【新弥生時代 植物工場論 16】
「植物工場」とは、光、温度、湿度、二酸化炭素濃度、培養液などの環境条件を
施設内で人工的に制御し、作物を連続生産するシステムのことで、季節や場所に
とらわれず、安全な野菜を効率的に生産できることから多方面で注目を集めてい
ます。その「植物工場」そのものにスポットをあてた本書では、設備投資・生産
コストから、養液栽培の技術、流通、販売、経営などを豊富な写真や図解を用い
て様々な角度からわかりやすく解説。また、クリアすべき課題や技術革新などに
よってもたらされるであろう将来像についても、アグリビジネス的な視点や現状
もふまえながら紹介、文字通り植物工場のすべてがわかる一書となっています。
古在豊樹 監修「図解でよくわかる 植物工場のきほん」
【目次】
巻 頭 町にとけ込む植物工場
第1章 植物工場とはどういうものか
第2章 人工光型植物工場とは
第3章 太陽光型植物工場とは
第4章 植物生理の基本を知る
第5章 植物工場の環境制御(光(照明)
第6章 CO2/空調管理
第7章 培養液の管理
第8章 植物工場の魅力と可能性
第9章 植物工場ビジネスの先進例
第10章 都市型農業への新展開
第11章 植物工場は定着するか
薬膳レストラン併設植物工場
都会で行う「近未来農園」
2013年に大阪・梅田に開業した「グランフロント大阪」は、梅田貨物駅跡
地を中心とする約24ヘクタールの「うめきた」(都市再生緊急整備地域内)に
おいて、大阪経済活性化の拠点として最も注目されるビジネスとサービスの複合
施設だ。なかでも「ナレッジキャピタル」はその中核施設として位置づけられて
いるが、同施設の6階にある薬膳フレンチレストラン「旬穀旬菜」には「旬穀旬
菜シティファーム」という名の植物工場が併設されている。
コンセプトは、「都会で行う近未来農園」。季節の葉もの野菜や根葉、果菜、
ハーブなど60種類以上の野菜を栽培・収穫し、また収穫した野菜は実際に「旬穀
旬菜」で使用するなど、店産店消によるフードマイレージ・ゼロの第6次産業化
の実践を試みている。
「近未来農園」野菜の特長
「旬穀旬菜シティファーム」では、特殊なセラミックの筒内に植物の根を張ら
せる「セラミック栽培」を導入している。
その特長は、①農薬を使う必要がない、②水耕でありながら、根の周りの環境
を腐葉土と同等の環境で野菜を育てられる、といった点だ。また、セラミック容
器の空洞のなかを表面に沿って伸びる根は空気にも接しているため、常に適度な
ストレスがかかる。そのストレスによって野菜に複雑な代謝を促し、風味や香り
が豊かになる。
さらに、ロート製薬研究開発所の調べによれば、クレソンに含まれるβカロテ
ンや、ミニトマト、赤パプリカ、黄パプリカに含まれるビタミンCなど、栄養素
や機能性成分の含有騒が標準値に比べ高い値が測定されている。なお、この栽培
技術はハイトカルチャ社の特許技術で、2012年には同社が製作した宇宙栽培
用特殊セラミック製の種子発芽実験装置を積んだロケットが打ち上げられ、宇宙
空間でも同様の機能により植物栽培実験が行われている。
「農」と「食」の可能性を拡大
「グランフロント大阪ナレッジキャピタル」には、企業や研究機関、大学、ア
ーティスト、消費者らの交流・展示スペース、コンベンション施設、多目的劇場
などがある。「旬穀旬菜シティファーム」のほかに、パナソニックセンター大阪
のカフエ「フーディ・フーディ」にも8台の小型植物工場が並んでおり、農と食
における新たなコンテンツ開発やビジネスモデル創造の火付け役となることを期
待したい。
甘草(カンゾウ)の水耕
漢方製剤に欠かせない「甘草」
甘草(カンゾウ)はマメ料の多年草で、その根や地下茎に肝機能改善や抗炎症
抗アレルギーに効能があるとされるグリチルリチンと呼ばれる有効成分を含んで
いる。現在、日本における一般漢方製剤の70%以上に原料として処方されてお
り、甘草を用いた漢方製剤市場は2500億円といわれる。
このように、甘草は我々の生活に欠かせなぃ植物のひとつであるが、実は国内使
用量の100%を輸入に頻っている。また、供給量のほとんどを野生植物に依存
しており、乱獲するとその跡地が砂漠化しやすく、主要輸出国の中国は2000
