたちで秋川まりえの身を護る彼に立
   ったのだろうか?

    疑問の数がただ増えていくばかりだ。

    ようやく姿を現した秋川まりえ自分の口から、前後の事情が多かれ少なかれ明らかになるかも
   しれない。私としてはそれを待つしかない。いや、先になっても事実はまったく判明しないまま
   終ってしまうかもしれない。秋川まりえは自分の身に起こったことを何ひとつ記憶していないか
   もしれない。あるいは覚えていたとしても、それについては誰にもしやべらないと心を決めてい
   るかもしれない(私自身がそうであるのと同じように)。

    いずれにせよ、私はこの現実の世界でもう一度秋川まりえに会って、二人きりでじっくり話し
   合う必要があった。この数日間にお互いの身に起こった出来事について情報を交換する必要があ
   った。もしそうすることが可能であれば。
    しかしここは本当に現実の世界なのだろうか?
    私は自分のまわりにある世界をあらためて見渡した。そこには拡の見慣れたものがあった。窓
   から吹き込む風にはいつもと同じ匂いがしたし、あたりからは聞き慣れた音が聞こえた。

    でもそれは一見現実の世界に見えるだけで、本当はそうではないのかもしれない。これは現実
   の世界だと、私がただ思い込んでいるだけかもしれない。私は伊豆高原の穴に入って、地底の国
   を通り抜け、三日後に間違った出口から小田原郊外の山の上に出てきたのかもしれない。私が戻
   ってきた世界が、拡が出て行ったのと同じ世界であるという保証はとこにもないのだ。
    私はソファから起き上がり、服を説いで風呂に入った。そしてもう一度身体の隅々まで石鹸で
  丁寧に洗った。髪も念人りに洗った。歯を磨き、綿棒で耳の掃除をし、爪を切った。髭も剃った
  (それほど仲びてもいなかったのだが)。下着をもう一度新しいものに代えた。アイロンをかけ
  たばかりの白いコットンのシャツを着て、折り目のついたカーキ色のチノパンツをはいた。私は
  少しでも礼儀正しく現実の世界に向き合おうと努めた。でもまだ夜は明けなかった。窓の外は真
  っ暗だった。このまま永遠に朝は来ないのではないかという気がしたほどだった。
 
   しかしほどなく朝はやってきた。私はコーヒーを新しくつくり、トーストを焼いてバターを塗
  って食べた。冷蔵庫にはもうほとんど食品は入っていなかった。卵が二個と、古くなった牛乳と、
  野菜がいくらか残っているだけだった。今日のうちに買い物に行かなくてはな、と私は思った。
   台所でコーヒーカップと皿を洗っているあいだに、年上の人妻のガールフレンドにしばらく会
  っていないことに気がついた。もうどれくらい顔を合わせていないだろう? 日記を見ないこと
  には正確な日にちは思いい出せない。でもとにかくかなり長くだ。私のまわりでここのところ立
  て続けにいろんなことが――いくつかの思いもかけぬ普通ではない出来事が――持ち上がったせ
  いで、彼女からしばらく連絡がなかったことに今まで思い当たらなかった。

   なぜだろう? これまで少なくとも週に二回くらいは電話をかけてきだのに。「どうしてる、
  元気?」と。でも私の方から彼女に連絡を取ることはできなかった。彼女は携帯電話の番号を敢
  えてくれなかったし、私は電子メールを使わない。だからもし会いたくなっても、彼女から電話
  がかかってくるのを待つしかない。
   でも朝の九時過ぎに、ちょうど彼女のことをぼんやり考えているときに、そのガールフレンド
  から電話がかかってきた。

  「話さなくてはならないことがあるんだけど」、彼女は挨拶も抜きでそう言った。
  「いいよ、話せばいい」と私は言った。

   私は電話をとり、キッチンのカウンターにもたれて話をしていた。それまで空にかかっていた
  厚い雲が少しずつ切れ始め、初冬の太陽がそのあいだからおずむずと顔をのぞかせていた。天候
  は回復しつつあるようだ。しかし彼女の話はどうやらあまり好ましい種類のものではなさそうだ
  った。
  「もうあなたに会わない方がいいと思うの」と彼女は言った。「残念だけど」
   彼女が本当に残念だと思っているのかどうか、声の響きからだけでは判断できなかった。彼女
  の声には明らかに抑揚が不足していた。
  「それにはいくつかの理由があるの」
  「いくつかの理由」と私は彼女の言葉をそのまま繰り返した。
  「まずひとつには、夫が少し私のことを疑い始めている。何か気配みたいなものを感じているみ
  たい」
  「気配」と私は彼女の言葉を繰り返した。
  「こういう状況になると、女の人にはそれなりの気配みたいなのが出てくるものなの。お化粧と
  か服装とかに前よりも気を遺うようになるとか、香水を変えるとか、熱心にダイエットを始める
  とか。そういうのが表に出ないように注意はしていたつもりなんだけど、それでも」
  「なるほど」
  「それにだいいち、こんなことを永遠に続けているわけにはいかない」
  「こんなこと」と私は彼女の言葉を繰り返した。
  「つまり、先のないこと。解決のしようのないこと」
   たしかに彼女の言うとおりだった。我々の関係はどう見ても「先のないこと」であり、「解決
  のしようのないこと」だった。そしてこのまま続けて行くにはリスクが大きすぎた。私の方には
  失うべきものはとくにないが、彼女にはいちおうまっとうな家庭があり、私立女子校に通う二人
  の十代の娘がいた。

  「もうひとつ」と彼女は続けた。「娘に面倒な問題が出てきたの。上の方の子に」
   上の方の娘。私の記憶に間違いがなければ、成績が良く、親の言うことをよくきき、これまで
  ほとんど問題を起こしたこともないおとなしい少女のことだ。
  「問題が出てきた?」
  「朝起きても、ベッドから出なくなったの」
  「ベッドから出なくなった?」
  「ねえ、私の言ったことをオウムみたいに繰り返すのはよしてくれない?」
  「悪かった」と私は謝った。「でもそれはどういうことなんだろう?ベッドから出てこないと
  いうのは?」

  「まったくそのとおりのことよ。二週間ほど前から、どうしてもベッドから出ようとしないの。
  学校にもいかない。パジャマを着たまま、一日中ベッドの中にいる。誰が話しかけても返事をし
  ない。食事をベッドまで運んでも、ほとんど口にしない」
  「カウンセラーみたいな人には相談した?」
  「もちろん」と彼女は言った。「学校のカウンセラーに相談した。でもまったく娘に立だなかっ
  た」

   私はそれについて考えてみた。しかし私に言えることは何もなかった。だいいちその女の子に
  会ったこともないのだ。

  「そんなわけで、もうあなたとは会えないと思う」と彼女は言った。
  「家にいて、彼女の面倒をみなくてはならないから?」
  「それもある。でもそれだけじゃない」
   それ以上何も言わなかったが、私には彼女の心の中にあることがおおよそわかった。彼女は怯
  えているし、母親として自分のおこないに責任を感じてもいるのだ。
  「とても残念だ」と私は言った。
  「あなたが残念がっているより、私の方がより残念がっていると思う」

   そうかもしれない、と私は思った。

  「最後にひとつだけ言いたいんだけど」と彼女は言った。そして深く短く息をついた。
  「どんなことだろう?」
  「あなたは良い絵描きになれると思う。つまり、今よりももっと」
  「ありがとう」と私は言った。「とても励まされる」
  「さよなら」
  「元気で」と私は言った。

   電話を切ったあと、私は居間に行ってソファに横になり、天井を見上げながら彼女のことを考
  えた。考えてみればこれだけ頻繁に会っていながら、彼女の肖像画を描こうと考えたことは一度
  もなかった。そういう気持ちになぜかなれなかったのだ。でもその代わりに何枚かのスケッチを
  描いた。小型のスケッチブックに2Bの鉛筆で、ほとんど一筆書きみたいにして。大抵はみだら
  な格好をした裸体の彼女の線だった。脚を大きく広げて性器を見せつけている姿もあった。性交
  をしているところを描いたこともある。簡単な線画だったが、どれもずいぶんリアルだった。そ
  してどこまでも頂雑たった。彼女はそのような絵をとても喜んだ。

  「あなたって、こういういやらしい線を描くのが本当に上手なのね。さらさらとこともなげに描
  いているのに、ものすごくエッチ」
  「ただの遊びだよ」と私は言った。
   それらの絵は描いては、片端から棄ててしまった。誰が見るかもしれないし、そんなものをと
  っておくわけにはいかないから。でも一枚くらいはこっそり保管しておくべきだったのかもしれ
  ない。彼女が本当に存在していたことを、私自身に向けて証明するためのものとして。
   私はソファからゆっくり立ち上がった。一日はまだ始まったばかりだ。そして私にはこれから
  話をしなくてはならない何人もの相手がいた。

  May 5, 2014


    第58章 火星の美しい運河の話を聞いているみたいだ

   私は秋川笙子に電話をかけた。時刻は午前九時半をまわっていた。世間のほとんどの人々が既
  に日々の活動を始めている時刻だ。しかし電話には誰も出なかった。何度かのコールのあとで、
  留守番電話のメッセージに切り替わってしまう。ただいま電話に出ることができません、ご用の
  ある方は信号のあとでメッセージを……私はメッセージを残さなかった。彼女は姪の突然の失踪
  と帰還に関連する様々なものごとの処理に追われて忙しいのかもしれない。時間をおいて何度か
  電話をかけてみたが、受話器をとるものはいなかった。

   私はそのあとユズに電話をしようかと思ったが、就業時間中に仕事場に電話をしたくなかった
  ので、それはあきらめた。やはり昼休みまで待つことにしよう。うまくいけば短く話はできるか
  もしれない。長く話さなくてはならないような用件ではない。近いうちにコ皮会いたいのだが会
  ってくれるだろうか、具体的にはただそれだけの話だ。返事はイエスかノーで済む。イエスなら
  日にちと時刻と場所を決める。ノーならそこで話は終わる。

