7.述 而 じゅつじ
ことば-------------------------------------------------------------
「道にに志し、徳に拠り、ににより、芸に遊ぶ」(6)
「一隅を挙げて三隅をもって反らざれば、復せざるなり」(8)
「不義義にして富みかつ貴きは、われにおいて浮雲のごとし」(15)
「子、怪、力、乱、神を語らず」(20)
「三人行えば、必ずわが師あり」(21)
--------------------------------------------------------------------
1 祖述はするが創作はしない。なぜなら古いものの中にこそ、よりよいも
のを発見できるからだ。このわたしの態度は、老彭に似ているかもしれない。
(孔子)
《老彭》殷の賢大夫であるともいい、また老聃(ろうたん:老子)と彭祖(
堯の時代の人で数百歳の長寿を保ったであるともいう。その他異説が多く、
確定しがたい。
子曰、述而不作、信而好古、竊比於我老彭。
Confucius said,
"I only tell the ancient courtesy, not create. I believe in and love
those old good things. I imitate Lao Peng secretly."
【ポストエネルギー革命序論44】
❦ エネルギーストレージ事業
最新リチウムイオン電池技術
特開2019-121499:リチウムイオン電池用複合粒子及びその製造方法
【要約】
下図1のごとく、リチウムイオン電池用複合粒子1は、活物質を含む活物質
部10と、該活物質部10の表面に配設されてなる固体電解質部20とを備
え、固体電解質部20は、チオリシコンを含み、活物質部10の表面を被覆
する被覆部分22と、該被覆部分22からその外側に延びた薄肉部分24と
からなることで、規な構造を有する固体電解質部を備えるリチウムイオン電
池用複合粒子、及び、上記の新規な構造を有し、且つ、実質的にLi2S
を含まない固体電解質部を備えるリチウムイオン電池用複合粒子を製造する
方法を提供する。
【符号の説明】
1:リチウムイオン電池用複合粒子 10:活物質部 20:固体電解質部
22:被覆部分 24:薄肉部分 30:全固体形リチウムイオン電池
31:正極 33:負極 35:電解質層 37:正極集電体 39:負極
集電体 40:測定セル 41:押さえ板 43:押さえピン 45:締め
付けネジ 47:カプトン(登録商標)テープ
【概要】
①近年、高エネルギー密度を実現する電池として、リチウムイオン電池やナ
トリウムイオン電池、更にはマグネシウム二次電池に代表される多価イオン
電池の開発が精力的に進められている。リチウムイオン電池は、充電時には
正極からリチウムがイオンとして脱離して負極へ移動して吸蔵され、放電時
には負極から正極へリチウムイオンが挿入されて戻る構造の二次電池である。こ
のリチウムイオン電池は、エネルギー密度が大きく、長寿命である等の特徴
を有しているため、従来、パソコン、カメラ等の家電製品や、携帯電話機等
の携帯型電子機器又は通信機器、パワーツール等の電動工具等の電源として
広く用いられており、最近では、電気自動車(EV)、ハイブリッド電気自
動車(HEV)等に搭載される大型電池にも応用されている。
②このようなリチウムイオン電池において、可燃性の有機溶剤を含む電解液
に代えて固体電解質を用いると、安全装置の簡素化が図られるだけでなく、
製造コスト、生産性等に優れることが知られている。また、硫化物からなる
固体電解質は、導電率(リチウムイオン伝導度)が高く、電池の高出力化を
図る上で有用であるといわれており、この硫化物固体電解質を用いた全固体
型のリチウムイオン電池の開発が盛んとなっている。
③ところで、液体電解質は、浸透性が高く電極の隅々にまで浸入し、充填さ
れている活物質の夫々とその界面で接するため、負極から正極に至るまで連
続的なイオン伝導のパスを容易に形成できる。
④一方で、固体電解質は、液体電解質に比べて流動性が乏しく、そのままで
は電極に浸入しないため、電極内部までイオンを伝導させるために、固体電
解質を活物質に混合した組成物を用いて電極が形成されている。また、活物
質と固体電解質とを良好に接触させ、接触面積を増大させるため、固体電解
