僖公二十三年:晋の文公、亡命十九年 / 晋の文公制覇の時代
※ 前七世紀末、天下の覇者となった晋の文公(重耳:ちょう
じ)には、即位するまえ、長い雌伏の時代があった。すな
わち、父献公の寵愛する驪姫の姦計(驪姫の禍)により出
奔を余儀なくされたかれは、諸国を流浪する。父に追われ、
異母兄弟にねらわれての逃避行のすえ、本国に帰って即位
したのは、嬉公二十四年のことである。その間の人間模様
がここに一括して記されている。この条、経文はない。
※ 懐と安とは、実に名を敗る:次に一行は斉の国に着いた。
斉の桓公は、一族の娘、姜氏(きょうし)を垂耳に嫁がせ
るとともに、馬八十頭を贈ってもてなした。垂耳は毎日の
暮しにすっかり満足し、いつまでたっても斉を離れようと
しない。お付きの者たちは公子の将来を案じ、なんとか出
発させようと、桑の木の下に集まり、対策を練った。とこ
ろが、ちょうどその木には、桑摘みの女が登っていた。女
はこの相談を盗み聞きし、姜氏にご注進に及んだ。すると
姜氏はその女を殺し、垂耳に向って言った。「あなたは天
下をめざす大事な身です。あなたの未来の計画を盗み聞き
した者がありましたので、わたしか殺しました。どうぞ、
ご安心ください」「いや、わたしにはそんな大望などさら
さらない」「そんなことでどうなさいます。どうかご出発
なさってください。日々の暮しに謁足し、安逸を貪ってい
たのでは、せっかくの功名を取りにがします」 だが、公
子はいっこうに聞き入れるようすもない。やむなく姜氏は
子犯としめし合わせて、公子に酒を飲ませ、酔いつぶれた
ところを車にかつぎこんで、強引に出発させた。垂耳は目
を醒ましてから、だまされたと知り、戈(ほこ)をとって
子犯を追いまわした。だが、いまさら引きかえすわけにも
いかない。
※ 「懐(かい)と安(あん)とは、実(じつ)に名(な)を
敗(やぶ)る」/懐与安、実敗名。
【RE100倶楽部:太陽光発電篇】
● 四国で太陽光が電力需要の66%に
四国で4月23日の12〜13時に、一時的に太陽光発電の出力が電力需要の66%まで増加した。四国電力
は火力や水力で需給調整を行ったが、今後も太陽光発電は増加する見込みだ。近い将来、出力制御が
行われる可能性が高まっているという(スマートジャパン 2017.05.30)。
それによると、四国電力管内で太陽光発電が増加し、電力の一時需要に占める割合が高くなる。2017
年4月23日の12~13時の間に、太陽光発電の最大出力は161万kWを記録。これは同時刻の電力需要
全体の66%に相当する。今後も太陽光発電の接続量は増加する見込みで、近い将来出力制御が行わ
れる可能性が高まってる。と、のこと。2012年7月に「再生可能エネルギーの固定買取価格」(FIT)
が始まって以降、四国電力管内でも太陽光発電の導入が急速に広がった。2017年4月時点における系
統への接続量は2210万kWで、接続契約の申込済み分が78万kW残っている状況。
太陽光発電の発電量は、日射時間が長く、気温があまり高くない春頃に最も高くなるる。この時期
はエアコンなどの稼働が少ないため、電力需要は比較的小さくなる傾向にあり、全体の電力需要に対
し、太陽光発電の占める割合が高くなりやすく、2017年の春に四国電力管内で最も太陽光の割合が高
まったのが、4月23日の12~13時。この日、四国電力は火力電源を制御するだけでなく、揚水発電所
の揚水運転、さらに連系線を活用した広域的な系統運用により需給バランスの維持し、電力の安定供
給を確保する(詳細は下図ダブクリ参照)。
● 出力制限の必要性
Nov. 25, 2017
● 再エネにエネルギー貯蔵設備併設の波
四国電力はこうした太陽光発電設備の導入拡大を見越し、電力需要の変動に応じて稼働中の電源に対
する出力制御の条件や順番を定めた「優先給電ルール」に関するリリースを2016年12月に発表し、今
年5月24日、再エネの最大限の活用を図っていく観点からさまざまな手段を駆使し、需給バランスの維
