Quantcast
Channel: 極東極楽 ごくとうごくらく
Viewing all 2435 articles
Browse latest View live

現代大量虐殺史 Ⅰ

$
0
0

 

 

  犯罪に理由は必要なのか? /  アーサー・ショウクロス

 

   


 【縮原発論 17: 核ごみ廃棄処理のススメ】   

  目次   

  第1章 日本人の体内でおそるべきことが進行している!
  第2章 なぜ、本当の事実が、次々と闇に葬り去られるのか?
  第3章 自然界の地形がどのように被害をもたらすか
  第4章 世界的なウラン産業の誕生
  第5章 原爆で巨大な富を独占した地下人脈
  第6章 産業界のおぞましい人体実験
  第7章 国連がソ連を取りこみはじめた
  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体
  第9章 日本の原発からどうやって全世界へ原爆材料が流れ出ているのか 




   第6章 産業界のおぞましい人体実験

           「プルトニウム人体実験」と組織的50万人殺戮計画



  さて再び戦後のABCC誕生の時代に戻らなければならない。その背後で、恐怖の出来事
 が秘かに進行していたからだ……おそらく読者には信じられないだろうが。
  ニューメキシコ州で最初の原爆実験を成功させた’原爆の父”ロバート・オッペンハイマ
 ーが、あろうことか「放射性毒物兵器による50万人殺戮計画」の書簡を、最初の核分裂連
 鎖反応を成功させたエンリコ・フェルミに対して送っていた。それもマンハッタン計画が進
 行中の1943年5月25日付けでだ。

  機密解除されて暴露されたこの恐怖の殺戮計画には、以Fのような文面があった。
  ――エンリコ・フェルミ様

  放射能で食品を汚染させる問題について報告します。私はすでにいくつかの作業を進めて
 います。……50万人を殺すのに食べ物を充分に汚染できない場合には、計画を試みるべき
 ではないと考えます。というのは、均一に分布させることができないため、実際に被害を受
 ける人間がこれよりはるかに少なくなることは間違いないからです。 

                            ロバート・オッペンハイマー



  こうしてマンハッタン計画の首謀者たちによって、全米で「プルトニウムを体内に注射す
 る人体実験」がおこなわれたのである。このおぞましい事実については、1994年にピュ
 ーリッツアー賞を受賞した『プルトニウム人体実験』(アルバカーキー・トリビューン編、
 広瀬隆訳・解脱、小学館、1994年)で詳細に報告してある。広島・長崎に原爆が投下さ
  れる5ケ月前の1945年3月、マンハッタン計画の医療担当者がロスアラモス研究所で会
 合を持りた。そこでオッペンハイマーたちが、プルトニウムを患者に注射する計画への協力
 を依頼したのである。そして翌月(1945年4月10日)、テネシー州オークリッジのマ
 ンハッタン計画病院で、交通事故で重傷を負った黒人男性にプルトニウムが注射されたのだ。

  この第1号患者以来、おそるべき科学がスタートした,終戦後の1947年に至るまで、
 末期的癌患者など余命の短いとされる合計18人の一般市民が選び出され、プルトニウムを
 静脈に注射する人体実験が病室でおこなわれた。被験者はプルトニウム注射後、必要もない
 のに内臓を切除されたり、死亡後の遺灰までも研究材料にされ、人間が文字通りモルモット
 の扱いを受けた。

  名もない医師がプルトニウムを注射したのではなかった。医学界の権威とみなされ、当時、
 ヒロシマ・ナガサキABCCを動かして放射能と生体との関係を結論づける委員会などで最
 高指導者のポストにめった人間が、患者たちを病室で担当していたのである。しかも彼らは、
 かなり以前から相互に関係を持っていた。なぜなのか・・・・・・
  というのは、マンハッタン計画には、有名な「原爆開発域」があり、マンハッタン計画と
 言えば、彼らだけしかいなかったと思われてきた。
  だが彼らだけでなく、実はマンハッタン計画の第二部門として、この人体実験に関与した
 「医学班」が存在していたのである。彼らが放射能の危険性を研究した部隊であった。つま
 りマンハッタン計画の従事者たちは、原爆の製造法を研究した時代に、ロスアーフモス研究
 所で多くの者が重度被曝して、かなりの数の病人や死者を出していたため、放射能のおそる
 べき危険性に気づいていた。

 Human Experimentation, Plutonium, and Colonel Stafford Warren

  その医学班の最高責任者で、医療主任がスタッフォード・ウォーレンであり、彼自身が、
 プルトニウム生体実験を認可した当人であった(先に述べたヒロシマ・ナガサキABCC設
 立設者は、シールズ・ウォーレンであり、同姓だが別人であるので、混同しないように注意)。
  スタッフォード・ウオーレンは、”ニューメキシコ州アラモゴルドでおこなわれた194
 5年7月16日の”最初の原爆実験”で放射性降下物(死の灰=フォールアウト)を観測し
 た。そして、原爆作裂の様子を観察していたかなりの人間が一時的に失明し、多くの者がか
 なり大量に被バクしたことから、「放射性降下物によっできわめて重大な潜在的危険陛が残
 されている』と報告した。
 
  そのときの結果を、原爆実験五日後にウォーレンが指揮官グローヴスに報告したなかに、
 次のような事実が記されていた。

  ――実験当日と翌日の二日間にわたって、放射性物質の降下を観測したが、実験場の周囲
    には、半径120~160キロメードルの範囲にわたって住民のいることが確認され
    た。幸いにも、特に高い放射能が検出されたのは、無人地帯だけであった。
    観測班の人間は危険を承知で作業したが、多くの者がかなり大量に被パクした。
    3・2キロメートル以内で岐バクした人のなかには、死亡者または重症者が出るおモ
    れがある。調査した住宅地域では、場所によっては、放射性降下物によってきわめて
    重大な潜在的危険性が残されている。

  ここで指摘された”重大な潜在的危険性”は、実際、住民に甲状腺癌を含むさまざまな癌
 が発生して裏づけられてきた。その被害について、驚くべきことにたった今、2014年に
 アメリカ国立癌研究所によるてフモゴルド周辺住民の調査かはじまったぱかりである。
  そのスタッフォード・ウォーレンが、やはり原爆投下後の広島と長崎に姿を現わし、のち
 のABCCと共同で被バク者を、モルモットとして観察した人物であった。ウォーレンは、
 日本人が見るのと別の視点で広島と長崎の被バク者を生体研究の対象とし、さらに、南太平
 洋のビキニでおこなわれた原爆実験にも参加した。ここでも、目的は同じ人体の観察であっ
 た。

  スタッフォード・ウォーレンは1981年にこの世を去ったが、しかしモの医学者として
 の生涯履歴には、プルトニウム注射の「人体実験」を認可したことのほかに、なぜか「知恵
 遅れ」の研究について大統領特別補佐官の役割を果たし、「盲人」の研究においても権威で
 あったことが記されている。いずれも代表的な放射能障害である。広島と長崎の被爆者を調
 べ、核実験と人体実験を繰り返すうち、原爆が戦争に使えないほど危険な兵器であることに、
 人体実験医は気づいていたのである。人を殺すことには痛みを感じないが、自分が犠牲にな
 るときには逃げ出す人間たちの科学論が、核実験と原子力の最大の特徴であった。そのよう
 な”ある種の科学者”たちが、マンハッタン計画の原曝開発部隊に集められたあと、兵器開
 発と生体研究のそれぞれの担当者が密接に連絡を取り合って、組織的に殺人計画を実施して
 きた。

  それをわれわが”戦時中の狂気”として納得できないのは、彼らが戦後も核実験と人体実
 験に奔走し、その人脈がさきほど述べたように日本に受け継がれ、原発の放射能無害論を喧
 伝してきたからである。戦後は、同じ人間がさらに危険な冷戦を挑発し、罪もない膨大な数
 の死者を踏み台にして、巨額の利権をあやつってきたのだ。




               ハーヴァード大学でも組織的な人体実験が!

  ニューメキシコ州の地方紙”アルバカーキー・トリビューン”が報じた前述の『プルトニ
 ウム人体実験』のほかに、次から次へと人体実験が山のように報告され、明るみに出てきた。
  1947年9月には、カリフォルニア州スタンフォード大学のウィリアムーグルーリック
 教授が、ABCCと共同作業をするために来日すると、広島、呉、長崎、佐世保で、日本の
 児童、実に1000人にX線を浴びせ、原爆の放射線がどのような影響をもたらすかという、
 おそるべき実験をおこなった。この生体実験をおこなうにあたって、彼はスタッフォード・
 ウォーレンに相談したが、ウォーレンは、「X線の被曝量はわずかだから、よろしい」と許
 可を与えていた(東京新聞2014年8月2日夕刊)。

 
RADIUM CITY 1987 Complete 102 min. Feature Documentary Film

  そしてABCCのヒロシマ原爆病院の被害者を調べて、陸軍長官直属の放射能被曝専門家
 として活躍していたオースティン・ブルースが、こともあろうにプルトニウム人体実験患者
 の症状を一方で追跡していたのである。
  先に紹介した映画『ラジウム・シティー』によれば、1948年には、原子カプロジェク
 トのため、イリノイ州にシカゴ大学が管轄するアルゴンヌ国立研究所の建設がはじまり、6
  800万ドルが投じられた。そして、かつて1920年代前後から夜光時計の蛍光塗料を塗
 布した被バク女工の”生存者”の追跡調査に着手した。これも一連の放射能の影響調査の一
 環であり、危険性を確かめることが目的だった。AEC(原子カエネルギー委員会)が資金
 を出し、この生存者たちは何の補償・賠償も受けないまま、激しい痛みを伴う骨髄検査にか
 けられ、その臓器や腫瘍などが詞べられたのである。この調査が終了するまでに、オタワ市
 出身の元女工の生存者205人のうち、驚くべきことに80%が癌に冒され、9%が死亡し
 ていた。

  人体実験の患者たちは、戦争が終ってからもプルトニウムを注射されていたが、初期のマ
 ンハッタン計画部隊は、戦後に一体何を考えていたのか。
  スタッフオード・ウォーレンは、1947年にはカリフォルニア大学ロサンジェルス校(
 UCLA)に医学部を創設して、自ら初代の学部長に就任していたのである。
  やがて1950年代に入ると、朝鮮戦争の勃発とともに西部ネバダ州での大気中核実験が
 大規模に開始され、ウォーレンはその全期間にわたって放射能関係の最高責任者をつとめ、
 死の灰について”世界一の権威”として君臨するようになった。そして彼が安全だと定めた
 基準に従って核実験がおこなわれ、死の灰が降りつもる風下地帯のセントージョージなどで
 は、膨大な数の住民がそのなかで生活させられ、殺されたのだ。

  さらに1960~72年にかけて、オハイオ州シンシナティ大学病院では、82人の末期
 的とされる沸患者K致死量の放射線が照射されたが、うち61人、実に7割が低所得層の黒
 人だった。このグループは、学校に通った平均年数が5年と短く、特異な選択を受けていた。
 200ラド(現単位2グレイ)の被バクで人間が死にはじめるが、患者には250ラドとい
 う強烈なX線が照射され、実験後、25人の患者が60日以内に死亡した。オークリッジの
 国立研究所でも、同様の実験がおこなわれた。この一連の人体実験の主導者となった医師は、
 後述するショゼフ・ハミルトンなので、名前を記憶されたい。

  多くの読者は、末期症状の癌患者に大量のX線を照射したからといって、それは治療の最
 後の手段であり、人体実験ではなかったのではないか、と疑問を持たれるだろう。しかしこ
 の照射室の床は木製で、X腺を容易に透過する構造になっていた。ここを開くとプラスティ
 ックのコードが縦横に走り、これらのコードには、実験用のネズミを入れたカゴが60個も
 ぶら下がっていたのである。患者は治療のためにX線を照射されたのではなく、データを集
 めるために、さまざまの測定器を装備されて寝台に横だわっていた。この人体実験中、医師
 たちは床を開いて被曝したネズミを取り出し、患者のそばを通って運び出しながら、水と餌
 を与えていたのだ。ネズミの糞便が治療室に同居していたのである。

  1992年来、アメリカでは大量の人体実験の記録が暴露されてきたが、特に重大なのは、
 ロスでフモスの原爆製造グループを指揮するグローヴス准将に対して、直接の政治的命令を
 伝える重要組織「国家防衛研究委員会この委員長をつとめていた毒ガス化学者ジェームズ・
 コナントが総長をつとめていた時代のハーヴアード大学における、組織的な人体実験であっ
 た。東部の町では、放射性物質をミルクや食べ物に入れて知的障害児に与える壮大な実験が
 おこなわれたことが明らかになり、ヒアリングが開かれ、全米の人びとを戦慄させた。19
 94年に開かれた公聴会では、ケネディー大統領の弟エドワード・ケネディー上院議員が議
 長をつとめるなか、膨大な数の人体実験が次から次へと明らかにされた。

  1940年代から50年代にかけて、放射性物質による人体実験は、全米で600人を使
 って800回実施されたと言われてきたが、1990年代にはその数が1200人とされ、
 さらに、楽に1万人を超える・フジウム被害者の報告が出された。
  アメリカ航空宇宙局(NASA)もまた、別の人体実験をおこなっていた。1963~7
 1年(もしくは73年)にかけて、ワシントン州とオレゴン州の131人の無期懲役囚にN
 ASAの依頼でAEC(原子カエネルギー委員会)が大量の放射線照射実験をおこなった。
  囚人たちは性器を露出させられ、最高600ラドの照射を受けた。これは局部照射のため
 囚人はただちに死亡しなかったが、全身被バク量が400ラドで半数以上の人か死亡するの
 だから、その1・5倍という想像を絶する大量照射を受けて、そのデータが宇宙飛行士のア
 ポロ計画などに参照されたのである。

  このような実験は、宇宙空間で作業する人間の安全性を調べるためのかなり特殊な分野に
 限られた実験で、医療部門のわずかな人間に責任がある犯罪だという印象を与えてきたが、
 実際に年表を組み立ててみると、弾道ミサイル開発部隊のNASAが、マンハッタン計画全
 体の構造に組みこまれた大がかりな人体実験だったことが明らかになった。

  人体実験は、妄想に取り憑かれた少数の医師の異常さが生み出したものではなかった。マ
 ンハッタン計画に参集した人間が組織的に、というより、むしろアメリカ合衆国の機関が中
 心となって、原水爆利権のために実験を続けてきたものであった。つまり人体実験の目的は、
 彼らが被バクのデータを握ることによって、他者の発言を許さない放射線の権威者となって、
 ”安全基準”を自由に榛ることであった。そのことが実証されたのは、このあとに登場する
 ICRPと国連の組織に彼ら自身が君臨したあとのことであった。

  この世のすべてを疑いたくなる、悪魔の世界が、ここにあった。”権力の回廊を歩こうと
 する人間たち”が、当初のマンハッタン計画の原爆開発の方向を、強引に原子力開発に向け
 直して、AEC・・・・・・ABCC・・・・・・ICRP・・・・・・IAEA・・・・・・WHO・・・・・・NRC(
 原子力規制委員会)……DOE(エネルギー省)といった組織を生み出し、放射能の”安全
 性”を宣伝する活動に一権威」として君臨してきたのだ。
  原爆より前に、一次大戦でコナントが従事した毒ガス兵器の開発があり、両者は本質的に
 同じ殺人計画であった。つまり、「毒ガス兵器」→「原爆製遣マンハッタン計画」→「放射
 性物質による50万人殺戮計画」→「原爆投下」→「広島・畏縮のABCC被バク者調査」
 →「原水爆実験」→「プルトニウム・X線人体実験」という、一連の”同じ流れ”が浮かび
 上がってくる。

  その同じ時代に、失敗したとはいえ、ナチス・ドイツも原曝開発に挑戦していたばかりか、
 アウシュヴィッツ強制収容所などで毒ガスを大量に実用し、”死の天使”と呼ぱれた医師∃
 -ゼフ・メングレらによる恐怖の生味解剖がおこなわれていた。日本人も、七三一部隊が中
 国大陸で生きたままの中国人、朝鮮人、モンゴル人、アメリカ人、ロシア人たち数子人民ペ
 スト、コレラ、チフスなどの細菌を植えつけ、生体解剖をおこなうなど人体実験を実施して
 殺し、これらの重罪戦争犯罪人が、戦後アメリカの占領軍によって免責されたのであった。
  この七三一部隊の残党が、このあと本書に登場する原子力の人脈である。



  第7章 国連がソ連を取りこみはじめた

            ソ連の原爆開発を成功させた二重スパイ集団がいた

  さて、かくするうち、ソ連も原爆の開発に邁進していた。ここからが本書の重要な点であ
 る。つまり、戦後に発足した国連には、西側の資本主義経済を柱とする自由主義国も、東側
 の国家紋削経済を柱とする共産主義国も、両方が参加していた。そしてその対立する米ソ両
 国とも核兵器を握って、全世界の核兵器保有国が共同で「放射能被バクの危険性」を民衆に
 対して隠すという時代に突入していったのだ。

  東西にまったく違いはなかった。それが、国連を中心に被バクを放置するIAEA(国際
 原子力機関)を生み出すことになったのである。
  では、ソ連の原爆開発は、誰の手で、どのようにしておこなわれたのか。
  戦後の1946年、アメリカに続いて本格的な原曝の開発に乗り出した戦勝図イギリスは、
 オックスフォードシャーに独自の原爆研究所を開設した。そこで理論物理学の主任として任
 命されたのが、「マンハッタン計画で」すべてを知った男気ドイツの物理学者クラウス・フッ
 クスであった。



  フックスの父はドイツの著名な神学教授だったが、ナチスに対して激しい反対運動をおに
 なったため強制収容所に入れられ、娘は夫をドイツから脱出させたあと自殺を遂げるという 
 悲劇を招いていた。それがクラウス・フックスの親と姉妹たちの運命であり、それを目にし
 た彼自身は、ナチス・ドイツからフランス、イギリスヘと脱出して、大戦中の1941年に
 物理学者としてイギリスでバーミンガム大学の原爆研究開発グループK参加した。やがて自
 分がどれほど重大な問題虻取り組んでいるかを知ったフックスは、青年時代に共産主義を学
 んだ自分の姿を忘れず、秘かにソ通の情報機関との接触をはかった。

  この当時、二次大戦中の「アメリカ・イギリス」と「ソ連」は、”連合国”として手を組
 んでいたので、敵ではなかった。
  そのため二次大戦中にアメリカがソ連に送りこんだ戦闘機の数は、実にほぼ1万機に達す
 るほど膨大な数であり、イギリスもまた4千機以上を送りこんでゾ遅の軍事技術を支援した
 のである。米英軍から供給されたこれらの一万数千機の実物機体は、ウラル地方におけるゾ
 連の軍需産業にとって、いかなる設計図にもまして、その後の重大な機密資料となった。

  部品の交換や修理・改造を含めて、その内部設計や金属材料、さらには設計技術者の養成
 に至るまで、西側のほとんどの基礎的な技術がソ連の手に涙ったのである。こうして大戦中
 に築かれた情報ルートを通じて、極秘資料がNKGBと呼ばれる国家保安人民委員部(後年
 のKGB)に流入した。
  連合国同士のこのような交流作業が続けられるうち、フックスはやがて、アメリカの砂漠
 の真ん中につくられたロスアラモスの極秘原爆開発センターに、すぐれた物理学者としてイ
 ギリスから派遣され、設計から製造まで一切の機密を知ることになった。その結果、このマ
 ンハッタン計画によってフックスの頭のなかに入ったものが、クレムリン首脳に伝えられ、
 ソ連が原爆製造法の秘密をそっくりつかんでしまったのである。

  やがて、広島と長崎に原爆が投下され……翌年、1946年にフックスがイギリス原爆開
 発の主任となった時点で、ソ連の科学者には、原爆についての技術の基本設計がほとんど分
 っていた。さらに有名な国際的スパイ事件の主役として、イギリスの″ケンブリッジーサー
 クル”と呼ばれる二重スパイのグループがあった。これは、イギリスの諜報組織に所属する
 4人の最高幹部のスパイ・エージェントーキム・フィルピー、ガイ・バージェス、ドナルド・
 マクリーン、アンソニー・プラント――が、名門校ケンブリッジ大学を中心に秘密組織をつ
 くり、ソ連のスパイとして活動していた、という奇想天外な事実であった。4人目の人物ア
 ンソニー・プラントの身許が割れたのは、実に1979年という戦後30年以上もあとのこ
 とであった。ところがこのケンブリッジ・サークルには、”第5の男”が存在している疑惑
 が深まり、1986年には、4人組の全員と親しかったひとりの人間が、国家機密法のもと
 でイギリス議会の査問会に召喚された。



  ロンドン・ロスチャイルド銀行の会長ヴィクター・ロスチャイルド男爵であった。トルー
 マン大統領が、かつて「世界一のスパイ摘発専門家」と絶讃したヴィクター・ロスチャイル
 ドが、実は。ソ連に内通するスパイであった・・・・・・


「プロトニウム人体実験」についてはわかっていたつもりであったが、目をそらしたくなる状態
が続いた。ドイルの「アウシュビッツ」、日本の「七三一部隊」、そして、米国の「マンハッタ
ン計画」の連関図が明らかになるにつれ、「悪魔の本質・実体・現象学」という言葉が浮かんだ
。これは「愛国心とは悪党どもの最後の拠り所」などを遙かに超えている『現代大量虐殺史』だ。
さて、次回も第7章のつづき。


                                    この項つづく

 ● 今夜の一曲 


   More than the greatest love the world has known
   This is the love I'll give to you alone
   More than the simple words I try to say
   I only live to love you more each day

   More than you'll ever know my arms long to hold you so
   My life will be in your keeping, waking, sleeping, laughing, weeping
   Longer than always is long long time,
   But far beyond forever you'll be mine

   I know I never lived before and my heart is very sure
   No one else could love you more

   I know I never lived before and my heart is very sure   
   No one else could love you more


                                More  
 
                                             Music  Riz Ortolani 
                                       Words Norman Newell
 

 


現代大量虐殺史 Ⅱ

$
0
0

 




 暴力は嘘によってのみ秘密にすることができる。また、嘘は暴力によってのみ 維持される。

                                            アレクサンドル・ソルジェニーツィン

  


【時代は太陽道を渡る Ⅷ:太陽光連系直流給電システム】

株式会社NTTファシリティーズは、データセンターの省エネ化を実現のため、産業技術開発機構
(NEDO)の委託で、米国テキサス大学オースチン校の先端コンピュータセンタに高電圧直流
(HVDC)給電システムを導入、省エネ実証事業(15年8月~17年3月)を開始した。これ
により太陽光発電システムとHVDCを連系接続するなど、効率化と二酸化炭素削減に取り組む。
具体的には、(1)太陽光発電システムと高電圧直流給電システムを連系接続し太陽光の発電電
力に応じ、このシステムの整流装置の運転台数を制御し環境負荷を低減し、(2)給電効率を、
15%向上させる。

 

尚、すでに国内では、さくらインターネットが8月10日に同様のシステム(高温超電導ケーブ
ルで直流送電)が稼働している。

以上のニュースを2つの関連技術特許を掲載する。


● 電力変換システム

【概要】

消費電力の低減を図るためには電力変換効率の向上を図るため、交流電源から供給される交流電
圧を第1の直流電圧に変換する電力変換器と該直流電圧を降圧するための降圧手段とを含む電力
変換システム(直流給電システム)として、上図4の交流電源110に接続されたHVDC(hi-
gher voltage direct current:高電圧直流給電装置)101及び該HVDC101に接続された複数
の19インチラック102-1~102-N(Nは2以上の整数)を備えて構成し、19インチ
ラックは主としてサーバ装置等の情報通信機器を数十台収納するラックを示している。

HVDC101は交流電源110から供給される交流電圧を第1の直流電圧に変換するAC-D
Cコンバータ106を含む直流電源部105を備えている。 各19インチラック102-1~
102-Nはそれぞれ各サーバ装置103-1~103-Nを備え、 各サーバ装置103-1~
103-Nのそれぞれの構成は全て同じであるので以下ではサーバ装置103-1を例にして説
明する。

サーバ装置103-1は、第1の直流電圧を第2の直流電圧(例えば48V)に変換(降圧)する
DC-DCコンバータ(例えば、特許文献1参照)107と、第2の直流電圧の出力のバラツキ
を抑制(定電圧制御)するDC-DCコンバータ108と、第2の直流電圧を第3の直流電圧に
変換(降圧)するDC-DCコンバータ109-1~109-N(Nは2以上の整数)と、DC
-DCコンバータ109-1~109-Nにそれぞれ接続され第3の直流電圧が入力される負荷
110-1~110-N(Nは2以上の整数)とを備えて構成されている。尚、DC-DCコン
バータ108、DC-DCコンバータ109-1~109-N及び負荷110-1~110-N
はサーバ装置103-1のオンボード104-1を構成。

上記の電力変換システムは電力変換部を備え、交流電源から負荷までの電力変換の変換段数は4
段で、AC-DCコンバータ106の電力変換効率は95%程度で、DC-DCコンバータに1
07の電力変換効率は95%程度で、DC-DCコンバータ108の電力変換効率は97%程度
で、DC-DCコンバータ109-1~109-Nの電力変換効率は91%程度となり、交流電
源から負荷までの電力変換効率は各電力変換効率を乗算すれば、交流電源110から負荷110
-1~110-Nまでの電力変換効率は80%程度。この電力変換手段の変換効率を向上するは
電力変換器の電子部品の材料特性の向上等が必要となりコスト逓増する。



この問題を解決するための電力変換システム(上図クリック)は、(1)入力側が互いに直列に
接続された複数の電力変換手段で、その直列接続された入力側全体における一端と他端の間に、
(2)交流電源から供給された交流電圧が入力され、各電力変換手段がそれぞれ入力電圧を直流
電圧に変換して出力するように構成された、複数の電力変換手段と、(3)入力側と出力側が絶
縁され、入力側が各電力変換手段の出力側にそれぞれ個別に接続されている複数の降圧手段とを
備え、複数の降圧手段の出力が並列に接続されて構成。

ここで、交流電源から供給された交流電圧を負荷が要求する直流電圧に電力変換するという点で
は上記した従来技術と同じだが、交流電源から負荷までの電力変換段数が4段であるのに対し、
複数の各電力変換手段で、分割した交流電圧を直流電圧に変換出力し、直流電圧を電力変換(降
圧)するため、交流電源から負荷までの電力変換の変換段数が2段となる(図1)。

また、従来技術ではが直流電源装置としてのHVDCに接続された構成となる
るのに対し、本発明では直流電源装置が19インチラックに含まれた構成で、19インチラック
内のサーバ装置と直流電源装置を接続するコネクタケーブルの長さを短い。従って、コネクタケ
ーブルにかかるコストを低減できる。

  19インチラック

また、この発明システムは、降圧手段の前段に蓄電池が接続されている。こうするこで、各降圧
手段の前段に配置された直流電源装置の電力変換手段に異常が生じた場合でも、蓄電池から電力
供給が継続され負荷への電力供給が停止することがない。以下、このシステムの特許請求範囲。

1.入力側が互いに直列に接続された複数の電力変換手段であって、その直列接続された入力側
 全体の一端と他端の間に交流電源から供給された交流電圧が入力し、各電力変換手段がそれぞ
 れ入力電圧を直流電圧に変換して出力できるよう構成し、複数の電力変換手段と入力側と出力
 側が絶縁され、入力側が各前記電力変換手段の出力側にそれぞれ個別に接続されている複数の
 降圧手段とを備え、数の降圧手段の出力を並列に接続している。
2.入力側が互いに直列に接続された複数の電力変換手段であって、その直列接続された入力側
 全体の一端と他端の間に交流電源から供給された交流電圧が入力し、各前記電力変換手段がそ
 れ入力電圧を直流電圧に変換して出力するように構成し、複数の電力変換手段と出力側にそれ
 ぞれ個別接続した降圧手段の出力側の複数負荷をもつサーバ装置を備え、複数の降圧手段の出
 力を並列接続している。
3.各降圧手段の前段に蓄電池を接続している。


● 組電池の放電制御システムおよび放電制御方法



使用目的に応じた電圧を得るため、リチウムイオンセルを複数直列に接続してリチウムイオン組
電池を構成し使用する場合、充電は組電池全体に対して行い、各セルの充電電圧を制御できない
ため、直列セル間(同一組電池内のセル間)で充電電圧のバラツキが生じ、電圧が高いセル、つ
まりSOC(充電状態:State of  Charge)が高いセルと、電圧が低いセル、すなわち、SOCが
低いセルとが混在する。また、セルの製造上のバラツキや、運用時の設置環境などでも、直列セ
ル間において劣化状態のバラツキが生じて、SOCの上限値に差が生じる。

また、組電池では、構成するセルが1セルでも放電終止電圧に到達した場合は、安全性維持のた
め組電池全体の放電を停止する必要がある。例えば図8(上図をクリック)のようにセル210
を複数接続し構成す組電池220の放電時に、コントローラ230が各セル210のセル電圧を
監視し、セル電圧が所定電圧より低いセル210がある場合は、スイッチ240をオフ(開)状
態とし、組電池220からの放電を停止しに制御する。

このため、放電時は、SOCの低いセルが他のセルより早く放電終止電圧に到達し、組電池全体
が放電を停止させボトルネックとなり、組電池の放電容量が低下しい非効率なエネルギーの利用
を引きおこす。こうした問題は、多数のセル(約百個)を接続して構成される高電圧直流(HV
DC)や無停電電源装置(UPS)では顕著になる。この対策に、複数個の単セルが直列に接続
構成した組電池に、負荷に放電する放電線内にスイッチを設置し、組電池内の各セルの電圧をモ
ニタし、セルの電圧に応じスイッチ開閉する制御信号を送出機能をもつ電池監視制御部を設け、
各セルの正・負極端子に接続された充電用配線で、充電を各セルごとに独立に行う方法が提案さ
れているが、セルの製造上のバラツキや、運用時の設置環境の差などで、直列セル間の劣化状態
にバラツキが生じて、SOCの上限値に差が生じる。

上図は、各セル2の電圧を監視する電圧計4と、各セル2に配設され、セル2の電圧を個別に昇圧可能
な昇圧コンバータ3と、各セル2の電圧に基づいて各昇圧コンバータ3を制御するコントローラ5と
を備え、コントローラ5は、一部のセル2の電圧が第1の所定電圧V1よりも低い場合に、一部
のセル2以外の他のセル2の電圧が昇圧されるように昇圧コンバータ3を制御することで、複数
のリチウムイオンセルを直列接続した組電池として使用する場合に、組電池全体としてより適正
に放電できる特許。

   


 【縮原発論 18: 核ごみ廃棄処理のススメ】   

  目次    

  第1章 日本人の体内でおそるべきことが進行している!
  第2章 なぜ、本当の事実が、次々と闇に葬り去られるのか?
  第3章 自然界の地形がどのように被害をもたらすか
  第4章 世界的なウラン産業の誕生
  第5章 原爆で巨大な富を独占した地下人脈
  第6章 産業界のおぞましい人体実験
  第7章 国連がソ連を取りこみはじめた
  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体
  第9章 日本の原発からどうやって全世界へ原爆材料が流れ出ているのか
  あとがき 

   第7章 国連がソ連を取りこみはじめた

                  マンハッタン計圖を始動させた黒幕の正体

  ヴィクター・ロスチャイルドは世界最大の金融財閥を生み出したネイサンーロスチャイル
 ドの直系子孫――孫の孫――であり、ロスザヤイルド銀行会長として世界金融の頂点に立ち、
 イギリスBBC放送の”影の総裁”として国際的通信ネットワークを支配し、シェル研究所
 の所長として西側の原爆開発の中枢にあった男だ。
  加えてこのソ連のスパイ、ヴィクタE・ロスチ?イルドの再従妹の夫、フーフンス人ベル
 トラフン・ゴールドシュミットは、二次大戦中のマンハフタン計画で開発リーダーとして活
 動したユダヤ人で、後年国連のIAEA(国際原T力機閔)の議長をつとめ、全世界のウラ
 ン・プルトニウムの原材料部門を動かす「総支配人」であった。

  さらにこのロスチャイルド財閥のアレグザンダー・サックス(ドイツ読みザックス)こそ、
 1939年8月2日に書かれたアインシュタイン書簡を、二ヶ月後にルーズヴェルト大統領
 に直接手渡した人物であった。マンハタッタン計画の起爆剤となったアインシュタイン書簡
 が、科学者の手で書かれたものとは思われないほど「資金調達」と「ウラン調達」に重点が
 おかれたれていたのは、ニューヨーク・ウォール街のマーチャント・バンク「リーマン・プ
 ラザース」副社長だったこのサックスが、すべて仕組んだからであった。




  読者は、2008年に全世世界を襲ったリーマンーショツクをど記憶であろう。ウォール
 街の強欲さが招いた世腎的な経済崩壊の源が、この「リーマンブラザース」にあったことを。
  1993年に発刊された『資料マンハツタン計画』(大月書店)という大部の書物には、
 ”資料3-アレギザンダー・ザタクスから大統領にあてた書簡 1939年10月11日と
 して、次のような文面が見られる。

  ――大統領領閣下
    ……アルペルト・アインシュタイン博士の書簡ならびに物理学者の実験K閲する関連
    資料を閣下にお届けする機会を設けていただけるものと存じます。――究極的可能性
    としては、これまでの想像を絶するような力と可能性をもつ爆弾が製造される。閣下
    にお渡しする書面のなかでアインシュタイン博士が述べていますように、「この型の 
    爆弾1個を船で運び、港湾で爆発させれば、それだけで、港湾全体のみならず、同時
    に周辺地域の一部をもたぷん破壊するでしょう。」……ドイツによるベルギー侵攻の
    危険にかんがみ、(ベルギーのてブリュツセルに本社をもつ(コンゴの)ウニオン・
    ミーエール・デュ・オートカタンガ社と協定を結び、なるべくなら外交ルートをつう
    じて、米国が十分なウラン供給量を確保できるようにすることが緊急問題となってい
    ます。……

  これを書いたリーマン・ブラザース副社長サックスは、当時ロシア領だったリトアニア生
 まれのユダヤ人移民のため家系譜の記録は残っていないが、「パレスチナにユダヤ人国家(
 イスラエル)を建設する暫定委員会」の設立者であった。ゴールドマン・サックス創業者の
 サックス家も、リーマン・ブーフザース創業者のリーマン家もロスチャイルド一族の近親ユ
 ダヤ人で、その直系一族と結婚したヘンリー・モルゲンソーJrがマンハッタン計画の全会
 計を掌握するルーズヴェルト内閣の財務長官として君臨し、イスラエル建国の独立債券発行
 会議議長であった。そうした数々の事実関係から、このアレグザンダー・サックスがロスチ
 ャイルド家の重要な血族だったことは間違いない。
  ロスチャイルド家がマンハッタン計画を始動させた黒幕たったのだ。


         ソ連の犯罪。カチンの森の虐殺に目をつぶったアメリ力

  ゾ連の犯罪は、ここからが本番である。戦時中の1943年.10月23日から、戦後の
 1946年1月24日までソ連大使をつとめたアメリカの鉄道王アヴェレル・ハリマンは、
 ロックフェ-フー財閥とモルガン財閥の中枢にあって、海外武器貸与主席行政官として連合
 国の戦時中における軍事物資のヨーロッパー調達を支配した”死の商人”であった。この鉄
 道王の娘カスリーン・ハリマンが、一次大戦中、ゾ連がポーランド将枚数千人を大量虐殺し
  た歴史上の悪名高い事件”カチンの森の虐殺”の現場に調査団員として派遣され、「これは、
 ナチス・ドイッによる虐殺だ」というソ連の発表した内容の”大嘘”をそのまま全世界に報
 告した問題の人物であった。ここにまで、アメリカとソ連の「連合国」同士の陰湿きわまり
 ないコネクションがあった。

  カチンと呼ばれる淋しい森のなかで起こった虐殺事件とは、今日まで明らかにされている
 限り、次のようなものであった。この経過は、『ロマノフ家の黄金』(広瀬隆薯、ダイヤモ
 ンド社、1993年初版)にくわしく述ぺたが、そこから要点を引用する。

  ナチス・ドイツの独裁者ヒットラーと、ソ連の独敗者スターリンのあいだで、「独ソ不可
 侵条約」(互いに侵略しないという協定)と、「独ソがポーランドを分割して分け合う」と
 いう秘密議定書がモスクワで交され、ソ連外相モロトフとドイツ外相リッペントロップの密
 約が成立したのが、1939年8月23日であった。

  その9日後の9月1日、この密約のもとにソ連の保障をとりつけたドイツ軍が、西側から
 ポーランドに侵攻して、第二次世界大戦が幕を開いたのだ。
  それを見届けたソ連軍は、ほぼ二週間後の9月17日に、今度は東側からポーランドに侵
 攻していった。つまりこれまで、「ナチスがポーランドに侵攻して第二次世界大戦がはじま
 った書かれてきた歴史は、半分が嘘である。ソ連とナチスが”ポーランド分割”の密約を結
 び、独ソ両国が呼吸を合わせて第二次世界大戦をはじめたのだ。このソ連の戦争犯罪は、こ
 れまでほとんど不問にされてきたのではないか?



  この両軍は、ポーランドの首都ワルシャワから西へ170キロのところにあるブレストで
 出会い、ポーランド全土が独ソ両軍の手に落ちたことを祝った。しかしそのままでは、いず
 れも野獣であるドイツ軍とソ連軍が占領地を争い、衝突する危険性があった。そのため11
 日後の9月28日、ドイツ外相リッペントロップは再びモスクワヘ飛んで、両国の縄張りを
 定める会議を開いた。ここにポーランドが公式に東西に分割されたのだ。この時に引かれた
 縄張りの線が、ゾ迪が崩壊した1990年代まで”国境”として残った線である。現在、ベ
 ラルーシ(旧・白ロシア)領で、ボーランドの国境線返くにあるのが、独ソ両軍が進軍して
 出会ったこのプレストであった。

                    (中略)

  1943年4月、ドイッ軍が最後の決戦のため、やがて春が訪れるのを待っていた時であ
 る。ボーランド将校の音信が途絶えてからすでに三年も経っていたが、凍土がとけるロシア
 の森の中で、ナチスの部隊は大量のポーランド将校か虐殺され、無惨な姿で土の中に埋めら
 れているのを発見した。その森は、カチンと呼ばれていた。おそるべきナチスさえも震えあ
 がらせたこの惨殺の犯人を知っていたのは、身に覚えのないナチスと、手を下したソ連だけ
 であった。

  ドイツは直ちにこれを公表して、ソ連攻撃の材料とするため激しい非難をおこなった。だ
 が、1940年に同じボランドの南部にアウシュヴィッツ強制収容所を建設し、ユダヤ人虐
 殺を展開していたのがドイツだ。全世界を敵にして戦うファシストの言葉を信ずる者はほと
 んどいなかった。ポーランドの亡命政府外相ラチンスキーは、ロンドンでこの報を聞き、直
 ちにそれがソ連の行為であると見抜いたが、すでにソ連が連合国となったこの時点では、ナ
 チスを利するような行動は許されなかった。事情を知る誰もが、ナチスの言葉を聞かなかっ
 たふりをしたのである。 

                    (中略)

  そしてソ連政府は、「カチンの森の虐殺はナチス・ドイツによるものである」という調査 
 結果を発表した。連合軍のアメリカとイギリスもまた、すでにゾ連が犯人であることを示す
 状況証拠をつかみながら、その偽報告を黙認し、アメリカ財閥代表カスリーンーハリマンが
 ソ連を支持した(後略)。




                10万の囚人を使ったソ連の原爆開発部隊

  ソ連では、世界大戦が終った1945年から、かつての工業地帯のウラル地方に、新たな
 兵器開発の命令が発せられた。スヴェルドロフスク(エカテリンプルク)とチエリャビンス
 クのありだに位置するキシチムに、ドイツ人スパイのクラウス・フックスが伝えた機密情報
 をもとに、原爆製造工場を建設する極秘計画がスタートしたのである(この地名はロシア語
 でクイシチムだが、一般にキシチムとしてよく知られているので、本書では後者を用いる)。

  南太平洋でアメリカが戦後の原爆実験をスタートした1946年、ソ連ではモスクワの南
 西810キロのオブュンスクに、小型原子炉の建設が囚人の手で進められ、イーゴリ・クル
 チャトフをリーダーとする原爆開発班が組織されていった。物理学者クルチャトフは、スタ
 ーリンの70歳の誕生日、「1949年12月12日までに原爆第一号を完成せよ」という
 命令を受けて、猛烈な勢いでグループを監督した。大戦から二年後の1947年、キシチム
 に住んでいた人びとは、突然に全員が強制移住させられることになった。

  代ってそこに、シペリアなど各地の強制労働キャンプに収容されていた囚人が、10万人
 近くも送りこまれるという巨大で無気味なプロジェクトであった。およそ10ケ所の収容所
 から、この囚人たちがそっくりキシチムに移動する形で、人生最後の目的地に送りこまれた
 のである。というのは、キシチムに入った人間は、囚人だけでなく科学者や研究者のほぼ全
 員が、一生涯そこから一歩も出てはならないという幽閉状態に置かれたからである。

  このソ連の”マンハッタン計画″の人事を担当して実行に移したのが、秘密警察NKVD
 (のちのKGB)で最高幹部の長官をつとめたユダヤ人ぺリヤであった。囚人10万人を移
 動し、キシチムの住民を強制退去させてその町を”チェリャビンスク”の暗号名で呼び、2
 700平方キロメートルという広大な面積を牢獄につくり変える地獄の作業が”粛清人”ベ
 リヤの指令のもとに迎められた。たちまち鉄道が敷かれ、地下数十メートルに巨大な開発ブ
 ラントが設けられると、シベリアの入口はまさしく人呼んで”シベリアの恐怖の町”と変っ
 た。
 
  キシチムに秘密都市が建設された翌年(1948年)、この軍事センタの原爆用の原子炉
 がついに運転を開始する日を迎えた。チャーチルから”鉄のカーテン”と非難され、トルー
 マンから”冷戦”の宣戦布告を受けていたスターリンは、一刻もいくアメリカと同じ原曝を
 自分の枕元に置いて眠りたいと思っていた。



 
  かくして1949年8月29日、シベリアのチェリャビンスクから東南東1400キロ余
 りのカザフ共和国セミパラチンスク核実験場(現・カザフスタンの北東部)において、早朝
 に一発の閃光がひらめいた。ソ連が一初の原爆実験に成功したのである。これは長崎に投下
 されたアメリカのフアット・マンのコピーとして製造されたプルトニウム型厚子爆弾であっ
 た。クラウス・フックスは、翌年にスパイであることが発覚して逮捕された。

  核実験がおこなわれた一帯では、すさまじい数の被バク者を生み出し、セミパラチンスク
 地方では、1990年代に至るまで少万く見積もっても数十万人という人びとが、アメリカ
 のセント・ジョージと同じように死の灰を浴びて殺されるか、激しい放射線障害で半世紀の
 地獄を味わうことになった。セミパラチンスクでおこなわれた核実験は、199年に閉鎖さ
 れるまで合計498回を数え、うち100回以上がネバダと同じ大気中の核実験であり、ソ
 連崩壊後の1993年には、この地方における癌の大量発生が続いている事態と、子供たち
 の中枢神経系の異常疾患が報告された。2002年には、「核実験場周辺の住民の体では、
 DNAの突然変異率がほかの地域に比べて180%になっている」との調査結果を、国際
 研究グループがアメリカの科学誌”サイエンス”に発表した。



                                   この項つづく

 

 ● 今夜の一曲



MIYAVI 石原貴雅:日本人の母親と日本に帰化した元在日韓国人二世の父親の間に大阪市此花
区西九条で生まれ――は、日本のミュージシャン。 エレクトリックギターをピックを使わずに
全て指で弾くという独自の“スラップ奏法”で世界から注目を集め、4度のワールドツアーに
成功している。ことし4月15日、約2年ぶりのアルバム『The Others』をリリース。グラミー
受賞チーム、ドリュー&シャノンをプロデューサーに迎え、全編アメリカ・ナッシュビルとロサ
ンゼルスで制作。

 

現代大量虐殺史 Ⅲ

$
0
0

 





 当時は強力に軍拡を推し進めたレーガン政権下。
          プルトニウムの増産が求められ、安全性や環境などはおかまいなしだった。

                                             ケイシー・ルード



 

● スプレー缶・ガスボンベ廃棄禍

札幌市が、ごみとして収集する使用済みスプレー缶などについて、今後は穴開けされていない状
態で回収することが17日、分かった。現在は、ごみとして出す市民に穴を開けるよう求めてい
るが、同市内で穴開け作業が原因とみられる死亡火災が2年連続で発生したため改める。10月
から清田区の一部を対象に試験的に導入し順次、全市に拡大する。同市は、使用済みのスプレー
缶やカセットボンベなどについて、市民に対して穴を開けた上でごみステーションに出すよう求
めている。ごみ収集車の中で圧縮され、残っているガスが火災や爆発を引き起こす恐れがあるた
め。同市内では、昨年3月と今年5月、自宅で行っていたスプレー缶などの穴開け作業が原因と
みられる火災が発生し、計3人が死亡。死亡火災が相次いだことを受け、回収方法の変更を決め
た(北海道新聞 2015.08.18)。



我が家では、使用済みスプレー缶の穴あけ器を常備し、屋外で穴を開け指定の廃棄物集積所へ持
ち運び処理している。ただ、そういう作業に心得のない方は間違いを犯す危険性が大いあるが、
(1)自治体単位での注意喚起運動、(2)二酸化炭素ガスなど不燃性ガスにすべて切り替える
法整備、(3)このようなケースのように自治体が回収するなどの3つの選択肢が考えられる。
ただ、札幌市は対策費のコストを問題にしているが、"人命は地球より重し"を考慮すればクリア
―――この経費を、民間・民営・官営で行うかは別次元の問題――できるはずだと考える。それ
でもコスト高で問題だというなら、応益税の消費税を充当――ただし、地方への税の移譲が進ん
でいない法制度を改正する必要がある。こうのようなきめ細かな対応能力は日本人の特徴なのだ
が。

