梁恵王篇 「仁とは何か」 / 孟子
※ 二つに一つ:滕(とう)の文公が孟子にたずねた。「滕はちっぽけな国です。
大国には精いっぱいご機嫌をとってはいるのですが、いつ侵略されるかわか
りません。なにかよい方法はないものだろうか」「むかし大王が邠(せん)
に住んでいたころ、蛮族の侵略を受けました。毛皮や絹を貢いでも侵略はや
まず、犬や馬、さらに珠玉を貢いでも効き目がない。そこで大王は国中の長
老を集めて、『やつらの欲しいのはこの土地だ。わたしは、土地は人間が生
きるためのもの、その土地のために肝心の人間を犠牲にしてはならぬと信じ
ている。領主かいなくとも心配はない。わたしはここを去ろうと思う』大王
は邠をあとにして梁山を越え、岐山(き)のふもとに新しい国を建てた。
邠の人々は、『情深い王だ。離れるわけにはいかない』と、市に出かけると
きのように、ぞろぞろとつき従ったといいます。こうするのも一法です。ま
た、先祖伝来の土地だ。かってに捨てられるものではない。命をかけても守
れ』と、主張する人もあります。こうするのもまた一法です。この二つのう
ち、いずれかをお選びください」
【解説】「人を養うゆえんのものをもって人を害せず」――手段と目的をは
きちがえてはならない。機械文明は人間の生活を向上するためのものである。
しかしオートメーションは、ややもすれば人間の生活を破壊しがちである。
原子力は人類の幸福のために役立てるべきもの。それが大量虐殺に使われる
とすれば、これほど大きな矛盾はない。
No.87
【電気二輪車篇:高性能なEBホンダモンキーの登場する ?!】
Jun. 22, 2017
Sep. 28, 2017
50年前、ミッドナイトの心斎橋筋のアーケードをホンダのモンキーで走り抜けするのが洒落ていた
”僕たちの時代” 勿論、そのことろは、今と違って三角公園周辺にはアメリカ村など存在しなかっ
たのだが、「環境リスク本位制時代」に入り本田宗一郎の開発した原付バイクが消えるという。二輪
車を含めたその市場規模は、約5~6兆円、年間生産台数5~6千万台(超概算)のなか、電動スク
ータ/バイクが急速に代替普及していく。折しも、台湾で電動スクーターのシェアリングサービスを
手がけるGogoro社が、日本での同サービス参入を発表している。サービス名称は『GoShare』。2017
年中に沖縄県の石垣島でパイロット展開を行ない、2018年には他の都市などにも広げる予定。合わせ
て同社は、住友商事と提携、2017年度内に沖縄県石垣島でシェアリングの実証実験を開始する。これ
を足がかりとして、日本市場に合わせた車両や運用の仕組みづくりを急ぐ。約6秒で電池の交換が完
了させ、約110キロメートル走行できる。これで落ち込む2輪市場の“起爆剤”となるのか注目され
ている。
同社が開発したEVバイクは2種類。モーター出力が高く、アルミニウム(Al)ボディーの「Gogoro1」
と、コストを下げて普及を狙った「Gogoro2」である。日本での実証実験で使うのは普及モデルのGo-
goro2とみられている。両車両は、座席下に交換式のリチウムイオン電池を2個搭載。電池残量の減少
をインストルメントパネル(インパネ)の表示で確認したら、電池交換ステーションに向かい満充電
の電池と交換する仕組。台湾ではすでに400カ所以上に電池交換ステーションの設置が進み、同仕
組みを採用したEVバイクの累計販売台数は3万4千台以上に達する。競争力の源泉は、搭載する車載
電池と使いやすさを高めた電池交換ステーションである。2個搭載車載電池の1個あたりの電池容量
は約1.3キロワットアワー。パナソニック製の「18650」電池セルを数〜数10個組み合わせて電池
モジュールとし、これを12個繋げ電池パックに仕上げている。このように、ゼロエネルギーハウス
とドッキングすることで、下図のバッテリーの高性能化により便利/温暖化ガスゼロ/セフティ・フ
ァーストな電気二輪車がさらに廉価な、長距離運転社会が実現しそうだ。。
Jul. 17, 2016
