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Channel: 極東極楽 ごくとうごくらく
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狐火の燃へつくばかり枯尾花

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天   瑞 てんずい
ことば --------------------------------------------------------------------------------------
「いずくんぞわが今の死の、昔の生に愈らざることを知らんや」
「生は死を知らず、死は生を知らず、来は去を知らず、去は米を知らず」
----------------------------------------------------------------------------------------
三つの楽しみ
孔子が泰山を旅行したときヽ部の町はずれで栄作期と出会った・見ればヽ栄啓期は鹿の毛皮に繩の
帯という貧相ないでたちなのに、琴をひいては歌をうたっている。孔子はたずねた。
 「伺がそんなに楽しいのですか」
 「たくさんありますよ。天が作ったもののなかでも、人間は万物の霊長。わたしはその人間に生
まれることができた。これが第一の楽しみ。その人間には男女の別があって、男の方が身分が商い。
わたしは男に生まれた。これが第二の楽しみ。せっかく人間に生まれながら目も月も見られず、産
衣のまま死んでゆく者もいる。だのにわたしはもう九十歳だ。これが第三の楽しみ。
貧乏は士たるものの常、死は人の終わり。常のまま終わりを迎えるのだ。わたしにはなんの心残り
もない」
「立派だ! なんとこだわりのない自由な人だろう」
 孔子は感嘆した。

杞 憂 Anxiety
杞の国のある男が、今に天と珀がくずれたらどうしようかと、心配で心配で夜もねむれず、食物も
のどを通らなかった。これを見かねた人が、教えてやった。
「天というものは気が積もっただけさ。気はどこにでもある。からだを曲げたりのぱしたり、息を
吸ったり吐いたりするのも、一日中この天の中でしているのだ。くずれる心配などいるものか」
 男がききかえした。
「天がそんなものだとしたら、日や月や星が落ちてこないだろうか」
「日も月も星も、みな気でできているのさ。ただ光っているだけのちがいだよ。たとえ落ちてきて
ぶつかっても、けがなどするものか」
「では、他がくずれたらどうする」
「地は土くれが積み重なったものさ。どこもかしこも土なのだ。一日中この他の上を踏みしめて歩
いているのだ。くずれる心配などいるものか」
 男は心配ごとがとけて、たいへん喜んだ。教えてやった人もたいへんよろこんだ。
 この話を長庶子という人がきいて笑った。

「雨、風、雲、霧、虹、それに四季の変化も、みな積もった気が天にあらわれたものだ。山、河、
水、火、草、石、これはみな積もった形が他にあらわれたものだ。積もった気であり、積もった土
くれならば、くずれないともいえないだろう。
 いったい、天と他は虚空の中の一つのちっぽけな物にすぎない。だが目にみえるものの中ではい
ちばん大きい。その果てをきわめることができないのは当然だ。おしはかることができないのも当
然だ。
天と他がくずれ落ちるのを心配するのはたいへんなとりこし苦労だ。が、くずれ落ちないとするの
もまた正しいとはいえない。いつか、くずれる時は必ずくるだろう。その時になったら心配せずに
はいられない」

 列子がこれをきいて笑っていった。

 「天と他がくずれるというのもまちがいなら、くずれないというのもまちがいだ。誰にもわかり
はしない。だが、いったい物事は、見方によって一つの考えが成りたてば、同時に反対の考えも成
りたつものだ。生きている時は死というものがわからないし、死んだ時には生というものがわから
ない。未来は過去がわからないし、過去は未来がわからない。くずれるとか、くずれないとか、そ
んなことに気を使うには及ばない」
       
〈長庶子〉『史記』にも『漢書』にもその名が見える。道家に属す人であろうが、今に伝わる書物
はない。
杞憂 心配しないでいい事を心配するのを「杞憂」というのは、この話からきている。

 Kitsunebi

【歳時記:俳句トレッキング】

狐火の燃へつくばかり枯尾花    与謝蕪村

❦ Haiku poet Buson Yosano wrote a withered Susuki(silver grass) swaying in the wind in the
field of the night in analogy to the uncanny firefly(Kitsunebi as Kigo as season words).

