巧をもって力を闘わすものは、陽に始まり常に陰に卒(おわ)る
「人間世」(じんかんせい)
※ ことばを飾ろうと思うな:楚の大夫葉公子高(しょうこうしこう)が、
孔子に教えを請う件。「国と国とが交わる場合、隣国どうしであれば直
接に意志を通じることができます。しかし、遠隔の国が相手では、たが
いに使者を介在させ、ことばによって意志を伝えねばなりません。使者
にとって、両者とも好都合なことば、あるいは逆に、両者ともに不都合
なことばを伝えるほど雑かしい役目はありません。 両者ともに好都合
な、あるいは両者ともに不都合なことばは、とかく朧をまじえ、真実を
ゆがめがちです。真実に反することばは紛争のもとです。紛争がおこれ
ば、使者は死を免れません。格言にも『使者は真実を巡ぶもの。使者の
誇張は禍いのもと』とあるではありませんか。身近な例をあげますと、
愉快に始めた技くらべも、いつしかむきになり、ついには勝つために手
段をえらばなくなって、まずい結果に終りがちです」と答える。
● 世界初「浮遊球体ドローンディスプレイ」
今月17日、株式会社NTTドコモは、無人航空機(以下ドローン)を活用した新たなビジネスの創
出に向けて、全方位に映像を表示しながら飛行することができる「浮遊球体ドローンディスプレイ」
を世界で初めて開発。この「浮遊球体ドローンディスプレイ」は、環状のフレームにLEDを並べた
LEDフレームの内部にドローンを備え、LEDフレームを高速に回転させながら飛行、回転するLED
の光の残像でできた球体ディスプレイを、内部のドローンで任意の場所に動かして見せることがで
きる。これにより、コンサートやライブ会場において、空中で動き回る球体ディスプレイによるダ
イナミックな演出や、会場を飛び回り広告を提示するアドバルーンのような広告媒体としての活用
が可能となると説明している。
☑ 任意の空間で360度どこからでも見える広告展開が可能に
なお、「浮遊球体ドローンディスプレイ」は、今月29日(土)から幕張メッセで開催される「ニ
コニコ超会議」の「NTT ULTRA FUTURE MUSEUM 2017」に出展し、会場内でのデモ飛行を予定し
ている。
● 住宅用宅配ポスト/宅配ボックス
パナソニック株式会社 エコソリューションズ社は、福井県あわら市の進める「働く世帯応援プロジ
ェクト」に参画し、あわら市在住の共働き世帯を対象とした「宅配ボックス実証実験」を2016年11月
より開始。12月の実証実験をまとめた中間報告では、宅配ボックス設置により再配達率が49%から
8%に減少。それにより、約65.8時間の労働時間の削減、約137.5kgの二酸化炭素削減。4月
の最終結果発表時には、再配達率約8%前後(約20回に1回の割合)、再配達削減回数700回以
上削減できると予想しているという。
☑ 宅配ポスト コンボ-F(エフ)2017年6月1日受注開始
郵便物と宅配物が1台で受け取れる、宅配ボックス&ポスト。素材感を生かした直線的なデザインが
魅力のコンボ-F(エフ)は、上段は郵便物、下段が宅配物と個別で受け取れる一台二役の宅配ポス
トで、壁埋め込み・ポール取り付けに対応する。
☑ 宅配ポスト コンボ-int(イント)2017年6月1日受注開始
室内で郵便物や宅配物が取り出せ、住宅壁埋め込み専用の宅配ポスト。コンボ-int(イント)(住
宅壁埋め込み専用)は、宅配ボックスとサインポストの2つの機能を、住宅壁にスッキリ納める。
外から郵便物や宅配物などの投函物を受けて室内で取り出すことができる。
宅配物測定装置1は、宅配物70を出し入れ自在に収容する内部空間11を有するボックス2と、
ボックス2内に取り付けられる発光部5と、発光部5の発光を制御する制御部6と、ボックス2内
に取り付けられ発光部5からの光を受ける受光部4と、を備える。受光部4は、下面部211また
は第1側面部に設けられ、第1入隅部31の長さ方向と平行な方向に並ぶ複数の受光素子40を有
する第1受光列41を有する。受光部4は、下面部211または第2側面部に設けられ、第2入隅
部32の長さ方向と平行な方向に並ぶ複数の受光素子40を有する第2受光列42を有する。受光
部4は、第1側面部または第2側面部に設けられ、第3入隅部33の長さ方向と平行な方向に複数
の受光素子40を有する第3受光列43を有することで、ボックスをコンパクトにすることができ
る、宅配物測定装置を提供する。
☈ 特開2017-063961 収納ボックスの設置構造 パナソニックIPマネジメント株式会社
☈ 特開2017-062765 在不在予測方法および在不在予測装置 パナソニック インテレクチュアル プロ
パティ コーポレーション オブ アメリカ