 

● 高性能スパコン立国 ニッポン

計算科学センター内に15年6月末までに「Suiren Blue(青睡蓮)」として稼働を開始した国産超
小型スパコン。わずか1.6平方メートル程の非常に小さな室内設置面積に、 超小型の液浸冷却
槽1台と冷媒循環用の配管だけの極めて小規模な構成(「ExaScaler-1.4」)となっている。理論上
の最大演算性能は倍精度浮動小数点演算で428TFlopsである。このスパーコンピュータをはじめ
とした日の丸スパーコンピュータが快挙を果たす。スーパーコンピュータの省エネ性能を競う国
際ランキング「グリーン500」で、上位3位までを日本のスパコンが独占。上位20位に日本
のスパコン8台が入り、日本の省エネ技術の高さが評価された。

 

※  TFlops, GFlops/WFlops は Floating-point operations per second の略、1秒間に実行できる浮動小
  数点数演算の回数を示す。1TFlops の場合、1秒間に1Tera(テラ:1兆(10の12乗)の単位
  )回の浮動小数点数演算を行う。また、Flops/W は電力1ワットあたりの演算量(Flops)を示
  す指標。1GFlops/Wの場合、1Wの電力を用いて、1秒間に1Giga(ギガ:10億(10の9乗)の
  単位)回の浮動小数点数演算が行える。



  
ムーアの法則の進行が鈍化しているのと時を同じくして、データを処理するための需要が過去最
高。世界の全データの90%強が過去2年間に蓄積され、データセンタが米国全体の電力量の2
%を消費。最適温度で大規模サーバーファームやスーパーコンピュータを維持、経済性と環境的
見地から費用がかかる。特に、東日本大震災後、省エネが叫ばれるなか、東京工業大学は油冷の
"Tsubame KFC"のアイデアが生まれる。スーパーコンピュータは、テキサス州オースティンを拠
点とする"Green Revolution Cooling " によって開発された "CarnotJet"と呼ばれる鉱物油系冷却ソリ
ューションを採用する。一昨年11月 ”Tsubame KFC” は、引火点が高い、危険物該当外の油で
最もエネルギー効率の高いマシン。旧マシンと比べ50パーセントと高性能である。

 

内部では、システムが丸ごと油に浸かっている状態で油を循環する。システムからの熱を奪った
油は、水冷式の熱交換器で冷やされる。この熱交換器によって水が奪った熱は、屋外の冷却シス
テムで冷却する、という仕組みる。今後、この熱を回生エネルギーとして活用することも考え。
冷却は、外気温や湿度などに影響される。気温26℃の空冷よりも、28℃の油を冷媒とした方
が冷え、半導体温度が低くなることでリーク電流が減少し、システムとし消費電力削減に繋がる
(東工大、省エネランキング二冠の油浸スパコン「TSUBAME-KFC」を解説-TSUBAME 2.5 は
年換算1,000万円以上の電気料金削減, PC Watch、 2013.11.25 )。

US 8305759 B2

発表は15年前期の評価で、一定の消費電力当たりの計算性能を比較。1位は理化学研究所が民
間企業と共同開発し、今年6月に試験稼働を始めた「Shoubu(菖蒲)」。2位、3位はいずれも
高エネルギー加速器研究機構などが開発した「Suiren Blue(青睡蓮)」と「Suiren(睡蓮)」だっ
た。搭載されたプロセッサ「PEZY-SC」は、1チップ内に世界最大級の1,024個の演算コアを有す
ことで超並列演算を可能とし、倍精度浮動小数点数演算1.5TFlops の演算性能を実現。PEZY-SC
は、プロセッサ単体で見た場合の消費電力効率が 25GFlops/Wで世界最高レベルの省電力性能を達
成。スパコン「Shoubu(菖蒲)」は、この「PEZY-SC」を合計1,280個使用し、システム全体の理論性能として、
2PetaFlops 級の演算能力を有す。

また、今回、省電力性能が高い順に並べ替えたGreen500リスト(8月1日)では、システム全体の
電力効率として 7,031MFlops/Wを記録、世界1位にランクイン。同様に 「Suiren Blue」は 6,842
MFlops/W で2位、「Suiren」は 6,217MFlops/Wで3位にランクインする。中国製のスパコン「天
河二号」の消費電力は原発1基百万キロワット分に相当するが、世界動向は、「演算能力×低消
費電力=高性能(=日の丸プロセッサ「PEZY-SC」)の競争力に舞台は移っていく。 

   

 【縮原発論 19: 核ごみ廃棄処理のススメ】   

  目次    

  第1章 日本人の体内でおそるべきことが進行している!
  第2章 なぜ、本当の事実が、次々と闇に葬り去られるのか?
  第3章 自然界の地形がどのように被害をもたらすか
  第4章 世界的なウラン産業の誕生
  第5章 原爆で巨大な富を独占した地下人脈
  第6章 産業界のおぞましい人体実験
  第7章 国連がソ連を取りこみはじめた
  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体
  第9章 日本の原発からどうやって全世界へ原爆材料が流れ出ているのか
  あとがき 

  第7章 国連がソ連を取りこみはじめた   

               

            チェリャビンスク40番地に起こった凄絶な惨劇

  ネバダの核実験B期間直後の一九六〇年、アメリカの偵察用U2型機がソ連の領空に侵入
 し、いま述べたチェリャビンスク近くの都市で撃ち落とされ、パイロツトのフラフンシス・
 パワーズが捕虜となった。しかし彼は何を調べるため、その都市まで危険な飛行を試みたの
 か。

  1976年11月4日号のイギリスの科学誌”ニュー・サイエンティスト”に発表されヨ
 ーロッパとアメリカに大センセーションを巻き起こした事件があった。これは一人のソ連人
 が報告した、「ソ達における放射能大災害」であった。その後、”ロサンジェルス・タイム
 ズ””インターナショナル・ヘラルド・トリビューン”、”ッガーディアン”、イブニング・
 スタンダード”、”デイリー・テレグラフ”、”ロンドン・タイムズ"、"エルサレム・ポス
  ト"、"タイムズ" などが、日を追ってこれを克明にレポートした。

  この事件が、現在のわれわれ日本人に重大な警告を与えるのである。

  この事件の真偽については、なぜか敵方のアメリカCIAが、執拗にこの「ソ連の不祥事
 を告発するソ達人」に対してするどい反論を加え、全世界の原発シンジケートが、そのCI
 Aの肩を持ち、それだけにまた欧米のジャーナリストが応酬して激論をたたかわせる、とい
 った図式で大綸争がくり広げられた。だがスリーマイル島原発事故が起こった1979年に、
 このゾ達人が事実経過を1冊の本にまとめて発表し、すべてのデータを突きつけた時には、
 これに反論できる者はいなかった。





  このソ連人は、ジョレス・A・メドベージェフ。

  彼はモスクワの大学で生化学部長をつとめ、放射能と生き物の結びつきを研究していたト
 ップ・クラスの科学者だったが、その事件について事実を知りすぎ、そのほかさまざまの内
 容を地下出版によって報じたため、1970年に”精神病者”として強制収容されたが、作
  家のソルジェニツィンらの必死の救援活動によって20日後に救い出された。しかしその1
 2年後、イギリスヘ渡った時”非国民”としてソ遠の市民権を奪われ、帰国できなくなった。
  メドベージェフが明らかにしたその事件とは、ソ連のチェリャビンスク地域に起こった巨
 大な放射能汚染だった。

  しかし、正確にいつ、どこで、どのようにこの大事故が起こったかを知る者は、ほとんど
 いなかった。かなりの数にのぼる科学者が動員され、動物や植物がどれほど汚染されている
 かを調べる作業にあたったが、調査の結果は最高機密に属し、公表を一切許されなかったか
 らである。
  メドベージェフは、そのチェリャビンスク現地に作られた汚染研究所で、研究室の室長を
 つとめるよう要請された。しかし、”自分がそこで見聞きしたことを誰にも語ってはならな
 い”という秘密主義に不審を抱いた彼は、その要職を断り、本来の研究を続けたのである。
 それでも、その地域の放射能汚染がただごとでないことは、職業がら目を通す文献から感じ
 とることができ、仲間からの秘密の会話を通じて確信できた。

  問題は、何が、いつ、どこで起こったか、である。

  数多くの科学者がひとつの”不思議な放射能汚染地帯”を追い、データを発表しながら、
  それらのデータがすべて「場所」と「期日」について口を閉ざしていた。しかも「実験的
 に放射能で汚染してみたところ、結果は・・・・・・」と言いながら、たとえば巨大な湖を
 汚染させるというような、通常では考えられない出来事が次々と引用されていた。

 「これは、実験ではない。大事故があったに違いない」

  メドベージェフは仕事のかたわら、緻密に科学文献を調べてゆき、この汚染の全容をつき
 とめる作業に精力を注いだ。メドベージェフが握った最初の鍵は、数多くのデータのなかに
 共通するひとつの嘘を発見したことにあった。
  放射能の汚染の単位を、千倍もいつわって小さく書いてきた科学者の一人が、ある時、書
 き替えを忘れたのか、生のデータを提出してしまい、それが公式の文書にプリントされた結
 果、ひとつの仮説を追跡中のメドベージェフによって秘密をあばかれたのである、背後から
 突然、肢がカーテンをまくり上げた時、そこに群を成して事を論じ合っていた異様な科学者
 グループの手には、つぎのようなデータが握られ、まぶしい光を当てられた数字が、いくつ
 もの事実を語り出したのだった。メドベージェフが嗅ぎつけた恐怖の大事件は、ウラル山脈
 のちょうど裏側に位置する、チェリャビンスクの町近くで起こっていた。

                     (中略)

  わが国で言えば栃木県の中禅寺湖ほどの広さを持つふたつの湖全体から、放射性物質のス
 トロンチウム90などがぞくぞく検出され、1000億リットルの湖水がすっかり放射能づけ
 になっていることから、オビ川から北極海に至る数千マイルの河川が汚染されていることも
 明らかだった。
  一帯の動物を捕獲してみると、トナカイ、鹿などの大きなものから、毛皮に使われるイタ
 チ類、野ネズミに至るまで、広大なステップ地帯の生き物が放射能で汚れきり、カエル、カ
 ブト虫、クモの類はほとんど完全に死滅していた。

  湖の鯉、スズキ、カマスからも異常な放射能が出ていたが、戦慄を覚えるのは、湖水のな
 かを普通に泳ぎまわっていた魚の体内放射能が、水中の放射能に比べて平均1300倍の濃
 縮度を示し、最高4200倍になっていた事実である。それでも、地球上で最初の脊椎動物
 として誕生した魚類は、死ななかった。
  さらに、行動範囲の広い鳥類も、カササギ、ムクドリ、スズメ、カモ、ライチョウ、フク
 ロウ、キツツキ、ツグミなどがすべて汚染され、中央ウラルと南ウーフル全域で、鳥の狩猟
 が何年にもわたって禁止されていた。鳥は風に乗って飛んでゆくが、放射能雲もまた、この
 風に乗って運ばれる。アメリカで起こったスリーマイル島原発の事故のときには、鳥がバタ
 バタと空から落ちた。鳥は、最も被害を受けやすい動物である。
 
  樹木は、ポプーラ、松、モミなどが枯れたり落葉していたが、根さえ残っていれば、やが
 て新しい芽を吹き出す不思議な生命力を見せた。もうひとつの不思議は、蟻が生き残ってい
 たことである。木の根と、蟻、すなわち地中の生物たちが、なにか魔力を秘めているかのよ
 うに地獄のウラルで生き続けたのだった。

  さて、肝心の人間はどうなったのだろう。どこへ消えたのか。

  自由世界へ逃げのびた民間人ふたりの証言によれば、汚染地帯近くの町の病院へ診察を受
 けに行ったところ、医師から聞かされた話は戦慄すべきものだった。”放射能汚染”の犠牲
 者であふれ、モの人たちは特別病棟に軟禁されたまま一歩も外へ出ることを許されず、ほか
 の患者との会話は禁じられ、誰一人その病棟へ立ち入ることも許されていなかったという。
  この証言者の一人は、当時おなかに子供を宿していたが、人工中絶を余儀なくされた。
  それらの病院は大きく、数百のベッドを持ちながらすべて満員で、近在の大都市のあらゆ
 る病院もまったく同様の状況にあり、二年後になっても患者であふれ、やがて、数千人の患
 者のほとんどが死んでいったという。

  一帯の強制退去者は数万人におよび、実際の死者の数は、いまだに不明である。
  そこは、かつて風光明媚な土地柄で、ロシア人が愛し、人口流入のはげしい場所だったが、
 ある年から人口が激減し、メドベージェフが収容所に入れられた1970年当時になっても、
 その30数年前の人口より少ない状態であった。周囲の都市では人口が3倍近くに増えつつ
 ある中で、そこだけ人口が減っていた。 

  メドベージェフが解き明かした謎の答とは、1957年秋から冬にかけて、チェリャピン
 スク40番地で、大量の放射能をまき散らす "大爆発”が起こった――というものだった。
  1957年といえば、アメリカではネバダの大気中核実験が終ろうとする時期にあたる。
  メドベージェフがわれわれの前に再現してくれたこの年の地獄のウラルとは、次のような
 ものだったのである。

  二次大戦が終った翌々年(1947年)、ソ連では、プルトニウム生産用の大型原子炉が
 南ウラルで運転を開始したが、ソルジェニツィンの『ガン病棟』(新潮社)に描かれている
 通り、これら原子力施設けすべて囚人によって建設されたものだった。たとえば、放射線生
 物学囚人研究所という無気味な名称の機関もあった。
  この南ウラルが、ソ連で最初の核兵器製造センターとなり、プルトニウムエ場(わが国で
 言えば茨城県・東海村や青森県・六ケ所村にある再処理工場と同じもの)がここに建設され、
 燃料棒から取り出された高レベルの廃棄物がみるみる蓄積していった。
 
  この大惨事について、メドベージェフが下したひとつの推論は、こうである。

  重要なのは、原爆の原料として取り出したプルトニウムではなく、無用の高レベル。液体・
 廃棄物だった。これを処理していた時に漏れた液が、わずかずつ地中にしみ込んでいったた
 め、その土のなかにプルトニウムの原爆が自然に形成されてゆき、ある日、それが危険な限
 度を超えたとき大爆発を起こしたと考えられる、と.言うのである。このように荒唐無稽な
 話を誰が信じよう。

  しかし、これは理論的に起こり得る現象である。

  どくわずかのプルトニウムが排水の中に含まれてしまうことは、現在でも技術的に避けら
 れない。近代科学最高水準のテクノロジーをもってしても、”1000分の5”のプルトニ
 ウムは技術者の手から縄ぬけしてゆく。このわずかO・5%のプルトニウムでさえ、わが国
 でも原子力発電の2015年6月現在の出力4220万キロワットから計算して、毎年ナガ
 サキ級原爆を10個つくれるプルトニウムが廃棄物の中に入ってしまう勘定になる。

  その液体が漏れた場合、地面に吸いこまれ、特定の深さのところで、特定の部分に、プル
 トニウムだけが異常に密集してくる現象が起こる。その密集したプルトニウムがひとつの塊
 になり、一定の量(連鎖反応の臨界量4キログラム)に達すれば核爆発を起こすのである。
 プルトニウムが泥のなかに集まってくる……集まれば過熱してくる……過熱すれば濃縮され
 る……濃縮が限度に達し、ついに土中で原爆が作裂し、冬期に50センチもの厚さに凍りつ
 いた土を破って、空中高く噴出した。
 
  これはメドベージェフの仮説のなかの、ひとつに過ぎない。彼はほかにも、さまざまの可
 能性を提唱している。しかし、高レベルの廃棄物が原因であるという主張は一貫して変らず、
 彼はそれを緻密に立証している。 

           ソ達の汚染地帯が現在の日本人に教える4つの危険性

  メドベージェフが伝えた事件は、われわれ日本人に予期しないおそろしさを、いくつも教
 えている。つまりこれらの教えは、フクシマ原発事故があった福島県で、ほとんど同じよう
 な状況があることを感じさせる記録である。
  第一に、放射能の汚染が広がるのを防ぐため、また、事件のパニックを小さくするため、
 あらゆる強行手段が取られ、そのなかに寡黙の被害者(病人の群)がとりこまれ、ソ連では
 ”現地の人間が早く死ぬよな処置”を誰もが祈り、そうした処置が素早く実行されたことで
 ある。

  ――福島県内では、同じようにパ二ックを小さくするため”放射能安全キャンペーン″が
 大々的に展開されてきた。ソ連のチェリャビンスクでは、「ここから30キロのあいだ、絶
 対に自動車をとめず、最高速度で通過せよ万車から外に出ることを禁ず」という立て札があ
 ったが、福島県も同じだ。福島第一原発がある双葉町と大熊町だけでなく、近隣の浪江町、
 富岡町、葛尾村、飯舘村の6町村では6万人を超える全住民がほかへ避難したまま、人はい
 ない。その大汚染した原発敷地のすぐかたわら、数十キロにおよぷ完全な無人地帯のゴース
 トタウンを通過する国道6号線と常磐自動車道の危険地帯が2014年から開通し、そこを
 通過する自動車は、「車からおりてはならない」とされ、おりると警備員が飛んできて警告
 するのだ。半世紀前のチェリャビンスクとまったく同じである。ところが、そこにいる警備
 員本人が一番危ないのに、日本人ドライバーも報道界もそれが異常であると感じないほど、
 徹底した”女全キャンペーン”に麻輝している。これこそまさに近隣住民を寡黙の被害者(
 病人の群)に向かわせる死の行進である。

  第二に、カモなどの渡り鳥をはじめとする動物と、河川が運ぶ水によって、チェリャビン
 スクの汚染を食い止めることは不可能だった。そのため動物たちに数々の異常が発生したの
 である。
  ――福島県内でも、フクシマ原発事故が発生した年の夏頃、ほとんど鳥の姿が見えなくな
 ったと「野鳥の会」のメンバーが語っていた。こうした異常は、鳥の餌となる小さな虫が激
 減したことも原因と考えられるが、大混乱していた事故直後の鳥類に関して正確な統計資料
 はなかった。しかしアメリカのサウスカロライナ大学の生態学者ティモシー・ムソー教授た
 ちは、事故があった2011年の7月から福島県内の放射線量が高い浪江町や飯舘村などで
 調査をはじめ、2013年までに鳥類の数が滅少していることを突き止め、減少の度合いが
 チェルノプイリ汚染地帯の2倍になっていることを明らかにした。

  また琉球大学の調査によれば、沖縄県と比較した場合に、福島県地域でチョウチョ(ヤマ
 トシジミ)に明らかな異常が認められ、放射能の影響が第一世代から第二世代にもおよんで
 いることが陳かめられている。また日本獣医生命科学大学の調査では、福島県内の野生のニ
 ホンザルは、セシウムによる体内放射能が異常に高く、内部被曝しているニホンザルほど、
 赤血球・白血球の数が少なく、免疫力が半減している個体が発見されており、子ザルにまで
 影響がおよんでいた。

  さらに東京農工大学などの調査では、原発から40キロメートルの二本松市のカエルの体
 内放射能は、最高1キログラムあたり6700ベクレルを超えるものが発見された。特筆す
 べきことだが、鳥類やウサギなどを調べてきた福島県猟友会によれば、地中の野菜や小さな
 生物を食べるイノシシは「食物連鎖(生物濃縮サイクル)の上位」にあるので体内放射能が
 突出して高く、それが歳月と典に増え続けて、事故から2年後の2013年には1キログラ
 ムあたり6万ベクレルという驚異的な数字を記録した。こうした自然界の調査は、何十年に
 もわたって続けて初めて結論が出るので、真の恐怖を知る人たちは、次の世代以降である。

 


  第三に、メドベージェフの”爆発仮説”とまったく同じ事態が、アメリカのハンフオード
 再処理工場でも発生し、貯蔵タンクから漏洩したナガサキ原爆100個分のプルトニウムが
 地表に蓄積され、核爆発寸前の危険な状態になっていたことがあった。また1986年9月
 29日には、ハンフォードでプルトニウム臨界事故が起こり、核爆発寸前で食い止めたのだ。

  全世界の再処理工場が高レベル廃棄物を大量にかかえながら、さまざまな未知の危険性と
 隣り合わせに存在しているのである。
  ――茨城県・販海村と青森県・六ケ所村の再処理工場に蓄積されている大量の高レベル放
 射性資質は、フクシマ原発と同様に、大地震などで停電すれば冷却不能となって、水素を発
 生する液体なので、いつ爆発してもおかしくない超危険な状態にある。その不安定な液体が
 かかえる放射能の量は、セシウム換算で、フクシマ原発事故で放出された原子力安全・保安
 院推定量の実に80倍(東海村)と35倍(六ケ所村)である。一挙に日本全土が壊滅する
 「チェリャピンンスクと同じ綱渡り状態」のままなのだ。次の大地震が迫っているというの
 に一体、日本人は何をぼんやりしているのだ。 



  第四に、ソ連のセント・ジョージ、いや、セント・ジョージでさえ比較にならないほどの
 大惨事を起こしたチェリャビンスク40番地だが、ウラルのパズルは解かれない。
  というのは、ソ連では、放射能被バクの遺伝研究が禁止されていたからである、スターリ
 ンと、その後を継いだフルシチョフ首相は、ソ連国内での遺伝学を禁止したのである。遺伝
 学が禁止されたのは、悪名高い農学者ルイセンコの唱えた学説に負うところが大きかった。

  近代遺伝学のなかで世界的に受け入れられていた染色体遺伝の法則に対して、あろうこと
 かルイセンコという男は、それが "ブルジョワのいかさま科学”だと非難し、まともな学者
  を秘密警察に密告しながら、やがてソ連の農業を牛耳る帝王の座についてしまったのである。
 彼のため、多くの有能な科学者が拷問にかけられ、シベリアの収容所で殺されていった。
  ――そしてわが国でも、フクシマ原発事故の被害に関して、遺伝的な影響については、ほ
 とんど禁句となっている。メンデルの遺伝の法則を考えれば、当然世代があとになるほど、
 症状が顕現する比率が高くなるはずだが、その大被害が解明されないまま、被曝地帯の子供
 たちの体内に引き継がれているのである。 


毎日毎日、おびただしい資料に目を通すのは、体力がいると実感しているここ1週間。索引不足
もあり、そこは推論で裏データをとっているが、もうここでやめようと思っている自分を責める
もう一人の自分がいる。"静かなる大量虐殺”という言葉が、ふと浮かんだ。   

                                        この項つづく  
 

現代大量虐殺史 Ⅳ

$
0
0

 





   永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。  /   中国のことわざ



 

● 日光下でも金属が熱くならない塗料

金属製の屋根に塗ると、日光を跳ね返して屋根が大気と同じ温度に保つたれるシリコン塗料が話
題となっている。また、半導体使われる二酸化ケイ素を使用しているため樹脂などのように紫外
線劣化がなく耐候性に優れている。シリコン系圧電素子などの製法開発に携わってきた(特許出
願1件)、米ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所のジェイソン・ベンコスキは金属面を
岩でコーティングするようなもので、数十年どころか、数百年もつ可能性があると話す。90%
の太陽光エネルギーを反射するニューヨークで「ホワイト・ルーフ・プロジェクト」が進められ
建物の屋根を白く塗ることで、夏期のエネルギー使用量を10〜40パーセント削減する(「温
暖化阻止へ7つの解決策:白い屋根」
)が、この発明品はさらに効率が高く、白い塗料は3年程
度で劣化し反射効率が1/2まで劣化する。

もともと、この開発品は、軍艦の寿命を延ばす目的で米国海軍研究局から委託を受けた軍産共同
開発品。(1)日光を反射し金属面温度を低く保つことで金属腐食を抑制するだけでなく、(2)
建物のエネルギー削減効果もあるという文字通り一石二鳥となるが、ガラスやコンクリート、岩、
グラスファイバー、さらには樹脂塗装面に断熱効率向上でき、さらに、「エアピュアペイント」」
(下図)のような、ホルムアルデヒドのや光化学物質の窒素酸化物の分解する機能を付加させる
ことも可能だ。



尚、この日本でも類似商品や新規考案(特許)もあるが、この発明品の商品化には5年ほどと話
すが、それでは遅すぎるだろう。




● ポルトガル共和国で自動ディマンドレスポンス実証へ    

ポルトガルは、再生可能エネルギーの比率31%を目指している。14年の第一四半期には電力
需要の約70%を風力発電や水力発電を中心とする再生可能エネルギーが占め、欧州でも有数の
再生可能エネルギー大量導入国。今後、風力発電・太陽光発電の導入増加を見込む。日本政府は
ポルトガルのスマートコミュニティの実証プロジェクト(16~18年度)を共同で推進の基本
協定書締結。 

この事業では、リスボン市内の公共ビルや一般家庭などで、空調機器を需要に応じ、自動運転管
理することで、快適性を損なわずに電力需給調整(=自動ディマンドレスポンス)を行う。手動
ディマンドレスポンスでは、電力需給調整量が不確実となるが、自動調節することで確実性を確
保し、再生可能エネルギーの大量導入に伴う電力需給安定化ニーズに応える。また、電力調達価
格の高い時間帯から低い時間帯へと需要のシフトを行い経済性の確保のシステム化目指す。

 尚、実験委託先には、株式会社エヌ・ティ・ティ・データ、ダイキン工業株式会社、株式会社日
本総合研究所の3社が選らばれ、16年1月まで実証前調査し、16年度から実証事業開始する。


特開2012-235644
電力シミュレーション装置、電力シミュレーション方法、電力シミュレーションプログラム

 

 

   

 【縮原発論 20: 核ごみ廃棄処理のススメ】   

 目次    

  第1章 日本人の体内でおそるべきことが進行している!
  第2章 なぜ、本当の事実が、次々と闇に葬り去られるのか?
  第3章 自然界の地形がどのように被害をもたらすか
  第4章 世界的なウラン産業の誕生
  第5章 原爆で巨大な富を独占した地下人脈
  第6章 産業界のおぞましい人体実験
  第7章 国連がソ連を取りこみはじめた
  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体
  第9章 日本の原発からどうやって全世界へ原爆材料が流れ出ているのか
  あとがき 

 

  第7章 国連がソ連を取りこみはじめた

                 ソ達の汚染地帯が現在の日本人に教える4つの危険性

  チェリャビンスクー帯の住民にはおそらく、膨大な数の癌患者と白血病患者が発生してい
 たはずだ。アメリカはこの事故を重視して調査をおこない、軍がさまざまの機密文書を握っ
 ていると伝えられる。その中には、。死の部隊〃と呼ばれる囚人がチェリャビンスクに駆り
 出され、惨事の後始末に従事した顛末が記録されているという。
  しかしその囚人たちは、どのような服装で現場に臨み、作業を終えたあと、どのような末
 路をたどったのか。ソ連の科学者は、その姿を見ていたはずだ。アメリカの軍部とCIAも、
 AECも、かなりの事実を握っていたはずだ。しかし、公表されず、西側諸国は、むしろメ
 ドベージェフの推理に激しい攻撃を加えてきた。イギリスの原子力委員会議長のジョン・ヒ
 ル卿は、単なるサイエンス・フィクションだと決めつけ、アメリカのロスアラモス研究所は、
 池に投棄した廃棄物が乾燥して飛び敵ったか、化学反応による爆発だろう、と推論して、メ
 ドベージェフの考えを必死に否定してきた。

  メドベージェフは、ソ連の反体制活動家として母国を追われたが、本人は普通の市民的な
 感情から活動したにすぎない。反体制ではあっても反ソ的な屑を持たない。むしろソ迪を愛
 していた。その科学者が故国の悲劇を伝えようとした時、なぜ西側の原子力関係者がメドベ
 ージェフに攻撃を加える必要があるのだろう。

  彼自身、この疑問に答えていた。

 「東側と西側を問わず、これは都合の悪い事件である。原子力発電の廃棄物が重大な問題と
 なっている時代に、大事故を暴露されてはまずいだろう」
  それを証明する事実として、こういうことがあった。アメリカの大統領アイゼンハワーの
 孫娘スーザンが、ソ連崩壊直前の1990年2月に、ソ連の物理学者ロアルド・サグデエフ
 と結婚した。サグデエフは宇宙計画の専門家を装っていたが、モスクワ大学を卒業してただ
 らにソ連の原爆開発に従事した危険人物で、フルシチョフ~ブレジネフ書記長の冷戦時代に
 10年にわたって超秘密機関のシベリア核物理学研究所で所長の職にあった。特に重要なの
 は、”エリャビンスク40”で1957年に大爆発か起こり、アメリカでCIAがすぐにこ
 れを知りながら、その史上最大の惨事の真相を何年にもわたって米ソ両国が隠し続けたとき
 の責任者であった。その1957年――それはアイゼンハワーが大統領だった冷戦(ネバダ
 の核実験)時代である。その男が、アイゼンハワー大統領の孫娘と結婚した、ということに
 なる。

  以上すべては、わが図でも訳書が出版されているメドベージェフの著書『ウラルの核惨事』
(梅林宏道訳、技術と入間)に集録されている事実と、それに対する考察である。
            

            CRPが誕生し、放射能の危険性を隠しはじめた!

  自由世界の盟主を自認するアメリカの原爆産業は、このようにソ連の原爆産業と内通しな
 がら、ソ連と敵対するポjズをとってきた。その手前、国際的な立場からは、共産主義国・
 ソ連が一九回九年に最初の原爆実験に成功した重大事に応えなければならなかった。
  そこで翌年の一九五〇年、放射能の危険性を追及してきたIXRPC(国際X線および・
 フジウム防護委員会)が、名称を1CRP(国際放射線防護委員会― Lnkrna6onal Commissi-
     on on Radiologjcal Protection)に改称したのだった。そして、人間がどれだけ放射縁を浴びら
 れるかという許容量の値を改定したのである(150頁の「ICRPの沿革」年表を参照された
 い)。これが、現在まで続く、ICRPの"安全論”が誕生した時であった。

  この改組は、ネバダ州での核実験が開始される「前年」のことである。なぜこのような組
 織の変更と、許容量の変更が必要であったか?
  南太平洋ピキニの核実験で、大汚染が起こって住民の体にすさまじい大被害が出ており、
 翌年にもネバダで大気中の原爆実験をはじめようとする時期であった。そのため、この時、
 当然のことながら、放射線医学と放射線遣伝学の専門家に被バク問題を任せておくことがで
 きず、AECの原爆開発部隊の下部組織NCRP(アメリカ放射線防護委員会)が、ICR
 Pの委員に続々と加わって、放射線被バクを正当化しよ5とする巨大な軍事勢力が、この委
 員会を完全に乗っ取った。その結果、委員会が『放射能の危険性を隠蔽する組織』へと変質
 したのが、まさにこの時であった。

  分りやすく言えば、NCRPのN(Nation-アメリカ)を、I‐(lntemational ‐国際)
 に取り替えただけの組織が、ICRPであったのだ。
  人体の医療・予防医学より、原爆製造の利権を維持することが主たる目的だったからであ
 る。このICRPが、現在の全世界の放射線”安全基準”の作成者となって、大手を振って
 歩き出したのがこの時代であった。東西の緊張が高まれば高まるほど、核兵器の開発は容易
 になる、

  そして原爆利権が原子力発電の利用へと移ってゆこうとしているなかで、彼らに必要とな
 ったのは、”放射能の安全論”であった。そこで、数々の人体実験をおこなってきた科学者
 が所有しているデータに目がつけられた。
  ICRPに改組されてから、核実験や原子力利用を遂行するにあたり、一般人に対する基
 準が設けられ、1954年には暫定線量限度15ミリシーベルト、1958年には線量限度
 5ミリシーペルトを勧告したのも、それが目的であった。一般人に対する基準が新たに設定
 されたことに対して、アルベルト・シュバイツアー博士は、「誰が彼らに許容することを許
 したのか]と憤ったが・・・・・・

  その基準設定に関与した一人、おそるべき主導者となったのがジョゼフ・ハミルトン(Jo-
  seph Gilbert Hamilm)であった。彼こそ、先に述べたプルトニウム人体実験で中心的な役割
 を果たした医師であった。このフヽルトンが、カリフォルニア大学の放射線医学の権威と
 して、白血病患者に放射性ナトリウムを静脈注射したのは、原爆製造計画が指導するよりも
 3年も前の、1936年のことであった。これが、おそらく「放射性物質を人体に注射した
 世界で最初の出来事」として知られている。

  そして戦時中のオッペンハイマーによる”50万人放射能殺戮計画”では、ハミルトンが
 実作業の中心にあって、マンハッタン計画の研究プロジェクトの主任をつとめた。だが一方
 ハミルトンは、核兵器とは関係のない分野でも、アメリカ国立保健局(NIH)の放射線生
 物研究部長という重要な役職にあって、彼の死後に明らかにされた事実として次のことがあ
 った。

          いつまで殺人医師のデータに子供たちの生命を賭けるのか

  現在チェルノブイリ原発事故やフクシマ原発事故の被害者をはじめ、国際的に問題となっ
 ている原子力発電の放射能被曝量は、ICRPが定めた安全基準、いわゆる閾値と呼ぱれ、
 癌などの発生限界をもとに危険性が議論されてきた。その基礎となりだデータは、「広島・
 長崎で分析された被湯量が大きな算定基準になった」と言われてきたが、実はおそるべきこ
 とに、この人体実験医ハミルトンの指導のもとにカリフォルニア大学クロッカー研究所から
 大半のデータが供出されていた。つまり彼が、核実験を主導したAECと、ICRPの放射
 能許容値データの大半を作成して、放射能の”安全”基準を生み出し、大量の被バク者を見
 殺しにしてきたのである。

  さらに、このハミルトンとカリフォルニア大学バークレー校の同僚で、X線など外部被曝
 の権威であったバートラム・ロウービーアは、ICRPが生まれた1950年には、この分
 野でパイオニアの『放射性同位元素の臨床使用』という本を書いた。この"臨床"(クリニッ
 ク)という医学用語は、患者に対して病床で直接の処置をすることである。
  事実、その執筆の3年前に、黒人患者の病床に彼が突然姿を現わしてプルトニウム注射に
 立ち会い、またわずか4歳の少年が彼の手でプルトニウム人体実験にかけられていたのだ。
 そして1951年に隣のネバグ州で核実験がスタートすると同時に、カリフォルニア大学バ
 ークレー校の「放射線安全委員会の初代委員長」に就任し、大量の被バク者を生み出した重
 大責任者が肢であった。

  ハミルトンとともに、1926年に白血病患者に放射性ナトリウムを静脈注射した医師ロ
 バート・ストーンもまた、カリフォルニア大学に放射線科を設立し、「放射線研究所の所長」
 としで1964年まで君臨した重要人物で、「放射能の安全基準を定めるICRPの幹部」
 だったばかりか、「国連のWHO(世界保健機構)で放射能被曝問題の最高顧問一であった。
  勿論、彼も核実験時代KAECの要職にあって、ユタ州住民を殺してきた。
  いま人類は、これらの殺人医師のデータに子供たちの生命を賭けている、ということにな
 る!

 

   第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体

          水素爆弾が生まれ、原子力の平和利用の言葉が登場した

  こうして原爆産業が、あらゆる被バクの実害を隠す努力を続けた時期、戦後7年目に、南
  太平洋の空か大きく燃えあがった。今度は、これまでとはスケールが異なる出来事だった。

  人類最初の『水爆』マイクが1952年10月31日に南太平洋の島エニウェトクを吹き
 飛ばしたのである。これまでの原爆は、キロトンで爆発力を表現していたが、今度はその千
 倍の「メガトン」という言葉が使われた。マイクは、10・4メガトンであった。
  広島原爆のおよそ700発分という驚異的な規模の爆発力であった。
  さらに翌年、独裁者スターリンが死んでから5ヶ月後、1953年8月12日には、アメ
 リカを追ってソ達もシベリアで初の水爆実験に成功した。

  アメリカとゾ連が成功した水爆とは、水素爆弾のことであった。
  水爆の爆発メカニズムはさまざま応考えられているが、爆弾の内部で、まず起爆材のウラ
 ン・プルトニウムの原爆を爆発させる。すると、爆弾内部に超高温度の熱が生まれ、同時に
 大量の中性子が飛び出す。これを使って、連鎖的に大量のプルトニウム原爆をつくり出し、
 それらが生み出す2億度以上という高熱で、最終的に「水素の核融合」を同時におこなわせ
 る、というのが基本的なメカニズムであった。これらの原爆1原爆奉水爆が一斉に連鎖的に
 爆発するのだから、天文学的なエネルギーを生み出す。

  核融合発電とは、このとてつもない高温で生まれる巨大な核融合エネルギーを、炉内でお
 さえこんで電力を取り出そうというのだから、あり得ないことを夢想しているだけである,
 半世紀たっても成功しないのは当たり前のことだ。水爆は、(無責任に)ただ爆発させるか
 ら、核融合が可能なのだ。



  アメリカでは、マンハッタン計画に参加していたエドワードこアラーが、この水爆開発の
 中心人物となった。ソ逓では、原爆実験の成功後に登場してきたのが、アンドレイ・サハロ
 フという若き学者であった。後年、ゴルバチョフ書記長のペレストロイカ・グラスノスチ
 (改革・開放)の動きのなかで民主化運動の英雄のどとく讃えられたサハロフだが、この男
 こそ、水爆という人類最大の凶器を独裁者スターリンに捧げるために骨折った男であった。
  
  さて、現代につながる原子力の物語は、いよいよこれからがIAEAの登場する時代――
 本当の幕開けであった。ソ連が水爆に成功した大事件を受けて、4ケ月後の1953年12
 月8日に、アメリカのアイゼンハワj大統領が国連総会で演説し、「原子力の平和利用(At-
    oms‐for‐Peace)」を宣言し、国連を柱にした国際機関の創設を提唱したからである。彼ら米
 ソは、互いに軍事的な対立を利用しながら核兵器に巨大予算を投じてきたが、今度はもう一
 方の手で、この演説から原子力発電の時代へと急カーブを切り、さらにモの先にある巨大な
 利隆に食らいついていった。ついに、「原子力発電の時代」に幕を切って落としたのである。

  それは、マンハッタン計画部隊を引き継いだAECと二大財閥にとって、大量のウランの
 採掘・精錬から、原子力発電所の巨大ブラントを建設する機械・土木ビジネス、さらに電力
 会社が全土から電気料金を吸い上げるエネルギー産業の誕生へと、果てしない利益を約束す
 る輝かしい未来、つまり新たな暗黒時代のスタートであった。


          ビキニで第五福竜丸が被バクした"水爆マグロ”の恐怖!

  このシラジラしい平和演説から3ケ月後、1954年3月1日、マーシャル諸島ビキ二環
 礁でアメリカニ発目の水爆、ブラヴォー実験がおこなわれた。今度は一発目の水爆よりさら
 に巨大で、15メガトン、広島原爆のちょうど1000倍の爆発力であった。
 100万キロワット出力の平均的な原子炉は広島原曝の1000倍の死の灰を一年で生み出
 す。その一年分を一瞬で作製させるのが、この一発のビキニ水爆であった。

  現地マーシャル諸島のロングラップ島の住民は、太陽のように輝く放射線の閃光を直接に
 浴び、順にドッと降り注いだ死の灰によって、大量に破パクした。米軍は、風下にあたるピ
 キニ東方沖にいたアメリカの艦艇には万全の措置を取って、風ドを避けて80キロメートル
 南に移動するよう勧告していなから、マーシャル諸島の住民は、何ら警告を受けずに放射能
 雲に包まれたのである。そしてすさまじい被バクをしたあとに強制移住を命じられ、避難し
 たのはようやく3月3日のことであった。直接の閃光を浴びて被爆した住民は、その後、飲
 み水と食べ物を通して死の灰を取りこみ、体内被曝を受け続けた。

  それ以降も、この人たちは充分な治療も受けずに、核実験のモルモットとして太平洋を流
 浪させられ、現在まで甲状腺癌など数々の疾病にもがき苦しんできた。
  この水爆は、直径か100キロメートルに達する巨大なキノコ雲を立ち昇らせた。100 
 キロは”東京駅~富士山”の距離なので、われわれにはそのトテツモナイ大きさを想像する
 ことができない。だがそのキノコ雲が空を厦った時、静岡県焼津漁港所属のマグロ漁船――
 第五福竜丸」が南太平洋に遠洋出漁中で、ビキニ環礁の東方160キロメートルの海上とい
 う近い距離にあって、漁船員たちも閃光を受け、霊のように真っ白い死の灰を浴びて、すさ
 まじい放射能に被バクした。

  2週間後2月16日、新聞が「第五福竜丸が水爆の放射能で被災した」というニュースを
 報じた。この日、東京築地の魚河岸で、第五福竜丸から水揚げされたマグロから強度の放射
 能が検出され、マグロはただちに廃棄された。
  このニュース以後、東京と大阪の中央魚市場で、ぞくぞくと多数の魚から放射能汚染が発
 見され、日本全土に「水爆マグロの恐怖」が広がった。北海道最北端の宗谷岬から九州最南
 端までの距離で正方形を描いたほど、太平洋の広大な範囲が”漁業危険海域”に指定された。

  この水温実験当時、ビキニ周辺の海域で操業していた日本の漁船は膨大な数にのぼり、実
 際に汚染が発見された漁船の数は900隻前後とされ、出漁した漁船の水揚げ魚が検査され、 
 廃棄された魚は数百トンに達した。調査分析から、魚の内臓の放射能汚染が顕著であること
 が判明したのである。日本人の主な動物性タンパク源である水産物全体に対して、全国民の
 恐怖心を呼んだこの事件は、食卓が警戒心と拒否反応を起こし、魚鱗が半値以下に暴落して、
 水産業だけでなく、レストランや食堂などの飲食業界に甚大な損害を与えた。その影響は長
 期間におよび、マグロ漁業は壊滅的とも言える被害を受けた。

  アメリカは、AEC(厚子カエネルギー委員会)がこの水爆による放射能大汚染を調査し
 て、翌年に報告していたが、すべて機密扱いとした。それどころかAECは、日本人の反米
 意識の高まりに対して、「廃水の放射能はいずれ無害になる」……「第五福竜丸の船員の皮
 膚障害は、放射能によるものではなく、珊瑚によるものである」……「アメリカでは、太平
 洋から水揚げされた魚で放射能汚染されたものは、一匹も見つかっていない」などと非科学
 的な暴言を次々と発表した。

  ところがアメリカの缶詰輸入業者は、自分の国の政府が大嘘をついていることを知ってお
 り、日本からの輸出マグロに、厳しい検査を要求していたのである。
  この時代に、国際的な組織のICRPと並行して、日本にも各種の放射能研究組織が誕生
 することになった。戦後間もない日本は、ヒロシマーナガサキの被爆国であり、当時はその
 被害のおそろしさが日本人に広く伝えられ、当時私は小学生だったが、その子供でさえ放射
 能の危険性を常識として、アメリカとソ連を憎んでいた。この3年前の1951年5月1日、
 現在の9電力体制が発足したと同じ日に、日本放射性同位元素協会が設立されていた。そし
 て、この協会が、1954年のビキニ被バク事件を受けて、”原水爆実験反対運動”の先駆
 者として活躍し、全世界に先駆けて放射能の危険性を告発したのである。

  さらに1954年5月9日には、東京・杉並区の主婦が中心となって原水爆禁止のための
 杉並協議会を結成し、原水爆反対の巨大な全国署名運動をスタートした。特に、福島県原町
 (現・南相馬市)生まれの亀井文夫監督が、1957年にドキュメンタリー映画『世界は恐
 怖する――死の灰の正体』を製作し、そこに日本の良心的な科学者が登場して警告を発した。

                  世界最初の原子力発電がスタートした

  ところがビキニ水爆と同じ年、1954年6月27日に、ソ連が「世界最初の原子力発電」
 を、モスクワから南西100キロメートルにあるオブュンスク原子力発電所で開始したので
 ある!電気出力は5000キロワットの、現在から見れぽごく小型のものだったが、その意
 味は大きかった。東西の軍需産業が冷戦を利用して、裏で手を組み、原子力発電によるウラ
 ン・カルテルの国際的な巨大利権が動き出したのだ。


水爆実験に成功した情報を入手したとき、最高権力者の心中はいかなるものであっただろう。お
そらく、"無敵幻想"を実感したんだろう? と、その後どう考えたろう。米ソで世界の盗掘手順
を考え、それが冷戦となりオセロゲームが開始され、それに伴い核拡散が始まり、そして核の平
和利用としての原子力発電が建設されていくが、それにつれ使い勝手の悪いものになって行き、
核開発の20世紀の物理学に終焉が告げられる・・・・・・。それでは、次回も第8章。

                                    この項つづく

 

   ● 今夜のアラカルト

おや? これはと目がとまる。キュウリがやすく大量に入手できる季節。一工夫したレシピはない
か思案していたところ、料理愛好家の平野レミが「きゅうりの冷え冷えパスタ」を紹介していた。
材料一人分で、カッペリーニ/80グラム、きゅうり/2本(200グラム)、あとは、ツナ/1
缶(70グラム)、マヨネーズ/小さじ2、レモン汁/小さじ1、塩/小さじ2分の1、黒こし
ょう/少々、そして、オリーブオイル。つくりかたも簡単。(1)きゅうりは粗めにすりおろし、軽
く水けをきり、凍らせておき、(2)カッペリーニは袋の表示どおりゆで、冷水にさらし水けをきり、(2)用意し
た材料と、(1)の半量を混ぜ、器に盛り、残り半量のきゅうりをのせ、オリーブ油をかける。というもの。こ
れは、素麺やフォー(米粉麺)でも可。早速、トライすることに。 

● 今夜の一品 こんなの欲しかった

音と振動で周囲の魚を呼び寄せるデバイス「The Fish Call」が、クラウドファンディングサイト
Kickstarterにて登場。電源を入れて水面に投げ込むだけで、魚を呼び寄せてくれて、非常に多く
の魚を釣り上げることができるというすぐれもの。釣りの一大革命だ!