持に努める方針だが、電力の品質維持を含め、電力の安定供給を最大の使命として考えていく立場か
らは、太陽光発電など天候に左右される再生可能エネルギーの導入には、一定の限界がある。と、佐
伯勇人四国電力の社長)とし出力制御に備える。そこで遡上するのが、風力・太陽光エネルギーの蓄
電システム併置の促進あるいは義務化である。ここに、新たな事業プラットフォームが存在する。
May 24, 2017
● 再エネ産業、世界で980万人雇用、太陽光が最多の310万人
5月24日、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、世界全体の再生可能エネルギー産業における雇用
が2016年の時点で980万人以上まで増加したことを公表(詳細上図ダブクリ参照――同機関が第13回
会合で公開した調査報告書「Renewable Energy and Jobs – Annual Review 2017」によるもの)。
それによると、下落するコストと政策による支援が、世界中の再エネにおける投資と雇用を着実に押
し上げている。例えば、この過去4年間で太陽光と風力を合わせると、創出された雇用は倍以上に増
加した(アドナン・アミンIRENA事務総長)。再エネの導入が今後も継続的に進められれば、再エネ
分野の労働者数は2030年までに2400万人に達する可能性もある。なお、この数字は、化石燃料分野で
失われる雇用を補って余りあり、再エネは世界中で経済の主要な推進力になる予測する。
エネルギー別では、昨年に引き続き2016年も太陽光が最多で、前の年に比べ12%増/310万人の雇用
を占める)。太陽光の雇用は主に中国、米国、インドが占めており、米国では2015年に比べ24.5%
増となる26万人が太陽光発電に関連する仕事に従事。この伸び率は、全米の全体的な雇用の伸び率
の17倍以上となる。
5月26日、英国の太陽電池の発電量は、需要のほぼ25%を記録する。ロンドン時間正午に、8.75
ギガワットが発電され、これまでの8.49ギガワットを破り、原子力発電量を超える。ポール・バル
ウェル英国ソーラートレード協会(STA)最高経営責任者は声明で、同日正午頃に8.75GWが太陽光発電
で発生し、英国の総需要の約25%を供給したことを喜び、太陽光発電が原子力発電以上の発電をした
のは天然ガス発電に次ぐ初めて。英国全土に現在12.1ギガワットの太陽光発電設備が設置されてい
るが、わずか5年で大きなな成果。英国エネルギー部門の脱炭素化において太陽光が強い地位を築い
たと話す。
● 米 スリーマイル島原発 採算性悪化から閉鎖
5月31日、38年前にアメリカ史上最悪の原発事故が起きたスリーマイル島原子力発電所で、事故を起こしたのとは別の原子炉の運転が、採算性の悪化から再来年に停止され、発電所自体が閉鎖され
る見通し。米国東部、ペンシルベニア州にあるスリーマイル島原発では、1979年に2号機で核燃料が
溶け落ちるメルトダウンが起き、放射性物質が漏れ出す米国史上最悪の原発事故があり、その後、2
号機では廃炉に向けた作業が行われていたが、1号機は運転を継続。原発運営会社によると、1974年
に運転を開始したスリーマイル島原発1号機は、2034年まで運転が免許されているものの、競合する
天然ガスなどのエネルギー価格低下が続き、政府支援もなく、採算性悪化し、運転維持できなくなり
2019年9月末をめどに運転を停止し廃炉する。これにより、スリーマイル島原発は閉鎖される見通し。
May 31, 2016
【英国で独占販売 史上最強のグラフェンペイント登場】
● グラフェン社 - グラフェンストーン塗料独占販売
純粋な炭素を原料とするグラフェンは、現在科学に知られている最も強い物質。 2004年、マンチェス
ター大学で2人のノーベル賞受賞者により発見される。不活性、無害、無毒の純粋なグラフェンは、
建材塗料として、硬度、耐久性、圧縮性、引張り強さ、弾力性、適用範囲を大幅に向上させる。また、