質により活物質を被覆した複合体によりイオン伝導性を向上させる技術が知
られている。例えば、特許文献1には、Li2S-MxSy(MはP、Si、
Ge、B、Al及びGaから選択され、xとyは、Mの種類に応じて、化学
量論比を与える数である)で表される固体電解質と、この固体電解質を溶解
しうる有機溶媒とを含む全固体リチウム二次電池の固体電解質を含む層の形
成用溶液が開示されており、この溶液を正極活物質に塗布、乾燥して得られ
た複合体は、全固体リチウム二次電池に好適であることが記載されている。
更に、特許文献2には、活物質粒子に硫化物系固体電解質を被覆してなる複
合活物質粒子と、繊維状の導電材と、複合活物質粒子よりも平均粒径の小さ
い硫化物系固体電解質粒子と、を含む電極合材が開示されている。そして、
この複合活物質粒子は、活物質粒子を酸化物系固体電解質により被覆して複
合粒子とした後、得られた複合粒子と、硫化物系固体電解質粒子とを乾式混
練することにより作製されている。
【課題】
①上記特許文献1の実施例1には、所定割合のLi2S及びP2S5をメカ
ニカルミリングしてガラス状固体電解質を作製した後、これをN?メチルホ
ルムアミド(NMF)に溶解させて得られた溶液が記載されている。そして、
この溶液を真空乾燥させて得られた析出物には、Li2S結晶及びLi3P
S4結晶が含まれることが記載されている。従って、上記ガラス状固体電解
質の溶液を正極活物質に塗布、乾燥した場合には、表面にLi2S結晶及び
Li3PS4結晶を含む複合体が得られる。Li2Sは、大気中における安
定性が低く、水と容易に反応して、有毒ガスである硫化水素を発生させる等、
リチウムイオン電池の製造上、使用上の安全面で改善の余地があった。更に、
硫化物系固体電解質を、一旦、溶媒に溶解した後に再析出させると、硫化物
系固体電解質の原料物質が析出する等、往々にして、溶解前の硫化物系固体
電解質とは異なる組成になってしまうという問題点があった。また、本発明
者らの分析によれば、溶解して析出させた上記Li3PS4結晶のイオン伝
導性は、著しく低いことが判明しており、主にγ-Li3PS4に変化した
と考えている。
②更に、上記特許文献2には、上記のように、乾式混練による複合粒子を製
造する方法が記載されているが、活物質粒子は、通常、表面に凹凸を有する
ため、機械的な乾式混練では、硫化物系固体電解質の、活物質粒子表面への
密着性を十分に確保できないという問題点があった。 ③本発明の課題は、
活物質を含む活物質部と、該活物質部の表面に配設されてなる固体電解質部
とを備える複合粒子であって、新規な構造を有する固体電解質部を備えるリ
チウムイオン電池用複合粒子を提供することである。また、本発明の他の課
題は、上記の新規な構造を有し、且つ、実質的にLi2Sを含まない固体電
解質部を備え界面抵抗が抑制されたリチウムイオン電池用複合粒子を製造す
る方法を提供することである。
【特許請求範囲】
❶活物質を含む活物質部と、該活物質部の表面に配設されてなる固体電解質
部とを備える複合粒子であって、 前記固体電解質部は、チオリシコンを含
み、前記活物質部の表面を被覆する被覆部分と、該被覆部分からその外側に
延びた薄肉部分とからなることを特徴とするリチウムイオン電池用複合粒子
❷前記チオリシコンがβ-Li3PS4を含む請求項1に記載のリチウムイ
オン電池用複合粒子。
❸前記チオリシコンがLi7P2S8Iを含む請求項1に記載のリチウムイ
オン電池用複合粒子。
❹前記チオリシコンがガラスセラミックスである請求項1乃至3のいずれか
一項に記載のリチウムイオン電池用複合粒子。
❺前記活物質部及び前記固体電解質部の質量割合が、これらの合計を100
質量%とした場合に、それぞれ、70?99質量%及び1?30質量%である
請求項1乃至4のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池用複合粒子。
❻前記活物質が、Li元素を含む複合酸化物からなる正極活物質である請求
項1乃至5のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池用複合粒子。
❼前記活物質が、グラファイト、シリコン、チタン酸リチウム、二酸化スズ
及び三酸化モリブデンから選ばれた少なくとも1種からなる負極活物質であ