 

澱粉滓からエタノール

$
0
0

 





  どんなに長くても、夜は必ず明ける。  / シェイクスピア  『マクベス』 


 

  

● 川内原発1号機でトラブル 出力上昇延期へ 
 
九州電力は21日、11日に再稼働させた川内原発1号機(鹿児島県薩摩川内市)の復水ポンプ
付近でトラブルがあり、21日に予定していた出力上昇を延期すると発表した。25日には原子
炉の熱をフル出力する「定格熱出力一定運転」を予定していたが、遅れる。1号機は現在、通常
の75%の出力で運転、21日中に95%へ上昇させる予定だった。現在、75%の出力を維持
したままトラブルの原因を調べているが、復水ポンプは、蒸気が発電タービンを回した後に蒸気
を冷やし水に戻して循環させる装置で、ポンプの出口で水質を監視する「電気伝導率」の数値が
上昇。伝導率は冷却水に海水などの塩分が混入した場合に上昇すると九州電力は話している(毎
日新聞 2015.08.21 11:00)。

九電によると、20日午後2時19分、発電に使った蒸気を冷やして水に戻す「復水器」と呼ば
れる装置を流れる水に異常があることを示す警報が鳴った。関連する機器や水質を調べた結果、
21日朝、復水器の中の水に微量の海水が混入していると推定したという。蒸気を冷やすために
取り込んでいる海水を流しているチタン製の細管に小さな穴が開いたため、海水が漏れ出した可能性が
あると説明し、放射能の漏れはないという。

原子炉は、加圧水型原子炉だとすると下図の「復水器」(12)ないの電気伝導度が上昇したと
いうことなのだが、原理的には一次冷却水系と二次冷却水系間の漏水があれば放射能線量が上昇
すので検知できるはずだ。

因みに、二次側圧力は157気圧(320℃)程度だとされる(詳細不明)。報告通りであれば
問題はないが、高圧高温のため、いったん炉心溶融が起これば、配管がその分破れやすく、水を
失うスピードも速く、冷却機能喪失からメルトダウンまでの所要時間が沸騰水型に比べて短いと
されている。どうだろう?
 

  

● ジャガイモでバイオエタノールをつくる

新エネルギー産業総合技術研究機構(NEDO)は、中国・国家発展改革委員会とジャガイモの
でんぷんの残りかすからバイオエタノールを製造する技術の導入に関する基本協定書を締結した
と発表(2015.08.19)。中国政府はガソリン消費量を抑えるため、20年までにバイオエタノー
ルを10%混合したガソリン(E10)を全土に普及させることを目標にしている。その目標達
成に、燃料用エタノール製造の拡大を推進する方針。一方で、米国での事例を踏まえ、食料価格
の高騰を避けるため、トウモロコシなどの食料からのエタノールを生産するプラントを新設させ
ず、非食料からバイオエタノールを製造する。

この実証事業の製造プロセスの特徴は、ジャガイモでんぷん残りかすが、でんぷん質とセルロー
スが複雑に絡み合んだ構造を持ち、一般の酵素では糖化できないのだが、今回実証に用いるアク
レモニウム糸状菌が分泌する複合酵素で、ジャガイモでんぷん残渣を分解(糖化)するため、エ
タノール製造できる。また、無水化技術は、ゼオライト膜脱水システムなど世界最高レベルの純
度を実現する脱水システム技術を適応する。

※ 特開2011-193773  改変候補遺伝子の探索方法 独立行政法人産業技術総合研究所
※ 特開2014-226574  水溶性有機物の濃縮方法及び水溶性有機物の濃縮装置



日立造船と双日を委託先とし、中国の黒龍江省における「馬鈴薯澱粉残渣からのバイオエタノー
ル製造実証事業」を14年3月まで実施。同実証事業は産業技術総合研究所が保有するジャガイ
モのでんぷん残りかすの糖化・発酵技術と、日立造船の総合プラントエンジニアリング能力と膜
分離によるエタノール化無水技術、双日総合研究所のバイオマスに関する知見活用し燃料用エタ
ノールを生産し、これらの実証実験の成果を、ショーケースとし、中国の東北地方をはじめとし
たジャガイモ産地でのバイオエタノール製造技術の普及を広げていくという。これは楽しみだ。

  

● 現代大量虐殺史 Ⅴ 

 【縮原発論 21: 核ごみ廃棄処理のススメ】   

 目次    

  第1章 日本人の体内でおそるべきことが進行している!
  第2章 なぜ、本当の事実が、次々と闇に葬り去られるのか?
  第3章 自然界の地形がどのように被害をもたらすか
  第4章 世界的なウラン産業の誕生
  第5章 原爆で巨大な富を独占した地下人脈
  第6章 産業界のおぞましい人体実験
  第7章 国連がソ連を取りこみはじめた
  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体
  第9章 日本の原発からどうやって全世界へ原爆材料が流れ出ているのか
  あとがき 

  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体                         

                  世界最初の原子力発電がスタートした

  このカルテルには、東西の国境がなかりた。それぞれの国が莫大な国家予算を平和利用名
 目で食い荒らし、暗躍をはじめたのである。ソ連で原子力発電に大きな貢献をしたのが、1
 930年代のスターリン恐怖政治の主役をつとめたアンドレイ・ヴィシンスキー検事総長で
 あった。”ソ連速建国の父”レーニンの側近としてロシア革命に参加したジノヴィエフやカ
 ーメネフを、スターリンの大粛清によって処刑に導いたヴィシンスキー検事総長が、外相あ
 るいは国連の首席代表として世界を動かす一方、ソ連国内では原子力に没頭したのである。

  ビキニ水爆から半年後、1954年9月23日、被バクした第五福竜丸の無線長、久保山
 愛吉さんが急性白血病によって40歳の若さで死亡した。一般に4シーベルトを被バクすれ
 ば「半数が死亡する」とされるが、久保山さんの推定被バク線量はそれを超える5シーベル
 トであった。現在の年間限度1ミリシーベルトの5000倍である。彼の命を奪った最期の
 直接の死因は肝臓障胃だったが、久保山さんの肝臓障害による黄疸症状は、明白な放射線障
 害のひとつであった。久保山さんは「原水爆の被害者は私を最後にしてほしい」との遺言を
 残して、この世を去っていった。この重大事件の波紋が日本全土から世界中に広がって、て
 1月28日には、原水爆禁止署名運動全国協議会が、「原水爆禁止署名者が2008万人を
 超えた」と発表した。当時日本の人口は8800万人余りなので、国民のほぽ4人に1人と
 いう、今日まで歴史上例のない驚異的な人数であった。




                      核実験で子供の癌死亡率が6倍に

  実は、のち1972年に日本癌学会で東北大学医学部公衆衛生学部初代教授・瀬木三雄氏
 が発表した次頁のグラフに示されるように、日本全国の5~9歳の子供の癌死亡率が、全世
 界の核実験によって6倍(600%)にも増えていたのである。そしてこの小児ガン罹患率
 は1970年代から2000年代の現在に至っても変らず、今も6倍の高い率が続き、5歳
 以上の子供の病死原因の第一位がガンなのである。大気中の核実験と原発事故によって増大
 した”自然界にあふれる放射能”によって、日本でも子供たちが数えきれないほど癌に冒さ
 れているのだ。

  アメリカとソ運が敵対関係にあった東西冷戦時代に、全世界で大気中の核実験が528回
 おこなわれたと言われるが、アメリカのブルッキングス研究所の分析によれば、その核実験
 の放射能による癌の死亡者の総数は、最高240万人に達する可能性があり、すでにその多
 くが死亡しているという。このようなことを発表しないアメリカのシンクタンクが1998
 年末に明らかにした調査結果だから、数字の信憑性は高いが、その240万人に”原発によ
 る被バク死者”も含むという疑いがある。

                    (中略)

  中国が、ソ連のスバイだったクラウス・フックスから教えられた技術を導入して原爆実験
 に初めて成功した1964年、スタンリー・キューブリック監督が『博士の異常な愛情―
 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』という映画を公開
 した。
  この映画は、アメリカとソ連が、最後に核戦争を起こすまでを、狂気の核戦争を叫ぶ”水
 爆の父”エドワード‘テラー博士をモデルに、徹底的に皮肉った抱腹絶倒のパロディー作品
 であった。テラーはマンハッタン計画に参加したのち、戦後はロスアラモス所長オッペンハ
 イマーをおしのけて水爆開発の中心的存在となった男だった。(後略)




          ついにIAEA(国際原子力機関)が誕生し、WHOを支配した

  かくして、日本から原水爆禁止運動が全世界に広がり、そこにソ連の原子力発電スタート、
 という1一つ目の革命が起こった。そのため、これらの動きを取りこんで、原水爆反対の勢
 いを世界的にコントロールするため、1957年10月26日、アメリカのAEC(原子力
 エネルギー委員会)が主導して、国際原子力機関(IAEA:Intemational Atomlc Energy
   Agency)が、「国連」の自治機関として誕生したのである。「原子力の平和利用を推進し、
  軍事転用を防止する国際機関」という名目で股立されたのだ。
  軍事転用の防止とは、すでに”原水爆を持っているアメリカとソ連とイギリス”(および
 この3年後に原爆を持つフランスと、7年後に原爆を持つ中国)による原水爆の独占、とい
 う意味であった。「国連安全保障理事会の常任理事国以外の国は、原水爆を持ってはならな
 い」と。

  これがまさに、ユタ州セント・ジョージで大量の癌死者が発生しはじめた時期であった。
 言うまでもなく、この経過のなかで誕生したIAEAは、国連の安全保障理事会に従属する。
 軍事的心な組織であった。IAEAのロゴが、原水爆実験を繰り返したAECのロゴと同じ
  アトムマークだったことが、その正体を示していた。つまり事実上、第二次世界大戦の戦勝
 国が、資本主義国か、共産主義国か、洋の東西を問わず、核兵器開発を独占するための国際
 シンジケート組織であった。日本で使われている国連(国際連合)という名称は、英語で“
 United Nations” である。本来は第二次世界大戦の連合国という意味であり、国際連合では
 ない。そのため、安全保障理事会の常任理事国とは、その戦勝国のアメリカ・ソ連(ロシア・
 イギリス・フランス・中国のことであり、横暴にも彼らだけが国連の決議に対して「拒否権」
 を持っている。

  国連は危機を煽るのが好きであり、彼らは核兵器に異常な愛情を持っている。国連のユニ
 セフは「飢餓児童の救済」キャンベーンをテレビで展開しているが、「こんな偽善の前に、、
 飢餓を生み出す兵器の取り締まりに全力を注ぎげ!」と言いたい。日本の評論家も政治家も
 大体、軍事的危機を煽るのが好きである。そして危機を煽れば煽るほど、冷戦で対立する張
 本人の”米ソの権威が確立される”のである。その彼らにとっては、資本主義も共産主義も
 ない。東西で手を握るべき共通項となる仮面が、いまやIAEAの掲げる[原子力の平和利
 用」という謳い文句であった。


これは以前からわたし(たち)が、既得権益勢力と、これと結託した「国際官僚群」と呼んでい
るものであり、5大国主導から参加国の民主的運営主導の「国連改革」が急務だと主張してきた。
その1つが"国連による刀狩り"、つまり、武器輸出の禁止、核兵器廃絶であり、日本国民は粘り
強く、ソフト・パワーに依拠した"積極的平和主義"を政府・非政府組織の双方で展開すべきもの
と考えている。



 
  そして2年後の1959年5月28日、全世界の人類の健康を守る機関であるはずの国連
 のWHO(世界保健機関)が、新組織IAEAと早くも協定を綿んでしまうという于際のよ
 さだった。この協定によって、IAEAが独占的な、原子力の世界的権威と位置づけられ、
 WHOは、実質的に原子力の分野で独立した医学調査を実施することが禁じられたのである。

                    (中略)

  一体、誰が、このようK理不尽なことを仕組んだのか?
  このIAEAの創設を主導したアメリカのルイス・シュトラウス(ストロース)は、マン
 ハッタン計画の残党が集結したAECで、アイゼンハワー政権時代に自らAECの No.1で
  ある委員長に就任し、ネバダの大気中核実験を強行して大量の被パク者を生み出し、西部の
 住民を殺してきた最高責任者であった。その男が、原子力発電の大宣伝に奔走したのである。

  ロスチャイルドー族のマーチャント・バンク「ターン・レーブ商会」でパートナーと呼ば
 れる最高幹部だったのが、そのルイス・シュトラウスであった。
  こうした背景の中で人選がおこなわれ、すでに述べた”殺人人体実験医”ハミルトンと共
 に、1936年に白血病患者に放射性ナトリウムを静脈注射した医師ロバート・ストーンが、
 放射能の安全基準を定めるICRPの幹部となり、国連のWUOで放射能被曝問題の最高顧 
 問となったわけである。

  さらにこれらと連動する形で、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSC
 EAR)が、チェルノプイリ原発事故からフクシマ原発事故の現在に至るまで、世界的な被
 バク容認の組織として機能する母体となってきたのだ。
  こうしてICRPに対する助成金は、IAEAから投入され、さらに経済協力開発機構(
 OECD)の原子力機関をはじめ、WHO、国際放射線防護学会(IRPA-lntemalioul Ra-
  diadon Protection Association)などの放射線学会、さらにはイギリス、アメリカ、ヨーロッパ
 共同体(現EU)、スウェーデン、日本、カナダなど、各国の原子力マフィアが牛耳る機関
 が拠出して、主に西側諸国が金銭的に支配し、被バクの安全論を普及する広告塔として屹立
 するようになった。
  原子力産業“Atoms‐for‐Peace”とは文字通り核兵器産業であった。 


                   日本における被曝隠しの黒幕――医療界と七三一部隊

  こうして、古い歴史から現状まで見た通り、AEC・・・・・・ABCC……ICRP……IA
 EA・・・・・・WHO、さらにAECを受け継いだ組織であるNRC(原子力規制委員会)とD
 OE(エネルギー省)といった巨大組織がアメリカから次々と生み落とされ”放射能の”安
 全性"を宣伝する活動に「権威」として君臨してきた。

  われわれは、一世紀におよぶ被害者の声から、科学的・医学的に、放射能に安全という言
 葉がないことを、誰もが知っている。ところがこの「権威」たちが、"危険性"を、医学的に
 根拠のない"安全性"という言葉で表現することによって、大衆を誘導してきた。それが日本
 では、テレビと新聞を挙げて、今日も続いているのでおそろしいのである。

  では、そのIAEA-ICRPと組んで"安全性"を頷っている、目の前にある日本の組織
 を見てみよう。経済産業省(旧・通産省)は、明白な”原発推進官僚グループ”であるから、
 エネルギー論を前面に打ち出して、産業顕から原子力産業を育成・統括してきた。
  だが、以下の組織虻ついては、あまり広く知られていない。

 「放射線医学総合研究所」(放医研)――
 「日本アイソトープ協会」――
 「日本財団](旧・笹川財団)――
 「放射線影響研究所」(放影研)――
 「文部科学省」――とは何者であろうか。

  どのようにして、日本の原子力産業は、ICRPとIAEAを日本国内に手引きして、彼
 らと同じようなこれらの組織を生み出してきたのだろうか。それを知るには、人間の固有名
 詞を追跡するのが、最も的確な方法である。具体的には、こうである。驚いてはいけない。
  実は、二次大戦中に、日本も原爆開発に取り維んでいたのである。敗戦濃厚だった大日本
 帝国の軍部にとって、原曝開発こそが起死回生の"神風"であり、軍部内で二つの原子爆弾開
 発計画か進められていたのだ。陸軍の「ニ号研究」と、海軍の「F号研究」であった。睦軍
 は1941年4月に、陸軍航空本部が理化学研究所(理研)に原子爆弾の開発を委託し、直
 ちに"原子核物理学の父"仁科芳雄に、原爆製造に関する研究を指示した。これが、仁科の名
 を取った「二号研究」であった。理研には、仁科芳誰のもとに、朝永振一郎(のちのノーベ
 ル物理学賞受賞者)たち多数の物理学者が揃っており、東京帝国大学、大阪帝国大学、東北
 帝国大学の研究者も参加したが、マンハッタン計画の45万人に対して、実勅人員はわずか、
 20人余りでしかなかった。1942年ごろから本格的にウーフンの採掘と、濃縮実験やナ
 チス・ドイツヘのウラン輸送依頼などで研究を進めていたが、1945年3月10日の東京
 大空襲で理研が焼失し、すべてが一瞬で泡と消えた。




  海軍では、海軍大臣傘下の艦政本部が、京都帝国大学の教授に「原子爆弾の可能性の研究」
 を委託し、核分裂(fission)に因んで「F号研究」と命名した。京大グループには湯川
 秀樹(のちのノーベル物理学賞受賞者)たちがいた。そしてウランを調達するために、右翼
 の国粋大衆党総裁・笹川良一(のちのA級戦犯容疑者)の仲介で児玉誉士夫が海軍航空本部
 嘱託となり、上海に軍需物資調達のための組織「児玉機関」をつくり、児玉と関係したアジ
 ア産業が朝鮮でウランに目をつけ、1944年には上海でウランを入手して、これを遠心分
 離機で濃縮を試みたが、最終的に何の実りもなく失敗に終った。

  やがて敗戦から9年後、奇しくも1954年3月1日にビキニ環礁で巨大な水爆が打ち上
 げられた翌日、3月2日に、改進党の代議士・中曽根康弘を中心とする保守三党が原子力予
 算三億円を衆議院に提出して、これが成立した。内訳は、ウラン235の数字に因んだ原子
 炉建設費2億3500万円のほか、ウラン資源調査費、資源や利用開発のための費用などで
 あった。参議院でもこれが自然成立し、これにより日本の原子力開発がスタートしたのであ
 る。国会に初めて原子力予算が上程されたこの古い昔の出来事は、頭から完全に忘れ去られ
 てよいのだろうか。

  この予算成立からわずか4ケ月後の1954年7月1日に、防衛庁(現・防衛省)が設置
 され、戦後の日本に初めて、実質的な軍隊として危険な武器をにぎりしめ、自衛隊が発足し
 たのである。つまり、1946年のチャーチルの”鉄のカーテン”演説享冷戦の幕が切って
 落とされ→南太平洋の原水爆実験開始→1950年の朝鮮戦争開戦→米軍が朝鮮戦争に33
 万の兵を韓国に投入。ネバダの原爆実験開始、という流れに組みこまれ、米軍およびAEC
 (原子カエネルギー委員会)と共に歩む今日までの歴史を刻みはじめた国が「日本」であっ
 た。朝鮮戦争の死者は、数々の推定が出されているが、1953年7月27の休戦までの、
 3年間で100万~500万人という膨大な数であった。

  その結果、この累々たる死者を踏みつけにして進められたのが、米軍から日本産業界に発
 注された軍需品の「朝鮮特需」であった。それが戦後日本の経済復興の起爆剤となり、占領
 地・沖縄における米軍基地のすさまじい危険性を放置し、日本自身が山のように近代兵器を
 買い集め、製造し続けることになった発端であった。

  1954年に日本の国会に初めて原子力予算が上程されたその年に、A級戦犯容疑者とし
 て、笹川良一、岸信介らと具に巣鴨刑務所に収容されていた正力松太郎が読売新聞社の社主
 に復帰した。全世界で大気中の核実験がおこなわれ、地球全土で核実験反対の猛烈な運動が
 展開されたこの時期、彼らがいっせいに復帰できたのは、占領軍のアメリカが、日本人の戦
 争犯罪者を軍事的に利用する下心のためであった。

  朝鮮戦争の勝利のために全力を注いでいた日本占領軍のGHQ(連合軍本部)は、195
 1年9月8日にサンフランシスコ対日講和条約と日米安全保障条約を締結して、形だけは、
 "日本の独立"と、日本国憲法の。不戦’を認めながら、この安保条約によって米軍が占領地・
 沖縄に駐留できることを日本に約束させ、ここから全世界に出撃できる後方基地を確保した。

  そしてネバダの咳実験と連動しながら、一日本の夥しい数の戦争犯罪者を免責し、一度解
 体した戦時中の軍事財閥を復活させる」という一連の取引きを進めたのである。
  さらにこの取引きに前後して、生きている中国人たちに細菌実験をおこなった石井四郎ら
 "悪魔の七三一部隊"の犯罪者たちを免責した。アメリカ軍部は、細菌戦争や毒ガスのデータ
 を人手するため、七三一部隊からひそかに聞き出した戦時中の日本の細菌資料をアメリカに
 持ち帰ったのだ。この七三一部隊の残党が原発に関与してくるのである。この戦犯免責の機
 会に力を得た正力は、さらに衆議院議員に転じ、初代の原子力委員長に就任して、戦前の隠
 然たる勢力を回復させることに成功した。日本の原子力開発は、アメリカのAECの息がか
 かったこのような人脈によって急速に進められた。

  そして1954四年に、ビキニ環礁で第五福竜丸被バク事件が起こった翌日、野党・改進
 党の中曽根康弘、斎藤憲三の両代議士が学界や世論を無視して、原子力予算案を衆議院に突
 如提出し、与野党三党(自由党・日本自由党・改進党)の共同修正案として衆議院を通過し
 て、日本の原子力開発がスタートを切ったわけである。しかしこの時代はまだ水力発電と石
 炭火力の時代であり、ようやく石油火力に向かおうとしていた時期なので、電力会社は電力
 需要の急拡大をまかなうことに必死で、原子力にはまだほとんど関心がなかった。

  ビキニ水爆実験による「第五福竜丸被バク事件」をきっかけとして、わが国に原水爆禁止
 の大運動が展開された時代……1957年7月に、放射線医学総合研究所(放医研)が設立
 された。「放射線の人体への影響、放射腺による人体の障害の予防、診断と治療、放射線の
 医学的利用に関する研究開発などの業務を総合的におこない、放射線医学に関する科学技術
 の水準の向上を図る」、との名目であった。

  そして、がっては原子力の平和利用を主張していた物理学者・武谷三男氏が『原水爆実験』
 (1957年)、『安全性の考え方』(1967年)などを出版して、アメリカの原水爆実
 験による放射能汚染の放置を痛烈に批判し、さらに『原子力発電』(1976年、いずれも、
 岩波新書)で原発の危険性を論破した。 

  亀井文夫監督が1957年にドキュメンタリー映画『世界は恐怖する――死の灰の正体』
 を描いたなかに、日本放射性同位元素協会の良心的な科学者たちが登場していた。当時これ
 ほど放射能の危険性を全世界に訴えた日本の科学者たちが、中曽根の原子炉予算の国会提出
 後、なぜ突然、原子力に走りはじめたのか?「学者がぐずぐずしているから、札束でほっぺ
 たをひっぱたいてやれ」という中曽根のひとことでメンバーが大幅に入れ換えられ、良心的
 な科学者が学界から追放された、とされている。天才物理学者・武谷三男氏が、この危険な
 暴走する原子力政策に異議を唱えて彼らと訣別したのが、この時代であった。 

  それまで核実験の放射能汚染を追跡してきた科学者集団は、日本放射性同位元素協会に代
 って、1971年に名称が日本アイソトープ協会となり、X線や医療用放射性物質を"善玉"
 として見せることによって.巧みに日本中にバラ色の原子力という夢をまく役割を果たしは
 じめた。この国民洗脳テクニックは、アメリカとヨーロッパで使われて成功した方法をそっ
 くり輸入したものであった。


                                   この項つづく

   ● 今夜の一枚

彦根市の特産「彦根梨」が収穫の最盛期を迎えている。彦根梨は熟した時期に摘み取るため、糖度
が高いのが特徴。市内では21軒の農家が「筑水」「幸水」「豊水」の3品種を栽培。今年は気温が高く、晴
天が続いたため実が多くつき、甘みも十分。
  

新日本列島改造論 Ⅰ

$
0
0

 





 恐怖感を持つ人間は、善いことよりも悪いこと
       を信じやすく、悪いことは誇大に考えやすい。 

                     カール・フォン・クラウゼヴィッツ                                       

 

日曜の夜、「ヨルタモリ」をみることが"プチ・安息日”だっただけに残念なのだが、昨年10月
にスタートしたタモリ(69)のトークバラエティー「ヨルタモリ」(フジテレビ日曜後11・
15)が9月いっぱいで終了することが21日、分かったという。開始当初から1年契約だった
。タモリの巧みな話術とシュールな世界観を楽しめる番組として高く評価されていたという。終
日自宅作業に明け暮れていると、時空のめりはりを失調してしまいがち。「ヨルタモリ」は、街
道の一里塚、航海の無事を祈る灯台。そのような"プチ・安息日”を失うのは惜しい。 


● カメレオンカッタ・シールド工法開発!

飛島建設株式会社が、地中に人が出ることなく安全かつ迅速にシールドマシンのカッタビットの
種類を変更し、土質の変化に応じて常に適切なカッタビットを配置して掘削することができるカ
メレオンカッタ工法を開発。粘性土や砂層では鋭利なカッタを装備して効率よく掘削し、巨礫や
岩盤ではローラーカッタに変更して破砕しながら掘削。これまで不可能だった同一のシールドマ
シンによる粘性土から岩盤に至るあらゆる土質に適応したシールド長距離掘進が可能になる。
いう。

カッタビットには、掘削した土砂を取り込むティースビット、先行して地山をほぐすシェルビッ
ト、礫や岩を破砕するローラーカッタがあり、粘性土から砂礫層までの比較的柔らかい土砂山で
はティースビットとシェルビットを装備し、地山をほぐして削りとるように掘削。巨礫や岩が多
く混入するような硬質地盤では、シェルビットの破損、摩耗を防止するためローラーカッタを装
備。ローラーカッタは、回転する刃先を巨礫や岩に連続的に押しつけて破砕。硬質な地山では不
可欠だが、粘性土や砂層では切削効果が得られないため不要となる。



そこで、地山によって使用するカッタビットが異なる土質変化の著しい工事では交換が不可欠ち
なる。従来工法では地盤改良を行ってから地中に人が出てカッタビットの交換を行っており、水
圧の高い大深度や可燃性ガスが溶存するような地山ではとても危険な作業。また地上部に重要構
造物が存在する場合には地盤改良ができず、早期の交換が不可能。ために機械式ビット交換工法
を用いてシールド機内から安全かつ迅速に全断面に配置されたカッタビットの種類を変更でき、
これにより土質に適応したシールド長距離掘進が可能となるというから感心すると共に、これを
1メートル以下の掘削ロボットに展開できると、自在に地殻掘削でき地震や火山予知や地熱発電、
地下ケーブル敷設、資源探索に役立つ。これは面白い。

  

● 現代大量虐殺史 Ⅵ 

 【縮原発論 22: 核ごみ廃棄処理のススメ】   

 目次   

  第1章 日本人の体内でおそるべきことが進行している!
  第2章 なぜ、本当の事実が、次々と闇に葬り去られるのか?
  第3章 自然界の地形がどのように被害をもたらすか
  第4章 世界的なウラン産業の誕生
  第5章 原爆で巨大な富を独占した地下人脈
  第6章 産業界のおぞましい人体実験
  第7章 国連がソ連を取りこみはじめた
  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体
  第9章 日本の原発からどうやって全世界へ原爆材料が流れ出ているのか
  あとがき 

  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体     


                   日本における被曝隠しの黒幕――医療界と七三一部隊

  その学界の中心人物は、GHQが選んだ茅誠司であった。1949年に日本学術会議が発
 足して、ほとんどの学看が原子力研究に一烈に反対したにもかかわらず、1952年に茅誠
 司はその副会長として「原子力の研究にとりかかるべきである」という提案をおこない、こ
 れと連動して、1954年に中曽根が原子力予算を提出することになりたのである。実はそ
 の年から、茅誠司は日本学術会議の会長となって君臨し、学界の主力を原子力に傾注させ、
 さらに、1957年には東大総長となって、東大そのものを原子力研究の学府として育ては
 じめたのである。

  これと並行して、1956年元旦に原子力委員会が発足し、初代の委員長に、戦前に特高
 警察を動かしてきた内務省警察あがりの正力松太郎が就任した。続いて、5月19日には科
 学技術庁が発足し、初代の長官に、同じ正力が就任した。しかし彼らのあまりに強引で非科
 学的なやり方に、日本人最初のノーベル賞受賞者(物理学賞)・湯川秀樹が原子力委員を辞
 任した。

  茅誠司は、原発至上主義を最初に理論的に構築した第一人者であった。こうなると事実上、
 原子力推進側に日本中の学者を動員することは、きわめて容易であった。いかなる大学でも、
 教授の選任は、主に教授会が決定する。私立大学ではそれほどでもないが、特に国立大学で
 は、その教授会を教授たちが決定する、という相互連鎖反応をもった権力機構になる性格が
 ある。そこに、学者の箔づけ機関として、学術会議が隠然たる力を持っていたからである。

  原子力予算からスタートした政界と、産業界に、さらに学界が提携した日本の原発運転開
 始計画は軌道に乗り、1966年725日には、9電力会社が出資・設立した原子力専門企
 業の日本原子力発電株式会社(原電)によって、わが国最初の商業用原子炉、茨城県・東海
 発電所が運転を開始・・・・・・続いて1970年3月14日に、大阪万博の開会日に合わせて、
 原電の福井県・鶴が原発1号機が華々しく官業運転を開始した。

  同年1970年11月28日に、電力会社の原子炉として最初の関西電力の福井県・美浜
 原発1号機が運転開始・・・・・・続いて1971年3月26日に重星電力の福島第一原発1号機
 が運転を開始した(これが40年後に爆発した原発であった)。
  この時代は、歴史に無知な世代の人間が「高度経済成長時代」と呼んでいるが、実際には
 水俣病と、すさまじい大気汚染公害などによって生み出された、数えきれないほどの被害者
 を踏みつけにして、その内部から原子力発電所が誕生してきた時代であった。現在の中国が
 それと同じである。

  この時期、梅洋邦臣という男がいた。彼こそ、東海原発から、敦賀、美浜、福島、大飯、
 島根、玄海、浜岡、伊方などほとんどすべての厚子力発電所が削両・着工された時代に、科
 学技術庁の原子力局長から事務次官という官僚最高ポストまでのぼりつめ、のちの科学技術
 庁―原子力庁(現・文部科学省)をつぐりあげた生粋の原発キャリア官僚であった。この官
 僚グループが、現在の原発政策を牛耳っているのである。

  彼の長兄・梅沢邦臣は微生物化学研究会の会長となった著名な学者だった。だが、この梅
 沢純夫とともに微生物化学研究会を動かしてきた理事として、ハ木澤行正がいた。ハ木澤は、
 まぎれもなく「悪魔の七三一部隊の植物研究班」班長として満州にいた記録が残っており、
 そのあと八木澤は、梅沢純夫の弟・梅沢浜夫がいる国立予防衛生研究所(予研)に移った。
  さらに八木澤の息子たちが、梅沢浜夫所長の「微生物化学研究所」に勤務した。梅沢兄弟
 が戦時中に”七三一部隊の研究仲間”であったからだ。その予研が、アメリカのABCCを
 受け継いだ重松逸遊~長屋重信の放射線影響研究所の受け皿になったのである。




                   アメリカの首輪をつけた哀れな使用人たち

  こうして、あれよあれよというまに日本の原子力時代がスタートした。だがこれら日本の
 人脈は、すべて日本人の「戦争中の犯罪資料」を樫ったアメリカ(AEC)によって支配さ
 れ、アメリカの首輪をつけた哀れな使用人であった。原子力予算を提出した中曽根康弘も、
 予算提出の前年に渡米して、凄絶なネバダ核実験中のアメリカの原子力研究施設を視察し、
 人体実験に取り憑かれた医師がたむろするカリフォルニア大学を訪れた男であった。

  2000年末に公開された外交文書が物語るように、1969~73年にかけてニクソン
 政権の国防長官をつとめ、アジア人虐殺を展開した残忍無比のベトナム戦争を続行したメル
 ヴィン・レアードが、そうした時期の1970年9月14日に訪米した防衛庁長官・中曽根
 康弘と会談した。そして、「われわれは日米安保条約のもとで、日本防衛のためにあらゆる
 種類の兵器を使用することを公式に約束する」と発言し、日本国民が知らぬところで、はっ
 きりと核兵器の日本(沖縄)への持ちこみを約束していたのである。

  このレアードが、1984年から軍需産業マーティンーマリエッタの重役に就任したのだ。
 同社はロッキードのほか、ゼネラル・ダイナミックス軍用機部門、ゼネーフル・エレクトリ
 ック航空宇宙部門と合併して、現在世界一の軍需産業ロッキード・マーティンとなっている。
 つまり現在、沖縄県民の激しい怒りを買ってきた辺野古の新基地建設計画や、危険なオスプ
 レイ配備は、これらアメリカの巨大軍需産業がペンタゴンを支配して、指一本で大統領を動
 かし、それをまた、祖父の戦争犯罪をアメリカに握られた安倍晋三が、”駐日アメリカ大使”
 の役をになって、ホワイトハウスにシッポをふって強行する属国メカニズムを受け継いでき
 たのである。オスプレイの危険性だけに目を注ぐのは間違いで、沖縄や日木全上の空を飛び
 交う米軍の戦闘機・ヘリコプターの墜落事故は枚挙に暇がない。沖縄の地元紙。”琉球新知”
 のカメラマンと共に、沖縄本島北部にある米軍のゲリラ戦訓練場へ調査に入った時 "ランボ
  ー”のような米兵の銃に取り囲まれた恐怖を、私は忘れない。

  日々その恐怖に包まれて生きているのが沖縄県民である。、

  話を戻すと、放射能の危険性を追及していた日本放射性同位元素協会が、日本アイソトー
 プ協会と改称して、良心的な科学者を追放(パージ)し、「放射線の有効利用」を看板に、
 原発の推進組織に豹変しはじめたのが、まさに福島第一原発が運転を開始した1971年の
 8月1日のことであった。その中心人物が東大総長の茅誠司であり、彼自身が日本アイソト
 ープ協会の会長K就任し、日本原子力産業会議(現・日本原子力産業協会)の理事となって
 原子力発電を猛烈に推進した。またこの時期から、放射線医学総合研究所(放医研)も原発
 を推進する組織へと豹変しはじめた。

  読者は、2011年にフクシマ原発で未曾有の大事故が起こったあと、ほぼ10日後の3
 月24日に、福島第一原発3号機のタービン建屋の地下室で働いていた作業員3人が大量の
 放射線を浴び、福島県立医科大栄病院に遅ばれ、そこから千葉県の「放医研」に移送された、
 というニュースをど記憶だろうか。ブルーシートに隠されながら歩いていた、あの重度被バ
 クの作業者が、その後、原発推進グループの放医研に運ばれてどうなったか新聞報道がない。
 これまで被パク労働者の多くが放医研に送られているが、放医研がその被バク障害の実態を
 隠しているという疑いが濃厚である。

  現在まで、この日本アイソトーブ協会を隠れ蓑にし、原子力産業によって推進された「放
 射線の有効利用」キャンペーンのため、日本はX線CTスキャン(コンピューター断層撮影
 ――Computed Tomography)の検査回数が年間数百万件と世界で飛び抜けた件数を。"誇る"
 異常な病院内の被バク国家となっている。乳房のX線撮影、血管遺影撮影、電子放射断層撮
 影などを含めた放射線Kよる医療被曝が先進国の平均に比べて2倍という高さである。

  これは、日本の医療界が「放射線によると"検査費"が病院の収入を支える」というメカニ
 ズムを生み出し、医療界・医学界、つまり大病院のほとんどの医師たちが、放射線・放射能
 の危険性を主張しなくなったことを意味した。現在のドイツで医師たちが原発反対運動をリ
 ードしてきた動きと正反対なのが日本である、という理由はそこにある。それが茅誠司の狙
 った、医学界を取りこむ日本アイソトーブ協会の目的であった。日本アイソトープ協会の後
 継者が、フクシマ事故の被バク児童を放置してきた長崎大学の長瀧重信である。ここまで述
 べた歴史が、マンハヅタン計画部隊による人体実験と一体化していたのである。

                                  身の毛もよだつ放射性廃棄物の被害

  だが、もうひとつ巨大な問題が、原子力産業の前にたちはだかっている。全世界で処分不
 能となっている放射性廃棄物である。フクシマ原発事故で放出され、東日本全域に今日まで
 放置されてきた恐陶の汚染物がそのひとつであり、福島県内では、フクシマ原発からドッと
 放出された放射監物質が、全域に分厚く降り積もった。県内では、田畑や住宅地に降り険も
 ったこの汚染物を、土壌の表面だけ取り除き、放射性廃棄物として集めてきたが、地下や山
 林に浸透しているので、事実上、除去することは不可能である。一旦は除染しても、山林か
 ら放射性物質が流れてきて、またすぐ高い放射腺量に戻ってしまうのだ。

※土壌内部に移し替えた耕作地表土はやがて、土壌中の無数の細菌・酵素(補酵素)微生物によ
り凝縮→昆虫などの下等生物が捕食され、魚貝類・鳥類などの順番で捕食凝縮され、数年をかけ
突如として、高濃度の放射線を検出する場所や食用物が出現することは考えられる。

  いま、その表土だけを削り取った除染物が、フレコンバッグと呼ばれる大きな黒い袋に詰
 めこまれて、田や畑の真ん中K、あるいは住宅の前に、至るところで山のように積み上げら
 れてきた。そのフレコンバッグが積まれた場所は、2015年3月までに福島県内で8万ケ
 所を超え、その1ケ所ずつに何百何千というフレコンパツグが積み上げられている。ところ
 が、このフレコンパッグの耐用年数はわずか3年なので、もうすでにそちこちで破れはじめ
 ている。さらに、削り取った土に入っていた草や木の種が、袋の中で勢いよく芽吹いて、プ
 レコンバックの袋を簡嘔に破って外に顔を出しはじめている。それは、身の毛もよだつよう
 な光景である。

  さらに、福島県いわき市の西側にある自然豊かな鮫川村では、高濃度汚染物を住民に無断
 で焼却して放射能ガスをまき敵らすという、絶対にしてはならない無謀な行為をこともあろ
 うに環境を守るべき「環境省」が実施してきたのである”震災復興資金の火事場泥棒”に明
 け暮れてきた官僚の悪質さは限度を超え、もはや狂気というほかない国家だ。。原発事故の
 賠償もまともに受けられず、自宅と土地を奪われ、原発事故の関連死者が1500人を超え
 た福島県民心の不安を払拭しようと、そこにIAEAの手先が進出して、さまざまな“安全
 キャンペーン”が組織的に展開されている。一体、国会は何のためにあるのか!

  そしてついに2015五年5月には、除染も終っていない危険地帯の避難指示をすべて解
 除して強引に帰還させ、「住民への賠償金の支払い打ち切り」という方針を自民党が打ち出
 したのである。路頭にに迷って”死の行進”をさせられてきたこの福島県民が、これに対抗
 するべく、5月24日に「原発事故被害者団体連絡会(略称・ひだんれんごを結成して団結
 したので、日本の全国民も傍観せずに、手をさしのべなければならない。

  福島県以外でも、高濃度の放射能を浴びた宮城県・茨城県・栃木県・群馬県・千葉県や、
 新潟県・東京都・岩手県の一部では、除染した放射性物質が日々増え続けて2014年9月
 末に合計2万4000トンを超え、高濃度の5県では仮置き場がなくなるほどに追いつめら
 れてきた。東京23区の下水処理場で汚泥を焼却した後には、高濃厦セシウムの焼却灰も大
 量発生してきた。その汚染物の運命を教える事件が、アメリカで起こった。


 
  ナイアガラの滝は、女優マリリン・モンローが”モンロー・ウォーク”でデビューした作
 品『ナイアガラ』の舞台として使われたが、この滝から15キロほど北へのぽると、ルイス
 トンの町がある。
  この町の環境問題を担当していたのが、カルビン・シュルツであった。彼は父を肺気腫で
 失い、母もまた癌で失ったあと、自分の体にも異常を認めていた。この一帯の調査は、よう
 やく1980年にはじまり、近在の家を調べてゆくと、わずか5軒の家から6人もの癌患者
 が生まれている地帯があり、調査開始後の4、5年で、癌死者はその地域で十数件にものぼ
 っていた。

  ナイアガラはアメリカ北東部にあり、ネバダの核実験場からはるかに離れたところに位置
 している。そこに、セント・ジョージと同じ放射能被バクが起こるはずはない。だが、カル
 ビン・シュルツは、一人ずつ消えてゆく身内を調べながら、葬儀屋エルマー・ピケツトと同
 じ恐怖におぴえていた。
  しかも、ナイアガラがあるニューヨーク州の南には、ペンシルヴァニア州があり、そのキ
 ャノンズバーグでも同じような被害が発生し、さらにその南に隣接するニュージャージー州
 ミドルセックスにも、大被害が認められていた。ここでは、教会の牧師館から異常に高い放
 射能が検出され、肺癌の発生率が300%にもなっていた。

  東部で隣接するニューヨーク、ペンシルヴァニア、ニュージャージ州の三州で、西部三州
 と驚くほど似た状況が生まれていた。ウェスタンからイースタンヘと、呪いが移って、セン
 ト・ジョージの怒りが、首府ワシントンのホワイドハウスヘ迫るような形で、東部を襲って
 いた。被害の形態はセント・ジョージに似ているが、東部三州での奇怪な癌死者激増の”ナ
 ゾ”はまだまったく全体像の掌握されない、パズルの初期段段階にある。被害者の実数か分
 るまでには、これから何年も要するだろう。被害はこれから先、何年にもわたってあるいは
 何十年にもわたって発生し続けると予測されるからである。

  現在までに調べがついているのは、これらルイストン、キャノンズバーグ、ミドルセック
 スの三つの町かアメリカの放射性廃棄物の捨て場所だった、ということである。たとえば
 ナイアガーフ近くのルマストンでは、晩業物から発生する手に負えない放射性ガスがコンク
 リートの建物から漏れ出し、あるいは廃棄物そのものが流れ出して、一帯を汚染した。この
 発癌性の放射性ガスは、どのような手段をつくしても、人類には封じこめることかできない。



  このような大量の気体(※ラドンガス)は、最後には漏れ出してしまう。

  ルイストンで放出された放射性ガスは、安全基準値の4万倍に達していた。原子力発電の
 おもな利用者が大都会に集中しているなかで、まだ誰もこの放射性廃棄物の呪いから逃れる
 方法について答を出していない。地球が廃棄物であふれかえる時代へと移りゆく様子を、東
 部の諸州が暗示している。
  日本では、47都道府県のどこに放射性廃棄物を埋めるというのか?


