第4章 「道」はうつろだが
「道」はうつろで、「無」としかいいようのない物ではあるが、そのはたらきは無限である。
深遠で、万物はその奥底から湧き出るかに見える。限定せず、限定されず、すべての対立を超
越する。万物を包摂し、万物と一体である。漠として、あるかなきかの存在である。「道」は、
伺から生じた物でもない。それは、万物を主宰する力の根元としかいえない。
〈限定せず……万物と一体である〉 原文は「その鋭を挫き、その紛を解き、その光を和し、
その塵に同じくす」。この箇所の意味は、ここではよく判らない。56章にも重出していて、
そちらでは意味がよく通ずるから、錯簡であろうともいわれている。
和光同塵 仏教では、仏が衆生を救うため、光を隠して俗世に現われることを「和光同塵」と
いうが、これは本来老子のことばで、仏教が中国に伝わってから採り入れたものである。
やはらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとく 石川啄木『一握の砂』
『一握の砂』(明43)所収。幼少年期を送った故郷岩手県渋民村への愛と憎とは、北海道の
流浪生活を経て東京へ出た啄木の中でますます強まっていた。啄木は生活苦と病苦に追われ、
小説家たらんとする希望もむざんにうちくだかれ、かつて石もて追われるごとくに逃亡した故
郷をさえ、しみじみ恋しく思う日も多かった。『一握の砂』には、東京の借家にあって泉のよ
うに噴きあがってきた望郷の歌が、たくさん収められている(「大岡信ことば館」より)。
【下の句×樹木トレッキング:岸辺目に見ゆ泣けとごとくに×キツネヤナギ】
キツネヤナギ(狐柳:[学] Salix vulpina Anderss.)は、ヤナギ科の落葉低木。成葉は楕円(だえ
ん)形ないし倒卵形、縁(へり) に波状の鋸歯(きょし)があり、すこしシワがある。裏面は粉白
色を帯びほぼ無毛。材の表面に隆起線がある。春から夏にかけて、葉が出る前に花穂を出す。
包葉は黄褐色(きつね色)の毛が密生。名はこれによる。雌雄異株。雌雄花ともに腹側に1個
の腺体(せんたい)がある。雄しべ2本。雌しべは1本、子房は柄があり無毛、花柱、柱頭とも
に短い。中部地方以北の本州、北海道、南千島の山野に生える。近畿地方以西のものは雄花穂
が太く短く、基部の小葉片が未発達か貧弱で、別種サイコクキツネヤナギS. alopechloa Kimura
として区別する。
【コムギのゲノム配列解読を達成】
8月17日、農研機構などの研究ループが参加する国際コムギゲノム解読コンソーシアム(IW
GSC)は、コムギゲノムの塩基配列の解読に成功したことを公表。05年に結成されたIWGSC
は、イネやトウモロコシとならぶ三大穀物の一つのコムギのゲノム解読を目指し活動を進め、
14年には染色体毎に区分された概要配列を解読していたが、概要配列は細かく分断されてお
り、染色体内での遺伝子位置が不明にあり、染色体が一本につなが、精度の高い参照ゲノム配
列を求めていた。今回、IWGSCはコムギのゲノムの94%をカバーする参照ゲノム配列の解読
を達成し、107,891個の遺伝子を見出し、病害抵抗性や小麦粉の品質に関わる遺伝子群の詳細
を明らかにする。コムギは世界中の人たちが日常消費している食物カロリーの約20%を占め
ており、今回の成果は、人口増加や気候変動による世界的な食糧問題解決のの作物改良研究の
基盤になるとともに、縞萎縮病(しまいしゅくびょう)等の各種病害に対する耐性品種や製パ
ン性を向上させた高品質品種等の新品種開発が加速につながる。
【いつでもどこでも1キロワットアワー1円時代 】
● 高容量リチウムイオン電池:プリドープ強化用レーザー穿孔技術
リチウムイオンをあらかじめ電極中に担持させ、リチウムイオンのプリドープにより、デバイ
ス電圧を高める技術で、正極にのみ存在したリチウムを負極にも導入でき、正・負極材料の選
択幅が広がり、次世代高容量材料、高出力材料を用いた新たな電池設計が可能になる。負極に