年以降、野生甘草の採取制限をしている。
さらに、世界的な生薬の需要増による価格高騰や生物多様性条約を背景とする
資源国との利益分配などの問題も加わり、安定供給に懸念が生じはじめている。
日本初―・甘草の水耕に成功
そんななか、鹿島建設㈱が㈲医薬基盤研究所および千葉大学の協力のもと、日
本初となる甘草の水耕システムの開発に成功した。
甘草の水耕は1970年代から多くの研究者が手かけてきたが、いまだ実用化
には至っていない。その要因としては、優良な苗の入手が困難であること、水耕
では細根が大量に発生し根が肥大しないことなどがあるが、鹿島建設は、医薬基
盤研究所が選抜した有効成分の含有量が高くなる系統のは草苗を特定の条件下で
栽培し、適度なストレスを与えることで、根を肥大化させることに成功した。
実用化に向けた課題と展望
水耕による甘草の利点としては、①露地の土耕では収穫までに4年以上かかる
が水耕では約1年で収穫できる、②生物および有害物質などの付着の危険性が低
い、などがある。
①生産コストが高く現状では採算がとれない、
②植物工場産が漢方製剤の原料として用いられるにはより多面的な評価が必要な
ど実用化に向けた課題もある。
ただ、中国における生薬の平均価格が2007年から2010年の4年間で2倍
になるなど、価格高騰の懸念は年々高まりつつある。また、甘草は漢方製剤のみなら
ず化粧品やシャンプーの原料としても用いられているため、新たな市場開拓も期
待できる。甘草を含めて、多くの種類の薬用植物の水耕・植物工場栽培の実用化
に向けた今後の展開に注目したい。
良質な野菜苗の大量生産
高まる購入苗の必要性
「苗半作」(よい苗を育てることができれば、作物栽培の半分は成功したような
ものである)といわれるように、苗の善し悪しによってその後の生育や最終的な
品質・収穫量が大きく左右される。ゆえに、農家は良作田をつくるために多大な
労力と細心の注意を払う必要があるが、一方で、その管理における時間的・精神
的負担はかなり大きい。
そこで、自家育苗を行わずに購入作田を用いる農家が年々増えており、そんな
購入苗需要に応えるべく、育苗を専門に行う業種がここ十数年発展を遂げている。
育苗業における減農薬への課題
ただ、育苗業には課題も少なくはない。
まず、技術面だ。品質の高い苗を生産し続けるためには熟練の技術が必要とな
るが、経験が必要とされる熟練技術者の養成は容易ではない。
さらに、農薬取締法の改正である。これにより、購入苗においても農薬使用履
歴表示が義務づけられたため、利用する農家側からは、登録農薬の総使用回数制
限の点から育苗段階における農薬使用回数を減らしてほしいとの要望が出ている。
これは、育苗業にとってはかなりの難題といえる。
加えて、近年トマト栽培に大きな被害をもたらしているトマト黄化葉巻病の存
在だ。育苗段階での防除が重要であることから、育苗ハウスヘの厳重な防虫ネッ
ト設置をはじめ、対策に伴う生産コスト増などが課題となっている。
露地栽培との「共生」を物語る先進事例
そのようななか、2000年に設立されたベルグアース㈱や、2003年に設
立した㈲徳島シードリングでは、閉鎖型苗生産システム(苗生産に特化した植物
工場、商品名・苗テラス)を導入し実稼働させている。トマトの接ぎ木苗や台木
枯木生産用の苗テラスを中心としたこの育作田施設からは、それぞれの社で、年
問約1000万本100万本の接ぎ木苗が出荷されている。
植物工場で苗栽培を行うメリットは、①自然条件に左右されないため、高品質
な作田を短期間で安定的に生産できる、②害虫が付かないため農薬が不要などさ
まざまあり、前述の育苗業における課題を解決し得る。そしてそれは、結果的に
購入苗を用いる農家のためにもなる。
植物工場と露地栽培はよく「競合する」と懸念されがちだが、それらが「共生
する」ことを物語る事例のひとつといえる。
JAが取り組む人工光型植物工場
JA初の本格的な植物工場
福島県の「JA東西しらかわ」は、2014年1月より試験栽培を開始、白河
市表郷金山で人工光型植物工場の運営を開始した。育苗、水耕プラント、出荷調
製室など延べ床面積約500平方メートルのこの工場内では、1株80g程度の
レタス類やミニハクサイが1日に約3000株生産されている。