ここまで読み終えて、福島第一原発の事故の廃棄物処理は単に日本国内の問題でなく、米国・ロ
シアの核大国を中心とした核ごみのグローバル化として全人類に影響を及ぼすものであことを再
確認することとなった。「核ごみの玉突き衝突時代」の幕開けである。


                                   この項つづく 
 



【新日本列島改造論 Ⅰ: 無線給電ハイウェイ時代をリード】

ブログでも取り上げてきたが、無線給電高速道路(一般道)が、英国で、ワイヤレス給電により
電気自動車やハイブリッド車などに“走るだけ”で電力を給電するための道路の実現に向け、今
年年末より実証実験を開始する。これらの中で、充電インフラについては設置数の拡大が進んで
いる状態で、走行可能距離についても距離の伸長は続いており、問題は解決しつつある一方、最
後まで課題として残りそうなのが充電時間が問題となっている。急速充電器などが徐々に登場し
つつあるものの、電池の構造的に現在のガソリン自動車のような短時間の充電を実現するには、
多くの技術革新が必要となり、現状では長い期間がかかる。

 

英国の交通大臣であるアンドリュー・ジョーンズ(Andrew Jones)は、動きながら充電できると
いう可能性は、低排出ガス自動車に大きな可能性をもたらす。英国政府ではこの技術の実証に5
年間で5億ポンド(約千億円)を用意する。これらの取り組みにより、家庭や企業が低排出ガス
自動車を導入しやすくすると言う。

実験は準備が整い次第、2015年末ごろまでに開始する計画。試験は約18カ月継続し、その結果を
受けて、一般道における試験に移行する。試験では高速道路を完全に複製し必要なワイヤレス技
術や電気自動車などを調達するために最適な事業者を応募する。事業者が全て決まった時に、試
験計画の詳細を公表する。

 

すでに、韓国では一部実用化されているが、ソーラーロード(舗装)構想がオランダで実証実験
が終了し、ドイツではソーラー防音壁の実証実験に入る。すでに、10年前に、構想区道路の防
音壁・舗装・法面をソーラー化する社内でプレゼンした(仮称:「万里の長城構想」)経験もつ
が、そこに、通信及び動力ケーブルの埋設化と、道路(舗装)の凍結防止・融雪の敷設、あわせ
て、蓄電設備の埋設・内包化を行なった上、全国の主要高速道路のリニュア工事を実施する構想
をこのブログで提案してきている。これに、新幹線の軌道基礎部や法面の発電・蓄電機能を追加
してここに改めて『新日本列島改造論』として再提案する。

※ 白血病などの腫瘍罹患などの電磁波障害などのリスクを完璧にクリアすることを前提として
  の構想である。






ところで、電力チャージ料金はどうするのか?水素燃料車と併存はどうするのか?と言う疑問が
残ったが、前者は、給電量のカウンタとその使用量の自動申請の通信システムで対応かのであり、
オールソーラシステムが完備すれば、無料化も実現可能だ。後者は、当面、併設で対応すればい
いと考えるが、無料化も自動車税+消費税+所得税+法人税で対応すれば高速道路は解決するだ
ろう。



沈黙の2016年

$
0
0

 

 

 「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない。

                    レイチェル・カーソン

 

● 最新食品加工工学: カンピョウ麺やパウダーの考案

NHK放送の朝の「うまいッ!」で栃木県は上三川町でのかんぴょう作りとそれを使った料理が
紹介されていた。栃木県では、およそ三百年前から栃木県南東部で作られはじめたかんぴょう。
現在では、国産かんぴょうの98%を占める国産かんぴょうの代名詞的存在とか、実は、滋賀県
の水口市では、水口かんぴょうが約四百年前の桃山時代にまで遡る。あの歌川励重の浮伊絵「東
海道五十三次」水口宿で、かんぴょうを干す風景が映し出されるほど古い。

現在水□地域ては、代々受け継がれてきた種子を使用し、13軒の農家(水ロかんぴょう部会)
がで作付けている。かんぴょうは、夕顔(ゆうがお)の果実(ふくべ)を加工したもの。7月上
旬から8月中旬、早朝に10キロ前後の実を収穫し、すぐに白い実を幅3センチ・長さ3メート
ル・薄さ2~3ミリの帯状に機械で剥ぐ。それを1本1本でいねいに竿にかけ、ムラのないよう
ずらしながら、約1日半、天日干しするのが特長で栃木と同様に消費者から大好評だとのこと。

栃木では、夏場は日本一雷の多い地域として知られ、95%が水分という実の成長を左右し、短
時間に大量の水を供給する雷雨が、水分を含み急激に成長させることで、あまさやうまみが貯め
こまれていくという。また、雄花の花粉を雌花の中心全体に受粉させることで、丸く育ち、丸い
実は加工の工程で均一な厚さに仕上がりやすく、コリッとした食感が生れるのが上三川町のかん
ぴょう特徴だという。、

 

番組の中では、みそ汁からバターなどのラクトを使ったフランス料理まで料理の幅は工夫次第で
まだまだ広がっていきそうだとか。因みに、上の写真の「かんぴょうと卵のお吸い物」が紹介さ
れていて、無漂白かんぴょう――亜硫酸ガスで硫黄燻蒸を行う漂白かんぴょうと、燻蒸を行わな
わず、塩もみと下ゆでをして無漂白かんぴょうがある――を使えば、かつお出汁にかんぴょうの
あまみが溶けだしおいしくいただけるという。全国的には、巻き寿司の干瓢巻き(木津巻き、鉄
砲巻き)、巻き寿司の具、ちらし寿司の具、煮物の昆布巻きや揚げ巾着の結束に用いるのが一般
的な用途。産地の栃木県では、この他に、煮物、炒め物、金平、卵入りの干瓢汁、酢の物等にも
用いることが多い。近年では、サラダ材料や揚げ物の衣としての使い方もある。

さらに、上記のように、かんぴょうの特徴は、食物繊維が圧倒的に多く、また、カルシウム、カ
リウムを豊富に含まれているので、整腸作用や体内毒素成分の排出や排便促進の効果が期待でき
そうである。 かんぴょうは昆布じめや巾着の口じめ紐に使用されるように(下図特許装置参照)、
かなり嚼みごたえがあり、特開2006-314234の「かんぴょうの調理方法」の乾物かんぴょうを水
戻ししたものを浸漬後のpHが6~9になるようにアルカリ溶液に浸漬・加熱・水洗いし改善向
上され、調味後もちぎれにくい無燻蒸のかんぴょうの調理方法も提案されているほどだ。


 
特開2011-189979  紐状体に結び目を作る方法及び装置

ここで注目しているのは、むしろ、下図のように、ちぎれやすくし、直径1~数ミリの麺状ににしたり、パウ
ダーに加工する方法に注目し、健康食用として商品開発することを考えている。因みに、下図、特許考案
は、複数の乳酸菌を用いて、植物由来原料を発酵させ→発酵産物を乾燥させ→物質吸着性をもたせた
食物繊維素材を製造する方法が提案され、、大豆だけでなく、豆類では、あずき、えごま、いんげん豆、
ごま、アーモンド、テンペ、ピスタチオ、グリーンピース、おくら。野菜では、しいたけ、ごぼう、ぶなしめじ、
えのきたけ、西洋かぼちゃ、ブロッコリー、舞茸、ほうれん草、こんにゃく及びかんぴょう。穀物では、小麦
胚芽、ライ麦、押麦、アマランサス及び玄米のいずれかに由来する原料、果物では、例えば、柿、プルー
ン、バナナ、アボカド、オリーブ、バナナ、キウイ及びリンゴがその対象とし、乳酸菌は、Lactobacillus
属の菌株――例えば、Lactobacillus curvatus、Lactobacillus casei、Lactobacillus acidop-
hilus、Lactobacillus plantarum、Lactobacillus fermentum、Lactobacillus salivarius、La-
ctobacillus brevis、Lactobacillus rhamnosusを用いる。

特開2010-173984  物質吸着特性を有する食物繊維素材の製造方法

また、パウダーにすることで、数種類食用に任意に加えることで機能性食品としての付加価値を
高めることも可能。かんぴょう素麺で猛暑をおいしくいただける日がくるかもしれない。これは
面白い。                      

 

  

● 現代大量虐殺史 Ⅶ 

【縮原発論 23: 核ごみ廃棄処理のススメ】 

 目次   

  第1章 日本人の体内でおそるべきことが進行している!
  第2章 なぜ、本当の事実が、次々と闇に葬り去られるのか?
  第3章 自然界の地形がどのように被害をもたらすか
  第4章 世界的なウラン産業の誕生
  第5章 原爆で巨大な富を独占した地下人脈
  第6章 産業界のおぞましい人体実験
  第7章 国連がソ連を取りこみはじめた
  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体
  第9章 日本の原発からどうやって全世界へ原爆材料が流れ出ているのか
  あとがき  

  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体   

        IAEAがチェルノブイリ原発事故で正体を現わし、大被害を隠した 

  IAEAの軍事組織としての正体が露骨に表面化したのは、1986年4月26日深夜に、
 ソ連のチェルノブイり原発4号機の原子炉を吹き飛ばす最悪の爆発事故が起こった時期から
 であった。
  翌1987~88年にかけて、当時まだドイツが東西分裂していた時代に大事件があった。
  1989年にベルリンの壁が崩壊し、1990年に東.西ドイツが続合される直前のこと
 である。
  西ドイツの交通事故から、奇妙な事件が発覚した。該物質を輸送していたトラッククが横
 転し、警察が積み荷を調べたところ、輸送が許可されていない原爆物質が国境を越えて運ぱ
 れていたことが発覚したのだ。


  1988年に、西ドイツの雑誌「シュテルン(Stern)"がこの事件を執拗に追跡したところ、
 驚くべき事実が暴露された。この1月21日号の表祇のコラージュは、右側に描かれたジェ
 ントルマンのシャツのカフスボタンに"AECとIAEAのロゴ"と同じ「原子力の平和利用」
  を示すアトムマークが入っている。

  その背景には原爆が詐裂している写真。そして紳士の手と手のあいだには、ドイツ・マル
 ク紙幣が交わされている。一体"シュテルン"は、「原子力力の平和利用」と「原曝」と「大
 金」を組み合わせて、何を暗示したのだろうか。

  同誌が事件の関係者を追及すると、西ドイツの「原子力の平和利用」で該物質を扱う化学
 会社ヌーケムが、西側諸国が「テロ国家」と非難するパキスタン、スーダン、リビアの3ヶ
 国に原爆材料のウランやブルトニウムを密輸し、数百万マルクの大金が動いていたという悪
 事が明るみに出たのである。当時の1マルク=80円として、数億円にのぽる核物質の密売
 であった。チェルノブイリ原発事故が起こった1986年には、おそるべきことに原爆70
 個分、その前年には188個分の核物質が西ドイツで行方不明になっていた。1987年7
 月と12月には、この件で取り調べを受けていた容疑者ふたりが自殺を遂げた。事件の真相
 を解く秘密の鍵を握っていたそれらの重要な証人は、「事件が発覚したため暗殺された」と
 いう噂が絶えない。

  密売先の3ヶ国は、どのような性格の国であろう。

  パキスタンは、1998年に"イスラム最初の原爆実験をおこなった国"であった。
  アフリカのスーダンは、エジプトの南に隣接して、ナイル川の上流地帯にある。1998
 年にケニアなどのアメリカ大使館が曝破されたテロ事件のあと、その黒幕としてアメリカが
 テロリストと指弾したウサマービンラディンが関与しているとして、アメリカがミサイル攻
 撃をしかけた国がスーダンである。

  リビアは、これらアメリカのミサイル攻撃に激怒し、カダフィ大佐の先導で痛烈な反米デ
 モをくり広げ、テロ国家に指定されて経済制裁を受けていた国である。
  このような性格の3ヶケ国に、西側の原子力産業が、最も危険な該物質を密売していたの
 だ。

  ドイツの雑誌「シュプーゲル」「シュテルン」がすっぱ抜いた通り、この密売を仕組んだ
 のは、ほかならぬ、リピアとイランを査察してきたIAEA人脈だったのである。「敵側」
 に核兵器の拡散が進まなければ、西側の原子力産業が核兵器を保有する動機づけがなくなる
 からであった。 

 

      原爆と同じ核暴走でプルトニウムを噴出した福島第一原発3号棟

  それだけではない。ここに日本の原子力産業か関与していたのだ。
  西ドイツの原発から発生する使用済み核燃料を一手に引き受けていたのが、この核物質の
 密輸に関与したヌーケム社であった。ヌーケム社の使途不明金が、当時のレートで日本円に
 して十数億円にのぼることが判明した。当時の西ドイツでは、ソ連のチェルノプイリ事故直
 後に猛烈な原発反対運動が起こって、プルトニウムを取り出すヴァッカースドルフ再処理工
 場の建設計画が行きづまり、ヌーケムは苦悩していた。そのため、秘かにベルギーのモルに
  ある国立原子力研究センタ(CES――Center d'Etude de l'Energic)に、原発からでる使用済み
 核燃料を運び込みプルトニウムとウランの抽出(再処理)を依頼した。

  なぜ秘かにおこなったかと言えば、ベルギーの工場は、再処理工場としてプルトニウムを
 抽出することが許されていない「無法プラント」たったからである。しかしCENは、まる
 でSF映画のように再処理をおこなってプルトニウムを収り出し、閤のなかでヌーケム社に 
 廃棄物と原曝材料を返還した。


 
  このCENに技術的に関与していたのが、同じベルギーにある核燃料製造会社であった。
  それが、東京電力がMOXと呼ばれるプルトニウム・ウラン混合燃料の製造を依頼して問
 題になった会社(Belgonucleairer)であった。日本ではベルゴ・二ーュークレア社と書かれ
 ていたが、正しくはベルゴニュクレエールと発音する。

  このプルトニウムMOX燃料を使って運転していたのが、福島第1原発の3号機であった。
  東日本大震災発生から4日目の2011年3月14日、大爆発を起こしたのがその3号機
 である。その2日前に起こった1号機の最初の水素爆発と違って、3号機では核燃料を空高
 く吹き上げ、次頁の写真のように、その黒いかたまりが空から降ってくる曝発の映像から、
 「核爆発と推定される」として、多くの日本人に衝撃を与えた原発である。実際、空から降
 ってきたのは、とてつもない量のプルトニウムを含む燃料であった。

 

※ ベルゴ・二ーュークレア社の再処理工場解体(2014.12.27)上図記事はオランダ語
 

  3号機では、水素爆発が起こったため、使用済み核燃料プールで冷やしていた燃料棒の集
 合体が激震を受け、燃料棒と燃料棒のあいだの距離が接近して、原煉と同じ核暴走による爆
 発が起こった可能性が高いことを、アメリカの科学者で、スリーマイルー島原発事故調査団
 のメンバーだったアーノルド(アーニー)・ガンダーセ 日本はこれまで、フランスに使用
 済み核燃料を輸送して、取り出されたプルトニウムをベルギーに送ってMOX燃料を製造す
 るよう依頼してきたが、そもそも日本とベルギーのあいだには原子力協定が結ばれていない
 ので、これも国際法に違反する無法な取引きであった。

  ベルゴーニクレエールの子会社にトランスニューベルという会社があり、その昧の20%
 を保有していたのが、ヌーケムの子会社トランスヌークレアという輸送会社であった。この
 トラフクが、前述の使用済み核燃料とプルトニウム廃棄物を輸送していたところ、交通事故
 を起こして、とんでもない積み荷であることが露顕したのである。したがって、これらの原
 子力企業は、ドイツとベルギーにまたがっていなから、ひとつの同じ資本で動かされていた。 

  事実上の資本は、ヌーケムの味35%を保有するデグサ(ドイツ)、10%を保有するメ
 タルゲゼルシャフト(ドイツ)、10%を保有するインペリアル・スメルティング(イギリ
 ス)であり、これら合計55%を支配するのが、ロスチャイルド財閥であった。つまりひと
 つの財閥の傘下にある同族企業グループであった。これら社名などの事実関係は、西ドイツ
 で最も信頼されている雑誌「シュテルン」「シュピーゲル」が1988年当時、詳細に報道
 した内容である。

  ロスチャイルド家はユダヤ人財閥であって、ユダヤ人国家イスラエルの建国者である。
 そこから「イスラムの最も危険なテロリストだ」と彼ら自身が非難している敵国に、自ら原
 爆材料を横流ししていたことになる。
  やがて、さらに驚愕すべき事実が発覚した。この輸送事件に関与したスイス人のルドルフ・
 ロメッチが、自分の自家用車でプルトニウムを運んでいたことが暴露され、ドイツで大スキ
 ャンダルとなったのである。というのも、ロメッチは、ば「核兵器の拡散を防止する」国際
 原子力機関(IAEA)の幹部であった、そして、チェルノビリ事故直後に、事故の原因や
 被害を議論した。「IAEA総会で議長」をつとめて被バクの大被害を隠蔽しようとした原
 子力マフィアの親分であった。さらに彼は、わが国の科学技術庁(現・文部科学省)とも親
 しく、来日して講演した人物であった。

  そのプルトニウムを自家用車で運んでいたロメッチの主導したチェルノプイリ事故直後の
 IAEA総会が、事実上の「原発事故の被害は終った」という国際的な宣言セレモニーとな
 ったのである。


          29年後にも200万人が苦しむチェルノプイリ事故の現実

  ウクライナのヤヌコビッチ大統領が、「現在もチェルノブイリ事故のため、200万人が
 放射能被バクの苦しみにあえいでいる」と題ったのは、事故発生から27年後のチェルノプ
 イリ原発事故記念日、2012年4月26日であった。それはフクシマ事故の翌年にあたる
 現在のことだ。

  チェルノプイリ事故の被害の実情を紹介しておこう。

  フクシマ事故前年のアメリカ小児科アカデミー学会誌2010年3月22日号によれば、
 2000~2006年にウクライナの低線量被爆地券のリウネ(Rivne)地方で生まれた9
  万6438人の新生児の奇形発生率は、珀万人あたり222人で、全ヨーロッパで最も高か
  った。この地方は、チェルノブイリ原発から250キロメートル以上も離れている。250
  キロとは、東京駅と福島第一原発より遠い距離だ。

    ソ連崩壊後に独立したウクライナとベラルーシ国内の被害は.白血病と小児甲状腺癌だけ
 ではない。失明に至る白内障、心筋梗塞、狭心症、脳血管障害、気管支炎など、数えきれな
  い疾愚か急増している。現在も進行中のこの大被害を"ゼロ"に見せようとしたのが、IAE
 Aと日本の放影研一派であった。

  2013年4月26日に出版された『チェルノブイリ被害の全貌』(岩波書店)を開くと、
 ロシア科学アカデミー顧問でECRR(ヨーロッバ放射線リスク委員会)の委員でもあるア
 レクセイ・ヤブロコフをも高名な著者が「チェルノプイリ原発事故による死者の推計は、2
 004年までにほぽ100万人に達している」という驚異的な医学的データを突きつけ、戦
 慄すべき事実を実証しているのに、である。同書に対しては、現在もインターネット上で、
 IAEAが国際的な人脈の(日本人を含む)御用学者を動員して、根も葉もない卑劣な中傷
 を続けている。ウクライナとベラルーシの国民が事故から29年後の現在も苦しんでいるの
 だから、フクシマ原発事故でも、人口密度がそれよりはるかに高い日本では、同じ規模の大
 被害が静かに進行しているのである。

  その後も、IAEAは平然と、チェルノブイリ原発事故による健康被告は、きわめて限ら
 れている、という結論をふりまいてきた。だが199年、チェルノブイリ被バク国であるべ
 ラフルーシのゴメリ医科大学初代学長の病理解剖学者ユーリ・バンダジェフスキー教授が、  
 「突然死と放射性物質の体内摂取の因果関係」と題して、"セシウム心筋症"が激発している
 という明白な医学的事実を発表した。その直後、バンダジェフスキー教授は故なく汚職容疑
 で逮捕され、2001年に物的証拠が一切ないまま8年の強制労働の刑が言い渡されたのだ。



  勿論、ベラルーシ政府が「少量の放射性物・質であれば安全」としていた政策を、教授が
 完全に護す論証をしたためのおそるべき冤罪であった。のち6年後にバンダジェフスキー教
 授は、多くの科学者の千で救済されたが、IAEAは、国際的な連携でおこなったデータ控
 造によって、バンダジェフスキーが明らかにした科学的事実を闇に葬ろうとしてきた。

  いま福島県民と、東京など東日本全域の住民のあいだで急速に進行していると言われるの
 が、バンダジェフスキーによって実証された放射性セシウムが筋肉に濃縮して起こる心筋梗
 塞や狭心症など、つまり心臓に係わる病気である。チェルノブイリ事故のベラルーシ被災者
 のあいだでは、事故から16年後に、事故前の10倍にも心筋梗塞が増加して、23年後の2
 009年のベラルーシ全体の死亡原因の54%が心臓病となったのだ。

  この年の死因の13%が癌であった事実と比べれば、その影響の大きさは驚異的である。
  そして潜伏期をすぎた事故5年後から、ベーフルーシの人口の増減は、モれまでのプーフ
 スから大幅なマイナスに転じて、2010年までの20年間で7%という人口減少を続けて
 きたのだ。

  なぜなら、全身に血液を送る「心臓」と、呼吸を続ける「肺」は、人間が生きているあい
 だは一瞬も動きを止めることができない。心臓と肺は、この生命維持運動のために、筋肉の
 かたまりでできている。セシウムが最も濃縮しやすいのが、その筋肉であることを、数々の
 病死者の解剖によって実証したのがバンダジェフスキーだったのである。これまで半世紀に
 およぶ放射能障害の研究調査は、主に病気のJ匹例の発生率〃を追跡する疫学的な統計解析
 に頼っていたが、彼は追っていた。特に成人が受けるアルコールやニコチンなどの影響がほ
 とんどない子供の心臓の細胞も調べ、放射性セシウムが筋肉細胞と周辺組織を破壊すること
 を細胞学的に確認し、セシウムが体内でどのように振る舞うかを解剖学的な所見から初めて
 実証した学者が、彼であった。



  これからの日本人は、心臓病だけでなく、セシウムが筋肉に濃縮して生ずる全身の肉腫も
 非常に気がかりである,
  一方、茨城県鉾田市で、2015年4月10日に、イルカが150頭も座礁して打ち上げ
 られた事件があった。「自然界の異変か」、「地震の予兆か」と騒がれたが、そこは福島第
 一原発からの大量の汚染水が親潮に乗って南下する150キロほど南の海域に面した海岸で
 あった。実は、死んだイルカを解剖してみると、専門家も「見たことがない」と言うほど、
 ほとんどのイルカの肺が真っ白になって、血液が流れていない状態であった。イルカは人間
 と同じように肺呼吸する哺乳類だが、まさに心筋梗塞のような状態だったのである。

                                  
ここも、"事実は小説より奇なりなり"である。 

                                                      この項つづく

 

 

因果報応の季節風

$
0
0

 




 春が来ても、鳥たちは姿を消し、鳴き声も聞こえない。
       春だというのに自然は沈黙している。

              レイチェル・カーソン 『沈黙の春』

 



● リチウムイオン電池リサイクル工学

リチウムイオン二次電池は、アルミ箔にリチウム、コバルト、ニッケルなどを塗布した正極材、銅箔に黒
鉛などを塗布した負極材、電解液、セパレーターなどから構成されている。このようにリチウムイオン二
次電池には、リチウム、コバルト、ニッケル、銅などの有価物が含まれているため、使用後廃棄された
リチウムイオン二次電池からこれら有用物質を回収することは重要である。
廃棄リチウム電池からの有価物の回収方法には、焙焼、破砕、粉砕、篩い分け、選別などの分
離回収方式が知られている。回収過程の中で焙焼処理工程は、電解液に含まれるプロピレンカ
ーボネート、エチレンカーボネートなどの有機溶媒、六フッ化リン酸リチウムの支持塩、ポリ
エチレンやポリプロピレンなどのセパレーターを熱分解し、除去を目的とする。この工程の後
に、篩い分け、選別等の分離回収工程が続き、有用物質が回収される。

例えば、使用済みリチウムイオン二次電池を焙焼し、次に破砕した後、破砕物を篩分けして篩
下を回収し、使用済みリチウムイオン二次電池からの有価物の回収方法がある。また、大気雰
囲気、酸化雰囲気、不活性雰囲気、還元性雰囲気などが挙げられる。 廃棄リチウム電池を、
有価物の回収を目的として焙焼処理する際、発火等による焙焼炉の腐食・損傷を防ぐ方策とし
て、(1)棄リチウム電池を処理すの焙焼装置で、廃棄リチウム電池を載置するための炉床を
備える焙焼炉と、焙焼により燃焼しない無機化合物でなる粉体で上記炉床に載置された廃棄リ
チウム電池を被覆する粉体供給手段と、粉体で被覆された廃棄リチウム電池を焙焼できる温度
にまで焙焼炉内を加熱する手段とを備えることを特徴とする。

廃棄リチウム電池の焙焼装置。ここで、上記焙焼炉内を加熱する手段は、熱ガス供給手段、例
えばセメント焼成装置であることが好ましい。また、上記粉体は、炭酸塩を含む粉体、例えば、
石灰石を粉砕した炭酸カルシウム、または、石灰石と珪石と粘土等を混合粉砕したセメント原
料であることが好ましい。

(2)廃棄リチウム電池を処理する焙焼方法で、廃棄リチウム電池を載置するための炉床を備
える焙焼炉を使い、焙焼により燃焼しない無機化合物から成る粉体で上記炉床に載置された廃
棄リチウム電池を被覆することと、粉体で被覆された廃棄リチウム電池を焙焼できる温度にま
で焙焼炉内を加熱することを特徴とする、廃棄リチウム電池の焙焼方法。 ここで、上記焙焼
炉内を加熱することが、熱ガス、例えばセメント焼成装置の排ガスから分取された熱ガスを焙
焼炉に供給することにより成されることが好ましい。また、上記粉体は、炭酸塩を含む粉体、
例えば、石灰石を粉砕した炭酸カルシウム、または、石灰石と珪石と粘土等混合粉砕したセメ
ント原料であることが好ましい。

 

 

※ 緊急署名:復水器への海水混入トラブル~川内原発1号機を停止させ、 徹底的に原因を究
  明すること。

  

● 現代大量虐殺史 Ⅷ

【縮原発論 24: 核ごみ廃棄処理のススメ】  

 目次    

  第1章 日本人の体内でおそるべきことが進行している!
  第2章 なぜ、本当の事実が、次々と闇に葬り去られるのか?
  第3章 自然界の地形がどのように被害をもたらすか
  第4章 世界的なウラン産業の誕生
  第5章 原爆で巨大な富を独占した地下人脈
  第6章 産業界のおぞましい人体実験
  第7章 国連がソ連を取りこみはじめた
  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体
  第9章 日本の原発からどうやって全世界へ原爆材料が流れ出ているのか
  あとがき   

  第8章 巨悪の本丸「IAEA」の正体   

                食品業界のトップがIAEAの正体だった

  日本ではフクシマ事故から4年が過ぎた。チェルノブイリ事故の大被害が表に出はじめた
 のが、その"事故故発生から4年後"の1990年のことであった。白ロシア(現・ベーフル
 ーシ)の首都ミンスクで、15歳以下の子供だけで70人が白血病の治療を受け、夥しい数
 の白血病が顕在化し、子供たちがバタバタと倒れはじめたのだ。その時、食卓にあがる肉や
 野菜の放射能の平均値は、食品「1キログラムあたり370ベクレル」という高い値である
 ことが、白ロシアの放射線学の専門家ヴァシリー・ネステレンコによって告発された。

  しかしチェルノブイリの事故直後、ヨーロッパで乳幼児に与えられる乳製品も含めて、食
 品のぶ安全基準が、EC(ヨーロッバ共同体)によって定められた時、その値がちょうどこ
 れと同じ、きわめて危険な370ペクレルであった。実は、このEC基準には、なにひとつ
 医学的な根拠がなかったのである。
  なぜ370ベクレルという数字が出てきたかという経過は、こうである。
  人体の細胞に対する人工放射線の影響は、医学的に10ピコキュリーの単位からはじまる
 と考えられている。ピコキュリ1は"1兆分の1"キュリーというきわめて微量の単位である。
 1キュリーは370億ペクレルであるから、影響が出る10ピコキュリーは、0・37ベク
 レルである。

 1キログラムあたり3・7ベクレルの食品を100グラム食べると、その0・37ベクレル
 が体内に入る。では人間が、その100倍の濃度370ベクレルの汚染食品を10倍量1キ
 ログラム食べるとどうなるか? 分りきったことだが、かなり危険な領域に入ってくる。乳
 幼児から青少年に至る育ち盛りの世代にとって、1年間に食べる量は1キログラムどころで
 はない。そこで追い詰められたヨーロッパ食品業界が主導して、「えいやっ」と100倍に
 決めたのが、先の危険な数字であった。

  では、その数字に誘導した食品業界の犯人はどこにいたのか?

  実は、IAEA議長をつとめたロスチャイルド家のベルトーフン・ゴールドシュミットと
 共に、IAEAでNo.2の事務局"次長"としてこの国連組織を育てあげたのがパウル・ジョレ
 スであった。その男が、チェルノブイリ事故が発生したとき全世界の乳製品メーカiに君臨
 するネスレ(ネッスル)の会長であったのだ。現在の日本が、フクシマ事故直後に500ベ
 クレル、翌年から100ベクレルとして、ほとんどの国民がそれを安全だと信じているので
 ある。このような猛烈に高いIAEA基準に従う日本政府の基準を日本人は信じて大丈夫か?
 なぜ1キログラムあたり1ベクレル単位を目指さないのか!



※ チェルノブイリ原発事故・終わりなき人体汚染


                       原爆と原発は。双子の悪魔

  このIAEAが、ウクライナの首都キエフに"全ソ放射線医学総合センター"を設立させ、
 全ソすなわちソ連(現在の汚染地ロシア・ウクライナ・ベラルーシ)全土の被害データを統
 括することになった。そして、このセンターのコンピューターによってチェルノブイリの大
 被害を完全に統轄し、同時に不都合なデータを抹消するようになった。当時その様子が1時
 間にわたって衛星放送で放映された時、彼らの姿は無気味であった。

  IAEA曰く、「動物の異常はない……もともとウクライナの汚染はひどい……子供の異
 常はすべてストレスによるもので放射能は関係ない……キューバに行ったチェルノブイリ被
 災地の子供たちは保養に行っただけだ……妊婦の異常は鉄分が不足したための貧血症と恐怖
 症によるものだ」……こうして、想像を絶する言葉が次から次へと口をついて出た。キュー
 バヘ治療に行った子供たちが病院で白血病に苦しんでいると現地で報告されている時に、こ
 れらの暴言が発せられたのである。

  ウクライナのキエフ小児科産婦人科研究所の女医イリーナ・ゴルディエンコを招いて、「
 ソ連では何の被害も起こっていない」と語らせたのである。すでに白血病と甲状腺障害のた
 め子供たちがバタバタと倒れはじめた時に、逆証明を試みようとしたのだ。ところがその番
 組が、IAEAと原子力産業の構造を逆証明することになった。同じ研究所から来日した保
 健省の医師アンドレ・ヤコブレフが、すでに明らかな嘘を語りまくって帰ったあとだったか
 らである。

  キエフの同じ研究所から来日したこのふたりに共通していたのは、全世界のジャーナリズ
 ムが取材した"チェルノブイリ同盟"という市民グループと深く係わり、IAEAと絶えず接
 触してきたことであった。


※ 「年1ミリシーベルト」で避難の権利~チェルノブイリ法

  これ以来、フクシマ原発事故を起こした日本でも、福島県内で"市民グループ"や "大学教
  授" の名を騙って、「放射能と折り合いをつけて生活するにはどうすればよいか」という論
  調で安全論を広めることがIAEAの常套手段となっているのだ。福島県内には、IAEA
  の手先となって、「東日本の復興促進」というエサをぷらさげ "原発に反対だが、この放射
  能は大したことはないという擬似スタイルで、ますます危険を広げる人間が徘徊しているの
 は有名なことだ。この哀れな大学教授たちの目的は、自分の肩書き(役職)を守ることでし
 かない。

  原爆と原発が、双子の悪魔だったことは、歴史を見た通りである。
  では、全世界の原爆兵器産業と原子力産業は、現状では、どのような関係になっているの
 か?  

               広瀬 隆 著『東京が壊滅する日―フクシマと日本の運命』


以上で了となる。著者とは、1986年4月26日のチェルノブイリ原子力発電所事故を受け、
大津で自治労主催で緊急集会に参加したとの基調講演で面識させていただいた。話の内容はこの
本やその他の著書と基調は変わっていないが、詳細はうろ覚えとなっているが、「ヨーロッパか
ら輸入されるマッシュルームは汚染蓄積濃度が高いので食べないように」という言葉だけが強く
記憶に残っているが、地震説や安全軽視運転説など事故原因はいまだに確定していない。

チェルノブイリ事故から2011年の「3・11 東日本大震災とフクシマ原発事故」までのそ
の間、何があったのか?あるいはわたしは何をしていたのか?1つは、チェルノブイリ事故の放
射能汚染による癌罹患者数の増大と今なお続く原発事故驚異のの余震であり、2つめは、ソ連と
冷戦の崩壊及びパックスアメリカーナの弱体化という世界政治の激変であり、核兵器の廃絶と核
拡散の同時進行である。3つめは、日本国内では原発依存傾斜であり、ドイツ・米国などの先進
国での原発からの撤退と発展途上国の原発建設であった。個人的には表立った原発建設反対運動
から離れていたが、『デジタル革命渦論』を構想しながら、1995年以降、太陽光発電・燃料
電池を中心とした再生可能エネルギー事業への進出を窺い、2005年より薄膜系太陽電池事業
への研究を開始していた。つまり、原子力発電のコスト神話を覆す好機を確信する(参考:早瀬
修二編集『色素増感太陽電池の研究開発と最新技術』 技術教育出版社 2005.06.20)。

しかし、企業内部では時期尚早・原子力発電推進論もあり、一旦活動を停止するも、フクシマ原
発事故が発生したことで、状況が一変。これまで原発リスク評価を甘さを深く反省・学習するな
か、ブログで『縮原発論』を展開掲載、本書を通じ、フクシマ原発事故の廃棄物処理は単に日本
国内の問題でなく、米国・ロシアの核大国を中心とした核ごみのグローバル化として全人類に影
響すること、「核ごみの玉突き衝突時代」の幕開けをであることを確認する。さらに、16年4
月から実施される電力の完全自由化により「電力会社が7割の利益を得ていた家庭の消費者」に
も選択が可能になり、その家庭の6割以上は、原発でない、圧倒的に安価で安全・クリーンな「
新電力」ヘの契約変更を望んでいる。

裏返せば、著者が「あとがき」で――電力会社は原発に見切りをつけない限り、膨大な数の顧客
を新電力に奪われ、ますます経営か悪化し、自分の首を絞めて最後に窒息するだけである。その
ため原発マフィア官僚が、原発に責任のない「新電力」企業に”原発の廃炉コスト”を負担させ
ようとしたり、高性能の石炭火力の建設を妨害したり、悪辣きわまりない政策を次々と打ち出し
ていることは、読者ご存知の通りである。電力会社にとっても消費者にとっても、原発を断念し
て、一旦、特別損失を計上し、身をきれいにしてから再出発すれば未来は美しくなる――と指摘
する通りである。このように、(1)地球温暖化リスクの脅威が迫る中、再生可能エネルギーへ
の切り替え、(2)宇宙開発用のなどの小規模の原子炉や核融合炉の実験施設を残し、原発の廃
炉などの核ゴミの迅速な処理が最重要テーマである。

                                                          この項了

  



【球界最強打者 山田哲人23歳・5つの大記録】

小学校2年生の時に地元、宝塚リトルリーグの外野手として野球を始める。御殿山中学校時代は
ヤングリーグ・兵庫伊丹に所属で内野手。履正社高校では、1年夏からベンチ入り、2年夏は二
塁手レギュラー。3年春は高い守備力と0・435という高打率をマーク、大阪大会優勝・近畿大
会準優勝。10年のプロ野球ドラフト会議では東京ヤクルトスワローズとオリックス・バファロ
ーズから外れ1位の指名を受け、抽選でヤクルトに。14年、杉村繁打撃コーチとのマンツーマ
ン指導により打撃が大幅向上。4~9月にかけ、史上初の6カ月連続初回先頭打者本塁打を達成。
監督推薦でオールスターゲームに選出され、本塁打を含む2安打を放ち敢闘選手賞を獲得、8月
はリーグトップとなる41安打を記録し、自身初の月間MVPを受賞。

走攻守いずれもレベルが高く、50メートル走では5・8秒。ヤクルトコーチを務める福地寿樹
は、「単純にスピードはチームで1番速い。自分の現役のときよりも断然速い」と語る。高校時
代の監督からはトリプルスリー――プロ野球で、打者が同一シーズンに「打率3割以上・本塁打
30本以上・盗塁30個以上」の成績を記録――を狙える男とたたえられている。その彼が今年
5つの大記録に挑む。

1.球団58年ぶりの『日本人本塁打王』
2. 史上9人目の『3割・30本・30盗塁』
3.史上8人目の三冠王
4.プロ野球史上初の『本塁打王&盗塁王』
5.プロ野球史上初の『40本・40盗塁』

 



ヨットの帆が競い合う水面を眺めながら、とりとめのない話を時折クリップしながら、バニーニ
とサンムレナにお好みのイクシを挟み、ときおりすれ違いながら、モーニングプレートを楽しむ。
ありふれて、スペシャルなふたりの時間を時の過ぎゆくまま。

パニーニセット・税込み650円、ジュブリのモーニングプレート・税込み1300円。合計、
1950円。

 

彦根市稲枝北小学校では、理科の学習の一環で15年ほど前から、4月下旬に「千成」と「百成」
の苗計12株を24平方メートルの農園に植えた。水やりや草抜きなどをして世話をし、長さは
15~25センチになる校内で育て、ヒョウタンを収穫する野外活動が伝統になっている。



● 因果報応の季節風

最近の国政をみていると、二大政党制による活性化の試みは、大きく頓挫し失望を隠せない。経
済政策の非力な民主党に変えた自民・公明党の経済政策の先行きは誠に暗く、野々村なにがしか
の兵庫県会の保守系デフレ議員のドタバタに続く、国会レベルの不倫騒動の女性維新の党の衆院
議員や武藤なにがしかのサギ欺自民党衆院議員の”お為ごかし”の"志(こころだし)” の低い
ドタバタ劇がつづくことか。かって、"アドホックなキルケゴール"と『デジタル革命論』で表現
したように、独立した個人による自律的な思慮溢るる行動は霧散したかのようにある。しかし、
希望も残っているはず。心当たりのある政治委員なら、それも因果報応と心し、潔く辞任する選
択する道に。

そんなことを吹き飛ばすことが起きるかもしれないことが朝鮮半島で進行している。取り返しの
つかない武力衝突の懸念。そんなことをつらつら考えていると、時代hは"嵐”。人類史に大きな
因果報応の季節風が吹き込んでいる。

 

 

 ● 今夜の一品

 

バックパックとウェストバッグを融合させたバック+ウェストバッグ。



時代は太陽道を渡る Ⅸ

$
0
0

 




 

      自然界の保全について、われわれが慎重を欠い
                 ていた事を未来の世代は決して許さぬだろう。

                       レイチェル・カーソン

 

 

● 世界初 熱電素子でファンを駆動するカセットファンヒータ

岩谷産業株式会社が、電気も電池も不要 ! カセットガスで発電し、部屋全体を暖める世界初の
『カセットガスファンヒータ』を販売する。その特長は、外部電力や乾電池を使わず、機器内の
発電でファンを回転させ、温風で部屋全体を暖める点。高性能な「熱電発電モジュール」と「カ
セットガス」の組み合せで、世界初のカセットガス式コードレスファンヒータ。軽量・小型で、
燃料の購入や交換も手軽な暖房機器。希望小売価格は3万円(消費税別)。

① 高性能な「熱電発電モジュール」と「カセットガス」の組み合わせにより、電池も電源コード
 もガスホースも使わないコードレスファンヒータ。
② カセットガス式なので燃料の入手や交換が手軽で、面倒な燃料補給の手間もかからない。
③ 最大出力は2.0キロワット(1,720キロカロリー/時相当)、温風の吹き出しは点火後約
 50秒で、カセットガス1本で素早くムラなく部屋を暖める。万一の停電時、非常時に有用。
④ カセットガス1本の連続燃焼時間は、標準モードで約103分、弱モードで約138分。
 暖房のめやすは、コンクリート集合住宅が7畳まで、木造戸建住宅は5畳までとなっている。
⑤ 本体は、約4.7キロで軽量、掃除の時も楽に移動でき、また別の部屋に移動し使え便利。 

 
この原理は、カセットガスの燃焼によって加熱される部分(A)と加熱されない部分(B)の間に、
熱電発電モジュール(半導体によるゼーベック効果を利用)を配置→点火するとAとBの間に温
度差が生じて起電力が発生、ファンを起動→ファンが回転するとB部分が空冷効果で冷却され、
Aとの温度差がさらに広がる→大きな温度差が継続することで安定した発電が行われ、駆動ファ
ンから温風を送る。



このように、環境リスク本位制時代にあっては、『デジタル革命渦論』とエネルギー供給装置工
学の相乗効果で、「自律化」と「ダウンサイジング」がシンクロナイズし「省エネ」を推し進め
る。という事例としてここにある。

【時代は太陽道を渡る Ⅸ:高速道路に4300基のソーラー街灯】

京セラとKyocera Solarは15年8月20日、ブラジル・リオデジャネイロの高速道路に約4千3
百基のソーラー街灯を納入したと発表。京セラ製の太陽電池モジュールを搭載した独立型の街灯
で、リオデジャネイロの主要な高速道路を結ぶ「Arco Metropoliano do Rio de Janeiro」に設置した。

リオデジャネイロ州政府の公共事業の一環として、ブラジルのSoter社が設置を行った。高速道路
の全長145キロメートルの約半分以上に当たる約73キロメートルにわたってにソーラー街灯
を計画していた。


街灯に搭載された太陽光発電システムの出力は合計で3.2メガワット。高速道路に設置された太
陽光発電システムではブラジル最大。年間発電量はブラジルの一般家庭約1527世帯の消費電
力量に相当する合計2.8ギガワットアワーを見込む。これにより1583エーカー(約640
面平方キロメートル)分の森林が吸収するのと同量の二酸化炭素排出量を削減できる。

このように、太陽光で電力を賄うことで、送電網を持たなかった地域の高速道路の電灯へ電気を
供給可能にとなった。ちなみに、国際エネルギー機関が発表した13年の「世界のエネルギー見
通し」によれば、ブラジルの一次エネルギー需要の45%近くが再生可能エネルギーで賄われて
いる状況で、ブラジルは再生可能エネルギーの利用は、水力発電とバイオマス発電がその大部分
を占めている。(スマートジャパン 2015.08.24)

 

The Econmic Times 2015.08.18

● インド コーチン国際空港 世界初の完全ソーラー空港完成

また、インド南部のケララ州にあるコーチン国際空港が、『世界初の完全ソーラー空港』になっ
たと発表している。一日あたりのエネルギーを45エーカー(約18万平方メートル)に4万6
千枚の太陽電池パネル(22メガワット)でまかなう。このことで25年間で、3万本の植林と
同等の30万トンの二酸化炭素排出量が削減できるが、これは、7.5億マイルの航空距離のエ
ネルギー消費量に匹敵する規模である。

尚、13年3月に到着ターミナル屋上に小さい太陽光発電アレイを導入し、コーチン国際空港は
既に再生可能エネルギーへの完全切り替えを開始している。


 

【超高齢社会論 Ⅵ: 下流老人とはなにか】 
 

 秋葉原通り魔事件が、"ワーキングプアー" に 象徴される、過剰競争と自己責任の原理がもたら
す格差拡大社会の歪みとして発生したように、まもなく、日本の高齢者の9割が下流化する。本
書でいう下流老人とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者、およびその恐れがある高齢者」で
ある。そして今、日本に「下流老人」が大量に生まれている。この存在が、日本に与えるインパ
クトは計り知れないと指摘したように、神奈川県小田原市を走行中の東海道新幹線で焼身自殺し
た事件――71歳の林崎春生容疑者による「下流老人の反デフレテロ」ではないかとブログ掲載
(極東極楽 2015.07.02 )。『下流老人』の著者である藤田孝典は、「東京都杉並区の生活保護
基準は、144,430円(生活扶助費74,630円+住宅扶助費69,800円 【特別基準に
おける家賃上限】)である。資産の状況やその他の要素も検討しなければならないが、報道が事
実だとすれば、年金支給額だけでは暮らしが成り立たないことが明白だといえる。要するに、生
活保護を福祉課で申請すれば、支給決定がされて、足りない生活保護費と各種減免が受けられた
可能性がある。月額2万円程度、生活費が足りない(家賃や医療費などの支出の内訳にもよる)。
生活に不安を抱えどうしたらいいか途方に暮れる男性の姿が思い浮かぶ」と語っている(YAHO
O!ニュース「新幹線火災事件と高齢者の貧困問題ー再発防止策は 「貧困対策」ではないか!?」
2015.07.02)を受け、藤田 孝典著『下流老人』の感想を掲載していく。    

  目 次    

  はじめに
  第1章 下流老人とは何か
  第2章 下流老人の現実
  第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン
  第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府
  第6章 自分でできる自己防衛策―どうすれば安らかな老後を迎えられるのか
  第7章 一億総老後崩壊を防ぐために
  おわりに

 第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン 

  仕事一筋できたならば、夫は妾に逃げられてはいけない

  わたしが今まで見てきた経験上からも、妻は月15万円の生活費でも暮らしていける方が多
 いが、夫の場合はほとんど絶望的と言ってもいい。
  とくに団塊の附代よりも上の層の日常生活力の乏しさには驚くべきものがある。
  じつは家庭科の授業が男女共修になったのは、中学校で1993年、高等学校では199
 4年である。つまり、それ以前の人、とくに男性は、家庭科における家事や調理技術を学ぶ
 機会が公的になかったと言える。そのため、いまだに「家事は女性がするもの」という発想
 が抜け切れない男性高齢者も多いのだ。

  だからヘルパーが自宅に生活支援にきても、まるでメイドか何かのように小間使いにして
 しまう男性もいる。それはそのまま今まで妻にやらせてきたことでもあるのだろう。
  家事や炊事など日常の生活能力が低いというのは、単に「料理が下手」とか「洗濯物がた
 ためない」というレベルの問題ではない。自炊できなければ、出来へ目いの惣菜を買うか、
 外食することになり、当然栄養は偏る。また、掃除もできないので生活環境が不衛生になり
 やすい。

  そんな状況が続けば、当然病気になりやすく、医療費がかさむ。加えて節約意識もないた
 め光熱費もバカにならない。つまり、一人暮らしになって生活能力がない場合、夫婦で過ご
 していたときと同 じくらい、あるいはそれ以上の食費や光熱費、医療費を支払わなければ、
 生活を維持できなくなってしまうのだ。

  このような事態に陥らないためには、まず離婚しないこと、されないようにすることだ。
 とくに仕事一筋できたならば、なおさらだ。
  男は金さえ稼いでくればいいという昔ながらの考え方を捨て、家庭における男性の役割を
 変えていかなければならない。高齢期になる前から、少しずつ仕事から家庭のほうに重点を
 シフトさせ、精神的にも経済的にも「一緒に暮らしていく」ことを妻とよく相談して決める
 ことが重要ではないだろうか,このあたりの意識は、若者世代では徐々に浸透しており、家
 事や育児の役割分担は、夫婦生活の維持にとって欠かせないことになっている。
 
  離婚が双方の下流化の人目になるケースは増えつつある。
  他者とのつながりが希薄になった現代だからこそ、パートナーがいることの価値を、ここ
 で再度確認する必要があるように思う。


  《パターン5 認知症でも周りに績れる家族がいない》

  現状編の最後は、認知症の問題である。
  現在は高齢期が長くなっているため、認知症にかかるリスクも相対的に高くなってきてい
 る。認知症と聞くと、家族など"介護する側"の負担がはじめに思い浮かぶかもしれない。も
 ちろんそれも大きいが、認知症の高齢者が一人暮らしを余儀なくされた場合、まったく別次
 元の脅威にさらされることになる,詐欺などの犯罪だ。

  最も典型的なのが、いわゆる「オレオレ(振り込め)詐欺」である。
  警察庁によれば、2014年の特殊詐欺被害の総額は約559原円であり、2013年比
 で約14%増加している。5年連続で増加しており、その被害余額は過去最悪の水準を更新
 している。特殊詐欺防止のための対策を各地で講じ、犯行グループなどの検挙が進んでいる
 にもかかわらず、一向に歯止めが効かない。

  振り込め詐欺の被害が減らないどころか年々増加しているのは、詐欺の手ロが巧妙化して
 いるだけでなく、背景に認知症高齢者の増加があることを見過ごしてはならない。
  厚生労働省の発表によれば「誰かの見守りや支援が必要な認知症高齢者数]は、平成22
 年(2010)時点で、約280万人。まだ気づかれていない軽度の認知障害の方も含めれ
 ばさらに数は増える。今後も、2020年は約410万人、2025年には約470万人に
 まで膨れ上がることが予想されている。 