リチウムをプリドープすることにより高電圧(高エネルギー密度)キャパシタを得られること
が見出され、プリドープ技術を適用したポリアセン電池が1990年代初頭商品化される。現
在、プリドープ技術を適用のーカーで高入出力蓄電デバイスとして、自動車・機械、太陽・風
力発電等の分野に展開されているが、リチウムイオンキャパシタで実用化されたセル内での現
行プリドープ法は、❶電極製造時において特殊箔への塗布(孔開箔法2))、あるいは、セル製
造時において極薄リチウム箔の貼付(貼付法3))が必要。❷均一にプリドープするには、1日
~数週間のエージングを含むプリドープ工程が必要なため門だとなっていた(下図参照)。こ
のように、セル内でのプリドープを実施するには、既存電極製造・セル製造プロセスと異なる
部分が多く、リチウムイオン電池での積極的な活用が遅れている。
Sep. 29, 2010
8月22日の日経✕TECKによると、株式会社ワイヤードが、リチウムイオン2次電池の電極材
にレーザーで多数の微細な穴を連続的に開ける技術を開発。同電極材を用いることで次世代リ
チウムイオン2次電池(以降、「リチウムイオン電池と呼称)の高容量化に欠かせないとされ
るLiイオンのプリドープが容易になり、不可逆容量が大きい電極材料やLi化合物」ではない高
容量な正極材料の利用拡大できる。また、次世代に向けて高容量なリチウムイオン2次電池の材
料開発が進む中、初期充電時にこの化合物が電極上などで生成され、充放電に利用するリチウ
ムイオンが減少してしまい、高容量化できないという課題がある。これを解決する手段として
リチウム箔をあらかじめセル内に配置し、負極とリチウム箔を外部短絡させてリチウムイオン
を供給するプリドープの技術――プリドープすることでセル内に不足するLiを供給でき、高容
量化が可能になる――が注目を集める(下図)。
同社では、まず高容量な負極材料として普及が期待されているシリコン負極へのレーザー加工
技術の適用を狙う。シリコン負極は理論容量が4200mAh/gと、従来の黒鉛負極に比べて10倍以
上高いものの、プリドープしない場合は初期充放電効率が約80%と放電容量が下がってしま
う。また、シリコン極は充放電時の膨張/縮小の変化が大きいことから電極の集電体には銅箔
ではなく、高強度なステンレス材の採用が検討されている。しかしながら、ステンレス材にプ
リドープするための微細な穴を開けるのは難しく、仮に機械的に穴開けができたとしてもバリ
などによる内部短絡の恐れがある。同社が開発した技術を用いた場合、シリコン負極をステン
レス材に塗布した後の電極に任意の開口率で穴開けができ、従来の電極製造工程に対して追加
で導入できるとのこと(下図)。
ここで、株式会社ワイヤードはレーザ加工のベンチャー企業である(下図)。
❑ 特開2017-013081 レーザ加工装置、および、レーザ加工方法
【概要】
繰り返し速度の速いレーザは、1ショット当たりのエネルギーが低く、ワーク(被加工物)に
1つの孔を開けるために数十~数百回、ショットを繰り返さなければならない。従来、レーザ
による多孔加工には図9に示すようにガルバノミラーを利用して、ワークの所定箇所に焦点が
来るように調整していた。すなわち、従来のレーザ加工装置では光源Sからのレーザ光線Lを
2つのガルバノミラー10及び11(それぞれの鏡部が軸10a及び11aを軸として回動駆
動・制御される)により所定の光路となるように制御して集光レンズ(「fθレンズ」と呼ば
れることもある。)12によりワークWの表面ないしその近傍に焦点を結ばせる構造となって
おり、ガルバノミラー10及び11の位置を定めた後にレーザを必要数ショットする。しかし
ガルバノミラーは動作が遅いと云う欠点がある。
ここで、回折格子をレーザ光線の光路に配置し、同時に複数個の貫通孔を設ける技術が提案さ
れている(特開 2002-113711)。しかし、さらなる加工のスピードアップが可能となるレーザ
