● 読書録:高橋洋一 著「年金問題」は嘘ばかり
第3章 年金に「消費税」はまったく必要ない
「二重課税排除」を知らないと、いつまでも税金をニ重取りされる
二重課税排除の問題では、よく「相続税」が挙げられます。間違いなく、これも二重
課税です。すでに税金をかけて残った財産まで、人が死んだのをいいことに召し上げよ
うというのですから。
相続税という仕組みがかろうじて許されるのは、「生前に所得の段階ですべてを捕捉
できないときには、死後に遺族から取るしかない」ということがあるからです,しか
し、所得をきちんと捕捉できていれば、所得段階で税金を取れますから、相続税も取る
必要はなくなります。
Double tax exclusion
生きているときに払うか、死んでから払うかという遣いだけですから、所得税と相続
税は同じ範躊にあります,理論上は、どちらかを高く取れば、もう一方は低くなるよう
に徴収します。単純な理論ですが、知っている人は少ないと思います。
一般的には、政府は早く税金を払ってほしいので、なるべく生きているときに所得税
で取るうとします。それを毎年続けていくと、最終的には「今までに、もういただきま
したから、これ以上はいただきません」ということになって、相続税をゼロにしている
国がいくつもあります。その反対に、所得税を低くして、相続税をたっぷり取るやり方
もあります。どちらでもいいのです。どちらを国民が好むかで、政治で選択してもらっ
てかまわないのです。日本の場合は、所得の捕捉率が低いために、相続税が高くなって
いるだけです。
このようなことを知らないでいると、所得の捕捉率が上がっても、いつまで経っても
税金の二重取りをされてしまうかもしれません。お気をつけください。
繰り返しますが、もし完全な所得捕捉ができるのであれば、法人税も相続税もいらな
くなります。所得税一本で徴収できます。法人税や相続税を下げたいのであれば、まず
は所得捕捉を厳格化することが必要になります。
実際に、所得捕捉の方向に勤いています。マイナンバーの導入は、税率を変えないで
所得捕捉を増やして税収を高める効果をもたらすでしょう。所得捕捉が高まり、所得税
が増えれば、法人税減税ができます。
他の多くの国は、日本より先に国民番号を導入し、所得捕捉を増やして、さらに法人
税を引き下げようとしています。
第3章6節 「二重課税排除」を知らないと、いつまでも税金をニ重取りされる
なぜ「消費税」を年金に投入すべきではないのか?
さて、多くの税金は、今述べてきた「所得税」のカテゴリーに入りますが、もう一方
のカテゴリーは、「消費税」です。こちらはまったく性質が違います。「お金が入って
くる」所得段階ではなく、「お金が出ていくとき」に課税されるものです。
消費税について考えるには、税金とその使われ方の関係について知っておく必要があ
ります,
税金は、行政の業務に使われますが、地方と国では業務の役割分担があります。
基礎的業務は地方の自治体で行ない、自治体でできないことは国が行なうという地方
自治の大原則があり、「補完性原則」と呼ばれています。補完性原則は、EUと加盟国
のあいだの原則としても採用されています,
基礎的業務というのは、わかりやすい例でいえば、ゴミ収集です。ゴミ収集業務は、
基礎的な業務ですから、国ではなく地方の自治体単位でやるのが原則です。ゴミ収集が
滞ると、住民は困ります。基礎的業務は、「景気の良し悪し」などに左右されてはなら
ず、常に行なわれるようにしなければなり社会保障・税番号制度 - 内閣府ません。
そのような性格の基礎的業務にふさわしい財源は、景気に左右されにくい「消費税」
です,
税金には、「応益税」と「応能税」という分け方があります。応益税は、受ける行政
サービスに応じて払う税金で、応能税は負担能力に応じて払う税金です。
消費税は、応益税です。消費税はゴミ収集など地方の基幹業務のサービスのために使
われるのがふさわしい税金です。一方、所得税は応能税であり、こちらは国の業務のた
めに使われるのがふさわしい税金です,
《応益税と応能税》
・応益税(消費税など)――受ける役務に応じて払う悦――地方の基幹業務向き
・応能税(所得税など)――負担能力に応じて払う税 ――国の業務向き