❏ 特開2017-191662 ソニー株式会社
二次電池、電池パック、電動車両、電力貯蔵システム、電動工具及び電子機器
【概要】
優れた電池特性を有する二次電池の提供すにあたり、正極活物質を少なくとも含む正極と、負極活物
質を少なくとも含む負極と、を備え、正極活物質が、少なくとも、リチウムコバルト複合酸化物と、
リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物とを含有し、1サイクル目で充電した後の、リチウム
ニッケルコバルトマンガン複合酸化物のリチウム基準極に対する1サイクル目の放電時の開路電圧曲
線において、3.5Vの放電容量と3.8Vの放電容量との差が30mAh/g以上であり、負極活
物質が、少なくとも、SiOX(0.2<X<1.4)またはSi合金を含有する、二次電池を提供す
る(詳細は下図クリック) 。
【符号の説明】
11…電池缶、20,30…巻回電極体、21,33…正極、21A,33A…正極集電体、21B,
33B…正極活物質層、22,34…負極、22A,34A…負極集電体、22B,34B…負極活
物質層、23,35…セパレータ、36…電解質層、40…外装部材。
【特許請求の範囲】
正極活物質を少なくとも含む正極と、 負極活物質を少なくとも含む負極と、を備え、該正極
活物質が、少なくとも、リチウムコバルト複合酸化物と、リチウムニッケルコバルトマンガン
複合酸化物とを含有し、1サイクル目で充電した後の、該リチウムニッケルコバルトマンガン
複合酸化物のリチウム基準極に対する1サイクル目の放電時の開路電圧曲線において、3.5
Vの放電容量と3.8Vの放電容量との差が30mAh/g以上であり、 該負極活物質が、
少なくとも、SiOX(0.2<X<1.4)又はSi合金を含有する、二次電池。
前記リチウムコバルト複合酸化物が、下記式(1)で表される平均組成を有する化合物である、
請求項1に記載の二次電池。
LimCo1-nMnO2 (1)
(該式(1)中、mは0.9<m<1.1であり、nは0≦n<0.1であり、Mは、Ni、
Mn、Al、Mg、B、Ti、V、Cr、Fe、Cu、Zn、Mo、Sn、Ca、Sr、W、
Bi、Nb、及びBaから成る群より選ばれる少なくとも1種の元素を含む。)
前記リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物が、下記式(2)で表される平均組成を有
する化合物である、請求項1に記載の二次電池。
LixNi1-y-zCoyMnzO2 (2)
(該式(2)中、xは0.9<x<1.1であり、yは0.1<y<0.4であり、zは0.
15<z<0.4)である。)
前記リチウムコバルト複合酸化物と前記リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物との混
合比率(質量比)が、70:30~95:5である、請求項1に記載の二次電池。
前記負極活物質が炭素材料を更に含有し、前記SiOX(0.2<X<1.4)又は前記Si
合金と該炭素材料との混合比率(質量比)が、5:95~30:70である、請求項1に記載
の二次電池。
正極活物質を少なくとも含む正極と、負極活物質を少なくとも含む負極と、を備え、該正極活
物質が、少なくとも、リチウムコバルト複合酸化物と、下記式(3)で表される平均組成を有
するリチウム含有化合物とを含有し、リチウム基準極に対して1サイクル目を4.5V以上で充
電した後の、該リチウム含有化合物のリチウム基準極に対する1サイクル目の放電時の開路電
圧曲線において、3、5Vの放電容量と3.8Vの放電容量との差が30mAh/g以上であ
り、該負極活物質が、少なくともSiOX(0.2<X<1.4)又はSi合金を含有する、
二次電池。
Li1+a(CobNicMd Mne)1-aO2-f (3)
(該式(3)中、Mは、マンガン(Mn),コバルト(Co)およびニッケル(Ni)のい