る請求項1乃至6のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池用複合粒子。
❽請求項1乃至7のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池用複合粒子を
製造する方法であって、 活物質を含む粒子の表面に、第1硫化物が付着し
ている第1複合粒子と、第2硫化物とを含有する原料を用いて、前記第2硫
化物を溶解する溶媒の中で、前記第1硫化物及び前記第2硫化物を反応させ
、チオリシコンを生成させる工程を備えることを特徴とする、リチウムイオ
ン電池用複合粒子の製造方法。
❾前記第1硫化物がLi2Sを含み、前記第2硫化物が下記一般式(1)で
表される化合物を含む請求項8に記載のリチウムイオン電池用複合粒子の製
造方法
a(Li2S)-b(P2S5)-c(LiX) (1)
(式中、Xはハロゲン原子であり、aは0以上の数、cは0以上の数、
b=a+c、a+c>0である。)
❿前記溶媒が飽和脂肪酸エステル及びジアルキルカーボネートから選ばれた
少なくとも1種を含む請求項8又は9に記載のリチウムイオン電池用複合粒
子の製造方法。
⓫請求項1乃至7のいずれか一項に記載のリチウムイオン電池用複合粒子を
含むことを特徴とするリチウムイオン電池用電極。請求項11に記載のリチ
ウムイオン電池用電極を備えることを特徴とするリチウムイオン電池。>
関連特許
①特開2019-110087 リチウムイオン二次電池用正極 オートモーティブエナ
ジーサプライ株式会社
②特開2019-091550 蓄電デバイス用セパレータ及び蓄電デバイス 積水化学工
業株式会社
③特開2019-087455 リチウムイオン電池セパレータ及びリチウムイオン電池
三菱製紙株式会社
④特開2019-057486 リチウムイオン電池用バインダー水溶液、リチウムイオ
ン電池用スラリー及びその製造方法、リチウムイオン電池用電極、リチウム
イオン電池用セパレータ、リチウムイオン電池用セパレータ/電極積層体、
並びにリチウム 荒川化学工業株式会社
⑤特開2019-057446 リチウムイオン電池およびその製造方法 日立化成株式
会社
⑥特許6497462 リチウムイオン電池用電極材料及びリチウムイオン電池 住友
大阪セメント株式会社
アレルギー性花粉は日本列島規模で同期する
アレルギー性鼻炎(花粉症)は世界中で問題である。日本では戦後の大規模
造林によって国土の約20%をスギ林とヒノキ林が占めているため,人口の約
17%(2,000万人以上)がスギ花粉等によるアレルギー性鼻炎(花粉症)に
罹患し、花粉症対策にはタイムリーかつ正確な花粉予測が不可欠。一方,樹
木の種子生産や花粉生産には豊凶の複雑な同期現象が知られているが,花粉
散布量の正確な予測に重要な花粉飛散量の空間同期パターンについて,これ
まで明らかにされずにいた。
今月のScientific reports誌に掲載された研究では,環境省の花粉観測シス
テム”はなこさん”の公開データを利用して,15年間,120箇所の花粉分布
の年間変動を調査す.図のように花粉量は120地点で大きく変動しているが,
地区内の同期強度や観測地点間の同期強度などはこのままでは判別できない.
図上部には,A(北海道)からH(九州)に分布する120計測地点のすべての組み
合わせにおいて,花粉量の増減を可視化する。黄色は同相(2地点の花粉量
の増減方向が同じ),青色は逆相(2地点間の花粉量の増減方向が逆)と呼
ぶ。2009年から2010年では全面に黄色で,120地点全で完全な同相同期とな
っている。北海道旭川市と鹿児島鹿屋市の測定地点間距離は1,613kmであり,
このような超長距離相関が確認された。逆に,2015年から2016年では,隣接
地点間ですら逆相が多く見られ,ほぼ完全な脱同期状態となっている。これ
らの結果は,日本列島もしくはそれより広域の環境変動を示唆。さらに,非
線形物理の分野/同期理論やネットワーク理論からも着目されるれる自然現
象である。同上の研究グループは,今回開発された手法が、花粉飛散量予測
の改善だけではなく,様々な同期現象に広く適用できる手法であり,果樹の
隔年結果予測,ドングリの豊凶予測,野生動物被害予測,また,広域の環境
変動の可視化など,数理科学分野との連携によるオープンデータサイエンス
としての展開を目指す。.