   それから私は――気は重かったが――雨田政彦に電話をかけた。政彦はすぐに電話に出た。私
  の声を聞くと、彼は電話口で特大の深いため息をついた。「それで、今は家なのか?」
  そうだ、と私は言った。

  「少し後でかけ直すけどかまわないか?」

   かまわない、と私は言った。十五分後に電話がかかってきた。ビルの屋上かどこかから携帯電
  話でかけているみたいだった。

  「いったい今までどこにいたんだ?」と彼は珍しく厳しい声で言った。「施設の部屋から何も言
  わずに急に姿を消してしまって、どこに行ったのかもわからない。わざわざ小田原の家まで様子
  を見に行ったんだぞ」
  「申し訳ないことをした」と私は言った。
  「いつ戻ってきたんだ?」
  「昨日の夕方に」
  「土曜日の午後から火曜日の夕方まで、いったいどこをほっつき歩いてたんだ?」
  「実を言うと、そのあいだどこにいて何をしていたか、まるで記憶がないんだ」と私は墟をつい
  た。

  「何ひとつ覚えていないけど、ふと気がついたら自分の家に帰っていたって言うのか?」
  「そのとおりだ」
  「よくわからないけど、それは真面目に言ってるのか?」
  「他に説明のしようがないんだ」
  「しかしそいつは、おれの耳にはいささか墟っぽく聞こえるな」 
  「映画や小説にはよくあることじゃないか」
  「勘弁してくれよ。テレビで映画とかドラマを見ていて、記憶喪失の話になると、おれはすぐに
  スイッチを切る。道具立てとしてあまりにも安易だから」
  「記憶喪失はヒッチコックだってつかっている」
  「『白い恐怖』か。あれはヒッチコックの中じゃ二流の作品だ」と政彦は言った。「それで本当
  はどういうことだったんだ?」
  「今のところ、何か起こったのか自分でもよくわからないんだ。いろんな断片をうまくつなぎ合
  わせることができないでいる。もう少しすれば、記憶もおいおい戻ってくるかもしれない。その
  ときにきちんと説明できると思う。でも今はだめだ。悪いけどもう少し待つってくれ」

 Gregory Peck and Ingrid Bergman in Spellbound

   政彦はしばらく考えていたが、やがてあきらめたように言った。「わかった。今のところは記
  憶喪失ということにしておこう。でも麻薬とか、アルコールとか、精神疾患とか、たちの悪い女
  とか、宇宙人のアブダクションとか、その手のものは話に含まれていないんだろうね?」

                                       この項つづく 

● 今夜の一言:ドクターXが帰ってきた

第5作目のテレビ朝日系ドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~』が帰ってきた。体調不良がつづき、
回復基調にあるとはいえ鬱状態で元気がでないが、現場での緊迫したシーンが命がけの体験をよみがえら
せ、闘志の復元を後押ししてくれた。

    

エネルギー革命ど真ん中 Ⅲ

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                    梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子 
  
                                       

       ※ 民の声に聞け:孟子が宣王に謁見して言った。「由緒ある国というのは、
                  大木があることを意味するのではない。譜代の臣がいることを意味する
         のです。ところがあなたには、信頼のおける臣下さえありません。登用
         したばかりの臣下が、次の日には知らない間にいなくなっております」
         「では人物を見抜くには、どうすればよいというのか」
         「人材の登用には、万全を期さねばなりません。身分の賤しい音を抜擢
         したり、血縁の薄い人間を重用したりする場合もあるのですから、よほ
         どの慎重さが必要です。
          側近全部の推薦があったとしても不十分、大臣の推薦があってもまだ
         不十分です。人民がこぞって推薦する人物で、ご自分でもよく見きわめ、
         この人物なら大丈夫と思えば登用することです。
         しりぞける場合も同じこと、側近全部が進言したからといってすぐ取り
         あげてはなりません。大臣の進言があってもまだ取りあげてはなりませ
         ん。人民が異口同音によくないと認め、ご自分でもよく調べて、これは
         よくないと思ったとき、はじめてしりぞけるのです。死刑の場合も同様
         です。側近がすすめ、大臣がすすめたからといっても間きいれてはなり
         ません。人民がこぞって賛成し、ご自分でもよく調べて、死刑にするの
         が当然だと確信したとき、はじめて刑を執行するのです。『人民が処刑
         する』とはこれをいうのです。以上のようにすれば、人民はあなたを父
         母のように慕うことでしょう」

         【解説】 側近政治は権力者の陥りやすい弊害である。民衆の総意、こ
              の無形の意志を正しく汲みとることが真の意味の政治性であ
              る。自己の権力を、この無形の意志でチェックできるか否か
              が、政治屋と政治家とを区別する最大の要件である。これは
              民主主義の現代でも変わりはない。のです。

    No.84

● エネルギー革命ど真ん中 Ⅲ

Feb. 23, 2017

【オールバイオマス事業篇:原料処理とエネルギ変換工学課題と技術事例】


ここでは、バイオマス政策あるいはバイオマス事業のプラットフォーム(=政策/戦略)については上下
の図表をダブクリし出典資料を参照していただき割愛し、再生可能エネルギーの現時点の普及著しい風力
発電及び太陽光発電#top比較して国内のバイオマス発電あるいはバイオマスボイラーの普及が進まないこ
とに焦点を当て小考してみる。例えば太陽光エネルギーもしくは太陽光発電はは、太陽光(人工光)さえ
あれば直ちに熱/電気エネルギーに変換でき、後者は「デジタル革命基本則」に従って、分散自律、ダウ
ンサイジング、デフレーション効果が働き変換効率に至っては変換効率30%超パネルの実用化や、フレ
キシブル薄膜型ソーラーはモバイル/ウエアブル器機の実用化段階に入りつつある。そこで。今夜は、❶
バイオマス発電/ボイラー原料の伐採/切り出し搬送/前処理の煩雑さそのにかかる費用効果/エネルギ
ー消費の大きさ/設備プラントの巨大化――もっとも、大規模風力発電も巨大であるがーさらには、工期
の長さなどの課題があり、❷バイオマスボイラーは構造も簡単で設備コストも燃料のペレット搬送/貯蔵
の嵩張りと給湯/蓄熱液等の熱媒体配管の引き回しがあるが、電線の引き回しと比べても大きい問題はな
さそうであるが、その他のエネルギ変換方式、①熱電変換素子(=サーマルタイリング事業)、②一酸化
炭素水蒸気反応ガスを用いた、ガスタービン/内燃機関式発電、③一酸化炭素水蒸気反応ガスを用いた燃
料電池などあるが、①対費用効果(=発電コスト)はいまだ試用段階で不詳、②は装置規模と保全性の悪
さが発電コスト逓減の隘路となる。これ意外に❸バイオマスをメタン発酵させ、燃料電池/ボイラーもあ
るが実用化が進んでおり、ガス配管の引き回し/ボンベ搬送の流通負荷が地上電線比べさほど問題はない
ものと思える(要試算/出典)。以上のことを踏まえ、最新の特許事例を小考してみよう。 

  Jan. 15, 2015

 

 Mar. 3, 2017


❏ 特開2017-169526  リグニンを分解する方法   国立研究開発法人理化学研究所

本件は、"シンデレラのカボチャのワゴン"のように切り出したバイオマスを放置保管しておくだけで”燃
料原料”に加工されているアプローチ法のヒントとして取り上げる。

【概要】

リグニンを分解する方法に関する。特に、本発明は、針葉樹材のような木本系バイオマス材料に含有され
るリグニンを分解する方法について取り上げる。リグニンに関しては「80℃以下でリサイクル可能なヒ
イドロトロープ酸にによる木質リグニンの迅速溶解」( Rapid and near-complete dissolution of wood lignin at
80°C by a recyclable acid hydrotrope, DOI: 10.1126/sciadv.1701735)(「美しすぎる直虎」2017.09.17|オー
ルバイオマスシステム篇:木質リグニン)で有喜酸による分画分離(≒パルプ産業での叩解工程)で紹介
したものではなく、リグニンは、その構造的特徴から、植物の細胞壁の主要な構成成分であるセルロース
を分解する条件では容易に分解されない。このため、植物系バイオマスに含有されるリグニンを効率的に
分解する手段が必要とされた。リグニンは、植物によって基本骨格となるフェニルプロパノイド単位の構
造が異なることが知られている。リグニンを構成するフェニルプロパノイド単位としては、通常、3-メト
キシ-4-ヒドロキシフェニル基を有するグアイアシル型(以下、「G型」と記載)、3,5-ジメトキシ-4-ヒ
ドロキシフェニル基を有するシリンギル型(以下、「S型」とも記載する)、及び4-ヒドロキシフェニル
基を有する4-ヒドロキシフェニル型(以下、「H型」とも記載する)が存在する。例えば、広葉樹リグニ
ンの場合、G型及びS型のフェニルプロパノイド単位を主要な構成成分として含む。これに対し、針葉樹リ
グニンの場合、G型のフェニルプロパノイド単位のみを主要な構成成分として含む。

 Sep. 28, 2017

※ リグニンは、植物の細胞壁の構成成分の一つであって、芳香環及びC3脂肪族炭化水素鎖を有するフェ
ニルプロパノイドの酸化重合体である。リグニンは、植物系バイオマスの約20~30%を占めており、立木
の伐採時に生じる枝葉若しくは梢端、又は間伐材のような林地残材においては、その約30%を占める。