加工装置、および、レーザ加工方法が求められていた。ぞこで、下図1のごとく、レーザ光線
を発する光源と、前記光源から発せられるレーザ光線を反射して偏向走査させる複数のミラー
面を備え回転駆動されるポリゴンミラーと、被加工物表面または当該表面近傍に前記ポリゴン
ミラーにより反射されるレーザ光線の焦点を結ばせる集光レンズと、前記レーザ光線の光路中
に当該レーザ光線を複数の光線に分岐させる回折格子と、を少なくとも備えているレーザ加工
装置で、加工速度の向上を図ることができる。
JP 2017-13081 A 2017.1.19
【符号の説明】S 光源 L レーザ光線 1 回折格子 2 ポリゴンミラー 3 ベンドミラー
4 集光レンズ W ワーク
【図1】本発明のレーザ加工装置の一例を示すモデル図
【図2】回折格子によるレーザ光線の分岐の一例をモデル的に示す図
【図3】ポリゴンミラーによるレーザ光線の偏向操作の一例をモデル的に示す図
【図4】加工によりワークに形成された多数の孔の例を示すモデル図(図中矢印はワークの移
動方向)
参考までに下図に、「レーザー電極加工によるリチウムイオン電池の開発と製造評論:A review of
laser electrode processing for development and manufacturing of lithium-ion batteries, Nanophotonics,
2017.12.29」掲載。
Sep. 11, 2017
以上ではあるが、加工された電極の「充放電ライフサイクル耐性評価」により優位性が著しいものであ
ればこのプロセス技術は拡大していくだろう。
● 最新全固体型蓄電池技術(国内特許)3件
❑ 特開2018-125215 蓄電体、蓄電装置および蓄電体の使用可否判定方法 パナソニックIPマ
ネジメント株式会社 2018.08.09
❑ 特開2018-125086 蓄電池用負極材料、蓄電池用負極および蓄電池 京セラ株式会社 2018.08.09
❑ 特開2018-120739 固体電解質含有シートの製造方法、全固体二次電池用電極シートの製造
方法、及び全固体二次電池の製造方法 富士フイルム株式会社 2018.08.02
第2章
そのあと、四人はしばらくそのままでいた。嵐はますます激しくなり、稲妻が光って、四人の
いる避難所を照らした。背の高い男と老婆の奇妙に凍りついたような身構えが伝染したのか、
アクセルとベアトリスまでも、いまは身動き一つせず、黙って立っていた。まるで一枚の絵画
に出会った二人が、自身もその内部に入り込み、あげく、そこに描かれた人物になってしまっ
たかのようだった。
土砂降りが落ち置き、安定した降りになった。鳥のような老婆がようやく口を開いた。一方
の手で蒐をつかみ、もう一方の手でなでながら、こう言った。
「神がともにありますように、お二人さん。さっきは挨拶もせずに失礼したね。でも、こんな
ところに来る人がいて驚いたものだから。まあ、ようこそ。嵐が来るまでは旅日和だったんだ
から、誰か来ても驚くことじゃなかったねえ。この嵐は急に始まって、急に終わるやつだか
ら、旅の遅れは心配しなくていいよ。むしろ、いい休憩と思うことだ。お二人さんはどちらヘ
行かれるのかねI
「息子の村に行くところです」とアクセルが答えた。「向こうでまだかまだかと待ちかねてい
るでしょう。今日はなんとか日暮れまでにサクソン人の村に着いて、一晩泊めてもらうつもり
です」
「サクソン人はいろいろと荒っぽいけど、旅人にはわが同族よりやさしいね」と老婆が言った。
「おすわりよ、お二人さん。後ろにある丸太は乾いている。わたしもすわったことがあるから、
すわり心地は保証するよ」
アクセルとベアトリスが言われたとおりにすると、そのあと、また静けさが戻った。雨は相変
わらず降りつづいている。やがて老婆に動く気配があった。アクセルがそちらを見ると、手で
兎の両耳をつかみ、引っ張っていた。兎は逃れようともがくが、鈎爪のような手は緩まない。
