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Channel: 極東極楽 ごくとうごくらく
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疲れているだけではいかない。

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         文公14元年:(‐613)~宣公18年(- 591)/ 楚の荘王制覇の時代 


                                             

   ※ 晋の襄公のあとを継いだ霊公( -620~ -607)は、年なお幼かったため、大夫
     趙盾(ちょうとん)が摂政となり、よく内外を治めて、諸侯の盟主たる面目を
     維持した。しかし趙氏の勢力はしだいに大きくなり、ついに無道の雲公を弑す
     るに至り、晋の国力の漸衰は免れなかった。一方、楚の穆王のあとを継いで立
     った荘王(‐613~ -591)は、「三年飛ばず鳴かず、一たび鳴けば人を驚かす」
     との豪語にたがわず、国内の反乱を平定し、長江流域の諸蛮夷を次々に滅ぼし
     た余勢を駆って、大兵を周の国境に進め、鼎の軽重を問い、眼中もはや周王室
     はない。自ら蛮夷と称した楚が、今や中原に晋と覇を争い、邲(ひつ)の戦い
     に大いにこれを敗って、ついに覇をとなえるにいたった。


      晋の趙盾(ちょうとん)、霊公を弑(しい)す / 宣公2年(- 607)


   ※ 霊公は、天下に剖をとなえた文公から二代役の晋の君主である。いわば三代目、
     文公とはうってかわった暗君であった。趙盾(趙宣子)は文公の亡命に同行し
     た趙衰の息子、今や趙氏の族長、晋の卿大夫の筆頭で毀損のほまれ高かった。
     【経】 二年、秋九月乙丑(いつちゅう)、晋の趙盾、その君夷皐(霊公)を
         弑す。

   ※ 趙盾、霊公を諌む:晋の霊公は君主らしからぬ振舞いが多かった。人民に重い
     賦役を課して王宮の壁を飾り立ててみたり、そうかと思えば、望楼から下を行
     く通行人めがけて弾き玉を浴びせ、びっくりして逃げまどう姿をみて面白がる
     のであった。あるとき、司厨長が熊の掌を半煮えのままで食膳に供したことが
     あった。霊公は腹立ちまぎれに司厨長を殺してしまった。そして死骸をもっこ
     に入れさせると、女官に兪じて車で朝廷の外へ棄てに行かせた。たまたま来合
     わせたのが、大夫の趙盾と士季(随会)の二人である。もっこから死体の手が
     はみ出ているのをみて、二人は女官を問いただした。案の定、雪公の仕業であ
     る。二人は、霊公を諌めねば、と思った。

     「二人で行って、もし聞き入れられなかったら、あとに続く者がいなくなる。
     わたしがまずお諌めしてみるから、失敗した場合、あなたがあとに続いてくれ」

      士季は、こう言い残して出掛けて行った。
      霊公は士季が現われても、最初は素知らぬふりをしていたが、三度目に軒下
     の水溜りに追いつめられて、仕方なしに振り向いた。
     「わるかったと思っている。これからは慎しもう」
      士季は深く頭を下げて、説き始めた。
     「だれしもまちがいはあるものでございます。大事な点は、まちがいを犯した
     らそれを改めることです。詩(大雅、蕩)にも、
     
       ”初め仙めを善くしないものはないが”
        終りを全うするものはすくない”

     とありますように、罪のつぐないをするのは、なまやさしいことではありませ
     ん。あなたが有終の美をおさめてこそ、国は安泰となるのです。それは、わた
     くしども臣下の願いであるばかりでなく、天下万民の望むところでもあります。  
     詩(大雅・蒸民)にはまた、
      
       ”天下に落度あれば
        仲山甫(ちゅうだんほ)これを補う”

     とあります。
      これは、仲山甫(周の宣王の宰相)が天子を補佐して、政治の足らぬところ
     を補ったことを称えているのです。あなたが罪のづぐないをなされますならば、
     君位は永久に安泰でございましょう」