植物系バイオマスにおいて、リグニンは、セルロースと並ぶ主要な構成成分。植物系バイオマスに含有さ
れるセルロース利用には、リグニン分解法は、セルロース利用効率向上する前処理工程が重要。また、リ
グニンは、フェニルプロパノイド単位の構成成分が含まれ、芳香族モノマー原料に利用できる可能性があ
る。このように、微生物を用いるリグニン分解法の微生物中でも、白色腐朽菌は、細菌等に比べリグニン
分解能力が高いが、針葉樹リグニンは容易に分解されない。この分解特性の違いは、リグニンの構造的な
違いに起因と推測されている。このように、針葉樹材のような植物系バイオマス材料のリグニンを、微生
物を用いて効率的に分解する手段の提供にあっては、リグニンを含有する材料と、マツノタバコウロコタ
ケ(ヒメノケーテ・ヤスダイ)、シワタケ(フレビア・トレメローザ若しくはフレビア属VL297)、コフ
キサルノコシカケ(ガノデルマ・アウストラーレ若しくはガノデルマ・ギボサム)、チャカワタケ(ファ
ネロケーテ・ベルチーナ)、マスイロカワタケ(ファネロケーテ・サングイネア若しくはファネロケーテ・
シトリノサングイネア)、マゴジャクシ(ガノデルマ・ネオジャポニカム)、ササクレコメバタケ(フィ
フォドンチーナ・ブレビセタ若しくはシゾポーラ cf. ラデュラ)、シックイタケ(アントロディエラ・ジ
プシ若しくはディプロミトポーラス・リモサス)、イボコメバタケ(スクボルゾビア・フルフレーラ若し
くはヒメノケータレス属KUC20131001-10)、ヘテロバシジオン・エクルストサム(若しくはヘテロバシジ
オン・アラウカリアエ)、ツリガネタケ(ホメス・ホメンタリス)、スギノハヒメホウライタケ(マラス
ミウス・クリプトメリアエ若しくはストロビルラス・エスクレンタス)、フミヅキタケ(アグロチベ・プ
ラエコックス)、及びサケツバタケ(ストロファリア・ルゴソアヌラータ)からなる群より選択される少
なくとも1種の微生物とを接触させる工程を含むことを前提とする。

【リグニン分解物進行度の測定結果】

リグニン分解物のバニリン生成量を計測し評価――抽出物の低磁場領域のスペクトルで――するとバニリ
ン以外のリグニン分解物に由来するシグナルが新たに観測された。また、バニリンに由来するシグナルの
相対強度割合は、いずれの抽出物の場合も対照の場合と比較して有意に減少した。この結果から、本実験
に使用したリグニン分解微生物により、バニリンだけでなく、様々な芳香族低分子化合物がリグニン分解
物として生成したことが示唆されている。



※ このように徐々に成果は上がっているようではあるが実用化にはまだ遠い。


❏ 特開2017-113719  部分酸化触媒及びそれを用いた一酸化炭素の製造方法
                           国立大学法人北海道大学他 

従来であれば山林より未利用材として切り出されて廃棄処分されていた廃木材や間伐材等の木質系バイオ
マスをチップ化処理し、これをバイオマス燃料としてボイラで燃焼させ、それによって発生させた高圧蒸
気でもって蒸気タービンを回転させて発電を行うバイオマス発電システムに木質系バイオマスを還元雰囲
気下で間接加熱することにより炭化処理する。

【概要】

従来装置では、炭化処理対象物が食品廃棄物や下水汚泥等の湿潤系バイオマスでは、高含水状態のままで
炭化処理し、また従来一般的に行われていた比較的高温域で炭化処理すると発生するタール量が乏しく、
それを全て燃焼分解させて熱風を生じさせても炭化炉の間接加熱源として利用するには熱量的に不足する。

その不足分の是正に好気性発酵し乾燥処理しつつ、低温域炭化処理でタール成分を多く発生させる一方、
炭化処理対象物が木質系バイオマスには、バイオマス中のタール含有量が元々く、炭化処理温度域等に関
係なくタール成分が多量発生しやいために熱量不足が起きにくいが、多量のタール成分を燃焼炉で燃焼分
解させると熱量過多のため、炭化炉へ間接加熱源供給用木質系バイオマスの炭化処理温度が高くなり過ぎ、
結果的にタール成分の揮発により残らず炭化物回収――例えば比較的高い着火性を求められるバーナ用の
木炭燃料等としてはあまり適さない――用途が限られてしまう。なお、燃焼炉から炭化炉へ供給される熱
風中へ、例えば外気等を導入して強制的に冷却することにより熱風温度を所望の炭化物を炭化処理できる
が、熱エネルギー的に見れば無駄である。

このように、木質系バイオマスの炭化処理に伴って発生するタール成分を熱風発生炉にて燃焼分解させ、
その際に生じる熱風を炭化炉の間接加熱源として有効利用しつつ、熱風発生炉に供給されるタール成分か
ら余剰熱量分を分離回収してタール燃焼量を調整し、所望性状の炭化物を炭化処理に適合する熱風温度に
コントロール可能とした木質系バイオマス炭化処理装置の提供するにあって 下図1のように炭化炉2と熱
風発生炉3との間に空冷熱交換器31を備え、炭化炉2には炭化物温度センサ43を、熱風発生炉3の下
流には熱風温度センサ47を備え、前記各温度センサ43、47にて検出される炭化物温度または熱風温
度が予め設定されるそれぞれの上限温度よりも高ければ、外気供給ファン35を稼働させて空冷熱交換器
31に外気を供給し、木ガスからタール成分の一部を分離回収して熱風発生炉3でのタール燃焼量を減じ
るように調整制御するタール燃焼量制御器49を配置する。


【符号の説明】

1…木質系バイオマスの炭化処理装置 2…炭化炉  3…熱風発生炉 4…木ガス導出ダクト 5…熱風
供給ダクト 6…排気ダクト  7…乾燥炉(砂ドライヤ) 13…内筒  25…外筒 31…空冷熱交換
器  33…鋼管 35…外気供給ファン   36…回収タンク 40…燃焼用空気供給ダクト  41…外気
導入口 42…開閉ダンパー  43…炭化物温度センサ 47…熱風温度センサ 48…酸素濃度センサ
49…タール燃焼量制御器

❏ 特開2017-132969 バイオマス発電システムおよび熱分解炉のリターンシステム
                                       株式会社高橋製作所 

本件はバイオマス(廃木材等有機廃棄物)を熱分解・ガス化し、得られた水性ガスを用いてガスエンジン
等で効率よく発電するバイオマス発電システム及び熱分解炉のリターンシステムの考案である。

【概要】

木質系材料を熱分解ガス化するには、原料となる木質バイオマスを炭化炉温度1000~1200℃で、
炭化物を回収し、次に炭化物を熱分解炉にて高温加熱して高温水蒸気と水性反応させ水性ガスを生成する。
また、バイオマスや廃棄物から熱化学的手法によってエネルギーを回収する方法が注目されボイラー設備
を用いたスチームタービン発電の他に生成ガスを燃料ガスとして発電効率の高いガスエンジンで発電し
35%を超える発電効率が得られる。また、ガス化で得られる合成ガスはメタノールや合成軽油、混合ア
ルコールといった液体燃料の原料ともなることから石油代替燃化技術の一つとしてガス化技術が注目され
ている。

バイオマス発電においては、ガスエンジン、ガスタービンエンジン、スチームタービンエンジン等が用い
られる。中でもガスエンジンはエンジンの構造がガソリンエンジンと同様であり、他のエンジンに比較し
てコンパクト(50~4000kW程度)で発電効率が高くバイオマス発電に適する。しかし、熱分解ガ
ス(水性ガス)はガス中の可燃ガス(CO、H2)の含有割合によって発熱量が決まる。即ち、水性ガス
中の水素(H2)、一酸化炭素(CO)及び二酸化炭素(CO2)の組成比にブレがあると発熱量が変化し、
発電機を回転するエンジンの回転数に影響するために安定した電力が得られないばかりでなくオーバーヒ
ート等で故障原因ともなり問題である。また、従来のボイラーで発生した水蒸気を直接熱分解ガス化装置
に供給することも考えられるが、熱量過不足によりガス化領域の温度分布にブレが生じ或いはメタンガス
等余分なガスが発生する可能性が生じる問題がある。

バイオマスの燃焼効率を安定ろ改善を行い、熱分解を実現する。また、燃焼ガスの流出等を防ぎ、下流側
の装置へ供給する水性のスとして組成比率の変動のない、安全で効率の良いバイオマス発電システムの提
供にあたり、下図のように、バイオマスを炭化する炭化炉と、炭化炉で得られた炭化物および燃焼排ガス
により熱分解ガスを発生させる熱分解炉と、熱分解ガスを洗浄し得られた水性ガスを用いて電力を得る発
電装置とを備え、炭化炉に供給する空気の供給量を制御する空気供給制御部を設け、この空気の供給量に
より温度制御された燃焼ガスを熱分解炉に供給を特徴とするバイオマス発電構成とする。


【図3】実施形態に係る炭化炉の縦断面図

【符号の説明】

20a…間隙  21…本体部  22…円筒部  23…有機廃棄物投入部  24…炭化物排出部 25…1
次空気供給部  26…2次空気供給部  27…燃焼ガス排出部  28a、28b、28c…温度センサ(
温度検出部)28d…レベルセンサ(堆積量検出部)29…炭化炉制御部(制御部)

※ 関連特許 特開2017-132676  水素供給システム 株式会社高橋製作所 2017年08月03日


❏ 特開2016-150890 エネルギー貯蔵輸送方法およびエネルギーキャリアシステム
                                   国立大学法人岐阜大学 

本件は窒素酸化物から硝酸を製造し、製造した硝酸からアンモニアを製造し、さらにそのアンモニアを原
料として水素を製造することを特徴とするエネルギー貯蔵輸送方法およびエネルギーキャリアシステムの
技術事例。

【概要】

エネルギーキャリアシステムを具現化する技術として、①太陽光で発電した電力で水素を製造する方法が
ある。②また、水素と窒素からアンモニアを合成するための方法。③また、Pt,Rh,Pd,Ruなど
の貴金属触媒を用いて400℃以上の加熱条件で、アンモニアから水素を製造する技術がある。①の方法
と②の方法と③の方法を組み合わせることによって、太陽光で発電した電力を水素に変換し、その水素を
原料としてアンモニアを合成して液化アンモニアとして貯留し、液化アンモニアをエネルギー消費地に輸
送し、エネルギー消費地で液化アンモニアから水素に転換して、燃料電池車に供給したり、燃料電池発電
システムに供給することができる。しかしながら、これらの3つの技術を組み合わせた場合、再生可能エ
ネルギーから水素への総合変換効率は7パーセント程度である。そこで、より総合変換効率の高いエネル
ギーキャリアシステムが求められている。

