『呉子』
春秋戦国時代に著されたとされる兵法書。武経七書の一つ。『孫子』と併称される兵法書。前四
世紀楚の宰相であった呉子の言を集録したものという。
4.論 将(ろんしょう)
将には「死の栄」はあっても「生の辱」はない、とする法家・呉子のきびしい指導者論。それは
また敵の指導者を見抜くきびしい目でもある。
相手を見分けて戦え――「その形に因りてその権を用うれば、労せずして
戦いにさいしては、まず敵将のことをよく訓べることが必要である。その才能をおしはかり、相
手の状況に応じて適切な手段を用いるならば、こちらは労せずして成果をあげることができる。
敵将が頭が切れず、軽々しく人を信ずるようならば、だまして誘い出すことだ。 貪欲で聡知らずの人間ならば、財貨によって買収することだ。
一本調子で変化を軽視し、策がない人間ならば、策略を用いて奔命に疲れさせることだ。
敵将が富裕でおごりたかぶり、部下が貧しくて不平をもっているならば、さらにこれを助長して
離間させることだ。
敵将が優柔不断で進退に迷いが多く、部下が依るべき中心を失っているならば、おどして敗走さ
せることだ。
士卒がその将を馬鹿にして本気で戦おうとせず、帰心がみなぎっているならば、これを包囲して
逃げやすい平坦な進をふさぎ、険しい道をあけておいて、殲滅することだ。
敵軍が進みやすく退却しにくい地形にいるときは、これをさそい出すことだ。
反対に、進みにくく、退却しやすい地形にいる場合は、こちらから撃って出ることだ。
敵軍が水のはけ口がない湿地に陣どり、長雨がつづいているようなときは洪水戦術を用いること
だ。
敵軍が草原に位置し風が吹きまくるようなときは、火を放って殲滅することだ。
永く同じところに駐屯して移動せず、将兵があきあきして警戒を欠いているときは、不意打ちを
かけることだ。
【下の句トレッキング:冥王星よりとほい軌道で】
Banksia Rose
新年度社内訓示を聞いてゐる冥王星よりとほい軌道で
如雨露(じょうろう)がはりに使はれてゐる今生の薬緩あまねく輝くまひる
もうすっと走りつづけて胸もどを鼓動どともに打つネックレス
戴冠をするやうに花をつけてゆく坂の途中の木香薔薇は
ふくざつな渦を巻きつつ転がれる子はひど粒の蜻蛉玉なり
すべからく同じひとりを抱き上げてもど来た道を帰りゆくべし
ティーバッグを錨のごどく沈めゆきけふどいふ日にしばしを留まる
その生にすこしづつ根を張るやうにするするど子の伸びてゆく骨
街灯のひかりに砥られるままに車体は夜を通過してゆく
寝室は春の野放図みんなみんな向いてゐる方角が違って
ゐない人がふど浮かぶとき見る夢の長さが違ふだけどど思ふ
ありったけの翼を捨てて燃えあがる白木蓮のたましひがいま
あめつちの二枚の掌のなかにぼんやりどああ立ち尽くすのみ
背後よりさしこんでくる陽のひかり肋骨のうちをくまなく照らす
飯田綾乃/『すべからく』
※いいだ・あやの1984年生まれ。第27回歌壇賞受賞。「未来」所属。
とめどなく縮退してゆきそうな現実感を抱えて大なり小なりみんな苦戦している。勝ち目のない
戦いを受容しつつ抗う。比喩を通じて抗う。そんな歌の手応えかここにある。
新年度社内訓示を聞いてゐる冥王星よりとほい軌道で
新年度の緊張と不安。社内訓示を「冥王星よりとほい軌道で」聞く。太陽系の最も遠い惑星とい
うだけでなく、太陽系惑星から除外されたという意味合いも含めての、この比喩。
如雨露がはりに使はれてゐる今生の薬攘あまねく輝くまひる
如雨露代わりの「今生の」薬嬉とは自身の姿でもあろう。その薬曝が「あまねく輝く」真昼はど
こか痛ましく見えてもくる。
戴冠をするやうに花をつけてゆく坂の途中の木香薔薇は
木香薔薇の華やかな開花を「戴冠をするやうに」と比喩をもって讃える。坂の途中にあって見る
眼差し。その陰暦が読みとれる。
ティーバッグを鎬のごとく沈めゆきけふといふ口にしぱしを留まる
夜の紅茶か緑茶を飲んで省みる一日。「ティーバッグを錨のごとく沈めゆき」の比喩と「しばし