      しかし、雲公の行ないはいぜんとして改まらなかった。
      士季に代わって、こんどは趙盾が何度も諌めた。うるさくなった霊公は、い
     つしかかれを暗殺しようと思うようになり、その仕事を鉏麑(しょげい)とい
     うお抱え力士に命じた。
      鉏麑は明け方近くをねらって、趙盾の屋敷内に忍び入った。そっと寝室に近
     づいてみると、戸はすでに開け放たれている。そして、室内では趙盾がもう出
     仕前の仕度をきちんと整えおわって、端座レたまま仮眠をとっているところで
     あった。鉏麑は、そっとその場を退くと、深い嘆息を洩らした。

     「恭敬の心を忘れぬ人こそ、人民に慕われるのだ。そういう人物を殺すのは、
     道にはずれた行為だ。かといって、主君の兪今に背くのも裏切り行為だ。どち
     らか一つを選んで汚名を着るよりも、死んだほうがましだ」
      かれはこう言って趙家の庭の神樹の特に頭をぶちつけて死んでしまった。 

 Jul.19, 2017 
【ZW倶楽部:30年後の廃プラ排出量現状の4倍】

今月19日、Science Advances の報告によると、70年前、プラスチックは使われなかっが、今後30年
間で、これまで以上の4倍のプラスチック廃棄物を排出すると予測する。人類は2015年までに83億メト
リックトン(1メトリックトン=千キログラム)を生産し、同量のプラスチック廃棄物排出(このうち、
9%はリサイクル、12%は焼却、79%は廃棄)している。これの傾向が続くと、2050年までに260
億メトリックトンのプラスチック廃棄物が生産され、その約半数が埋立地や環境に投棄される。しかも、
プラスチックは容易に劣化せず、千年の終わりまでに地球上に数千トンの物質が存在すると予測している。

 No.46

【RE100倶楽部:太陽電池篇】

● 量子ドット工学講座 No.42: 

特開2017-126622  間接遷移半導体材料を用いた量子構造を有する光電変換素子

シャープ社の最新事例によると、量子構造を有する光電変換層を備え、伝導帯のサブバンド間遷移を利用
する光電変換素子、障壁層と量子層とが交互に繰り返し積層された超格子半導体層を備え、この障壁層は、
間接遷移半導体材料により構成、量子層は、直接遷移半導体材料のナノ構造を有し、間接遷移半導体材料
は、室温におけるバンドギャップが1.42eVより大きい。障壁層の材料として、室温におけるバンド
ギャップが1.42eVより大きい半導体材料を用いることで、量子閉じ込め効果が強まり、障壁層の材
料として間接遷移半導体材料を用いることで、伝導帯まで励起されたキャリアの取り出し効率が向上でき
光電変換効率を向上させることができるというもの(詳細は下図ダブクリック)。

【符号の説明】

1…基板、2…バッファ層、3…BSF層、4…ベース層、5…超格子半導体層、6…エミッタ層、7…
窓層、8…コンタクト層、9…p型電極、10…n型電極、51…障壁層、52…量子ドット層、53…
量子ドット、54…キャップ、100…太陽電池


     
● 読書録:高橋洋一 著「年金問題」は嘘ばかり   

         第2章 「日本の年金制度がつぶれない」これだけの理由


     朝日新聞に対して厚労省が抗議した件は、表面的には計算式の問題ですが、突き詰め
    ていえば、「50%を割り込みそうだ」(朝日新聞)、「50%を上回る水準が確保で
    きる」(厚労省)という議論です。
     世界の基準にあてはめて見ると、日本の所得代替率は40%弱とされています。もと
    もと40%くらいのものを、50%を上回るか、下回るかで議諭しても意味かおりませ
    ん。
     政治家やメディアの人たちの所得代替率についての最大の誤解は、「所得代替率が高
    いほうがいい」と思い込んでいることです,
    「現役のときの7~8割くらいはもらえないと、老後に生活していけない」という意見
    もあるでしょう。もちろん、八割の給付をすることは不可能ではありません。そのかわ
    りに、現在払っている保険料は高くなります。国民全員が今よりもけるかに高い社会保
    険料を支払ってもいいと思うのであれば、8割給付は可能です。しかし、大半の人は、
    「これ以上、保険料が高くなったら生活していけない」と思うのではないでしょうか。
    保険料が低ければ、年金給付額は低くなり、保険料が高ければ、年金給付額は高くなり
    ます。これが、年金を保険数理で見たときの、数学的な「事実」です。