材料の軽量化、材料消費量、メンテナンス、人員およびコストの大幅な節約を実現する。屋内/屋外
の新築または修復に利用可能な、持続可能性をもち、環境に優しく、千色以上の塗料を製造するこの
塗料は、大規模および小規模建設、再建築および修復用途で目を見張るような長期的な価値を生み出
す。グラフェンストーンはすでに業界の称賛と多数の認定を取得している。医療、教育などの衛生環
境、地球温暖化による気候変動による劣悪な環境変化にも対応する。
グラフェン繊維は、グラフェンストーン塗料内に完全に封入された透明なナノレベルメッシュを形成。
非常に不活性で耐腐食性があり、構造用鋼より200倍強度で、銅よりも千倍もの導電性をもつ。一
般的な塗装と比較して損傷がなく、大きな柔軟性をもつ。グラフェンメッシュは、グラフェンストー
ン塗料の天然ミネラル成分を支持し、強固で一貫したフレキシブルフレームとして機能、最高の耐久
性を発揮する。グラフェンはまた、平均で1リットルあたり8平方メートル塗料面積供給、またメン
テナンスと省力化できるだけでなく工事短縮も実現。グラフェンは断熱材料で、塗料は建物の温度調
節などの改善、冷暖房の省エネに効果を発揮する。
また、グラフェンストーンペイントは、カーボンニュートラルな天然石灰石由来し、生石灰(酸化カ
ルシウム)と天然水から98%以上の白色度をもつ消石灰えお生成。グラフェンストーン塗料中の水
酸化カルシウムが硬化する際に二酸化炭素を吸収、天然石灰と同じ不活性な炭酸カルシウムに戻る。
グラフェンストーンの石灰とグラフェンの塗膜の多孔性は、壁呼吸で、室内の湿度を低下、除湿と結
露を防ぎ、安全で健康的な環境を提供する。さらに、微生物/細菌類の増殖は、石灰の高いアルカリ
性と塗料の換気特性により抑制され、屋内の臭気や生物・化学的な汚染物質によるアレルゲン発生を
抑制する。このように、グラフェンの驚異的な素材が発揮され、グラフェンストーンの塗料、被覆材
はグラフェンの最初の用途の一つであり、持続可能で健康的な環境に貢献するだけでなく、装飾、改
装、建築設計、建築事業に効果的な付加価値を提供できる。
日本でも安全性が確認されれば、グラフェン塗料は半端なく普及していくでしょう。これは楽しみだ。
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』
33.目に見えないものと同じくらい、目に見えるものが好きだ
十二時になっていつものチャイムが聞こえると、私とまりえは二人でスタジオを出て居間に移
動した。ソファの上では、黒総の眼鏡をかけた秋川笠子が厚い文庫本を読みふけっていた。呼吸
の気配さえうかがえないほど集中して。
「何の本を読んでおられるのですか?」と私は我慢しきれずに尋ねた。
「実を言うと、私にはジンクスみたいなのがあるんです」、彼女はにっこり笑って栞をはさみ、
本を閉じた。「読んでいる本の題名を誰かに教えると、なぜかその本を最後まで読み切ることが
できないんです。だいたいいつも思いもかけない何かが起こって、途中で読めなくなってしまう。
不思議だけど、本当にそうなんです。だから読んでいる本の題名は誰にも教えないことに決めて
います。読み終えたら、そのときには喜んで教えて差し上げますけど」
「もちろん読み終えてからでけっこうです。とても熱心に読んでいらっしやるので、何の本だろ
うと興味を惹かれただけです」
「とても面白い本です。いったん読み出すと止まらなくなってしまいます。だからここに来ると
きだけ読むように決めています。そうすれば二時間くらいすぐに経ってしまいますから」
「叔母さんはとてもたくさん本を読んでいるの」とまりえが言った。
「ほかにあまりやることもありませんし、本を読かのが今の私の生活の中心みたいなものですか
ら」と叔母は言った。
「お仕事はなさってないのですか?」と私は尋ねた。
彼女は眼鏡をとって、眉開によったしわを指で仲ばしながら言った。「だいたい週に一度、地
元の図書館のボランティアをしているだけです。その前は都内にある私立の医大に勤めていまし