ずれとも異なる1種以上の金属元素である。aは0.05<a<0.2であり、bは0.45≦
b<0.7であり、cは0<c≦0.1であり、dは0≦d≦0.1であり、e≦bを満たし、
b+c+d+e=1を満たし、fは-0.1≦f≦0.2である。)
前記リチウムコバルト複合酸化物が、下記式(1)で表される平均組成を有する化合物である、
請求項6に記載の二次電池。
LimCo1-n MnO2 (1)
(該式(1)中、mは0.9<m<1.1であり、nは0≦n<0.1であり、 Mは、Ni、
Mn、Al、Mg、B、Ti、V、Cr、Fe、Cu、Zn、Mo、Sn、Ca、Sr、W、
Bi、Nb、及びBaから成る群より選ばれる少なくとも1種の元素を含む。)
前記リチウムコバルト複合酸化物と前記リチウム含有化合物との混合比率(質量比)が、70:
30~95:5である、請求項6に記載の二次電池。
前記負極活物質が炭素材料を更に含有し、前記SiOX(0.2<X<1.4)又は前記Si
合金と該炭素材料との混合比率(質量比)が、5:95~30:70である、請求項6に記載
の二次電池。
第60章 もしその人物がかなり長い手を持っていれば
さて、これからどうすればいいのだろう? 彼女にはまったく考えが浮かばなかった。家の中
に入ることはできないし、かといって塀の外に出ることもできない。免色が今現在、この家の中
にいることは間違いない。彼がスイッチを押して門を開け、宅配使の品物を受け取ったのだから。
彼以外にこの家に仕んでいる人間はいない。週一回ハウス・クリーニングが入る以外は、原則的
に家の中に他人は入ってこない。前にこの家を訪れたとき、免色はそう言っていた。
家の中に入る手立てがない以上、どこか外に隠れ場所を見つける必要がある。家のまわりをう
ろうろしていたら、いつその姿を見られてしまうかもしれない。あちこち探しているうちに、裏
手の庭園の隅に、資材をしまっておくための小屋のようなものが見つかった。扉には健はかかっ
ていなかった。中には庭仕事をするための器具やホースが置かれ、肥料の袋が積み上げられてい
た。彼女はその中に入り、肥料の袋の上に腰を下ろした。居心地の良い場所とはもちろん言えな
い。でもとにかくここにじっとしていれば、姿をカメラに写されるようなこともない。誰かがこ
こまで様子を見に来るようなこともあるまい。そのうちにきっと何か動きがあるはずだ。それを
待つしかない。
身動きのとれない状況ではあったけれど、それでも彼女はむしろ健全な高揚感のようなものを
身のうちに感じていた。その朝、シャワーを浴びたあと裸で鏡の前に立って、乳房がほんの少し
だけ盛り上がっていることに気がついたのだ。そのことも高揚感に少しは寄与していたかもしれ
ない。もちろんそれはただの錯覚かもしれなかった。そうであってほしいという気持ちが生んだ
思い違いかもしれない。でもいろんな角度からずいぶん公平に眺めてみても、手で触ってみても、
これまではなかった柔らかな膨らみがそこに生まれているように彼女には感じられた。乳首はま
だまだ小さかったが(オリーブの種を思わせる叔母さんのそれとは比べようもない)、そこには
萌芽の兆しらしきものが漂っていた。
彼女は胸の小さな膨らみのことを考えながら、資材小屋で時間を潰した。その膨らみがどんど
ん大きくなっていく様子を彼女は頭の中で想像した。豊かに膨らんだ乳房を持って暮らすという
のはどんな気持ちのするものなのだろう? 叔母さんがつけているような、しっかりとした本物
のブラジャーを自分がつけるところを想像した。でもそれはまだかなり先のことになるだろう。
何しろ生理だって、今年の春に始まったばかりなのだから。
少し喉が渇いたような気がしたが、まだしばらくは我慢できそうだった。彼女は分厚い腕時計
に目をやった。Gショックは三時五分過ぎを指していた。今日は金曜日で絵画教室のある日だが、
それは最初から休むつもりでいた。画材を入れたバッグも持ってきていない。としても、このま
ま夕食までに家仁房れなかったら、きっと叔母さんは心配することだろう。あとでそれらしい言