このように、水素キャリアの一つであるアンモニアから水素を製造技術の検討を行っている(④⑤)。④
の水素製造方法は、アンモニアガスを含有する水素源ガスに、常温で波長200nm以下の光を含む紫外
線を照射して水素ガスを発生させる。また、⑤の水素製造装置は、プラズマ反応器と、高電圧電極と、接
地電極とを備えており、常温大気圧の条件下で高電圧電極と接地電極との間で放電を行ってアンモニアを
プラズマとし、水素を生成する。これらの水素製造方法は、従来よりも高効率に水素を生成可能であり、
最適なアンモニア製造方法と組み合わせエネルギー貯蔵輸送方法とエネルギーキャリアシステムを実現で
きる。

下図のように、アンモニアを高効率に製造し、最終的にはアンモニアから水素を製造してエネルギーとし
て用いるエネルギーキャリアシステムとそれを用いたエネルギー貯蔵輸送方法の提供にあたり、エネルギ
ーキャリアシステムは、硝酸製造手段と、アンモニア製造手段と、水素製造手段とを備えている。硝酸製
造手段は、光反応器と、光反応器に窒素酸化物と水と酸素とを含む被処理ガスを供給する被処理ガス供給
手段と、光反応器内に配置されており175nmよりも短い波長の紫外線を含む光を発生させる光源とを
備えている。このエネルギー貯蔵輸送法は、窒素酸化物から硝酸を製造する硝酸製造工程と、硝酸を還元
してアンモニアを製造するアンモニア製造工程と、アンモニアを分解して水素を製造する水素製造工程と
で製造される。

 

【関連特許】 

① 特開2014-203274 水素製造手段を備えた太陽光発電システム   

【概要】 

太陽光発電エネルギを有効に利用して高効率の電力供給が可能な太陽光発電システムの提供にあって、下
図のように太陽光発電装置1と、太陽光発電装置1からの直流電力を交流電力に変換し且つ最大電力を得
るための出力制御機能を有する電力変換制御器3と、太陽光発電装置1からの直流電力を用いて水素を製
造する水素製造手段2と、太陽光発電装置1と電力変換制御器3および水素製造手段2の電気的な接続構
成を切替える切替手段4と、切替手段4に制御信号を伝達する制御部6とを備え、太陽光発電装置1の定
格出力電力が電力変換制御器3の定格出力電力よりも大きく、制御部6は太陽光発電装置1で発電可能な
発電予測電力W0と出力電力W1または出力電力W2との比較結果、及び、電力変換制御器3の変換効率特性
に応じて切替手段を制御することを特徴とする太陽光発電システムである。

 

② 特開2013-209685 アンモニア製造用電気化学セル及びこれを用いたアンモニア合成方法

本件は、アンモニア製造用の電気化学セルであり、カソード支持型電気化学セル(カソードサポート型電気化学セ
ル,CSC)である。さらに、このセルを用いたアンモニア合成法である。

【概要】 

アンモニア合成は、従来、ハーバーボッシュ法が確立され、肥料の原料となり化学工業/農業発展の原動力とな
った」。ハーバーボッシュ法は、鉄を主成分とする触媒を用いて水素と窒素とを400~600℃、20~40MPaの高
圧条件で反応しアンモニアを得るものである。工業触媒としては、鉄にアルミナと酸化カリウムとを加えることで鉄
の触媒性能を向上させた触媒が用いられる。また、他の技術として、Ru系の触媒を用いることが提案されている例
もある)。最近ては資源枯渇、地球温暖化を防止する技術が求められハーバーボッシュ法は、原料として化石資源
を用いる、また、高温高圧のプロセスで、その製造工程でも多くのエネルギーを消費し、多量の資源を用い地球温
暖化ガスを多量に排出する。この技術に代えて、限られた資源を有効活用し、より持続的技術が望まれている。

 この様な背景から、アンモニアの新規合成法の一つとして、プロトン導電性酸化物を固体電解質に使用し、水素と
窒素あるいは水蒸気と窒素を供給し、更にセルに電圧を印加することにより、アンモニアを合成する方法が提案さ
れている。事例のアンモニアの電解合成法は、水蒸気と窒素からアンモニアを合成する方法であり、ハーバーボッ
シュ法の様に炭化水素を用いて水素ガスを製造するひつようがないため、多量の炭酸ガスを排出する問題はない。
下図のようにプロトン導電性酸化物を電解質に用いたカソード支持型電気化学セルに、電圧を印加で、従
来の電解質支持型電気化学セルより効率的にアンモニアを合成できる構造/構成の提案にあって、プロト
ン導電性固体電解質の一面にアノードを配し他面にカソード配し、かつカソードにより支持されたている
特徴をもつ水素含有ガスまたは水蒸気含有ガスと窒素含有ガスからアンモニアを得るために用いる電気化
学セルである。


【符号の説明】

1:アノード 2:固体電解質(プロトン導電性電解質) 3:カソード支持体 4:カソード触媒


③ 特開2003-040602  燃料電池用水素製造   

本事例は燃料電池へ供給される水素を製造する装置で、燃料電池自動車用に最適な水素製造装置の新機構案である。

【概要】 

自動車用の燃料電池は、燃料水素の供給手段が課題となる。例えば水素ガス自体を供給には、水素を圧縮
/液化して搭載する必要があるが、現在のガソリンタンクの内容積に相当する内容積50Lの圧力容器に 2
百気圧で充填した場合の水素量は僅か 0.4kgであり、内容積50Lの断熱圧力容器に液化水素充填しても水
素量は 3.5kgである。したがって長距離の移動の場合などには頻繁に水素を補給せざるを得ず、水素スタ
ンドなどインフラの整備が課題になる。またシクロヘキサンを分解して水素生成法は1モルの分解により
3モルの水素が生成し、内容積50Lの容器に充填された液体シクロヘキサンからは 2.8kgの水素を生成。
またシクロヘキサンは、室温で液体であるので自動車への搭載が容易である。しかしシクロヘキサンの分
解反応では、有害なベンゼンが副生するという問題があり、シクロヘキサンとベンゼンとの沸点が近接し
ているために分解ガスから両者を分離することも困難である。

また、水素吸蔵合金を用いる方法でも合金の単位重量当たり 1.5~2%の水素を吸蔵できるだけであり、
水素化ホウ素ナトリウムや金属ナトリウムと水を反応させても水素を生成できるものの、副生物のリサイ
クルが困難であるという問題がある。そこでアンモニアを分解して水素を生成する方法が注目されている。
アンモニア1モルの分解により、 1.5モルの水素が生成する。またアンモニアは室温において液化状態で
貯蔵することが可能であるので、断熱圧力容器が不要となるという利点もある。そして内容積50Lの圧力
容器に充填された液化アンモニアからは 7.2kgの水素を生成することができ、体積当たり及び重量当たり
最も多くの水素生成するので、水素源として有望である。

このように、アンモニアなどの水素源を分解して生成した水素を燃料電池に供給するとともに、燃料電池
からの排ガスをさらに利用することで有害物質の排出も防止することができるため、下図のごとく、水素
源を窒素と水素とに分解して燃料電池に供給する分解器2と、触媒反応により燃料電池4からの排ガスを
燃焼させる燃焼器3と、燃焼器3に燃焼用空気を供給する空気供給手段5と、燃焼器3からの排ガス中の
酸素濃度を検出する酸素センサ34と、検出された酸素濃度値に応じて空気供給手段5を制御する制御装置
6と、から構成した。燃料電池からの排ガスに含まれるアンモニアなどの有害物質は燃焼器3で燃焼除去
されるため、有害物質の排出を防止することができる。また燃焼器3の熱を分解器2に供給すれば、分解
器2を加熱するための熱源が不要となりエネルギー効率が向上する新規技術が提供されている。

 【符号の説明】

1:アンモニアボンベ  2:分解器 3:燃焼器 4:燃料電池  5:空気供給手段  6:制御装置
10:供給器   34:温度センサ   41:触媒

【図1】本発明の一実施例の水素製造装置のブロック図
【図2】本発明の一実施例の水素製造装置に用いた分解器と燃焼器の模式的断面図

 

 

     

 

エネルギー革命ど真ん中 Ⅲ-Ⅰ

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                    梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子 
  
                                     

       ※ 暴君は主君ではない:宣王が孟子にたずねた。「湯王は桀王を追放し、武王
         は紂王を討伐したというが、本当であろうか」「そう伝えられております」
         「臣下でありながら、主君を殺していいものだろうか」「仁をそこなうこと
         を賊といい、義をそこなうことを残といいます。残であり賊であるような男、
         これはすでに主君ではなく、なみの人間にすぎません。なみの人間である紂
         を詠殺したという話は聞いたたことがありますが、主君を殺したという話は、
         いっこう聞き及びません」

         〈湯王〉 夏王朝に仕えていたが、桀王の暴政に反対してこれを打倒し、殷
              王朝を開いた。
         〈武王〉 殷王朝に仕えていたが、紂王の暴政を打倒し、周王朝を開いた。
              この二人はともに儒家の理想とする古代の聖王。

         【解説】 有名な湯武放伐論で、これが中国「革命」思想に根拠を与えるこ
         とになった。天子としての義務を果たさず、天下の人民に見放されたものは、
         もはや天子ではない。天命が革(あらだ)まったのだ。わが国で、『孟子』
         が「人臣たらん者の読むべき書にあらず」と危険思想あつかいされ、また
         「孟子の書を積んでくる船は途中で必ず遭難する」という言い伝えがあった
         というのも、この革兪思想がわが国の国体に合致せぬと考えられたために起
         こったものであろう。  
 