     現在の保険料負担は、客観的に見ればそれほど高くはありませんから、将来もらえる
    年金額が高くなることはありません。今くらいの保険料率であれば、所得代替率が50
    %にいくはずがないのです。
     先ほど紹介しましたが、OECDは統一した計算式を用いています。「現代ビジネス」
    の記事で取り土げた数字を再掲しますと、同じ基準で計算したときに、日本の所得代替
    率は36%、日本を除くG7の所得代替率は四八%、ギリシアはなんと96%です。ギ
    リシアは、現役時代の給料と同じ額を年金でもらえるということです。

     そんな高額の給付をしていたら年金は破綻します。負担を強いられる現役の人の生活
    は苦しくて仕方がないでしょう。
     所得代替率が高いギリシアのような国は、制度が回らなくなって破綻します。所得代
    替率が低い年金制度のほうが安定するのです。

                      第2章8節 「所得代替率」が低いほうが年金制度は安定する

    《所得代替率はどのくらいがいいのか》

     ・所得代替率低→低負担・低給付→制度は安定
     ・所得代替率高→高負担・高給付→制度は不安定

     年金制度としては、なるべく現役の人の負担を抑え、それに応じて、将来の給付もそ
    れほど多くしないという、現行の仕組みが一番安定します。
     年金制度は、所得代替率以前に、安定した年金制度であることが重要です。制度が安
    定していれば、将来、確実に年金をもらえます。
     今、支払う保険料が少なくて、将来受け取る年金額が多いという、夢のような話は存
    在しません。幻想に惑わされず、現実的に考えましょう,
     自分が納める保険料が月給のI〇%弱であるならば(会社負担額を加えると20%く
    らいになるので)、将来もらえる年金額は、月給の40%くらいです。「今の収入の4
    0%ではとても老後の生活ができない」と思う人は、個々で老後に備える対策をしてお
    くのが、一番の自己防術策です。

     あるいは高齢者でも働ける社会にしていくことも、とても重要な施策です。人ロが減
    少していく日本では、マクロ経済的に考えても、そのことはきわめて重要になるでしょ
    う。技能の継承という意味でも、それは大きな意味を持つかもしれません。
     ここで、人口減少になると将来の保険料も少なくなりますが、給付額も少なくなって、
    「保険料」=「給付額」にはあまり影響は出ません。しかし、これはあくまで「人口減
    少が予定されているとおりであれば」という前提です。予定外の人口減少では大変なこ
    とになるのはいうまでもありません,
     マクロ経済ばかりでなく、個人レベルで考えても、働けるならば働いたほうが、自由
    に使えるお金も増え、暮らしも充実できます。健康維持のためにも、働いたほうがいい
    という考えもあります,

     話を戻しますが、ともかく年金というのは、とてもシンプルです。冷たく感じるかも
    しれませんが、個人の事情は関係かおりません。
    「年金がこんな額では、老後に生活していけない」とか「うちの家計は、よそより大変
    なんだ」とかいった個人的な事情を考慮してもらえるわけではなく、負担に応じて給付
    額が決まります。
     公的年金というのは最低限の「ミニマム」の保障です。ミニマムの保障だからこそ破
    綻しないのであり、現役世代の給料と同じくらい年金をもらえる制度をつくってしまっ
    たら、現役世代の人は給料の大半を保険料として納めなければいけなくなり、制度はす
    ぐに破綻します。
     現役のときの保険料負担をできるだけ少なくする代わりに、老齢になってからもらえ
    る年金額は「ミニマム」というのが、現在の年金制度です。逆にいえば、負担の低さと
    給付の低さのバランスが取れていれば、そう簡単に破綻することはないのです。

