誰か知ろう、百尺下の水の心を。水のふかさを。
吉川 英治著 『宮本武蔵』
『デジタルアース工学立国』(2015.06.15)で、「いまこそ地震予知工学の確立予知」で「いまの
解析データは2次元(平面)解析データでこれに鉛直軸の3次元(立体)データで、さらに、リア
ルタイムに3次元解析データで日本列島周辺を網羅できれば高確度の解析が可能だ。そのためには
スーパーコンピュータシステムが不可欠だ。また、これらの新規考案には海底の変動解析が出来て
いないが、海底電子基準点にアンカーを打ち込み何らかの形で、観測衛星に位置変動データを送る
事が出来れば飛躍的に予知能力は高まる。(1)その上で、防災情報を編集し利用できる。(2)
さらに、予知能力が高まれば、予備災害処置システムの開発段階に入ることができ、映画『ザ・コ
ア』のようなことに成功するかもしれない。そうすれば、米国でのイエローストーンでの隆起メカ
ニズムとその将来予測とその予備災害処置が実現し、世界的激震火山災害を回避できるかもしれな
い。そのように考えれば、年間数十億円程度の空間情報地震予知工学への投資は微々たるものであ
ろう。頑張ろう、ニッポン!と掲載した。そこで、村井俊治著『地震は必ず予測できる』(電子ブ
ック版)を手にする余裕ができたので、読み進めることでその可能性を探る。
目次
序 章 なぜあのと序き「予測」を公表できなかったのか―3・11への悔恨
第1章 3・11前から観測されていた前兆現象
第2章 日本列島はどこもかしこもゆがんでいる
第3章 「予知」は無理でも「予測」はできる
おわりに
第1章 3・11前から観測されていた前兆現象
まずは特許取得を急ごう
この十勝沖地震の前兆現象をキャッチしたことに、私は大いなる興奮を覚えた,この方法は
正しい,いままでの地震学ではでき得なかった新しい地震予測を、測量工学が可能にすると確
信したのだ。
衛星測位システムによる地震予測を始めるにあたり、荒木さんとはさまざまなことを話し白
ったが、結論として「特許取得」を急がねばということに意見が一致した。
GPSを開発したのはアメリカ人である。前述したように、GPSはアメリカ軍がつくった
衛星測位の名で、最近はロシアのGLONASSや日本の準天頂衛星システムなどが加わり、
総称としてGNSSと呼ばれている。これらの50近い人工衛星を用いた測定によって、いま
ではその誤差は5ミリ程度まで小さくなっている。
当時はここまでGPSの技術は進化していなかった。しかし、GPSを開発したアメリカ人
は、いずれGPS技術で地震予測が可能であることに気づくに違いない。そして、気づけば必
ず特許を取ってしまうに迫いない。
そんなことになれば、世界有数の地震国である日本が後追いになり、アメリカが開発した地
震予測の特許を買う羽目にもなりかねない。それは本末転倒だろう。何としてでも、アメリカ
が特許権を主張する前に、我々が発見した方法の特許を出願せねば、ということになったので
ある,
とはいえ、私たちは定年退職組で、二人とも弟子も部下もいない身だ。もちろん研究費もゼ
ロという貧乏所帯。特許出願のための書類を弁理士に頼めばトータルで50万円はかかってし
まう。とてもそんな費用はない。お金をかけず、すべて自分たちでコツコツと手づくりしてい
かなければならなかった。
そこで私がまったくの素人ながら、特許出願の文書を書くことにしたのだ。慣れない文書作
成に苫労したものの、何とか完成させ、2003(平成15)年、私たちは「地震・噴火予知
方法]という名称の特許を出願した。ところが特許庁の反応は芳しいものではなかった。
全国の電予基準点のデータは、国上地理院が管轄している,それを使っての方法の特許なの
で、荒木さんと国土地理院に挨拶にも行ったのだが、いろいろと反論を挙げられ、やはり反応
は厳しいものだった。我々の特許が国土地理院の業務の妨げにならないかという不安材料もあ
ったようである。
それをくみ取って、私は、もし特許が認可されたときは、場合によっては国土地理院に特許
の使用権を譲ってもいいと譲歩した,アメリカに先を越されるくらいなら、使用権がどこにあ
ろうと日本にあることのほうが重要だと判断したからである。
しかし、そこまで譲歩しても、全体的には迷惑顔で、とくに地震関係者の態度は冷ややかで
あった。そして、特許庁から一度目の拒絶が来た。
変人扱いされた10年間
十勝沖地震の前兆現象である異常変動をキャッチした達成感もつかの問、特許出願が空振り
に終わり、私と荒木さんは落胆した。しかし、まだ挑戦は始まったばかりである。一度くらい
の拒絶でへこたれるわけにはいかない。
そこで、まずは測ほ関係者への理解を深めようと、我々は連名で、日本測賦協会の機関誌「
測量」(2003年6月号)に「衛星測位システムを用いた地震・火山噴火予知」と題したテ