を留まる」という結句。この配合によって造形される《今》しばしの時間。
街灯のひかりに砥られるままに車体は夜を通過してゆく
夜の街灯りの中を通り過ぎる車の車体を「ひかりに砥られるままに」と見立てる。写実表現が心
情表現にもなりえている。
あめつちの二枚の掌のなかにぼんやりとああ立ち尽くすのみ
背後よりさしこんでくる陽のひかり肋骨のうちをくまなく照らす
即物的でありながら、抽象性を同時に保持しているこれらの歌。その魅力に注目した。
三枝浩樹/「新鋭14首+W鑑賞プラス1」
※1946年甲府市生まれ。高校時代に「沃野」入会、植松壽樹に学ぶ。その後、「反措定」「かり
ん」「りとむ」の創刊に参画、会員となる。2009年「沃野」に復帰、代表となる。歌集に『朝の
歌』『銀の驟雨』『世界に献ずる二百の祈祷』『みどりの揺監』『歩行者』。評論に『八木重吉
たましひのスケッチ』。
【超少子化論Ⅰ:住宅価格上昇と出生率低下の相関】
6月6日、住宅価格の上昇と出生率の低下には関連があるのか?この設問に米国の不動産調査会
社Zillowが興味深い調査報告を公表している(「ギガジン」日本版、2018.06.13)。それによると、
先進国の出生率低下は将来の経済停滞を招きかねず大きな問題となっており、米国では、昨年度
過去30年間で最も出生率を記録、「リーマンショックから経済は回復したのに、なぜ出生率が
上がらないのか?」との疑問に「住宅価格の上昇と出生率の低下に関連がある」とする分析結果
を発表し下記のように指摘している(「住宅価格が最も高くなった郡で出生率が最も低下した」
2018.06.06)。
さく、時には住宅価格の伸びが弱い。 住宅価格が10パーセント上昇したのは、25歳から29歳の女性の出生率が1.5ポイン
ト低下したことと関連している。 住宅価格の上昇の影響を考慮した後でさえ、西部と北東部は依然として南部および中西部
よりも肥沃度の低下が大きかった。 2010年から2013年の間に、初回住宅購入者の平均年齢は32.5歳であり、住宅価格がより
高価になるにつれ、その平均年齢は2017年までに35.2に上昇。一方、出生時の母親の平
均年齢は、2010年の27.7歳から2016年の28.7歳に上昇。
このことから、2008年に発生したリーマンショックによる景気後退を背景に、出生率は低下が始
まり、2007年には女性1人当たりの出生率は2.12人に対し、2010年には女性1人当たり1.9
3人まで出生率低下する。多くの人々は「景気が回復すれば、出生率もそれに伴って回復する」
と見込んでいたものの、リーマンショックから経済が立ち直ったにもかかわらず、出生率は2016
年に1.82、2017年に1.76まで低下。女性1人当たりの出生率が2.1を下回ると、人口が
減少していくと考えられており総人口はこのまま減少するものとみられている。
これに対し「出生率の低下は、近年の若者が多くの子どもを作ることを望んでいないからだ」と
の価値観の変化が反映されたものだという意見もあるが、米国疾病予防管理センター(CDC)が行
った「あなたは人生で何人の子どもをもうけるか?」というアンケートで、2002年から2015年ま
で一貫して女性は2.3人、男性は2.2人の子どもをもうける回答。そのため、現役世代が子ど
もを作りたがらないから出生率が低下しているという指摘は正しくないとする。そこで、オンラ
イン不動産データベースを運営するZillo社の住宅価の変動と、CDCが発表する出生率のデータを
もとに、住宅価格と出生率の関連について「住宅価格の上昇率と出生率の低下には関連が認めら
れる」という分析結果をだしたが、住宅価格上昇率低下で出生率の向上につながるのかどうかは、
今のところ不明だとしている。
この情報から、このブログでも掲載したように、高度消費資本主義社会の新自由主義(=英米流
金融資本主義/グローバリズム)がもたらした「急速な格差拡大」が「超少子化」の背景にある
