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一億総プロファイラー時代

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               ただ道は座に集まる。虚は心斎なり            
                         
                                        「人間世」(じんかんせい)     

                                                 

       ※ ガツガツと肩ひじ張り、人よりぬきんでようとしたところでどうなるか。
       才子は才で身を械ぼし、策士は策に倒れる。人間世-人間社会に生きて、
       危害を避け、天命を全うするには、どうすればよいか。本篇もまた、さま
       ざまな事例に即して「無為」を説き、「無用の用」を語る。

     ※ 心の斎戒(さいかい):顔回が「心の斎戒といいますと?」尋ねると孔子
       は「一切の迷いを去って、心を純一に保つがよい。耳で聴くより心で聴く、
       いや、心で聴くより気で聴くがよい。耳は音を感覚的にとらえるにすぎず、
       心は事象を知覚するにすぎない。だが、気はちがう。気で聡くとは、あら
       ゆる事象をあるがままに、無心にうけいれることだ。『道』はこの無心の
       境地において、はじめて完全に顕現する。心の斎戒とは、この無心の境地
       をわがものとすることなのだ」と答える。

 

     

 読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅰ部』  

  14.しかしここまで奇妙な出来事は初めてだ

 「わかりました」と私は言った。「政彦には明日にでも連絡をとってみましょう」
 「私の方も明日になったら、造園業者に連絡をとってみます」と免色は言った。そして少し間を
 置いた。「ところで、ひとつあなたにうかがいたいことがあるのですが」
 「どんなことでしょう?」
 「あなたはこのような――どういえばいいのだろう――不思議な、超常的な体験をよくなさるの
 ですか?」

 「いいえ」と私は言った。「こんな奇妙な体験をするのは生まれて初めてです。ぼくはごく普通
 の人生を送ってきた、ごく普通の人間です。だからとても混乱しています。免色さんは?」
  彼は曖昧な微笑みを口許に浮かべた。「私白身は、何度か奇妙な体験をしたことはあります。
 常識ではちょっと考えられないことを見聞きしたことはあります。しかしここまで奇妙な出来事
 は初めてだ」

  そのあと私たちは沈黙の中で、その鈴の音にずっと耳を澄ませていた。
  いつもと同じようにその音は二時半を少し過ぎてぴたりと止んだ。そして山の中は再び虫たち
 の声で満たされた。

 「今夜はそろそろ失礼しましょう」と免色は言った。「ウィスキーをご馳走さま。また近いうち
 に連絡させていただきます」

  免色は月の明かりの下で、艶やかな銀色のジャガーに乗り込んで帰って行った。開けた窓から
 私に軽く手を振り、私も手を振った。エンジン音が坂道の下に消えてしまった後で、彼がウィス
 キーをグラスに一杯飲んでいたことを思い出したが(二秤目は結局口をつけられていなかった)

 顔色にもまったく変化はなかったし、しゃべり方や態度も水を飲んだのと変わりなかった。アル
 コールに強い体質なのだろう。それに長い距離を運転するわけではない。もともと住民しか利用
 しない道路だし、こんな時刻には対向車も、歩いている人もまずいない。

  私は家中に戻り、グラスを台所の流し台に片づけてから、ベッドに入った。人々がやってきて
 重機をつかって祠の裏の石をどかし、そこに穴を掘る様子を思い浮かべた。それは現実の光景と
 は思えなかった。そしてその前に私は上田秋成の「二世の縁」という話を読まなくてはならない。
 しかしすべては明日だ。昼の光の下ではものごとはまた運って見えることだろう。私は枕元の明
 かりを消し、虫の声を聞きながら眠りについた。


  朝の十時に雨田政彦の仕事場に電話をかけて、事情を説明した。上田秋成の話までは持ち出さ
 なかったが、念のために知り合いに米てもらって、その夜中の鈴の音が私だけに聞こえる幻聴で
 はないことを確認したことを話した。

 「とても不思議な話だ」と政彦は言った。「しかし本当にその石の下で誰かが鈴を鳴らしている
 と、おまえは思っているのか?」
 「わからない。しかしこのままにはしておけないよ。音は実際に毎晩鳴り続けているんだから」
 「もしそこを掘り返して、何か変なものが出てきたりしたらどうする?」
 「変なものって、たとえばどんなもの?」
 「わからないよ」と彼は言った。「よくわからないけど、とにかくそのままそっとしておいた方
 がいいような、得体のしれないものだよ」
 「一度夜中にここにその音を聞きに来るといい。実際にそれを耳にしたら、このまま放置しては
 おけないということがきっとわかるから」
  政彦は電話口で深いため息をついた。そして言った。「いや、そいつは遠慮しておく。おれは
 小さな頃から根っからの怖がりでね、怪談みたいなのが大の苦手なんだ。そんなおっかないもの
 には関わり合いたくない。すべておまえに一任するよ。林の中の古い石をどかして穴を掘ったっ
 て、そんなこと誰も気にしない。どうとでも好きなようにすればいい。でもくれぐれも、変なも
 のだけは掘り出さないようにしてくれよな」
 「どうなるかはわからないけど、結果が判明したらまた連絡するよ」
 「おれならただ耳を塞いでいるけどね」と政彦は言った。

  電話を切ったあと、私は居間の椅子に座り、上田秋成の「二世の縁」を読んだ。原文を読み、
 それから現代語訳を読んだ。いくつかの細部の違いはあったが、免色の言ったように、そこに書
 かれている話は、私がここで経験したことに酷似していた。話の中では、鉦の音が聞こえてきた
 のは丑の刻(午前二時頃)だった。だいたい同じ時刻だ。しかし私が間いたのは鉦ではなく、鈴
 の音だった。話の中では虫は鳴き止んではいなかった。主人公は夜更けに、虫の声に混じってそ
 の音を聞き取ったのだ。でもそのような細かい違いを別にすれば、私が体験したのはその話とそ
 っくり同じ出来事だった。あまりに似ているので、呆然としてしまうほどだった。

  掘り出されたミイラはからからに干からびているものの、まるで執念のように手だけを動かし
 鉦を打っている。恐ろしいまでの生命力がその身体を、ほとんど自動的に動かしているのだ。お
 そらくその憎は念仏を唱え、鉦を叩きながら入定していったのだろう。主人公はそのミイラに服
 を着せかけ、唇に水をふくませてやる。そうするうちに薄い粥を食べるようになり、次第に肉も
 ついてくる。最後には、普通の人と変わらない見かけにまで回復する。しかしそこには「悟りを
 開いた僧」の気配はまったく見当たらない。知性も知識もなく、高潔さのかけらも見当たらない。
 そして生前の記憶はすっかり失われている。どうして白分か地中にそんな長い歳月入っていたの
 かも思い出せない。今では肉食をし、少なからず性欲もある。妻をめとり、卑しい下働きのよう
 なことをして生計をたてるようになる。そして「人定の定肋」という名を与えられる。村の人々
 はそのあさましい姿を見て、仏法に対する敬意を失ってしまう。これが厳しい修行を積み、生命
 をかけて仏法をきわめたもののなれの果ての姿なのか、と。そしてその結果、人々は信仰そのも
 のを軽んじるようになり、寺にもだんだん寄りつかなくなる。そういう話たった。免色が言った
 ように、そこには作者のシニカルな世界観が色濃く反映されている。ただの怪異譚ではない。


 Nyuzyodou

  さても仏のをしへは、あだあだしき事のみぞかし。かく土の下に入りて鉦打ちならす事、凡百
 余年なるべし。何のしるしもなくて、骨のみ留まりしは、あさましき有様也。
 (それにしても、仏の教えとはむなしいものではないか。この男、土の下に入って鉦を打ち鳴ら
 しながら、おおよそ百年以上は経過しているはずだ。それなのに何の霊験もなく、こうして骨だ
 け残っているとはあきれ果てた有様である)


 「二世の縁」という短い物語を何度か読み返し、私はすっかりわけがわからなくなってしまった。
 もし重機を使って石をどかせ、土を掘り返し、本当にそのような「骨のみ留まりし」「あさまし
 き」ミイラが地中から出てきたとしたら、私はいったいそれをどのように扱えばいいのだろう?
 拡がそれを蘇らせた責任をとらされることになるのだろうか? 雨田政彦の言ったように余計な
 手出しはせず、ただ耳を塞いですべてをそのままに放置しておくのが賢明なのではないか?

  しかしもしそうしたくても、ただ耳を塞いでいるというわけにはいかなかった。どんなにしっ
 かり耳を塞いだところで、あの音から逃れることはできそうになかった。あるいはほかのどこに
 引っ越したところで、あの音はどこまでも私を追いかけてくるかもしれない。そして免色と同じ
 ように、拡にもまた強い好奇心があった。その石の下に何か潜んでいるのか、それをどうしても
 知りたいと思うようになっていた。

  昼過ぎに免色から電話があった。「雨田さんの許可は得られましたか?」

  雨田政彦に電話をかけてだいたいの事情を伝えたことを、私は話した。そしてなんでも私の好
 きなようにしていいと披が言ったことを伝えた。

 「それはよかった」と免色は言った。「造園業者の方はこちらでいちおう手配しました。業者に
 は謎の音のことは話していません。ただ林の中にある古い石をいくつかどかして、そのあとに穴
 を掘ってもらいたいと指示しただけです。急な話ですが、ちょうど手があいていたので、もしよ
 ければ今日の午後に下見をして、明日の朝からでも作業にかかりたいということです。業者が勝
 手に上地に入って下見をしても差し支えありませんか?」
 自由に入ってもらってかまわない、と私は言った。

 「下見をしてから、必要な機器を手配します。作業そのものは数時間あれば済むと思います。私
 がその場に立ち会います」と免色は言った。 
 「ぼくももちろん立ち会います。作業を開始する時間がわかったら敦えて下さい」と私は
 それからふと思い出して付け加えた。「ところで、昨夜あの音が聞こえる前に我々が話し合って
 いたことですが」

  免色は私の言っていることがうまく理解できないようだった。「我々が話し合っていたことと
 言いますと?」
 「まりえさんという十三歳の女の子のことです。ひょっとしてあなたの実の子供かもしれないと
 いう。その話をしているときに、あの音が聞こえてきて、それで話がそのままになってしまいし
 た」
 「ああ、その話ですね」と免色は言った。「そう言えばそんな話をしていた。すっかり忘れてま
 した。ええ、その話もまたいつかしなくてはなりません。でもそちらはそれほど急ぐ話ではあり
 ません。今回の一件が無事解決したら、そのときにあらためてお話をします」

  私はそのあと、何をしてもうまくそれに意識を集中することができなかった。本を読んでも、
 音楽を聴いても、食事の支度をしても、そのあいだ常にあの林の中の、古い石の塚の下にあるも
 ののことを考えていた。干し魚のようにからからに乾いた黒いミイラの姿を、私はどうしても頭
 から追い払うことができなかった。


 

  15.これはただの始まりに過ぎない 

  免色が夜に電話をかけてきて、作業は明日、水曜日の朝の十時から開始されることになったと
 教えてくれた。
  水曜日は朝から細かい雨が降ったりやんだりしていたが、作業に差し支えるほどの降りではな
 かった。帽子かフードをかぶり防水のコートを着ていれば、傘をさす必要もない程度の小糠雨だ。
 免色はオリーブ・グリーンのレインハットをかよっていた。英国人が鴨撃ちにかぷっていきそう
 な帽子だ。色づき始めた木の業が、目にもほとんど見えない雨を受けて次第に鈍い色合いに染ま
 っていった。

  人々は運搬専用のトラックを使って、小型のショベルカーのようなものを山の上まで運んでき
 た。とてもコンパクトな機器で、小回りがきき、挟い場所でも作業ができるように作られていた。
 人数は全部で四人だった。機器の操作を専門とするものが一人、現場監督が一人、そして作業員
 が二人だ。操作員と監督がトラックを運転してきた。彼らはブルーの揃いの防水コートと、防水
 パンツを身につけ、泥だらけの厚底の作業靴をはいていた。頭には強化プラスチックのヘルメッ
 トをかぶっていた。免色と監督は知り合いらしく、祠の横で二人でにこやかに何かを語り合って
 いた。しかしたとえ親しげではあっても、監督が免色に対して終始敬意を払っていることが見て
 取れた。

  たしかに短い間に、これだけの機器と人材を手配できるのは、それだけ免色の顔が利くという
 ことなのだろう。私はそのような成り行きを半ば感心し、半ば困惑しながら眺めていた。すべて
 が自分の手から離れていくような軽いあきらめの感覚がそこにはあった。子供の頃、小さい子供
 たちだけで何かのゲームをしていると、年上の子供たちがあとからやってきてそのゲームを取り
 上げ、自分たちのものにしてしまうことがあった。そのときの気分が思い出された。

  シャベルと適当な石材と板を使って、ショベルカーを作動させるための平らな足場がまず確保
 され、それから実際に石を撤去する作業が開始された。石塚を囲んでいたススキの茂みは、あっ
 という間にキャタピラに踏みつぶされてしまった。我々は少し離れたところから、そこに積まれ
 た古い石がひとつひとつ持ち上げられ、離れたところに移されるのを見物していた。作業自休に
 は特別なところは見当たらなかった。おそらく世界中いたるところで、ごく当たり前に日常的に
 行われているであろう種類の作業だ。働いている人々もごく通常の行為として、いつもどおりの
 手順に従って淡々とそれをおこなっているように見えた。重機を運転する男はときどき作業を中
 断し、監督と大声で話し合っていたが、何か問題が生じたということでもなさそうだった。会話
 は短く、エンジンが停められることもなかった。

  しかし私は落ち着いた気持ちでその作業を眺めていることができなかった。そこにある方形の
 石がひとつまたひとつと撤去されていくごとに、私の不安は深まっていった。まるで長いあいだ
 人目から隠されていた自分自身の暗い秘密が、その機械の力強く執拗な切っ先によって一枚一枚
 覆いを剥がされていくような、そんな気がした。そして問題は、その暗い秘密がどのような内容
 のものなのか、私自信にもわかっていないところにあった。この作業を今ここでなんとか止めな
 くては、と私は途中で何度も思った。少なくともショベルカーみたいな大がかりな機器を持ち込
 むことは、この問題の正しい解決法ではないはずだ。雨田政彦が電話で私に言ったように、「得
 体のしれないもの」はすべて埋まったままにしておくべきだったのだ。私は免色の腕を掴み、

 「もうこの作業は中止にしましょう。石は元通りにしてください」と叫びたい衝動に駆られた。

  しかしもちろんそんなことはできない。決断は下され、作業は開始されたのだ。既に多くの人
 がこのことに関与している。少なからぬ金も動いている(金額は不明だが、おそらく免色がそれ
 を負担している)。今更中止するわけにはいかない。その工程はもう私の意志とは無関係に、
 着々と前に進んでいるのだ。
  まるでそんな私の気持ちを見抜いたように、ある時点で免色が私のそばにやってきて、私の肩
 を軽く叩いた。

 「なにも心配することはありません」と免色は落ち着いた声で言った。「すべては順調に通んで
 います。すぐにいろんなことが片付きます」

  私は黙って肯いた。

  昼前には石はおおかた運び終えられた。崩れた塚のように雑然と集積していた古い石は、少し
 離れたところに小型のピラミッドのように小綺麗に、しかしどことなく実務的に積み上げられて
 いた。その上に細かい雨が音もなく降っていた。しかし積まれていた石をすっかりどかしても、
 上の地面は現れなかった。石の下には更に石があった。石は比較的平らに整然と敷かれており、
 正方形の石床のようになっていた。ニメートル四方というところだろう。

 「どうしたものでしょうか」と監督が免色のところにやってきて言った。「てっきり、地面の上
 に石が積まれているだけだと思っていたんですが、そうではありませんでした。この敷石の下に
 は空間があいているようです。細い金属棒を隙間から差し込んでみたんですが、かなり下まで行
 きます。どれくらい深いかはまだわかりませんが」

  私は免色と共に、新しく現れた石床の上に恐る恐る立ってみた。石は黒く湿っており、ところ
 どころぬるぬるしていた。人工的に切り揃えられた石ではあったが、古くなって丸みを帯びてお
 り、石と石のあいだには隙間がおいていた。夜ごとの鈴の音は、おそらくその隙間から洩れて聞
 こえてきたのだろう。そこから空気も出入りするはずだ。身を屈めて隙間から中を覗き込んでみ
 たが、真っ暗で何も見えなかった。

 「ひょっとしたら古い井戸を敷石で塞いだものかもしれませんね。井戸にしちやちょっと口径が
 犬きいみたいですが」と監督が言った。
 「敷石をはがして取り去ることはできますか?」と免色が尋ねた。

  監督は肩をすくめた。「どうでしょうね。想定外のことなので、作業はいくらか面倒になりま
 すが、たぶんやれるでしょう。クレーンかおるといちばんいいんですが、ここまでは運べません。
 それぞれの石自体はさして重いものではなさそうです。石と石の間には隙間もありますし、工夫
 すればこのショベルカーではがせるんじやないかな。今から昼休みに入りますので、そのあいだ
 にうまい案を練って、午後に作業にかかることにします」

  私と免色は家に戻り、軽い昼食をとった。私は台所でハムとレタスとピックルスで簡単なサン
 ドイッチを作り、二人でテラスに出て雨を眺めながらそれを食べた。
 「こんなことにかまけていると、肝心の肖像画の完成が遅れてしまいそうですね」と私は言った。
  免色は首を振った。「肖像画は急ぐものではありません。まずこの奇妙な案件を解決するのが
 先決です。そのあとでまた制作にとりかかればいい」

  この男は自分の肖像画が描かれることを本気で求めているのだろうか? 私はそんな疑問をふ
 と抱かないわけにはいかなかった。それは今思いついたことではなく、最初から心の片隅でくす
 よっていた疑問だった。彼は本当に、私に肖像画を描いてもらいたがっているのだろうか? 何
 かしら別の心づもりを持って私に近づくことを必要とし、その名目として肖像画の作製を依頼し
 ただけではないのか?

  しかし別の目的とはたとえばいったいどんなことなのか、どれだけ考えても思い当たる節はな
 かった。あの石の下を掘り返すのが彼の求めていたことなのか? まさか。そんなことが最初か
 らわかるわけはない。これは肖像画を描き出したあとで持ち上がった突発事件なのだ。しかしそ
 れにしては、彼はあまりに熱心にその作業に取り組んでいた。少なからぬ金も投入している。彼
 には何の問係もないことなのに。
 そんなことを考えているときに、免色が私に尋ねた。「『二世の縁』はお読みになりましたか?」
 読んだ、と私は答えた。

 「どう思われました? ずいぶん不思議な話でしょう」と彼は言った。 
 「とても不思議な話です。たしかに」と私は言った。

  免色は私の顔をしばらく見て、それから言った。「実を言うと、私はなぜか昔からあの話に心
 を惹かれてきたのです。それもあって、今回の出来事には個人的に興味をそそられます」
  私はコーヒーをひとくち飲み、紙ナプキンで口許を拭った。二羽の大きなカラスが互いを呼び
 合いながら、谷を渉っていった。彼らはほとんど雨を気にしない。雨に濡れると、その羽の色が
 少し濃くなるだけだ。

  私は免色に尋ねた。「仏教の知識があまりないので、細かいところがよく理解できないのです
 が、憎が入定するというのはつまり、自ら選んで棺に入って死んでいくわけですね?」
 「そのとおりです。入定するというのはもともとは『悟りを間く』ということですので、それと
 区別するために、生入定と言うこともあります。地中に石室をつくり、竹筒を地上に出して通風
 口を設けます。人定をする憎は地中に入る前に一定期間木食を続け、死後腐敗したりせず、きれ
 いにミイラ化するように身体を調整します」
 「木食?」
 「草や本の実だけを食べて生活することです。穀物を始め、調理したものはいっさい口にしませ
 ん。つまり生きているあいだに、脂肪分と水分を極力身体から排出してしまうのです。きれいに
 ミイラになれるように、身体の組成を変えるわけです。そうしてしっかり身体を浄めてから、土
 の中に入ります。そして憎はその暗闇の中で断食をしながら読経し、それに合わせて鉦を叩き続
 けます。あるいは鈴を鳴らし続けます。竹筒の空気穴を通して、人々はその鉦や鈴の音を間くこ
 とができます。しかしそのうちに音が聞こえなくなります。それが息を引き取ったしるしになり
 ます。それから長い歳月をかけて、その身体は徐々にミイラ化していきます。三年三ケ月を経て
 掘り起こすというのがいちおうの決まりになっているようです」
 「何のためにそんなことをするのですか?」
 「即身仏となるためです。そうすることによって人は悟りを開き、自らを生死を超えた境地へと
 到達させることができます。それがまた衆生を救済することに繋がっています。いわゆる涅槃で
 す。掘り起こされた即身仏は、つまりミイラは寺に安置され、人々はそれを拝むことによって救
 済されます」



 「現実的には一種の自殺のようなものですね」

  免色は肯いた。「だから明治時代になると、入定は法律で禁止されます。そして入定を手伝っ
 たものは自殺幇助罪に問われました。しかし現実にはこっそりと入定する憎はあとを絶たなかっ
 たようです。ですから秘京表に入定し、誰かに掘り出されることもなく、そのまま地中に埋まっ
 ているようなケースも少なくないかもしれません」
 「あの石の塚はそういう秘密の人定のあとだったのではないかと、免色さんは考えておられるの
 ですか?」
  免色は首を振った。「いや、そればかりは実際に石をどかしてみなくてはわかりません。しか
 しその可能性はなくはないでしょうね。竹筒みたいなものはありませんが、ああいう造りであれ
 ば、石の隙間から通風はできますし、音も聞こえます」
 「そして石の下ではまだ誰かが生き延びていて、鉦だか鈴だかを夜ごとに鳴らし続けていると?」

  免色はもう一度首を振った。「言うまでもなく、それは常識ではとても考えられないことです」
 「涅槃に達する――それはつまり、ただ死ぬというのとは違うものですね?」
 「違うものです。私も仏教の教義にたいして詳しいわけではありませんが、私が理解する限りで
 は、涅槃は生死を超えたところにあるものです。肉体は死滅したとしても、魂は生死を超えた場
 所に移っていると考えることもできるでしょう。この世の肉体というのはあくまでかりそめの宿
 に過ぎませんから」
 「もし憎が生入定によってめでたく涅槃の境地に達したとして、そこから再び肉体に復帰するこ
 とも可能なのですか?」

  免色は何も言わずにしばらく私の顔を見ていた。それからハム・サンドイッチを一口啜り、コ
 ーヒーを飲んだ。

 「というのは?」
 「あの音は少なくとも四、五日前までは聞こえていませんでした」と私は言った。「それは確信
 をもって言えます。もしその音が鳴っていたら、私はすぐにそれに気づいていたはずです。たと
 え小さくはあっても、聞き逃せるような音ではありませんから。あの音が聞こえだしたのは、ほ
 んの数日前のことです。つまりあの石の下に誰かがいるとして、その誰かはずっと前からあの鈴
 を鳴らし続けていたわけではないのです」

  免色はコーヒーカップをソーサーに戻し、その図柄の組み合わせを眺めながらしばらく何かを
 考えていた。それから言った。「あなたは実際の即身仏をごらんになったことはありますか?」
  私は首を振った。



  免色は言った。「私は何度か目にしたことがあります。若い頃のことですが、山形県を一人で
 旅したときに、いくつかのお寺に保存してあるものを見せてもらいました。なぜか即身仏は東北
 地方に、とくに山形県に多いのです。正直に言ってあまり美しい見かけのものではありません。
 こちらに信仰心が不足しているせいかもしれませんが、実際に目の前にして、それほど有り難い
 気持ちにもなれませんでした。茶色くて小さくて、ひからびています。こう言ってはなんですが、
 色も質感もビーフジャーキーを思わせます。実のところ肉体はかりそめの虚しい住まいに過ぎな
 いのです。少なくとも即身仏は我々にそのことを教えてくれます。我々は究極のベストを尽くし
 ても、せいぜいビーフジャーキーにしかなれません」

  彼は食べかけのハム・サンドイッチを手にとり、それをしばらく珍しそうに眺めていた。まる
 で生まれて初めてハム・サンドイッチを目にするみたいに。
  彼は言った。「とにかく昼休みが終わって、それからあの敷石がどかされるのを待ちましょう。
 そうすればいろんなことがいやでも明らかになるはずです」

                                     この項つづく 

✪  一億総プロファイラー時代

異常気象が続いているようだ。大規模気候変動リスクに備えよ!とは、このブログでも掲載してきた
ことだ。理由は簡単だ。「環境リスク本位制」への政策転換であり、これに失敗すれば世界動乱は必
定である。すでに、過剰な新自由主義(似非グローバリズム)による格差拡大は、社会構造を歪め、
世界的なポピリズムの嵐が吹き荒むかのようである。最近、高画質の大型テレビを見ていて、大国の
政治家たちの挙動を目にし、その表情からこのリーダーはこんな精神状態にあり、この先こんな行動
を辿るだろうということが素人でも分かるようになっているのではと、ふとそんなことを感じる。こ
れは情報技術の著しい発達が背景にある。その意味では日本国民・一億総プロファイラー時代とでも
表現できる。もっとも、プロファイラーすなわち、優れた自律的なある種の「社会政治的犯罪心理分
析官」を多数輩出し続けている時代であるのかもしれない。

 ● 今夜の一曲

「ふれあい」は、中村雅俊のデビューシングル。1974年7月1日に発売され、同年の10月25日には、同
名のアルバムもリリースされる。収録曲2曲は、同年放送の日本テレビ系ドラマ『われら青春!』の挿
入歌(劇中歌)である。前者は中村扮する沖田先生が下宿のベランダで弾き語りし、後者はキャンプ
ファイヤーなどで生徒たちと一緒に歌うシーンで使用された。同年、『ふれあい』という映画(松竹)
も製作され、中村自身が主演した(市村泰一監督)。「ふれあい」はさらに、2007年6月公開の映画
『大日本人』(松本人志監督)の挿入歌としても使用されている。「青春貴族」も、2015年にテレビ
ドラマ『民王』の挿入歌(劇中、菅田将暉と知英により歌唱)ともなる。尚、「ふれあい」の累計売
上は170万枚といわれる。

  


ネルシャツのモンク

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         巧をもって力を闘わすものは、陽に始まり常に陰に卒(おわ)る            
                         
                                           「人間世」(じんかんせい)     

                                                 

       ※ ことばを飾ろうと思うな:楚の大夫葉公子高(しょうこうしこう)が、
        孔子に教えを請う件。「国と国とが交わる場合、隣国どうしであれば直
        接に意志を通じることができます。しかし、遠隔の国が相手では、たが
                いに使者を介在させ、ことばによって意志を伝えねばなりません。使者
        にとって、両者とも好都合なことば、あるいは逆に、両者ともに不都合
        なことばを伝えるほど雑かしい役目はありません。 両者ともに好都合
        な、あるいは両者ともに不都合なことばは、とかく朧をまじえ、真実を
        ゆがめがちです。真実に反することばは紛争のもとです。紛争がおこれ
        ば、使者は死を免れません。格言にも『使者は真実を巡ぶもの。使者の
        誇張は禍いのもと』とあるではありませんか。身近な例をあげますと、
        愉快に始めた技くらべも、いつしかむきになり、ついには勝つために手
        段をえらばなくなって、まずい結果に終りがちです」と答える。

 Apr. 17, 2017

● 世界初「浮遊球体ドローンディスプレイ」

今月17日、株式会社NTTドコモは、無人航空機(以下ドローン)を活用した新たなビジネスの創
出に向けて、全方位に映像を表示しながら飛行することができる「浮遊球体ドローンディスプレイ」
を世界で初めて開発。この「浮遊球体ドローンディスプレイ」は、環状のフレームにLEDを並べた
LEDフレームの内部にドローンを備え、LEDフレームを高速に回転させながら飛行、回転するLED
の光の残像でできた球体ディスプレイを、内部のドローンで任意の場所に動かして見せることがで
きる。これにより、コンサートやライブ会場において、空中で動き回る球体ディスプレイによるダ
イナミックな演出や、会場を飛び回り広告を提示するアドバルーンのような広告媒体としての活用
が可能となると説明している。

☑ 任意の空間で360度どこからでも見える広告展開が可能に

なお、「浮遊球体ドローンディスプレイ」は、今月29日(土)から幕張メッセで開催される「ニ
コニコ超会議」の「NTT ULTRA FUTURE MUSEUM 2017」に出展し、会場内でのデモ飛行を予定し
ている。

 Feb. 24, 2017

● 住宅用宅配ポスト/宅配ボックス 

パナソニック株式会社 エコソリューションズ社は、福井県あわら市の進める「働く世帯応援プロジ
ェクト」に参画し、あわら市在住の共働き世帯を対象とした「宅配ボックス実証実験」を2016年11月
より開始。12月の実証実験をまとめた中間報告では、宅配ボックス設置により再配達率が49%から
8%に減少。それにより、約65.8時間の労働時間の削減、約137.5kgの二酸化炭素削減。4月
の最終結果発表時には、再配達率約8%前後(約20回に1回の割合)、再配達削減回数700回以
上削減できると予想しているという。

☑ 宅配ポスト コンボ-F(エフ)2017年6月1日受注開始

郵便物と宅配物が1台で受け取れる、宅配ボックス&ポスト。素材感を生かした直線的なデザインが
魅力のコンボ-F(エフ)は、上段は郵便物、下段が宅配物と個別で受け取れる一台二役の宅配ポス
トで、壁埋め込み・ポール取り付けに対応する。

 ☑ 宅配ポスト コンボ-int(イント)2017年6月1日受注開始

室内で郵便物や宅配物が取り出せ、住宅壁埋め込み専用の宅配ポスト。コンボ-int(イント)(住
宅壁埋め込み専用)は、宅配ボックスとサインポストの2つの機能を、住宅壁にスッキリ納める。
外から郵便物や宅配物などの投函物を受けて室内で取り出すことができる。

 

● 関連特許事例(下図参照)

【要約】

宅配物測定装置1は、宅配物70を出し入れ自在に収容する内部空間11を有するボックス2と、
ボックス2内に取り付けられる発光部5と、発光部5の発光を制御する制御部6と、ボックス2内
に取り付けられ発光部5からの光を受ける受光部4と、を備える。受光部4は、下面部211また
は第1側面部に設けられ、第1入隅部31の長さ方向と平行な方向に並ぶ複数の受光素子40を有
する第1受光列41を有する。受光部4は、下面部211または第2側面部に設けられ、第2入隅
部32の長さ方向と平行な方向に並ぶ複数の受光素子40を有する第2受光列42を有する。受光
部4は、第1側面部または第2側面部に設けられ、第3入隅部33の長さ方向と平行な方向に複数
の受光素子40を有する第3受光列43を有することで、ボックスをコンパクトにすることができ
る、宅配物測定装置を提供する。

 
☈ 特開2017-063961  収納ボックスの設置構造 パナソニックIPマネジメント株式会社
☈ 特開2017-062765  在不在予測方法および在不在予測装置 パナソニック インテレクチュアル プロ
                   パティ コーポレーション オブ アメリカ
☈ 特開2017-054426  宅配物測定装置 パナソニックIPマネジメント株式会社
☈ 特開2017-049638  判定方法およびそれを利用した判定装置 パナソニックIP マネジメント株式
                   会社
☈ 特開2017-046629  鮮度保持方法、鮮度保持装置、収納庫、及び、陳列装置 パナソニックIPマネ
           ジメント株式会社宅配物測定装置 パナソニックIPマネジメント株式会社


    

 読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅰ部』  

  15.これはただの始まりに過ぎない 

  我々は午後一時十五分過ぎに林の中の現場に戻った。人々は昼食を終え、既に工事を本格的に
 再開していた。二人の作業員が金属の模のようなものを石の隙間に差し込み、ショベルカーがロ
 ープを使ってそれを引いて石を起こしていた。そのようにして掘り起こされた石に作業員がロー
 プをかけ、それをまたショベルカーが引っ張り上げた。時間はかかったものの、石はひとつひと
 つ着実に掘り起こされ、脇にどかされていった。

  免色は監督と二人でしばらく熱心に話し合っていたが、やがて私の立っているところに戻って
 きた。

 「敷石は予想したとおり、それほど厚いものではありませんでした。うまく取り除けそうです」
 と彼は私に説明した。「石の下にはどうやら格子状の蓋がはまっているみたいです。材質までは
 わかりませんが、その蓋が敷石を支えていたようです。上に敷かれた石をすっかりどかしてから
 その格子をはずさなく てはなりません。うまくはずせるかどうか、それはまだわかりません。
 その格子の蓋の下がどのようになっているかもまったく予測がつきません。石をどかすのにまだ
 少し時間がかかりますし、ある程度作業が連んだら連絡をするので、家で待っていてほしいとい
 うことです。もしよるしければそうしましょう。ここにじっと立っていても仕方ない」

  我々は歩いて家に戻った。そこで空いた時間を利用して、肖像画制作の続きにとりかかっても
 よかったのだが、画作に意識を集中することはできそうになかった。雑木林の中で人々がおこな
 っている作業のせいで、神経が高ぶっていたからだ。崩れた古い石の塚の下から出てきたニメー
 トル四方ほどの石床。その下にある頑丈な格子の蓋。そしてその更に下にあるらしい空間。私は
 それらのイメージを頭から消し去ることができなかった。たしかに免色の言ったとおりだ。まず
 この案件を片付けてしまわないことには、何ごとによらず先に進められそうにない。

 Cezanne

  待っているあいだ音楽を聴いてかまわないか、と免色は尋ねた。もちろん、と私は言った。好
 きなレコードをかけてくれてかまわない。そのあいだ私は台所で料理の仕込みをしているから。
 彼はモーツァルトのレコードを選んでかけた。「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」。タン
 ノイのオートグラフは派手なところはないが、深みのある安定した音を出した。クラシック音楽、
 とくに室内楽曲をレコード盤で聴くには格好のスピーカーだ。古いスピーカーだけに、とくに真
 空管アンプとの相性が良い。演奏はピアノがジョージ・セル、ヴァイオリンはラファエル・ドウ
 ルイアン。免色はソファに座り、目を閉じて音楽の流れに身を任せていた。私はその音楽を少し
 離れたところで聴きながら、トマトソースを作った。まとめて買ったトマトが余っていたので、
 悪くならないうちにソースにしておきたかった。

  大きな鍋に湯を彿かし、トマトを湯煎して皮を剥き、包丁で切って種を取り、それを潰して、
 大きな鉄のフライパンで、ニンニクを入れて炒めたオリーブオイルを使って、時間をかけて煮込
 む。こまめにアクを取る。結婚していたときも、よくそうやってソースを作ったものだった。手
 間と時間はかかるが、原理的には単純な作業だ。妻が仕事に出ているあいだに、台所に一人で立
 って、CDの音楽を聴きながらつくった。私白身は古い時代のジャズを聴きながら料理をするの
 が好きだった。よくセロニアス・モンクの音楽を聴いたものだ。『モンクス・ミュージツク』が
 私のいちぱん好きなモンクのアルバムだ。コールマン・ホーキンズとジョン・コルトレーンが参
 加して、素敵なソロを聴かせる。でもモーツァルトの室内楽を聴きながらソースをつくるのもな
 かなか悪くなかった。

  Thelonious Sphere Monk

  セロニアス・モンクのあの独特の不思議なメロディーと和音を聴きながら、昼下がりにトマト
 ソースをつくっていたのは、ほんの少し前のことなのだが(妻との生活を解消してからまだ半年
 しか経っていない)、なんだかずいぷん音に起こった出来事のように思えた。一世代前に起こっ
 た、一握りの人しかもう記憶していないささやかな歴史的エピソードのように。妻は今ごろいっ
 たい何をしているのだろう、と私はふと考えた。ほかの男と生活を共にしているのだろうか?
 それともまだあの広尾のマンションで一人で暮らしているのだろうか? いずれにしてもこの時
 刻は建築事務所で仕事をしているはずだ。彼女にとって、私の存在したかつての人生と、私の存
 在しない今の人生とのあいだにはどれはどの違いがあるのだろう? そして彼女はその違いにつ
 いてどんな感興を抱いているのだろう? 私は考えるともなく、そういうことを考えていた。彼
 女もまた私と暮らしていた日々のことを「なんだかずいぷん昔に起こった出来事」として受けと
 めているのだろうか?

  レコードが終わり、ぶちぶちと音を立てていたので居間に行ってみると、免色はソファの上で
 腕組みをし、身を僅かに傾けて眠り込んでいた。私は回転し続けているレコード盤から針を上げ、
 ターンテーブルを止めた。規則的な針音が止んでも、まだ免色は眠り込んでいた。よほど疲れて
 いたのだろう。微かな寝息まで聞こえた。私は彼をそのままにしておいた。台所に戻り、フライ
 パンのガスを止め、冷たい水を大きなグラスに一杯飲んだ。それからまだ時間が余ったので、玉
 葱炒めにとりかかった。

  Gyokudou Kawai

  電話がかかってきたとき、免色は既に目覚めていた。復は洗面所に行って石鹸で顔を洗い、う
 がいをしているところだった。現場監督からかかってきた電話だったので、私は受話器を免色に
 まわした。復は短く話をし、すぐにそちらに行くと言った。そして私に電話を返した。
 「作業がだいたい終わったそうです」と復は言った。

  外に出ると雨はもう止んでいた。空はまだ雲に覆われていたが、あたりは少し明るさを増して
 いた。天候は徐々に回復に向かっているようだった。我々は足早に階段を上り、雑木林を抜けた。
 祠の裏では四人の男たちが穴を囲むように立って、下を見下ろしていた。ショベルカーのエンジ
 ンは切られ、勤くものもなく、林の中は奇妙なほどしんと静まり返っていた。

  敷石はそっくり取り除かれ、そのあとに穴が口を開けていた。四角い格子の蓋も取り外され、
 脇に置かれていた。厚みのある重そうな木製の蓋だ。古びてはいるか、腐ってはいない。そして
 そのあとには円形の石室らしきものが見えた。その直径はニメートル足らず、深さはニメートル
 半ほどだ。まわりを石壁で囲まれていた。底はどうやら土だけのようだ。草▽不生えてはいない。
 石室の中は空っぽだった。助けを求めている人心いなければ、ビーフジャーキーのようなミイラ
 の姿もなかった。ただ鈴のようなものがひとつ、底にぽつんと置かれている。それは鈴というよ
 りは、小さなシンバルをいくつか重ねた古代の楽器のように見えた。長さ十五センチほどの木製
 の柄がついている。監督はそれを小型の投光器で上から照らした。

 「中にあったのはこれだけですか?」と免色は監督に尋ねた。
 「ええ、これだけです」と監督は言った。「言われたとおり、石と蓋をどかせたままの状態にし
 てあります。何ひとついじってはいません」
 「不思議だ」、免色は独り言のようにそう言った。「しかし、本当にこれ以外に何心なかったん
 ですね?」
 「蓋を持ち上げて、すぐにそちらに電話をしました。中に降りて心いません。これがまったく開
 けたままの姿です」と監督は答えた。
 「もちろん」と免色は乾いた声で言った。
 「あるいは心と心とは井戸だったのか心しれません」と監督は言った。「それを埋めて、このよ
 うな穴にしたみたいに見えます。でも井戸にしてはいささか口径が大きすぎますし、まわりの石
 壁もずいぷん緻密につくられています。こしらえるのはかなり天変だったはずです。まあ、なに
 か大事な目的があればこそ、こうして手間暇かけて造ったのでしょうが」

 「中に降りてみてもかまいませんか」と免色は監督に言った。
  監督は少し迷った。それからむずかしい顔をして言った。「そうですね、まず私が降りてみま
 しょう。何かあるとまずいですから。それでもし何もなければ、そのあとで免色さんが降りてみ
 てください。それでよろしいですか?」
 「もちろん」と免色は言った。「そうしてください」
  作業員がトラックから金属製の折りたたみ式梯子を持ってきて、それを広げて下に降ろした。
 監督はヘルメットをかぷり、その梯子をつたってニメートル半ほど下にある土の床に降りた。そ
 してしばらくあたりを見回していた。まず上を見上げ、それから懐中電灯を使ってまわりの石壁
 と足元を細かく確かめた。地面に置かれた鈴のようなものを注意深く観察していた。しかしそれ
 には手を触れなかった。観察しただけだ。それから作業靴の底で地面を何度かこすりつけた。と
 んとんと腫を打ちつけた。何度か深呼吸をし、匂いを嗅いだ。彼が穴の中にいたのは全部で五分
 か六分か、そんなものだった。それからゆっくりと梯子を登って地上に出てきた。

 「危険はないようです。空気もまともだし、変な虫みたいなのもいません。足場もしっかりして
 います。降りてかまいませんよ」と彼は言った。

 Flanne

  免色は動きやすいように防水コートを脱ぎ、フランネルのシャツとチノパンツというかっこう
 になり、懐中電灯をストラップで首からつるし、金属の梯子を下りていった。我々はその姿を上
 から無言で眺めていた。監督は投光器の光で免色の足下を照らしていた。免色は穴の底に立ち、
 そこで様子をうかがうようにしばらくじっとしていたが、やがて周りの石壁を于で触り、屈み込
 んで地面の感触を確かめた。そして地面に置かれた鈴のようなものを手に取り、手にした懐中電
 灯の明かりでそれをしげしげと眺めた。それから小さく何度か振った。彼がそれを振ると、紛れ
 もないあの「鈴の音」がした。間違いない。誰かが真夜中にここでそれを鳴らしていたのだ。し
 かしその誰かはもうここにはいない。鈴があとに残されているだけだ。免色はその鈴を見ながら
 何度か首を振った。不思議だ、というように。それから彼はもうコ皮、まわりの壁を綿密に調べ
 た。どこかに秘密の出入り目があるのではないかと。しかしそれらしきものは何も見つからなか
 った。そして上を向いて地上にいる我々を見た。彼は途方に暮れているように見えた。

  彼は梯子に足をかけ、于を伸ばしてその鈴のようなものを私に向けて差し出した。私は身を屈
 めてそれを受け取った。古びた木製の柄には冷たい湿気がじっとり染みこんでいた。私はそれを、
 免色がそうしたのと同じように軽く振ってみた。思いのほか大きな鮮やかな音がした。何ででき
 ているのかはしらないが、その金属部分はまったく損なわれていなかった。汚れてはいるか錆び
 てはいない。長い歳月にわたって湿った土中に置かれていたにもかかわらず、どうして錆びなか
 ったのか、そのわけがわからなかった。

 「それは何ですか、いったい?」と監督が私に尋ねた。彼は四十代半ば、がっしりとした体格の
 小男だった。日焼けして、うっすらと無精髭をはやしていた。
 「さあ、なんでしょう。昔の仏具のようにも見えます」と私は言った。「いずれにせよ、かなり
 古い時代のもののようです」
 「それがお探しのものだったんですか?」と彼は尋ねた。

  私は首を振った。「いや、我々が予期していたのはちょっと違うものです」
 「それにしてもなんだか不思議な場所だ」と監督は言った。「うまく目では言えないが、この穴
 にはどことなく謎めいた雰囲気があります。いったい誰が何のために、こんなものをつくったん
 でしょうね。昔のことだろうし、これだけの石を山の上まで運んできて積み上げるには、相当な
 労力を要したはずです」

  私は何も言わなかった。

  やがて免色が穴から上がってきた。そして監督を脇に呼んで、二人で長いあいだ何ごとかを話
 しあっていた。そのあいだ私は鈴を手に穴の脇に立っていた。その石室に降りてみようかとも思
 ったが、思い直してやめた。雨田政彦ではないが、余計なことはできるだけしない方がいいかも
 しれない。そっとしておけるものは、そっとしておくのが賢明かもしれない。私は手にしていた
 その鈴をとりあえず祠の前に置いた。そしてズボンで手のひらを何度か拭った。

  免色がやってきて、私に言った。

 「あの石室全体を詳しく調べてもらいます。一見したところただの穴のようにしか見えませんが、
 念には念を入れて隅々まで点検してもらいます。何か発見があるかもしれない。たぶん何もない
 とは思いますが」と免色は言って、私が祠の前に置いた鈴を見た。「しかしこの鈴しかあとに残
 されていないというのは奇妙ですね。誰かがあの中にいて、真夜中に鈴を鳴らしていたはずなの
 に」

 「鈴がひとりで勝手に鳴っていたのかもしれませんよ」と私は言ってみた。
  免色は微笑んだ。「なかなか面白い仮説だが、私はそうは思いません。誰かがあの穴の底から、
 なんらかの意志をもってメッセージを送っていたのです。あなたに向かって。あるいは我々に向
 かって。あるいは不特定多数の人に向かって。でもその誰かはまるで煙のように消えてしまった。
 あるいはあそこから抜け出してしまった」
 「抜け出した?」
 「するりと、我々の目をかいくぐって」

  彼の言っていることは私にはよく理解できなかった。

 「魂というのは、目には見えないものですから」と免色は言った。
 「あなたはそういう魂の存在を信じるのですか?」
 「あなたは信じますか?」

  私はうまく答えられなかった。

  免色は言った。「魂の実在をあえて信じる必要はないという説を私は信じています。でも逆に
 言えばそれは、魂の実在を信じない必要もないという説を信じることにもな力ます。いささか持
 って回った物言いになりますが、言わんとすることはおわかりいただけますか」
 「漠然と」と私は言った。
  免色は祠の前に私が置いた鈴を手に取った。そして何度かそれを宙で振って鳴らした。「これ
 を鳴らし、念仏を唱えながら、あの地中でおそらく一人の憎が息を引き取っていったのでしょう。
 埋められた井戸の底で、重い蓋をされた真っ暗な空間の中でとても孤独に。そしてまたおそらく
 は秘京表に。どんな憎だったか、私にはわかりません。偉いお坊さんだったのか、あるいはただ
 の狂信者だったのか。いずれにせよ誰かがその上に石の塚を築いた。そのあとにどのような経過
 があったのかはわかりませんが、彼がここで人定を遂げたことはなぜか人々にすっかり忘れられ
 てしまったようです。そしてあるとき大きな地震かおり、塚は崩れてただの石の山になってしま
 った。小田原近辺は場所によっては、一九二三年の関東大震災でかなりひどくやられましたから、
 あるいはそのときのことかもしれません。そしてすべては忘却の中に呑み込まれてしまった」

 「もしそうだとしたら、その即身仏は―つまりミイラは―いったいどこに消えたのでしょう?」

  免色は首を振った。「わかりません。ひょっとして、どこかの段階で誰かが穴を掘り返し、持
 ち出したのかもしれない」
 「そのためにはこれだけの石をすべてどかせて、それをまた積み上げる必要があります」と私は
 言った。「そしていったい誰が、昨日の真夜中にこの鈴を振っていたのですか?」
  免色はまた首を振った。それから小さく微笑んだ。「やれやれ、これだけの機器を持ち出して
 重い石の山をどかし、石室を開いて、その結果判明したのは、我々には結局何ひとつわからなか
 ったという事実だけのようです。辛うじて手に入ったのはこの古い鈴ひとつだけだ」

  どれだけ細かく調べても、その石室には何の仕掛けもないことが判明した。それは古い石壁で
 まわりを囲まれた、深さニメートル八十センチ、直径一メートル八十センチほどのただの円形の
 穴だった(彼らはその寸法を正式に計測した)。ショベルカーはトラックの荷台に積まれ、作業
 具たちは様々な道具や工具をまとめて引き上げていった。あとには聞かれた穴と金属製の梯子だ
 けが残った。現場監督がその梯子を厚意で残していってくれたのだ。人が誤って穴に落ちないよ
 うに、厚板が錫杖か穴の上にわたされた。強い風で飛んだりしないように、板の上には重しとし
 ていくつかの石が置かれた。元あった木製の格子の蓋は重すぎて持ち上げられず、近くの地面に
 置きっぱなしにされ、その上にビニールシートがかけられていた。

  免色は最後に監督に向かって、この作業については誰にも口外しないでもらいたいと頼んだ。
 考古学的に意味があるものなので、しかるべき発表の時期が来るまでしばらく世間には秘密にし
 ておきたいのだと彼は言った。

 「承知しました。これはここだけのことにしておきます。みんなにも余計なことは言わなに、し
 っかり釘を刺しておきます」と監督は真剣な顔で言った。

  人々と重機が去って、いつもの山の沈黙がそのあとを埋めると、掘り返された場所はまるで大
 きな外科手術を受けたあとの皮膚のように、うらぷれて痛々しく見えた。隆盛を誇ったススキの
 茂みは完膚無きまでに踏みつぶされ、暗く温った地面にはキャタピラの轍が縫い跡となって残っ
 ていた。雨はもう完全に上がっていたが、空は相変わらず切れ目のない単調な灰色の雲に覆われ
 ていた。

  新たに別の地面に積み上げられた石の山を見ながら、こんなことをしなければよかったんだと
 いう思いを私は持たないわけにはいかなかった。あのままの形にしておくべきだったんだ、と。
 しかしその一方で、そうしなければならなかったというのも、また間違いのない事実だった。私
 はあの夜中のわけのわからない音を、いつまでも聞き続けるわけにはいかなかっただろうから。
 とはいえ、もし免色という人物に出会わなかったなら、あの穴を掘り起こす手だては私にはなか
 ったはずだ。彼が業者を手配したからこそ、そして彼がその費用――どれはどの額になるのか見
 当もつかないが――を負担したからこそ、これだけの作業が可能になったのだ。

  しかし私がこうして免色という人物と知り合いになり、その結果こんな大がかりな「発掘」を
 行うことになったのは、本当にたまたまのことだったのだろうか? ただの偶然の成り行きによ
 るものなのだろうか? あまりにも話がうま過ぎはしないか? そこには筋書きみたいなものが
 前もって用意されていたのではあるまいか? 私はそんな落ち着き先のないいくつかの疑問を胸
 に抱えながら、免色と共に家に戻った。免色は掘り出した鈴を手にしていた。彼は歩いているあ
 いだずっとそれを手から離さなかった。その感触から何らかのメッセージを読み取ろうとしてい
 るみたいに。

  家に戻ると免色はまず私に尋ねた。「この鈴はとこに置きましょうか?」

  鈴を家の中のどこに置けばいいのか、私には見当がつかなかった。だからとりあえずスタジオ
 に置いておくことにした。そんなわけのわからないものをひとつ屋根の下に置いておくことは、
 私としてはもうひとつ気が進まなかったけれど、だからといって外に放り出しておくこともでき
 ない。おそらくは魂のこもった大事な仏具なのだ。粗末には扱えない。だから一種の中間地帯と
 もいうべきスタジオその部屋には独立した離れのような趣があったに持ち込むことにした。画材
 を並べた細長い棚の上にスペースを空け、そこに並べた。絵筆を突っ込んだ大きなマグカップの
 隣に置くと、それは画作のための特殊な道具のようにも見えた。

 「不思議な一日でしたね」と免色は声をかけた。
 「一日をすっかり潰させてしまいました。申し訳ありません」と私は言った。
 「いや、そんなことはありません。私にとってずいぶん興味深い一日だった」と免色は言った。
 「それに、これですべてが終わったというわけでもないでしょう」
 免色の顔にはずっと遠くを見ているような不思議な表情が浮かんでいた。
 「というと、まだ何かが起こるのですか?」と私は尋ねた。
 免色は言葉を慎重に選んだ。「うまく説明はできないのですが、これはただの始まりに過ぎな
 いのではないか、という気がします」
 「ただの始まり?」

  免色は手のひらをまっすぐ上に向けた。「もちろん確信があるわけじやありません。このまま
 何ごともなく、あれはずいぶん不思議な一日でしたね、ということで話が終わってしまうかもし
 れません。そうなるのがたぷんいちばんいいのでしょうが。でも考えてみたら、物ごとは何ひと
 つ解決しちやいません。いくつもの疑問が残ったままになっています。それもいくつかの大きな
 疑問が。ですから、これからまだ何かが持ち上がりそうだという予感が私の中にはあるのです」

 「あの石室に関してということですか?」

  免色はしばらく窓の外に目をやっていた。それから言った。「どんなことが持ち上がるのか、
 それは私にもわかりません。なんといっても、ただの予感に過ぎませんから」

  でももちろん免色の予感した――あるいは予言した――とおりだった。彼が言うように、その
 一日はただの始まりに過ぎなかったのだ。

飛ばしたい衝動駆られるがここは我慢の序の口よ。

                                     この項つづく 

  

エネルギーフリー社会を語ろう

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            人みな有用の用を知りて、無用の用を知るなきなり
               
                                           「人間世」(じんかんせい)     

                                                 

        ※ 膏火(こうか)は自ら煎(つ)く:才によってみずから禍を招くことの
         たとえ。狂接輿(こうせつよう:この「狂」は変人といった程度の意味)
         が孔子を批判するはなしは、『論語』微子篇にもある。そこでは接輿は
        、世界の救済を目ざした孔子の努力が、いかに危険であるかを訴え、政治
         から手をひいて隠者になれと、孔子によびかけている。『論語』の接輿
         は、未来への希望をつなぎとめているのだが、ここでは希望などは問題
         にしていない。孔子に代表されるような作為にみちた生き方を批判する
         とともに、無用の用という、価値の転倒を説いている。荘子にとっては、
         自然に同化し、自然の生を全うすることこそ、最高の価値なのである。
         鳳凰とは、聖王が現われれば飛んでくるという想像上の鳥だが、ここで
         は孔子を擬している。

 

    

 読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅰ部』  

   16.比較的良い一日 

  その夜、私はなかなか寝付けなかった。スタジオの棚に置いた鈴が夜中に鳴り出すのではない
 かと不安だったからだ。もし鈴が鳴り出したら、いったいどうすればいいのだろう? 頭から布
 団をかよって、そのまま朝まで何も聞こえないふりをすればいいのか? それとも懐中電灯を手
 に、スタジオまで様子を見に行くべきなのか? 私はいったいそこで何を見出すことになるのだ
 ろう?