日本の水素燃料関連の市場規模、30年度に50倍以上
富士経済は19年8月、水素燃料関連の国内市場の調査結果を発表した。
19年1~4月にかけて実施した調査で、水素燃料や水素利用、水素輸送、
水素供給で使用される関連設備機器の市場を調査対象。同調査によると、
30年度の水素燃料関連市場は18年度比で56倍の4085億円が予測さ
れる。水素燃料や水素利用、水素輸送、水素供給の各分野が堅調に推移する
とみられ、特に水素燃料の需要の大幅増が見込まれる。一方で当面は、水素
ステーションを軸とした水素供給が伸びると予測。水素燃料市場は30年度
で1863億円が予測されており、18年度比では372.6倍となる見込
みである。現状ではFCV(燃料電池自動車)用途が中心だが、将来的には水
素発電向けの伸びが期待されるという。電力事業向けの大型水素発電機の開
発が進んでおり、2030年までに大型水素発電システムの導入実現も予測でき
る。富士経済は、今回の調査結果の詳細をまとめた「2019年版 水素燃料関連
市場の将来展望」を発刊。
事業用STは公用車・社用車の充填設備として導入が進んでいる。環境省がz
再生可能エネルギー由来のST導入に補助金を出しているため、20年度頃
まで導入拡大が期待される。その後はFCFL向けが中心になるとみられ、
導入台数に応じて事業用STの需要も増えるとみられる。
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水素燃料を利用する主要なアプリケーションとしてFCVに加えてFCバス、
FCFLの導入が開始されており、現段階では限定的ではあるが今後採用が
広がるとみられる。今後新たなアプリケーションの開発が進むことで水素需
要のさらなる拡大が期待される。また水素需要の増加をけん引する技術とし
て注目される水素発電は、18年より水素発電プラントの実証運転が開始さ
れる。そのため、20年度まではFCVなど輸送機器向けの水素需要が主体
となるが、20年度以降は水素発電プラントの運転が本格的に開始されるこ
とで水素発電向けの市 場が急拡大するとみられる。30年度には全体で16
年度比723.0倍の1,446億円が予測される。
水素を燃料とする発電システムで、燃料中に一定割合以上の水素を含み、水
素の利用によって化石燃料の削減を目的とするものを対象とする。神戸エリ
アに設置された水素発電プラントの実証運転が18年より開始され、水素発
電の本格的な運用に向けて準備が進められている。「東京五輪」が開催され
る20年には水素供給と輸送を合わせた大型の実証運転が予定。また水素輸
入の準備も進められており、各社水素化・脱水素化プラントの建設や液体水
素輸送船の建造に着手している。水素関連プロジェクトが積極的に進められ
ている川崎エリアでも0年より水素混 焼発電が開始。今後はCO₂排出量削
減のため事業用大規模発電所で水素発電の利用が拡大するとみられ、30年
度、市場は450億円に達すると予測。資源エネルギー庁は水素発電の本格
的な運用ができるよう計画を進めると発表している。
第4部 ガウェインの追憶-そのⅡ
第14章
「戻られよ、友よ」木立で二人に出会ったとき、わしはそう言った。「ここ
は、そなたら老いた旅人の歩く場所ではない。見よ、良きご婦人が脇腹を押
さえておられるではないか。ここから巨人のケルンまでは、まだ1マイル以
上もある。風雨を避けようにも小さな岩があるばかりで、その背後で頭を下
げ、体を丸めねばならぬ。まだ体力が残っているうちに戻られよ。 山羊は、
わしが引き受けよう。ケルンまで連れていき、つなぎ止めて差し上げる」だ
が、二人ともわしを疑わしげに見て、アクセル殿は山羊を放そうとせぬ。頭
