トランプは口を開けば嘘をつくのです。/ トニー・シュウォルツ
"Lying is second nature to him" Tony Schwartz
born 1952 -
【常在戦場2017:超マクロ編】
● 米国に吸い寄せられるマネー:ブラックスワン警戒
国の招商銀行が、12月中旬に売り出したドル建て年利2・37%の理財商品は60秒で完売
――。米大統領選後のドル高・人民元安を受けて、中国で人民元からの資本逃避が加速してい
る。リアルな金融商品ばかりではない。仮想通貨のビットコインにまで殺到している。11月
の欧米のビットコイン取引高は過去最高を更新した。それに貢献したのが、中国マネーだった。
中国にはビットコインの大手取引所が3つあり、世界取引量の9割以上を占める。11月の取
引高は、1億7471万ビットコイン(約16兆円)に達し、これまでの過去最高だった3月
の1億4856万ビットコイン(約11兆円)を上回りた。人民元相場は12月に入って1ド
ル=6・9元台後半と、8年7ヵ月ぷりの安値をつけた。元安を加速させたのは、11月の米
大統領選でのトランプ氏の勝利だ。同氏が公約に掲げた大型減税や巨額インフラ投資に期待が
集まり、米国経済が活性化するとの思惑から、中国もきめた既界中のマネーが、米国株式市場
に流れ込む。
出典:週刊エコノミスト
三井住友アセットマネジメントの渡辺英茂調査部長は「トランブ氏の勝利後、世界の資金フロ
ーは大きく変化した」と話す。上図は、トランプ政権誕生が決定した直後の2016年11月
10日~12月11日の政界各国・地域の株式・債券ファンドの資金流出入額だ。米国の金融
商品調査会杜「EPFRグローバル」のデータを基に渡辺氏が分析した。米国の株式市場には、
1ヵ月余りで600億ドル(約7兆円)もの資金が流人。渡辺は「積極的な財政政策が取られ
るという期待が高まり、トランプの掲げる『強いアメリカ』に資金が吸い寄せられているよう
に見える」と指摘する。
金利上昇(債券価格下落)、インフレの高まり予測から、米国内で債券から株式への大資金移
動が起きる一方で、ドル金利上昇(ドル高・自国通貨安)を見越し欧界中からマネーが米国に
向かっているのである。投資家はこれまでの低成長・超低金利持続を前提とした運用スタンス
の見直を迫られた。日本でもファンド経由では流出となっているものの、東京市場では外国人
投資家が、米国大統領選の結果が出た11月週2週日以降、5週連続(累計3兆円超)の大幅
な買い越しに転じた。また、ファンド経由でもでは流入超になりている。
● ビジョンを失った欧州の政治家
一方で中国のほか、マレーシアやインドネシアなどマネーが吸い取られた新興国は通貨安にあ
えぐ、急激な資金流出は通過安、インフレを招き、実体経済をむしばむ。通貨安が止まらず、
それが連鎖するような事態になれば、1990年代後半のアジア通貨危機の危機の再来となり
かねず、「ブラックスワン(めったに起こらないが、発生すると大きな悪影響が出る事象)」
を警戒する声もある。英国の欧州連合(EU)離脱や、ドイツ・フランスで相次ぐテロとい
った政治・社会問題を抱える欧州からは債券資金が大映に流出した。欧州巾‐吸銀行(ECB}
による金融緩和は継続しているが、景気は上向かず手詰まり感が漂う。シリアなどからの移民
難民問題も影を落とす。これらの問題に既存政党が解決策を示せず、大衆の不満が尚まる中、
17年の「選挙イヤー」を迎える。
仏大統領選(4~5月)で極右政党・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首が有力候補と
なるなど、移民排斥や反グローバリズムを掲げる勢力が台頭する。菅野泰夫大和総研ロンドン
リサーチセンター長は、政治家はもはや理念や理想を語る余裕はない。移民問題や経済政諏へ
の不満を不満をぶちまけないと、支持を集められないからだと逼迫した現地の様子を伝える。
16年は外国のEU離脱や米大統領選で、エスタブリッシュメント{既成勢力}を、否定し、
大衆の不満と不安を取り込むボピュリズムが台頭。17年は各国で国民の分断と反逆の動きが
さらに加速し、反グローバリズムが先鋭化し分岐点にあると結んでいる(世界経済総予測20
17「米国に吸い寄せられるマネー "警戒されるブラックスワン"」、週刊エコノミスト 2017.