☈ 特開2017-054426 宅配物測定装置 パナソニックIPマネジメント株式会社
☈ 特開2017-049638 判定方法およびそれを利用した判定装置 パナソニックIP マネジメント株式
会社
☈ 特開2017-046629 鮮度保持方法、鮮度保持装置、収納庫、及び、陳列装置 パナソニックIPマネ
ジメント株式会社宅配物測定装置 パナソニックIPマネジメント株式会社
15.これはただの始まりに過ぎない
我々は午後一時十五分過ぎに林の中の現場に戻った。人々は昼食を終え、既に工事を本格的に
再開していた。二人の作業員が金属の模のようなものを石の隙間に差し込み、ショベルカーがロ
ープを使ってそれを引いて石を起こしていた。そのようにして掘り起こされた石に作業員がロー
プをかけ、それをまたショベルカーが引っ張り上げた。時間はかかったものの、石はひとつひと
つ着実に掘り起こされ、脇にどかされていった。
免色は監督と二人でしばらく熱心に話し合っていたが、やがて私の立っているところに戻って
きた。
「敷石は予想したとおり、それほど厚いものではありませんでした。うまく取り除けそうです」
と彼は私に説明した。「石の下にはどうやら格子状の蓋がはまっているみたいです。材質までは
わかりませんが、その蓋が敷石を支えていたようです。上に敷かれた石をすっかりどかしてから
その格子をはずさなく てはなりません。うまくはずせるかどうか、それはまだわかりません。
その格子の蓋の下がどのようになっているかもまったく予測がつきません。石をどかすのにまだ
少し時間がかかりますし、ある程度作業が連んだら連絡をするので、家で待っていてほしいとい
うことです。もしよるしければそうしましょう。ここにじっと立っていても仕方ない」
我々は歩いて家に戻った。そこで空いた時間を利用して、肖像画制作の続きにとりかかっても
よかったのだが、画作に意識を集中することはできそうになかった。雑木林の中で人々がおこな
っている作業のせいで、神経が高ぶっていたからだ。崩れた古い石の塚の下から出てきたニメー
トル四方ほどの石床。その下にある頑丈な格子の蓋。そしてその更に下にあるらしい空間。私は
それらのイメージを頭から消し去ることができなかった。たしかに免色の言ったとおりだ。まず
この案件を片付けてしまわないことには、何ごとによらず先に進められそうにない。
Cezanne
待っているあいだ音楽を聴いてかまわないか、と免色は尋ねた。もちろん、と私は言った。好
きなレコードをかけてくれてかまわない。そのあいだ私は台所で料理の仕込みをしているから。
彼はモーツァルトのレコードを選んでかけた。「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」。タン
ノイのオートグラフは派手なところはないが、深みのある安定した音を出した。クラシック音楽、
とくに室内楽曲をレコード盤で聴くには格好のスピーカーだ。古いスピーカーだけに、とくに真
空管アンプとの相性が良い。演奏はピアノがジョージ・セル、ヴァイオリンはラファエル・ドウ
ルイアン。免色はソファに座り、目を閉じて音楽の流れに身を任せていた。私はその音楽を少し
離れたところで聴きながら、トマトソースを作った。まとめて買ったトマトが余っていたので、
悪くならないうちにソースにしておきたかった。
大きな鍋に湯を彿かし、トマトを湯煎して皮を剥き、包丁で切って種を取り、それを潰して、
大きな鉄のフライパンで、ニンニクを入れて炒めたオリーブオイルを使って、時間をかけて煮込
む。こまめにアクを取る。結婚していたときも、よくそうやってソースを作ったものだった。手
間と時間はかかるが、原理的には単純な作業だ。妻が仕事に出ているあいだに、台所に一人で立
って、CDの音楽を聴きながらつくった。私白身は古い時代のジャズを聴きながら料理をするの
が好きだった。よくセロニアス・モンクの音楽を聴いたものだ。『モンクス・ミュージツク』が
私のいちぱん好きなモンクのアルバムだ。コールマン・ホーキンズとジョン・コルトレーンが参
加して、素敵なソロを聴かせる。でもモーツァルトの室内楽を聴きながらソースをつくるのもな
かなか悪くなかった。
Thelonious Sphere Monk
セロニアス・モンクのあの独特の不思議なメロディーと和音を聴きながら、昼下がりにトマト
ソースをつくっていたのは、ほんの少し前のことなのだが(妻との生活を解消してからまだ半年
しか経っていない)、なんだかずいぷん音に起こった出来事のように思えた。一世代前に起こっ
た、一握りの人しかもう記憶していないささやかな歴史的エピソードのように。妻は今ごろいっ
たい何をしているのだろう、と私はふと考えた。ほかの男と生活を共にしているのだろうか?