  どうするべきか心を決めかねたまま、私はベッドの中で本を読んでいた。しかし時刻が二時を
 過ぎても鈴は鳴り出さなかった。耳に届くのは夜の虫の声だけだった。本を読みながら五分ごと
 に枕元の時計に目をやった。ディジタル時計の数字が2:30になって、私はそこでようやく安
 堵の息をついた。今夜はもう鈴は鳴らないだろう。私は本を閉じ、枕元の灯りを消して眠った。

  翌朝七時前に目が覚めたとき、鍛初にとった行動はスタジオに鈴を見に行くことだった。鈴は
 昨日私かそこに置いたまま、棚の上にあった。太陽の光が山を明るく照らし、カラスたちがいつ
 もの販やかな朝の活動にかかっていた。朝の光の中で見ると、その鈴は決して禍々しいものには
 見えなかった。過去の時代からやってきた、よく使い込まれたただの素朴な仏具に過ぎなかった。

  私は台所に戻り、コーヒーメーカーでコーヒーをつくって飲んだ。固くなりかけたスコーンを
 トースターで温めて食べた。それからテラスに出て朝の空気を吸い、手すりにもたれて、谷の向
 かい側の免色の家を眺めた。色づけをした大きな窓ガラスが朝日を受けて眩しく光っていた。た
 ぶん週に一度のクリーニング・サービスの中にはすべてのガラスの清掃も含まれているのだろう。
 そのガラスは常に美しく、眩しく保たれていた。しばらく眺めていたが、テラスに免色の姿は現
 れなかった。我々が「谷間越しに手を振り合う」という状況はまだ生まれていない。

  十時半に車に乗ってスーパーマーケットに食品の買い物に行った。戻ってきて食品を整理し、
 簡単な昼食をつくって食べた。豆腐とトマトのサラダと握り飯がひとつ。食後に濃い緑茶を飲ん
 だ。そしてソファに横になってシューベルトの弦楽四重奏曲を聴いた。美しい曲だった。レコー
 ド・ジャケットに書かれている説明を読むと、この曲が初演されたとき、「新しすぎる」という
 ことで聴衆のあいだには少なからず反撥があったということだった。どこが「新しすぎる」のか
 私にはよくわからなかったが、たぶんどこかしら当時の古風な人々の気に障るところがあったの
 だろう。

  レコードの片面が終了したところで急に眠くなり、毛布を身体の上に掛け、ソファの上でしば
 らく眠った。短いけれど深い眠りだった。眠ったのはおそらく二十分くらいのものだろう。いく
 つか夢を見たような気がする。しかし目覚めたときに、どんな夢だったか忘れてしまった。そう
 いう種類の夢がある。繋がりのないいくつかの断片が交錯するように現れる夢だ。断片のひとつ
 ひとつにはそれなりの質量があるのだが、それらは絡み合うことでお互いを打ち消しあってしま
 う。

  私は台所に行って、冷蔵庫で冷やしたミネラル・クォーターをボトルからそのまま飲み、身体
 の隅の方に雲の切れ端のように居残っている眠りの残滓を追い払った。そして自分は今、一人き
 りで山の中にいるのだという事実をあらためて確認した。私はここで一人で暮らしている。何か
 しらの運命が、私をこのような特別な場所に運び込んできたのだ。それからまた鈴のことを思い
 出した。雑木林の奥のあの不思議な石室の中で、いったい誰がその鈴を振っていたのだろう。そ
 してその誰かは今、いったいどこにいるのだろう?

  絵を描くための服に着替え、スタジオに入って、免色の肖像画の前に立ったときには、時刻は
 午後二時を過ぎていた。私はだいたいいつも午前中に仕事をすることにしている。午前八時から
 十二時というのが、私が画作にいちばん集中できる時間だった。結婚していたときにはそれは、
 妻を仕事に送り出して一人になったあとの時間を意味していた。私はそこにある「家庭内の静け
 さ」のようなものが好きだった。山の上に越してきてからは、豊かな自然が惜しみなく提供して
 くれる、朝の鮮やかな光と混じりけのない空気を好むようになった。そのように毎日同じ時間帯
 に同じ場所で仕事をすることは、私にとって昔から大事な意味を持っていた。反復がリズムを生
 み出してくれる。しかしその日は、前夜にうまく眠れなかったせいもあって、午前中をとりとめ
 もなく過ごしてしまった。だから午後になってスタジオに入ることになった。

  私は作業用の丸いスツールに腰掛けて両腕を組み、ニメートルほど離れたところから、その描 
 きかけの絵を眺めた。私はまず免色の顔の輪郭だけを細い絵筆で描き、そのあと彼がモデルとし
 て私の 前にいた十五分ほどのあいだに、そこにやはり黒色の絵の具を使って肉付けをおこなっ
 ていた。それはまだただの粗っぽい「骨格」に過ぎなかったが、そこにはうまくひとつの流れが
 生まれていた。免色渉と雨に濡れた雑木林のもたらす緑色。自分自身に向かって、何度か小さく
 肯きさえした。それは絵に関して、私かずいぶん久しぷりに感じることのできた確信(のような
 もの)だった。そう、これでいい。この色が私のほしかった色だ。あるいはその「骨格」自体が
 求めていた色だ。それから私はその色を基にして、いくつかの周辺的な変化色をこしらえ、それ
 らを適度に加えて全休に変化をつけ、厚みを作っていった。

  そうしてできあがった画面を眺めているうちに、次の色が自然に順に浮かんできた。オレンジ。
 ただのオレンジではない。燃えたつようなオレンジ、強い生命力を感じさせる色だが、同時にそ
 こには退廃の予感が含まれている。それは果実を緩慢に死に至らせる退廃かもしれない。その色
 作りは、緑のときより更にむずかしかった。それはただの色ではないからだ。それはひとつの情
 念に根本で繋がっていなくてはならない。運命に絡め取られた、しかしそれなりに揺らぎのない
 情念だ。そんな色を作り出すのは簡単なことではない、もちろん。しかし最終的には私はそれを
 作りあげた。私は新しい絵筆を手に取り、キャンバスの上にそれを走らせた。部分的にはナイフ
 も使った。考えないことが何より大事だった。私は思考の回路をできるだけ遮断し、その色を構
 図の中に思い切りよく加えていった。その緑を描いている間、現実のあれこれは私の順の中から
 ほぼ完全に消え去っていた。鈴の音のことも、聞かれた石室のことも、別れた妻のことも、彼女
 が他の男と寝ていることも、新しい人妻のガールフレンドのことも、絵画教室のことも、将来の
 ことも、何ひとつ考えなかった。免色のことすら考えなかった。私か今描いているのは言うまで
 もなく、そもそも免色の肖像画として始められたものだったが、私の頭にはもう免色の順さえ思
 い浮かばなかった。免色はただの出発点に過ぎなかった。そこで私かおこなっているのは、ただ
 自分のための絵を描くことだった。

  どれくらいの時聞か経過したのか、よく覚えていない。ふと気がついたときには室内はずいぶ
 ん薄時くなっていた。秋の太陽は既に西の山の端に要を消していたが、それでも私は灯りをつけ
 るのも忘れて仕事に没頭していたのだ。キャンバスに目をやると、そこには既に五種類の色が加
 えられていた。色の上に色が重ねられ、その上にまた色が重ねられていた。ある部分では色と色
 が微妙に混じり合い、ある部分では色が色を圧倒し、凌駕していた。

  私は天井の灯りをつけ、再びスツールに腰を下ろし、絵を正面からあらためて眺めた。その絵
 がまだ完成に至っていないことが私にはわかった。そこには荒々しいほとばしりのようなものが
 あり、そのある種の暴力性が何より私の心を刺激した。それは私か長いあいだ見失っていた荒々
 しさだった。しかしそれだけではまだ足りない。その荒々しいものの群れを統御し鎮め導く、何
 かしらの中心的要素がそこには必要とされていた。情念を統合するイデアのようなものが。しか
 しそれをみつけるためには、あとしばらく時間を置かなくてはならない。ほとばしる色をひとま
 ず寝かさなくてはならない。それはまた明日以降の、新しい明るい光の下での仕事になるだろう。
 しかるべき時間の経通がおそらく私に、それが何であるかを敦えてくれるはずだ。それを待たな
 くてはならない。電話のベルが鳴るのを辛抱強く待つように。そして辛抱強く待つためには、私
 は時間というものを信用しなくてはならない。時間が私の側についていてくれることを信じなく
 てはならない。

  私はスツールに腰掛けたまま目を閉じ、深く胸に息を吸い込んだ。秋の夕暮れの中で、自分の
 中で何かが変わりつつあるという確かな気配があった。身体の組織がいったんばらばらにほどか
 れて、それがまた新しく組み立て直されていくときの感触だ。しかしどうしてそんなことが今こ
 こで、私の身に起こったのだろう? 免色という謎の人物とたまたまめぐり逢い、彼に肖像画の
 制作を依頼されたことが、結果的に私の中にこのような変化を生み出したのだろうか? あるい
 は夜中の鈴の音に導かれるように、石の塚をどかせてあの不思議な石室を関いたことが、私の精
 神にとって何かの刺激になったのだろうか? あるいはそんなこととは無関係に、私はただ変化
 の時期を迎えていたということなのだろうか? どの説をとるにせよ、そこには論拠と言えるよ
 うなものはなかった。

 「これはただの始まりに過ぎないのではないか、という気がします」と免色は別れ際に私に言っ
 た。とすれば、私は彼の言う何かの始まりに足を踏み入れたということなのだろうか? しかし
 何はともあれ私は、結を描くという行為に久しぷりに激しく心を昂ぶらされたし、文字どおり時
 が経つのを忘れて結の制作に没頭することができた。私は使用した画材を片づけながら、心地良
 い発熱のようなものを皮膚に感じ続けていた。

  画材を片づけているときに、棚の上に置かれた鈴が目についた。私はそれを手に取り、二、三
 度試しに鳴らしてみた。あの例の音がスタジオの中に鮮やかに響いた。夜中に私を不穏な気持ち
 にさせた音だ。しかし今ではなぜかそれは私を怯えさせなかった。こんな古びた鈴がどうしてこ
 れほど鮮やかな音を出せるのか、意外の念に打たれただけだった。私は鈴を元あった場所に戻し、
 スタジオの灯りを消しドアを閉めた。そして台所に行って白ワインをグラスに往ぎ、それを飲み
 ながら夕食の支度をした。

  夜の九時前に免色から電話がかかってきた。
 「昨夜はいかがでした?」と彼は尋ねた。「鈴の音は聞こえましたか?」
  二時半まで起きていたが、鈴の音はまったく聞こえなかった。とても静かな夜だったと私は答
 えた。
 「それはよかった。あれ以来、あなたのまわりで不思議なことは何も起こらなかったのですね?」
 「とくに不思議なことは何も起こっていないようです」と私は言った。
 「それはなによりです。このまま何ごとも起こらないと良いのですが」と免色は言った。そして
 一息置いて付け加えた。「ところで、明日の午前中にそちらにうかがってもかまいませんか?
 できれば、もう一度あの石室をじっくりと見てみたいのです。とても興味深い場所だし」
  
  かまわない、と私は言った。明日の午前中には何の予定も入っていない。

 「それでは十一時頃にうかがいます」
 「お待ちしています」と私は言った。
 「ところで、今日はあなたにとって良い一日でしたか?」、免色はそう尋ねた。

  今日は私にとって良い一日だったか? まるで外国語の構文をコンピュータ・ソフトで機械的
 に翻訳したような響きがそこにはあった。
 「比較的良い一日だったと思います」と私は少し戸惑いながら答えた。「少なくとも悪いことは
 何も起こらなかった。お天気も良かったし、なかなか気持ちの良い一日でした。免色さんはいか
 がでした? あなたにとっては今日は良い一日でしたか?」
 「良いことと、あまり良いとは言えないことがひとつずつ起こった一日でした」と免色は言った。 

 「その良いことと悪いことと、どちらの方がより重みを持っているか、まだ秤が決めかねて左右
 に揺れているような状態です」
  それについてどう言えばいいのかわからなかったので、私はただ黙っていた。
  免色は続けた。「残念ながら私はあなたのような芸術家ではありません。私はビジネスの世界
 に生きているものです。とりわけ情報ビジネスの世界に。そこではほとんどの場合、数値化でき
 るものごとだけが、情報としてやりとりされる価値を持っています。ですから良いことも悪いこ
 とも、つい数値化する癖がついてしまっています。良いことの方の重みが少しでもまされば、た
 とえ一方で悪いことが起こっていても、それは結果的に良い一日になります。というか、数値的
 にはそうなるはずです」

  彼が何を言おうとしているのか、私にはまだわからなかった。だからそのまま口を閉ざしてい
 た。

 「昨日のことですが」と免色は続けた。「ああして地下の石室を開いたことで、私たちは何かを
 失い、何かを得たはずです。いったい何を失い、何を得ることができたのでしょう。そのことが
 私には気にかかってならないのです」

  彼は私の返事を待っているようだった。

 「数値化できるようなものは何も得ていないと思います」と私は少し考えてから言った。「もち
 ろん今のところは、ということですが。ただひとつ、あの古い鈴のような仏具は手に入りました。
 でもそんなものは実質的には、たぶん何の値打ちも持たないでしょう。由緒ある品でもないし、
 珍しい骨董品でもありませんから。その一方で、失ったものはわりにはっきり数値化できるはず
 です。そのうちに造園業者からあなたのところに請求書が届くでしょうから」
 
  免色は軽く笑った。「大した金額じやありません。そんなことは気にしないでください。私の
 気にかかるのは、私たちがそこから受け取るはずのものをまだ受け取っていないのではないか、
 ということなのです」
 「受け取るはずのもの? それはいったいどのようなものですか?」
  免色は咳払いをした。「さっきも申し上げたとおり、私は芸術家ではありません。それなりの
 直観のようなものは具えていますが、残念ながらそれを具象化する手だてを持ち合わせていない。
 その直観がどのように鋭いものであれ、それを芸術という普遍的な形態に移し替えることができ
 ないのです。私にはそのような能力が欠けています」

  私は黙って彼の話の続きを持っていた。

 「だからこそ私は芸術的、普遍的具象化の代用として、数値化というプロセスをこれまで一貫し
 て追究してきました。何によらず、人がまっとうに生きていくためには、依って立つべき中心軸
 が必要とされますから。そうですね? 私の場合は直観を、あるいは直観に似たものを、独自の
 システムに従って数値化することによって、それなりの世俗的な成功を収めてきました。そして
 その私の直観に従えば――」と彼は言って、しばらく沈黙した。しっかりした密度を持つ沈黙だ
 った。「――そしてその私の直観に従えば、私たちはあの掘り起こした地下の石室から、何かし
 らを手にすることができるはずなのです」
 「たとえばどんなものを?」

  彼は首を振った。というか、電話口で首を振るような気配が微かにあった。「それはまだわか
 りません。しかし私たちはそれを知らなくてはならない、というのが私の意見です。お互いの直
 観を持ち寄り、それぞれの具象化あるいは数値化というプロセスを通過させることによって」
  私は彼の言いたいことがまだうまく理解できなかった。この男はいったい何の話をしているの
 だろう?
 「それでは明日の十一時にお目にかかりましょう」と免色は言った。そして静かに電話を切った。

。Cezanne's water paints

                                     この項つづく 

 

再生可能エネルギーの革命的技術導入とスマートグリッドの有機的で自律的で高効率な相互運用で
クリーンエネルギー百パーセント社会を構築し、誰もが必要に応じて自由にエネルギー消費できる世
界の実現について語り合おう。第3回目の今夜は、❶2024年後の国内蓄電池市場予測と、❷自動
車用蓄電池をペロブスカイト太陽電池生産への再資源化技術について掲載する。


【RE100倶楽部:24年度国内蓄電池システム市場予測】

☑ 住宅/業務/公共用蓄電システム市場:16年比で5.6倍強/約3,684億円
☑ 同上販売台数:16年比で、11.4倍となる41万9,500台

今月17日、市場調査会社のシード・プランニングは、住宅やオフィス、避難所、発電所などに設置
される「定置用」を対象とした調査で、1kWh以上の製品を主要調査対象。キャスターが付いている可
搬型(ポータブル)製品も定置用の対象。移動体に搭載されている電池や電気機器用の電池、電気自
動車(EV)用電池は含まない。また大規模用(百~数万kWh)の蓄電システムも含まれていない。そ
の結果、住宅用、業務用、公共産業用蓄電システムの市場規模は、16年度(653億円)と比較して
5.6倍強の3684億円になるという。戸建て住宅用蓄電システムが市場をけん引し、住宅用と業務用
で、2718億円と全体の74%を占める。

また、公共産業用は「グリーンニューディール基金」向けが多くの割合を占めている。15年度は、
90%超、16年度は80%超だ。グリーンニューディール基金が終了した16年度から市場が落ち
込み、この影響は17年度まで続くと見込むがVPP(バーチャルパワープラント)用途での出荷や、
価格低下に伴う需要拡大により、18年度から市場が回復。200年度に360億円、24年度には
966億円まで成長する。

販売台数は16年度(3万6900台)と比較して、11.4倍となる41万9500台になると予測。政府が、
14年4月に閣議決定した「エネルギー基本計画」では、「20年までに標準的な新築住宅、30年
までに新築住宅の平均でZEHの実現を目指す」といった目標が設定され、そのためZEHを扱うハウス
メーカーやビルダー、工務店が増加し、ZEHへの蓄電システム搭載率が向上することが見込まれる。
同調査では20年にZEHの約10%、24年にはZEHの約40%に蓄電システムが搭載されると予測。

市場拡大要因として、❶「2019年問題」を挙げ、19年に太陽光発電システムの買い取り期間が
終了する住宅は40~50万戸になるとみられている。20年以降も1年当たりに15~30万戸の
住宅で買い取り期間が終了する。買い取り期間が終了した住宅では、買電から自家消費への移行が高
まるとを予想する。❷また太陽光発電システムのパワーコンディショナー(PCS)を買い取り期間終
了に合わせて、ハイブリッド型PCS蓄電システムに交換する動きが出てくる。買い取り期間が終了す
る設置者のうち、19年度には15%程度、24年度には30%程度が蓄電システムを導入すると予
測している。

 Mar. 7, 2017

【ZW倶楽部:ペロブスカイト型太陽電池の循環】

● US 9590278 B2 自動車蓄電池のペロブスカイト太陽電池へ再資源化

効率的なペロブスカイト太陽電池を、使用済み自動車バッテリーのアノードとカソードを再使用し製
造する新規考案が公開されている。 その概要か以下の通り。完全クローズド(鉛フリーなど)を考え
るには重要な課題技術である。

【特許請求範囲】

ペロブスカイト型太陽電池を製造する方法で、回収溶液に自動車バッテリーのアノードおよび
カソードから鉛由来材料を回収する工程と、回収溶液から鉛誘導物質から回収した鉛ヨウ化物
を合成する工程と、回収されたヨウ化ペロブスカイトナノクリスタルを回収されたヨウ化鉛か
ら形成する工程すなわち回収されたヨウ化鉛ペロブスカイトナノ結晶を基板上に堆積させるこ
ととを含む。 ペロブスカイトが式(I):A x A '1-x B y B' 1-y O 3±δ・を有する、請求項1に記載の方法。 (1)式中、Aおよ
びA 'の各々は独立して、希土類、アルカリ土類金属またはアルカリ金属であり; BおよびB 'はそれぞれ
独立して遷移金属であり、 xは0~1の範囲にあり、 yは0~1の範囲にあり、 δは、 0~1の範囲内である。 AおよびA 'は独立して、メチルアンモニウム、5-アミノ吉草酸、Mg、Ca、Sr、Ba、PbおよびBiからなる群
から選択される請求項2に記載の方法。 B、B 'はPb、Sn、Ti、Zr、V、Nb、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ni、Pd、
Pt、AlおよびMgからなる群から選択される。 前記請求項2に記載の方法がペロブスカイトがチタン酸ストロンチウムである、 前記請求項2に記載の方法がペロブスカイトがビスマスフェライトである、 前記請求項2に記載の方法がペロブスカイトが、酸化タンタル、酸窒化タンタルまたは窒化タン
タルである。 請求項6に記載の方法が ペロブスカイトが、タンタル酸ナトリウム、酸化ジルコニウム/酸窒化
タンタル、酸窒化タンタル、酸窒化タンタル、窒化タンタルまたは窒化タンタルのジルコニウム
である。 ペロブスカイトが式(Ⅱ):A x B y X 3(Ⅱ)(式中、Aはメチルアンモニウムまたは5-アミノ
吉草酸であり、 BはPbまたはSnであり; XはI、BrまたはClであり; xは0~1の範囲にあり、 yは
0~1の範囲である。 前記請求項1に記載の方法が カーバッテリーのアノードまたはカソードが硫酸鉛(PbSO4)を含
む。 前記請求項1に記載の方法が ヨウ化鉛が室温で合成される。 前期請求項1に記載の方法が、回収されたヨウ化鉛を合成するために、過酸化水素が添加される。 前期請求項1に記載の方法が、自動車バッテリーのアノード及びカソードからの回収溶液として
鉛由来材料の回収のPbO2が含まれる酸性溶液への過酸化物の添加を含むものである。

尚、詳細は説明下図表写真(抜粋)をダブクリ参照願う。

 

 

  

最新スマートプリント電子工学

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         その異なるものよりこれを視れば、肝胆も楚越(そえつ)なり、
        その同じきものよりこれを視れば、万物もみな一なり

                         徳充符(とくじゅうふ)

                                                 

           ※ 静止した水はいっさいを包む:あらゆるものは違うという点から見れば、
         どれ一つとして同じ物はない。たとえば、すぐ近くにある肝臓と胆嚢(た
         んのう)でさえ、楚の国と越の国ほどのへだたりがある。これに対し、あ
         らゆるものは同じだという点から見れば、万物はすべて一つである。

        ※ 徳充符:荘子にとって徳の充実とは、いっさいの固定観念から脱却し、お
          のれを虚にすることにほかならない。"徳充ちたる符"は、いっさいをある
          がままに受けいれていく人間にのみ与えられる。  

幻の果実アドベリー

 

【DIY日誌:中断と再会】 

● 開店休業中スリーディプリンタ屋 

すっかり掲載しなくなった「スリーディプリンタ」。言い訳じみているが、ハードの組み立ては簡単
で、デザイン/ソフトの考案/習得に時間が掛かるのは常識、環境工学研究所WEEF の仕事にを抱え
ていてはとても時間が割けないというのが実情で、プリンタは収納庫に放置で断念。

 
● シロアリ駆除は、考案の燻煙法のテスト

第1回目の試作機をテスト。不具合5項目――❶天板厚み不足、❷と出ノズル口径変更、❸注水ノズ
ル口径変更、❹ノズル材質変更、❺逆止弁追加。尚、駆除方法はマル秘。このトライは、この夏に従
来法(散布法)との時間差併行テストを実施(予定)。

  
【ネオコン倶楽部:最新スマートプリント電子工学】 

● 完全な2次元のナノマテリアルプリントトランジスタ
             ―― 複合ナノシートと電解質の併用で実現 

  Apr. 07, 2017

今月7日、ダブリン大学のJonathan Coleman教授らの研究グループは、完全な2次元のナノマテリアル
プリントトランジスタを製作。これらの材料は、新しい電子特性と低コスト化の可能性を組み合わせ
ている。この画期的な新機能は、デジタルカウントダウンを表示警告する食品包装、ワインの最適温度を知ら
れるラベルなどモノ情報(IoT)などの新しい未来的な機能付加を実現する。また、ICT(情報通信技術
)や製薬業界、太陽電池からLED にわたり、電子デバイスを安価にプリントし、インタラクティブな
食品/薬などのスマートラベルから次世代紙幣セキュリティや電子パスポートなどラベル、ポスター、
パッケージなどの広範囲の用途が想定される。このプリントされた電子回路は、消費商品の情報を収
集/処理/表示/伝達を実現する(例えば、上写真のミルクカートンのように)。この様に2次元ナ
ノマテリアルは、従来のプリンタブルな電子デバイスで使用されている材料と競合できると考える。

また、研究グループは、このプリンタブルな電子デバイスは、過去30年間、グラフェンベースは研
究開発されてきた。これらの分子はプリンタブルなインキに容易に変えることができるが不安定であ
った。カーボンナノチューブや無機ナノ粒子などの代替材料を用いて、克服しようとする試みが数多
く行われてきたが、これらの材料は性能や生産性に難点を抱えていた。プリントされた2次元デバイ
スの性能は、高度なトランジスタとだ比較できるほどではないが、プリンタブルトランジスタの性能
向上できると考えている。

このインクを作るため、研究グループは2008年にColeman 研究室で開発された「液相剥離」を利用し
て層状結晶を剥離する。これにより、溶液中に分散した2次元シートが大量に生成され、インクジェ
ットプリンタで印刷できるが、当初の大きな課題は、ナノシート・ネットワークの電流をオン/オフす
る方法を探し出す必要があった。スイッチングのために十分な電流レベルを得るためには、より厚い
ネットワークが必要とされるだけでなく、スイッチングの効率も低下する。そこで、従来の誘電体材
料の代わりに新しい形態の固体電解質を開発し電気化学的克服法を考え出す―――窒化ホウ素ネット
ワークの細孔をイオン液体で充填し、固体のような構造を与え、電荷を蓄積してスイッチングを起こ
すためのイオン移動度を伴うというものである。

下図の構造説明図のように、イオン液体中で ❶アルミナ被覆PET上に、❷グラフェン電極、❸窒化ホ
ウ素誘電/絶縁体、❹セレンタングステン超伝導チャネルナノシートで構成する2次元ナノ材料を作
製。これらのナノシートは、数ナノメートルの厚さで、数百ナノメートルの幅を有する平坦なナノ粒
子。重要なことに、異なる材料から構成したナノシートは、導電性、絶縁性または半導体性の電子特
性を有し、電子工学のすべての構成要素を含むものである。液体処理は、インクに加工するのが容易
な形態で高品質の2次元材料を大量に生成できるのが特徴で、非常に低コストで回路印刷できる。ア
ニメーションポスターからスマートラベルにわたる広範囲の用途を実現するが、一方で、移動性、オ
ン/オフ比、スイッチング速度を向上させるなどの、パフォーマンスを大幅改善する課題が残る。


All-printed thin-film transistors from networks of liquid-exfoliated nanosheets, Science  07 Apr 2017:
Vol. 356, Issue 6333, pp. 69-73 DOI: 10.1126/science.aal4062

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』   

   16.比較的良い一日 

  免色が電話を切ったすぐあとに、人妻のガールフレンドから電話がかかってきた。私は少し驚
 いた。夜のこんな時刻に彼女から連絡があるのは珍しいことだったからだ。

 「明日のお昼頃に会えないかな?」と彼女は言った。
 「悪いけど、明日は約束があるんだ。ついさっき予定を入れてしまった」
 「他の女の人じゃないわよね?」
 「違う。例の免色さんだよ。ぼくは彼の肖像画を描いている」
 「あなたは彼の肖像画を描いている」と彼女は繰り返した。「じゃあ、明後日は?」
 「明後日はきれいそっくり空いている」
 「よかった。午後の早くでかまわない?」
 「もちろんかまわないけど、でも土曜日だよ」
 「それはなんとかなると思う」
 「何かあったの?」と私は尋ねた。
  彼女は言った。「どうしてそんなことを訊くの?」

 「君がこんな時刻にうちに電話をしてくるのは、あまりないことだから」

  彼女は喉の奥の方で小さな声を出した。呼吸の微調整をしているみたいに。「今はひとりで車
 の中にいるの。携帯でかけている」
 「車の中でひとりで何をしているの?」
 「車の中でひとりになりたかったから、ただ車の中でひとりになっているだけよ。主婦にはね、
 そういう時期がたまにあるの。いけない?」
 「いけなくはない。まったく」

  彼女はため息をついた。あちこちのため息をひとつにまとめ、圧縮したようなため息だった。
 そして言った。「あなたが今ここにいるといいと思う。そして後ろから入れてくれるといいなと
 思う。前戯とかそういうのはとくにいらない。しっかり湿ってるからぜんぜん大丈夫よ。そして
 思い切り大胆にかき回してほしい」
 「楽しそうだ。でもそうやって思い切り大胆にかき回すには、ミニの車内は少し狭すぎるかもし
 れない」
 「贅沢はいえない」と彼女は言った。
 「工夫してみよう」
 「そして左手で乳房をもみながら、右手でクリトリスを触っていてほしい」
 「右足は何をすればいいのかな? カーステレオの調整くらいはできそうだけど。音楽はトニー・
 ベネットでかまわないかな?」
 「冗談で言ってるんじやないのよ。私はしっかり真刻なんだから」

 「わかった。悪かった。真剣にやろう」と私は言った。「ところで今、君はどんな服を着ている?」
 「私か今、どんな服を着ているか知りたいわけ?」と誘いかけるように彼女は言った。
 「知りたいな。それによってこちらの手順も変わってくるから」

  彼女は着ている服についてとても克明に電話で説明してくれた。成熟した女性たちがどれくら
 い変化に富んだ衣服を身につけているか、そのことは常に私を驚かせる。彼女は口頭でそれを一
 枚一枚、順番に脱いでいった。

 「どう、十分硬くなったかしら?」と彼女は尋ねた。
 「金槌みたいに」と私は言った。
 「釘だって打てる?」
 「もちろん」

  世の中には釘を打つべき金槌があり、金槌に打たれるべき釘がある、と言ったのは誰だったろ
 う? ニーチェだったか、ショーペンハウエルだったか。あるいはそんなこと誰も言っていない
 かもしれない。
  私たちは電話回線を通して、リアルに真剣に身体を絡め合った。彼女を相手に――あるいは他
 の誰とも――そんなことをするのは初めてだった。しかし彼女の言葉による描写はずいぶん細密
 で刺激的だったし、想像の世界で行われる性行為はある部分、実際の肉休による行為以上に官能
 的だった。言葉はあるときにはきわめて直接的になり、あるときにはエロティツクに示唆的にな
 った。そんな言葉のやりとりをひとしきり続けた末に、私は思いもよらず射精に至った。彼女も
 オーガズムを迎えたようだった。

  私たちはしばらくそのまま、何も言わずに電話口で息を整えていた。

 「じやあ、土曜日の午後に」と彼女はやがて気を取り直したように言った。「例のメンシキさん
 についても、少しばかり話したいことかあるの」
 「何か新しい情報が入ったのかな?」
 「例のジャングル通信をとおして、いくつかの新しい情報が。でも直接会って話すことにする。
 たぶんいやらしいことをしながら」
 「これから家に帰るの?」
 「もちろん」と彼女は言った。「そろそろ家に戻らなくちやならない」
 「運転に気をつけて」
 「そうね。気をつけなくちや。まだあそこがひくひくしているから」

  私はシャワーに入って、射精したばかりのペニスを石鹸で洗った。そしてパジャマに着替え、
 その上にカーディガンを羽織り、安物の白ワインのグラスを手に持ってテラスに出て、免色の宮
 のある方を眺めた。谷間の向こうの、彼の真っ白な大きな宮の明かりはまだついていた。家中の
 明かりがしっかりついているみたいだった。彼がそこで(おそらくは)一人で何をしているのか、
 私にはもちろんわからない。コンピュータの画面に向かって、直観の数値化を探求し続けている
 のかもしれない。

 「比較的良い一日だった」、私は自分に向かってそう言った。

  そしてそれは奇妙か一日でもあった。そして明日がどんな一日になるのか、私には見当もつか
 なかった。それからふと屋根裏のみみずくのことを思い出した。みみずくにとっても今日は良い
 一日だったろうか? それから私は、みみずくの一日はちょうど今頃から始まるのだということ
 に気づいた。彼らは昼間は暗いところで眠っている。そして暗くなると森に獲物をとりに出かけ
 る。みみずくにはたぶん朝の早い時刻に尋ねなくてはならないのだ。「今日は良い一日だったか
 い?」と。

  私はベッドに入ってしばらく本を読み、十時半には明かりを消して眠りに就いた。朝の六時前
 までそのまま一度も目が覚めなかったところを見ると、たぶん真夜中に鈴は鳴らされなかったの
 だろう。

 ♞  There are horrible people who, instead of solving a problem, tangle it up and make it
       harder to solve for anyone who wants to deal with it. Whoever does not know how to
       hit the nail on the head should be asked not to hit it at all.

                                                                                                              Friedrich Nietzsche

 

 

    17 どうしてそんな大事なことを見逃していたのか

  私が家を出ていくとき、妻が最後に口にした言葉を忘れることができなかった。彼女はこう言
 った。「もしこのまま別れても、友だちのままでいてくれる? もし可能であれば」と。私には
 そのとき(そしてその後も長いあいだ)、彼女が何を言おうとしていたのか、何を求めていたの
 か、うまく理解できなかった。何の昧もしない食物を口にしたときのように、途方に暮れてしま
 っただけだった。だからそう言われたとき、「さあ、どうだろう」としか答えられなかった。そ
 してそれが私が彼女に面と向かって口にした最後の言葉になった。最後の言葉としてはずいぶん
 情けないひとことだ。

  別れたあとも、私と彼女とは今でもなお一本の生きた管で繋がっている――私はそのように感
 じていた。その管は目には見えないけれど、今でも小さく脈打っていたし、温かい血液らしきも
 のが二人の魂のあいだを僅かに行き果していた。そういう生体的感覚が、少なくとも私の側には
 まだ残っていた。でもその管もいつかそう遠くない日に断ち切られてしまうことだろう。そして
 もしいずれ切断されなくてはならないのなら、私としては二人のおいたを結ぶそのささやかなラ
 イフラインを、なるべく早く生命を欠いたものに変えてしまう必要があった。その管から生命が
 失われ、ミイラのように干からびたものになってしまえば、鋭い刃物で切断される痛みもそれだ
 け耐えやすいものになるからだ。そしてそのためにはユズのことをできるだけ早く、できるだけ
 多く忘れてしまう必要があった。だからこそ私は彼女に連絡をとらないように努めていた。旅行
 から帰ってきて、荷物を引き取りにいくときに一度だけ電話をかけた。私はあとに残してきた画
 材一式を必要としていたから。それが今のところ、別れたあとにユズと交わした唯一の会話であ
 り、その会話はとても短いものだった。



  我々が夫婦関係を正式に解消し、それからあとも友だちの関係でいられるとは、私にはとても
 考えられなかった。我々は結婚していた六年の歳月を連して、ずいぶん多くのものごとを共有し
 てきた。多くの時間、多くの感情、多くの言葉と多くの沈黙、多くの連いと多くの判断、多くの
 約束と多くの諦め、多くの悦楽と多くの退屈。もちろんお互いに口には出さず、自分の内部に秘
 密として抱えていることもいくつかあったはずだ。しかしそのような隠しごとがあるという感覚
 さえ、我々はなんとか工夫して共有してきたのだ。そこには時間だけが培うことのできる「場の
 重み」が存在した。我々はそのような重力にうまく身体を連合させ、微妙なバランスを取りなが
 ら生きてきた。そこにはまた我々独白の「ローカル・ルール」のようなものがいくつも存在した。
 それらを全部なしにして、そこにあった重力のバランスや「ローカル・ルール」を抜きにして、
 ただ単純に「良き友だち」なんかになれるわけはない。

  そのことは私にもよくわかっていた。というか、長い旅行のあいだ一人でずっと考え抜いた末
 に、そういう結論に私は達していた。どれだけ考えても、出てくる結論はいつも同じだった。
  ユズとはできるだけ距離を置き、接触を断っていた方がいい。それが筋の通ったまともな考え
 方だった。そして私はそれを実行した。

  またその一方で、ユズの方からも連絡はまったくこなかった。一本の電話もかかってこなかっ
 たし、一通の手紙も届けられなかった。「友だちでいたい」と口にしたのは彼女の方であるにも
 かかわらずだ。そしてそのことは思いのほか、予想を連かに超えて私を傷つけた。いや、正確に
 言えば、私を傷つけたのは実際には私自身たった。私の感情はそのいつまでも続く沈黙の中で、
 刃物でできた重い振り子のように、ひとつの極端からもうひとつの極端へと大きな弧を描いて行
 き来した。その感情の弧は、私の肌にいくつもの生々しい傷跡を残していった。そして私がその
 痛みを忘れるための方法は、実質的にはひとつしかなかった。もちろん絵を描くことだ。

                                     この項つづく

  

✪ 滋賀の隠れた名産品「笹寿しセット」 (有)仲よし(道の駅 藤樹の里あどがわ)

彦根市長選挙の連呼を逃げるかのように湖西へ車を走らせる。途中、海津大崎~管浦間の土砂崩れ
事故で不通。折り返し国道を通り高島の安曇川へ向かう。「道の駅 藤樹の里あどがわ」で二人で「
鰊そば」を頂きドライブを折り返す。途中、ハードトップの左ループジョイント金具が脱落のトラ
ブルに見舞われ(修理)、木之本から北陸高速自動車道に入り、開設された小谷城趾スマートイン
ターチェンジを下り、長浜バイパス道を経由し国道8号線を走る。途中、マツダ自販店により故障
を伝え帰宅する。早速、買ってきた、アドベリークッキーを食べ、「笹寿しセット」と白い金麦を
食べまた飲み干す。

 幻の果実アドベリー

 

  

 

ブラックマッペの超常現象

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            人は流水に鑑みるなくして、止水に鑑みる

                         徳充符(とくじゅうふ)

                                                 

           ※ 静止した水はいっさいを包む:魯に王馳(おうたい)という兀者(ごつ
         しゃ:足切りの刑に処せられた人間)がいた。たいへん人望があって、
         孔子にも劣らぬほど多くの弟子がいた。「流れる水は鏡にならぬ。だが
         節止した水は、いっさいの姿をうつしだすことができる。王馳はいわぱ
         静止した水のような人物なのだ」と彼を引用し説く。

 

【世界の朝食:インドのドーサ】

南インドのクレープ様の料理の1つ。 米とウラッド・ダール(皮を取って二つに割ったケツルアズ
キのダール)を吸水させてからペースト状にすりつぶし、泡が立つまで発酵させた生地を熱した鉄板
の上でクレープのように薄く伸ばして焼く。❶ジャガイモなどを香辛料と炒め煮にしたものをドーサ
でくるんだマサラ・ドーサ、❷焼く過程で伸ばした生地の焼けていない部分を削り取って薄く焼いた
ペーパー・ドーサ、❸生地に小麦粉の全粒粉を加えたゴドゥマイ・ドーサ、セモリナを加えたラヴァ
・ドーサ、❹シコクビエ粉を加えたラギ・ドーサ、茹でてつぶしたジャガイモを加えたウルライキジ
ャング・ドーサ、❺ジャガリー(黒砂糖)を加えた甘いヴェッラ・ドーサなど、様々なバリエーショ
ンがある。ココナッツやトマトなどの塩味のチャツネやサンバールと一緒に食べることが多い。南イ
ンドでは朝食や昼食の常食レシピ。スリランカではトーサイと呼ばれ特にタミル人の間で人気がある。

ところで、ダールとは、剥いた小粒の豆(ヒラマメなど)を挽き割ったもの、およびそれを煮込んだ
南アジアの料理のことである。しばしば香辛料が入るため、欧米や日本では「ダール・カレー」と紹
介されることが多いが、加える水の量によって濃さはルー状からスープ状まで色々である。語源はサ
ンスクリットで「分けること」という意味のダラ。インド、パキスタン、バングラデシュ、ネパール
の料理では、主菜となることもあり、南インドでは米や野菜と、北インドとパキスタンでは米やチャ
パティ、ロティなどと共に食べられる。

 secret to make crispy dosa

また、ドーサの原材料であるケツルアズキ(別名:黒緑豆)は、はササゲ属アズキ亜属のつる性草本。日
本では主に『もやし豆』として知られている。耐乾性が強く、黒色~黄緑色の種子を付ける。インド
からバングラデシュ、パキスタン、ミャンマーにかけて分布、野生種(リョクトウ(緑豆)と共通祖
先)から栽培化されたと考えられているもの。インドでは古来より保存食(乾燥豆)として一般的で、
煮たり煎ったり、あるいは粉に挽いて用いられる。また、未熟な莢はサヤインゲンの様に野菜として
利用される。2R,5R-ビス(ジヒドロキシメチル)-3R,4R-ジヒドロキシピロリジンを含むマメ科植物には、
血糖値を抑制する効果のあるα-グルコシダーゼ阻害作用を有するものがあり、アズキ、インゲンマメ、
ケツルアズキ(コクリョクトウ)、リョクトウ、黒ダイズの順でその活性が高く、エンドウ及びダイ
ズではほとんどその活性を示さなないと報告されている(Wikipedia)。 

また、ブラックマッペ(ケツルアズキ)を発芽させたモヤシは、、緑豆モヤシより細めで水分量が少
なく、その分モヤシの風味や香りが強い。成分としては緑豆モヤシと同等だが、ビタミンCとカルシ
ウムの量が緑豆モヤシより数値が高くなっている(下表)。ブラックマッペを知れば知るほど――米
小麦に相当し、スプラウトとして野菜として使え、さらに調理残渣の皮、茎、葉、根などすべて再利
用できそうで太陽光型植物工業で大量できそうだろう――凄い食品・堆肥だと感心する。

 

     

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』   

    17.どうしてそんな大事なことを見逃していたのか

  陽光が窓から静かにスタジオに差し込んでいた。緩やかな風が白いカーテンをときおり揺らせ
 た。部屋には秋の朝の匂いがした。私は山の上に往むようになってから、季節の匂いの変化にと
 ても敏感になっていた。都会の真ん中に往んでいるときには、そんな匂いがあることにほとんど
 気づきもしなかったのだけれど。

  私はスツールに腰掛け、イーゼルに載せた描きかけの免色のポートレイトを、長いあいだ正面
 から睨んでいた。それがいつもの仕事の始め方だった。自分が昨日おこなった仕事を、今日の新
 たな目で評価し直すこと。手を勤かすのはそのあとでいい。
  悪くない、としばらくあとで私は思った。悪くない。私か創りだしたいくつかの色彩が免色の
 骨格をしっかりと包んでいた。黒い絵の具で、立ち上げた彼の骨格は、今ではその色彩の裏側に
 隠されていた。しかしその骨格が奥に潜んでいることは、私の目にははっきり見えていた。これ
 から私はもう一度その骨格を表面に浮かび上がらせていかなくてはならない。暗示をステートメ
 ントに変えていかなくてはならない。

Butterflay Stool

  もちろんその絵は完成を約束してはいない。それはまだひとつの可能性の城に留まっている。
  そこにはまだ何かが不足している。そこに存在するべき何かが、不在の非正当性を訴えている。
 そこに不在するものが、存在と不在を隔てるガラス窓の向こう側を叩いている。私はその無言の
 叫びを聞き取ることができる。

  集中して絵を見ているうちに喉が渇いてきたので、途中で台所に行って、大きなグラスでオレ
 ンジ・ジュースを飲んだ。そして肩の力を抜き、両腕を宙に思い切り伸ばした。大きく息を吸い
 込み、そして吐いた。それからスタジオに戻り、もう一度スツールに座って絵を眺めた。気持ち
 を新たにし、イーゼルの上の自分の絵に再び意識を集中した。しかし何かが前とは違っているこ
 とにすぐに私は気がついた。絵を見ている角度がさっきとは明らかに異なっているのだ。

  私はスツールから降りて、その位置をあらためて点検してみた。そしてさっき私がこのスタジ
 オを離れたときとは、位置が少しずれていることに気がついた。スツールは明らかに移動させら
 れていた。どうしてだろう? 私はスツールから降りたとき、その椅子はまったく動かさなかっ
 たはずだ。そのことに間違いはない。椅子をずらさないように静かにそこから降り、戻ってきた
 ときも椅子をずらすことなく、静かにそこに腰掛けた。なぜそんなことをいちいち細かく覚えて
 いるかというと、私は絵を見る位置と角度に関してはとても神経質だからだ。私が絵を見る位置
 と角度はいつも決まっているし、野球のバッターがバッターボックスの中の立ち位置に細かくこ
 だわるのと同じで、それが少しでもずれると気になって仕方ない。



   しかしスツールの位置は、さっきまで私が座っていたところから五十センチほどずれていたし、
 角度もそのぶん違っていた。私が台所でオレンジ・ジュースを飲んで、深呼吸をしている間に、
 誰かがスツールを動かしたとしか考えられない。私のいない間に誰かがこっそりスタジオに入っ
 てきて、スツールに腰掛けて私の絵を眺め、そして私が戻ってくる前にスツールから降りて、足
 音を忍ばせて部屋を出ていったのだ。そのときに椅子を――故意にかあるいは結果的にか  動
 かした。しかし私がスタジオを離れていたのはせいぜい五分か六分のことだ。だいたいどこの誰
 が何のために、わざわざそんな面倒なことをしなくてはならないのだ? それともスツールが自
 分の意思で勝手に移動をおこなったのだろうか?

  たぶん私の記憶が混乱しているのだろう。自分でスツールを動かしておいて、それを忘れてし
 まったのだ。そう考えるよりほかはなかった。一人きりで過ごす時間が長すぎるのかもしれない。
 そのせいで記憶の順序に乱れが生じてきているのかもしれない。
  私はスツールをその位置に――つまり最初にあったところから五十センチ離れ、いくらか角度
 を変えた位置に―――留めておいた。そして試しにそこに腰掛け、そのポジションから免色のボ
 ートレイトを眺めてみた。するとそこにはさっきまでとは少し追う絵があった。もちろん同じひ
 とつの絵なのだが、見え方が微妙に追う。光の当たり方が違うし、絵の其の質感も追って見える。
 その絵にはやはり生き生きしたものが含まれている。しかしまたそれと同時に何かしら不足した
 ものがある。しかしその不足の方向性が、さっきまでとは少しばかり違って見える。

  いったい何か違うのだろう? 私は絵を見ることに意識を集中した。その違いが私にきっと何
 かしらを訴えかけているはずなのだ。その違いの中に示唆されているはずのものを、私はうまく
 見出さなくてはならない。私はそう感じた。私は白いチョークを持ってきて、そのスツールの三
 本脚の位置を床にマークした(位置A)。それからスツールを最初にあった位置(五十センチば
 かり横)に戻し、そこ(位置B)にもチョークでしるしをつけた。そしてその二つのポジション
 の間を行ったり来たりして、その二つの異なった角度から交互にひとつの絵を眺めた。

  そのどちらの絵の中にも変わることなく免色がいたが、二つの角度では彼の見え方が不思議に
 違っていることに私は気がついた。まるで二つの異なった人格が彼の中に共存しているみたいに
 も見える。しかしどちらの免色にも、やはり共通して欠如しているものがあった。その欠如の共
 通性が、AとBの二つの免色を不在のままに統合していた。私はそこにある「不在する共通性」
 を見つけ出さなくてはならない。位置Aと位置Bと私白身とのあいだで三角測量をおこなうみた
 いに。その「不在する共通性」はいったいいかなるものなのだろう? それ自体が形象を持つも
 のなのだろうか、それとも形象を持たないものなのだろうか? もし後者であるとすれば、私は
 どうやってそれを形象化すればいいのだろう?

  かんたんなことじやないかね、と誰かが言った。
  私はその声をはっきりと耳にした。大きな声ではないが、よく通る声だった。曖昧なところが
 ない。高くも低くもない。そしてそれはすぐ耳元で聞こえたようだった。
  私は思わず息を呑み、スツールに腰掛けたままゆっくりあたりを見回した。しかしもちろんど
 こにも人の姿は見えなかった。朝の鮮やかな光が、床に水たまりのように溢れていた。窓は開け
 放たれて、遠くの方からゴミ収集車の流すメロディーが風に乗って微かに聞こえてきた。「アニ・
 ローリー」(なぜ小田原市のゴミ収乗車がスコットランド民謡を流さなくてはならない私には謎
 だった)。それ以外には何ひとつ音は聞こえない。
  おそらく空耳なのだろうと私は思った。自分の声が聞こえたのかもしれない。それは私の心が
 意識下で発した声だったのかもしれない。しかし私が耳にしたのはいかにも奇妙なしゃべり方だ
 った。かんたんなことじゃないかね、私はたとえ意識下であろうがそんな変なしゃべり方はしな
 い。

  annie laurie


  私はひとつ大きく深呼吸をして、スツールの上から再び絵を見つめた。そして絵に意識を集中
 した。それは空耳であったに違いない。
  わかりきったことじやないかい、とまた誰かが言った。その声はやはり私のすぐ耳元で聞こえ
 た。
  わかりきったこと? と私は自分に向かって問いただした。いったい何かわかりきったことな
 んだ?
  メンシキさんにあって、こにないものをみつければいいんじやないのかい、と誰かが言った。

  相変わらずとてもはっきりとした声だった。まるで無響室で録音された声のように残響がない。
 一音一首が明瞭に聞こえる。そして具象化された観念のように、自然な抑揚を欠いている。
  私はもう一度あたりを見回した。今度はスツールから降りて、居間まで調べに行った。すべて
 の部屋をいちおう点検してみた。でも家の中には誰もいなかった。もしいるとしても、屋根裏の
 みみずくくらいのものだ。しかしもちろんみみずくは目をきかない。そして玄関のドアには鍵が
 かかっていた。

  スタジオのスツールが勝手に移動したあとは、このわけのわからない奇妙な声だ。天の声なの
 か、私自身の声なのか、それとも匿名の第三者の声なのか。いずれにせよ、私の頭は変調をきた
 し始めているのかもしれない、そう思わないわけにはいかなかった。あの真夜中の鈴の音以来、
 私は自分の意識の正当性にそれほど自信が持てなくなっていた。しかし鈴の音に関して言えば、
 免色もそこに同席し、私と同じようにその音をはっきり耳にしていた。だからそれが私の幻聴で
 はないことは客観的に証明された。私の聴覚はちゃんと正常に機能していたのだ。だとしたらこ
 の不思議な声はいったい何なのだろう?

  私はもう一度スツールに腰掛け、もう一度絵を眺めてみた。

  メンシキさんにあって、ここにないものをみつければいい。まるで謎かけのようだ。深い森の
 中で迷った子供に、賢い鳥が教えてくれる道筋のようだ。免色にあってここにはないもの、それ
 はいったい何だろう?

  長い時間がかかった。時計が静かに規則正しく時を刻み、東向きの小さな窓から射し込んだ床
 の日だまりが音もなく移動した。鮮やかな色をした身軽な小鳥たちがやってきて柳の彼にとまり、
 しなやかに何かを探し、そして鳴きながら飛び去っていった。円い石盤のようなかたちをした白
 い雲が、列をなしていくつも空を流れていった。銀色の飛行機が一機、光った海に向かって飛ん
 でいった。対潜哨戒をする自衛隊の四発プロペラ機だ。耳を澄ませ、目を凝らし、潜在を顕在化
 するのが彼らに与えられた日常の職務だ。私はそのエンジン音が近づいてきて去っていくのを聞
 いていた。 

  P-3 Orion · Lockheed Martin

  それから私はようやく、ひとつの事実に思い当たった。それは文字通り明白な事実だった。ど
 うしてそんなことを忘れてしまっていたのだろう。免色にあって、私のこの免色のポートレイト
 にないもの。それはとてもはっきりしている。彼の白髪だ。降りたての雪のように純白の、あの
 見事な白髪だ。それを抜きにして免色を語ることはできない。どうしてそんな大事なことを私は
 見逃していたのだろう。

  私はスツールから起ち上がり、絵の具箱の中から急いで白い絵の具をかき集め、適当な絵筆を
 手にとって、何も考えずに分厚く、勢いよく、大胆に自由にそれを両面に塗り込んでいった。ナ
 イフも使い、指先も使った。十五分ばかりその作業を続け、それからキャンバスの前を離れ、ス
 ツールに腰掛け、出来上がった絵を点検した。

  そこには免色という人間があった。免色は間違いなくその絵の中にいた。彼の人格は――それ
 がどのような内容のものであれ――私の絵の中でひとつに統合され、顕在化されていた。私はも
 ちろん免色渉という人間のありようを、正確に理解できてはいない。というか、何ひとつ知らな
 いも同然だ。しかし画家としての私は彼を、総合的なひとつの形象として、俯分けできないひと
 つのパッケージとして、キャンバスの上に再現することができる。彼はその絵の中で呼吸をしい
 る。彼の抱える謎さえもが、そのままそこにあった。

  しかしそれと同時に、その絵はどのような見地から見ても、いわゆる「肖像画」ではなかった。
 それは免色渉という存在を絵画的に、画面に浮かび上がらせることに成功している(と私は感じ
 る)。しかし免色という人間の外見を描くことをその目的とはしていない(まったくしていない)。
 そこには大きな違いがある。それは基本的には、私が自分のために描いた絵だった。

  依頼主である免色が、そのような絵を自身の「肖像画」として認めてくれるかどうか、私には
 予側かつかなかった。その絵は彼が当初期待したものからは、何光年も離れたものになってし
 まっているかもしれない。私の好きなように自由に描いてくれればいい、スタイルについて何も
 注文はつけない、と免色は最初に言った。しかしそこにはひょっとして、免色自身がその存在を
 認めたくない何かしらネガティブな要素が、たまたま描き込まれてしまっているかもしれない。
 しかし彼がその絵を気に入ったとしても気に入らなかったとしても、私にはもう手の打ちようが
 なくなっていた。その絵はどう考えても既に私の手から、また私の意思から遠く離れたものにな
 っていたからだ。

  私はそれからなおも半時間近く、スツールに座ってそのポートレイトをじっと見つめていた。
 それは私自身が描いたものでありながら、同時に私の論理や理解の範囲を超えたものになってい
 た。どうやって自分にそんなものが描けたのか、私にはもう思い出せなくなっていた。それは、
 じっと見ているうちに自分にひどく近いものになり、また自分からひどく遠いものになった。し
 かしそこに描かれているのは疑いの余地なく、正しい色と正しい形をもったものだった。

  出口を見つけつつあるのかもしれない、と私は思った。私は目の前に立ちはだかっていた厚い
 壁をようやく抜けつつあるのかもしれない。とはいえ、ものごとはまだ始まったばかりだ。手が
 かりらしきものを手にしたばかりなのだ。私はここでよほど注意深くならなくてはならない。自
 分に向かってそう言い聞かせながら、使用した何本かの絵筆とペインティング・ナイフから、時
 間をかけて絵の具を洗い落とした。オイルと石鹸を使って丁寧に手も洗った。それから台所に行
 って水をグラスに何杯か飲んだ。ずいぶん喉が渇いていた。

  しかしそれにしても、いったい誰があのスタジオのスツールを移動させたのだろう(それは明
 らかに移動させられていた)。誰が私の耳元で奇妙な声で語りかけてきたのだろう(私は明らか
 にその声を耳にした)。誰が私に、あの絵に何か欠けているかを示唆したのだろう(その示唆は
 明らかに有効なものだった)。

  おそらく私自身だ。私か無意識に椅子を動かし、私自身に示唆を与えたのだ。持って回った不
 思議なやり方で、表層意識と深層意識とを自在に交錯させて……。それ以外に私に思いつけるう
 まい説明はなかった。もちろんそれは真実ではなかったのだが。
  午前十一時、食堂の椅子に座って、熱い紅茶を飲みながらあてもなく考えごとをしているとき
 に、免色の運転する銀色のジャガーがやってきた。私はそのときまで、免色と前夜交わした約束
 をすっかり忘れてしまっていた。絵を描くことに夢中になっていたせいだ。それからあの幻聴だ
 か空耳のこともあった。

  免色? どうして免色が今ここに来るのだろう?