「応益税は、地方の基幹業務に充てる」という税理論に基づけば、消費税を年金保険料
の穴埋めに使うことは、筋道いです。
「保険のロジック」で考えると、保険料を支払えない人の穴埋めには「どの財源を使っ
てもいい」という考え方もでき、消費税を排除できないことになります。しかし、「税
のロジック」の発想からいえば、応益税である消費税は地方の基幹業務に使うべきもの
であり、保険料の穴埋めに使うのは、間違っているという結論になります。
年金保険料の穴埋めに使うべきは、応能税である所得税、法人税などです。前述した
ように、法人税は所得税に帰着させられます。したがって、「所得税によって保険料の
穴埋めをするのが一番合理的」という結論になります。
先ほど、「年金財源としては、累進課税制度の所得税を入れたほうが公平性が高い」
と述べました。現象としてはそうなのですが、しかし実はそれ以前のレベルの話で、年
金財源に所得税を役人するのが当たり前なのです。あくまでも、「保険のロジック」と
「税のロジック」の二つによって他の税金が排除されるので、投人すべきは所得税とい
うことになるのです,
財務省の「社会保障のために消費税増税を」という主張は、「保険のロジック(保険
は保険料で)」から見ても、「税のロジック(国の基幹業務は応能税で)」から見て
も、まったく論理性>がありません。
第3章7節 なぜ「消費税」を年金に投入すべきではないのか?
90年代にはわかっていた「厚生年金基金」の制度欠陥
プロローグで、私は理学部数学科出身だったので、卒業するときに厚生省からお誘い
があったという話を紹介しました。厚生省には数学のプロ中のプロが就く「年金数理窟」
という専門職があります。
数学好きの私からすると、数理窟の仕事はとても魅力的でしたが、専門職ですから幅
広い仕事はできません。その点を考えて、私は大蔵省に行くことにしました,
数学科の先輩で、生命保険会社でアクチュアリーをしている人がいましたが、ときど
き担当者として大蔵省に説明しにきていました。アクチュアリーは、「数理専門家」と
訳されますが、数学のプロでないと受からない試験です。先輩から「アクチュアリー会
の名誉会員になってほしい」と頼まれました。大蔵省の役人が名誉会員にいると、会に
とって都合が良かったのでしょう。実力で会に入るわけではないので恥ずかしかったの
ですが、一応引き受けました。(中略
1990年代に日米金融協議があり、アメリカから投資顧問参入要求などが突きつけ
られました。投資顧問というのは、年金など資産を運用する会社です。日米協議の際に、
大蔵省では私が交渉担当になり、厚生省からも担当者が来ていました。
このときに、年金制度についてかなり深く勉強し、いろいろな問題点に気がついてし
まいました。とりわけ、「これはマズイ」と思ったのは、「厚生年金基金」のことでし
た,
それで、実は私はペンネームを使って、1994年から年金の制度欠陥について指摘
する論文を書き、発表しました。当時、私は大蔵省証券局に勤めていましたが、大蔵省
の人間が厚生省管轄の年金制度を批判するわけですから、ペンネームを使わざるをえま
せんでした。私のペンネームは三つありました。「日野利一」「大野興一そして「笠井
隆」です。(中略)
まず私は、日野和一のペンネームで金融業界誌「金融財政事情」※に年金についての
論文を書きました(巻末に、当時の論文を掲載します)。指摘したのは、「積立金の運
用」と「厚生年金基金」の問題点です。
この論文が、厚生省の痛いところを突いてしまったので、厚生省がものすごい剣幕で
怒り、「誰が書いたんだ。探せ!」ということになりました。編集部は秘密を守ってく
れましたが、厚生省は「大蔵省の高橋に違いない」と当たりを付けてきました。もちろ
ん私は、徹底的にしらを切りました。
一雑誌に出た論文にすぎませんから、厚生省が問題視しなければ何もなく終わったの
ですが、厚生省が騒いだことで、かえって注目が集まりました。私の論文に対する厚生
省側の反論も載りました,
「金融財政事情」の編集者からは、「この議論は面白いからさらにやりましょう」とい
う注文が入り、私は、どんどん書きました。厚生省は激怒したようで、最終的に、「金