 

  ● 読書日誌:カズオ・イシグロ著『忘れられた巨人』 No.20    

    

第5章
兵隊と橋が見えなくなると、ウィスタンが足を止めた。また本道を離れ、森の中をトる細道を行こ
うと言った。

「わたしには本能的な選択で、森を通る道を見るとつい行きたくなるんです」と言った。
「それに、この道を行けばかなり近道になるはずなんです。少なくとも、兵隊も歩くが山賊も歩く
という、こういう広い道よりずっと安全ですよ」

その後しばらく戦士が一行の先頭に立ち、どこかで拾った棒切れで茨の藪を叩き、掻き分けながら
進んだ。エドウィンは馬の日輪をとり、ときどき話しかけて落ち着かせながら、戦士のすぐ後ろに
つづいた。おかげで、二人の後から行くアクセルとベアトリスにとって、その近道――なのかどう
か――はかなり歩きやすくなっていた。だが、それでも山道はやはり山道だ。しだいに険しく、歩
きにくくなっていった。周囲の木が密になり、もつれた木の根やアザミが顔を出して、一歩一歩に
注意が必要だった。道中の二人は、いつもどおりほとんど言葉を交わさなかったが、途中、前の二
人からかなり後れたとき、ベアトリスが「いるの、アクセル」と後ろを呼んだ。

「いるよ、お姫様」と、実際には数歩後ろにいるだけのアクセルが笞えた。「心配いらない。この
あたりの森にはとくに危険だという噂はないし、大平野からは遣いしな」
「いま考えていたの、アクセル。あの戦士は役者としてかなりのものですよ。あの演技ならわたし
だって喘されたかもしれない。あんなに髪の毛を引っ張られても地を出さなかったしね」
「確かによく演じていたな」
「いま考えていたの、アクセル。わたしたち、村をかなり留守にするわけでしょう?よく行かせて
くれたと思わない?だって、まだまだ種まきだってあるし、柵や門の修理だってあるし。手が必要なときにわ
たしたちがいないって、そのうち文句が出るんじやないかしら」
「それは確かにあるだろうな、お姫様、だが、長く留守をするわけではないよ。それに息子に会い
たいという気持ちは、司祭だって理解してくれているさ」
 「そうだといいけど、アクセル。ただね、一番忙しいときにいなくなって……なんて言われたく
なくて」
「そういうことを言う人はいつだっているさ。だが、ましな人たちはわかってくれるし、同じ立場
だったら自分もそうすると思っているよ」

二人はしばらく黙って歩きつづけた。やがて、「いるの、アクセルーとベアトリスがまた呼んだ。

「いるよ、お姫様」
「あれは間違っていたわよね、わたしたちの蝋燭を取り上げるなんて」
「もうどうでもいいじやないか、お姫様。それに夏になるし」
「いま思い出していたの、アクセル。わたしのこの痛みって、蝋燭がなかったせいなんじやないか
しら」
「それはどういうことかな、お姫様。どうしてそうなる」
「暗さのせいで痛みが始まったんじやないかと思うの」
「おっと、そこに鯨の木があるよ、お姫様。そこで転んだらたいへんだ」
「気をつけます。あなたもね、アクセル」
「暗さのせいで痛くなったって、どういう意味かな、お姫様」
「この前の冬、村の近くに妖精が出るって聯が流れたのを覚えている、アクセル?自分では見てい
ないけど、闇を好む妖精だっていう話だったわよね。わたしたちって、長い間ずっと闇の中で過ご
していたわけだしその妖精が知らないうちにときどき来ていたんじやないかしら。寝室に入り込ん
で、いたずらをしたんじやないかと思うの」

「部屋に入られたら、いくら暗くてもわかったろうよ、お姫様。たとえ真っ暗闇でも、動き回る音
とか溜息とか、何か聞こえたはずだ」
「いま思うとね、アクセル、この前の冬は、夜中に目が覚めたことが何度かあったのよ。あなたは
横でぐっすり眠っていた。でも、わたしは何かの物音で目が覚めた、と確かに思ったの」
「鼠か何かの生き物じゃないのかな、お姫様」
「そういう音じゃなかったし、聞こえたと思ったのはI度きりじゃないのよ。それでね、いま思う
と、痛みが始まったのも同じころだったの」
「まあ、妖精のせいだとしても、それがどうだと言うんだ、お姫様。おまえの痛みはちょっと
気になる程度なんだろう?悪い妖精というよりいたずら好きのやつの仕栗だろうな。エニッドさん
の編み物隨に鼠の頭を入れた悪がきがいたろう。ただ、びっくりするのを見たかったっていう、あ
れと同じだ」
「そうよね。そうだわ、アクセル。悪さというより遊び半分ね。そのとおりだと思う。それでもね、
あなた……」ベアトリスはしばらく口を閉じ、幹が触れ白っている二本の古木の隙間を抜けること
に専念した。そしてつづけた。「それでも、村に帰ったら、やはり夜には蝋燭がほしいわね。妖精
ならまだしも、もっとたちの悪い何かに変なことをされたくないもの」
「なんとかするさ。心配いらないよ、お姫様。村に炭ったら、すぐに司祭に話そう。それに、これ
から行く修道院で痛みの治し方を坊さんたちに教えてもらえるかもしれない。そうしたら、これま
でのいたずらはもうなくなるも同然だI
「そうね、アクセル。もともとそんなに心配しているわけじゃないの」