 「できれば、もう一度あの石室をじっくりと見てみたいのです」、免色は電話でそう言っていた。
 私は家の前でV8エンジンがいつもの唸りを止めるのを耳にしながら、そのことをようやく思い
 出した。

History of psychology

スツールの移動は超常現象なのか?そうではない。表層意識と深層意識とを自在に交錯させて「もっ
て回ったやり方」がそうさせていたのだと。また、免色にあって、私のこの免色のポートレイトにな
い「白髪」の内省的発見の経緯がこの第17章で語られる。「好奇心が殺すのは猫だけじゃない」へ
と続く。めがはなせない。

                                      この項つづく
 

 



【RE100倶楽部:風力発電篇】

● 改良特許事例:モータ磁力低下防止技術

発電機に永久磁石を用いる場合、永久磁石が一度減磁すると、発電機電流を増加させることになり、
これが減磁を加速させ悪循環に入る。この結果、磁石を含めたロータの部品交換を急きょ行わなけれ
ばならない自体になり、交換部品の手配など、保守作業に追われることになる。このため、発電機に
永久磁石を用いる上で永久磁石が減磁した際、運転をできる限り長く運転できる対応が求められてい
た。

下図の東芝の特許は、風車、発電機および制御部とを備える。風車は風を受けて回転する。発電機は
ヨークに永久磁石を用い風車の回転動力を電力に変換する。制御部は風車および発電機に設置された
センサから受信した信号を基に維持すべき発電機のトルクを求め、永久磁石の磁力が正常時の予め設
定された発電機のトルクと電流との第1の関係に従い発電機のトルクを決定し発電機による発電を制
御する。制御部は発電機の電流とトルクの経時的な変化から予め設定された許容値を超える永久磁石
の減磁が検知された場合、第1の関係とはトルクと電流の関係が異なる減磁時の第2の関係に従い減
少させるトルクを決定する新規機構考案が呈示されている。 

Apr. 20/ 2017

【解決手段】風力発電装置は、風車1、発電機2および制御部41とを備える。風車は風を受けて回
転する。発電機はヨークに永久磁石を用い風車の回転動力を電力に変換する。制御部は発電機の電流
とトルクの経時的な変化から予め設定された許容値を超える永久磁石の減磁が検知された場合、第1
の関係とは前記トルクと前記電流との関係が異なる減磁時の第2の関係に従い減少させるトルクを決
定する(選択図:図1)。

✪ 正直、本調子じゃない。
     ところで、世界の軍事3大国の米露中の政治リーダー(層)の選択誤謬(いいかえれば、ミスリ
   ード)により「常在戦場」状況は深まるばかりだ。翻って、自民党政権は調子に乗りすぎの体た
     らくに歯止めが効かないようだ。荘子の「人は流水に鑑みるなくして、止水に鑑みる」の言葉が
     胸を突き刺すかのようだ。情けない。


エネルギーフリー社会の幕開け

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             羿(げい)の彀(こう)中に遊ぶに、中央は中(あた)るの
                    地なり、然り而して中らざるものは命なり

                               徳充符(とくじゅうふ)

                                               

           ※  宰相と兀者: 考えてみれば、この現実の中で生きている人間はみな、弓
                  の名人羿(げい)の矢ごろの中におかれているようなものだ。真正面に立
                  っていながら矢にあたらずにすむ者もいよう。だがそれは、その人の運命
                  としかいいようがないではないか。矢にあたるも、あたらぬも、人それぞ
                  れの運命にすぎぬ――申徒嘉(しんとか)は兀者(ごつしゃ)である。か
         れと鄭(てい)の宰相子産(しさん)とは、ともに伯昏無人(はつこんぶ
         じん)のもとに学ぶ同門の間がらにもからかわらず、子産は兀者の申徒嘉
          といっしょに帰ることを嫌った差別行為を諭す場面。



【量子ドット工学講座37】

☑ 高品質の白色光源開発のコア素材

照明に用いられる、高品質の白色光源としての白熱光電球は、低効率/短寿命のため始終から消滅
しつつある。実際に、政府は白熱光電球の販売を禁止する規準を通過させているが、代替技術の開
発が求められている。その中で、固体素子照明(SSL)――発光ダイオード(LED)―――は、
主としてLED技術が成熟し、高効率と長寿命の両方もち急速普及展開している。これらの固体素
子光源、例えば、色変換媒体を有するブルーまたは紫外(UV)光源、RGB3色白色光源、ブル
ー-イエローの2色白色光源があり、これらは、LED、有機発光ダイオード(OLED)、およ
び量子ドット(QD)OLEDまたはその組み合わせを用いられている。最も広く用いられる白色
LED技術は、例えば約450nmの波長で発光するブルーLEDチップによりポンピングされた
セリウムドープYAG:Ce(イットリウムアルミニウムガーネット:セリウム)ダウンコンバー
ジョン蛍光体が用いられ、LEDからのブルー光とYAG蛍光体からの広いイエロー発光の組み合
わせにより白色光が得られる。この白色光は色調指数(Color Rendering Index、CRI)70~80
を与え、いくらかブルーに見える。

しかし、高いCRI、すなわち、85より高くさらに90よりも高いCRIを有する光源は、一般
の照明用で、より豊富な色空間(color space)をもつディスプレイ用のバックライトに相応しい。写
真/映画写真などの他の特殊な用途に対しては、さらに高いCRIを有する白色光源が相応しく、
さらに、科学研究用の、黒体放出される光に近い品質の光を放出し特定の色温度を有する光源が求
められている。つまり、理論的に、最適な白色光源はいわゆる黒体であり、白熱光電球を除き、人
工の白色光源は黒体から発する光に匹敵する品質をもつ光とはならない。、約3200℃の白熱光
電球は低い色温度をもち、太陽光は6500℃であり、さらに、照明用途のために白熱光電球およ
び/または、太陽光を用いることは、UV部分とIR部分を含むスペクトルになり、人間の目のた
めに無用/または望ましくない。したがって、エネルギーの損失を意味する。したがって、望まし
い照明光源は人間の目が感じるスペクトルを制限している。

✪技術的な観点から、数十年の開発の後、蛍光体材料は既に成熟し、効率が高く、耐久性があり、
用途が広い。✪経済的な観点から、蛍光体材料は非常に安価であり、したがって、競争力があるが、
蛍光体だけがダウンコンバーターとして用いられるとき、CRIは低く、これは白色の品質を低く
する。したがって、既存システムの改善によって、高品質、例えば、高いCRIを有する白色を得
ることが非常に要求されているが、この発明目的は高品質=高いCRIを有する白色光を得るため
に、組成物を備える組成物/アレイを提供にある。 驚くべきことに、非常に高いCRIを有する白
色光を得るために、✪フォトルミネセント化合物と共に、✪量子ドット(quantum dot)を使用でき
ることが見出された。❶量子ドットは容易に製造することができ、❷有機蛍光体またはリン光体化
合物比べて狭い発光スペクトルをもち。❸それらは、量子ドットの最大発光を決定する寸法(=光
閉じ込め効果に完全依存)に関し微調整することが可能であり、❹高いフォトルミネセント効率も
量子ドットで得ることができる。❺さらに、その発光強度は用いられるその濃度によって微調整で
きる。❻さらに、量子ドットは多くの溶媒に可溶であり、❼または一般的な有機溶媒に容易に可溶に
でき、広範囲のプロセス方法、特にスクリーン印刷、オフセット印刷、およびインクジェット印刷
などの印刷方法が可能である(下記/下図参照)。

☑ 特許事例:特開2017-62482 ダウンコンバージョン

【要約】

【解決手段】i×jのアレイ要素aijを備えるアレイAijであって、前記アレイAijが、1
つ以上のアレイ要素aijの中で局在化された少なくとも1つの量子ドットを備える少なくとも1
つの組成物を備え、iは行インデックスであり、jは0よりも大きな列インデックスであり、i=
j=1の場合、アレイ要素a11は少なくとも2つの量子ドットと、少なくとも1つのフォトルミ
ネセント化合物を備えることを特徴とするアレイで、高い色純度を有する白色光を発生するのに用
いることができるアレイおよび装置の提供。

 Apr.7 ,2017

 No. 4

●  太陽光と「恵みの雨」で、卸電力価格「0ドル」下回る

☑ 水力発電の増加で余剰電力が生じ「ネガティブプライス」に

米国カリフォルニア州は、長期間にわたり干ばつに悩まされてきた。だが、一転して昨年末から豪
雨と降雪が続き、記録的な降水量となっている。大雨と春先の雪解け水が今まで枯渇していたダム
に流れ込み始めた。ダムの貯水量は満タン状態を超え、放水する大量の水で州内の水力発電がフル
稼働となる。本来なら、「恵みの雨」に、もろ手を挙げて喜ぶところなのだろうが、太陽光発電事
業者にとっては、ちょっと状況が違うというのだ(日経テクノロジーオンライン 2017.04.24)。

☑ 電源構成の4割がメガソーラー
 
今年3月11日、カリフォルニア独立系統運用機関(CAISO)内で午前11時から午後2時の間に
供給された電力の40%がメガソーラー(大規模太陽光発電所)から送電された。電源構成に占め
る太陽光発電の比率が、ここまで高くなったは初めてという。ちなみにこの日の太陽光発電からの
ピーク電力供給は8784メガワット(8.784ギガワット)に達す(下図参照)。同州では、
空調がなくても過ごしやすい冬の終わりから春先にかけ、昼間の電力需要が年間で最も低い「昼間
軽負荷期」となる。一方でこの時期、日が伸びるにつれ太陽光の発電量が伸びてくる。そこに、豊
富な水力発電が加わり、電力供給が過剰となっている。こうした需給のゆるみを反映し、卸電力市
場の前日市場・リアルタイム市場では、過去3カ月間の中で最も低い価格で取り引するという経験
することになる。


♞ カリフォルニア独立系統運用機関(CAISO)内での今年3月11日における再生可能エネルギー
  による時間帯別電力供給量(オレンジ色が太陽光発電)

つまり、2013年~2015年の3月における午前8時から午後2時の間のメガワットアワー当たりの卸
価格は、約14~45ドルであったが、今年3月の同時間帯におけるメガワットアワー当たりの卸
価格は0ドルを下回る「ネガティブプライス」を付けたことが何回か経験する。 「ネガティブプ
ライス」は、稼働停止、または再稼働にコストのかかる発電所を運営する事業者が、技術的に許容
される最低の設備利用率以下に稼働率を下げない、または完全な稼働停止を避けるための手段とし
て使われるという状態――発電設備の稼働率を維持するために「お金を払って発電する」というこ
とになる(下図)。

☑ お金を払って発電する



 ♞ CAISOでのリアルタイム市場平均取引価格(1月,2月,3月の電力平均取引卸価格、青線が2017年
  の価格)

CAISOは、電力の需給バランスを調整する責任事業者、または系統運用者として、地域内の高圧送
電を運用・制御しつつ、需給バランスを維持し、系統電力の周波数を安定化する。現在、カリフォ
ルニア州の電力供給量の80%以上を供給、総延長2万6024マイルの送電線を通じ、3千万の
電力需要家に対し、年間2億6千万メガワットアワーの電力を送電する。現在CAISOの送電網に接
続されている発電設備の容量は計71.74ギガワット。うち、再生可能エネルギーは28.5%を
占め、太陽光発電はさらにそのうち約50%を占める(下図)。近日の水力と太陽光発電の拡大に
より、大規模な「出力抑制」が必要になると予想(6千~8千メガワット相当の出力抑制対象)。

☑  水力と太陽光の「出力抑制」へ


♞ CAISO内の電力供給構造(発電設置容量)


♞ 上図は時間帯別ネット電力需要(2017年3月11日)、赤線は総電力需要を示し、緑線は総需要
  から大規模太陽光発電と風力による電力供給量を差し引いたネット需要、下図は、時間帯別風
  力・太陽光発電供給量、青線は風力、オレンジ線は太陽光発電

さらに、CAISOが数年前に提示した「ダックカーブ」の到来が早くなると予想。「ダックカーブ」
とは、太陽が照る日中は見かけ上の電力需要が低くなり、太陽の沈む頃から需要が急激に増え、さ
らに、太陽光発電の供給と需要のギャップが太陽光の導入が拡大するとともにさらに広がり、昼間
には供給過剰が生じる。出力抑制は一般的には最終手段とされ、通常、供給が需要を超えると、電
力取引価格が下がり、対応として、✪発電調整の効く発電事業者は発電量を減らせるが、✪柔軟性
に欠ける再エネ発電所が問題となり、さらにネガティブプライスも引き起こすためCAISOは強制的
な出力抑制がが発生する。あるいは、需要側からの調節対応するが、しかし、再エネの「出力抑制」を
防ぐには、逆にオフピーク時の昼間の電力消費を促し、供給余剰を吸収する必要があり、該当時間
帯の別電気料金制度での対応もある。✪それ以外にも、中・大規模の圧空電池などの電力貯蔵・蓄
電を設備を保有することで、需給バランスをとることで調整できる。これらによりエネルギーに依
存しない「エネルギーフリー社会の実現」が、この地方が先駆事例となることを示唆している。こ
れは、実に心強い。

☑ 圧縮空気エネルギー貯蔵 さあ!出番だ。







● GaNで効率90%、電動自転車用無線給電システム

☑ GaNだから小型、高効率

Transphorm(トランスフォーム)は2017年4月19~21日の会期で開催されている展示会「TECHNO-
FRONTIER 2017」(テクノフロンティア2017)で、量産出荷しているGaN(窒化ガリウム)を用いた
HEMT(高電子移動度トランジスタ)製品の採用事例を公開。Transphorm製GaN HEMTが採用されて
いるのは、送電側本体の先端部に取り付けられたPFC(力率改善)ユニット部分。ワイヤレス充電シ
ステムの開発は、GaN HEMTをPFCユニットに採用した理由として、❶シリコンのパワートランジス
タに比べ、GaNは高速スイッチングが行えるのでPFC回路を小型化できることと、❷変換効率が高い
ことの2つを挙げている。

 Apr. 21, 2017

PFCユニットは、容量250W(最大出力電流0.7A)で、サイズは100×90×38.5mm。PFCユニットの効率は
AC200V入力、DC360V出力時の変換効率は96%を誇る。ワイヤレス給電部分も高効率という特長があ
り、ワイヤレス給電システム全体での変換効率は90%。シリコンパワートランジスタを使用すると、
全体の変換効率は良くて80%台で、せっかくの高効率ワイヤレス給電技術の意味がなくなってしまう。
この他、Transphormブースでは、逆回復時間の短いGaN HEMTの利点を生かしブリッジダイオードを
使用しないトーテムポール型PFC回路を採用した電源製品やGaNを採用したサーボモータ製品などの採
用事例を紹介。新電元工業と共同開発を進めているハーフブリッジモジュール(下図)の参考展示など
も実施されている。

 

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』   

    18.好奇心が殺すのは猫だけじゃない

  私は白分から家の外に出て免色を迎えた。そんなことをするのは初めてだったが、とくに何か
 理由があって、その目に限ってそうしたわけではない。外に出て身体を伸ばし、新鮮な空気が吸
 いたくなっただけだ。

  空にはまだ円い石盤のような形の雲が浮かんでいた。海の遥か沖の方でそんな雲がいくつもつ
 くられ、それが南西からの風に乗って、ひとつひとつゆっくりと山の方に遥ばれてくるのだ。い
 ったいどのようにして、そんなに美しい完璧な円形が、おそらくはこれという実際的意図もなく
 次々に自然につくり出されていくのか、それは謎だ。あるいは気象学者にとっては謎でもなんで
 もないのかもしれないが、少なくとも私にとっては謎だ。この山の上に一人で往むようになって
 から、私は様々な種類の自然の驚異に心を惹かれるようになっていた。

  免色は襟のついた、濃い臙脂色のセーターを着ていた。上品な薄手のセーターだ。そして青が
 かすれて今にも消えそうなほど淡い色合いのブルージーンズをはいていた。ブルージーンズはス
 トレートで、柔らかな生地でできていた。私が見るところ(あるいは私の考えすぎなのかもしれ
 ないが)、彼はいつも白髪がきれいに際だつ色合いの服を意識して身につけているようだった。
 その脱脂色のセーターも白髪にとてもよく似合っていた。その白い髪は、いつものようにぴった
 り適度の長さに保たれていた。どのように処理しているのかはわからないが、彼の髪はそれ以上
 長くなることもなければ、それ以上短くなることもないようだった。

 「まずあの穴に行って、中をのぞいて見てみたいのですが、かまいませんか?」と免色は私に尋
 ねた。「変わりはないか、ちょっと気になるもので」

  もちろんかまわない、と私は言った。私もあれ以来、あの林の中の穴に近寄ったことはなかっ
 た。どうなっているのか見てみたい。

 「申し訳ないのですが、あの鈴を持ってきてくれませんか」と免色は言った。

  私は家に入り、スタジオの棚の上から古い鈴を持って戻ってきた。
  免色はジャガーのトランクから、大型の懐中電灯を取りだし、それをストラップで首からかけ
 た。そして雑木林に向かって歩き出した。私もそのあとについていった。雑木林はこの前に見た
 ときより、いっそう濃く色づいているようだった。この季節には山は、一日ごとにその色を変化
 させていく。赤みを増す木があり、黄色に染まっていく木があり、いつまでも縁を保つ木がある。
 その取り合わせが美しかった。しかし免色はそんなことにはまったく関心を持たないようだった。

 「この土地のことを少し調べてみました」と免色は歩きながら言った。「これまでにこの土地を
 誰が所有していたか、何に使われていたか、そういうことです」
 「何かわかりました?」

  免色は首を振った。「いいえ、ほとんど何もわかりませんでした。以前、何か宗数的なものに
 関連した場所ではないかと予想していたのですが、私の調べた限りではどうやらそういうことも
 なさそうです。どうしてここに祠やら石塚やらかつくられていたのか、その経緯はわかりません。
 もともとは何もないただの山地であったようです。そこが切りひらかれ、家が建てられた。雨田
 典彦さんがこの地所を家付きで購入したのは、一九五五年のことです。それまではある政治家が
 山荘として所有していました。たぶん名前はご存じないでしょうが、戦前には大臣までつとめた
 人です。戦後は引退同然の暮らしを送っていました。その人の前に誰がここを所有していたか、
 そこまでは辿れませんでした」

 「こんな辺鄙な山の中に政治家がわざわざ別荘を持つなんて、少し不思議な気がしますが」
 「以前このあたりにはけっこう多くの政治家が山荘を持っていたんです。近衛文麿の別荘も、た
 しか山をいくつか隔てたところにあったはずです。箱根や熱海に向かう道筋にあたるし、きっと
 何人かで巣まって密談をおこなうにはうってつけの場所だったのでしょう。東京都内で要人が顔
 をあわせると、どうしても人目につきますから」
 我々は蓋として穴に被せてあった何枚かの厚板をどかせた。

 「ちょっと底に降りてみます」と免色は言った。「ここで待っていてくれますか?」

  待っていると私は言った。
  免色は業者が置いていってくれた金属製の梯子をつたって下に降りた。一段足を下ろすごとに
 梯子が軽い軋みを立てた。私はその要を上から見下ろしていた。被は穴の底に降りると、懐中電
 灯を首からはずしてスイッチを入れ、時間をかけてまわりを子細に点検した。石壁を撫でたり、
 拳で叩いたりした。

 「この壁はずいぶんしっかり、緻密に造ってありますね」と免色は私の方を見上げて言った。
 「ただ井戸を途中まで埋めたというものではないように思えます。井戸ならおそらくもっと簡単
 な石積みで済ませるはずです。これほど丁寧に手をかけてこしらえたりしない」
 「じやあ、何か他の目的のために造られたということなのでしょうか?」

  免色は何も言わずに首を振った。わからない、ということだ。「いずれにせよ、この壁は簡単
 には登れないようにできています。足をかけるような隙間がまったくありませんから。穴の深さ
 は三メートルもありませんが、上までよじ登るのはむずかしそうだ」
 「簡単に登れないようにこしらえてあるということですか?」

  免色はまた首を振った。わからない。見当もつかない。

 「ひとつお願いがあるのですが」と免色が言った。
 「どんなことでしょう?」
 「手間をとらせて申し訳ないのですが、この梯子を引き上げて、それからできるだけ光が入らな
 いようにぴたりと蓋を閉めてくれませんか?」

  私はしばらく言葉が出てこなかった。

 「大丈夫です。何も心配することはありません」と免色は言った。「ここに、この真っ暗な穴の
 底に、一人で閉じ込められているというのがどういうことなのか、自分で休験してみたいだけで
 す。ミイラになるつもりはまだありませんから」
 「どれくらい長くそうしているつもりなんですか?」
 「出してほしくなったら、そのときは鈴を振ります。鈴の音が聞こえたら、蓋を外して梯子を下
 ろしてください。もし一時間たっても鈴の音が聞こえないときには、そちらから蓋を外してくだ
 さい。一時間以上ここにいるつもりはありませんから。私がここにいることを、くれぐれも忘れ
 ないように。もしあなたが何かの加減で忘れてしまったら、私はそのままミイラになってしまい
 ますから」
 「ミイラとりがミイラになる」免色は笑った。「まさにそのとおりです」
 「まさか忘れたりはしませんが、でも本当に大丈夫ですか、そんなことをして?」
 「ただの好奇心です。しばらく真っ暗な穴の底に座っていたいんです。懐中電灯はそちらに渡し
 ます。そのかわりに鈴を持たせてください」

  彼は梯子を途中まで登って拡に懐中電灯を差し出した。拡はそれを受け取り、鈴を差し出した。
  彼は鈴を受け取って、軽く振った。くっきりとした鈴の音が聞こえた。
  私は穴の底にいる免色に向かって言った。「でももし、ぼくが途中で凶暴なスズメバチの群れ
 に刺され意識を失ってしまったら、あるいは死んでしまったら、あなたはこのままここから出ら
 れなくなってしまうかもしれませんよ。この世界では、何か起こるかわかったものじやありませ
 んから」
 「好奇心というのは常にリスクを含んでいるものです。リスクをまったく引き受けずに好奇心を
 満たすことはできません。好奇心が殺すのは何も描だけじやありません」※
 「一時間経ったらここに戻ります」と私は言った。
 「スズメバチにはくれぐれも気をつけて下さい」と免色は言った。


※ 英国のことわざ(Curiosity killed the cat)の訳。英語に「Cat has nine lives.」(猫に九生あり・猫
は9つの命を持っている/猫は容易には死なない)ということわざがあり、そんな猫ですら、持ち前
の好奇心が原因で命を落とす事がある、という意味。転じて、『過剰な好奇心は身を滅ぼす』と他人
を戒めるために使われることもある。



                                     この項つづく

 

茹でるパンと好奇心

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                徳長ずるところあれば、形忘るるところあり

                       徳充符(とくじゅうふ)

                                               

      ※  天に養われる:徳が長ずるにしたがって、人は形を忘れてゆく。逆に、
                形を忘れない者は徳を忘れる。これこそまことの忘失というものだ。
               したがって、全き徳を抱く聖人は何ものにもとらわれぬ。かれは知を
        ひこばえのようなものとみる。

 蘖(ひこばえ)

 Published online:Apr 19,  2017

【ZW倶楽部:廃棄ガラスから高性能蓄電池をつくる】

今月19日、カリフォルニア大学リバーサイド校(UCR)の研究グループは、廃棄ガラス瓶から、電
気自動車やパーソナ電子機器用の高性能リチウムイオン電池の製造に成功したことを公表。廃棄ガラ
ス瓶を使い低コストで、高性能リチウムイオン電池のナノシリコン陽極の製造を行った。この電池は
電気自動車とプラグインハイブリッド電気自動車、携帯電話やラップトップ電子機器向けの省エネに
して高出力な電力供給できる(この研究経過は、Nature journalのScientific Reportsに掲載:上図ダブク
リ参照)。毎年何十億本ものガラス瓶が埋め立て処分される廃棄飲料用瓶の二酸化ケイ素を再資源化
し、リチウムイオン電池用の高純度シリコンナノ粒子の製造方法研究課題としてきた。

従来の黒鉛陽極材と比較して、最大10倍ものエネルギーを蓄電可能だが、充放電時の膨張/収縮に
よる不安定となる問題を抱えるが、シリコンをナノスケールにダウンサイジングすることで、この問
題が軽減される。同上グループは、比較的純粋で豊富な二酸化ケイ素を低コストな化学反応で、従来
の黒鉛陽極材より約4倍のエネルギー貯蔵できるリチウムイオンハープ電池をつくる――3段階プロ
セス、❶ガラス瓶を細かく粉砕、❷マグネシア熱還元法で――高温でマグネシウムで還元させ、複雑
な形状を保持しながら――ケイ素中のシリカ含有量を逓減し、二酸化ケイ素をナノ構造のシリコンに
変換し、❸安シリコンナノ粒子を炭素でコーティングすることで安定性/エネルギー貯蔵性の改善す
る。

  Apr. 19, 2017

✪ガラス瓶とそれから作られた陽極材料(写真/上)

カーボン被覆ガラス誘導シリコン電極は、C / 2速度、400サイクル試験で、〜1420mAh / gの容量で優れた電
気化学的性能を示し、予想どおり、ガラス瓶由来シリコン陽極使用したコイン型電池は、従来の電池を大きく
上回わる成果を得る。また、1本の廃棄ガラス瓶で、数百個のコイン型電池または3〜5個のパウチ型電池用
ナノシリコンを供給できる量である。

   YouTube



【ZW倶楽部:マイクロプラスチック問題に光り?】

今月24日、ふだんは釣り餌として養殖されているガの幼虫が、耐久性の高いプラスチックを食べる
ことを発見した。レジ袋などのプラスチックごみによる環境問題への対策にこの幼虫が一助となる可
能性がある。英ケンブリッジ大学(University of Cambridge)のパオロ・ボンベーリ教授は、今回の発
見は、ごみ処理場や海洋に蓄積しているポリエチレン製のプラスチックごみ除去に寄与する重要な手
段となる可能性があるとする。この幼虫はハチノスツヅリガ(学名:Galleria mellonella)。成虫がミ
ツバチの巣に卵を産み付け、幼虫がこれを餌とする。フェデリカ・ベルトッチーニ(Federica Bertocch-
ini) 生物学者が、幼虫が湧いてしまったハチの巣をプラスチック袋に入れておいたところ、多くが
穴を開けて外に這い出しているのを発見。幼虫数百匹をレジ袋の上に乗せて実験を行ったところ、40
分後には複数の穴を確認、さらに12時間後には、92ミリグラムが食べられていたが、そのスピー
ドは、真菌や微生物よりも格段に速い。

 Apr. 24, 2017

 

 




      

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    

   18.好奇心が殺すのは猫だけじゃない

 「免色さんも暗闇には気をつけて下さい」
  免色はそれには返事をせず、私の顔をひとしきり見上げていた。下を向いている私の表情の中
 に何かの意味を読み取るうとしているみたいに。しかしその視線にはどことなく漠然としたとこ
 ろがあった。まるで私の顔に焦点を合わせようとして、うまく合わせられないような。それはあ
 まり免色らしくない、どこかあやふやな視線だった。板はそれから思い直したように地面に腰を
 下ろし、湾曲した石壁に背中をもたせかけた。そして私に向かって小さく手を上げた。準備はで
 きている、ということだ。私は梯子を引き上げて、厚板をできるだけぴたりと穴の上に被せ、そ
 の上にいくつか重しの石を置いた。木材と木材のあいだの細い隙間から少しくらいは光が入って
 くるだろうが、それで穴の中はじゆうぷん暗くなったはずだった。私は蓋の上から中にいる免色
 に何か声をかけようかと思ったが、思い直してやめた。私は孤独と沈黙を自ら求めているのだ。

  私は家に帰って湯を彿かし、紅茶をいれて飲んだ。そしてソファに座って読みかけの本を読ん
 だ。しかし鈴の音が聞こえないかとずっと耳を澄ませていたので、なかなか読書に意識を集中す
 ることができなかった。ほとんど五分ごとに腕時計に目をやった。そして真っ暗な穴の底に一人
 で座っている免色の姿を想像した。不思議な人物だ、と私は思った。自分で費用を持ってわざわ
 ざ造園業者を呼び、重機を使って石の山をどかせ、わけのわからない穴の口を聞いた。そして今
 はその中に一人で閉じこもっている。というか、自ら志願してそこに閉じ込められている。

  まあいいさ、と私は思った。そこにどんな必然性があるにせよ、意図があるにせよ(もし何ら
 かの必然性や意図があるとすればだが)、それは免色の問題であって、すべて彼の判断に任せて
 おけばいいのだ。私は他人が描いた図の中で、何も考えずに勤いているだけだ。私は木を読むの
 をあきらめてソファに横になり、目を閉じた。でももちろん眠りはしなかった。今ここで眠って
 しまうわけにはいかない。


 
  結局鈴は鳴らないまま、一時間が経過した。あるいは私は何かの加減で、その音を聞き逃した
 のかもしれない。いずれにせよ蓋を開ける時刻だった。私はソファから立ち上がり、靴を履いて
 外に出て、雑木林の中に入った。スズメバチだかイノシシが現れるのではないかとふと不安にな
 ったが、スズメバチもイノシシも現れなかった。メジロのような小さな鳥が目の前を素進く横切
 っただけだった。私は林の中を進み、祠の裏にまわった。そして重しの石を取って、板を一枚だ
 けどかせた。

 「免色さん」と私はその隙間から声をかけた。しかし返事はなかった。隙間から見える穴の中は
 真っ暗で、そこに免色の姿を認めることはできなかった。
 「免色さん」と私はもう一度呼びかけてみた。しかしやはり返事はない。私はだんだん心配にな
 ってきた。ひょっとして免色は姿を消してしまったのかもしれない。そこにあるはずのミイラが
 どこかに姿を消してしまったのと同じように。常識ではあり得ないことだったが、そのときの私
 は真剣にそう考えた。

  私はをもう一枚、手早くどかせた。そしてまた一枚。それで地上の光がようやく穴の底まで
 届いた。そしてそこに座り込んでいる免色の輪郭を、私は目にすることができた。
 「免色さん。大丈夫ですか?」と私は少しほっとして声をかけた。
  免色はその声でようやく意識が戻ったように顔を上げ、小さく頭を振った。そしていかにも眩
 しそうに両手で顔を覆った。
 「大丈夫です」と彼は小さな声で答えた。「ただ、もう少しだけこのままにしておいてくれませ
 んか。目が光に慣れるのに少し時間がかかります」
 「ちょうどT時間経ちました。もっと長くそこに留まりたいというのであれば、また蓋をします
 が」

  免色は首を振った。「いや、もうこれで十分です。今はもういい。これ以上ここに居ることは
 できません。それは危険すぎるかもしれない」  

 「危険すぎる?」

 「あとで説明します」と免色は言った。そして皮膚から何かをこすり落とすみたいに、両手でご
 しごしと顔をさすった。

  五分ほどあとに彼はそろそろと立ち上がり、私が下ろした金属製の梯子を登ってきた。そして
 再び地上に立ち、ズボンについた埃を手で払い、それから目を細めて空を仰いだ。樹木の枝の間
 から青い秋の空か見えた。彼は長いあいだその空を愛おしそうに眺めていた。それから我々はま
 た板を並べて、穴を元通りに塞いだ。人が誤ってそこに落ちたりしないように。そしてその上に
 重しの石を並べた。私はその石の配置を頭に刻んでおいた。誰かがそれを勣かしたときにわかる
 ように。梯子は穴の中にそのまま残しておいた。

 「鈴の音は聞こえませんでした」と私は歩きながら言った。

  免色は首を振った。「ええ、鈴は鳴らしませんでした」 
  彼はそれ以上何も言わなかったので、私も何も尋ねなかった。

  我々は歩いて雑木林を抜け、家に戻った。免色が先に立って歩き、私はそのあとに従った。免
 色は無言のまま、懐中電灯をジャガーのトランクにしまった。それから我々は居間に腰を下ろし、
 熱いコーヒーを飲んだ。免色はまだ口を間かなかった。何かについて真剣に考え込んでいるよう
 だった。とくに深刻な領をしたりするわけではないのだが、彼の意識がここから遠く離れた別の
 領域に移ってしまっていることは明らかだった。そしてそこはおそらく、彼一人の存在しか許さ
 れない領域なのだ。私はその邪魔をせず、彼を思考の世界にひたらせておいた。ちょうどシャー
 ロック・ホームズに対してドクター・ワトソンがそうしていたように。



  私はそのあいだとりあえずの自分の予定について考えていた。今日の夕方には車を運転して地
 上に降り、小田原駅の近くにある絵画教室に行かなくてはならない。そこで人々の描く絵を見て
 まわり、講師としてそれにアドバイスを与える。子供向けの教室と成人教室が続けてある日だ。
 それは私が日常の中で生身の人々と顔をあわせ、会話を交わすほとんど唯一の機会だった。もし
 その教室がなかったら、私はこの山の上で隠者同然の生活を送ることになっていただろうし、そ
 んな一人きりの生活を続けていたら、政彦が言うように、精神のバランスが変調をきたしていた
 かもしれない(あるいはもう既にきたし始めているのかもしれないが)。



  だから私としてはそのような現実の、言うなれば世俗の空気に触れる機会を与えられたことを
 感謝しなくてはならなかったはずだ。しかし実際には、なかなかそういう気持ちになれなかった。
 教室で顔を合わせる人々は私にとって、生身の存在というよりは、ただ目の前を通り過ぎていく
 影みたいなものに過ぎなかった。私は一人ひとりににこやかに応対し、相手の名前を呼び、作品
 を批評する。いや、批評とは呼べない。私はただ褒めるだけだ。ひとつひとつの作品にどこかし
 ら良き部分を見つけて――もしなければ適当にこしらえて――褒める。

  そんなわけで講師としての私の、教室内での評判は悪くないらしい。経営者の話によれば、多
 くの生徒が私に好感を持ってくれているようだ。それは私にとっては予想外のことだった。自分
 か他人にものを教えるのに向いていると思ったことは一度もなかったから。しかしそれも私にと
 ってはどうでもいいことだ。人々に好かれても好かれなくても、どちらでもかまわない。私とし
 てはできるだけ円滑に、支障なくその教室の仕事がこなせればいい。そうすることで雨田政彦に
 対する義理は果たされる。

  いや、もちろんすべての人々が影であるわけではない。私はその中から二人の女性を選んで、
 個人的な交際をするようになったのだから。私と性的な関係を持つようになってから、彼女たち
 は絵画教室に通うことをやめた。たぶんなんとなくやりにくかったからだろう。そのことで私は
 責任のようなものを感じないでもなかった。
  二人目のガールフレンド(年上の人妻)は明日の午後にここに来る。そして我々はしばしの時
 間ベツドの中で抱き合い、交わり合うだろう。だから彼女はただの通り過ぎていく影ではない。
 立体的な肉体を具えた現実の存在だ。あるいは立体的な肉体を具えた通り過ぎていく影だ。どち
 らなのか、私にも決められない。

  免色が私の名前を呼んだ。私はそれではっと我に返った。知らないうちに私も、一人で深く考
 え込んでしまっていたようだった。 
  
 「それは私の肖像画のことですか?」
 「そうです」と私は言った。
 「それは素晴らしい」と免色は言った。顔には微かな笑みが浮かんでいた。「実に素晴らしい。
 しかしそのある意味というのはどういうことなのでしょう?」
 「それを説明するのは簡単じゃありません。何かを言葉で説明するのが、もともと得意じゃない
 んです」

  免色は言った。「ゆっくり時間をかけて、好きなように話して下さるから」
  私は膝の上で両手の指を組んだ。そして言葉を選んだ。

  私が言葉を選んでいるあいだ、まわりに沈黙が降りた。時間の流れる音が聴き取れそうなほど
 の沈黙だった。山の上では時間はとてもゆっくりと流れていた。

  私は言った。「ぼくは依頼を受け、あなたをモデルにして一枚の絵を描きました。しかし正直
 に申し上げて、それはどう見ても〈肖像画〉と呼べるようなものではありません。ただくあなた
 をモデルとして描いた作品〉であるとしか言えないのです。そしてそれが作品として、商品とし
  てどれはどの価値を持つものかも判断がつきません。ただ、それがぼくが描かなくてはならなか
  いか絵であるということだけは確かです。しかしそれ以上のことは皆目わからない。正直なとこ
  ろ、ぼくはとても戸惑っています。いろんな状況がもっとクリアになるまで、その絵はあなたに
  お渡しせず、こちらに置いておいた方がいいのかもしれません。そういう気がします。ですから、
  受け取った着手金はそのままお返ししたいと思います。それからあなたの貴重な時間を潰させて
 しまったことについては心からお詫びします」
 「肖像画ではないとあなたは言う」と免色は慎重に言葉を選ぶように質問した。「それはどのよ
 うな意味合いにおいてなのですか?」


 
  私は言った。「これまでずっとプロの肖像画家として生活してきました。肖像画というのは基
 本的に、相手が描いてもらいたいという姿に相手を描くことです。相手は依頼主であり、できあ
 がった作品が気に入らなければ、『こんなものに金を払いたくない』と言われることだってあり
 得るわけですから。ですからその人物のネガティブな側面はできるだけ描かないようにします。
 良い部分だけを選んで強調し、できるだけ見栄え良く描くことを心がけます。そういう意味にお
 いてきわめて多くの場合、もちろんレンブラントみたいな人は別ですが、肖像画を選ぶことはむ
 ずかしくなります。しかし今回の場合、この免色さんを描いた絵の場合 あなたのことなんて何
 も考えず、ただ自分のことだけを考えてこの絵を描いていました。言い換えるなら、モデルであ
 るあなたのエゴよりは、作者である自分のエゴを率直に優先した絵になっています」
  「そのことは私にとってはまったく問題にはなりません」と免色は微笑みを顔に浮かべたまま言った。「む
 しろ喜ばしいことです。あなたの好きなように描いてくれ、何も注文はつけない、最初にはっき
 りそう申し上げたはずです」
  「そのとおりです。そうおっしやいました。よく覚えています。心配しているのは、作品の出来
 よりはむしろ、ぼくがそこで何を描いてしまったのかということなのです。ぼくは自分を優先す
 るあまり、何か自分か描くべきではないことを描いてしまったのかもしれない。ぼくとしてはそ
 のことを案じているのです」 

   私は彼の顔を見た。その目を見て、彼が本当の気持ちをそのまま語っていることがわかった。
  彼は心から私の絵に感心し、心を動かされているのだ。
 「この絵には私がそのまま表現されています」と免色は言った。「これこそが本来の意味での肖
 像画というものです。あなたは間違っていない。実に正しいことをした」
  彼の手はまだ私の肩の上に置かれていた。ただそこに置かれているだけだったが、それでもそ
 の手のひらからは特別な力が伝わってくるようだった。
 「しかしどのようにして、あなたはこの絵を発見することができたのですか?」と免色は私に尋
 ねた。
 「発見した?」
 「もちろんこの絵を描いたのはあなたです。言うまでもなく、あなたが自分の力で創造したもの
 だ。しかしそれと同時に、ある意味ではあなたはこの絵を発見したのです。つまりあなた自身の
 内部に埋もれていたこのイメージを、あなたは見つけ出し、引きずり出したのです。発掘したと
 言っていいかもしれない。そうは思いませんか?」

  そう言われればそうかもしれない、と私は思った。もちろん私は自分の手を動かし、自分の意
 志に従ってこの絵を描いた。絵の具を選んだのも私なら、絵筆やナイフや指を使ってその色をキ
 ャンバスに塗ったのも私だ。しかし見方を変えれば、私は免色というモデルを触媒にして、自分
 の中にもともと埋もれていたものを探り当て、掘り起こしただけなのかもしれない。ちょうど祠
 の裏手にあった石の塚を重機でどかせ、格子の重い蓋を持ち上げ、あの奇妙な石室の口を開いた
 のと同じように。そして私の周辺でそのような二つの相似した作業が並行して進行していたこと
 うに自負しています」

  それでも私にはまだ、免色の言葉をそのまま素直に受けとめて喜ぶことができなかった。絵を
 凝視しているときの、あの肉食鳥のような鋭い目つきが心にひっかかっていたせいかもしれない。
 「じやあ、この絵は免色さんの気に入っていただけたのですね?」と私は事実を確認するために
 あらためて尋ねた。
 「言うまでもないことです。これは本当に価値のある作品だ。私をモデルとしてモチーフとして、
 このような優れた力強い作品を描いていただけたことは、まさに望外の喜びです。そして言うま
 でもなく、依頼主としてこの絵は引き取らせていただきます。それでもちろんよろしいですね?」

 「ええ。ただぼくとしては――」
  
  免色は素遠く手を上げて私の言葉を遠った。「それで、もしよるしければ、この素晴らしい絵
 が完成したことを枇して、近々あなたを拙宅にご招待したいのですが、いかがでしょう? 昔風
 に言えば、万屋振る舞いたいということです。もしそういうことがご迷惑でなければ」
 「もちろん迷惑なんかじやありませんが、しかしわざわざそんなことをしていただかなくても、
 もう十分――」
 「いや、私がそうしたいんです。この絵の完成を二人で祝いたいのです。一度私のうちに夕食を
 食べにきてくれませんか。たいしたことはできませんが、ささやかな祝宴を張りましょう。あな
 たと私と二人だけで、他の人はいません。もちろんコックとバーテンダーは別ですが」
 「コックとバーテンダー?」 
 「早川漁港の近くに、昔から親しくしているフレンチ・レストランがあります。その店の定休日
 に、コックとバーテンダーをこちらに呼びましょう。腕の確かな料理人です。新鮮な魚を使って
 なかなか面白い料理を作ってくれます。実を言えば、この絵の一件とは関係なく、コ伎あなたを
 うちにご招待しようと思って、その準備を進めてはいたのです。でもちょうど良いタイミングで
 した」

  驚きを顔に出さないようにするにはいささかの努力が必要だった。それだけの手配をするのに
 いったいどれはどの費用がかかるのか見当もつかないが、たぶん免色にとっては通常の範囲なの
 だろう。あるいは少なくとも、それほど常軌を逸した行いではないのだろう。
  免色は言った。「たとえば四日後はいかがですか? 火曜日の夜です。もしご都合がよるしけ
 ればその段取りをします」
 「火曜日の夜にはとくに予定はありません」と私は言った。
 「じやあ、火曜日で決まりです」と彼は言った。「それで今、この絵を持ち帰ってもかまわない
 でしょうか? できればあなたがうちに見えるまでにきちんと頬袋をして、壁に飾りたいので」
 「免色さん、あなたにはこの絵の中に本当にご自分の頬が見えるのですか?」と私はあらためて
 尋ねた。
 「もちろんです」と免色は不思議そうな目で私を見て言った。「もちろんこの絵の中には私の頬
 が見えます。とてもくっきりと。それ以外にここに何か描かれているというのですか?」
 「わかりました」と私は言った。それ以外に私に言えることはなかった。「もともと免色さんの
 依頼を受けて描いたものです。もし気に入られたのなら、作品は既にあなたのものです。ご自由
 になさって下さい。ただし絵の具はまだ乾いていません。だから十分注意して運んでください。
 それから順装をするのも、もう少し待たれた方がいいと思います。二週間ほど乾かしたあとの方
 が良いでしょう」

 「わかりました。気をつけて扱います。順装も後日にまわします」

  帰り際に玄関で彼は手を差し出し、我々は久しぶりに握手をした。彼の順には満ち足りた笑み
 が浮かんでいた。
 「それでは火曜日にお目にかかりましょう。夕方の六時頃に迎えの車をこちらに寄越します」
 「ところで夕食にミイラは招かないのですか?」と私は免色に尋ねてみた。どうしてそんなこと
 を口にしたのか、その理由は自分でもよくわからない。でも突然ふとミイラのことが順に浮かん
 だのだ。そしてそう言わずにはいられなかった。



  免色は探るように私の顔を見た。「ミイラ?いったい何のことでしょう?」
 「あの石室の中にいたはずのミイラのことです。毎夜鈴を鳴らしていたはずなのに、鈴だけを残
 してどこかに消えてしまった。即身仏というべきなのかな。ひょっとして彼もおたくに招待され
 たがっているのではないでしょうか。『ドン・ジョバンニ』の騎士団長の彫像と同じように」
  少し考えて、免色はようやく俯に落ちたというように明るい笑みを浮かべた。「なるほど。ド
 ン・ジョバンニが騎士団長の彫像を招待したのと同じように、私がミイラを夕食の席に招待すれ
 ばどうかということですね」

 「そのとおりです。これも何かの縁かもしれません」

 「いいですよ。私はちっともかまいません。お視いの席です。もしミイラが夕食に加わりたいの
 であれば、喜んで招待しましょう。なかなか興味深い夕べになることでしょう。でもデザートに
 はどんなものを出せばいいのだろう?」、彼はそう言って楽しそうに笑った。「ただ問題は本人
 の姿が見当たらないことです。本人がいないことには、こちらとしても招待のしようもありませ
 ん」

  「もちろ」と私は言った。「でも目に見えることだけが現実だとは限らない。そうじやありま
 せんか?」

  免色はその線を大事そうに両手で抱えて運び、まずトランクから古い毛布を出して助手席のシ
 ートに敷いた。そしてその上に、絵の具がついたりしないように絵を寝かせて置いた。そして細
 いロープと二つの段ボール箱を使って、動かないように注意深くしっかりと固定した。とても要
 領がいい。とにかく車のトランクには様々な道具が常備されているようだった。

 「そうですね、たしかにあなたのおっしやるとおりかもしれません」と帰り際に免色はふと呟く
 ように言った。彼は両手を革のハンドルの上に置いて、私の顔をまっすぐ見上げていた。

 「ぼくの言うとおり?」

 「つまり我々の人生においては、現実と非現実との境目がうまくつかめなくなってしまうことが
 往々にしてある、ということです。その境目はどうやら常に行ったり来たりしているように見え
 ます。その日の気分次第で勝手に移動する国境線のように。その動きによほど注意していなくて
 はいけない。そうしないと自分か今どちら側にいるのかがわからなくなってしまいます。私がさ
 きほど、これ以上この穴の中に留まっているのは危険かもしれないと言ったのは、そういう意味
 です」

  私にはそれに対してうまく言葉を返すことができなかった。そして免色もそれ以上は話を進め
 なかった。彼は開けた窓から私に手を振り、V8エンジンを心地よく響かせながら、まだ絵の具
 の乾ききっていない肖像画と共に私の視界から消えていった。



                                     この項つづく

      ● 今夜の一品:鉄製臼 

  ● 今夜アラカルト

チェコの“茹でるパン”クネドリーキ料理:クネドリーキと酢キャベツのローストポーク

蛾とカミキリ虫の一穴

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    好悪(こうあく)をもって内その身を傷(やぶ)らず、常に自然によりて生を益さず

                             徳充符(とくじゅうふ)

                                                

      ※  情問答:恵施が「聖人は情をもたぬというが、人間が情をもたぬことが
        可能だと考えているのか」と荘子に議論をふっかける場面で、「情をも
        たぬと言ったのは、情にとらわれぬということだ。好悪の念にとらわれ
        て、われとわが身を損うことなく、いっさいを自然にまかせて、人為的
        なつけ加えをしないということだ」と答える。

 

 

 A caterpillar that eats and digests plastic in record time | Science | DW.COM | 24.04.2017

【ZW倶楽部:続・マイクロプラスチック問題に光り ?】

一昨日、この話題を取り上げたが、26日、ナショナルジオグラフィック日本版の「プラスチック食
べる虫を発見、ごみ処理には疑問」で、米国のウッズホール海洋研究所の海洋生物学者トレイシー・
ミンサーの見解――プラスチックごみの問題を解決するためには、生産量を減らし、リサイクルの量
を増やすことに重点を置くべきだとしている。ポリエチレンは高品質な樹脂で、より価値の高いさま
ざまな製品に“アップサイクル”できる。1トンにつき5百ドルで売れることもあるが(今回の研究
は学術的な研究としては大変すばらしい)、ポリエチレンの処分法として望ましい解決策とは思わな
い。これではお金を捨てるようなものだ――を引用している。

✪大きさ5ミリメートル以下のプラスチック(➲ "マイクロプラスチック”)。世界中から海に流れ
 出るプラスチックの量は、推計最大1300万トン。それが砕け目に見えないほど小さくなり海に
 漂っている。“マイクロプラスチック”は、海水中の油に溶けやすい有害物質を吸着させる特徴を
 持ち、100万倍に濃縮させるという研究結果も出ていて、生態系への影響(➲マイクロプラスチ
 ックと残留性有機汚染物質
)が懸念されている。

  ハチノスツヅリガ

結論めいたことを言えば「マイクロプラスチック問題」は、マイクロプラスチックが野生生物と人間
の健康に及ぼす影響は、科学的に十分に検証されていないが、現在使用されているポリエチレンポリ
リン酸樹脂などの生分解性プラスチックへの完全代替で根源対策となる。問題は環境に拡散したこれ
をどのように回収するかということになる。ところで、関連技術情報によると(➲Evidence of polyeth-
ylene biodegradation by bacterial Strains from the guts of plastic-eating waxworms.
Yang, J., Yang, Y., Wu, W.-
M., Zhao, J., and Jiang, L. Environ. Sci. Tech. 2014; 48: 13776–13784
)、ポリエチレン(PE)は数十年間非
生分解性だと考えられてきたが、細菌培養によるPEの生分解は、ワックスワーム/インディアナミツ
バチ(Plodia interpunctellaの幼虫)がPEフィルムを噛み食べることを見出だされている。 Enterobacter
asburiae YT1およびBacillus sp.YP1から、PEを分解する2つの菌株をこの虫の腸から単離している。PE
フィルム上の2つの菌株の28日間のインキュベーション期間にわたり、生存可能なバイオフィルム
が形成され、PEフィルムの疎水性が減少。 走査型電子顕微鏡(SEM)および原子間力顕微鏡(AFM)
を用いて、PEフィルムの表面にピットおよび空洞(深さ0.3〜0.4μm)を含む損傷が観察されている。
カルボニル基の形成は、X線光電子分光法(XPS)および微量全反射/フーリエ変換赤外(マイクロA
TR / FTIR)イメージング顕微鏡を用いて検証したところ、YT1/YP1(10 8細胞/ mL)の懸濁培養物は、
60日間のインキュベーション期間にわたって、PEフィルム(100mg)のそれぞれ約6.1±0.3%および
10.7±0.2%を分解する。 残留PEフィルムの分子量はより低く、12種の水溶性娘生成物の放出もまた
検出。その結果、ワックスワームの腸内にPE分解細菌が存在することが示され、環境中のPEの生分解
に関する有望な証拠が得られている。

✓ Studies on the waxmoth Galleria mellonella, with particular reference to the digestion of wax by the larvae.
      Dickman, R. J. Cell. Comp. Physiol. 1933; 3: 223–246.