  高齢者の認知症でとくに問題なのは、自分では症状に気づきにくいということ。
  初期の認知症高齢者は、医師や社会福祉の専門家が見ればすぐに判別できるが、本人が自
 覚できることは稀だ,周囲に助ける人がいても、物忘れがちょっと多い程度では、症状に気
 づけないこともある,だから、一人暮らしともなればなおのこと事態は深刻である。

  実際、相談に来られた認知症の方のほとんどが、病院で検査し医師から結果を示されても、
 「認知症なんてとんでもない。わたしはしっかりしている」と言い張る。
  そこにつけこんでくるのが、先ほどの振り込め詐欺などの犯罪グループだ。巧みな理由を
 つけて、息子が困っていると信じさせ、高齢者はいとも簡単に資産の一部、あるいはすべて
 を奪われてしまう。「振り込む前に本人確認を」などとよく言われるが、その注意自体を忘
 れてしまったり、そもそもそのような発想すら持てないのが認知症なのだ。

  とくに高齢者自身が金銭管理をしている場合は注意が必要になる。振り込め詐欺以外にも
 宗教の勧誘や、高額な布団や化粧品などの訪問販売、リフォームなど、さまざまな方法で高
 齢者から搾取しようとする企業や犯行グループは山ほどある。気づいたときには、もう資産
 がほとんどないという事例もよくあることだ。




                 認知症+一人暮らし+悪徳業者H→下流老人

  わたしが実際に見たなかで、一面ゴミだらけの部屋のなかに新品の羽毛布団が3枚も4枚
 もうずたかく積まれていた高齢者の家があった。明らかに認知症の独居高齢者をターゲット
 とした悪徳業者のしわざだ。
  認知症高齢者への詐欺事件が悪質なのは、理解力の低下だけでなく、高齢者の寂しさや自
 尊心を校滑に利用していることだ。たとえ営業だろうと、孤独な生活のなかで話しかけてく
 れる人がいたら、それだけで嬉しいだろう。日中誰とも話さずテレビを見ている高齢者も多
 い。親族が訪ねてくるのは年に数回という家も珍しくない,悪質な訪問販売は、そのような
 心の隙間につけこみ、必要のない、ときにはまったく同じ商品をいくつも高齢者に買わせて
 いく。

  販売員も部屋の状況を見たり、高齢者と話せば、認知症であることはある程度わかるはず
 だ。それにもかかわらず、金がなくなるまで商品を売りつけ資産を吸い尽くそうとする者が
 後をたたない,このような業者は必ず「本人が良かれと思って買ったのだからいいだろう」
 と言うが、本人に正常な理解力がないことは明白だし、それが見てわからないなどというこ
 とはあり得ない。

  さらに事態を複雑化しているのは、高齢者自身が「(たとえ瞞す目的だったとしても)話
 を聞いてくれる人がいただけで嬉しいから」と、被害があっても許してしまい、被害届や権
 利救済を申し立てない事例もあることだ,
  ドラマみたいな話だと思われるかもしれないが、福祉現場からすれば、これはごくありふ
 れた話であり、これが現実である。
  このように認知症が恐ろしいのは、単に記憶があやふやになるという症状だけでなく、「
 認知症+一人暮らし」だったり、「認知症+悪徳業者」のようなコンボで、予想外の事態が
 いくらでも起こり得る点にある。

   当然だが、加齢とともに脳機能は誰でも低下していく。認知症の有病率を年代別に見ると、
 74歳までは10%以下だが、85歳以上で40%超になるという調査結果まで出ている(
 厚生労働省研究班代表者・朝田隆筑波大教授「都市部における認知症有病率と認知症の生活
 機能障害への対応」2013)。
  つまり、長生きすれば、遅かれ早かれみんな認知症になり得る。そのため資産をちゃんと
 分割しておいたり、容易に契約を結んでしまわないようなシステムをあらかじめつくってお
 くなどの対策が必要になる。

 「誰もが認知症になる」ことを想定したうえで、高齢期の準備を講じなければならない。
  このように、自分では気をつけているつもりでも、犯罪や消費者被害に巻き込まれて下流
 化してしまうパターンもあるのだ。



 〈コラム: カネの切れ目が延命装置のスイッチも切る!?〉

  1972年に、有吉佐和子氏が『恍惚の人』を発表したことで、認知症や介護福祉の問題
 がクローズアッブされた。当時の高齢化率は約7%程度であり、高齢化社会に突入し始めた
 時期でもあった。
  ただ、そのころの平均寿命は70~75歳程度(1970)で、寝たきりになったら、す
 ぐ に亡くなってしまうケースも多かった。
  しかし現在は、高度医療化もあり延命措置も一般化してきた。また、日本の高齢者の寝た
 きり寿命は海外に比べ長く、男性は約9年、女性は約12年であるという報告もある。ピン
 ピンコロリとはなかなかいけず、医療費がかさむというのが実状だろう。

  なかでも、悩ましいのが「延命治療」を続けるかどうかの決断だ。
  たとえば、植物状態になった高齢者に収入や貯蓄がなく、民間の保険にも入っていなかっ
 た場合、たとえ高額療養費制度を利用したとしても、際限のない医療費負担が家族にのしか
 かってくる。本人が医療費を払えない場合には、どこまで延命するのかの判断は、残された
 家族に委ねられるのだ。

  医療費が支払えないという現実的な問題が、直接的に命の問題として降りかかってくる。
 資産の有無によって、高齢者が生きられるか、死ななければならないのか、選択を迫られる
 事態がますます増えていくに違いない。

  本来、命の選択は資産に関係なく、本人や家族が丁寧な議論を重ねたうえで、決定すべき
 だと思うし、そうならなければいけないとも思っている,しかし、「もうお金がないので治
 療をやめてください」と一河わざるを得ない時代がくるかもしれない。 

                                   この項つづく

 

 

青森→新潟沖の洋上風車

$
0
0

 




 

    
         いまでは人工的に遺伝そのものがゆがめられてしまう。まさに現代の脅威
       といっていい。私たちの文明をおびやかす最後にして最大の危険なのだ。

                                  レイチェル・カーソン

 

 

● 秋田県沿岸洋上から12万世帯分の電力を供給

秋田県の2つの港に建設する洋上風力発電所の開発計画が動き出す。まず、環境影響評価の手続き
を開始する。計画では能代港と秋田港の港湾区域に合計で最大34基の大型風車を設置して170
メガワットの発電能力を発揮。21~22年の運転開始を目指す。洋上風力発電所を建設する場所
は、秋田県の北部にある能代港と中部にある秋田港の2ヵカ所。いずれも秋田県が管理する港湾区
域の中で、陸地から2キロメートル以内の範囲。

能代港と秋田港は年間の平均風速が毎秒6.5~7メートル以上になり、風力発電に適した場所であ
ることがわかっている。洋上風力発電の設備利用率(発電能力に対する実際の発電量)は標準で30
%程度、170メガワットの発電設備の場合には年間の発電量4億4万キロワットアワー)を見込む。
一般家庭の使用量(年間3600キロワットアワー)に換算して12万4千世帯分に相当。

発電設備の設置方法は海底に固定する着床式で、基礎構造はモノパイル式とジャケット式の2種類を
検討(上図)。モノパイル式は水深が330メートル以内の砂質の海底に適している一方、ジャケッ
ト式は50メートル程度の水深まで対応できて泥質や岩質の海底にも設置することができる。


 
能代港の対象区域の水深は最大で20メートル程度、秋田港でも30メートル程度で、海底が砂質で
あればコストが低いモノパイル式を採用する可能性が大きいが、コストを除けば、施工や撤去の容易
さや環境影響の点では2つの方式で一長一短がある。環境影響評価は5段階。完了までに3年程度を
要して、順調に手続きが進めば18年に工事を開始し、21~22年に運転開始する。

規模は新潟は村上市沖合の220メガワット44基18万世帯(24年度稼働予定)に続く(2015.02.
09)。

※ 出典:スマートジャパン 2015.08.26「最大34基で170MWの洋上風力発電所、環境影響評価が秋田
  県で始まる」

 

【超高齢社会論 Ⅶ: 下流老人とはなにか】 
 

 秋葉原通り魔事件が "ワーキングプアー" に 象徴される、過剰競争と自己責任の原理がもたら
す格差拡大社会の歪みとして発生したように、まもなく、日本の高齢者の9割が下流化する。本
書でいう下流老人とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者、およびその恐れがある高齢者」で
ある。そして今、日本に「下流老人」が大量に生まれている。この存在が、日本に与えるインパ
クトは計り知れないと指摘したように、神奈川県小田原市を走行中の東海道新幹線で焼身自殺し
た事件――71歳の林崎春生容疑者による「下流老人の反デフレテロ」ではないかとブログ掲載
(極東極楽 2015.07.02 )。『下流老人』の著者である藤田孝典は、「東京都杉並区の生活保護
基準は、144,430円(生活扶助費74,630円+住宅扶助費69,800円 【特別基準に
おける家賃上限】)である。資産の状況やその他の要素も検討しなければならないが、報道が事
実だとすれば、年金支給額だけでは暮らしが成り立たないことが明白だといえる。要するに、生
活保護を福祉課で申請すれば、支給決定がされて、足りない生活保護費と各種減免が受けられた
可能性がある。月額2万円程度、生活費が足りない(家賃や医療費などの支出の内訳にもよる)。
生活に不安を抱えどうしたらいいか途方に暮れる男性の姿が思い浮かぶ」と語っている(YAHO
O!ニュース「新幹線火災事件と高齢者の貧困問題ー再発防止策は 「貧困対策」ではないか!?」
2015.07.02)を受け、藤田 孝典著『下流老人』の感想を掲載していく。    

  目 次     

  はじめに
  第1章 下流老人とは何か
  第2章 下流老人の現実
  第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン
  第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府
  第6章 自分でできる自己防衛策―どうすれば安らかな老後を迎えられるのか
  第7章 一億総老後崩壊を防ぐために
  おわりに 

 第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン 

  【近い未来編】

                       「一億総老後崩壊」の時代

  ここまでは現状に即して高齢期における下流化のリスクと、そのパターンを解説してきた。
 しかし、下流化は、高齢期あるいは高齢明間近の歳になってはじめて起こり得る問題ではな
 い。わたしが本書を執筆しようと思った理由にもつながるが、現在少しずつ顕在化してきた
 高齢者の下流化は、これからはじまるであろう地殻変動の序章にすぎない。
  だから、ここからはむしろ「これから」に焦点をあてる。現在働いている方にとっては、
 むしろこちらのほうが「自分事」として重要なパートかもしれない。

  若年期もしくは青年明においても、下流化の芽はいろいろなところに見ることができる。
  超高齢社会を迎えているわが国において、多くの人がイメージしている「穏やかな老後」
 はごく一握りの人にしかやってこないかもしれないことを、わたしたちは知っておく必要が
 あるだろう。
  ここからは高齢者照代ではなく現役世代に焦点を移し、「近い将来」多くの人が下流老人
 になる危険性について解説していく。今働いている現役照代は、さらに過酷である。

                           もらえる年金が減るおそれ

  まずは、年金の問題だ。高齢者になり会社を退職すれば、収入は自ずと「年金」に頼らざ
 るを得なくなる。では実際に、どれほどの金額がもらえるのか。
  内閣府の「平成26年版高齢社会白書」によれば、自分たちが将来世帯で受け取れると思
 う年金額は「月額10万~20万円]だと思っている人々が多い。「10万円くらい」が
 19・8%と最多で、次いで「15万円くらい」が19・1%、「20万円くらい]が16・
 2%となっている。

  これらは概ね妥当な回答であり、実際に20万円以下で暮らさざるを得ない高齢者世帯が
 多数を占める。つまり、現在の働く世代が高齢者になった際、大部分の人が「相対的貧困」
 層か生活保護基準レベルの年収しか得られないのだ,
  たとえば、現在(2015年時点)65歳の人で20歳から60歳まで40年問(480か
 月)厚生年金保険料を払ったとする。仮に、年収が(現在の給与所得者の平均年収である約
 )400万円を超えており、平均月給与が38万円だったとしても、年間の合計支給額は約
 198万円で、月に直すと約16万5000円しかもらえないことになる。

  あるいは、そこまでの収入がない場合はどうだろう。40年間の平均給りが月25万円だ
 った場合、年間の支給額は約157万円であり、月額約13万円にしかならない(日本年金
 機構の基準により著者が概算)。要するに、一般水準の給与をもらっていても「老後にもら
 える年金額は月20万円を下回る」ということだ。しかも忘れてはいけないのは、年金受給
 者には課税や保険料徴収がある。実質の手取り金額は数万円減少することが確実である。
 
  人によっては「一人暮らしなら月に14万~15万ももらえれば十分だ」と思われるかも
 しれない。しかし、20代の15万円と70代の15万円では、まるで重みが違う。高齢に
 なるほど、いかに想定外の問題に見舞われるリスクが高まるかは、これまでに説明したとお
 りだ。

  また今後、年金制度を維持するために今よりも受給額が減る可能性も高い。
  それにもかかわらず、いまだこの国の「年金信仰」は堅く、厚い。「平成26年版高齢社
 会白書」によれば、高齢期の生計を「公的年金」で、支えようと思う人は約8割を超えてい
 る。次いで「貯金または退職金の取り崩し」が46・2%であり、「自分の給与に関する収
 入」が45・6%、「民間の個人年金」が15・2%である。年金への依存度が非常に高い
 のが現在の日本社会の特徴である。


  だが実際には、第2章で見たようにすでに年金だけでは暮らせない人々から、たくさんの相
 談が寄せられている。
  高齢者の貧困は、死に直結する。1日に2食しか食べられず、栄養状態が悪い人は珍しくな
 い。また、病気になった際には、病院に受診することをためらうため、重篤化してからの受診
 になる。そして自宅に訪問させてもらうと、住宅の補修費が出せないため、壁や天井、窓に穴
 が開いたまま、すきま風がすごい環境で暮らしている人もいる。繰り返すが、これらの人々は
 決して無年金ではなく、一定金額の年金をもらっている人なのだ,

  もらえる年金の減額もあり得る現役世代にとって、もはや年金だけで十分な生活を維持する
 ことは、ほぼ不可能と言っても過言ではないだろ。

  年収400万円以下は下流化のリスクが高い(「一億総下流」の時代 がやってくる)

  1960年代に池田内閣により推し進められた「所得倍増計画」によりどの家庭も一隊に生
 活水準の向上が図られた。1968年には日本の国民総生産(GNP)が世界第2位に達し、
 国民に享受されたのが「1億総中流」社会である。
  当時の社会では、隣の家が持っているものは、自分の家にもあるのが当たり前で、いわゆる
 新・三鮪の神器(カラーテレピ・クーラー・自動巾)が普及した時期でもあった。
  現代において、この1億総中流の「意識」はいまだ崩れていない。2014年6月に実施さ
 れた「国民生活に関する世論調査」(内閣府)では、男女ともに9割以上の人が自分の生活を
 「中流」だと認識しているそうだ。


  だが、あえて断言しよう。それは幻想である。
  これからの日本社会に、もはや中流は存在しない。いるのは「ごくひと握りの富裕層」と
 「大多数の貧困層」の2つであろう。隣の家庭も自分と同じくらいだから安心、ではない。わ
 たしたちは全員が緩やかに、しかし確実に貧困に足を踏み大れている。
  自分がどれくらいの生活水準にあるのか。それを測る指標はいくつかあるが、一番わかりや
 すいのが年収だろう,国税庁の調査によると、2014年時点における日本の民間企業の従業
 員や役員が昨年一年間に得た平均給与は、414万円とされる(注‥一人あたりの給与であっ
 て世帯合計ではない)。

  しかし先述のとおり、平均年収400万円では、高齢期に「ギリギリ」の生活を強いられる
 ことになる。
  また、これも繰り返しになるが、注意しなければならないのは、年収400万円程度という
 のは平均値であって、中央値ではないことだ。一部の大金持ちが、平均値を押し上げているこ
 とを忘れてはならない。実際のボリュームゾーンはこれよりももっと低く、年収400万円以
 下で暮らしている生産年齢人口はたくさんいるし、むしろそちらが多数派といえる。

                             強烈な格差の行き着く先

  このような上位数%が極めて高所得を得ているために発生する「富の一極集中化」は、日本
 のみならず、どの先進国でも起こっている。
  2014年5月、OECDは「過去約30年間における上位1%の所得割合の推移」を発表し
 た。これによると上位1%の人たちの所得割合は、1981年と2012年で比較したとき、
 アメリカは8・2%から20%に、日本でも7・5%から10%に上昇している。要するにア
 メリカでは、全労働者が得る所得のうち、上位1%の人々がその20%を、日本では10%を
 独占しているということだ。

 
  一方で、アメリカでは、下位10%の人たちの収入額は2000年からの8年間で約10%減
 少したことも指摘されている。つまり、双方向のベクトルで経済格差が広がっていることがわ
 かる。
  アメリカほど顕著ではないものの、日本でも今後、経済格差がますます拡大していくことは
 明らかであろう。そしてこのことは、今のような現役時代の報酬比例で厚生年金を支払ってい
 くしくみや国民年金だけでは、もはや暮らしが成り立たなくなることを意味する。
  そして、ごく一握りの富裕層と大多数の貧困層に分化しつつある社会において、もはや平均
 年収は自分の生活水準を測るうえで何の意味も持たない。「普通]だから「安心」とは、まっ
 たく言えないのだから。

                        昔と今の400万は価値が全然違う

  ただ、将来の年金受給額を示されただけではピンと来ない方も多いだろう。現在ごく人並み
 に生活できている高齢者で現役時代に年収400万円以ドだった人はたくさんいるし、貯蓄だ
 って十分にできているではないか、と思うかもしれない。
  だが、昔と今の「年収400万円」では、意味合いが大きく違ってくる。結論からいえば、
 昔はさまざまな形であった「見えざる恩恵」が、現在はことごとく消滅したというのが、その
 理由だ。

  たとえば第一章でもすでに指摘したが、今後は子どもが親の面倒を見る高齢明の生活を家族
 が扶助することはほとんど絶望的になる。
  先に見たとおり、65歳以上の高齢者の子どもとの同居率は、昭和55(1980)年の約7
 割から平成24(2012)年には42・3%まで下がっている。一方で、高齢者の独居世帯
 は、着実に増加の一途をたどっている。
  高齢の親と一緒に住んでいた経験がある人はとくに、自分の老後に対してもつい同じような
 イメージを抱いてしまいがちだ。しかし、もう老後に子どもと暮らすという選択肢は失われつ
 つある。

  今は高齢者の孤立が拡大する人口にすぎないと言えよう。家族による扶助が見込めないのな
 ら、当然年金とそれ以外の収入や貯蓄で自活する道を探るしか方法はない。
  また「失われた恩恵」のもう一つは、企業の福利厚生の手厚さの違いだ。たとえば昔は、現
 金で支払われる給与以外に住宅補助(社員寮)や各鮪f当をはじめとする補助が、多くの企業
 で用意されていた。そのような手当がなければ、従業員が築まらなかったとも言える,

  ところが昨今の経済不況や雇用環境の変化により、これらの福利厚生はことごとくカットさ
 れてしまったし、ボーナスや退職金の額も著しく減額、もしくは消失してしまった。
  たとえば、東和銀行経済研究所が取引先の中小企業に行ったアンケート調在を見ると、平成
 26年冬のボーナスを「支給しない」と答えた企業は28・4%である。
  さらに、大阪シティ信用金庫の調査では、大阪府内の中小企業で、平成26年屁のボーナスを
 「支給しない一企業は40・6%にのぽった。大多数の労働者が中小企業で働いていることを
 考えれば、この実態は深刻だろ。


                 4割の世帯は、老後の資金がほとんどない

  これらボーナスの消失は、生活に多大な影響を及ぼす。
  ひとつは貯蓄額だ。たとえば平成26年の総務省統計局「家計調査報告(貯蓄・負債編)」
 によると、現在働いている「勤労者世帯(2人以上の世帯)」の平均貯蓄残高は1290万円
 となっている。意外に多いと思われるかもしれないが、これも平均値のトリックであり、中央
 値は741万円だ。
  100万円単位の間隔で見れば、割合としては「100万円未満」が12・4%と最も多く
 「500万円未満」の世帯は全体の39・5%を占める。すでに見てきたように、この数字は
 非常に厳しい。一概には言えないが、仮に貯蓄が500万円未満で、高齢期に突入したら、下
 流化リスクは相当高いだろう。

  昔は給料をすべて使わなくても生活できていたものが、現在はその大半を使わなければ生活
 できなくなっている。加えて、社員寮や住宅手当など、企業による福利厚生が少なくなったこ
 ともあり、生活を維持するためのコストは年々上昇している。
  また、とくに都市部では携帯電話やパソコンがないと不便なことのほうが多くなりつつある。
 インターネットを中心としたインフラも「誰もが端末を持っていること」を前提にシステム化
 されつつある。それらの商品を買わなければ、普通の社会生活を送ることができなくなるよう
 な土台が築かれつつあるのだ。本来であれば、生活の文化レベルが上がっている分、それに比
 例して年収も上がっていかなければならないが、実態は伴っていない。

  さらに、日本銀行資金循環統計(2014年第4四半期速報)によれば、国内の金融資産の
 合計額は1694兆円(2014年)であり、その多くを60歳以上の高齢者が保有している。
 現時点での高齢者は、高度経済成長の追い風もあり、資産形成に有利な条件も整っていたため
 圧倒的に恵まれた世代と言える。つまり、現在の高齢者はこれから高齢者になる青年層に比べ
 て、相当に豊かなはずである。
  それにもかかわらず、すでに、下流化が起こりはじめていることの深刻さを、わたしたちは
 もっと危機感をもって受け止めなければならないのではないか。


                          非正規は下流に直結する

  さらに深刻なのは、非正規雇用者だ。2014年現在、国内の総労働人口に占める非正規雇
 用者の割合は37・4%。20年前が20・3%だったことから見ても、大幅に増えている。
 もともと非正規雇用者は、通訳など高度な専門技術を要する人たちが、フリーランスで仕事を
 請け負っているところから導入された。そのような極わずかな専門職から徐々に拡大し、現在では
 一般的な働き方として定着してきている。

  とくに広がりを見せたのが、2000年ごろだ。その頃「フリーター」という概念が生まれ
 新しい雇用形態として一般に広まっていった。当時は自由で新しい働き方として「かっこいい
 」というようなプラス評価をする風潮もあったが、実態は企業側の人件費のカットに貢献し
 ているだけで、格差拡大の要因になったことは誰もが知るところであろ。

  これは多くの人がすでに実感として持っていると思うが、非正規雇用者の最大のリスクは、
 厚生年金や社会保険に加入していないなど、福利厚生が弱いことだ。そのため、非正規雇用を
 続けていた場合、老後に受給できるのは、基本的に国民年金だけという場合も少なくない。そ
 れに加え、正規社員のようなボーナスや昇給、退職金もない。「稼いだ給料」―「現在の生
 活費十老後資金」であるため、極めて下流に直結しやすい。


                  非正規は正規の3分の1しかもらえない

  たとえば同じ「年収400万円」でも、厚生年金をかけている場合と、国民年金だけの場合
、受給額にどれくらの差が生じるのだろうか。
  実際にモデルを立てて計算してみると、非正規雇用者の場合、国民年金部分の釣78万円し
 か支給されない。第1章で、首都圏で暮らす一人暮らしの高齢者の生活保護費が概ね年額釣1
 50万円と述べた。約78万円で1年間を過ごすことは、多くの場合、不可能である。

  そして正社員(厚生年金加入者)と比較した場合、老後の年金は1年間で約110万円の差
 が生まれる。仮に、65歳から20年生きるとしたら約2200万円、30年なら約3300万円
 もの差が生じる。
  同じ年収でも厚生年金に加入しているか否かで、老後の年金受給金額には、相当な違いがあ
 る。逆に言えば、厚生年金に加入していない場合、現役時にそれだけ多くの貯蓄をつくらなけ
 ればならないことを意味する。

  平均年収を得ている正規雇用者であってもリスクが高いのだから、非正規雇用者の下流化の
 リスクがどれだけ高いかは、語るまでもない。
  非正規雇用者が40%前後の社会において、このような収入格差は、もはや「自己責任」で片
 づけていい問題とは言えないだろう。そして、このような雇用問題を改善する手段として、と
 かく「さらなる経済成長」が叫ばれがちだが、経済が成長すれば、非正規雇用が減り、劇的に
 正社員が増えてみなが幸せになる、ということもない。皮肉にも、国の資料がそれを証明して
 いる。

  財務省「法人企業統計調査」によれば、企業の利益剰余金(狭義の内部助田保を指す)は増
 加傾向にあり、1988年に100兆円を超え、2004年に200兆円、そして12年には
 300兆円を突破し、14年9月では過去最高の324兆円を記録している。
  景気の浮き沈みに関係なく、一貫して企業は内部留保を蓄え続けているのだ。企業が保有す
 る現預金も相変わらず多い。これでは利益が投資や人件費などに還元されず、一部の人や企業
 にしかお金が回っていかな 「富裕層がさらに豊かになれば、貧困層にも富が自然としたたり
 落ちる」と言われる、いわゆるトリクルダウン政策も、貧困問題の改善に寄与していない。今
 後も企業が得た利益は、内部留保の拡充になるだけであろう。

  しかし実際には、企業は人件費に利益を配分できるはずだ。だからこそ、労働条件や賃金の
 向上が一向に図られないことについて、そろそろ、正規雇用や非正規雇用など雇用条件に関係
 なく、一枚岩となって、企業や経営陣に改善を要求しなければならないだろう。
  退職後、高齢者になったときに「さて、これからどうしていくか」と考えてもすでに遅い。
 今のうちから声を上げ、少しでもより良い環境に変えていくことが急務である。


では、格差をなくし、経済成長する方法ないのか?この項おのおわりで問いかけているが、答えは
簡単だ。所得格差をなくし、有効需要を拡大すれば良い。出口は見えている......


                                     この項つづく

 

 

● "レジデンス強化"の公共事業の全国展開を急げ!

台風15号は25日、熊本県荒尾市付近に上陸後、九州北部を縦断し、日本海へ抜けた。熊本県水
俣市の男性1人が行方不明になったほか、強風で転倒するなどして九州・山口各県で少なくとも計
55人が負傷し、24日の沖縄県内の軽傷者10人を含め、台風15号によるけが人は65人とな
った。気象庁によると、最大瞬間風速は、鹿児島県枕崎市45.9メートル/鹿児島市45メート
ル/長崎県雲仙市43.5メートル/熊本市41.9メートル。長崎県雲仙市では観測史上最大の
1時間あたり134.5ミリ、福岡市早良区や佐賀市三瀬村でも解析雨量で約120ミリの猛烈な
雨を観測。

これほどの規模で、死者が出なかったことは「台風の防災システムの充実」がうまく機能したのか
もしれないが、大規模な土砂崩れがなかったことの影響したのかもしれないが、人為的な地球温暖
化による影響の大きさは序の口にすきない。さて、上の写真のように、被害地での電信柱が倒壊を
目にする回数が増加するばかり。「ライフラインの埋設化」をこのブログでも指摘・掲載してきた。
「地方創生」などといったチマチマとした政策など後回しにして、"レジデンス強化"の公共事業を
実行に移せとここで主張したい。"人命は地球より重し"である。

 



● 非シリーズ的日本近現代史雑感: 満州事変から日中戦争

三橋貴明などの若い評論家の発言を目耳していると、日本の近現代史の認識があまりにも煽情的な
ので、いまさら近現代史のお温習いでもないが、サクサクっとネットからピックアップ(下図)。
山形有朋のが発案した天皇と直結した統帥権がひとり歩き、ウルトラナショナリズムに変貌し、国
家官僚(武官)――これをわたし(たち)は"征韓論遺制"と呼んでいる――が暴走した。と、いう
ことになる。

  

    

折々の読書 『花火』 3

$
0
0



 

             
                      時をかけて―それも何年とかいう短い時間ではなく何千年
              という時をかけて、生命は環境に適合し、そこに生命と環
              境の均衡ができてきた。時こそ、欠くことのできない構成
              要素なのだ。それなのに、私たちの生きる現代からは、時
              そのものが消えうせてしまった。
                       
                                           レイチェル・カーソン 

 

● 折々の読書 『花火』3


  「なんでも好きなもん頼みや」

  その人の優しい言葉を聞いた瞬間に安堵からか眼頭が熱くなり、やはり僕はこの人に怯えて
 いたのだなと気づいた。

  「申し遅れたのですが、スパークスの徳永です」とあらためて挨拶すると、その人は「あほ
 んだらの神谷です」と名乗った。
  これが僕と神谷さんとの出会いだった。僕は二十歳だったから、この時、神谷さんは二十四
 歳のはずだった。僕は先輩と一緒にお酒を呑んだことがなく、どうすればいいのか全然わから
 なかったのだが、神谷さんも先輩や後輩と呑んだことが今までにないようだった。

 「あほんだら、って凄い名前ですね」
 「名前つけんの苦手やねん。いつも、親父が俺のこと、あほんだらって呼ぶからそのままつけ
 てん」
  瓶ビールが運ばれてきて、僕は人生で初めて人に酒を注いだ。
 「お前のコンピ名、英語で格好ええな。お前は父親になんて呼ばれてたん?」
 「お父さん」
  神谷さんは僕の眼を見たままコップのビールを一気に空け、それでもまだ僕の眼を真っすぐ
 に見つめていた。
  数秒の沈黙の後、「です」と僕はつけくわえた。
  神谷さんは黒眼をギュウと収縮させて、「おい、びっくりするから急にポケんな。ボケなん
 か、複雑な家庭環境なんか、親父が阿呆なんか判断すんのに時間かかったわ」と言った。

  「すみません」
  「いや、謝らんでええねん。いつでも思いついたこと好きなように言うて」
  「はい」
  「その代わり笑わしてな,でも、俺が真面目に質問した時は、ちゃんと答えて」
  「はい」
  「もう一度聞くけど、お父さんになんて呼ばれてたん?]
  「オール・ユー・ニード・イズ・ラブです」
  「お前は祖父さんをなんて呼んでんの?」
  「限界集落」
  「お母さん、お前のことなんて呼ぶねん?」
  「誰に似たんや」
  「お前はお母さんを、なんて呼ぶねん?」
  「誰に似たんやろな」
  「会話になってもうとるやんけ」

                                       又吉直樹 著『火花』(文藝春秋)


主人公は神谷に弟子にしてほしいと申し出る件で、会話を漫才そのものとして描写することで、大
阪のありふれた人情を醸し出させている。と同時に、何の脈絡もなく、「ここは四天王寺なのだ」
と、折口信夫の短編小説『身毒丸』(しんとくまる)とがクロスオーバーした。、

                                     この項つづく



 

【超高齢社会論 Ⅷ: 下流老人とはなにか】 
 

 秋葉原通り魔事件が "ワーキングプアー" に 象徴される、過剰競争と自己責任の原理がもたらす
格差拡大社会の歪みとして発生したように、まもなく、日本の高齢者の9割が下流化する。本書で
いう下流老人とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者、およびその恐れがある高齢者」である。
そして今、日本に「下流老人」が大量に生まれている。この存在が、日本に与えるインパクトは計
り知れないと指摘したように、神奈川県小田原市を走行中の東海道新幹線で焼身自殺した事件――
71歳の林崎春生容疑者による「下流老人の反デフレテロ」ではないかとブログ掲載(極東極楽 
2015.07.02 )。『下流老人』の著者である藤田孝典は、「東京都杉並区の生活保護基準は、144,
430円(生活扶助費74,630円+住宅扶助費69,800円 【特別基準における家賃上限】)
である。資産の状況やその他の要素も検討しなければならないが、報道が事実だとすれば、年金支
給額だけでは暮らしが成り立たないことが明白だといえる。要するに、生活保護を福祉課で申請す
れば、支給決定がされて、足りない生活保護費と各種減免が受けられた可能性がある。月額2万円
程度、生活費が足りない(家賃や医療費などの支出の内訳にもよる)。生活に不安を抱えどうした
らいいか途方に暮れる男性の姿が思い浮かぶ」と語っている(YAHOO!ニュース「新幹線火災事件
と高齢者の貧困問題ー再発防止策は 「貧困対策」ではないか!?」2015.07.02)を受け、藤田 孝
典著『下流老人』の感想を掲載していく。    

  目 次      

  はじめに
  第1章 下流老人とは何か
  第2章 下流老人の現実
  第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン
  第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府
  第6章 自分でできる自己防衛策―どうすれば安らかな老後を迎えられるのか
  第7章 一億総老後崩壊を防ぐために
  おわりに  

 第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン 

  【近い未来編】

                  独居老人予備軍を増やす、未婚率の増加

  最後につけ加えておけば、若者世代の未婚率の増加も、将来の下流化リスクを高める。
  国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集(2014)」によれば、1965年の「
 生涯未婚率」は男性が1・50%、女性が2・53%と極めて低かった。ところが、2010
 年には、男性が20・14%、女性が10・61%にまで上がっている。もはや男性は5人に
 1人、女性は10人にI人が結婚をしない時代になっている。

  生涯未婚率の高まりは、経済的な理由から、結婚しない(できない)人々が増えていること
 も表している。「もう俺(わたし)には結婚は無理だ]と、家族をもつことをあきらめている
 若者も少なくない。
  また、結婚しても、長時間勤務で低賃金、あるいは将来が不安となれば、喧嘩やストレスが
 絶えず、離婚してしまうケースも増えるだろう。

 【現状編】で、認知症高齢者の孤立がいかに危険かを述べたが、家族をつくらないということ
 は、老後に社会的孤立のリスクが高まるということでもある。
  そして、そもそも生涯.人で暮らす人々がここまで増える社会をわれわれは想定していない。
  社会福祉や社会保障は、世帯単位であらゆる制度が構築されてきたし、家族がいる前提では
 じめて十全に機能する。独居老人となったときに、これまでの制度でケアしきれるのか、はな
 はだ疑問である。


  〈コラム2‥親が残した不動産に殺されるり‥(空き家問題)〉

  親が子に残した住宅や上地などの固定資産が、逆に子どもの生活を苦しめることもある。地
 方に住んでいた両親が死亡または施設入居して、実家が空き家状態になるケースだ。
  この手の相談は増えている。平成25年現在、全国の空き家数は約820万戸、空き家率は
 13-5%になる,これは20年前と比べて約370万戸の増加、倍近くに増えている計算に
 なる(総務省統計局調べ)。

  実家は、誰も住んでいないからといってお金がかからないわけではない。管理・維持費およ
 び固定資産税で年間50万~60万円ほどの出費が生じてしまう場合がある。放っておくと、
 草だらけになったり害虫が発生したりして、隣近所に迷惑をかけかねない。そこで、いっそ取
 り壊そうと思っても、数百万円の解体費を用意できず、工事に着手できない。

  また、解体できたとしても、更地にした場合は固定資産税の負担が増える。さらに更地にし
 たところで買い手が現れるとも限らない。結眼、そのまま放置せざるを得ない状況になってし
 まう。こうした固定資産は「負動産」とも鄭楡され、実際に、子どもの生活や精神をぼ迫する
 という現象が起こっているのだ。

  手放したくても手放せぬ「不良資産」利用していない上地の維持費用を毎年支払えるほど、
 経済的余裕のある附帯は少ない。一方で、先祖代々受け継いだ土地を自分の代で手放すことに
 強い抵抗感や精神的な負担を感じる高齢者は多い。

  また、この問題が根深いのは「(生活に使用していない)家や土地を一応でも保有している
 と生活保護 を受けづらくなる」という点だ。
  生活保護制度には、たとえ生活に困窮していても、土地や資産があるならばまずはそれらを
 活用してから、という補足性の原理がある。要するに、上地などを売却して、それでもなお生
 活困窮するようなら、生活保護制度を利用できるということだ。

  福祉事務所に同行して生活支援をしているわたしは、地方に土地や建物を保有していて、固
 定資産睨などを滞納している高齢者や子どもによく出会う。かつて高値で売買された土地であ
 っても、現在は地価が相当下がっている。二束三文の値段でさえ、買い手がつかずに土地を手
 放せないケースが存在する。

  たとえば、わたしが生活保護の申請に付き添った68歳の男性は、「鹿児島県に小さい土地を持
 っているんだけど、それが価値あるものだったらいいんですけれど、空き家ってこともあり、
  処分するに もどうしようもない。草がぼうぼうに生えてるから、業者を呼ぶんだけど、草取
 りにお金がかかるだけの家」と表現する。
  男性が亡くなった後は、甥や親族に相続させる予定だったという。
  こうした「不良資産一ともいうべき問題は、これからますます表面化していくことが想定さ
 れる。
  これからはかつて「資産」と考えていたものが「負債」になるかもしれないということを、
 頭に入れておくべきであろう。

  救貧法


 第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日

                               放置される下流老人

  日本ではこれだけ高齢者の下流化が進んでいることは詳述してきた。
 そして、これからも増え続けることは明らかだ。
  それにもかかわらず、なぜ何の対策も講じられていないのか,
  その背景には、わたしたちの「無自覚」の問題がある。
  たとえば、「自立していないこと」「他者や地域に依存すること」を"悪"だとみなす意識は
 ないだろうか。そしてすべての人に下流老人のリスクがあるなかで、「自分は大丈夫だ」と思
 っていないだろうか。このようなわたしたちの意識が下流老人の問題を悪化させ、より先の見
 えない状態へと追い込んでいく。
  本章の結論を先に述べれば、下流老人の問題を改善するには、わたしたち自身の考えや価値
 観を変える必要がある。わたしたちの言動が、無意識に下流老人を社会の隅へと追いやってい
 ることに自覚的でなければならない。




                  努力できない出来損ないは、死ぬぺきなのか? 

  生活困窮者の支援活動を行うなかで、わたしのもとには日々さまざまな意見や反響が寄せら
 れる,「生活困窮者を減らすための画期的で素晴らしい活動である」という賞賛や「本来は政
 府や自治体が行うべき事業を民間で行っていて感心する」などの励ましの声にはとても勇気づ
 けられ、日々感謝している。また、相談支援に関わった当事者の方たちから直接感謝の言葉を
 いただいたときは、支援活動をしてきたことの喜びや醍醐味を感じる瞬間である。

  しかし残念ながら、「生活困窮者を救うべきなのか」「そのような支援活動は必要なのか」
 といった否定的な意見、あるいはもっと直接的に支援活動をやめるように促す意見をいただく
 こともある。むしろ反対意見、否定的意見の方が圧倒的に多い。それが生活困窮者支援の現状
 だ。
  たとえば、否定的な意見のなかで一番多いのが「生活困窮に至った理由は、本人の責任なの
 だから救済する必要などない。税金のムダ使いである}というものだ。この意見は活動を始め
 たときからずっと、聞かなかった年はない。さらにひどい場合は、「こういう人間は安楽死さ
 せたらよい」「収容所へ押し込めて強制労働に従事させればいい」というような基本的人権や
 生命を無視した暴言もある。こうした意見を言う人は、相当な努力をし、高い年収を勝ち得た
 人だけかと思いきや、決してそうではない,あきらかに"明日は我が身"な人も多いのだ,

  はじめに強調しておくが、いかなる理由があれ「死んでいい人間など一人もいない」。貧困
 が理由で社会に命を奪われるいわれはないし、強制労働に従事させる正当性もない,当たり前
 だが、貧困は罪ではないのだ。

                      イギリス、恐怖の「貧困者収容所」法

  じつはイギリスでは、17世紀から19世紀にかけて改正救貧法やワークハウステスト法な
 どが施行され、多くの貧困状態にある市民が収容所(ワークハウスなど)へ送られた歴史があ
 る。収容所に送られた人々は劣悪な環境のなかで強制労働に従事させられた。十分な医療ケア
 が受けられず、病気が蔓延して亡くなる方もいたそうだ。
 
  要するに、生産性のない人々は社会のお荷物であり、邪魔な存在であるということを政策と
 して伝え、罪人のように扱っていたのだ。
  はじめはこれらの収容所へ送られる人々は少数であったが、だんだんと収容基準に該当する
 人々が増えていった。人々が労働によって得られる賃金の多寡は、その時々の社会情勢によって
 大きく左右される。当然、不は気な時期や失業率が高い時期は、多くの人々が貧困に陥ってしまう。

   それにもかかわらず、国が一方的に定めた貧困の基準は変えられることがなく、次々と基準
 以下の 人々を収容所へ送っていったのだ。これによりワークハウスは「恐怖の家」と呼ばれ
 当事者を中心に 不当な施策に対して抗議や異論が噴出した,そして長い議論を経て、強制収
 容所を含むこれらの施策 はようやく廃止されたのである。
  たとえば、このような前近代的な施策が日本で実施された場合、どうなるだろうか。
  相対的貧困率が高く、ワーキングプアが増加し続ける現代において、貧困が罪のように扱わ
 れるならば、多くの人々が収容所へ送られてしまうかもしれない,生活困窮者に対して批判的
 な意見を展開する人々も決して例外ではないはずだ。

  行政は原則として公平性を重脱する。だから例外は基本的に認めない。あなたが「自分は収
 容所に行きたくない。他の方法はないか]「自分の息子や親族だけは止めてほしい」とそのと
 きに直訴しても遅いのだ。少し想像するだけで、大変恐ろしい,生活困窮者に対してさまざま
 な角度からの意見があるのはもっともだが、少なくとも強制労働派は自分たちや友人、周囲の
 親しい人々を巻き込む権利侵害につながるような提案をf然と述べていることを自覚すべきだろう。


                                下流老人を救済することは税金のムダ?

  他方では「国に金がないのだから高齢者に我慢してもらうしかない」という意見も聞かれる。
 たしかにある一面では、高齢者に負担を強いることがやむを得ない場合もあるし、すでに膨張
 し続ける医療費をまかなうため後期高齢者医療制度を実施したなどの先例もある。しかしこの
  主張が問題なのは、「誰かを生かすために、別の誰かは死ぬべきだ」といったような.腫の選
  民的思想に基づいていることだ。

  たとえば、子育て支援や経済成長、医療や年金など、人々の最大の関心領域はそれぞれ違う。
  当然、多くの人々が自分の関心領域にこそ支払った悦が適正に配分されることを願う。だか
 らこそ、政治家の汚職にわたしたちは怒りを露わにするし、生活保護の不正受給ひとつとって
 も相当な批判を展開してきている。それ自体は率直で理にかなった言動であるかもしれない。

                    (中略)
 

  要するに、この国が抱える腫々の社会問題、こと貧困に関しては蜘蛛の巣のようにあらゆる
 方面にリンクしているのだ。そこで「下流老人に対する支援より、子どもの支援を充実させる
 へきだ」とか、「他に重要な政策があるのだから、我慢してもらうしかない」といった一面的
 な感情に肌づいた二者択一論は、意味をなさないどころか、社会全体に貧困のほころびを拡大
 させる恐れすらある。

  わたしは他の政策が重要ではないと言うつもりはない。他の重要な政策とも優先度を冷静か
 つ客観的に比較しつつ、「では下流老人の対策をどうするのか」を考えなければならない,配
 られる牌には限りがある。
  しかし別のどこかから根こそぎ牌を奪えば、ゲーム自体が成立しなくなってしまう。予算を
  どのように、どんな規模で役人して、どんな解決案を講じて取捨選択していくか。その道の
 りは険しいが、根気強くシミュレーションしていくほかにない。


          全体像が把握できないと下流老人は差別されて見殺しにされる

  「自分はこんなに頑張って働いているのに賃金が安い。だから、働いていない人々には我慢
 してもらいたい]という意見を拝聴することもある。この主張はとくに生活保護受給者に対す
 る批判に多いようだ。自分が毎日死にそうなくらい必死に働いて何とか給料を得ているにもか
 かわらず、そこから納めた税金で何もしていない人間を養う必要などないというのが、大方
 の本音であろう。その気持ちは、一面では理解できなくもない。だがこれは後述するが、その
 発想は税金のあり方を見誤っているし、やはり「個人的感情」に立脚しすぎている。

  誤解をおそれずに言えば、自由経済社会において貧困は"宿命"と言える。富める者がいれば
 相対的に必ず貧する者が生まれる,どんな社会であろうと常に働ける人々ばかりではないし、
 失業率がOになることはない。働けない人々は、個人の能力や努力に関係なく、いつの時代の
 どの社会にも必ず存在するのだ。

  賃金労働と社会保障の水準を同列に議論することは誤りだと思うが、あえてその議論をする
 ならば、働けない人々に対して支払う保障はどの程度が妥当なのか、という論点は重要だろう。
 言うまでもなく、日本国憲法第25条は「健康で文化的な最低限度の生活を国民に保障している。
  それよりも下のラインでの救済は原理的に認められていない。このラインを下回る場合、生
 存権を侵害することになる,どんな人々も、生活レベルが一定の水準を下回った場合は救済が
 必要であり、我慢の限度があると国が提示している。生活保護基準とは、いわばそれを明文化
 したものだ。

  しかし「いまの生活保護基準は高すぎる。それよりも低い水準での救済で十分だ」という声
 は、いまだ絶えることがないばかりか年々強まってきている。
  この言葉の裏圈には明らかな人権侵害が含まれており、無意識のうちに貧困の人々に対する
 差別を助長する恐れがある。実際、生活保護基準は段階的に引き下がっており、日本国憲法が
 要請する「健康で文化的な最低限度の生活」を生活保護受給者が送れていないケースも増えつ
 つある。

  近年、これら生活保護受給者の原告から提起されている生活保護裁判は、過去に例がないほ
 ど異常な多さだ(全国で提訴されている生活保護故判の動向については、「全国生活保護裁判
 連絡会」のホームページ」ば、生活保護を受給しても、人間らしい最低限度の生活を送ること
 が困難な状況になりつつあり、下流老人を含めた救済策が憲法上、危機的な状況にあると」言
 える。(後略)




ここまで、事例研究が記載されてきた。第4章から政策論に入る。ここで少々先走るようだが、政
策基本である社会保障制度の財源(=税制)は、わたし(たち)は応能税(=所得税)を原則とす
る。次回も、第4章を読み進める。
 
                                                         この項つづく

 

 

因果報応の季節風 Ⅱ

$
0
0

 

             
                      原因と結果は、空間的にも時間的にもかけはなれている。病気
                        や死亡の原因をつきとめようと思えば、見た目には関係もない、
                        いろんな分野の研究成果を集めて、はじめてわかることが多い。
                       
                                            レイチェル・カーソン 


  January 6, 2015

● シェールガス採掘禍!? 地震多発と健康被害

カナダ西部ブリティッシュコロンビア州当局は、州内フォートセントジョンで14年8月に観測さ
れたマグニチュード(M)4.4の地震について、シェールガスの採掘で用いられる「水圧破砕法(
フラッキング)」によって引き起こされたとの見解を示した(時事通信 2015.08.27)。 水圧破砕
法による地震として世界最大級だった(下写真クリック)。同州の石油・ガス委員会は、採掘して
いたのはマレーシア国営石油会社ペトロナスのカナダ子会社プログレス・エナジー。現地では14
年7月にもM3.9の地震が起きている。 水圧破砕法は、砂や化学物質を混ぜた超高圧の水を地下
の岩盤に吹き付けて砕き、中にあるガスを抽出する方法。米国では広く用いられている。環境保護
団体は地下水汚染や地震発生につながる恐れがあると主張、欧州の一部諸国では禁止されている。 

   Aug 27, 2015

また、米ペンシルベニア大学などのチームは、シェールガスの採掘に用いる「水圧破砕法(フラッ
キング)」により、近隣住民の入院率が高まり、がんの発症リスクも増加するとの研究結果を報告
している(2015.04.17)。2007~11年、米北東部ペンシルベニア州で坑井の集積度と健康リ
スクの関連性について検証。フラッキングが行われている場所の近くでは、掘削作業が全く実施さ
れていない場所より心臓病、神経疾患、皮膚の異常やがんなどで入院する人の割合が高いことが判
明したとするものである(下グラフをクリック)。
  2015.07.15

これに対し、米国・環境保護庁の調査報告で健康被害は認められないとしたため、シェールガス採
掘推進サイドと環境保護サイドとの対立が激化する模様だ(下グラフをクリック→記事が批判する
「フォーブス」にはなぜかオノ・ヨウコの名前が掲載されている。黒幕に英米系金融資本?)。

 2015.08.28

 ● 人食いバクテリア・新型ノロウイルス・手足口病旋風?!