01.03/10合併号)。
【トランプの経済政策予測】
● 楽観論:ポール・シェアードS&Pグローバルチーフエコノミスト
不確実性はあるものの、前例にとらわれない大胆な政策実行で閉塞感を突破しれない。その1
つが、金融政策に過度に依存しすぎた反省から、金融と財政の一体運営(リバランス:再均衡
)へのシフト――政府主導による大規模な財政出動やインフラ投資の促進が求められているが、
これはEUの緊縮財政からの転換を意味する。
● 悲観論:スティーブン・ローチエール大学シニアフェロー
トランプノミクスは一晩で米国経済を強靱にできる魔法ではない。今年の早い時期に税制改革
を着手するがこれが直ちに経済浮揚させることができるかは別問題で、財政出動より官民パー
トナルシップの税制控除で投資を活性化させるだろうが4%の経済成長目標を達成できるかと
いうと難しい。従って、企業は技術・人材双方への投資を必要とするが、消費マインドが先行
する中での法人税の引き下げは効果がないだろう。17年の世界経済リスクは①貿易通商の急
減速を伴う脱グローバル化、②保護主義の台頭、③米中関係の急激な悪化が懸念される。
● 資本主義の終焉:水野和夫法政大教授
水野和夫は、英米で起きている現象は近代資本主義国家が作り上げた秩序が崩壊しようとして
いる表れであるが、安く仕入れて、高く売る成立条件崩壊後の新しい秩序がどのようになるの
かが明らかになるには時間を要する。経済学者ケインズはゼロ金利は「利子生活者の安楽死」
をもたら、革命を経ずに大きな社会改革が可能と指摘しているが、現代の日本とドイツがまさ
にそうした状態にあるとし社会のすみずみに資本がいきわたりゼロ金利の状態で、分配による
社会改革が可聡な状態にあるものの、旧来の価値観から離れなければ新時代の秩序は見えてこ
ない。
● 被害者意識に彩られたナショナリズムへの回帰:小野塚知二東大教授
比較劣位業種を生む国際分業は、地域の衰退や失業という苦難を与え、輸出産業も過当競争に
陥る。国際分業の深化にともなって発生するさまざまな苦難への配慮と対処を怠るなら、苦難
か生み出す被害者意識と政治との相互作用の結果、戦争によって国際分業そのものが壊されて
しまう危険性があることを第一次大戦は示している。「民主政治の本質は大衆迎合」との言説
は、19世紀末から20世紀初めにかけて、欧州諸国で史上初めて民衆が政治の決定権を握る
時、ナショナリズムは大衆に迎合すると見せながら、実は、捏造した「敵」への敵意に大衆を
扇動する。問題が国内であるのなら直視して、まずは国内で内需拡大、雇用創出、所得の再分
配などの地道な方法で解かなければならない。経済政策に失敗して外向きに逃避する結果が、
第一次大戦のような未曽有の災厄だとするなら、そのツケはあまりに大きい。
【常在戦場2017:マネー編】
● トランプショックは陰陽双方のゲームチェンジャー:長谷川克之みずほ総合研究所
トランブ大統領誕生は世界経済の大きな節日、ゲームチェンジャーになる可能性かある。世界
的に財政・金融政策のポリシーミックス(政策の伜組み)の軸足が金融政策から財政政漿にシ
フトしつつある。トランプショックは、ポジティブでのゲームチェンジャーとなる可能性だけ
でなく、ネガティブなのゲームチェンジャーとなるリスクもある。17年は米国でサブブライ
ム問題が顕在化した07年から10年目、97年のアジア通貨危機から20年目、87年のブ
ラックマンデー(株価暴落)から30年目の節目の年にあたる。背景はさまぎまだが、国際協
調の瓦解、米ドル高リスク、規律の弛緩などがあった。トランブ・ショックが新たな危機の芽
となることがないか、注視する必要がある。
● 新興刻通貨安を促し、トルコ・リラ・人民元は要注意:山田雪乃大和証券
トルコは昨年7月のクーデター未遂事件後、エルドアン大統領が権限を強めており、与党・公
正発展党は12月10日に憲法改雨案を国会に提出した。実現すれば、トルコは大統領が大き
な権限を持つ体制へ移行し、中央銀行の機能.不全がさらに進むとの懸念が高まるだろう。メ
キシコと中国は、トランプが掲げる「保護主義的な貿易政策」の繁影響が最も懸念される。同
氏は「為替操作が製造業の不振を招いている」ため、メキシコ製品には35%、中国製品には
45%の関税をかけることを選挙公約とした。しかし、高関税の実現は難しく、比較的低税率
の関視導入にとどまるだろう。メキシコの経常赤字や成長率見通しは良好であり、足元ではメ
キシコ・ペソは売られ過ぎと考えられる。産油国のメキシコにとって、原油価格の上昇は追い