との考えを裏付けるものではと考えていた。思えば、新自由主義の「規制緩和政策」のもと国民
の賃労働を正規社員と非正規社員を分断し、労働力を物品扱い、あるいは人身売買扱いごときの
制度?を浸透させ疲弊させ、賃金奴隷化を深攻させ”新たな奴隷頭階層を”生み出し続け、”陰
鬱なるダーク・サイド”に覆われていることを再認識させる。
No. 9
連載が終了した『エネルギー革命元年』を最新事業開発の考察を継続しながら、新しい事業開発
の考察として『再生医療』の事業開発を掲載していくことにする。ところで、再生医療開発の考
察として『再生医療』の事業開発を掲載していくことにする。ところで、再生医療こと、再生医
学( Regenerative medicine)とは、人体の組織が欠損した場合に体が持っている自己修復力を上手
く引き出し、その機能回復の医学分野である。
【再生医療革命:最新再生医療技術Ⅱ】
ところで、「幹細胞(stem cells)」とは、自己とは異なる細胞になる能力(多分化能)と、細胞
分裂により自己と同じ能力を有する細胞を娘細胞として生ずる能力(自己複製能)を併せ持つ細
胞のことさす。経産省の調査(下表参照)は、自己複製能と多分化能において階層性の様々な段
階にある各種の幹細胞、未分化細胞、前駆細胞等を「幹細胞」として捉え、「幹細胞の自己複製
能と分化能のメカニズムを解析し、幹細胞の機能を制御し産業応用を図る上で必要な全ての技術」
を「幹細胞関連技術」として定義する。「幹細胞関連技術」は、個体の発生と分化という生命の
根源に深く関わっていると同時に、損なわれた組織・器官・臓器の機能を根本的に回復させる再
生医療・細胞治療での活用、幹細胞を利用した疾患モデルや、医薬アッセイ系など創薬支援での
活用など産業応用が始まるとともに、将来性が大いに期待されている技術でもある。京都大学の
山中伸弥教授が、iPS 細胞(induced pluripotent stem cell:人工万能細胞)の作製で2012 年ノーベ
ル賞[医学・生理学]を受賞したのは、記憶に新しい。「幹細胞関連技術」を「要素技術」と「応
用産業」に大別し、「要素技術」は、新規な幹細胞を発見・作出、あるいは既知の幹細胞を用い
て、応用産業で活用されるまでの過程で必要な技術であり、「新規な幹細胞」、「分離精製・増
殖・保存」、「分化制御」「細胞解析」、「細胞改変」技術から構成されている。一方、「応用
産業」は、損なわれた組織・器官・臓器の機能を幹細胞あるいは幹細胞を分化させて得た細胞を
利用して修復する「再生医療・細胞治療」、疾患モデル動物・細胞、幹細胞あるいはそれを分化
させた細胞等を利用した疾患メカニズムの解明、医薬のスクリーニング・試験系(薬理、薬物動
態、毒性)等の「創薬支援」での活用、幹細胞を利用した「有用物質生産」での利用等が考えら
れるとしている。これらのことをふまえ今夜は、最新の再生医療技術特許事例をピック・アップ
する。
【特許事例研究】
❑ 特開2018-074982 細胞質の交換方法、細胞の製造方法、及び装置
【概要】
ある細胞の細胞核を別の細胞の細胞質内へ移植したり、元の細胞核と交換したりすることで、細
胞の性質を変える方法は、医療や産業に重要な役割を果たしている。細胞核を除去した受精卵に
、別個体の体細胞由来の核を移植した後、子宮に戻すことでクローン個体を産出する方法や、子
宮に戻さず体外で胚盤胞へ発生させて胚性幹細胞 (Embryonic Stem cells: ES細胞) を樹立する体
細胞由来胚性幹細胞(nuclear transfer Embryonic stem cells: NtES細胞) 樹立方法などがある。こうし
て得られたクローン個体やNtES細胞は、畜産や再生医療に発展する基礎研究に寄与している。
細胞の性質を変える技術には、核移植以外にも、センダイウイルス法やプロトプラスト-ポリエ