上では木の枝が触れ合って音を立て、ご婦人はオークの根にすわり、池と、
折れて水に浸かった木をながめていた。わしはそっと言った。「奥方にさせ
る旅ではない。川を下り、山を下りればよいものを、なぜ敦えたとおりせぬ
のだ」「この山羊を約束の場所まで連れていかねばなりません,子供だちと
交わした約束です」とアクセル殿は言った,言いながら、わしの顔を妙な目
つきで見ていたと思うのは、こちらの気のせいか。「では、ホレスとわしが
代わりに連れていこう」とわしは言った。「そのくらいのこと、信用して任
せてもらえぬか。わし自身は、この山羊一匹丸呑みしたところで、クエリグ
がどうなるとも思わぬが、あるいは多少動きが 鈍くなって、わしに攻撃上の
利をくれるかもしれぬ。だから、山羊を置き、お二人の足がもつれはじめぬ
うち山を下りられよ」二人はわしから離れ、木立の中に入って、なにやら相
談を始めた。交わされる低い声の形は見えたが、言葉そのものはわからぬ。
アクセル殿が出てきて、「妻を少し休ませたのち、このまま巨人のケルンに
向かいます」と言った。これ以上、何を言っても無駄であろう。わし自身も
先を急がねばならぬ。ウィスタンと噛まれた少年がどこまで来ているか、気
になるが、わからぬ。
第4部
第15章
悪事の被害者のために立派な碑が建てられることがある。生きている人々は、
その碑によって、なされた悪事を記億にとどめつづける,簡単な木の十字架
や石に色を塗っただけの碑もあるし、歴史の裏に隠れたままの碑もあるだろ
う,いずれも太古より連綿と建てられてきた碑の行列の一部だ。巨人のケル
ンもその1つかもしれない。たとえば、大昔、戦で大勢の無垢の若者が殺さ
れ、その悲劇を忘れないようにと建てられたのかもしれない。それ以外に、
この桂のものが建てられる理由をあまり思いつかない。平地でなら、何かの
勝利や王様を記念して建てられることもあるが、これほど人里離れたこれほ
ど高い場所で、なぜ重い石を人の背丈よりも高く積み上げたのか。そこには
どんな理由があったのだろう。重い足を引きずり、山の斜面をとぼとぼと上
りながら、アクセルも同じ疑問を抱いたに違いない。少女の口から巨人のケ
ルンという言葉を聞いたとき、アクセルは、小山のような盛り上の上に何か
がちょこんと載っているところを想像していた。だが、このケルンは目の前
の斜面にいきなり現れた。その存在を予告し、説明するようなものは何もな
かった。それでも山羊は何かを感じたらしい。灰色の空に黒い指のようなケ
ルンが現れたとき、山羊は半狂乱になって暴れた。
「自分の運命を知っておるな」と、鞍にベアトリスを乗せ、馬の轡をとって
導くガウェインが言った。その山羊も、先はどの恐怖などすっかり忘れたよ
うで、いまは斜面に生える草を満足そうに食べている,
「クエリグの霧って、人だけでなく山羊にも悪さをするのかしら」
こう言ったのは、山羊をつないだ紐を両手に持つベアトリスだ。アクセルは
いま山羊から手を放し、紐を巻きつけた杭を地面に打ち込もうとして、石で
しきりに叩いていた,
「さあな、お姫様,だが、神が山羊のことを少しでも哀れむなら、すぐにで
も雌竜を連れてきてくれるだろう。あまり待たされたら、山羊も独りぼっち
で寂しい」
「山羊が先に死んでしまったらどうなるの、アクセル? 竜は死肉も食べる
のかしら」
「さて、雌竜の好みまではわからないな、お姫様。だが、硬そうではあるが、
ここには草もあるし、この山羊もしばらくは生きていけるだろうよ」
「ね、アクセル、騎士さんなら、疲れたわたしたちを手伝ってくださると思
ったけど、あの方、いつもの礼儀正しさを忘れたみたい」
確かに、ケルンに到着してから、ガウェインは妙に口数が少なくなっていた。