 


彼女が、最近 知り合いの旦那さんが 「人食いバクテリア」と呼ばれ、手足の壊死(えし)や意
識障害を起こして死に至ることもある「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」で切断した片足を焼却し
墓入れしたと話すのでなるほど人ごとでないだと驚き下調べする。そすると上のグラフをみて11
年の震災以降増加していることが気になった。放射能汚染で、ウイルスやバクテリアなどの微生物
に異変が起きているのではないか、あるいは、食物連連鎖による内部被爆禍が静かに進行し免疫力
抵抗力が低下てきているのではと老婆心がもたげる。

「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」に話を戻そう。一通り目を通してみたが、菌そのものはペニシ
リン系抗生物質(アレルギーのある患者さんに対しては、マクロライド系薬)を10日間程投与す
ればおさまり、予防には、手洗い・うがいの励行で防げるというのだが、「感染して発症すると、
筋肉や脂肪を短時間で浸食して、死に至らしめる(高率)」 というのがピンとこない。風邪の初期
症状に似ているというから、わたしなら「ベンザブロックL」を2錠飲み諸症状緩和させているか
ら、緩和しない場合以降の2・3次アクションが遅れれば致命傷となる。さて、どうすればいいの
か?過剰プロテクトしか手がない。怖い話だ。

2015.07.06

しかし、これだけではない。昨冬にアジアで流行したノロウイルスが世界的に流行しつつあるもよ
うであることが、日本の国立感染症研究所などの研究員らがまとめた調査で明らかになったという。
 中国南部で検出された新型ノロウイルス「GII.17」は、まだ免疫を持つ人がいないと思わ
れ、広く流行する恐れがある。米国でのノロウイルスによる死亡者は年間で平均約800人。食品や人
を経由し感染力が高く、世界中で数億人規模に広がる可能性があるという(上図クリック)。



そうかと思えば、過去10年で2番目の大きな流行となっている――手や足、それに口の中に発疹
ができるウイルス性の感染症で、幼い子どもを中心に感染し、まれに脳炎などの重い症状を引き起
こす「手足口病」もある。ただ直近の1週間の患者数が1万8千人と、2週続けて減少し、国立感
染症研究所は流行はピークを過ぎたとみられるが、依然、半数以上の自治体が警報レベルを上回っ
ていて、引き続き注意が必要だというのだが(上写真クリック)、これも劇症型溶血性レンサ球菌感
染症とおなじく、大人が感染した場合には子供よりも症状――大人が罹患すると、3割ほどの方が
40度近い高熱になり、さらに指先へ発疹やかゆみが生じることで、1~2ヶ月後に爪が剥がれて
しまう――が重くなる場合がある。さらに、手足口病には治療薬や予防薬が存在しないため明確な
治療法は存在せず、基本的には症状を抑える対症療法を行い、自然治癒しかないのだとある。

やれやれ、心配事がつきないようが、これでも因果報応の季節が吹き込んでいるというのだろうか。

 2015.07.09

 

 

【超高齢社会論 Ⅸ: 下流老人とはなにか】 
 

秋葉原通り魔事件が "ワーキングプアー" に 象徴される、過剰競争と自己責任の原理がもたらす
格差拡大社会の歪みとして発生したように、まもなく、日本の高齢者の9割が下流化する。本書で
いう下流老人とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者、およびその恐れがある高齢者」である。
そして今、日本に「下流老人」が大量に生まれている。この存在が、日本に与えるインパクトは計
り知れないと指摘したように、神奈川県小田原市を走行中の東海道新幹線で焼身自殺した事件――
71歳の林崎春生容疑者による「下流老人の反デフレテロ」ではないかとブログ掲載(極東極楽 
2015.07.02 )。『下流老人』の著者である藤田孝典は、「東京都杉並区の生活保護基準は、144,
430円(生活扶助費74,630円+住宅扶助費69,800円 【特別基準における家賃上限】)
である。資産の状況やその他の要素も検討しなければならないが、報道が事実だとすれば、年金支
給額だけでは暮らしが成り立たないことが明白だといえる。要するに、生活保護を福祉課で申請す
れば、支給決定がされて、足りない生活保護費と各種減免が受けられた可能性がある。月額2万円
程度、生活費が足りない(家賃や医療費などの支出の内訳にもよる)。生活に不安を抱えどうした
らいいか途方に暮れる男性の姿が思い浮かぶ」と語っている(YAHOO!ニュース「新幹線火災事件
と高齢者の貧困問題ー再発防止策は 「貧困対策」ではないか!?」2015.07.02)を受け、藤田 孝
典著『下流老人』の感想を掲載していく。    

  目 次     

  はじめに
  第1章 下流老人とは何か
  第2章 下流老人の現実
  第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン
  第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府
  第6章 自分でできる自己防衛策―どうすれば安らかな老後を迎えられるのか
  第7章 一億総老後崩壊を防ぐために
  おわりに   

 第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日  

                     ひっそりと死んでいく下流老人たち

  下流老人や生活困窮者に対する批判がなくならない背景には、多くの人が貧困に対して現実
 感を伴ったイメージができていないこともある。
  それは第3章で述べたように、大多数の人がいまだ中流のイメージを引きずっていることか
 らも明らかだし、日本社会の貧困そのものが見えにくい(見えにくくされている)こともある。
  たしかに日本は物質的には豊かな国だ。それは間違いない。だがそれは世界規模のマスで見
 た場合の話だ。

  たとえば、少しアンテナを張って、周囲を見渡してみてほしい。あなたの家の隣の住人はど
 うだろうか。隣の隣の家のおじいちゃんは孤立死していないだろうか。向かいにあるアパート
 や公営住宅で一人暮らしをしている高齢者はいないだろうか。ゴミ屋敷化している家はないだ
 ろうか,昔お世話になったおじいちゃんやおばあちゃんを最近見かけたことはあるだろうか。こ
 これら身近な人の状況を現実感として自分の中に取り込むことが、まず必要なのだと思う。
 
  貧困と関連する出来事や事件は、今も身近で起こっている。にもかかわらず、貧困は見えに
 くい。それはメディアが積極的に報じようとしないという面もあるが、何より下流老人たち当
 事者が、自分からは声を上げられない状況にあると考えてほしい。「助けてくれ」と、声を上
 げる人々が身近にたくさんいたら、政治や政策の優先課題として議会や町の会合でも話題とな
 り、今よりももっと対策を講じやすい土壌が生まれていくことだろう。しかし、そうなってい
 ない。

  基本的に、貧困状態にある高齢者は「静か」だ。「こんな老後を迎えたのはやっぱり自分に
 も責任がある」と自分を責める人々が多く、それゆえに本人や周囲の一部の問題として貧困が
 内在化されてしまう。また、本人が今の状況を恥ずかしいと思う気持ちも強い。そして誰にも
 相談できないまま、周囲が気づいたときには手遅れになっているケースがどれだけ多いことか。
  わたしたちが貧困の存在を認識し、身近な下流老人に気づかない限り、支援や制度的な救済
 には結びつかないのが現状なのだ。

  先述したが、わたしたちが暮らす資本主義社会は、そもそも一定の貧困層を生み出すしくみ
 になっている。失業者がいない国もないし、貧困に’占しむ人がいない国もない。だからこそ、
 あらかじめ失業や貧困に至る人々がいることを想定して、社会保障制度などを確立してきた。
  豊かに暮らせる人々がいる一方、貧困に苦しむ人も一定水準いるのなら、後者に対しては救
 済を行い、助け合いながら社会を維持・存続させていこうという意識があったはずだ。

  だから、下流老人の問題は、そもそも社会保障制度や社会システムの不備であり、周囲のわ
 たしたちがどう手を差し仲べるか、という問題でもある。繰り返しになるが、この問題は、本
 人や家族だけの問題ではないのだ。

                     言われなければ助けないという制度設計

  とはいえ、下流老人の問題に対応する社会保障や社会福祉制度がまったく整っていないわけ
 ではない。日本の社会保障制度は使いにくいものが多いが、それでも本人が声を上げれば使え
 るるものがある。少子高齢化社会に伴い、支援してくれる公的機関や福祉関係者も増えている。
  全国的に公務員削減の潮流にありながら、福祉事務所のケースワーカーなどは、貧困の拡大
 とともに急増中である。声さえ上げれば、助けてくれる人々はたくさんいるのだ。

  ただ、問題はそう単純ではない,先述したとおり下流老人が見えにくい原因には、下流老人
 の側も姿を見せない上うにして隠れているという理由がある。とくに一定の年代より上の人々
 は「オカミの世話になりたくない」という意識が根強くある。実際に、わたしも相談を受ける
 なかでよく聞く旨菓だ。支援が必要にもかかわらず、自ら積極的に救済を求めないという特徴
 が下流老人にはある。

  これを聞いて「じゃあほっとけば?」と思われるだろうか。本人が支援を受けたくないと言
 っているのだから、救う必要はないのだろうか。
  わたしは、そうは思わない。下流老人たちが支援を拒むのは、いわば、"結果論"なのだ。そ
 の上うな考えに至ってしまった過程にこそ目を向けなければ、問題の本質を見誤ったままであ
 る。

  事態をより悪化させている原因のひとつに、支援施策のほぼすべてが「申請主義」を採用し
 ている点がある。申請主義とは、本人が相談や申請の意思をもって、所管する窓口に現れなけ
 れば、その施策を利用できないというものだ。行政がこの申請主義を採用する理由として、国
 民には社会福祉制度を利用する権利があるのと同時に、利用したくないという権利にも配盧し
 なければならないという説明がある。つまり制度を半ば押しつけることで、国民の選択の自由
 を奪わないようにしようというわけだ。

  だが、はっきり言ってこれは脆弁であろう。なぜならほとんどの高齢者が、選択肢があるこ
 とすら知らないからだ,社会福祉制度は専門家ですら全容を把握しきれないほど、広範かつ複
 雑にできているが、国民に対してそれを知らせたり、学習機会を与えることを国はしていない。
 「ホームページを見れば潜いてある」というのは知らせることにならないし、その情報にたど
 り着けるほどITリテラシーの高い高齢者がどれほどいるだろうか。

  これは選択の自由以前の問題だ,いわばルールを教えずにワンサイドゲームを行うようなも
 ので、申請主義の本質は社会福祉制度の利用抑制にあると指摘する専門家もいる。これを個人
 の「無知」で片づけるのは、到底承認できない。生活保護に対する偏見や差別、無理解は、こ
 うした行政の「言わなければ何も教えないし、助けないIというスタンスが招いていると言っ
 ても過言ではないだろう。

                          絶対的貧困と相対的貧困の違い

  先ほど「下流老人が支援を拒むのは結果論である」と述べたが、その理由もここから説明で
 きる。つまり下流老人は「声を上げてくれない」のではなく、「声を上げられない」のだ。
  それは下流老人が社会に助けを求めるという発想自体を持てないということでもあるし、生
 活保護に対する無理解から声を上げにくい雰囲気が醸成されてしまっていることもある。実際、
 貧困に対する社会的な理解は、日本では相当に遅れている。貧困の構造理解が足りないため、
 なぜ貧困に陥る人々がいるのか、正直わからないという人々が多い。

  たとえば、アフリカのいくつかの国や発展途上国、内戦を経験した国々においては、子ども
 たちが飢餓に苦しむなど、救済の必要性が非常にはっきりとした形で目に見える。メディアが
 報じる彼らの姿を見て、わたしたちが「かわいそうだから何とかしなければならない」と思う
 のは当たり前の感情だろう。これは「絶対的貧困」と呼ばれ、誰がどう見ても肉体や生命の維
 持に必要な状態が欠けていると理解されやすい。

  一方で下流老人の問題は、絶対的貧困も含むが、相対的貧困が主体であるため、貧困が見え
 にくい,第1章でも触れたが、相対的貧困は、共同体の大多数と比べて著しく生活水準が低く
 必要なものが足りないということだ。この「共同体」という枠組みが大切で、国が違えば、物
 価も貨幣価値も、生活に必要な物量もまるで違う。そのあたりの理解がないと、相対的貧困に
 苦しむ下流老人に対しても、「雨風をしのげる家があるだけマシ」と過度な我慢を強いてしま
 ったり、「2食でも食事がとれているなら充分」と問題を安usにしか捉えられなくなる。
  しかし本来、絶対的貧困と相対的貧困は比べようがないはずだ。世界の難民や孤児のような
 次元の異なる貧困をもち出して、下流老人を「大丈夫」というのは見当違いであろう。


             生活保護パッシングに見る「甘え」を許さない社会

  このようなわたしたちの貧困に対する無理解を象徴するものとして「甘え」というキーワー
 ドが挙げられる。目本では、他者や制度に依存することは「甘え」であり、それを罪悪と捉え
 る風潮がある。
  この「甘え」というワードは、インターネット掲示板の書き込みなどを中心に現在でも頻繁
 に見られる,たとえば「就職できないのは甘え」{会社が辛いというのは甘え」「貧乏なのは
 甘え」という具合だ。ネット胆界において、なかばぶ直行り言葉〃化している向きはあるが、
  しかしこの落葉には日本独特の横並び意識が色濃く反映されているように思う。

  では、貧困になるのは甘え、なのだろうか。生活保護を利用するのはぼえ、なのだろうか。
  もし本当に甘えなのだとしたら、食事も満足にとらず、病院にも行かず、日に日に衰弱しな
 がらそれでも歯をくいしばって何も診わずに死を迎えることが、人間として立派な姿とでも言
 うのだろうか。
  実際に生活保護を利用している人は、今の日本にどれくらいいるのだろう。それを示す指標
 として、「捕捉率」という数値が発表されている。これは保護が必要な人々が実際に生活保護
 を利用している割合を示すものだ.

  時明によっても差があるが、厚生労働省などの調査によると、現在の捕捉率は概ね15~3
 0%前後であると言われている。捕捉率の実態が30%だと仮定しても、全体の3分の1程度
 しかいない。このことは下流老人のなかにも生活保護で救われる人々がまだ大量に残されてい
 ることを物語っている。

  少し海外に目を向けてみよう。他の先進諸国では、生活保護やそれに準じる制度の捕捉率は、
 日本よりも高い,たとえば、ドイツでは60・6%、フランスでは91・6%であり、日本と
 は比較にならないくらい多くの人々が、ごく当たり前に生活保護を受けている(生活保護問題
 対策全国会議監修『生活保護「改革]ここが焦点だ!』あけび書房、2011)。一概には言
 えないだろうが、他の先進諸国では社会保障を受けることが甘えではなく、「権利」として浸
 透していることも大きく影響しているだろう。
  権利として社会保障を受けるべきだという意識が広がっていれば、貧困に陥っても死に至る
 確率は小さくできるし、自分や周囲を責めずにすむ,

  もちろん、「生活保護には頼らない」というブライドがあってもいいと思うが、それが邪魔
 をして、必要な保護を受けられない日本の下流老人の姿は、どこか異様に思えてしまう。そこ
 までの忍耐や我慢をして命を削ることを美徳として捉えるわけにはいかない。そしてまた、そ
 のような忍耐の美徳を他の生活保護受給者や下流老人に押しつけて、「甘えはダメだ」と思わ
 せてもいけない,

                            自己責任諭の矛盾と危うさ

  そしてこのような甘えとセットで論じられるのが「自己責任論」だ生活保護 に関して言え
 ば、「貧困に陥ったのは自己責任。だから生活保護を受給するのは「甘ええ」という論調だ。
  この「自己責任」というワードも、あらゆる問題の原因を包括してしまうじつに不思議な魔
 力を持っている。2015年初めに起こったIS(イスラム国)による日本人人質殺害事件で
 も、自己責任論が大きく取り沙汰された,「勝手に危ない地域に行ったやつのために、なんで
 自分たちの税金を使われないといけないのか」という主張もあった。冷静に考えれば、拉致さ
 れた「被害者」であることは明らかなのに、なぜか「日本国民に迷惑をかけた]と批判の矛先
 が弱者に集中してしまう。

  この理屈が、生活保護批判と類似していることは言うまでもない。結局、下流老人を含めた
 貧困も「自己責任だ」で片づけられ、社会的な解決策を講じることを否定する人は、周囲にた
 くさんいる。
  それならばわたしたちが支払っている税金とは、一体何のためにあるのだろうか。税金を、
 株式か何かの投資と同様に捉えてはいないだろうか。つまり、たくさん納税をしている人(株
 式をたくさん買っている人)こそ、より多くの利益を還元されるべきだし、納税をしていない
 人やまして国(会社)に損害を与える人間は死んで然るべきだ、といった恐るべき思考に陥っ
 てはいないだろうか。

  端的に言えば税金とは、「国民の「健康で豊かな生活』を実現するために、国や地方公共団
 体が行う活動の財源となるもの」である,それに照らせば、生活保護による国民の救済は、ま
 さに税金の使い道として本義といえよう。
  先に挙げたような思考は、応益課税方式(公共サービスの受益量に応じて課税を行う方式)
 の逆転的発想といえる。税による公共サービスを消費活動と同じ次元で捉えているため、どう
 しても資本主義的な自己責任諭が出てきてしまう。しかし、税の第一義的役割として富の再分
 配が掲げられているとおり、税金を多く支払ったからより手厚い公共サービスが受けられるわ
 けではないし、最低限の税金しか払っていないから最低限の公共サービスしか利用してはなら
 ないという考え方は、そもそもおかしいのだ。

  本来「責任」と「権利」は別次元のものである。たくさん働いて金持ちになるか、ほどほど
 の生活でいいのかは、個人の責任に応じた自由だ。しかし「健康で文化的な最低限度の生活を
 営むこと」や「個人の生命が守られること」は、すべての人に与えられた「権利」である。そ
 れを守るために税金の存在意義があるということを、わたしたちは理解しなければならない。
 わたしたちの税金をたくさん使う者は「悪」であり、容認しがたいという意識を根本から変え
 なければ、社会保障の意義自体を失うと言ってもいいだろう。

当面、もって回った言い方が続きそうだ。差別意識にからむ人権問題のその心根は、洋の東西を
問わずつきまとうものだが、欧米では上図のように規制(=法制)――裏を返せばそれほど厳し
い現実が存在する社会諸国という証でもある――が進んでいるように、権利意識が日本より高い
ということになる。つまりは、個々人の独立心(寛容さ・器量)の大きさにかかわる問題と考え
ている。

                                     この項つづく

  

 

再エネ ステージアップ

$
0
0

 

            

             死に臨んだとき、わたしの最期の瞬間を支えてくれるものは、
             この先になにがあるのかというかぎりない好奇心だろうね。     

                                      オットー・ペテルソン 

 



少し天気が悪そうだが、彼女が出かけようというので車を「ラコリーナ」まで走らせる。
オープンから三度目だが、屋根の芝の緑が美しくなっているだろうと期待していたが、
写真のように鮮やかな緑の屋根に変っていた。そして、夏の日差しを浴びた芝屋根から
水が滴り、ほどよく建屋内が空調されている。前庭一面のいまは小さいおかめ笹は、次
にきたときには、どれほど成長しているだろうか? 刈り込み長はどれほどなのか?と
想像しながら帰ってきた。

 

 

 


● 羽根のない風力発電 EWICON

Dutch Windwheel   の形はちょうど“羽根のない扇風機”のように立った2つの輪を重ね
たような形で、真ん中が空洞になっている。先進技術 「EWICON」(下図特許図参照)
により、その空洞部分を通る風を生かして発電し、百%再生可能エネルギーでの運用。
外周側のリングには、レールで動く観覧車を用意。30人乗りの40のキャビンを搭載
され、30分で一周回する。ゲストはロッテルダムの風景をこの巨大なコースター上で
くつろぎ、内側のリングでは、パノラマレストラン、スカイロビーやホテル、商業施設
などが入居できる――こんな計画が、オランダのロッテルダム市の――特殊な形状のク
リーンエネルギービル「Dutch Windwheel」が注目を集めている。この仕組みは、まずプ
ラスに帯電した水を空気中に放出する→プラスに帯電した粒子は陰極側へ移動→風によ
り陰極側への移動が妨げられ、むしろ離される動きが発生→電気的な位置エネルギーが
増える→増加した電気を集めることで発電するという形だ。既に小型のものは実証実験
で成果が得られている(下動画クリック)。

尚、この先進的な風力発電機構は、発電に機械の可動部が不要となるため、機械の摩耗
が少なく、メンテナンスコストや騒音、移動影の影響なども低減することができるとい
う利点を持つ。

  US 4433248

【要約】帯電エアロゾル風電変換発電装置に帯電した水滴が風の流れに分散する。25
~35ミクロンのオリフィスの15psig(約0.1MPa)の水圧ジェットで分散孔径が25
~50ミクロンの水滴をつくり、キロワットからメガワット級の風電変換発電装置のた
めに複数のオリフィスを配列する。このシステムは、外部電力を用いず、太陽光とまた
は重力で水回収と圧力再生を行なえる。

 

  US 4206395

【要約】この新規考案は、熱電変換発電装置である。特に、無羽根風力発電装置は、荷
電水滴を介し電力変換し、荷電水滴電極とグランド間の電気負荷として回路形成させる。
このように、風力発電は荷電水滴の電熱力学プロセス変換で、風力流体で高電圧で大電
力を発生させることが出来る。

   US 8067878

【要約】この風力発電システムは、モジュール電源ユニット(110)から構成され、各
モジュール式電力ユニット(110)は、36のエアジェットトンネル(106)から構成さ
れている。また、各エアジェットトンネル(106)は、フレーム(104)のウィンドウの
端に一方の端部に取り付けられたカンチレバー(102)とカスケード接続フレーム(104)
に取り付けられたカンチレバーアレイで構成されている。

さらに、カンチレバー(102)は2つ層間にはさまれた真鍮層(130)で構成され、それ
ぞれの層(126)は、電極ポリビニリデンフルオライド(PVDF)(128)の層に取り付
け、各モジュール式電力ユニット(110)は、ケース(108)に取り付け、ケースのセッ
トは、台座(116)に取り付け、パネル(114)に取り付けられた上、カンチレバーアレ
イ(117)が強風で電力変換する電気調整回路と一体配線される。

  US 4523112

【要約】この新規考案は、電熱力力学(ETD)また帯電エアロゾル、熱電発電装置とし
て公知されている。(1)亜音速流れの中に円錐状に広がる超音速ジェットを備えた二
流体混合流の境界層で分離させ、少なくとも百倍、オリフィス部断面のオリフィス下流
に帯電させたエアロゾル形態――荷電エアロゾルの電荷密度が、ジェット軸線に沿い減
少し行き運動量の全てがの電力変換される。(2)この方法で、超音速ジェットが配列
されている。(3)「対流セル」は対流を提供する分離ダクト壁なしの超音波ジェット
配列方法である。(4)単一処理の超臨界ランキンサイク法である。

※ 8907504 Molecular mill method and apparatus for its use 
   8067878 Bladeless wind power generator 
      4523112 Electrothermodynamic (ETD) power converter with conical jet 
      4433,48 Charged aerosol wind/electric power generator with solar and/or gravitational regeneration 
      4395648 Electrothermodynamic (ETD) power converter 
      4206396 Charged aerosol generator with uni-electrode source 

● 太陽光から水素へ変換効率22%!

モナシュ大学(Monash University)の研究チームによって、新たに開発された水素の生
成装置は、従来のエネルギー変換効率の世界記録である18%を突破し、22%を達成
した公表。周知の通り、再生可能エネルギーを利用した発電が普及するにつれ、その発
電量の不安定さや変動幅の大きさが注目され、そのための「エネルギーの貯蔵」がテー
マとなっているが、蓄電池は蓄電容量に対しコストが高いが、太陽光発電などで得たエ
ネルギーを「水素」変換し貯蔵するエネルギーを水素として保存する「Power to Gas」が
注目されている。この方法の利点は、エネルギー密度の高さや大量に貯蔵できる点、長
期保存してもエネルギーが減ることがない点、使用時に排出されるのが水だけでクリー
ンな点である。一方で、変換効率や利用効率の低さが課題となっている。今年4月には
理研がエネルギー変換効率15.3%を実現している。

 

※ Renewable fuels from concentrated solar power: towards practical artificial photosynthesis,
   Energy Environ. Sci., 2015,8, 2791-2796

 


● 色素導入高分子太陽電池に光明!

高分子太陽電池に高い濃度で導入できる色素を開発した。色素を導入すると可視光領域
外の近赤外領域の太陽光を吸収できるようになり、エネルギー変換効率が約3割向上し
単セル素子で変換効率15%の、印刷技術で大量に生産できる高分子太陽電池の実用化
につながると期待される。

DOI: 10.1002/adma.201502773

変換効率の向上には高分子材料とフラーレン(炭素原子の構造物)の層の界面に沿って
近赤外領域を吸収する色素が分布する必要がある。だが、色素を高濃度で導入すると界
面以外の場所に散らばり発電効率が低下する。京都大学大学の伊藤紳三郎教授らの研究
グループは、せっけんなどの界面活性剤が水と油の界面に自発的に集まる原理に着目し
た。高分子材料とフラーレンそれぞれに親和性を示す二つの性質の色素を作製。従来の
3倍の濃度を界面部分に安定的に導入できたことで変換効率が向上した(2015.08.28)。

このように、メインテーマの高変換効率太陽電池開発に併走するかのように、高分子系
太陽電池開発も実用段階に突入する「ネクスト・ステージ」にわたしたちはいる。

  

【超高齢社会論 Ⅹ: 下流老人とはなにか】 
 

秋葉原通り魔事件が "ワーキングプアー" に 象徴される、過剰競争と自己責任の原理が
もたらす格差拡大社会の歪みとして発生したように、まもなく、日本の高齢者の9割が
下流化する。本書でいう下流老人とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者、およびそ
の恐れがある高齢者」である。そして今、日本に「下流老人」が大量に生まれている。
この存在が、日本に与えるインパクトは計り知れないと指摘したように、神奈川県小田
原市を走行中の東海道新幹線で焼身自殺した事件――71歳の林崎春生容疑者による「
下流老人の反デフレテロ」ではないかとブログ掲載(極東極楽 2015.07.02 )。『下流
老人』の著者である藤田孝典は、「東京都杉並区の生活保護基準は、144,430円
(生活扶助費74,630円+住宅扶助費69,800円 【特別基準における家賃上限】
)である。資産の状況やその他の要素も検討しなければならないが、報道が事実だとす
れば、年金支給額だけでは暮らしが成り立たないことが明白だといえる。要するに、生
活保護を福祉課で申請すれば、支給決定がされて、足りない生活保護費と各種減免が受
けられた可能性がある。月額2万円程度、生活費が足りない(家賃や医療費などの支出
の内訳にもよる)。生活に不安を抱えどうしたらいいか途方に暮れる男性の姿が思い浮
かぶ」と語っている(YAHOO!ニュース「新幹線火災事件と高齢者の貧困問題ー再発防
止策は 「貧困対策」ではないか!?」2015.07.02)を受け、藤田 孝典著『下流老人』
の感想を掲載していく。    

  目 次     

  はじめに
  第1章 下流老人とは何か
  第2章 下流老人の現実
  第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン
  第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府
  第6章 自分でできる自己防衛策―どうすれば安らかな老後を迎えられるのか
  第7章 一億総老後崩壊を防ぐために
  おわりに   

 第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日 

   「真に」救うべき人間など1人もいない
 
  そうはいっても、日本にはお金がない。周知のとおり、国の借金は1千兆円を突破
 した。だから少ない財源をもって「どこから救済していくか」という政策の議論にな
 る。そうなると、次にはじまるのが「高齢者のなかでもより困窮しているのは誰か」
 という順位づけだ,みんな困窮しているにもかかわらず、最も困窮していろ人々の救
 済がなされるまで我慢を強いられることになる。

  現実問題として、緊急度に応じてある程度の優先順位づけがなされることは仕方が
 ないだろう,しかしこの論理が非常に危険なのは「あの人は大変。でもこの人はまだ
 我慢すべきだ」という価値の押しつけ合いが始まることだ。要するに、「みんな大変
 なんだから、お前も我慢しろ」という横並び意識を助長しかねない。

  あるいは高齢者より、一生懸命働いても貧しいシングルマザーや子どもの貧困を救
 うほうが先だと思うかもしれない,最悪の場合、子どもと高齢者のどちらを救うべき
 か、といった命の軽重を天秤にかけるような議論の在て方になりかねない。じつは貧
 困問題を扱う支援団体や福祉行政では、このような少ない予算をめぐって、すでに奪
 い合いが始まっており、各領域でその領域のみの主張が見受けられる。

  子どもの貧困対策を進めたい支援団体は、子どもの予算を手厚くしろと主張し、障
 害者団体は障害者の貧困対策を求める。もちろん母子世帯の貧困対策も若者の貧困対
 策も同じである,このようにそれぞれの分野に主張が暖小化され、双方とも困窮して
 いるにもかかわらず、争いが生じることとなる。
  他の分野も同じである。生活保護受給者に対し、「もらいすぎだ」とバッシングす
 る年金受給者や低賃金の労働者がいる。これらの人々の主張は、生活保護をもらいす
 ぎというよりも、自分たちの待遇や生活環境を先に改善しろというものではないか。
 
  これらの議論は、本質的には間違いであるが、もっともらしく聞こえるため一定の
 理解を得てしまう,このような不tな議論は終わりにしたい。
  わたしが言いたいのは、「真に」救うべき人間など1人もいない、ということだ.
  困っている者は、みな.様に救うべき者なのだ。それは財源が豊富にある場合の理
 想論だと言われるかもしれないが、その理想を追求するのが政治、そしてわたしたち
 の役割であろう。子ども、若者、高齢者と「連鎖」していくのが貧困問題であり、そ
 れゆえに教育、福祉、介護と、賢なる分野が連携して横断的な施策を打ち出さなけれ
 ば、本質的な解決は見込めない。

  あたかも真に救うべき人間(とそうでない人間)がいるような論理を通用させては
 ならないのだ。


ここでも、政府の"借金"に自縛され、社会福祉政策が萎縮していることがうかがる。何度
も掲載してきたが、(1)有効な需要があり(2)十分な生産力がある限り、"借金"など
という幻想は、著者がここで展開されているように政治問題(共同幻想)としてしか存在
せず、そこに残されているのは(1)の有効需要に対する政策の国民への「合意形成」だ
けであり、また(2)については、教育訓練などを含めた労働力のミスマッチの解消法と
有効需要を実現する供給力の調整方法と、それに対する信用担保(貨幣)であり、税制で
の裏付け、さらには、応能税(=所得税及び法人税)の見積・徴収担保であり、総合的に
は、(1)と(2)のバランス(経済目標としては「2~3%のインフレ目標」あるいは
「目標雇用率」)調整が残されいるだけである。

さて、次回は「第5章 制度疲労と無策が生む下流老人-個人に依存する政府」。

                                 この項つづく

 

 

 


                       

シールズの晦日旋風

$
0
0

 

 

            

             愛国心は、ならず者達の最後の隠れ家である。     

                            サミュエル・ジョンソン 

 

    ● 安保法案、全国一斉デモ

 

【超高齢社会論 11: 下流老人とはなにか】 
 

秋葉原通り魔事件が "ワーキングプアー"に 象徴される、過剰競争と自己責任の原理が
もたらす格差拡大社会の歪みとして発生したように、まもなく、日本の高齢者の9割が
下流化する。本書でいう下流老人とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者、およびそ
の恐れがある高齢者」である。そして今、日本に「下流老人」が大量に生まれている。

この存在が、日本に与えるインパクトは計り知れないと指摘したように、神奈川県小田
原市を走行中の東海道新幹線で焼身自殺した事件――71歳の林崎春生容疑者による「
下流老人の反デフレテロ」ではないかとブログ掲載(極東極楽 2015.07.02 )。『下流
老人』の著者である藤田孝典は、「東京都杉並区の生活保護基準は、144,430円
(生活扶助費74,630円+住宅扶助費69,800円 【特別基準における家賃上限】
)である。資産の状況やその他の要素も検討しなければならないが、報道が事実だとす
れば、年金支給額だけでは暮らしが成り立たないことが明白だといえる。

要するに、生活保護を福祉課で申請すれば、支給決定がされて、足りない生活保護費と
各種減免が受けられた可能性がある。月額2万円程度、生活費が足りない(家賃や医療
費などの支出の内訳にもよる)。生活に不安を抱えどうしたらいいか途方に暮れる男性
の姿が思い浮かぶ」と語っている(YAHOO!ニュース「新幹線火災事件と高齢者の貧困
問題ー再発防止策は 「貧困対策」ではないか!?」2015.07.02)を受け、藤田 孝典著
『下流老人』の感想を掲載していく。

  【目次】

  はじめに
  第1章 下流老人とは何か
  第2章 下流老人の現実
  第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン
  第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府
  第6章 自分でできる自己防衛策―どうすれば安らかな老後を迎えられるのか
  第7章 一億総老後崩壊を防ぐために
  おわりに   

  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府

  ここからは下流老人に対して、日本の各種社会保障や社会システムがどのように
 支援を行っているのか、あるいはどのような不備があるのかを批判的に検証してい
 きたい。
  批判的に検証する理由は、端的に言って、現在のシステムが下流老人を生み出し、
 社会の隅に追いやっている事実があるからだ。下流老人が個人の努力でどうにかな
 るレベルではないことは、これまでにも指摘してきた。そのような状況において、
 社会保障制度や社会福祉制度の役割は極めて重要だが、下流老人の発見や支援、生
 活改善にどれだけ寄与できているかは疑問と言わざるを得ない,

  現在のような「経済優先・弱者切り捨て」の原則に基づいた社会システムである
 以上、下流老人の問題に特効薬はない。仮に経済成長を遂げても、下流老人の問題
 は.向になくならないだろう。経済以外にも、広範な部分にメスを入れる必要があ
 る。

  では現在の制度やシステムには、どんな問題点があるのだろうか。

  下流老人を取り巻く社会状況を8つの視点から検証してみたい,


 《1 収入面の不備-家族扶助を前提とした年金制度の崩壊》

  家族機能の低下は、下流老人の問題を加速させた。歴史的にも、家族はさまざま
 な面で家族員に無償で福祉を提供してきたと言っていい。家事や保育、扶養、介護
 介助、しつけや生活習慣の訓練、金銭や精神面での相瓦扶助など、家族機能が果た
 してきた役割を挙げればキリがない。家族がお互いに助け合うことで豊かな暮らし
 を営んできたのが、これまでの日本社会と言えるだろう。

  しかし、その家族機能が崩壊してきている。すでに一人暮らしや高齢者夫妻のみ
 の二人暮らしは珍しくない。家族員が減れば減るほど、家族機能が弱くなることは
 明確である。
  厚生労働省によれば、2013年は一人暮らし高齢者のうち、半数近くが年間収
 入150万円未満であり、高齢夫婦のみの世帯でも7世帯のうち1世帯は、年間収
 入が200万円未満である(「朝日新聞』2015年3月23日朝刊)。

  以前はこれくらいの収入でも、それを補う現役世代の子や孫がいることで不自由
 なく生活できた。しかしそれも遠い昔の話だ。そもそも年金制度は、老後に家族扶
 助を受けられることを前提に創設されている。だから、あくまでも生活費を補完す
 る収入に他ならない。子の収入、預貯金、株式や民間保険、就労収入、持ち家など
 の不動産に、上乗せして年金があるというしくみだろう。

  しかし、子や孫が高齢者を支えられないのは、少子化問題や若者を取り巻く環境
 について見てきたとおりである,この年金制度の立て直しや役割の見直しを図らな
 ければ、下流老人の問題は永遠に解決の道筋が見えないと旨っても過言ではない。
 第7章でも述べるが、年金制度の今後の建て直しについては、最優先で議論しなけ
 ればならない課題である。

  《2 貯蓄・資産面の不備-下がる給与と上がる物価》

  年金制度が十分に機能しなくなっているからこそ、わたしたちは老後の生活資金
 を自分たちで形成しなければならない。だがそれもじつに危うい状況にある。
  国税庁の「平成25年分民間給与実態統計調査」によると、先述したとおり、給
 与所得者の一人あたりの年間平均給与は414万円,同調査の平成9年の年間平均
 給与が467万円だったので、この約15年間で50万円以上も年収が減ったこと
 になる。この減少傾向は、非正規雇用労働者の増加と相まって、今後も続いていく
 と予想される。

  その一方で、物価は上昇し続けている。厚生労働省が2015年4月3日に発表
 した「2015年2月の毎月勤労統計調査(速報)」によれば、物価の変動を考慮
 した実質賃金は、前年比2・8%減で、マイナスは22か月連続であった。また物
 価上昇と同時に、消費税など低所得者層ほど負担の増える逆進性の高い税金も段階
 的に上昇する見込みだ。

  要するに、物価や消費税は上がっても、それに追いつくだけの賃金の上昇が見ら
 れない。現役時期の年収は老後の年金収入に直結するため、現在の労働者の実態を
 見れば、下流老人の予備軍が相当に広がっていることになる。
  下流化を予防するには、高齢期に入る前から一定の資産を形成しなければならな
 い。しかし、このような現状から十分な貯蓄をすることができないまま高齢期を迎
 え、下流老入になだれ込んでいく人は、後をたたないだろう。企業側の都合で不安
 定な雇用形態をさらに広げる、あるいはブラック企業の対策を行わないまま、若者
 の労働環境が劣悪になることを放置すれば、必ず下流老人は増加する。


  《3 医療の不備―"医療難民"が招く孤立死》

  医療の側面から見ても、下流老人への対応はいたるところに不備が見られる。
  全国では、孤立死する高齢者が後をたたない。わたしも孤立死の現場をいくつも
 まわり、アパート内の布団の上、浴室内、玄関先で亡くなられている遺体と接して
 きた,それらの現場で感じることは、「本当にこのような最期を望んでいたのか」
 という疑問である。

  はっきりと言えば、彼らは「医療難民」だ。下流老人は、病気になっても重篤化
 するまで、あるいは命が脅かされるほど重い症状になっても病院の窓口に現れない。
 医療アクセスを妨げる幾重もの障害があるためだ。医療費の問題、窓口負担の問題
 健康保険料の未納問題などさまざまである。

  これらの現場に立ち会うなかで、わたし自身は、孤立死はあるべき人間の死に様
 ではないと感じている。孤立死した高齢者の多くは、最期のときを一人で苦しみな
 がら終えていく。ある高齢者は、心筋梗塞で手術を繰り返し、退院後も継続した通
 院治療が必要だった。しかし経済的な理由から、自分で受診や服薬を控えるように
 なった。その矢先に心筋梗塞に再び襲われ、帰らぬ人となった。苦痛で表情が歪み
 酸欠により真っ黒に変色したその死に顔は、孤立死が穏やかな死とはほど遠い場所
 にあることを物語っていた。

  孤立死する高齢者は、概ね何らかの病気、それも心筋梗塞や脳梗塞などに発展し
 かねない生活習慣病を有している。しかし治療が必要であるにもかかわらず、経済
 的困窮から未治療だったり治療を中断するケースが多い。なかには健康保険証すら
 持っていない高齢者もおり、病気や介護度が深刻化しても周囲に助けを求めようと
 しない。
  だからわたしは、孤な死を尊厳のある死だとは見ていない。もっとはっきり言え
 ば、病死、あるいは「放置死」である。高齢者が経済的な理由から、必要な治療や
 受診を控えるようなことがあってはならないのだ。

  この事態に、全国の病院も民間レベルでは危機感を持ち始めている。
  近年、「早期発見・早期治療」につなげるため、無料または低額な料金で診療す
 る施設として届出を行う病院も増えてきた。いわゆる「無料低額診療施設」である。
 この届出がある病院に低所得の患者が受診すると、無料または低額で診察してもら
 える。その診察数に応じて、病院も税制上の優遇措置があるという社会福祉法の制
 度があるのだ,

  しかし、このような病院があることを多くの人々は知らない,政府もこれらの福
 祉施策を広げたり、率先して情報提供を行ったりしていない。今後はさらに制度を
 使いやすく拡充し、病院数も増やしていく試みが求められる。

  早めに医療に結びつけないと、社会保障費のコストも増大する。生活保護費の全
 体予算は約4兆円だが(2014年)、そのうち約半分の2兆円は医療扶助費だ。
 医療費を抑えるには初期治療が欠かせないが、先の理由から下流老人は通院できず
 に市販薬などで我慢してしまうため、最終的に重篤化してから病院を受診すること
 になる。その際にかかる莫大な入院費やf術費は、生活保護費の予算から捻出しな
 ければならない。utめに医療機関に結びつけなければならないのは、そういった
 理由もある。

   いくつかの自治体では、健康保険料を支払えない市民から、健康保険証を取り上
 げたり、短期資格証を発行していったん窓口で10割負担を求めることもある。こ
 れらの対応は愚かであろう。医療にアクセスできない人々は生活保護を受ける対象
 として、重篤化して帰ってくるだけである。

  自治体職員や医療・福祉関係者がまずやるべきことは、生活に困っていないか聞
 き取りを行い、各相談窓口へ誘導したり、早い段階で社会保障を受けるように促す
 ことだ。間違っても健康保険証を取り上げてはいけない。医療費が支払えないのは
 何らかの支援を必要としている証拠であり、市民を間接的に殺害することになるか
 もしれないからだ。

 《4 介護保険の不備-下流老人を教えない福祉制度、ケアマネジャー》

  これまでの事例で見たように、下流老人のなかには住宅を失うほどのひどい貧困
 のもとで生活している方もいる。ではこれほど厳しい貧困に陥ってしまった彼らを
 救済する手立てはあるのだろうか。結論から言ば、残念ながら現状の福祉制度は非
 常に弱く、どのような救済方法で支援がなされるかはJタ次第であると言わざるを
 得ない。

  このような福畦の不備を補完し、あるいは福祉では踏み込めない領域まで支援す
 るために介護保険制度があるが、この介護保険にしても必要十分とは言い難い。た
 とえば、住まいを失った下流老人の頼みの綱ともいえる養護老人ホームにしても施設
 数が圧倒的に不足しており、片や民間の有料老人ホームは富裕層しか相手にしていない
 ことなどは、第3章でも指摘したとおりである。

  また、介護保険サービスが各家庭の経済状況を加味したうえで設計されていない
 という問題もある。介護保険サービスの提供を決定するうえで主軸となる職種に「
 ケアマネジャー(介護支援専門員)」がいる。彼らは要介護高齢者や介護予備軍に
 ある高齢者を対象として、支援計画(いわゆるケアプラン)を立てて、支援の方法
 や内容を決定していく。

  しかし多くの場合う、そのケアマネジャーが立てるケアプランがひどい。
  要介護高齢者の介護の必要性はアセスメント(評価)するが、貧困を構造的に理
 解してケアプランを立てていないのだ。
  たとえば、貧困ゆえにサービス利用料が支払えない高齢者がいても、収入を上げ
 るために、社会保障や生活保護制度の活用を検討することは少ない。専ら少ないサ
 ービス利用料の範囲内で組めるケアプランしか立てないケアマネジャーのいかに多
 いことか。要介護高齢者のなかには低年金などのため、十分な介護サービスが受け
 られない人々もいる。それであれば、生活保護制度の活用も視野に入れた支援を行
 うべきであろ。

  要するに、日本のケアマネジャーは介護保険制度についてはある程度熟知してい
 るが、こと生活保護制度などの他の社会保障制度については、極めて弱い,高齢者
 の介護と貧困問題が切り離せなくなってくる今後、介護保険の制度改革とともに、
 ケアマネジャーの質を上げる取り組みが求められる。


「物価は上がるものだ」という先入観は現代のグローバルな高度消費社会段階(前社会
主義社会段階)では通じないことは、「ピラミッドの経済学」「ポスト・ケインズ主義」
「デジタル革命渦論」「成長戦略――双頭の犬鷲』などとしてブログで掲載してきたが、
まずそのことを前提として読み進めてきている。次回も第5章。