クニカルレポートを投稿した。こちらの反応も空振りであった。それにもめげず、荒木さんは
日本写真測量学会の学術講演会で、地震発生の検証に関する発表を次々に行い、私もそれをサ
ポートした。
このころには我々二人は、周囲から実りのないことを追求する、ヒマ人、変人といった目で
見られるようになっていた。「変な老人が趣味の発表をしている。ほらまたあの二人だよ」と
いう周囲の脱線はいっこうに気にならなかった。自分の発見や発想が正しいと思い、信念を持
っている学者の面の皮は意外と厚いものだ。
もちろん、特許出願もあきらめずに続けていた。1回、2回、3回と意見書を出したが、す
べて拒絶が来た。
その拒絶理由の一つは、我々が地震の前兆として発見したGPSを使って 計算した三角形
面積の変動率が大きく動くという反転現象について、「地球物理学で有名な学者の本に、地震
の前に井戸水が一度隆起して次に沈降する反転現象がすでに書かれている」と いうものだっ
た。
我々はその理解の浅さに閉口しながらも、根気よく説得した。「我々の方法は、井戸水のよ
うな一次元的な現象ではなく、三次元の座標軸で行うもので、測量知識を使ったまったく新し
い方法なのだ」と説明し、この拒絶はクリアした。
しかし特許庁の拒絶は続いた。先方の拒絶はもはや難癖に近いものだった。二度目など「三
角網を使った地震予測など誰でも考えられる」という横柄なものであった。このときも私は感
情的にならず、我々の使う三角網は一般の測量で使う三角網とは違い、電子基準点がつくるす
べての組み合わせの三角網で、なおかつ地球中心座標のXY、XZ、YZの投影面から解析す
るもので、これまでの発想とは異なるのだと主張した。
だが、何度拒絶を論破しクリアしても、届くのは拒絶の知らせである。さすがに心ない三度
目の拒絶が来たときは、私はもう駄目かもしれない、認可は永遠に下りないかもしれないとい
う敗北感に満たされた。おそらく地震の専門家が審査員なのであろう。それは大いに予想でき
た。彼らにできないことを別分野の私たちがやろうとしているのだから、面白いわけがない。
私は地震学者と張り合うつもりはまったくなかったが、このときばかりはその料簡の狭さに
ため息が出た。
地震予測、初の特許取得
これが最後かという思いで、私たちは2006(平成18)年1月に四度目の申請を出した。
この際、私は荒木さんに、特許は認可されなくなるかもしれないが、意見哺正書に私の思いを
書かせてほしいと頼んだ。たとえ拒絶されるにせよ、このままでは気持ちの整理がつかなかっ
たからだ。荒木さんは、私の申し出を快く了承してくれた,
私は特許庁に宛てた意見補正書に、我々の発明が従来の地震予測と違い、いかに画期的で独
創的なものであるかを述べ、科学の進歩のために、些細な欠点を挙げて新しい手法をつぶすの
ではなく、もっと大局的に判断してほしいと率直に訴えた。玄人の弁理士ならこんな文書は書
かない。審査官に反旗を翻すことなどご法度で、ひたすら下手に出る表現を使うはずである。
私の場合は、いってみれば審査官に「難癖をつけて新しい方法をつぶすな」と放言したような
ものだ。しかし、言いたいことは言った。これが最後っ屁になったとしても、それは仕方ない,
それから1ヵ月後に特許庁から文書が届いた。封筒を開けるのが嫌だった。拒絶に違いない
と思ったからだ。だが、開けてみて驚愕した。「本発明に拒絶する内容は見当たらない」という特許
を認定する文章が書かれていたのである。 それを聞いた荒木さんから「おめでとう」の電話
が来た。ほとんど絶望的だと思っていただけに、喜びはひとしおであった。日本の政府機関で
ある特許庁が、我々の電子基準点データによる地震予測をはじめて認めてくれた瞬間だった。
さらに予測の正しさを確信
しかし、特許は取ったものの、誰も見向きもしないという状況は、さほど変わらなかった。
もう少し世間が注目してくれるかと期待していたのだが、どうやらそれは甘い考えだったらし
い。このままでは社会貢献もできぬまま、宝の持ち腐れになってしまう。
そこで私は、ある電力関連の会社の幹部になっていたかつての教え子に、この特許を使わな
いかと打診してみた。彼も、かつての師の頼みとあっては無下に断れなかったのだろう。「い
ままで誰も実証していない地震予測の方法なのでまずはこの特許が信頼できるものかどうか検
証研究をするということでどうか」と、消極的ながら私たちの特許の後押しをしてくれること
になったのである。電力会社は、発電所を立地する際に、活断層の有無などを調べ、地震に備
える必要があるので、現実的な興味を持ってもらえたのだと思う。どう特許を生かそうかと考
えあぐねていた我々にとって、有難い取り計らいであった,再び活力を取り戻した私は、この
電力会社と共同して、2007(平成19)年から三年間、特許の方法でいろいろな検証研究