  Apr. 3, 2017

このように、ワックス生分解の分子的詳細はさらに研究が必要であるが、これらの脂肪族化合物のC-
C単結合は消化の標的の1つであり、PEフィルムをワックス虫と直接接触させたままの状態での孔の
出現および劣化したPEのFTIR分析は、C-C結合の切断を含むPEの化学分解を示し、G.メロネラ菌の炭
化水素消化活性が、生物自体に由来するか腸内細菌叢の酵素活性に由来するのか明確ではないものの
このような分解酵素などを、フィルターなどに担持じさせマイクロプラスチックを含んだ淡水/海水
と接触反応させこれを分解し、有害物質を除去分離できると考えるのでスケールは大きくなるが解決
可能だと考えている(このシステム特許申請対象該当する)。さらに、生分解専用人工酵素の開発、
あるいは、ナノグラフェン(上図参照)等の精密濾過法など憂苦だろう。参考までに「酵素担持フィ
ルタ及びその製造方法」の特許事例を掲載しておく。
 
✓ 特開2008-212824  酵素担持フィルタ及びその製造方法 東洋紡績株式会社


 No. 5

【RE100倶楽部:太陽光発電篇】

● 太陽光による完全自己充電型リチウムイオン電池  

今月10日、マギル大学らの研究グループは、太陽光を色素増感型光電変換素子からの電子を貯蔵す
る自己充電型リチウムイオン電池を公表(Light-assisted delithiation of lithium iron phosphate nanocrystals
towards photo-rechargeable lithium ion batteries,Nature Communications 8, Article number: 14643 (2017) , doi:
10.1038/ncomms14643)。リチウムイオン電池は、電話機、タブレット、コンピュータなどのあらゆる
種類のモバイル機器の急速普及を実現させたが、これらはバッテリのエネルギー密度が限られ、頻繁
に再充電する必要がある。スマートフォンは、オフィス内を持ち歩け、あらゆる種類のアプリケーシ
ョンが搭載され、多くの電力を必要としている。今回の発明は、携帯型太陽電池型蓄電器開発につな
がる。これらのハイブリッドデバイスを実現するには、複雑な回路/パッケージ問題により小型化が
困難であったが、この問題解決に、マギル大学とハイドロ・ケベック研究所の科学者たちは、光電
変換し、貯蔵できる単一機器、つまり自己充電型電池開発へと繋がったいう。ここまでを簡単にまめ
とめると、宮坂勉教授らの「ハイブリット型色素増感型太陽電池、あるいは、瀬川浩司教授らの蓄電
機能内包型色素増感型太陽電池の知財をベースとし、受光面の反対側のアノード側にリチウムイオン
電池配置している点が異なってい点であるが。言い換えれば、大きなリチウム電池表面を密封フィル
ムが施されたハイブリッド型色素増感型光電変換イングが塗布されている構成/構造の2次電池であ
ると言えるだろう。

最初の光二次電池は、1976年に提案された3硫化カドミウム/硫黄/硫化銀(CdSe/ S / Ag2S)から構成
する3電極電池。1977年には、3元系のn-セレシウムセレン化テルル化物/硫化セシウム/硫化スズ(
CdSe 0.65 Te 0.35 / Cs 2 S x / SnS)が開発、1990年には、ヨウ化タングステン酸銀(Ag 6 I 4 WO 4)を用
いた半導体シリコン/酸化ケイ素(PI aSi / SiO x)電極上の光反応で、SiO x 表面上に光増感効果が観測さ
れている。2012年にハイブリッドチタニア(TiO2)/ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン、PEDOT)光ア
ノードと過塩素酸塩(ClO4)ドープポリピロール対電極の太陽電池の提案があり、2014年、酸化還元
結合色素光電極アシストリチウム - 酸素(Li-O 2)電池が、2015年には、独立電解質区画内のレドッ
クス――三ヨウ化物/ヨウ化物(I >3- / I -)を使用するリン酸鉄リチウム(LiFePO4 ; LFP)/リチウム金
属セルを含む3電極システムにTiO2ベースの電極を組み込んみ、同年Li ベースのセル(LFPカソード/
Li 4 Ti 5 O 12アノード)と直列のペロブスカイトメチルアンモニウムヨージド(CH 3 NH 3 PbI 3)ベー
スの太陽電池を接続し、良好なサイクル安定性を観測。 また、TiN電極上で生成された光電子が電池
放電をアシストする一方で、硫酸ナトリウム(KFe [Fe(CN) 6]および窒化チタン(TiN)を使用する化
学的に再充電可能な光電変換蓄電池を、CdSe@ Pt光触媒をLi-S 電池が提案されている。さらに、I 3 /
  Iベース陰極液を用いてTiO 2-色素光電極で、光 -充電式Li-iodideフロー電池が、同年にLi-O 2 電池
の充電電圧低下にグラファイト炭素窒化物(C3 N4)光触媒が提案される。

本論文では、N719色素をハイブリッド光電陰極、Li 金属を陽極、LiPF6 有機カーボネート溶媒(EC /
DEC/VC)電解液の存在下、光照射によるLFP/ナノ結晶の直接光酸化を含む2電極システムである。 
LFPは安定性と安全性、および酸化還元電位が良好で、LFPをカソード材料しています。 後者の3.4V
対Li + / Liは、1991年にO'ReganとGrätzelにより発明された色素増感太陽電池セル――古典的なI 3 - / I -
酸化還元対(約 3.1V対 Li + / Li)に近い。 色素増感は、アノードでの固体電解質界面(SEI)の形
成における酸素還元を介し利用される陰極のFePO 4 (ヘテロサイト)へのLFP(トリフィライト)ナ
ノプレートレットの化学変換補の正孔と電子 - 正孔対を生成する炭酸リチウムベースで構成される。 
LFPの光アシスト脱離は、定電流放電で可逆的な2電極装置の構成に基づき、光充電式リチウムイオ
ン電池の可能性をもつ(以降、下図ダブクリ参照――詳細は後日別途掲載)。  

 

       

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    

    19.私の後ろに何か見える

   土曜日の午後の一時に、ガールフレンドが赤いミニに乗ってやってきた。私は外に出て彼女を
 迎えた。彼女は緑色のサングラスを掛け、ベージュのシンプルなワンピースの上に軽いグレーの
 ジャケットを羽織っていた。

 「車の中がいい? それともベッドの方がいい?」と私は尋ねた。
 「馬鹿ねえ」と彼女は笑って言った。
 「車の中心なかなか悪くなかった。狭い中でいろいろと工夫するところが」
 「またそのうちにね」
 
  我々は居間に座って紅茶を飲んだ。少し前から取り組んでいた免色の肖像画(らしきもの)を
 無事に完成させたことを、私は彼女に話した。そしてその緑は、私かこれまで業務として描いて
 いたいわゆる「肖像画」とはずいぶん違う性質の心のになってしまったことを。話を間いて、彼
 女はその緑に興味を持ったようだった。

 「私がそれを見ることはできる?」私は首を振った。
 「一日遅かったね。君の意見も聞いてみたかったんだけど、免色さんがもう家に持ち帰ってしまった。
 まだ絵の具も十分に乾いていないんだけど、一刻も早く自分のものにしたいみたいだった。まるで他の誰
 かに持って行かれるんじやないかと心配しているみたいに」
  「じやあ、気に入ったのね」
  「気に入っていると本人は言ったし、それを疑う理由もとくに見当たらなかった」
  「絵は無事に完成して、依頼主にも気に入ってもらえた。つまりすべてはうまくいったととね?」
  「たぶん」と私は言った。「そしてぼく自身も絵の出来に手応えを感じてにぼくが描いたことのない種類の
 絵だったし、そこには新しい可能性みたると思うから」

  「新しいスタイルの肖像画ということかしら」

  「さあ、どうだろう。今回は免色さんをモデルにして描くことを通して、その方法にたどり着くことができた。
 つまり肖像画というフレームをとりあえず入り口にすることで、たまたまそれが可能になったということかも
 しれない。もうコ伎同じ方法が通用するのかどうか、それはぼくにもわからない。今回は特別だったのかも
 しれない。免色さんというモデルがたまたま特殊な力を発揮したのかもしれない。でも何より大事なことは、
 ぼくの中にまた真剣に絵を描きたいという気持ちが生まれたことだと思う」

  「とにかく、絵が完成しておめでとう」
  「ありがとう」と私は言った。「少しまとまった額の収入が得られることにもなる」 
  「とても気前の良いメンシキさん」と彼女は言った。
  「そして免色さんは、緒が完成したことを視って、自宅にぼくを招待してくれている。火曜日の夜、夕食を
 一緒にするんだ」

  私はその夕食会のことを彼女に話した。もちろんミイラを招待したことは抜きにして。プロのコックとバー
 テンダー、二人きりの夕食会。

  「あなたはようやく、あの白亜の邸宅に足を踏み入れることになるのね」と彼女は感心したように言った。
  「謎の人の住む謎のお屋敷に。興味津々。どんなところだかよく見てきてね」
  「目の届く限り」
  「出てくる料理の内容も忘れないように」
  「できるだけ覚えておくようにする」と私は言った。「ところでこのおいたたしか、免色さんについて何か新
 しい情報が手に入ったと言っていたよね」
  「そう、いわゆる『ジャングル通信』で」
  「どんな情報なんだろう?」
 
   彼女は少し迷ったような顔をした。そしてカップを持ち上げ、紅茶を一口飲んだ。
  「その話はもっとあとにしない」と彼女は言った。「それより前に少しばかりやりたいことがあるから」
  「やりたいこと?」
  「口にするのがけばかられるようなこと」

  そして我々は居間から寝室のベッドに移動した。いつものように。
  私は六年間、ユズと共に最初の結婚生活を送っていたわけだが(前期結婚生活、と呼んでいい
 だろう)、そのあいだ他の女性と性的な関係を持ったことは一度もなかった。そういう機会がま
 ったくなかったわけではないのだが、私はその時期、よその場所に行って別の可能性を追求する
 よりは、妻と一緒に穏やかに生活を送ることの方により強い興味を持っていた。また性的な観点
 から見ても、ユズと日常的にセックスをすることで私の性欲は十分満たされていた。

  しかしあるとき妻が何の前触れもなく(と私には思える)「とても悪いと思うけど、あなたと
 一緒に暮らすことはこれ以上できそうにない」と打ち明ける。それは揺らぎのない結論であって、
 交渉や妥協の余地はとこにも見当たらない。私は混乱し、どう反応すればいいのかわからない。

  言葉が出てこない。でもとにかくもうここにいられなということだけは理解できる。
  だから身の回りの荷物を簡単にまとめて古いプジョー205に積み込み、放浪の旅に出る。春
 の初めの一ケ月半ばかり、まだ寒さの残る東北と北海道を私は移動し続ける。とうとう車が壊れ
 て動かなくなるまで。そして旅をしているあいだずっと、夜になると私はユズの身体を思い出し
 た。その肉体のひとつひとつの細かい部分まで。そこに手を触れたときに彼女がどんな反応を見
 せ、どんな声をあげるか。思い出したくはなかったのだが、思い出さないわけにはいかなかった。
 そしてときおり、私はそのような記憶を辿りながら一人で射精した。そんなこともしたくはなか
 ったのだけれど。

  でもその長い旅行のあいだ、ただ一度だけ生身の女性と性交したことがある。わけのわからな
 い不思議な成り行きで、私はその見知らぬ若い女と一度のベッドを共にすることになった。私の
 方から求めてそういうことになったわけではなかったのだが。
  それは宮城県の海岸沿いの小さな町での出来事だった。岩手県との県境に近いあたりだったと
 記憶しているが、その時期私は日々細かく移動を続け、似たような町をいくつも通過してきた。
 町の名前をいちいち覚えている余裕もなかった。大きな漁港があったことを覚えている。しかし
 そのへんの町にはたいてい大きな漁港があった。そしてどこにもディーゼル油と魚の匂いが漂っ
 ていた。

  町外れの国道沿いにファミリー・レストランがあり、そこで私は一人で夕食をとっていた。午
 後の八時頃のことだ。海老カレーとハウスサラダ。店の中に客は数えるほどしかいなかった。私
 か窓際のテーブルで、一人で文庫本を読みながら食事をしていると、私の向かいの席に出し抜け
 に一人の若い女が座った。彼女はまったく躊躇することもなく、私にひとこと断るでもなく、無
 言でそのビニール張りのシートに素遠く腰を下ろした。まるで世界中にこれ以上当たり前のこと
 はないという様子で。

  私は驚いて顔を上げた。もちろんその女の顔に見覚えはなかった。まったくの初対面だ。突然
 のことなので、事情がよく理解できなかった。テーブルは他にいくらでも空いている。わざわざ
 私と相席するような理由はない。あるいはこの町では、こんなことはむしろありふれた出来事な
 のだろうか? 私はフォークを置いて、紙ナプキンで口許を拭い、彼女の顔をぼんやり眺めてい
 た。

 「知り合いのような顔をして」と彼女は手短に言った。「ここで待ち合わせをしていたみたいな」。
 ハスキーな声と言っていいかもしれない。あるいは緊張が彼女の声を一時的にしやがれさせてい
 るだけかもしれない。声には徴かな東北誼りが聞き取れた。
  私は読んでいた本にしおりをはさんで閉じた。女はたぶん二十代半ばだろう。襟の丸い白いブ
 ラウスに、紺色の力ーディガンを羽織っていた。どちらもあまり上等なものとは言えない。とく
 に洒落てもいない。人が近所のスーパーマーケットに買い物に行くときに着ていくような、ごく
 普通の服だ。髪は黒く短く、前髪が顔に落ちていた。化粧気はあまりない。そして黒い布製のシ
 ョルダーバッグを膝に載せていた。

  これという特徴のない顔立ちだった。顔立ちそのものは悪くないのだが、それが与える印象が
 希薄なのだ。通りですれ違ってもほとんど印象に残らない顔だ。そのまま通り過ぎて忘れてしま
 う。彼女は薄くて長い唇をまっすぐ結び、鼻で呼吸していた。呼吸がいくらか荒くなっているよ
 うだった。鼻孔が小さく膨らみしぼんだ。鼻は小さく、口の大きさに比べてバランスを欠いてい
 た。まるで塑像を追っている人が途中で粘土が足りなくなって、鼻のところを少し削ったみたい
 に。

 「わかった? 知り合いのような顔をしていて」と彼女は繰り返した。「そんなびっくりした顔
 「いいよ」とわけがわからないまま私は返事をした。
 「そのまま普通に食事を続けて」と彼女は言った。「そして私と親しく話をしているふりをして
 くれる?」
 「どんな話を?」
 「東京の人なの?」 私は肯いた。フォークを取り上げ、プチトマトをひとつ食べた。そしてグラ
 スの水をひとくち飲んだ。
 「しゃべり方でわかる」と彼女は言った。「でもどうしてこんなところにいるの?」
 「たまたま通りかかったんだ」と私は言った。

  生姜色の制服を着たウェイトレスが、分厚いメニューを抱えてやってきた。驚くほど胸の大き
 なウェイトレスで、制服のボタンが今にもはじけ飛びそうに見えた。私の向かいに座った女はメ
 ニューを受け取らなかった。ウェイトレスの顔さえ見上げなかった。私の顔をまっすぐ見ながら
 「コーヒーとチーズケーキ」と言っただけだった。まるで私に注文するみたいに。ウェイトレス
 は黙って肯き、持ってきたメニューをそのまま抱えて歩き去った。
 「何か面倒なことに巻き込まれているの?」と私は尋ねた。

  彼女はそれには答えなかった。まるで私の顔を値踏みするみたいにじっと見ているだけだった。

 「私の後ろに何か見える? 誰かいる?」と彼女は尋ねた。

  私は彼女の背後に目をやった。普通の人々が普通に食事をしているだけだ。新しい客も入って
 きていない。

 「何もない。誰もいない」と私は言った。
 「もう少しそのまま様子を見ていて」と彼女は言った。「何かあったら教えて。さりげなく会話
 を続けて」

  我々の座ったテーブルから店の駐車場が見えた。私の埃だらけの小さな古いプジョーが駐まっ
 ているのが見えた。他には二台の車が駐まっていた。銀色の軽自動車が一台と、背の高い黒のワ
 ンボックス・カーだ。ワンボックス・カーは新車のように見える。どちらもしばらく前から駐ま
 っている。新しくやってきた車は見えない。女はたぶん歩いてこの店まで米たのだろう。それと
 も誰かに車でここまで送ってもらったか。

 デカ文字文庫

 「たまたまここを通りかかった?」と女が言った。
 「そうだよ」
 「旅行をしているの?」
 「まあね」と私は言った。
 「どんな本を読んでいたの?」

  私は読んでいた本を彼女に見せた。それは森鴎外の『阿部一族』だった。
 「『阿部一族』」と彼女は言った。そして本を私に通した。「どうしてこんな古い本を読んでい
 るの?」
 「少し前に泊まった青森のユースホステルのラウンジに置いてあったんだ。ぱらぱら読んでみた
 ら面白そうだったので、そのまま持ってきた。かわりに読み終えた本を何冊か置いてきた」
 「『阿部一族』って読んだことないわ。面白い?」

  私はその本を読み終え、もう一度読み返していた。話がなかなか面白かったこともあるが、森
 鸚外がいったい何のために、どのような観点からそんな小説を書いたのか、書かなくてはならな
 かったのか、うまく理解できなかったということもある。でもそんな説明を始めると話が長くな
 る。ここは読書クラブではな い。それにこの女は二人で自然に会話をするために(少なくとも
 そのように周りの目には映ることを目的として)、目についた適当な話題を持ち出しているだけ
 なのだ。

                                                         この項つづく 

   ● ドバイ世界博覧会で飛行タクシー

  蛾とカミキリ虫の一穴:大切なバランス感覚



 


懲りない面々

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        泉涸れて魚あいともに陸に処り、あい呴(く)するに湿をもってし、
       あい濡おすに沫(あわ)をもってするは、江湖にあい忘るるにしかず

                            大宗師(だいそうち)

                                                

      ※  大宗師:有限な人の営みは、やがては天に包摂される。天と人とは、別が
        あって別はない。天人合一の境地に逍遥する「真人」は、「道」そのまま
        の存在である。「道」を大いなる宗師として生きることこそ、人間努力の
        窮極目標なのである。

      ※ 「道」そのままに生きる:乾上った池に棲む魚は、泥の上に身を寄せあい、
        たがいのあぶくで身を濡らしあっては、わずかに生を保とうとする。だが
        魚たちにしてみれば、かばいあって爰に生きるより、広々とした河海を自
        由に泳ぎ廻ることの方が、はるかに望ましいに相違ない。人間にしても同
        じこと、秩序の枠に押しこめられ、善を称揚し悪を排斥して暮らすよりは、
        善悪を超越して「道」そのままに生きる方が、はるかに好ましいはずであ
        る。

 

 No. 6

今回は、韓国の高速道路に大規模ソーラーレーンの話題を始めとして、圧空電池、バイオマス発電の
最新技術などを取り上げる。

【RE100倶楽部:太陽光発電篇】

● 韓国の高速道路に大規模な太陽光パネル

 

韓国の高速道路には、真ん中を走る素晴らしい太陽光発電バイクレーンがある。レーンはオフセット
され、障壁によって保護され、太陽電池パネルによって保護される。この車線は首都ソウルから車で
数時間にある、大田から世宗まで約32マイル(51.5キロメートル)の距離に敷設されている(
自転車道はソーラーパネルの下を走る)。これは、将来的な通勤スタイルの自転車レーンをに実現す
るアイデアである。




【RE100倶楽部:蓄電池電篇】

● 最新圧空電池技術:圧縮空気貯蔵発電装置及び圧縮空気貯蔵発電方法

再生可能エネルギーのような不規則に変動する不安定なエネルギーを利用した発電の出力を平滑化す
る技術としては、余剰発電電力が生じた際に電気を蓄えておき電力不足時に電気を補う蓄電池が代表
的なものである。大容量蓄電池の例として、❶ナトリウム・硫黄電池、❷レドックスフロー電池、❸
リチウム蓄電池、❹及び鉛蓄電池などが知られている。これらの電池は、いずれも化学的な二次電池
であり、蓄えたエネルギーを電気の形式でしか出力できない。これに対し、神戸製鋼所では、圧縮機
から吐出される圧縮空気を蓄えておき、必要な時に空気タービン発電機等で電気に再変換する圧縮空
気貯蔵(CAES)技術が開発されてきた。

ところで、再生可能エネルギーにより発電した電力の出力先には、商用系統に電力として出力して売
電する場合、商用系統に戻すことなく発電所内または近接する需要家で消費することも考えられる。
このような需要家例としては、❶コンピュータの冷却に膨大な冷房が求められるデータセンタや、❷
製造工程における制約から一定温度に制御が必要な精密機械工場及び半導体工場がある。なお、大電
力を使用する需要家では、その使用電力の変動に応じて、使用電力が少ない際に蓄電し、使用電力が
増加した場合に放電して最大使用電力量を抑えるという節電手法に対するニーズもある。

この技術は、再生可能エネルギーのような不規則に変動する発電出力を平滑化すると共に、このよう
に変動する入力電力により効率的に冷熱利用できる圧縮空気貯蔵発電装置を提供することに特徴があ
るが、これらは、次のような7つの機能構成から実現される。

❶不規則に変動する入力電力により駆動される電動機
❷電動機と機械的に接続され、空気を圧縮する圧縮機
❸圧縮機により圧縮された圧縮空気を蓄える蓄圧部
❹蓄圧部から供給される圧縮空気によって駆動される膨張機
❺膨張機と機械的に接続された発電機
❻圧縮機から供給する圧縮空気と熱媒とで熱交換して圧縮空気を常温近傍まで冷却する第1熱交換器
❼作動流体である空気を常温以下の冷気として取り出す冷熱取出部

この構成によれば、蓄圧部により圧縮空気としてエネルギーを貯蔵することで、再生可能エネルギー
のような不規則に変動する発電出力を平滑化することができる。また、冷熱取出部により常温以下の
冷気を取り出す(冷熱を作り出す)ことで再生可能エネルギーのような不規則に変動する電力によっ
ても効率的に冷熱利用できる。

特に、商用電力を直接使用して冷熱を作り出す場合に比べて大幅に熱効率を向上できる。また、発電
に伴う膨張による吸熱を利用することで空気を効率的に冷却できるため、冷熱取出部として膨張機を
有効利用できる。ここで、第1熱交換器において圧縮空気は常温近傍まで冷却されるが、「常温近傍
」とは、圧縮空気が蓄圧部に貯蔵されている間に外気に放熱して、圧縮空気の保有するエネルギーを
大幅に損失しない程度の温度をいう。

【要約】

圧縮空気貯蔵発電装置2は、モータ8a、圧縮機10、蓄圧タンク12、膨張機14、発電機16、
第1熱交換器18a、冷熱取出部13を備える。モータ8aは、再生可能エネルギーを用いて発電し
た入力電力により駆動される。圧縮機10は、モータ8aと機械的に接続され、空気を圧縮する。蓄
圧タンク12は、圧縮機10により圧縮された圧縮空気を蓄える。膨張機14は、蓄圧タンク12か
ら供給される圧縮空気によって駆動される。発電機16は、膨張機14と機械的に接続されている。
第1熱交換器18aは、圧縮機10から供給される圧縮空気と熱媒とで熱交換して圧縮空気を常温近
傍まで冷却する。冷熱取出部13は、作動流体である空気を常温以下の冷気として取り出すことで、
不規則に変動する入力電力を平滑化すると共に、この入力電力によって効率的に冷暖房を行うことが
できる圧縮空気貯蔵発電装置を提供する。


【符号の説明】

    2  圧縮空気貯蔵発電装置(CAES発電装置)
    4  電力系統
    6  発電装置
    8a,8b  モータ(電動機)
    10  圧縮機
    10a  吸気口
    10b  吐出口
    12  蓄圧タンク(蓄圧部)
    13  冷熱取出部
    14  膨張機(冷熱取出部)
    14a  給気口
    14b  排気口
    16  発電機
    17  暖熱取出部
    18a  第1熱交換器(暖熱取出部)
    18b  第2熱交換器(冷熱取出部)
    18c  第3熱交換器(暖熱取出部)
    18d  第4熱交換器(暖熱取出部)
    18e  第5熱交換器(暖熱取出部)
    18f  第6熱交換器
    19  水供給部
    20a,20b,20c,20d  空気配管
    22  バルブ
    24  高圧蓄圧タンク(高圧蓄圧部)
    26  流量調整バルブ
    28  高圧圧縮機
    28a  吸気口
    28b  吐出口
    30  スイッチ
    32a,32b  蓄熱タンク
    34a,34b,34c,34d,34e  熱媒配管
    36a,36b,36c,36d,36e  ポンプ
    38  冷凍機(冷熱取出部)
    40  冷水配管
    42a,42b,42c  温水配管
    44  モード切替機構
    46  三方弁(モード切替機構)
    46a  第1ポート
    46b  第2ポート
    46c  第3ポート
    48  三方弁(モード切替機構)
    48a  第1ポート
    48b  第2ポート
    48c  第3ポート

【RE100倶楽部:バイオマス発電篇】

● 最新バイオマスボイラー技術:熱回収方法、及び熱回収装置

再生可能エネルギーの一つのバイオマス発電は、燃料によって分類されており、例えば、林地残材な
どの木材を燃料とするボイラを用いた木質バイオマス発電がある。木質バイオマス発電には、❶木材
を直接燃焼する蒸気タービン方式と、❷木質バイオマスからガスを発生させ、この木質バイオマスを
起源とするガスを燃焼させるガスタービン方式がある。本件は、ボイラで発生した排気ガスから熱エ
ネルギーを回収する熱回収装置及び熱回収方法に関するもので、小容量なボイラであっても、簡単な
構成でボイラ効率を高められる熱回収方法及び熱回収装置に関する新規考案である。

熱交換装置のボイラは、燃料を燃焼させて得た熱をボイラ水に伝えて、水を高温高圧の水蒸気や温水
に状態変化させる。発生させた水蒸気や温水は、種々の用途に利用され、例えば、水蒸気はタービン
発電、温水は暖房などに利用される。また、ボイラは、煙管型、水管型が代表的である。❶煙管型ボ
イラは、水缶内に複数の鋼管といった金属管が配置され、各管に燃焼ガスが導入されて管周囲の水を
加熱する。❷水管型ボイラは、燃焼室内に複数の水管が配置され、燃焼室内の燃焼ガスによって水管
内の水を加熱する。いずれの形式も、水と燃焼ガスとは管材によって分離され、燃焼ガスから水への
伝熱は、金属管や水管といった金属部材を介して行われる。つまり、密度の低いガスの顕熱を、金属
部材を介して水に伝達する構成である。

ここで、 ボイラ効率とは、ボイラに供給された燃料が完全燃焼することによって発生すべき熱量に対
する水蒸気や温水を発生するために実際に用いられた熱量との比率である。ボイラ効率は、一般に、
ボイラの容量が大きいほど高い傾向にある。例えば5MW程度以上といったMW級の発電には、従来、
発生蒸気量でいうと最高使用圧力が数MPa以上で、数10ton/h以上といった大容量のボイラ
を使用する。

上述の蒸気タービン方式の木質バイオマス発電に対して、水分量(含水率)が一定値以下の乾燥チッ
プと、既知の蒸気タービン(軸流タービン)とを用いて効率よく発電するためには、発電容量が2M
W~5MW、またはそれ以上が望まれる。この発電容量に対応した蒸気タービンは非常に大きく、非
常に大型のボイラが必要で、非常に大型の木質バイオマスボイラを併設したり、燃料となる木材を大
量に確保して供給したりすることは容易ではなく、実現が難しい。このため、木質バイオマス発電は、
発電以外の効果、例えば温排水の活用や加工木材の端材処理といった効果を期待して、❶既知の蒸気
タービン方式を用いる。小容量、例えば、0.5MW級以下の発電に対しては、近年、蒸気タービン
方式よりも❷ガスタービン方式を利用する傾向にあるが、ガスタービン方式では、構造が複雑で、特
別な操作条件が付加され、装置が高価である、などの様々な制限が未だ有り開発要素が残る。

一方、近年検討されている「中山間地域での木質バイオマス発電」は、小容量のボイラを多数分散さ
せて配置計画されている。ここでの使用が検討されるボイラの容量は、発電電力でいうと、1MW未
満、特に500kW程度以下、主として300kW程度以下であり、発生蒸気量でいうと、最高使用
圧力が1MPa以下で、3ton/h~10ton/h程度である。このような小容量のボイラは、
上述の非常に大容量のボイラに比較してボイラ効率が低く、ボイラ効率の向上が望まれる。

ボイラ効率を高める方法のとして、例えば、液体熱媒体である水と燃焼温度との温度差を大きくする
方法があり、天然ガスを燃料とするガスボイラを用いたり、木質バイオマスボイラであれば乾燥チッ
プを用いて、燃焼温度を高めるが、この場合、❶地産資源の木質バイオマス材の代わりに化石燃料で
ある天然ガスの入手が必要であったり、❷木材の乾燥設備などといった専用の設備や、❸専門知識を
有する技術者などが必要な上に、❹処理に時間がかかったりする。また、伐採直後の生木は、一般に
水分が多く、含水率が30質量%~50質量%程度である。天然乾燥された木材(以下、天然乾燥材
と呼ぶ)では、含水率が30質量%程度のものが多い。このような含水率が高い木材を燃焼させると、
木材中の水分を気化するために水1gあたりに約2260J(540cal)の熱量が利用される。
その結果、燃焼温度を十分に高められない。燃焼温度を高めるために、伐採材を人工的に強制乾燥し、
含水率を30質量%未満、好ましくは10質量%以下程度とする必要がある。伐採材のうち、含水率
が30質量%~50質量%程度であるものを生木、天然乾燥によって含水率が30%程度であるもの
を天然乾燥材と呼ぶ。

 さらに、ボイラ効率を高める別の方法として、従来、エコノマイザーが知られている。エコノマイザーは、燃料を
燃焼し、生じた排気ガスをボイラ外に排出する煙道内に鋼管といった金属管を設置して、この管内に主として
水を供給し予熱する給水加熱器である。 排気ガスの発生量が多い大容量のボイラでは、エコノマイザーの利
用により、ボイラ効率を高められるが、小容量のボイラにエコノマイザーを付加しても、効率が良くない。エコノ
マイザーによる水への伝熱も上記金属管を介して行われるからである。詳しくは、気体(排気ガス)⇒固体(鋼
管など)⇒液体(水)という伝熱経路は、密度が相対的に非常に低い気体から密度が相対的に非常に高い固
体に熱を伝えることになるため、固体に熱が伝わり難い。

以上のことから、小容量のボイラを用いて、1MW未満程度の発電などの仕事を行う場合に簡単な構成であり
ながら、ボイラ効率を向上できることが望まれ、 特に、伐採材などの木材を入手し易いものの、専用の設備の
設置や専門技術者の配置などが難しい中山間地域、山林近くの小さな町村などで木質バイオマス発電を行う
場合に、ボイラの燃料に、伐採直後の生木を実質的にそのまま(例えば含水率が40質量%~50質量%程度
の木材)、又は天然乾燥材(例えば含水率が30質量%程度、好ましくは20質量%程度の木材)、又はこれら
を薪や一般的なチップにする程度の加工を行ったものなどを利用した場合でも、ボイラ効率の向上を実現させ
たい。近年、スクリュータービンなどと呼ばれる高効率で小容量の蒸気タービンが開発されてきているが、高効
率で小容量の蒸気タービンに適した、高効率で小容量のボイラの実用化が期待される。



【符号の説明】

  1A,1B,1C,1D,1E,1F,1G,1H  熱回収装置
  B  ボイラ  L  水(液体熱媒体)  S,S4  水蒸気  G  排気ガス  H  水頭
  2A,2B,2E,2F,2G  液体槽
  3A,3B  導入管  4  排気管  5  圧力調整部  6  給液管
  7  排液管  8  接触促進部  9  熱交換部
  20  底面部  22  天面部  24,26  側面部
  30  ガイド管  32  噴霧室  320  噴霧器
  35  ガス分岐管  45  上流側分岐管  47  下流側分岐管
  450,470  バルブ
  50,52  ブロア  60  ポンプ  62  三方弁  70  バルブ
  80,82  仕切り部
  90  導入部  92  排出部  94  バルブ
  100  第一仕事部  102  第二仕事部
  110  液面計  112  水圧計  130  異物排出部  132  バルブ

  ● 今夜の一曲

 

(ラッドウィンプス)は、4人組ロックバンド(所属レコード会社はユニバーサルミュージック/所
属事務所は有限会社ボクチン)で、略称は「ラッド」。バンド名の意味は、「すごい」「強い」「い
かした」という軽いアメリカ英語の俗語「RAD」と、「弱虫」「意気地なし」という意味の「WIMP」
を組み合わせた造語。つまり、「かっこいい弱虫」「見事な意気地なし」「マジスゲーびびり野郎」
などの意味。彼らのアルバム『君の名は。』(きみのなは。)は、RADWIMPSのサウンドトラック。
新海誠監督の長編アニメーション映画『君の名は。』のために制作された映画音楽を収録。2016年8月
24日に、EMI Records(ユニバーサルミュージック)から発売。主題歌の「前前前世 )」は、2016年7
月5日放送のラジオ番組『SCHOOL OF LOCK!』にて初オンエアされ、同年7月25日からは音楽配信サイ
トにて先行配信される。


   やっと眼を覚ましたかい それなのになぜ眼も合わせやしないんだい?
   「遅いよ」と怒る君 これでもやれるだけ飛ばしてきたんだよ

   心が身体を追い越してきたんだよ

   君の髪や瞳だけで胸が痛いよ
   同じ時を吸いこんで離したくないよ
   遥か昔から知る その声に生まれてはじめて 何を言えばいい?

   君の前前前世から僕は 君を探しはじめたよ
   そのぶきっちょな笑い方をめがけて やってきたんだよ

   君が全然全部なくなって チリヂリになったって
   もう迷わない また1から探しはじめるさ
   むしろ0から また宇宙をはじめてみようか

   どっから話すかな 君が眠っていた間のストーリー
   何億 何光年分の物語を語りにきたんだよ けどいざその姿この眼に映すと

   君も知らぬ君とジャレて 戯れたいよ
   君の消えぬ痛みまで愛してみたいよ
   銀河何個分かの 果てに出逢えたその手を壊さずに どう握ったならいい?

   君の前前前世から僕は 君を探しはじめたよ
   その騒がしい声と涙をめがけ やってきたんだよ

   そんな革命前夜の僕らを誰が止めるというんだろう
   もう迷わない 君のハートに旗を立てるよ
   君は僕から諦め方を 奪い取ったの

   前前前世から僕は 君を探しはじめたよ
   そのぶきっちょな笑い方をめがけて やってきたんだよ

   君が全然全部なくなって チリヂリになったって
   もう迷わない また1から探しはじめるさ何光年でも 
   この歌を口ずさみながら

                          作詞/作曲 野田洋次郎




英国で産業革命以来めて、24時間「石炭火力ゼロ」を記録したという。25年までに石炭火力ゼロ
が目標だというが、英国政府が発表している統計資料で、2016年10~12月期における電源構成のうち、
石炭が占める割合は9.3%だ。その他は天然ガスが45.2%、原子力発電所が20.3%、再生可能
エネルギーが22.2%だという。わたしは、再生可能エネルギーと省エネシステム&機器の普及で、
経済成長と両立可能だと、さらに、「エネルギーフリー社会」がやがて実現できると考えているので、
原発再稼働を繰り返す政府・電力会社に、懲りな面々だね~ぇとあきれ果てている。 

                                                   

セルフコミット・マイナス5キロ

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            天下を天下に蔵すれば、遯(のが)るるところを得ず

                            大宗師(だいそうし)

                                                

      ※  大宗師:有限な人の営みは、やがては天に包摂される。天と人とは、別が
        あって別はない。天人合一の境地に逍遥する「真人」は、「道」そのまま
        の存在である。「道」を大いなる宗師として生きることこそ、人間努力の
        窮極目標なのである。

      ※ 人間の五体を与えられ、生を負うて苦しみ、老いを迎えて安らぎ、死を得
        て憩いにつく。これが人間の一生であるからには、生をよしとして肯定す
        るのと同様に、死もまたよしとして肯定できるはずではなかろうか。にも
        かかわらずわれわれは、やはり生への執着を断ちきれず、汲々として生を
        守ろうと努める。たとえてみれば、舟を谷間に隠し、網を沢に隠して、安
        全だと信じきっている漁師のようなものであろう。いかに巧みに隠したと
        ころで、並みすぐれた力を持つ誰かが、夜陰に乗じて盗み去るかも知れな
        いのだ。小さなものを大きなものの中に隠すというやり方では、いちおう
        は隠すことができるとしても、失わないという保証はない。

      ※ だが、こころみに天下を天下の中に隠してみるがよい。こうすれば、何ひ
        とつ失われるものがないということは、明々白々たる道理である。

 



● ハーゲンダッツ「ほうじ茶ラテ」登場 アイスクリームはカンブリアキア紀へ

コンビニで購入できるアイスの中でも人気の高いハーゲンダッツのミニカップから、✪上品なほうじ
茶の香りとミルクのコクと濃厚な味わいを感じられる「ほうじ茶ラテ」が今月25日に登場。❶初摘
み茶葉と上品なうま味のミルクを合わせたほうじ茶ラテアイスクリームと、❷抽出エキスを使ったキ
レのある爽やかな後味で香り高いほうじ茶ラテアイスクリームという2種類のほうじ茶アイスをマー
ブル状に組み合わせたぜいたくな味わいが楽しめるとのふれこみ(試食はまだ)。今日は真夏並みの
暑さということで、庭の手入れが終わり、例の「アスパラミルクアイスクリーム」を頂く。わさびミ
ルクやいろんな種類のアイス菓子が、さながらカンブリア紀のように登場、猛暑となれば俄然、売り
上げは右肩上がり間違いなしだ。

 

【週刊MEGA地震予測 2017.04.26】

ダブクリ参照

 依然、南関東地域は警戒レベル5!

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    

    19.私の後ろに何か見える

 「読む価値はあると思う」と私は言った。
 「何をしている人?」と彼女は尋ねた。
 「森鴎外のこと?」
  彼女は顔をしかめた。「まさか。森鴎外なんてどうでもいい。あなたのことよ。何をしている
 人なの?」
 「絵を描いている」と私は言った。
 「画家」と彼女は言った。
 「そう言ってもいいと思う」
 「どんな絵を描いているの?」
 「肖像画」と私は言った。
 「肖像画って、あの、よく会社の社長室の壁に掛かっているような絵のこと? 偉い人が偉そう
 な顔をしているやつ」
 「そうだよ」
 「それを専門に描いているわけ?」

  私は肯いた。

  彼女はもうそれ以上絵の話はしなかった。たぶん興味を失ったのだろう。世の中の大抵の人間
 は、描かれる人間は別にして、肖像圃になんてこれっぽちも興味を持ってはいない。

  そのとき入り口の自動ドアが間いて、中年の長身の男が一人入ってきた。黒い革のジャンパー
 を着て、ゴルフメーカーのロゴが入った黒いキャップをかぶっていた。波は入り口に立って店の
 中をぐるりと見回してから、我々のテーブルから二つ離れた席を選び、こちら向きに座った。帽
 子を説ぎ、手のひらで何度か髪を撫で、胸の大きなウェイトレスが特ってきたメニューを子細に
 眺めた。髪は短く刈り込まれ、白髪が混じっていた。痩せて、まんべんなく日焼けしていた。顔
 には波打つような深い皺が寄っていた。

 「男が一人入ってきた」と私は彼女に言った。
 「どんな男?」
  私はその男の外見的特徴を簡単に説明した。
 「絵に描ける?」と彼女は尋ねた。
 「似顔絵のようなもの?」
 「そう。だって圃家なんでしょう?」

  私はポケットからメモ帳を取りだし、シャープペンシルを使ってその男の顔を素早く描いた。
 陰翳までつけた。その絵を描きながら、男の方をちらちらと見る必要もなかった。私には人の顔
 の特徴を一目で素遠く捉え、脳裏に焼き付ける能力が具わっている。そしてその似顔絵をテーブ
 ル越しに彼女に差し出した。彼女はそれを手に取り、目を細め、まるで銀行員が疑わしい小切手
 の筆跡を鑑定するときのように、長い時間じっと睨んでいた。それからそのメモ用紙をテーブル
 の上に置いた。

 「ずいぶん絵が上手なのね」と彼女は私の顔を見て言った。少なからず感心しているようにも見
 えた。
 「それがぼくの仕事だから」と私は言った。「で、この男は君の知り合いなの?」

  彼女は何も言わず、ただ首を横に振った。唇をぎゅっと結んだきり、表情を変えなかった。そ
 して私の描いた終を四つに折り畳んで、ショルダーバッグにしまった。なぜ彼女がそんなものを
 とっておくのか、私には理由がよく理解できなかった。丸めて捨ててしまえばいいだけなのに。

 「知り合いではない」と彼女は言った。
 「でも君はこの男にあとを追われているとか、そういうこと?」

  彼女はそれには返事をしなかった。
  さっきと同じウェイトレスがチーズケーキとコーヒーを持ってやってきた。女はウェイトレス
 がいなくなるまでそのまま口を閉ざしていた。それからフォークでチーズケーキを一口分切り取
 り、皿の上で何度か左右に動かした。アイスホッケーの選手が水上で試合前の練習をしているみ
 たいに。やがてそのかけらを口に入れ、ゆっくり無表情に咀嚼した。食べ終えると、コーヒーに
 少しだけクリームを入れて飲んだ。そしてチーズケーキの皿を脇に押しやった。もうこれ以上は
 存在の必要がないというみたいに。


  駐車場には白いSUVが新たに加わっていた。ずんぐりとした背の高い車だ。頑丈そうなタイ
 ヤがついている。さっき入ってきた男が運転してきた車らしかった。頭から前向きに駐車してい
 る。荷室ドアにつけられた予備のタイヤ・ケースには「SUBARUFORESTER」とい うロゴが入
  っていた。私は海老カレーを食べ終えた。ウェイトレスがやってきて皿を下げ、私はコーヒーを
 注文した。

 「長く旅行しているの?」と女が尋ねた。
 「けっこう長くなる」と私は言った。
 「旅行は面白い?」

  面白いから旅行をしているわけではない、というのが私にとっての正し答えだった。しかし
 そんなことを言い出すと話が長く、ややこしくなってしまう。

 「まずまず」と私は答えた。

  彼女は珍しい動物でも見るような目で私を正面から見ていた。「すごく短くしか話さない人な
 のね」
  話す相手による、というのが私にとっての正しい答えだった。しかしそんなことを言い出すと
 また話が長く、ややこしくなってしまう。

  コーヒーが運ばれてきて、私はそれを飲んだ。コーヒーらしい味はしたが、それはどうまいも
 のではなかった。でも少なくともそれはコーヒーだったし、しっかり温かかった。そのあと客は
 誰も入ってこなかった。革ジャンパーを着た白髪混じりの男は、よく通る声でハンバーグステー
 キとライスを注文した。
  スピーカーからはストリングスの演奏する「フール・オン・ザ・ヒル」が流れていた。その曲
 を実際に作曲したのがジョン・レノンだったかポール・マッカートニーだったか、どちらか思い
 出せなかった。たぶんレノンだろう。私はそんなどうでもいいことを考えていた。他に何を考え
 ればいいか、わからなかったからだ。

 「車に乗ってきたの?」
 「うん」
 「どの車?」
 「赤いプジョー」
 「どこのナンバー?」
 「品川」と私は言った。

  彼女はそれを聞いて顔をしかめた。まるで品川ナンバーの赤いプジョーに、何かひどく嫌な思
 い出でもあるみたいに。それからカーディガンの袖をひっぱって直し、白いブラウスのボタンが
 きちんと上までかかっていることを確かめた。そして祇ナプキンで唇を軽く拭った。

 「行きましょう」と彼女は唐突に言った。

  そしてグラスの水を半分飲み、席から起ち上がった。彼女のコーヒーは一ロ飲まれたまま、チ
 ーズケーキは一ロ囓られたまま、テーブルの上に残されていた。まるで何か大きな惨事の現場の
 ように。
  どこに行くのかはわからなかったが、私も彼女のあとから起ち上がった。そしてテーブルの上
 の勘定書を手に取り、レジで代金を払った。女の注文したぶんも一緒になっていたが、彼女はそ
 れに対してとくにありがとうも言わなかった。白分のぷんを払おうという気配もまったく見せな
 かった。
  我々が店を出て行くとき、新しく入ってきた白髪混じりの中年の男は、とくに面白くもなさそ
 うにハンバーグステーキを食べていた。顔を上げて我々の方をちらりと見たが、それだけだった。
 またすぐ皿に目を戻し、ナイフとフォークを使って、無表情に料理を食べ続けた。女はその男に
 はまったく目をくれなかった。

  白いスバル・フォレスターの前を通り過ぎるとき、リアバンパーに魚の絵を描いたステッカー
 が貼ってあることに目を止めた。たぶんカジキマグロだろう。どうしてカジキマグロのステッカ
 ーを車に貼らなくてはならないのか、その理由はもちろんわからない。漁業関係者なのか、それ
 とも釣り師なのか。

  彼女は行く先を言わなかった。助手席に座り、道む道を簡潔に指示するだけだった。彼女はこ
 のあたりの道筋を熟知しているようだった。この町の出身か、あるいはここに長く往んでいるか、
 どちらかだ。私は指示されるままにプジョーを運転した。街から遠ざかるようにしばらく国道を
 道むと、派手なネオン・サインのついたラブホテルがあった。私は言われるままにその駐車場に
 入り、エンジンを切った。

 「今日はここに泊まることにする」と彼女は宣言するように言った。フっちに帰ることはできな
 いから。一緒に来て」
 「でも今夜はべつのところに泊まることになっているんだ」と私は言った。「チェックインもし
 たし、荷物も部屋に置いてある」
 「どこに?」

  私は鉄道駅の近くにある小さなビジネス・ホテルの名前をあげた。

 「そんな安ホテルより、こっちの方がずっといいよ」と彼女は言った。「どうせ押し入れくらい
 の広さしかないしけた部屋でしょ?」
 
  たしかにそのとおりだった。押し入れくらいの広さしかないしけた部屋だ。

 「それにこういうところはね、女が一人で来てもなかなか受け付けてくれないの。商売女だと思
 われて警戒されるから。いいからとにかく一緒に来て」

  少なくとも彼女は娼婦ではないのだ、と私は思った。
  私は受付で一泊ぷんの部屋代を前払いし(彼女はそれに対してもやはり感謝の素振りは見せな
 かった)、鐙を受け取った。部屋に入ると彼女はまず風呂に湯を入れ、テレビのスイッチを入れ、
 照明を細かく調節した。広々とした浴槽だった。たしかにビジネス・ホテルよりはずっと居心地
 が良い。女は以前にもここに――あるいはここによく似たところに――何度か来たことがあるよ
 うに見えた。それからベッドに腰掛けてカーディガンを説いだ。白いブラウスを説ぎ、巻きスカ
 ートを脱いだ。ストッキングもとった。とても簡素な白い下着を彼女は身につけていた。とくに
 新しいものでもない。普通の主婦が近所のスーパーマーケットに買い物に行くときに身につける
 ような下着だ。そして背中に器用に手を回してブラジャーをとり、畳んで枕元に置いた。乳房は
 とくに大きくもなく、とくに小さくもなかった。

 「いらっしやいよ」と彼女は私に言った。「せっかくこういうところに来たんだから、セックス
 をしよう」
  それが私かその長い旅行(あるいは放浪)のあいだに持った、唯一の性的な体験だった。思い
 のほか激しいセックスだった。彼女は全部で四度オーガズムを迎えた。信じてもらえないかもし
 れないが、どれも間違いなく本物だった。私も二度射精した。でも不思議なことに、私の側には
 それはどの快感はなかった。彼女と交わっているあいだ、私の頭は何か別のことを考えているみ
 たいだった。
 「ねえ、あなたひょっとして、ここのところけっこう長くセックスしてなかったんじやない?」
 と彼女は私に尋ねた。
 「何ケ月も」と私は正直に答えた。
 「わかるよ」と彼女は言った。「でも、どうしてかな? あなたって、そんなに女の人にモテな
 いようにも見えないんだけど」
 「いろいろと事情があるんだ」
 「かわいそうに」と女は言って、私の首を優しく撫でた。「かわいそうに」

  かわいそうに、と私は頭の中で彼女の言葉を繰り返した。そう言われると、本当に白分かかわ
 いそうな人間であるように思えた。知らない町の、わけのわからない場所で、事情も理解できな
 いまま、名前も知らない女と肌を重ねている。
  セックスとセックスの合間に、冷蔵庫のビールを二人で河本か飲んだ。眠ったのはたぶん午前
 一時頃だろう。翌朝目が覚めたとき、彼女の姿はとこにも見当たらなかった。書き置きのような
 ものもなかった。私は一人でやけに広いベッドに寝ていた。時計の針は七時半を指して、窓の外
 はすっかり明るくなっていた。カーテンを開けると海岸線と並行して走る国道が見えた。鮮魚を
 輸送する大型の冷凍トラックが、大きな音を立ててそこを行き来していた。世の中には空しいこ
 とはたくさんあるが、ラブホテルの部屋で朝に万人で目を覚ますくらい空しいことはそれほど多
 くないはずだ。

  私はふと気になって、ズボンのポケットに入れた財布の中身を点検してみた。中身はそのまま
 そっくり残っていた。現金もクレジット・カードもATMのカードも免許証も。私はほっとした。
 もし財布をとられたりしたら、途方に暮れてしまうところだった。そしてそういうことが起こる
 可能性だって、まったくなかったわけではないのだ。用心しなくてはならない。
  彼女はたぶん明け方に、私がぐっすり眠っているあいだに、一人で部屋を出て行ったのだろう。
 しかしどうやって町まで(あるいは彼女の住んでいるところまで)帰ったのだろう? 歩いて帰
 ったのか、それともタクシーを呼んだのか? でも私にとってそれはもうどうでもいいことだっ
 た。考えてどうなることではない。

  受付で部屋の鍵を返し、飲んだビールの代金を支払い、プジョーを運転して町に帰った。駅前
 のビジネス・ホテルの部屋に置きっぱなしにしたバッグを引き取り、一泊分の勘定を精算しなく
 てはならない。町に向かう道筋、昨夜人ったファミリー・レストランの前を通りかかった。私は
 そこで朝食をとることにした。ひどく腹が減っていたし、熱いブラック・コーヒーも飲みたかっ
 た。車を駐車スペースに停めようとしたとき、少し先に白いスバル・フォレスターを見かけた。
 前向きに駐車され、リアバンパーにはやはりカジキマグロのステッカーが貼られている。間違い
 なく昨夜見かけたのと同じスバル・フォレスターだ。ただ車が停まっているスペースは昨夜とは
 追っている。当たり前の話だ。こんなところで人がひと晩過ごすわけはない。

  私は店の中に入った。店はやはりがらがらだった。予想したとおり、昨夜と同じ男がテーブル
 席で朝食を食べていた。昨夜とおそらく同じテーブルで、昨夜と同じ黒い革のジャンパーを着て
 いた。昨夜と同じYONEXのロゴのついた黒いゴルフ・キャップが、テーブルの上に同じよう
 に置かれていた。昨夜と追っているのは、テーブルの上に朝刊が畳まれて置かれていることだけ
 だった。彼の前にはトーストとスクランブル・エッグのセットがあった。少し前に運ばれてきた
 ものらしく、コーヒーがまだ湯気を立てていた。私がそばを通りかかったとき、男は顔を上げて
 私の顔を見た。その目は昨夜見たときよりずっと鋭く、冷たかった。そこには非難の色さえうか
 がえた。少なくとも私にはそう感じられた。

  おまえがどこで何をしていたかおれにはちやんとわかっているぞ、と彼は告げているようだっ
 た。

  それが 宮城県の海岸沿いの小さな町で私か経験したことの一部始終だ。その鼻の小さな、歯
 並びのひどくきれいな女が、その夜私に何を求めていたのか、今でもまるで理解できない。そし
 て、白いスバル・フォレスターに乗っていた中年男が、果たして彼女のあとを追っていたのか、
 彼女がその男から逃れようとしていたのか、それもはっきりとしない。しかしとにかく私はたま
 たま、そこに居合わせ、不思議な成り行きによってその初対面の女と派手なラブホテルに入り、
 一夜かぎりの性的関係を持った。そしてそれは私がこれまでの人生で経験した中で、おそらく最
 も激しいセックスだった。それなのに私はその町の名前さえ記憶していない。

 「ねえ、水を一杯もらえないかな」、人妻のガールフレンドがそう言った。彼女はセックスのあ
 との短い午睡からついさっき覚めたばかりだった。
  我々は昼下がりのベッドの中にいた。彼女が眠っているあいだ、私は天井を見上げながら、そ
 の漁港の町で起こった不思議な出来事を思い返していた。まだ半年しか経っていないのに、それ
 はずいぶん遠い昔に起こったことのように私には思えた。

                                     この項つづく

 

 Apr. 25, 2017

【RE100倶楽部:風力発電篇】

● デンマークはどの国よりも早く再エネ補助金ゼロを達成する?!