それともまだあの広尾のマンションで一人で暮らしているのだろうか? いずれにしてもこの時
刻は建築事務所で仕事をしているはずだ。彼女にとって、私の存在したかつての人生と、私の存
在しない今の人生とのあいだにはどれはどの違いがあるのだろう? そして彼女はその違いにつ
いてどんな感興を抱いているのだろう? 私は考えるともなく、そういうことを考えていた。彼
女もまた私と暮らしていた日々のことを「なんだかずいぷん昔に起こった出来事」として受けと
めているのだろうか?
レコードが終わり、ぶちぶちと音を立てていたので居間に行ってみると、免色はソファの上で
腕組みをし、身を僅かに傾けて眠り込んでいた。私は回転し続けているレコード盤から針を上げ、
ターンテーブルを止めた。規則的な針音が止んでも、まだ免色は眠り込んでいた。よほど疲れて
いたのだろう。微かな寝息まで聞こえた。私は彼をそのままにしておいた。台所に戻り、フライ
パンのガスを止め、冷たい水を大きなグラスに一杯飲んだ。それからまだ時間が余ったので、玉
葱炒めにとりかかった。
電話がかかってきたとき、免色は既に目覚めていた。復は洗面所に行って石鹸で顔を洗い、う
がいをしているところだった。現場監督からかかってきた電話だったので、私は受話器を免色に
まわした。復は短く話をし、すぐにそちらに行くと言った。そして私に電話を返した。
「作業がだいたい終わったそうです」と復は言った。
外に出ると雨はもう止んでいた。空はまだ雲に覆われていたが、あたりは少し明るさを増して
いた。天候は徐々に回復に向かっているようだった。我々は足早に階段を上り、雑木林を抜けた。
祠の裏では四人の男たちが穴を囲むように立って、下を見下ろしていた。ショベルカーのエンジ
ンは切られ、勤くものもなく、林の中は奇妙なほどしんと静まり返っていた。
敷石はそっくり取り除かれ、そのあとに穴が口を開けていた。四角い格子の蓋も取り外され、
脇に置かれていた。厚みのある重そうな木製の蓋だ。古びてはいるか、腐ってはいない。そして
そのあとには円形の石室らしきものが見えた。その直径はニメートル足らず、深さはニメートル
半ほどだ。まわりを石壁で囲まれていた。底はどうやら土だけのようだ。草▽不生えてはいない。
石室の中は空っぽだった。助けを求めている人心いなければ、ビーフジャーキーのようなミイラ
の姿もなかった。ただ鈴のようなものがひとつ、底にぽつんと置かれている。それは鈴というよ
りは、小さなシンバルをいくつか重ねた古代の楽器のように見えた。長さ十五センチほどの木製
の柄がついている。監督はそれを小型の投光器で上から照らした。
「中にあったのはこれだけですか?」と免色は監督に尋ねた。
「ええ、これだけです」と監督は言った。「言われたとおり、石と蓋をどかせたままの状態にし
てあります。何ひとついじってはいません」
「不思議だ」、免色は独り言のようにそう言った。「しかし、本当にこれ以外に何心なかったん
ですね?」
「蓋を持ち上げて、すぐにそちらに電話をしました。中に降りて心いません。これがまったく開
けたままの姿です」と監督は答えた。
「もちろん」と免色は乾いた声で言った。
「あるいは心と心とは井戸だったのか心しれません」と監督は言った。「それを埋めて、このよ
うな穴にしたみたいに見えます。でも井戸にしてはいささか口径が大きすぎますし、まわりの石
壁もずいぷん緻密につくられています。こしらえるのはかなり天変だったはずです。まあ、なに
か大事な目的があればこそ、こうして手間暇かけて造ったのでしょうが」
「中に降りてみてもかまいませんか」と免色は監督に言った。
監督は少し迷った。それからむずかしい顔をして言った。「そうですね、まず私が降りてみま
しょう。何かあるとまずいですから。それでもし何もなければ、そのあとで免色さんが降りてみ
てください。それでよろしいですか?」
「もちろん」と免色は言った。「そうしてください」
作業員がトラックから金属製の折りたたみ式梯子を持ってきて、それを広げて下に降ろした。