た。そこで学長の秘書をしていたんです。でもここに越してきたときに仕事をやめました」
「まりえさんのお母さんが亡くなったとき、こちらに越してこられたのですね?」
「そのときは、ただ一時的に同居するつもりだったんです。ものごとが一段落するまでという感
じで。でも実際に来てみて、まりちゃんと一緒に生活するようになると、簡単には出て行けなく
なってしまいました。それからずっとここに往んでいます。もちろん兄が再婚でもすれば、すぐ
にでも東京に戻りますが」
「そのときは私も一緒に出ていくと思う」とまりえは言った。
秋川笙子は社交的な笑みを浮かべただけで、それについては発言を控えた。
「もしよかったら、食事でもしていきませんか?」と私は二人に尋ねた。「サラダとパスタくら
いなら簡単につくれます」
秋川笙子はもちろん遠慮したが、まりえは三人で昼食をとることに深く興味を持ったようだっ
た。
「いいでしょ? どうせうちに帰っても、お父さんはいないんだから」
「ほんとに簡単な食事です。ソースはたくさんこしらえてありますから、一人分つくるの亘二人
分つくるのも、手間として変わりはありません」と私は言った。
「本当によろしいんですか?」と秋川玉子は疑わしげに言った。
「もちろん。気にしないでください。ぼくはいつもここで一人で食事をしています。一日三食、
一人で食べています。たまには誰かと食事を共にしたい」
まりえは叔母の顔を見た。
「それでは、お言葉に甘えて遠慮なく」と秋川笙子は言った。「でも本当にご迷惑じやないんで
すか?」
「ちっとも」と私は言った。「どうか気楽にしてください」
そして我々は三人で食堂に移った。二人はテーブルの前に腰掛け、私は台所で揚を沸かし、ア
スパラガスとベーコンでつくったソースをソースパンであたため、レタスとトマトと夕了不ギと
ピーマンのサラダをつくった。揚が沸くとパスタを茄でて、そのあいだにパセリをみじん切りに
した。冷蔵庫からアイスティーを出して、グラスに往いだ。二人の女性は私が台所できびきびと
働く姿を珍しそうに眺めていた。何か手伝うことはないかと秋川笙子は尋ねた。手伝ってもらう
ほどのことはないから、そこにおとなしく座っていてください、と私は言った。
「とても手慣れていらっしやるんですね」と彼女は感心したように言った。
「日々やっていることですから」
私にとって料理をつくるのは苦痛ではない。昔から変わらず手仕事が好きだった。料理をつく
ったり、簡単な大工仕事をしたり、自転車の修理をしたり、庭仕事をしたり。不得意とするのは
抽象的に数学的に思考することだ。将棋やチェスやパズル、そのような類の知的遊戯は私のシン
プルな頭脳を痛めつける。
それからテーブルに向かって、我々は食事を始めた。晴天の秋の日曜日の気楽な昼食だ。そし
て秋川笙子は食卓を共に囲かには理想的な相手だった。話題が豊富で、ユーモアを解し、知的で
社交性に富んでいた。テーブルマナーは美しく、それでいて気取ったところはなかった。いかに
も上品な家庭で育ち、金のかかる学校に通った女性だった。まりえの方はほとんど口をきかず、
おしやべりは叔母に任せて、食べることに意識を集中していた。秋川笙子はあとでソースのレシ
ピを教えてほしいと言った。
我々が食事をおおかた終えたころに、玄関のベルが明るい音色で鳴った。そのベルを鳴らして
いるのが誰なのか推測するのは、私にとってそれほどむずかしいことではなかった。少し前に、
あのジャガーの野太いエンジン音が微かに聞こえたような気がしていたからだ。その音――それ
はトヨタ・プリウスのもの静かなエンジン音とは対極に位置している――は私の意識と無意識の
あいだにある薄い層のどこかに届いていた。だからベルが鳴ったのは決して「青天の霹靂」とい
うわけではなかった。
「失礼」と言って私は席を立ち、ナプキンを下に置き、二人をあとに残して玄関に向かった。こ
れからどんなことが持ち上がるのか、予測もつかないままに。
34.そういえば最近、空気圧を測ったことがなかった
玄関のドアを開けると、そこに免色が立っていた。