アクセルの見ている前で、老婆は空いているほうの手に長い錆びたナイフを取り出し、蒐の喉
元に当てた。横でベアトリスがぎくりとした。では、これは血痕なのか……アクセルはあたり
の床を見ながら思った。二人の足元をけじめ、床のいたるところに黒い染みがこびりついてい
る。空気中には蔦のにおいと崩れかけた石のにおい。それらと混じり合ってかすかに漂ってい
るこれは……ら枚生のにおいなのか、と思った。
ナイフを兎の喉元に当てたまま、老婆はまたじっと動かなくなった。だが、その窪んだ目で、
壁の向こう端に立つ背の高い男をじっと見ているのが、アクセルにはわかった。男の合図を待
っているかのように見えた。だが、男のほうは相変わらず額を壁に触れるほどに近づけて、こ
れまでどおりの強張った姿勢をつづけている。老婆の視徐に気づいていないのだろうか。気づ
いていて、あえて無視しているのだろうか。
「お婆さん一とアクセルが呼びかけた。「どうしてもと言うなら殺せばいいが、首をひねった
ほうが早いでしょう。それか、石で強く一撃するか……」
「そんな力があればこそですよ、あなた。わたしにはない。あるのは鋭く尖ったナイフだけ」
「では、喜んでお手伝いしましょう。そんなナイフは必要ない」
アクセルは立ち上がって手を差し出したが、老婆は動かず、兎を譲る気を見せなかった。その
まま構えを変えず、ナイフを兎の喉元に当てたまま、部屋の反対側にいる男をにらみつづけた。
背の高い男がとうとう二人のほうに向き直り、「お二人さん一と呼びかけた。「さっき入って
こられるのを見たときは驚きましたが、いまは喜んでいます。善良な方々だとわかりましたか
ら。で、お願いがあります。嵐が去るのを待つ間、わたしの窮状を聞いてくれませんか。わた
はしがない船頭です。波立つ水面のこちらからあちらへ旅人を渡すのが仕事です。仕事の時間
は長く、大勢が列をつくって待っているときなどは眠る時間さえなく、擢で漕ぐたびに四肢が
痛みます。雨が降っても風が吹いても、太陽が照りつけても漕ぎつづけます。くじけそうにな
ることもありますが、そんなときは、休日のことを考えて気を取り直します。
ほら、船頭は、わたし以外にも何人かいて、交代で休みますからね。ま、何週間も働きつづけ
たあとのことですが。その休日をどう過ごすかというと、どの船頭にもお気に入りの場所があ
って、そこへ行って過ごします。わたしはここに来ます。この家で、わたしは何不自由ない子
供時代を過ごしました。昔とは様変わりしてしまいましたが、思い出がいっぱい詰まっている
場所で、ここヘ来る目的はただ一つ、静かにその思い出に浸ることなんです。
さて、ここからが問題です。わたしが来ると、それから一時間もしないうちに、このお婆さん
があのアーチから入ってきます。そこにすわり込み、昼も夜もなく、一時の休みもなくわたし
をなじりつづけます。残酷で不当な非難を浴びせてきます。暗闇をいいことに、恐るべき言葉
で呪ってきます。一瞬たりと平穏な時間をくれません。いまご覧のとおり、ときには蒐などの
小動物を持ち込んできます。
ここで殺して、その血でわたしの大切なこの場所を汚すためです。ええ、頼みましたとも。平
身低頭してお願いしましたとも。どうぞ、もう来ないでください………でも、神にどんな憐れ
みの心を与えられたのか、お婆さんは来るのをやめてくれません。いまおとなしくしているの
は、あなた方の来訪という予定外のことがあったからです。もうすぐ、わたしは仕事に戻らね
ばなりません。また水上で何週間もの苦役が待っています。お二人さん、お願いです。このお
婆さんを立ち去らせてくれませんか。それは神を畏れぬ所業だと悟らせてやってくれません
か。外から来たお二人なら、この人も耳を貸すかもしれません」
船頭がしゃべり終えて、しばらくは誰も何も言わなかった。あとがら思うと、何か笞えてやり
たいという衝勤めいたものが湧いたような気もするが、同時に、男の言葉が夢の中のことのよ
うで、まじめに反応するまでもないような気もした。ベアトリスもとくに何か言いたいとは思