融財政事情」の購読停止をちらつかせてきたようです。
議論は、もはや決着していたようなものでした。雑誌にこれ以上迷惑をかけるといけ
ませんので、私は書くのをやめました。
ところが、「この議論がとても面白かった」と「日経ビジネス」の編集者にいわれ、
今度は、笠井隆のペンネームで「日経ビジネス」に論文を書きました。PHP研究所の
月刊誌「Vouce」にも論文を載せました。
第4章1節 90年代にはわかっていた「厚生年金基金」の制度欠陥
性質の違うものを一緒にしてしまった「厚生年金基金」
なぜ、そんなことをしたかといえば、日米金融協議を担当したのを機に、厚生年金基
金についても勉強してみたら、知れば知るほど、「この仕組みは必ず破綻する」という
結論に至ったからでした。
先述のように、「厚生年金基金」は、厚生年金に上乗せする三階部分で、企業や業界
がつくる私的な年金です。
なぜ破綻すると予想したのか,
それは、厚生年金基金には厚生年金の「代行部分」かおるからでした。厚生年金基金
は、「私的な上乗せの年金」ですが、国に納めろ「公的年金」の厚生年金の一部(代行
部分)と合わせて運用する仕組みになっています。
しかし、まったく性質の運う「厚生年金の一部(公的年金)」と「上乗せ分(私的年
金)」を一緒に運用することなど、できるはずがありません。そもそも、公的年金は、
集めた保険料をすぐに老齢世代に支払う賦課方式。私的年金は、自分の払った保険料を
積み立てておいて老齢になったらもらう積立方式です。まったく性質の運うものを一緒
に運営するという発想自体、どうかしています。
数学的に考えても運営は困難です。
厚生年金は、全国民の人口構成・平均寿命で計算して、どのくらい保険料を取ったら
いいかを計算します。
一方、厚生年金基金の上乗せ部分は、業種、業界、企業によって、事情がまったく違
います。一般的には、社歴の浅い企業は若い人が多くなり、社歴の古い企業は年齢の高
い人が多くなります。業界別に見ても、高齢化が進んでいる業界もあれば、若い人が多
い業界もあります。企業や業界によって年齢構成や平均寿命が違います。
「上乗せ部分」は企業・業界の状況に基づいた年金数理の計算、「代行部分」は全国民
の状況に基づいた年金数理の計算です。どうやって、両者を合わせて運用できるでしょ
うか,
どう考えても、「上乗せ部分」の予定利回りと、「代行部分」の予定利回りが違った
数宇になるのですから、数学的に考えれば、破綻することは目に見えていました。代行
部分が合まれていることが間違っているのです,
《厚生年金基金 二つを合わせたもの》
・厚生年金の代行部分(公的年金)― 全国民の状況に基づいて利回り計算
・上載せ部分(私的年金) ― 企業・業界の状況に基づいて利回り計算
私は日野和一のペンネームで、「金融財政事情」1994年11月21日号)に
「厚生年金基金は年金制度を冒すガンである」という論文を載せ、代行部分の問題点を
指摘したのでした。それに対して、厚生年金基金連合会の常勤顧問から反論記事が載
り、さらに私は「厚生年金基金はやはりガンである」1995年3月6日号)という
論文を載せました。
私は、数学理論上、代行部分を一緒に運用するのはうまくいかないと予測しただけで
すが、結果的に、そのとおりになりました。代行部分が必要な利回りに達しない基金が
たくさん出てきたのです,
厚生年金基金の問題が、世の中にはっきりと認知されるようになったのは、2012
年に発覚したAII投資顧問事件です。AII投資顧問は、多くの厚生年金基金を運用
していましたが、運用の失敗と経営者たちが不正な利益を得ていたことで、運用資金が
消失してしまいました。AII投資顧問が運用していた厚生年金基金は、運用資産がほ
とんどなくなり、解散せざるをえなくなりました。この基金の加入者はみな被害者です。
問題は、厚生年金の「代行部分」まで必要な積立金がなくなり、「代行割れ」になっ
てしまったことです。
はじめから代行部分などつくらず、完全に分離しておけば、問題は起こりませんでし
た。私は、1994、95年時点で、代行部分をすべて返上するべきだと主張しました
が、聞いてもらえませんでした。
そのときに、私が予測に使ったのは、日本証券業厚生年金基金でした。証券業界の人