い訳を考えなくてはならない。少し眠ったかもしれない。こんな場所でこんな状況で、自分がた
とえ僅かでも眠れるなんて、 彼女にはとても信じられなかった。でもどうやら知らないうちに
眠り込んでしまったようだった。
短い眠りだ。十分か十五分、そんなものだろう。もっと短いかもしれない。でもそれなりに深い
眠りだ。はっと目が覚めたとき、意識が分断されていた。自分か今どこにいるのか、何をしてい
るところなのか、一瞬わからなくなった。そのとき彼女は何かとりとめのない夢を見ていたよう
だった。豊かな乳房とミルク・チョコレートが関係した夢だった。目の中に唾が溜まっていた。
それから彼女はすぐに思い出した。私は免色の家に忍び込んで、庭の資材小屋の中に身を隠して
いるのだ。
何かの音が彼女を目覚めさせたのだ。それは継続的な機械音だった。もっと正確に言えば、ガ
レージのドアが関きつつある音だった。玄関の脇にあるガレージのシャッターががらがらという
音を立てて上がっているのだ。免色が車に乗って、これからどこかに出て行こうとしているのか
もしれない。彼女はすぐに資材小屋を出て、足音を忍ばせて家の表側に向かった。シャッターが
上がりきって、モーター音が停まった。それから車のエンジンがかかり、銀色のジャガーがゆっ
くりとそのノーズを先に突き出した。運転席には免色が座っていた。運転席の窓ガラスは下ろさ
れ、真っ白な髪が午後の陽光を受けて鮮やかに光っていた。まりえはその様子を植え込みの陰か
らうかがっていた。
もし免色が右手の植え込みに顔を向ければ、その陰に潜んでいるまりえの姿がちらりと見えた
かもしれない。それは完全に身を隠すには小さすぎる植栽だったから。しかし免色はまっすぐ正
面に顔を向けたままたった。彼はハンドルを握りながら、何ごとかを真剣に考えているように見
えた。ジャガーはそのまま前に進み、ドライブウェイのカーブを曲がって見えなくなった。ガレ
一ジの金属シャッターはリモコン操作で再びゆっくり下に降り始めていた。彼女は植え込みの陰
から駆けだし、そのほとんど閉まりかけたシャッターの隙間に素早く身体を滑り込ませた。映画
『レイダース』でインディアナ・ジョーンズがやっていたみたいに。それもまた一瞬の反射的な
行動たった。ガレージに入り込むことができれば、そこからきっと中に入れるはずたというとっ
さの判断のようなものが彼女にはあった。ガレージのセンサーは何かを感じて一瞬戸惑ったが、
シャッターは再び下降を始め、やがてぴたりと閉まった。
Raiders of the Lost Ark (1981)
ガレージの中にはもう一台の車が置いてあった。ベージュの幌のついたスマートな紺色のスポ
ーツカー、このあいだ叔母さんが感心して見とれていた車だ。彼女は車には興味がないので、そ
のときはほとんど目もくれなかった。ノーズがひどく長く、やはりジャガーのマークがついてい
る。それが高価なものであることは、車の知識を待たないまりえにも容易に想像がついた。おそ
らく貴重なものでもあるのだろう。
ガレージの奥に、家の中に通じるドアがあった。おそるおそるノブを回してみると、鍵がかか
っていないことがわかった。彼女はほっと▽息ついた。少くとも昼間のうち、人はガレージ内か
ら家に通じるドアの鍵はまずかけないものだが、なにしろ免色は用心深く慎重な人間だ。だから
彼女はそこまで期待していなかった。よほど何か大事な考えごとがあったのだろう。幸運としか
言いようがない。
彼女はそのドアから家の中に足を踏み入れた。靴をどうしたものかと迷ったが、結局脱いで于
に待っていくことにした。ここに残していくわけにはいかない。家の中はしんと静まりかえって
いた。すべての事物が息を殺しているみたいに。免色がどこかに出かけてしまった今、この家の
中には誰もいないという確信が彼女にはあった。今この屋敷の中にいるのは私一人きりなのだ。
しばらくのあいだは、どこに行くのも何をするのも私の自由だ。
彼女はこの前ここに来たとき、免色に家の中を簡単に案内された。そのときのことをよく覚え