                       ❦

近道になるというウィスタンの言葉が正しかったのかどうか、判断は難しい。いずれにせよ、真昼
を少し過ぎたころ、四人は森を出て本道に戻った。そのあたりはいたるところ轍だらけで、ぬかる
みも点在していたが、やはり本道だけあって、歩きやすさは段違いだ。しかも先へ行くにつれて地
面は乾き、平らになっていった。頭上に差しかかる木々の枝の合間から心地よい日の光が射し込み、
四人は上機嫌で旅をつづけた。

やがてウィスタンがまた停止の合図を出した。道の前方を指差し、「一騎、前に行っていますね。
さほど遠くありません」と言った。さらに少し行くと、道の前方片側に空き地が見え、真新しい足
跡がそこへ向かってつづいていた。四人は顔を見合わせ、慎重に前進した。
空き地に近づいた。かなりの大きさかおる。かつて繁栄していた時代に、ここに誰かが家を建てよ
うとしたのかもしれない。きっと果樹園で囲まれた家になるはずだったろう。本道から分かれる脇
道は、いまでこそ雑草に覆われているが、よく見れば丁寧に掘られていて、その終点に大きな円形
の空き地がある。上に天があるだけの空っぽの地面だが、中央に一本、オークの大木が立ち、大き
く枝を広げていた。一行がいまいる場所からも、その大木の下に一つの人影が見えた。木の影に覆
われた地面にすわり、木の幹に背中を預けている。いまは横からの輪郭しか見えないが、どうも甲
冑をまとっているようだ。金属に覆われた二本の脚をどすんと草の上に投げ出しているところが、
なんだか子供を思わせる。幹から突き出している枝葉のせいで顔がよく見えないが、兜はかぶって
いない。近くで、鞍を置いた馬がのんびり草を食んでい
た,

「名乗られよ」と男の声が木の下から呼んだ。「山賊や盗賊ならば、剣を手にお相手つかまつる」
「返事を、アクセル殿」とウィスタンがささやいた。「何のつもりか探りましょう」
「ただの旅人です、騎士殿」とアクセルが答えた。「どうぞこのままお通しください」
「総勢何人か。馬の足音も聞こえるようだが」
「蹄を傷めた馬一頭に人間四人です、騎士殿。わたしと妻は老いたブリトン人。迪れは、まだ髭も
ないサクソンの少年と、半白痴で唖者の兄です。兄弟の親類縁者からわたしどもに託されました」
「では、こちらへ参られよ、友よ。分かち合えるパンがある。休息をお望みであろう。わしも話し
相手がほしい」
「行くの、アクセル?」とベアトリスが言った。
アクセルが返事をするまえに、「行きましょう」とウィスタンが言った。「けっこうなお年のよう
だし、危険はないでしょう。ですが、お芝居はつづけましょう。わたしはまた例の口と目に戻りま
す」
「でも、甲胃姿で、武器を持っていますよ、ウィスタン様」とベアトリスが言った。「あなたの剣
は毛布や蜂蜜の壹と一緒に馬の背です。いざというとき間に合いますか」
「剣は、疑り深い目から隠しておくのが一番です、奥様。大丈夫、必要なときにはすぐに取り出せ
ます。エドウィンが手綱を持って、馬がわたしからあまり遠く離れないようにしていてくれますか
ら」
「友よ、こちらへ参られよ」見知らぬ男は強張った姿勢のまま、身じろぎ一つせずに言った。
「心配は無用。わしは騎士で、やはりブリトン入だ。確かに武装しておるが、近くに寄れば、ただ
の髭もじやの老いぼれにすぎぬことがわかる。身につけているこの剣と甲冑は、わが敬愛する王、
かの偉大なるアーサー王に命じられた任務を果たすためのもの。王が天国に旅立たれてから、はや
何年か。わしが怒りのうちにこの剣を抜いたのも、同様に昔のことよ。そこにおるわが軍馬ホレス
も老いた。哀れな。これだけの金物をずっと背負いつづけてきて、見よ、脚は曲がり、背中は垂れ
ておる。わしがまたがるたびに苦しむ。だが、わがホレスは大きな心の持ち主だ。この生き方以外
、断じて受け付けないことをわしは知っておる。だからこうして、偉大な王の名のもとに完全武装
で旅をつづけておる。わしかホレスがもうI歩たりと進めなくなるまで、旅はつづく。さあ、友よ。
恐れずともよい」