に、「この基金は破綻しますよ」といったのですが、「我々は運用のプロです。自分た
ちで運用しているから大丈夫です」といわれておしまいでした。私は何度も、「これは
「運用」が上手かどうかの問題ではなくて、「仕組み」の問題なんです」といったので
すが、「運用のプロ」をバカにしているとでも思われたのか、聞き入れてもらうことが
できませんでした。結局、日本証券業厚生年金基金は2005年に解散しました。
2000年代以降、厚生年金基金の行き詰まりが現実化し、代行返上する基金が相次
ぎました。上乗せ部分どころか、代行部分まで大幅な積立不足になってしまった基金も
あります。
基金に入っていた会社員は、上乗せの保険料を納めたのに、それがすべてパーになり
ました。厚生年金は国の制度ですから、「代行部分」に穴を開けた場合は、基金に加入
している会社は国から「代行部分」の穴埋めを求められます。厚生年金基金がつぶれて
も、「代行部分」の年金は支給してもらえますが、「上乗せ分」はあきらめるしかあり
ません。
厚生年金基金に入って、お金だけ取られて被害を受けた人がたくさんいるにもかかわ
らず、厚労省は間違った制度をつくった非をいまだに認めていません
第4章2節 性質の違うものを一緒にしてしまった「厚生年金基金」
※ 日米金融協議の焦点、「年金運用問題」は財テクリスクに満ちている(「金融財政事情」1994年11
月14日号より転載)
日米金融協議で、米国当局が主張しているテーマのIつが米国投資顧問によるわが国公的年金資金
運用である。これに伴って、国内金融機関の業際問題にも発展しつつあるが、年金問題への基本認
識が欠けてはいないか。
年金運用問題は修正積立方式に起因
誰でも老いを避けられないからこそ、老後の年金は多くの人の関心事である。年金、受給者からみ
れば、若いときに掛金を支払い、老後にそれ以上の額の給付を受けるので金融貯蓄商品と同じであ
る。掛金より給付が大きいのは、その間年金の支給者が掛金を積立金として運用するからである。
ただし、これは私的年金の話である。
諸外国の公的年金では、若年層の支払った保険料(公的年金では掛金のことを保険料という)を老
年層に給付、つまり所得移転(世代間扶養)しているので、積立金は少な一般諭として、諸外国に
おいては、公的年金は制度の永続性によって受給権が保証されている賦課方式(給付の原資を現在
の保険料で賄う方式)であるので、積立金が少なく所得移転による世代間扶養の投割に徹する一方、
私的年金では積立金により将来の年金給付を確保する必要があるので積立方式(給付の原資を過去
の掛金の積立金とその運用収入で賄う方式)を採用している。積立金は年金受給者各々の老後の給
付に要する貯蓄の総計であるので、受給者の代わりに一括して運用することが重要になっている。
ところで、日本の年金をみると、私的年金には当然積立金かおるが、公的年金である厚生年金(サ
ラリーマンの年金)も私的年金を上回る積立金を有している。これは、厚生年金において、急速な
高齢化による保険料の急増を避けるため、制度が未成熟なうちは給付を上回る保険料を課して積立
金を有し運用収入を得て、制度が成熟するにつれて徐々に賦課方式に移行する「修正積立方式」を
とっているからである。このため、この積立金を巡る財テクビジネスが注目され、信託・生保と投
資顧問(背後に銀行・証券がいる)との業際問題が生じている。
アメリカの要求は理論的に両立しない
こうした国内情勢を背景として、アメリカから、金融摩擦問題のなかで、公的年金の積立金の運用
について米系投資顧問会社を参入させよとの要求が出されている(投資顧問参入要求)。他方、こ
の積立金は政府部門の貯蓄超過=黒字の一因となり、民間の貯蓄超過とともに、ISづフンス諭に
よれば、結果として日本の巨額な経常黒字を招いている。このため、アメリカは、貿易摩擦問題の
なかで、その経常黒字の削減のために、政府による国債発行と公共投資の拡大も日本に求めている
(公共投資拡大要求)。(なお、アメリカの社会保障基金は全額連邦債に運用され、おもに政府消
費支出を賄っている)この二つの要求の内容は、積立金の運用という観点から好対照である。