ていた。家の中の位置間係はだいたい順に入っている。彼女はまず一階の大半を占めている大き
な居間に行った。そこから広々としたテラスに出られる。テラスにはスライド式の大きなガラス
戸がついていた。そのガラス戸を開けていいものかどうか、ひとしきり迷った。免色は出て行く
ときに警報装置のスイッチを入れていったかもしれない。もしそうなら、ガラス戸を開けたとた
んにベルが鳴り出すだろう。そして警備会社の警報ランプが点滅を始めることだろう。警備会社
はこちらにまず電話をかけてきて状況を確かめる。そのときには相手にパスコードを教えなくて
はならない。まりえは黒いスリッポン・シューズを手にしたまま思案した。
でも、おそらく免色は警報装置のスイッチを入れていないだろうという結論にまりえは達した。
ガレージの奥のドアの鍵を掛けなかったくらいだから、遠出をするつもりはないはずだ。たぶん
近くに買い物に行ったか、そんなところだ。まりえは思いきってガラス戸のロックを外し、中か
ら開けた。そのまま少し待ったが、ベルは鳴らなかったし、警備会社からの電話もかかってこな
かった。彼女は胸を撫で下ろし(警備会社の人々が車で駆けつけてきたら冗談ごとではすまなく
なる)、テラスに出た。そして靴を床に置き、プラスチックのケースに入っていた大型の双眼鏡
を取り出した。双眼鏡は彼女の手には大きすぎたので、テラスの手すりを台がわりにしてみたが、
あまりうまくいかなかった。あたりを見回すと、双眼鏡の専用台らしきものが壁に立てかけてあ
るのが見つかった。カメラの三脚に似ており、色は双眼鏡と同じくすんだオリーブ・グリーンだ。
そこに双眼鏡をねじでとめるようになっている。彼女はその専用台に双眼鏡を固定しその近く
にあった低い金属製のスツールに座って、そこから双眼鏡を覗いた。それで楽に視界が確保でき
た。向こうからはこちらの姿が見えないようになっている。おそらく免色はいつもそうやって谷
の向かい側を見ているのに違いない。
彼女の家の内部の様子が驚くほどありありと見えた。レンズを通した視野には、すべての光景
が実際よりも一段明るく、クリアに浮かびあがっていた。双眼鏡にはたぶんそういうことを可能
にする特殊な光学的機能が具わっているのだろう。谷間に而したいくつかの部屋のカーテンは引
かれていなかったので、すべてが細かいところまで手に取るようにうかがえた。テーブルの上に
置かれた花瓶や雑詰まで見てとることができた。今、家には叔母さんがいるはずだ。でも彼女の
姿はとこにも見えなかった。
遠い距離を隔てたところから自宅の内側を細かく眺めるというのはずいぶん不思議な気持ちの
するものだった。まるで自分がもう死んでしまっていて(事情はよくわからないのだが、気がつ
いたらいつの間にか死者の仲間入りをしていて)、あの世からかつて自分の往んでいた家を眺め
ているような気持ちだった。そこは自分か長いあいだ属してきた場所なのだが、もうそこに自分
の居場所はない。よく知っている親密な場所なのに、そこ仁戻れる可能性は失われてしまってい
る。そんな奇妙な乖離の感覚があった。
それから彼女は自分の部屋を見た。部屋の窓はこちら側に而しているが、窓にはカーテンが引
かれている。ぴたりと隙間なく。見慣れた柄のオレンジ色のカーテンだ。日焼けしてオレンジ色
はかなり穏せてしまっている。そのカーテンの奥は見えなかった。しかし夜になって明かりを灯
せば、中にいる人の影くらいはぼんやり見えるかもしれない。どれほど見えるものか、実際に夜
にここにやってきて、双眼鏡で見てみないことにはわからない。まりえは双眼鏡をゆっくり回転
させてみた。その家のどこかに叔母さんがいるはずだ。しかし彼女の姿はとこにも見えなかった。
奥の台所で夕食の支度をしているのかもしれない。あるいは自室で休んでいるのかもしれない。
いずれにせよ、家のその部分はこちらからは見えない。
その家に今すぐ戻りたいと彼女は思った。そういう気持ちが彼女の中に急に激しくわき起こっ
てきた。そこに戻って、座り馴れた食堂の椅子に座り、いつものティーカップで熱い紅茶を飲み