わなかったようで、ただ老婆をじっと見つめていた。当の老婆は、いま蒐の喉元からナイフを
離し、まるで愛情いっぱいなのかと見まがうしぐさで、刃で蒐の毛皮をなでてやっていた。
やがてベアトリスが言った。
カズオ・イシグロ著『忘れられた巨人』
この項つづく
【社会政策トレッキング:バラマキは正しい経済政策である Ⅰ】
失われし二十年を正しくレビューできれば「ポスト高度消費資本主義」を担保できるとという
のがわたし(たち)の持論であった。バブルで沸いた1990年代、長谷川慶太郎や吉本隆明
などをはじてとして、英米流金融資本主義(=新自由主義)を煽っていたが、格差拡大と貧困
や・インフラの劣化(原発事故・鉄道事故・社会保障劣)環境破壊などが、超高齢少子化問題
と相まって、格差拡大と貧困の深刻化が大きな問題なっている日本及びワーキングプアー大黒
アメリカ、高まる分離・排斥主義に揺れる欧州共同体。とまれ、巨額の財政赤字に加え、増税
にも年金・医療・介護費の削減にも反対論は根強く、社会保障の拡充は難しいとされていた日
本が福祉大国として成長できる条件の1つとして『日本版ベーシック・インカム制度』の実現
について論考したい。まずは、原田泰の『ベーシック・インカム 国家は貧困問題を解決でき
るか』――そもそもお金がない人を助けるには、お金を配ればよいのではないか? この単純明
快な発想から生まれたのが、すべての人に基礎的な所得を給付するベーシック・インカムであ
る。国民の生活の安心を守るために何ができるのか、国家の役割を問い直す――から入る。
ベーシック・インカム(BI、基礎的所得)とは、すべての人に最低限の健康で文化的な生活
をするための所得を給付するという制度である。そう言うと、なぜそうするのか、そんなこと
をしたらただでさえ財政赤字がひどいのに、さらにとんでもないことにならないか、という批
判があるだろう。福祉を充実させるべきだと考えている人からも、貧困は単に所得がないこと
から生まれるのではなくて、仕事がない、社会から排除されるなどの、社会的な根深い問題か
ら生まれるのであって、単にお金を配れば解決できるという問題ではないという批判がすぐさ
ま返ってくるだろう。
これらに対する私の答えは簡単である。なぜそうするのかという疑問には、人々の生活を保障
することは現代の先進工業国家がすでにしていることだからであると答える。日本国憲法第2
5条には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する一とあり、そ
の第二項は、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及
び増進に努めなければならない」とある。
そのためにすでに生活保護制度がある。害乙法第九条を変えよという人はいるか、憲法第25
条を変えよという人を私は知らない。多くの子どもや高齢者がホIムレスになってあちこち食
料をあさりながら歩き回っているという社会に住みたい人はいないだろう。だから、人々は憲
法第二五条にも、生活保護制度にも賛同していると言ってよいだろう。働けるのに働かないで
生活保護給付を受けている人、子どもが高額所得者なのに生活保護給付を受けている人に国民
は批判的だが、生活保護制度そのものに反対しているわけではない。だから、BIを給付すべ
きだという主張に反対する人は本来いないはずだと私は考える。
そんなことをしたら財政赤字がさらにひどいことになるという批判には、すでに行っているこ
とを別の形でするだけだから、赤字がさらに膨らむことはないと答える。むしろ、BIは、す
べての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるようにするうえで、もっとも
効率的な手段だから、財政支出を減らすことができる。ただし、これは多くのデータによって
説明しなければならないことなので、「第3章ベーシック・インカムは実Jできるか」できち
んと答えることにしたい。