「投資顧問参入要求」は、収益率は多少高まる可能性はあるもののリスクのある運用となり、株式
市場等への多少のテコ入れ効果はあるが、マクロ経済効果としては直接的には資本形成に資するも
のではない。一方、「公共投資拡大要求」は安定的な収益になるリスクのない運用であり、マクロ
経済的には直接資本形成に貢献するものである。
このため、これら二つの要求を両立させることはかなり難問である。たとえば、マクロ経済効果に
ついては、公共投資拡大要求に応えて、公的年金資金を財投を通じて融資し公共事業を行えば、マ
クロ経済効果としては国債発行と公共投資の拡大と同じになるが、この場合、積立金の財テク運用
は不要となり、ましてや投資顧問会社の参入の余地はない。逆に、投資顧問参入要求に対して、広
く投資顧問会社に財テク運用を開放すれば、その分、財投を通じる融資が減少し、十分な公共投資
を確保できなくなる。
したがって、かりに要求を受け入れるとすれば、いずれか一つにならざるをえないが、日本経済の
将来を思えば、「公共投資拡大要求」を選びたい。その第一の理由は、社会資本整備の必要性であ
る。日本の社会資本整備は都市部を中心に遅れており、アメリカの要求がなくとも、短期的な景気
対策とは別に長期的な観点から進めていかなければならない。また、今後高齢化の進展とともに貯
蓄率が低下することも予想されているが、まだ活力かおり貯蓄率の高いままのうちに社会資本整備
は行っておきたい,
なお、社会資本整備のために、一般会計による国債発行という手段もあるが、これは、政治的な思
惑に左右され、非効率・硬直的な資源配分に陥る可能性かおる。ところが、財投を通じる公的年金
の活用については、有償であるものの逆に効率性基準が優先されるため、政治的プロセスに惑わさ
れず弾力的な資源配分ができるというメリットかおる。さらに、これは、公的年金という強制貯蓄
による資金調達であるが、国情と比べてクラウディングアウトによる金利の上昇を招く可能性は低
く、この意味で金融こ官本市場への撹乱は少ないであろう。
年金運用にはリスク管理が欠如している
次に、公的年金の財テクに係る各種の問題である。その第一はリスク管理の点てある。私的年金で
は、インフレによる積立金の減価を防ぐために株式等財テク運用が必要であるが、その場合厳格な
リスク管理のもとで行われている。具体的には、積立金の現在額〔資産項目〕と将来給付の現在価
値との差額をリスク許容バッフアーとして、リスクがその範囲で収まるよう財テク運用を行ってい
る。これは、生保におけるソルベンシーマージンの考え方である。ところが、公的年金の財テクに
ついては、物価スライド制によるインフレヘッジ機能をもつので本来不要であるのに加え、かりに
限定的に行うとしても、このようなリスク管理がない致命的な欠陥かおる。
たとえば、予算書における厚生年金のバランスシートをみると、資産としては資金運用部預託金と
いう形の積立金が計上されているが、負積には収支差額(=利益)の累が計上されているだけで、
この積立金でカバーされるべき将来給付の現在価値は記載されていない(したがって、複式記帳の
意味がまったくない)。 理論的には、全体の将来給付の現在価値から将来保険料(国庫負担を含
む)で賄う給付の現在価値を差し引いた額を積立金でカバーされるべき負積とすべきであり、積立
金とこの負積との差額にリスクが収まるように財テクは制限されるべきであろう(現実には財テク
は厚生保険特別会計本体が行っているのではなく、年金福祉事業団が行っているが、同事業団サイ
ドでもこのリスク管理の考え方を援用できる)。
ところが、全体の将来給付の現在価値は財政再計算の際に算出されていると思われるが、負債とし
ての現在の積立金でカバーされるべき将来給付の現在価値やリスク許容バッフアーはディスクロー
ズされていない,かりにこうした計算がなされたとしても、公的年金の財テクの上限は積立金の三
分の一という「腰だめ」数字であって、リスク管理上の理論的根拠があるとは思えない。このよう
な状況において、リスクのある財テクを行うことは、海図のない航海を行うのに等しく、必要ない
ばかりか、かえって過大なリスクを背負うことになる。実際、厚生年金は財テクにより巨額の含み