たい。そして叔母さんが台所に立って、食事の支度をしているところをぼんやり眺めていたいそ
うできたらどんなに素晴らしいだろう。彼女はそう思った。自分かいつかその家を懐かしく思う
ことかあるうなんて、それまで一瞬たりとも考えたことはなかった。彼女はずっと、自分の家を
がらんとした、醜い家だと思っていた。そんな家に暮らしていることが嫌でたまらなかった。
早く大人になって家を出て、自分の好みにあった住居に一人で住みたいと願っていた。でもこの
今、谷間を隔てた向かい側から、双眼鏡の鮮明なレンズを通して内部を眺めながら、なんとして
もその家に戻りたいと彼女は願った。そこはなんといっても私の場所なのだから。そして私が護
られている場所なのだから。
そのとき軽い唸りのようなものが耳元に聞こえたので、彼女は双眼鏡から目を離した。そして
空中を何か黒いものが飛んでいるのを目にした。蜂だった。大型の体長が長い蜂、たぶんスズメ
バチだ。彼女の母親を死なせた攻撃的な蜂、とても鋭い針を持っている。まりえはあわてて家の
中に駆け込み、ガラス戸をぴたりと閉め、ロックした。スズメバチはそれからもしばらくのあい
だ、彼女を牽制するようにガラス戸の外を飛び回っていた。何度かガラスに体あたりさえした。
それからやっとあきらめたのか、どこかに飛んで行ってしまった。まりえはほっと胸を撫で下ろ
した。まだ呼吸が荒く、胸がどきどきしていた。スズメバチは彼女がこの世界でもっとも恐れる
もののひとつたった。スズメバチがどれほど恐ろしいものか、父親から何度も話を聞かされてい
た。図鑑で何度もその姿かたちを確かめた。そして自分の母親と同じように、いつかスズメバチ
に剌されて死ぬのではないかという恐怖を、彼女はいつしか抱くようになった。自分の母親から
同じ、蜂の毒に対するアレルギー体質を受け継いでいるかもしれない。いつか死ぬのは仕方ない
にしても、それはもっとずっと先のことであるべきだ。豊かな乳房と、しっかりとした乳首を持
つというのがどういうことなのか、彼女はその気持ちをコ皮でいいから昧わってみたかった。そ
の前に蜂に刺されて死んでしまうのは、いくらなんでも惨めすぎる。
Invention 9 Bach
どうやらしばらく外には出ない方がよさそうだとまりえは思った。あの凶暴な蜂はまだこのあ
たりを飛び回っているに違いない。そして蜂はまるで彼女に個人的に標的を定めているみたいに
見えた。だから外に出るのはあきらめて、家の中をもっと詳しく調べてみることにした。
彼女はまず広い居間を一周して点検した。その部屋は、前に見たときととくに変わりはなかっ
た。大きなスタインウェイのグランド・ピアノがあった。ピアノの上には楽譜がいくつか載って
いた。バッハのインヴェンション、モーツアルトのソナタ、ショパンの小品、そんなものだ。技
術的にはそれほどむずかしいものでもなさそうだった。でもそれだけ弾けるというのは大したも
のだ。その程度のことはまりえにもわかった。彼女も以前ピアノを習っていたことがあった(あ
まり上達はしなかった。音楽よりは絵画の方に心を惹かれていたから)。
Chopin Etude Op.25 No.12 "Ocean"
大理石のトップがついたコーヒーテーブルの上には、封冊かの本が積んであった。読みかけの
本だ。ページのあいだに栞が挟んである。哲学舎が一冊、歴史の本が一冊、そして小説が二冊(
そのうちの一冊は英語の本だった)。彼女はどの本のタイトルも目にしたことがなかったし、著
者の名前を間いたこともなかった。そっとページをめくってみたが、彼女が興味を持てそうな内
容の本ではなかった。この家の主人は難解な本を読み、古典音楽を愛好している。そしてその合
間に、高性能の双眼鏡を使って谷間の向こう側にある彼女の家をこっそり覗いている。
彼はただの変質者なのだろうか? それともそこには何か筋の通った理由なり目的のようなも
のがあるのだろうか? 彼は叔母さんに興味を持っているのだろうか? それとも私に? ある
いは両方に(そんなことかあり得るだろうか)?