補助金に頼って40年以上を経たデンマークの再生可能エネルギー産業は、誰よりも早く自ら生き残
る準備ができている。この事業開発は画期的であるが、地球温暖化の背後にある科学に疑問を呈して
いるドナルド・トランプ米大統領が、石炭産業の復活約束し風力発電の敵と見なす、グローバルなエ
ネルギー政策の方向性が疑わしい時である。

ラルス・クリスチャン・リレホルトエネルギー長官デンマークは、2050年までにエネルギー需要のす
べてを再生可能エネルギーでまかなうことを目標とし、13年後の2030年には、50%に達成を目標
としており、新規設備は補助金なしで建設される見通しである。暖房/輸送を含むすべてのエネルギ
ー消費を、再生可能エネルギー電力にシフト推奨しており、現に風力発電コストは、石炭火力発電よ
り下回り、2020年から2030年の間に目標は達成される見通しであると話す(上下写真ダブクリ)。

 


 ● 今夜の一曲

アンサーは、作詞・作曲:藤原基央/編曲「BUMP OF CHICKEN&MOR」のジェイ・ポップスの楽曲。
NHK総合テレビアニメ『3月のライオン』オープニングテーマ(10月 - 12月期)。テレビアニメ『3
月のライオン』のオープニングテーマでの書き下ろし。バンドは以前にも、『3月のライオン』に楽曲「
ファイター」を書き下ろし、こちらは同番組のエンディングテーマとして使用されている。配信リリ
ースと同時に、「アンサー」TVサイズ(アニメで実際に使用されているバージョン)のミュージック
ビデオが公開された。テレビアニメ『3月のライオン』を手掛けるアニメ会社、シャフトが監修した
史上初のミュージックビデオとなる。このように、藤原基央の作風は邦国コアとなりつつある(代表
例、井上陽水、中島みゆき、荒井由美、桑田佳祐、別格の宇多田ヒカルなど)。

 

 

   魔法の言葉庶えてる虹の始まったところ

   あの時世界の全てに一瞬で色がついた

   転ばないように気をつけて

   でもどこまでも行かなきゃ

   日射、さえつかめそうな手が酷ぐ令たかったから

   本当の声はいつだって正しい道を照らしてる

   何だって疑ってるからとっても強<摺じてる

   ら臓が勧いてることの吸って吐いてが続くことの

   心がずっと熱いことの

   確かな理由

   雲の向こうの銀がのように

   どっかで失した切符のように

   埋もれる前の歴史のように

   君が持っているから・・・

 

 

✪ セルフコミット・マイナス5キロ

連休の6、7日に山に登る予定をいれる。朝から、庭木の手入れ。体力の低下を実感。そこで、体
重を5キロダウンする目標を設定。毎日、腹筋体操を強化(10回×3回/日→20回/日に変更)。

 

存在と非存在の界面

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            浸仮して左臂(ひ)を化してもって
              鶏となさば、予(われ)はよりてもって時夜を求めん

                            大宗師(だいそうし) 

                                                

 

      ※  莫逆(ばくぎゃく)の友:心と心にうなずきあう、との意。原文は「莫
        逆於心」。心を許しあった親友関係を表わす。「莫逆の友」ということ
        ばは、本章から生まれる。 

      ※ 県解:首枷を解かれ、全き自由を獲得するという意味。このことばは、
        「養生主」篇にも見える。

      ※ 生死は一体: 子祀、子輿、子輦、子来、四人あいともに語りて曰く、
        「たれかよく無をもって首となし、生をもって脊となし、死をもって尻
        となさん。たれか死生存亡のフ体たるを知る者ぞ、われこれと友たらん」。
        四人あい視て笑い、心に逆うことなし。ついにあいともに友たり。

        にわかにして子輿病あり。子祀往きてこれに問う。曰く、「偉なるかな、
        かの造物者、われをもってこの恟恟たらしめんとす」。曲彊背に発し、
        上に五管あり、順、臍を隠し、肩、頂より高く、均質天を指す。陰陽の
        気診るることあり。その心問にして無事、附庸として井に鑑みて曰く、
        「ああ、かの造物者、またわれをもってこの恟恟たらしめんとす」。

        子祀曰く、「なんじこれを悪むか」。曰く、「亡し。われなんぞ悪まん。
        浸仮してわが左臂を化してもって鶏となさば、われはよりてもって時夜
        を求めん。浸仮してわが右臂を化してもって弾となさば、われはよりて
        もって鴞炙を求めん。浸仮してわが尻を化してもって輪となし、神をも
        って馬となさば、われはよりてこれに梁らん。あにさらに駕せんや。か
                つそれ得るは時なり、失うは順なり。時に安んじて順に処れば、哀楽も
                入ること能わず。これ古のいわゆる県解なり。県りて自ら解くこと能わ
                ざる者は、物これを結ぶことあればなり。かつそれ物、天に勝たざるこ
                と久し。われまたなんぞ悪まんや」。

        従って、下線箇所は、「この左腕が鶏みたいになってしまえば、ひとつ
        威勢よく時を告げさせてみようじゃないか」と訳される。

 

 No. 7

【RE100倶楽部:風力発電篇】

● 5百グラムのマイクロ・ウインド・タービン

スケールアップされた再生可能エネルギープラントは、大きなエネルギーを生み出すことができるが、
オフグリッド、遠隔地、あるいは過酷な場所に設置できる小型風力発電装置は重宝するに違いない。
デザイナーのニールス・ファバーは、荒れ果てた山頂でも機能し、タービンのUSBポートからスマー
トフォンを充電できるマイクロウィンドタービンを開発。約5百グラム(2ポンド)の計量で傘の様
なマイクロウインドタービンは、コンパクトに折りたたみ、簡単に運ぶことができる。 

 Apr. 30, 2017

この風力発電装置は伸縮軸に沿い伸展させることで、1時間あたり18キロメートル(=毎秒5メー
トル)の風速で5ワットを出力を生み出す。24ワット時の容量を備えた「内蔵バッテリパック」で、
蓄電でき、タービンのすぐ上のUSBポートから直接充電することもできる。ブレードは丈夫な布仕上
げで、全方位から風のエネルギーを取り込むことが可能。

   Micro Wind Turbine

太陽光が利用できない場所や夜間の曇った場所など、太陽電池パネルが苦労しがちな場所で動作する。
探検家、映画制作者、登山家、科学者、救助隊員など簡単にアクセスできない極端な場所で利用する
ことが可能だ。前出のニールス・ファバーは、スイスアルプスでマイクロウインドタービンを、強風
下でその効果を実証している。

ところで、この開発品の見所は、ブレード。折り紙や折りたたみ傘のように、必要な時にブレードを
形成するところにあり、不要となれば折りたたみ収納できる点にある。材質にもっと革新的なものが
見つかれば、風速1メートル以上程度でカットインできれば面白いと考える。

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    

 

    19.私の後ろに何か見える

  私は台所に行ってミネラル・ウオーターを大きなグラスに入れ、ベッドに戻ってきた。彼女は
 それを一口で半分飲んだ。

 「で、メンシキさんのことだけど」と彼女はグラスをテーブルの上に置いて言った。
 「免色さんのこと?」 
 「メンシキさんについての新しい情報」と彼女は言った。「あとで話すってさっき言ったでしょ
 う」
 「ジャングル通信」



 「そう」と彼女は言った。そしてもう一日水を飲んだ。「お友だちのメンシキさんは、話によれ
 ばけっこう長いあいだ東京拘置所に入れられていたみたいよ」
  私は身を起こして彼女の顔を見た。「東京拘置所?」
 「そう、小菅にあるやつ」
 「しかし、いったいどんな罪状で?」
 「うん、詳しいことはよくわからないんだけれど、たぶんお金がらみのことだと思う。脱税か、
 マネー・ロングリングか、インサイダー取り引きみたいなことか、あるいはそのすべてか。彼が
 勾留されたのは、六年か七年くらい前のことらしい。メンシキさんはどんな仕事をしているって、
 自分では言っていた?」
 「情報に関連した仕事をしていたと言っていた」と私は言った。「自分で会社を立ち上げ、何年
 か前にその会社の株を高値で売却した。今はキャピタル・ゲインで暮らしているということだっ
 た」

 「情報に関連した仕事というのはすごく漠然とした言い方よね。考えてみれば、今の世の中で情
 報に関連していない仕事なんてほとんど存在しないも同然だもの」
 「誰からその拘置所の話を関いたの?」
 「金融関係の仕事をしている夫を持つお友だちから。でもその情報がどこまで本当か、それはわ
 からない。誰かが誰かから関いた話を、誰かに伝えた。その程度のことか右しれない。でも話の
 様子からすると、根も葉もない話ではないという気がする」
 「東京拘置所に入っていたというと、つまり東京地検に引っ張られたということだ」
 「結局は無罪になったみたいだけど」と彼女は言った。「それでもずいぶん長く勾留され、相当
 に厳しい取り調べを受けたという話よ。勾留期間が何度も延長され、保釈も認められなかった」

 「でも裁判では勝った」

 「そう、起訴はされたけれど、無事に塀の内側には落ちなかった。取り調べでは完全黙秘を貫い
 たらしい」
 「ぼくの知るかぎり、東京地検は検察のエリートだ。プライドも高い。いったん誰かに目星をつ
 けたら、がちがちに証拠を固めてからしょっぴいて、起訴まで持っていく。裁判に持ち込んでの
 有罪率もきわめて高い。だから拘置所での取り調べも生半可じゃない。大抵の人間は取り調べの
 あいだに精神的にへし折られ、相手のいいように調書を書かされ、署名してしまう。その追及を
 かわして黙秘を貫くというのは、普通の人にはまずできないことだよ」

 「でもとにかく、メンシキさんにはそれができたのよ。意志が堅く、頭も切れる」

  たしかに免色は普通の人間ではない。意志が堅く、頭も切れる。

  「でももうひとつ納得できないな。脱税だろうがマネー・ロングリングだろうが、東京地検がい
 ったん逮捕に踏み切れば、新聞記事にはなるはずだ。そして免色みたいな珍しい名前であれば、
 ぼくの順に残っているはずなんだ。ぼくは少し前までは、わりに熱心に新聞を読んできたから」
 「さあ、そこまでは私にもわからない。それからもうひとつ、これはこの前も言ったと思うけど、
 彼はあの山の上のお屋敷を三年前に買い取った。それもかなり強引にね。それまであの家には別
 の人が住んでいたんだけど、そしてその人たちには、建てたばかりの家を売るつもりなんてさら
 さらなかったのだけど、メンシキさんが金を積んで―――あるいはもっと違う方法を使って――
 その家族をしっかり追い出し、そのあとに移り往んだ。たちの悪いヤドカリみたいに」
 「ヤドカリは貝の中身を追い出したりはしない。死んだ貝の残した貝殻を穏やかに利用するだけ
 だよ」



 「でも、たちの悪いヤドカリだって中にはいないと限らないでしょう?」
 「しかしよくわからないな」と私はヤドカリの生態についての論議は避けて言った。「もしそう
 だとして、どうして免色さんはあの家にそこまで固執しなくてはならなかったんだろう? 前に
 往んでいた人を強引に追い出して自分のものにしてしまうくらいに? そうするにはずいぶん費
 用もかかるし、手間もかかったはずだ。それにぼくの目から見ると、あの屋敷は彼にはいささか
 派手すぎるし、目立ちすぎる。あの家はたしかに立派ではあるけれど、彼の好みに添った家とは
 言えないような気がする」

 「そして家としても大きすぎる。メイドも雇わず、一人きりで暮らしていて、お客もほとんど来
 ないということだし、あんなに広い家に住む必要はないはずよね」

  彼女はグラスに残っていた水を飲み干した。そして言った。

 「メンシキさんには、あの家でなくてはならない何かの理由があったのかもしれないわね。どん
 な理由かはわからないけれど」
 「いずれにせよ、ぼくは火曜日に彼の家に招待されている。実際にあの家に行ってみれば、もう
 少しいろんなことがわかるかもしれない」



 「青髭公の城みたいな、秘密の開かずの部屋をチェックすることも忘れないでね」
 「覚えておくよ」と私は言った。
 「でも、とりあえずよかったわね」と彼女は言った。
 「何か?」
 「絵が無事に完成して、メンシキさんがそれを気に入ってくれて、まとまったお金が入ってきた
 こと」
 「そうだね」と私は言った。「そのことはとにかくよかったと思う。ほっとしたよ」
 「おめでとう、画伯」と彼女は言った。

  ほっとしたというのは嘘ではない。絵が完成したことは確かだ。免色がそれを気に入ってくれ
 たことも確かだ。私がその絵に手応えを感じていることも確かだ。その結果、まとまった額の報
 酬が入ってくることもまた確かたった。にもかかわらず私はなぜか、手放しでことの成り行きを
 祝賀する気にはなれなかった。あまりにも多くの私を取り巻くものごとが中途半端なまま、手が
 かりも与えられないまま放置されていたからだ。私か人生を単純化しようとすればするほど、も
 のごとはますますあるべき脈絡を失っていくように思えた。

  私は于がかりを求めるように、ほとんど無意識に手を伸ばしてガールフレンドの身体を抱いた。
 彼女の身体は柔らかく、温かかった。そして汗で湿っていた。

  おまえがどこで何していたかおれにはちゃんとわかっているぞ、と白いスバル・フォレスター
 の男が言った。

2017 Subaru Forester Colors


                                                         
   20 存在と非存在が混じり合っていく瞬間
 
  翌朝の五時半に自然に目が覚めた。日曜日の朝だ。あたりはまだ真っ暗だった。台所で簡単な
 朝食をとったあと、作業用の服に着替えてスタジオに入った。東の空か白んでくると明かりを消
 し、窓を大きく開け、ひやりとした新鮮な朝の空気を部屋に入れた。そして新しいキャンバスを
 取り出し、イーゼルの上に据えた。窓の外からは朝の鳥たちの声が聞こえた。夜のあいだ降り続
 いた雨がまわりの樹木をたっぶりと濡らせていた。雨はしばらく前に上がり、雲があちこちで輝
 かしい切れ目を見せ始めていた。私はスツールに腰を下ろし、マグカップの熱いブラック・コー
 ヒーを飲みながら、目の前の何も描かれていないキャンバスをしばらく眺めた。

  朝の早い時刻に、まだ何も描かれていない真っ白なキャンバスをただじっと眺めるのが昔から
 好きだった。私はそれを個人的に「キャンバス禅]と名付けていた。まだ何も描かれていないけ
 れど、そこにあるのは決して空白ではない。その真っ白な画面には、来たるべきものがひっそり
 姿を隠している。目を凝らすといくつもの可能性がそこにあり、それらがやがてひとつの有効な
 于がかりへと集約されていく。そのような瞬間が好きだった。存在と非存在が混じり合っていく

 目の前の棚に置かれた古い鈴が目に止まったので、手に取ってみた。試しに鳴らしてみると、そ
 の音はいやに軽く乾いて、古くさく聞こえた。長い歳月にわたって土の下に置かれていた、謎め
 いた仏具とは思えなかった。真夜中に響いていた音とはずいぶん遠って聞こえる。おそらくは漆
 黒の闇と潤い静寂が、その音をより潤い深く響かせ、より遠くへと運ぶのだろう。
  いったい誰が真夜中にこの鈴を地中で鳴らしていたのか、それはいまだに謎のままに留まって
 いる。穴の底で誰かが鈴を夜ごと鳴らしていたはずなのに(そしてそれは何かのメッセージであ
 ったはずなのに)、その誰かは姿を消してしまった。穴を聞いたとき、そこにあったのはこの鈴
 ひとつだけだった。わけがわからない。私はその鈴をまた棚に戻した。

  昼食のあと、私は外に出て裏手の雑木林に入った。厚手の灰色のヨットパーカを着て、あちこ
 ちに絵の其のついた作業用のスエットパンツをはいていた。濡れた小径を古い祠のあるところま
 で歩き、その裏手にまわった。穴に被せた厚板の蓋の上には様々な色合いの、様々なかたちの落
 ち葉が重なり積もっていた。昨夜の雨にぐっしょりと濡れた落ち葉だ。免色と私が二目前に訪れ
 たあと、その蓋に手を触れたものは誰もいないようだ。私はそのことを確かめておきたかったの
 だ。瀧った石の上に腰を下ろし、鳥たちの声を頭上に聞きながら、私はその穴のある風景をしば
 らく眺めていた。

  林の静寂の中では、時間が流れ、人生が移ろいゆく音までが聴き取れそうだった。∵ハの人が
 去って、別の一人がやってくる。ひとつの思いが去り、別の思いがやってくる。ひとつの形象が
 去り、別の形象がやってくる。この私白身でさえ、日々の重なりの中で少しずつ崩れては再生さ
 れていく。何ひとつ同じ場所には留まらない。そして時間は失われていく。時問は私の背後で、
 次から次へ死んだ砂となって崩れ、消えていく。私はその穴の前に座って、時間の死んでいく音
 にただ耳を澄ませていた。

  あの穴の底に一人きりで座っているのは、いったいどんな気持ちのするものなのだろう。私は
 ふとそう思った。真っ暗な挟い空間に、一人きりで長い時間閉じこめられること。おまけに免色
 は懐中電灯と梯子を自ら放棄した。梯子がなければ、誰かの――具体的に言えば私の――手を借
 りなければ、一人でそこから抜け出すことはほぼ不可能になる。なぜわざわざ自分をそんな苦境
 に追い込まなくてはならなかったのだろう? 彼は東京拘置所の中で送った孤独な監禁生活と、
 あの暗い穴の中をひとつに重ねていたのだろうか? もちろんそんなことは私にはわかりっこな
 い。免色は免色のやり方で、免色の世界を生きているのだ。

  それについて私に言えることは、ただひとつしかなかった。私にはとてもそんなことはできな
 いということだ。私は暗くて挟い空間を何より恐れる。もしそんなところに入れられたら、おそ
 らく恐怖のために呼吸ができなくなってしまうだろう。にもかかわらず、私はある意味ではその
 穴に心を惹かれていた。とても惹かれていた。その穴がまるで私を手摺きしているようにさえ感
 じられるほど。
  私は半時間ばかりその穴のそばに腰を下ろしていた。それから立ち上がり、本漏れ日の中を歩
 いて家に戻った。

  午後二時過ぎに雨田政彦から電話がかかってきた。今、用事があって小田原の近くまで来てい 
 るのだが、そちらにちょっと寄ってかまわないだろうかということだった。もちろんかまわない
 と私は言った。雨田に会うのは久しぶりだった。彼は三時前に車を運転してやってきた。手みや
 げにシングル・モルト・ウィスキーの瓶を持ってきた。私は礼を言ってそれを受け取った。ちょ
 うどウィスキーが切れかけていたところだった。彼はいつものようにスマートな身なりで、髭を
 きれいに刈り込み、見慣れた鼈甲縁の眼鏡をかけていた。見かけは昔からほとんど変わらない。
  髪の生え際が少しずつ後退していくだけだ。




さて、暗示とメタファのコントラと色彩が叙情に明確になってくる。まるで、セザンヌ絵のように。
面白くなってきた。

                                                         この項つづく

 

コランダムなトムヤンクン麺

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       天の君子は人の小人、人の君子は天の小人 / 大宗師(だいそうし) 

                                                

 

      ※  天之君子 人之小人天:荘子は世俗の常識に従わない頭脳明晰な人間。世
        間からちやほやされる金持ちの人や位の高い人をその通り受け入れたりし
        しない。人が偉いと思っている人でも天の尺度で見たらつまらない人だっ
        たりする。また、その逆のこともありえる。故に人の評価に惑わされず、
        広いこころで自由な発想(基準)で判断、選択すべきであると。  


【再エネ成長戦略ワンポイント:全体像 No.1】

  
※出典:「再生可能エネルギーと新船長戦略」尾崎弘之ら 2015.05.15
    「プルサーマルと核のごみ」小出裕章 2006.10.04


  

 No. 8

【RE100&ZW倶楽部:ネオコンバーテック篇】

● 基材や形状を選ばない非真空ドライめっき技術のデジタル革命を推進

先月24日、株式会社FLOSFIAは、ブログでも取り上げてきた、基材の種類や形状に関係なくさまざまな金属
薄膜を成膜できる非真空ドライめっき技術「ミストドライ めっき法」を開発したことを公表。ミストドライ めっき法
は、真空装置が不要のため、低コスト低エネルギーでの活用が可能で、シアン化合物などの環境汚染
物質を使用せず、廃液処理が不要で、従来の湿式メッキ技術と違い環境負荷が少ない。この手法で作
成できる薄膜は、金、銅、ニッケル、ロジウムなどの金属単体にとどまらない。金-ニッケルなどの
合金の他、多元合金にも及ぶ。また、サファイア基板などの結晶性基板、ステンレス板やアルミ板な
どの金属板、電気の流れない基材など、成膜できる基材の種類も幅広い。ポリイミドフィルム上への
ロジウム成膜も実現できる。

このように、従来の湿式メッキでは不可能な10μm以下の表面形状へも金属成膜でき、半導体素子や電
子部品、MEMSなどの電極への応用が見込まれ、例えば、MEMS基板の微細ビアの導通や、溝を埋め
る電極形成の他、IoT向け極小センサーの電極への追従性に優れた薄膜の形成などに活用できる見込み
である。これは量産レベルにあり、最近届いた『再生可能エネルギーと新成長戦略』と密接に関連し、
特に、太陽光核融合エネルギー利用技術をベースとした「オールソーラシステム」へのデジタル革命
渦の基本特性の浸透貢献が大きいと考えられる。


下記に関連特許技術を参考掲載する。

☑ 特開2017-069424  結晶性半導体膜および半導体装置

高耐圧、低損失および高耐熱を実現できる次世代のスイッチング素子として、バンドギャップの大き
な酸化ガリウム(Ga2O3)を用いた半導体装置が注目されており、インバータなどの電力用半導体装
置への適用が期待されている。しかも、広いバンドギャップからLEDやセンサー等の受発光装置とし
ての応用も期待されている。この酸化ガリウムは、インジウムやアルミニウムをそれぞれ、あるいは
組み合わせて混晶することで、バンドギャップ制御でき、InAlGaO系半導体として極めて魅力的な材
料系統を構成している。ここでInAlGaO系半導体とはInXAlYGaZO3(0≦X≦2、0≦Y≦2、0≦Z≦2、X+Y+
Z=1.5~2.5)を示し、酸化ガリウムを内包する同一材料系統として俯瞰される。




また、α-Ga2O3薄膜がMBE法によってサファイア上に成膜できることが知られているが、450℃
以下の温度で膜厚100ナノメータまで結晶成長するが、膜厚がそれ以上になると結晶の品質が悪く
なり、さらに、膜厚1μm以上の膜は得ることができず、移動度も測定できる状態ではなかった。こ
のため、膜厚が1μm以上であり、電気特性に優れたα-Ga2O3薄膜が待ち望まれていた。なので、
膜厚が1μm以上の厚膜で、電気特性に優れた結晶性半導体膜の作製を目標に研究開発される。

 
JP 2017-69424 A 2017.4.6

【要約】

主面の全部または一部にコランダム構造を有しており、さらにオフ角を有する結晶基板20上に、直
接または他の層を介して、コランダム構造を有する結晶性酸化物半導体を主成分として含む結晶性半
導体膜を膜厚が1μm以上となるように積層して、電気特性に優れたオフ角を有する結晶性半導体膜
を得る。そして、得られた電気特性に優れた結晶性半導体膜を半導体装置に用いることで、上記目的
を達成する。 

☑ 特開2017-052855 
  深紫外光発生用ターゲット、深紫外光源および深紫外発光素子

深紫外光源は、照明、殺菌、医療、浄水、計測等の様々な分野で使用されている。深紫外光は主に約
200~約350nmの波長の光を意味し、場合によってはそれ以下の100nm以上200nm以下の波長の光も含む。
深紫外光の発生手段としては、水銀ランプ、半導体発光素子(半導体LED)エキシマランプなどが知られてい
る。一方、半導体LEDには、窒化物系深紫外発光素子が知られている。例えば、横型構造の素子では、電流
がn型AlGaN層中を横方向に流れなければならないため、素子抵抗が高くなって発熱量が増大し、キャリアの
注入効率の悪影響が生じるため高出力動作に適さない。また、チップサイズを大型化することができない。 こ
の欠点を改善するための素子として、縦型構造の窒化物系深紫外発光素子が知られているが、窒化物
系深紫外発光素子は、小型であり、水銀ランプに代わるものとして期待されるものの、❶窒化物系深
紫外発光素子は発光効率が低く、❷大出力化に対応できない。❸発光効率が低く大出力化が難しい。
❹特に、多層構造が必要であり、ドーピングが必要でその準位が深いため担体濃度を上げることが出
来ない。❺また、特に波長が短くなると電極の接触抵抗を下げることが難しく、外部量子効率を上げ
難くく製造工程が複雑になる負の特徴がある。

これらの問題解決に、マイクロプラズマ励起深紫外発光素子(MIPE)が検討されている。電流注入型
半導体発光素子では発光できない波長領域でも大面積で強い発光が実現でき、特に、280nm以下の波
長領域で任意に波長を選べる光源はMIPEを除いては困難であり、注目されているが、発光強度が得に
くいため加速電極が必要であり、加速電極を備えていても発光強度がまだ十分とは言い難く、実用化
するには多くの課題を抱える。そこで、この申請者のグループは実用性に優れ、良好な深紫外発光の
研究を行い実現する。

  
JP 2017-54654 A 2017.3.16

【要約】

第1の電極102、第2の電極103および発光層104を少なくとも有しており、発光層が深紫外
光を発光する深紫外発光素子において、発光層が、ガリウムを少なくとも含有する酸化物を含んでお
り、発光層は、第1の層と、第1の層とは異なる材料を主成分とする第2の層とが、少なくとも1層
ずつ交互に積層されている量子井戸構造を有すことで、実用性に優れ、良好な深紫外発光を可能とし、
特に発光強度において良好な深紫外発光を可能とする深紫外発光素子を提供する。

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    

   20 存在と非存在が混じり合っていく瞬間

  我々は居間に座ってお互いの近況を伝え合った。私は、造園業者が重機を使って雑木林の中の
 石塚を掘り起こした話した。そのあとに直径ニメートル弱の円形の穴が現れたこと。深さは二メ
 ートル八十センチで、まわりを石の壁に囲まれている。格子の重い蓋がはめられていたが、その
 蓋をはずしてみると、中には古い鈴のかたちをした仏具ひとつだけが残されていた。彼は興味深
 そうにその話を聞いていた。しかし実際にその穴を見てみたいとは言わなかった。鈴を見てみた
 いとも言わ なかった。

 「で、それ以来もう鈴の音は夜中に聞こえないんだね?」と彼は尋ねた。

  もう問こえないと私は答えた。

 「そいつは何よりだ」と彼は少し安心したように言った。「おれはそういううす気味の悪い話は
 根っから苦手だからな。得体の知れないものにはできるだけ近寄らないようにしているんだ」
 「触らぬ神に崇りなしI
 「そのとおり」と雨田は言った。「とにかくその穴のことはおまえにまかせる。好きにすればい
 い。」

  そして私は、白分かとても久しぶりに「絵を描きたい」という気持ちになっていることを彼に
 話した。二目前、免色に依頼された肖像画を仕上げてから、何かつっかえがとれたような気持ち
 になっていること。肖像画をモチーフにした、新しいオリジナルのスタイルを自分は掴みつつあ
 るかもしれない。それは肖像画として描き始められるが、結果的には肖像画とはまったく違った
 ものになってしまう。にもかかわらず、それは本質的にはポートレイトなのだ。

  雨田は免色の絵を見たがったが、それはもう相手に渡してしまったと私が言うと、残念がった。

 「だって絵の具もまだ乾いていないだろう?」
 「自分で乾かすんだそうだ」と私は言った。「なにしろ一刻も早く自分のものにしたいみたいだ
 った。ぼくが気持ちを変えて、やはり渡したくないと言い出すことを恐れていたのかもしれな
 いI
 「ふうん」と彼は感心したように言った。「で、何か新しいものはないのか?1‐
 「今朝から描きはじめたものはある」と私は言った。「でもまだ木炭の下絵の段階だし見てもた
 ぶん何もわからないよ」
 「いいよ、それでいいから見せてくれないか?」

  私は彼をスタジオに案内し、描きかけの『白いスバル・フォレスターの男』の下絵を見せた。
 黒い木炭の線だけでできた、ただの粗い骨格だ。雨田はイーゼルの前に腕組みをして立ち、長い
 あいだむずかしい顔をしてその絵を睨んでいた。

 「面白いな」と彼は少し後で、歯のあいだから絞り出すように言った。

  私は黙っていた。  

 「これからどんなかたちになっていくのか、予測はできないが、確かにこれは誰かのポートレイ
 トに見える。というか、ポートレイトの根っこみたいに見える。土の中の深いところに埋もれて
 いる根っこだI、彼はそう言ってまたしばらく黙り込んだ。
 「とても深くて暗いところだ」と彼は続けた。「そしてこの男は――男だよな――何かを怒って
 いるのだろう? 何を非難しているのだろう?」
 「さあ、ぼくにはそこまではわからない」
 「おまえにはわからない」と雨田は平板な声言百った。「しかしここには深い怒りと悲しみがあ
 る。でも彼はそれを吐き出すことができない。怒りが身体の内側で渦まいている」

  雨田は大学時代、油絵学科に在籍していたが、正直なところ油絵画家としての腕はあまり褒め
 られたものではなかった。器用ではあるけれど、どこかしら深みに欠けているのだ。そして彼自
 身もある程度それは認めていた。しかし彼には、他人の絵の良し悪しを一瞬にして見分ける才能
 が具わっていた。だから私は昔から自分の描いている絵について何か迷うことがあれば、よく彼
 の意見を求めたものだ。彼のアドバイスはいつも的確で公正だったし、実際に役に立った。また
 ありかたいことには、彼は嫉妬心や対抗心というものをまったく持ち合わせていなかった。たぶ
 ん生まれつきの性格なのだろう。だから私は常に彼の意見をそのまま信用することができた。歯
 に衣を着せないところがあったが、裏はないから、たとえこっぴどくこきおろされても不思議に
 腹は立たなかった。




 「この絵が完成したら、誰かに渡す前に、少しだけでいいからおれに見せてくれないか?」と彼
 は絵から目を離さずに言った。 

 「いいよ」と私は言った。「今回は誰かに頼まれて描いているわけじゃない。自分のために好き
 に描いているだけだ。誰かに手渡すような予定もない」
 フ目分の絵を描きたくなったんだね?」
 「そうみたいだ」
 「これはポートレイトだが、肖像画じゃない」
  私は肯いた。「たぶんそういう言い方もできると思う」
 「そしておまえは……何か新しい行き先を見つけつつあるのかもしれない」
 「ぼくもそう思いたい」と私は言った。
 「このあいだユズに会ったよ」と雨田は帰り際に言った。「たまたま会って、それで三十分ほど
 話をした」

  私は肯いただけで何も言わなかった。何をどのように言えばいいのかわからなかったからだ。
 「彼女は元気そうだった。おまえの話はほとんど出なかった。お互いにその話になるのをなんと
 なく避けているみたいに。わかるだろ、そういう感じって。でも址後におまえのことを少し訊か
 れた。何をしているかとか、そんなことだよ。絵を描いているみたいだと言っておいた。どんな
 絵かはわからないけれど、∵八で山の上に罷もって何かを描いているんだと」
 「とにかく生きてはいるよ」と私は言った。

  雨田はユズについて更に何かを語りだそうな様子だったが、結局思い直して口をつぐみ、何も
 言わなかった。ユズは昔から雨田に好意を持っていたし、いろんなことを彼に相談していたよう
 だ。たぶん私とのあいだに関することを。ちょうど私が絵のことで雨田によく相談していたのと
 同じように。しかし雨田は私には何も語らなかった。そういう男なのだ。人からいろんな相談を
 される。でもその内容は彼の中に溜まるだけだ。雨水が樋を伝って用水桶に溜まるみたいに。そ
 こからよそには出ていかない。桶の縁から溢れてこぼれ出ることもない。たぶん必要に応じて適
 切な水量調整がおこなわれるのだろう。

  雨田自身はたぶん誰にも悩みを相談したりしないのだろう。自分か高名な日本画家の息子であ
 りながら、そして美大にまで進みながら、画家としての才能にさして恵まれなかったことについ
 て、おそらくいろいろと思うところがあったはずだ。言いたいこともあったはずだ。しかし長い
 付き合いの中で、彼が何かについて愚痴をこぼすのを耳にしたことは思い出せる限り一度もなか
 った。そういうタイプの男だった。
 「ユズにはたぶん恋人がいたのだと思う」、私は思い切ってそう言った。「結婚生活の最後の頃に
 は、もうぼくとは性的な関係を持たないようになっていた。もっと早くそれに気がつくべきだっ
 たんだ」

  私がそんなことを誰かに打ち明けるのは初めてだった。それは私が一人で心に抱え込んできた
 ことだった。

 「そうか」とだけ雨田は言った。
 「でもそれくらい君たってちゃんと知っていたんだろう?」
  雨田はそれには返事をしなかった。
 「違うのか?」と私は重ねて尋ねた。


 「人にはできることなら知らないでいた方がいいこともあるだろう。おれに言えるのはそれくら
 いだ」
 「しかし、知っていても知らなくても、やってくる結果は同じようなものだよ。遅いか早いか、
 突然か突然じやないか、ノックの音が大きいか小さいか、それくらいの違いしかない」

  雨田はため息をついた。「そうだな、おまえの言うとおりかもしれない。知っていても知らず
 にいても、出てきた結果は同じようなものかもしれない。しかしそれでもやはり、おれの目から
 言えないことだってあるさ」

  私は黙っていた。

  披は言った。「たとえどんな結果が出てくるにせよ、ものごとには必ず良い面と悪い面がある。
 ユズと別れたことは、おまえにとってずいぶんきつい体験だったと思う。それはほんとに気の毒
 だったと思う。でもその結果、ようやくおまえは自分の絵を描き始めた。自分のスタイルらしき
 ものを見出すようになった。それは考えようによってはものごとの良き面じやないか?]
  たしかにそうかもしれないと私は思った。もしユズと別れなければ――というかユズが私から
 去っていかなければ――私は今でも生活のためにありきたりの、約束通りの肖像画を描き続けて
 いたことだろう。しかしそれは私か自らおこなった選択ではなかった。それが重要なポイントな
 のだ。

 「良い面を見るようにしろよ」と帰り際に雨田は言った。「つまらん忠告かもしれないが、どう
 せ同じ通りを歩くのなら、日当たりの良い側を歩いた方がいいじやないか」
 「そしてコップにはまだ十六分の一も水が残っている」

  雨田は声をあげて笑った。「おれはそういうおまえのユーモアの感覚が好きだよ」
  私はユーモアのつもりで言ったわけではなかったが、それについてはあえて何も言わなかった。
  雨田はしばらく黙り込んでいた。それから言った。「おまえはユズのことがまだ好きなんだ
 な?」
 「彼女のことを忘れなくちやいけないとは思っても、心がくっついたまま離れてくれない。なぜ
 かそうなってしまっている」
 「ほかの女と寝たりはしないのか?」
 「ほかの女と寝ていても、その女とぼくとの間にはいつもユズがいる」
 「そいつは困ったな」と彼は言った。そして指先で額をごしごしと撫でた。本当に困っているよ
 うに見えた。

  それから彼は車を運転して帰って行った。

 「ウィスキーをありがとう」と私は礼を言った。まだ五時前だったが、空はずいぶん暗くなって
 いた。日ごとに夜が長くなっていく季節だった。
 「本当は一緒に飲みたいところだが、なにしろ運転があるものでね」と彼は言った。「そのうち
 に二人でゆっくり腰を据えて飲もう。久しぶりにな」

  そのうちに、と私は言った。

  人には知らないでいた方がいいこともあるだろう、と雨田は言った。そうかもしれない。人に
 は聞かないでいた方がいいこともあるのだろう。しかし人は永遠にそれを聞かないままでいるわ
 けにはいかない。持が米れば、たとえしっかり両方の耳を塞いでいたところで、音は空気を震わ
 せ人の心に食い込んでくる。それを防ぐことはできない。もしそれが嫌なら真空の世界に行くし
 かない。
  目が覚めたのは真夜中だった。私は手探りで枕元の明かりをつけ、時計に目をやった。ディジ
 タル時計の数字は1:35だった。鈴が鳴っているのが聞こえた。間違いなくあの鈴だ。私は身
 体を起こし、その音のする方向に耳を澄ませた。
  鈴は再び鳴り始めたのだ。誰かが夜の闇の中でそれを鳴らしている――それも前よりももっと
 大きく、もっと鮮明な音で。

                                                         この項つづく

 

【今夜のアラカルト|グローバールなトムヤンクン麺】

  

 

昨年7月18日に登場した清食品のトムヤンクヌードルは衝撃的だった。カップヌードルは3分あれ
ば完成する。そこで、作った経験はないが、本場のそれも15分あれば完成するというので、早速ネ
ット・サーフ。❶水を入れた鍋を暖め、レモングラス、ガランガル、コリアンダー、ライムの葉を加
え煮立てる、❷エビ、魚、唐辛子、ライムジュースを加え、沸騰させソースを取る。 ライムジュース
または魚醤で調味し、コリアンダーの葉で飾れば完成。これから暑くなる季節には打って付けの家庭
料理。これが世界化しないはずがない。

何て言うことだ。

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          明王の治は、功、天下を蓋いてしかもおのれよりせざるに似たり

                          応定王(おうていおう) 

                                                

 

      ※  指導者の条件とは何か? 指導しようなどという根性を捨て、指導者づら
        をせず、テクニックなど弄しないことだ。荘子から見れば、王者が仁政に
        はげみ、人民が王者を慕う、という儒家的政治理想は、人為にとらわれた
        憐むべき状態にすぎぬ。無為にして化す、これこそ応む帝王――王たるも
        のの応(まさ)にあるべき道なのである。

      ※ 才能は身を滅ぼす:陽子居(ようしきょう)が老聘(ろうたん)にたずね
        る場面。「こんな人物がいるとします。敏速果敢な行動力、透徹した洞察
        力を兼ね備え、しかも但むことなく道を学びつづける、といった人物です。
        こういう人なら、太古の聖王(=明王)にも匹敵するのではありますまい
        か」

         老賂は首を振った。

        「なんの、聖人にくらべると、そんな奴はせいぜい小役人にすぎん。わず
        かばかりの才能しか持ち合わせず、しかもそれにしばられて身も心も疲れ
        させているあわれな奴さ。それに、なまじそんな才能など持つとかえって
        身を滅ぼすもとだ。虎や豹は、美しい毛皮のせいで猟人に殺され、猿や猟
        犬は、そのすばしこさのせいで鎖につながれる。そんな奴がどうして太古
        の聖王とくらべものになるか」

         陽子居は恥じ入って小さくなりながら、

        「では、太古の聖王の治とは、どんなものだったのですか」
        「そうだな、その功徳は天下を蔽いつくしているのだが、一般の目にはか
        れとなんの関係もないように見える。その教化は万物に及んでいるのだが、
        人民はまったくそれに気づかない。天下を治めてはいても、施策のあとを
        とどめない。それでいて万物にそれぞれ所を得させる。そして自分は窺い
        知れぬ虚無の世界に遊ぶ。これが太古の聖王(=明王)の洽というものだ
        よ」 

 

   Apr. 12, 2017

【RE100倶楽部:ペロブスカイト太陽電池篇】

● 謎のナノストライプを持つペロブスカイト太陽電池

今月2日、カールスルーエ工科大学らの研究グループは、走査型プローブ顕微鏡でペロブスカイト太
陽電池におけるナノ構造のストライプが存在することを発見する。それによるとペロブスカイト型ハ
イブリッド太陽電池が入射光の20%以上の変換効率をもつことが確認されているが、カールスルー
エ工科大学(KIT) の研究者らは、ペロブスカイト層に分極の方向を交互に変えるナノ構造のストリ
ップを発見。これらの構造は電荷キャリアの輸送経路として役立つかもしれない考えている(上写真
参照)。2009年に発見されて以来、ペロブスカイト太陽電池は急速に進歩してきているが、現段階で
は、耐久性と鉛フリーの2つの克服課題となっている。

同大学光技術研究所(LTI)の有機太陽電池グループの責任者であるアレクサンダー・コルマン(Ale-
xander Colsmann)博士とKITのエネルギーシステム(MZE)のマテリアル・リサーチ・センタ(MZE)
の研究者チームの学際的なチームは、ペレブスカイト太陽電池を走査型プローブ顕微鏡で、光吸収層
に強誘電体ナノ構造が存在していることを見つけた。おの誘電性結晶は、同一の電気分極方向のドメ
インを形成しており、薄層のヨウ化鉛ペロブスカイトが交互電場を有する約100nm幅の強誘電体領域
のストライプを形成していことを突き止める。従って、この材料の電気的分極を変えることで、太陽
電池の光生成電荷の輸送に重要な役割を果たす可能性がある。ペロブスカイト型太陽電池は、ある条
件下で自己組織化するものと考えているものの現状では、決定的な証拠を発見するに至っていない(
セラミックス材料技術部門の応用材料研究所(IAM-KWT)のミハエル・J・ホフマン教授談)。

  

※ Holger Röhm, Tobias Leonhard, Michael J. Hoffmann, and Alexander Colsmann: Ferroelectric domains in methy-
   lammonium lead iodide perovskite thin-films. Energy & Environmental Science, 2017 (DOI: 10.1039/c7ee00420f)

 

● メガソーラー稼働で「限界集落」に活気 特産大豆「八天狗」を売り出しブランド化

八天狗」とは、熊本県山都町の水増(みずまさり)集落などで受け継がれてきた在来種大豆。種皮の
うち、「へそ」の部分が黒いのが特徴で、座禅豆などに加工すると、深みのある独特の味わいがある
。水増集落では、自家用として昔から栽培され、地元農家では食卓の定番になってきた。「八天狗」
の名称の由来は、修験道とのつながりが考えられるという。天狗のなかでも「八天狗」は最も神に近
い神通力を持つとされ、修験道の人たちが力を得るためにこの豆を育てて座禅豆にして食したのでは
と伝わる。この「幻の在来大豆」が、東京・渋谷の飲食店で供され、初めてその存在を大消費地にア
ピールした。そのきっかけとなったのは、14年5月に水増集落で運転を始めた出力2MWのメガソー
ラー(大規模太陽光発電所)「水増ソーラーパーク」である。

  May. 3, 2017

熊本県山都町にある水増集落は、阿蘇カルデラを形作る南外輪山にあり、豊かな自然に恵まれている
がだ、主体となる農林業の担い手が減り、高齢化と少子化が進んでいる。戦後は約百人が農業に従事
したが、若者が次第に集落を離れ、今や10世帯19人まで減った。平均年齢は約70歳。20年後
の存続が危ぶまれる限界集落の1つ。「水増ソーラーパーク」は、同集落が共同で管理する入会地に
建設される。20~30度の山腹の斜面、3.4haに約8000枚の結晶シリコン型太陽光パネルを土地なりに
敷き詰めた。熊本県の新エネルギー開発のベンチャー企業、テイクエナジーコーポレーション(熊本
県菊陽町)が、土地を賃借し、太陽光発電所を建設・事業化する。

水増集落では、メガソーラー完成に際し、「水増ソーラーパーク管理組合」を設立した。常勤1人と
18人の非常勤からなる。テイクエナジーは、土地の賃料として年間500万円を同組合に払うとともに、
売電収入の約5%(約500万円)を同組合に還元している。それは単にお金を寄付するのではなく、5
%分の売電収入を原資とした「マーケティング包括協定」を管理組合と結ぶ。東京・渋谷で「八天狗
定食」を提供し、在来大豆をアピールし始めたのは、このマーケティング協定の成果の1つで、定食
の提供がスタートした2月15日には、水増集落とテイクエナジーの関係者、そして、くまモンが集
まり記者会見を開いている。

テイクエナジーは、売電事業で儲けることが最終的な目的ではなく、いかに地域を活性化させるかと
いう視点を強調。規模の経済に対抗して、小さな農業を戦略的なマーケティングやブランディングに
よって産業化することで、若者が帰ってくる地域を作るという事業アプローチである。「水増ソーラ
ーパーク」は、急斜面に張り付けるようにパネルを設置し、その周辺にさまざまな農畜産施設がにぎ
やかに並んでいる。ヤギとニワトリの畜舎のほか、シイタケの栽培やブルーベリー畑、堆肥製造のエ
リアなど、太陽パネルを設置しなかった場所を有効利用する。そこでは。ヤギは15頭、肥育し、パ
ネルに上ってしまうため、発電所内には入れないようしてあるが、周辺に放牧して除草にも役立て、
養鶏施設には、10羽の地鶏がおり、そのうち9羽が毎日のように卵を産んでいる。

また、14年11月には、「水増ソーラーパーク」を会場に、NBL(ナショナルバスケットボールリー
グ)の熊本ヴォルターズの選手たちと一緒に、新米の「稲刈り体験」を実施。 また、東京都や山口
県にある大学の学生や研究者が訪れ、70本のブルーベリーの収穫や農作物の植え付け体験などに取り
組んでもいる。こうした活動が農林水産省の目に留まり、同省の提唱する「農林漁業の健全な発展と
調和のとれた再生可能エネルギー発電」を具現化する先行事例として、紹介された。これを機に行政
関係からの視察や見学も増える。さらに、現在 テイクエナジーは、「八天狗」を筆頭に水増集落で
有機農法による安全・安心な農産物を生産し、ブランド化していく計画だ。並行して、近隣の古民家
を活用した「農村カフェ」を建設し、インフォメーションセンターや宿泊施設として営業する準備を
進め、水増ソーラーパーク管理組合の荒木組合長は、都会や多世代の人たちとの交流が活発化してき
たことで、その日、その日の仕事に希望を持って取り組めるようになり、みんなで頑張って、この集
落を盛り返していきたいと語っている。

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    

   21.小さくはあるが、切ればちゃんと血が出る

  私はベッドの上にまっすぐ身を起こし、夜中の暗闇の中で、息を殺して鈴の音に耳を澄ませた。
 いったいどこからこの音は聞こえてくるのだろう? 鈴の音は以前に比べてより大きく、より鮮
 明になっている。間違いなく。そして聞こえてくる方向も前とは異なっている。
  鈴はこの家の中で鳴らされているのだ、私はそう判断した。そうとしか考えられない。それか
 ら前後が乱れた記憶の中で、その鈴が何日か前からスタジオの棚に置きっ放しになっていたこと
 を思い出した。あの穴を開いて鈴を見つけたあと、私が自分の手でその棚の上に置いたのだ。
  鈴の音はスタジオの中から聞こえている。

  疑いの余地はない。

  しかしどうすればいいのだろう? 私の頭はひどくかき乱されていた。恐怖心はもちろんあっ
 た。この家の中で、このひとつ屋根の下で、わけのわからないことが持ち上がっている。時刻は
 真夜中で、場所は孤立した山の中、しかも私はまったくの一人ぽっちだ。恐怖を感じないでいら
 れるわけがない。しかしあとになって考えると、その時点では混乱の方が恐怖心をいくぶん上回
 っていたと思う。人間の頭というのはたぶんそのように作られているのだろう。激しい恐怖心や
 苦痛を消すために、あるいは軽減させるために、手持ちの感情や感覚が根こそぎ動員される。火
 事場で、水を入れるためのあらゆる容器が持ち出されるのと同じように。

  私は頭を可能な限り整理し、とりあえず自分がとるべきいくつかの方法について考えを巡らせ
 た。このまま頭から布団をかぶって眠ってしまうという選択肢もあった。雨田政彦が言ったよう
 に、わけのわからないものとはとにかく関わり合いにならないでおくというやり方だ。思考のス
 イッチをオフにして、何も見ないように何も間かないようにする。しかし問題点は、とても眠る
 ことなんかできないというところにあった。布団をかよって耳を閉ざしたところで、思考のスイ
 ッチを切ったところで、これほどはっきりと聞こえる鈴の音を無視することは不可能だ。なにし
 ろそれはこの家の中で鳴らされているのだから。

  鈴はいつものように断続的に鳴らされていた。それは何度か打ち振られ、しばしの沈黙の間を
 とって、それからまた何度か振られた。間に置かれた沈黙は均一ではなく、そのたびにいくらか
 短くなったり長くなったりした。その不均一さには、妙に人間的なものが感じられた。鈴はひと
 りでに鳴っているのではない。何かの仕掛けを使って鳴らされているのでもない。誰かがそれを
 手に持って鳴らしているのだ。おそらくはそこになんらかのメッセージを込めて。
  逃げ続けることができないのなら、思い切ってことの真相を見定めるしかあるまい。こんなこ
 とが毎晩続いたら私の眠りはずたずたにされてしまうし、まともな生活を送ることもできなくな
 ってしまう。それならこちらから出向いて、スタジオで何か持ち上がっているのか見届けてやろ
 う。そこには腹立ちの気持ちもあった(なぜ私がこんな目にあわなくちやならないんだ?)。そ
 れからもちろんいくぶんかの好奇心もあった。いったいここで何か起こっているのか、それを自
 分の目でつきとめてみたかった。

  ベッドから出て、パジャマの上にカーディガンを羽織った。そして懐中電灯を手に玄関に行っ
 た。玄関で私は、雨田典彦が傘立てに残していった、暗い色合いの樫村のステッキを右手に取っ
 た。がっしりと重みのあるステッキだ。そんなものが何か現実の役に立つとは思えなかったが、
 手ぷらでいるよりは何かを手に握っていた方が心強かった。何か起こるかは誰にもわからないの
 だから。

  言うまでもなく私は怯えていた。裸足で歩いていたが、足の裏にはほとんど感覚がなかった。
 身体がひどくこわばって、身体を勤かすたびにすべての骨の軋みが聞こえてきそうだった。おそ
 らくこの家の中に誰かが入り込んでいる。そしてその誰かが鈴を鳴らしている。それはあの穴の
 底で鈴を鳴らしていたのとおそらく同じ人物だろう。それが誰なのか、あるいはどんなものなの
 か、拡には予測もつかない。ミイラだろうか? もし拡がスタジオに足を踏み入れて、そこでも
 しミイラが――ビーフジャーキーのような色合いの肌をしたひからびた男が――鈴を振っている。
 姿を目にしたら、いったいどのように対処すればいいのだろう? 雨田典彦のステッキを振るっ
 て、ミイラを思い切り打ち据えればいいのか?

  まさか、と私は思った。そんなことはできない。ミイラはたぶん即身仏なのだ。ゾンビとは違
 じやあ、いったいどうすればいいのか? 私の混乱はまだ続いていた。というか、その混乱は
 ますますひどいものになっていった。もし何かしら有効な手を打てないのだとしたら、私はこれ
 から先ずっと、そのミイラとともにこの家に暮らすことになるのだろうか? 毎晩同じ時刻にこ
 の鈴の音を聞かされることになるのだろうか?

  私はふと免色のことを考えた。だいたいあの男が余計なことをするから、こんな面倒な事態が
 もたらされたのではないか。重機まで持ち出して石塚をどかせ、認めいた穴を聞いてしまったか
 ら、その結果あの鈴と共に正体のわからないものがこの家の中に入り込んでしまったのだ。私は
 免色に電話をかけてみることを考えた。こんな時刻であっても、彼はたぶんジャガーを運転して
 すぐに駆けつけてくれるだろう。しかし結局思い直してやめた。免色が支度をしてやって米るの
 を持っている余裕はない。それは私が今ここで、何とかしなくてはならないことなのだ。それは
 私が、私の責任においてやらなくてはならないことなのだ。

  私は思い切って居間に足を踏み入れ、部屋の明かりをつけた。明かりをつけても鈴の音は変わ
 らず鳴り続けていた。そしてその音は間違いなく、スタジオに通じるドアの向こう側から聞こえ
 てきた。私はステッキを右手にしっかりと握りなおし、足音を殺して広い居間を横切り、スタジ
 オに通じるドアのノブに手を掛けた。それから大きく深呼吸をし、心を決めてドアノブを回した。
 私がドアを押し開けるのと同時に、それを持っていたかのように鈴の音がぴたりと止んだ。深い
 沈黙が降りた。

  スタジオの中は責っ暗だった。何も見えない。私は手を左側の壁に伸ばして、手探りで照明の
 スイッチを入れた。天井のペンダント照明がついて、部屋の中がさっと明るくなった。何かあれ
 ばすぐに対応できるように、両脚を肩幅に広げて戸口に立ち、右手にステッキを握ったまま、部
 屋の中を素遠く見渡した。緊張のあまり喉がからからに掲いていた。うまく唾を飲み込むことも
 できないほどだ。

  スタジオの中には誰もいなかった。鈴を振っているひからびたミイラの姿はなかった。何の姿
 もなかった。部屋の真ん中にイーゼルがぽつんと立っていて、そこにキャンバスが置かれていた。
 イーゼルの前に三本脚の古い木製のスツールがある。それだけだ。スタジオは無人だった。虫の
 声ひとつ聞こえない。風もない。窓には白いカーテンがかかり、すべてが異様なくらいしんと静
 まりかえっていた。ステッキを握った右手が、緊張のために微かに震えているのが感じられた。
 言えに合わせてステッキの先が床に触れて、かたかたという乾いた不揃いな音を立てた。

  鈴はやはり棚の上に置かれていた。私は棚の前に行って、その鈴を子細に眺めてみた。手には
 とらなかったが、鈴には変わったところは何も見当たらなかった。その日の昼前に私が手にとっ
 て棚に戻したときのまま、位置を変えられた形跡もない。
  私はイーゼルの前の互いスツールに腰掛け、もう一度部屋の中を三百六十度ぐるりと見回して
 みた。隅から隅まで注意深く。やはり誰もいない。日々見慣れたスタジオの風景だ。キャンバス
 の絵も私が描きかけたままになっている。『白いスバル・フオレスターの男』の下絵だ。

  私は棚の上の目覚まし時計に目をやった。時刻は午前二時ちょうどだった。鈴の音で目を覚ま
 したのがたしか一時三十五分だったから、二十五分ほどが経過したことになる。でもそれはどの
 時聞か経ったという感覚が私の中にはなかった。まだほんの五、六分しか経っていないように感
 じられた。時間の感覚がおかしくなっている。それとも時間の流れがおかしくなっている。その
 どちらかだ。

  私はあきらめてスツールから降り、スタジオの明かりを消し、そこを出てドアを閉めた。閉め
 たドアの前に立ってしばらく耳を澄ませていたが、もう鈴の音は聞こえなかった。何の音も聞こ
 えなかった。ただ沈黙が聞こえるだけだ。沈黙が聞こえる――それは言葉の遊びではない。孤立
 した山の上では、沈黙にも音はあるのだ。私はスタジオに通じるドアの前で、しばしその音に耳
 を澄ませていた。

 Three Skulls

  そのとき私は、居間のソファの上に何か見慣れないものがあることにふと気づいた。クツショ
 ンか人形か、その程度の大きさのものだ。しかしそんなものをそこに置いた記憶はなかった。目
 をこらしてよく見ると、それはクッションでもなく人形でもなかった。生きている小さな人間だ
 った。身長はたぶん六十センチばかりだろう。その小さな人間は、白い奇妙な衣服を身にまとっ
 ていた。そしてもぞもぞと身体を動かしていた。まるで衣服が身体にうまく馴染まないみたいに、
 いかにも居心地悪そうに。その衣服には見覚えがあった。古風な伝統的な衣裳だ。日本の古い時
 代に位の高い人々が着ていたような衣服。衣服だけではなく、その人物の顔にも見覚えがあった。
 騎士団長だ、と私は思った。

  私の身体は芯から冷たくなった。まるで拳くらいの大きさの氷の塊が、背筋をじりじりと這い
 上ってくるみたいに。雨田典彦が『騎士団長殺し』という絵の中に描いた「騎士団長」が、私の
 家の――いや、正確に言えば雨田具彦の家だ――居間のソファに腰掛けて、まっすぐ私の顔を見
 ているのだ。その小さな男はあの絵の中とまったく同じ身なりをして、同じ顔をしていた。絵の
 中からそのまま抜け出してきたみたいに。

  あの絵は今どこにあるんだっけ? 私はそれを思い出そうと努めた。ああ、絵はもちろん客用
 の寝室にある。うちを訪れる人に見られると面倒なことになるかもしれないから、人目につかな
 いように茶色の和紙で包んでそこに隠しておいたのだ。もしこの男がその絵から抜け出してきた
 のだとしたら、今あの絵はいったいどうなっているのだろう? 画面から騎士団長の姿だけが消
 滅してしまっているのだろうか?