監督はヘルメットをかぷり、その梯子をつたってニメートル半ほど下にある土の床に降りた。そ
してしばらくあたりを見回していた。まず上を見上げ、それから懐中電灯を使ってまわりの石壁
と足元を細かく確かめた。地面に置かれた鈴のようなものを注意深く観察していた。しかしそれ
には手を触れなかった。観察しただけだ。それから作業靴の底で地面を何度かこすりつけた。と
んとんと腫を打ちつけた。何度か深呼吸をし、匂いを嗅いだ。彼が穴の中にいたのは全部で五分
か六分か、そんなものだった。それからゆっくりと梯子を登って地上に出てきた。
「危険はないようです。空気もまともだし、変な虫みたいなのもいません。足場もしっかりして
います。降りてかまいませんよ」と彼は言った。
Flanne
免色は動きやすいように防水コートを脱ぎ、フランネルのシャツとチノパンツというかっこう
になり、懐中電灯をストラップで首からつるし、金属の梯子を下りていった。我々はその姿を上
から無言で眺めていた。監督は投光器の光で免色の足下を照らしていた。免色は穴の底に立ち、
そこで様子をうかがうようにしばらくじっとしていたが、やがて周りの石壁を于で触り、屈み込
んで地面の感触を確かめた。そして地面に置かれた鈴のようなものを手に取り、手にした懐中電
灯の明かりでそれをしげしげと眺めた。それから小さく何度か振った。彼がそれを振ると、紛れ
もないあの「鈴の音」がした。間違いない。誰かが真夜中にここでそれを鳴らしていたのだ。し
かしその誰かはもうここにはいない。鈴があとに残されているだけだ。免色はその鈴を見ながら
何度か首を振った。不思議だ、というように。それから彼はもうコ皮、まわりの壁を綿密に調べ
た。どこかに秘密の出入り目があるのではないかと。しかしそれらしきものは何も見つからなか
った。そして上を向いて地上にいる我々を見た。彼は途方に暮れているように見えた。
彼は梯子に足をかけ、于を伸ばしてその鈴のようなものを私に向けて差し出した。私は身を屈
めてそれを受け取った。古びた木製の柄には冷たい湿気がじっとり染みこんでいた。私はそれを、
免色がそうしたのと同じように軽く振ってみた。思いのほか大きな鮮やかな音がした。何ででき
ているのかはしらないが、その金属部分はまったく損なわれていなかった。汚れてはいるか錆び
てはいない。長い歳月にわたって湿った土中に置かれていたにもかかわらず、どうして錆びなか
ったのか、そのわけがわからなかった。
「それは何ですか、いったい?」と監督が私に尋ねた。彼は四十代半ば、がっしりとした体格の
小男だった。日焼けして、うっすらと無精髭をはやしていた。
「さあ、なんでしょう。昔の仏具のようにも見えます」と私は言った。「いずれにせよ、かなり
古い時代のもののようです」
「それがお探しのものだったんですか?」と彼は尋ねた。
私は首を振った。「いや、我々が予期していたのはちょっと違うものです」
「それにしてもなんだか不思議な場所だ」と監督は言った。「うまく目では言えないが、この穴
にはどことなく謎めいた雰囲気があります。いったい誰が何のために、こんなものをつくったん
でしょうね。昔のことだろうし、これだけの石を山の上まで運んできて積み上げるには、相当な
労力を要したはずです」
私は何も言わなかった。
やがて免色が穴から上がってきた。そして監督を脇に呼んで、二人で長いあいだ何ごとかを話
しあっていた。そのあいだ私は鈴を手に穴の脇に立っていた。その石室に降りてみようかとも思
ったが、思い直してやめた。雨田政彦ではないが、余計なことはできるだけしない方がいいかも
しれない。そっとしておけるものは、そっとしておくのが賢明かもしれない。私は手にしていた
その鈴をとりあえず祠の前に置いた。そしてズボンで手のひらを何度か拭った。
免色がやってきて、私に言った。
「あの石室全体を詳しく調べてもらいます。一見したところただの穴のようにしか見えませんが、
念には念を入れて隅々まで点検してもらいます。何か発見があるかもしれない。たぶん何もない
とは思いますが」と免色は言って、私が祠の前に置いた鈴を見た。「しかしこの鈴しかあとに残