を行った。
この検証研究では、2000年から2007年までの8年間に日本、及び日本近海で起きた
マグェチュード6以上の地震を精査した。その数はじつに162回、1年当たりマグュチュー
ド6以上の地震が平均20回以上起きていて、あらためて日本は地震大国であることを思い知
らされた。そして、私たちの特許方法で調べたところ、なんとそのすべてに異常変動を示す前
兆現象が見られたのだ。
我々の地震予測の方法は問違っていなかった。その確信は深まったが、問題点もあった。前
兆が見られてから実際の地震が起こるまでの時間はバラづフで、およそ2週間から3ヵ月の幅
があった。当初我々が目標にしていた「1ヵ月以内に 確実に地震を予測する」ことは、まだで
きなかった。それでも、これだけ前兆現象がはっきりと読み取れる方法は、従来にはなかった。
前兆現象が 現れた時点から、遅くとも3ヵ月以内にかなりの瞭率でマグニチュード6以上の
地震が来るということが検証できたのである。従来とは比べものにならない、精度の高い地震
予測が可能になると私はあらためて確信した。
他人は、偉業をなすひとを、しばしば「奇人」「変人」と呼び疎んじるもの。「波にまかせて、
泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は踊る。誰か知ろう、百尺下の水の心を。水のふかさを。」である。
さて、次回は東日本大震災の体験が語られる。
この項つづく
● 再生可能エネルギー百パーセント立国:デンマーク
ヨーロッパ北端にある小国デンマークは、気候変動に対抗するため、世界でもっとも野心的な政策
を推進している。2050年までにあらゆる形態の化石燃料の燃焼をやめることを目指しており、これ
は、ほかのいくつかの国がやろうとしているような電力生産だけではなく、輸送でも適用されると
いう。昨夜、「国際報道2015」では、ドイツでのG7サミットで、地球温暖化対策として世界
経済の「脱炭素化」を進めることが合意され、各国で再生可能エネルギーへの投資が増える中、風
力での発電が40%を占めているのが北欧のデンマーク。地域の事情に合わせて再生可能エネルギ
ーを活用する手法は、日本の自治体も強い関心を寄せており、デンマークから何を学ぶのか最新事
情を放送していた。そこでのキーワードは“小規模分散型”。
2050年までに化石燃料を一切使わない『脱炭素社会』を実現し、再生可能エネルギーですべてをま
かなおうとしている。キーワードは『小規模分散型』。デンマークは現在、電力の4割を風力でま
かなう“風の牧場”と呼ばれるユトランド半島には、風力発電機が並ぶ。かつて、エネルギーの9
割以上を輸入に頼っていたデンマーク。「脱石油」へと舵をきったきっかけは、1970年代のオイル
ショック。そのデンマークが今、進めているのが「小規模分散型」のエネルギー政策。巨大な風力
発電機だけでなく各地に小規模なエネルギー施設を作ろうという。その数は6百ヵか所に及ぶ。
特に、その中核に広さ2千平方メートルの太陽熱パネルで温水をつくり、1千3百世帯に暖房と給
湯のための温水を供給各家庭に分配し管理するが、太陽などのエネルギーは気象に大きく左右され、
冬場はエネルギー不足となる。それを補うために木質バイオマスボイラーで暖房・給湯に利用する。
各家庭には、暖房の使用量が一目で分かるメーターが設置さる。住民一人一人がエネルギーを使い
すぎないよう注意を払っているという。
こうしたデンマークの取り組みに、日本の自治体も強い関心を寄せ、先週、都内で開かれたセミナ
ーで、「小規模分散型」のエネルギー施設の専門家が講演。全国の自治体や企業の担当者、120
人が参加。
北海道の下川町では、10年前から、木くずを燃やして温水をつくり、公共の施設に限って暖房や
給湯に利用。町は今、町内のすべての工場や住宅に温水を供給する計画を立案。しかし、懸念して
いるのはコストの問題。計画中の施設は、運営費に年間2億円余りかかるという。視察をした専門
家は、技術的な改善点を指摘。配管に送り込むお湯の温度を80℃から70℃に下げることで、コ
ストを大幅に減らすことができる低減していた。
ざっと、録画しておいたビデオ見て、先進国において日本は「再エネ後進国」とも呼べる情況だが
デンマークのような先進例があり、日本にはそれに加え水力発電や二酸化炭素回収型火力発電もあ
り、それを実現する技術・カネを考えれば容易にトップランナー躍り出ることも可能だ。という確
信を深めることができた。これは実に面白しろい。
※ 給湯配管にベンダブルなポリプロピレン配管(耐熱100~120℃)など使うと加工しやすく安く
てメンテナンスフリーになるのではないかと思える。
日本の銀杏をイメージしたスマートフォーン&タブレット用ソーラーチャージャーステーション。