  しかし絵の中に描かれた人物がそこから抜け出してくるなんてことが可能なのだろうか? も
 ちろん不可能だ。あり得ない話だ。そんなことはわかりきっている。誰がどう考えたって……。

  私はそこに立ちすくみ、論理の筋道を見失い、あてもない考えを巡らせながら、ソファに腰掛
 けている騎士団長を見つめていた。時間が一時的に進行を止めてしまったようだった。時間はそ
 こで行ったり来たりしながら、私の混乱が収まるのをじっと待っているらしかった。私はとにか
 しかし絵の中に描かれた人物がそこから抜け出してくるなんてことが可能なのだろうか? もち
 ろん不可能だ。あり得ない話だ。そんなことはわかりきっている。誰がどう考えたって……。

  私はそこに立ちすくみ、論理の筋道を見失い、あてもない考えを巡らせながら、ソファに腰掛
 けている騎士団長を見つめていた。時間が一時的に進行を止めてしまったようだった。時間はそ
 こで行ったり来たりしながら、私の混乱が収まるのをじっと待っているらしかった。私はとにか
 くその異様な――異界からやってきたとしか思えない――人物から目を離すことができなくなっ
 ていた。騎士団長もまたソファの上からじっと私を見上げていた。私は言葉もなくただ黙り込ん
 でいた。たぶんあまりにも驚きすぎていたためだろう。その男から目を逸らさず、口を小さく開
 けて静かに呼吸を続ける以外に、私にできることは何もなかった。

  騎士団長もやはり私から目を逸らさず、言葉も発しなかった。唇はまっすぐ結ばれていた。そ
 してソファの上に短い脚をまっすぐ投げ出していた。背もたれに背をもたせかけていたが、頭は
 背もたれのてっぺんにも届いていなかった。足には奇妙なかたちの小さな靴を履いていた。靴は
 黒い革のようなものでできている。先が尖って、上を向いている。腰には柄に飾りのついた長剣
 を帯びていた。長剣とは言っても、身体に合ったサイズのものだから、実際の大きさからすれば
 短刀に近い。しかしそれはもちろん凶器になりうるはずだ。もしそれが本物の剣であるのなら。

 「ああ、本物の剣だぜ」と騎士団長は私の心を読んだように言った。小さな身体のわりによく通
 る声だった。「小さくはあるが、切ればちゃんと血が出る」
  私はそれでもまだ黙っていた。言葉は出てこなかった。まず最初に思ったのは、この男はちゃ
 んとしゃべれるんだということだった。次に思ったのは、この男はずいぶん不思議なしゃべり方
 をするということだった。それは「普通の人間はまずこのようにはしゃべらない」という種類の
 しゃべり方だった。しかし考えてみれば、絵からそのまま抜け出してきた身長六十センチの騎士
 団長がそもそも「普通の人間」であるわけはないのだ。だから彼がどんなしゃべり方をしたとこ
 ろで、驚くにはあたらないはずだ。

 「雨田典彦の『騎士団長殺し』の中では、あたしは剣を胸に突き立てられて、あわれに死にかけ
 ておった」と騎士団長は言った。「諸君もよく知ってのとおりだ。しかし今のあたしには傷はあ
 らない。ほら、あらないだろう? だらだら血を流しながら歩き回るのは、あたしとしてもいさ
 さか面倒だし、諸君にもさぞや迷惑だろうと思うたんだ。絨毯や家具を血で汚されても困るだろ
 う。だからリアリティーはひとまず棚上げにして、刺され傷は抜きにしたのだよ。『騎士団長殺
 し』から『殺し』を抜いたのが、このあたしだ。もし呼び名が必要であるなら、騎士団長と呼ん
 でくれてかまわない」

  騎士団長は奇妙なしゃべり方をするわりに、諸をするのは決して不得意ではないようだった。
 むしろ饒舌と言っていいかもしれない。しかし私の方は相変わらず二百も言葉を発することがで
 きなかった。現実と非現実が私の中で、まだうまく折り合いをつけられずにいた。
 「そろそろそのステッキを置いたらどうだね?」と騎士団長は言った。「あたしと諸君とでこれ
 から果たし合いをするわけでもながろうに」

 Skull and Book


今夜のこの件は何と言う展開なのだ。雨田典彦の『騎士団長殺し』の絵からその騎士団長が抜け出し
主人公の画家にソファに座り話しかける。今夜はここまでにして、次回の楽しみしておこう。

                                      この項つづく



茶摘みの季節。なのに、何と言うことだ。日曜の庭木手入れストレッチ強化が祟り、月曜の朝、腰痛再発。週末
の登山は延期。はやる心を抑え、回復に力を入れる。

                                                            

小さくはあるが、切ればちゃんと血が出る

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          至人の心を用うるは鏡のごとし。将(おく)らず迎えず、応じて
         蔵(おさめ)ず。故によく物に勝(た)えて傷(そこな)われず。

                          応定王(おうていおう) 

                                                 

      ※  鏡:名声から遠ざかれ。才覚を働かすな。責任者になるな。知を超えよ。
        永遠なるものと一体となり、虚無の世界に遊べ。自己に与えられた天性
        を全うするだけでよいのだ、それ以上つけ加えようとするな。一言で言
        えば、心を虚しくすることだ。至人の心は鏡のようなものである。自分
        はじっと動かない。来るものはそのまま映すが、去ってしまえばなんの
        痕跡もとどめない。したがって、どんなものにも対応でき、しかも傷つ
        けられることは全くない。


  

 No. 9

【RE100倶楽部:太陽光発電篇】

● 北米大陸最大規模:メキシコ北部750MWのメガソーラー稼働

 

5月2日、NEXTracker社は、出力は750メガワット以上のメキシコ北部で建設中の西半球最大の一単
軸追尾型太陽光発電システムを供給したことをと公表。2018年中頃に稼働予定同社は、これまでに2百
メガワット以上の部材を現地に供給済み。 ニューヨークはマンハッタン島の南側とほぼ同じ広さとの
8平方マイル(約21平方キロメートル)以上の面積の用地で、年間に約1千7百ギガワットアワーの
発電量を見込み、78万トンの二酸化炭素ガス排出量を抑制する設計。メキシコの太陽光発電市場は、
今後2~3年で急成長する。14年のエネルギー改革を経て、メキシコ政府のエネルギー省は2回目と
なる再生可能エネルギーの入札を行い、4ギガワット以上の太陽光発電プロジェクトを発電事業者に発
注。なので、今回長期間の電力購入契約(PPA)に基づき全量を売電し、メキシコの約130万世帯が
消費電力を供給する。

17~18年にメキシコで建設予定のメガソーラープロジェクトでは、発電量の向上が見込めることや、
用地の条件が良いことなどから、ほとんどの案件が追尾式を採用するとみられる。メキシコでは国土の
約85%で、太陽光発電に適した日照量が得られる。同社は、メキシコは、インドやオーストラリア、
中東とともに、太陽光などの再エネが今後2~3年で大きく成長すると期待できる市場の一つ。拡大す
る太陽光発電の多くで1軸追尾技術が採用される見通しでいる。また、同社は、今回のプロジェクトで
使用する追尾システムの機構や電気回路などの部品を現地で製造するという。追尾システムの心臓部と
なる駆動系や電気回路は完全に密閉され、砂やホコリの侵入を防ぐ。砂漠気候であるメキシコ北部では、
追尾式太陽光発電システムの信頼性を維持するうえで、こうした密封性は極めて重要と話している。

  May. 1, 2017

● ゴルフ場予定地に九州最大の太陽光発電所を建設

先月27日、ゴルフ場予定地だった合計約2百万平方メートルの事業用地に、太陽電池モジュールを、
34万740枚を設置し、出力は約92メガワット、年間発電量は約9万9230メガワットアワーに
なる鹿屋大崎ソーラーヒルズの九州最大級となる太陽光発電所の建設にあたり竣工式を挙行。売電先は
九州電力。これにより、年間約5万2940トンのC二酸化炭素排出量を削減。総投資額は約350億
円を見込む。17年4月3日から着工し、20年1月の稼働開始予定。14年5月にガイアパワーが、
72.7%、京セラと九電工、東京センチュリーが9.1%ずつを出資、発電事業の運営を行う鹿屋大崎ソー
ラーヒルズを設立。九電工とガイアパワーの合弁会社が発電所の設計・施工・維持管理を行う。京セラ
が太陽電池モジュールの供給、東京センチュリーがファイナンスなどを担う。また、同事業では鹿屋市
および大崎町における雇用創出、税収の増加などで地域社会の貢献につなげていく。林地開発許可を取
得済みで、1年間にわたる環境への影響調査も完了しており、自然環境に配慮した「環境調和型」の発
電所となる。

  Apr. 28, 2017

● 国内最大規模の蓄電池併設型メガソーラー北海道安平町に建設

先月28日、同じく、ソフトバンクエナジー株式会社らは、北海道に国内最大規模の蓄電池併設型メガ
ソーラーを北海道安平町に建設することを公表している。発電所は 17年5月中の着工を予定、20
年度中の運転開始を目指す。「ソフトバンク苫東安平ソーラーパーク2」は北海道勇払郡安平町約90
万平方キロメートルの土地に設置され、出力規模約6万4,600キロワット、年間予想発電量が一般
家庭約1万9,854世帯分の年間電力消費量に相当する約7,147万7千キロワットアワー/年の発
電を行うメガソーラー発電所で、ソフトバンクナジーら設立する「苫東安平ソーラーパーク2合同会社」
が運営。また、蓄電容量約1万7,500キロワットアワー(約17.5メガワットアワー)の大容量リ
チウムイオン電池を併設、蓄電池を併設する太陽光発電所としては出力規模が国内最大級の発電所とな
る。また、本発電所はSB エナジーにとって、指定電気事業者制度による出力制御無補償の条件の下で
プロジェクトファイナンスを組成する初めての事例となる。

このように、グローバルなソーラーパーク建設の展開は、❶人為的な温暖化を制御できる手段をはじめ
て人類が手にすることに成功することを意味し、❷近未来にエネルギーフリー社会の実現、❸あるいは、
自動車のほぼ完全なエレクトにクス化を実現し、❹そのことは、トヨタ、フォルクスワーゲンなどの既
存メーカの衰退を意味する。これは面白いkとになりそうだ。

【抗癌最終戦観戦記 Ⅸ:九州大ら がん抑える化合物を発見】

今月2日、九州大学生体防御医学研究所の福井宣規教授や東京大、理化学研究所などのチームが難治性
がんについて、がん細胞の生存や転移に重要な役割をしているタンパク質を突き止め、この働きを阻止
する化合物を見つけたと発表した。数年内に治療薬の開発を目指す。2日付の米科学誌セル・リポーツ
電子版に論文を掲載した。

チームが研究対象としたのは、変異したがん遺伝子をもつがん。変異遺伝子は膵臓(すいぞう)がんの
ほとんどや、大腸がんの約5割で見られるなど、がん全体の3分の1で確認されている。有効な治療薬
は開発されておらず、難治性とされる。

これまで、変異遺伝子をもつがんの増殖や転移は、細胞の形態変化を促す分子「RAC」の活性化が原
因であることが分かっていた。しかし性質上、RACを直接コントロールする薬の開発が難しいことか
ら、RACを活性化させている分子を見つけ出すことが課題だった。福井教授らは、RACに関係する
多数の分子のうち、「DOCK1」というタンパク質に注目。DOCK1を発現しないよう遺伝子操作
したところ、がん細胞の周辺組織への浸潤や、細胞外からの栄養源の取り込み活動が低下し、がん細胞
の生存度が落ちた。このことから、チームはDOCK1が、RACの活性化に大きな影響を与えている
分子だと判断。DOCK1の活動を抑えれば、RACの活性化を防げると考え、約20万種の化合物の
中からDOCK1の活動を阻害する「TBOPP」を探し出した。がん細胞を移植したマウスに投与し
たところ、転移や腫瘍の増大が抑えられ、明白な副作用もなかった。

Rasの発見から30年以上が経過しますが、変異Rasを持つがんに対する治療薬の開発は、これまでうまく
いっていない。本研究グループは、変異Rasによって誘導される浸潤応答や栄養分の取り込みに、DOCK1
が重要な働きをを突き止め、その選択的阻害剤としてTBOPPを開発(上図4)。TBOPPは、がんを兵糧
攻めにすると同時に、その浸潤・転移を未然に防ぐことができる化合物であり、変異Rasを有する難治
性がんに対する画期的な治療薬の創出につながることが期待される。これは実に面白い。 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』    

   21.小さくはあるが、切ればちゃんと血が出る

  自分の右手に目をやった。その手はまだしっかりと雨田典彦のステッキを握りしめていた。私
 はそれを手から放した。樫村の杖は鈍い音を立てて絨毯の上を転がった。
 「あたしは何も絵の中から抜け出してきたわけではあらないよ」と騎士団長はまた私の心を読ん
 で言った。「あの絵は――なかなか興味深い絵だが――今でもあの絵のままになっている。騎士
 団長はしっかりあの絵の中で殺されかけておるよ。心の臓から盛大に血を流してな。あたしはた
 だあの人物の姿かたちをとりあえず借用しただけだ。こうして諸君と向かい合うためには、何か
 しらの要かたちは必要だからね。だからあの騎士団長の形体を便宜上拝借したのだ。それくらい
 かまわんだろうね」

  私はまだ黙っていた。

 「かまうもかまわないもあらないよな。雨田先生はもうおぼろで平和な世界に移行してしまって
 おられるし、騎士団長だって商標登録とかされているわけじやあらない。ミッキーマウスやらポ
 カホンタスの格好をしたりしたら、ウォルト・ディズニー社からさぞかしねんごろに高額訴訟さ
 れそうだが、騎士団長ならそれもあるまい」

  そう言って騎士団長は肩を揺すって楽しげに笑った。

 「あたしとしては、ミイラの姿でもべつによかったのだが、真夜中に突然ミイラの格好をしたも
 のが出てきたりすると、諸君としてもたいそう気味が悪がるうと思うたんだ。ひからびたビーフ
 ジャーキーの塊みたいなのが、宣言暗な中でしやらしやらと鈴を振っているのを目にしたら、人
 は心臓麻蝉だって起こしかねないじやないか」

   私はほとんど反射的に肯いた。たしかにミイラよりは騎士団長の方が遥かにましだ。もし相手
 がミイラだったら、本当に心臓麻蝉を起こしていたかもしれない。というか、暗闇の中で鈴を振
 っているミッキーマウスやポカホンタスだって、ずいぶん気味悪かったに違いない。飛鳥時代の
 衣裳を身にまとった騎士団長は、まだしもまともな選択だったかもしれない。「あなたは霊のよ
 うなものなのですか?」と私は思いきって尋ねてみた。私の声は病み上がりの人の出す声のよう
 に、堅くしやがれていた。

 「良い質問だ」と騎士団長は言った。そして小さな白い人差し指を一本立てた。「とても良い質
 問だぜ、諸君。あたしとは何か? しかるに今ほとりあえず騎士団長だ。騎士団長以外の何もの
 でもあらない。しかしもちろんそれは仮の姿だ。次に何になっているかはわからん。じやあ、あ
 たしはそもそもは何なのか? ていうか、諸君とはいったい何なのだ? 諸君はそうして諸君の
 姿かたちをとっておるが、そもそもはいったい何なのだ? そんなことを急に問われたら、諸君
 にしたってずいぶん戸惑うだろうが。あたしの場合もそれと同じことだ」



 「あなたはどんな姿かたちをとることもできるのですか?」、私は質問した。
 「いや、それほど簡単ではあらない。あたしがとることのできる姿かたちは、けっこう限られて
 おるのだ。どんなものにでもなれるというわけではない。手みじかに言えば、ワードローブには
 制限があるということだ。必然性のない姿かたちをとることはできないようになっておる。そし
 て今回あたしが選ぶことのできた姿かたちは、このちんちくりんの騎士団長くらいのものだった。
 絵のサイズからして、どうしてもこういう身長になってしまうのだ。しかしこの衣裳はいかにも
 着づらいぜ」
  彼はそう言って、白い衣裳の中で身体をもぞもぞとさせた。

 「で、諸君のさっきの質問にたち戻るわけだが、あたしは霊なのか? いやいや、ちがうね、諸
 君。あたしは霊ではあらない。あたしはただのイデアだ。霊というのは基本的に神通白往なもの
 であるが、あたしはそうじゃない。いろんな制限を受けて存在している」
  質問はたくさんあった。というか、あるはずだった。しかし私にはなぜかひとつも思いつけな
 かった。なぜ私は単数であるはずなのに、「諸君」と呼ばれるのだろう? しかしそれはあくま
 で些細な疑問だ。わざわざ尋ねるほどのことでもない。あるいは「イデア」の世界には二人称単
 数というものはもともと存在しないのかもしれない。

 「制限はいろいろとまめやかにある」と騎士団長は言った。「たとえばあたしは一日のうちで限
 られた時間しか形体化することができない。あたしはいぷかしい真夜中が好きなので、だいたい
 午前一時半から二時半のあいだに形体化することにしておる。明るい時間に形体化すると疲労が
 高まるのだ。形体化していないあとの時間は、無形のイデアとしてそこかしこ体んでおる。屋根
 裏のみみずくのようにな。それから、あたしは招かれないところには行けない体質になっている。
 しかるに諸君が穴を開き、この鈴を持ち運んできてくれたおかげで、あたしはこの家に入ること
 ができた」
 「あなたはあの穴の底にずっと閉じ込められていたのですか?」と私は尋ねてみた。私の声はか
 なりましにはなっていたが、まだいくぶんしやがれていた。
 「わがらん。あたしにはもともと、正確な意昧での記憶というものがあらない。しかしあたしが
 あの穴の中に閉じ込められていたというのは、なにがしの事実ではある。あたしはあの穴の中に
 いて、何らかの理由によってそこから出ることができなかった。しかしあそこに閉じ込められて
 とくに不自由、ということもあらなかった。あたしは何万年、挟くて暗い穴の底に閉じ込められ
 ていたところで、不自由も苦痛も感じないようにできておるんだ。しかしあそこから出してくれ
 たことに開しては、諸君にしかるべく感謝しておるよ。そりゃ、自由でないよりは自由である方
 がよほど面白いわけだからな。言うまでもなく。そしてあの免色という男にも感謝しておる。彼
 の尽力がなければ、穴を開くことはできなかったはずだ」

   私は骨いた。「そのとおりです」

 「あたしはたぶんその気配のようなものをひしひしと感じ取ったのであろう。あの穴が開放され
 るかもしれないという可能性をな。そしてこう思いなしたのだ。よし、今が時だと」
 「だから少し前から夜中に鈴を鳴らし始めた」
 「そのとおり。そして穴は大きく聞かれた。おまけに免色氏はご親切にもあたしを夕食会にまで
 招待してくれよった」
  私はもう一度肯いた。免色はたしかに騎士団長を――免色はそのときはミイラという言葉を用
 いたが――火曜日の夕食に招待した。ドン・ジョバンニが騎士団長の彫像を夕食に招待したこと
 にならって。彼としてはたぶん軽い冗談のようなものだったのだろうが、それは今ではもう冗談
 ではなくなってしまった。
 「あたしは食物はいっさい口にしない」と騎士団長は言った。「酒も飲まない。だいいち消化器
 もついておらんしね。つまらんといえばつまらん話だ。せっかくの立派なご馳走なのにな。しか
 し招待は素肌でお受けしよう。イデアが誰かに夕食に呼ばれるなんて、そうはあらないことだか
 らな」



  それがその夜の、騎士団長の最後の言葉になった。そう言い終えると彼は急に黙り込み、ひっ
 そり両目を閉じた。瞑想の世界にじわじわと入り込んでいくみたいに。目を閉じると、騎士団長
 はずいぶん内省的な顔立ちになった。身体もまったく動かなくなった。やがて騎士団長の姿は急
 速に薄れ、輪郭もどんどん不明確になっていった。そしてその数秒後にはすっかり消滅してしま
 った。私は反射的に時計に目をやった。午前二時十五分だった。おそらく「形体化」の制限時間
 がそこで終了したのだろう。

  私はソファのところに行って、騎士団長が腰掛けていた部分に手を触れてみた。私の手は何も
 感じなかった。温かみもなく、へこみもない。誰かがそこに腰掛けていた形跡はまったく残って
 いなかった。おそらくイデアは体温も重みも持たないのだろう。その姿かたちはただのかりそめ
 の形象に過ぎないのだ。私はその隣に腰を下ろし、息を深く吸い込んだ。そして両手でごしごし
 と顔をこすった。
  すべてが夢の中で起こった出来事のように思えた。私はただ長く生々しい夢を見ていたのだ。
 というか、この世界は今もまだ夢の延長なのだ。私は夢の中に閉じ込められてしまっている。そ
 ういう気がした。しかしそれが夢でないことは、自分でもよくわかっていた。これはあるいは現
 実ではないかもしれない。しかし夢でもないのだ。私と免色は二人で、あの奇妙な穴の底から騎
 士団長を――あるいは騎士団長の姿かたちをとったイデアを――解きはなってしまったのだ。そ
 して騎士団長は今ではこの家の中に往み着いている。屋根裏のあのみみずくと同じように。それ
 が何を意味しているのか私にはわからない。それがどんな結果をもたらすことになるのかもわか
 らない。



  私は立ち上がり、床に落とした雨田具彦の樫村のステッキを拾い上げ、居間の明かりを消し、
 寝室に戻った。あたりは静かだった。物音ひとつ聞こえない。私は力士アィガンを脱ぎ、パジャ
 マ姿でベッドの中に入り、これからどうすればいいのかを考えた。騎士団長は火曜日に免色の家
 に行くつもりでいる。免色が彼を夕食に招待したからだ。そこでいったい何か持ち上がるのだろ
 う? それについて考えれば考えるほど、私の頭は脚の長さの揃っていない食卓のように、落ち
 着きを失っていった。
  でもそのうちに私はひどく眠くなってきた。私の頭はすべての機能を動員して、なんとか私を
 眠りに就かせようとしているみたいだった。筋の通らない混乱した現実から、私をむりやりもぎ
 離すべく。そして私はそれに抵抗することができなかった。ほどなく私は眠りに就いた。眠り込
 む前にふとみみずくのことを考えた。みみずくはどうしているだろう?
   眠るのだ、諸君、と騎士団長が私の耳元で囁いたような気がした。
  しかしそれはたぶん夢の一部だったのだろう。




本当にワンダーワールドだ。ここは注意深く読み進めていくしかない。
                                                                           この項つづく

 



【世界中がびっくり!トランスイート四季島】



今月2日、世界中が注目し、アッツ!と驚き、信じられない!と叫ぶ、「トランスイート四季島」がし
た。有名な工業デザイナーの奥山賢之が設計した金色のシキシマには、 和紙の壁やスクリーン、サイ
プレスのバスタブ、豪華なカーペットなど、現代的で伝統的な日本の素材が洗練されているが、最高の
部分は、周りのパノラマビューを与える電車のすばらしい温室のような列車仕様。列車デザインは、現
代の列車旅行の基準設定になるだろうか。  10両列車の両端にあるパノラマの観測車には、壁と天井を
覆う大きな窓ガラスパネルがあり、通過する風景を一望できる。  伝統技術を使って作られた快適なベ
ントウッドのソファは、静かな森のイメージを喚起するように設計された壁パネルで飾られた共同ラウ
ンジカーに配置されている。乗車中は、目的地から厳選料理が頂ける。また、有名な工業デザイナー・
山崎欣二の手になるニッケルシルバーカトラリーが用意されている。

列車はちょうど17部屋あり、2つの大きなスイートルームと15の小部屋。 全室にベッド、収納ス
ペース、専用バスルームが備わる。 豪華な2階建ての四季島スイートの幸運な乗客は、シーティングエ
リアと畳を楽しむことができ、「香り高いバスタイム体験」を提供する長方形のサイプレスバスタブも
備わっている。豪華なスイートの壁には、顧客に個人的な視点を提供するために天井までの窓が備えら
れている。さて予約がつまっているが、わたしたち二人が乗車できるかどうかそれはいまのところわか
らない。

                                          

 

サンルーフが世界を覆う日

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           正月、三月、四月   /   魯の隠公即位のいきさつ 

                                                

      ※ 「元年、春、王の正月」とは周王の暦の正月という意味である。即位し
        たのに、その記述がないのは、摂政だからである。「三月、隠公は邾
        (ちう)の儀父(ぎほ)と蔑(べつ)(魯の地)において盟約を結んだ
        」とあるが、邾の儀父とは邾子の克(こく:名)のことである。邾国は
        子爵を授けられたのであるが、この時はまだ周王からその沙汰を受けて
        いなかったため、子爵とは書かれていない。また名を記さずに儀父と字
        を書いたのは、その人に敬意を表わすためであった。

         隠公は摂政の位につくと、郭国に友好関係を求めようと恚った。そこ
        で蔑の盟約を結んだのである。夏四月、魯の大夫の費伯が軍を率いて郎
        (魯の邑:まち)に城壁を築いた。『春秋」に記録されていないのは、
        君命によってしたものではないからである。

      ※  鄭の荘公小覇の時代:『左伝』は魯国の年代記『春秋経』の"解説書"で
        あり、第十三代の隠公以下、魯国の君主の統治年代に従って記されてい
        る。原形は煩雑で理解しにくいので、本訳書は事件単位に整理して編集、
        原形式を示すため、巻頭の隠公元年、隠公二年の条だけは全文をかかげ
        ている。原形は、まず『春秋経』の文をかかげ、この説明、補足として
        『伝』の文が記されている。ただし、隠公元年の冒頭は、魯の隠公が即
        位するに至ったいきさつを説明したもので、元年以前にさかのぽるから、
        経文のまえにおかれている。

      ※ 春秋の歴史は、黄河下流の平原地帯、すなわち、今の河南省と山東省西
        部を舞台として展開。数ある諸国のうち、大国として挙げられるのは、
        宋・衛・斉・魯・陣・蔡・鄭の七国で、中でも建国のいちばんおそかっ
        た鄭が最も強盛である。西周の末年に建国した鄭は、新しい商業政策を
        採用してめきめきと国力を伸張した。三代目の当主、荘公(BC743~701)
                は、弟共叔段の内乱を克服した後、老獪な遠交近攻策(斉・宋と結んで
        宋・衛を東西から挟撃する)を用い、陣・宋・北戎・許など近隣の諸国
        を次々に撃破し、はては、周王を迎え討ってこれを敗った。そして斉の
        桓公の副業に一歩先んじて、小覇すなわち小型の覇者となるのに成功し
        た。

 

  
【ZW倶楽部:マイクロプラスチック禍篇】

● オーシャンクリーンアップ:太平洋のプラスチック除去事業で、2,170万ドル調達

 May. 3, 2017

今月3日、オーシャンクリーンアップは、事業資金の寄付金 2,170万ドルを調達したことを公表。同
事業は、昨年11月以来、2170万ドルの寄付に成功する。この最新の資金調達ラウンドにより、2013年
以降の同事業の総資金は3150万ドルに達した。この新しい貢献により、今年後半に太平洋でクリーン
アップ技術の大規模な実験を開始する。過去4年間で、海洋流を利用しプラスチックを捕捉/濃縮す
るプラスチック捕獲技術を開発。これにより、太平洋の海洋ごみを理論上清掃時間を数千年から数年
に短縮できることになる。 海洋クリーンアップは、2017年後半に太平洋水域で初めてのクリーンアッ
プシステムの実験を開始する。

  May. 5, 2017



オーシャンクリーンアップは、世界中の海洋漂流プラスチックゴミ捕獲除去システムを開発。 発端
は、ボーン・スラット(Boban Slat)が18歳の時に発案し、2013年に「The Ocean Cleanup」 を設立、
現在、約65人のエンジニアと研究者を雇用する非営利団体。 財団はオランダのデルフトに本部を
置き、人工の海岸線のように機能する長い浮遊障壁のネットワークで、自然の海流を集中させること
で捕獲・回収した海洋プラスチックを貴重な原材料にするプロセスを開発している。本格的な展開に
備え海洋マッピングを行いながら、2016年6月に北海で百メートル幅の試作機(α機)を製作しテス
トを繰り返し改良してきた。今回のステップアップ実験は2017年後半に予定されている。

  Jun. 15, 2015

 No. 10

 グーグルのサンルーフが世界を覆う日 革命は成就される。

 
【RE100倶楽部:太陽光発電篇】 

● 米国 グリッドパリティ到達で今後5年で倍増も

3月9日、米GTMリサーチ社と太陽光発電産業協会(SEIA)は、米国の太陽光発電市場は2016年に
過去最高の伸びを記録し、2015年の2倍近くの発電設備が接続された。その結果、これまでで初めて
他のどのエネルギー源よりも多くの発電容量が接続された。今後も5年間で現在の3倍近くまで成長
を続けると「U.S. ソーラーマーケット・インサイト(Solar Market Insight)2016」で発表。米太陽光市
場の成長を支える要因の一つは、価格の下落である。米国の太陽光発電システムの平均価格は2016年
に約20%下落した。GTM 社 が同調査を開始して以来、最も大きな下落率という。この価格下落が
後押し、2016年には 14.8GW が導入され記録的な成長となっている(上/下図参照)。同報告書では、
2017年に13.2GWの太陽光発電が導入されると見込む。2016年からは10%の下落となるものの2015
年の導入量からはまだ75%も多いとしている。 導入量の落ち込みは、メガソーラー(大規模太陽
光発電所)の市場でみ起きる。かつてないほど多くの件数となったメガソーラーのプロジェクトが
2015年後半に接続された後となる。これらのプロジェクトは元々、投資税額控除(ITC)の当初の失
効期限となる2016年末までの完成を予定していた駆け込み需要によるもの。ITCは2019年までの延長
を米議会が2015年12月に可決しており、2019年以降は控除される比率が30%から10%まで段階的
に引き下げられる。

市場成長に曲折のあったメガソーラー市場とは対照的に、住宅用など分散型の太陽光発電の市場は、
今後の2~3年間、概ね継続的に成長すると見込む。システムコストが急速に下落しており、多くの
州で「グリッドパリティ」の状況が実現する。一方、ネットメータリングの価格改訂など、この分野
でもリスク要因があるため、引き続き留意が必要とGTMリサーチは話す。2016年に22州がそれぞれ、
100MW 以上の太陽光発電を導入した。100MW 越えの州は、2010年のわずか2州から大幅に増加して
いる。成長が顕著なのが、ジョージア、ミネソタ、サウスカロライナ、ユタの4州である。同社は、
住宅太陽光の市場セグメントが2017年に9%成長すると見込み、従来住宅太陽光の市場のほぼ半分を
占めていたカリフォルニア州は、2017年に失速するとみる一方で、調査対象の40州のうち36州が、
年間ベースで成長する。米国の太陽光市場で特徴的なセグメントが、「コミュニティソーラー」である。

コミュニティソーラーの市場は、2015~16年の間に4倍近く成長した。この分野の太陽光が特に伸び
ているのが、ミネソタとマサチューセッツの両州である。同社は、非住宅太陽光の市場では2018年に
コミュニティソーラーが300%を占めると予測。2019年までに、米国の太陽光発電市場ではすべて
の市場セグメントが成長を回復すると見込み、1GW以上の太陽光を導入した州は、現在の9州から
2022年までに24州に増えると予測している。

 May 4, 2017

● グーグルのサンルーフ事業 ドイツの7百万世帯分を見積もる 

グーグルのサンルーフ事業部は、ドイツの7百万世帯に太陽発電推定量を見積もる。これにより太陽
光発電に切り替え可能であるとする。現在ドイツの家庭の40%が同事業により解析が完了している。
使い方は簡単、ユーザのアドレスを入力し「 E.ONソーラー電卓」を使うと自動的に経費削減額が表示
される。勿論、このサービスは無料で、すでに米国では50州が網羅されている。

 

 

 May. 02, 2017

● インドの「神々の果実」が 太陽電池コスト大幅削減 ?! 

ジャムン(ムラサキフトモモの果実)は、南アジアの先住民で 、安い値段で手に入る。 ジャムンの
木はおよそ百フィートの高さで百年間の樹齢で、その木の黒い果実はその高い栄養価のため薬用とし
常用されてきたが、この果実の顔料アントシアニンは、太陽光発電に使用できるかもしれないという。
サパタティ研究所のグループは、これが色素増感太陽電池(DSSC)の増感剤として使用したところ
この天然色素で発電することを確かめる。また、その製造コストは、従来のソーラーパネルの40%
削減できるのではないかと考えている。さらに、このようなアントシアニンはブルーベリー、ラズベ
リー、チェリー、クランベリーにも含まれその応用は広い。但し、今回の実験での発電効率は0.5%
程度で従来のソーラーそれは15%以上のため課題は残る(上下図参照)。

【デジタル地震予測倶楽部:プライベート電子観測点完備する】

 ● 依然、南関東地域警戒レベル5

 May. 3, 2017

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』     

   22.招待はまだちゃんと生きています 

  翌日は月曜日だった。目が覚めたとき、ディジタル時計は6:35を表示していた。私はベッ
 ドの上に身を起こし、その数時間前、真夜中のスタジオで起こった出来事を頭の中に再現した。
 そこで鳴らされていた鈴、ミニチュアの騎士団長、検とのあいだに持たれた奇妙な会話。それら
 のすべては夢だったのだと私は思いたかった。とても長いリアルな夢を私は見たのだ。それだけ
 のことなのだと。そして明るい朝の光の下では、実際にそれは夢の中で起こった出来事としか思
 えなかった。私は出来事のあらゆる部分を克明に記憶していたが、それら細部についてひとつひ
 とつ検証すればするほど、何もかもが現実から何光年も離れた世界の出来事のように見えた。

  しかし、それをただの夢だと思い込もうとどれだけ努めても、それが夢ではないことは私には
 わかっていた。これはあるいは現実でないかもしれない、しかし夢でもないのだ、と。何である
 のかはわからないが、それはとにかく夢ではない。夢とは別のなりたちの何かなのだ。
  私はベッドから出て、雨田典彦の『騎士団長殺し』を包んでおいた和紙を取り、その絵をスタ
 ジオに持って行った。そしてそこの壁に吊し、スツールに腰掛けて長いあいだその絵を正面から
 見つめた。騎士団長が昨夜言ったとおり、絵には何ひとつ変わりはなかった。騎士団長がそこか
 ら抜け出して、この世界に現れたわけではないのだ。絵の中では騎士団長は相変わらず胸に剣を
 突き立てられ、心臓から血を流して死にかけていた。私は宙を見上げ、悶いた口を歪めていた。
 苦悶の呻きを発しているのかもしれない。彼の髪型も、着ている衣服も、手にしている長剣も、
 黒い奇妙な靴も、昨夜ここに現れた騎士団長の姿そのままだった。いや、話の順序から言えば
 ――時系列的に言えば――もちろんあの騎士団長の方が、絵の中の騎士団長の風体を精密に真似
 たわけなのだが。



  雨田典彦が日本画の筆と顔料で描きあげた架空の人物が、そのまま実体をとって現実(あるい
 は現実に似たもの)の中に現れ、意志を持って立体的に動きまわるというのは、まさに驚くべき
 ことだった。しかしじっと絵を見ているうちにだんだん、それが決して無理なことではないよう
 に、私には思えてきた。おそらくそれだけ、雨田典彦の筆致が鮮やかに生きているということな
 のだろう。現実と非現実、平面と立体、実体と表象のはざまが、見ればみるほど不明確になって
 くるのだ。ファン・ゴッホの描く郵便配達夫の姿が、決してリアルではないのに、見ればみるほ
 ど鮮やかに息づいて見えるのと同じだ。彼の描くカラスが、ただの荒っぽい黒い絵に過ぎないの
 に、本当に空を飛んでいるように見えるのと同じだ。『騎士団長殺し』という絵を眺めながら、
 私はあらためて雨田典彦の画家としての才能と力量に敬服しないわけにはいかなかった。おそら
 くあの騎士団長も(というか、あのイデアも)、この徐の素晴らしさ、力強さを認めたからこそ、
 雨中の騎士団長の姿かたちを「借用する」ことにしたのだろう。ヤドカリができるだけ美しい丈
 夫な貝を住まいとして選ぶように。

  雨田典彦の『騎士団長殺し』を十分ばかり眺めてから、台所に行ってコーヒーをつくり、ラジ
 オの定時ニュースを聞きながら簡単な朝食をとった。意味のあるニュースはひとつもなかった。
 というか今では日々のすべてのニュースは、私にとってほとんど意味のないものになっていた。
 しかしとりあえず、毎朝ラジオの七時のニュースに耳を傾けることを、私は生活の一部にしてい
 た。たとえば地球が今まさに破滅の割にあるというのに、私だけがそれを知らないでいるとなれ
 ば、それはやはり少し困ったことになるかもしれない。

  朝食を済ませ、地球がそれなりの問題を抱えながらも、まだ律儀に回転を続けていることをと
 りあえず確認してから、コーヒーを入れたマグカップを手にスタジオに戻った。窓のカーテンを
 開け、新しい空気を部屋に入れた。そしてキャンバスの前に立ち、自分自身の圃作に取りかかっ
 た。「騎士団長」の出現が現実であろうがなかろうが、免色の夕食に彼が出席しようがするまい
 が、私としてはとにかく自分のなすべき仕事を進めていくしかない。

  私は意識を集中し、白いスバル・フォレスターに乗った中年男の姿を眼前に浮かび上がらせた。
 ファミリー・レストランの彼のテーブルの士にはスバルのマークがついた車のキーが置かれ、皿
 にはトーストとスクランブル・エッグとソーセージが盛られていた。ケチャップ(赤)とマスタ
 ード(黄色)の容器がそのそばにあった。ナイフとフォークはテーブルに並べられていた。料理
 はまだ手をつけられていない。すべての事物に朝の光が投げかけられていた。私が通り過ぎると
 き、男は日焼けした顔を上げて私をじっと見上げた。

  おまえがどこで何をしていたかおれにはちやんとわかっているぞ、と彼は告げていた。その目
 に宿っている重い冷徹な光には、見覚えがあった。それはたぶん私がどこか他の場所で目にした
 ことのある光だった。しかしそれがどこでだったか、いつだったか、私には思い出せなかった。
  彼の要かたちと、その無言の語りかけを私は絵のかたちに仕上げていった。まず昨日木炭を使
 って描いた骨格から、パンの切れ端を消しゴム代わりに使って、余分な徐をひとつひとつ取り去
 っていった。そして削げるだけ削いだあとで、あとに残された黒い徐に、再び必要とされる黒い
 徐を加筆していった。その作業に一時間半ほどを要した。その結果キャンバスの上に出現したの
 はまさに、白いスバル・フオレスターに乗った中年男が(言うなれば)ミイラ化した姿だった。
 肉が削ぎ落とされ、皮膚がビーフジャーキーのように乾燥し、ひとまわり縮んだ姿たった。木炭
 の租く黒い徐だけで、それは表されていた。もちろんただの下描きに過ぎない。しかし私の頭の
 中には来るべき絵画のかたちがしっかりと像を結びつつあった。

 「なかなか見事であるじゃないか」と騎士団長が言った。

  後ろを振り向くと、そこに騎士団長がいた。彼は窓際の棚の上に腰掛けて、こちらを見ていた。
 背中から差し込む朝の光が、彼の身体の輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。やはり同じ白
 い古代の衣裳を着て、短い身の丈に合った長剣を腰に差していた。夢じゃないのだ、もちろん、
 と私は思った。

 「あたしは夢なんかじゃあらないよ、もちろん」と騎士団長はやはり私の心を読み取ったように
 言った。「というか、あたしはむしろ覚醒に近い存在だ」

  私は黙っていた。スツールの上から騎士団長の身体の輪郭をただ眺めていた。

 「ゆうべも述べたと思うが、このような明るい時刻に形体化するというのは、なかなかに疲弊す
 るものなのだ」と騎士団長は言った。「しかし諸君が絵を描いているところを、コ皮じっくり拝
 見させてもらいたかった。で、勝手ながら、さっきから作業をまじまじと見物させてもらってい
 た。気を悪くはしなかったかね?」

  それに対してもやはり返事のしようがなかった。気を悪くするにせよしないにせよ、生身の人
 間がイデアを相手にどのような理を説けるものだろうか。
  騎士団長は私の返事を待たずに(あるいは私が頭で考えたことをそのまま返事として受け取っ
 て)、自分の諸を続けた。「なかなかよく描けておるじやないか。その男の本質がじわじわと浮か
 びだしてくるようだ」



 「あなたはこの男のことを何か知っているのですか?」と私は驚いて尋ねた。
 「もちろん」と騎士団長は言った。「もちろん知っておるよ」
 「それでは、この人物について何か教えてもらえますか? この人がいかなる人間で、何をして
 いて、今どうしているのか」
 「どうだろう」と騎士団長は軽く首を傾げ、むずかしい表情を顔に浮かべて言った。むずかしい
 顔をすると、彼はどことなく小鬼のように見えた。あるいは古いギャング映画に出てくるエドワ
 ード・G・ロビンソンのように見えた。ひょっとしたら騎士団長は実際に、その表情をエドワー
 ド・G・ロビンソンから「借用」したのかもしれない。それはあり得ないことではなかった。
 「世の中には、諸君が知らないままでいた方がよろしいことがある」と騎士団長はエドワード・
 G・ロビンソンのような表情を顔に浮かべたまま言った。

  雨田政彦がこのあいだ言ったことと同じだ、と私は思った。人にはできることなら知らないで
 いた方がいいこともある。
 「つまり、ぼくが知らないでいた方がいいことは教えてもらえないということですね」と私は言
 った。「なぜならば、あたしにわざわざ敢えてもらわなくとも、ほんとうのところ諸君はそれを
 既に知っておるからだ」

  私は黙っていた。



 Thelonious Sphere Monk -Well You Needn't

                                     この項つづく

 


量子ドット工学講座38

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           鄭のお家騒動、荘公の決断   /  鄭の荘公小覇の時代 

                                                

      ※ 鄭は、天子の国・周に隣接し、現在の河南宵洛陽の東方に前八世紀ごろ
        建国、第三代荘公によって一時は強盛をほこり前五世紀までつづいた。
        荘公は、長男として武公のあとをついだが、母の武美が次男・共叙段を
        溺愛し、段は位をねらう。が、荘公はよくこれに耐えて、一挙に解決す
        る。荘公の措置はきわめて陰険だが、古来、お家騒勣への対策の模範と
        されている。

 

  

 No. 11

 【量子ドット工学講座38】

Mar. 23, 2017

 ● 特許事例:US 2017/0084761A1 光電変換素子及びそれを含む電子機器

今回はサムソン電子株式会社の最新新規考案を考察する。この事例の光電変換素子は、光エネルギー
を電気エネルギーに変換し、可視光、赤外線、紫外線などの光に応答して電気信号または電力生成す
でき。フォトダイオード/太陽電池などの光電素子に関するものである。光電デバイスは、画像セン
サ、光センサなどに使用できる。赤、緑、青(RGB)ピクセルは、相補型金属酸化物半導体(CMOS)イメージセ
ンサ、RGBフォトセンサなどに使用しできる。典型的には、各サブピクセルに対応するカラーフィルタは、RGB
ピクセルの実装に使用できるものの、カラーフィルタを使用すると、クロスオーバーや光散乱、あるいは、素子
の集積度及び分解能が向上すると、画素内の光電素子サイズの減少るにつれ、フィルファクタ(特性曲線因
子)の減少や光利得の減少などのさまざまな限界や問題点が発生する。

【要約】

光電変換素子及びそれを含む電子機器の提供。光電変換素子は、光活性層――光活性層は、光に応答
して電荷生成するよう構成したナノ構造層/ナノ構造層に隣接する半導体層から構成――で構造/構
成で、ナノ構造層は、1つ以上の量子ドットを含み、また、半導体層は、酸化物半導体で構成しても
よく、光電素子、光活性層の異なる領域に接触する第1の電極および第2の電極で構成される。複数
の光電変換素子は、水平方向に配列してもよく、垂直方向に積層されていてもよい。また、この光電
変換素子は、カラーフィルタを用いることなく、異なる波長帯の光を吸収して検出できる(上下図ダ
ブクリ参照)。


【概要】

吸収された(検出された)光の波長帯域が能動的に決定できる光電変換素子が提供できる。 優れた光電変換特性/キャリア(電荷)伝達特性をもつ光電素子が提供できる。 高い応答性/高い検出率をもつ光電変換素子が提供できる。 高集積化/高分解能化が可能な光電変換素子が提供できる。 カラーフィルタをもたないRGB画素の光電変換素子が提供できる。 サブピクセルを垂直方向に積み重ねて、水平方向のピクセルサイズを大幅に縮小できる光電変
換素子が提供できる。 透明デバイスに適用され得る光電変換素子が提供できる。 半導体層の酸化物半導体には、例えば、酸化物半導体は、酸化亜鉛(ZnO)系酸化物、酸化イ
ンジウム(InO)系酸化物、酸化スズ(SnO)系酸化物の中から選択できる。 また、酸化物半導体には、例えば、シリコンインジウム亜鉛酸化物(SIZO)、シリコン亜鉛ス
ズ酸化物(SZTO)、酸化亜鉛(ZnO)、インジウム亜鉛酸化物(IZO)、亜鉛酸化スズ(ZTO)、
ガリウムインジウム亜鉛酸化物(GIZO)、ハフニウムインジウム亜鉛酸化物(HIZO)、イン
ジウム亜鉛酸化スズ(IZTO)、酸化スズ(SnO)、酸化インジウムスズ(ITO)、酸化インジ
ウムガリウム(IGO)、酸化インジウム(InO)、および酸化アルミニウムインジウム(AIO)
を含む。 また、半導体層は、約3.0eV~約5.0eVのエネルギーバンドギャップをもつ。 また、 光活性層は、量子ドット層が半導体層内に埋め込まれた構造でもよい。 また、半導体層は、下部半導体層と上部半導体層とで構成し、量子ドット層は、下部半導体層
と上部半導体層との間に設けてもよい。 量子ドット層を構成する複数の量子ドットは、Ⅱ-Ⅵ族半導体、Ⅲ-Ⅴ族半導体、Ⅳ-Ⅵ族半導体
Ⅳ族半導体、およびグラフェン量子ドットでもよい。(※以下、詳細は上記図をダブクリック
参照)。

【図の簡単な説明】

図1は、実施形態による光電素子を示す断面図 図2は、別の例示的な実施形態による、光電デバイスを示す断面図 図3は、図1の光電素子の動作の原理を示す概念図、 図4A及び図4Bは、光電素子が図1のように動作する時、光活性層のエネルギーバンド構造がゲ
ート電圧Vgと共にどのように変化するかを示すエネルギーバンド図 図5は、図4を参照して説明した光電素子に入射する光の強度に応じて、光電変換素子のゲー
ト電圧Vgとドレイン電流Idとの関係を示すグラフ 図6は、図5を参照して説明した光電素子に入射する光の強度によって光電素子の応答性がど
のように変化するかを示すグラフ 図7は、光電素子を示す断面図 図8は、別の例示的な実施形態による、光電デバイスを示す断面図 図9は、別の例示的な実施形態による、光電素子を示す断面図 図10は例示的な実施形態による光電デバイスにおいて利用され得る光活性層構造における時間
依存フォトルミネッセンス(PL)強度変化を示すグラフ 図11は、比較例に係る1画素に対応する受光部を示す概念 図12は、実施形態に係る複数の光電変換素子を含む光電変換装置を示す概略断面図 図13は、他の実施例による複数の光電変換素子を含む光電素子を示す概略断面図 図14は、例示的な実施形態による光電デバイスで利用され得る様々な量子ドット層の吸収スペ
クトルを示すグラフ 図15は、例示的な実施形態によるフォトトランジスタの例を示す回路図 図16は、図15のフォトトランジスタに光が入射するか否かに応じたゲート電圧Vg及び電流特性
を示すグラフ 図17は、図16のフォトトランジスタを含むインバータ回路を示す回路図 図18は、図19のインバータ回路に光を照射する動作を変更して出力信号(出力電圧)の変化を
測定した結果を示すグラフ(※以下、詳細は上記図をダブクリック参照)。 

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』      

   22.招待はまだちゃんと生きています  

 「あるいは諸君はその繰を描くことによって、諸君が既によく承知しておることを、これから主
 体的に形体化しようとしておるのだ。セロニアス・モンクを見てごらん。セロニアス・モンクは
 あの不可思議な和音を、理屈や論理で考え出したわけじやあらない。彼はただしっかり目を見開
 いて、それを意識の暗闇の中から両手ですくい上げただけなのだ。大事なのは無から何かを創り
 あげることではあらない。諸君のやるべきはむしろ、今そこにあるものの中から、正しいものを
 見つけ出すことなのだ」

  この男はセロニアス・モンクのことを知っているのだ。

 「ああ、それからもちろんエドワードなんたらのことも知っておるよ」と騎士団長は私の思考を
 受けていった。
 「まあいいさ」と騎士団長は言った。「ああ、それからひとつ礼儀上の問題として、念のために
 今ここで申し上げておかなくてはならないのだが、諸君の素敵なガールフレンドのことだが……、
 いうか、つまり赤いミニに乗ってくる、あの人妻のことだよ。諸君たちがここでおこなっておる
 ことは、悪いとは思うが、残らず見物させてもらっている。衣服を脱いでベッドの上で盛んに繰
 り広げておることだよ」

  私は何も言わずに騎士団長の顔を見つめていた。我々がべッドの上で'盛んに繰り広げている
 こと……彼女の言を借りるなら「目にするのがはばかられるようなこと」だ。


 
 「しかしできることなら気にしないでもらいたい。悪いとは思うが、イデアというのはとにかく
 何でもいちおう見てしまうものなのだ。見るものの選り好みができない。けれどな、ほんとうに
 気にすることはあらないよ。あたしにとってはセックスだろうが、ラジオ体操だろうが、煙突掃
 除だろうが、みんな同じように見えるんだ。見ていてとくに面白いものでもあらない。ただ単に
 見ておるだけだ」
 「そしてイデアの世界にはプライバシーという概念はないのですね?」
 「もちろん」と騎士団長はむしろ誇らしげに言った。「もちろんそんなものはこれっぽちもあら
 ない。だから諸君が気にしなければ、それでさっぱりと済むことなんだ。どうかね、気にしない
 でいられるかね?」

  私はまた軽く首を操った。どうだろう? 誰かに一部始終をそっくり見られているとわかって
 いて、性行為に気持ちを集中することは可能だろうか? 健全な性欲を呼び起こすことが可能だ
 ろうか?