    No.85

● エネルギー革命ど真ん中 Ⅲ-Ⅱ


前回のバイオマスシリーズでの掲載洩れを補足しておく。

【バイオマス発電篇:最新特許事例】


❏ 特開2017-169505 植物廃材料分解用菌叢、植物廃材料分解方法及び発酵植物性オイル

 

バイオマスなどの植物廃材料を分解して発酵植物性オイルをつくる技術、植物廃材料分解用菌叢、植物廃
材料分解方法。

【概要】

木材の残材、切り屑、籾殻、サトウキビやテンサイの絞りかすなどの植物廃材料は、多くが焼却処分され、
一部がバイオマスとして再利用されているが、植物廃材料のバイオマスの再利用は、2種以上の木質分解
性菌を用いる木質分の分解方法が提供されていたが、植物廃材料は堅牢な高分子繊維のセルロース質を多
く含み、従来の木質分解性菌による分解方法では、分解(発酵)時間を要し、効率的に植物廃材料を分解
できない。このように、より短時間で植物廃材料を分解(発酵)可能な植物廃材料分解用菌叢と植物廃材
料分解方法の提供にあって、植物廃材料分解用菌叢が、木質分解性菌のクロノスタキス属と真性細菌のロ
ドコッカス属を使用する。クロノスタキス属が植物廃材料に含まれるセルロース質を分解することができ
るものであり、クロノスタキス属とロドコッカスとが菌叢(コンソーシア)を形成することによりセルロ
ース質を短時間で分解(発酵)することができるものとなる(下図/表参照)。

 

❏  特開2017-178810  メタノール合成システム  東京瓦斯株式会社

【概要】

メタノールは、これまで繊維、医薬品などの化学原料として用いられており、また、メタノール燃料電池、
バイオディーゼルなどに利用開発が行われ、今後も高い需要が見込まれている。現在工業的に行われてい
るメタノール製造方法は、天然ガス、液化石油ガスなど主成分として炭化水素を含むものを原料とした水
蒸気改質法により水素を製造し、その水素を用いてメタノールを合成する方法が主流。

まず、原料となる天然ガス及び液化石油ガス中には、主成分である炭化水素以外に窒素、二酸化炭素、塩
素分、硫黄分などが含まれているため、例えば、脱硫器に供給して硫黄分を除去する、あるいは、その他
分離手段を用いて他の不純物を除去して原料を精製する。不純物を除去した炭化水素にスチーム(水蒸気)
を加え、高温/触媒存在下で反応させて水素、一酸化炭素及び二酸化炭素を取り出す。この過程は、吸熱
反応で外部から熱を供給――例えば、炭化水素の水蒸気改質は、700℃~800℃程度の高温条件下で
行う。

  CnH2n+2+nH2O⇔nCO+(2n+1)H2
  CO+H2O⇔CO2+H2
  CO+3H2⇔CH4+H2O

合成ガスである水素、一酸化炭素及び二酸化炭素が圧縮され、触媒存在下で反応させてメタノールを合成
させる。またメタノールから水、高級アルコールなどの不純物を蒸留して除去し、一定濃度以上の高純度
のメタノールを得る。以上のような水蒸気改質を経由し、天然ガス、液化石油ガスなどの化石燃料からメ
タノールを製造する方法が普及しているが、製造工程にて二酸化炭素が排出されるという問題がある。そ
こで下図のように、二酸化炭素の排出が抑制されたメタノール合成システムの提供にあっては、再生可能
エネルギーを利用して発電する発電装置と、この発電装置での発電により生じた電力と再生可能エネルギ
ーに由来する熱エネルギーを供給、高温で水蒸気を電気分解して水素を生成する水蒸気電解装置と発電装
置での発電により生じた電力と再生可能エネルギーに由来する熱エネルギーが供給され、高温で二酸化炭
素を電気分解して一酸化炭素を生成する二酸化炭素電解装置とこの水蒸気電解装置にて生成された水素と
二酸化炭素電解装置で生成された一酸化炭素が供給され、メタノール合成を行うメタノール合成装置とを
備えるメタノール合成システムとする。


【符号の説明】

1  発電装置 2 水蒸気電解装置 3  工場 4 分離膜(分離手段) 5 二酸化炭素電解装置 6  
メタノール合成装置 10  メタノール合成システム

❏ 特開2017-184722  生成物阻害耐性および基質阻害耐性を有するβ-グルコシダーゼ
           それをコードする遺伝子  国立研究開発法人産業技術総合研究所

【概要】

植物由来バイオマスはセルロースや、キシランやキシログルカンなどのヘミセルロースから成り、その効
率的利用は循環型社会の実現に重要である。 現在、植物由来バイオマスを単糖やオリゴ糖に分解する反
応(糖化)は、微生物が生産する糖質分解酵素を用いた酵素糖化により行われているが、一般に❶セルロ
ースは、セルラーゼを合成できる微生物(細菌、真菌、粘菌、原生動物、昆虫等)で分解され、❷セルラ
ーゼは、セルロースのβ-1,4-グルカン又はβ-D-グルコシド結合を加水分解して、セロオリゴ糖、
セロビオース及び/又はβ-D-グルコースを生成する酵素の総称であり、その作用形式により3つの型
に大別されている。すなわち、①エンドグルカナーゼ(EG;EC3.2.1.4)、②エキソグルカナーゼ(セロ
ビオハイドロラーゼ;CBH;EC3.2.1.91)、③及びβ-グルコシダーゼ(β-D-グルコシドグルハイドラー
ゼ;BG;EC3.2.1.21)である。エンドグルカナーゼは、主としてセルロース繊維の非結晶部分に作用して
セルロース糖鎖の内部を切断する(非特許文献3)。また、エキソグルカナーゼは、結晶性セルロースに
作用してセルロース糖鎖の末端を分解し、セロビオースを産生する(非特許文献4)。一方、β-グルコシ
ダーゼは、エンドグルカナーゼ及び/又はエキソグルカナーゼの作用によって生じたセロビオース及び/
またはセロオリゴ糖等から最終産物であるβ-D-グルコースを遊離させる働きをもつ。したがって、セ
ルロースの糖化には、エンドグルカナーゼ、エキソグルカナーゼ及びβ-グルコシダーゼの3つの酵素の
存在とそれらの効率的な活性組み合わせにより、それらの酵素の活性が効率的に発揮されることが必要と
されるが、

一方で、バイオマスの酵素糖化に関わる多くの酵素はその酵素反応の生成物や高濃度の基質によって酵素
反応が阻害される(生成物阻害と基質阻害)――エンドグルカナーゼやセロビオハイドロラーゼはその生
成物であるセロビオースにより阻害される――が知られている。その一方、β-グルコシダーゼは、この
のように、植物由来バイオマスを糖化する際に、エンドグルカナーゼやセロビオハイドロラーゼにより生
産されたセロビオースなどのセロオリゴ糖をグルコースに分解する重要な酵素であるが、その生成物であ
るグルコースによって劇的に阻害され(生成物阻害)、また、基質であるセロビオースが高濃度で存在す
る際も活性が低下する(基質阻害)ことが知られている。したがって、植物由来バイオマスの酵素糖化を
効率的におこなうためには、生成物阻害や基質阻害に耐性を持つ高機能なβ-グルコシダーゼが不可欠と
なる。

以上理由から 高濃度の基質および/または生成物の存在下においても酵素活性を保持できる酵素、生成
物阻害耐性と基質阻害耐性のβ-グルコシダーゼの提供にあたっては。土壌由来メタゲノムライブラリー
からのスクリーニングによって得られたβ-グルコシダーゼであって、5mM以上のセロビオース存在下ま
たは50mM以上の高濃度のグルコースの存在下におけるβ-グルコシダーゼ活性およびフコシダーゼ活
性が、セロビオース非存在下もしくはグルコースの非存在下の夫々ににおけるβ-グルコシダーゼ活性お
よびフコシダーゼ活性と比較して100%を超えた相対活性をもつβ-グルコシダーゼが不可欠となる(
詳細、下図ダブクリ参照)。



【図1】MeBglD2の至適pH」の試験結果を示すグラフ
【図2】MeBglD2の至適温度」の試験結果を示すグラフ

❏ 特開2017-183249  燃料電池システム  本田技研工業株式会社


【概要】

従来、燃料ガスとして、改質ガスを使用する燃料電池システムがある。この改質ガスは、炭化水素を原燃
料に下記式(1)で示される水蒸気改質反応で得られるものや、下記式(2)で示される部分酸化反応で
得られるものが挙げられる。

    -CH2-  +  H2O    →  CO  +  2H2    ・・・式(1)
    -CH2-  +  1/2O2  →  CO  +  H2     ・・・式(2)

このような燃料電池システムにおいては、水蒸気改質反応よりも反応速度が速い部分酸化反応を使用する
改質ガス供給装置を備えるもののほうがガ  ところが、比較的改質ガスに多く含まれるCO(一酸化炭素)
は、下記式(3)が示すように、炭素(C)を析出する。

    2CO⇔CO2+C    ・・・式(3)

析出した炭素は、燃料電池スタック内でコーキング(炭素析出付着)生じる。そこで、改質ガスを供給す
る燃料電池スタック内での炭素析出を防止する燃料電池システムを提供することにある。ス処理効率に優
れる点で、燃料電池システムの小型化を図ることができる。そこで、下図のように、改質ガスを供給する
燃料電池スタック内での炭素析出を防止する燃料電池システムの提供にあっては。燃料電池システム10
Aが、炭化水素を含む原燃料を部分酸化して一酸化炭素と水素とを生成する部分酸化改質器22と、一酸
化炭素と水蒸気とをシフト反応させて二酸化炭素と水素とを生成するシフト反応器23と、この部分酸化
改質器22とシフト反応器23の少なくともいずれかで生成される水素と、酸化剤ガスとの電気化学的反
応により発電する燃料電池スタック20と、この燃料電池スタック20の排ガスに含まれる水蒸気をシフ
ト反応器23に供給する排ガス還流配管P6とで構成する。