風である。一方、中国人民元は、米国との金利差拡大観測か今後も中国からの資金流出の動き
につながりやすい。
貿易政敵では、仮に中国から米国への輸出関税が男灯の平均4・2%から10%程度への引き
上げにとどまったとしても、中国の経済規模を考えれば輸出停滞や世界貨易量の減少などの悪
影響は懸念される。中国の米国向け輸出品では、機械や医療、靴、玩具、家電、廉価な電子機
器など幅広い製品が.悪影響を受けやすい。中国の貿易黒字の縮小に加え、高関税が同様に適
用される多国籍企業による直接投資の減少も懸念され、人民元安がさらに進むリスクもあろう。
その場合、人民元安か他のアジア国通貨売りへと広がるリスクを警戒すべきだろう。人民几安
は中国の輸出競争刀を強める方で、対人民元で通貨高となるアジア諸国の輸出競争力を低下さ
せる。人民元の下落が他のアジア通貨の下落につながるとの懸念か高まり、リスク回避的なセ
ンチメント(心理)も高まりやすい。ただ、輸出依存度か低いインドの通貨は、相対的に底堅
くなりそうだ。
【常在戦場2017:米国編】
● 新興国の債務不履行リスク増/米不動産価格割高:堀井政孝SBIボンドI・M社長
● 大幅減税・1兆ドルインフラ投資・共和党:秋山勇伊藤忠経済研究所
トランプノミクスの大きな柱である 「大幅減優 ・ インフラ投資 ・ 規制改革」 を概観すると、国内経済
最優先政策」は目に見える分かりやすさが特徴(下表)。税制改革の主な中身は、連邦法人税
の大幅減税(35%から15%へ)、企業の海外留保利益還流時の税率軽減(―回限りで10
%に)、個人所得税の簡素化(税区分を7から4へ)と減税、相続税や贈与税の軽減など。米
シンクタンクのタックス・ポリシー・センタは、トランブ氏の公約かすべて実現すると、17
年に国内総生産(GDP)の1・8%に相当する約3400億ドル(約10兆円)の減税効果
かあると試算。通常、大幅な税制改正は膨大で複雑な法案修正か必要で、準備から法案可決ま
で、年単位に及ぶ時間がかかることもある上、上院での法案採決の前に立ちはだかる野党の壁
(議事妨害)を打ち破るには上院議員100人中60人の賛成が必要だが、共和党は52議席
と安定多数に届かない。
事態打開には「財政調整法」と呼ばれる議会における予算関連法案の審議スピードを速める手
続き,このプロセスを採用すると、時限立法になるものの、上院の過半数数の賛成で減税法案
が決議できる。共和党主流派を説得し、この切り札を使って減税法案を速やかに決めてしまう
手がある。
インフラ関連では、老朽化した鉄道、高速道路、橋梁、空港など交通インフラの補修・刷新や
水・電力など杜会インフラの拡張・整備を推進するために、10年で1兆ドルの投資が見込ま
れる。この政策は、国民の便益を高め、雇用も刺激する効果があるので、まさにトランブが目
指す「国内重視」と「目に見える分かりやすさ」に合致する。問題の財源は、共和党の教科書
に従えば、財源目当ての赤字国債発行は控えたいので、そこでトランブか主張するのは官民バ
ートナーシップ――公共的な施設の整備・運営や公共サービスの提供に当たって、民間事業者
の資金やノウハウを幅広く活用する手法:Public Private Partnership。PPPは、政府業務において市
場機能を活用して、行政サービスの供給を最適化すべきという考え方(New Public Management)に基
づき推進され、その特徴は、専門家による行政組織の実践的な経営を目指すこと、業績の評価基準を
明示すること、権限の委譲を図ること、競争を強化することなど――による民間資金の活用や、税額
控除メリット。既に「インフラ債}を発行して、インフラビジネスに興味がある内外の投資
家の資金を呼び込むアイデアも聞こえる。「お得感」を分かりやすく見せてディール(取引)
を迫る。
大胆な規制緩和も公約に掲げている。金融規制改革法(ドッド・フランク法)撤廃など、金融
規制の見直しも含まれる。ビジネス・フレンドリーな環境作りに向けた規制見直しをすること
は確かだろうが、トランプは自前の資金で選挙を戦い切っており、良くも悪くもウォール街と
貸し借りがない。どこまで金融界寄りの緩和となるのか現段階では判断がつかない。政権発足
初期はトランプと共和党が.一枚岩となってオバマ時代の失地回復に向けた協調体制を取ると
しても、根底で理念を共有しない両者の対峙は避けられない。財政規律に対する思想の違いも
明らかなため、2月の大統領予算教書より始まる17年度予算策定を巡る両者の駆け引きが最