されていないというのは奇妙ですね。誰かがあの中にいて、真夜中に鈴を鳴らしていたはずなの
に」
「鈴がひとりで勝手に鳴っていたのかもしれませんよ」と私は言ってみた。
免色は微笑んだ。「なかなか面白い仮説だが、私はそうは思いません。誰かがあの穴の底から、
なんらかの意志をもってメッセージを送っていたのです。あなたに向かって。あるいは我々に向
かって。あるいは不特定多数の人に向かって。でもその誰かはまるで煙のように消えてしまった。
あるいはあそこから抜け出してしまった」
「抜け出した?」
「するりと、我々の目をかいくぐって」
彼の言っていることは私にはよく理解できなかった。
「魂というのは、目には見えないものですから」と免色は言った。
「あなたはそういう魂の存在を信じるのですか?」
「あなたは信じますか?」
私はうまく答えられなかった。
免色は言った。「魂の実在をあえて信じる必要はないという説を私は信じています。でも逆に
言えばそれは、魂の実在を信じない必要もないという説を信じることにもな力ます。いささか持
って回った物言いになりますが、言わんとすることはおわかりいただけますか」
「漠然と」と私は言った。
免色は祠の前に私が置いた鈴を手に取った。そして何度かそれを宙で振って鳴らした。「これ
を鳴らし、念仏を唱えながら、あの地中でおそらく一人の憎が息を引き取っていったのでしょう。
埋められた井戸の底で、重い蓋をされた真っ暗な空間の中でとても孤独に。そしてまたおそらく
は秘京表に。どんな憎だったか、私にはわかりません。偉いお坊さんだったのか、あるいはただ
の狂信者だったのか。いずれにせよ誰かがその上に石の塚を築いた。そのあとにどのような経過
があったのかはわかりませんが、彼がここで人定を遂げたことはなぜか人々にすっかり忘れられ
てしまったようです。そしてあるとき大きな地震かおり、塚は崩れてただの石の山になってしま
った。小田原近辺は場所によっては、一九二三年の関東大震災でかなりひどくやられましたから、
あるいはそのときのことかもしれません。そしてすべては忘却の中に呑み込まれてしまった」
「もしそうだとしたら、その即身仏は―つまりミイラは―いったいどこに消えたのでしょう?」
免色は首を振った。「わかりません。ひょっとして、どこかの段階で誰かが穴を掘り返し、持
ち出したのかもしれない」
「そのためにはこれだけの石をすべてどかせて、それをまた積み上げる必要があります」と私は
言った。「そしていったい誰が、昨日の真夜中にこの鈴を振っていたのですか?」
免色はまた首を振った。それから小さく微笑んだ。「やれやれ、これだけの機器を持ち出して
重い石の山をどかし、石室を開いて、その結果判明したのは、我々には結局何ひとつわからなか
ったという事実だけのようです。辛うじて手に入ったのはこの古い鈴ひとつだけだ」
どれだけ細かく調べても、その石室には何の仕掛けもないことが判明した。それは古い石壁で
まわりを囲まれた、深さニメートル八十センチ、直径一メートル八十センチほどのただの円形の
穴だった(彼らはその寸法を正式に計測した)。ショベルカーはトラックの荷台に積まれ、作業
具たちは様々な道具や工具をまとめて引き上げていった。あとには聞かれた穴と金属製の梯子だ
けが残った。現場監督がその梯子を厚意で残していってくれたのだ。人が誤って穴に落ちないよ
うに、厚板が錫杖か穴の上にわたされた。強い風で飛んだりしないように、板の上には重しとし
ていくつかの石が置かれた。元あった木製の格子の蓋は重すぎて持ち上げられず、近くの地面に
置きっぱなしにされ、その上にビニールシートがかけられていた。
免色は最後に監督に向かって、この作業については誰にも口外しないでもらいたいと頼んだ。
考古学的に意味があるものなので、しかるべき発表の時期が来るまでしばらく世間には秘密にし
ておきたいのだと彼は言った。
「承知しました。これはここだけのことにしておきます。みんなにも余計なことは言わなに、し
っかり釘を刺しておきます」と監督は真剣な顔で言った。