※ その他関連特許事例

・特開2017-141451  バイオマスの加工方法 キシレコ インコーポレイテッド 2017年08月17日
・特開2017-136067  バイオマスの処理 ザイレコ,インコーポレイテッド 2017年08月10日
・特開2017-136016  エタノールの製造方法 新日鉄住金エンジニアリング株式会社 他 2017年08月10日 


  
上写真は、アスファルト-グラフェンナノリボンとリチウム正極(左)、同正極でリチウムを含まない(
右)の走査型電子顕微鏡画像を表示(DOI: 10.1021/acsnano.7b05874 )。

【蓄電池篇:超高速充電アスファルト-リチウム金属電池】

10月2日、ライス大学らの研究グループは、アスファルトナノリボン陽極がより効率的で、樹状突起に
抵抗性であることを見出す。市販のリチウムイオン電池よりも10~20倍速い大容量のリチウム金属電
池の秘密かもしれない。500回以上の充放電サイクル後に優れた安定性を示したアスファルト製の多孔
質炭素を含むアノードを開発。1平方センチメートル当たり20ミリアンペアの高電流密度は、高出力密
度を必要とする急速充放電装置で使用可能。この材料をで開発、市販のリチウムイオン電池よりも20倍
も高速に充電できる大容量のリチウム電池の開発に成功する。これらの電池の膨大な容量で、従来の蓄電
池の充電時間が2時間以上要していたが、この研究成果では5分でゼロ充ら完全充電できるとのこと。


Title:Ultrafast Charging High Capacity Asphalt–Lithium Metal Batteries, DOI: 10.1021/acsnano.7b05874, Publicati-
on Date (Web): September 27, 2017, Copyright © 2017 American Chemical Society

今回、アスファルトを導電性グラフェンナノリボンとの複合材料を電気化学的にリチウム金属で堆積被覆。
実験では、陽極と硫化炭素陰極を組み合わせて試作。この電池は、1ポンド当たり1,322ワットの高出
力密度と1キログラムあたり943ワット時間の高エネルギー密度を示す。また、実験のアスファルト由
来炭素では、炭素はリチウムデンドライト――苔状沈着物が蓄電池のの電解質に侵入し伸長し、樹枝状結
晶生成を引き起こし、陽極と陰極を短絡させ、バッテリーの故障や発火・爆発させる危険性がある――を
抑制する効果も確認している。また、リチウム金属の理論的限界の漸近するが、新しいアスファルト由来
の炭素は単位面積当たりのリチウム金属をより多く吸収し、それは故、シンプルにで廉価となる。

 ● 今夜の寸評:後出しジャンケンとウインチェスタ家の呪い

倫理は(科学技術の)後からやってくるとは吉本隆明の言葉だが、大国である米国(あるいはロシアが)
が核兵器を廃絶(※その工程表を明示)と明言し核兵器はなくなるとも言明しているとおり、大国が「
後出しジャンケン」を止めればすむことである。それができないのは”哀しき移民銃社会”の呪縛が精
神に深くまっわりついているからだ。アメリカは広いから警察に通報してもすぐにやってこないからと
のコメントを耳にするが、日本の僻地でも同じことだが「銃規制」すればラスベガスのような事件は日
本でも起きない。これはアプリオルで自明である。

    

 

イエローストーンの地熱発電

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                    梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子 
  
                                     

      ※ 他国併合の可否:斉が燕との戦いに勝った。そこで斉の宣王は孟子にたずねた。
        「燕の併合については賛否両論があります。大国同士の戦いでわずか五十日の
        うちに敵を打ち破ったのですから、わたしはこの勝利には人力以外の力がはた
        らいたのだと思っています。もし併合しなければ、それこそ天罰を受けるとい
        うものです。併合すべきだと思いますが、いかがでしょう」
        「燕の人民が歓迎するなら、併合してよろしいでしょう。古くは武王にそのよ
        うな例があります。しかし燕の人民が歓迎しないようなら、おやめなさい。古
        くは文王の例があります。このたびの戦いで、燕の人民が食べ物、飲み物を用
        意して、あなたの軍隊をねぎらったのは、ほかビもない、水火の苦しみから救
        われたいと願ったからです。あなたがそれを裏切って、さらに暴政を重ねれば、
        燕の人民はあなたに背を向けるでしょう。

        〈文王 武王の例〉 文王が天下の三分の二を掌握しながら、殷王朝を討たず、
        民心の帰服を待ち、その子の武王の代になって、殷を征伐して民衆の期待にこ
        たえた。
               <食べ物、飲み物を用意して……〉「筑食壷漿して王師を迎う」軍隊の到着を大
                歓迎すること。ふつう、外部から侵入して来た軍隊は、民衆の最も嫌がるもの
                であるが、それが、圧政令を打倒し、仁政を行なうものである烏合は、飲食物
        まで用意して迎えるのである。簞は竹製のまるい飯入れ、食は飯、梁は飲み物。

        【解説】 前315年、燕では、国王の噲が位を宰相の子之に譲ったことから、
        人民の不満を招き、内乱が起こった。隣接する斉の宣王はそれにつけこんで攻
        略し、楽勝した。『史記』によれば、燕の人民に抗戦の意がなく城門も開けた
        ままであったという。相談をもちかけられた孟子は条件つきで併合に賛成する。
        しかし宣王はその条件を無視して占領政策を行なったため、次章のような事態
        がおこる。



【イエローストーンのマグマ 予想以上に速く溜まる】


● 超巨大火山のマグマ、休眠から数十年で巨大噴火も


10月16日、今はおとなしい米イエローストーン国立公園のスーパーボルケーノ(超巨大火山)だ
が、これまで考えられていたよりも急速にマグマが溜まり、噴火に発展する可能性があることが、新
たな研究で判明したという(「イエローストーンの調査で判明、予想以上に速く溜まる可能性」ナシ
ョナルジオグラフィック日本語版、2017.10.16)。それによると、このスーパーボルケーノが直近で
超巨大噴火を起こしたのは約63万年前、米アリゾナ州立大学の研究チームは、この噴火で吐き出さ
れた火山灰の化石に含まれる鉱物を分析し、マグマ溜まりに2度にわたってマグマが流れ込んだ結果
火山が目を覚まし、噴火に至ったと考える。

 Oct. 11, 2017

ところが、 しかも、不安なことに、鉱物の温度と組成の重大な変化は一連の変化は何世紀もかけて
起きるものだと考えられてきたが、不幸なことにわずか数十年の間に起きていることがわかったとい
う(わたしたちは、こういうことはしばしば体験していることではあるが)。例えば、2013年の研究
では、スーパーボルケーノの地下にあるマグマ溜まりはそれまでの推測より約2.5倍大きことや、マ
グマ溜まりが超巨大噴火が起きるたび、空っぽになるため、マグマが再び溜まるまでには長い時間を
要すると思われていたが、今回のアリゾナ州立大学の研究では、マグマ溜まりは急速に満たされ、地
質学的に一瞬と言えるほどの短期間で、スーパーボルケーノが再び噴火する可能性があると推測して
いる。

 Oct. 12, 2017

ただし、イエローストーンは、さまざまなセンサーや衛星が常に変化を注視しているが、ただちに超
巨大火山が脅威をもたらすようには見えないといわれているが、今回調査研究担当者は、静かな火山
がれほど短期間で、いつ噴火してもおかしくない状態まで変化する――化石化した火山灰堆積物はこ
れまでも広く調べられており、このスーパーボルケーノは過去2百万年ほどの間に、少なくとも2回、
同等の超巨大噴火を起こしちる。幸い、南北アメリカ大陸に人類がやって来てからは、スーパーボル
ケーノがほぼ休止しているが、周期的に小規模な噴火や地震が起き、カルデラが溶岩や火山灰で満た
されることはあるが、それでも最後に起きたのは約7万年前のこと――というのはショッキングな事
実だという。さらに、2011年には、マグマ溜まりを覆っている地面が約7年ごとに最大25センチ隆
起すると報告。イエローストーン国立公園の火山活動を研究するユタ大学の研究者は、これは驚くべ
き隆起で、範囲がとても広く、そのスピードも異常な速さだと報告している。

2012年には、別の研究チームが、過去に起きた超巨大噴火の少なくとも1つは、実際には2度の噴火
だったかもしれないと報告。この研究結果は、大規模な噴火がそれまで考えられていたより頻繁に起
きていた可能性を示唆する。

● 千年から数千年度に1度の地殻変動期?!


ノストロダムスの”グランドクロス”の――微弱電波と共鳴する携帯電話のチタバリ共振回路のよう
な――地殻変動期に入っているのではと老婆心ではないがと心配する。例えば、イエローストーンで
は昨年6月のマグニチュード4.5の地震と群発地震の発生、15日のカムチャッカのシベルチ山の
噴火、アラスカのボゴスロフ山の噴火がつづき、 イタリアのフレグレイ平野、メキシコのミチョア
カン・グアナファト、 日本の姶良カルデラ、エルサルバドルのドルイロパンゴ山、イタリアのヴェス
ヴィオ山、台湾の大屯(タトゥン)火山、エチオピアのコルベッティ・カルデラ、 エル・サルバドル
のコアテペケ・カルデラ、フィリピンのタール火山、グアテマラのサンタマリア火山、シチリアのエ
トナ山、インドネシアのアグン山、アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル、そして北朝鮮の白
頭山などなどの噴火が心配されている。

それでは、予防策はないのかというとNASAではイエローストーンのマグマ溜まり周辺に大量の水
を高圧抽水し、350℃程度になった蒸気として戻しゆっくりと冷却させるという極めてリスキーな
プラットフォーム(政策/戦略)を計画(予算3千億円)しているという。それじゃ、日米でで噴火
防止/地熱発電事業として乗り出したらどうかと考える。火の国日本の世界最強の技術を提供し「東
日本地震」の友達作戦の返礼として参画してみるのも面白い。

 