チレングリコール法、電気的細胞融合法、電界集中細胞融合法などの細胞融合技 術がある。こ
れは、2つ以上の細胞を融合させ、1つの細胞を形成する技術である。この方法では、細胞融合
後の1つの細胞内には2つ以上の細胞に由来する細胞核と細胞質が存在する。特に、電界集中細
胞融合法は、2つの細胞を、細胞核の直径以下の幅や径のスリットや孔 (オリフィス) を介して
接触させ、スリットやオリフィスでパルス的に電界を集中させることで、2つの細胞膜の接点で
電気的に細胞膜が部分的に破壊され、復元する過程で細胞を融合する方法である。この方法では、
オリフィスや流路の最大径や最大幅が細胞核径より小さいことにより、細胞核の混合を防ぐこと
が可能である。近年、Polydimethyl siloxane (PDMS)を使用して作製された様々な流路を用いて
細胞融合法が検討されている。例えば、PDMSで製造された2つの平行流路間をオリフィスのみ
で繋ぎ、各流路末端に細胞供給口と吸引口をそれぞれ設けた流路を用い、オリフィスで細胞対を
形成後、細胞融合させる方法がある。例えば、細胞供給口にJurkat細胞または樹状細胞を導入し、
吸引口方向へ流路上で細胞を移動させ、オリフィスでJurkat細胞と樹状細胞を融合させ、Jurkat細
胞の細胞質を樹状細胞へ移動させた後、界面活性剤を添加し、Jurkat細胞側の流路に流れを生じ
させて両細胞を切り離すことで、細胞質が移動できるようになった。
細胞質の交換方法、細胞の製造方法、及び細胞質を交換するための装置を提供にあって、下図1
のごとく、細胞質の交換方法及び細胞の製造方法は、第1の細胞の細胞質を除去する工程と、第
2の細胞の細胞質を、細胞質が除去された前記第1の細胞へ導入する工程を含む。細胞質を交換
するための装置は、第1の流路及び第2の流路と、第1の流路及び第2の流路のそれぞれに接続
する細胞供給部と、第1の流路の壁と第2の流路の壁との間に設けられた孔と、孔を挟んで設け
られた電極と、第1の流路及び第2の流路の流速を調節する流速調節部と、前記流速調節部に設
けられた吸引口と、各吸引口に設けられたポンプと、直流交流信号発生装置と、顕微鏡と、を備
えることで、細胞質の交換方法、細胞の製造方法、及び細胞質を交換するための装置を実現。
第6章 中国産トマトも「イタリア産」に
第2節 イタリア、カンパニア州、サレルノ港
「南イタリアに到着した中国産濃縮トマトの一部は、ナポリ近郊の工場で缶詰にされて、ヨーロ
ッパの市場に供給されます」と、税関職員のグラナートが言う。
「でも大半は、ヨーロッパ内では流一通されず、再加工されてまた輸出されていきます。行き先
は世界中あちこちです。ヨーロッパに入ってきて再加工後に再び輸出される濃縮トマトには、冨
「輸出加工手続Jダという関税法が適用されます」
欧州遥白(EU)では、商品の輸入に関して複数の関税制度が存在する。もっとも標準的な関税
はEU圏内で消費される商品に適用され、圏外から圏内に入る国境を通過する際に課せられる。
ちなみに、トマト加工品の税率は14・4パーセントだ。その一方で、関税を支払うことなく商
品をEU圏内に輸入できる方法がある。それが、「一時輸入」や「一時通過」とも呼ばれる一再
輸出加工手続き」だ。EUによると、この特別制度は、輸入した商品を加工・修繕してから再輸
出する事業者の経済活動を促進するために設けられているという。
簡単な例をあげよう。たとえば、EU圏内のある香水メーカーがアジアから原材料を輸入し、そ
れを使って香水を作り、その香水をEU圏外へ輸出する。その場白、この原材料にかかる関税は
「再輸出加工手続き」によって免除される。そう考えると、確かにこの制度は、その香水メーカ
ーの競争力を高めるのに役立つだろう。だがその一方で、同じ原材料を生産するヨ-ロッバの会
社には大いに不利になる。こうした会社のライバルであるアジアの会社は、関税というバリアを