「一行は脇道から空き地に入り、オークの大木に向かった。近づくにつれ、騎士の言葉どおり、恐
れるには及ぼないことがアクセルにもわかってきた。とても背が高そうな騎士だが、甲冑の中身は
筋金入りというより、ただ痩せ緬っているだけに見える。甲冑はぼろぼろで、錆が目立つ。たぶん
、修繕に修繕を重ねてきたものだろう。本来は白かったと思われるチュニックにも、繕いの跡が歴
然としている。甲冑から突き出した顔はやさしそうで皺だらけだし、頭はほぼ禿げていて、白い長
い毛が数本飛び出し、風になびいている。両脚を大きく開いて投げ出し、地面にへたり込んでいる
姿は、普通なら哀れをもよおす光景だったろう。だが、ちょうど頭上の枝の合間から日の光が射し
、男の体に光と影のまだら模様を作っていた。男はまるで玉座にすわる入物のように見えた。
 
「あわれなホレスは、今朝、食事の機会を逸した。目覚めたのが、たまたま岩だらけの場所だった
のでな。しかも、わしが朝じゆう急がせた。さよう、不機嫌で、休みもやらず歩かせつづけたこと
を認めよう。ホレスの歩みはどんどん遅くなったが、わしもいまではこいつの芸を知りつくしてい
て、譲らなかった。疲れてなどおらんはず-そう言って、少し拍車をくれさえした。これは多芸な
馬でな、いろんな技を仕掛けてくるが、わしは間く耳持たんのが常だ。だが、今朝はなぜか足取り
が重くなる一方で……そこで非情になりきれんのがわしの悪い癖だ。
こいつがあざわらっているのを承知で、よしよしと言ってしまった。止まっていいぞ、ホレス。食
え、と。こうして、諸君の前に、馬にまでばかにされたじじいの身をさらしているというわけだ。
さあ、参られよ」騎士は、甲冑をがちやがちや言わせながら手を仲ばし、目の前の草の上に置いて
あった袋から一塊のパンを取り出した。「焼き立てだ。通りかかった粉屋でもらった。一時間も経
っておらん。さあ、友よ、すわれ。食おうではないか」

アクセルに腕を支えられ、ベアトリスがオークの節くれだった根に腰をおろした。アクセルも妻と
老騎士の間にすわった。すわってみて、背後の苔むした幹に背を預けられることをありかたいと思
った。頭上からは、樹冠を飛び回る鳥の歌声が聞こえる。回されてきたパンは焼き立てで柔らかか
った。ベアトリスはしばらくアクセルの肩に寄りかかり、荒い呼吸に胸を波打たせていたが、やが
ておいしそうに食べはじめた。
ウィスタンはすわらなかった。しばらくケタケタと笑い、愚かさのほどを騎士にたっぷり見せつけ
てから、ふらふらと去っていった。向かう先には、馬の手綱をもって丈高い草の中に立っているエ
ドウィンがいる。ベアトリスがパンを食べ終え、身を乗り出して老騎士に話しかけた。

「ご挨拶が遅くなって申し訳ありません、騎士様」と言った。「でも、本物の騎士様を見ることな
どめったにありませんから、畏れ多くて。お怒りでないといいのですけど……」
「怒ってなどおりませんよ、ご婦人。お会いできて嬉しいかぎりだ。先はまだ遠いのですかな」
 「息子の村に行きます。この山中にある修道院の賢者にお会いしたくて山道を来ましたから、
あと一日というところでしょうか」
「ああ、修道僧の面々か。あなた方なら親身にしてもらえよう。わしも昨春はホレスのことでずい
ぶん肋けてもらった。蹄に毒が入ってしまってな、もう生き延びられないかと心配した。わし自身
も何年か前、落馬の怪我から回復するとき、修道院の痛み止めにはたいへん世話になった。だが、
あの唖者の治療を求めておるのなら、あの唇に言葉を取り戻すのは神にしかできぬ業であろう」