人々と重機が去って、いつもの山の沈黙がそのあとを埋めると、掘り返された場所はまるで大
きな外科手術を受けたあとの皮膚のように、うらぷれて痛々しく見えた。隆盛を誇ったススキの
茂みは完膚無きまでに踏みつぶされ、暗く温った地面にはキャタピラの轍が縫い跡となって残っ
ていた。雨はもう完全に上がっていたが、空は相変わらず切れ目のない単調な灰色の雲に覆われ
ていた。
新たに別の地面に積み上げられた石の山を見ながら、こんなことをしなければよかったんだと
いう思いを私は持たないわけにはいかなかった。あのままの形にしておくべきだったんだ、と。
しかしその一方で、そうしなければならなかったというのも、また間違いのない事実だった。私
はあの夜中のわけのわからない音を、いつまでも聞き続けるわけにはいかなかっただろうから。
とはいえ、もし免色という人物に出会わなかったなら、あの穴を掘り起こす手だては私にはなか
ったはずだ。彼が業者を手配したからこそ、そして彼がその費用――どれはどの額になるのか見
当もつかないが――を負担したからこそ、これだけの作業が可能になったのだ。
しかし私がこうして免色という人物と知り合いになり、その結果こんな大がかりな「発掘」を
行うことになったのは、本当にたまたまのことだったのだろうか? ただの偶然の成り行きによ
るものなのだろうか? あまりにも話がうま過ぎはしないか? そこには筋書きみたいなものが
前もって用意されていたのではあるまいか? 私はそんな落ち着き先のないいくつかの疑問を胸
に抱えながら、免色と共に家に戻った。免色は掘り出した鈴を手にしていた。彼は歩いているあ
いだずっとそれを手から離さなかった。その感触から何らかのメッセージを読み取ろうとしてい
るみたいに。
家に戻ると免色はまず私に尋ねた。「この鈴はとこに置きましょうか?」
鈴を家の中のどこに置けばいいのか、私には見当がつかなかった。だからとりあえずスタジオ
に置いておくことにした。そんなわけのわからないものをひとつ屋根の下に置いておくことは、
私としてはもうひとつ気が進まなかったけれど、だからといって外に放り出しておくこともでき
ない。おそらくは魂のこもった大事な仏具なのだ。粗末には扱えない。だから一種の中間地帯と
もいうべきスタジオその部屋には独立した離れのような趣があったに持ち込むことにした。画材
を並べた細長い棚の上にスペースを空け、そこに並べた。絵筆を突っ込んだ大きなマグカップの
隣に置くと、それは画作のための特殊な道具のようにも見えた。
「不思議な一日でしたね」と免色は声をかけた。
「一日をすっかり潰させてしまいました。申し訳ありません」と私は言った。
「いや、そんなことはありません。私にとってずいぶん興味深い一日だった」と免色は言った。
「それに、これですべてが終わったというわけでもないでしょう」
免色の顔にはずっと遠くを見ているような不思議な表情が浮かんでいた。
「というと、まだ何かが起こるのですか?」と私は尋ねた。
免色は言葉を慎重に選んだ。「うまく説明はできないのですが、これはただの始まりに過ぎな
いのではないか、という気がします」
「ただの始まり?」
免色は手のひらをまっすぐ上に向けた。「もちろん確信があるわけじやありません。このまま
何ごともなく、あれはずいぶん不思議な一日でしたね、ということで話が終わってしまうかもし
れません。そうなるのがたぷんいちばんいいのでしょうが。でも考えてみたら、物ごとは何ひと
つ解決しちやいません。いくつもの疑問が残ったままになっています。それもいくつかの大きな
疑問が。ですから、これからまだ何かが持ち上がりそうだという予感が私の中にはあるのです」
「あの石室に関してということですか?」
免色はしばらく窓の外に目をやっていた。それから言った。「どんなことが持ち上がるのか、
それは私にもわかりません。なんといっても、ただの予感に過ぎませんから」
でももちろん免色の予感した――あるいは予言した――とおりだった。彼が言うように、その
一日はただの始まりに過ぎなかったのだ。
飛ばしたい衝動駆られるがここは我慢の序の口よ。
この項つづく