飛び越えて、いつでもヨーロッパ市場に乗りこんでこられるからだ。
こうした関税制度は一比較優位論」を実用化したものだ。イギリスの経済学者、デヴィッド・リ
カードが提唱した経済理論で、商品を自由に流通させる一自由貿易」の有益性を説明している。
白由貿易のもとで、各国が生産性の高い商品の生産に特化すれば、互いに高品質の商品と高い利
益を得ることができ、結果的にそれぞれの国の社会が豊かになるというのだ。これはつまり、「
誰もが自由貿易の恩恵を受けられる」という、グローバリゼーションの肯定的見解にもつながっ
ている。ところが実際は、少なくとも加工トマト産業においては、誰もが同じように恩恵を受け
ているとは言えない。この「再輸出加工手続き」制度を利用することで、ドラム缶入り3倍濃縮
トマトも、関税を支払うことなくEU圏内に輸入することができる。だが、これらの商品が税関
で「一時通過」と認められるには、いったんEU圏内に入ってから必ず加工されて再輸出されな
ければならない。大量の中国産濃縮トマトは、そうやって南イタリアのナポリ港とサレルノ港か
らEU圏内に入ってくるのだ。ふたつのいずれかの港に到着した濃縮トマトは、そこから車で一
時間もかからない加工工場に輸送され、水分を加えられ、再パッケージングされる。つまり、巨
大なドラム缶から、イタリア国旗の緑・白・赤の「トリコローレ」に彩られた缶詰に詰め替えら
れる。こうして加工された缶詰は再び港へ運ばれて、EU圏外へ輸出されていくのだ。
イタリア税関の公式な貿易統計によると、2015年、9万トンの外国産3倍濃縮トマトが「再
輸出加工手続き」によって輸入された。南イタリアで加工された後、主にアフリカと中近東に再
輸出されている。同じ年、標準的な関税制度で輸入されて再輸出された濃縮トマトは、10万7
000トンだった。これらはイタリアに輸入されてから、フランスやドイツなどほかのEU諸国
に輸出されている。関税を支払うことなく、「再輸出加工手続き」によって輸入された中国産3
倍濃縮トマトは、水で希釈されてわずかな塩を加えられただけで、「イタリア産」の商品に生ま
れ変わる。こうして付加価値がつけられて高い値段で売られていくのだ。ラベルには濃縮トマト
の原産地は記載されない。それどころか、ほとんどの商品にイタリア産と書かれている。缶の上
に印刷されるのは「中国」ではなく「イタリア」という文字だ。ヨーロッパには原材料の原産地
の表示を義務付ける法律が存在しないからだ。
Mar. 17, 2016
第3節 イタリア、ローマ
イタリア最大の農業生産者団体コルディレッティによると、ナポリ近郊の一部のトマト加工メー
カーは、「再輸出加工手続き」によってEU圏内に入ってきた中国産濃縮トマトを利用して不正
行為を働いているという。関税免除を悪用してひともうけしているらしい。方法はごく単純だ。
加工したあとはEU圏外へ再輸出しなければならない商品を、EU園内で流通させているのだ。
まぎれもない不正行為だ。さらにこうしたトマト加工メーカーには、税関に申告すべき輸入量を
ごまかしているところもあるという。わたしたちがしょっちゅう目にするトマト缶を生産してい
る大手メーカーも例外ではない。トマト缶にかけられる14・4パーセントの関税を免れている
ばかりか、商品のクオリティまで偽っているというのだ。
「濃縮トマトは、どこでどう作られようが見分けがつきませんからね」と、コルディレッティの
トマト加工品専門家、ロレンツオ・バッツァーナは言う。ローマのオフィスには、ものすごい数
のトマト缶のコレクションが、所狭しと並べられていた。「輪入したときは3倍濃縮トマトだっ
たのに、輸出するときは2倍濃縮トマトになってるんです。巨大なドラム缶に入っていた濃縮ト
マトは、工場で大量の缶詰に生まれ変わります。ドラム缶に大っているときは3倍濃縮だったの
に、缶詰になると2倍濃縮という名の商品になってしまう」