                    第2章9節 所得代替率はどのくらいがいいのか

     年金制度が安定するかどうかは、「人数」の問題ではなく、「金額」の問題ですか
    ら、バランスシート(B/S)で考える必要があります。
     バランスシートは、左側に「資産」の額、右側に「負債」の額を書きます。国から見
    ると、徴収する保険料は「資産」です。給付しなければならない年金は「負債」です。
     賦課方式の年金の場合は、将来にわたりずっと続くことが前提ですから、資産も負債
    も、過去から遠い先の分まですべてを足してバランスシートをつくります。国は永遠に
    保険料を徴収できますから、「資産」は無限大になります。一方で、国は永遠に給付を
    し続けますから、「負債」も無限大になります。しかし、将来の「資産」と「負債」の
    価値を現在価値に直すと、遠い将来に行けば行くほど現在価値は小さくなりますので、
    無限大にはならずに、計算可能な額になります。

     現在価値で見た「資産」の額と「負債」の額は一致します。バランスシートをつくる
    とぴったりと数字が合います。完全な賦課方式の場合は、バランスシートの「資産」と 
    「負債」が一致するように、「保険料」と「給付額」が決められるからです。
     では、どのくらいの数字になるのか,国は毎年財務データ(国の財務書類)を公表し
    ており、年金のバランスシートも試算しています。
     平成二十六年度(2014年度)の厚生年金バランスシート(人口:出生中位、死亡
    中位経済:ケースC)によれば、図5のようになります。 

        「負債」の年金給付債務は、2030兆円。これは国が支払わなければいけない年金額
        すべての現在価値です,
       「資産」のほうは、保険料1470兆円。徴収できる保険料総額の現在価値です。この
        ほか、国庫負担390兆円、積立金170兆円です。
     もし、債立方式でやろうとすれば、年金給付債務の2030兆円をすべて積立金で用
    意しなければなりません。しかし、実際には積立金は170兆円で、債務の1割にも満
    たない額です。つまり、9割方は賦課方式でやっているということが、バランスシート
    から読み取れます,



                 第2章10節 年金のバランスシート」には債務超過はない
    

                                                       この項つづく

   

読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』     

        第42章 床に落として割れたら、それは卵だ 

    『秋川まりえの肖像画』と、『雑木林の中の穴』、どちらも私が現在描きかけている絵だ。彼は
  その両方を、時間をかけて注意深く見ていた。まるで医師がレントゲン写真の中に微妙な影を深
  すような目つきで。
  「とても面白い」と彼は言った。「とてもいい」
  「両方とも?」
  「ああ、どちらもずいぶん興味深い。とくにこの二つを並べると、不思議な勣きのようなものを
  感じる。スタイルはそれぞれにまったく違っているけど、この二つの絵にはどこかでひとつに結
  びついているような気配がある」

   私黙って肯いた。彼の意見は、彼自身がこの数日ぼんやりと感じていたことでもあった。 

  「おれが思うに、おまえは新しい自分の方向を徐々に掴みつつあるようだ。深い森の中からよう
  やく抜け出そうとしているみたいだ。その流れを大切にした方がいいぜ」 

   彼はそう言って手にしていたグラスからウィスキーを一口飲んだ。グラスの中で氷がきれいな
  音を立てた。 私は彼に、雨田典彦の描いた『騎士団長殺し』を見せてみたいという強い衝動に
  駆られた。政彦がその父親の絵についてどのような感想を述べるか、それを聞いてみたかった。
  彼の目にすることは、あるいは私に何か重要なヒントを与えてくれるかもしれない。しかし私は
  その衝動をなんとか胸の内に押しとどめた。 

   まだ早すぎる、と何かが私を制止していた。まだ早すぎる。我々はスタジオを出て居間に戻っ
  た。風が出てきたらしく、窓の外を厚い雲が北に向けてゆっくり流れていった。月の姿はとこに
  も見えなかった。 

  「それで、肝心の話だ」と雨田が腹を決めたように切り出した。
  「それは、どちらかといえば話しにくい話なんだろうね」と私は言った。
  「ああ、どちらかといえば話しにくい話だ。というか、かなり話しにくい話だ」
  「でもぼくはそれを聞く必要がある」 