損を抱えているといわれている。
財テク運用は決して許されない
第二に、積立金の運用は、長期的には年金給付の流動性準備のためにリスクを排した安全・確実性
が求められている点てある。実際問題として、厚生年金の積立金のうち厚生年金基金(サラリーマ
ンの上乗せ年金)の代行部分を除いた厚生年金本体分の積立金は、10年足らずで減り始め、20
年ほどでゼロになるという試算もあることを考えれば、株式運用のような中短期的なリスク・流動
性コストがあるものは、年金財政の流動性管理の観点からも適切とはいえないであろう。
第三に、財テクにより、保険料を軽減しつつ、給付の引上げが可能であるとの誤った幻想をもたら
す弊害かおる。厚生年金の積立金は90兆円であるが、一人当りにすると200万円程度しかなく、
全体の給付の一年分程度しかない。 公的年金の本質は世代間扶養であることからわかるように、
給付の八割以上は若年層からの保険料であり、私的年金とは異なり公的年金の場合、積立金の運用
収入に大きな期待をかけるべきではない。
最後に、公的年金は強制加入という点も考慮する必要かおる。私的年金において、かりに積立金の
財テク運用に失敗したとしても、私的年金であるがゆえに、年金の受給者にはまことに気の毒であ
るが、託した人が悪かったという自己責任の問題として処理することができる,しかし、公的年金
では脱退の自由はなく、財テク運用の失敗は絶対納得できない。いずれにしても、公的年金は、無
用な財テク運用で傷を深める前に、世代間扶養の投割に徴してもらいたい。強制加入により税金と
同じ保険料を徴収し、公共投資に使わずに財テクを行い、経常黒字となって貿易摩擦問題を引き起
こし、リスク管理がないため運用に失敗するような公的年金であれば、行革によって民営化しても
らいたい。
この項つづく
Aug. 15, 2017
● 今夜の寸評:アフリカ沖に跋扈する禿鷹
蛸を揉む力は夫に見せまじもの 八木 三日女(みかじょ)
冬枯れや蛸ぶら下げる煮売り茶店 正岡 子規
50数年前、モーリタニアの真だこが世界各国から注目を浴びるようになる。当初行われていたトロー
ル漁は、150~350トンクラスの船が、深いところでは水深40メートルにもなる海底に網を這わせながら、
魚介類を根こそぎ漁獲するという底引き漁で、まだ育ち切っていない子供のたこまで乱獲していたため
に、たこの漁獲量は激減する。天然資源の保護が叫ばれ、1985年から本格的に行われ「壺漁(つぼりょ
う)を採用。「壺漁」は、狭い岩の隙間に潜り込むたこの習性を利用して、1つの壷で1匹ずつ漁獲す
るという日本古来の漁法。たこの餌が豊富な浅瀬が漁場でもあるため、足が太く身の引き締まった
“たこ質”の良い真だこが漁獲される。ところで、広大なサハラ砂漠が広がるモーリタニアに国を支え
る産業はなく貧困に苦しんでいたが、中村正明氏がのモーリタニアにタコ漁を伝え、モーリタニア貢献
した話は有名で、1990年代初頭、モーリタニアに20カ所以上の「壺たこ」生産工場が生まれている。
8月16日、エクアドルの海軍は、漁業が違法であるガラパゴス海洋保護区で数千のサメを漁獲したとし
て中国の漁船を拿捕している。エクアドルの環境大臣は、サン・クリストバル島の東方約34海里に船上
には300トンのサメや他の海の生き物を発見。当局者はガラパゴスの保護区で不法に漁獲されたと疑い
これまで当局は摘発した最大の違法漁獲量になる可能性があると伝えている(Ecuador navy arrests Chin-
ese crew for fishing 'thousands' of sharks in Galapagos, UPI.com, Aug. 16, 2017)。また、先月13日、サンマな
ど漁業資源の保護について話し合う北太平洋漁業委員会の第3回会合が開催されたが、日本側が提案し
たサンマの漁獲量制限は中国、ロシア、韓国の反対で合意できず不調に終わっている。今後、海洋資源
を巡り関係国の競技とルールづくりが活発になるなか、冷戦時、世界を三つに割って革命を輸出してい
た中国だが、その地域周辺で海賊活動を行い拿捕されるという、国際協調時代にあってその流れに反動
するかの行為を前に率先垂範すべき国の有り様が問われている。