そう言われて、思い当たることがあった。アフリカの市場だろうが、ヨーロッパのスーパーだろ
うが、世界中の販売店には「二倍濃縮トマト」と表示された缶詰やチューブが溢れている。いっ
たいどうしてか?ナポリの工場では、生のトマトをIから煮詰めて濃縮されているのではなく、
輸入された三倍濃縮トマトを水で希釈することで二倍濃縮トマトが作られているからだ。
コルディレッティのこうした批判に対して、ナポリのトマト加エメーカー側は強く反発している。
こんな論争けばかばかしい、と彼らは言う。南イタリアの税関では厳しい審査が行なわれており
、濃縮トマトの輸入量と輸出量はきちんと管理されている。希釈されているかどうかにかかわら
ず、輸入量と輸出量は同等でなくてはならず、もし「再輸出加工手続き」で輸入した分で再輸出
されなかったものがあれば、その関税は徴収されている、と言うのだ。
だがロレンツオ・バッツアーナは、ヨーロッパの税関の管理体制は不十分だと反論している。コ
ンテナの扉を開けて中身を確かめることはほとんどない。たいていの場合、書類に不備がないか
どうかを確認するだけだという。
「それに、この”再輸出加工手続き”自体にも問題があります。中国産の濃縮トマトに水と塩を
加えただけのものが”加工食品”ですって?ふざけてるにもほどがある。われわれはまったく納
得していません。”加工”と”2倍濃縮”ということぼの定義については、もっと議論れなくて
はならない。われわれにとってのご1倍濃縮″とは、原材料を煮詰めて2倍に濃縮させたもので
あって、3倍濃縮を水で希釈したものではありません」
コルディレッティは、数年間にわたって、中国産濃縮トマトの使用に対して抗議をしつづけてき
た。その甲斐あって、今イタリアでは、国内で栽培されたトマトを使った商品以外は「パッサー
タ・ディ・ポモドーロ」とは名乗れなくなっている。ポモドーロはトマト、パッサータはビュー
レやソースの意味だ。さらにイタリア農務省の省令によって、バッサータ・ディ・ポモドーロに
は、原材料であるトマトの原産地を表示することが義務付けられた。
だがこのルールは、今のところイタリアでしか実施されていない。同様の規則は、EU圏内外の
どの国にも存在しない。つまりイタリア以外の国では、今も中国産濃縮トマトを希釈しただけの
ソースやピューレが、さもイタリア産や南仏産のようにして売られているのだ。こうして規制の
足並みがそろわないせいで、イタリアのトマト加工メーカーは今も合法的に、外国産濃縮トマト
をイタリア産トマトピューレとして販売しつづけている。ヨーロッパ中のスーパーの棚に並べら
れたイタリア産トマト缶やチューブには、イタリアのトマトがまったく使われていないものがた
くさんある。それらは、イタリア国内では販売が許されていない商品なのだ。
「問題はもうひとつあります」と、ロレンツオ‘バッツァーナは言う。「もし、イタリアの港で
輸入品の審査を厳しくしたら、利用者は減ってしまうでしょう。審査が厳しくない港のほうが輸
入業者にはありかたいですからね。世界中の港が、入港する船舶数と取りあつかう貨物量を増や
そうと必死になっています。管理体制を厳しくした港は競争力を失います。船舶や貨物はよそへ
流れていくでしょう。それは国にとっても大きな痛手です」
腐敗と汚職の問題に取り組む国際的なNGO《トランスペアレンシー・インターナショナル》は、
その国の政治家と公務員がどの程度腐敗しているか示す一腐敗認識指数」を毎年発表している。
2016年発表の指数によると、イタリアはブルガリアより上、ルーマニアより下で、EUで2
番目に腐敗した国とされている。
第4節 イタリア、カンパニア州、サレルノ港
サレルノ港で不正取引の取り締まりをしている税関職員、エミリアーノ・グラナートが言う。中
国産濃縮トマトについてわれわれが行なっているのは、衛生上の審査だけです。濃縮トマトは危
険な商品とはみなされていません。だから、審査はあまり厳しくないんです。衛生基準を満たし