                                この項つづく 


  がんはがん細胞の増殖によって生ずる病気で、がん細胞は無秩序な分裂増殖と不
 死化を特徴とする。がんの原因は、細胞分裂を制御している遺伝子や、DNAの修
 復に関与している遺伝子、変異を起こして 正常に機能しなくなることにある。
  発がんに関与する遺伝子のタイプは大きく分けて3つある。

 ●ひとつは外部からの絃胞増殖因子に応えて、細胞を増殖させるためのシグナルを
 出す遺伝子である。このタイプの正常な遺伝子は原がん遺伝子と呼ばれ、正常な細
 胞の増殖に関与している。これががん遺伝子に変異すると、増殖因子の有無にかか
 わらず、増殖シグナルを出し統け、細胞は暴走と不死化を起こすことになる。
 
 ●ふたつめのタイプの遺伝子は、がん抑制遺伝子と呼ばれ、たとえひとつめのタイ
 プの遺伝子が変異を起こしたとしても、がん化を抑える遺伝子である。このタイプ
 の遺伝子はバラエティに富んでいて、DNAに損傷が起きた細胞を自殺に追い込む
 遺伝子や、細胞の複製に必要なDNAの合成を制御して、細胞を分裂・増殖させな
 い遺伝子などがある。このタイプの遺伝子の異常とひとつめのタイプの遺伝子の異
 常が重なると、細胞はかん化を抑えることができなくなる。

 ●3つめのタイプはDNA修復遺伝子である。細胞のDNAは、様々な発がん物質
 や紫外線といった変異原により損傷を受けるばかりでなく、細胞分裂の際のミスコ
 ピーにより異常になる。これらを修復する遺伝子はいくつもあるが、修復遺伝子自
 体が異常になると、修復機能が不全になり、ひとつめのタイプやふたつめのタイプ
 の遺伝子が変異しやすくなって発がん確率が高まる。

  これらの遺伝子のどれかが.あらかじめ異常な形で、親から子へ遺伝されると、
 全部正常な場合に比べ、発がん確率は増大する。このような意味で、がんになりや
 すい体質は遺伝するといえる。またDNAの突然変異を誘発する物質にさらされる
 とがんになりやすく、その意味では、がんは生活習慣病ともいえる。
  がんの原因が遺伝子の異常であるならば、その治療もまた遺伝子治療によるのが
 王道であるように思われるが、この方面の研究はまだ緒についたばかりで、顧著な
 成果をあげるに至っていない。

                    池田清彦 著『新しい生物学の教科書』




素人のわたしが考える癌治療工学の現状を正確に言えるはずがないが、著者が「著につ
いたばかりで、顕著な成果をあげるに至っていない」との結論と大きくズレていること
に、なるほどと納得しながらも、自己否定もせず、むしろ、これまで失敗を重ねてきた
たことを――ときには「盲蛇に怖じず」と揶揄されても――その都度めげずやってきた
ことを振り返える余裕に驚く自分がいる。



ところで、個人に適した医療を提供する個別化医療や予防医療に注目が集まっている。
このために、詳しい全遺伝情報(ゲノム)を知ることが必要で、東北大学東北メディカ
ル・メガバンク機構は千人規模で日本人のゲノムを解析したデータベースを作成、日本
人によるゲノムの基盤情報が医療研究を大きく進展させるものと位置つけられる。そこ
で、東北大学東北メディカル・メガバンク機構ゲノム解析部門の長正朗教授、河合洋
介講師らは、日本人集団のもつSNP(single nucleotide polymorphism:一塩基多型のこ
と)を高精度で取得できる全ゲノム領域を網羅する、日本人に最適化されたSNPアレ
イ「ジャポニカアレイ®」の設計に世界で初めて成功する。



ジャポニカアレイ®の設計は、東北メディカル・メガバンク計画のコホート調査に協力し
た1,070人分の全ゲノム情報を活用し、独自のSNP選択アルゴリズムを開発・実装し、
スーパーコンピュータ上で解析することで実現された。遺伝子型インピュテーション技
術を用いることで約66万個のSNPを搭載したジャポニカアレイ®から最大2千万SN
Pが取得可能。また、ジャポニカアレイ®は既存の同等数のSNPが搭載されているアレ
イと比べインピュテーションの精度が10%以上向上し、また、3倍以上の数のSNP
が搭載される既存のSNPアレイとほぼ同等またはそれ以上の性能を発揮する。

この研究は、日本人に固有な体質・疾患の関連遺伝子を大規模に探索研究する為の基盤
解析ツールであり、日本人の個別化予防・医療研究を加速する重要な成果とされ、この
研究成果の詳細は、15年6月25日(英国時間)Journal of Human Genetics誌のオンラ
イン版で公開されている(下図クリック)。

doi: 10.1038/jhg.2015.68

具体的に、同研究チームは健常な宮城県民1070人のゲノムデータから構築したDB
「全ゲノムリファレンスパネル」を作成。DNA配列の1塩基の違い「1塩基バリアン
ト(SNV)」について、集団内での出現頻度0・1%以上の2120万個を発見、カ
タログ化した。また日本人のゲノム中にある2万個以上の遺伝子について重複や欠損な
どの詳細データもDB化した。同パネルを利用し、遺伝性の希少疾患患者のゲノムデー
タと比較し、疾患原因の解明につなげる使い方などを想定している。日本人特有のゲノ
ムに基づく疾患リスクの診断や創薬のための基盤情報として役立つ可能性もある。研究
チームは13年に日本人1070人分のゲノム解読を完了。14年8月に出現頻度5%
以上のSNV情報をウェブサイトで公開する。今回、出現頻度0・1%以上のSNVを
90%以上網羅し、パネルを高精度化している(関連特許:下図2例)。この事例から、
以下の成果利用が導出される。

(1)希少疾患の原因変異かどうかの推定
(2)遺伝子の機能に関わる個人差の原因となる変異の探索
(3)日本人特有のゲノムに基づくリスク診断・医療・創薬のための基盤情報整備

 

 

 

   

       ● 今夜の一言


「戦争に行きたくないのは身勝手」と批判した武藤貴也自民党衆議院議員(滋賀4区)
に、三日月滋賀県知事が「殺さず、殺されず、殺させない」と批判した発端が「シール
ズ」にあったとは、えらい、すいまへんでした。^^;。

※ シールズ:Students Emergency Action for Liberal Democracy-s) 

 

アベノミクス前途多難

$
0
0

 

 

      

           小田原と大井町に設置した自前の電子基準点を解析したところ、7月
       13、14日に異常な値が出ている、ということは今後3~6ヶ月の
       範囲内で、小田原、箱根地区など南関東でなんらかの地震が来る可能
       性が非常に高い。

                                  村井 俊治
                                 
                                      

  
2015.08.23

11年の東日本大震災が起きる3日前には、村井らが解析した電子基準点のデータで、
プレスリップと呼ばれる異常な現象が確認。今後、データ解析の精度を高めていけば、
巨大地震予測は不可能ではないと言う。「週刊MEGA地震予測」のユーザー大会で、村井
顧問は、3~6ヶ月後に箱根・小田原地区の南関東でなんらかの地震が来る可能性が非
常に高いと答えている。また、メルマガ『週刊MEGA地震予測』(8月19日号)震度5
以上の地震が発生する可能性が極めて高い「要警戒地域」に南関東地方に加え、北信越、
岐阜県を挙げている。つまり10月~1月の範囲で発生すると(火山噴火との関連は
どうなんだろう?)。 

 

 

【超高齢社会論 12: 下流老人とはなにか】 
 

 

秋葉原通り魔事件が "ワーキングプアー"に 象徴される、過剰競争と自己責任の原理が
もたらす格差拡大社会の歪みとして発生したように、まもなく、日本の高齢者の9割が
下流化する。本書でいう下流老人とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者、およびそ
の恐れがある高齢者」である。そして今、日本に「下流老人」が大量に生まれている。

この存在が、日本に与えるインパクトは計り知れないと指摘したように、神奈川県小田
原市を走行中の東海道新幹線で焼身自殺した事件――71歳の林崎春生容疑者による「
下流老人の反デフレテロ」ではないかとブログ掲載(極東極楽 2015.07.02 )。『下流
老人』の著者である藤田孝典は、「東京都杉並区の生活保護基準は、144,430円
(生活扶助費74,630円+住宅扶助費69,800円 【特別基準における家賃上限】
)である。資産の状況やその他の要素も検討しなければならないが、報道が事実だとす
れば、年金支給額だけでは暮らしが成り立たないことが明白だといえる。

要するに、生活保護を福祉課で申請すれば、支給決定がされて、足りない生活保護費と
各種減免が受けられた可能性がある。月額2万円程度、生活費が足りない(家賃や医療
費などの支出の内訳にもよる)。生活に不安を抱えどうしたらいいか途方に暮れる男性
の姿が思い浮かぶ」と語っている(YAHOO!ニュース「新幹線火災事件と高齢者の貧困
問題ー再発防止策は 「貧困対策」ではないか!?」2015.07.02)を受け、藤田 孝典著
『下流老人』の感想を掲載していく。 

  【目次】

  はじめに
  第1章 下流老人とは何か
  第2章 下流老人の現実
  第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン
  第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府
  第6章 自分でできる自己防衛策―どうすれば安らかな老後を迎えられるのか
  第7章 一億総老後崩壊を防ぐために
  おわりに   

  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府

  《5 住宅の不備-住まいを失う高齢者》

   下流老人が住まいを失うのは、そもそも目本の住宅環境が整備されていないため、
  という問題もある。つまり「住宅を失った高齢者をどうすべきか」ではなく、「高
 齢者が住宅を失わないためにどうすべきか」という議論をまずしなければならない。
  もっとも抵抗なく行える手段は、公営住宅への入居だ。公営住宅は、低所得者層
 のために地方公共団体が建設・運営を行う賃貸住宅で、近隣の同物件の相場と比較
 しても、半額もしくは3分の1程度の家賃で借りることができる。だが、この公営
 住宅も圧倒的に数が足りていない。

  わたしは生活困窮者の支援活動の一環として、公営住宅の応募申し込みも行って
 いる。しかしたいていの人々は、年収が極めて低く、公営住宅への応募要件を満た
 しているにもかかわらず、応募し続けても当選しない。公営住宅の当選倍率をご存
 知だろうか。首都圏の倍率は、だいたい30倍から、ときには800倍という異常な
 高さになることもある。ちなみに東京大学の入試合格倍率は、学部によって違いは
 あるが、概ね2倍から10倍である。同列に比べられないのは承知のうえだが、日
 本の公営住宅へ入居することは、日本の最高学府に入学するよりもはるかに難しい
 と鄙諭したい気持ちにもなる。

  だから仕方なく、多くの人が民間賃貸住宅で重い家賃負担に耐え、苦しい生活を
 送らなければならない。そしてそれが理由で貯蓄が底をつき、住まいを失う場合も
 ある。
  たとえば、家賃負担が重く、生活が成り立たなくなった高齢者2人の事例を見て
 てほしい。長年、住宅機器メーカーに勤めてきた男性は、月額14万円の厚生年金
 の収入だけでは生活費が足りず、貯金や退職金を切り崩して生活してきた。彼には
 65歳の時点で、「貯金+退職金]の約1200万円の資産があった。しかし定年
 退職から17年ほど経ったり82歳のときに、資産は底をつく。そのため月7万円
 の家賃負担に耐えられず、3か月同家賃を滞納した後、アパートを自ら退去して、
 現在は友人宅に身を寄せて豚らしている。

  また、65歳までの約40年間、小さな町工場で働き続けながらコツコツ貯金し
 てきた男性もいる。退職後は、「貯金もあるし、年金も入ってくるから大丈夫だろ
 う」と思っていたが、75歳頃から身体を壊し、医療費の負担が目に見えて増えて
 いった。そして、とうとう78歳になったときに、家賃滞納を理由にアパートを退
 われてしまう。

 「そうなる前に家賃の低い地方へ引っ越せばいいではないか]という声もあるが、
 それは多くの高齢者にとって非現実的な話だろう。田舎に高齢者はたくさん住んで
 いるが、その大多数が元来その土地で暮らしてきた人々だ。築いてきた生活基盤や
 所有する資産がまったく違う。何より体力が衰え、資産の少ない高齢者が、誰も知
 らない上地に一人で移住すすること自体に、大きなリスクが伴う。体力があり、就
 労もできる若者が地方に移住するのとはワケが違うのだ,

 「年金のほとんどが家賃に消える」という声はあまりにも多く、対策はもはや一刻
 の猶予もないように思える。わたしは相談を受けながら、常々家賃負担が公営住宅
 ほど安ければ、このような現象は起きていないと考えている。そろそろ海外と同様
 に、社会住宅や公営住宅を整備するべき時代に突入しているはずだ,家賃負担が下
 がれば、低年金であっても暮らせる高齢者は多くいる。生活保護受給世帯のうち多
 くを占める低年金屑も、一気に生活保護から脱却することが可能であり、生活保護
 受給者数の減少にも効果があるはずだ。


  《6 関係性・つながリ構築の不備―助けの手が届かない》

  第1章で、下流老人は、社会的に孤立している状況にあると指摘した。これは逆
 に言えば、下流老人を救うには孤立しない状況をつくり出すことが必要ということ
 だ。
  社会的に孤立した場合にどのようなリスクがあるかは、第2章で説明したとおり
 だ。とくに認知症の高齢者は金銭管理すらできない状況であり、詐欺被害にも遭い
 やすい。これらの事態は稀なことではなく、全国で散見される,認知症になってい
 るかどうかは、家族や親族、親しい友人がそばにいても気づきにくいのだから、一
 人暮らしでは、なおさら発見は遅れる。そのため、制度や政策として、下流老人を
 発見する機能が必要になる。

  そのためには先述したとおり、行政の「申請主義]の体制を見直さなければなら
 ない。下流老人の多くは、自分から窓口には行かないし、行けない心f情がある。
 たとえば、伊賀巾社会福祉協議会では、社会的に孤立している高齢者に対し、アウ
 トリーチ(家庭訪問)などを行っている。悪徳商法にだまされることがないように
 民生委員らとともに地域の高齢者を見守り、未然に被害を防いでいるのだ。このよ
 うな社会福祉協議会の取り組みは、いまだに少ない同社実践である。

  今後はこのような取り組みを、制度や政策のレベルでバックアップしていくべき
 だろう。それができなければ、振り込め詐欺による被害防止や、下流老人の孤立死
 防止のための早期発見も期待できない。高齢者を見守る地域ネットワークを強化す
 ることは、行政や警察、介護・福祉関係者らが協働して解決しなければならない横
 断的な課題である。


  《7 生活保護の不備1国によって操作される貧困の定義》

  生活保護基準が年々引き下げられていることをご存知だろうか。じつは自民党の
 マニフェストにも削減目標が掲げられ、政権交代前と比較して、約110%引き下げ
 ることが規定された。生活保護受給者の生活実態を省みることなく、削減目標が一
 人歩きを始めている。現在もその削減が進行中であるほか、住宅扶助費やその他の
 生活費も削られ続けている,

  これに伴い、「生活保護基準を下げるな」という民事裁判も全国で多発している。

  この基準が下がれば、これまで貧困であった人が貧困ではなくなり、救済対象か
 ら除外されることになる。極論を言えば、明日食べるものが何もない状態でも、国
 が「それはまだ貧困ではない」と決めれば、救う必要はなくなるということだ。
 
  福島第一原発の事故に伴い、一般国民の被曝線量の上限基準値が、年間1ミリシ
 ーベルトから20ミリシーベルトヘ、大幅に引き上げられたのは記憶に新しいが、
 まさにこれと似た手法である。
  現状における解決が困難だからといって、その時々の都八日で基準を変えていた
 ら、そもそも基準としての意義自体が失われてしまうだろう。
  下流老人をめぐっては、救済対象が多すぎることから、その対象者数を減らそう
 とエ作が始められている。誰をどのような範囲で救済するかは、厚生労働大臣が独
 自に決めているが、その決め方はあいまいで説明不足といった印象を試えない。だ
 から、全国で生活保護受給者が提訴する事態に発展している。

  1950年代後半には、結核患者で生活保護受給者の朝日茂氏が起こした「朝日
 訴訟」という有名な銭判がある。彼は、結核療養所での生活が健康で文化的なもの
 になっていないと主張し、人として最低限守られるべき、生活保護基準や生活水準
 について世に問うた。結局、朝日訴訟は原告の死去によって終結を迎えたが、この
 裁判が与えた影響は極めて大きい。それ以降、国民全体の消費実態に応じて基準が
 見直され、徐々に生活保護の水準は向上してきた。しかしついに、これまでの基準
 が破られ、引き上げられる時代が到来したことになる。

  また生活保護制度については、基準値だけでなく、その使いづらさも問題だ。前
 述したとおり、日本には生活保護を受けることが恥ずかしいと思う文化がある。ま
 してやそれが立派なことのように吹聴する政治家も後をたたない,たとえば、自民
 党の片山さつき参議院議員などは、自著の『福祉依存のインモラル』のなかで「生
 活保護を受けることが恥ずかしいと思わなくなったら良くない」と述べている。単
 なる社会保障制度を利用することに、なぜ恥ずかしいと感じる必要があるのだろうか。恥
 ずかしいと思った人々は、当然生活保護申請をためらい、要支援者の早期発見に資
 することはできない。

  政府や国会議員の最低限の役割は、国民の生命や財産を守ることである。これら
 を追求することをやめてしまった政治家のインモラルさこそ、醜悪だと思わざるを
 得ない。




 《8 労働・就労支援の不備―死ぬ直前まで働かないと暮らせないり!?》

  若い世代を中心に、「わたしたちの匯代は年金支給額も低くなるし、死ぬまで働
 かないといけない」という話をよく聞く。それは案外、的を射ているかもしれない。
 内開府の「平成26年版高齢社会白書」によると、65歳を超えても働くことを希望
 する人の合計は50・4%で約半数におよび、そのうち働くことを希望する理由に
 ついて は「生活費を得たいから]が76・7%と最も多かった。実際に総務省統
 計局「統計からみた我が国の高齢者(65歳以上)」(2OI14)によれば、老
 後も鴎き続けなければ生活費を得ることが難しい高齢片の実態が見て取れる この
 「働く高齢者」の姿は、先進諸国では特異ななもので、日本の老後の社会保障の脆
 弱さを端的に物語っている。 

   たとえばフランスでは高齢者の2・2%しか働いていないのに対し、日本の高齢
 者は20・1%も働いている。労働というかたちで、社会とのつながりを維持する
 ことは、ある意味で前向きに評価できる面もあるが、しかしなぜ日本の高齢者はこ
 んなに働かなければならないのか。端的に言えば日本が、老後も働かなければ暮ら
 せない社会システムになっているからだろう。

  実際、働く高齢者の割合は増え続ける傾向にある。平成26(2014)年時点で
 高齢者の就業者数は681万人と過去最多を記録した。
  25年前と比べ、高齢者の就労人数はほぼ倍増している。また、総就業者数に占
 める高齢者の割合は10・I%で、こちらも過去最高を記録している。職場の10人
 に1人は、すでに定年を迎えたはずの高齢者が役割を担っている社会だとと言える。

  このような統計資料は意外と知られていない。だが、わたしたちの老後は働かな
 ければ暮らしていけないように、確実に変化している。労働は尊いことではあるが、
 死ぬまで働き続けなければ暮らしていけない社会ははたして幸福と言えるだろうか。
 経済的に豊かでなくても、家族に囲まれて安心した余生を過ごしたいと思うのが人
 情ではないか。

  老後に就労するにしても、シルバー人材センターなどは知られているが、十分な
 賃金が保障されているわけではない。生活費が足りない高齢者が引き続き、安全に
 働けるように就労支援を行う必要がある。しかし、若者でさえ、安心して働ける就
 労環境が壊れているなかで、高齢者の就労環境を整備していくことは容易ではない。
 原則は、高齢者が働かずとも生活ができる給付制度を整備することが先決であろ
 う。


片山さつきの本を読んでいないので、背景がわからないのでコメントできないが、「活
保護を受けることが恥ずかしいと思わなくなったら良くない」との主張は、わたしの同
級生(大阪府在住)が、それまでの「わずかな年金と非正規就労」(年収が支給基準を
オーバーすると年金がカットされ逆に減収となる)からより収入の多い「生活保護制度」
を受けながら、同居している「母親の恩給」との二人暮らを選択。実直な彼にして"恥じ
る"ことなくクールに割り切っているのが実情だ。自分をそこに置き換えて考えると、
(1)元気な場合は、少し負い目を感じ就労を選択する。(2)逆に、罹患・障害を持
っているなら「社会に感謝」して暮らすだろうが、要するに、小高し財務官僚上がりの
発言で些末な感情論だ。いずれにしても、現政権の経済運営では将来は「暗い」とだけ
は断言できる。さて、次回は「8つの視点から制度批判―まとめ」から第6章に入る。

                                この項つづく



  食物や生活空間がよく似た2種の生物間では競争が激しく、同所的に生活すると
 一方の種が滅んでしまうことがある。たとえばゾウリムシとヒメゾウリムシを同一
 の水槽内で飼育すると、ゾウリムシは絶滅してしまう。

  この現象は競争的排除則として知られるもので、「同じニッチをもつ近縁の2種
 は共存できない」という標語で表される。ニッチ(生態的地位)とは、群集の中で
 ある生物種が占めている位置のことで、具体的には何を食べ、どこに住んでいるか
 という生活様式のことである。

  完全に同一のニッチをもち競争力も同じ2種はむしろ共存するであろうから、競
 争的排除則が成立するためには、ごく近いニッチで、しかも競争力が異なる必要が
 ある。ところが野外では環境もどんどん変化し、それに伴い競争力も変化するから
 実際にどれだけ競争的排除則が成立しているか疑わしい。実験室内でも環境を複雑
 にすると共存することが多い。

  たとえば、コクヌストモドキとヒラタコクヌストモドキは、温度と湿度によって
 競争力が違い、一定の環境条件では一方が絶滅するが、条件が周期的に変動すれば
 共存する。また、アズキゾウムシとヨツモンマメゾウムシは2種だけで飼うと一方
 が絶滅するが、共通の寄生蜂であるゾウムシコガネコバチがいると共存する。これ
 は寄生蜂の存在によって2種の密度が抑えられ、競争が緩和されるからだと考えられる。

  大腸菌のグルタミン合成酵素活性が異なる変異株同士の競争では、活性が高い株
 の増加が活性が低い株の競争力を強め、共存することが知られている。すなわち活
 性の高い株が増えるとグルタミンが培養液中に漏出し、活性の低い株はこれを利用
 して増殖するのである。

  さらに生物は環境変化に合わせてニッチを自ら変化させることがある。たとえば
 トノサマバッタは密度が高くなると、埋の長い群生相になり、移動型のニッチに自
 らをつくりかえる。ニッチは種固有の性質というよりも、種が自らの遺伝的制約の
 枠組みの中で、環境変動に合わせて、その場その場で開拓するものだ、と考えるべ
 きであろう。

 

                    池田清彦 著『新しい生物学の教科書』


※ いろいろ考えさせられると感心。

 

 


 

 ● 今夜の2つのグラフ

ところで、中国の上海株価暴落の影響で「リーマンショック級になる恐れあり」(ダイ
ヤモンドオンライン「高橋洋一の俗論を撃つ」2015.08.27)と高橋洋一嘉悦大学教授が
統計解析を行って解説しているが、その1つが「成長率とその要因の推移」で、14年
と同様に17年も消費税増税の影響を受けマイナス基調必至と指摘し、中国の経済減速
は輸入額の逓減により「リーマンショック級」の影響を与えると株価変動偏重主義をた
しなめながら解説。一時的に"赤色国家官僚独裁制"(「ロシアマルクス+新自由」主義)
のハンドグリップで強引に切り抜ける(内需拡大・軍需拡大、あるいはバク買い政策)
けるかもしれないが、当の日本は"アベノミクス破綻"は、火山・震災などの内需がな
ければ、17年にかけて大きくリセッションする可能性が大きい。ならば、ポスト・安
部自公政権(政権交代)誕生もありうる。




   ● 今夜の一曲 
 
加藤登紀子 『難破船』


 


脱貧困ビジネス社会

$
0
0

 

 

      
          だから私はこの学校を変えたい。このヘンテコな世界を変えたい。
                  
                                      春菜ツバメ / 『学校のカイダン』

 

 

 

● 予想を超えた海面上昇 世界各地の沿岸部の地形が一変 ?!

8月26日、NASAは92年以降に世界の海面水位が平均8センチメートル昇し。従来
の予想が甘かったことを指摘した。今後、温室効果ガスの排出量が増加せず、気温上昇
が2℃以内に抑えられたとしても、世界各地の沿岸部の地形が一変するほど海面が上昇
するおそれがあることを公表(2015.09.01 ナショナル・ジオグラフィック日本版)。



● 92年以降、地球の海面水位は平均で約8センチメートル上昇


それによると、(1)地球温暖化により、海面水位は今後数百年のうちに数メートル上
昇する可能性――気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が3年前に出した陸氷の融解
を含まない予測では、温室効果ガスの排出量次第で、海面水位は2100年までに28
~98センチメートル上昇するとされていた。(2)海面水位の上昇は50年前より速
いペースで進んでいることは把握されているも、極地氷床の融解速度がわからず予測が
難しい。(3)NASAの22年分の人工衛星による観測データでは、海面上昇は平均約8
設置メートル、複雑な海洋変化で、米国西海岸沖など一部の海域では海面水位が低下す
るものの、次の10年で逆転し、太平洋沿岸部の海面水位は他の海域より速いペースで
上昇すと予想。(4)8月中旬には、グリーンランド西部のヤコブスハブン氷河が割れ
て短期間のうちに約13平方キロメートルもの氷の塊が失われたが、人工衛星が撮影し
たが、この氷河が全て融解すると、30センチメートル以上地球の海面水位が上がると
予測されているが、IPCCの予測では、氷床融解が過小評価されている。

※  NASAの科学者が作成したグリーンランド氷床の3Dモデル

予測幅は広いが、世界の10大都市のうち8都市は沿岸部にある。来世紀以降、東京、
ニューヨーク、上海、ムンバイなどの巨大都市は海面上昇に脅かされることになるだろ
うと結んでいる。いよいよ断末魔か?、わたしたちは人類はこの危機を乗り越えること
ができるのか? ^^;。

 

  19世紀の半ば過ぎに、メンデルは生物の形質発現を担う実体を想定し、遺伝の
 法則を仮淀した。メンデルはこの実体を要素と呼んだが、それは今日では遺伝子の
 名で呼ばれている。
  遺伝子の本体はDNA(一部のウイルスではRNA)と呼ばれる物質であること
 がわかっており、それは細胞分裂に伴って複製される。

  DNAは自分と同じDNAをつくるのである。
  原核植生物のDNAは環状の二本鎖DNAであり、その大部分は機能をもち、た
 んばく質などに対応している。一方、真核生物のDNAは線状で、通常染色体を形
 づくっており、その大部分は機能をもたない(少なくともいまのところ機能不明で
 ある)。通常、遺伝子は機能をもつDNAのことであるから、真核生物の遺伝子は
 DNAの大海の中にポツン、ポツンと浮かんでいることになる。

  さらに真核生物の遺伝子は、たんぱく質に対応している部分(エキソン)と対応
 していない部分(イントロン)からなるニとがわかっている。これは原核生物には
 見られない真核生物だけの特徴である。

分子シャペロンのダンス
 
  真核生物では、遺伝子のエキソン部分の情報だけをつなぎ合わせてmRNAがつ
 くられ、これにしたがってたんぱく質の一次構造がつくられる。簡単なたんばく質
 では一次構造がつくられさえすれば、自動的にたんぱく質の立体構造がつくられる
 こともあるが、複雑なたんぱく質では、分子シャペロンと呼ばれる特別なたんぱく
 質の介在なしには、正常に機能する立体構造はつくれない。このことから、遺伝子
 は一義的にたんぱく質に対応しているわけではないことがわかる。

  遺伝子によってつくられたたんぱく質は、細胞内のシステムの条件にしたがって、
 その枠内でのみ機能する。したがって、システムが異なったり、条件が異なったり
 すれば、同じ遺伝子がさまざまな異なる機能を担ったり、異なる遺伝子が同じ機能
 を担ったりする。生命現象にとって真に重要なのは、遺伝子そのものよりこのシス
 テムであり、遺伝子はシステムの部品にすぎないと考えたほうがよい。

                    池田清彦 著『新しい生物学の教科書』


遺伝子という言葉は、21世紀を象徴する言葉になりそうだね?と問いかければ、多く
のひとはうなずくだろうは、あまりにも基礎的で核心的で膨大な意味を包み込んだ「言
葉」だけに、その了解にも時間がかかってしまいそうだが、「生命現象にとって真に重
要なのは、遺伝子そのものよりこのシステムであり、遺伝子はシステムの部品にすぎな
いと考えたほうがよい」という著者の結びは、この思いに拍車をかける。


 

 

【超高齢社会論 13: 下流老人とはなにか】  

   【目次】

  はじめに
  第1章 下流老人とは何か
  第2章 下流老人の現実
  第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン
  第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府
  第6章 自分でできる自己防衛策―どうすれば安らかな老後を迎えられるのか
  第7章 一億総老後崩壊を防ぐために
  おわりに   

  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府

 《8つの視点からの制度批判-まとめ》

  ここまで8つの視点から、現在の社会保障や社会システムの不備によって下流老
 人が生み出されていることを明らかにしてきた,繰り返しになるが、下流老人に陥
 るのは個人の能力不足や怠惰のせいなどではない。正すべきは、過度に経済優先の
 社会システムであり、ひいては人間疎外に慣らされたわたしたちの意識と感情であ
 る。
 
  だからこそ、制度疲労を起こしている施策や時代錯誤的な政策に、強い意志をも
 って介入していきたい。団塊の世代が高齢期に突入し始めた今がまさに、制度の根
 本的な見直しを図るべき転換地点なのだ。


 
  《コラム3 下流老人の生き血を吸う「貧困ピジネス」》

  高齢者を搾取する者は、振り込め詐欺などの犯罪者集団だけではない。巧みに高
 齢者を囲い込み、人権擁護を傘にして営利利用する「貧困ビジネス」の俘在が、明
 らかにされている。

  下流老人の周辺で暗躍する貧困ビジネスでは貧困ビジネスとは、どんなものを指
 すのだろうか。
  社会活動家で反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠氏は、著書『反貧困』「すべ
 り台社会」からの脱出』で、貧困ビジネスを「貧困層をターゲットにしていて、か
 つ貧困からの脱却に資することなく、貧困を固定化するビジネス」であると指摘し
 ている,

  要するに、生活困窮が‥を対象にビジネスを行い、そこから抜け出すような支援
 はせず、生かさず殺さず搾収し続ける事業者のことだとIaえる。これらの業種は、
 公的機関が介入しない(あるいはできない)分野に大きな市場を形成する特徴があ
 る。一時しのぎの場として需要があり、利用者も多いが、いったんそれらのシステ
 ムに組み込まれると貧困から脱却することが非常に困難になるという恐るべき性質
 がある。

  近年、この貧困ビジネス被害者からの相談件数は顕著に増えている,はたして、
 生活困窮層や下流老人は、どのようにこの貧困ビジネスに搾取されてしまうのか
 その実例を見ていこう。

                       下流老人を大量生産する「無料低額宿泊所」

  貧困ピジネスのなかでも、とくに問題睨されているのが「無料低額宿泊所」だ。
 無料低額宿泊所とは、社会福祉法弟2条第3項に規定されている弟2種社会福祉事
 業の弟8号にある「生計困難者のために、無料又は低額な料金で、簡易住宅を貸し
 付け、又は宿泊所その他の施設を利用させる事業」である。

  筒単に言えば、住む家のない生活困窮者に、一時的に安価に利用できる部屋を提
 供する事業者を指す。この宿泊所は届出をするだけで、誰でも比較的筒単に開所で
 きるため、近年さまざまな事業者が参入してきている。しかしこの無料低額宿泊所
 の利用者からの相談が、後をたたない。


  相談者が抱える悩みは、高額な施設利用料、劣悪な居住環境、粗末な食事、運営
 者への不満、転居支援を含めた自立支援の少なさ、不当あるいは違法行為の横行な
 ど、多岐に及ぶ。一部の宿泊所では、運営者による暴言や暴力による虐待があった
 り、無断で通帳をつくられ金銭管理をされているといったケースもある。

  事業者のやり口はじつに巧妙だ。まず、病院から退院しても帰る場所がない大や
 ホームレスに「力になりますよ」と声をかけて、生活保護申請を行う。そして、そ
 の生活保護費の大半を「利用料」として徴収する。
  悪質なのは、支給される生活保護費の7~8割程度をもっていかれるうえに、口
 座を管理されているため、脱出したくともそのための資金を貯めることができない
 ことだ。


  なかには福祉事務所が、相談に来た人々を貧困ビジネスヘ紹介して送り込む事例
 さえある。
  これらの宿泊所を運営する事業者は、得体の知れない者も多い。たとえば埼玉県
 では、2014年に「ユニティー出発]という事業者が宿泊所の運営によって利益
 を得ていたが、税務申告をせず、数億円という多額の脱税によって逮捕される11
 件が発生した,また、「NPO法人幸興友会」という団体は、2013年に宿泊所
 利用料の業務上横領によって、代表者を含む数名が逮捕された。その事業関係者は、
 NPO法人を隠れ蓑にした元暴力団員であったことも報じられている。

  わたしのもとにもこれらの無料低額宿泊所の利用者から頻繁に相談が寄せられて
 おり、これまで刑事告訴や民事提訴などの手法で争ってきた。だが不正が明らかに
 なった団体は氷山の一角に過ぎず、埼玉県内だけを見ても依然として無数の貧困ビ
 ジネスがはびこっている。

  このように一例をとっても、無料低額宿泊所がどれだけ危険な存在であるかは明
 らかだ。ところが宿泊所はなくならないばかりか、むしろ利用者は年々増えつつあ
 る。理由は単純で、住居を求める人々(需要)に対し、受け入れる社会資源(供給)
 が少なく、需要と供給のバランスが崩れているため、宿泊所がどれだけ劣悪なサー
 ビスを提供しても市場から排除されないのだ。また、役所の福陸課に相談しても、
 彼らも時間をかけて住居を探す余裕がないため、安易にこのような宿泊所を紹介し
 ているといった現状もある。



  近年の社会福祉では、大規模な施設への収容に依存しない「脱施設化]が掲げら
 れ、高齢者も在宅で生活ができるような支援施策が整えられてきた。だが無料低額
 宿泊所は、そのような社会福陸の流れとは逆行するような施設形態であろう。宿泊
 所のさまざまな問題は、こうした社会福祉がとりこぼした部分に発生している。ど
 れだけ違法な宿泊所を取り締まろうとも、セーフティネットのほつれ自体を修復し
 なければ、貧困ビジネスによる生活困窮者の搾取はなくならない。

  そのため、今後は無料低額宿泊所に代わる新しい社会資源の創造が求められる。
 たとえば、①不動産業界と連携してアパートでの「居宅保護」を推進し転居支援を
 すること、②一時通過型シェルターの設置(宿泊所のシェルター機能化)、③対象
 を選別しない小規模グループホームの設置、④公営住宅の活用、などである。これ
 らは決して実現不可能なことではないはずだ。劣悪な宿泊所に対しては、今以上に
 行政の介入を期待したい。

                                       藤田 孝典 著『下流老人』

これに対する活動(脱貧困ビジネス社会運動)もあるようだから、ここではそれを期待
したいところだが、原則だけを付け加えると、ボイコット(不買・不同意同盟)に、よ
り多くの人が参加し、風通しのよい、開明的な運動が展開できればと期待している。次
回は第6章へ。

                                                  この項つづく

不死と寿命

$
0
0

 

 

      
          一人で見る夢はただの夢だ。でも皆で見る夢は現実になる。
                  
                                 雫井彗菜 / 『学校のカイダン』

 

 

   【寿命と進化】

  2nの染色体数をもつ二倍体の体細胞からなる多細胞生物の個体は
 死を免れない。一方、アメーバのような決して二倍体になることのな
 い一倍体の原生生物やバクテリア(原核生物)の個体すなわち細胞は、
 無限に分裂する能力を有しており、原則として死すべき運命にはない。

  多細胞生物のすべての個体が死ぬことができるのは、生命の連続性
 を生殖細胞系列にまかせることができたからである。この意味で、体
 細胞と生殖細胞の区別が生じ、それに伴い有性生殖が生じたことと、
 体細胞が死すべき運命になったことは起源を同じくする。

  体細胞が自発的に死ぬ能力を獲得したことにより、多細胞生物の個
 体は複雑な形態とシステムを開発することができた。この能力はアポ
 トーシスと呼ばれる。アポトーシスは遺伝的なプログラム死のことで
 ある。アポトーシスは不必要な細胞を計画的に殺して形態形成を遂行
 するとともに、がん細胞や自己と反応するT細胞を殺してシステムを
 維持する。    

  しかし、この能力は個体の死を不可避にもたらすものでもある。多
 細胞生物の個体はどうしても免れない寿命をもつ。分裂する体細胞は
 ヘイフリック限界と呼ばれる分裂回数までくるとそれ以上分裂できず
 に死んでしまう。染色体の末端にはテロメアと呼ばれる構造があり、
 分裂のたぴに少しずつ短くなり、テロメアがなくなったところで、ア
 ポトーシスによリ死ぬらしい。ヘイフリック限界は種によってほぽ一
 定しており、寿命の長い種では高く、寿命の短い種では低い。

  もはや分裂できなくなり完全分化した神経細胞や心臓の細胞は固有
 の寿命をもち、最後はやはりプログラムされた死を免れない。すべて
 の細胞は、代謝の結果不可避的に生ずる活性酸素により徐々に損傷し
 ていき、損傷が闇値を超えたとごろで、アポトーシスのスイッチが入
 ると考えられる。老化と寿命は酸素呼吸をする多細胞生物個体の宿命
 なのであろう。

               池田清彦 著『新しい生物学の教科書』



この章は「不死と寿命の相克」の見出しで二度目の掲載となるが(『不死
と寿命の相克』 2015.07.19) 、結びの「老化と寿命は酸素呼吸をする多
細胞生物個体の宿命なのであろう」の "宿命" が印象的で、何ともここち
よく、腑に落ち、さすがと感心したので再掲載する。さて、今回はもう少
し話を広げてみよう。下グラフのように、補酵素、つまりコエンザイムQ
10(CoQ10)は、60兆個といわれる人間の全ての細胞に存在し、生きる
ために必要なエネルギーをつくる手助けをし体になくてはならない成分だ
とされ、体内の各機能部位の老化を防止に役立つことが認知されてきてい
る。多細胞な人間のカラダに寿命があるなら、できるだけ長く丁寧に使お
うという欲が"自然"もたげるというわけで、薬の開発が懸命に行われてい
る。


このコエンザイムには、還元型補酵素Q10(I)と酸化型補酵素Q10
(II)の2種類あり、人の生体内の細胞中におけるミトコンドリアの電
子伝達系構成因子で、酸化的リン酸化反応における電子の運搬子として働
くことにとでATP(アデノシン三リン酸)の生成に関与するらしいが、
酸化型補酵素Q10は、各種疾病に対し優れた薬理と生理効果を示す物質
として医薬品以外にも栄養補助食品や化粧品に使用されている。ところが、
一方の還元型補酵素Q10は、あまり注目されていなかったが、酸化型補
酵素Q10――別名ユビキノンまたはユビデカレノンは、鬱血性心不全薬
として医薬用途に、また医薬用途以外でも、ビタミン類同様、栄養剤、栄
養補助剤として経口剤および皮膚用剤として広く用いられている――より
も有効――優れたコレステロール低下作用を有する抗高コレステロール血
症剤、抗高脂血症剤や動脈硬化症治療及び予防剤――だと認知されている。
さらに、人間だけじゃなく、食用動物やペットの食餌などに含ませて、よ
り高品質で安定量産や高付加価値を目的とした栄養補助食品などに応用展
開されてきている。


最新コエンザイム製造工学

さらに、話を広げてみよう。

株式会社カネカなどがコエンザイムの製造法を研究開発するなかで、微生
物によるリグニン関連物質からのポリヒドロキシアルカン酸(PHA)=生分
解性ポリエステル型ポリマーの製造方法を発明する。

この生分解性ポリエステル型ポリマーのポリヒドロキシアルカン酸(PHA)
を微生物で生産する方法――地球温暖化の要因物質のひとつである二酸化
炭素の発生抑制に、植物由来の糖や油を原料としたバイオプラスチック、
バイオエタノールなどの生産が試みられている一方、芳香族化合物のリグ
ニンは安定な化合物なためほとんど利用されず、①自然界のリグニンは白
色腐朽菌によりリグニン誘導体に分解→②微生物細胞内で芳香族カルボン
酸を経て、ピルビン酸、オキサロ酢酸、コハク酸に変換→③ピルビン酸か
ら誘導されるアセチル-コエンザイム (補酵素A/上の「アセチルCoA」) は、
天然の微生物の一部が栄養制限下で細胞内にエネルギー貯蔵物質として蓄
積するPHAの前駆体の一つとされる。

特開2015-077103

このPHAは包装材料や医療分野での熱可塑性、生分解性、生体適合性を有
す高分子材料であり、未利用原料のリグニン関連物質を利用したPHAの微
生物生産は、未利用なバイオマス資源の活用という点で重要であるにもか
かわらず、これまで報告されてこなかった――が多数報告されているが、
PHAを生産する多数の微生物が知られているが、リグニン関連物質からの
PHAの生産については知られていない。それじゃ、つくっちゃおうという
ことで、上図の新規考案――リグニン誘導体とあるいはそのポリヒドロキ
シアルカン酸生合成中間代謝物に資化性を有するカプリアビダス(Cupri-
avidus)属、ラルストニア(Ralstonia)属又はアルカリゲネス(Alcaligenes
)属に属する微生物を、リグニン誘導体とそのポリヒドロキシアルカン酸
生合成中間代謝物の群から少なくとも1つの物質を炭素源として含有する
培地で培養し、この微生物菌体からポリヒドロキシアルカン酸を回収する
ことを含む、微生物によるポリヒドロキシアルカン酸の生産方法――が提
案されている。

つまり、『新しい生物学の教科書』の「寿命進化」から「コエンザイム」
を介し『オールバイオマスシステム』(OBS)に収斂させてみたという
ことにつきる。^^;。

 

 

 
【最新低コスト・高効率太陽電池工学】

● 長波長光変換可能な薄膜ペロブスカイト系

物質・材料研究機構の研究グループは、800ナノメートル以上の長波長
の太陽光が利用できるペロブスカイト材料の製造法を開発。従来の方法と
比べ、太陽光に対する感度が40ナノメートル広く、高変換効率を実現し
たと発表。

これまで、長波長領域の光も吸収できる2種類のカチオン(MAとFA)を混
合したペロブスカイト材料((MA)xFA1-xPbI3)の開発されていたが(1)
混合比率の制御が困難、(2)結晶温度の制御が困難、(3)混合結晶相
で、単一結晶相の高純度ペロブスカイト材料による作製法が未確立であっ
た。

この問題解決のため、(1)まず、作製温度を変えながら純粋な単一結晶
相の前駆体FA1-xPbI3材料を作り→(2)この材料をMAI(ヨウ化メチルア
ンモニウム)と反応→(3)生成ペロブスカイト材料(MA)xFA1-xPbI3 が、
単一結晶相で、蛍光寿命が長く、材料中の電子再結合が少なく、電子寿命
が長いことが判明。

したがって、従来型のペロブスカイト材料(MA3PdI3)より(1)太陽光
の感度が40ナノメートル広く、(2)840ナノメートルまで伸び、従
来より短絡電流が1.4ミリアンペア/平方センチメートル高い。

上図/左下(a)に示すように、まず、PbI2とFAIの混合溶液を基板上に塗布
し、130-140℃の熱処理することにより、FA1-xPbl3の純粋な単一結晶膜を
形成。その層の上にMAI(ヨウ化メチルアンモニウム)の入ったイソプロパ
ノール液を塗布してMAI層を設け、加熱により2つの層の材料を反応させ
て 高品質なペロブスカイト材料(MA)xFA1-xPbl3材料を得る。上図右下(b)
には各種方法で作製したペロブスカイト膜のX線回折パターンを示す。
今までよく用いられた一段浅漬法 (One-step method) やニ段浅漬法(Two-
step method)   より、今回開発した新規方法で得られたペロブスカイト太陽
電池 は前駆体 Pbl2やFA1-xPbI3等の不純物を含まず、純度が高いこと判明。




今回の作製方法で純度の高いペロブスカイト材料を得られた理由は、上記
の第一段階における熱処理による純粋なFA1-xPbl3の結晶膜の形成条件を見
つけたことにある。Pbl2とFAIの混合溶液を基板上に塗布した後、熱処理
温度が130℃以下では、不純物を含めたδ-FAPbI3膜(Ⅰ)、130-140℃では
純粋なFA1-xPbI3膜(Ⅱ)、140℃以上では不純物を含めたa- FAPbI3膜(Ⅲ
)が得られることが分った(上図/左上)。このうち、前駆体 FA1-x、PbI3
膜(Ⅱ)を使用することで、単一結晶相で高品質なペロブスカイト膜の作製
が可能となった。さらに、この方法で得られたペロブスカイト膜は、蛍光
寿命が長いことがわかった(上図/左下(a))。 他の2つの前駆体(ⅠとⅢ)
に比べ、蛍光寿命が長いことは、ペロブスカイト材料中の電子再結合が少
なく、電子寿命が長いことを示唆。さらに、この材料を用いた太陽電池は
MA3PbI3より太 陽光に対する感度が40ナノメートル広く、840ナノ
メートルまで利用可能な波長領域が伸びていることが分かった(上図/右
下(b))。より幅広い波長の太陽光を利用できるため、高い短絡電流が期
待できる。従って、今回開発した新しい方法は、ペロブスカイト太陽電池
の高効率化に有効な方法と考えられる。