「ここがお探しの場所だ」と、ほとんど不機嫌そうな声で告げると、向こう
へ離れていった。いまは二人に背中を向けて、空の雲をながめている。
「ガウェイン卿」と作業の手を止めてアクセルが呼んだ。「この山羊を押さ
えるのを手伝っていただけませんか。妻が疲れてしまって反応がない。聞こ
えなかったのかなと思い、アクセルは頼み事を繰り返そうとした。だが、ガ
ウェインがいきなり振り向いた。その表情があまりにも真剣で、二人はあっ
けにとられて老騎士を見つめた。
「そこまで来ている」と老騎士は言った。「もう追い返せぬ」
「誰がです、ガウェイン卿」とアクセルが尋ねた。老騎士が無言でいるのを
見て、「兵隊ですか」とつづけた。「さっき地平線上に長い行列を見ました
がたが、来るのではなく去っていくようでした」
「お二人の最近の同行者よ。昨日、そなたらと出会ったとき、一緒に旅をし
ていたあの二人だ。いま、下の木立から出てくる。出てきたら、もう止める
ことはできぬ。一瞬は無駄な希望をもった。あの迷惑千万な黒後家の一団か
ら全国行脚の途中で二人ほどこぼれ落ち、ここへ迷い込んだのかと 思った。
だが、曇り空かこの目に仕掛けたいたずらであった。あの二人だ、間違いな
い」
「では、ウィスタン殿も修道院から脱出されたのですか」とアクセルが言っ
た。
「そのとおりだ。いまここへ来る。やはりローブを持っておるが、つないで
いるのは山羊でなく、案内役のサクソンの少年だ」
山羊を押さえるのに四苦八苦しているベアトリスに、ガウェインもようやく
気づいたようだ。断崖の縁から急ぎ足で来て、紐をつかんだ。だが、ベアト
リスも紐を放さず、少しの間、山羊の支配権をめぐって老騎士と争っている
ような具合になった。やがて折り合いがつき、騎士がベアトリスの一、二歩
前に立って、二人でともに紐を握る状態に収まった。
「で、向こうもわたしたちに気づいたのですか、ガウェイン卿」と、アクセ
ルは杭を打つ作業に戻りながら尋れた。
「あの戦士の目は鋭い。いまも、空を背景に山羊と綱引きをしているわしら
二人が見えておると」ガウェインはそう言って、独り笑ったが、その笑い声
には物悲しい響きがあった。「うむ」と言った。「戦士の目には、わしらが
よく見えておるよ」
「では、雌竜を倒すのに手助けをお願いしたらどうかしら」とベアトリスが
言った。
ガウェインは居心地悪そうに二人を交互に見た。そして「アクセル殿はまだ
信じておられるか」と言った。
「信じるとは、何をですか、ガウェイン卿」
「この見捨てられた地に、わしらが同志として集結した、ということを だ」
「もっとわかるように言ってください、騎士殿」ガウェインは、後ろで同じ
紐を握っているベアトリスのことを忘れ、アクセルがひざまずいている場所
まで山羊を引っ張ってきた。
「アクセル殿、わしと貴殿の道は何年も前に分かれた。そうであろう?わし
はアーサー王のもとにとどまり、貴殿は……」ガウェインは背後にベアトリ
スがいることを思い出し、振り返って丁寧に頭を下げた。「ご婦人、この紐
を放して、お休みなされ。山羊は逃がさぬゆえ。ケルンの横にすわったらい
かがか。少しは風よけにもなろう」
「ありがとうございます、ガウェイン様。では、お願いします。わたしたち
には大切な動物ですので」
ベアトリスはケルンに向かって歩いていった。風に逆らい、肩をすぼめるよ
うにして進む。その姿のどこに何を感じたのか、アクセルの心の縁で記憶の
断片がうごめいた。ある強い感情が湧き起こり、慌てて押さえ込みはしたも
のの、それはアクセルを驚かせた。いや、驚愕させたと言ってもいい。なぜ
なら、すぐに駆け寄ってかばってやりたいという圧倒的な思いのかたわらに、
明らかな怒りと恨みの影が見えたからだ。ベアトリスは独りで過ごした長い