同JAが植物工場の導入に着目した最大の理由は、原発事故の放射性物質によ
る風評被害対策だった。人工光型植物工場であれば、放射性物質に汚染される心
配がない。これによって風評被害を払拭し、安定供給による産地づくりに結びつ
けたいとの思いがあった。
同時に、外部環境を遮断するため自然環境に左右されない植物工場は年間を通
して安定的に量、品質を保つことが可能であり、日本の農業のみならず世界の食
料供給のなかで非常に大きな意味合いがあると感じたことも、植物工場の導入を
後押しした。
地元雇用の剔出にも貢献
また、一般の野菜栽培は「自然が相手」のため気候に影響されるが、人工光型
植物工場の栽培空間は常に気温、湿度、照明などが一定で、作業環境が快適であ
る。加えて、植物の成長を実感しやすいため作業が楽しく、農業経験のない人で
も容易で、女性の働く場所として適している。
この点が、同JAが植物工場の導入に至ったもうひとつの理由である。
植物工場を建てても、運営者・指導者に栽培できる技術、知識がなければ植
物をきちんと育てることはできない。もちろんJAには栽培のプロがそろってお
り、その点に不安はない。そういう意味で、JAが植物工場を建てるのは理想的
だ。
地域農業の先進的モデルヘ
植物工場運営における課題のひとつに販路があるが、同JAでは、同JAおよ
び連携JAの直売所での販売や、地元の学校給食への供給などを実施している。
また、同JAはこの数年、「みりょく満点」のブランド戦略で産地づくりに成果
をあげているが、このブランド品の特徴は、ミネラル成分を含んだ鉱物資源の肥
料を使っている点にある。これは、植物工場における機能性付与にも相通じる部
分だ。
同JAのチャレンジが、地域農業の新たなビジネスモデルとなることを期待し
たい。
生産性を増す人工光型植物工場
日本最大の人工光型植物工場
人工光型植物工場の増加に伴い、個々の工場の面積が拡大、生産性も向上して
いる。現在、日本最大の人工光型植物工場は、株式会社スプレッドが経営してい
る工場だ。
スプレッドは、2006年に野菜工場事業を目的として、京都府亀岡市で設立
された。人工光型植物工場である「亀岡プラント」は、人工光型多段式湛液水耕
方式を採用し、2007年に稼働を開始。2009年に増設をし、さらに生産力
を増強している。
現在、建物面積は2870平方メートルで、天井高は15・7m、光源は蛍光
灯を使用している。育苗に20~22日問、栽培に18~20日間かけ、1日当たり2万
3000株ものレタスの出荷が可能である。年間を通してみると、730万株も
のレタスを出荷していて、日本の植物工場産レタス市場ではトップクラスのシェ
アを誇り、生産量も世界でトップクラスの多さだ。
生産から販売までをグループ企業で
スプレッドが自社内で構築した研究体制、大空間での高度な生産管理技術など
といった実績は、世界中からニーズがある。そのため、世界各地でスプレッドの
植物工場である「Vegetable Factory」が展開しつつある。
また、スプレッドの強みは、青果業界を縦断して事業を展開するトレードグル
ープのメンバーということもある。トレードグループは、生産、流通、物流、広
告、販売それぞれの連携をはかっているのだ。スプレッドは、このうちの「生産
」の領域を担っている。トレードグループは包括的な事業展開をすることで、「
生産から消費までをカバーする野菜の総合商社」を目指し、青果業界に新しい風
を吹き込んでいる。
独自のブランド名で流通
スプレッドが生産するレタスは、「ベジタス」というブランド名で流通してい
る。全国のスーパーや百貨店など約に100社と取引きし、1袋約200円で販
売されている。ベジタスの人気には、以下の理由が考えられる。①年間を通して
価格が安定している、②露地ものに比べてビタミンAが豊富、③生産工程におい
て、農薬を一切使用していないので洗わずに食べられる、などである。実績も好
調で、今後は首都圏での工場稼働も視野に拡大路線は続いていくだろう。
スプレッドでは、植物工場による「未来の子供たちが安心してくらせる持続可
能社会の実現」という目標達成に向けて、チャレンジを続けているのだ。
人工光型植物工場・世界の動き
輸出産業としての人工光型植物工場