ていない商品が見つかったら、廃棄するのではなく中国へ送り返しています。そういう規則なん
です」
税関では、送られてきた商品が、食用として安全かどうかをチェックしているだけなのだ。だが
、衛生基準を満たさないものは、廃棄処分にするのでも、業者に罰則を刊すのでもなく、ただ商
品を送り返しているだけだという。送り返された商品は、またそのまま世界のどこか別の港に送
られるのだろう。たとえばアフリカなどのもっと規制のゆるい港へ。残念なことに、加エトマト
産業も、ほかの多くの産業と同様に、アフリカを巨大なゴミ箱とみなしているらしい。しかもア
フリカは、イタリアの税関で入国拒否された商品を押しつけられているだけではない。世界加工
トマト評議会(WPTC)の事務局長、ソフィー・コルヅィーヌによると、在庫が増えすぎて消
費期限切れになった濃縮トマトも、アフリカに出荷されているという。
トマト加エメーカーがドラム缶入り濃縮トマトの在庫を大量に抱えてしまうのは、原材料の宿命
として、市場のニーズや流通量によって相場が変動するからだ。トマトの場合、農産物の先物取
引で知られるシカゴ商品取引所で相場が決められるわけではない。売り手と買い手の相互合意に
よってその都度決められる。そのため、品質によっては価格が2分の1に下がることもある,ド
ラム缶の中身が古くなると、在庫を減らしたいメーカーが、値段を大幅に下けて販売するからだ。
そうなると、市場のグローバル化、国によって異なる衛生基準、流通量の不透明さなどの要因も
あって思惑買いが加速し、在庫がふくらんでしまうことがある。とくに、中国のトマト加エメー
カーは生産量や在庫量について正確な数字を公表しないため、こういう状況に陥りやすい。
こうして悪循環が生まれる。在庫がふくらんで古くなった濃縮トマトが安価で売りに出される。
できるだけ安く仕れたい商社やメーカーはこうした商品を進んで買う。その濃縮トマトの買い手
や用途が見つかる。次もまた同じように安い商品を仕入れる……古くなった中国産濃縮トマトの
市場はこうして生まれたのだ。そのほとんどがアフリカの国々だ。取引されるのは、消費期限が
切れていたり、衛生基準を満たしていなかったりする商品ばかりだ。
アフリカの各メディアでは、腐ったトマト缶が税関で押収されたというニュースがたびたび報道
されている。たとえば、2014年9月21日、アルジェリアのアルジェ港の税関で消費期限切
れの中国産濃縮トマトが入った40台のコンテナが押収された[3]。アルジェリアはこの年、
中国産濃縮トマトを2000万ドル分以上輸入している[4]。また、2018年3月16日、チ
ュニジアでは、食用に適さないトマト缶3万個が押収された[5]。チュニジアは、国民ひとり当
たりの濃縮トマト消費量が世界最多の国のひとつだが、濃縮トマトの重要な生産国でもある。そ
れなのに、2014年には20万ドル分もの濃縮トマトを輔入しているのだ[6]。2015年4
月24日、チュニジアのアラッチ地方では、腐った濃縮トマトから作られたという消費期限切れ
のトマトペースト缶が、憲兵によって400トン押収された[7]。そして2013年11月25
日同じチュニジアのナブールでは、100万個以上の消費期限切れのトマト缶が見つかり、廃棄
処分された[8]。さらに2011年には、チュニジアのラゴス州イケジャにある食品メーカーの
工場で、輸入したドラム缶入り濃縮トマト2609個がすべて腐っていたのが発見され、衛生当
局によって工場が閉鎖させられている。このメーカーは、こうした濃縮トマトを別の容器に詰め
替えて販売していたという[9]。同年、ナイジェリアは、9140万ドル相当の中国産濃縮トマ
トを輸入していた[10]。
[3]Port d’Alger : saisie de 40 containers de c。ncentré detomates péimé,imporés de Chine.