夜のことを語った。アクセルの不在に苦しんだと言った。だが、似たような
苦悩の夜なら、アクセル自身、一夜といわず幾夜も知っていたのではなかっ
たか。ベアトリスはケルンの前に立ち止まり、石に謝るように頭を下げた。
それを見ているうち、アクセルの中で記憶と怒りがともに確固たるものにな
っていった。その変化が恐ろしくて、アクセルは視線をそらせた。そして、
同様にベアトリスを見やっているガウェインに気づいた。老騎士は目にやさ
しさを浮かべ、なにやら考えにふけっていたが、ふと表情を引き締め、アク
セルに近寄って耳元に語りかけてきた。絶対にベアトリスには聞こえないよ
うに、という配慮が感じられた。
「貴殿の道のほうが神に近かったと思う者もいような」と言った。「貴殿は、
戦争だの平和だのという大層な議論から離れ、人を神に近づけるあの法から
も離れ、アーサー王さえ思い切って放り捨てて、その身のすべてを……」ガ
ウェインはまたベアトリスを見やった。いま、風を避けるため、積み重ねら
れた石に額を触れるようにして立っている。「よき妻に捧げた。あの方も、
やさしき影のように貴殿とともにある,それを見るにつけ、同じようにすべ
きだったかという思いが湧く。だが、神はわしと貴殿を別の道に導かれた。
わしには義務があった。ハツ! いまさらやつを恐れようか。絶対に恐れぬ
ぞ。わしは貴殿を責めはせぬよ。貴殿の尽力で成立した法は、最後には血の
中で瓦解したが、一時は確固たるものであった。血の中での瓦解か。それを
われらのせいだと責める者かおる……。わしは若さを恐れるか? 敵を倒す
ものは若さだけであろうか。来るなら来い。来るがよい。お忘れか、アクセ
ル殿。わしはあの日、貴殿と会っておる。貴殿は耳に残る子供や赤子の泣き
声のことを語った。わしもそれを聞いたよ、アクセル殿。だが、あれは命を
款う医師の天幕に上がる叫びと同じたぐいのものではないのか。治癒が苦痛
をもたらすこともあろう。わしもまた、この身に従ってくれるやさしい影を
望んだ日々があった。認める。いまでも、影がいることを願って振り返る。
すべての動物も、空を飛ぶ鳥も、やさしい連れ合いを求めるもの。わしにも、
この年月を喜んで捧げてもよいと思った一人二人はいる。いまさらやつを怖
がるものか。わしはトナカイの鼻を持ち、牙を生やした───仮面ではない
ぞ───バイキングと戦ったこともある,さあ、そろそろ山羊をつながれよ。
どれだけ深く杭を打てば気がすむ。つなぐのは山羊なのかライオンなのか」
アクセルに紐を渡し、ガウェインはまた崖に向かった。地面の縁が空と出会
うところまで行って、止まった。アクセルは片膝を草に突き、杭につけた刻
みに紐をしっかり結びつけた。そして、もう一度、妻を見やった。
カズオ・イシグロ 『忘れられた巨人』
この項了
●今夜の技術
中国の通信機器メーカーであるHuaweiが、「世界で最もパワフルな
AIプロセッサ」として初のAI(人工知能)処理用プロセッサ「Ascend
910(昇騰910)」とAI開発フレームワーク「MindSpore」を2019年8月
23日付けで発表。なお、Huaweiは将来的にオープンソースの命令セ
ットアーキテクチャ(ISA)であるRISC-Vを採用する可能性を示唆し
ていて、その背景にはアメリカとの関係悪化による禁輸措置がある
と報じられている。尚、Ascend 910の最大消費電力は事前に予定さ
れていた350Wより低い310W。また、半精度浮動小数点(FP16)処理で
256テラFLOPSを記録し、8ビット整数(INT8)での積和演算では512テ
ラOPS、つまり1秒につき512兆回の処理を達成したという。
●いずれにしてもたくさんありすぎて、わたしの情報処理能力はキ
ャパオーバー状態。ここはクールダウン。