初の試金石になるとなる。
● トランプ外交 「ディール(取引)」は安保に通用せず:手嶋龍一外交評論家
「日本もアメリカを防衛する義務を負うべきだ,我々がこう求めたなら、日本の人々はきっと
断ってくるに違いない。それじゃ交渉は決裂だと訪えばいい。日本は必ずや米国を防衛すると
我々の要求を受け入れるはずだ」(大統領選挙で隠れた激戦州となったウィスコンシン州ミル
ウォーキーでの選挙演説)。トランプが安全保障について、どのような考えを抱いているか、
この演説にくっきりと表れている。
I
トランプ流のビジネスのディールは、大国がしのぎを削る安全保障の世界では通用しない。た
とえ日本に譲歩させても、日本国内の反米ナショナリズムをあおってしまえば、新興の軍事大
国、中国に付け入る隙を与えてしまう。米国はTPPから公約の通り時に離脱するのだろう。
そうなれば東アジア第2の大国日本、中国か主導する「東アジア地域包括的経済連携」に大き
く傾かざるを得ないだろう。南シナ海に、そして東シナ海にとせり出しつつある海洋強国・中
国は、軍事、貿易の両面で優位に茫つことになる。これでは太平洋に巨大な戦略的空白を生じて
しまい、トランプ次期大統領が目指す「強い米国」など到底望めない。
オバマ大統領が自ら推敲を収ねて練り上げた「ヒロシマ・スピーチ」は、日米両国の政治の底
流に蓄積きされつつある「歪んだナショナリズム」に警告を発するもので同盟関係を単に軍事
的な盟約にとどめることなく、自由や民主主義といった共通の理念を分かち合う揺るぎない礎
の上に築き上げていくべきだと説いている。「米国と日本は単なる安全保障同盟だけでなく、
私たち市民に戦争を通じて得られるよりもはるかに多くのものをもたらす友情を築いてきた」
とのオバマスビーチは15年4月19日、安倍首相が米議公で行った演説への答えに他ならな
い。この安倍演説では、ワシントンのフリーダム・ウォールの壁面に刻まれた第2次世界大戦
の犠牲者を追悼る4000の星々に触れている。「その星ひとつひとつが先の戦陣に斃れた兵
士7百人の命を表すと聞いたとき、私を戦慄が襲いました。金色の星は、自由を守った代償と
して、誇りのシンボルに違いありません」安倍首相はこのスビーチを通じ、日米同盟もまた自
由と民主主義を共に分かち合う「理念の同盟」としなければと訴え、議会人の共感を勝ち得る。
そして4年間に及んだ安倍・オバマ時代の棹尾を飾る会談を真珠湾で行うことで「理念の同盟」
をさらに揺るぎないものにしたいと訴えている。
● 金融政策 FRBは無謀な政策に「警告」:鈴木敏之三菱東京UFJ銀行
● メディア戦略 オルタナ右翼に既存メディア機能不全:前嶋和弘上智大教授
16年の大統領選では、CSI テレビや新聞など既存の大手メディアの影響力低下が浮き彫りに
なった一方、ネッ卜上で支持者を拡大する過程で白人至上主義や移民排斥など極端に差別的な
傾向を持つ二ュースサイトが注目を集め、白人至上主義や移民排斥、反ユダヤなど人種差別的
な運動は「オルト・ライト(オルタナティブ・ライト、オータナ右翼)ごと呼ばれる。この運
動を牽引してきた代表的なメディアがオンラインニュース「ブライトバート・ニュース」。
現在でも新聞や地上波のニュースは「客観性」が行動原理。24時間ニュース専門局やインタ
ーネットの台頭で、情報源としての地位は相対的に下がりつつある。ネット上の情報を「差別
的」「虚偽の内容」と切り捨てるだけではかえって批判の矛先が自分たちに向くことになりか
ねず、既存メディアは有効な対抗策が見えない状態にある。トランブ当選の背景には、このよ
うな既存メディアを取り巻く機能不全があることを忘れてはならない.政権の情報概略の全容
はいまだ明らかではないが、新興ネットメディアに通じたスティーブン・バノンを政権中枢に
迎えたトランプ陣営か、世論の動きを分析しながらネットを積極的に活用していくのは間遠い
ない。例えば自分が支持する政策に対して議会が異を唱えた時、オルト・ライト支持者を一気
に動員して世論の圧力をかけてくる可能性もある。オルト・ライトが跋扈するネットの情報空
間は、大統領就任後もトランブを援護射撃していくだろう。
以上、「2017常在戦場」に関する情報をまとめてみた。わたし(たち)の視座(=いかに
して前社会主義社会に移行するか)からどのように評価・是正すべきかという問題解決のイメ
ージはすでにブログで掲載しているので変わらないが、個別局面では今後の展開如何で緊張を
強いられるだろう。年頭で頭を整頓するために「週刊エコノミスト」を参考にさせてもらった。