騎士はそう言いながらウィスタンを見やったが、そのウィスタンは白痴の表情を顔から拭い去り、
まっすぐ騎士目かけて歩いてくるところだった。
「驚かせて申し訳ありません、騎士殿。言葉を取り戻しました」と言った。
老騎士はあっけにとられ、ついで甲冑をきしませながら身をよじって、問い質したそうにアクセル
を見た。
「友人を責めないでください、騎士殿」とウィスタンが言った。「わたしの頼みでしていたことで
す。あなたを恐れる理由がないとわかりましたので、偽りのしぐさをやめます。どうぞお許しを」
「気にはせんよ」と老騎士が言った。「この世では用心するに越したことはない。だが、今度はわ
しがそなたを恐れなくていいように、何者か教えてもらえるかな」 「東の沼沢地から来たウィスタンと言いま
す、騎士殿。王の用事で、このあたりを旅しています」
 「それはまた遠くからだ」
 「はい、遠くから。このあたりの道は見慣れていないはずなのですが、なぜか、角を一つ曲がるごとに遠い
昔の記憶が騒ぐような気がします」
 「では、いつか来たことがあるに違いない」
 「おそらく。わたしの生まれは沼沢地ではなく、ここよりもっと西の国だと聞かされています。ですから、お
目にかかれたのはますます幸運でした、騎士殿。あなたはガウェイン卿ではありませんか。西国のご出身
で、いまはこのあたりを巡っておられるという……?」
 「わしは確かにガウェインだ。かつて英知と正義でこの国を治めた偉大なるアーサー王の甥、ガウェイン
だ。数年前までは西国に腰を据えていたが、いまはホレスとともに気の向くまま旅をしておる」
 「好きに時間が使えるものなら、わたしも今日にも西に向かい、かの国の空気をこの胸に吸ってみたいも
のです。ですが、早く王の用事をすませ、知らせを持ち帰らねばなりません。偉大なアーサー王の甥、騎士
ガウェイン殿にお目にかかれたのはじつに光栄です。サクソン人のわたしでも、王の名には尊崇の念を抱
いています」
 「それを聞いて、わしも嬉しい」
 「ガウェイン卿、わたしの言葉が奇跡的に回復したところで、お尋ねしたいことがあります」
「なんでも」
「あなたの横にすわっているご老人は、アクセル殿と言います。ここから二日のところにあるキ
リスト教の村に、農夫として暮らしておいでです。年齢的にはガウェイン卿ご自身と近いでしょ
う。そこで、このご老人のお顔をご覧ください。かつてあなたが見知っていた誰かに似ていま
せんか」
「何をまた、ウィスタン様」眠っているとばかり思っていたベアトリスがそう言って、身を乗り
出した。

「それはどういう意味ですの」
「悪気はありません、奥様。ガウェイン卿は西国の方です。昔、あなたのご主人を見かけたこと
がないかなと思いまして。別に悪いことではないでしょう?」
「ウィスタン殿」とアクセルが呼んだ。「最初に出会ってから、ときどき不思議そうな顔でわた
しを見ておられるので、か理由を、と思っていました。わたしを誰だとお思いでしたか」

見下ろすように立っていたウィスタンが膝を折ってしやがみ、オークの下に並んですわる三人と
顔を突き合わせた。威圧感を与えないようにという配慮からしたことかもしれないが、アクセル
には、三人の顔をもっとよく見たくてしたことのように思えた。

「とりあえず、ガウェイン卿、お願いです」とウィスタンが言った。「頭を少し回すだけですか
ことです。子供の遊びと思っていただきたい。どうでしょう。横のご老人を見て、過去に会った
ことがあるかどうか教えてください、ガウェイン卿」

ガウェインはフフフと笑い、上体を前に動かした。まるで遊びへの参加を求められて、積極に楽
しもうとしているかに見えた。だが、アクセルの顔を見つめているうち、表情が驚きのれに変わ
った。衝撃を受けた人の表情と言ってもいいかもしれない。アクセルが本能的に顔をそむけるの
と同時に、老騎士も上体を引き戻し、また木の幹に寄りかかった。
            