 「ひとつ質問があります」と私は言った。
 「あたしに答えられることならば」と騎士団長は言った。
 「ぼくは明日の火曜日、免色さんに夕食に招待されています。そしてあなたもまたその席に招待
 されています。そのとき免色さんはミイラを招待するという表現を使いましたが、もちろん実質
 的にはあなたのことです。そのときにはまだあなたは騎士団長の形体をとっていなかったから」
 「かまわんよ、それは。もしミイラになろうと思えばすぐにでもなれる」
 「いや、そのままでいてください」と私はあわてて言った。「できればそのままの方がありかた
 い」

 「あたしは諸君と共に免色くんの家まで行く。あたしの姿は諸君には見えるが、免色くんの目に
 は見えない。だからミイラであっても騎士団長であっても、どちらでも関係はあらないようなも
 のだが、それでも諸君にひとつやってもらいたいことがある」

 「どんなことでしょう?」

 「諸君はこれから免色くんに電話をかけ、火曜日の夜の招待はまだ有効かどうかを確かめなくて
 はならない。またそのときに『当日私に同行するのはミイラではなくて、騎士団長ですが、それ
 でも差し支えありませんか?』とひとことことわっておかなくてはならない。前にも言うたよう
 に、あたしは招待されない場所には足を踏み入れることはできないようになっておる。相手に何
 らかのかたちで『はい、どうぞ』と招き入れてもらわなくてはならない。そのかわり一度招待し
 てもらえれば、そのあとはいつでも好きなときにそこに入っていくことができるようになる。こ
 の家の場合はそこにある鈴が招待状のかわりを務めてくれた」

 「わかりました」と礼は言った。何はともあれ、とにかくミイラの姿になられるのだけは困る。
 「免色さんに電話をして、招待がまだ有効かどうかを確かめ、ゲストの名前をミイラから騎士団
 長に変更してもらいたいと言います」
 「そうしてもらえるとたいへんありかたい。なにしろ夕食会に招かれるなんて、思いも寄らんこ
 とだからな」
 「もうひとつ質問があります」と私は言った。「あなたはもともとは即身仏ではなかったのです
 か? つまり自ら地中に入って飲食を絶ち、念仏を唱えながら入定する僧侶だったのではなかっ
 たのですか? あの穴の中で命を落とし、ミイラになりながらも鈴を鳴らし続けていたのではな
 いのですか?」

 「ふうむ」と騎士団長は言った。そして小さく首をひねった。「そればかりはあたしにもわから
 んのだよ。ある時点であたしは純粋なイデアとなった。その前にあたしが何であったのか、どこ
 で何をしておったのか、そういう続的な記憶はまるであらない」

  騎士団長はしばらく黙って宙をにらんでいた。

 「いずれにせよ、そろそろあたしは消えなくてはならん」と騎士団長は静かな、少ししやがれた
 声で言った。「形体化の時間が今もって終わろうとしている。午前中はあたしのための時刻では
 あらない。暗闇があたしの友だ。真空があたしの息だ。だからそろそろ失礼させてもらうよ。で、
 免色くんへの電話のことはよろしく頼んだぜ」

  昼過ぎに免色に電話をかけてみた。考えてみれば、私が免色の家に電話をするのは初めてのこ
 とだった。常に電話をかけてくるのは免色の方だった。六度目のコールで彼が受話器をとった。

 「よかった」と彼は言った。「ちょうどそちらに電話をしようと思っていたところです。でもお
 仕事の邪魔をしたくなかったから、午後になるまで待っていたんです。午前中に主に仕事をなさ
 るとうかがっていたから」

  仕事は少し前に終わったところだ、と私は言った。

 「お仕事は進んでいますか?」と免色は言った。
 「ええ、新しい絵にかかっています。まだ描き始めたばかりですが」
 「それは素晴らしい。それは何よりだ。ところであなたの描いた私の肖像は、頬袋はしないまま、
 うちの書斎の壁にかけてあります。そこで絵の具を乾かしています。このままでもなかなか素晴
 らしいですが」
 「それで明日のことなんですが」と私は言った。
 「明日の夕方六時に、お宅の玄関に迎えの車をやります」と彼は言った。「帰りもその車でお送
 りします。私とあなたと二人だけですから、服装とか手土産とかそんなこともまったく気にしな
 いでください。手ぶらで気楽にお越しください」
 「それに関して、ひとつ確認しておきたいことがあるのですが」
 「どんなことでしょう?」

  私は言った。「免色さんはこのあいだ、その夕食の席にミイラが同席してもいいとおっしやい
 ましたよね?」
 「ええ、たしかにそう申し上げました。よく覚えています」
 「その招待はまだ生きているのでしょうか?」

  免色は少し考えてから、楽しそうに軽く笑った。「もちろんです。二言はありません。招待は
 まだちゃんと生きています」
 「事情があって、ミイラは行けそうにありませんが、かわりに騎士団長が行きたいと言っていま
 す。ご招待にあずかるのは騎士団長であってもかまいませんか?」
 「もちろん」と免色はためらいなく言った。「ドン・ジョバンニが騎士団長の彫像を夕食に招待
 したように、私は騎士団長を喜んで謹んで拙宅の夕食に招待いたします。ただし私はオペラのド
 ン・ジョバンニ氏とは違って、地獄に堕とされるような悪いことは何もしていません。というか、
 していないつもりです。まさか夕食のあとで、そのまま地獄に引っ張っていかれたりするような
 ことはないでしょうね?」

 「それはないと思います」と私は返事をしたが、正直なところそれはどの確信は持てなかった。
 次にいったい何か起こるのか、私にはもう予側かつかなくなっていた。
 「それならいいんです。私は今のところまだ、地獄に堕とされる準備ができてはいませんから」
 と免色は楽しそうに言った。彼は――当たり前のことだが――すべてを気の利いたジョークとし
 て受け取っているのだ。「ところでひとつうかがいたいのですが、オペラ『ドン・ジョバンニ』
 の騎士団長は死者として、この世の食事をとることはできませんでしたが、その騎士団長はいか
 がでしょう? 食事の用意をしておいた方がいいのでしょうか? それともやはり現世の食事は
 目にされないのかな?」

 「彼のために食事を用意する必要はありません。食べ物も酒もいっさい口にしませんから。ただ
 席を一人分用意していただくだけでかまいません」
 「あくまでスピリチュアルな存在なのですね?」
 「そういうことだと思います」。イデアとスピリットは少し成り立ちが違うような気がしたが、
 それ以上話を長くしたくなかったので、私はとくに異議を唱えなかった。

  免色は言った。「承知しました。騎士団長の席はひとつしっかりと確保しておきましょう。か
 の有名な騎士団長を拙宅の夕食に招待できるというのは、私にとっては望外の喜びです。ただ食
 事を召し上がれないのは残念ですね。おいしいワインも用意したのですが」

  私は免色に礼を言った。

 「それでは明日お目にかかりましょう」と免色は言って、電話を切った。
  その夜、鈴は鳴らされなかった。おそらく昼間の明るい時刻に形体化したせいで(そしてまた
 二つ以上の質問に答えたせいで)、騎士団長は疲労したのだろう。あるいは彼としてはもうそれ
 以上、私をスタジオに呼び出す必要を感じなかったのかもしれない。いずれにせよ、私は夢ひと
 つ見ずに深く朝まで眠った。

  翌日の朝、私かスタジオに入って絵を描いているあいたち、騎士団長は姿を見せなかった。だ
 から私は二時間ほどのあいだ何も考えず、ほとんどすべてを忘れて、キャンバスに意識を集中す
 ることができた。私がその日の最初にまずやったのは、絵の具を上から塗って下絵を消していく
 ことだった。ちょうどトーストにバターを厚く塗るみたいに。

  私はまず深い赤と、鋭いエッジを持つ縁と、鉛色を含んだ黒を使った。それらがその男の求め
 ている色だった。正しい色をつくり出すのにかなり時間がかかった。私はその作業をおこなって
 いるおいた、モーツァルトの『ドン・ジョバンニ』のレコードをかけた。音楽を聴いていると、
 今にも背後に騎士団長が現れそうな気がしたが、彼は現れなかった。

  その日(火曜日)は朝から、騎士団長は屋根裏のみみずくと同じように、深い沈黙を守り続け
 ていた。しかし私はとくにそのことを気にはかけなかった。生身の人間がイデアの心配をしたと
 ころで始まらない。イデアにはイデアのやり方がある。そして私には私の生活がある。私はおお
 むね、「白いスバル・フォレスターの男」の肖像を完成させることに意識を集中した。スタジオ
 に入っていてもいなくても、キャンバスを前にしていてもしていなくても、その絵のイメージは
 私の脳裏をいっときも離れなかった。

  ラジオの天気予報によれば、今日の夜遅く、関東東海地方はおそらく大雨になるということだ
 った。西の方から天気が徐々に確実に崩れていた。九州南部では豪雨のために川が溢れ、低い土
 地に住む人々は避難を余儀なくされていた。高い土地に住む人々は山崩れの危険を通告されてい
 た。

  大雨の夜の夕食会か、と私は思った。

  それから私は雑木林の中にある暗い穴のことを思った。免色と私が重い石の塚をどかせて、日
 の下に暴いてしまったあの奇妙な石室のことを。自分がその真っ暗な穴の底に一人で座って、木
 材の蓋を打つ雨の音を聞いているところを想像した。私はその穴に閉じ込められ、抜け出すこと
 ができずにいるのだ。梯子は持ち去られ、重い蓋が頭上をぴたりと閉ざしていた。そして世界中
 の人々は、私かそこに取り残されていることをすっかり忘れてしまっているようだった。あるい
 は人々は、もう私はとっくに死んでしまったと考えているのかもしれない。でも私はまだ生きて
 いる。孤独ではあるけれど、まだ息はしている。私の耳に届くのは降りしきる雨の音だけだ。光
 はとこにも見えない。一筋の光も差し込んでは来ない。背中をもたせかけた石壁は冷ややかに湿
 っていた。時刻は真夜中だ。やがて無数の虫たちが這い出てくるかもしれない。

  そんな光景を頭の中に思い浮かべていると、だんだんうまく呼吸ができなくなってきた。私は
 テラスに出て手すりにもたれ、新鮮な空気を鼻からゆっくり吸い込み、口からゆっくり吐いた。
 いつものように回数を数えながら、それを規則正しく繰り返した。しばらく続けていると、なん
 とか通常の呼吸ができるようになった。夕暮れの空は重い鉛色の雲に覆われていた。雨が近づい
 ているのだ。
  谷間の向こうには免色の白い屋敷がほんのりと浮かび上がって見えた。夜にはあそこで夕食を
 とることになるのだ、と私は思った。免色と私と、かの有名な騎士団長の三人で食卓を囲かのだ。
 ほんとうの血だぜ、と騎士団長が私の耳元で囁いた。

   23.みんなほんとにこの世界にいるんだよ

  私が十三歳で妹が十歳の夏休み、私たちは二人だけで山梨に旅行した。母方の叔父が山梨の大
 学の研究所に勤めていて、彼のところに遊びに行ったのだ。それは子供たちだけで行く初めての
 旅行だった。その頃、妹の身体の具合は比較的順調だったので、両親は私たちが二人だけで旅行
 することを許してくれた。

  叔父はまだ若く独身で(今でもまだ独身だ)、当時三十歳になったばかりだったと思う。彼は
 遺伝子の研究をしており(今でもしている)、無口で、いくぶん浮き世離れしたところはあるが、
 裏のないさっぱりした性格の人物だった。熱心な読書家で、森羅万象いろんなことを実によく知
 っていた。山を歩くのが何より好きで、だから山梨の大学に職を見つけたのだということだった。

  私たちは二人とも、その叔父のことをけっこう気に入っていた。

  妹と私はリュックを担いで新宿駅から松本行きの急行列車に乗り、甲府で降りた。叔父が甲府
 駅まで迎えに来てくれていた。叔父は飛び抜けて背が高かったので、混み合った駅の中でもすぐ
 にその姿を見つけることができた。叔父は友人と共同で甲府市内に小さな一軒家を借りていたの
 だが、同居者はそのとき海外に出かけていたので、私たちは自分たちだけの部屋を与えられた。
  私たちはその家に一週間滞在した。そして毎日のように叔父と一緒に近隣の山を歩き回った。
 叔父は私たちにいろんな花や虫の名前を教えてくれた。それは私たちにとって一夏の素敵な思い
 出となって残った。




奇妙な場面が続き、作者の意図とを読み切れず、樹海で迷う時間を非連続的に塗り重ねる夜が続く。
はやる心を抑えできるだけ?丁寧に丁寧に頭のハイク&トレッキングだ。

                                     この項つづく

 

 

アリスの国と繋がる隧道

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                鄭の荘公とその母武姜(ぶきよう) / 鄭の荘公小覇の時代


                                                

      ※ 鄭は、弟を処断してお家馳勣を解決(前節)した荘公ではあったが、そ
        の原因をつくった母の処置には困りはてる。

      ※ 荘公は母の武装を城潁(じょうえい)というところに幽閉し、誓いとし
        て言いわたした。

        「黄泉へ行かぬかぎり、絶対にお目にかかりません」

        しかしその後、自分の言いすぎを後悔していた。
        潁考叔(えいこうしゅく)は頴谷の国境守備の役人であった。この話を
        聞くと、献上物を持って荘公のもとに推参した。荘公はこれに馳走をと
        らせた。ところが考叔が肉を残したので、荘公がわけを聞いた。すると
        考叔は答えた。

        「わたくしの母は健在です。いつもわたくしの差しだすすまずい物ばか
        り食べていまして、まだこのように結構なものを食べたことがございま
        せん。どうかこれを頂いて帰り母に食べさせたいと存じます」
        「なるほど、お前には母がいるから、これを持って帰って食べさせると
        いうのか。しかし、わたしには母がないからなあ」
        「恐れ入りますが、それはどういう意味でございますか」

        潁考叔に問かれて、荘公はわけを話して聞かせ、そして後悔している旨
        を告げた。すると潁考叔は言った。

        「それならご心配には及びません。泉の出るところまで地を掘り下げ、
        地下道を作って、そこでご対面なさったならば、誰も誓いをお破りにな
        ったとは申しますまい」

         荘公はその言葉のとおりにした。荘公が地下道にはいって歌った。

        「大きな穴の中その楽しみはのんびりと」

         母の武姜は地下道から出てきて歌った。

        「大きな穴の外/その楽しみはゆったりと」

         ついにまたもとの母子仲となった。
         当時の識者がこのことを評していった。

        「潁考叔は孝行一途の人物である。その母への愛情は、荘公にまで感化
        を及ぼした。詩(大胆・既酔)に、

         とことわに孝子はつきず/つぎつぎに友呼びつどう

        とあるのは、こういうことをいったものではなかろうか」

 No. 12

 【RE100倶楽部:蓄電池電篇】

● 圧縮空気電池の克服課題とは

  NEDOと早稲田大学、エネルギー総合工学研究所らは、天候の影響を受けやすい風力発電の出力
調整用に、圧縮空気エネルギー貯蔵システムを完成し、先月20日から実証試験を開始。 圧縮空
気利用ステムは珍しく、大規模なものは世界的にも数例し かない。将来、再生可能エネルギーが増
えて行くと、発電施設の立地や規模、出力特性などに合わせた様々なエネルギー貯蔵技術が必要に
なる可能性がある。

● 電池より安全でクリーン

現状、エネルギー貯蔵システムの主力技術である2次電池のシステムには、コストが高い、寿命が
短い(劣化する)、廃棄物処理にコストがかかる、などの問題点がある。また可燃性の材料が使わ
れるので火災の危険性があり、十分な管理が必要である一方、圧縮空気システムは、高価な部品や危
険な材料は使われない。圧縮空気の利点を整理すると、低コストの可能性、長寿命、廃棄が楽、枯
れた技術で信頼性が高い、環境に優しい(下図ダブクリ参照)。 
 

 Apr. 29, 2017

この施設は、伊豆半島南端の三筋山山頂付近に建設された東京電力の東伊豆風力発電所に隣接する。
静岡県の伊豆稲取駅から4kmほど山中に入った所にある。天候に左右されやすい風力発電の出力を
、正確な気象予測(前日抑制)や周辺の発電設備の稼働状況を参照(15~30分前抑制)することで
細かく予測し、出力変動による電力系統への影響を最小にする技術研究を行う(「電力系統出力変
動対応技術研究開発事業」)。山あいを切り開いた約1500m2の敷地に、発電・充電ユニットと空気
タンクが立ち並んでいた。発電・充電ユニットは空気圧縮機/膨張機、蓄熱槽などからなり、出力は
1000kW(500kWが2基)であるが、容量はわずか500kWhしかなく、電気自動車(30kWh)の17台分に
すぎずエネルギー密度が低い。つまり、❶ライフサイクルコストと❷環境負荷コストの2つの説明
要因を詳細に考察していくこと喫緊の課題であることを意味する。

● 太陽光発電プロジェクトの入札が世界全体で増加

 Apr. 24, 2017



 【RE100倶楽部:水素製造篇】

● 最新アンモニア/水素転換技術

 

Apr. 29, 2017

先月29日、大分大学らの研究グループは、アンモニアをエネルギーキャリア利用法は、短時間で
起動でき、水素を高速で製造可能なアンモニア分解プロセスが求められていたが、アンモニアの触
媒への吸着熱を利用し、触媒層を内部から加熱し、室温から水素製造反応を起動させる新しい触媒
プロセスの開発に成功したことを公表。これにより、触媒表面の酸点と金属酸化物粒子表面へのア
ンモニア吸着が、反応起動のためのキーステップであることを明らかにする。この成果により、ア
ンモニアから水素を簡単に、瞬時に取り出すことが可能な新しい触媒プロセスが構築されている(
詳細は上図ダブクリック参照)。

     

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』       

   23.みんなほんとにこの世界にいるんだよ

  ある日、私たちは少し足を伸ばして富士の風穴を訪れた。富士山のまわりに数多くある風穴の
 うちのひとつで、まずまずの規模のものだった。叔父はその風穴がどのようにして出来上がった
 かを教えてくれた。洞窟は玄武岩でできているので、洞窟の中でもほとんどこだまが聞こえない
 こと。夏でも気温が上がらないので、昔の人々は冬のあいだに切り出した氷をその洞窟の中に保
 存しておいたこと。一般的に人が入り込める大きさを持つ穴を「ふうけつ」、入り込めないよう
 な小さな穴を「かざあな」と呼び分けていること。とにかくなんでもよく知っている人だった。

  その風穴は入場料を払って中に入れるようになっていた。叔父は入らなかった。前に何度か来
 たことがあるし、背の高い叔父には洞窟の天井が低すぎてすぐに腰が痛くなるから、ということ
 だった。とくに危ないところはないから、君たち二人だけで行くといい。ぼくは入り口のところ
 で本を読みながら待っているから、と叔父は言った。私たちは入り目で係員にそれぞれ懐中電灯
 を渡され、プラスチックの黄色いヘルメットをかぶらされた。穴の天井には電灯がついていたが、
 明かりは暗かった。奥に行くに従って天井が低くなっていった。長身の叔父が敬遠するのも無理
 はない。

  私と妹は懐中電灯で足もとを照らしながら、奥の方に進んでいった。夏の盛りなのに洞窟の中
 はひやりとしていた。外の気温は摂氏三十二度あったのに、中の気温は十度もなかった。叔父の
 アドバイスに従って、私たちは持参した厚手のウィンドブレーカーを着込んでいた。妹は私の手
 をしっかり握っていた。私に保護を求めているのか、あるいは逆に私を保護しようとしているの
 か、どちらかはわからなかったが(ただ離ればなれになりたくないと思っていただけかもしれな
 い)、洞窟の中にいる間ずっと、その小さな温かい手は私の手の中にあった。そのとき私たちの
 他に見物客は、中年の夫婦が一組いただけだった。でも彼らはすぐに出ていってしまって、私た
 ち二人だけが残された。

  妹は小径という名前だったが、家族はみんな彼女のことを「コミ」と呼んだ。友人たちは「み
 っち」とか「みっちやん」とか呼んでいた。「こみち」と正式に呼ぶものは、私の知る限りI人
 心いなかった。ほっそりとした小柄な少女だった。髪は黒くてまっすぐで、首筋の上できれいに
 カットされていた。顔の割りに目が大きく(それも黒目が大きく)、そのせいで彼女は小さな妖
 精のように見えた。その日は白いTシャツに淡い色合いのブルージーンズ、ピンク色のスニーカ
 ーという格好だった。

The Lobster Quadrille

  洞窟をしばらく進んだところで、妹は順路から少し離れたところに、小さな横穴を見つけた。
 それは岩陰に隠れるようにこっそり口を開けていた。彼女はその穴のたたずまいにとて心興味を
 惹かれたようだった。「ねえ、あれってアリスの穴みたいじやない?」と妹は私に言った。
  彼女はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』の熱狂的なファンだった。私は彼女のため
 に何度その本を読まされたかわからない。少なくとも百回くらいは読んでいるはずだ。もちろん
 彼女は小さな頃からしっかり字が読めたけれど、私に声を出してその本を読んでもらうのが好き
 だった。筋はもうすっかり覚え込んでいるはずなのに、その物語は読むごとにいつ心妹の気持ち
 をかきたてた。とくに彼女が好きなのは「イセエビ踊り」の部分だった。私は今でもそのページ
 をそっくり暗記している。

 「うさぎはいないようだけど」と私は言った。
 「ちょっとのぞいてみる」と彼女は言った。
 「気をつけて」と私は言った。

  それは本当に狭い小さな穴だったが(叔父の定義によれば「かざあな」に近い)、小柄な妹は
 そこに苦もなく潜り込むことができた。上半身が穴の中に入って、彼女の膝から下だけがそこか
 ら突き出していた。彼女は手に持った懐中電灯で穴の奥を照らしているようだった。それからゆ
 っくりあとずさりをして、穴から出てきた。

 「奥の方がずっと深くなっている」と妹は報告した。「下の方にぐっと下がっているの。アリス
 のうさぎの穴みたいに。奥の方をちょっと見てみたいな」
 「だめだよ、そんなの。危なすぎる」と私は言った。
 「大丈夫よ。私は小さいからうまく抜けられる」

  そう言うと彼女はウィンドブレーカーを説いで白いTシャツだけになり、ヘルメットと一緒に
 私に手渡し、私か抗議の言葉を口にする前に、懐中電灯を手にするすると器用に横穴の中に潜り
 込んでいった。そしてあっという間にその姿は見えなくなってしまった。
 長い時間が経ったが、妹は穴から出てこなかった。物音ひとつ聞こえなかった。

 「コミ」と私は穴に向かって呼びかけた。「コミ。大丈夫か?」

 しかし返事はなかった。私の声はこだますることもなく、間の中にまっすぐ呑み込まれていっ
 た。私はだんだん不安になってきた。妹は狭い穴の中にひっかかったまま、前にも後ろにも勤け
 なくなっているのかもしれない。あるいは穴の奥で何かの発作を起こして、気を失っているのか
 もしれない。もしそんなことになっていても、私には彼女を助け出すことができない。いろんな
 不幸な可能性が私の頭の中を行き来した。まわりの暗闇がじわじわと私を締め付けていった。

  もしこのまま妹が穴の中に消えてしまったら、二度とこの世界に戻ってこなかったら、私は両
 親に対してどのように言い訳すればいいのだろう? 入り口で待っている叔父を呼びに行くべき
 なのだろうか? それともこのままここに留まって、妹が出てくるのをただじっと待っているし
 かないのだろうか? 私は身をかがめて、その小さな穴を覗き込んだ。しかし懐中電灯の光は穴
 の奥にまでは届かなかった。とても小さな穴だったし、その中の暗さは圧倒的だった。

 「コミ」と私はもう一度呼びかけてみた。返事はない。「コミ」ともっと大きな声で呼んでみた。
 やはり返事はない。身体の芯まで凍りついてしまいそうな寒気を感じた。私はここで永遠に妹を
 失ってしまったのかもしれない。妹はアリスの穴の中に吸い込まれて、そのまま消えてしまった
 のかもしれない。偽ウミガメや、チェシャ猫や、トランプの女王のいる世界に。現実世界の論理
 がまるで通じないところに。私たちは何かあるうとこんなところに来るべきではなかったのだ。

  しかしやがて妹は戻ってきた。彼女はさっきのようにあとずさりするのではなく、頭から這い
 出てきた。まず黒髪が穴から現れ、それから肩と腕が出てきた。そして腰が引きずり出され、最
 後にピンク色のスニーカーが出てきた。彼女は何も言わず私の前に立ち、身体をまっすぐに伸ば
 し、ゆっくり大きく息をついてから、ブルージーンズについた土を手で払った。
  私の心臓はまだ大きな音を立てていた。私は手を伸ばして、妹の乱れた髪を直してやった。洞 
 窟の貧弱な照明の下ではよく見えないが、彼女の白いTシャツには土やら埃やら、いろんなもの
 がくっついているようだった。私はその上にウィンドブレーカーを着せかけてやった。そして預
 かっていた黄色いヘルメットを返した。

 「もう戻ってこないのかと思ったよ」と私は妹の体をさすりながら言った。
 「心配した?」
 「すごく」

  彼女はもう一度私の手をしっかり握った。そして興奮した声で言った。

 「がんばって細い穴をくぐって抜けちやうとね、その奥は急に低くなって、降りていくと小さな
 部屋みたいになっているの。それで、その部屋はなにしろボールみたいにまん丸の形をしている
 のよ。天井も丸くて、壁も丸くて、床も丸いの。そしてそこはとてもとても静かな場所で、こん
 な静かな場所は世界中探したって他にないだろうと思っちゃうくらいなんだ。まるで深い深い海
 の底の、そのまた奥まった窪みにいるみたいだった。懐中電灯を消すと真っ暗なんだけど、怖く
 はないし、淋しくもない。そしてその部屋はね、私一人だけが入れてもらえる特別な場所なの。
 そこは私のためのお部屋なの。誰もそこにはやってこれない。お兄ちゃんにも入れない」

 「ぼくは大きすぎるから」

  妹はこっくりと肯いた。「そう。この穴に入るには、お兄ちゃんは大きくなりすぎている。そ
 れでね、その場所でいちばんすごいのは、そこがこれ以上暗くはなれないというくらい真っ暗だ
 っていうことなの。灯りを消すと、暗闇が手でそのまま掴めちゃえそうなくらい真っ暗なの。そ
 してその暗闇の中に丁人でいるとね、自分の身体がだんだんほどけて、消えてなくなっていくみ
 たいな感じがするわけ。だけど真っ暗だから、自分ではそれが見えない。身体がまだあるのか、
 もうないのか、それもわからない。でもね、たとえぜんぶ身体が消えちゃったとしても、私はち
 ゃんとそこに残ってるわけ。チェシヤ描が消えても、笑いが残るみたいに。それってすごく変で
 しょ? でもそこにいるとね、そういうのがぜんぜん変に思えないんだ。いつまでもそこにいた
 かったんだけど、お兄ちゃんが心配すると思ったから出てきた」

 「もう出よう」と私は言った。妹は興奮してそのままいつまでもしゃべり続けていそうだったし、
 どこかでそれを止めなくてはならない。「ここにいると、うまく呼吸ができないみたいだ」
 「大丈夫?」と妹は心配そうに尋ねた。
 「大丈夫だよ。ただもう外に出たいだけ」

 私たちは手を繋いだまま、出口に向かった。

 「ねえ、お兄ちゃん」と妹は歩きながら、小さな声で――他の誰かに聞こえないように(実際に
 は他に誰もいなかったのだが)――私に言った。「知ってる? アリスって本当にいるんだよ。
 嘘じゃなくて、実際に。三月うさぎも、せいうちも、チェシャ猫も、トランプの兵隊たちも、み
 んなほんとにこの世界にいるんだよ」
 「そうかもしれない」と私は言った。

  そして私たちは風穴から出て、現実の明るい世界昆戻った。薄い雲のかかった午後だったが、
 それでも太陽の光がひどく眩しかったことを覚えている。蝉の声が激しいスコールのようにあた
 りを圧していた。叔父は入り口近くのベンチに座って、一人で熱心に本を読んでいた。私たちの
 姿を見ると、彼はにっこり微笑んで立ち上がった。

  その二年後に妹は死んでしまった。そして小さな棺に入れられて、焼かれた。そのとき私は十
 五歳で、妹は十二歳になっていた。彼女が焼かれているあいだ、私は他のみんなから離れて一人
 で火葬場の中庭のベンチに座り、その風穴での出来事を思い出していた。小さな横穴の前で妹が
 出てくるのをじっと待っていた時間の重さと、そのとき私を包んでいた暗闇の濃さと、身体の芯
 に感じていた寒気を。穴の口からまず彼女の黒髪の頭が現れ、それからゆっくりと肩が出てきた
 ことを。彼女の白いTシャツについていたいろんなわけのわからないもののことを。

  妹は二年後に病院の医師によって正式に死亡を宣告される前に、あの風穴の奥で既に命を奪わ
 れてしまっていたのではないだろうか――そのとき私はそう思った。というか、ほとんどそう確
 信した。穴の奥で失われ、既にこの世を離れてしまった彼女を、私は生きているものと勘違いし
 たまま電車に乗せ、東京に連れて帰ってきたのだ。しっかりと手を繋いで。そしてそれからの二
 年間を兄と妹として共に過ごした。しかしそれは結局のところ、拶い猶予期間のようなものに過
 ぎなかった。その二年後に、死はおそらくあの横穴から這い出して、妹の魂を引き取りにきたの
 だ。貸したままになっていたものを、定められた返済期限がやって来て、持ち主が取り返しに来
 るみたいに。

  いずれにせよ、あの風穴の中で、妹が小さな声でまるで打ち明けるように私に言ったことは真
 実だったんだ、と私はこうして三十六識になった私は――今あらためて思った。この世界には本
 当にアリスは存在するのだ。三月うさぎも、せいうちも、チェシャ描も実際に実在する。そして
 もちろん騎士団長だって。

 Alice's Adventures in Wonderland (1972)

  天気予報は外れて、結局大雨にはならなかった。見えるか見えないかというくらいの細かい雨
 が五時過ぎから降り出し、そのまま翌朝まで降り続けただけだ。午後六時ちょうどに、黒塗りの
 大型セダンがしずしずと坂道を上がってきた。それは私に霊柩車を思い出させたが、もちろん霊
 柩車なんかじゃなく、免色がよこした送迎リムジンだった。車種は日産インフィニティたった。
 黒い制服を着て帽子をかぶった運転手がそこから降りて、雨傘を片手にやってきて、うちの玄関
 のベルを鳴らした。私がドアを開けると帽子を取り、それから私の名前を確認した。私は家を出
 て、車に乗り込んだ。傘は断った。傘をさすほどの降りではない。運転手が私のために後部席の
 ドアを開け、ドアを閉めてくれた。ドアは重厚な音を立てて閉まった(免色のジャガーのドアが
 立てる音とは少し響きが違う)。私は黒い丸首の薄いセーターの上に、グレーのヘリンボーンの
 上着を着て、濃いグレーのウールのズボンに黒いスエードの靴を履いていた。それが私の所有し
 ている中ではいちばんフォーマルに近い服装だった。少なくとも絵の具はついていない。

  迎えの車が来て騎士団長は姿を見せなかった。声も聞こえなかった。だから、彼がその日に
 免色に招待されていることをちゃんと覚えているのかどうか、私には確かめようもなかった。で
 もきっと覚えているはずだ。あれほど楽しみにしていたのだから、忘れるはずはないだろう。
 しかし心配する必要はまったくなかった。車が出発してしばらくしてふと気がついたとき、騎
 士団長は涼しい顔をして私の隣のシートに腰掛けていた。いつもの白い装束に(クリーニングか
 ら返ってきたばかりのようにしみひとつない)、いつもの宝玉つきの長剣を帯びて。身長もやは
 りいつもどおりの六十センチほどだ。インフィニティの黒い革のシートの上にいると、彼の装束
 の白さと清潔さがひときわ日たった。彼は腕組みをして前方をまっすぐ睨んでいた。

 「あたしにけっして話しかけないように」と騎士団長は釘を刺すように私に語りかけた。「あた
 しの姿は諸君には見えるが、ほかの誰にも見えない。あたしの声は諸君には聞こえるが、ほかの
 誰にも聞こえない。見えないものに話しかけたりすると、諸君がとことん変に思われよう。わか
 ったかね? わかったら一度だけ小さく肯いて」
  私はコ伎だけ小さく肯いた。騎士団長もそれにこたえて小さく肯き、そのあとは腕組みをした
 きりひとことも目をきかなかった。
 あたりはもう真っ暗になっていた。カラスたちもとっくに山のねぐらに引き上げていた。イン
 フィニティはゆっくりと坂道を降りて谷間の進を進み、それから急な上り坂にかかった。それは
 どの距離ではないのだが(なにしろ狭い谷間の向かい側に行くだけだから)、道路は比較的狭く、
 おまけに曲がりくねっていた。大型セダンの運転手が幸福な気持ちになれるような種類の道路で
 はない。四輪駆動の軍用車が似合いそうな道だ。しかし運転手は顔色ひとつ変えずにクールにハ
 ンドルを操作し、車は無事に免色の屋敷の前に到進した。

  屋敷は白い商い壁にまわりを囲まれ、正面にいかにも頑丈そうな扉がついていた。濃い茶色に
 塗られた、大きな両開きの本の扉だ。まるで黒輝明の映画に出てくる中世の城門みたいに見える。
 矢が数本刺さっていると似合いそうだ。内部は外からはまったくうかがえない。門の脇には番地
 を書かれた札がついていたが、表札はかかっていなかった。たぶん表札を出す必要もないのだろ
 う。ここまでわざわざ山を上ってやってくる人なら、これが免色の屋敷であることくらいみんな
 最初から承知しているはずだ。門の周辺は水銀灯で明々と照らされていた。運転手は車を降りて
 ベルを押し、インターフォンで中にいる人と短く話をした。それから運転席に戻って、遠隔装置
 で扉が開けられるのを待った。門の両側には可動式の監視カメラが二台設置されていた。

  両開きの扉がゆっくり内側に開くと運転手は中に車を入れ、そこから曲がりくねった邸内道路
 をしばらく道んだ。道はなだらかな下り坂になっていた。背後で扉が閉まる音が聞こえた。もう
 もとの世界には戻れないぞ、と言わんばかりに重々しい音を立てて。道路の両側には松の木が並
 んでいた。手入れの行き届いた松だ。枝がまるで盆栽のように美しく整理され、病気にかからな
 いように丁寧に処置が施されている。道路の両側にはツツジの端正な生け垣が続いていた。ツツ
 ジの奥には山吹の姿も見えた。椿がまとめて楠えられた部分もあった。家屋は新しいが、樹木は
 みんな古くからあるもののようだった。それらすべてが庭園灯できれいに照らし出されていた。


                                      この項つづく

 

誰でもヒーロー&ヒロイン

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             周王からの祭祀料   /  鄭の荘公小覇の時代


                                                                                                               

      ※ 秋七月、周王のもとから大宰の晅(けん)を勅使としてわが魯国に遣わ
        し、先君の恵公と仲氏とに祭祀料を下賜(かし)されたものの、それは
        あまりにも時日が延引したし、その上、仲氏がまだ亡くなってもいなか
        ったのであるから、礼にそむいたことであった。だから『春秋経』では
        勅使の字をいわずに、名を直言したのである。そもそも礼の常として、
        天子が崩ずれば七月目に葬り、諸侯がことごとく会葬する。諸侯が薨(
        こう)ずれば五月目に葬り、同盟の諸侯が会葬する。大夫が卒(しゅっ)
        すれば三月目に葬り、列国の同格の大夫が会葬する。士が卒すればその
        翌月に葬り、他国の姻戚が会葬する。しかるに死者に祭祀料を贈って葬
        る前にとどかず、喪主を弔問するのに、哀しみの深い時をすごしてしま
        い、まだ死にもしない人に祭祀料を贈ったのだ。これは礼にかなわぬこ
        とであった。
      
      ※ いかにも折目正しさを要求する古代中国独特の形式主我が、よく示され
        ている。

 

 No. 13

 May 4, 2017

● ドイツの再生エネルギー革命 85%を記録

先月30日、DW(Deutsche Welle:ドイツの波)社は、石炭火力発電所は午後3時から午後4時の間に、
最大出力約50ギガワットをはるかに下回る8ギガワット未満の出力量を記録、風力、太陽光、バイ
オマス、水力の再生可能エネルギーの発電量は85%(56.2ギガワット)は最大出力量を記録し
たことを発表。ドイツは福島災害の後、22年までに原子力発電を廃止し、すべての原子力発電所を
停止を表明しているが、この日、原子力発電所は7.9から5ギガワットまでに低下を実現している。
尚、計画では50年までに少なくとも80%の再生可能エネルギーでまかない、25年には35~4
0%、35年には55~60%の中間目標設定。

 Apr. 5, 2017

●  飛騨高山に「木質バイオガス」発電所が完成、FIT利用初

5月1日、木質バイオマス発電所「飛騨高山しぶきの湯バイオマス発電所」が完成したと発表した。
4月28日に竣工式を行ったことを公表。固定価格買取制度(FIT制度)を利用した木質バイオガス
発電所は国内初。発電設備には、独Burkhardt社製の小型高効率木質ペレットガス化コージェネレーシ
ョン(熱電併給)システムを採用した。定格出力は165kW(最大出力181.5kW)。年間発電量は約126
万kWh、うち送電量は約120万kWhを見込む。これは一般家庭約368世帯分の年間消費電力に相当。発
電した電力はFIT制度を利用し、中部電力へ全量売電。また、発電の際に生じた熱を温浴施設「宇津
江四十八滝温泉しぶきの湯 遊湯館」に供給し、オンサイト型のコージェネシステムを構築する。同
システムの発電効率は30%で、熱利用も含めると総合熱効率は最大で75%に達する。遊湯館へ熱
を供給・販売することで、ボイラーで使用する灯油を年間約124kl削減。高山市は市内の92%を森林
が占め、数年前から森林資源の活用を進めてきた。同事業は、市からの事業支援と県の補助事業を活
用したもの。発電事業者は飛騨高山グリーンヒート合同会社(岐阜県高山市)、木質ペレットの供給
は木質燃料(高山市)。高山市近隣から集めた地元材を活用することで、継続的に雇用を創出。



● 深海の熱水噴出域は天然の発電所

5月9日、海洋研究開発らの研究グループは、沖縄トラフの深海熱水噴出域において電気化学計測と
鉱物試料の採取を行い、持ち帰った鉱物試料について実験室で分析し、深海熱水噴出域の海底面で自
然の発電現象を突き止めことを公表。海底熱水噴出孔は金属イオンと電子を放出しやすい硫化水素や
水素、メタンなどのガスを大量に含む熱水が放出さ。熱水が周囲の海水により急激に冷やされ、硫化
鉱物が沈殿し、海底に鉱床を形成。13年9月に海底熱水鉱床の硫化鉱物が高い導電性を持つことや
電極利用できること、熱水と海水を用いて人工的発電が可能なことを発表している。これにより海底
熱水噴出孔が“天然燃料電池”機能することを突き止める。このことで周辺のエネルギー、物質循環
に影響を与える。特に微生物生態系などに影響を及ぼし、海底に電気エネルギーを利用する微生物生
態系の存在の可能性がある。


 

 

     

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』       

   23.みんなほんとにこの世界にいるんだよ

   道路はアスファルト敷きの円形の車寄せになって終わっていた。運転手はそこに車を停めると、
 素遠く運転席から降りて、私のために後部席のドアを開けてくれた。隣を見ると騎士団長の姿は
 消えていた。しかし私はとくに驚かなかったし、気にもしなかった。彼には彼なりの行動様式か
 おるのだ。
  インフィニティのテールランプが礼儀正しく、しずしずと夕闇の中に去っていって、あとには
 私ひとりが残された。今こうして正面から目にしている家屋は、私か予想していたよりずっとこ
 ぢんまりとして控えめに見えた。谷の向かい側から眺めていると、それはずいぶん威圧的で派手
 はでしい建築物に見えたのだが。たぶん見る角度によって印象が追ってくるのだろう。門の部分
 が山の一番高いところにあり、それから斜面を下るように、土地の傾斜角度をうまく利用して家
 が建てられていた。

  玄関の前には神社の狛犬のような古い石像が、左右対になって据えられていた。台座もついて
 いる。あるいは本物の狛犬をどこかから運んできたのかもしれない。玄関の前にもツツジの植え
 込みがあった。きっと五月には、このあたりは鮮やかな色合いのツツジの花でいっぱいになるの
 だろう。
  私がゆっくり歩いて玄関に近づいていくと、内側からドアが開き、免色本人が顔をのぞかせた。
 免色は白いボタンダウン・シャツの上に溢い緑色のカムアィガンを着て、クリーム色のチノパン
 ツをはいていた。真っ白な豊かな髪はいつものようにきれいに槐かれ、自然に整えられていた。
 自宅で私を出迎える免色を目にするのは、どことなく不思議な気持ちのするものだった。私がこ
 れまで目にしてきた免色は、いつもジャガーのエンジン音を響かせてうちを訪れていたから。

  彼は私を家の中に招き入れ、玄関のドアを閉めた。玄関部分はほぼ正方形で広く、天井が高か
 った。スカッシュのコートくらいは作れそうだ。壁付きの間接照明が部屋の中をほどよく照らし
 出し、中央に置かれた寄せ本細工の広い八角形のテーブルの上には、明朝のものとおぼしき巨大
 な花瓶が置かれ、新鮮な生花が勢いよく溢れかえっていた。三つの色合いの大輪の花(私は植物
 には詳しくないので、その名前はわからない)が組み合わされていた。たぶん今夜のためにわざ
 わざ用意されたのだろう。彼が今回花屋に支払った代金だけでおそらく、つつましい大学生なら
 一ケ月は食いつないでいけるのではないかと私は想像した。少なくとも学生時代の私ならじゆう
 ぶん暮らしていけたはずだ。玄関には窓はなかった。天井に明かり探りの天窓がついているだけ
 だ。床はよく磨かれた大理石だった。

  玄関から幅の広い階段を三段下りたところに居間があった。サッカーグラウンドまでは無理だ
 が、テニスコートなら作れそうなくらいの広さがあった。東南に向けた面はすべてティントされ
 たガラスになっており、その外にやはり広々としたテラスがあった。暗かったから、海が見える
 かどうかまではわからなかったが、たぶん見えるはずだ。反対側の壁にはオープン型の暖炉があ
 った。まだそれほど寒い季節ではなかったから、火は入っていなかったが、いつでも入れられる
 ように薪はきれいに脇に積んであった。誰が積んだのかは知らないが、ほとんど芸術的と言って
 もいいくらいの上品な積みあげられ方だった。暖炉の上にはマントルピースがあり、マイセンの
 古いフィギュアがいくつか並んでいた。



  居間の床も大理石だったが、数多くの絨毯が組み合わせて敷かれていた。どれも古いペルシヤ
 絨毯で、その精妙な柄と色合いは実用品というよりはむしろ美術工芸品のように見えた。踏みつ
 けるのに気が引けるくらいだ。丈の低いテーブルがいくつかあり、あちこちに花瓶が置かれてい
 た。すべての花瓶にやはり新鮮な花が盛られていた。どの花瓶も貴重なアンティークのように見
 えた。とても趣味がよい。そしてとても全がかかっている。大きな地震が来なければいいのだが、
 と私は思った。

  天井は高く、照明は控えめだった。壁の上品な間接照明と、いくつかのフロア・スタンドと、
 テーブルの上の読書灯、それだけだ。部屋の奥には黒々としたグランド・ピアノが置かれていた。
 スタインウェイのコンサート用グランド・ピアノがそれほど大きくは見えない部屋を目にしたの
 は、私にとって初めてのことだった。ピアノの上にはメトロノームと共に楽譜がいくつか置かれ
 ていた。免色が弾くのかもしれない。それともときどきマウリツィオ・ポリーニを夕食に招待す
 るのかもしれない。
  しかし全休としてみれば、居間のデコレーションはかなり控えめに抑えられており、それが私
 をほっとさせた。余計なものはほとんど見当たらない。それでいてがらんともしていない。広さ
 のわりに意外に居心地の良さそうな部屋だった。そこにはある種の温かみがある、と言ってしま
 っていいかもしれない。壁には小さな趣味の良い絵が半ダースばかり、控えめに並べられていた。
 そのうちのひとつは本物のレジエのように見えたが、あるいは私の思い違いかもしれない。



  免色は茶色い革張りの大きなソファに私を座らせた。彼もその向かいの椅子に座った。ソファ
 と揃いの安楽椅子だ。とても座り心地の良いソファだった。硬くもなく、柔らかくもない。座る
 人間の身体を――それがどのような人間であれ――そのまま自然に受け入れるようにできている
 ソファだ。しかしもちろん考えてみれば(あるいはいちいち考えるまでもなく)、免色が座り心
 地のよくないソファを自宅の居間に置いたりするわけがない。
  我々がそこに腰を下ろすと、それを待っていたようにどこからともなく男が姿を見せた。驚く
 ほどハンサムな若い男だった。それほど背が高くはないが、ほっそりとして、身のこなしが優雅
 だった。皮膚はむらなく浅黒く、艶のある髪をポニーテイルにして後ろでまとめていた。丈の長
 いサーフパンツをはいて、海岸でショート・ボードを抱えていると似合いそうだったが、今日の
 彼は白い清潔なシャツに黒いボウタイを結んでいた。そして口もとに心地の良い笑みを浮かべて
 いた。



 「何かカクテルでも召し上がりますか?」と彼は私に尋ねた。
 「なんでも好きなものをおっしやって下さい」と免色が言った。
 「バラライカを」と私は数秒考えてから言った。とくにバラライカを飲みたかったわけではない
 が、本当になんでも作れるかどうか試してみたかったのだ。

 「私も同じものを」と免色は言った。

  若い男は心地良い笑みを浮かべたまま、音を立てずに下がった。
  私はソファの隣に目をやったが、そこには騎士団長の姿はなかった。しかしこの家の中のどこ
 かにきっと騎士団長はいるはずだ。なにしろ家の前まで車に同乗して、一緒にやってきたのだか
 ら。

 「何か?」と免色が私に尋ねた。私の目の動きを追っていたのだろう。
 「いえ、なんでもありません」と私は言った。「ずいぶん立派なお宅なので、見とれていただけ
 です」
 「しかし、いささか派手すぎる家だと思いませんか?」と免色は言って、笑みを浮かべた。
 「いや、予想していたより遠かに穏やかなお宅です」と私は正直に意見を述べた。「遠くから見
 ていると、率直に申し上げてかな旦豪勢に見えます。豪華客船が海に浮かんでいるみたいに。し
 かし実際に中に入ると不思議なくらい落ち着いて感じられます。印象ががらりと遠います」

  免色はそれを聞いて肯いた。「そう言っていただけると何よりですが、そのためにはずいぶん
 手を入れなくてはなりませんでした。事情があって、この家を出来合いで買ったのですが、手に
 入れたときはなにしろ派手な家でした。けばけばしいと言って いいくらいだった。さる量販店
 のオーナーが建てたのですが、成金趣味の極みというか、とにかく私の趣味にはまったく合わな
 かった。だから購人したあとで大改装をすることになりました。そしてそれには少なからぬ時間
 と手間と費用がかかりました」
  免色はそのときのことを思い出すように、目を伏せて深いため息をついた。よほど趣味が合わ
 なかったのだろう。

 「それなら、最初からご自分で家を建てた方が、ずっと安上がりだったんじやないですか?」と
 私は尋ねてみた。
  免色は笑った。何の間から僅かに白い歯が見えた。「実にそのとおりです。その方がよほど気
 が利いています。しかし私の方にもいろいろと事情がありました。この家でなくてはならない事
 情が」

  私はその話の続きを待った。しかし続きはなかった。

 「今夜、騎士団長はごI緒じやなかったんですか?」と免色は私に尋ねた。
  私は言った。「たぶんあとがらやって来ると思います。家の前まではI緒だったんですが、ど
 こかに急に消えてしまいました。たぶんお宅の中をあちこち見物しているのではないかと思いま
 す。かまいませんか?」
  免色は両手を広げた。「ええ、もちろん。もちろん私はちっともかまいません。どこでも好き
 なだけ見て回ってもらって下さい」

  さっきの若い男が銀色のトレイにカクテルを二つ載せて運んできた。カクテル・グラスはとて
 も精妙にカットされたクリスタルだった。たぶんバカラだ。それがフロア・スタンドの明かりを
 受けてきらりと光った。それからカットされた何種類かのチーズとカシューナッツを盛った古伊
 万里の皿がその隣に置かれた。頭文字のついた小さなリネンのナプキンと、銀のナイフとフォー
 クのセットも用意されていた。ずいぶん念が入っている。
  免色と私はカクテル・グラスを手に取り、乾杯した。彼は肖像画の完成を枇し、私は礼を言っ
 た。そしてグラスの縁にそっと口をつけた。ウオッカとコアントローとレモン・ジュースを三分
 の一ずつ使って人はバラライカを作る。成り立ちはシンプルだが、極北のごとくきりっと冷えて
 いないとうまくないカクテルだ。腕の良くない人が作ると、ゆるく水っぽくなる。しかしそのバ
 ラライカは驚くばかりに上手につくられていた。その鋭利さはほとんど完璧に近かった。

 「おいしいカクテルだ」と私は感心して言った。
 「彼は腕がいいんです」と免色はあっさりと言った。

  もちろんだ、と私は思った。考えるまでもなく、免色が腕の悪いバーテンダーを雇うわけがな
 い。コアントローを用意していないわけがないし、アンティークのクリスタルのカクテル・ゲラ
 スと、古伊万里の皿を揃えていないわけがないのだ。
  我々はカクテルを飲み、ナッツを嘔りながらあれこれ話をした。主に私の絵の話をした。彼は
 私に現在制作している作品のことを尋ね、私はその説明をした。過去に遠くの町で出会った、名
 前も素性も知らない万人の男の肖像を描いているのだと私は言った。

 「肖像?」と免色は意外そうに言った。
 「肖像といっても、いわゆる営業用のものではありません。ぼくが自由に想像を巡らせた、いね
 ば抽象的な肖像画です。でもとにかく肖像が絵のモチーフになっています。土台になっていると
 言っていいかもしれませんが」
 「私を描いた肖像画のときのように?」
 「そのとおりです。ただし今回は誰からも依頼を受けていません。ぼくが自発的に描いている作
 品です」 

  免色はそれについてしばらく考えを巡らせていた。そして言った。「つまり、私の肖像画を描
 いたことが、あなたの創作活動に何かしらのインスピレーションを与えたということになるでし
 ょうか?」
 「たぶんそういうことなのでしょう。まだようやく点火しかけているというレベルに過ぎません
 が」

  免色はカクテルをまた一口音もなくすすった。彼の目の奥には満足に似た輝きのようなものが
 うかがえた。

 「それは私にとってなによりも喜ばしいことです。何かしらあなたのお役に立てたかもしれない
 ということが。もしよるしければ、その新しい絵が完成したら見せていただけますか?」
 「もし納得のいくものが描けたら、もちろん喜んで」

  私は部屋の隅に置かれたグランド・ピアノに目をやった。「免色さんはピアノを弾かれるので
 すか? ずいぶん立派なピアノみたいですが」
  免色は軽く肯いた。「うまくはありませんが少しは弾きます。子供の頃、先生についてピアノ
 を習っていました。小学校に入ってから、卒業するまで五年か六年か。それから勉強が忙しくな
 ったもので、やめました。やめなければよかったのですが、私もピアノの練習にいささか疲れ果
 てていたもので。ですから指はもう思うように動きませんが、楽譜はかなり自由に読めます。気
 分転換のために、ときおり私白身のために簡単な曲を弾きます。でも人に聴かせるようなものじ
 やありませんし、家の中に人がいるときには絶対に鍵盤に手は触れません」

  私は前からずっと気になっていた疑問を口にした。「免色さんは、これだけの家に一人でお住
 まいになって、広さを持てあましたりすることはないのですか?」

 「いいえ、そんなことはありません」と免色は即座に言った。「まったくありません。私はもと
 もと一人でいることが好きなんです。たとえば大脳皮質のことを考えてみてください。人類は素
 晴らしく精妙にできた高性能な大脳皮質を与えられています。でも我々が実際に日常的に用いて
 いる領域は、その全体の十八-セントにも達していないはずです。我々はそのような素晴らしく
 高い性能を持った器官を天から与えられたというのに、残念なことに、それを十全に用いるだけ
 の能力をいまだ獲得していないのです。たとえて言うならそれは、豪華で壮大な屋敷に住みなが
 ら、四畳半の部屋一つだけを使って四人家族がつつましく暮らしているようなものです。あとの
 部屋はすべて使われないまま放置されています。それに比べれば、私が一人でこの家に暮らして
 いることなど、さして不自然なことでもないでしょう」

 「そういわれればそうかもしれません」と私は認めた。なかなか興味深い比較だ。

  免色はしばらく手の中でカシューナッツを転がしていた。そして言った。「しかし一見無駄に
 見えるその高性能の大脳皮質がなければ、我々が抽象的思考をすることもなかったでしょうし、
 形而上的な領域に足を踏み入れることもなかったでしょう。ただの一部しか使えなくても、大脳
 皮質にはそれだけのことができるのです。その残りの領域をそっくり使えたら、いったいどれは
 どのことができるのでしょう。興味を惹かれませんか」
 「しかしその高性能の大脳皮質を獲得するのと引き替えに、つまり豪壮な邸宅を手に入れる代償
 として、人類は様々な基礎能力を放棄しないわけにはいかなかった。そうですね?」
 「そのとおりです」と免色は言った。「抽象的思考、形而上的論考なんてものができなくても、
 人類は二本足で立って視棒を効果的に使うだけで、この地球上での生存レースにじゆうぷん勝利
 を収められたはずです。日常的にはなくても差し支えない能力ですから。そしてそのオーバー・
 クオリティーの大脳皮質を獲得する代償として、我々は他の様々な身体能力を放棄することを余
 儀なくされました。たとえば大は人間より数千倍鋭い嗅覚と数十倍鋭い聴覚を具えています。し
 かし私たちには複雑な仮説を積み重ねることができます。コズモスとミクロ・コズモスとを比較
 対照し、ファン・ゴッホやモーツァルトを鑑賞することができます。プルーストを読み――もち
 ろん読みたければですが  古伊万里やペルシヤ絨毯を蒐集することもできます。それは大には
 できないことです」
 「マルセル・プルーストは、その大にも劣る嗅覚を有効に用いて長大な小説をひとつ書き上げま
 した」

  免色は笑った。「おっしやるとおりです。ただ私が言っているのは、あくまで一般論として、
 という話です」
 「つまりイデアを自律的なものとして取り扱えるかどうかということですね?」
 「そのとおりです」

  そのとおりだ、と騎士団長が私の耳元でこっそり囁いた。でも騎士団長のさきほどの忠告に従
 って、私はあたりを見回したりはしなかった。


  それから彼は書斎へと私を案内した。居間を出たところに広い階段があり、それを下の階に降
 りた。どうやらその階が居室部分になっているようだった。廊下に沿っていくつかのベッドルー
 ムがあり(いくつあるのかは数えなかったが、あるいはそのうちのひとつが私のガールフレンド
 の言う鍵のかかった「青髭公の秘密の部屋」なのかもしれない)、突き当たりに書斎があった。
 とくに広い部屋ではないが、もちろん狭苦しくはなく、そこには「程よいスペース」ともいうべ
 きものがっくりあげられていた。書斎には窓が少なく、一方の壁の天井近くに明かり探りの細長
 い窓が横並びについているだけだった。そして窓から見えるのは松の枝と、枝の間から見える空
 だけだ(この部屋には陽光と風景はとくに必要とされないようだ)。そのぶん壁が広くとられて
 いた。一面の壁は、床から天井近くまですべてが作り付けの書架になっており、その一部はCD
 を並べるための棚になっていた。書架には隙間なくいろんなサイズの木が並んでいた。高いとこ
 ろにある木を取るために、木製の踏み台も置かれていた。どの本にも実際に手に取られた形跡が
 見えた。それが熱心な読書室の実用的なコレクションであることは誰の目にも明らかだった。装
 飾を目的とした書棚ではない。

  大きな執務用のデスクが壁を背中にしてあり、コンピュータがその上に二台並んでいた。据え
 置き型が一台、ノートブック型が一台。ペンや鉛筆を差したマグカップがいくつかあり、書類が
 きれいに積み重ねられていた。高価そうな美しいオーディオ装置が一方の壁に並び、その反対測
 の壁には、ちょうど机と向き合うようなかたちで、一対の縦に細長いスピーカーが並んでいた。
 背丈は私のそれとだいたい同じ(百七十三センチだ)、箱は上品なマホガニーでつくられていた。
 部屋の真ん中あたりには、木を読んだり音楽を聴いたりするための、モダンなデザインの読需用
 の椅子が置かれていた。その隣にはステンレス製の読需用のフロア・スタンドがあった。おそら
 く免色は一目の多くの部分をこの部屋で、∵Λで過ごすのだろうと、私は推測した。 

  私の描いた免色の肖像画はスピーカーの間の壁に掛けられていた。ちょうど二つのスピーカー
 の真ん中の、だいたい目の高さの位置に。まだ額装されていない剥き出しのままのキャンバスだ
 ったが、それはずっと以前からそこにかけられていたみたいに、きわめて自然にその場所に収ま
 っていた。もともとかなり勢いよく、ほとんど一気呵成に描かれた結だったが、その奔放さはこ
 の書斎にあっては不思議なくらい精妙に程よく抑制されているように感じられた。この場所の独
 特の空気が、絵の持っている前のめりの勢いを居心地良く鎖めていた。そしてその画像の中には
 やはり紛れもなく免色の顔が潜んでいた。というか私の目には、まるで免色そのものがそこに入
 り込んでしまったようにさえ見えた。

  それはもちろん私が描いた結だ。しかしいったん私の手を離れて免色の所有するものとなり、
 彼の書斎の壁に飾られると、それはもう私には手の及ばないものに変貌してしまったようだった。
 それは今ではもう免色の絵であり、私の結ではなかった。そこにある何かを確認しようとしても、
 その結は滑らかなすばしこい魚のように、するすると私の両手をすり抜けていってしまう。まる
 でかつては私のものであったのに、今では他の誰かのものになってしまった女性のように……。

 「どうです、この部屋に実にぴたりと合っていると思いませんか?」

  もちろん免色は肖像画のことを言っているのだ。私は黙って肯いた。
  免色は言った。「いろんな部屋のいろんな壁を、ひとつひとつ試してみました。そして結局、
 この部屋のこの場所に飾るのがいちばん良いとわかったんです。スペースの空き具合や、光の当
 たり方や、全体的なたたずまいがちょうどいい。とりわけあの読需用の椅子に座って結を眺める
 のが、私はいちばん好きですが」

 「試してみてかまいませんか」と、私はその読需用の椅子を指さして言った。
 「もちんです。自由に座ってみて下さい」

  私はその革張りの椅子に腰を下ろし、緩やかなカーブを描く背もたれにもたれ、オットマンに
 両脚を載せた。胸の上で両手を組んだ。そしてあらためてその絵をじっくり眺めた。たしかに免
 色が言ったようにそこは、その絵を鑑賞するための理想的なスポットだった。その椅子(文句の
 つけようもなく座り心地の良い椅子だった)の上から見ると、正面の壁に掛けられた私の絵は、
 私自身にも意外に思えるほどの静かな、落ち着いた説得力を持っていた。それは私のスタジオに
 あったときとはほとんど違った作品に見えた。それは――どう言えばいいのだろう――この場所
 にやってきて新たな、本来の生命を獲得したようにさえ見えた。そしてそれと同時に、その絵は
 作者である私のそれ以上の近接をきっぱり拒否しているようにも見えた。

  免色がリモート・コントロールを使って、程よい小さな音で音楽を洗した。聞き覚えのあるシ
 ューベルトの弦楽四重奏曲だった。作品D八〇四。そのスピーカーから出てくるのはクリアで粒
 立ちの良い、洗練された上品な音だった。雨田典彦の家のスピーカーから出てくる素朴で飾りの
 ない音に比べると、違う音楽のようにさえ思える。
  ふと気がつくと、部屋の中に騎士団長がいた。彼は書架の前の踏み台に腰を下ろし、腕組みを
 して私の絵を見つめていた。私が目をやると、騎士団長は首を小さく振り、こちらを見るんじや
 ないという合図を送ってよこした。私は再び絵に視線を民した。

 「どうもありがとうございました」私は椅子から起ち上がり免色にそう言った。「掛けられてい
 る場所も言うことはありません」

  免色はにこやかに首を振った。「いや、お礼を言わなくてはならないのはこちらの方です。こ
 の場所に落ち着いたことで、ますますこの絵が気に入ってしまいました。この絵を見ていると、
 何と言えばいいんだろう、まるで特殊な鏡の前に立っているような気がしてきます。その中には
 私がいる。しかしそれは私自身ではない。私とは少し違った私白身です。じっと眺めていると、
 次第に不思議な気持ちになってきます」

                                     この項つづく

  

 

● スマホ連動のお掃除ロボット「Dyson 360 eye」

英Dyson社が15年末に発売したスマートフォン連動のお掃除ロボット「Dyson 360 eye」。外観の特
徴はシルバーの筐体とベルト駆動。他社のお掃除ロボットが車輪を用いているのに対して、360 eyeは
ベルト駆動式転輪を用い、段差を容易に乗り越える。筐体は一般的なお掃除ロボットより二回り小さ
い23センチメートル径。狭いエリアに入り込んみ掃除ができ、他社のロボット掃除機の4倍の吸引
力という圧倒的な能力を誇る。スマホから操作ができるだけでなく、本体掃除機のソフトウエア・ア
ップデートも自動でできるという利点も持つ。最大の特徴は、本体上部に備え付けられたカメラによ
る360度ビジョンシステム――1秒間に30枚の写真を撮影し、位置情報、マッピング処理が行われ、
パノラマビューが内部で構成される。さらに壁、段差などの室内の形状を計算し、効率よい掃除が行
なえる。ウエルカム!ガラパゴス日本へ。あんたは偉い!