彼女は次に階下の部屋を探ってみることにした。階段を下りてまず彼の書斎に行った。書斎に
は彼の肖像画がかかっていた。まりえは部屋の真ん中に立って、その絵をしばらく眺めていた。
その絵は前にも見たことがあった(その絵を見るためにここにやってきたのだ)。しかしあらた
めてじっと眺めていると、まるで免色がその部屋に実際にいるような気持ちにだんだんなってき
た。だから絵を眺めるのをやめた。できるだけそちらに目をやらないように努めながら、彼のデ
スクの上にあるものをひとつひとつ点検した。アップルの高性能のデスクトップコンピュータが
あったが、スイッチは入れなかった。厳重なブロックがかかっていることはわかりきっていたか
らだ。彼女にそれが突破できるはずはない。机の上にはほかにそれほど多くのものは置かれてい
なかった。日めくり式の予定表があった。しかしそこにはほとんど何も書き込まれていなかった。
よくわからない記号と数字がところどころに記入されているだけだ。おそらく本格的なスケジュ
ールはコンピュータに打ち込まれて、いくつかの機器に共有されているのだろう。もちろんすべ
てにしっかりセキュリティーがかけられているはずだ。免色さんはとても用心深い人物だ。簡単
には痕跡を残したりはしない。
デスクの上にはそのほかには、普通どこの書斎の机の上にもあるような、ごく当たり前の文房
具が置かれているだけだった。鉛筆はどれもほとんど同じ長さで、先端はとても美しく尖ってい
る。ペーパークリップはサイズごとに細かく仕分けられている。純白のメモ用紙は何かを書き込
まれるのをじっと待ち受けている。卓上ディジタル時計は律儀に時を刻んでいる。とにかく何も
かもが恐ろしいほど整然と保たれていた。「もしよくできた人造人間でないのだとしたら」とま
りえは心の中で思った。「免色さんという人には、間違いなく何かしらおかしなところがある」
机の抽斗にはもちろんすべて鍵がかかっていた。当たり前だ。彼が机の抽斗に鍵をかけておか
ないわけがないのだ。ほかに書斎にはとくに見るべきものはなかった。ずらりと本が並んだ書棚
もCDの棚も、いかにも高価そうな最新のオーディオ装置も、ほとんど彼女の注意を引かなかっ
た。それらはただ彼の嗜好の傾向を示しているに過ぎない。彼という人間を知る助けにはならな
い。彼の(おそらく)抱えている秘密には結びつかない。
いまさら、気づいたといのも変だけれど、ピース又吉の『火花』のような「猥雑な雑踏」が彼の小説
にはなく、透明で理性的で緻密で、まるでドイツ人気質(あるいは北欧気質)に似た淡々とした描写
の文体に驚く。「免色の秘密」とは何か? さて、この続きは次回に。
この項つづく
Oct. 18, 2017
【石英脈の形成が地震の発生周期に関係】
10月18日、産業技術総合研究所らの研究グループは、プレート境界付近の巨大分岐断層沿いに形
成される岩石の亀裂内で石英析出時間を算出する新しい計算モデルを開発し、岩石の亀裂を埋める石
英の析出反応が巨大分岐断層の活動に影響を与える可能性を提唱している。このことで、地下で岩石
亀裂が閉じる現象は、岩石中の水の分布や圧力上昇に寄与し、地震を引き起こす断層周辺での水の圧
力上昇は地震につながと推測されている。地下の熱と水を源とする地熱エネルギーの持続的な利用は、
岩石中の熱水溜りや量を知ることで、❶石英析出反応による地下深部環境の時間変化の見積もりが可
能になる。この成果は、❷地震の活動周期の予測や❸地熱エネルギーの持続的利用につながる。
Title : Silica precipitation potentially controls earthquake recurrence in seismogenic zones,
doi:10.1038/s41598-017-13597-5
● 今夜のアラカルト
【世界で一番美味いひとり宅めし Ⅳ】
● 安らぎとパワーをつけるミルクセーキ
牛乳に甘味料などを加えて作る乳飲料の種類のミルクセーキ(milk shake)には、シェイカー、ミキサ
ー、泡立て器とボウルによる3つの製法から分類する方法と、牛乳、卵黄、砂糖、バニラ・エッセン
スを混ぜるフレンチスタイル、牛乳、アイスクリーム、砂糖、バニラエッセンスを混ぜるアメリカン
スタイル、これにはチョコレートシロップや果物のシロップを混ぜるシェーキ(シェーク、シェイク)
の3種類あるがそのほかに、加熱する、ホットミルクセーキや、チョコレートやストロベリーの固形
物をくわえるもの、あるいは、などがある。卵、砂糖、練乳にかき氷を入れてシャーベットでつくる
長崎県のミルクセーキなどがある。作り方は、①マグカッブに牛乳200㍑、バター10g、砂糖小さ
じ山盛り2を入れてスプーンで混ぜる。②電子レンジ(500W}で3分ほど加熱、③加熱後拡販す
る。材料費約40円。
滋養強壮にターメリックミルクセーキ
ココナッツミルク1缶、アーモンドミルク1/2カップ、冷凍バナナ1本、ウコン茶さじ2杯、アー
アーモンドバター大さじ1、ココナッツ1/4カップ、バニラのエキス小さじ2、シナモン適量、黒コ
ショウ適量。