   雨田は身体の前で両手をごしごしとこすり合わせていた。まるでこれから何かひどく重いもの
  を持ち上げようとしている人のように。そしてようやく切り出した。 

  「話というのはユズのことだよ。おれは何度か彼女に会っている。おまえがこの春に家を出てい
  く前にも、出ていったあとにも。会いたいと言われて、何度か外で会って話をした。でもそのこ
  とはおまえには言わないでくれと言われていた。おまえとの間に秘密をつくるのは気が進まなか
  ったけど、まあ、彼女にそう約束したものだから」 

   私は肯いた。「約束は大事だよ」 

  「ユズはおれにとっても友だちだったから」
  「知ってる」と私は言った。政彦は友だちを大事にする。それがあるときには彼の弱みにもなる。
  「彼女にはつきあっている男がいたんだ。つまり、おまえ以外にということだけど」
  「知ってるよ。もちろん今は知っているということだけど」 

   雨田は肯いた。「おまえが家を出て行く半年くらい前からかな。二人がそういう関係になった
  のは。それで、こんなことをおまえに打ち明けるのは心苦しいんだけど、その男はおれの知り合
  いなんだ。仕事場の同僚だ」
   私は小さくため息をついた。「想像するに、ハンサムな男なんじやないか?」
  「ああ、そうだよ。とても顔立ちの良い男だ。学生時代にスカウトされて、モデルのアルバイト
  をしていたことがあるくらいだ。で、実を言うと、おれがユズにその男を紹介したみたいなかた
  ちになっている」 

   私は黙っていた。 

  「もちろん結果的にということだけど」と政彦は言った。
  「ユズは昔から一貫して、きれいな顔立ちの男に弱いんだ。ほとんど病に近いものだと本人も認
  めていた」
  「おまえの顔だって、それほどひどくないと思うけどな」と政彦は言った。
  「ありがとう。今夜はゆっくり眠れそうだ」 

   我々はしばらくそれぞれに沈黙を守っていた。そのあと雨田が口を関いた。 

  「とにかくそいつはかなりの美形なんだ。それでいて人柄も悪くない。こんなことを言って、お
  まえの慰めになるとも思えないけど、暴力を振るうとか、女にだらしないとか、ハンサムなこと
  を鼻にかけているとか、そういうタイプの男ではまったくない」
  「それは何よりだ」と私は言った。とくにそんなつもりはなかったのだが、結果的には私の声は
  皮肉っぽい響きを帯びて聞こえた。 

   雨田は言った。「去年の九月くらいのことだが、おれがその男と一緒にいるときに、偶然どこ
  かでばったりユズに出会ってね、ちょうど昼飯時だったから、三人で一緒にそのへんで昼飯を食
  べようということになったんだ。でもそのときは、まさか二人がそんな関係になるなんて考えも
  しなかったよ。彼はユズより五つくらい年下だったしね」
  「でも二人は時を置かず恋人の関係になった 

   雨田は小さく屑をすくめるような動作をした。おそらくものごとはとても迅速に進展したのだ
  ろう。

   「おれはその男から相談を受けた」と雨田は言った。「おたくの奥さんからも相談を受けた。そ
  れでかなり困った立場に置かれることになった」

   私は黙っていた。何を言っても自分か愚かしく見えることがわかっていた。
   雨田はしばらく黙っていた。それから言った。「実をいうと、彼女は今妊娠しているんだ」
   私は一瞬言葉を失った。「妊娠している? ユズが?」
  「ああ、もう七ケ月にはなっている」
  「彼女は望んで妊娠したのか?」
   雨田は首を横に振った。「さあ、そこまではわからん。しかし産むつもりではいるようだ。だ
  ってもう七ケ月だし、手の打ちようもないだろう 