 



✪ 

昨季は新人ながら遊撃のレギュラーに定着。チームトップの打率.278、11盗塁を記録するなど、
プロとして上々のスタートを切る。中心選手の期待を受ける今季も、走攻守に安定感のあるプレーで
ナインを盛り立てる大活躍をみせている。超人的な頑張り屋の茂木選手、171センチ75キロ、名
前もサイズも、そしてそのマスクも、いかにも渋い存在の外見だが、立派に“怪物”と評される。こ
れからの活躍は?そんなことはどうでも良い。自分が納得できるような頑張りを続けている限り、何
所でも、誰でもヒーロー&ヒロイン、後は運次第、その意味において「存在は無なり」「人生は短し」
である。とわたし(たち)は考えている。

今朝、軽トラに乗って、佐々木浩さんが訪問。金沢の「白えびせんべい」も置いて帰える(少し、庭
木の剪定方法をご教授頂く)。曰く、頭が真っ白だねと、まるで村上春樹の小説に出てくる「免色」
のようにかて?、そりゃ、頭を使い過ぎて白くなったと、言い過ぎように応じる。夕方、せいべいの
お礼を電話を入れ、今度こられたら、将棋でも指して帰って下さいとお願いする。

ハンフォード核廃棄物施設緊急事態

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             鄭、衛の不和   /   鄭の荘公小覇の時代


                                                                                                              

      ※  秋八月、紀国の人が夷の国を伐った。しかし、夷の国からわが魯にその
        報告がなかった。だから『春秋経』には記録されていないのである。
         また、稲虫が発生したが、災害を及ぼすには至らなかったので、このこ
        とも記録されていない。恵公在位の晩年に、魯国は宋国の軍隊を黄(宋の
        邑)で敗った。隠公は即位すると、宋に対して和睦を求めた。『春秋経』
        に「九月、宋人と宿に盟った」とあるのは、このようにして国交をひらい
        たことをいっている。 

         冬十月の庚申の目、恵公を改葬した。隠公はその葬式に参列しなかった
        ので、記録していない。恵公が亡くなったとき、魯は宋と戦っており、ま
        た太子は幼かった。このように葬礼にいくつか欠ける条件があったので改
        葬したのである。衛侯も魯に来て会葬に参列したが、隠公に会わなかった
        ので、そのことも『春秋経』に記されていない。

         鄭国における共叔段の乱で、共叔の子の公孫滑(こうそうんかつ)は衛
        の国に出奔した。衛は滑の後押しをして鄭を伐ち、廩延(りんえん)の地
        を占領した。鄭は周王の兵と虢(かく)国の兵をひきいて衛国の南方の地
        を攻めるとともに、邾国に援兵を要語した。邾の国君(儀父)は魯から出
        兵させようと、ひそかに魯の大夫である公子予にたのんだ。予は隠公に許
        しを求めた。しかし隠公は許さなかった。予はあくまで我を通して、つい
        に手兵をひきいて出て行った。そして邾・鄭と翼(邾の地)で盟を結んだ。
        『春秋経』にその事件を記していないのは、隠公の兪によったのではなか
        ったからである。
         新しく幽門を作ったが、『春秋経』に記していないのは、やはり隠公の
        命によったのではないからである。

         十二月、祭の国君(伯爵)が魯国を訪問した。しかし周王の命によるも
        のではなかった。衆父(魯の公子益師の字)が亡くなったとき、隠公は小
        斂の式に立ち会わなかった。だから『春秋経』には「公子益師卒す」とあ
        るのみで、日を記さなかった。

      ※ 鄭のお家騒動は解決したものの、抹殺された段の子が衛に亡命したことか
        ら両国は不和となった。これが次の事件(隠公二年の条)への伏線となる。
        〈小斂〉 死者の遺骸に衣を着せるのを小斂といい、棺に入れるのを大斂
        という。
 

  May 9, 2017

● ハンフォード核廃棄物施設でトンネルが崩壊

9日火曜日の朝、1989年以来、ハンフォードの9基の原子炉の浄化作業が進められている施設で、
放射性汚染物質貯蔵用トンネルの20フィート長の部分が崩壊し、何百人もの現地労働者が避難す
る事態が発生したとワシントンポストが報じた(Gillian Brockell/The Washington Post )。これによ
り、米国エネルギー省は、放射性物質と機器を保管するために使用されたトンネルの洞窟の後に、
ワシントンのハンフォード核廃棄物貯蔵場所で緊急事態宣言を発した。 規模な複合施設の200東エ
リアでは、約3000人の労働者が被害を受けたと地元メディアが報じている。その避難勧告対象は、
ロードアイランドの約半分のサイト全体に及ぶ。また、KING-TVによると、プルトニウム - ウラン
抽出工場(PUREX)付近のトンネルの一部が近くの道路工事により発生した振動で崩落した可能性
が高いとが報じている。また、ワシントン州生態学部のランディ・ブラッドベリー広報担当者は、AP通信に対
し、崩壊時に負傷した労働者はなく、放射線は検出されていないと述べている。  

Emergency declared at US Hanford nuclear waste site after tunnel collapse — RT America, Published time: 9
May, 2017 16:34

 

 No. 14

 May 8, 2017

【RE100倶楽部:サンフランシスコ・ベイエリア高速鉄道公社】

BART(Bay Area Rapid Transit:サンフランシスコ・ベイエリア高速鉄道公社)は、輸送機関が再生可能エ
ネルギー源からさらに多くの電力を直接購入し積極的な導入指針を採用。将来のエネルギー購入を
導く新しい卸売電力リスク分散政策を承認したことを公表。ほとんどの交通機関は、地域のプロバ
イダーから電力購入する必要があり、15年に承認されたカルフォルニア州法により、BARTは 電
源選択が自由度が大きくなる。この地区は独自の電力リスク分散の構築を行ってきたが、引き続き
PG&Eから配送サービスを受ける。BARTの現在のリスク分散上は、PG&Eの典型的な大口顧客と比
較し、二酸化炭素排出量において78%もクリーンだが、太陽光発電、風力発電、小型水力発電所
などの再生可能エネルギー源より多くの電力を得ることに意欲的であり、しかもBARTのコストは、
大規模なPG&Eの顧客と比較して18%も低くなる。BARTに以下のように新しい電力危機分散目
標を設定している。

2017年~2024年までの平均排出係数は100 lbs-CO2e / MWh以下であること 2025年までに少なくとも対象の再生可能エネルギー資源から50%、少なくとも低炭素源ゼ
ロから90%のであること 2035年までに炭素源ゼロから100% であること 2045年までに対象の再生可能エネルギー源から100%であること

これらの目標は、BARTが2030年までに現状の再生可能危機分散基準を50%超過する見込みであり。
この地区はまた、BARTが包括使役顧客として支払う予定の料金と比較して、長期的な経費優位性を
維持する見込みである。BARTの担当管理者(ホリー・ゴードン)は、再生可能エネルギー供給コス
トが近年大幅に低下し、他の供給源との既存料金に漸近していことから、積極的で現実的なクリー
ンエネルギー目標が設定できるチャンスであると話す。BARTは毎年約40万メガワット時間(MW
h)の電力を使用。 これはAlameda市の使用電力よりもわずかに多く、BARTは北カリフォルニアで
最大の電力顧客の1つとになる。同沿岸高速鉄道公社(BART)は、5月に再生可能電力供給業者と
調整に入る。

 Wikipedia

 

【RE100倶楽部:世界最大のオランダ海洋風力発電稼働】 

今月9日、オランダの関係者らは、世界最大のオフショア風力発電所の1つとして、150基のタービ
ンが北海で稼働委したことを公表。これにより、今後15年間、オランダ北部の海岸から約85キ
ロ(53マイル)離れたジェミニのウィンドパークは、約150万人のエネルギー需要をまかなう。
風力発電で約600メガワットの発電容量(785,000世帯分)、二酸化炭素排出量125万トン削減
するものあり、再生可能エネルギーの総供給量の約13%、風力発電の約25%を占める。また、
このプロジェクトは、カナダ独立再生可能エネルギー会社Northland Power、風力タービンメーカー
Siemens Wind Power、オランダの海洋請負業者Van Oord、廃棄物処理会社HVCの4企業体で、総額
28億ユーロ(30億ドル)が投資されている。

オランダの化石燃料はエネルギー依存の割合は約95%を占めるが(経済省の2016年報告)、オラ
ンダ政府は、2020年に風力や太陽光発電などの再生可能エネルギー源により14%、2023年には、
16%をカーボンニュートラル化する。

※ Shell-led consortium to build 700MW offshore Dutch wind farm、
   https://phys.org/news/2016-12-shell-led-consortium-700mw-offshore-dutch.html

  May 8, 2017

【RE100倶楽部:蓄電池市場は25年に4.7倍】

8日、富士経済は、電力貯蔵システム向け二次電池の世界市場調査結果を発表。それによると16年の住
宅用、非住宅用、系統用を合計した二次電池の世界市場は1649億円。今後は全ての分野で市場が拡
大し、25年の市場規模は2016年比で4.7倍の7792億円に拡大すると予測。池の種別として今後大
きく伸びるとするのは、リチウムイオン二次電池(LiB)。低価格製品を展開する韓国系や中国系メ
ーカの台頭で単価が大幅に下落、さまざまな用途での採用が増えている。従来は想定されていなか
った数十~数百MWh(メガワット時)や長時間出力用途での採用も増えると分析する。NAS電池やレ
ドックスフロー電池は現状、実証実験での採用が中心だが、今後は系統設備の安定化用途で6時間
以上の長周期用途はNAS電池、4時間程度の中長周期用途はレドックスフロー電池の採用が多くな
ると予測(詳細は、上グラフダブクリ参照)。

Apr. 27, 2017

【ネオコン倶楽部:原子一個の電気陰性度の測定に成功!】

東京大学の研究グループは、原子間力顕微鏡を用いて、固体表面上の原子一つひとつに対して
電気陰性度を測定することに成功する。同一の元素でも、周囲の化学環境(どの元素とどのよ
うに結合しているか)が異なる場合は、電気陰性度が変化することを実証。このことで、応用
上重要なさまざまな触媒表面や反応性分子の化学活性度を原子スケールで調べられる見通し。

 

上図のように、化学の重要な基本概念である電気陰性度をこの装置で原子スケール測定できる
ことを世界で初めて発見。測定対象として、酸素原子を(上図2b)酸素を吸着させたシリコン
表面で測定、対象原子のうち酸素原子上では大きな結合エネルギーが働き(図2c)。針の材質
はシリコン、針先端のシリコン原子と表面の酸素原子のあいだにシリコン-酸素間の極性共有
結合が形成(示唆)。同様の測定を表面のシリコン原子上で行うと、シリコン-シリコン間に
形成する共有結合エネルギーが見積もれる(上図2c)。このような二種類の結合エネルギーの
関係を系統的に調べた結果、これらのエネルギーの関係はポーリングの式により説明できるこ
とが分かる。さらに、ポーリングの式は原子間の電気陰性度差と結び付き、個々の原子の電気
陰性度の見積が可能であることも分かる。酸素だけでなく、ゲルマニウム、スズ、アルミニウ
ムの他の元素の電気陰性度も測定する(図3a)。

❶触媒研究に用いられる遷移金属(チタンや鉄など)のセラミックス(酸化物や窒化物など)
表面の各原子や、表面に吸着した単一有機分子の官能基の化学活性度、❷従来のAFMによる元
素識別法は主に第4族の元素に限られていたが、より多くの種類の元素を識別できる、❸触媒
表面や有機分子の化学活性度を評価し、AFM観察によって化学反応を追跡し、そして、反応に
よって生じた最終生成物の分子や原子を元素識別できることになるという。これは実に面白い
革命的な発見だ。

Electronegativity determination of individual surface atoms by atomic force microscopy, DOI:10.1038
/NCOMMS15155

 

 

 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』       

   23.みんなほんとにこの世界にいるんだよ

   免色がリモート・コントロールを使って、程よい小さな音で音楽を洗した。聞き覚えのあるシ
 ューベルトの弦楽四重奏曲だった。作品D八〇四。そのスピーカーから出てくるのはクリアで粒
 立ちの良い、洗練された上品な音だった。雨田典彦の家のスピーカーから出てくる素朴で飾りの
 ない音に比べると、違う音楽のようにさえ思える。

  ふと気がつくと、部屋の中に騎士団長がいた。彼は書架の前の踏み台に腰を下ろし、腕組みを
 して私の絵を見つめていた。私が目をやると、騎士団長は首を小さく振り、こちらを見るんじや
 ないという合図を送ってよこした。私は再び絵に視線を戻した。 

 「どうもありがとうございました」私は椅子から起ち上がり免色にそう言った。「掛けられてい
 る場所も言うことはありません」 

  免色はにこやかに首を振った。「いや、お礼を言わなくてはならないのはこちらの方です。こ
 の場所に落ち着いたことで、ますますこの絵が気に入ってしまいました。この絵を見ていると、
 何と言えばいいんだろう、まるで特殊な鏡の前に立っているような気がしてきます。その中には
 私がいる。しかしそれは私自身ではない。私とは少し違った私自身です。じっと眺めていると、
 次第に不思議な気持ちになってきます」 

  免色はシューベルトの音楽を聴きながら、またひとしきり胆石のうちにその絵を眺めていた。
 騎士団長もやはり踏み台に腰掛けたまま、免色と同じように眼を細めてその絵を見ていた。まる
 で真似をしてからかっているみたいに(おそらくそんな意図はないのだろうが)。
  免色はそれから壁の時計に目をやった。「食堂に移りましょう。そろそろ夕食の用意が整って
 いるはずです。騎士団長が見えているといいのですが」

  私は書架の前の踏み台に目をやった。騎士団長の姿はもうそこにはなかった。 

 「騎士団長はたぶんもうここに来ていると思います」と私は言った。
 「それはよかった」と免色は安心したように言った。そしてリモート・コントロールを使ってシ
 ューベルトの音楽を止めた。「もちろん彼の席もちやんと用意してあります。夕食を召し上がっ
 ていただけないのはかえすがえすも残念ですが」 

  その下の階(玄関を一階とすれば、地下二階に相当する)は貯蔵庫と、ランドリー設備と、運
 効用のジムに使われていると免色は説明してくれた。ジムにはトレーニングのための各種マシン
 が揃っている。運動をしながら音楽が聴けるようになっている。週に一度、専門のインストラク
 夕ーがやってきて、筋肉トレーニングの指導をしてくれる。それから往み込みのメイドのための
 ステュディオ式の居室もある。そこには簡易キッチンと小さなバスルームがついているが、現在
 のところ誰も使っていない。その外には小さなプールもあったのだが、実用には適さないし手入
 れも面倒なので、埋めて温室にしてしまった。でもそのうちに二レーン二十五メートルのラップ
 プールを新たに作ることになるかもしれない。もしそうなったら是非泳ぎに来てください。それ
 は素晴らしいと私は言った。

  それから我々は食堂に移った。   

  Giuseppe Verdi, Ernani (2000, Madrid)

    24.純粋な第一次情報を収集しているだけ

  食堂は書斎と同じ階にあった。キッチンがその奥にある。横に長いかたちをした部屋で、やは
 り横に長い大きなテーブルが部屋の真ん中に置かれていた。厚さ十センチはある樫村でできてい
 て、十人くらいはコ皮に食事ができる。ロビン・フッドの家来たちが宴会をしたら似合いそうな、
 いかにも頑丈なテーブルだ。しかし今、そこに腰を下ろしているのは陽気な無法者たちではなく、
 私と免色の二人きりだった。騎士団長のための席が設けられていたが、彼の姿はそこにはなかっ
 た。そこにはマットと銀器と空のグラスが置かれていたが、あくまでしるしだけのことだった。
 それが彼のための席であることが儀礼的に示されているだけだ。

  壁の長い一面は居間と同様、すべてガラス張りになっていた。そこからは谷の向こうの山肌が
 見渡せた。私の家から免色の家が見えるのと同じように、免色の家からも当然私の家が見えるは
 ずだ。しかし私の住んでいる家は免色の屋敷ほど大きくはないし、目立たない色合いの木造住宅
 だから、暗い中ではそれがどこにあるのか判別できなかった。山にはそれほど多くの家は建って
 いなかったが、まばらに点在するそれらの家々には、ひとつひとつ確かな明かりが灯っていた。
 夕食の時刻なのだ。人々はおそらく家族と共に食卓について、これから温かい食事を目にしよう
 としている。そのようなささやかな温もりを、それらの光の中に感じとることができた。

  一方、谷間のこちら側では、免色と私と騎士団長がその大きなテーブルに着いて、あまり家庭
 的とは言いがたい一風変わった夕食会を始めようとしていた。外では雨がまだ細かく静かに降り
 続けていた。しかし風はほとんどなく、いかにもひっそりとした秋の夜だった。窓の外を眺めな
 がら、私はまたあの穴のことを考えた。祠の裏手の孤独な石室のことだ。こうしている今もあの
 穴は暗く冷たくそこにあるに違いない。その風景の記憶は私の胸の奥に特殊な冷ややかさを違ん
 できた。

 「このテーブルは、私がイタリアを旅行しているときに見つけて、買い求めたものです」と免色
 は、私がテーブルを裏めたあとで言った。そこには自慢するような響きはなかった。ただ淡々と
 事実を述べているだけだ。「ルッカという町の家其屋で見つけて買い求め、船便で送らせました。
 なにしろひどく重いものなので、ここに運び込かのが一仕事でした」
 「よく外国に行かれるのですか?」

  彼は少しだけ唇を歪めた。そしてすぐに元に戻した。「昔はよく行ったものです。半分は仕事
 で半分は遊びです。最近はあまり行く機会がありません。仕事の内容を少しばかり変えたもので
 すから。それに加えて私自身、あまり外に出て行くことを好まなくなったということもあります。
 ほとんどここにいます」

  彼はここがどこであるかをより明らかにするために、手で家の中を示した。そのあと変化した
 仕事の内容についての言及があるのかと思ったが、話はそこで終わった。彼は自分の仕事につい
 ては相変わらずあまり多くを語りたくないようだった。もちろん私もそれについてとくに質問は
 しなかった。

 「最初によく冷えたシャンパンを飲みたいと思いますが、いかがですか? それでかまいません
 か?」

  もちろんかまわないと私は言った。すべておまかせする。
  免色が小さく合図をすると、ポニーテイルの青年がやってきて、細長いグラスにしっかりと冷
 えたシャンパンを注いでくれた。心地よい泡がグラスの中に細かく立ち上った。グラスは上質な
 紙でできたみたいに軽く薄かった。私たちはテーブルを挟んで祝杯をあげた。免色はそのあと、
 無人の騎士団長の席に向かってグラスを恭しく上げた。

 「騎士団長、よくお越しくださいました」と彼は言った。

  もちろん騎士団長からの返事はなかった。
  免色はシャンパンを飲みながら、オづフの語をした。シチリアを訪れたときに、カターニアの
 歌劇場で観たヴェルディの『エルナーニ』がとても素晴らしかったこと。隣の客がみかんを食べ
 ながら、歌手の飲にあわせて歌っていたこと。そこでとてもおいしいシャンパンを飲んだこと。



  やがて騎士団長が食堂に姿を見せた。ただし彼のために用意された席には着かなかった。背丈
 が低いせいで、席に座るとたぶん鼻のあたりまでテーブルに隠れてしまうからだろう。彼は免色
 の斜め背後にある飾り棚のようなところにちょこんと腰を下ろしていた。床から一メートル半ほ
 どの高さにいて、奇妙な形の黒い靴を履いた両脚を軽く揺すっていた。私は免色にはわからない
 ように、彼に向かって軽くグラスを上げた。騎士団長はそれに対してもちろん知らん顔をしてい
 た。

  それから料理が運ばれてきた。台所と食堂のあいだには配膳用の取り出し口がついていて、ボ
 ウタイをしめたポニーテイルの青年が、そこに出された皿をひとつひとつ我々のテーブルに運ん
 だ。オードブルは有機野菜と新鮮なイサキをあしらった美しい料理だった。それに合わせて白ワ
 インが開けられた。ポニーテイルの青年が、まるで特殊な地雷を扱う専門家のような注意深い手
 つきでワインのコルクを開けた。どこのどんなワインか説明はなかったが、もちろん完璧な味わ
 いの白ワインだった。言うまでもない。免色が完璧でない白ワインを用意するわけがないのだ。

  それからレンコンとイカと白いんげんをあしらったサラダが出てきた。ウミガメのスープが出
 てきた。魚料理はアンコウたった。

 「少し季節は早いのですが、珍しく漁港に立派なアンコウがあがったのだそうです」と免色は言
 った。たしかに素晴らしく新鮮なアンコウたった。しっかりとした食慾で、上品な甘みがあり、
 それでいて後味はさっぱりしていた。さっと蒸したあとに、タラゴンのソース(だと思う)がか
 けられていた。
  そのあとに厚い鹿肉のステーキが出された。特殊なソースについての言及があったが、専門用
 語が多すぎて覚えきれなかった。いずれにせよ素晴らしく香ばしいソースだった。
  ポニーテイルの青年が、私たちのグラスに赤ワインを注いでくれた。一時間ほど前にボトルを
 開け、デキャンターに移しておいたのだと免色は言った。

 「空気がうまく入って、ちょうど飲み頃になっているはずです」

  空気のことはよくわからないが、ずいぶん味わいの深いワインだった。最初に舌に触れたとき
 と、口の中にしっかり含んだときと、それを飲み下したときの味がすべてそれぞれに違う。まる
 で角度や光線によって美しさの傾向が微妙に違って見えるミステリアスな女性のように。そして
 後味が心地よく残る。

 「ボルドーです」と免色は言った。「能書きは省きます。ただのボルドーです」
 「しかしいったん能書きを並べ始めると、ずいぶん長くなりそうなワインですね」

  免色は笑みを浮かべた。目の脇に心地よく皺が寄った。「おっしゃるとおりです。能書きを並
 べ始めると、ずいぶん長くなりそうだ。でもワインの能書きを並べるのが、私はあまり好きじゃ
 ありません。何によらず効能書きみたいなものが苦手です。ただのおいしいワイン――それでい
 いじやないですか」

  もちろん私にも異存はなかった。

  私たちが飲んだり食べたりする様子を、騎士団長はずっと飾り棚の上から眺めていた。彼は終
 始身動きすることもなく、そこにある光景を細部まで克明に観察していたが、自分が目にしたも
 のについてとくに感想は持たないようだった。本人がいつか言ったとおり、彼はすべての物事を
 ただ眺めるだけなのだ。それについて何かを判断するわけではないし、好悪の情を持つわけでも
 ない。ただ純粋な第一次情報を収集しているだけなのだ。

  私とガールフレンドが午後のベッドの上で交わっているあいたち、彼はこのようにして私たち
 をじっと眺めていたのかもしれない。その光景を想像すると、なんとなく落ち着かない気持ちに
 なった。彼は人がセックスをしているところを見ても、それはラジオ体操や煙突掃除を眺めてい
 るのとまったく変わりないのだと私に言った。たしかにそのとおりかもしれない。しかし見られ
 ている方が落ち着かない気持ちになるのもまた事実だ。

  一時間半ほどをかけて、免色と私はようやくデザート(スフレ)とエスプレッソにまでたどり
 着いた。長い、しかし充実した道のりだった。そこでシェフが初めて調理場から出てきて、食卓
 に顔を見せた。白い調理用の衣服に身を包んだ、背の高い男だった。おそらく三十代半ば、頬か
 ら顎にかけてうっすら黒い祭をはやしていた。技は私に丁寧に挨拶をした。

 「素晴らしい料理でした」と私は言った。「こんなにおいしい料理を口にしたのは、ほとんど初
 めてです」
  それは私の正直な感想だった。これはどの凝った料理をつくる料理人が、小田原の漁港近くで
 人知れず小さなフレンチ・レストランを経営しているというのが、まだうまく信じられなかった。
 「ありがとうございます」と彼はにこやかに言った。「免色さんにはいつもとてもお世話になっ
 ているんです」
  そして一礼して台所に下がっていった。

 Sea turtle soup

奇妙な味の料理を口にするような小説だ。何か物足りない?料理で言えば洗練されているのだが、
「コク」が足りない気がする――途中で投げ出してしまうかもしれない――と思いながら読み進め
る。もう少し我慢してめいよう。

                                    この項つづく


     

 

クリスピーなアリア

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            隠公二年、戎族との盟  /   鄭の荘公小覇の時代


                                                                                                              


         ※ 【春秋経】 二年春、隠公は戎(じゅう)族と潜(魯の地)で会
           合した。夏五月、菖(きょ)国が向(きょう)国に攻め入った。
           また、魯の卿の無騃(ぶがい)が軍隊をひきいて極(きょく)国
           に攻め入った。秋八月庚辰の目、隠公は戎族と唐(魯の地)で盟
           を結んだ。九月、紀国の大夫裂襦(れつじゅ)が魯国の姫君を迎
           えに来た。冬十月、伯姫が紀国へ輿入れした。紀の子帛(しはく:
           裂襦の宇)と菖国の君が密(みつ:菖の邑)で盟を結んだ。十二
           月の乙卯(いつぽう)の日、魯の恵公夫人の子氏(しし)が亡く
           なった。鄭の人が衛を伐った。

        〈伯姫〉 伯は孟・伸・叔・季の孟と同じで、長女の意。姫は魯国の姓。
        〈子氏〉 子家から輿入れした夫人の意で、すなわち伸子を指す。


  
 
【世界の朝食:クリスピーなベトナム豆腐春巻き】

⌘ 材 料(4人分:春巻き5枚)

❶ 春巻き☑ジュリエンヌ・ニンジン、コショウ、キュウリ:1/2カップ /新鮮なコリアンダー:1
束/パセリまたはライスヌードル(より薄い方が良い):4オンス/春巻き:8~10枚/ 新鮮ミント
:1束
❷ アーモンドバターペースト調味料(ディプソース)☑クリーム状の塩漬けアーモンドバター:1/3
カップ/醤油:小さじ1/ブラウンシュガー:小さじ1、2/アガベ蜜:適量/新鮮なライムジュー
ス:小さじ1/チリガーリック調味料:小さじ1/2
❸ クリスピー豆腐 ☑水切り脱水豆腐:8オンス/ゴマ油:小さじ1×4/アーモンドバターディ
ップソース:小さじ2杯半/醤油:小さじ1/ブラウンシュガーまたはアガベ蜜小さじ1/トウモロ
コシ粉:小さじ3

⌘ 作り方(準備15分+調理15分)

❶まず、お湯を入れた茹で麺を約10分間準備し、排水して保管。❷一方、中火で大きなフライパンを
加熱し、加圧脱水した豆腐をサイコロ切りする  トウモロコシ粉小さじ3をごま油で、
すべての面をひっくり返して均一にこげめをつくまで、約5分間トーストし揚げ、フライパンから
取り出す。❸野菜準備し水を切る。すべてのソースを小さなミキシングボウルに加えて混ぜ合わせて
アーモンドバター調味料を準備し、お湯を加え粘りを調節。必要に応じてフレーバーでを調整(※チ
リガーリックとブラウンシュガーを適宜追加)。❹豆腐の味付け用に小さじ2杯半のソースを小さな
ボウルに入れ、醤油、ゴマ油、ブラウンシュガー(またはアガベ)の好みで追加、泡立てておく。❺
準備しておいた豆腐を中火でフライパンに加え、調味液(ソース)を加えてコート。数分間調理――
―すべてのソースが吸収されて豆腐が艶を帯びまで――攪拌する。準備された野菜と玄米ラーメンを
用意しておく。❻浅いフライパンに熱湯を注ぎ、初巻き浸して約10~15秒間柔らかくする。❼湿った
俎板や湿った布巾に移し、準備しておいた具材をおき、やさしく広げる。一握りの米麺とニンジン、
ピーマン、キュウリ、新鮮なハーブと2~3個の豆腐を上に加える。 静かに1回折り重ね、縁を挟み
込み、縫い目がシールされるまで絞り込む。❽春巻きの継ぎ目を下向きに置き、湿っぽく保温する布
巾で覆い、すべての具材を春巻きで巻きこれに繰り返す。❾最後にアーモンドバター調味液にチリソ
ース、岩塩などを加え好みのソースで頂く。春巻きのソースは酢醤油は定番だが、アーモンドバター
調味液と表面がぱりぱりとした堅めの豆腐を具材としたが特徴。忙しいひとには30分は少しきつい
かもしれないが、日本人のように、いやそれ以上に手先が器用なベトナムの人々のファーストフード
が世界の人々の口に合わないわけがない。世界的な食品が席巻すること間違いない。

  Apr. 28, 2017

【異常気象ウォチ倶楽部:今年後半に50~60%の確率でエルニーニョが発生】

世界気象機関(WMO)は、17年後半に50~60%の確率でエルニーニョが発生すると予報する。今
年年1月から現在までエルニーニ(南方振動:ENSO)の中立状態を保っていたが、2、3月には東部
熱帯太平洋で海面温度が平均より2℃以上高くなっている。多くの気候モデルによれば6月までは中
立状態が続くが、それ以降はエルニーニョ現象が発生する可能性がある。一方、ラニーニャ現象が起
きる可能性は非常に低いとみられる。この分析は、世界の主要な予報センターの情報に基づいた気候
モデルを専門家が評価したものである。ただし、今回の予報は5、6月より以前の早い時期に出されて
いるため、今後の予報に比べて確実性は下回る。エルニーニョ現象が地域的な気候に与える影響は、
エルニーニョ現象の強度や発生時期、その他の気候パターンとの相互作用によっても毎回変わってく
るという。ENSOの動向は注意深く監視が続けられており、世界各地の気候変動に関する詳細につい
て、今後、WMOの地域気候センターや各国の気象水文機関を通じて公表される。「世界環境リスク分
散機構 」の早期設立が待たれるところである。今でも遅くない。

 

 

 

 No. 15


May 11, 2017

【RE100倶楽部:71自治体が「100%エネルギー自給」を達成】

 

千葉大学倉阪研究室と環境エネルギー政策研究所(ISEP)は3月31、「永続地帯2016年版報告書」を
公表。永続地帯(sustainable zone)とは、「その区域で得られる再生可能エネルギーと食料によって、
その区域におけるエネルギーと食料の需要のすべてを賄える区域」と定義し、市町村や都道府県別に
調査・分析。固定価格買取制度(FIT)によって、メガソーラー(大規模太陽光発電所)が人口の少
ない農村地域にも建設され、稼働し始めたことから、エネルギー面の「永続地帯」が順調に増加して
いることが分かった。具体的に、エネルギーの「永続性」に関しては、「域内の民生・農林水産用エ
ネルギー需要を上回る量の再エネを生み出している市町村」を「100%エネルギー永続地帯」と定義。
この調査・分析は2011年度から統計を取っており、「100%エネルギー永続地帯」となった市町村は、
2011年度に50団体だったが、年々増加し、2015年度では71団体となるまた、「域内の民生・農林水産
用電力需要を上回る量の再エネ電力を生み出している市町村」を「100%電力永続地帯」と定義し、
それを達成した市町村は、2011年度の84団体から2015年度には111団体まで増える。

また、再エネ供給が域内の民生・農林水産用エネルギー需要の10%を超えている都道府県は、2011年
度に8団体だったが、2015年度には25団体まで増えた。エネルギー自給率でトップは大分県(32.2%
)で、以下、鹿児島県(24.9%)、秋田県(22.5%)、宮崎県(21.8%)、富山県(20.5%)となり
、太陽光の急増している九州の各県が上位に入る。

 

 

【ネオコン倶楽部:印刷プロセス技術の高度化を加速】

  Apr. 21, 2017

山形大学 有機エレクトロニクス研究センタの卓越研究教授の時任静士の研究グループは「有機エレ
クトロニクス」「プリンテッドエレクトロニクス」「フレキシブルエレクトロニクス」をキーワード
とし、材料創製からデバイス高性能化、製造プロセスまでの一体的な開発することで加速し、新しい
イノベーションを創出させようとしている。同研究室では、有機半導体材料を用いた電子デバイスの
開発や、印刷プロセスを使った電子デバイスの製造技術開発、およびそれらに関連した機能性材料の
研究開発を行っている(図2)。有機半導体は薄くて軽い、曲げられるなどの特徴を持っており、例
えばヘルスケアセンサーなどの新しい電子デバイスへの応用が期待されている。また、印刷技術は、
低温で大面積なシート基板に電子デバイスを作製できるため、産業的にも非常に重要な技術と位置付
けられている。

● 曲面に電子回路を形成、印刷プロセス新技術

現在では、プリンテッドエレクトロニクス(PE)は、次世代の革新的なものづくり技術であり、大き
なビジネスの創造が期待されている。プラスチックフィルム基板上に薄膜トランジスタを集積化した
スマートラベルやウエアラブルセンサーは、IoT、IoEやトリリオンセンサーユニバースなどと直結す
ることからも注目。また、有機ELディスプレーのビジネスと技術の動きが活発。これをビジネスの好
機と捉え、ものにするためには、世界の動きを知り、自らの強みと商機を正しく理解することが重要。

同研究室では、プリンテッドエレクトロニクス技術と相性の良い機能材料として有機半導体に注目し
有機半導体を用いた有機TFTは低温での作製が容易であることから、低コストプラスチック基板に適
用できる。有機TFTでの回路構築に必要となる材料として、基板表面の平坦性を高める平坦化材料や
層間絶縁材料、有機TFTの有機半導体、ソース・ドレインやゲート電極のための金属インク、ゲート
絶縁層の絶縁材料が挙げている。これらの材料は、塗布か印刷法で所定の形状に形成することになる。
各種印刷手法に適合した材料のインク化も重要な課題であり、また、印刷後の乾燥・焼成のプロセス
もそれら薄膜の特性に大きく影響する。汎用のプラスチック基板の耐熱性を考慮すれば、その処理温
度は150℃以下が望ましい。

インクジェット法は、印刷版が不要で、デジタルオンデマンドのプロセスのため理想的な印刷法だが、
その線幅は数10mμであり、10μm以下の実現は非常に困難る。印刷パターンは影響をうける。そこで、
インクジェット法と表面処理技術を組み合わせた手法で微細化を検討した。その結果、5μmレベル
の銀細線の形成に成功する。さらに、凸版反転印刷法の原理、装置外観および印刷パターンに影響を
与えるパラメーターの関係を、下図に示す。重要なファクターは、インク粘度fcと張力fb、fgである
。凸版反転印刷法による有機TFTのソースおよびドレイン電極パターンの作製結果から、サブミクロ
ンのチャネル形成が可能であることが分っている。従って、フォトリソグラフィーに匹敵する短チャ
ネル長のTFTを作製できるのである

 

【先端技術お復習い倶楽部:回生制御と48V化】

  

燃費・CO2排出規制の強化が予定される中、実用化が進み始めているのが自動車電源の48化。近年の
自動車電源の変革は、クルマの電動化に伴い、モータ出力(kW)の増大と高電圧化の方向にある。例
えば、48Vマイルド・ハイブリッド・システムは、従来の12V電源を用いたマイルド・ハイブリッド・
システムと比べて、エンジンの駆動力をアシストするモータの出力を高められる上、モータ走行やエ
ネルギー回生の領域を拡大、高電圧化による電流値の抑制を通じて配線や補機類を小型化したりする
ことで燃費・CO2排出量の改善できる。直流(DC)48Vは、国際安全規格(DC60V)内に入り、車両
搭載や電源システム構築上優位となる。このベース技術は、既に20年程前から「MITコンソーシアム」
などを通じ蓄積、2001年の42Vマイルドハイブリッド車(マイルドHEV)につなる。その後、パワー
エレクトロニクスの進化〔リチウム(Li)イオン電池、モータ技術、炭化ケイ素/窒化ガリウム(SiC/
GaN)パワー半導体〕と環境規制の強化が続き、Liイオン電池を活用した48V化の実用化が始まる。ク
ルマの電動化で大きな節目は、トヨタ自動車の量産ハイブリッド車(HEV)「プリウス」〔ニッケル
(Ni)水素電池:288V〕の発売(1997年)。それ以来、クルマの電動化への動きが加速、車載電池の
進化とともに自動車電源システムの変革が進む。

 

【映画:ブレードランナー2049】

1982年に公開されたSF映画『ブレードランナー』の「30年後」を舞台にした続編『ブレードランナー
2049』の全貌が明らかになる(米国公開は10月6日、日本公開は10月27日)。最新トレイラーでは、
監督のドゥニ・ヴィルヌーヴが、自身のスタイルを発展させ、前作の世界の境界をはるかに超えたと
ころまで広げている(前作の監督だったリドリー・スコットは、今回は製作総指揮)。なおヴィルヌ
ーヴ監督の前作『Arriva』(日本では『メッセージ』で、5月19日に公開)はアカデミー賞8部門にノ
ミネートされ、話題を呼んだ[日本語版記事:「宇宙人の言葉」を読み解く、女性言語学者の物語─
─SF映画『Arrival』]。☈2019年を舞台にしていた前作の『ブレードランナー』では、視野が故意に
狭く設定されていた。つまり、われわれの見る世界は、雨が降り、空気の汚れたロサンゼルスの都会
の風景のなかに窮屈なほど閉じ込められていた。広がる眺望を目にしたのは、タイレル社の創業者で
あるエルドン・タイレル博士が住む光り輝く巨大なピラミッド型の本社ビルをエレヴェーターで上っ
ていくときだけだった。『ブレードランナー2049』のトレイラーでは、異なる世界が現れる。前作を
思い出させるような、ホログラフの女性たちがうごめく都会の風景や、宇宙を飲み込もうとしている
ような「ATARⅠ」のロゴも出てくるが、印象的な砂漠の場面もあり、深刻な気象変動を示唆してい
るという。☈ライアン・ゴズリングが演じるロス市警の捜査官「K」が、埋もれた木の枝に彫り込ま
れた日付の土をぬぐい取ったり、森(ホログラム?)の中で銃撃戦になったりする場面もある。☈さ
らに『ブレードランナー2049』では、前作で棚上げされた「奴隷状態のレプリカント」的問題を取り
上げている。ウォレス(ジャレッド・レト)は言う。「あらゆる文明は、使い捨ての労働者で成り立
つ」。彼が何者であるか明かされないが、奇妙な瞳を持ち、新しいレプリカントをつくっている。さ
らにウォレスは、それほど多くのレプリカントはつくれないと語るが、これは奴隷経済が崩壊しつつ
あるか、あるいは主要資源の枯渇のいずれかを暗示する。☈捜査官Kは、30年間失踪していた元ブレ
ードランナーのデッカード(ハリソン・フォード)を訪ねるが、その後に爆発が起きることを考える
と、デッカードを追跡する悪い連中を一緒に連れて来る。捜査官の目的は、「社会に残されたものを
混沌に導くかもしれない秘密」。その探求には、ウォレスがつくった、やけに感傷的なレプリカント
であるジョイ(アナ・デ・アルマス)の助けを借りる。デッカードがレプリカントなのかどうかとい
う謎解きもこの作品の魅力だろう。 

    

 読書録:村上春樹著  『騎士団長殺し 第Ⅰ部』       

   23.みんなほんとにこの世界にいるんだよ

  「騎士団長も満足されたでしょうか?」、シェフが下がったあとで免色が心配そうな顔で私にそ
 う尋ねた。その表情には演技的な要素は見当たらなかった。少なくとも私の目には、彼は本当に
 そのことを心配しているように見えた。
 「きっと満足しているはずですよ」と私も真顔で言った。「こんな素晴らしい料理を口にできな
 かったことはもちろん残念ですが、場の雰囲気だけでもじゆうぷん楽しめたはずです」
 「だといいのですが」

  もちろんずいぶん喜んでおるよ、と騎士団長が私の耳元で囁いた。


  免色は食後酒を勧めたが、私は断った。これ以上はもう何も入らない。彼はブランディーを飲
 んだ。

 「ひとつあなたにうかがいたいことがありました」と免色は大ぷりなグラスをゆっくり回しなが
 ら言った。「妙な質問なので、あるいはお気を悪くされるかもしれませんが」
 「どうぞなんでも質問してください。ご遠慮なく」

  彼はブランディーを軽く口に含み、昧わった。そしてグラスを静かにテーブルの上に置いた。

 「雑木林の中のあの穴のことです」と免色は言った。「あの石室に先日、私は一時間ばかり入っ
 ていました。懐中電灯も待たず、穴の底に一人きりで座っていました。そして穴には蓋がされ、
 石の重しが置かれました。そして私はあなたに『一時間後に戻ってきて、私をここから出してく
 ださい』とお願いしました。そうでしたね?」
 「そのとおりです」
 「どうしてそんなことを私がしたと思います?」

  わからないと私は正直に言った。

 「それが私にとって必要だったからです」と免色は言った。「うまく説明はできないのですが、
 ときどきそれをすることが私には必要になります。挟い真っ暗な場所に、完全な沈黙の中に、一
 人ぼっちで置き去りにされることです」

  私は黙って次の言葉を待った。

  免色は続けた。「そして私のあなたへの質問というのはこういうことです。あなたはその一時
 間のあいだに、私をあの穴の中に置き去りにしたいという気持ちをちらりとでも抱きまぜんでし
 たか? 私を暗い穴の底に、あのままずっと放っておこうという誘惑には駆られませんでした
 か?」

  彼の言わんとすることが私にはうまく理解できなかった。「置き去りにする?」

  免色は右のこめかみに于をやり、そっとこすった。まるで何かの傷跡を確かめるみたいに。そ
 れから言った。「つまりこういうことです。私はあの深さ三メートル近く、直径ニメートルほど
 の穴の底にいました。梯子も引き上げられていました。まわりの石壁はずいぶん密に積まれてい
 て、よじ登ることはとてもできません。しっかりと蓋もされています。あんな山の中ですから、
 大きな声で叫んでも鈴を振り続けても、誰の耳にも届きません
 もちろんあなたの耳には届く
 かもしれませんが。つまり私が自分一人の力で地上に戻ることはかなわないということです。も
 しあなたが戻ってこなければ、私はいつまでもあの穴の底にいなくてはならなかった。そうです
 ね?」

 「そういうことになるかもしれません」

  彼の右手の指はまだこめかみの上にあった。それは動きを止めていた。「それで私が知りたい
 のは、その一時間のあいだに、『そうだ、あの男を穴から出してやるのはよそう。ずっとあのま
 まにしておいてやろう』という考えが、ちらりとでもあなたの頭をよぎりはしなかったかという
 ことです。決して気を悪くしたりはしませんから、正直に答えていただきたいのです」
  彼は指をこめかみから離し、ブランディー・グラスをもう一度手にとり、またゆっくりと宙で
 回した。しかし今回はグラスに口をつけなかった。目を細めて匂いを嗅いで、テーブルの上に戻
 しただけだった。

 「そんなことはまったく順に浮かびませんでした」と私は正直に答えた。「ほんのちらりとも。
 一時間経ったら、蓋をとってあなたを外に出さなくては、ということしか順にはなかったと思い
 ます」
 「本当に?」
 「百パーセント本当です」
 「もし仮に私があなたの立場であったなら……」と免色は打ち明けるように言った。その声はと
 ても穏やかだった。「私はきっとそのことを考えていたはずです。あなたをあの穴の中に永遠に
 置き去りにしたいという誘惑に駆られていたに違いありません。これはまたとない絶好の機会だ
 よと」

  私にはうまく言葉が出てこなかった。だから黙っていた。

  免色は言った。「穴の中で私はずっとそのことを考えていました。もし自分かあなたの立場に
 いたら、きっとそのように考えるに遠いないと。なんだか不思議なものですね。実際にはあなた
 が地上にいて、私か穴の中にいたのに、私はずっと自分が地上にいて、あなたが穴の底にいるこ
 とばかり想像していました」
 「でも、もしあなたに穴の中に置き去りにされたら、ぼくはそのまま飢え死にしかねません。本
 当に鈴を鳴らしながらミイラになってしまうかもしれない。それでもかまわないということです
 か?」
 「ただの想像です。妄想と言っていいかもしれない。もちろん実際にそんなことをするわけはあ
 りません。ただ順の中で想像を働かせているだけです。死というものを、頭の中で仮説としても
 てあそんでいるだけです。だから心配しないでください。というか、あなたがその上うな誘惑を
 まったく惑じなかったということの方が、私にとってはむしろ不可解なくらいなのです」
 私は言った。「免色さんはあのとき暗い穴の底にI人きりでいて、怖くはなかったのですか?
   ぼくがそのよな誘惑に駆られて、あなたを穴の底に置き去りにするかもしれないという可能性
 を順に置きながら」

  免色は首を振った。「いいえ、怖くはありませんでした。というか、心の底ではあなたが実際
 にそうするのを期待していたのかもしれません」
 「期待していた?」と私は驚いて言った。「つまりぼくがあなたを穴の底に置き去りにすること
 をですか?」
 「そのとおりです」
 「つまりあの穴の底で見殺しにされてもいいと考えておられたわけですか?」
 「いや、死んでしまってもいいとまで考えていたわけじやありません。私だってまだこの生に少
 しは未練があります。それに飢え死に、渇き死にするのは私の好みの死に方ではありません。私
 はただあと少しでもいいから、より死に近接してみたかったというだけです。その境界線がとて
 も微妙なものだということは承知の上で」

  私はそれについて考えてみた。免色の言うことはまだうまく理解できなかった。私は騎士団長
 の方にさりげなく目をやった。騎士団長はまだその飾り棚の上に腰掛けていた。彼の顔にはどの
 ような表情も浮かんでいなかった。

 io non ho paura


                                     この項つづく





   ● 今夜の一曲

     あの日の些細なため息はざわめきに飲まれ迷子になったよ
     ありふれた類だったからとこに転がったってその景色の日常

   言葉は上手に便ったら気持ちの側まで近付けるけれど
   同じものにはなれない抱えているうちに迷子になったよ

   僕らはお揃いの服を著た別々の呼吸違う生き物

   見つけたら鏡のように見つけてくれた事
   触ったら応えるように触ってくれた事

      何も言えなかった何を言えなかった

   曲がって落ちた紙飛行機 見つめ返せなかったまっすくな瞳
   タ焼けとサイレン帰り道 もう痛まないけと治らない傷

   あの日の些細なため息はざわめきに飲まれ迷子になったよ
   名前を呼んでくれただけで君と僕だけの世界になったよ

   僕らの間にはさよならが出会った時から育っていた

   笑うから鏡のように涙がこはれたよ
   一度でも心の奥が繋がった気がしたよ

   見つめ返せなかった忘れたくなかった

   笑うから 鏡のように 涙がこはれたよ
   一度でも 心の奥が繋がった 気がしたよ
   冷えた手が 離れたあとも まだすっと熱い事
   見つけたら 鏡のように見つけてくれた事

   あの日 君がいた あの日 君といた
   何も言えなかった 忘れたくなかった

                              作詞/作曲 藤原 基央


「アリア」は、BUMP OF CHICKEN の6作目の配信限定シングル。前作「パレード」以来およそ1
年9か月ぶりのリリース。作詞・作曲:藤原基央 編曲:BUMP OF CHICKEN TBS系ドラマ『仰げ
ば尊し』主題歌。「BUMP OF CHICKEN STADIUM TOUR 2016 “BFLY”」のツアーファイナル開催
地である横浜国際総合競技場のライブ写真である。ミュージックビデオは16年夏に開催されたフジ
テレビ「お台場みんなの夢大陸2016」のDMMプラネッツのブースにて撮影。楽曲のBPM(Beats Per
Minuteは220で、BUMP OF CHICKENの全楽曲の中で最速のテンポで。因みに、タイトルのアリア (
イタリア語: Aria) は、叙情的、旋律的な特徴の強い独唱曲で、オペラ、オラトリオ、カンタータな
どの中に含まれるものを指し、広義には、そのような独唱曲を想起させる曲を指す。

    

 

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