                         カズオ・イシグロ著『忘れられた巨人』

                                    この項つづく

 
【エネルギー通貨制時代 22】 
”Anytime, anywhere ¥1/kWh  Era” 
 Mar. 3, 2017 

【蓄電池篇:最新蓄電池技術事例】
●酸化ケイ素ナノ薄膜で容量5倍のリチウムイオン電池負極 高容量・小型化
11月21日、産業技術総合研究所は月、導電性基板上に蒸着でナノメートルスケールの一酸化
ケイ素(SiO)薄膜を形成し、その上に導電助剤を積層させた構造のリチウムイオン2次電池用負
極を開発したことを公表している。それによると、長寿命でありながら、現在主流である黒鉛負
極の約5倍に相当する容量を持ち、リチウムイオン2次電池の高容量化や小型化に貢献する。
リチウムイオン2次電池の高容量化には、負極の活性化物質に一酸化ケイ素を用いることが有望
としれてきた。ケイ素は充放電に伴うリチウムイオンの取り込みと放出で300%以上の体積変
化が生じ、活物質、導電助剤、結着剤からなる電極構造が維持できず劣化する。そこで、粒子径
を300~500nm(ナノメートル)以下まで微細化すれば劣化の抑制効果が見られるという特性を生
かし、一酸化ケイ素の薄膜を作製。❶まず、集電体であるステンレス上に一酸化ケイ素を蒸着。
❷導電性を付与に、導電助剤としてカーボンブラックに結着剤を加え分散させた混合液を、蒸着
した一酸化ケイ素膜の上から塗布・乾燥させて導電助剤層を作製、❸一酸化ケイ素薄膜に導電助
剤層を積層。

この電極を負極とし、正極としてリチウム(Li)を用いた電池の充放電容量の、サイクルごとの
変化を調べる。ここで、以前からある粒径10μm(マイクロメートル)の一酸化ケイ素粉末で作
製した電極と、現行の材料である黒鉛を用いた電極を用いた2つの電池との比較を行う。従来の
粉末を用いた電極ではサイクルに伴う容量劣化が顕著だったが、黒鉛電極ではサイクル劣化は見
られないが、容量は372mAh/gと小さい。これに対して、今回開発した電極は、1サイクル目から
大容量が得られ、その後の充放電でも安定した容量を保ち、200サイクルを経ても2000mAh/g以上
の容量を示す。2サイクルから200サイクル目まで容量維持率は97.8%を示し、200サイクルでの
クーロン効率は99.4%と、充放電におけるリチウムの取り込みと放出が可逆的に行われているこ
とが検証。今回得られた2000mAh/gを超える容量は、一酸化ケイ素の理論容量2007mAh/gとほぼ一
致し、電極を構成する一酸化ケイ素のほぼ全てを電池の活物質として利用できていることが分か
る。

但し、この電極は初回充電時に大容量を必要とし、充放電に関与しないリチウムケイ素酸化物(
Li4SiO4)の生成反応に消費され、このまでは、正極リチウムの消費性能が低下。今後、あらかじ
めリチウムと反応させるプレドープ処理した電極を、既存正極と組み合わせ、性能実証試験を行
う方針。併せて、蒸着法やそれ以外の方法での拡大試験も実施する予定。

【関連最新特許】
❑ 特開2018-172244 リチウムスズ硫化物 国立研究開発法人産業技術 2018.11.08
リチウム、スズ及び硫黄を構成元素として含み、前記リチウムと前記スズとの組成比(Li/Sn)がモル比
で1.5~3.5であり、前記硫黄と前記スズとの組成比(S/Sn)がモル比で2.5~4.5であり、立方晶
岩塩型構造の結晶相を有する、リチウムスズ硫化物で、イオン伝導度が高く、リチウムイオン二
次電池用の固体電解質又は電極活物質として使用することができる化合物の提供。

尚、紙面の都合上で記載漏れ記事は後日掲載。


● 網膜裂孔は突然に
11月18日、15:00、左眼に異変が起きる。網膜裂孔(血液が眼球にリーク)。10年前
にもディスプレイでの仕事中に発生(異常結象)。翌日レーザー網膜光凝固術、3日間安静し、
10日後再検査、2月末要観察。『ラブ・ストーリーは突然に』は『愛と死をみつめて』に変わ
ってしまってか?故石井智幸と誓い合った"革命”はここで潰えるというのか?

  ● 今夜の一品


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