出典:富士電機株式会社

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』     

    第58章 火星の美しい運河の話を聞いているみたいだ

  「社会倫理なんかどうたっていい」と政彦は言った。「でも、ひとつだけ教えてくれないか?」
 「どんなことだろう?」
 「土曜日の午後、どうやってあの伊豆高原の施設から抜け出したんだ? あそこはとても出入り
 の警戒が厳しいんだ。入居者には有名人が少なくないから、個人情報の流出にはずいぶん気を追
 っている。入り目には受付があるし、セキュリティー会社の警備員が二十四時開門を見張ってい
 るし、監視カメラも作勤している。でもおまえは真っ昼間に、誰にも目撃されないまま、監視力
 メラにもぜんぜん写らないまま、あそこから忽然と消えてしまった。どうしてだ?」
 「ひとつ抜け道があるんだ」と私は言った。

 「抜け道?」

 「誰にも見られないで出て行ける通路だよ」
 「しかし、どうしてそんなものがあることがおまえにわかったんだ? あそこに行ったのは初め
 てだったんだろう?」
 「君のお父さんが教えてくれたんだ。示唆してくれたというべきか。あくまで間接的にだけどね」
 「親父が?」と政彦は言った。「言ってることの意味がわがらんな。親父の頭は今ではほとんど
 茹でたカリフラワーと変わりないんだぜ」
 「それもうまく説明できないことのひとつだよ」
 「しょうがないな」と政彦はため息をついて言った。「相手が普通の人間なら『おい、からかう
 な』と腹を立てるところだが、まあおまえだからあきらめるしかないみたいだ。所詮は油絵を描
 いて一生を送るようなやくざな、的外れな人間だ」
 「ありがとう」と私は礼を言った。「ところでお父さんの具合はどうなんだ?」
 「土曜日、電話を終えて部屋に戻ってきたら、おまえの姿はとこにもないし、父親は眠り込んだ
 きり目を覚ます気配もないし、呼吸もすっかり弱くなっているし、おれもさすがにパニクったぜ。
 いったい何か起こったんだろうってな。おまえが何かしたとは思わないが、そう思われても仕方
 ないところだぞ」

 「申し訳なかったと思う」と私は言った。それは本当の気持ちだった。しかしそれと同時に騎士
 団長の刺殺死体や、床の血の海があとに残されていなかったことについて、私はほっとしないわ
 けにはいかなかった。
 「申し訳なかったと思うのが当たり前だ。で、おれは近くにあるペンションに部屋をとって付き
 添っていたんだが、呼吸も安定して、なんとか小康状態を取几戻したようだから、翌日の午後東
 京仁戻ってきた。仕事も溜まっているしな。週末にはまた付き添いに行くと思うけど」

 「大変だな、君も」

 「しょうがないさ。前にも言ったけど、人が一人死んでいくというのは大がかりな作業なんだ。
 いちばん大変なのはなんといっても本人なんだし、文句は言えない」
 「何か手伝えることがあるといいんだが」と私は言った。
 「手伝えることなんてもう何もないさ」と政彦は言った。「ただ余計な面倒を増やさないでいて
 くれるとありかたいかもしれない……ああ、それはそうと、東京に帰る途中でおまえのことが心
 配でそちらに寄ってみたんだが、そのときに例のメンシキさんが訪ねてきたぜ。素敵な銀色のジ
 ャガーに乗た白髪のハンサムな紳士だ」

 「うん、そのあとで免色さんには会ったよ。君がうちにいて、話をしたと彼も言っていた」
 「少し玄関で話をしただけだが、なかなか興味深い人物のようだ」
 「とても興味深い人物だよ」と私は控えめに訂正した。
 「何をしている人なんだ?」
 「何もしてない。お金が余るほどあるから、べつに働く必要がないんだ。インターネットで株や
 為替の取引をやっているみたいだけど、それはあくまで趣味というか、実益を兼ねた暇つぷしな
 んだそうだ」
 「それは素敵な話だな」と政彦は感心したように言った。
 「なんだか、火星の美しい運河の話を聞いているみたいだ。そこでは火星人たちが黄金の擢を使
 って、船先の尖った細長い舟を漕いでいるんだ。耳の穴から蜂蜜煙草を吸いながら。聞いている
 だけで心が温かくなる。……そうだ、ところでおれがこのあいだ置いていった出刃包丁は見つか
 ったか?」
 「悪いけど見つからなかった」と私は言った。「どこにいったのかわからない。新しいものを買
 って返すよ」
 「いや、そんな心配はしないでいい。おまえと同じで、どこかに行ったきり記憶喪失にでもなっ
 いたんだろう。そのうち戻ってくるさ」
 「たぶん」と私は言った。あの包丁は雨田典彦の部屋の中には残されていなかったのだ。騎士団
 長の死体や血の海と同じように、どこかに消えてしまった。政彦の言うとおり、そのうちにここ
 に戻ってくるのかもしれない。

  そこで話は終わった。近いうちにまた会おうと言い合って、我々は電話を切った。

  私はそれから埃まみれのカローラ・ワゴンを運転して山を下り、ショッピング・センターに買
 い物に出かけた。スーパーマーケットに行って、近所の主婦たちに混じって買い物をした。昼前
 の主婦たちはみんな、あまり楽しそうな顔をしていなかった。おそらく彼女たちの生活にはそれ
 ほどスリリングなことは起こらないのだろう。メタファーの国で渡し舟に乗ったりするようなこ
 ともないのだろう。



  肉と魚と野菜、牛乳と豆腐、目についたものを片端からカートに放り込んで、レジに並んで勘
 定を払った。トートバッグを持参し、レジ袋はいらないと告げることによって五円を節約した。
 それから安売りの酒屋に寄って、サッポロ缶ビール上十四本入りのケースを買った。家に帰って、
 買ってきたものを整理して、冷蔵庫にしまった。冷凍すべきものはラップをかけて冷凍した。ビ
 ールを六本だけ冷やした。それから大きな鍋に湯を彿かし、アスパラガスとブロッコリをサラダ
 用に茄でた。ゆで卵もいくつか作った。とにかくそのようにして、なんとかうまく時間をつぶす
 ことはできた。少し時開か余ったので、免色にならって車を洗うことも考えてみたが、どうせす
 ぐに埃だらけになるのだと思うと、その気もすぐに失せた。まだ台所に立って野菜を茹でている
 方が有益だ。

  時計が十二時を少しまわったところで、私はユズの働いている建築事務所に電話をかけた。本
 当はもう少し日にちを置いて、気持ちが一段落してから彼女と会話を交わしたかったのだが、私
 は自分かあの暗い穴の底で心に決めたことを、とにかく一日でも早く彼女に伝えておきたかった。
 そうしないと、何か私の気持ちを変えてしまうかわからない。でもこれからユズと話をするのだ
 と思うと、受話器は心なしかひどく重く感じられた。電話には明るい声音の若い女性が出たので、
 私は自分の姓名を告げた。そしてユズと話がしたいと言った。

 「ご主人ですか?」と彼女は明るく尋ねた。

  そうだと私は言った。正確に言えばもう彼女の夫ではないはずだが、いちいちそんな事情を電
 話で説明するわけにもいかない。
 「少しお待ちください」と相手は言った。
  私はかなり長い時闘詩だされることになった。しかしとくに用事があったわけではないので、
 キッチンのカウンターにもたれて受話器を耳にあて、ユズが出てくるのをじっと待った。一羽の
 大きなカラスが窓のすぐそばを羽ばたきながら横切っていった。その艶やかな真っ黒な翼が、陽
 光を浴びてぎらりと光った。

 「もしもし」とユズが言った。

  我々は簡単な挨拶を交わした。つい最近離婚したばかりの夫婦がどのような挨拶をすればいい
 のか、どれはどの距離を置いて会話すればいいのか、私には見当もつかなかった。だからとりあ
 えずできるだけ簡単な、通り一遍の挨拶にとどめた。元気にしている? 元気にしている。あな
 たは? 我々の口にする短い言葉は夏の盛りの通り雨のように、乾いた現実の地面にあっという
 間に吸い込まれていった。

 「一度君に会って、ちゃんと顔を合わせて、いろんなことを話したいと思っていたんだ」と私は
 思い切って言った。
 「いろんなことって、どんなことを?」とユズは質問した。そんな質問が返ってくるとは予想し
 ていなかったので(なぜ予想しなかったのだろう?)、私は一瞬言葉に詰まった。いろんなこと
 って、いったいどんなことなのだろう?
 「まだ細かい内容まではよく考えていないんだけど」と私は少し口ごもって言った。
 「でもいろんなことを話したいのね?」
 「そうだよ。考えてみたら、何もきちんと話さないままに、ただこんな風になってしまった」

  彼女はしばらく考えていた。それから言った。「ねえ実は私、妊娠しているの。会うのはかま
 わないけど、おなかがもう膨らみはじめているから、見ても驚かないでね」
 「知ってるよ。政彦に聞いた。ぼくにそのことを伝えてくれと君に頼まれたと、政彦は言ってい
 た」
 「そうだった」と彼女は言った。
 「おなかのことはよくわからないけれど、でも迷惑じゃなければ、一度会ってくれると嬉しい」
 「少し待ってくれる?」と彼女は言った。



  私は待った。彼女は手帳を取り出し、ページを捲ってスケジュールを調べているようだった。
 そのあいだに私はゴーゴーズがどんな曲を歌っていたかを思い出そうと努めた。雨田政彦が主張
 するほど優れたバンドだとも思えなかったが、あるいは彼の方が正しくて私の世界観が歪んでい
 るのかもしれない。

 「来週の月曜日の夕方ならあいている」とユズは言った。

  私は頭の中で計算した。今日は水曜日だ。月曜日は水曜日の五日後にあたる。免色が空き瓶と
 空き缶をゴミ集積所まで待っていく日だ。私が絵画教室に教えに行かなくてよい日だ。いちいち
 手帳を絵るまでもなく、私には何の予定も入っていない。しかし免色はいったいどんなかっこう
 をしてゴミを出しにいくのだろう?