www.reflexiondz.net,21 septembre 2014.
[4]Observatoire de la complexité économique,www.atlas.media.mit,edu.
[5]Beja: saisie de 30 000 boites de tomatesen conserve péimées. www.jawharafim.net, 17 mars 2016.
さらにナイジェリアでは、2008年、輸入したドラム缶入り濃縮トマトを使って違法に缶詰を
生産していた工場が閉鎖され、工場責任者ふたりが逮捕されている[11]。偽造品の取り締まり
を行なうナイジェリアの特別捜査班によると、この工場から押収された2万個の缶詰の中身は腐
った濃縮トマトで、登録番号と消費期限は偽装されていた。これらの商品は、食べると重大な健
康被害が引き起こされ、最悪の場合は死にいたる危険性もあったという。
食用に適していない濃縮トマトは、アフリカ以外の国にも輸出されている,2011年2月、キ
ルギスのビシュケクで、貨物列車ヱハ両に積まれた数千トンの腐った中国産濃縮トマトが押収さ
れた[12]。すでに消費期限から二年も経過していた。これらの商品は、アラブ首長国連邦の商
社からキルギスの商社に転売するために運ばれていた。
グローバル化した市場では、ある国で衛生基準を満たさなかった濃縮トマトは、別の国に連ばれ
て安く売り飛ばされる。標的にされるのは、衛生基準がゆるい、税関審査が厳しくない、管理体
制に不備がある、公務員が買収されやすい、といった国々だ。こうした国へ安く売られていった
腐った濃縮トマトは、工場でほとんどコストをかけずに加工され、その国の市場で流一通される。
加工トマト業界の専門家たちは、アフリカの状況に関してこう口をそろえる。
「アフリカの市場で重要なのは価格だけだ。品質は問題じゃない。できるだけ安い濃縮トマトを
誰もが欲しがっていて、それがどんなにひどい品質であっても、必ずいずれは買い手がつくんだ」
通称「ブラックインク」と呼ばれる商品が出回っているのも、主にアフリカの国々だ。古くなっ
て酸化が進み、腐ってしまった濃縮トマトのことだ。本来の赤い色は失われ、まさにインクのよ
うに黒ずんでいる。品質は最悪だが、非常に安く取引される。こうしたドラム缶入りブラックイ
ンクを売るために、赤い色をしたそれほど古くない濃縮トマトを混ぜることもある。だが、これ
はまだましなほうだ。もっともよく行なわれているのは、変色した濃縮トマトを水で希釈してか
らデンプンや食物繊維を加えてとろみをつけ、着色料で鮮やかな赤色に染めるやりかただ。これ
ならほかの濃縮トマトを混ぜるよりコストが安くすむ。こうして、あたかも新鮮な商品であるよ
うに偽装されているのだ。
この項つづく
Jun. 13, 2018
● 今夜の一枚:Can this cooler save kids from dying? Bill Gates