  「彼女はぼくにはずっと、子供はまだつくりたくないと言っていた」
   雨田はグラスの中をしばらく眺め、顔を僅かにしかめた。「で、それがおまえの子供であると
  いう可能性はないんだな?」
   私は素早く計算をしてみた。そして首を横に振った。「法律的なことはともかく、生物学的に
  いえば、可能性はゼロだよ。八ケ月前にはぼくはもう家を出ている。それ以来、顔を合わせたこ
  ともない」
  「ならいいんだ」と政彦は言った。「しかしとにかく今、彼女は子供を産もうとしていて、その
  ことをおまえに伝えてもらいたいと言っていた。おまえにそのことで迷惑をかけるつもりはない
  ということだった」
  「どうしてそんなことをぼくにわざわざ伝えたいんだろう?」
   雨田は首を横に振った。「さあな。いちおう礼儀上、おまえに報告しておくべきだと思ったの
  かもしれない」

   私は黙っていた。礼儀上?

   雨田は言った。「とにかくこの一件については、おまえにどこかでしっかり謝っておきたかっ
  たんだ。ユズがおれの同僚とそういう件になっていることを知りながら、おまえに何も言えなか
  ったことは申し訳ないと思っている。いかなる事情があれ」
  「だからその埋め合わせに、この家にぼくを住まわせてくれたのか?」
  「いや、それはユズの件とは無関係だ。ここは何と言っても父親が長く住んで、ずっと絵を描い
  ていた家だ。おまえなら、そういう場所をうまく引き継いでくれるんじやないかと思った。誰で
  もいいからまかせられるというものではないからな」

   私は何も言わなかった。それはたぶん嘘ではないだろう。

   雨田は続けた。「何はともあれ、おまえは送られてきた離婚届の書類に判を捺して、ユズに送
  り返した。そういうことだよね?」
  「正確に言えば、弁護士宛てに送り返した。だから今頃はもう離婚が成立しているはずだ。たぶ
  ん二人はそのうちに時期を選んで結婚することになるんだろう」
   そして幸福な家庭を作るのだろう。小柄なユズと、ハンサムな長身の父親と、小さな子供。よ
  く晴れた日曜日の朝、三人が仲良く近所の公園を散歩している。心温まる風景だ。
   雨田は私のグラスと自分のグラスに氷を追加し、ウィスキーを往ぎ足した。そして自分のグラ
  スを手にとって一口飲んだ。

   私は椅子から立ってテラスに出て、谷間の向かいの免色の白い家を眺めた。家の窓の明かりが
  いくつか灯っているのが見えた。免色は今そこでいったい何をしているのだろう? 今そこで何
  を思っているのだろう?
   夜の空気は今ではかなり冷え込んでいた。すっかり葉を落とした樹木の枝を風が細かく揺らせ
  ていた。私は居間に戻り、椅子にもう一度腰を下ろした。

  「おれのことを許してくれるかな?」

   私は首を振った。「誰が悪いというわけでもないだろう」
  「おれとしてはただとても残念なんだよ。ユズとおまえとはお似合いのカップルだったし、とて
  も幸せそうに見えた。そういうものがこうしてあえなく壊れてしまったことについて」
  「でも追求するだけの価値はあるだろう」
  「エイハブ船長は鰯を追いかけるべきだったのかもしれない」と私は言った。
   政彦はそれを聞いて笑った。「安全性という観点から見ればそうかもしれない。しかしそこに
  芸術は生まれない」
  「おい、よしてくれよ。芸術という言葉が出てくると、話がそこですとんと終わってしまう」
  「おれたちはどうやらもっとウィスキーを飲んだ方がいいみたいだな」と政彦は首を振りながら
  言った。そして二人のグラスにウィスキーを注いだ。
  「そんなに飲めない。明日の朝には仕事があるんだ」
  「明日は明日だ。今日は今日しかない」と政彦は言った。

   その言葉には不思議な説得力があった。

                                      この項つづく

   ● 今夜の一枚の海溝変動図
Science Advances 19 Jul 2017: Vol. 3, no. 7, e1700113 DOI: 10.1126/sciadv.1700113
図1.東北地方太平洋沖地震の2012~2016年間の海溝変位計測図(詳細は上図ダブクリ参照:英文)


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