28頁で触れたように、日本が牽引してきた人工光型植物工場市場はいま、アジ
ア各国、カナダやアメリカに止まらず、ロシア、モンゴル、中東といった、自然
環境の厳しい国や地域での広がりが注目されている。
日本ではこれまで、植物工場の研究に対して政府が支援を行いながらその実績
を積み上げてきた。さらに近年は、次の展開として海外をにらんだ戦略を立てる
企業が増えている。
日本から輸入した高級野菜の市場がもともとある香港やシンガポールでは、と
くに植物工場の需要は増している。
国内市場だけでは市場規模が限られるので、より食料問題環境問題が身近で、
農業を取り巻く環境が厳しい地域こそが、フロンティアとなり得るのである。
極寒の地モンゴルの植物工場
モンゴルの首都ウランバートルでは、2014年に日本企業である株式会社み
らいが建設した植物工場が稼働を開始した。延べ床面積が各450平方メートル
の植物工場2棟で、建設費は約2億2000万円。LED照明を活用して野菜を
生育する完全屋内型の工場である。
ウランバートルは、豊富な鉱物資源を背景に高い経済成長が続いている。その
ため、新鮮な野菜の需要が従来よりも高まり、植物工場へ白羽の矢が立ったので
あった。
モンゴルの自然環境は大変厳しく、野菜栽培には適さない。
極寒期の外気温はマイナス35℃にもなり、乾燥していて砂嵐に見舞われやすい
などの特徴もあるからだ。そのため、野菜はほぼ全量を中国から輸入してきたが
輸送コストがかかるうえに新鮮ではない。みらいはこの地で、完全密閉型の人工
光型植物工場を建設し、無暖房栽培を可能にした。みらいには以前にも南極の昭
和基地に植物工場を導入した実績があり、モンゴルの植物工場建設にもつながっ
たといえる。
企業間プロジェクトによる展開
このプロジェクトは、もともと千葉銀行がウランバートルで開いた商談会がき
っかけで実現した。モンゴルの大手飲食店であるノマヅグループとみらいが結び
ついたかたちだが、バックアップする企業はほかにもある。建設資材を運ぶ国際
物流は、千葉銀行と取引がある日本通運が担当。同じく、業務提携先の企業が海
上保険、貿易保険を担当する。このように、植物工場の世界展開にはさまざまな
事業が付随し、一大プロジェクトになっていくのである。
尚、初期投資対策(例えば、無利子融資制度・減価償却期間の長期間化)を政府が担保す
ることができれば短期間に普及していくだろうし、モンゴルの事例のように、極寒・極暑地帯
では完全制御型植物工場の無利子融資を担保できれば技術的課題だけでなく関係国の友
好が密接になる。さしずめ、ロシアの樺太サハリン地区で展開できればと、考えてい
る。非制裁政策(日本型ソフトパワー政策)で積極的平和主義的外交を成功させてみ
てはいかがなものか。
また、ブログでも取り上げてきた山葵の栽培。柏崎市の石地わさび園で地下水をくみ
上げ山葵を露地ハウスで栽培、地下水はマス養殖に再利用している(下イラスト参照)。
既に、岐阜大学などで人工光型=完全制御型植物工場で試験栽培されている。ところ
で、石地わさび園の施設に、シーズニング(調味料)などの完全な安全・品質の追従
(トレーサービリティ)できる加工生産工場を追加できればなお結構。
この項つづく
● 今夜のアラカルト 枝豆と山葵のディップ
● 今夜の一曲
Helen Wheels
Paul McCartney’s 10 Greatest Songs After The Beatles March 6, 2013 12:00 AM
「愛しのヘレン」は、1973年にポール・マッカートニー&ウイングスが発表した楽曲。
アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』で行われたラゴスでのレコーディング・セッシ
ョンで制作、同アルバムのアメリカ盤に収録された。本国イギリスではオリジナル・
アルバム未収録のものの1993年「ポール・マッカートニー・コレクションシリーズ」
の一環として発売された『バンド・オン・ザ・ラン』の再発CDにボーナス・トラッ
クとして収録。タイトルの「ヘレン」は、ポールが自分の自動車に付けた名前。スコ
ットランドにある自分の農場からロンドンへ戻る旅路を歌詞にしている。