彼は白いボタンダウン・シャツの上に、細かい上品な柄の入ったウールのヴェスト、青みがか
ったグレーのツイードのジャケットを着ていた。談い辛子色のチノパンツに、茶色のスエードの
靴を履いていた。例のごとく、すべての衣服が心地よさそうに彼に着こなされていた。豊かな白
い髪が秋の陽光に光り、背後に銀色のジャガーが見えた。その隣にはブルーのトョタ・プリウス
が駐まっていた。その二台が隣り合って並ぶと、歯並びの悪い人が口を開けて笑っているみたい
に見えた。
私は何も言わずに免色を中に招き入れた。彼の顔は緊張のためにこわばっているように見えた。
それは私に、塗ったばかりの生乾きの漆喰壁を連想させた。免色がそんな表情を浮かべているの
を目にするのはもちろん初めてのことだった。彼はいつだって冷静に自己を抑制し、感情をでき
るだけ表に出さないように努めていたからだ。真っ暗な穴の底に一時間閉じ込められたあとでも、
顔色はまるで変わらなかった。しかし今、彼の顔はほとんど蒼白に近かった。
「人ってもかまわないのでしょうか?」と披は言った。
「もちろん」と私は言った。「今、食事をしているところですが、もうほとんど終わりかけてい
ます。どうぞ入ってください」
「しかし、食事を邪魔するようなことはしたくないので」と彼は言って、ほとんど反射的に腕時
計に目をやった。そして意味もなく長いあいだ時計の針をにらんでいた。まるで針の動き方に異
論でもあるみたいに。
私は言った。「食事はすぐ済みます。簡単な食事なんです。あとで一緒にコーヒーでも飲みま
しょう。居間で待っていてください。そこで二人にあなたを紹介します」
免色は首を振った。「いや、紹介されるのはまだ早すぎるかもしれません。二人とも既にここ
を引き上げていると思って、それでお宅にうかがったんです。紹介されようと思って来たわけじ
やありません。しかし見ると、お宅の前に見たことのない車が駐まっていたものですから、それ
でどうすればいいかわからなくなって――」
「ちょうど良い機会です」と私は相手の言葉を遮るようにして言った。Tっまく自然にやります。
ぼくに任せてください」
免色は肯いて靴を脱ぎにかかった。しかしなぜか靴の脱ぎ方がよくわからないようだった。私
は彼がなんとか両方の靴を説ぎ終えるのを待って、居間に案内した。前にも何度かその居間に来
たことはあるというのに、彼はまるで生まれて初めて目にするみたいに、その部屋を珍しそうに
見回した。
「ここで待っていてください」と私は彼に言った。そしてその肩に軽く手を置いた。「そこに座
って、どうか楽にしていてください。十分ちかからないと思います」
私は免色を一人でそこに残して――なんとなく不安な気持ちはあったのだが――食堂に戻った。
私かいない間に二人は既に食事を終えていた。フオークが皿の上に置かれていた。
「お客様がお見えなのですか?」と秋川里子が心配そうに私に尋ねた。
「ええ、でも大丈夫です。近所に往んでいる親しい人がふらりと立ち寄っただけです。居間で待
ってもらっています。気の置けない人ですから、気にする必要はありません。ぼくは食事を済ま
せてしまいます」
そして私は少しだけ残っていた料理を食べ終えた。女性たちがテーブルの食器を片付けてくれ
ているあいだ、私はコーヒーメーカ1―でコーヒーをつくった。
「居間に移って一緒にコーヒーでも飲みませんか?」と私は秋川里子に言った。
「でも、お客様がいらっしやっているのに、私たちはお邪魔ではありませんか?」
私は首を振った。「そんなことはまったくありません。これも何かのご縁ですから、ちょっと
ご紹介しておきます。ご近所といっても、谷を挟んだ向かい側の山の上に住んでいる人ですから、
秋川さんはおそらくご存じないと思いますが」
「なんというお名前の方なのでしょう?」
「メンシキさんといいます。免許証の免に、色合いの色です。色を免れる」
「珍しいお名前ですね」と秋川玉子は言った。「メンシキさん、そういうお名前を耳にするのは
初めてです。たしかに谷間を挟むと、住所が近くてもまず行き来みたいなものはありませんか