今回、この材料において、混合カチオンの比率および太陽電池デバイスの
作製条件は必ずしも最適化されていないため、変換効率は13%に留まっ
ている。今後は、この成果をベースに、カチオンの比率を調整することで、
より広い波長領域の太陽光が利用できる高品質材料を開発し、同時に、太
陽電池デバイスの作製条件の最適化で、より高い変換効率を目指す。また、
これらの成果の実用化研究を民間企業と共同で推進することで、火力発電
並みのコスト(7円/キロワット時)を実現すると共に、太陽電池普及に
貢献していくという。

しかし、目標の7円/キロワット時は既に米国で4.8円/キロワット時
が既に達成されており(『時代は太陽道を渡る。』2015.07.15)、この数
年のうちには米国の太陽光発電の平均的な電力費として達成しているので
はと考えられる。なので、この時点で、目標としてはスケールが小さ過ぎ
るのではないだろうか。



原子1個の厚みの二酸化チタンシートの作製

東北大学原子分子材料科学高等研究機構の研究グループは、「原子1個の
厚み」の二酸化チタン(TiO2)シートの作製に成功したことを発表。10
年のノーベル物理学賞の対象となったグラフェンは、原子シートの中の電
子が非常に高い速度で移動するため、超高速電子デバイスやディスプレイ
などへの応用研究が精力的に進められてきた。他にも、レーザーや発光素
子等へ展開ができる興味深い光学的性質を持つ原子シートも知られている。
新たな物質の開発競争が激化。そのひとつの「金属酸化物」は、強磁性、
強誘電性、超伝導や触媒効果などの多彩な性質をもつ魅力的な材料だが、
今まで「高機能性を有する金属酸化物原子シートを作製し、特異な機能を
創出する技術」は確立されていない。


本研究グループは、原子レベルで構造がわかっているチタン酸ストロンチ
ウム(SrTiO3)の基板表面上にアルミン酸ランタン(LaAlO3)を堆積させ
超高分解能走査型トンネル顕微鏡と走査型透過電子顕微鏡で観察。その結
果、「LaAlO3薄膜表面に原子1個の厚みの二酸化チタン(TiO2)2次元シー
ト材料が自発的に形成される」新事実を発見。このTiO2原子シートは、金
属酸化物の多彩な物性を活用した電子デバイスや触媒材料など「新たな酸
化物原子シート」としての機能が期待されている。

これですぐに事業展開できるとは考えにくいが、逆に考えれば、開発主体
のやりたい放題も可能だろう。これは面白い。



● 今夜の1枚のグラフ

これも申し分ないと考えるのか、逆に、この数値が低すぎるのかは主体に
精神だ。わたし(たち)は後者の立場だ。かって世界をリードしたシャー
プは、本社を売却するというから、皮肉な話だが、どこかヘンテコに思う。


  

大玉だけど小玉なスイカ話

$
0
0

 

 

 

      
        人類は一つのとても効果的な武器をもっている。それは笑いだ。
                  
                                     マーク・トウェイン

 

 

2020年に打ち上げ予定 陸域観測技術衛星

災害の状況の把握などに大きな成果を挙げている、地球観測衛星「だ
いち2号」について、文部科学省は、一度に観測できる範囲を2倍以
上に広げて、広範囲に被害が及ぶ災害でも一度に被災状況を観測でき
る後継機の開発を、来年度から始める方針だと発表(NHKニュース
2015.09.03)。地球観測衛星「だいち2号」は、ことし5月にネパー
ルで起きた大地震で大規模な地殻変動を捉えたほか、神奈川県の箱根
山や鹿児島県の桜島でも火山活動に伴う地面の隆起を観測するなど、
大きな成果を挙げた。

現在の測定性能が、観測範囲が幅50キロに限られ、津波や洪水など
被害のように広範囲に及ぶ災害の場合の全体の状況把握には数回に分
けて観測する必要がある。このため一度に観測できる範囲を幅100
キロ~200キロに広げた後継機開発を、来年度から始める。

 

現在の「だいち2号」では、通常、ある地点を観測する際は、その上
空を通過まで待つため、日本全国の観測に3か月を要す。後継機では
半分以下に縮めるという。文部科学省は「だいち2号」の後継機を、
5年後の20年に、H3ロケット1号機で打ち上げる計画である。本
当のことを言えば、数ミリていどの3次元的地形変動が正確に計測で
きれば、村井俊治東大名誉教授らの地震予測システムと連携させ、世
界的な地殻変動(火山・地震活動)の『デジタルアース情報センタ』
の設立に向け日本がその中核を担え、世界防災の支援に役立てること
ができるのでは思ってみたが、それほどまでの技術構築には至らない
ようで、一時的に気早んだものの落胆に変わった ^^;。

  




進化するキッチングッズ :オークス株式会社

新潟の三条市にオークスという株式会社あるが、その企業がつくりだ
すステンレス製のキッチン用品「leye レイエ」の3品――はちみつス
プーン、ゆびさきトング、泡ソースホイッパーが目にとまる。毎日つ
かう洋食器の感覚が生かされている優れもで、プライスも千円から2
千円帯とお手頃。この3品セットで4千円におさめ世界展開すれば、
3年消却/販売目標人口比0.1%/市場占有力百%として約90億
円/年の売上げが見込める商品だ。それで、通販でワンクリック購入
しようとしたが、彼女の×××の顔が浮かび、それは自粛することに
した。

 



※ 市場占有力とは、競合者数に対する秀抜力で、独占状態を百%と
  する。因みに、安売り競争に耐えうる商品価値(=付加価値)の
  獲得がすべてとなる。 

 

 

● 大玉だけど小玉な西瓜話

チャイムが鳴り、ドアを開けると大柄のタナカさんが「スイカいらな
いか、これ大玉(スイカの品種)だけど、もう最盛期過ぎののこりも
のの小玉やけれど」といって2つ玄関に置きながらそう言ったので、
礼を述べいただくことにした。息子達が小学校のころのPTAの役員
仲間が縁で、自家菜園の野菜や果実、獲りたての鮎などを、毎年届け
てくれるのだ。彼女が1つをご近所に持って行くというので、とりあ
えず残りの1つを割ってみてからにしてはと押しとどめ、二人で試食
し確認してから届けさせた。

 

マーク・トウェインは、スイカを「天使の食べもの」だと言ったが、
園芸学者ハリー・パリスは、5千年におよぶスイカの歴史を解明。ス
イカはもともと固くて苦い、薄緑色の果物だったと述べている。現在
のスイカの学名「Citrullus lanatus」も正確さに欠け、「lanatus」はラテ
ン語で「毛の多い」を意味。本来は短い毛に覆われたシトロンメロン
(学名 Citrullus amarus)を指す。アフリカ南部で育つこのシトロンメロンが
スイカの祖先とする意見があるが、エジプト人がアフリカ南部よりも早く、約
4千年前にスイカの栽培を始めているが、彼の考えるスイカの祖先は、アフ
リカ北東部原産の種で、学名Citrullus lanatus var. colocynthoides という植物
とする。

リビアでは5千年前の集落から、さまざまな果物の遺物と共にスイカ
の種が見つかり、スイカの種はツタンカーメン王の墓など、エジプト
の墓でも発見されいる。その壁画には野生種のような球形ではなく、
今日一般的な楕円形として描かれていることから、栽培種であると推
測する。 当時のスイカは固くて味も悪く、とうてい食欲をそそるよう
なものではなかった。



語源の「watermelon(水のメロンの意。スイカの英名)」名称にある
通り、スイカは日陰の涼しい場所に置いておけば数週間から数カ月間
保存が効き、エジプト人は水分の貯蔵にスイカを栽培するようになっ
たと推測する。「エジプトの王たちが没した後、死後の長旅の道中で
水分がいるだろうと供えられた」と。その後、品種改良を続け、エジ
プトの墓に描かれた絵の中には、楕円形のスイカが大皿に載せらるよ
うに変化する。これは、生のまま切っただけで食べられるほどスイカ
が柔らかくなっていた証だ。

それから、紀元前4百から紀元5百年頃、スイカがアフリカ北東部か
ら地中海へ広まっていった。こうしたスイカの普及に、交易品として
利用されたことのほか、長旅の水分補給源として重宝された。古代ギ
リシャのヒポクラテスやディオスコリデスといった医師たちは、スイ
カの医学的効能を評価、利尿剤、あるいは熱射病の子供の額に冷やし
た皮を当てたりしている。

古代ローマの博物学者、大プリニウスも1世紀に書いた『博物誌』の
中で強力な解熱効果のある食べものとして紹介している。さらに、2
百年頃に書かれたヘブライ語の文献では、スイカはイチジク、ブドウ、
ザクロと同じ仲間に分類され、甘い果物への仲間入りを果たし、3世
紀には立派なデザートとなる。

その後、スイカの果肉は黄色いから今のような赤に変わり――赤い色
を持つ遺伝子と糖度を決定する遺伝子とがペアであることに由来――
品種改良により甘くなるにつれ、果肉の色も徐々に変化していく。ヨ
ーロッパの書物『健康全書』には、楕円形で緑色の筋の入ったスイカ
が収穫され、赤いスイカとして販売されている。このように、天使に
ふさわしい味へと進化してきた。



● シトルリンに注目

さて、周知のようにスイカの効能は、(1)  筋肉痛を緩和 、(2)
心臓に好い影響、(3) 自然由来の勢力増強効果、(4) 高ビタミ
ン、高ミネラル、低カロリー、(5). 癌にも効くなどが挙げられて
いる。ここでは 「シトルリンの持つ作用」に注目。シトルリンがNO
(一酸化窒素)の生成を高め、血管を拡げる作用があり、シトルリン
が血管を守る、大切な役割を担っていることがわかってきた。特に、
脳血流が下がりやすいわたしには、シトルリンの脳内の血流量を活発
にする効果がうれしい、脳を元気にし、「がんばりたい気持ち」を高
める機能があるといわれている(出典:講話発酵バイオ)。

※ プラセボは、有効成分を含まない(治療効果の無い)薬の事で、
  「偽薬」とも呼ばれる。

サプリメントは既に市販されているので注意して服用すればよいことだ
と、そんなことを考えてみた。タナカカさんの大玉を二人で美味しく頂
き、完食!
尚、彼女からミウラさんの農園も大きくなったと話を聞かされ、あなた
も企業してはと冗談半分に話すので、育種開発ならやってもいいが、そ
れは絶対にないと返事する。



再時代は太陽道を渡る Ⅹ

$
0
0

 

 

      
      
       教育とは、うぬぼれた無知からみじめな曖昧さへの道である。
                   
                             マーク・トウェイン

 

  【形態形成】

   単一の細胞である受精卵は分裂をくり返しながら発生し、機能の異なるさまざま
 な細胞に分北し、それぞれの生物に特徴的な形態がつくられてくる。生物の形態が
 どのようなメカニズムでつくられるかは、現代生物学最大の難問であるが、近年の
 研究により遺伝子発現との対応が徐々に解明されて曙光が見えてきた。

  多細胞生物の形態形成にとって第一に重要なのは、細胞同士が互いに相手を識別
 し、接着すべき細胞同士は接着し、難れるべき細胞とは難れることである。同種細
 胞問接着分子(カドヘリンや N-CAM)や異種接着分子(セレクチンやインテグリ
 ン)はこのメカニズムを作用させるたんぱく質であり、発生に伴ってこれらのたん
 ばく質(をコードしている遺伝子)が発現したり、しなかったりして形態形成は進
 行する。



  次に重要なのは、前後、背腹の体軸を決定するメカニズムである。
  この2つは基本的には卵細胞の中に存在する母性因子のかたよりにより生ずる。
 母性因子が卵や初期胚の中で濃度勾配をなし、それに従って体軸が決まるのである。
  基本的には体軸は胚自身ではなく母親が決定するのである。ただし、両生類の背
 腹は精子の侵入点により決まる。精子の侵入点は腹側になる。

  3番目に重要なのは誘導というメカニズムである。ある細胞群は発生の途中で隣
 接する細胞群に働きかけて特殊化した細胞群に導く。脊椎動物の神経系は形成体に
 より外胚葉から誘導されて、頭から尾までができる。最近、この誘導因子はアクチ
 ビンや FGFというたんぱく質であることが判明した。



  4番目に重要なのは体の各部分の構造や区画を決定するメカニズムである。これ
  は主としてホメオポックス遺伝子により制御される。これは通常、前後の体軸を決
 定する遺伝子に誘導されて発現する。

  最後に最も重要なのはこのような遺伝子の発現バターンと具体的なかたちがどの
 ような関係にあるのかということであるが、それについては何もわかっていない。


                     池田清彦 著『新しい生物学の教科書』

 

 

【超高齢社会論 14: 下流老人とはなにか】  

   【目次】 

  はじめに
  第1章 下流老人とは何か
  第2章 下流老人の現実
  第3章 誰もがなり得る下流老人―「普通」から「下流」への典型パターン
  第4章 「努力論」「自己責任論」があなたを殺す日
  第5章  制度疲労と無策が生む下流老人―個人に依存する政府
  第6章 自分でできる自己防衛策―どうすれば安らかな老後を迎えられるのか
  第7章 一億総老後崩壊を防ぐために
  おわりに   

  第6章 自分でできる自己防衛策―どうすれば安らかな
                    老後を迎えられるのか

    第6章では、自分自身に降りかかる下流老人の問題に対抗するための「自己防衛
 策」を紹介したい。とくに下流老人に陥ってしまった場合の一対策一と、そうなら
 ないための「予防」という2つの観点から見ていく。

  この「予防」と「対策」については、じつはすでにそれなりの制度があるが、あ
 まり知られていないのが実状だ。まずは利用できる制度の存在を知り、理解を深め
 ておくことが大切であ

  【知識の問題(対策編)」……生活保護を正しく知っておく

  生活保護制度の利用を妨げるものに、制度に対する「無理解」があることは、こ
 れまでも述べてきた。そもそも生活保護制度のしくみを正確に理解している人は少
 なく、その他の社会保障制度にいたっては存在自体知られていない,
  もっとも学校などで教えられることもないため、何だかよくわからないというの
 も無理はない。ただ制度をよく理解することが下流化を防ぐ第一歩であることに違
 いはなく、万一貧困に陥った(陥りそうになった)ときに適切な対処を行うには必
 須の知識と言える。

  そこでここでは、生活保護費を受給するまでの基本的な流れと受給要件について、
 一通り説明しておきたい。

 
福祉事務所とは?



  ●生活保護の手続きの流れ

  生活保護制度を利用したい場合、まず住んでいる地城の福祉事務所の生活保護担
 当に申請を行う(最寄りの福祉事務所については、厚生労働省のホームページにも
 住所が掲載されている)。

  福陸事務所では、担i者から生活保護制度についての説明があるとともに、保護
 の申請f続きを行う。ただし当たり前だが、申請したからといって、全国が保護を
 受けられるわけではない。

  保護を受けるには、おもに次のような調査が行われ、保護対象として認定される
 必要がある。

 ・対象者の生活状況などを把握するための実地調査(家庭訪問など)
 ・預貯金、保険、不動産などの資産調査
 ・扶養義務者による扶養の可否の調査(親族からの仕送りなどの可否)
 ・社会保障給付(年金など)や就労収入などの調査
 ・就労の可能性の調査(労働の可否)
  
  各調査内容(受給要件)については、後述する。調査の結果、保護が決定すると、
 厚生労働大臣が定める基準に基づく最低生活費から、年金や収入を差し引いた額が「
 保護費」として毎月支給される。原則として、保護費の受給期限はないが、収入調
 査やケースワーカーによる訪問調査で、保護の必要がなくなったと判断された時点
 で保護は停止または廃山される,なお申請に際して必要な書類はとくにないが、調
 査の過程で預金通帳や給与明細、年金手帳など収入や資産の実態を証明する資料が
 求められることがある,

  また、ありがちな勘違いとして「住民票がないと申請不可」というものがあるが、
 そんなことはない。決まった住所がない場合や路上生活をしていても、最寄りの福
 祉事務所で申請できる。

  ●保護費の支給額と内容

  次に実際に支給される保護費だが、これは年齢や世帯人数、住んでいる地域によ
 って異なる。これもあまり知られていないが、生活保護は世帯単位で行われるもの
 であり、世帯構成員が増えればそれだけ金額も増える。

  また、たとえば東京と沖縄では物価や家賃相場がかなり違うため、住んでいる地
 域によっても支給額の基準は異なる。たとえば都内23区に住む単身の無収入高齢
 者の場合、個人差はあるが概ね支給額は「生活扶助費」が約8万円、「住宅扶助費
 」が約5万円で、合計13万円程度となる。これがつまり、保護対象者が健康で文
 化的に暮らすための「最低生活費」となるわけだ。

  ただし、誰もが一律に最低生活費を満額もらえるわけではない。保護対象であっ
 ても就労収入や年金などの手当、親族からの援助がある場合、最低生活費からそれ
 ら収入の合計金額を引いた差額分が支給される。逆に言えば、労働賃金や年金、援
 助を受けていても、生活保護は利用できる、ということだ。ここもとくに勘違いさ
 れやすい点なので、よく覚えておいていただきたい。

  また、生活保護による扶助にもさまざまな種類がある。先ほど紹介した生活扶助
 や住宅扶助のほかに、必要な医療・介護サービスを受けるための「医療扶助」や「
 介護扶助」もある。これは本人負担なし、つまり保険料を払わなくても無料でそれ
 らのサービスを受けられる。

  ほかにも義務教育年齢の子どもがいる場合は「教育扶助」、妊娠している場合は「
 「出産扶助」なども受けられる。制度利用を考えている方は「自分の収入が最低生
 活費に達しているか、保護に該当するか」、一度調べてみてもいいだろう」


  ●保護の受給要件

  では実際に、生活保護を受けるには、どのような要件を満たす必要があるのだろ
 うか。
  厚生労働省では、保護の要件を「世帯単位で行い、世帯員全員が、その利用し得
 る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用する
 ことが前提でありまた、扶養義務者の扶養は、生活保護法による保護に優先」する
 としている。

  このままではわかりにくいため、一つずつ紐解いていこう。

  まず前提条件として、保護を受けるためには、月々の収入が先ほど紹介した最低
 生活費を下回っていなければならない。最低生活費については、各地方自治体のホ
 ームページに掲載されている「生活保護基準額表」を参照されたい。
  次に「資産の活用」についてだが、資産とは削貯金のほか、眼や宝石、利用して
 いない不動産、貯蓄性の高い保険(債立型の保険)などを指す。これらを所有して
 いる場合、原則保護を受ける前に売却して生活費にあてることが求められる。

  ただし誤解されやすいが、生活に利用している土地や家屋などを手放す必要はな
 い,つまり、実際に住んでいる家や農業を生業としている方の農業用地などは売ら
 なくてもよいのだ。また、車についても、仕事で使っていたり、通勤・通院に必要
 不可欠と認められた場合は、所有が認められる。要するに処分価値よりも活用価値
 が高い資産は、原則として保有が認められてる。

  続いて「能力の活用」だが、この能力とは「働くことができる状態かどうか」を
 指す,そのため心身が健康で、十分働けるとみなされた場合は保護を受けられない
 が、先述のとおり、働く場所がなかったりその機会に恵まれなかったり、働いてい
 ても病気や障害、そのほかやむを得ない事情で収入が最低生活費に満たない場合は
 保護費の受給も可能だ。
 「あらゆるものの活用一も同様で、年金やその他手当がある場合、それらを先に活
 用する必要があるが、これらも最低生活費に満たない分を保護費として受給できる。
 
  最後に「扶養義務者の扶養」だが、これは親族などからの援助を指す。これにつ
 いては調査の段階で、親族への扶養照会(対象者の生活を援助できるかどうかの問
 い合わせ)が行われ、扶養不可と判断された場合、保護を受けられる。また、親族
 が経済的に扶養不可でなくても、ドメスティック・バイオレンスを受け緊急避難を
 している、のような特別な事情で扶養が見込めない場合も、要件に該当することと
 なる。

  以上が、生活保護制度の大枠になるが、受給内容や要件については、各附帯の事
 情によって差があるため、より詳しく知りたい場へ目は、最寄りの福祉事務所、も
 しくはNPO団体に相談してみてほしい。

                          藤田 孝典 著『下流老人』


ここは、ハウツウ(How- to)あるいは著者のパーソナル・ノウハウ(Know-how)が記
載されているので注釈のみ。次回もこの第6章の"自己防衛策"。

                                    この項つづく

 【 再時代は太陽道を渡る Ⅹ: 最新太陽電池技術 】

  特開2015-153892

● 量子井戸太陽電池の事例

量子井戸(QW)は高度な光学と電子デバイスのキーポイントとなる構造とされ、太陽
電池の、QWはホスト材料のバンドギャップよりも低いエネルギーのフォトンも吸収で
きるので、QWの導入で太陽電池の効率改善が期待されている。QWや使用する材料で
はなくその厚さと障壁高の調節で、吸収フォトンのエネルギーが制御でき、GaAs/
AlGaAs QW太陽電池は、太陽光スペクトルの適合性の良さと、歪のない系の層
構造設計の自由度の大きさから盛んに研究開発されきた。

ところが、GaAs/AlGaAs QWが、直接遷移半導体のため、吸収係数が大き
く、電子とホールが同一層に閉じ込めたタイプI型QW太陽電池は、キャリア再結合が
大きいという好ましくない現象を起こし、再結合キャリアを外部に取り出せないため、
太陽電池性能が低下してしまう。国立研究開発法人物質・材料研究機構から、QW中の
キャリアが容易に外部に取り出される構造を提供することで、フォトンにより生成され
たキャリアの再結合損出を防止し、変換効率の改善方法が提案されている(上図クリッ
ク)。

【要約】

障壁層と量子井戸層を積層構造に設けた量子井戸太陽電池で、kBをボルツマン定数、
絶対温度をTとしたとき、量子井戸層の半導体の伝導帯の基底状態のエネルギー準位と
障壁層の半導体の伝導帯下端のエネルギー準位の差が±3kBT以内とすることで、光
照射により、量子井戸内に生成されたキャリアが、迅速に量子井戸外部に取り出され、
再結合が抑制さる。また、量子井戸に直接遷移半導体を障壁層に使用することで、光吸
収率を改善し再結合ロスをなくすことで変換効率を改善する。

尚、この新規考案の実施例は上図資料を参照のこと。

 

● シリコン系量産太陽電池製造方法の改善事例 

  特開2015-159272

従来、結晶系シリコン基板を用いた結晶系シリコン太陽電池は、(1)拡散による不純
物半導体層を基板受光面側に形成した最も一般的な拡散型の太陽電池、(2)アモルフ
ァスシリコンなどの半導体薄膜で、不純物半導体層が形成されたヘテロ接合型の太陽電
池、(3)基板と同じ導電型と基板と異なる導電型の不純物半導体層が基板の裏面側に
くし型に配置された裏面接合型の太陽電池があり、いずれも量産レベルで製造されてい
る(上図クリック)。

(1)のタイプは、例えば200μm程度のp型結晶シリコン基板を用い、光吸収率を
高める表面テクスチャー、n型拡散層、反射防止膜とペーストの表面電極が基盤受光面
側に逐次形成し、ペーストによる裏面電極がスクリーン印刷で基板非受光面側に形成し
後、800℃程度で高温焼成し拡散型製造されている。この焼成工程で、表面電極と裏
面電極のペーストの溶媒揮発し、基板受光面側の櫛型電極が反射防止膜を突き破り、n
型拡散層に接続し、また、非受光面側では電極部の材料が基板拡散し裏面電界層を形成
するが、この構造は、不純物ドープ層を薄膜形成し不純物ドープ層の濃度分布が自由設
定でき、また不純物ドープ層の薄膜中でのキャリア再結合や光吸収が抑制できる。

(2)のタイプは、結晶シリコン基板と不純物ドープシリコン層との間に挿入した真性
半導体層は、結晶シリコン基板と不純物ドープシリコン層との接合間の不純物拡散を抑
制し、急峻な不純物プロファイル特性を接合形成できるので、良好な接合界面形成によ
り高い開放電圧を得られる。さらに、真性半導体層、不純物ドープ層は200℃程度の
低温形成でき、基板厚が薄い場合に問題となる熱ストレスや、基板の反りを低減でき、
熱劣化しやすい結晶シリコン基板の品質低下が抑制きる。この方式の太陽電池の集電極
は、一般に、スクリーン印刷法で銀ペーストをパターン印刷し形成、集電極は太陽電池
の発電効率を高めるため、遮光損が少なく、配線抵抗が低いことが求められる。

ところが、スクリーン印刷を用いた電極形成方法では、電極を細線化した際の印刷版か
らの(1)金属ペースト吐出不良による断線や、(2)金属ペーストの溶剤や樹脂配合
による導電率の低さが問題となり、遮光ロスが高く、導電率の高い電極が得られず、フ
ィルファクタが低いという問題残る。(3)また、写真製版技術とめっき法を用いた方
法では、電極形状が矩形で、電極上部の入射光の変換効率が低く、高い短絡電流を得ら
れない。さらに遮光ロス減らず細線化には、高アスペクト比のレジストパターンを必要
とし、写真製版技術の難易度が格段高まる。

【要約】

図1のように、pn接合の太陽電池セルと、太陽電池セルの受光面に、一定の間隔で一
方向に伸張し設け、光電変換した電荷を集電する複数のグリッド電極7を備えた受光面
側電極と、太陽電池セルの受光面Aに対向する裏面Bに設けた裏面電極8とを備え、グ
リッド電極7が、太陽電池セルの受光面Aに当接する第1シード面6Aと、この面から
起立し接続された第2シード面6Bと、第1と第2シード面6A,6Bに当接するめっ
き層とで構成することで、遮光ロスの少ない、低抵抗な電極の太陽電池を提供するもの
である。

もっとも、比較データなどは開示されていないので寄与度は推測の域をでないが、大変
面白い提案である。

  ● 今夜の1つのビックデータ

愛知県内で発生した過去10年間(平成17年から平成26年)において発生した死亡事故
を各星座ごとに飲酒・高速道路・自転車・歩行者別の発生状況・月・時間ごとの発生状
況を分析し、注意喚起として広報していることが話題となっているが、カナダでもかっ
て公表されていたりするが、その効果についての追跡データはない。^^;


本当に魚座は交通事故を起こしやすいか?



● 埋まることなき日韓の歴史的わだかまり

中国を訪問中の韓国の朴槿恵大統領は4日午前、上海市内で開かれた「大韓民国臨時政
府」庁の改装記念式典に出席したというが、4日の朴槿恵大統領の支持率が1~3日の
調査で前週から5ポイント上昇し、54%となり、昨年4月の旅客船セウォル号沈没事
故以降初めてと報じられた。先月31日には産経新聞の韓国外交を批判(野口裕之の軍
事情勢、『米中二股 韓国が断ち切れぬ「民族の悪い遺産」』)に憂慮を表明。記事の
削除も要望している。

記事の内容は、「征韓論遺制」とわたし(たち)が批判していたもので"保守反動"の好
戦論調。これでは蟠りはおさまらない。それではどうするのか? しかたがないので、
”月九”は当面見ないようにしよう? そんなわけないか ^^;。ところで、野口裕之なる
ものは、ネット上では、"××な軍事オタク"という記事もあるが?

タフな女神 デクサマニー降臨 Ⅱ

$
0
0

 

 

     
      
      人類なんてこんなものだノアたちが箱舟に乗り
      遅れなかったことを、残念に思うことがよくある。
                   
                      マーク・トウェイン

 

 



【タフな女神デクサマニー降臨 Ⅱ】

科学技術振興機構(JST)は今月2日、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
の陳明偉教授らの研究グループが、一般的なリチウムイオン電池の6倍以上の電気容量を
持ち、百回以上繰り返し使用が可能なリチウム空気電池の開発に成功したと発表。電気自
動車にこのリチウム空気電池を利用すれば、走行距離を500~600キロメートルに伸
ばせる。なお、現在、電気自動車に利用されるリチウムイオン電池の走行郷里は200キ
キロメートル程度。そこで長時間走行可能な二次電池の1つにリチウム空気電池がある。
この電池はリチウムイオン電池とは異なり、正極にコバルト系やマンガン系の化合物を用
いることなく、リチウム金属、電解液と空気だけで作動し(上図クリック)、リチウムイ
オン電池の5~8倍の電気容量をもつ。このブログでもことあるごとに取り上げてきた(
『タフな女神:進化するリチウム空気電池』「最新量子ドットソーラー工学」2015.08.03)。

これで、「東京-大阪間」が充電なしで走行できそうだが、最終的にはコスト気になると
ころだ。蓄電池の技術革新が早く進めばこれにこしたことはない。


リチウム空気電池は充放電両方の化学反応に対応した電極材料や触媒が開発途上にあり、同グ
ループは、これまで発火などの危険性のある水溶液系ではなく、安定な非水溶液系リチウム空気
電池のナノ多孔質正極材料の高性能化に着目し研究を進めてきた。この電気伝導性が高く、空隙
率が99%に達するナノ多孔質グラフェンの正極で、リチウムイオン電池の電気容量の30倍以上
(8300ミリアンペア/グラム)を持つ電極材料の開発に成功したものの、充電時の過電圧が高く、
エネルギー利用効率注が60%程度と低いことがた障壁となっていた。

このため、新たな正極材として、酸化ルテニウムをナノ粒子をグラフェンで挟んだ窒素ドープナノ多
孔質グラフェン電極を開発し、リチウム空気電池に利用(上図/右上)したことでナノ多孔質グラフ
ェンが持つ大きな比表面積、空隙率や電気伝導性を損なうことなく、大きな電気容量(2千ミリアン
ペア/グラム)と充電電圧(4.0ボルト以下)を同時実現させた。

 

次に、このリチウム空気電池の充放電のターンオーバー試験を行ったところ窒素ドープナ
ノ多孔質グラフェンでフル放電したときの電極単位重量当たり最大8千ミリアンペア時の電気容量
を持ち、電極単位重量当たり電気容量2千ミリアンペア時の固定で、百サイクル以上充放電に、
耐えうることが分かった。さらに、充放電時の電流密度変による実験では、従来のリチウム空気
電池よりも充電速度が速く、従来の50%を大きく上回る72%超のエネルギー利用効率をえてい
る。なお、(1)貴金属であるルテニウムを少量ながら触媒に使用するためコスト高になることや、
(2)充電時の過電圧が大きいとう課題が残っている。

【参考特許】

詳細な製造方法のために関連特許を下記に掲載する。

● 特開2015-063742  多孔質金属およびその製造方法並びにリチウム空気電池


 

 

 

【符号の説明】

10、10a、10b    合金
10c                 多孔質金属
12a、12b、12c 空孔
22                    負極
24                    電解質
26                    正極
32                    酸素ガスを含む材料

【特許請求範囲】

(1)金属と空孔をもった、空孔率が75%以上の多孔質金属。
(2)空孔サイズはランダム。
(3)孔質金属には金が含まれる(a)。
(4)(1)(2)(3)の多孔質金属と酸素を含む空気からなる正極と、多孔質金属と
  リチウムを含む負極で構成。
(5)複数金属の合金から一部の金属を除去し多孔質金属を作る工程(b)と、また熱処
  理し空孔を集積する工程(c)と、さらに一部の金属を除去し(b)<(c)より小
  さい空港(d)をつくる工程を含む多孔質金属製造法。
(6)金と銀との合金で(1)~(5)の工程の製造方法
  、

【実施例】 

● 製造工程

上図1は、多孔質金属の製造方法を示すフローチャート。図に示すように、複数の金属を
含む合金を形成する(ステップS10)。合金の形成は、例えば複数の金属が溶融する温
度に加熱後、冷却する。複数の金属としては、金、銀、パラジウム、白金、アルミニウム、
ニッケル、銅、マンガンおよび亜鉛の少なくとも1つを用いることができる。合金に含ま
れる金属の数は2つでもよいし、3以上でもよい。例えば、金を主に含む多孔質金属を製
造する場合、金と銀とを主に含む合金を用いる。

次に、合金を脱合金(dealloying)化する(ステップS12)。脱合金化は、複数の金属の
うち一部の金属を選択的に除去する。例えば複数の金属のうち一部の金属を選択的にエッ
チングするエッチング液を用いる。すなわち、複数の金属のうち一部の金属はエッチング
されるが、残りの金属はほとんどエッチングされないエッチング液を用い合金をエッチン
グする。

エッチング液は、合金を構成する金属により選択できる。エッチング液としては、硝酸、
塩酸、過塩素酸および硫酸等の酸溶液を用いることができる。金と銀との合金、または金
とニッケルとの合金を用いる場合、エッチング液として硝酸水溶液を用いることができる。
エッチング液を用い一部の金属をエッチングに、合金に電圧を印加し、電気化学的に脱合
金化を行なってもよい。これにより、より速く空孔率の高い多孔質金属を形成できる。

次に、脱合金化を行なった合金を熱処理する(ステップS14)。熱処理温度は、金属原
子が移動する程度の温度が好ましい。また、熱処理温度は合金の融点以下であることが好
く、金と銀との合金の場合、熱処理温度は200℃以上が好く、250℃~350℃がよ
り好い。

上図2(a)から図2(d)は、多孔質金属の製造方法の金属の模式図。図2(a)に示
すように、ステップS10で合金10を形成。合金10は、金属M1と金属M2との合金
である。合金10には空孔は形成されていない。図2(b)は、ステップS12で、脱合
金化することで、合金10から金属M2が選択的に除去する。これで、空孔12aを含む
合金10aが形成。合金10aは、合金10より金属M2の組成が低くなるが、合金10
a内には金属M2が残存する。特に、合金10において、金属M2の組成比を高くした場
合、金属M2が残存しやすい。

上図2(c)は、ステップS14において合金10aを熱処理する。空孔12aが集積し、
熱処理前の空孔12aより孔径の大きな空孔12bが形成される。熱処理前後の合金10a
と10bの組成比はほとんど同じである。図2(d)に示すように、ステップS16で、
再度脱合金化する。これで合金10bから金属M2が選択的にエッチングされ、空孔12c
が形成。空孔12cは、空孔12bに比べ孔径が小さくなる。多孔質金属10cは、合金
10bより金属M2の組成比が低くなる。

上図2(b)のように、複数の金属M1とM2を含む合金10(第1合金)から複数の金
属のうち一部の金属M2を選択的に除去することで、空孔12a(第1空孔)を含む合金
10a(第2合金)を形成。図2(c)のように、合金10aを熱処理することで、空孔
12aを集積した空孔12b(第2空孔)を含む合金10b(第3合金)を形成。図2
(d)のように、合金10bから一部の金属M2を選択的に除去することで、空孔12b
と空孔12bより小さい空孔12c(第3空孔)と、を含む多孔質金属10cを形成。こ
れにより、多孔質金属10cの空孔率を高くすることができる。

脱合金化を1回行なう方法では、75%以上の空孔率の多孔質金属の製造が難しい。75
%以上の空孔率を実現できる。空孔率は、80%以上も可能。また、85%以上も可能。
多孔質金属の強度の観点から空孔率は95%以下が好く、90%以下がより好い。

空孔率の高い多孔質金属の形成には、出発材料の合金10の金属M2の比率が高いことが
好い。合金10の金属M2の原子組成比M2/(M1+M2)は、65%以上が好ましく、
75%以上がより好く、85%以上がさらに好い。原子組成比M2/(M1+M2)は、
95%以下が好く、90%以下がより好い。特に、金属M1とM2がそれぞれ金と銀の場
合、原子組成比M2/(M1+M2)を65%以上にすることで、空孔率を75%以上に
できる。

また、多孔質金属は、図2(d)のように、孔径が異なる空孔12bや12cを備える。
空孔12c(第3空孔)は、空孔12b(第2空孔)以外の金属に形成した空孔である。
空孔12bの孔径は、30nm以上であり、例えば50nm以上である一方、空孔12c
の孔径は、30nmより小さく、例えば10nm以下である。

 
多孔質金属を正極として使用するリチウム空気電池を説明する。なお、リチウム空気電池
はリチウム酸素電池ともいう。
上図3は、リチウム空気電池の模式図である。図3に示すように、リチウム空気電池20
は、負極22、電解質24、正極26を主に備えている。負極22は負端子28に電気的
に接続され、正極26は正端子30に電気的に接続される。正極26には酸素ガスを含む
材料32が供給される。正極26は、多孔質金属を含む。多孔質金属は、例えば導電性材
料に保持されてもよいし、単独で用いてもよい。酸素ガスを含む材料32は、例えば、酸
素ガス、または酸素ガスと不活性ガスとの混合ガスである。負極22は、例えばリチウム
(Li)を含み、例えば金属リチウムである。電解質24は、正極26と負極22との間
に設けられ、リチウムイオンLi+が伝導する。電解質24は、例えば有機電解液を含む。

リチウム空気電池の放電過程について説明する。負極22で、次の反応式のように、負極
22の金属リチウムLiがリチウムイオンLi+となり、電子e-が放出される。

  Li→Li++e-

リチウムイオンLi+は、矢印34のように、電解質24を負極22から正極26に伝導
する。正極26内の酸素が供給される側の空孔内において、次の反応式のように、酸素ガ
スO2が電子e-を獲得し酸素イオンO2-となる。

  O2+e-→O2-

正極26内の空孔内において、次の反応式のように、リチウムイオンLi+と酸素イオン
O2-とが反応し、酸化リチウムLiO2が生成される。

  Li++O2-→LiO2

さらに、空孔内において、次の反応式のように、酸化リチウムLiO2から過酸化リチウ
ムLi2O2と酸素ガスO2が生成される。

  2LiO2→Li2O2+O2

リチウム空気電池の充電過程について現在最も支持されている学説に基づき説明する。正
極26の空孔内において、次の反応式のように、過酸化リチウムLi2O2が酸化リチウ
ムLiO2とリチウムイオンLi+に分解し電子e-が放出される。

  Li2O2→LiO2+Li++e-

空孔内において、次の反応式のように、酸化リチウムLiO2が酸素ガスO2と酸素イオ
ンO2-に分解する。

  LiO2→O2+Li++e-

リチウムイオンLi+は、矢印36のように、電解質24を正極26から負極22に伝導
する。負極22において、次の反応式のように、リチウムイオンLi+と電子e-から金
属リチウムLiが生成される。

  Li++e-→Li

このように、リチウム空気電池においては、空孔内にLi2O2を貯蔵する。こため、空
孔の体積を大きくすることで、充放電容量を増大できる。また、空孔の表面積を大きくす
ることで、高速な酸化還元反応を実現できる。よって、高速な充放電が可能となる。

多孔質金属は、空孔率が高いため、空孔の体積および表面積が大きい。よって、実施態様1
の多孔質金属をリチウム空気電池20の正極26に用いることにより、容量を増大できる。
さらに、高速な充放電が可能となる。

正極26には、O2-を発生させる反応における高い触媒活性と、高い電気伝導特性と、
を有する材料を用いることが好ましい。このため、多孔質金属として、金、ニッケル、銅
白金またはパラジウム等を用いることが好ましい。また、高い電気伝導特性には、多孔質
金属が一繋がりの構造体が好ましい。この観点から、多孔質金属は、脱合金化により製造
したものが好い。

● 実施例1

以下のように、多孔質金(NPG:NanoPorous Gold)を形成した。
ステップS10の合金工程として、金と銀との原子組成比が15:85の合金10を形成
する。
ステップS12の脱合金化工程として、1モル/リットルの硝酸水溶液を用い、合金10
中の銀をエッチングする。エッチングの際、合金10に、エッチング液中の参照電極(Ag
/AgCl)に対し+0.78Vを印加する。ステップS14の熱処理として、250℃
において、熱処理する。
ステップS16の脱合金化工程として、1モル/リットルの硝酸水溶液を用い、熱処理し
た合金中の銀をエッチングする。エッチングの際、合金10bに、参照電極に対し
+0.975Vを印加する。
各ステップにおいて、SEM観察を行なった。また、EDS(Energy Dispersive X ray Spec-
troscopy)法を用い金と銀との原子組成比を測定した。


上図4(a)は、脱合金化工程S12後の合金のSEM画像である。図4(a)に示すよ
うに、合金10aに孔径が10nm程度の空孔12aが形成されている。このときの金と
銀との原子組成比は62:38である。脱合金化前の原子組成比15:85に比べると銀
が脱合金化しているが、合金10a内にはなお多くの銀が残存している。

上図4(b)は、熱処理工程S14後の合金のSEM画像である。図4(b)に示すよう
に、合金10bに空孔12aが集積した空孔12bが形成される。空孔12aの孔径は
50nm以上で、金と銀との原子組成比は60:40であり、図4(a)とほとんどかわ
らない。


上図5(a)は、脱合金化工程S16後の多孔質金属のSEM画像である。図5(a)に
示すように、多孔質金属10cに空孔12bが形成されている。空孔12bの大きさは図
4(b)とほぼ同じである。金と銀との原子組成比は97:3であり、銀がほとんど脱合
金化されている。

図5(b)は、図5(a)の範囲Aの拡大図である。図5(b)に示すように、空孔12b
以外の多孔質金属10cに、空孔12bより小さい空孔12cが形成されている。空孔12c
の孔径は、10nm程度である。すなわち、多孔質金属10cは、比較的大きな空孔12b
を有す。空孔12b以外の領域に比較的小さな空孔12cが形成。多孔質金属10cは、
2重の多孔質構造を有す。

多孔質金属の空孔率は83%であった。ここで、空孔率は、合金工程S10後の合金10の
原子組成比と、二回目の脱合金化S16後の原子組成比と、から算出する。

比較例1として、1回の脱合金化による多孔質金を製造した。出発時の合金10の金と銀
の原子組成比を15:85とした場合、1回の脱合金化では、条件を最適化しても空孔率
は72%であった。このように、1回の脱合金化処理では、合金工程の銀の組成比を高め
ても、75%以上の空孔率は実現できなかった。一方、実施例1によれば、75%以上の
空孔率を有する多孔質金を製造できる。

● 実施例2

実施例2は、実施例1の多孔質金をリチウム空気電池の正極に用いた例である。以下に作
製したリチウム空気電池の各材料を示す。
 
・負 極:  金属リチウム
・電解質: 有機電解液(無水ジメチルスルホキシド、および過塩素酸リチウム)
・正 極:  実施例1の多孔質金をアルミニウム(Al)製のメッシュに保持させる。

なお、過塩素酸リチウムは、リチウムイオンの最初の供給源である。

比較例2として、1回の脱合金化処理で作製した空孔率が65%のサンプルAと空孔率が
72%のサンプルBとを正極に用いそれぞれリチウム空気電池を作製した。

 

上図6は、実施例2に係るリチウム空気電池の容量に対する電圧特性を示す図である。放
電レートおよび充電レートは500mA/g(単位金Au重量当たり)である。数字は充
放電のサイクルを示す。図6に示すように、1500mAh/g(単位金Au重量当たり)
の容量が実現。放電および充電を40サイクル行なっても放電および充電特性は大きくは
変化しない。

 

上図7(a)および図7(b)は、比較例2に係るリチウム空気電池の容量に対する電圧
特性を示す図。数字は充放電のサイクルを示している。図7(a)はサンプルAを11サ
イクル充放電した充放電特性である。図7(b)はサンプルBを2サイクル充放電した充
放電特性である。放電レートおよび充電レートは500mA/gである。図7(a)に示
すように、サンプルAにおける容量は500mAh/gである。図7(b)に示すように、
サンプルBにおける容量は800mAh/gである。

実施例2および比較例2においては、非特許文献1:Science Vol. 337, pp563-566 (2012) と
比べ、過電圧(放電過程の電圧と充電過程の電圧の差)が低い。多孔質金を保持するメッ
シュとして、アルミニウム以外のステンレス、チタン(Ti)を用いても、充放電特性は
ほぼ同じである。ステンレスは、4.1V以上の電圧で、反応するため、メッシュとして
はアルミニウムまたはチタンが好ましい。コストの観点からはアルミニウムが好ましい。

図8は、空孔率に対するリチウム空気電池の容量を示す図である。黒丸は、非特許文献1
の結果を示す。白丸は実施例2および比較例2の結果を示す。曲線は、計算曲線である。
図8に示すように、空孔率を大きくすることにより容量を増大させることができる。

以上のように、実施例2によれば、比較例2に比べ、正極26に用いる多孔質金属の空孔
率を向上させることにより、リチウム空気電池の容量を増大させることができる。

  ● 今夜の一品

LEDライトを内蔵したUSB端子。それをタッチすると、やさしく点灯されていて、夜でも使
いやすい。コネクター類の防災・安全対策など、携帯タイプあるいは常設固定タイプなど
これの応用展開はかなら広がりがありそうだ。

  ● 今夜の記憶
出典:京都新聞

朝、急に彼女が愛東のマーガレットステーションに行きたいというので、車を走らせる。人出が多く
市場はほとんどのものが売り切れていて、しかたないので「愛東なし」と「きのこ&ごま」のジェラー
トを食べ帰宅するが、途中、全国の41図書館建築の魅力を特集した本「日本の最も美しい図
書館」に、甲良町立図書館(甲良町横関)が滋賀県の図書館として唯一、掲載された。同
館職員は「利用する町民からも反響があった」と喜んでいる一枚の写真が掲載されていた
ので立ち寄る。同図書館は総ヒノキ造りのモダンな建築が特徴。1933年に東甲良尋常
小学校(現甲良東小)として建てられた木造2階建て校舎の一部を利用している。92年
に小学校の建て替え計画が決まったが、町外の文化人らの保存運動を受け、99年に町立
図書館として開館している。係の女性職員に利用できるのかを尋ねると、町民の紹介があ
れば可能だという返事だったが、郷土史の調査に便利だからと、頭の記憶スペースにブッ
キングさせた。甲良町役場にさしかかると、、職員のムラタさんとの邂逅から悔悟の惜別までの思
い出が一巡した。そういえば夜遅く印刷をしていたころが懐かしい思い出された。                           


 

Viewing all 2435 articles
Browse latest View live