 「月曜日の夕方でぼくはかまわない」と私は言った。「どこでもいい、何時でもいい、場所と時
 刻を指定してくれればそこに出向くよ」

  彼女は新宿御苑前駅の近くにある喫茶店の名前を口にした。懐かしい名前だった。その喫茶店
 は彼女の仕事場の近くにあって、我々がまだ夫婦で一緒に生活している頃、何度かそこで待ち合
 わせをした。彼女の仕事が緒わったあと、二人でどこかに食事をしに行こうというようなときに。
 そこから少し離れたところに小さなオイスター・バーがあって、新鮮な牡蝸を比較的安く食べさ
 せてくれた。よく冷えたシャブリを飲みながら、ホース・ラディッシュをたくさんかけて、小ぷ
 りな生牡頬を食べるのが彼女は好きだった。あのオイスター・バーはまだ同じ場所にあるのだろ
 うか?

 「六時過ぎにそこで待ち合わせるということでいいかしら?」

  かまわない、と私は言った。

 「たぶん遅れずに行けると思うけど」
 「遅れてもかまわない。待っている」

  じやあ、そのときに、と彼女は言った。そして電話が切れた。
  私は手に待った受話器をしばらくじっと眺めていた。私はこれからユズに会おうとして
 いる。
  まもなくほかの男の子供を産もうとしている別れた妻に。待ち合わせの場所と時刻も決まった。
 問題は何もない。でも自分か正しいことをしたのかどうか、今ひとつ自信が持てなかった。受話
 器は相変わらずひどく重く感じられた。まるで石器時代に作られた受話器のように。
 でもまったく正しいこととか、まったく正しくないことなんて、果たしてこの世界に存在する
 ものだろうか? 我々の生きているこの世界では、雨は30パーセント降ったり、70パーセン
 ト降ったりする。たぶん真実だって同じようなものだろう。30パーセント真実であったり、7
 0パーセント真実であったりする。その点カラスは楽でいい。カラスたちにとっては雨は降って
 いるか降っていないか、そのどちらかだ。パーセンテージなんてものが彼らの頭をよぎることは
 ない。

  ユズと話をしたあと、私はしばらく何をすることもできなくなった。私は食堂の椅子に腰を下
 ろし、主に時計の針を眺めながら一時間ほどを過ごした。来週の月曜日に私はユズと会う。そし
 て「いろんなこと」を話すことになる。二人が顔を合わせるのは三月以来だ。それは静かな雨の
 降る、冷ややかな三月の日曜日の午後だった。彼女は今では妊娠七ケ月になっている。それは大
 きな変化だ。そして一方の私は相変わらずただの私だ。数日前にメタファーの世界の水を飲み、
 無と有とを隔てる川を渡ったけれど、それで私の中の何かが変わったのか、それとも何ひとつ変
 わらなかったのか、自分でもよくわからない。

  それから私は受話器を取り、もう一度秋川笙子の家に電話をかけてみた。しかしやはり誰も出
 なかった。留守番電話のメッセージに切り替わっただけだ。私はあきらめて、居間のソファに腰
 を下ろした。何本かの電話をかけてしまうと、そのあともうやるべきことは残ってなかった。久
 しぷりにスタジオに入って終を描いてみたいという気持ちはあったが、何を描けばいいのか思い
 つけなかった。



  私はブルース・スプリングスティーンの『ザ・リヴァー』をターンテーブルに載せた。ソファ
 に横になり、目を閉じてその音楽にしばし耳を澄ませていた。一枚目のレコードのA面を聞き終
 え、レコードを裏返してB面を聴いた。ブルース・スプリングスティーンの『ザ・リヴァー』は
  そういう風にして聴くべき音楽なのだと、私はあらためて思った。A面の「インディペンデン
 ス・デイ」が終わったら両手でレコードを持ってひっくり返し、B面の冒頭に注意深く針を落と
 す。そして「ハングリー・ハート」が流れ出す。もしそういうことができないようなら、『ザ・
 リヴァー』というアルバムの価値はいったいどこにあるだろう? ごく個人的な意見を言わせて
 もらえるなら、それはCDで続けざまに聴くアルバムではない。『ラバー・ソウル』だって『ペ
 ット・サウンズ』だって同じことだ。優れた音楽を聴くには、聴くべき様式というものがある。
 聴くべき姿勢というものがある。

  いずれにせよ、そのアルバムにおけるEストリート・バンドの演奏はほとんど完璧だった。バ
 ンドが歌手を鼓舞し、歌手はバンドをインスパイアしていた。私は現実の様々な面倒をしばらく
 のあいだ忘れ、音楽のひとつひとつの細部に耳を傾けた。
  一枚日のLPを聴き終えて、針を上げたところで、免色にも電話をしておいた方がいいのでは
 ないかと私は思った。昨日、穴から助け出してもらって以来、話をしていない。でもなぜか気が
 返まなかった。免色に対して私はたまにそういう気持ちになることがあった。だいたいは興味深
 い人物なのだが、ときどき彼に会ったり、話をしたりするのがひどく億劫に感じられることがあ
 る。その差がけっこう大きいのだ。どうしてかはわからないけれど。そして今はとにかく、彼の
 声を聞きたいという気持ちにはなれなかった。



  結局、私は免色に電話をすることをやめた。もっとあとにしよう。まだ一日は始まったばかり
 だ。そして『ザ・リヴァー』の二枚目のLPをターンテーブルに載せた。しかしソファに横にな
 って「キャディラック・ランチ」を聴いているところで(「僕らはみんないつかキャディラッ
 ク・ランチで願を合わせることになるんだ」)電話のベルが鳴った。私はレコードから針を上げ、
 食堂に行って受話器をとった。たぶん免色だろうと私は予想した。しかし電話をかけてきたのは
 秋川笙子だった。

 「ひょっとして今朝、何度かお電話をいただきましたでしょうか?」と彼女はまずそう言った。
  何度か電話をかけた、と私は言った。「まりえさんが戻ってきたという話を、免色さんから昨
 日うかがったものですから、どうなったかと思って」
 「ええ、まりえは確かに無事にうちに戻ってきました。昨日の昼過ぎのことです。そのことをお
 知らせしようと、おたくに何度か電話をかけてみたのですが、いらっしやらないようでした。そ
 れで免色さんに連絡してみたのです。どこかにお出かけだったのですか?」
 「ええ、どうしてもすませなくてはならない用件があって、遠くまで出かけていました。昨日の
 夕方に帰ってきたばかりです。電話をしたかったのですが、電話のないところだったし、携帯電
 話も持っていないものですから」と私は言った。それはまったくの嘘というわけではない。

 「まりえは一人で昨日の昼過ぎに、泥だらけになってうちに戻ってきました。でもありかたいこ
 とに、とくに大きな怪我みたいなものはありませんでした」
 「いなくなっていたあいだ、彼女はいったいどこにいたのですか?」
 「それはまだわかりません」と彼女は押し殺した声で言った。まるで誰かに盗聴されることを恐
 れるみたいに。「何か起こったのか、まりえは話をしてくれないのです。警察に捜素願を出して
 いたので、警察の方もうちに見えて、あの子にいろいろと質問したのですが、何ひとつ返事をし
 ません。ただ沈黙を守っているだけです。だから警察の方もあきらめて、もう少し時間を置いて、
 気持ちが落ち着いたらあらためて事情を聴こうということになりました。とりあえずはうちに帰
 ってきて、身の安全は確保されたわけですから。とにかく私が尋ねても、父親が尋ねてもぜんぜ
 ん返事をしないのです。ご存じのように、頑ななところのある子ですから」

 「でも泥だらけだったんですね?」

 「ええ、身体は泥だらけになっていました。着ていた学校の制服も擦り切れて、手足には軽い擦
 り傷のようなものもありました。病院の手当を必要とするような傷ではありませんが」

  私の場合とまったく同じだ、と私は思った。泥だらけで、服は擦り切れている。ひょっとして
 まりえもやはり、私がくぐり抜けてきたのと同じような決い横穴をくぐって、この世界に戻って
 きたのだろうか?

 「そしてひとことも口をきかない?」と私は尋ねた。
 「ええ、うちに戻ってきてから、まだただのひとことも口をきいていません。言葉どころか、声
 そのものをまったく出さないのです。まるで誰かに舌を盗まれてしまったみたいに」
 「何かでひどいショックを受けて、それで口をきけなくなったとか、言葉を失ったとか、そうい
 うことなのでしょうか?」
 「いいえ、そういうことではないと思います。それよりは、口をきくまいと自ら心を決めて、た
 だ沈黙をまもり続けているように私には思えます。これまでにもそういうことは何度かありまし
 た。何かでひどく腹を立てるとか、そういう場合に。いったんこうしようと心を決めると、何か
 あってもそれを貫く子供なんです」
 「犯罪性みたいなのはないんですね?」と私は尋ねた。「たとえば誰かに誘拐されていたとか、
 監禁されていたとか?」
 「それもよくわかりません。なにしろ本人がまったく口をきかないものですから、もう少し落ち
 ついてから警察で事情を聴くということになっていますが」と秋川笙子は言った。「それで勝手
 なことを申すようですが、先生にひとつお願いがあるんです」
 「どんなことでしょう?」
 「もしよるしければ、まりえと会って話をしてみてくれませんか? 二人だけで。あの子は先生
 にだけは、心を許している部分があるように私には思えます。だから先生が相手なら、何か事情
 を打ち明けるかもしれません」

  私は受話器を右手に握ったまま、そのことについて考えてみた。秋川まりえと二人きりになっ
 て、いったいどこまでをどのように話ればいいのか、私にはまったく考えが浮かばなかった。私
 は私自身の謎を抱えているし、彼女は彼女自身の謎を抱えている(はずだ)。ひとつの謎ともう
 ひとつの謎を持ち寄って重ね合わせ、そこに何かしらの答えが浮かび上がってくるものだろう
 か? しかしもちろん彼女に会わないわけにはいかない。話さなくてはならないことがいくつか
 ある。
                                     この項つづく 


    

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