貧困とは単に所得がないことではないという批判には、そういう面があることは事実だが、現
行の制度で、貧困を取り巻く根深い問題を解決できているのだろうかと反論したい。幼い子ど
もや女性が、貧困と家庭内暴力の犠牲になるという痛ましい事実がある。このような問題に対
しては、もちろん、BIを給付しても解決することはできない。しかし、現行の福祉制度は、
これらの問題を解決できているのだろうか。
大部分の人は、たまたま所得を得る能力が低くても、子どもや女性に乱暴を働いたり、その所
得を分別なく使ってしまったりはしない。まともでない人はごく少数だ。しかし、貧困は、ご
く少数のまともでない人々の問題ではない。であるなら、貧困とは、大部分の人々には、所得
が少ないという問題なのだから、すべての人々にBIを給付し、現在の福祉制度は、まともで
ない人々にまともになってもらうように尽力するような制度に改組すべきである。児童相談所
は、無責任な、あるいは残虐ですらある親から、子どもを断固として守らなければならない。
BIは、福祉官僚の仕事を減らし、彼らがしなければならない本来の仕事をする余裕をもたら
すはずである。
貧困とは所得が少ないことだ。本文で詳しく述べるが、現行の生活保護制度の問題点は、その
給付額が十分か否かではなくて、そこにアクセスできない、つまりもらうべき人がもらってい
ないことだ。BIという制度にアクセスできれば、人々は生活費を得られ、絶対的な貧困から
脱却することができる。BIの利点は、すべての人々を貧困から救うことができるということ
だ。BIについては、日本において、二十一世紀の最初の10年間の後半に議論が盛り上がっ
た時期があった。BIについての解説本や翻訳書が立て続けに出版された。その主なものは、
ゲッツ・W・ヴェルナーて『ヘーシック‘インカムー基本所得のある社会へ』(渡辺一男訳、
現代書館、2007年)、フィリップーヴァンーパリース『ベーシックーインカムの哲学-す
べての人にリアルな自由を』(後藤玲子・胃藤拓訳、勁草書房、2009年)、山森亮『ベー
シック・インカム入門-無条件給付の基本所得を考える』(光文社新書、2009年)、立岩
真也・斎藤拓『ベーシックインカムー分配する最小国家の可能性』(青土社、2010年)な
どである。
また、元ライブドア代表取締役汁長の堀江良文氏、楽天証券経済研究所客員研究員の山筒元氏
脳科学者の茂木健一郎氏、サントリーHD代表取締役社長(前ローソン代表取締役社長)の新
浪剛史氏など多彩な人々がBIを支持したことが、多くの人々の関心を呼んだ。ネットでも雑
誌でも、BIに関する議論が見られるようになった。
その後、議論は低調になったようだ。その理由は、すでに説明したように、BIは巨額の財政
支出をともなうという誤解と、貧困はお金のないことではなく生活をめぐる根深い問題なのだ
という考えが流布したからだろう。本書は、これらの誤解をただし、超高齢社会に向かう今こ
そ、BIについて正しく理解していただきたいと思って書いたものである。BIは世代間の不
公平をもたらさない公平な制度でもある。
本書は三つの章と短い「おわりに」からなる。第1章では、日本における所得分配と貧困の現
実を説明し、貧困の問題を解決するために、BIが有用な方法であることを示す。第2章では
所得分配とBIをめぐるさまざまな思想とその対立軸を説明し、本書の立場を明らかにする。
第3章では、BIを実現するための財政的裏付けを議論する.短い「おわりに」はまとめであ
る。
「はじめにベーシック・インカムとは何か」
中公新書 原田 泰 著
『ベーシック・インカム 国家は貧困問題を解決できるか』
【百名山踏破記:乗鞍岳へGO!】
光陰矢のごとし命あれば挑戦やむることなし、である。九月下旬~十月上旬を予定。体調を崩
し、回復のため、すこしずづつルームランナーの負荷を強めるも、時速6キロメートル、イン
クライン9%はさすがきつい。「無理なく、無理する」トレーニングの繰り返しのリスタート
である。