ら」
我々は盆に四人分のコーヒーと砂糖とクリームを載せ、それを持って居間に移勤した。居間に
入っていちばん驚いたのは、免色の姿が見当たらないことだった。居間は無人だった。テラスに
も彼の姿はなかった。洗面所に行ったのでもないようだ。
「どこに行ったんだろう?」と私は誰に言うともなく言った。
「ここにいらっしやったんですか?」と秋川笠子が尋ねた。
「ついさっきまでは」
玄関に行ってみたが、そこには彼のスエードの靴はなかった。私はサンダルを履いて玄関のド
アを開けてみた。銀色のジャガーはさっきと同じ場所に駐まっていた。とすると、家に帰ってし
まったわけではないようだ。車のガラスは陽光を受けて眩しく光り、中に誰かいるのかどうか見
定められなかった。私は車の方に歩いて行った。免色はジャガーの運転席に座り、何かを求めて
あちこちを探しているようだった。私は窓ガラスを軽くノックした。免色は窓ガラスを下ろし、
困ったような顔で私を見上げた。
「どうかしたんですか、免色さん?」
「タイヤの空気圧を測ろうと思ったんですが、なぜか空気圧計がみつからなくて。いつもコンパ
ートメントに入れてあったはずなのですが」
「それは今ここで急いでやらなくちやならないことなんですか?」
「いいえ、そういうのでもありません。ただあそこで座っていたら、空気圧のことが急に気にな
ったんです。そういえば最近、空気圧を側ったことがなかったなと」
「とくにタイヤの具合がおかしいというわけではないのですね?」
「いいえ、タイヤの具合は別におかしくありません。普通です」
「だったら空気圧のことほとりあえずあとにして、居間に戻りませんか? コーヒーをいれまし
た。二人が待っていますよ」
「待っている?」と免色は乾いた声で言った。「私を待っているのですか?」
「ええ、あなたを紹介すると言ったんです」
「困ったな」と彼は言った。
「どうして?」
「まだ紹介される準備ができていないからです。心の準備みたいなものが」
彼は燃えさかるビルの十六階の窓から、コースターくらいにしか見えない救助マットめがけて
飛び降りろと言われている人のように、怯えて困惑した目をしていた。
「来た方がいいです」と私はきっぱりとした声で言った。「さあ、とても簡単なことですから」
免色は何も言わずに肯いてシートから立ち上がり、外に出て車のドアを閉めた。ドアをロック
しようとしてから、そんな必要もないことに気がついて(誰も来ない山の上なのだ)、キーをチ
ノパンツのポケットに入れた。
この項つづく
● 今夜のアラカルト
ディルソースのグリルアスパラと燻製虹鱒、
✪ 文書と是正の法担保
森友学園、加計学園なんだしらないが、中央行政符の内部文文書をめぐり紛糾しているようだ。わたしたちも
国際標準化機構(International Organization for Standardization)、略称 ISO(アイエスオー)――国際
的な標準である国際規格を策定するための非政府組織――の標準化活動に加わってきたこともあり、
アイエスオーをウソと揶揄されるされるほどかその成果に懐疑的な根本問題を抱えていることを知っ
ているが、工業製品や技術から、食品安全、農業、医療までの全ての分野をカバーし今や広く定着し
ている。要するに非営利・営利をとわず各々の事業・組織の活動の品質を担保し、スパイラルアップ
やブラシュアップ(目標達成のための)エンジンとして、効率・非効率であるかは別にして「文書管
理」は欠かせない手法であることは認める。中央行政ならなおさらのこと厳格にしなければ、「法治
の肝」は紊乱する。極秘事項であればなおのこと時の権力により犯されてしまうことは「ロッキード
事件」事件でも明らかである。即応公開できなければ、非公開時限解除期間を文書化しておかなけれ
ばならない。たとえ、ティシュペーパーに残された記録であったとしても公益と関係するものであれ
ば残さなければならない。それをごまかすのは自らの品質を貶め、民主主義の肝に唾するごとき所行
である。